本部

疲れた人の理想郷

玲瓏

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2017/03/14 19:09

掲示板

オープニング


 杏心(あこ)は部屋に閉じこもったまま顔を見せなくなってしまった。
「今回は僕に責任がある。最悪な父親だよな」
 今年で九歳になる杏心は、漢字の小テストで満点を取った。ご褒美として、父の正司(せいじ)は有名な遊園地に連れていく約束をしていたのだ。あのキャラクターと写真を取りたい、前々から娘が呟いていた。
 明後日が約束の日であった。ところが正司は仕事先の小さなミスで、その日の代えが聞かなくなってしまったのだ。
 遊園地の日程をずらす相談を杏心にしてみるも、結果的に怒らせてしまった。
「私からあの子に言っておくわ」
「それも悪いよ。……本当に、どうしてこうなったんだろう」
 疲れた顔をした正司は、食卓の椅子に座った。今は二十二時だ。この時間に食べる夕飯は日課だった。
「杏心は良い子でしょ? 今は感情的になってるけど、落ち着いたら話も聞いてくれる。行かなくなったっていう訳じゃないんだからね。私に任せて」
 辛い状況も、人生のパートナーが見つかれば心も安らぐ。たまには妻に甘えても良いものだろうか。
「ありがとう。でも、ちゃんと僕からも謝るよ。家族からも嫌われたくはないから」
 どうすれば今回の失敗を防げたのだろう。仕事先の癖で正司は反省していた。反省の成果はこうだ。仕事がなければ、こうはならなかった。
 皆同じ悩みを抱えているだろう。


 暫く杏心は、父が嫌いだ嫌いだと心の中は騒がしかった。椅子に座って足をバタバタさせて時折大きな溜息を吐いた。わざとらしく大きく。部屋のすぐ隣はリビングじゃないし、聞こえる訳もないが。
 地面の一点しか見つめていなかった彼女は、周りを見渡した。机の上には指人形が集会を開いていて、箪笥には彼女の好きなキャラクターのシールが貼ってあった。
 それらは父と母が買ってくれた物だった。
「はあ」
 ベッドの柔らかい肌触り。
 ドアの隙間から入ってくる風は、足に当たって冷えた。
「でも……」
 複雑な心境を、彼女なりに受け止めようとしたのだろう。不格好だが杏心は、ベッドの布団に潜り込んで身体を丸めて、思い切り毛布にしがみついた。勢いよく抱いて、力が限界を感じた時に離す。
 悪いのはお父さんじゃなくて、シゴトだ。シゴトが悪いんだ。
 なんとなく心地よくてそれを何度も繰り返していくうちに、段々息が苦しくなってきた。杏心は酸素を求めて、布団から顔を出した。
 女の子が自分を、ベッドの横から覗き込んでいた。可愛らしく笑っていた。
「だ、誰!」
「シー! 見つかってしまう。大丈夫、ウチは杏心ちゃんの友達なんだ」
「友達? でも、誰……?」
「落ち着いて」
 杏心は起き上がった。彼女は本当に見知らぬ人物だ。英語の書かれたフード付きの服をきていて、中には白いシャツ。濃い茶色のズボン。自分と似たような短い黒髪の少女。本当に誰だろう? 
「ウチが誰なのか知りたいのは分かる。でもまず、話を聞くの」
「うん……?」
「明後日、お父さんと一緒に遊園地に行きたいよね」
「うん行きたい」
「ウチなら、お父さんのお仕事を休みにすることができる」
 もし明後日、本当に行くことができたら嬉しい。ところが杏心は、素直に喜べなかった。
「魔法使いなの、ウチは。杏心ちゃんがよくアニメとかで見るような魔法使い」
「……そんな訳ないでしょ」
「そう? 見せてあげる。今時の魔法使いはフードを被っているかもよ」
 フードを被った少女は、杏心の手を取って右手を上に振り上げた。すると、杏心は驚いた。
 今まではベッドの上にいたというのに、突然知らない場所に出たのだ。明るい場所で、心地よかった。布団で丸まっていた時よりも、何倍も。素敵な場所だ。
「すごい! 本当に魔女なんていたんだ!」
「フフフ」
 暖かくて、地面には花がいっぱい咲いている。良い香りがして、小鳥の囀りが聞こえる。ふわりと身体が軽くて、どこからともなく音楽も聞こえてきて。
「これでウチを信じてくれたかな」
「本当に遊園地に行かせてくれるんだよね!」
「モチロン。約束する。でも、少しだけ杏心ちゃんにもやってもらいたい事があるんだ」


