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【相談卓】トンネル封鎖&救出
最終発言2017/03/13 18:25:41 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/03/10 21:05:34
オープニング
●三島地区
「H.O.P.E.です! この先、従魔が発生ており危険です、引き返してください!!」
曇り空の下、肩章が付属した白いコートが眩しい。
「わかりました。ご苦労様です」
そう答えると赤世は窓を閉めた。
「はー……死ぬかと思った。警察じゃなくてH.O.P.E.かよ」
「免許不携帯って免停だっけ……じきに警察も来るんじゃないか」
「従魔って例のゾンビだろ? そんなところに一般の警察が来るかな」
そう言って、赤世は隣の友人を見た。
「ていうかさ、オマエが急に眠いとか言うから運転代わったワケで、そのオマエが偉そうなこというなよ」
「だるくてさ……っていうか、偉そうって言えば、あのH.O.P.E.も偉そうだったよな。英雄が居るだけの一般人のくせしてさ」
「まあなあ、俺だって英雄さえ来てくれれば……」
「……俺、まだ例のゾンビ見たことないんだよね。あのテレビもリアルタイムじゃ見逃しちゃったし」
「あ?」
「いい抜け道があるんだよ。ちょっと行って動画でも撮って来ないか? 動画サイトにUPしたら結構来ると思うんだ」
「検問かしら」
「うーん、良く見えないけど封鎖してるみたいだね」
ファミリーワゴンの後部座席で幼い少女の激しい泣き声が車内に響く。
「こら! 静かにしろ!!」
「だって、ハルカがあ」
「車では静かにしろって言ってるだろ、お兄ちゃんだろ!」
ドリンクホルダーから缶コーヒーを取るとユウジはそれに口を付け────。
「ん、あの車、脇道入って行ったな」
「あんなところに道があるの?」
「地元のナンバーだったし、きっと抜け道があるんだ」
「やめてよ、そういうの」
「大丈夫だって。行ってみよう」
赤世達が乗った白い軽ワゴンカーが曲がった小道を加持一家の赤いミニバンが追うように曲がる。
●隧道(はかみち)
「おい、もうこの先トンネルしかねーぞ。トンネルの中で化物に会ったら逃げ場ねーし、引き返そうぜ」
「こっちじゃないのかもなあ……って、ヤバイ、警察じゃねーか……」
「見つかる前に中入るか……待避所でUターンできるだろうし、なんかあったらH.O.P.E.が止めるだろ」
そのまま赤世たちは他の車両に会うこともなく、いつも通りにトンネルの中を進む。
「もうちょっと行ってみるか?」
すでにいくつかの待避所は通り過ぎたか、従魔もエージェントの姿も見えない。
「こっちじゃなかったんだろうなあ……」
赤世はため息をついた。友人の澤近はさっきからずっと助手席でスマートフォンを弄っている。
「法皇トンネルってさあ、ちょっとアレだよな……」
古い一車線のトンネルである。対向車とのすれ違いは待避所を使わねばならない。暗く狭く単調なだけでなく、かなり長いトンネルだ。独りで黙って運転していると退屈なだけではなく、少し怖くなる。
いや、それだけではない。
ここは出ると有名な心霊スポットでもあるのだ。
このトンネルを抜けるといるはずの無い、誰かがいる。
法皇トンネルの入り口には『法皇隧道』と書かれた古い銘板が刻まれている。
『そう言えば、隧道って墓穴に通じる道のことなんだぜ』
昔、澤近が言ったことが脳裏を過る。
『墓地へと続く墓道のことを言うらしい。棺を埋めるために────』
────じゃあ、箱車(ハコ)に乗って隧道を過ぎたら、俺たちは根の国へ行くってわけだ。
そう言ったのは、誰だ。
柄にもなく掌に嫌な汗が滲む。
────大体、ネの国ってなんだよ。
「おい、ちょっと音楽変えてくれないか?」
しかし、赤世を無視して澤近はスマートフォンに夢中だ。
「おい!」
