本部

深淵からの招待状

大江 幸平

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/02/27 18:41

掲示板

オープニング

●それはゲームのはじまりだった
 ――暗闇。

 全身が浮遊する感覚と同時に、貴方たちの眼前に現れたのは、ぼんやりと足下が見える程度の暗闇だった。

 ……いったい、何が起きたんだ?

 エージェントの一人が訝しげに呟く。その疑問は当然だった。

 つい数分前のこと。
 イギリス郊外に出現したドロップゾーン。それを消滅させるためにやって来た貴方たちは、万全の状態で目的地まで辿り着いた。
 そして、いざ内部へ乗り込まんと足を進めた、次の瞬間――

 ――気付けば、暗闇の中にいた。


 状況から考えると、ここはドロップゾーンの中に違いない。
 辺りへ懸命に目を凝らすと、正方形の形をした洋風の室内に、さっきまで顔を合わせていたエージェントたち全員の姿が見える。
 詳細は不明だが、愚神が何かしらの力を発動させ、侵入者を一箇所に転移させたのではないか。一人のエージェントがそう推測する。

 とにかく、明かりを確保すべきだ。
 そう考えたエージェントたちは各々の手段で明かりを灯すことにした。

 だが、その時――不思議なことが起きた。
 灯した明かりが、一瞬にして消えてしまったのだ。

 スマートフォンの明かりも、懐中電灯の輝きも、ランタンの火さえも。
 まるで外部から持ち込まれた明かりを嫌うように、すべては暗闇に呑み込まれてしまった。

 どうやら、ここでは光が暗闇に吸収されてしまうらしい。
 そう気付いた貴方たちが困惑していると、突如として室内の中央に青白い輝きが浮かび上がった。
 貴方はおもわず、目を細める。

 それは、街灯のような形をした細長い奇妙な物体だった。
 格子状に閉じられた先端の箱には、神秘的な炎が燃え盛っている。
 手探りで周囲に手を伸ばしたエージェントの一人が、たまたまそれに触れてしまったことで起動したようだ。


 たちまちに広がった視界の中。室内には三つの扉が現れていた。

 『蛾の絵が描かれた――北の扉』。
 『炎の絵が描かれた――東の扉』。
 『心臓の絵が描かれた――西の扉』。

 そして、南側の壁には――抉るように刻まれた、謎のメッセージ。

 『光は手足 熱は力 血潮は闇』

 気付けば、室内の空気が、揺らめくように動き始めていた。
 貴方たちは不穏な気配に戦闘態勢を取る。
 明かりの隙間から、わらわらと影が這いずりだして、あっという間に周囲を取り囲まれる。

 やがて、それらは明らかなる敵意を持って――貴方たちに、襲いかかった……!

解説

●目標

・ゾーンルーラーである愚神の発見、討伐。
・ドロップゾーンからの脱出

●状況

・ドロップゾーンの広さ、形状など、全貌は不明。(どこかに愚神が居ることは確定しています)
・外部から持ち込んだ灯りは、すべて一瞬で消えてしまいます。
 ※視認できないほどの速さで消えてしまうので、連続で点火して強引に照明として使うなどの行為は出来ないと考えてください。
・各エリアには必ず一つ以上の『街灯』が設置されており、触れて起動させることで、何処かへと続く道が開きます。
・ただし、街灯を起動するとその明かりに引き寄せられた『従魔』たちが出現してしまいます。

PL情報:
・明かりを灯すことで『手がかり』が見つかることがあります。注意深く探索することで無駄な行動を避けられるでしょう。
・中には『愚神』に関わる重要な手がかりが残されているかもしれません。探索の結果が愚神との戦闘に反映されます。

●補足

・OPで使用しているアイテム(照明)などの所持は不要です。
・必ずしもすべての扉を開く必要はありません。目的はあくまで愚神の居場所を特定して討伐することです。
・街灯の明かりは特殊な力で封じられていて、移動することは不可能です。
・従魔たちは明かりに引き寄せられるだけでエリア外に移動しません。ただしPCを認識すると襲い掛かってきます。
・基本的に行動は自由です。ドロップゾーン内なので何をしても構いません。