 遊園地の帰り、正司は不思議な偶然に未だに心からの感謝をしていた。ミスをしたが、それは結果的に成功したのだ。失敗しなかったら大惨事になっていた。奇跡というのはあるものだと、正司は神様の存在を信じた。
 家に戻って、母がお風呂に行っている間に杏心と正司は買ってきた本を読んでいた。
「お父さん、面白い場所を見つけたんだよ」
「本当かい? 杏心が面白いって言いそうな場所なんてあったかなあ」
「案内してあげる。お父さんも絶対気に入るから」


 その日のニュースでは、行方不明者の数が十人を超えたと一つの話題が大きかった。H町で、いずれも大人が何者かに誘拐されているという事件だ。警察は関東の本部からも協力が加わるという。愚神による仕業だと考えた警察は、今後リンカーの協力も得る方向性だとニュースキャスターが伝えた。
 更に民衆の興味を惹いたのは少女が関係しているという事だった。様々な目撃情報によると、人が連れ去られた時に毎回少女を見るのだという。少女は地元の小学校に通う一般的な小学生であり、今でも通っているが警察は偶然の一致だとして捜査を進めている。

 ――後のリンカーによる調査の結果では、プリセンサーは少女に反応していた。これはまともな事件ではない。警察はやはり、リンカーの協力は不可欠なものだと判断せざるを得なかった。

解説

●目的
 魔女の作る世界の破壊。

●魔女
 名前は「フエリー」と言う。ミーレス級の愚神。
 力が弱く、従魔を従えることもできないフエリーは人間を使って獲物を集めることで、一度にたくさんのライヴス吸収を目論んだ。
 彼女の使える能力は変装、ワープと本の速読、錬金術に似た物質の融合のみで攻撃的な能力は所持していない。リンカーに見つかれば逃げることを優先する。その時に使うワープは厄介だが、彼女の使うワープには条件があった。その条件を知る手がかりは杏心の部屋にある。

●世界
 人間の快楽部分を刺激する要素が充満した世界で、中に入っただけで五感をくすぐる。リンカーも長時間滞在すれば世界に飲まれ、任務続行ができなくなるだろう。飲まれてしまうと悦楽以外に考えられなくなり、その世界を愛してしまうのだから。
 中にいる人間は五十人くらいだが、人口密度は低い。中にいる市民達はリンカー達を攻撃はしないが、世界に飲み込まれるよう様々と誘惑する。

●対策
 一時間以上の滞在で飲まれてしまうため、定期的に外に出る。
 痛み等快楽とは違った刺激を自分に課すことで逃れる。

●世界での人々の暮らし
 ユートピアのようで、誰もが苦しみから逃れた生活をしている。住んでいるのは大人のみで、子供は杏心のみ。そのため、大人は杏心を非常に大事にしている。彼女に危険が迫れば身を挺してでも守る程に。

●杏心の役割
「仕事で疲れている人を連れてきて」とフエリーから命令を受ける。ただその方法では常識的な大人は着いてこないので、フエリーが杏心を襲うシーンを演技して、騙されてついてきた大人達を世界に引き込むという作戦をしている。しかし成功例は少なく、大体の大人が警察を呼んでいた。
 プリセンサーに反応があった人間であり。愚神のライヴスが微量ながら存在した。

