本部

【ドミネーター】 反逆

玲瓏

形態
ショートEX
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2017/01/19 20:45

掲示板

オープニング


 初詣の日、坂山は子供心を思い出しながら御神籤を引いていた。
 坂山は常日頃H.O.P.Eのオペレーターをしている職員であり、今では一つのチームリーダーでもあった。
 吉と書かれた紙。彼女は特に、恋愛に注目した。「過度な期待は厳禁」とだけ。
 次に恋愛成就のお守りを買って、鳥居に深々と頭を下げて神社から出た。
「最高の一年になるかも」
 彼女は、英雄のノボルとスチャースにいった。スチャースとはAIの犬型ロボットだ。
「右肩上がりだね、色々と」
「本当よ。神様っているのね」
 新年を最高に始めることができたのは、とある一般男性の存在だった。
 良くない習慣を破り表に出ると、途端に僥倖は舞い降りた。願ってもない日々の始まりは、二十五日に訪れた。
 船山(ふなやま) 稜雅(りょうが)というのが彼の名前だった。横浜のレストラン街を歩いていた船山は、目の前に歩く女性が財布を落としたことに気づいて拾ってあげた。その女性こそ坂山であった。
「探してたのよ、ありがとうね」
 スーツ姿で、整った黒い紙と真面目な風貌を見た時坂山はほんの少しだけだったが、恋心が疼いた。クリスマスということもあってか、やけに胸が騒いだ。
 ケーキを買った後は帰りの電車。坂山は目を隣に向けると先ほどの男性が座っていたではないか。この偶然に、坂山は運命の糸が落ちていないか探してしまうほどに慌てた。
「お一人ですか?」
「え? ああ、まあ」
「そうでしたか。実は僕もなんです。もう帰りの電車に乗っておいてなんですが、この後お時間があればお食事でもどうでしょうか」
 男性の手に結婚指輪はない。見つけた! 坂山は糸を掴んだ。
 その日に二人は深く互いを知るのだ。坂山は通信士をしていて、恋人募集中だったこと。好きな物は音楽で、特にアコースティックギターを聞くのも弾くのも好きである。船山は会社員で、人望に厚い三十代。彼の特技は笑顔だろう。
「今日僕は、ちょっと仕事で来てただけでね。あまり横浜には来ないんだよ。嘘をつくのは苦手だから正直に言うと――純子さんとは長く付き合いたいと思っているんだ」
「積極的ね。女性を口説くのはそこまで得意じゃないのね?」
「ま、まだ二回しか告白とかしたことないからね」
 神に何度目かの感謝を告げたクリスマス。船山は家まで送ってくれると男らしい。坂山の家の前で二人は別れた。


 新年初の仕事が終わった坂山は、家までの道のりを鼻歌混じりに進んでいた。夜空を見上げても星は見えなかったが、それは些細なことだ。なぜならば空一面を巨大なパステル紙に見立て、一生分の未来を描くことができるからだ。
 家に帰ったら船山がいるはずだ。彼も仕事で、できなかった新年会を二人だけでやるためだった。ノボルとスチャースはノボルの部屋で遊んでいるだろう。
 鍵を開けて家に入ろうとしたら既に鍵は開いていたようで、二度鍵を回さなければならなくなった。その一手間は大して気にならない。今の坂山は、全てのことを許容できていた。電車の遅延、コンビニ店員の無愛想も過ぎる挨拶。微塵も嫌悪感に苛まれない。素敵な一日はまだ終わらないのだから。
 扉を手前に引いて中に入った。
「ただいま~」
 一日の中で初めて違和感を持ったのは、丁度今だった。大きな声で言ったが、返事が返ってこない。明かりはついている。船山がまだ来ていないのなら違和感に説明はつくが、ノボルとスチャースもいないのだろうか。
 心の中の警笛に耳を向けず、御神籤では吉と書かれていたのだから――その結果を信じた。靴を脱いで外套と荷物を掛けてリビングへと向かう。あんまり長くもない廊下を歩くと右側の壁に見えた扉は開いていた。その先にはリビングがある。
 ああ――。
 リビングの床に赤い模様は存在しない。だから赤い斑点だったり、水溜りのように赤いものが床に染み付いていたら後から付け足されたものだった。家主だから分かることだ。
 リビングのソファーに等身大の人形は置いていない。だから等身大の人形が置かれていたら、誰かが置いたのだ。
 趣味の悪い人形じゃないか。腹から赤いインクが垂れている。
 知っている。
 坂山は今、どんな顔を自分はしているのか分からなかった。
「その男は任務を失敗してね」
 緑色の髪の男がいた。気づかなかったが、立っていた。
「まあ坂山クンの家を知ることができたのは大きな成功かな。でも残念だったね、君は。騙されたねえ」
 この男の名前を知っている。フランメスという名前で、彼はドミネーターという反社会的組織のリーダーをしていて。
「君は知らないと思うが、今までのは全て茶番劇だったのさ。船山は君の家の在処や生活スタイル、様々なものを導き出すための駒に過ぎなかったんだよ。ただ、この男はドミネーターの仲間じゃない。買ったんだね、我々が。いや、脅したのかな」
「これは……夢?」
 現実に追いつけなかった。あまりにもリアリティに欠ける出来事を、信じられない。
「夢だと良いんだがね」
「あなた、フランメスよね。それで船山を殺したのはあなたなの?」
「僕だよ」
 夢ならば、きっと思い通りの展開になるはずだ。坂山は限界を超えた怒りだけを拳に詰めて、フランメスに駆け寄った。
「殺してやる!」
 腹に重い衝撃だ。どうしてだろう? 夢ならば思い通りにいかなければならない、のに。
 床に頬がついた。
 坂山はフランメスに髪を引っ張られ、家の外に連れ出された。仰向けになった彼女の上に跨り、頬を両手で撫でる手つきで触れた。
「ああ可哀想に! 恋人だと信じていた相手はただの駒。それだけじゃなくて、失っちゃったねえ。でもまだ生きてるよ、安心してほしい」
「く……そ、野郎……!」
 腹の衝撃が収まらない。キモチワルイ。
「今ここで君を殺すこともできる。だけれどそれじゃあつまらないんだ。僕は演出家でね、綺麗に美しく勝利したいのさ。君は最近リベレーターという、僕たちに対抗する組織を立ち上げたそうだね、船山に聞いたよ」
 フランメスは醜く笑った。
「その組織を根本から殺した後に、君を僕の下僕にしてやろう。そしてそうだな……リベレーターの内の一人を僕の妻として迎え入れようか。それでどうだろう? ああいいね!」
 この男は最高の屈辱を与えようとしているのだ。
「船山とは諦めなよ。君は知らないだろうが、彼は既婚者なんだよ。彼の家族の命は僕らが握っていたが、任務が失敗した今はもう必要はない。僕は寛大だから、彼らは見逃してやるんだ」
 悪夢だ。
 全ての話を終えたのだろう、フランメスは坂山の体を解放した。
「それじゃあまた」
 悪夢だ。
 悪夢だ!


