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最終発言2017/01/08 02:58:00
オープニング
●時は流れる
奈良県と大阪府の県境に位置する、生駒山。
そこではかつて、【白刃】と呼ばれる愚神との大きな戦いがあった。強力な愚神、無尽蔵の従魔と、そしてH.O.P.E.との壮絶な戦い――だがそれは過去のこと。戦いは人類の、H.O.P.E.の勝利となり、幕を下ろした。
しかし、だ。
愚神がかの地に残した爪痕は大きく、そして深い。
けれども、だ。
人類は立ち上がる。何度も何度も傷つこうとも。
【白刃】の戦いから時は流れ。
かつて愚神に、そして従魔に蹂躙された町には、かつての賑わいが戻りつつあった。
2017年。
その町は今もなお、希望を胸に蘇り続けている。
●あけましておめでとうございます
H.O.P.E.会長ジャスティン・バートレットの挨拶スピーチが冬空に響いた。
ここは奈良県生駒市、生駒山を望む穏やかな町である。そして、かつて愚神に踏み荒らされた場所である。
されど。完全に元通りとまではまだいかないが、その町はかつての姿を取り戻しつつあった。少しずつ建物が建てられ、道路が整備され、徐々に人が戻ってきた。
そこは人類の希望の場所。絶望的とも言えた状況から、愚神の手から、人類が取り戻した場所。
今日、そこは多くの人で賑わっていた。
新年を記念しての祭。H.O.P.E.が主催するチャリティーが、開かれているのだ。
新春、寒空の下に並ぶ色とりどりの出店。
日本の新年らしい着物姿が行き交い――あるいは英雄が窮屈そうにそれを着ていて――「あけましておめでとう」が交差する。
広場では書初め大会が行われ、冬風に墨の文字がたなびいた。達筆なものから幼い文字、中には絵までと様々だ。
日が沈んで夜になれば、花火も催されるという。
さて――新年のとある一日。
貴方は、そして貴方の英雄は、どう過ごすのだろうか?
解説
●目標
新年祭を楽しもう。
●状況
奈良県生駒市。少しずつ復興しつつあり、町としての姿を取り戻しつつある。
一連の祭は人類勝利を記念して作られた広場にて開催される。
一般人、リンカー含め多くの人で賑わっている。
天気は快晴。
▽昼の部
【書初】
書初めが開催される。墨や半紙は準備されている。持参もOK。
今年の抱負を書こう。
・うまく書けるかな? 絵でもOK。
・どんな思いでその抱負に?
▽夜の部
【花火】
愚神事件で犠牲になっていった者達への慰霊・鎮魂、そして復興・愚神への不屈の誓いを込めて、花火が打ち上げられる。
・貴方はどんな誓いを込める?
▽昼夜共通
【屋台】
縁日でありそうな屋台がズラリと並んでいる。
客として遊んでも良いし、店舗側として出店してもOK。
年男・年女にはいずれかの出店の食事一点無料サービス。
▽参加NPC
・H.O.P.E.会長ジャスティン・バートレット
└英雄アマデウス・ヴィシャスとヴィルヘルム
屋台巡りをしている。
・オペレーター綾羽 瑠歌
新年祭本部にいる。迷子アナウンスなどをしている。迷子はお世話になることだろう……。
※注意※
「他の人と絡む」という一文のみ、名前だけを記載して「この人と絡む」という一文のみのプレイングは採用困難です。『具体的』に『誰とどう絡むか』を『お互いに』描写して下さいますようお願い申し上げます。相互の描写に矛盾などがあった場合はマスタリング対象となります。(事前打ち合わせしておくことをオススメします)
リプレイの文字数の都合上、やることや絡む人を増やして登場シーンを増やしても描写文字数は増えません。一つのシーン・特定の相手に行動を絞ったプレイングですと、描写の濃度が上がります。ショットガンよりもスナイパーライフル。
リプレイ
●新春!
