本部

小悪党のお年玉

大江 幸平

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
5人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/01/19 23:54

掲示板

オープニング

●ぢっと手をみる
 東京都内。一月某日。
 様々な店舗が軒を連ねる大型ショッピングモールは、多くの人手で賑わっていた。
 新年を迎えたばかりで財布の紐がゆるくなった人々が、家族や友人または恋人同士で楽しそうに買い物をしている。
「……おっと、ごめんよ」
 そんな中、灰色のハンチング帽をかぶり俯くように背を丸めた小柄な男が、人波の中をするすると素早くすり抜けていく。
「……」
 そのまま近くにあった洗面所へ向かったかと思うと、個室の中に入って鍵を閉めて、懐から盗んだばかりの財布を次々と取り出す。
「へへっ。今年のお年玉はどんなもんかなぁ……っと」
 そう、この男はスリの常習犯だった。
 普段はチンケな盗みで生計を立てているのだが、毎年この時期になると連休で浮かれた人々を狙い、こうして人手の多い場所へ出稼ぎにやってくるのが習慣になっていたのだ。
「……ちっ、シケてやがんなぁ。これだから不況は嫌だよ。働けど働けど我が暮らし楽にならざり……ってか」
 スリのくせにそんなことをのたまいながら、男は気合を入れ直した。
「しゃあねえ。もう一働きしますかね……」
 どちらにせよ、楽な仕事には変わりないんだ。男はそう考える。
 果たして、その自信は一体どこから来るのか。
 その理由は、彼の特殊な能力にあった。
「頼んだぜぇ、愛しの相棒ちゃんよ」
 まるで、その声に反応するかのように。薄っすらと淡い光に包まれる男の右腕。
 それは間違いなく――ライヴスの輝きだった。

●大凶
 目にも止まらぬ速度で、男は通行人から貴重品を盗む。
 それは如何なる手品か。普通の人間であれば男の腕がわずかに動いていることすら、きっと目では捉えられないだろう。
 にやり、と。男の口元がおもわず綻ぶ。
 そうして、しばらく『仕事』に勤しんでいた男は、ショッピングモール内の二階に設置された小奇麗な噴水広場に辿り着いた。
 広場では買い物に疲れた大勢の人々が足を休ませていて、その美しい装飾に見とれながら、それぞれが楽しそうな顔で和んでいる。
 そんな穏やかな光景を見て、男は静かに首を鳴らした。
 ――こりゃあ、狙い所だな。
 男は出来るだけ自然にゆっくりと広場へ足を踏み入れ、ぼんやりと噴水を眺めていた一人の人物に狙いを定めた。
「(……くく、悪いのはぼんやりしてたお前さんだからな!)」
 瞬間。男の右腕が動き、いつものように財布を抜き取ろうと――
「……」
 男は唖然とした表情で固まった。
 がっしり、と。自分の右腕が掴まれていたのだ。
 目が合う。男は口をぱくぱくと開かせる。

 その人物――たまたま買い物に来ていた『貴方』は男を見る。
 誰かの腕が伸びてきたので咄嗟に反応してしまったものの、目の前の男が何をしようとしたのか、いまいち状況が理解できていなかった。
 その隙を突いて、男が慌てて逃げ出した。

「……や、やべぇ! 能力者だ! ズ、ズラかるぞ!」

 人波をかきわけながら、全速力で走り去る男の姿を見て――貴方はようやく、奴の『正体』に気が付いたのだった。

解説

●目標

・ヴィラン『灰谷』の捕獲。(殺害は禁止)

●登場

・手癖の稲妻『灰谷』

特殊能力:
《瞬きの強奪》
射程 1スクウェア。物理単体。相手の手に持っている物を一時的に奪う。

解説:
チンケなスリ。小心者な上に戦闘能力もほとんどないものの、かなりの敏捷性を有している。逃げ足の速さだけは一流。
特に指名手配もされておらず、窃盗を繰り返しているだけの小悪党なので、法の裁きを受けさせるためにも必ず捕まえてほしい。
《瞬きの強奪》は装備している武器を奪い取るスキルだが、灰谷は武器の使い方を知らないので、基本的には奪ってから何処かへ投げ捨てるか、相手に投擲してくるのが精々だろう。
PL情報:(たとえ奪われても紛失はしません。シナリオが終われば手元に帰ってきます)