赤世が声を荒げた瞬間、ふっと────車内が少し暗くなった気がした。
澤近のスマートフォンがスリープモードに変わったのだ。
「なんだよ……寝てるのか?」
「……」
もう少し走れば次の待避所がある。
赤世はそこでUターンして戻ろうと思った。
「……?」
最初は、トンネル内の照明のせいかと思った。
力無く頭を垂れている澤近の髪の間から覗く首筋の、異様な青白さ。
「おい……」
具合が悪いのだろう、そう思うのに、赤世の声はなぜか震えていた。
「さわ────」
澤近がむせって身体を折り曲げた。
その瞬間、乱れた髪から切り取ったように一部だけ青白くなった澤近の肌が見えた。
────新型感染症に感染すると肌が部分的に青白くなり、やがて全身に────死に至り────……。
そんな話を聞いたのは、いつだったか、誰からだったか。
もう覚えていないけれど、もしかしたら、澤近から、だったかもしれない。
「う、うあああああああああああああ」
アクセル、急ブレーキ、スピン、衝撃。
バン! と膨らんだエアバッグがぐったりとした友人の身体を大きく跳ね上げた。。
衝撃を吸収したエアバッグが縮むと、肌の色が一部変わった澤近がゆるゆると赤世に手を伸ばした。
「う……あかせ……」
「は、あああ、やめろおおおおおおおおお!」
赤世はフロントドアポケットに放り込んでいた緊急脱出ハンマーを掴むと、その柄を友人だったモノに叩きつけた。事故の衝撃で緩く開いていたらしい助手席のドアが開き、赤世は必死でソレを車外に蹴り出した。
「────う、おわあ」
震える手でドアを閉じロックをかける。ドアの向こうで澤近が崩れ落ちるのがわかった。
「ごめん……ごめん……」
べちゃ……べちゃり……。
震えながら顔をあげた赤世の目の前にフロントガラスいっぱいに張り付いた……。
トンネル内に短くクラクションの音が響く。
歪んだ車体から外の音が流れ込む。
トンネルを通る風の音。
そして獣が唸るような────亡者の怨嗟のこえ。
……そして、車内を侵食する、吐き気をもよおす腐臭。
ひしゃげたボンネットの向こうに、ヘッドライトに照らされた、ぼろぼろの、腐乱した、大量の死体。
砂糖に群がる蟻のように、フレームの歪んだ白のワゴンに這いのぼる、ゾンビたち────。
「……あか……せ……」
掠れた友人の声が聞こえた気がした。
赤世の瞳からゆっくりと涙が零れ落ちた。
●オペレーターより作戦エージェントへ
愛媛県四国中央市。
かつて金砂町と呼ばれた場所で無数のゾンビが発生。
H.O.P.E.から派遣されたエージェントが道路を封鎖、ゾンビたちを撃退。
しかし、全てを撃破することは叶わず、一部のゾンビが山中に逃げ込んだ。
ゾンビたちは国道三一九号、法皇トンネルに潜入し松山自動車道方面に向かっている模様。
松山自動車道にゾンビが侵入した場合、物流に極めて悪影響が予想される。
エージェント数名の乗ったミニバンがゾンビの間を抜けて法皇トンネルを走行中。
法皇トンネル出口ではエージェントたちが到着次第、封鎖予定。
────……また、トンネル内には何台かの民間人が乗った車両の存在が報告されている。
解説
目的:ダイナマイトを届けトンネルを封鎖せよ
トンネルの旧金砂町側はH.O.P.E.別動隊によって封鎖予定
トンネルを抜け松山自動車道側(三島地区側)へダイナマイトを届けトンネルを塞ぐ
●一般人 放置すると混乱して車外に飛び出し極めて危険
・A車(軽ワゴン):赤世:車内で混乱状態、外には発症し負傷した澤近がいる
・B車:加地(かじ)一家:ユウジとハルナ、小学生のユウタ、三歳のハルカが同乗
※エージェント車とB車は3列7人乗りのミニバン
●法皇トンネル
全長1,663m/幅4.5m/高さ4.7m ※1車線、車両のすれ違いが出来ないため待避所有
●PC情報
・トンネル内の状況 ※矢印は進行方向
至・旧金砂町 ←→ 至・三島地区
ゾンビ→ エージェント→ ゾンビ→ ←一般人車両が二台?
