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出来損ないじゃねぇ!!
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相談卓
最終発言2017/01/17 01:07:39 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2017/01/14 18:08:42
オープニング
●兄妹
「……かぁ~! 強いな、兄ちゃん!」
とある町のゲームセンターで、1人の中年男性が『You Lose』という文字が映る格闘ゲーム画面から、対戦相手へと視線を向ける。
「おっちゃんもなかなか強かったよ。結構やり込んでる口だろ?」
「お? わかるか? 最初は暇つぶしだったんだが、徐々にはまっちまってな~」
中年男性が笑顔で話しているのは高校生くらいの少年。どうやらお互いゲーマーと言えるくらいにはゲーム好きらしく、先ほど対戦した格闘ゲーム以外のゲームについても話が盛り上がっていた。
「じゃ、俺は仕事に戻るわ。今度は俺が勝つから、首洗って待ってろよ!」
「どうせ返り討ちだけど、期待しないで待ってるよ」
その後、妙に意気投合した2人だったが、今は平日の昼間。中年男性は仕事の合間に、少年に至っては学校をサボってゲーセンにきていた。いくらすぐに気があった相手だとしても、別れるのもまた早い。
「……もう少し、やってくか」
中年男性の背中を見送り、少年はまたゲーセンに足を戻した。
結局、彼はこの日、学校へ足を運ぶことはなかった。
「大輝!」
「ぐっ!?」
夜。帰宅した少年に待っていたのは、父親からの怒声と平手打ちだった。
「また学校をサボったようだな! もうすぐ大学受験も控えているのに、一体いつまで遊びほうけているつもりだ!? 教師の息子がそんな体たらくでは、学生に示しがつかないと何度いったらわかるんだ!!」
少年ーー大輝の父親は地元の高校でも有名な進学校の教師をしている。今の時代では珍しく学生の指導はとても厳しく、それ以上に結果を出していた。受け持った何人もの卒業生を難関大学に合格させ、学生への人気は意外と高い。
だが一方で、厳しい指導をよく思わない生徒や親も多く、とりわけその教師の息子が成績不良となれば、指導方法にも不信が向けられる。実際、公私問わず教育には厳しい父親だが、『身内に甘いような教師に、自分の子供を任せられるのか?』という苦情も届いていた。
「妹の文(あや)は全国模試の成績も優秀なのに、お前はいつもゲームばかり!! 少しは兄らしいところを見せたらどうなんだ!!」
さらに、大輝には1つ年下の文という妹がいる。彼女はとても真面目な性格で、暇があれば勉強をしているような、典型的な『いい子』。大輝は偏差値が低い高校に進学したが、文は父親が教鞭を執る高校に進学していた。
それがより大輝との差を示してしまい、幼少期からずっと比較の目に晒されてきた。大輝が親から聞く言葉の大半は、『教師の息子なのに』や『文は優秀なのに』という、大輝の不真面目さをなじる内容ばかり。
「これ以上俺に迷惑をかけるな、『出来損ない』が!」
そして、最後は決まって、大輝には同じ言葉が浴びせられる。
『出来損ない』。
親から名前と同じくらい呼ばれた、彼に突きつけられた烙印。
「……っ!」
「待て、大輝!!」
怒り、軽蔑、失望。
あらゆる負の感情が混じり濁った父親の目に耐えられず、大輝は制止を振り切って家を飛び出す。
「あ、お兄ちゃ……」