●状況

・場所は都内の大型ショッピングモール。屋上付きの『三階建て』になっていて、中央に噴水広場のある『二階』から男は逃走している。
・モール内は多くの一般人で混雑している。出来る限り、周囲に被害が出ないよう心がけたほうがいいだろう。
・数え切れないほどの店舗があり、『カフェ』や『レストラン』から子どもたちの遊べる『アスレチック』更には『カジノ』まで併設されている。
・屋上には出口が一つしかない。建物自体の高さを考えると、飛び降りるのにはかなりの勇気がいるはずだ。

リプレイ

●不運な悪党
 走り去っていく灰谷の背中を呆然と見つめている国塚 深散(aa4139)に九郎(aa4139hero001)が語りかけた。
『何、ボーッとしてるの。追いかけるよ』
「え?」
『君は財布をすられそうになったんだよ』
 九郎にそう言われてようやく状況を呑み込んだのか、深散はうなずいた。
「……では、あの男を捕まえるべきですね」
『だからそう言ってるのに』
 共鳴するライヴスの輝きに包まれながら、九郎が少し呆れたような顔をしながら、何処か楽しそうに笑った。

(……ちくしょう、油断したぜぇ。こんなところに能力者がいやがるとはな……!)
 舌打ちをしながら灰谷は人混みに紛れようと走る。
 その途中で誰かにぶつかりそうになった。
「おわっ! ……あ、あれ……?」
 目を丸くする灰谷。視線の先には、またもや掴まれた自身の右手。
(やべえ! つい癖でやっちまった!)
 身に染み付いた癖というものは無意識に出てしまうものだ。灰谷は咄嗟に《瞬きの強奪》を発動させてしまっていた。
 しかし、信じ難いことに、またもそれは目の前の人物に阻止されている。
「……」
 それは偶然にも買い物に来ていたモニファ・ガミル(aa4771)だった。
 エジプト出身であるモニファは前々から日本で売っている文房具は品質が高いという話を聞いていた。なので、その時もちょうど子ども向けのパピルス絵の再現とかシュメールの粘土板彫りごっこみたいなセットを手にして、興味津々に眺めていたところだったのだ。
「おい! 嘘だろ!? また能力者かよ!」
 逃走する灰谷。その背後を共鳴した深散が追いかけていく。
 それを見ながら、モニファは考える。
(……あいつ、今なにを盗もうとした?)
 おもわずポケットに手を伸ばす。そこに入っていたのは翡翠のスカラベだ。
 一見その辺で売っていそうなデザイン。単純な形で、ネットでも宝石店でも頻繁に見かけるほどつまらないものだ。
 しかし、それは裏を返せば頻繁に見かけるほど形が好まれコピーされている、ということでもある。
 わなわなとその手が震える。ぷつん、と。モニファの中の何かがキレた。 
 古代エジプトの本物の副葬品、これがオリジナルだ! 末端価格にして――
「火事だーー! 放火魔! 放火魔!」
 モニファは怒りで叫びながら、灰谷を追いかけるため全力疾走を始めた。

 少し離れた場所。ショッピングモールにはやや違和感のある格好をした二人。
 忍装束に身を包んだ小鉄(aa0213)が困った顔で、赤い浴衣を着たポニーテールの少女、稲穂(aa0213hero001)に言う。
「い、稲穂よ……もう買わなくても良いのではござらぬか?」
『普段任務とかで余りこういったとこ来れないのだし、買えるときに買わなくちゃ!』
「これ以上は幻想蝶に入りきらぬのでは……」
 そんな二人の耳にモニファの叫びが届いた。目前を駆けていく灰谷。
「むむ、あれはもしや盗人! これは好機……げふんげふん、さぁ早く追いかけるでござるよ!」
『えぇ~! まだ買い足りないのに!』
「買い物は後でござる!」
『もう仕方ないわね……分かってるわよ!』
 共鳴の光。背中に装着したライブスラスターを起動させる。
 ――さっさと捕まえちゃいましょっ!
 噴射されたライヴスが爆発的な加速力を生み出して、小鉄の身体が一気に飛翔する。