※ゾンビは2隊に別れており、恐らく20体ずつ(増える可能性有、殲滅は難しい)
※至・金砂町側は暫くすると閉鎖される
※至・三島地区側はPLたちが脱出した時点で封鎖予定
※A車のクラクション音は聞こえてる
●PL情報
これまでに新型感染症に感染したエージェントは確認されていない。感染しないという情報もあるが、真偽は不明。
・トンネル内の状況
至・金砂町 ←→ 至・三島地区
ゾンビ→ エージェント→ ゾンビ→ (待避所・A車事故現場)ゾンビ→(待避所)←B車(待避所)
※エージェントの車はA車の事故現場を通過できない
※ゾンビ退治を優先した場合、A車の赤世は車外に飛び出す
※B車はゾンビに遭遇(ゾンビをはねる)するまで状況を知らない
※ゾンビをはねたB車はしばらく止まった後、ユウジが車外に出る
※B車は待避所でUターンできる
各車両の距離は正確には解らないが、移動力の高いPCが全速移動すればB車にある程度早く着くことができる
ただし、全力移動中は攻撃も回避も行うことはできない
全力移動:ルール>戦闘マップ頁ムーブ(移動)項参照
リプレイ
●黄泉の道
ぴったりと窓を閉めた車内はとても静かだった。
古く狭く、そして長いトンネルの内部は明るくは無かったがそれは幸いだったのか。
ツラナミ(aa1426)がサイドミラーに蠢く影を見る。
「なんつうかまあ……毎度毎度、ご苦労なこったな」
辛うじて今抜けて来た道、そこを大量の腐った屍体が歪な身体をねじりながら歩いているのが見えた。
彼と共鳴した38(aa1426hero001)が呟く。
『ん……ゾンビ、パに……っく。ホラー……』
「どこの広告文だよ……っとに、現実は小説より奇なりとはよく言ったもんだ……まあ、今更だが」
バサリ、車内に風が起こる。
《鷹の目》でライヴスの鳥を呼び出したツラナミはその脚に何かを括りつけると窓を開けた。トンネル内特有のゴオゴオという風切り音、そして排気ガス……それから反響する唸り声と僅かな腐臭が流れ込む。
「行け」
”鷹”がトンネルの奥へ向かったのを確認すると彼は即座に窓を閉めた。
GーYA(aa2289)は暗い車内でライヴスゴーグルを一旦ずらす。
「不審な敵の姿はありませんでしたね」
以前見た鳥のゾンビの姿を思い浮かべる。トンネルに入る前に周囲に気を配ったがそれらしい姿は見えなかった。
『もし一般人がいるなら全員助けるぞ……もう死なせねぇ』
旧金砂町で日暮仙寿(aa4519)がジーヤに言った言葉を思い出す。
先日の新型感染症絡みの事件で彼らは感染者を助けることが出来なかった。本人の頼みは叶えたかもしれない、けれども、助けられなかった────少なくとも彼らはそう思っている。
『これまでに新型感染症に感染したエージェントは確認されていない。感染しないという情報もあるが、真偽は不明です』
出発前に確認したジーヤに、H.O.P.E.の職員はそう返した。
『感染したエージェントはいない、ねぇ』
ジーヤと共鳴したまほらま(aa2289hero001)の呟きに、彼は首を振る。
「今は、かもしれない。もし愚神がその機会を伺ってるとしたら」
『憶測でしかない事を考えるより任務を成功させましょ』
「うん、死なせはしない、生かすんだ」
力強く頷くジーヤの近くで、不知火あけび(aa4519hero001)と共鳴した仙寿が頷く。
「頼もしいな。ライブス先進国のリンカーの実力見せてもらうのである」
ソーニャ・デグチャレフ(aa4829)がそんな仙寿たちを見る。
観戦武官として留学生として学ぶ為に亡命政府より日本に派遣されてきたと自称する彼女は見た目十三歳ほどの少女である。自分を『我々』と呼ぶ不思議な英雄ラストシルバーバタリオン(aa4829hero002)を連れて今回の依頼に参加していた。