ちょうど塾から帰宅した文を押しのけ、大輝は闇夜に包まれた町へ消えていった。
●反抗
1時間後。
「……ごほっ!」
「う、うぅ……」
「これで満足か? やりすぎだと? はっ! 実の親を殺してやりたいと言ったのは貴様ではないか?」
大輝は自宅へと戻ってきていた。
しかし、大輝が町へ飛び出す前とは一転し、家の中は凄惨な状況となっていた。
床に倒れて吐血した父親は血だらけで、隣に倒れ伏す母親も意識が朦朧とした状態でうめき声を上げるのみ。
対して、帰宅直後は大輝だった少年は、まるで別人のような姿へ変貌していた。身長は高く伸びた上、漆黒のマントとタキシードに加え、青白い顔はまるで吸血鬼のよう。腕を組みながら地面に沈む大輝の両親を見下す目は紅く、強い侮蔑と愉悦におぼれている。
「これで貴様の願いは叶っただろう? 次は我が望むものをもらう。よいな、大輝?」
その男は1人で誰かと話をしていた。蔑む笑みを浮かべた口から出た名前は、大輝。
「人の中では『出来損ない』の貴様でも、我の憑代(よりしろ)として少しは役に立つだろう。わざわざ貴様の願いを叶えてやった上、無価値な貴様にも価値を与えてやるのだ、ありがたく思え」
くつくつと暗い笑みをこぼし、吸血鬼のような男ーー愚神はマントを翻してそのまま家を後にした。
「……もしもし? だれか、たすけて、っ!」
柱の陰にうずくまった、文の存在に気づかないまま。
●追跡
「先ほど、一般の方から愚神出現の通報を受けました」
緊急に集められたエージェントの前で、H.O.P.E.職員はメモのような物に目を落としながら口を開いた。
「通報者は都内某所に住む4人家族の長女。長男である大輝という少年が愚神に憑依されたらしく、愚神は彼らの両親に重傷を負わせて逃走しました。長女によると、長男は両親との喧嘩が絶えず、愚神に親への負の感情を利用されたのでは? とのことです」
長女曰く、愚神が1人で誰かに話しかけていて、その中に兄の名前である『大輝』と口にしたのだとか。愚神に利用された経緯は、長男が家族と折り合いがついていないことを知っていた長女の予想だが、ほぼ間違いないだろう。
「容姿は銀の髪に黒一色のタキシードとマントを着用し、高い身長と青白い肌色と血のような瞳が特徴だそうです。そして、通報者の両親を害したのは不気味に動く影だったらしく、それが愚神の主な攻撃手段と考えられます」
影を操る能力は厄介な上、現在は日が落ちてしばらく経った夜中。今から探索して撃破するとなると、闇夜を利用される可能性があり危険度も高くなる。エージェントたちに緊張が走る。
「情報通りなら確かに不利を強いられるでしょうが、このまま愚神を野放しにするわけにもいきません。被害を広げないためにも、早急に見つけだして討伐してください」
解説
●目標
愚神の討伐、大輝含む一般人の救出。
●登場
大輝…愚神に憑依された高校3年生の少年。よく学校をサボり、ゲーセンに入り浸っているため、不良学生と言われることが多い。特に教育に厳しい父親へ強い反抗心を抱いており、内に秘めた負の感情を愚神に利用されたと思われる。
ピヌス…デクリオ級愚神。まるで吸血鬼のような風貌に、高圧的な態度と口調が特徴。大輝の両親に重傷を負わせた後、新たなライヴスを求めて夜の町へと向かった。通報者によると、影を攻撃に扱うらしい。
能力…魔法・命中↑↑、特殊抵抗・イニシアチブ↑、物理・回避・移動力↓
スキル(PL情報)
黒薔薇…射程0、範囲3、範囲魔法、命中+100、自分の足下から影で作った刃を大量に出現させる。特殊抵抗判定【命中vs回避】勝利→BS狼狽