 スチャースはエージェントを招集した。ノボルと彼は船山が逃してくれたおかげで、その日は何事もなかった。坂山は家で休養している。船山は病院に運ばれ、命は取り留めていた。
「反逆をしなければならない」
 幸福型ロボットが、反逆を口にした。

解説

●目的
 ドミネーター戦力の排除。

●情報屋からの助力
 以前エージェントが生け捕りした情報屋は戦力を排除するためにいくつかの情報をスチャースに与えた。
・日本、北海道O市××町にある穀物倉庫はドミネーターの武器売買の場所となっていて、一つの部隊がマフィアを相手に取引に訪れる。
・ドイツ、テューリンゲンの森内部には人工的に作られた洞窟が存在し、ここでも武器の売買が行われる。その他、各部隊の隊長達が会議を行う場所でもあり、フランメスが姿を現す可能性がある。この二つを叩けば、戦力を大きく削られるだろう。
※もう少し詳しい情報を求めるならば、監禁部屋から出して同行したいと願う。ドミネーターの隊員達に裏切りは知られているが、あれは一時凌ぎ等の言い訳で彼らの中に入り、新たな情報を探る案を情報屋は提案する。

●敵部隊
 北海道にある穀物倉庫には十人編成の部隊が一人訪れ、内一人は隊長である。隊員は全員リンカーであり、倉庫に入る前であるならば武器を所持していない状態で簡単に倒すことが可能。隊長は唯一大剣を所持している。戦闘能力に欠けはなく、強敵となるだろう。隊員達全員が無線機を所持しているために、増援を呼ばれることもある。
 ドイツの洞窟は見つけ出すことに苦労するが、情報屋を同行させれば案内を頼める。中には複数の隊長各の隊員らが居座っており、その数は五人。戦力は皆高く、チームワークも兼ねていて苦戦を強いられるだろう。戦いの場所は洞窟内ではなく、森林の中となる。苦戦となるが、森林フィールドという特徴を活用するのも有効だ。

●その他
 二つの場所は同時に叩く必要がある。武器の売買や会議は頻繁に行われないためだ。
 スチャースがエージェントに任務を出してから二日間は期間があり、その間に準備を整えると良いだろう。
 それともう一つ、スチャースが同行をエージェントにお願いします。情報屋と彼を連れていくかは、おまかせします。

リプレイ

 シエロ レミプリク(aa0575)は坂山の家の前にいた。ジスプ トゥルーパー(aa0575hero002)も一緒だった。
 玄関からノボルとスチャースが出てきた。
「様子はどう?」
 淡々とした口調で、いつもとは全く違う口調でシエロは尋ねた。
「あんまり良くないんだ。……それもそうだよ」
「そっか」
 ――主様の怒りが伝わる。
 ジスプは今までの依頼の中で、ここまでシエロが感情を出しているのを見たことがなかった。彼女は怒ってた、心底怒っていた。純粋で、心の白い人間に対するフランメスの行為は許さない。
「部屋の中は散らかっているのかな」
 散らかっていた部屋を元に戻すのは黒金 蛍丸(aa2951)と橘 由香里(aa1855)が協力してくれた。
 坂山は無事だが、船山はどうだろうか?
 今二人は船山がいる病院に顔を出している。詩乃(aa2951hero001)は温かい飲み物を買ってきてた。どちらもココアだ。
「ありがとう、詩乃。……船山さん、ご家族は無事なのでしょうか」
「心配してくれてありがとう。家族は大丈夫だよ。さっき電話してみたんだが、繋がった。僕と坂山さんに纏わる話、家族は聞いてないから、入院したのはただの事故だって伝えてあるんだ」
「そうでしたか……。でも、お辛い、話です」
 言葉は途切れ途切れだった。黒金は、船山の受けた精神の傷を共感できないと思っていたから。
 自分の家族を裏切って別の女性と付き合わなければならなくなった。そして、その女性すら裏切らなければならなくなった。家族にその秘密は話せない。話せるのかもしれない、だがフランメスが黙っているだろうか。
「解放された気分だよ。本当に、あまり心配はいらないからね」


 ドミネーターに痛手を負わせるには情報が不可欠だ。暗闇の中にいる虫を闇雲に叩いても誤るのが決まり事だった。光という情報源は最大の味方となる。今度の作戦で光となるのは、斎藤千草だ。
 彼はドミネーターに仕えていた情報屋だったが、今は捕獲されてH.O.P.E、特にリベレーターの監視下に置かれている。赤城 龍哉(aa0090)とスチャースは彼と面会するのだが、先に迫間 央(aa1445)が情報屋の前に座っていた。隣にはマイヤ サーア(aa1445hero001)が助手のように座っている。
「よう、迫間さん。手応えはどうだ」
「今回の作戦を実行するに当って、有用できる情報を何個か頂けました。後ほど皆さんに配布します」
「そんじゃあ俺の出番はもうないかな」
「一つ、願いがある」
 斎藤は先ほどまで椅子に座って、冷静に目を瞑っていた。その目を開いて、彼は言った。
「今回の作戦、俺もさせてもらいたい」
「危険ですわ」
 裏切り者が敵地に足を踏み入れる行為の危険性をヴァルトラウテ(aa0090hero001)は真っ先に指摘した。
「策はある。奴らの基地に侵入する時に、H.O.P.Eの状況を知るためにわざと監禁されたのだと言えばいい。いくつか穴はあるが、全て言い訳で補えるだろう」
「やめとけ。上手い事入り込んだと思ったら『馬鹿め』と笑われるのがオチだぜ」
 裏切り者であることに変わりはない。
「……分かった」
「不思議ね。どうして同行したいだなんて思ったのかしら」
「話を聞いている時、俺の中にも憤りが生まれた。坂山に感情移入したのではない。ドミネーターのやり口が気に入らないだけだ」
「それで、一矢報いてやりたいってことか」
 無愛想ながらも斎藤は、人間だということだった。赤城は考えて、人差し指を立ててこう提案した。
「なら、敵に見つからないこと前提で、進入路や敵の退路潰しに具体的な指示出しをして貰えないか」
「分かった」
「私も同行してもいいだろうか」
 斎藤に引き続いてそう言ったのはスチャースだった。
「あなたも?」
「今度の彼らの行為に憤りを感じているのは私も同じだ。私は幸福を愛するロボットだ。その性格が故に、人の幸福を壊す人間を許せない。私も一矢報いるのだ。最悪な奴らを倒す手伝いをしたい」
 リベレーター隊員の技術力があって、スチャースは戦地に出しても問題のない能力が身についている。相手を攻撃はできないが、情報収集能力については抜群だ。
「スチャースなら構いませんわ。ただ無理をするのは厳禁、しっかり守られてくださいね」
「無茶はしない。私が傷をおったら迷惑をかけるだけだ」
 良い心構えだ。赤城は強めにスチャースを撫でた。