「小官はこの機会に先輩方の戦術を学びたいのだ。だが、学ぶだけではエージェントとしての役目を果たしたことにはならぬ。そこで、ここへ入る前にいくつか調べてみたのだ」
そう言って車内のエージェントたちに見えるよう周辺地図を広げる。
「残念ながら短い時間では非常口などを確認できる資料を手に入れることはできなかった。だが、万が一、火災が発生した場合を考えて、念のため携帯用酸素吸入器を借りて用意した」
「火災……?」
トンネルの奥から短いクラクションの音が聞こえた。
「一般車両……!」
ハッとしたように天宮城 颯太(aa4794)が顔を強張らせる。
「手荒い運転になってもそれぞれ対処してな!」
ハンドルを握る虎噛 千颯(aa0123)が車内の仲間に告げる。
共鳴した彼らは万が一車が横転しても死ぬことは無い。だが、クラクションの主は。
『見えた……ゾンビ……一番近くの待避所……事故車……あれでは車は先に進めない』
鷹を操っていたサヤからの報告を受けて、ツラナミは距離や状況を仲間に伝える。
トンネル内の灯りに照らされて、誰かがこちらを見ている。
振り向いて、じっと彼らを見つめるその頬は熟れ弾けて白い何かが覗いていた。
「高速に向かってる例のゾンビ集団に追いついたな!」
千颯が車のスピードを僅かに緩めると、ツラナミと仙寿、ソーニャはドアを開いて車から飛び降りた。
「進行方向からだ」
仙寿が反響するクラクションの方向を睨む。
車内に居るうちに《潜伏》を使ったツラナミだったが目の前の光景に目を細める。
「流石に、難易度高めか……だが」
────細く続くトンネルの道、身を隠せるのは目の前のゾンビ共自身の影。
だが、彼は足を止めず全力で奥へと駆けた。例え、潜伏が効かず見つかったとしても、愚鈍なゾンビがツラナミほどのシャドウルーカーを足止めするのは難しい。
後を仙寿、そして、遅れてソーニャが走る。
『十時の方向に敵影確認』
ラストシルバーバタリオンの声にソーニャはファルシャを振るう。遅れてすり抜けようとしたソーニャを捕らえたゾンビ共の腐肉の壁を、分厚い片刃の斧が断つ。
「すまないな、先に行かねばならないのでね」
敵を完全に屠る必要はない。叩き斬り、先へ進めればいいのだ。
────おああ……うあ……。
ぼろぼろなのは衣類だけではない、風に靡くのは千切れた布だけではない。
スピードが落ちた車の後ろにまた歩く屍体が見え、颯太の顔が曇る。
「さっきのクラクションの音に引き寄せられているのかな……。ゾンビ映画だと、よくあるよね。……しかし、検問はしていた筈だけど、迷い込んだのかな?」
トンネルの光源ではすべては見えないが、後に続くゾンビの列は途切れることが無いように思えた。
『……さぁね。案外、興味本位で来たんじゃないかしら? 怖いもの見たさ、ってあるでしょ。
……大抵映画の中じゃ、冒頭で死ぬ奴よ』
彼と共鳴している光縒(aa4794hero001)の答えに颯太はゾクリとしたものを感じた。
まるでホラー映画に迷い込んだかのようだ。
のろいゾンビを避けるようにハンドルを切る千颯。しかし、トンネルは狭い。ゾンビが横に並べは避けようが無い。しかも、相手はAGWしか効かない。ゾンビたちは人並みの体格である以上、車で轢き殺すことはできないのだ。
べちゃり。
スピードの落ちたミニバンの窓を腐敗始めた爛れた掌が叩く。
ガクン、車体が揺れた。飛盾「陰陽玉」を使ってゾンビへの攻撃を試みた千颯だが、慌ててハンドルを握り直す。
「悪い! 誰か手伝ってくれ」
千颯が言うまでもなく、ジーヤと颯太は動いていた。彼らは飛び道具を持たないドレッドノートだ。ドアを開けて這い寄るゾンビを直接蹴散らす。
濡れた手で絡みつくゾンビ。
そして、ヘッドライトに輪の中に腐乱した死体が浮かんだ。