●登場

・『デクリオ級愚神 アビス・ゲーム』

 深淵の何処かでゲームのプレイヤーを待っていた。
 人間たちが混乱しているのを眺めるのが好きな愉快犯。

・『影の従魔』

 実態を持った暗がり。明かりが好き。明かり以外のものが嫌い。

リプレイ

●深淵を目指して
 薄闇の中から、漆黒の影が無数に踊る。
「慌ただしい事よ。光に群がる羽虫ども、疾く落ちるが良い」
『久し振りですけれど、相変わらず変われば変わるものですわね』
 即座に反応したのは、ヴァルトラウテ(aa0090hero001)と共鳴した赤城 龍哉(aa0090)だ。
 その手には『ヒルドールヴ』と名付けられた魔導書がすでに開かれている。
「……どうにも、厄介な事になっちゃいましたね」
『……全くだ。こうも暗いと目が疲れるな……だが――』
 炎が舞う。ネイ=カースド(aa2271hero001)が近寄ってきた従魔を殴り飛ばした。
「やる事はシンプルに、ブッ飛ばす……ですね」
『……よし、スズ。体を貸せ……久々に暴れたい気分だ』
 幻想蝶の輝き。
 煤原 燃衣(aa2271)の姿が、褐色の青年――ネイの生前の姿――へと変化する。
「散れッ!」
『死ネ』
 二人の連撃に呼応するように、能力者たちが一斉に――影を迎え撃った。


 室内は不気味なほどの静寂が支配している。
 戦闘はあっさりと終了していた。すでに影が動き出す気配もない。
『不可解な部屋ですね……』
「そうだね、よくわからない謎掛けもあるし。意味はあるんだろうけど」
 壁に刻まれた文言を眺めていた志賀谷 京子(aa0150)とアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)。
『今回は、奇妙なことに巻き込まれてしまいましたね』
 そこにやって来たのは、辺是 落児(aa0281)と構築の魔女(aa0281hero001)だった。
「魔女さんはどう思う?」
『このメッセージにしても従魔の出現パターンにしても何らかのゲーム性を感じます」
「……ゲーム。愚神はこの状況を楽しんでるのかな」
『そうですね。閉じ込めることにはいくつか目的がありますが……今回の愚神は人間らしい感じがしますね』
 話を聞いていた龍哉が頷く。
「これを仕掛けた奴は脱出ゲームの観客を気取ってるのかもしれねぇな。だとすると、この部屋にもまだヒントがあるかもだぜ」
「リアル脱出ゲーとかマジウケるんですけど~www」
『笑っている場合では無いでござる! 真面目にやれでござる』
 虎噛 千颯(aa0123)が楽しそうに笑う。白虎丸(aa0123hero001)は呆れ気味な様子だ。
「……通信機は使えたのか?」
 そんな千颯に『ノクトビジョン・ヴィゲン』のテストをしていた八朔 カゲリ(aa0098)が声をかける。
「それなー。試してみたんだけどダメみたいだぜ。愚神に妨害されてるのかもな。そっちは?」
「……視界を確保する程度なら問題ない」
「壁のむこう、なにかありそうです?」
 紫 征四郎(aa0076)が尋ねると『オートマッピングシート』で室内の構造を確かめていた木霊・C・リュカ(aa0068)が答える。
「ここは定番かなーと思ったんだけど。何もなさそうだねぇ」
「だいじょうぶですよ! 先にすすめばきっとなにか見つかるのです」
『うむ、何れにせよ進む他なし。ちと暗いが、この面々ならば問題はなかろうよ』
 ナラカ(aa0098hero001)は、この暗闇にかつて神鳥であった頃に混沌と戦った懐かしさすら覚えていた。
「リュカ。征四郎と手をつなぐのです。そしたらあんしんですよ」
「ふふーふ、せーちゃんは優しいねぇ」
 そんな二人の様子を眺めながら、ナラカは思う。
 此処は単に光がないだけ。彼女らに期待する無明を晴らす輝きの前では、それなりの試練にしか成り得ないだろう、と。