「生駒市でのチャリティーイベントかぁ。ニック、行ってみようよ」
「たしか、愚神と激しい戦闘があった場所だな」
出発前のことである。頷いた英雄ニクノイーサ(aa0476hero001)に、大宮 朝霞(aa0476)は「そうだよ」と言葉を続けた。
「多少でもお金を落としてきてさ、街の復興に寄与したいじゃない?」
「……そうだな。そういうことにしておくか」
「本当だよ! そりゃちょっとは、お祭り楽しそうだなぁ、とか思ってるけどさ!」
「そこに住んでいる人々がお祭りを楽しめるようになっていたら、H.O.P.E.やウラワンダーも戦った甲斐があったというわけだな」
「そうそう、それが言いたかったのよ!」
そして。
新年、晴れ渡った空の生駒市――。
「この地でのアンゼルム達との戦いが、昔のように感じます……時が流れるのは早いものですね」
月鏡 由利菜(aa0873)の双眸に映るのは賑やかな活気、人々の賑やかな声、整えられた町。感心している彼女の隣では英雄ウィリディス(aa0873hero002)が、興味深げに周囲を見渡していた。
「ここが生駒市かぁ。あたしは当時の戦いを知らないけど、今はすごい賑わいだね」
「ええ……人々の活力は愚神の蹂躙で潰えることはない。リディス、今の生駒市の賑わいを楽しみましょう」
H.O.P.E.と、愚神アンゼルム達との死闘――赤城 龍哉(aa0090)とヴァルトラウテ(aa0090hero001)も、その戦列に加わった者の一人だ。
「なんか、頑張った跡が垣間見える感じだな」
「良いことですわ。子供たちに笑顔があるのが何よりですわね」
しみじみ、少し誇らしい気持ちである。「ま、大怪我した甲斐があったってことか」と龍哉が笑えば、ヴァルトラウテが「それとこれとは話が別ですわ」と凄みのある笑顔で即答を。
「見違えたな……最後に見た景色とは大違いだ」
「おっ! 屋台が一杯出てるね」
御神 恭也(aa0127)と伊邪那美(aa0127hero001)もまた【白刃】を経験したエージェントであった。今日は【白刃】のあの時のようにAGWで武装しておらず、恭也は紋付き袴姿、伊邪那美は振袖姿と新春らしい出で立ちだ――尤も、有事の際を考慮して恭也は幻想蝶よりいつでも武装を取り出せるようにしているが。
「こんな時ぐらい、そんなモノ置いてきなよ」
伊邪那美が、彼が隠し持つ武装について指摘する。「まあ、必要ないと思うが念の為だ」と恭也の返答に英雄は小さく肩を竦めた。しかしまぁ、今日は祭だ。気を取り直し、伊邪那美は華やかな振袖姿を魅せ付けるようにくるりと回り、
「それよりもどう? ボクの振袖姿は」
「ふむ……なかなかに似合ってるんじゃないか?」
「あれ!? てっきり馬子にも衣裳って言うかと思ってたのに」
英雄の姿を下から上まで眺め渡した恭也の言葉に、伊邪那美は想定外だと言わんばかりに目を丸くした。恭也は小さく苦笑を返す。
「真剣に吟味してる姿を見てるんだ、茶化したりするほど野暮じゃない」
「着物、女物じゃないんだ?」
「小さい頃とは違うんだから似合わないし、そもそも俺、男だから」
一方。千桜 姫癒(aa4767)と日向 和輝(aa4767hero001)もまた着物姿、「せっかくだし着物で行ってみない?」と和輝が誘っての格好だ。中性的、というよりは女性のような麗しさを持つ姫癒であるが、性別は立派な男性。からかうような和輝の言葉には、むぅと口を尖らせた。
「今もまだ復興途中ですが、次へと足を踏み出したのはここでしたか」
構築の魔女(aa0281hero001)は懐かしむ色を目に、生駒の町を見やった。夜に催される花火を見る場所を探しつつ、過去に思いを馳せる。その足取りに辺是 落児(aa0281)が静かについてくる。
「ロロ――」
「あぁ、そういえば京子さん達と初めて出会ったのもここでしたね」
一歩ごとに、蘇る思い出達……。
見やる光景は新年の賑やかさ。あけましておめでとうの言葉と共に、祭が始まる。
●書初め
「す、すっごい賑わい……! ねぇ、クーちゃん、どこから見て回ろうか?」
芦屋 乙女(aa4588)は引っ込み思案ながらにどこかワクワクとした様子で、英雄のクー(aa4588hero001)へと振り返った。
「お前が習ってるの、なんていったっけ、書道ってやつ? 見てみてえ」
答えたクーが手を差し伸べる。この人混みだ、はぐれぬように。乙女もそれに「うん」と頷いて自然と手を重ねる。
歩き始めた乙女と騎士、手を繋ぐその後ろ姿は妹と兄とも、はたまた恋人同士にも見えた。新年らしく二人とも和の装いである。特に晴れ着の乙女は華やかで、美しい。仲睦まじい雰囲気であるがその実、今回のチャリティ参加は「親交を深めるため」という理由があった。ちょうど新年で実家のラーメン屋も休みだ。二人はまだまだ出会ったばかり、これからなのである。
さて、さて、辿り着いたのは整備されて真新しい広場だ。幾つもの半紙が掲げられ、様々な文字が風に靡いている。新春書初め大会が催されているのだ。
平素はオドオドしがちな乙女であるが、書道有段者であるがゆえに、筆を持てば堂々たるもの。迷いのない筆先でしっかと想いを書き上げる――『水滴石穿』。
「それはなんて読むんだ?」
横から見守っていたクーが問う。
「す、すいてきせきせん……小さい力でも、つ、積み重なればいつかは大きな力になる、ってことだよ」
はにかみながら乙女が答えた。振り返り、少し照れ臭いけれど英雄を真正面から見やる。
「わ、私はまだ、喋るのが苦手だし、エージェントとしても力不足だけど……小さなことを積み重ねて、少しずつ前進していきたい……!
