本部

【屍国】連動シナリオ

【屍国】蠢き散蒔き殖えよ種

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
5人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/04/17 03:38

掲示板

オープニング

●屍国、と誰が言った
 十時少し前。
 植枝リコは胸の奥に重いものを抱えながら車を走らせていた。
 愛媛との県境や鳴門市では何かが起こったとニュースがあったが敢えて耳を塞いだ。
「大丈夫、香川には被害が少ないし────」
 それがリコの心を支える言葉。
 空は晴れて、外を吹く風も先月よりだいぶ暖かく、もうすぐ訪れる春を感じさせる。
「朝日山森林公園では桜に蕾がついて開花までもうすぐだって」
 誰もいない車内でぽつりと呟く。
 桜が有名なあの公園で今年も花見がしたい。
 きっと、空を覆うあの美しい桃色を見れば、きっとこの気持ちも晴れるに違いない。

 四国では新型感染症が流行っている。
 ただの風邪ならまだよかった。高熱や隔離されるくらいなら今の自分は感染したって良かった。
 でも、それはほんの少しの傷口から感染し、罹ると人は死んでゾンビになる。
 リコはその様子をまだ見たことは無い。テレビでも放映されたらしいし、インターネット上でもゾンビ化した被害者の画像を見ることはできるらしいが、怖くて観ていない。
 新型感染症で何人も死に────ゾンビになった。
 ほんとうは家に篭っていたい。できれば、どこか遠くに引っ越してしまいたい。
 でも、経済的に豊かでもなく、遠くに頼る当ても無いリコはまだ様子を見ることしかできなかった。
 先の見えない長い緊張はリコの精神をぼろぼろにしていた。
 通勤退勤は即座に自家用車に駆け込み、夜はアパートで息をひそめて過ごす。しかし、食料はそうは行かない。人手が足りないのか通販の宅配業者も遅れがちになったし、知らない人間から荷物を受け取るのも嫌になって、リコは休日の明るいうちにスーパーへ駆け込み、必要なものを買いだめするようになっていた。
 ────怖い……怖いよ……。
 運転するリコの視界がぐにゃりと歪み、彼女は慌てて滲んだ涙を拭う。

 …………誰かがどこかで嘲笑った気がした。



●恐怖のなかでも
 スーパーマーケットの駐車場に車を停め、リコは眉を顰めた。
 ────また人が増えてる。
 今まではこの時間には人がほとんど居なかった。けれど、新型感染症絡みの事件が続くうちにリコと同じ考えの市民が増えたのか、この時間でも混むようになっていた。
「もっと早く来なくちゃ」
 ぽつりと呟いて、慌てて首を横に振った。
 二十四時間営業の店舗もあるが……。
 ────駄目、明け方じゃまだ暗いわ。太陽が出ていないと。
 新型感染症事件に時間は関係ないが、それでも、彼女は太陽の光を頼りにしていた。
 ショッピングバスケットを手に取り、運転席のドアを開ける。
 そして、動きが止まった。