 北海道の冬はただでさえ人目がなくなるものだ。特に用事のない人は、散歩を日課にしている若者でさえ家の温かみにいつまでも守られたくなるのだ。
 コンテナの中に隠れている晴海 嘉久也(aa0780)は、ドミネーターの取引現場になる倉庫の状況を運転手を伝って聞いていた。ギルガメッシュ(aa4774hero002)は胡座を書いている足の上にスチャースを乗せている。
「貴様がスチャースというのか。今日のところはよろしく頼もう」
「うむ。奴らをとことん追い詰めてくれるといい。遠慮はいらない」
「ギルガメッシュのコレクションで一斉に蹴散らしてやる所を、存分と見るといい。感動的だからな」
 晴海の通信機に運転手からの通信が入った。
「まだ奴らの姿は見えないな」
「分かりました、引き続き見張りをお願いします」
「了解。……それにしても、よくこんなトレーラーに隠れるなんて思いついたよな。頭いいな、晴海さん」
「ありがとうございます。結構探偵を続けていると、考える力も身につくのかもしれませんね」
「へえ、晴海さんって探偵なのか」
 コンテナの中にはスチャースとエスティア ヘレスティス(aa0780hero001)の姿もあった。
「初耳だな」スチャースは言った。
「探偵っていうと……やっぱり晴海さんの脳細胞は灰色なのかな。ちょっとした証拠から次々と答えを導き出していってさ」
「あはは、探偵ですがミステリー小説の登場人物ではないんですよ」
「現実はもうちょっと退屈なのかなあ」
 スチャースは探偵という話にはついていけなかった。彼は幸福を愛するロボット。探偵は不幸へと駆けつける仕事人なのだから、相反する性格なのだ。
 話についていけず沈黙する彼をエスティアは可愛がろうと、背中を撫でた。
「スチャース君」
「うん?」
「背中が冷たいのですね。寒くはないですか?」
「外が冷たい代わりに、内部は温かい。心配はいらない」
「そういえば、手が冷たい人は心が温かいと聞いたことがあります。スチャース君はそういうことなのですね」
「それはどうだろうか……。でも心が温かいというのは、良いことだ」
 冷たいのは金属でできているからだ。
「お洋服とか着ないのですか? 最近は犬用のお洒落もあります」
「お、お洒落か。以前、エージェントにお洒落と言われてお化粧をしてもらったことがあるのだが、どうやら似合わないようだった。お洒落は似合わないのだと思う」
「そうでしょうか? 良い服が見つかったらエスティアがプレゼントしますね」
 何事もない話をしていると、運転手が晴海に言った。
「晴海さん、人影が……」
 冷たい緊張感がコンテナに流れた。
 電柱の上で周囲を見張っていた羽土(aa1659hero001)は、伏野 杏(aa1659)に二人組の男性がきた事を伝えた。
「二人、か……。斎藤君の話だと十人だったはずだね」
「もしかしたら一般人かもしれませんね」
「警戒はしておこう、念のためnね。――穀物倉庫に入ったな」
 二人組の一般人は倉庫に入るや否や、穀物倉庫の中から声が聞こえた。
「おーい、そっちの棚のは違うぞ。爺さんから言われたのはまだ抜かれてないこっちこっち」
 何かしらの作業をしているのだろう二人組の様子を観察していると、今度は三人組の男性が道を歩いていると晴海に報告があった。
 日常会話と変わりのない応酬の中で、三人組は穀物倉庫に足を向かわせていた。
 やけに不自然な光景があった。三人組の一般人が倉庫の扉を開けた時、晴海はコンテナから外に降りた。
「伏野さん、あの不自然な一般人達を調査してください。シエロさんも一緒に」
 伏野は穀物倉庫の扉を開けた。中には先ほど入った三人組の姿はなかった。不自然さは、明らかな模様となった。
「あれ、誰だろう」
 一人の男が伏野を見て言った。
「あの……今ここに三人の人が入ってきませんでしたか?」
「分からないな。もしかして鬼ごっこでもしているのか」
「え? あ……、そんなところではありますが。すみません、お邪魔しました」
 伏野は頭を下げる時、周囲に目を配った。頭を下げるということは、普段の身長より少し低いところに目を合わせられる。
 見つけたのは銃口だ。
 発砲の鐘があちこちに鳴った。銃声が踊っているようだった。伏野は腕に痛みを覚え、反射的にそこを手で抑えた。
「鬼に捕まったみたいだな。お嬢ちゃんな?」
 シエロは、成人男性――ドミネーターの隊員、二人の襟を掴んで地面に倒した。バンカーメイスを一人の腹に突きつけたが、別の方角から聞こえてきた銃声がメイスを反らした。
「喰らえよ!」
 二人の隊員は反撃した。シエロの足を引っ張り、平衡感覚を滅茶苦茶にした。普段倒れることのないシエロが地面に背中をつけた。伏野は彼女を助けたい。アイアンシールドを盾に二人の隊員に走ったが、側面にあった棚が倒れてきたのだ! 伏野は下敷きになった。
「シエロさん!」
 二人の隊員はシエロの腕と腹を踏みつけた。乱暴だ、酷い有様だ。シエロの服に隊員の足跡がいくつもつけられた。
 棚から落ちてきたジャガイモが邪魔で、前がよく見えない。
「おい兄弟、この女をどう殺すか決まったぜ」
 足踏みを続けながら男は言った。
「こうしてやる!」
 穀物倉庫の中には杭があった。男は杭を拾って、シエロと地面を縫い付けた。
「後はあの小さいお嬢さんか。ぶっちゃけ、こいつは奴隷として売っちゃったほうが金になるんじゃねえか。資金はあって損はねえしな」
「良い案だな」
 しかしその言葉は兄弟、と言われた男から返ってきたものではなかった。二人の男は怪物でも見たような顔になって、地面に横たわるシエロに目を向けた。
「つまんねえのはどっちだ?」
 シエロは起き上がった。二人の隊員はすぐに動けなかった。シエロは二人の体を、今度は地面ではなく棚の上に乗せた。三列ある棚の一段目に一人の隊員、二段目に一人の隊員だ。杭で上から棚ごと貫いて、二人の隊員を陳列させた。
「面白い殺し方、見せてやるよ」
 三人組の援護射撃がないのは当たり前だ。T.R.H.アイーシャ(aa4774)は伏野から教わった逃走用ルートを使って穀物倉庫に侵入して、気づかれないうちに三人組を捕獲していた。シエロに注目しすぎたのだ。
「おい、何をする気だよバケモノが!」
 寝かされた隊員は、貫かれた痛みではなくこの先に待つ恐怖に怯えた。
 シエロは隊員達が陳列されたのと同じ、真横にある棚の前に立った。ゆっくりとメイスを上に、上に持ち上げた。メイスの先端が天井を向いた時、思い切り振り下ろした。棚は木っ端微塵に砕け散った。
 次は隊員達の寝ている棚だ。
「よせ! 分かった。おとなしく捕らえられてやる。だからやめてくれ!」
 メイスは振り上げられる。
「おい、おい!」
 隊員は自分の過ちに目を向けなかった。今目の前で起きている事象以外に意識を向けられなかった。
 メイスは一番真上まで行き届き、ピタリと止まる。
「何でもくれてやる! やめろ!」
 メイスは振り下ろされた――。
 隊員は叫んだが、叫び声は長く続いた。
「あんたらが従魔じゃなくて良かったな」