●東の扉
 最初の部屋における探索で成果を上げられなかった一同は三手に分かれ、それぞれの扉を抜けることにした。
 ここは東の部屋だ。生暖かい空気が流れている。
「龍哉ちゃん一緒だね~よろろ~お化け屋敷の吊り橋効果でドキドキしちゃうかも~」
『馬鹿な事を言ってないでさっさと行くでござる』
「虎噛さん達が一緒なら心強いぜ」
 まずは広さを調べるべく、龍哉がシャープエッジを取り出して暗闇に投擲する。
 ほとんど間も置かず、甲高い金属音が短く響いた。
「……期待した程、音の戻りはないか」
『そう広くはないようですわね』
 千颯が暗視鏡『梟』を装着して、辺りを注意深く見回す。
「とりあえず、手分けして調べますか」
 そうして数分ほど探索を続けていると。
 龍哉の投擲したシャープエッジが何か大きな物体に弾かれた。
「……ん? 何かあるな」
 全員で近づいてみると、それはどうやら石で出来た祭壇のようだった。
 中央に据えられた円錐形の台には、炎の絵が描かれている。
『壁に描かれていたものと同じものではありませんか?』
 ヴァルトラウテの言葉に千颯が思い出したように呟く。
「光は手足、熱は力、血潮は闇、ねぇ~。何かの暗号か比喩か……」
『そういう動物なのかもしれないでござるよ』
「なにそれwwwUFOですかwww」
 龍哉が意を決したように言う。
「触ってみるか」
 いつでも戦闘に入れるように準備を整えてから、ゆっくりと手を伸ばして――
「……おお?」
「ん~?」
 何も起こらない。
「つかねえぞ。壊れてんのか?」
『触れるだけではダメなのではなくて?」
「殴ってみるか」
『本当に壊れたらどうするでござるか』
 やいのやいのと言い合っていると、千颯がふと口を開く。
「俺ちゃん思ったんだけどさ~。炎の絵が描いてるんだから、ここに火を点ければいいんじゃないの?」
『そんな単純な……』
「どうやって火なんか点けるんだ? ここじゃ明かりは全部消えちまうぜ?」
 龍哉がそう言うと。
「これじゃダメかな~?」
 ほいっと何かを取り出す千颯。それは一本の槍だった。
 豪炎槍『イフリート』。爆炎を纏った紛れもない魔槍である。
「……その手があったか」
『いや、それはどうなんでござろうか』
 とりあえず。物は試しと共鳴してイフリートを軽く振るう。
 目も眩むような灼熱が舞い上がった。
「おお!」
『魔槍の炎は消えませんのね……』
 そのまま、祭壇の台へと強引に突き刺すと――
 如何なる力が働いたのか。台に灯った炎がまるで伝染していくように祭壇の各所を輝かせる。
「成功……かな?」
 千颯がそう言った、次の瞬間。
 周囲から放たれた殺気に反応して、槍を戻す。
『お出ましでござるよ!』
 凄まじい速さで振るわれるイフリート。薙ぎ払われる影。
 もちろん、同時に龍哉も動いていた。
 千颯の背を守るようにブレイブザンバーを振りかぶる。
「いくらでもかかってきやがれ!」