 その近くで休憩していたのは、大宮 朝霞(aa0476)と春日部 伊奈(aa0476hero002)だ。
『なー、朝霞ー。私は服がみたいなー』
「……待って、伊奈ちゃん。あそこ、なにか気になる」
『んー? あっ、走ってったな』
「追うわよ、伊奈ちゃん!」
『なんだよ朝霞。あいつが何かしたのかよ』
「逃げるって事は、なにかあったのよ! あと、正義のヒーローの勘よ!」
『もー、仕方ねーなー』
 駆け出す二人。伊奈は朝霞に呼びかけた。
『朝霞、共鳴は?』
「愚神や従魔にはみえなかったし、このまま追いかけるよ。一般人も多いし、騒ぎを大きくしたくないわ」
『ウラワンダーは目立つからなぁ~』
 共鳴時の姿である『聖霊紫帝闘士ウラワンダー』のコスチュームはとにかく派手なのだ。
 と、そんな二人の頭上をすごい速さで忍者が飛んでいった。
『……なんだあいつ!?』
「(あのひとはみたことあるな。たしかレイヴンの……ってことは、やっぱりあの男は悪いヤツって事よね!)」
 おどろく伊奈とは対照的に、朝霞は自分の考えに確信を得ていた。
「すまない。そこの君たち」
 急に声をかけられて振り向くと、ソーマ・W・ギースベルト(aa4241hero001)が立っていた。
 そして隣では、紙袋を頭から被った謎の人物がスマホの画面を見せつけている。
『君たちもエージェント? どうやらスリみたいだよ。協力しあわないかな? (`・ω・´)』
 そんなカルディア・W・トゥーナ(aa4241)を見て、伊奈がおもわず叫んだ。
『……なんだこいつ!?』

●シノビ・マーキング・サムライガール
(……ああもう! なんなんだよ、あいつらは! なんで俺がこんな目に!)
 ひぃひぃと息を荒げながら灰谷が駆け込んだのは、二階最奥にある中世ヨーロッパのような装飾が施されている広々としたエリアだった。一階へ降りるための階段、その場所を目指しながら走る。
(とにかく、ここから出ねぇと! こんなとこで捕まってたまるかよ!)

 ――しかし、それは叶わない願いだったようだ。

 階段前で立ちふさがるように灰谷を待ち構えていたのは、日暮仙寿(aa4519)と不知火あけび(aa4519hero001)だった。
「面倒だが見つけちまったもんは仕方ねぇな」
 あけびが、守護刀『小烏丸』の切っ先を突きつけるように翳す。
『新年の希望に満ち溢れた人々からお金を盗む小悪党! 貴方の所業、天に代わってこのサムライガールが裁きます! 大人しくお縄を頂戴なさい!』
「……サムライだ」
「え、サムライ?」
「サムライガールだってよ」
 周りにいた買い物客たちが足を止めて、何か面白い見世物を見るような顔で口々と呟き出す。
『(ノリノリだなこいつ……)』
 内心で呆れながらも仙寿とあけびが共鳴する。
 羽織袴に刀。背中に浮かんだ大翼の幻影から、はらりと羽根が舞い落ちる。
「……さて、覚悟は良いか?」
 その鋭い視線に射抜かれた灰谷はぶるりと身体を震わせて、叫ぶ。
「い、いいわけねェだろ! ……くそっ、どいつもこいつも舐めやがって! 俺の力、見せてやる!」
 瞬間。灰谷の身体が蜃気楼のようにぶれる。
 この灰谷という男、たしかに戦闘経験の浅い小悪党ではあるのだが、その素早さだけには自信があった。
「近づくだけなら、そう難しくはねェんだよ!」
「……ちっ!」
 不覚にも接近を許した仙寿は咄嗟に反応して、距離を取った。
 しかし、その手にあったはずの『小烏丸』は――すでに灰谷の手に握られていた。
「へ、へへっ! 成功! スってやったぜェ!」
 眉をしかめながら、仙寿が灰谷を見る。
「俺の刀を盗むとは良い度胸だな」
 ――ああっ、武士の魂が! もう……許さないんだから!
 見よう見まねで奪った小烏丸を構える灰谷。ゆっくりと後ずさりながら、再び駆け出そうとしたその足下に、どこからか投擲された苦無が突き刺さった。
「日暮殿!」
「……小鉄か!」
 飛んできた小鉄を見て、買い物客たちがざわついた。
「忍者だ……」
「えぇ、忍者!?」
「今度は忍者だってよ」
 くるくると回転しながら着地して、灰谷の退路を塞ぐ小鉄。
「止まらねば次は手が滑ってお主に当たるやもしれぬ」
 ――こーちゃんほんとに滑ることあるから、止まった方が良いと思うわ、私!
「……く、くそがっ!」
 追い詰められた灰谷は身を屈め、またも超人的な速度で小鉄の脇をくぐり抜ける。
「行かせぬ!」
 銀色に輝くワイヤー『ノーブルレイ』を取り出して、灰谷を捕縛しようと試みる。
 そこへ刀の切っ先が迫る。灰谷が小烏丸を小鉄へと投げつけたのだ。
 その先には、立ち尽くす一般人。そう気付いた瞬間、小鉄は小烏丸を叩き落とした。
「ぬぅっ!」
 にやりと笑う灰谷。しかし、その足に何かが弾き飛ばされる。
 衝撃に一瞬だけ怯んだ灰谷だったが、そのまま無我夢中で逃げ去っていった。
 ――大丈夫? こーちゃん?
「拙者はなんともござらん。……日暮殿、面目ない」
 悔しそうな小鉄に仙寿が言う。
「いや、俺も油断してたみてーだ。だが奴にデスマークをつけてやったぞ」
 ――仙寿様! 絶対、捕まえよう!
「あぁ……死ぬほど追いかけてやるさ」