リプレイ


 行方不明になってからもう少しで二週間が経とうとしている。警察に捜索願を出してから三日間は毎日のように電話がかかってきた。それも今は静まり返っている。進展がないのだろう。
 杏心は今日も笑顔で学校に行った。屈託のない女の子だった。
 客人を告げるインターホンが鳴ったのは昼の十二時過ぎだった。杏心の母親の佳苗(かなえ)は補助錠を二つ開けてチェーンロックをしたまま扉を開いた。
「私達はH.O.P.Eから来たエージェントですわ」
 騎士のような格好から、想像はできていた。この凛々しい女性はエージェントなのだ。エージェントが来たということは。
「行方不明者調査の一環としてこちらへ訪ねました。色々と聞きたい事があるのですわ」
「分かりました。どうぞ中へお入りください」
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)は律儀に礼をして、敷居を超えた。
 エージェントは彼女の他に三人もいた。佳苗はその数に戸惑っていた。
「従魔や愚神って類の事件だ。数が多くなるのはご愛嬌って奴だな」
「ただの人攫いではないのですね」
「大丈夫だ」
 親指を上に向けた赤城 龍哉(aa0090)は、更に笑顔を作った。
「信頼すりゃ信頼するだけ、旦那さんが帰りやすくなるってもんだ」
「フフ、大丈夫です。もう二週間もいなくなっていますが、生きていないと思ったことは一度もありません」
「タフだな。こりゃ、大丈夫そうだ」
 四人は居間に通された。ちょうど四人分の椅子があってそこに座り、佳苗だけ違う椅子を持ってくるとそこに座った。
「警察の調査デ、行方不明になった人間にハ必ず少女が関連してイるのだと判明しています」
 そう切り出したのは鬼子母神 焔織(aa2439)だ。
「そして我々エージェントの調査デ、杏心殿に愚神と同じ反応を感知しまシた。しかシ、杏心殿が愚神だト言うのでハありまセん。悪意を持つ愚神が、杏心殿を利用しテいるのだと考えラれます」
「喜ばしい事態ではありませんね」
「何か心当たリはお有りでスか」
「――毎晩決まった時間になると、杏心が部屋からいなくなるんです」
「お嬢さんのお部屋を調査しても良いだろうか。何か、決定的な何かが見つかるかもしれない」
 青色鬼 蓮日(aa2439hero001)の申請に、佳苗はすぐに頷いた。
「任せたぜ、二人とも。俺らはもう少し残って話を聞いてる。マズイことになったらすぐに連絡してくれよな」
 居間の扉を超えた蓮日は眼を輝かせて二階へと続く階段を登った。杏心の部屋は二階にあると佳苗が言っていたのだ。
「杏心ちゃんの部屋はすぐそこにあるらしい……! 早く行って確かめねばならないのだ。怪しいのはベッドだな」
「家宅捜査を忘れズに」
 階段を登って左右に道があったが、杏心の部屋はすぐに分かった。猫のプレートに、杏心という名前が書かれてある扉が右にあったからだ。蓮日はすぐにドアノブを捻って中に入った。
 中を調査しようとしてまず、面食らった。
「こんにちわぁ。驚かせちゃったかしらぁ?」
 部屋の中央でErie Schwagerin(aa4748)が立っていたのだ。
「エリー殿! いつの間にか来てたのだな」
「こっそり入ってこれちゃったわよぅ。本当はお母さんに許可を貰ってからって思ってたんだけれど、全然お話が終わらないからぁ」
「そうでシたか」
 隣にはフローレンス(aa4748hero001)が立っていて、彼女はベッドをまじまじと観察していた。
「先に部屋を調べてたんだけどねぇ。ちょーっと気になる物を見つけたのよぅ。ねぇ?」
 エリーはフローレンスに身体ごと向けた。蓮日はベッドの上を見渡してみたが、そこには古びた円形の、小さなコインのような物が乗っていた。
 枕の真横に置かれているものだ。
「男の子ならこういうのに興味あるんだろうけれどねぇ。子供の部屋にコインなんて、あるものなのかしらぁ?」
「調べなければならないな。フローレンス殿、ボクが調べて見せよう」
「気を付けてくださいね。罠かもしれません」
「変な小細工には引っかからんのだ。どれどれ」
 コインを手に取った蓮日は、色々な角度からコインを凝視した。くるくる回したり、窓から入る明かりに照らしてみたり。
「日本のお金ではないな。恐らくどっかの国の硬貨だろうが、ふぅむ。全くけん――」
 あまりに唐突過ぎて、一瞬誰もが静かになった。何があったのかを理解することはできるが、予想していなかったあまりに静けさが終わるには三秒かかった。
「蓮日さん……?!」
 一言で事象を説明するならば、彼女は消えてしまったのだ。跡形もなかった。ただコインが地面に落ちて、少しだけ跳ねた。