黒百合…射程1~15、範囲2、範囲魔法、命中-50、地面から黒い噴水のような影を放出。特殊抵抗判定【魔攻vs魔防】勝利→BS減退(1)
黒椿…射程0~30、単体魔法、魔攻+100、物理・魔法防御+100、1度以上影攻撃を受けたPCの全身を繭のような影で覆い握り潰す。リアクション時、自身の盾としても使用。命中→BS拘束・封印
●状況
場所は深夜の歓楽街。PC出撃後、大輝がよく通うゲームセンターの近くで目撃される。通りは広いがライヴスを奪われた一般人が数十人ほど倒れ、建物のガラス片が散らばる。天候は分厚い雨雲が広がる上、店の電飾等はすでに破壊されていて現場はかなり暗い。
一般人の通報を受け、愚神と相対して戦闘開始。この時点でかなりの人数のライヴスを収奪しており、大輝の意識は完全に奪われている。死者はまだ出ていないが、愚神は戦闘で一般人の被害を考慮しない。
リプレイ
●2度目の通報
出撃後、一般人から新たな愚神の目撃情報が支部に寄せられ、エージェントたちは歓楽街へ急行する。
「銀の髪に、黒一色のタキシードとマント、高い身長と青白い肌色に加えて、血のような赤い瞳……」
『ふふふ。見事なまでに貴様の怨敵そのものじゃな、リヴィア?』
職員から聞いた愚神の特徴を復唱するリヴィア・ゲオルグ(aa4762)の表情にはかげりが見え、共鳴したE・バートリー(偽)(aa4762hero001)の声で明確な憎悪に染まる。
「っ、急ぎますよ!」
『そうじゃな。一刻も早く、八つ裂きにしてやらねば、な?』
かつてリヴィアは、愚神に恋人を殺された。
含み笑うバートリーとの共鳴姿と同じ、吸血鬼のような姿をした愚神に。
能力からリヴィアが追う愚神とは別だが、関係ない。
忌むべき姿の愚神が、新たな悲劇を振りまいた。
それだけで、リヴィアの怨恨の炎が燃え上がるだけの、十分な理由になるのだから。
「――ヴァン、力を貸して」
「おう」
雁屋 和(aa0035)は視線を前へと固定したまま、ヴァン=デラー(aa0035hero001)と拳を合わせて共鳴を果たす。
「人間に張り付く蛭(ヒル)を潰し、ダダ甘えた子供を叩き起こすための、力を」
静かで冷淡にも聞こえる口調の和が抱いているのは、怒り。それは弱者から搾取する愚神のみならず、軽はずみな殺意を愚神に漏らした大輝へも向けられていた。
「親ぁ死んだら、恩返しも出来ないってのにね」
「今は恩返しなんて、微塵にも頭にないでしょうね」
幼い頃に不慮の事故で父親を亡くした繰耶 一(aa2162)は、親子の確執を利用した愚神により大輝が一生悔恨を抱き続けることを危惧する。ヴラド・アルハーティ(aa2162hero002)もまた、大輝には後悔する人生を歩ませたくないと強く想う。
「憎しみ、か……」
「止めてあげましょう。後悔の無いようにね」
真剣な表情を浮かべ、一とヴラドは共鳴する。憎しみで染まった親子を縛る鎖と、不必要な血に染めた愚神の呪縛から、解き放つために。
「とても麗しい家族愛なのに、なんで仲違いしてしまうのでありますか?」
家族が存在しない美空(aa4136)にとって、父親の言動の裏にあるエゴや、それに反発する大輝の感情は理解できないもの。血と愛情で繋がった親子が、暴力によって引き離される。そう捉えた美空は、理不尽な結果と不条理な悲しみを断つべく、戦場へと赴く。
「まぁ、強いて言うなら自業自得」
「いずれにせよ、憑代を含む被害者たちを救助し、愚神を斃すだけ」
ハンズフリーのスマホで警察官との連絡を繋げたアリス(aa1651)は、陽炎のような歪みの後にAlice(aa1651hero001)と共鳴。愚神や大輝への興味はなく、ただ成すべきことを成すためアルスマギカを手に、臨戦態勢を整える。