「揺れるぞ!」
ぐしゃり。
フロントガラスにへばりつく屍体。
腐肉の詰まった眼窩がこちらを無言で見つめる。
「……ここまでだ! 吹っ飛ばされないよう気を付けるんだぜ!」
千颯がハンドルを切って強くブレーキを踏むとタイヤが音を鳴らして車が回転する。しかし、狭いトンネルの中で反転はできるはずもなく、スピードの落ちた車体はガリガリと嫌な音を立てながら壁にぶつかる。エアバックが作動する直前、運転席のドアを蹴り倒した千颯と開きっぱなしのドアからジーヤと颯太が飛び出す。
バフン! 車は白い煙を吐き出して停止した。
三人は車体に弾き飛ばされたゾンビを踏み越え、蹴り倒し、トンネルの上に立つ。
「エージェントの全力疾走、とくとご覧あれってな!」
新鮮なライヴスに惹かれ千颯たちの元へ向かうゾンビたちを振り切って、三人は駆けだした。
走る仙寿は道を塞ぐ壊れたワゴンを見つけた。まるで群がる蟻のように群がるゾンビの様子に嫌な予感がする。
「! あいつはゾンビではないな……感染者か?」
車体の側、ゾンビ共に踏みつけられ、転がる人影に気付き、彼は《女郎蜘蛛》を放つ。周囲のおぞましいゾンビがライヴスの糸に絡み捕らえる。
「おい……」
声をかけた澤近はぐったりとしており、色の変わった皮膚が目に飛び込む。
「……メンドクセェのがまだ居るみたいだな」
思わず顔を歪めた仙寿にツラナミが告げる。彼の《鷹の目》で得た先の情報を聞いたあけびが声を震わせる。
『この先にも人がいるの!? 急いで助けないと!』
仙寿は後ろを振り向く。すぐにソーニャは辿り着く。それに、ジーヤ達も来るはずだ。気付けば、ツラナミの姿は見えず、彼は近くのゾンビに向かって守護刀「小烏丸」を振るう。
ウェポンライトの光の中にまた新しい屍体が現れた。
●事故現場
「大丈夫なの? このトンネル」
不安そうなハルナにユウジは笑う。
「はは、一車線だけど国道なん──」
突然、視界が塞がれた。何かがフロントガラスの一部を覆う。
「うわっ!」
元々スピードはそんなに出ていない。ブレーキをかけたユウジはなんとかそこに止まることに成功した。
「やだ……」
「大丈夫、今、外を見てくるから」
ユウジがドアを開く。灯りの少なく古い造りのトンネルは不気味だった。
「大丈夫……人なんているはずは無いんだ……」
衝撃だってない、そう言いながらも冷や汗をかきながらフロントガラスの前へ向かう。
何か、音が聞こえた気がした。
「────これは…………スマートフォン?」
車の前にはディスプレイが光る一台のスマートフォンと紐のようなものが転がっていた。画面には通話中、の表示……。
もう一度、男の声がした。
『ああ……拾ったか。H.O.P.E.のもんだ。悪いがちょいとそこで待機しててくれ』
「どういう」
しかし、通話は途切れた。H.O.P.E.の名に安堵したユウジがそれを拾い上げると途端に車内が騒がしくなる。
「だいじょうぶ! スマートフォンが」
ユウジがそれを車内に向けて翳せば、フロントガラスの向こうでは恐怖に顔を引きつらせた妻と泣き叫ぶ子供たちの姿。
そういえば、トンネルの中ってこんなに臭いんだろうか。獣の声がする────まるですぐ後ろに────。
「え?」
振り返ろうとしたユウジの眼前を肉塊が飛んでいく。
「待機しろと言ったが、訂正だ……車内に戻れ!」
ゾンビの頭を踏みつけたツラナミの投擲した苦無「極」。それがユウジの背後に居たゾンビを貫く。けれども、身体が千切れてもゾンビはうだうだと動き続けた。
「ひぇっ」
弾き飛ばされた指が鋭い爪でユウジを襲い掛かり、ユウジは車道に身を投げた。
いくつもの唸り声がトンネルの奥の闇から聞こえる。腰を抜かしかけたユウジにツラナミがもう一度指示する。
「こうなりたくなければ、車内に戻れ」