 早朝の森には明かりがなかった。ドイツと日本の時差は八時間である。北海道では昼だが、ドイツでは昼とは限らない。
 森の中で、飯綱比売命(aa1855hero001)は寒さと戦っていた。
「寒い……」
「もう少し我慢ね。迫間さんが頑張ってくれているんだから」
「分かっておる。ああそういえば斎藤、そろそろ離れていた方がいいのではないじゃろうか」
 斎藤は迫間に洞窟内部の情報を欠けなく伝えた後見送って、そのまま場所に残っていた。ここは敵地だ。見つかった時の代償は想像を絶する。
「……ああ。皆、生きて帰ってきてほしい」
「皆強いのはわらわが保証できる。斎藤は何も気負わずにいれば良いのじゃ」
「俺は隠れて様子を窺う」
 ぶっきら棒に言い捨てて斎藤は森の中へと消えた。
「さて、今日の隊長会議は真剣にやりましょうか」
 なだらかな女性の声だ。ここは洞窟であるから、声はよく響くのだ。
「ミユ・リヴィンです。今日はよろしくお願いします」
「フェフトだ。いいからさっさと始めろ面倒くさいぞ。こんな朝っぱらからやる必要あんのかよ」
「あります。予定としては今から深夜の十二時までやるつもりなので。途中休憩ははさみますが、絶対に洞窟から出ないように。よろしいですね」
「面倒くせえな」
「まあま、ミユちゃんの予定に従おうよ。あ、おいらはリユーゼだ」
 やる気のないフェフトの返事の後に、青々しい快活な男の響きだ。よく目を凝らしてみると、ミユと呼ばれる女性隊長の肩に寄りかかっていた。
「誰だよこいつ呼んだの。気持ち悪いな」
 機械から流れてきた音声だった。
「僕はニメラ。よろしく。リユーゼ、その不快な行動を慎まないか。モザイクをかけてやる」
「そんな! おいらはミユちゃんのファンなだけだよ」
「誰かこいつを外につまみ出せ」
「私がその役をお務めしましょうか。私の名前は森といいますが――」
 洞窟は入り口から入って左右に、Y字型に別れ道ができていた。斎藤に教えられた通り、迫間は左側の通路を通った。通る時に設置されていた罠を淡々と回避した迫間は奥に進んで、途中にある扉を無視して、会議室まで着いていた。
「はいはい、会議を始めますよ。リユーゼも席に座ってください」
 全員が席に座り終えたのだろう、会議は始められた。
「今私達はあまり良い状況ではありません。以前もお話しましたが、有能だった情報屋を失い、兵力もよくありません。このままじゃ私達の目的達成には届かない……フランメス様はあまり危惧をしていませんが」
「ついに対策組織もできたんだってね。リベレーターっていう」
「はい。リベレーターは実力派集い。無論、現状では私達の方が戦力は上回っています。しかしいつそれを覆されるか分からないのです。おそらくリベレーターは今、人員確保に精を出しているはず」
 暫く会議は、リベレーターの倒し方を基軸に進められた。彼らはまだリベレーターの詳細を知らず、居場所も定かではない。人員も不明で、情報が足りないと論が出るまでは三十分をかけた。
 続いて会議は人員確保の方法に至った。
「今までとはやり口を変える必要があるね」
「同じ目的を持った人間以外の接触は難しいでしょうね。どのようにしてその人間とコンタクトを取るか」
 フランメスは洗脳を飽きていた。それじゃああまりにも簡単過ぎるし、リターンが小さいのだという。
 五人はやり口について、新たな方法を閃いている。目的を持たないリンカーに、強制的に目的を持たせる方法だ。洗脳ではなく、悲劇を作るのだ。
「よくわからないですが……」
「僕たちの目的は人間を殺して、歯向かう敵を殺して一から世界を作り直すことなんだ。普通のリンカーはそれが正しいとは思わないけれど、それを正しいと思わせるんだ。一般市民を憎ませる。どんなやり方でも」
 会議はひっきりなしに続いた。これから入る新人達に送るための育成プログラムの改善、本部の設立の提案(それはすぐに却下されたが)知名度向上の手法、残虐な人の殺し方。
「そういや噂で耳にしたんだけど、フランメス様ってドミネーターの頂点じゃないんだね」
「そうなのですか?」
「更に上がいるらしいんだけど、深くは知らないな」
 休憩にしましょう、とミユが言った。
「外の空気を吸ってくる。ちょっとくらいいいだろ」
「仕方がないですね。あまり長居はだめですよ」
 フェフトは立ち上がり、扉のない会議室を抜けた。迫間は出入り口まで迅速に退避した。
「こんな罠、誰が設置したんだよ。邪魔くせえな」
 迫間が仕掛けたハングドマンの罠に気づいたフェフトは、それが味方の罠だと思いこんで飛び越えた。出口へと向かう。
 良い塩梅だ。フェフトが出入り口まで差し掛かったところで、迫間は動いた。
「迂闊だったな」
 天叢雲剣が喉元に向けられる。迫間は背後からフェフトを押さえた。
「おい、誰――」
 大声を出させるのは早い。迫間は口を抑えて、すぐに制圧した。
 暴れだす前に橘は迫間の抑える隊長へとセーフティガスを仕掛けた。
「まずは一人目ね。後は四人だったかしら」
「そうだ。行くぞ、ここからは俺達のステージだ」
 これで頭数は対等になった。不利を早々に脱したならば、後は叩きのめしてやるだけだ。敵を森林へと誘き出すために迫間は残りの四人の注意を引きに、再び洞窟の中へと戻った。