●袋の鼠
 逃走劇を続ける灰谷はひどく混乱していた。
 なにしろ、行く先々に能力者がいるのだ。そのうえ、視界に入るのは買い物客の姿よりも警備員の方が明らかに多くなってきている。
 このままだと追い詰められる。灰谷の中に焦りが生まれ始めていた。
「鬼ごっこは終わりですか」
 行く手を遮ったのは、深散だ。全身を漆黒に染め、鳥の嘴を模した仮面で顔を覆っている。
「……ちっ」
「やめておいたほうが賢明ですね」
 《瞬きの強奪》を発動させようとした灰谷の動きが止まる。
 腰元に差していた忍刀『無』に手をかける深散からは一切の隙が伺えない。
 深散は抜刀術の達人だ。それを知らない灰谷にも、彼女から放たれる凄みがひしひしと伝わってきていた。
「取引をしませんか」
「あァ……?」
 想像もしていなかったその言葉に灰谷が片眉をつりあげる。
「貴方の能力は面白い。それにその身のこなしも……今までもそれなりに稼いできたのではないですか?」
「けっ。金で見逃してくれるってか? んなもん、誰が信じるかよ」
「取り分は八割でどうですか?」
「……なんだとォ?」
「今なら誰も見ていませんしね。決断はお早めに」
 少し考え込む灰谷。
 目の前にいる人物は脅威だ。たとえ武器を奪ったところで勝てるとは思えない。
 ちらり、と。上階へ続く階段を見やる。
「……武器を捨てろ」
 言われた通りに刀を地面へと置こうとする深散。次の瞬間――目にも止まらぬ速度で鞘から刀身が引き抜かれた。
「へっ! 馬鹿がッ!」
 しかし、それを予測していた灰谷は身を翻すと、飛ぶように階段を駆け上がっていく。
「だめでしたね」
 取り残された深散がちいさく息を吐くと、九郎は満足そうに呟いた。
 ――いや、これでいいんだよ。

『あのひと意外に手強いね~。やっぱり追い詰めないとさ、無理じゃない? (´・ω・`)』
「するとやはり屋上だろうか。彼女たちもそのつもりなのではないか」
 監視室で警備員に指示を出しながら、灰谷の動向を監察していたカルディアとソーマがうなずきあう。
『お客さんたちの誘導、間に合うかな。とりあえず他の皆にも協力してもらおう!』
「それなら俺たちは先回りしておくか」
『そうだね。屋上から飛び降りられても困るし……(`Д´ ;)』
 その頃。闇雲に追いかけていたせいか、気付けば灰谷の姿を見失っていたモニファが三階をうろうろしていた。
「どこだ……灰色、灰色……? 灰色、ヌマワニ……? ヌマワニ……!」
 もはや灰谷を探しているのかワニを探しているのかよくわからなくなっている。
 そんなモニファの眼前に走り込んできたのは目的の小悪党。つくづく不運な男である。
「……はっ、はっ……し、しぬかと思った……!」
「ヌマワニィィイイイイ!!」
「なあああああっ!?」
 モニファが手にしていたのは『死者の書』。容赦なく放たれた白い羽根が灰谷めがけて無数に飛んでいく。
 突然の攻撃に絶叫する灰谷だったが、反射的にかろうじて攻撃を躱していく。
 そのまま、脇をすり抜けて脱兎のごとく逃げ出した。
「待てええええええ!」
「ひ、ひぃぃ……!」
 あいつは別の意味でヤバイ。もし捕まったら。想像した灰谷は背筋を震わせた。