●北の扉
 冷たい風が吹き抜けていく。
 再び眼前に拡がった暗闇を前にして、京子は息を吐いた。
「で、扉の向こうはまた闇なわけだ」
『街灯がまたある可能性が高そうですか』
 アリッサが周囲を警戒しながら闇の先を見つめている。
 ここは蛾の絵が描かれていた北のエリアだ。どうやら敵の気配はない。
「光がないと探索も厳しいし、まずは探してみよう」
 京子の言葉に頷いたナラカが問いかける。
『覚者よ、ごぉぐるで何か見えそうかの?』
「……広いな。洞窟、なのかもしれん」
 ノクトビジョンを装着したカゲリの前には青白い視界が浮かび上がっている。
 差し込む光がわずかである影響なのか、遠くまで見渡すことは難しいが、それでも大体の距離感を掴むことは出来た。
『……いかにも虫がワラワラ沸いてきそうな場所だな』
 そう言ってネイは軽く首を鳴らす。
「とりあえず壁伝いに歩いて、大きさを確かめてみようかな」
『ふむ、私らは警戒を怠らんようにしよう』
 そうして、慎重に辺りを探索していると。
 岩壁の一部が崩れ落ちて、その奥に小部屋のような空間が広がっているのをカゲリが発見した。
 中を確認すると、奥に街灯らしき細長い影が見える。
『ほぅ……意外にあっさり見つかったの』
「なんか怪しくない? 起動したら閉じ込められたりして」
『……構わん。全てブッ飛ばせばいい』
「師匠が暴力の塊すぎて辛いです……」
『スズ……お前も殺られたいのか……』
「……なんでもないです」
 よし、と。京子が顔を上げる。
「悩んでても仕方ないか。わたしが起動するから、みんな敵襲に備えて」
 各自が配置に付き、戦闘態勢を取る。
「……いくよ」
 京子の手が触れる。
 すると、最初の部屋と同様に青白い輝きが浮かび上がった。
「……」
 一瞬の静寂。予想通り周囲の闇が動き出す。
 顕現した影、影、影。それらは光を求めて、殺到する。
『はぁっ!』
 それを打ち払うように、魔刃から黒焔が解き放たれる。
 動きの止まった影を狙って、京子の番えた弓から放たれた銀の矢が、次々と歪な影たちを撃ち抜いていく。
 それを見て、飛び出したのはネイだ。
 一体の従魔を掴み、暗闇へ投げ返したかと思うと、そのまま影の群れを一蹴するように殴り飛ばす。
『オラ、どうした……その程度か? 早く死ねよゴミが』


 それから激しい戦闘が続き、数分ほどが経った頃。
 一同はようやく異変に気付いた。
「おかしい。全然、減ってる気がしない」
 すると、ナラカが叫んだ。
『京子! 光が!』
『……あっちでも光ってるぞ』
「え!?」
 街灯から離れ、慌てて小部屋を飛び出す。
 そこで京子たちが見た光景は――
「……やられた」
 先程まで暗闇に支配されていた空間に浮かび上がる――無数の青白い光。
 その光に寄せられるように、拓けた空洞の四方八方から影たちが現れ続けている。
「――街灯が一つとは限らない、か」
 恐らくこのエリアは一つの街灯を起動すると、連動して他の街灯にも明かりが点く仕掛けになっていたのだろう。これは明らかに愚神の罠だ。
 一旦、引くべきか。京子がそう考えていると。
 その隣をすり抜けるように、ネイがずんずんと前に進み出ていく。
「ちょ、煤原さん?」
 そのまま、最も光の集まる場所に近付くと、手近な従魔を躊躇なく殴り飛ばす。
『……』
 思い出すのは、己の『魔人』としての日々。
 思えばこの様な先も見えない暗闇の中、行き先も分からず、薄い明かり、おぼろげな記憶を頼りに敵を殺し続ける日々だった。
 懐かしいと思うと同時に殺意が呼び覚まされる。
『……来い。全て、殺してやる』
 殺戮が――始まった。