「疲れたってどんなんだよ……」
 ガルー・A・A(aa0076hero001)はコンビニで買ったコーヒーを飲みながら、スーツ姿で歩道を歩いていた。紫 征四郎(aa0076)からは「ガルーも疲れたサラリーマンを演じるのですよ」と言われている。
 本来ならば彼一人の役目だったが、木霊・C・リュカ(aa0068)も付き添っていた。
「眼に隈とか書いて、公園のブランコに揺られるとかすごくそれっぽいよね」
「純粋に格好悪いんだが。昼間の公園って、子供と親の溜まり場だろ」
「そうでもないよ。この町の公園って人が少ないんだよね。遊具を撤去されたり、色々禁止されたりしてさ。さっき井戸端会議の前を通ったでしょ、その時に聞こえてきてさ。盗み聞きじゃないよ?」
「遊具撤去って、じゃあブランコもないんじゃねえの?」
「……一理あるね! 確かめにいこう」
 結局、公園にブランコはなかった。滑り台もなく、あるのは砂場だけだ。
「ここでどうやって疲れた人間を演出すんだ」
「安心して、お兄さんに考えがあるんだ。ちょっと買い物にいこう」
 一体どんな提案なのか想像がつかないが、ガルーは彼の言う通りにスーパーマーケットに彼を率いるのだった。

 クスクスと少女の抑えた笑い声が鳴っていた。
「杏心ちゃん、今日の標的はあの二人にしよう。また疲れたサラリーマンが公園にいるよ」
 公園の中で青いレジャーシートを広げ、盃を交わしているスーツ姿の二人が今日の標的だ。
「きっとお金がなくて飲み屋にもいけない可哀想なサラリーマンなんて、疲れているに決まっているからね」
「そうなの?」
「そうなんだよ。二人の背中をよくみてごらん。猫背になってるでしょ? 疲れてるよ」
「杏心が助けなくちゃ……!」
「じゃあ作戦はいつも通りね、もし怪しむ素振りを見せたら私が杏心ちゃんを襲うから、そこまで誘導して」
 疲れた二人のサラリーマン、その背中に杏心の声が届いた。


 恐らく目の前に立つこの施設こそ、愚神の本拠地なのだろう。マンション五階立ての高さだが、見る限り三階分しかなかった。長方形で縦に長く、横幅との比率は三と七だろうか。
 風魔・影丸(aa4916hero002)は連行されるリュカとガルーを尾行していた。愚神の存在にも決して気取られなかったのだ。施設を発見した影丸はすぐに他のエージェントを呼んだ。
「つ、疲れた、もうダメぽ……働きたくないお……」
「時に兄者、もう演ずる必要はないからな」
「一日中歩き回ってて本気で疲れたお……」
 サスガ兄弟の二人、阪須賀 槇(aa4862)と阪須賀 誄(aa4862hero001)は揃って駆けつけた。
「ところで風魔さん。もう中には誰か入っているんですか」
「リュカ殿とガルー殿、それとカグヤ殿とクー殿も入っておられる。連絡はまだないな」
「ふむふむ、では兄者、俺らも休憩したら施設に入るとしよう」
「もうオレの任務終わったようなものなんだけど」
「杏心ちゃんを助けるんだろ」
「よし弟者、休憩は終わった」
 復活が早い兄の槇は率先して扉の取っ手を掴んだ。
「待て兄者、杏心ちゃんが心配な気持ちは分かるが――」
「弟者……オレは助けが必要な子供を前にすると、居てもたってもいられない男なんだ!」
 兄は率先して先に行ってしまった。仕方なく誄も先に続いた。ミーニャ シュヴァルツ(aa4916)は「気をつけるんだよ!」と声をかけた。