「私たちで、皆を守るんだ……!」
「気合入れるのはいいけど、肩に力入りすぎだよー。大丈夫だから、落ち着いていこう」
一方、被害を広げないよう強く意気込む藤咲 仁菜(aa3237)の頭を、リオン クロフォード(aa3237hero001)がぽんぽんと撫でる。無駄に入った力が抜けた仁菜を確認し、にっと笑みを浮かべてリオンは共鳴した。
「戦闘では後方支援しか出来そうもないが、避難誘導なら任せてもらおう!」
共鳴したエレオノール・ベルマン(aa4712)は、グロム片手に体から稲光を放出して豪快に笑む。羊飼いとして避難誘導系の依頼を積極的に行ってきた実績もあるが、まだ戦闘には不慣れだと自覚するためでもあった。
『……おんし、よもや、わらわとの誓約を、忘れたわけでは、あるまいな?』
「仕方、ないじゃ、ないか。ずっと、引きこもってたら、収入が、なくて、生活が、できないんだから……」
最後に、心底不機嫌そうなイチャダリ(aa4478hero001)の声を聞いて、シャー・ナール・カプール(aa4478)は共鳴して動きづらい口と体を懸命に動かす。
イチャダリは変温動物たる蛇の英雄であり、わざわざ誓約で『寒い所に行くな』と念を押すくらい、寒さには滅法弱い。色んな意味で余裕がないカプールは、それでも真冬の夜中へ出ざるを得なかった。財布の中も寒いままでは、冬を越せないのだから。
様々な思いを胸に秘め、エージェントたちは作戦を確認しつつ現場へ向かう。
●闇にたたずむ影の支配者
現場に到着すると、地面にはガラスが細かく四散する上、光源がことごとく破壊されており、通りが闇に食われていた。
『ま、真っ暗、だね……』
「店の奥まで執拗に光源を破壊してるし、光が苦手なんじゃない? とか思うよねー。見た目の情報も吸血鬼っぽいし!」
ビビりな仁菜には厳しい暗闇を前に、リオンは努めて明るい声を出して励まそうとする。少々神経質になっているリヴィアに鋭い視線をもらいつつ、リオンがスマホのライトを道の先へ向け前方を照らす。
「っ、なんということだ!?」
すると、地面に倒れる何人もの人影が浮かび上がり、エレオノールは歯噛みする。一様に意識はなく、相当量のライヴスが奪われているのが見て取れる。
「でも、目立った外傷はない……」
後ろからハンディライトで被害者たちを照らすアリスは、愚神の行動原理を大まかに推察する。その時、事前に指示していた周辺住民の避難が終了したことを、警察から報告を受けた。
「よし、俺たちは道の反対側へ行くから、愚神の誘導を頼む」
そう言い残すと、リオンは全員に『ライトアイ』を施して隊列から離れる。
「うぅっ! ……俺も、先に、行くよ。このままじゃ、ただの、足手まといに、なるから」
続けて、寒さに凍えるカプールがリオンとは別の方向へ足を向ける。外気温のせいでどんどん体温が落ちて動きが鈍いカプールは、まともな戦いは難しいと考え『潜伏』を使用して駆けだした。
他のエージェントたちは、あえて暗闇へと身を投じる。アリスの推測と愚神の詳細位置が不明なことを踏まえ、救助に集中して無防備な姿をさらす方が危険と判断したためだ。
『ノドカ。わかっていると思うが、前衛とは『敵が最も恐れる存在』でなければならない。それと『攻撃が背面からくる可能性』を忘れるな。警戒しろ。攻撃の時以外は剣を背中に回しておけ』
「わかったわ、ヴァン。――私にとって初めての実戦、よろしくね」