 穀物倉庫から出ると既に四人の隊員と、隊長が横に並んで歩いてきていた。
「やあ! 僕はブラック・ディラー。君達は敵だ――」
 シエロは真正面から彼らに向かってフリーガーファウストを発射した。
「酷いなあ喋ってる途中じゃないか」
 シエロに続いてアイーシャはアンチマテリアルライフルのトリガーを引いた。ディラーはその弾丸を体で受けた。衝撃は風を呼び、彼は後方へと飛ばされた。
 起き上がるまでの時間は早い。
「テロリストはいかなる状況でも許しません。喋る権利すら、アイーシャは与えないのです。ドミネーター、でしたか。今日でその活動も終わりです」
「強気だね随分と。嫌になるな、そこまで舐められちゃうとさ!」
 ディラーは背中に下げていた大剣を思わぬ速度で抜剣した。横に向けて空気を切った時、剣の切っ先から斬撃のライヴスがシエロとアイーシャを襲った。
 それが戦闘の合図だった。アイーシャは腰を下げてライヴスを避けた。シエロは空中へと跳躍すると、ディラーと隊員達の背後に降りた。
「もう一発喰らいやがれよ!」
 フリーガーファウストが再び吠えた。隊員達は機敏な動きでそれを避けるのだが、彼らは攻撃手段となる武器を持っていない。
「さあさあ僕の部下達、君たちの両腕両足は何のためにある? リンカーを殺せ!」
「やってみろ、こいよ!」
 シエロに向かう隊員を放り投げて、ディラーはアイーシャへと走った。
 晴海はディラーの遮蔽物となる。星型のライヴスがディラーの足を止めた。アイーシャとディラーの間に晴海が降り立った。
「君どこからきたんだい」
「こんにちは、ブラック・ディラーさん。私の狙いはあなたです、覚悟してください」
「参ったなあ。あの逆関節の娘といい君といい、アイーシャ君といい……。皆僕たちに大して敵意が高すぎないかい」
「テロリストに成り下がった闇リンカーを放置する訳にはいきませんから」
「良いね、良い意気込みだ! 僕は今すごい愉快な気分だよ、君たちを全員黒い死にお出迎えすることができるんだからね」
 ディラーは大剣を回転させる。発生した旋風を切っ先に集中させて地面を叩いた。まるでシーソーだ。ディラーは風を受けて上空へと飛び上がった。晴海の頭へと一直線に大剣を振りかざしながら。
 シエロは隊員達に囲まれていたが、彼女のペースは崩れなかった。
「潰されたくなきゃ倒してみやがれ!」
 メイスを振り回して隊員達を寄せ付けない。シエロはひたすら暴れていた。
「どうすんだよこいつ、武器を取りにいこうとしても向こうには女がいるしよ……!」
「全員で攻めろ! 取り押さえるぞ!」
 隊員達は決死の覚悟でシエロを押さえにきた。四方向から一度にくると、必ず一人はシエロを鎮圧させられる。隊員らしい安直な考えだが、彼らが迫ってくると同時にシエロはメイスを捨てた。
 四方向からの手を彼女は拒まなかった。背後から羽交い締めをくらい、両腕を隊員達に封じさせてやる。すると一人の隊員が笑いながら言った。
「おい化物。お前、リベレーターの連中か?」
「それがどうした?」
「はッ、なら簡単だと思ってな。フランメス様から聞いたぜ、あんたのとこのリーダーの話をよ」
 大笑い。隊員達は全員笑っていた。シエロを押さえたことで途端に余裕ができたのか。
「だっせえ女だ」
 ああ、男は気づいていないが、その言葉は悲劇の片道切符の料金に値する。
 ディラーは上空から晴海を目掛けて落下したが、その先にいた晴海は回避していた。
「まだ僕の手番は終わっていない。どんどん行くから!」
 晴海も攻勢を打った。グランブレードを手にして、ディラーの剣を防いだのだ。彼は勢いだけで武器を操っているから、晴海はその剣を蹴り飛ばしただけでディラーは態勢を崩した。晴海はブレードの切っ先ではなく、表面をマスクにぶつけた。
 マスクには罅が入った。
「アンチマテリアルも、君のその攻撃も僕には大して苦痛じゃないんだ。それはね、僕の訓練方法に準ずる。僕は体の耐久を高めるために自分に銃を撃って痛めつけてきたんだ。銃だけじゃない。針の山で寝たり、上空から飛び降りたり……。それを繰り返すと、自然と僕の体は頑丈になったんだ」
 ディラーは晴海の手を掴んだ。
「その代わり、僕の顔は人間の形を失った」
 掴まれた手はどういう訳か、力を失い始めた。
「だからマスクをしないとだめになった」
 ブレードを捨てた晴海はすぐに魔導銃へと切り替えて、ディラーの躯体に撃った。だがその弾丸すらディラーは痛みを感じないというのか? 晴海の手を離さなかった。
 最悪な事態が起きた。ドミネーターの増援がもう来ていた。晴海は装備をグランブレードに戻して、片手で力いっぱいの衝撃をディラーに与えた。
「君も僕と同じになる」
 まるで効いていない。
「はあッ!」
 大きな掛け声は、伏野の気合から漏れた。彼女はディラーの足をカッツバルゲルで斬った。一度だけではない、何度も斬り刻んだ。
「邪魔だ!」
 ディラーは晴海を離して、今度は伏野へと狙いを決めた。伏野と晴海に囲まれた彼は、前と後ろ交互に剣を振ってから距離を取った。