●西の扉
 西の扉を抜けた先。そこは狭くて黴臭い場所だった。
 肌に纏わりつくような気持ちの悪い空気が漂っている。
「暗くてじめじめ嫌なのです……早く出たいのですよ」
 こんなにも音のない、ひどく寂しい場所を歩いていると、まるで自分が一人ぼっちになってしまったように思える。
 そんな寂しさを紛らわせるように征四郎が口を開いた。
「リュカの世界はいつもこんなに真っ黒、です?」
 見上げるように、隣を歩いていたリュカに尋ねると。
「ふふ、そうだね。だけど、お兄さんの世界はべつに暗闇ってわけじゃないよ?」
「寂しくないです?」
「もちろん」
『……俺も、いる』
 そんなオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)の様子を見て、ガルー・A・A(aa0076hero001)が茶化すように言う。
『リーヴィもきゃーとかわーとか怖がっても良いのよ、可愛げあって』
『……怖くないから怖がれない。でも、ここの変な感じ、嫌いだ』
 その言葉に反応したのは、一同を先導するように歩いていた構築の魔女だ。
『この感覚はもしかしたら、視線かもしれませんね。愚神はこちらの行動を見ているのではないでしょうか』
 オリヴィエが同意する。
『どこかから、見られているんだろうな』
「深淵を覗く時は、深淵もお兄さん達を見てるんだよ」
 もし愚神が自分たちを観察しているとしたら、何かしらの特異な行動を起こせば視線を誘導できるのではないか。魔女はそう考えていた。
『あのメッセージのことも気になりますしね。どこかに心臓の模様が刻まれていたりすれば……』
 と、そこまで言いかけて、魔女が足を止める。
「どうしたのです?」
『あの、行き止まりです』
「え?」
 リュカたちが近付くと、確かに前方には壁があった。
 左右を見てもそこにあるのは壁だ。曲路のようなものはない。
『何か見落としたでしょうか』
「それはなさそうですけどね? ここまでずっと一本道だったし」
『……怪しいもの、なかった』
『どこかに光を灯す場所があるのかもしれません。あるいは、それすらも私たちの思い込み……』
「……こんがらがってきましたですよ」
 いかにも面倒くさそうにガルーが言う。
『まどろっこしいな、全部ぶっ壊したら嫌でも出てくるんじゃねぇの……』
 ――瞬間。
 カチッ、と。何かが作動する音が鳴った。
『なッ!?』
 気付いた時には、ガルーの足下が暗闇に飲み込まれていた。
 そう、それは古典的すぎる罠。ザ・落とし穴である。
「ぴゃあああああああ!」
 直後。
 征四郎の叫び声と共に――全員が暗闇から更なる暗闇へと落下していった。

●暗闇、再び
 その頃。千颯と龍哉たちは、鼻歌混じりに悠々と先を進んでいた。
「しっかし……敵が全然出てこなくなってきたなぁ。これも俺ちゃんの日頃の行いが良いからかね~」
『よく言うでござる』
 あの後、祭壇に炎を灯したことにより出現した扉を抜けた千颯たちは、幾つものエリアをあっさりと踏破していた。
 それもそのはず。行く先々で、まるで道標のように点々と炎が灯されていて、特に迷うこともなく先に進めたのだ。
 しかも理由は不明だが、あるタイミングから従魔が全く出現しなくなったのも大きい。
『ここまで楽だと逆に罠のような気がしてきましたわね……』
「確かにな」
 そんなことを言いながらしばらく歩いていると、千颯が何かを見つけて立ち止まる。
「んん~?」
 石碑、だろうか。大きな石に絵と文言が刻まれている。
「またこれか……」
 蛾の絵。炎の絵。そして、心臓の絵。
 最初の部屋に刻まれていた絵と同じものだ。
 しかし、よく見るとその配置が微妙に違う。
『蛾が炎に燃やされていて……心臓に血が滴り落ちている、のでしょうか』
「なんか気味悪ぃ絵だな」
『暗号でござるか? さっぱりでござる。敵ながら頭がいいのでござるな』
「これ自体がヒントなのか。それとも他にヒントが――」
 言いながら、千颯が何気なく上を見ると。
「ウオオオオォォッ!?」
 天井にびっしりと――蛾が張り付いていた。
「キモイキモイキモイキモイ!!」
「おあっ!」
『ひゃあっ!?』
 おもわずイフリートを振り回す千颯。
『お、お、落ち着くでござる!』
「落ちてきてる! 上からなんか落ちてきてるぞ!」
 そうして、なんとか平静を取り戻した頃には。
「――これはひどい」
 辺りには死屍累々の惨状が広がっていた。
「くそ……いったい、誰がこんなことを……」
『お前だ』
 とにもかくにも、こんな場所には長居したくない。
 さっさと先に進もう、と。足を動かした瞬間。
 突如として、不思議な感覚が全員を襲った。
「……なんか、妙に揺れてねぇか?」
「揺れてるっていうより……こりゃあ……」
 刹那。全身が浮遊するような感覚が訪れる。
 これは、もしかしたら、あの時の。
 そう言葉を継ぐ暇もなく――全員が一瞬にして暗闇へ連れ去られた。