鮮明になった視界でもまだ見えない愚神を探し、ヴァンの忠告を素直に聞き入れる和。スヴァローグの重量を背に、いつでも抜剣できるように身構える。
「来たわよ!」
直後、ヴラドの鋭い声が響き、一瞬遅れで真横の建物のガラスが吹き飛んだ。そちらではまだ生きていた蛍光灯へ黒い影が飛び上がり、乾いた破裂音を契機に闇が深まる。
「この先ですか!」
影が移動した方向に気づくと、リヴィアは怯まず前進。泰然とたたずむ1人の男を視界に収めた。
「やあっ!!」
「はっ!」
刹那、リヴィアのロンパイヤが夜闇を斬り裂き、追随した和の炎剣が莫大な炎熱とともに叩きつけられた。
「ほう? 随分と生きのいいライヴスだな?」
しかし、燃え上がった炎が照らしたのは黒い繭。リヴィアと和の初撃は完全に止まっており、即座に後退して武器を構え直す。
「平素であれば、不躾に我へと刃を向ける大罪は極刑に値するが、今宵は気分がいい。貴様らのライヴスすべてを我に捧げ、頭(こうべ)を垂れて許しを請うのであれば、辞世の句を聞き届けた上で冥土への旅路に助力してやるぞ?」
「ふざけないでください! あなたみたいな愚神に、どれだけの人が苦しめられたと思ってるんですか!!」
「大層な御託を並べてるみたいだけど、その恰好を見るに吸血鬼気取りかしら? 最も、やっている事は蛭以下だけど」
繭から出てきた愚神は青白い顔を醜悪にゆがめ、傲岸不遜な言動でエージェントたちを睥睨する。怒気を強めたリヴィアは爆発が如き叫声で睨み返し、和は静かな声に憤怒と毒を含ませ目を細める。
「人? ライヴスのない塵芥(ゴミ)ならそこら中に落ちているが――」
しかし、愚神はどこまでも傲慢だった。
「よもや憑代のことか? それこそ見当外れだ。我は『出来損ない』から有用な資源を精製・抽出し、新たに創出しているのだ。ただ抜き取るだけの搾取とは、根本的に次元が異なる。その違いがわからぬようでは、貴様らの程度が知れるな」
「っ!」
「話にならないわね」
さも当然のように語る愚神の言葉に、リヴィアと和は愚神への追撃に走る。
「む……?」
新たな刃が愚神へ届く寸前、迎撃で掲げた吸血鬼の腕に銃弾が打ち込まれ、跳ね上がった。
「こっちよ、色男。餌の時間にはちょっと遅い時間だけど」
『ふむ、見事なまでにボコボコにしたい端正な顔だな』
それは『守るべき誓い』を発動しジャンヌを地につけた、ヴラドのピースメイカーから放たれたもの。一の言葉に続き、前衛を援護するよう銃声が何度も響く。
「人の弱みに付け込むなんて、たちの悪い愚神さんであります。太陽に代わってお仕置きなのであります!」
さらに美空が中衛に躍り出て、前衛のサポートに回る。棺の盾で影の攻撃を引き受け、いつでも『ケアレイ』を発動できるよう待機させる。
「これ以上被害は広げさせない!」
エレオノールは攻撃ではなく、攻撃の余波で生じる一般人への被害を防ぐため、グロムの雷を拡散。万が一がないよう雷を操作し、影や瓦礫を撃ち落としていく。
(影、か……。闇が深いほど、どこから放たれるか分からない。逆に明るければ不可思議に蠢く影は目立つよね)
そして、最後衛にいたアリスが思考を巡らしながら『ウィザードセンス』でライヴスを活性化。アルスマギカのページがはためき踊るのに任せつつ、やや上方から愚神へ放った炎が一帯を明るく照らした。
「なかなかやるではないか」
が、愚神が再び発生した黒繭――『黒椿』が行く手を阻み、威力が落ちる。
「はあっ!!」
その上から、和が単身突出し『ストレートブロウ』を発動。『黒椿』ごと愚神を大きく吹き飛ばした。
「御託はたくさん。掛かってきなさい。人間に住まう事でしか生きる事の出来ない不完全――虫螻蛄(むしけら)にも劣る存在が、大きな口を叩いていいとでも思っているの?」