 玄関から入って、カグヤ・アトラクア(aa0535)は真っ先に見えた手前の扉に入った。そこは宴会広場のようだった。丸机があって、結婚式場の模様が広がっていた。ステージがあるが、暗くて使われていないのだった。机の周囲には人が集まっていて、皆にこやかに会話を楽しんでいた。
「あー、ボクここに一生住むー。ごろごろ寝るー」
 クー・ナンナ(aa0535hero001)は施設に入ってからずっとこの調子だ。
「駄目英雄め。共鳴は解除せぬから適当に寝ておけ」
 派手ではあるが、見た目は普通であった。大雑把に見積もって、ここにいる人間の数は五十人くらいだろうか。
 先程からカグヤを、普通ではない感覚が襲っていた。その正体は快楽だった。人間の快楽を司る脳の部分に直接的に作用しているのだろう。不思議の国はユートピアだったのだ。
 幸せであり、不幸とは無縁だった。一生をここで終えても問題は何もない。むしろ、施設の外へ出ることこそ最大の不幸である。ここの人間の全員が、そう思わせられていた。
 ステージに明かりが灯った。
「レディースアンドジェントルメン! さあさあ皆喜んで、今日は新しい仲間が来てくれたんだ」
 大きなトランペットの音がスピーカーから轟いた。その後に金管楽器が静かに流れてきて、ステージ上に三人の人間が立った。一人は女性で、マイクを持っている。他二人は仲間入りした男性二人らしい。
 リュカとガルーはパイプ椅子に座らせられて、住民から盛大なる拍手を貰っていた。
「あれが杏心じゃな」
 ステージ上には最後に、杏心が登場した。彼女は笑顔で、仲良くしてね! と挨拶をするだけだった。
 脳の半分以上が快楽を求め始めていた。このまま施設に滞在し続けていればこの人間達のように毒されてしまうだろう。カグヤはピキュールダーツで掌を貫通させた。快楽とは遠い場所にある痛みは、施設の効果を思い切り否定してくれるのだった。
 オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)と紫はリュカとガルーを連れて、カグヤの所まで歩いてきていた。その最中、住民に多いに歓迎されていた。
「お疲れ様じゃったな。多くの人間から歓待を受けるとは滅多にない経験じゃのう」
「全くだぜ。精神的に疲れたが、開放されて身体が弛み始めたぜ。酔っぱらった時みてえに足取りが軽くなってきた」
「この施設の効果じゃな。あまり長居するでないぞ。ダメ人間になるからのぅ」
「ああ――って、カグヤその手! どうしたんだよ」
「自制じゃ」
「後で征四郎が治療するのです! あまり手を動かさないでくださいね……?!」
「案ずる必要はないぞ。無問題じゃ」
 カグヤの背中側にあった扉が開いて、槇と誄が入ってきていた。
「あ~~もうダメだ弟者ぁぁ俺はここで暮らすぞぉぉ~」
「……クソ廃人の出来上がりっと。起きろ兄者!」
 問答無用の連続ビンタが兄に飛ばされるのだ。
「死んでしまう~!」
 二人は入ってきたと思えば、すぐに出ていってしまった。夕立の季節はまだ先だというのに。
「ねえあなた、ガルーさんって言うのよね。ちょっと私と付き合ってくれないかしら」
 そう声をかけたのは住民の一人だった。彼女を例えるならば薔薇だろうか? 棘を隠すのが上手な薔薇で、彼女は上目でガルーを見つめていた。
「は、綺麗なお姉さんのお誘いとあらば断る道理はありませ」
「ガルー!! 調子乗ってついてっちゃダメなのです!」
 二つのダメ人間を見たオリヴィエは、呆れるように言った。
「ピコピコハンマーでも買ってくればよかったか」
 リュカがこれまた美人な住民にたこ焼きを食べさせてもらっていた。溜息を吐きながらビンタの準備を終えた。