 迫間は洞窟の内部にいた四人に奇襲を仕掛けていた。侵入に気づいた四人はそれぞれが武器を取って迫間を追いかけるも、その先には他のエージェントが待ち構えているのだ。
 黒金は槍使いのミユの前で、蜻蛉切を構えて集中を欠かさない。
「逃しません。ここで観念してください!」
「できません、私はフランメス様に認められた者なのです!」
 ミユは鎧を着た、古代ローマで活躍した英雄に似ていた。
 互いの槍が交差して小さな火花を咲かせる。ミユは黒金の実力が互角であると判断する。蜻蛉切と比べて非常に単調なミユの槍では勝機は薄いとも判断する。ミユは槍を引いた。
「最初から本気でいかせてもらいます。勝つために!」
 一般兵士が扱うようなシンプルな槍は、突然形を変えた。ミユは切っ先に口付けをしたのだ。それはおかしな行動だが、途端に槍の刃が増殖した。一本だけの刃は三つに別れ――それで終わりではない。増殖した二つの刃は意思を持っているかのように動くのだ。
 ユミが槍を振るうと、鞭のよう。
「行きます。お覚悟を!」
 その刃は蛇と同じだ。二つのそれは黒金の体を目掛けた。彼は干将・莫耶に持ち替えて刃を弾いたが、双剣ではユミを攻撃できない。攻撃の範囲外だからだ。
「このままじゃ……!」
 黒金は自分の技術力を信じた。何度も迫りくる蛇を双剣で弾いているだけでは勝負はつかない。彼は槍を上部へ蹴り飛ばして、軌道を自分から逸らす。技術力を信じるのはこの一瞬だ。彼は腰を下げて双剣を、ミユの体に突き刺さるように投擲した。
 一本は外れた。地から生えた木に突き刺さっていた。だがもう一本は、ミユの腹部を貫いていた。この一瞬で勝負を決めなければならないと思った。ミユとの長期戦は避けなければならないのだ。黒金は一気に距離を縮めた。
「痛い……!」
 黒金は最後の一手を差し出した。彼女を貫いている剣の柄を握りしめて、木に突き刺した。槍を奪った黒金は、決してミユの手に届くことのないように遠くに投げ飛ばした。
「これでお終いです! 今度こそ観念してください。僕はあなたを殺めたくないから……!」
「でも、まだ諦めたくはないのです。分かってください、貴方の言っていることは正しいことくらい分かります。でも、私はリンカーなんです! 負けず嫌いなんです。この呪われた私という人間は、死を覚悟してでも勝たなければならないんです!」
 ミユは体の自由を取り戻すために両手両足を振り回して暴れたが、解放されることはなかった。剣は深く木に突き刺さっていた。
 疲れたのだろう。ミユは動きを止めた。
「抜けない……」
「負けず嫌いなら、尚更死んじゃだめじゃないですか。呪われてしまったならその呪いを解きましょうよ」
「貴方には分かりませんよ……。勝ち続けなければならない人間の苦痛を」
「――少しの間ここにいてください。僕は他の仲間の所にいきます。必ず戻ってきますから、待っていてください」
 仲間と離れてしまったので、黒金は仲間の所へと急いで戻ろうと背を向けた。橘は大丈夫だろうか……?
 何かに当たった。それは大きく硬いものだ。大理石のようで、黒金は最初に岩石だと感じた。ところが――
 次に黒金は右の頬に最大の痛みを得た。
「あんたがミユちゃんをやったのか? あんたがミユちゃんをやったのか?」
「リユーゼ、いい所に……! この剣を抜いてください」
 ミユの声がリユーゼには届いていなかった。
「あんたがやったのか」
 彼は黒金しか眼中になかった。その強い衝撃を受けた黒金は上空に吹き飛ばされて、リユーゼの腕に乗っていた。リユーゼはゴーレムのようだった。石だけを体に纏って、黒い三つの穴が顔にあるだけだ。
 非常に硬い。金属よりも硬い。身長は二百センチはあるだろうか?
「蛍丸君!」
 リユーゼを追っていた橘が着いた。しかし黒金は次の衝撃を受けていた。
「あんたが! あんたが!」
 これ以上の追撃は命が失われる! 彼女はシールドに力を溜めて、岩石に走った。リユーゼは雄叫びを上げながら態勢を崩して土にうつ伏せになった。
 意識を失った黒金を安全な場所へと避難を終えると、橘は彼と向かい合った。
「おいら、おいら……初めてここまで怒ってるよ。殺したい、どんな殺し方がいいか、今なら百通り考えられる。で、全部実践できる」
「怒ってるのはあなただけじゃないわ。こっちも仲間に酷い仕打ちを受けて腹が立ってるのよ。ストレス発散させてもらうわ」
 橘は正面突破を企てた。彼女はリユーゼが腕を振り上げるのを視認すると、槍を持ち上げてその衝撃を防いだ。
「あっぶない……!」
 危険を感じた橘は後方へ飛んだ。正面突破は不利だ。
 引いた彼女をリユーゼは追った。両腕を前に伸ばして。
 思い出したのは水の激しい音。橘は森林を歩いている時に水が近くにある事を覚えていた。ただの水じゃない、上から下に急速に落下する水だ。滝が、この森にはあるのだった。
「覚えておったようじゃな」
 飯綱比売命が言った。
「蛍丸君が最初に言ってくれたのよね、使えるかもって思って忘れないでいたのよ」
「じゃあすべき事は一つじゃな」
「奈落の底までの案内人になってやるわ。もしよかったらナビをお願いしたいんだけれど、できる?」
「勿論じゃ! わらわの正確なナビを聞き逃すのではないぞ?」
 滝はリユーゼの後ろにある道を走る必要がある。一度接近して、そこを潜り抜けるのだ。橘は気合を入れた。
 走り出した橘は槍を構えた。リユーゼは相変わらず腕を上に振り上げた。
 二人が近接の間合いに突入した。橘はスライディングの姿勢を取った。リユーゼの股下を通過するのが彼の判断だというのか。リユーゼは下に豪腕を振り下ろす。
 その腕は槍が防いだ。危機一髪であることは周知の事実だ。
 見事な一瞬を終えた彼女は奥へと走り出した。リユーゼはムシャクシャのあまりに後を追った。何分もの鬼ごっこの後、その先には滝があった。
 一度走り出すと途端に止まることはできない。車もリユーゼも同じだ。そうなれば橘は後押しをするだけで勝負を決められるのだ。
「終わりよ!」
 エクリクシスは岩石の背中を押した。押すだけで終わった。盛大な轟音を鳴らして彼は真っ逆さまに落ちていった。