「……下等生物め」
炎に照らされる和の無表情を前に、愚神は眉をひそめて右手を向けた。
「覚悟!」
その側面から、リヴィアが『ジェミニストライク』で迫る。
「痴れ者が」
直後、愚神の足下から槍のような影が無数に出現。和もリヴィアも分身も巻き込んで、『黒薔薇』が前衛を貫いた。
「雁屋さん!」
その中でも前進を止めない和へ、美空から『ケアレイ』の光が降り注いだ。
「吹き飛びなさい!」
そして和は、再度『ストレートブロウ』を愚神へ叩きつけた。愚神は肺から空気を吐き出し、衝撃でさらに後方へ飛ばされる。
「おの、れ、っ!?」
『遅いぞ! この寒い中、どれだけ待ったと、思っているのじゃ!?』
「愚神に、言っても、無駄じゃ、ないかな?」
体勢を立て直すと、愚神は付近の建物から伸びたザッハークの蛇に捕まった。苛立ち混じりに視線を寄越すと、照明が落とされた建物内で何とか活動するカプールが、バグ・ナクを放った姿が。
『潜伏』のまま愚神を待ち続けていたため、イチャダリの機嫌はさらに悪くなっている。何せ、音や熱源で気づかれては元も子もないため、建物内でも暖房が使えずとにかく寒い。風が吹かないだけマシという環境では、蛇にはかなり辛かった。
「次から次へと、鬱陶しい!!」
「う、わっ!?」
度重なる攻撃により、愚神も激昂。自身の影を一部切り取り、カプールの足下から『黒百合』を放って迎撃した。
「あなたはしぶといよ」
そして、ザッハークの蛇をふりほどいた愚神へ、アリスの追撃が放たれた。強力な火勢の炎壁を操り、愚神を追い立てる。
『……むむ!? 少しマシになったのじゃ!』
「温かい、っていうかむしろ熱いんだけど!?」
その際、熱波に当てられたイチャダリとカプールがちょっと元気になった。リスクは高いが、味方の炎で動けるかも、と建物から飛び出す。徐々に後退していく愚神は、ついに大通りへと飛び出した。
『今だ!』
「点火!」
瞬間、待ち伏せていた仁菜とリオンがライトを最大にしたスマホを投げつけ、周囲に配置した花火をすべて着火させる。愚神の弱体化を狙い、封鎖された無人の道路を明るく染め上げた。
「ここまでです。吸血鬼が吸血鬼を討つ――最高の皮肉で殺してあげましょう」
『頭(こうべ)を垂れて許しを請えば、一思いに貴様を冥土へ送ってやろうぞ』
愚神の目眩ましとなったスマホが影で破壊された後、殺意にも通じる敵意を剥き出しに、リヴィアとバートリーが皮肉を浴びせる。
「……くくく、くはははっ!」
「っ、なんだと!?」
すると、突如上げた愚神の哄笑が周囲へ伝播すると、一般人の救出で歓楽街へ残ったエレオノールが、驚愕の声を上げた。
「っ、やられた」
直後、警察と繋いでいたアリスのスマホから、いくつもの悲鳴が届けられた。背後を振り返るといくつもの影が迫り、『黒百合』の波がエージェントたちへ襲いかかった。
「我の影が、足下のみだと思ったか?」
エージェントたちへダメージを与えた『黒百合』の影を自身に戻し、愚神は薄ら笑う。愚神は闇の中、事前に被害者たちの影へ己の影を潜ませていた。そして、警察官たちが救助しに来たところで解放し、ライヴスを奪い去ったのだ。
「我が名はピヌス。ここまで我を苛立たせた褒美だ。貴様らを葬る者の名を魂に刻み、存分に後悔して――死ね」
そう告げたピヌスは両手を広げ、足下から影の奔流を噴出させた。
●影をかき消す光は――
「気をつけるのであります! 強い光の中だと、影もより強くなるのであります!」