這いずったユウジが再び赤いミニバンのドアを閉めるのを確認すると、ツラナミは身を翻し、赤いミニバンを背にして飛鷹を抜く。
鞘から放たれた日本刀は淀んだ暗がりの中で清廉な光を放ったように見えた。
仙寿の目の前のゾンビが浮遊する勾玉のような盾で弾き飛ばされた。
追いついた千颯たちだ。ソーニャは仙寿に任せて先行した。
「生きるんだ」
澤近が僅かに頷いたのを見て、仙寿は《潜伏》を使い即座に先へ走った。
ゾンビは弱いがタフだ。それを知っている千颯は時間をかけずただ退け移動力を奪う。
後方からのゾンビを相手にする颯太が呟く。
「でもコレ、感染源はなんなんだ? ……空気感染するっていうなら、手の打ちようはないけど」
『金砂町からのゾンビは昔の武士だそうよ。倒せば骨へ変わるけど一々細切れにする余裕はないわ』
千颯がゾンビを退けたワゴンの歪んだドアを壊す。トンネル内に知らない男の悲鳴が響く。
「H.O.P.Eのエージェントだ。助けに来たぜ?」
『俺たちが来たからにはもう大丈夫でござるよ』
千颯の呼びかけに思わず共鳴した白虎丸(aa0123hero001)も声を出す。
ぺしゃんこになったエアバックの下から赤世が這い出る。
略式礼装であるH.O.P.E.の制式コートを羽織っていたジーヤは震える赤世にエージェント登録証を見せるとゆっくりと安心させるように語り掛ける。
「H.O.P.E.のジーヤです、大丈夫ですか?」
混乱する赤世から状況を聞き取るジーヤ。千颯が叫ぶ。
「こっちにも」
「やめろ! そいつはゾンビだ!!」
赤世の悲鳴にエージェントたちは状況を一部理解した。
「初期発症ならまだ助けられるかもしれない、ただ余り期待はしないようにな」
千颯が澤近に近寄る。ゾンビに踏まれ引っ掻かれたらしい彼は血塗れであった。
赤世から状況を聞いたらしいジーヤが澤近を調べ背負う。
その意図に気付いた千颯が《ケアレイ》をかけた。
『傷は癒やすでござるよ』
澤近を見た白虎丸が呟く。
「俺は」
その声が聞こえたわけでもないのに澤近が呟いた。
「まだ人間なのか」
ジーヤが一度、澤近を下ろし、澤近の腕に、澤近本人と赤世に見えるようヒールアンプルを刺す。
「感染していても霊力を送り続けることで進行を防げます。病院での薬の投与で治せます」
ジーヤは澤近の身体に自分のコートを巻き付けた。H.O.P.E.のロゴが赤黒く汚れる。
いくつも重なる唸り声、また再び腐臭が強くなる。
「団体様のご到着か。……なら、足を止める!」
止める間もあらばこそ。周囲の敵を倒し終えた颯太が元来た方へとへ走る。
「……ジーヤちゃん、先に行こう」
赤世を背負った千颯がジーヤに言う。
颯太ならば、ただのゾンビに負けることは無いはずだ。
今、周囲にはゾンビは居ない。ならば、リンカーではない一般人を連れて走るより、人ひとりを背負っても共鳴したリンカーの脚力で進んだ方が早く進めるはずだ。そう判断したふたりは奥へと走り出した。
ツラナミが戦っている間、追いついた仙寿が加地一家の説得を試みていた。
「この先は行けない。このまま進んで待機所で引き返してもらうが……もう少し待って欲しい」
しかし、仙寿の説明にハルナが悲鳴を上げる。
「嫌よ! 感染者と子供たちを一緒に乗せるなんて!」
「同乗しただけでは感染はしない。感染者はコートで姿を覆うし、隣に能力者が乗って抑える。車に近付くゾンビは俺達が全て倒す。指一本触れさせない」
「だって! そんなの無理よ!」
「ママ……」
仙寿は泣き顔の子供たちにも優しく語り掛けた。
「怪我をしたお兄さんがいるんだ。痛くて動けないかもしれないから、車に乗せてくれないか? 俺達がお父さんもお母さんも、お前達も必ず守るよ」
「仕方ない、このまま進もうぜ」
そう、千颯が言った時、真剣な顔をしたユウジが進み出た。