『……なんだ。もうお終いか』
 ずるずると最後の従魔を引きずりながら、ネイが無感情に吐き捨てた。
「流石に打ち止めってことかもね」
『うむ、随分と派手にやったからな』
 あれから、ネイたちはずっと周囲から湧き続ける影の従魔を狩り続けていた。
 一時は無限にも思える数だったが、従魔の戦闘力も大したことがなく、結局は簡単に殲滅してしまったのだ。
 その影響もあり、東へ進んだ千颯たちが楽々と進めたのだが、この場に居ない本人たちは知る由もないことである。
「手足ってのが従魔のことだったとしたら、これでかなり敵を弱らせられたんじゃないかな」
『少なくとも相手の戦力は削れたと考えて良さそうですね』
 まだ物足りないのか、ネイは掴んでいた従魔を勢い良く放り投げると、思い切り壁に叩きつけた。
『……全て殺したわけじゃない。ゴミがまだ一匹残ってるからな』
 そんな風にして未だ冷めない戦闘の熱に浸っていると。
「……なに?」
『この、感覚は……』
 ここにもやはり――異変が起きた。
 周囲に乱立していた街灯の炎が、強風に煽られたように、次々と消えていく。
 そして、再び訪れた暗闇の中で、全員が身構えた次の瞬間。
「……転移!」
 その姿が、闇に飲み込まれるように、消失した。

●資格
 ――遡ること、数分前。
 落下した征四郎たちは、不思議な空間に閉じ込められていた。
 狭い部屋だ。周囲は石壁に囲まれ、中央には起動した街灯がぽつんと立っている。
『退屈だ。やること、ない』
「いっそ壁をこわしてみましょうか」
「ふふーふ、それは最終手段ね。部屋ごと崩れたら、みんな生き埋めになっちゃうよ」
「ここまで手をかけているのですから、愚神が私たちを意味もなく閉じ込めるとは思えません。何か仕掛けがあるはずなんですが」
 さっきから魔女が街灯の明かりを消そうとしたり、布を被せて光量を調整したり、色々と試してみているが特に変化はない。
 どうしたものかと一同が悩んでいると。
 今まで黙り込んでいたガルーが何かを思いついたように口を開いた。
『その街灯……やっぱり怪しいと思うんだよな』
「怪しい、ですか?」
『ちょっと試してもいいか?』
 応じた征四郎はガルーと共鳴する。そして、皆に街灯から離れるよう指示すると。
 ――パニッシュメント!
 鋭いライヴスの光が一直線に放たれ、そのまま街灯に直撃した。
「……」
 静寂。
 思わず身構えるが、これといって何かが変わった様子はない。
「なんも起こらないね?」
『……炎も、消えてない』
 ガルーが短く息を吐く。
『妙な仕掛けで弄ぶ愚神みてぇだからな、俺様達がよく見える場所にいると思ったんだが……』
 と、次の瞬間。
 突然、何もなかった空間から――他の場所に居たはずの能力者たちが同時に現れた。
「なあっ!?」
「あれ?」
『……む?』
 驚く間もなく。何処からか、愉快そうな幼い男の声が響いた。
《ははっ! はははっ! よく気付いたね!? 君たち、ホント面白いよ!》
「この声は……?」
《仕方ない! いいだろう! 色々と仕掛けが台無しになっちゃったけど、君たちには資格をあげるよ!》
 高らかな笑い声。
 それは深淵の主『アビス・ゲーム』による、真っ向からの宣戦布告だった。
《この僕に挑戦するための資格をね!》
 そうして、空間は――崩壊した。