だ、だから、クーちゃんと一緒に頑張っていきたいと思うんだよ。これからも、よろしくね♪」
爛漫に笑んだ彼女の言葉に、クーはちょっぴり目を丸くする。英雄が口を開きかけた所で――先に言葉を発したのは乙女だった。
「……わたしばっか、こんな、は、恥ずかしいな……! せ、折角だからクーちゃんも書こうよ、ねっ」
素直な想いを伝えた恥ずかしさをごまかすように、筆を差し出す乙女。「俺はいい」とクーは苦笑を返した。抱負と言うなら、騎士として乙女を守り通す他にない。
と、そんな時だ。
「やあやあ、乙女ちゃん奇遇だね」
二人に声をかけたのはクリストフ・マロリー(aa4806)だった。彼も書初めをしていたようで、手には『一期一会』と見事な達筆で描かれた半紙が。ただ、小さく書かれた「ただし女の子に限る」が非常に残念ではある。
「お、おじさま!? こちらに来てらしたんですね。トリス卿も一緒に?」
嬉しそうに乙女が窺えば、振袖姿のトリステス(aa4806hero001)がいつも通りの様子で顔を覗かせる。
「わ、わ、お着物、素敵です……!」
「クリスに勧められましたの」
乙女へニコリと微笑むトリステス。するとクリストフが「今日の君も一段と素敵だよ」なんて乙女を口説き始めて。
「俺は無視かよジジイ」
苛ついた笑顔で間に割って入るクー。「おや、クーくんはヤキモチかい?」と紳士が笑えば、「あまりお時間を頂くと迷惑でなくて?」とトリステスがクリストフの手を引いた。ちなみに、異世界でクーとトリステスは騎士仲間の関係だったりする。
「せっかくだから書いていかないか?」
並ぶ文字から姫癒へ視線を移し、和輝が言った。姫癒は目を瞬かせる。
「え、別に良いけど。なんて書こうかな……」
「俺決まったし先に書いてるな。急がなくて良いぞ」
などなど、銘々筆を手に。
『日々精進』――姫癒は繊細で綺麗な文字で。
『切磋琢磨』――和輝は少々豪快だが達筆で。
「もっと精神的にも強くなって、自分に自信が持てるようになりたい……かな。気持ちで負けてたら駄目だよな。占いも上手くなりたいし」
「ひめちゃんも頑張ってるしね、俺も頑張らないとなーって」
二人で並び、飾られた文字を見上げる。文字に込めた想い。和輝は横目に相棒を見やった。
(しっかり支えて、姫癒の母親の分まで見守るから)
『前進』。
それが龍哉の書いた文字。一畳もの半紙に、龍が猛るような力強い躍動。
「見事なものですわね」
飾られれば、ヴァルトラウテだけでなく道行く人が彼の書初めに感心していた。思った以上に注目されて、龍哉は少しだけ照れ臭そうにニカッと笑う。
「あの状況から立ち止まることも諦めることもなく、ここまで来たことを表しただけさ」
●昼の屋台
「灯……私……チョコバナナの屋台やりたいです……」
「チョコバナナ? ああ、あれ美味いよな……リーフは料理するの好きだものな、申請しておくよ」
というわけで、リーフ・モールド(aa0054hero001)と多々良 灯(aa0054)はチョコバナナの屋台を開いていた。調理はリーフ、売り子は灯。
余談だが「俺は売り子やるよ」と灯が言った時に「売り子(意味深)ですか ナニを売るんですかね」とリーフがニッコリしたのはここだけの話。チョコバナナを殿方が購入した時にリーフが表面的には女神の笑顔で満ち足りた様子なのもここだけの話。なぜならリーフは貴腐人だからです。しかたないね。
まぁリーフの満足はさておいて、これだけの賑わいだ、二人の店はなかなか繁盛している。接客の合間、ペットボトルのお茶を飲んでわずかな休憩を挟みつつ、ふと灯は改めて生駒の町を見やり、あの戦いを振り返る。
「モヒカンを刈れたのはいいが、あいつ本当に逃げ足が速かったな」
【白刃】、ヴォジャッグ、従魔の群れ――リーフが苦笑と共に言葉を返した。
「確かに面白かったですが、まさかさっそく重体になるなんて思ってませんでしたよ。命は大事にしてください」
折角繋いだ命でしょう? そう窘められては「本当に……ごめんなさい」と灯は頭を下げる他ない。
「他にも。防御適正でもないのに、敵が大勢いるところで『守るべき誓い』に『ハイカバーリンク』とか。無茶しすぎですよ」
耳に痛いお説教である。灯は「すまない」としか言えない。しかし、