 蓮日が消えた先はとある部屋であった。書斎のような部屋で、本棚には隙がない程に本が詰まっていた。分厚いものから文庫本サイズの物まで。部屋には机があり、その上にはノートが十冊以上積まれていた。
「なるほどな!」
 愚神の狙いはノートに全て記されていた。
 人間の快楽を利用し、何人もの人間を施設に依存させる。納得できる人数が集まり次第全員のライヴスを吸収し、ドロップゾーンを形成する。
 依存のさせ方も律儀に記されていた。
 お腹が空くというネガティヴな状態は快楽ではなく、それを達成させた時に快楽が発生する。それは永久に悦楽の状態を維持させるのは困難ではないのだろうか――という問題定義から始まる。
 そこで必要なのは可愛らしい子供という存在だった。美しい物とは外見に留まらない。純粋で真っ白な心もまた、美しいものである。美しさは人間の快楽に影響を与える。
 脳内物質を発生させる香りと音楽。特に香りは直接脳に響くために、最高の効果が得られるのだ。また、依存者の数が増えれば増えるほど良い。日本の多数決主義者達には特によく効く。
 腹が減れば別の方法で快楽を感じさせればいい。その間に食事を用意して食べさせるのだ。食費に関しては大丈夫だろう。連れてくる住民達はお金をたんまりと持っているのだから。
 書斎の本棚には人間の仕組みについて書かれている本ばかりが置かれていた。
「ボクもあまり長い時間いるのは危険だな……。まずは杏心ちゃんを探さないと!」
 蓮日は他のエージェント達が合流するまでに杏心を探していたが、その時間は学校にいるために姿は見つけられなかった。その間に、とある作戦を思いついていた。お菓子作りが好きな蓮日らしい作戦だった。
 催眠薬の混ざったお菓子を作成し、住民に振る舞うのだ。全員寝静まった後に杏心を説得し、愚神を排除する。人間の数は五十人だ。
「探しまシた」
 蓮日は二階の広場にいた。施設の中には緑の公園があって、中央には噴水が立てられていた。
「愚神のノートを見させてもらったが、なかなか努力家だな! ここの建築物は全部一人で作ったそうだ」
「噴水モ、でスか?」
「建築関連の書籍を集めて道具も買い集めたんだ。愚神っていうのが惜しいがな」
「ふム……。蓮日は平気でスか? もう何時間もここにいると思いマすが」
 昼に施設に飛ばされてから夜の今に至るまでは八時間程だが、十分時間が立っていた。立ちすぎだ。
「連絡をしテくれればよかっタのですが」
「そうなんだがなぁ。助けを呼ぼうとしても、脳が拒絶しっぱなしで全然ダメだ。一応、ここの住民のようにぐうたらにはなってはいないから安心するのだ」
「……汗一つナイのは、凄まじイでスね」
「この程度耐えれんくて《母》は出来んからな。しかし焔織、杏心ちゃんを見なかったか?」
「一階の宴会場にいまス」
「よしよし。あの兄弟もこっちにはきているな?」
「いまスが、住民になりカけていまス。兄の方が」
「なら早い所作戦を実行しないとな! 準備は整っている。杏心ちゃんを連れてきてほしい、広場までな!」
 一階ではエリーが住民達の井戸端会議に混ざっていた。フローレンスは蓮日の身体を心配していたようで、焔織が宴会場を訪れていたのに気づくとすぐに尋ねた。
「蓮日さんは大丈夫でしたか」
「無問題デす。エリー殿は何か、情報を掴めマしたか?」
「特には……。ただ、全員が杏心さんに連れてこられたという事実は、確かなものとなりました」
「憶測が事実になっタ、という事でスね。杏心殿はドちらに?」
「あちらに」
 杏心は大人達に囲まれて、楽しそうに話していた。今日の学校での出来事だ。大人達は子供の元気そうな姿を見るだけで気持ちがいっぱいいっぱいだった。
 焔織は失礼のないように大人達から杏心を借りることに成功した。


 このマンションのような施設は三階建てだったが、続きがある事は住民の誰もが知らなかった。杏心ですら、その存在を知らなかったのだ。続きは宴会場のステージ裏にある裏口扉から向かえる。
 快楽という探索を阻害する感覚を痛みで消したカグヤだからこそ気づけたのだろう。ステージの裏口には鍵がかかっていたが、内側から外すと赤子の手を捻るよりも容易く扉は開いた。
 暗い道を進むと円形の空間が広がっていて、大きな機械があった。
「ここにリンカーが紛れ込んでいたのは知ってたよ。ウチの眼は誤魔化せない」
 聞き覚えのない声だ。
「ほう。そちらからお出迎えに来てくれるとはご苦労じゃな」
「どうせ君も快楽の虜になるんだ。私はフエリー、この施設の支配人だよ。言っておくけれど、ここは一番快楽を享受できる場所だね。その機械は人間を依存させる匂いを放出させる物なんだ」
「全く、わらわを誰だと思っておる。快楽は得るものであって、与えられるものに満足出来るような安い女ではないのじゃぞ」
「そう言っていられるのも今の内だよ」
 カグヤは鉄槌を取り出した。
「早くそこを退かないと死ぬぞ、フエリー。記録の邪魔じゃ。お話は済んだじゃろ?」
「……ッ! フン、ここで一生を過ごすといいよ。絶対逃げられないから!」
 カグヤは鉄槌を持っている方とは別の手を光に向けた。この空間は暗いからフエリーには気付かなかったのだ。カグヤの手に突き刺さっているピキュールダーツに。
「無意味じゃ」
「ウチの家にきた事、後悔するからな……!」
 フエリーは宴会場へと戻って、扉の内側から鍵をかけてカグヤをこの空間に閉じ込めた。確かに先程より香りの強い場所だが、カグヤの敵ではない。