 くちゃ、くちゃ……。
 野良犬が何かを食べている。
 嫌悪感にリコが顔を歪ませた。
 ────やだ、何かの死体……。
 違った。
 確かにそれは死んだ犬の死骸を食べていたが、食べているそれも屍体であった。
 犬のゾンビが同じ犬のゾンビを喰らっていた。いや、食まれているのは犬の死骸だけでは無い。だが、リコの思考はそこで止まった。
 ぼこ……ぼこ……。
 千切れた皮とその合間から覗く筋肉が脈動する。背骨から拡張した骨が細い腕になり、脚の爪が皮膚を破って鋭く伸びる。
 ひっと小さな悲鳴が漏れた。
 いけない、そう思う間も無く、おぞましい化物と化したゾンビ犬と目が合う。
 黄色く淀んだ眼球が、悲鳴を上げるリコを捕らえ、背中から伸びた長く骨ばった手が、反射的に顔を庇ったリコの腕を殴りつけた。
「いやぁあああ!」
 しかし────、絶叫を上げるリコを後目に、その化物はリコに背を向けた。
「……えっ」
 ゾンビ犬はのそのそと駐車場の向こうへ歩いて行く。
 リコの悲鳴で何が起きたか気付いた人たちが騒ぎ出した。
「ゾンビだ、感染した!」
 近くに居た誰かがリコを指さした。
 同時に、空から鳥のゾンビが駐車場内の人たちを襲い始めた。
 駐車場に残されたリコの心臓が早鐘のように打つ。
 絶対に殺されると思ったのに、今まだ残るおそろしいその残骸のように食べられると思ったのに、なぜ自分は生かされた?
 無意識に右腕をさすり、ぬめりとした感触に、一瞬、息が止まる。
 次の瞬間、滝のように涙が流れた。
 リコは震える手でスマートフォンを掴むと、お守りのように登録していたH.O.P.E.に電話した。
 現在地と名前を告げ、混乱した頭で状況を伝える。
「────犬のゾンビが一匹……ゾンビの鳥が一匹……。私が見た犬は仲間を食べて恐ろしい姿に……それより、あの、私……私、たぶん、感染しました」
 そこまで言った時、巨大な鳥の影が横切り、驚いて彼女は通話を切ってしまった。
 晴れていた空が暗い。
 彼女が心のよすがにしていた太陽が隠れた。
 ────ギャア……。
 望んていたのは桜の緋色の雲。けれども、空を覆ったのは腐肉滴らせた鳥の群れが成す黒い雲。
 喉が張り付いて悲鳴が出ない。
「逃げなければ」
 仕事もお金も、どうでもいい。
 逃げなければ。
「助けてえ!」
 悲鳴をあげた誰かの方をリコは見た。
 自分以外の人々が襲われている。
 もしかして、とリコは自分の未だ血が流れる腕を見た。
 ────感染したら襲われない?
「逃げて!!」
 弾かれたようにリコは近くの人に覆いかぶさった。
「ひっ、あなた」
「大丈夫! まだ正気……だから────逃げよう」
 泣きながらリコはその人を全身で庇って走る。
 腐った鳥はリコを避けてその下の人間を襲おうとするが、ジャケットを広げたリコがそれを阻止する。
 すると、不思議な事が起こった。
 …………それを見た、他の人々が同じようなことをし始めた。傷を負って感染したであろう人々が。
 駐車場に居た全員がスーパーの中に入った時、誰かが叫んだ。
「町は駄目だ! 山だ、とりあえず山に逃げろ!」
 彼の見ていたスマートフォンには悲惨な町の状況が映し出されていた。
 だが、このスーパーもすでにゾンビに囲まれている。
 ────もう、この街はだめ。もう、私たちは駄目……。
 誰もが諦めたその時、スーパーの駐車場に三台のバスが止まった。
 ドアが開くや否や武器を持った数人が飛び降りた。
 リコはスマートフォンを握りしめ、呟いた。
「H.O.P.E.の、リンカー……」
 さっきとは違う涙がほろりと零れた。

解説

●目的
・生きている一般人全員をバスに乗せ、バスを出発させること
・ボスゾンビ二体を倒す
※従魔が蠢いており、駐車場内にバスは入れません(車で店内へ突撃などは不可)
※バスを動かせれば、車内の住民はH.O.P.E.の庇護下の避難所まで待避できます


●敵:蟲毒ゾンビ×2※同じゾンビを食べることによってパワーアップしたゾンビ
・蟲毒・狗:デクリオ級相当、獣ゾンビを率いている
 四つん這いになった人間程度の大きさ、素早くはないが攻撃範囲が広めで防御力が高い
 背中から鋭い爪を持った一メートル程の細い人間の腕が生えており、それで周囲の人間を引っ掻くことが出来る
・蟲毒・禽:デクリオ級相当、鳥系ゾンビを率いている
 鴉程度の大きさ、素早いが高くは飛べない、攻撃力が高い
※蟲毒ゾンビが生きている限り、配下ゾンビは統率が取れ、隙があれば一般人を傷つけることを優先するが、蟲毒ゾンビ撃破後、大半はエージェントを優先して狙う
※配下ゾンビは倒し切ることはできない