●深淵の主
 豪快な破壊音が響き渡る。
 崩壊した足場ごと地面に叩きつけられる衝撃が世界を揺らした。
「みんな! 無事か!?」
 いち早く態勢を整えた龍哉が声をあげるのと同時。
 視界の端で二つの炎が浮かび上がる。
 それを合図に、手前から奥へと順々に青白い輝きが演出のように灯されていき、玉座に腰掛けていた人物の姿を顕にする。
《おめでとう。君たちは見事にボスの下まで辿り着いた》
 巨大な漆黒の闇。
 それが王冠をかぶり、きらきらと輝く装飾過多なローブを纏っている。
《あとはもう僕を倒すだけだ。そうすれば、このゲームは終わる。簡単だろ?》
 アビス・ゲームの姿は人の形を保っているものの、実際は闇そのものだ。表情などはない。
 にも関わらず、その闇がハッキリと嘲笑うように能力者たちを見下しているのが見て取れた。
《愉しませてもらったお礼をしたいところなんだけどさ……君たちが好き勝手やってくれたおかげで、用意してた演出がほとんど使えなくなっちゃったんだよね……残念だよ、ほんとに……》
 それからもアビス・ゲームの一人語りは止まらない。
 自身の用意していたギミックの内容や、それが如何に優れたものであったかなどを、一同が呆れていることにも気付かず自慢気に話し続けた。
《そういうわけで、仕方ないからさ。今回ばかりはこの僕が直々に……》
『で?テメェは何をしたかったんだ?』
 ふわぁ、と。ネイが大きな欠伸をする。
『……いやスマンな。どんな敵かと思えば……ただの寂しがりだったんでな』
 その言葉にアビス・ゲームが反応する。
《――な、に?》
『……《人の困った顔を見ないと楽めない》……つまり……《人間様が居ないと、テメェは成り立たない》……実に、寂しいなぁと思って、な?』
「ね、ネーさん!」
 一瞬、低い姿勢を取ったかと思うと。
 ネイが一気に――前方へ跳躍した。