 焔織と誄に二階の広場に連れてこられた杏心は、美味しそうな甘い香りが鼻について周りをキョロキョロ、忙しなく顔を動かせていた。
「むっふふー、杏心ちゃん! ちょこれーと作ってあげよっか!」
「わー杏心チョコ大好きだから食べる!」
「ちょこれーと大好きなんだ? じゃあ沢山作ってあげないとねー! どんな形がいい?」
「猫さんッ」
「おっけぇ~。可愛いねぇ。ここにいる皆にも分けてあげようね!」
 市販で買ってきたチョコレートを溶かして、中にココナッツやミルクを詰め込んだり、形を作ったりして。
「此処は良い所だ。でも誰がキミに此処を教えたの?」
「魔女さん。杏心の部屋に来て、教えてくれたの」
「魔女さん、か。お伽話の魔女って言えば、願いを聞く代わりに……最後には大事な人の魂を取っちゃうもんだけどなー」
「ううん。あの魔女さんは良い魔女さんだから、大丈夫! もうチョコ食べていい?」
 蓮日は睡眠薬の入っていないチョコを杏心に差し出した。
「おーいーしい!」
「そっか、良かった良かった。でもね、毎日食べてると、美味しくなくなるんだ。そして、体を壊す。パパの身体、気を付けてな? 物事には必ず《代償》があるぞ」
「うん……?」
 槇が杏心を手招きして呼んだ。チョコレートを持ったまま杏心は彼の近くまで訪れた。
「ここは良い所だね」
「でしょ。杏心のお気に入りの場所なの」
「……時にパパは毎日ココにいて……《仕事》しなくて良いの?」
「うん?」
「杏心ちゃん、ゲームやろうー。弟者、アレ出して」
 誄は携帯ゲーム機を取り出した。画面は既についていて、タイトルは「子育てシミュレーション父親版」と書かれている。杏心は喜んでゲームを開始した。
「ほら杏心ちゃん、パパに仕事させないと《お金》がないよ」
「いらないよー」
「あ、ほら遊園地に行くお金も無い。ご飯も食べられなくなっちゃう……!」
「ママが愛想尽かしちゃったよ」
 借金という機能もあるが、代償に家を失った。結果、ゲームオーバーの道を歩むのだった。
「杏心のパパも、こうなっちゃうの?」
「うん。杏心ちゃんのお父さんだけじゃなくて、皆。ここにいたら、帰る家もなくなっちゃうんだ」
「お仕事なんて、ただ大変なだけなのに……それをしなくちゃいけないなんて」
「ハハ……でも現実のパパは皆、これに耐えてるんだよっと」
「自分も遊びたいのに、全部我慢して毎日疲れてね」
 杏心の肩に手が乗った。影丸の手だった。
「楽園なぞ存在せぬ。良い事しか無い等、矛盾も良いところだ。悪い事があるから良い事をより良く感じられる、そもそも負がなければ正も又存在せず」
「難しく言い過ぎだよぅ――お父さんの事が好きだから幸せにしてあげたい気持ち、ミーは分かるよ! でも、このままじゃ誰も幸せになれないの」
「どうすればいいの……?」
「一緒におうちに帰るんだよ! ミーが引っ張ってあげる」
 怒ったような足音が階段を登ってきた。
「ねえ杏心! どういう事? 住民の皆が宴会場で寝てるんだけど!」
「魔女さ――」
「あなたが愚神だと見受けまする」
 風魔は苦無を両手に構えた。
「どうしてリンカーがこんな所にも……!」
 フエリーは逃げ先を一階に決めたが、エリーが行く手を遮っていた。エリーは銀の魔弾を放ち、フエリーの足を射抜いた。
「Non mihi, non tibi, sed nobis――逃さないわよぉ、魔女さん!」
「待って! 魔女さんは友達なの!」
 杏心は誄を押し退いてフエリーを守ろうとしたが、力が足りなかった。
「杏心ちゃん、騙されちゃいけないわ。この魔女さんはね、杏心ちゃんを騙したのよぅ。このままじゃ、お父さんと遊園地にいけなくなっちゃうの!」
「違うよねフエリー?!」
 逃げ場を失った魔女は小さく笑った。
「ああ……そうさウチは悪魔だよ。どうせもうここは終わりだから正体を明かしちゃうけど。杏心も用済みだからね。若いガキにしてはよくやってくれた方だよ。だけど最後でしくじった。この役立たずが!」
「あんまり酷いこと言うと、ミーも怒るよ!」
「所詮ガキはガキだったよ。次は別のやり方で人間達を弄んでやるさ」
「OK兄者、引き金を引こう」
 AK-13が吠えた。銃口からは煙が出て、壁を破壊する音が小さく響いた。