●ステージ:香川県山沿いの町のスーパー
(スーパー)―(駐車場)―(バス×3台)
※駐車場に蟲毒・狗ゾンビ、バスの上空に蟲毒禽ゾンビ
※店内の民間人は32名、うち12名は感染の疑い


●状況
店舗からバスまで100m
蟲毒従魔・狗、禽は必ず襲ってくる
ドアを開けるとゾンビ鳥・犬が店内に侵入を試みる
バス×3…1台乗員77名(運転手含む)、最後尾の一台は運転手とリンカーのみが乗車していたが、他二台には町の住民が乗車(満員ではない)
蟲毒従魔たちを倒さないと他二台も邪魔されて発車できない


PL情報:
禽は民間人に感染を広めるため素早く建物外を飛び回り、狗は店への侵入を試み成功すれば店内を走り回り感染させます。
邪魔すればエージェントに襲い掛かかりますが、感染を広めるのを優先しています。
ゾンビたちは一般人は傷つけ感染させることが目的ですが、エージェントは殺そうとしてきます。

リプレイ


●陸の孤島
 ちらちらと、太陽を隠す黒い影。
 すでに生物としての機能を失ったはずのそれが空を飛ぶ。
「どこもかしこもこの騒ぎじゃ、どれだけ救出対象が残っているんでしょうか……」
 バスの窓から空を見上げた九字原 昂(aa0919)が心配そうに顔を曇らせた。
 新型感染症絡みの事件に怯える四国でも比較的事件が少なかった香川。
 けれども、その日、愛媛から香川へと一斉にゾンビたちが攻め込んで来た。
 いつものゾンビに加え、強化された”蟲毒”ゾンビを加えたそれらの敵はあっという間に町を荒らして行った。
 この事態が誰かの意図によるものなのは明白だった。
 鴉守 暁(aa0306)がマイペースに呟く。
「おー、ゾンビとかゲームでみたわー」
 マイペースに呟く彼女に英雄のキャス・ライジングサン(aa0306hero001)が応える。
『ロケラン、ブッパしたくなりマスネー』
「生憎持ち合わせてないのでなー。街、破壊するわけにもいかんしー」
「──では、お願いするっす!」
 スマートフォンの終話ボタンを押した君島 耿太郎(aa4682)が周囲のエージェントを見回す。
「避難所に全員を送った後、病院で感染した人たちを保護してくれるよう頼んだっす。ちゃんとライヴスを補充する設備もある所らしいんで感染者に関しては心配なさそうっすよ!」
 感染から救うには治療薬『Re-birth』しかないがまだ数が足りない。進行を遅らせるライヴス補充による『延命治療』が効果的だがこれは専用の機器が必要で、設置している病院でしか受けることはできない。
 君島はそれがある病院を探して連絡を取っていたのだ。
 現在、香川にはたくさんの感染者が出ていることだろう。
 感染者の受け入れは危ぶまれたが、彼が事前に連絡したことによって病院を見つけることができたのだ。
「私も終わったわ」
 鬼灯 佐千子(aa2526)が運転手から借りたIP無線機を納める。
 彼女は無線機を借りて前の二台のバスの乗客に植枝リコからH.O.P.E.に寄せられた救助要請を説明・説得をしていたのだ。
 もちろん、スーパーに逃げ込んだ人々の救出、及び感染者を同行させることをすべての人々が快諾したわけではない。けれども、エージェントである鬼灯たちが責任を持って護衛すると説得を続けた結果、それぞれのバスの代表者はスーパーの人々の救出と感染者の同行に理解を示してくれた。
「じゃあ、今度はこっちの皆で連絡取れるようにしとくっすよ! ライヴス通信機とスマートフォン、どっちでもOKっす」
 そう言って君島が自前のライヴス通信機とスマートフォンを取り出す。