「本当に、護ってくれますね? ……俺だってゾンビになるところを救って貰ったんだ、H.O.P.E.を信じるよ」
動く死骸の向こうに誰かを背負った仲間の姿を認めて、ツラナミは悪態をついた。
「……この後、予定通り爆弾設置だ封鎖だなんだの作業に入るのかねぇ……ったく、余計な手間をとらせてくれる」
「ホラー映画ならこういう場合……。いや、どうせなら、ヒーロー映画の方がいいか。そっちの方が、楽しそうだし。なぁ、お前らもそう思うだろ?」
颯太は目の前に並ぶゾンビたちに軽く笑う。
もちろん、彼らは笑顔を返すことなく、ただ、虚ろなおぞましい顔で颯太のライヴスに舌なめずりをするだけだ。
できるだけ、一体ずつ、身体を砕いて行く颯太。
ゾンビたちは数では勝っているものの、彼を捕らえることができない。
「ゾンビは脳幹潰せば死ぬってのが、お約束だろ」
脳髄に《ヘヴィアタック》を叩き込み、隊をなして近づいて来れば己より背の高いベグラーベンハルバードを突き出す。
「熱烈なのは嫌いじゃないけど、ごめんね。俺、好きな人がいるからさ」
周囲を囲むゾンビたちに《怒涛乱舞》を放てば、周囲に腐肉が飛び散る。
「葬儀場が満員だったか? ……悪いが、こっから先は、通行止めでね……!」
足を狙い、移動力をなるべく奪い、敵の数を減らしながら旧金砂町側の出口に一人走る。
「流石に数が多い……。だが、引くわけにはいかない」
《一気呵成》がゾンビの頭を弾き飛ばした。
『颯太。のんびりしてるとここでゾンビと同居することになるわよ』
「光縒さん、これでも急いでいるんだよ!?」
それでも、颯太はゾンビの気を引き、また移動力を奪うことを疎かにしない。
「俺達が守った今日が、皆の明日になるんだ!」
そう言った瞬間、四つん這いで走っていた大量のゾンビたちが顔を上げた。
「…………あれ」
後部座席でコートでくるんだ澤近をしっかり抱えたジーヤと赤世に付き添う千颯。
仙寿が周囲のゾンビに《女郎蜘蛛》を放つと、転回した赤いミニバンは三島地区側へ走り出す。
それを護るように追うツラナミと仙寿。
進行方向のゾンビ共はすでにミニバンの進路を妨害するような”大きさ”では無かった。
長く暗いトンネルに光が差した。
光を背に、ソーニャが数人のエージェントたちと待っているのが見えた。
●”KEEP CALM AND CARRY ON.”
遠くからくぐもった爆音が響く。恐らく三島側の出口を封鎖した音だ。
「終わったあ……」
封鎖した旧金砂町側のトンネル出口付近で、他のエージェントたちと共に草地に座り込んだ颯太。
彼は隣に立つ光縒を見上げる。
颯太を見下ろす光縒。
「颯太、言い忘れてたわ。頭にゾンビの残りが付いてるわよ」
悲鳴が森の中に木霊した。
「お疲れ様です。感染者ですか?」
「ここに入る以前から感染していたようで、すでに一部肌の色の変化が見られます」
久しぶりに太陽の下で見る白いH.O.P.E.制式コートが眩しい。ライヴスゴーグルで周囲を警戒していたジーヤは安全を確認するとそれを外し、外で待っていた仲間に近づく。
「お預かりします。後で皆様も念のために対ウイルス用の殺菌処置を行います。ご協力を……」
トンネル外部で待ち受けていたエージェントたちはジーヤからぐったりとした澤近を受け取ると慌てて用意した担架に乗せて運ぼうとした。
もぞり、必要以上にかけられた毛布が動く。その隙間から黒々とした目が覗いた。だが、それはちゃんと生きた人間の瞳だ。
「ありがとう」
澤近は自分を見守るジーヤへ小さく礼を述べて、医療班が居るらしいテントへと運ばれて行った。
「こちらでライヴス────ケアレインとヒールアンプルの投与を行いました。……気休めかもしれませんが」
ジーヤの言葉にそのエージェントは複雑な表情を浮かべた。