 一方、カルディアから連絡を受けた朝霞と伊奈、デスマークで位置を把握していた仙寿と小鉄組もその場へと駆けつけていた。
 前方から、全力疾走してくる灰谷とモニファの姿を確認した一同は、視線を合わせ頷き合う。
「私はH.O.P.E.エージェントです! おとなしくしなさい!」
 朝霞の呼びかけも空しく、灰谷に止まる気配はない。
「伊奈ちゃん、逃がさないで!」
『よし、きた!』
 その足に向かって二人が同時にタックルを仕掛ける。
 ――刹那。灰谷の身体が軽やかに跳躍する。
 そのまま壁を蹴り飛ばし、反動で加速をつけて抜き去る。
「えぇっ!」
『まじか!?』
「む、あの身のこなし……! もしやあやつも忍者!?」
『ちょっとこーちゃんより忍者っぽいわね』
『仙寿様!』
「よし、このまま屋上に追い詰めるぞ」
 人手は多いほうがいい。一旦共鳴を解除した面々が灰谷の行く手を遮るように動く。
 一同に追いついた深散と九郎も包囲に参加しながら、灰谷の進路を着実に誘導していく。
「……うっ、ぷ……やべ、吐きそう……うぇええ!」
 次々と現れる能力者。そのうえ走りっぱなしで体力の限界が近づいていた灰谷は屋上へ続く階段を発見すると、そのまま縋り付くように階段を駆け上がっていく。
 それが、彼らの思惑通りなのだと――そんなことにも、まったく気付かないまま。

●ヒーローショー
 息も絶え絶えのまま、灰谷は屋上へ逃げ込んだ。
 そして、視線の先にカルディアとソーマが待ち構えていたのを見て、自分がついに追い詰められたことに気が付いた。
「……ぐ、ぐそっ……てめェら……どんだけ、しつけェんだ……」
 背後から追ってきたエージェントたちも追いつき、灰谷を囲むようにして立ち並ぶ。
「さぁ、いい加減観念するでござる!」
『お縄につきなさいってことよ』
 小鉄と稲穂が距離を詰めるようにじりじりと近寄っていく。
「ち、ちかづくんじゃねェ!」
 周りにはまだ一般客がいる。不安そうな表情で状況を見守っている家族連れをかばうように仙寿が動く。
 接近されるのを恐れた灰谷が屋上に設置されていた舞台上に飛び上がった。
 どうやらヒーローショーの真っ最中だったらしい。安っぽいセットを背景に灰谷が悪役そのものに叫ぶ。
「俺は、俺は……てめェらとは違うんだ! ただのチンケなスリだと思ってやがるんだろ! な、舐めるんじゃねェぞ!」
 あまり刺激するのはまずい。そう思った仙寿は静かに語りかける。
「何故スリなどしている? 常習犯か?」
「てめェの知ったことかよ!」
『ライヴスをそんな事に使うなんて勿体ないよ! ヒーローにだってなれるのに!』
「……何がヒーローだ! どいつもこいつも正義の味方面しやがって!」
 その剣幕に子どもたちが怯える。中には泣き出す子も出てきた。
 瞬く間に広がる恐怖と不安の波。それを打ち払うように――舞台上に飛び上がったのは、朝霞と伊奈だった。

「――そう、私は……正義の味方だよ!」

 幻想的なライヴスの光が――二人を包む。

「緊急変身! 聖霊紫帝闘士ウラワンダー!」

 純白のマントが翻る。バイザー越しに覗いた朝霞のまっすぐな瞳が輝く。
 突如として現れた本物のヒーローに目を輝かせる子どもたち。その目は朝霞のそれとよく似ていた。
「多くの人から笑顔を奪ったあなたは許せません! ここで正義を為します!」
 子どもたちから声援が飛ぶ。まさに本物のヒーローショーだ。
「ふざけやがってええええええ!」
 逆上した灰谷が初めて攻撃の姿勢を取る。懐に忍ばせておいた小型ナイフに手を伸ばし――
「やっと隙を見せたでござるな」
 灰谷の胴体に銀色のワイヤーが絡みつく。小鉄のノーブルレイだ。
 姿勢を崩した灰谷の背中にモニファの放った羽根がずぶずぶと突き刺さる。
「ぎゃああああっ!!」
「やったぁ! 命中!」
 さらに仙寿が放ったライブスの針が両足を縫い止め、カルディアのリーサルダークが灰谷の意識を奪う。
 おまけとばかりに。深散の指輪『陰陽』が淡く輝き、勢い良く振り下ろされた拳が炸裂した。
「ぐへええええええっ!」
「あ、えっと……」
 今にも崩れ落ちそうな灰谷を見て、少し悩んだ朝霞だったが。