 エアブレーキの音とタイヤの軋み。
 運転手が震える声で「着きました」と告げた。
 列を成して進んでいた前のバスも既に停車していた。
 そこは地獄だった。
 バスを見上げる黄色の眼球、もしくは眼窩の闇。
 道を塞ぐ屍の獣たち……。
「どちらにしろ、このまま先には行けそうにないですね……」
 のろのろとバスの周りを歩くゾンビたちの姿に、運転手が引きつった声で呟く。
 あちこちから、未感染の新鮮な生命、そして、エージェントたちのライヴスに反応したかのように屍体たちがうぞうぞと現われ道を塞ぐ。
「スーパーの入り口までバスを誘導するのは無理そうですね」
 念のため背を屈め、窓から外の様子を伺う昂。
 駐車場に所々無造作に乗り捨てられた乗用車がここで起きた混乱を示していた。
「かつて仲間だったものが敵に変わる。これは、単に敵が増える以上の意味を持つ。……効果的過ぎて、吐き気がするわ」
 少し悲しそうな顔をする光縒(aa4794hero001)。屍肉蠢くこの駐車場の向こう、そこに逃げ込んだ人々と……まだ生きてるはずの通報者を含めた感染者が居るはずだ。
「……覚えておきなさい、颯太。もし家族が、友人が、恋人が、……そして私が、敵に変わった時、躊躇わずに討つのよ。でなければ、全てを失う事になるわ」
 天宮城 颯太(aa4794)は光縒を見つめたが、彼女はすぐに幻想蝶に手を伸ばす。
 ──言いたいことはわかるけど……。でも。
 ライヴスの蝶に包まれて、光縒と共鳴した颯太は口を開いた。
「自分を犠牲にしても誰かを守ろうとする人を、蔑ろにはできない。
 ……何もかも全部を救えるなんて思っちゃいない。でも、その思いは全部引き継ぐ!!」
 颯太の言葉に、エージェントたちは頷いた。
 そうだ、自分たちはここに残る人々を全部連れて帰るのだ。
 だが、そんな彼らをあざ笑うかのように耳障りな声が響いた。バスの大きなフロントガラスの前を、ここが終点とばかりに醜悪な鳥が横切った。千切れた腐肉が皮が尾羽のように靡く。
「──では始めようか。ゲームのように」
 暁がボルトアクション式ショットガン火竜の銃口を横切る禽へと向けた。



●蟲毒従魔
 折戸が開くと同時に素早く外へ滑り出た昂。
 バスの周囲を旋回していたゾンビ、蟲毒・禽、そしてゾンビ鳥たちが旋回しながら高度を落とす。
「少し待ってもらいましょうか」
 昂は一際大きな禽を狙い直刀を抜き放つ。素早い動きで繰り出される雪村一撃──だが、刃はそのまま禽を貫くことなく、ただキラキラとした清浄な氷が宙を舞った。昂の《猫騙》だ。避けようとした禽がバランスを崩す。
 その隙に他のエージェントたちが次々に飛び出し、運転手は慌ててバスの扉を閉めた。
 ──狗も怖いが鳥の方が怖い。奴らに地形なぞ無いようなものだから。だが、トドメをささずとも相手に傷を強いればいずれはあちらが力尽きる。
 ゾンビ犬たちの間を駆け抜けた暁の火竜が空を撃つ。脚と翼を狙ったそれは的確に屍鳥を傷つけていく。
 同じく火竜持つ鬼灯が、今度は禽を狙う。
「これなら命中させられそうよ」
『ヘパイストスでも行けそうだな』
 鬼灯の英雄、リタ(aa2526hero001)が応える。
「”あれ”がちゃんと翼で飛んでいるかはわからないけど──、あの鳥がボスみたいだから撃ち落としてみるよ」
 撃ち抜かれるたびに腐肉をあちこちに散らばらせて飛び上がるゾンビ鳥たちを狙う。
 ──グァアアア!
 猫騙から回復した禽が翼を大きく羽ばたかせる。
 腐臭が強まった。
 見た目より素早いその動きを避けることはできず、ガリ、ガリリ──、暁の背中を爪が抉る。
「できるだけ傷は貰わないようにと……思ったのにな……っ」
 横転し、傷を庇いながら距離を取る暁。
 もう一度、舞い上がった禽を守るようにゾンビ鳥たちがエージェントたちへ急降下してくる。