 増援の集団をアイーシャは次々と転ばしている。正確に弾を当てる技術を彼女は持ち合わせているからだ。その目を通り抜けてきた隊員は鬼が待っている。
 伏野はディラーに狙いを決められていたが、晴海の援護の下に彼女も隊員の掃討に参戦している。
「みなさん、こっちです!」
 注意を引いた彼女のところには次々と隊員が押し寄せていた。
 グランブレードを地面に落としていた晴海を、ディラーはそっけない笑みで見下した。
「片手はもう使えないねえ。その内治っちゃうけど、その頃には死んでるからねえ。なぜかって? 僕が今ここで倒すから!」
 武器を使えなくなったと踏んだディラーは勝ちに目的が移行した。
 誤りだと気づくのは多少遅かったらしい。
「何だ――」
 刃が刃を防いだ。ディラーは相手の実力を忘れていたのかもしれない。相手がリンカーであるという事実。晴海は片手が今使えないからといって、大剣を振り回せなくなったのではない。
 特にグランブレード「NAGATO」はライヴスのコントロールによって片手でも扱えるのだ。
「普通の大剣なら、片手じゃ難しいと思います。ディラーさん、決着はまだです」
 怯んだディラーに晴海は追い打ちをかけた。ペースを掴んだのだ。晴海はディラー自身ではなく、彼の持つ剣を集中的に攻撃した。何度も繰り返して火花が散り、その大剣が吹き飛んだ矢先に彼は力を込めて胴体を貫いた。
「あなたなら、まだ死なないでしょう」
 瞬時に大剣を体から引き抜くと同時に、頭上に切っ先を食らわせた。。脆い地面の中にディラーは沈んだ。
 勝ちを見た男は動かない。最後の一撃となる大剣を――
「ハハハ」
 抑揚のない笑みは、本当に笑みであったのかすら分からなかった。ハという言葉を三回繰り返しただけにも聞こえた。
 途端、ディラーの体からガスが噴射された。広範囲に及ぶガスだ。乱戦状態だったシエロ達は戦いを止めた。勢いよく噴射されたガスはたちまち空に吸収されていく。
「敗北は受け入れられない、ということですか」
 晴海の先にいたディラーの姿はなかった。
「隊長、もしかして俺たちを置いて逃げたのか?!」
「おいこの先の指示もらってないぞ。どうすんだよ」
「くそ、逃げろ逃げろ! 俺たちも撤退だ!」
 エージェントが無償で逃がすと勘違いをしているのだろう。勘違いを解いたのは伏野だ。アイーシャは彼らが逃げる先に威嚇となる射撃を撃って足を止めて、後は伏野に任せた。
「おとなしく投降してください! それが今のあなたたちのすべきことです」
 ライヴスショットが隊員達を吹き飛ばした。弱っていた彼らはすぐに戦闘不能になり、エージェントに止む無く捕らえられた。
 赤い雨が降っている。それは血という残酷な雨ではない。ケアレインという優しい雨だ。傘はいらない。
「予想よりも早く終わりましたね。ドイツ側はもう終わっているのでしょうか?」
「連絡が来てないっていうことは、まだだな」
 スチャースはコンテナの中から登場して言った。
「ではお迎えにあがりましょう。もし苦戦していたら大変ですから――わたしは先に捕らえた隊員達をH.O.P.Eに送り届けます」
 晴海はそう言って、コンテナの中に隊員達を詰め込んでトレーラーごとH.O.P.Eへ移動した。
 羽土は、納得のつきそうにない伏野の肩に手を置いた。
「戦いは苦手かな、やっぱり」
「悪い人達っていうのは分かっているんです。許しちゃいけないっていうのも……でも、傷つけるのは」
「……そうだね。でも今は、ドイツにいる仲間を迎えにいこう」
 伏野は頷いて、シエロとアイーシャの後をつけた。
「ギルガメッシュの芸術品達はどうだったかな? スチャースよ」
「芸術と呼べるのかは不明だが、良い戦いぶりだった。アイーシャ、ギルガメッシュ、二人ともよくやってくれたと思っている」
「彼らは戦いを生み出す種……。それを摘み取るのは、骨は折れますが……どんなやり方でも摘み取ってみせます」
 花が咲く前に。戦争の花を咲かせてはならない。アイーシャは誰よりもそれを知っていた。


 赤い髪のニメラは二つの拳銃を赤城に向けていた。リボルバーだが、改造されている。跳弾を扱うために特化された物だった。ニメラのすぐ隣にいる森の相手は迫間だ。
 既に戦いは中盤になっていた。互いに疲労とダメージが蓄積している。特に赤城は弾丸を何発も食らっている。
 リボルバーのトリガーが引かれた。弾は木々を反射して迫間と赤城の二人に向かっていった。最初こそ弾丸の軌道は読めなかったが、赤城はエクリクシスで二人分の弾を弾いた。
「厄介になってきたな。僕の弾を大人しく食らっておけばいいというのに」
「それくらいしか戦略はねえのか? いい加減飽きるぜ」
「じゃあ分かった。そこまでいうなら分かった! 言っておくけど僕は戦略なんて元から用意してない。その時に見合ったやり方をやっているだけさ」
「ニメラさん、あまり熱くならない方がよろしいですが」
「格下は黙ってな。あんたは回復だけに専念しておけばいいんだよ」
 ニメラは遠距離戦だったところを急遽、近距離にする。彼は残像すら消すように高速に赤城と迫間の中央に入り込んだ。二つある拳銃をどちらもエージェントに向けて躊躇なく引き金を引いた。
 その弾丸は弾かれるが、行動が速い。彼は二人の頭上に上がるとシリンダーの中にある弾丸を全て撃ち尽くすように雨を降らした。
 赤城はとっさに大剣の傘を広げたが、反射した弾丸が迫間の腕を汚した。
「悪い!」
「これくらいどうってことない。次来るぞ」
 背後から迫る者に、天叢雲剣は慈悲を与えない。迫間は冷静にニメラの動きを初めから観察していた。ニメラは後ろにいたが、目で彼を追う必要はない。剣を逆手に握り、後ろに向けるだけでいい。
「ぐ、そ……ったれ、まだ! まだだ!」
 剣に貫かれて、まだニメラはリボルバーを手放さなかった。反撃は許さない。
 スキル発動の準備を行っていた森の手にEMスカバードが刺さるが、それは迫間の物である。スキルを中断された森は、彼は敗北の雨を見た。生憎、傘を持っていない。
「オイ何諦めてるのさ! まだこれからでしょうが」
「いえ、負けです。潔い敗北は、卑劣な勝利よりはマシだと思っているから。みっともない敗北は、真の敗北です」
「……くそが、だから君は嫌いなんだよ」
「チームワークがなってねえんだな。迫間さん、後片付けは任せたぜ。俺は二人の援護にいってくらあ」
 戦いが終わると赤城は後片付けを迫間に任せて、黒金と橘を探しにいくことにした。