 杏心の部屋に瞬間移動したフエリー。一見逃亡に成功したように見えたが、失敗した。
「馬鹿だよなお前。杏心の日記にコインの用途が書かれてあったぜ」
 赤城は日記帳をフエリーに掲げた。途端に、フエリーの顔が醜悪に染まった。
「あのクソガキが……!」
「醜い言葉ですわ。罪なき子供を利用し、弄んだ罪は大きい。この場所を最期に、跡形も無く排除します!」
 頭脳だけで生きてきたフエリーは戦闘の手法が分からなかった。剣を構えられて、上から下に振り下ろされる時の最善の行動が思い浮かばなかったのだ。立ちすくむしかなかった。


 杏心の顔は沈んでいた。当たり前だ。そして、部屋に閉じこもってしまった。
 リュカは母親にお茶を淹れた。
「ありがとうございました、主人も無事に帰ってきてくださって」
「エージェントの仕事だからね。……杏心ちゃんが心配だな」
 大丈夫です、と母は言わなかった。
「征四郎が様子を見に行くのです」
「ミーも! 元気にさせてあげないと」
 杏心と年齢の近い二人だからこそできる仕事もある。杏心の部屋に、二人の少女が集まった。
「アコ、大丈夫……ですか」
「お父さんはまた忙しくなっちゃって、きっと杏心と遊んでくれなくなる」
 小さな声だった。また布団に丸まっているのだ。
「征四郎の父さまもとっても忙しくて、遊んでくれること無かったですね。仕事なんてない方がいいって、気持ちもわかります。でも、分かったと思います。お金を稼ぐの、たいへんです。頑張ってくれてるのです」
 ――アコだってわかってたんじゃないですか?
 そんな父さまだから、一緒に遊園地に行きたかったのではないですか?
「大丈夫だよ! パパに、気持ちはしっかり伝わったよ! ミーは分かるんだ。許してあげよっ。ね?」
「でも……」
「ほら、ミーの手を握ってごらん! 今度はミーが友達になってあげる」
「……うん」
 リュカに様子を見に行くように指示をされていたオリヴィエは扉の外で聞き耳を立てていたが、「大丈夫」だと分かると一階へ降りた。今度は愚神ではなく、ミーニャという元気なリンカーが友達になった。
 子供の間違いは許さねばならない、そうして子供は大人になっていくのだ。とは、風魔の言葉だ。

 エリーは無人になった施設を歩き回っていた。オリヴィエ達が眠った人々を外に運び出してくれたのだ。暫く救急車のサイレン音が尽きなかったが、静かになった。
 快楽の元凶を次々と破壊して、もう破壊するものもなくなると宴会場へと戻ってきた。
「この快楽装置……もしかしたら今後有効活用できるかもねぇ。ヴィラン達に使えるかもしれないわぁ」
「どう使うのですか?」
「魔女と同じやり方よぅ。快楽で釣って、その後に絶望に落とす。やり方は別に悪くないものねぇ」
「はあ……ですが、人の心は忘れないようにしてくださいね。外道には成り下がらないように」
「分かってるわよぅ。もしカグヤちゃんが装置を作ったら借りるしかないわぁ」
 聞こえるのは二人の声だけだった。快楽に支配されていた場所にはもう、寂寥しか残っていなかった。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 我ら、煉獄の炎として
    鬼子母 焔織aa2439
    人間|18才|男性|命中
  • 流血の慈母
    青色鬼 蓮日aa2439hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • エージェント
    Erie Schwagerinaa4748
    獣人|18才|女性|攻撃
  • エージェント
    フローレンスaa4748hero001
    英雄|22才|女性|ソフィ
  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 槇aa4862
    獣人|21才|男性|命中
  • その背に【暁】を刻みて
    阪須賀 誄aa4862hero001
    英雄|19才|男性|ジャ
  • おもてなし少女
    ミーニャ シュヴァルツaa4916
    獣人|10才|女性|攻撃
  • 主の守護
    風魔・影丸aa4916hero002
    英雄|25才|男性|シャド
前に戻る
ページトップへ戻る