『テメェのくだらねぇ御託なんざどうでもいいんだよッ!』

 ネイの咆哮と共に、能力者たちが一斉に動き出す。
「ああ! これ以上、馬鹿げた遊びに付き合うつもりはねぇぜ!」
『いい加減、退屈な暗闇にも飽きたしな』
「みんなでおうちにかえるのですよ!』
 余裕すら感じさせる態度でアビス・ゲームはそれを見る。
《なんだよ、せっかく興が乗ってきたところだったのにさ。……ま、いいや。どちらにせよここで、君たちはゲームオ――》
 ――言い終わる間もなく、漆黒の身体が後方へ弾け飛んだ。
《……!?》
 驚いたのはアビス・ゲームだ。
 純粋にその威力は信じられないものだった。
 大量の影を失い、力が十全ではないといえ、まさか自分がこうも簡単にダメージを受けてしまうとは。
 そう、アビス・ゲームは愚かにも、まだ気付いていなかったのだ。
 自分が今まで見下して、上位者気取りで弄んでいた相手が――どんなに恐ろしい者たちだったのかを。
『何を驚いてやがんだ?』
 追従するように龍哉が素早くシャープエッジを放つ。
《……くそっ!》
 身を翻すとその身体が空間に溶け、別の場所へと再び顕現する。
 それも、三体。アビス・ゲームは自身の分体を生み出していた。
「真ん中の奴を狙って! それが本体だから!」
 龍哉とネイに叫んだ京子の両眼はライヴスの光に覆われている。
 一瞬にして弱点を看破されたことで怒りを覚えたのか、アビス・ゲームの分体から触手のような闇が伸びる。
『覚者よ!』
 即座に飛び出したのは、カゲリだ。
 鋭く切り上げるような太刀筋が奔り、闇の先端が断ち切られる。
「京子さん! 一旦、離れて!」
 構築の魔女が構えた二挺拳銃から激しいマズルフラッシュが輝く。
 跳躍する弾丸は正確に闇を捉えその動きを止めるが、同時にもう片方の分体が能力者たちの背後を取ろうとしていた。
「せーちゃん!」
「やらせないのです!」
 身を挺して斬撃を振るう征四郎。
 それを援護するように、リュカも弾丸を連射した。
「っ……!」
 鞭のように素早くしなる闇。飛び込んだ際に征四郎が軽い反撃を受ける。
 しかし、傷は浅い。勢いそのままに、分体を切り裂いた。
「余所見は良くないよッと!」
 千颯が突き出したイフリートから、鮮やかな灼熱の猛虎の幻影が舞う。
 同時に。流れるような動きで、カゲリが跳躍した。
『――所詮は只の影。光に抗える道理は無し』
 一閃。
 豪炎と黒焔に飲み込まれ、分体は跡形もなく消滅した。

《……ち、違う! こんなの、こんな、一方的じゃ……ゲームにならない!》
 目の前で繰り広げられる光景は、アビス・ゲームにとって屈辱以外の何物でもなかった。
 脳裏に思い描いていたのは、ラストバトルに相応しい死闘だったはずだ。
 見事に試練を潜り抜け、最深部へと到達したゲームのプレイヤーたちは必死に奮闘するも、最後には結局、この圧倒的な力の前にひれ伏して――
『ようやく気付いたかよ? テメェの三下っぷりにな……』
 ネイの強烈な一撃が、アビス・ゲームに叩きつけられる。
 衝撃と共に悲痛な叫び声があがる。
 苦し紛れの反撃も、千颯の盾の前にあっさりと防がれてしまう。
《ア、ア、アアアアアッッッ!!》
 それはまさに――愚神の切り札。
 圧縮された闇。それが一気に爆発するように広がっていく。
 ――が。
『何もさせませんよ』
「これでおしまい」
 死角から出現した、魔女の銃撃と京子の矢が、闇の中心を撃ち抜いた。
「悪趣味なゲームはここで終わりだ」
『愚神滅すべし、ですわ』
 龍哉とネイが一直線に駆ける。膨張した闇に接敵し――
『潰れろ……砕けろ……みっともなく死ねよ……《貫通連拳》!』
 怒涛の連撃が――アビス・ゲームを貫いた。

●ゲームオーバー
 広間は崩れ落ち、最後の炎もとうに消え失せた。
 しかし。もう此処は、暗闇の中ではなかった。

《……アァ……ヒカリ、ヒカリガ……》

 大きく穿たれた天井から、一筋の光が降り注いでいる。
 アビス・ゲームは霧散していく意識の中、それをぼんやりと満足そうに眺めて。

《……ゲーム、オーバー……》

 その呟きを最後に、ドロップゾーンは崩壊した。
 こうして、孤独な愚神のゲームは――呆気なく、エンディングを迎えたのだった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
  • 紅蓮の兵長
    煤原 燃衣aa2271

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 紅蓮の兵長
    煤原 燃衣aa2271
    人間|20才|男性|命中
  • エクス・マキナ
    ネイ=カースドaa2271hero001
    英雄|22才|女性|ドレ
前に戻る
ページトップへ戻る