「……ウラワンダーーーキィイイイーック!」

「うぶべえええええええええっ!」

 容赦なくトドメを刺した。

 どさり、と。
 かわいそうなほどボコボコにされた灰谷が倒れ込むと、辺りは静寂に包まれた。
「……」
 惨状に黙り込む一同。
 そんな空気を打ち破るように、朝霞がぽつりと呟いた。

「……せ、正義は……勝つ……!」

 わあっ。子どもたちの歓声が飛んだ。

●日常は続く
 気絶してそのまま逮捕された灰谷が引き渡されていくのを見送ったエージェントたちは、それぞれの平和な時間を取り戻していた。

『なー、朝霞。終わったんなら、服をみにいこうぜ』
「その前に、お茶にしよう。走ったらノドがかわいたよ」
『それもそうだな。よし、それじゃいくか』
 変身を解いたあとも、子どもたちからずっと囲まれていた朝霞と伊奈。
 興奮する子どもたちを落ち着かせるのは大変だったが、その笑顔を見て二人はとても満足そうだった。
「ふぅ、とりあえず一件落着でしょうか」
『最後はそこそこ面白かったね』
「そうですか。私は少し疲れました」
『人もいっぱいだしねー。今日はもう帰ってひきこもろっか!』
「それは……いつものことな気がしますね」
 堕落しきった休日を送る気満々の九郎を見て、深散はちいさく息を吐いた。

 一方、広場に戻っていたカルディアとソーマ。二人はソーマと彼女のデートのためにプランを練っていた。
『あ、このカフェいいかも。デートの時はここで一服だねъ(`・ω・´)』
「そういうものか」
『噴水の所で休憩もありだよ! こういうのは雰囲気大事! 会話も大事だからね!』
「……あぁ、わかった」
『なんだか、すごく不安だよ』
 そこから少し離れた場所。
 騒動のこともすっかり忘れた様子で、モニファは雑貨屋で黙々とワニの形をした玩具や装飾品を漁りまくっていた。
「……ナイルワニ、イリエワニ、シャムワニ……ニシアフリカコビトワニ……ふふ、ふふ……」
 種類ごとにワニを選別しながら笑みを浮かべるモニファの姿は少し不気味――いや、幸せそうだった。

『今日もとってもサムライだったね!』
「俺は別にサムライじゃねぇけどな」
 嬉しそうに笑っているあけび。仙寿はどうでもよさそうだ。
「……まだ買うのでござるか!?」
『何言ってるのよ、まだまだ必要な物そろってないんだからね?』
 そう言う稲穂はまだまだ元気いっぱいらしい。小鉄の顔が引きつる。
 そんな二人の様子を見ていた仙寿がそれとなく助け舟を出す。
「なあ、どっかカフェでも行かねぇか。そっちの二人も一緒にどうだ?」
「それは名案でござるな! 実に名案でござる!」
『やった! 甘いもの!』
『もう仕方ないわね……こーちゃん、休んだらお買い物の続きだからね!』
「そんなっ!?」

 ショッピングモールと人々の平和は無事取り戻された。
 それと同じく、エージェントたちの貴重な休日も。

 こうして今日も変わらず。

 日常は――続く。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 忍ばないNINJA
    小鉄aa0213
    機械|24才|男性|回避
  • サポートお姉さん
    稲穂aa0213hero001
    英雄|14才|女性|ドレ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 私ってばちょ~イケてる!?
    春日部 伊奈aa0476hero002
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • 喪失を知る『風』
    国塚 深散aa4139
    機械|17才|女性|回避
  • 風を支える『影』
    九郎aa4139hero001
    英雄|16才|?|シャド
  • エージェント
    カルディア・W・トゥーナaa4241
    獣人|10才|男性|生命
  • エージェント
    ソーマ・W・ギースベルトaa4241hero001
    英雄|24才|男性|ソフィ
  • かわたれどきから共に居て
    日暮仙寿aa4519
    人間|18才|男性|回避
  • たそがれどきにも離れない
    不知火あけびaa4519hero001
    英雄|20才|女性|シャド
  • エージェント
    モニファ・ガミルaa4771
    獣人|16才|女性|攻撃



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