「犬は好きなんだけどね……! ちょっと躾が必要かな!」
 颯太の《へヴィアタック》がゾンビ犬たちの綻びた屍体を四方に散らす。
 ベチャリ。
 耳障りな音を立てるゾンビたちの肉片が、それでもまだ動き続けることを颯太は知っている。
「阿弥陀如来に申し上げたてまつる、無限の慈悲の光を照らしたまえ……」
 卒塔婆「涅槃」を掲げた秋津信子(aa5063)が紡ぐ言葉が炎となり、不浄な獣たちを焼き払う。
 だが、その炎を越えてまた次の、そして次の、屍体を引きずった影が現れる。
「くそっ、四国を死者で満たす気か!? まずは目の前の事に対処しないと……」
 思わず言葉を荒らげる秋津。彼女のリライヴァー、阿弥陀無量光(aa5063hero001)は小さく笑った。
『仏の力を存分に使うがいい。あとの代償は補償せんがな。ふふっ』
「──今はお前の中身については問わぬよ」
 焦りを断つようにぶんと涅槃を敵へと構え直す秋津。
『颯太』
 バスからスーパーまでの道を拓くべく、ゾンビたちと戦う颯太へ光縒が声をかける。
 その声が指す方を見た颯太は言葉を失う。
 それは他の獣たちよりだいぶ大柄な獣であった。
 そして、それは他の屍体よりも、なお、更に、醜悪で冒涜的な姿だった。
 まるで狼のような堂々とした巨大な犬の姿、けれど、まばらな毛と肉と骨の白さが見える腐敗した背中からは細く色の無い人の腕が生えていた。
『うわ……思ってたより大分グロいっす……なんか生えてるし……』
「ここまでとは……もはや憐れむ前に虫唾が走る。さっさと始末するぞ」
 ぶらぶらと動くそれに一瞬言葉を失う君島。君島の英雄、アークトゥルス(aa4682hero001)も眉を顰めたが、すぐ動いて目の前のゾンビ犬を斬り倒す。
 ひゅっと空気を割いて爪の尖った細い腕が空を切る。
 それを避け、または武器でいなしながら、エージェントたちは狗との距離を詰めた。
「さぁ地獄の一丁目まで、散歩を楽しもうか!」
 遂に黒旋風鉄牛の鎖が狗へ絡みつく。それを引く颯太。
 ウルフバートを振り上げたアークトゥルスの《ライヴスブロー》が力強く狗の背中を断ち斬る。
「っ!」
 爪の伸びた細い腕がひゅっと空気を切ってアークトゥルスの肌を浅く裂いた。
 だが、ふたつに別れた狗の体は依然動いてはいるものの、それ以上の攻撃らしい攻撃はできそうにもなく──、続く君島と颯太の攻撃がそれぞれを潰した。


 壊れた鳴管で雑音を漏らしながら禽は素早く飛び上がり、その間に他のゾンビ鳥たちが襲い掛かる。しかも、ゾンビたちは倒しても倒しても絶える気配が無かった。
 《シャープポジショニング》を使い、位置を決めた暁は攻撃の手を止めない。
 ハングドマンでの拘束を狙う昂だったが、彼が距離を詰めても禽はすぐに舞い上がり中々射程に入らない。その動きに合わせ、鬼灯がヘパイストスで禽を狙うが、射線に入った別なゾンビ鳥を落とす。
 ゾンビたちは強くはない。倒し切るのは大変だが動きを奪うだけなら容易い──だが、今回は数が多い。
「きりがない……」
 その時、秋津の炎が禽を囲むゾンビたちを包んだ。
「今」
 暁のスナイパーライフルが弾を吐き出す。
 それを避けるべく、舞い上がる禽。
 その時、あり得ない方向から弾丸が現れ──暁の《テレポートショット》が禽を貫いた。
 エージェントたちの攻撃によって穴の空いた体。それを繋ぎ止めていた最後の腐肉が弾ける。
 ──禽はばらばらと地に落ちた。