即座に前方へ出た美空が影を受け止め、味方へ警告する。闇の中では世界が影に満ちるため奇襲を警戒せねばならないが、光の中ではより濃密な影となって威力が増す。それを、美空は体で理解した。
『ど、どうしましょう!?』
「あいつを倒せば、関係ないって!」
花火はまだしばらく燃え続ける。裏目に出た、と仁菜がおろおろする中、リオンはグレイプニールを片手に接近。注意を分散させるため動き回りながら鞭を振るう。
「この、っ!」
激しい影の攻勢を躱し、肉薄したリヴィア。再度『ジェミニストライク』で切りかかり、翻す刀に『毒刃』を纏わせ苛烈な攻撃を繰り返す。しかし、強度を増したピヌスの『黒椿』がそれを通さない。
「おっと、貴様は面倒だ」
「っ!?」
リヴィアを追い払ったピヌスは、再度『ウィザードセンス』を使用したアリスへ影を放つ。それはアリスの全身を覆い尽くし、繭となって圧縮。そのまま地面へ倒れた。
「アリスさん!」
攻撃に使用された『黒椿』を見て、美空がすかさず『クリアレイ』をアリスへ向ける。影が若干薄まったところで内側から炎があふれ出し、アリスが姿を現した。
「奇遇だね。わたしも同意見だよ」
反撃とばかりに、アリスは『ブルームフレア』を放つ。活性化したライヴスにより普段より勢いが増し、ピヌスを影ごと焼き払わんと猛火を振るう。
「アリスさんの攻撃、助かるけど怖い!」
ピヌスへ群がる炎の熱を頼りに、カプールは何とか接近して『縫止』や『毒刃』で動きを妨害。炎と影に注意しつつ、敵の攻撃をそらそうと尽力する。
「はあっ!!」
その隙を突いた和が、『ヘヴィアタック』をピヌスへ放った。
「起きなさい! 起きて、立って、叫びなさい! 生きたいと!!」
さらに頭、足、胴と、狙いを続けざまに変え、スヴァローグで殴る、殴る、殴る。
「『どうして』なんて思うかもしれないけれど、簡単よ! 私のエゴで助けるの! 助けられなさい! さもなくば――ぶん殴るわ!」
大輝へ強く呼びかけ、和はもう1度『ヘヴィアタック』で殴りつけた。
「……ふん、『出来損ない』に何を望む? 此奴(こやつ)を助けたところで、惨めな生き様しか晒せぬと言うのに?」
「別に『出来損ない』でもいいんじゃないの?」
後退するピヌスの嘲笑へ、リオンが割り込み鞭をけしかける。
「俺達だって一人じゃ戦えない、不完全な出来損ないかもね。でもさ、完璧な人間なら仲間なんていらないじゃん。それって凄く寂しいなー」
器用にピヌスの片腕を縛りあげ、リオンは効果が失われつつあった『ライトアイ』を味方へかけ直す。
「俺は『出来損ない』同士、お互い補って生きていく方がいいな!」
「美空たちは、貴方の悲しみを癒したいのであります!」
「群れるしか能のない弱者の戯言(ざれごと)を喚くな!」
大輝へ向けたリオンと美空の声に苛立ちを増し、ピヌスは鞭を振り払ってリオンに影を放つ。すると今度は『慈帝獅爪掌』を構えたヴラドが前へ。
「アタシにもね、子供がいたわ。4歳の女の子よ」
そしてヴラドも、訥々(とつとつ)と語る。
「どんな子に育つのか、どんなものに興味を持つ子に育つかって、可愛がったわ。自分の命よりも大事だった。……でも死なせてしまったわ」
ピヌスが怒号とともにヴラドへ影を集中させるが、すべて無視。
「親ってね、子供が路頭に迷わないように苦労しないようにって心配するものよ。案じていると思うわよ、アンタのこと。親だって人間よ、自分の事で一杯になる事もあるわ」
大輝にだけ集中し、言葉を止めない。
「アンタ、本気で親と対話しようと思った?
自分の夢、やりたい事、ちゃんと話そうとした?
また後ろ指を指されるんじゃないかってビビってんでしょ?