 蛍丸様……! 黒金は詩乃の声で起こされた。
「あ、ありがとう……」
「蛍丸様、ミユさんが」
 右頬の痛みなどないように、唖然とした。
 ミユは死んでいた。先ほど木に刺して、その時はまだ生きていた。その攻撃は致命傷になっていなかったはずだ。
「ど、どうして……?! そんな、誰が……」
「彼女は負けて、エージェントの監視下に置かれるだろう?」
 黒金を迎えにきていた橘は、彼を守るように前に立った。
「あら、フランドル伯さんだったかしら? また会えて嬉しいわ。前回は愚神に足止めされて貴方に届かなかったものね。こうして出てきてくれるという事は、大人しく討たれる気になってくれたのかしらね」
「僕の名前も覚えてほしいところだけれどね。フランメスだ、以後お見知りおきを」
「……ハッキリ言って気に入らないわ」
 次に訪れたのは迫間だ。今の言葉はマイヤのものであるが。
「次から次へと! 出迎え感謝するよ」
「ヒラナと宮本の件、忘れたとは言わせんぞ」
「懐かしい名前を。あの二人はよく働いてくれたよ」
 思い出を嬉しそうに語っている。
「坂山を襲ったのは二度目だったな。正面から俺達とやりあって勝てる自信がないか?」
 反論を彼はしなかった。ただ鋭い眼光で迫間を見ていただけだ。
「あなたは私達を挑発しすぎたわ。今ここで大人しく討たれることね、フランメス!」
「英雄とリンカーの絆を穢す屑……」
 ――テメェ等は絶対ぇ許さねぇ――
 マイヤは英雄経巻を使って迫間の形成を有利にするのだ。迫間の周囲には鋭い光が舞った。黒金は双剣に持ち替えて、橘は黒金をフォローするよう後ろからフランメスに向かった。
 ようやくフランメスは手の内を明かした。彼は服の中から銃を取り出した。ニメラの使っていた物と全く同じだ。一つ違うのはフランメスは銃を四つ取り出したということだろう。宙に浮いた四つの銃は浮上率が違った。
 先に落ちてきた二つの銃を手に取ると橘と黒金に向けて弾丸を放った――ところが無論、二人は喰らわない。軌道は正確に二人の頭に向いていたが、刃で弾くことは簡単だ。
 閃光が眩い。突然、刃が光った。
「粘着力の強い弾丸は厄介だろう?」
 視界を何割も奪われながら、黒金はそれでも足を止めなかった。それは無謀過ぎる……橘は彼を止めた。
 迫間は剣と輝く光を同時にフランメスに放っていた。フランメスは光を銃で破壊する傍ら、剣撃を避けていた。そろそろもう二つの銃が落ちてくる頃合いだ。彼は迫間から距離を取った。
「これはダミーかッ」
 判断が速かった。落ちてくるもう二つの銃は本物ではない、おそらく爆弾だ。
 その予感は真っ先に的中させられる。迫間は間一髪で爆風から逃れたが、フランメスの正面に逃げ込む形となった。爆撃からは逃れた。だが、次の一手を逃れるのは難しい――のに、フランメスは攻撃をしなかった。
「僕は君たちを殺しにきたんじゃない」
「何……?」
「ミユという女がそこで死んでいるだろう?」
 フランメスは彼に背中を向けた。
「黒金、橘! 捕らえたドミネーターの所に向かえ、急げ!」
 二人が走っている間、銃声が一発響いた。その間にもう一つ。三人は死んだ――。
 生きていたのはニメラだった。
 フランメスはニメラに銃を向けたが、その先は許さない! そこに駆けつけたのは赤城だった。
「喰らいやがれよ!」
 飛んで、蹴って。その衝撃に銃は落ちた。フランメスは受け身の後、笑った。
「邪魔臭いね」
 ニメラはまだ生きていたが、怯えた表情をしていた。後から駆けつけた迫間達は残りが生きていることに一秒だけ安堵して、残りの時間は全てフランメスの憤怒に費やした。
「北海道の取引、無事失敗したみてえだな。残念なこった」
「――僕は家に帰って次の一手を考えてくるよ。そうだな、もう坂山を襲うのは飽きたから次は君たちの内の誰かにしよう。一体誰が辱められるかは、ルーレットに決めてもらおうか」
 ヘリコプターの羽音が聞こえた。
「待ってください、逃しません! あなたはここで討ちます!」
 LSR-M110が吠えた。フランメスは銃弾を銃弾で防御した。フックをヘリコプターに射出して乗り込んだ。
 フランメスはエージェントの疲労とダメージが蓄積されている時に卑劣にも登場した。もしも全員が快晴ならば、この後に深追いもできただろう。
「また逃げやがって」
 黒金はケアレインで全員を回復させた。まだ後片付けが残っている、せめてその気力だけでも回復させなければ。
 遠ざかっていく羽音。
 まだ始まったばかりだった。リベレーターの反撃は終わらない。フランメスは覚悟をするべきだろう。リンカーを挑発しすぎるとどうなるか。
 見せてやろう。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • LinkBrave
    シエロ レミプリクaa0575
    機械|17才|女性|生命
  • 解放の日
    ジスプ トゥルーパーaa0575hero002
    英雄|13才|男性|バト
  • リベレーター
    晴海 嘉久也aa0780
    機械|25才|男性|命中
  • リベレーター
    エスティア ヘレスティスaa0780hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
  • リベレーター
    伏野 杏aa1659
    人間|15才|女性|生命
  • リベレーター
    羽土aa1659hero001
    英雄|30才|男性|ブレ
  • 終極に挑む
    橘 由香里aa1855
    人間|18才|女性|攻撃
  • 狐は見守る、その行く先を
    飯綱比売命aa1855hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中
  • 愛されながら
    詩乃aa2951hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • エージェント
    T.R.H.アイーシャaa4774
    機械|16才|女性|攻撃
  • エージェント
    ギルガメッシュaa4774hero002
    英雄|23才|男性|ジャ
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