●感染者
「H.O.P.E.エージェントです。――……助けに来ました」
 鬼灯の声にバリケードのように置かれたカートの下で動く影。どうやらドアのロックを外しているようだった。
『何とか間に合ったっすかね……というか、間に合っててほしいっす』
「間に合わせてみせるとも。この誓いにかけて」
 アークトゥルスの言葉に君島は頷いた。
 ──カチ。
 小さな音がした気がした。そして、自動ドアの硝子が小さく叩かれた。
「行きます──!」
 秋津が生み出した炎がゾンビたちを焼き、そして退けた──その一瞬、エージェントたちは扉をこじ開け店内に滑り込んだ。
「閉めるっす!」
 君島がドアを閉めるのと同時に小さくなった炎の向こうから、新たなゾンビ犬が突進して硝子扉に激突した。


 店内は静かであった。
 人々はふたつの輪に別れて固まっていた。
 暗い顔で、けれどもどこか達観したかのような表情でエージェントを迎える人々と、店の奥で震える人々。
 それが何の輪なのか、彼らを出迎えた人々が身体のあちこちに巻いた包帯でエージェントたちはすぐに理解した。
 避難した人々と──、感染者だ。
 君島は共鳴を解いて彼らの前に進み出た。こういう状況で言葉をかけるのは共鳴状態のアークトゥルスには向かないと判断したためだ。
「この場にいる人で全員っすか? 他に人は?」
 君島の言葉に人々は首を横に振った。
「ここに居る人たちで全員よ……あのゾンビたちは……誰も殺していないわ……傷つけただけ」
 包帯を巻いた女性がおずおずと声を上げた。植枝リコと名乗った彼女は自嘲の笑みを浮かべた。
「だから、”みんな”を連れて行って」
 その言葉に自分たち感染者が含まれていないのは明白だった。
 バツが悪そうに奥の人々が顔を反らす。
 感染者たちは店内で調達したのであろう包帯などで傷口を荒く巻いていたが、それはどうやら自分たちの血液からの二次感染を恐れての処置のようだった。
「大丈夫っすよ!」
 リコと──その場の人々の顔を見渡す君島。
「ちゃんと病院の手配は出来ているっす! ──バスは別々になっちゃうけど、ちゃんと”みんな”でここから逃げるっすよ!」
「大丈夫です、諦めてはいけません!」
「……秋津さん……」
 思わず口を開いた秋津を見て何人かの顔に光が差した。それは四国出身である秋津を、または念仏行者・観音行者としての彼女を知っている人々であった。
「そうやけん。嘘言っちゃ駄目やけん。皆って言ったら皆やけん。おあんにゃんや秋津さんが言うように”みんな”で逃げなきゃいかんのぉ」
 奥で震えていたはずの老婆がゆっくりと立ち上がって発した言葉に、室内の空気が変わった。
 エージェントたちは顔を見合わせ、頷き合う。
「怪我をしたものは一旦こちらへ。重症者はいないか? 手を貸そう」
「こちらへ──」
 アークトゥルスが声をかけ、秋津が人々の怪我の様子を確認する。
「三台に別れて乗車してもらうっす」
 君島が感染の可能性が無い人々は前二台のバスへ半分ずつ乗車するよう指示し、それ以外の感染者または感染が疑われる場合はエージェントと共に最後尾のバスへ、そしてそのまま病院へ向かうと説明すると人々は大人しくそれに従った。
「慌てないで、余所見せず、真っすぐバスに向かうッス。大丈夫っすよ」
 てきぱきと指示する彼らの様子に、ふたつに別れていた輪がゆっくりと解けた。
 人々は行く先別に三つに別れたが、それは先程までの心理的な隔たりは無かった。
「駐車場ではありがと、……ごめんな」
 誰かが言った言葉にリコが何人かの感染者が目を潤ませた。
「秋津さん、ごじゃせんでいたァね」
「化け物祓いは本職ですから」
 知り合いの老婆の言葉に秋津は頷く。
 ──ドン!
 べちゃり。何度目かの腐肉が自動ドアの硝子に張り付く。
「皆の道は我等が守る。任せてくれ」
 再び君島と共鳴したアークトゥルスの言葉に全員が頷いた。