馬鹿にしたら、アタシが代わりにぶん殴ってあげる。
そして、アンタを思いっきり抱きしめてあげるわ。
だからね……、さっさと目を覚ましなさいよ!!」
「黙れっ! 憤怒と憎悪に満ちた甘美なライヴスを、薄汚い希望に染めるな!」
ヴラドの言葉を受け、柳眉を逆立てたピヌスが『黒薔薇』を解放。
「黙るのはっ!」
「あなたです!!」
しかし、瞬時に切り返して最接近した和とリヴィア。和は『ヘヴィアタック』、リヴィアは『ジェミニストライク』でピヌスを挟撃した。
「【その憑代から離れて】」
「な、っ!?」
ピヌスが大きくよろめいた瞬間、アリスが『支配者の言葉』を発動。動揺と不意を突かれたピヌスは抵抗もできず、大輝との憑依を解く。
「終わりよ、色男!!」
最後に、ヴラドがピヌスの懐を制圧し、『ライヴスブロー』で鳩尾を抉った。
「があああっ!?」
低い断末魔を上げたピヌスはヴラドを睨みつけ、影をけしかけようとする。が、そこで限界を迎えたピヌスの体は力なく倒れ、消え去った。
●『希望』
『こちらエレオノール! 被害は何とか最小限にくい止めた! 余力があれば応援に来てほしい!』
その後、警察官とともにいたエレオノールから、アリスのスマホに連絡が入った。エレオノールも可能な範囲でピヌスの影を撃ち落としたが、警察官への被害も大きく救助の人手が足りずにいた。
「……私たちの力が、足りなかったばかりに」
「違うよ。俺たちの力があったから、みんな生きてるんだ」
大勢の人が倒れる光景に仁菜は心を痛めるが、隣のリオンは頭をぽんぽんと慰めた。確かに被害者は多数出たが、死者はいない。それは自分たちの功績であり、自責の念に駆られる必要はないと、リオンは微笑む。
「私の手で息の根を止められなかったのは、残念でした」
「何、また機会はある。此度の経験を糧に、さらに力をつければよいのじゃ」
救助活動の最中、自身の手でトドメを刺せなかったことを悔いるリヴィアも、バートリーの尊大な励ましに笑みをこぼした。
「世の中騙された方が悪い。だから今回は、わたしたちの手落ちだったね、Alice」
「そうだね、アリス。でも、次はわたしたちが騙せばいい」
暗闇に沈む建物の中を、ハンディライトを片手に被害者を探すアリスとAlice。無表情のまま探索するアリスに、Aliceは静かに笑う。闇に包囲され、手元の明かりだけを頼りに、淡々と。
『……まだ、終わらぬのか?』
「人数が、人数だから、もうちょっと、かかるかも」
そして、まだ冬の外気から逃げられないイチャダリとカプールは、被害者の体温を頼りにがんばっていた。
しばらくしてから警察の応援も駆けつけ、無事全員を運び出せた。同時に大輝が目を覚まし、今までの経緯が知らされる。
「大輝君。貴方は愚神よりも上等よ。少なくとも貴方自身は、怒って暴力を振るわなかった。だから――胸を張りなさい」
話し終えた後、和が大輝の肩に手を乗せて薄く微笑む。ピヌスは大輝のライヴスを『憤怒と憎悪に満ちた』と言ったが、実際に大輝が暴力に訴えたことは1度もない。それこそが、大輝の強さなのだと。
その言葉に背を押され、大輝はエージェントたちに大きく頭を下げると、一とヴラドに連れ添われ両親がいる病院へと向かった。
「自分の子の好きな事、得意な事を認めてやれ」
「この子は本気で自分の想いを伝えたわ。次は、アンタたちの番なんじゃない?」
病床で意識を取り戻した母親へ心情を吐露した大輝を、一とヴラドが後押しする。父親に近い考えの母親は息子の思いを聞き、一命を取り留めた父親と改めて話し合うと約束した。
ピヌスの事件から時間が経ち、父親の意識が戻って怪我も癒え始めた頃。お見舞いに訪れた病室で、大輝が告げた。
「今まで黙ってたけど、俺、プロになる」
何でも、以前大輝はあるオンラインゲームで外国人プロゲーマーと対戦し、何度か勝利を収めた。それに目を付けた海外の会社から、プロゲーマーとしてオファーを受けていたのだ。
「文だけには、前から言ってた。確かに俺は、勉強は『出来損ない』だけど、ゲームなら『出来損ない』じゃない。それは父さんにも、誰にも、言わせない」
強い瞳で両親を見返し、大輝は己の信念と『希望』を、言葉にした。
「……好きにしろ」
愚神でも消せなかった『希望』を前に、最後は父親も大輝の覚悟を認めた。
『出来損ないなんかじゃない』という、叫びを。