新型感染症に対しては、専用装置でライヴスを補充する『延命治療』が行われる。しかしそれは『延命』のためであって、『完治』のためではない。
感染症を治すためには『治療薬』が届くのを待つしかない。それを彼らは皆知っていた。
────リンカーは他者へライヴスをただ送ることはできない。
特定のスキルを使えばいくらかの量を与えることは出来る。ケアレインやヒールアンプルも対処療法的に進行を遅らせる可能性は高いが『延命治療』と言えるような量は到底与えられない。
知ってるのだ、それは。この場に居るエージェントの誰もが。
困ったような顔のジーヤに彼は何かを投げ渡した。
「気休めですが、どうぞ。あなたたちは彼を救いましたよ」
彼が澤近を追って去った後、ジーヤは掌に収まったヒールアンプルに視線を落とした。
それから、逆の手で抱えた澤近の血が未だ生々しく光る自分のコートを見る。
赤世の事故現場から拾った澤近の物らしいスマートフォンは、ざっと調べたが芽衣沙と関連がありそうな履歴は見つからなかった。
「あたしは、止めたりしないわよ?」
まほらまの言葉にジーヤは目を伏せた。
「お兄さん達を助けてくれてありがとう!」
仙寿が共鳴を解くと、あけびは子供たちに笑いかけた。
突然現れた英雄に驚いた子供たちだったが、あけびが彼らの頭を撫でると暗かった子供たちの顔が明るさを取り戻した。
「パパ、ヒーローかな?」
「うん、ヒーローだよ」
あけびが答えると子供たちは嬉しそうに父親に抱きつき、ユウジは困ったように笑った。
「けど、何でトンネルに入れたんだ? 封鎖してただろ?」
仙寿の問いに途端にバツの悪そうな顔になるユウジとハルナ。ポツリポツリと白状した夫婦の話に顔色を変えた仙寿は厳しく注意した。
「軽率な行動で自分だけでなく家族の命まで危険に晒してしまって……すみません」
「結果的に加地さんの協力のお陰で救えた命がありました。でも、もうしないでくださいね」
「はい!」
「あの二人にも元気になったら言ってやらねーとな」
あけびの言葉に少しほっとするユウジと、小さくため息をつく仙寿。
すっかり緊張の解けた子供たちは白虎丸の尻尾を追いかけ始めた。
「見事であった」
共鳴を解いたソーニャが今回の作戦をまとめたらしいファイルを読みながら仲間に語り掛ける。
「この場には居ないが天宮城 颯太らの足止めがあったからトンネル内のゾンビの増加が防がれたのであろう。また、日暮殿、日暮 仙寿の」
続けようとしたソーニャの服の端が引っ張られた。
「おねえちゃんもトラさんつかまえよ!」
「!? 自分は」
「ソーニャちゃんも遊びたいって? よっし、白虎ちゃん、頑張って逃げろ!」
「千颯、ソーニャ殿が困っているでござるよ!」
そこへH.O.P.E.からの一台の災害用救急車と二台の1.5トントラックが現れた。
「お迎えか」
端で煙草を吸っていたツラナミが動きを止める。その前に緊張した面持ちのユウタが立つ。
「助けてくれてありがとう! おじさん、めっっちゃカッコよかった!」
トラックへ走り去るユウタ。煙草を消したツラナミが隣のサヤに気付く。
「……なんだ」
「……べつに……」
「日暮さん」
友人である仙寿をジーヤは呼ぶ。
「ん?」
「相談があるんだけど」
振り返った仙寿とあけびの顔が強張った。
「ジーヤ!」
彼の掌からは血が流れ、その傷口は澤近の血の染みたコートに押し付けられていた。
「ちゃんと説明する」
翌日、検査室から出て来たジーヤを、まほらまとあけび、そして、納刀した小烏丸を下げた仙寿が出迎えた。
────H.O.P.E.所属ライヴスリンカー、”GーYA”。
H.O.P.E.東京海上支部情報分析室において二十四時間の見守りと検査を重ねた結果、陰性と判断。
その後、経過観察するも新型感染症への罹患は認めらず。