●逃亡
 蟲毒従魔の禽と狗を失ったゾンビたちは統率が取れておらず、それぞれ真っ直ぐにエージェントたちを狙う。
 それに気付いた暁は人々の逃走経路を確保するために駐車場を駆けていた。火竜で敵を撃ち、そして走る──そんな彼女をゾンビたちは一斉に追いかける。
 ──バスから少し離れた場所で避難しやすいように足止めと撃破。
 しかし、個々は弱いが数が多く、暁はゆっくりと動きを制限されていく。
「ペットを連れてのご入店はお断りって、そこに書いてあるだろ! 悪いけど今日は、遊んでいる暇はないんでね!」
 駐車場を走る颯太が《怒涛乱舞》で敵を撃破して道を拓く。
 気付くと、昂もまたゾンビたちを引き付けて逆方向へ動くのが見えた。
「この辺りでしょうか」
 バスと駐車場から離れ、ゾンビたちに囲まれた昂の姿が《影渡》によって溶ける。
「敵を引き付けてくれるのはいいのだけれど……、余り囲まれすぎるのは心配ね」
 そう言う鬼灯のマルチプル・ロケット・ランチャーが駐車場を焼いた。
「走るっす!」
 未感染者に気付いたゾンビ犬から《カバーリング》で庇う君島、そして、秋津が周辺のゾンビをまとめてダメージを与える。
 その隙に人々は駐車場を駆け抜けた。
 素早く引き返した昂が感染者たちを手早く三台目のバスに乗り込ませた。


 護衛も兼ねて一台目、二台目、三台目にエージェントたちが乗車するとバスがゆっくりと動き出した。
 ――しんがりは、こんな身体のおかげで無駄に頑丈な私の仕事かしら、ね。
 鬼灯が幻想蝶から多連装ロケット砲フリーガーファウストG3を取り出し、構える。
 鬼灯のフリーガーファウストG3から放たれた《トリオ》が道を塞ぐ屍たちを吹き飛ばした。
 即座にバスに飛び込み──そして、鬼灯は気付いた。車内に一人足りないことを。
 振り返る鬼灯に颯太は行け、と手で示した。
「光縒さん、俺は躊躇わないよ。自分の信じたことを、するだけだから……!」
 颯太はバスを横目で見ながら、ゾンビたちを引き付け続けた。
 その時、最後尾のバスからリコが顔を出した。
「お願い──!」
 戻ってきて、そう言ったようだったが声は聞こえなかった。
 ゾンビ鳥がエージェントが乗るバスへ襲い掛かるより早くリコはどこかを指し、窓を閉めたバスは出発した。
 走り去るバスを見送った颯太は駐車場へ戻る。
 ──もう、誰も残っていないみたいだ……。
 バスが見えなくなるまでゾンビの動きを潰しながら駐車場を駆ける颯太。
 すっかりバスが見えなくなり、周囲の敵の数が減ったのを確認すると放置された車のドアに手をかけた。
『鍵はどうするつもり?』
「──あ」
 冷たい光縒の言葉に顔を強張らせる。
 逡巡しつつもポケットに入れたスマートフォンに手をのばし、ふと気づいて先程リコの指した方角を見る。
「大丈夫、行くよ!」
 襲いかかるゾンビ鳥を叩き落すと、颯太は走る。
 そして、僅かにドアが開いたまま放置されていたリコの車に乗り込むと座席に放り出された鍵を拾った。



●遠ざかる日常
 車内はしんと静まり返りっていた。
 人々は無言で窓から遠ざかる自分たちの町を眺めた。
 慣れ親しんだはずの風景のあちこちに佇む違和感。日常を汚すしみのように、蠢く屍体たち。
「もう、町は駄目だ……」
「ゾンビなんてヘッチャラヨー。おねーさんに任せるネー」
 誰かが漏らした絶望を即座に否定する、共鳴を解いたキャスの明るい声。
 ──私らの姿をみれば幾らか安心するだろう。仕事であれば遂行するのみ──ようへいだもの。
 キャスの陰でゆったりと座席に座った暁はエージェントたちの中でも一番深い傷を負っていたが、同乗した人々にそれを気付かせることはなかった。
「避難所が見えて来ました!」
 バスの運転手の声に人々は顔を上げる。
 道の先に並ぶH.O.P.E.の白い制服は、翳り始めた陽の光の中でも眩しく輝いて見えた。


 彼らが辿り着いたのは山間部に位置する公共の宿泊私設だった。
 無事な人々を避難所に降ろす間、バスで待つ鬼灯はある想いに囚われていた。
 ──それにしても……。あの蠱毒・狗の姿には、先日斃した芽衣沙が作ったと言う鵺の姿をしたゾンビを思い出、す――……。
 ぬるり、空気が動くゆるい錯覚──そして。
「――痛ッ」
「どうした……!?」
 突然、肩口を押さえた鬼灯の様子にリタが反応する。
「……。いえ、何でもないわ」
 離した手の下には何もない。
 ──ヤツに噛まれた傷口なんて、とっくに治っている……、わよ、ね。
 一瞬過った不安。まるでそれを見透かしたかのように声がかかる。
「噛まれましたか?」
 少し険しい表情で自分を見る昂の姿に鬼灯は首を横に振った。
「噛まれたのは、今──じゃない、です」
「新型感染症ウィルスは僕たちリンカーには感染しないと言われているけど──不調を感じるなら調べた方がいいです。安心するためにも」
 昂の助言に鬼灯は頷く。
 ────徳島県某所、感染者収容施設。
 そこに現れた神門(ミカド)というウィルス型従魔そのものを操る愚神。
 かの愚神のまとう黒い靄の形をした大量のウィルス型従魔がリンカーをも蝕むという事実。
 その事件に立ち会った昂はその恐ろしさをよく知っていた。



 後日、神門での戦いで得た『神門の能力により大量のウィルスが体内に侵入した』という事実を元に新型感染症に関わったエージェントたちの検査が行われた。
 鬼灯も呼ばれ、血液検査を受けた。
 ──ゾンビたちは少しずつ力をつけて行っているように見える。ならば、もしかしたら……潜伏したウィルスが未だに自分たちの身体の中で”その時”を待っているかもしれない。
 エージェントたちの間に密やかに広がる不安。
 検査はそれを受けてのものでもあり、その結果、『感染及び、体内にウィルス型従魔を保有しているエージェントは居なかった』。
 ドロップゾーンの中で感染しても、そこから離れればいずれウィルス型従魔の影響から逃れることができる。リンカーならば、いずれ、ウィルス型従魔は体外に排出される。
 それは神門たちと戦い続ける上で有用な情報であるように思えた。



結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ようへいだもの
    鴉守 暁aa0306
    人間|14才|女性|命中
  • 無音の撹乱者
    キャス・ライジングサンaa0306hero001
    英雄|20才|女性|ジャ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避



  • 対ヴィラン兵器
    鬼灯 佐千子aa2526
    機械|21才|女性|防御
  • 危険物取扱責任者
    リタaa2526hero001
    英雄|22才|女性|ジャ
  • 希望の格率
    君島 耿太郎aa4682
    人間|17才|男性|防御
  • 革命の意志
    アークトゥルスaa4682hero001
    英雄|22才|男性|ブレ
  • エージェント
    天宮城 颯太aa4794
    人間|12才|?|命中
  • 短剣の調停を祓う者
    光縒aa4794hero001
    英雄|14才|女性|ドレ
  • エージェント
    秋津信子aa5063
    人間|30才|女性|防御
  • エージェント
    阿弥陀無量光aa5063hero001
    英雄|24才|女性|ソフィ
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