「……そんな所もお気に入りなのですけれどね」
そう言われては、灯は顔を上げてリーフを見やった。
「俺や幼馴染達や愛犬達が今生きていられるのは、リーフたち英雄と出会えた幸運が、奇跡があったからだ。でなければ今頃こうして新年を迎えることはできなかった」
来年も無事に迎えられるように。大切なものを失わずにいられるように。少年は己の掌を見据える。
「もっと強くならないと、な。……この手で守れるもの、増やしたいな」
一先ず、境界で暴走従魔を討伐できるように。少しずつコツコツと。
(私が表にでて戦うことも視野に入れるべきですねぇ)
女神は少年を優しく見守るのであった。
「見ろ橘! なんだあの赤いのは!」
そこはアルテミス(aa0064hero002)にとっては全く未知の空間だった。見るもの全てが鮮烈で、彼方を指差しつつ布野 橘(aa0064)へと振り返る。能力者は微笑ましげに答えた。
「りんご飴だよ。子供とか、女の子とかが結構好き、らしいぜ」
「普段街では見かけないな。人気ならば売り出せばいいのでは――ムッ、あれは、何をやっているのだ?」
次いで英雄の目に留まった屋台。その幟の文字を、橘は読み上げる。
「金魚すくい、だ」
「キンギョスクイ……?」
「やってみるか?」
物は試し、というわけで屋台へ向かい、購入したポイをアルテミスに手渡す橘。ふむ、とアルテミスはポイを構え――
「デュワッ! ダァァーッ!!」
「ぷっ、ははは! そんな力いっぱいやったってダメダメ。いいか、見てろよ」
――祭は続く。賑やかさは衰えず。
「しかし、ここは戦場だったのだろう。橘も戦ったのか?」
小さなビニールの中で泳ぐ赤い金魚を眺めつつ、アルテミスは同じベンチの隣に腰かける相棒に問うた。
「あぁ。ギガンテスって言ってさ、ウソみてぇにでっかいのが出てきたんだ」
ヤキソバを頬張る橘が「こーんなにでかかった」と答える。アルテミスは金魚から膝の上に広げられたパック入りのタコヤキへと視線を移して、質問を続けた。
「……どう戦った?」
「腕を伝って、登って、目を潰した」
「ほう、やるじゃないか」
「仲間がいたからこそさ」
【白刃】の戦い――あの頃、アルテミスはまだいなかった。ならば、語ろう。橘はあの日の戦いを、当時の思い出を、英雄に話して聞かせる。アルテミスはそれにしかと耳を傾けた。
「あんなに滅茶苦茶だったのに。すげぇよな、人間の『立ち上がろう!』って気合はさ」
ふと、屋台の向こうに視線をやって。橘は目を細める。優しい表情だった。そのまま、食べかけだったヤキソバの続きへ箸を伸ばしかけ……「橘」と、アルテミスに呼び止められて。
「私も、君の仲間に――力に、なれるだろうか」
遥かな山を仰ぎ見る英雄。橘は、ニカッと笑ってその背を優しくポンと叩いた。
「月の剣が何を言ってんだよ」
朝霞とニクノイーサは屋台巡りを楽しんでいた。食べ歩き、輪投げ、金魚すくい……そして今は射的屋台。
「ニック、射的で勝負よ! 勝った方がたこ焼きをおごるってことで!」
「いいだろう。いい機会だ、俺の腕前をみせてやろう」
日曜朝の特撮ヒーローのお面を被った二人が、目一杯乗り出して腕を伸ばして模造銃を構える。ぽん、ぽん、平和な銃声が響く。
まぁ、結果から述べるならばニクノイーサが朝霞に花を持たせる顛末を迎えたのであるが。それを知らぬ朝霞は「命中適性にも目覚めてしまったのかしら」とタコヤキを食べながら中二ライクに右手を押さえていた。
「お好み焼きだ! ひとつください!」
「おいおい、食べ過ぎじゃないのか?」
しかし女心と秋の空、次の瞬間には元気にお好み焼きを頬張る朝霞であった。と、その時だ。人ごみの向こうに、H.O.P.E.会長ジャスティン・バートレットとその英雄達が見える。
「ニック! 会長さんだよ! 挨拶しておこう」
「朝霞はその辺、抜かりないな」
英雄の袖を引いて、朝霞は会長のもとへ。元気良く声をかける。
「会長! お疲れ様です! あけましておめでとうございます! アマデウスさんも!」
「おや、先日ぶりだね。あけましておめでとう」
朗らかに答えるジャスティン。傍らのアマデウスとヴィルヘルムもそれぞれ会釈をしてくる。
「よぅ、ヴィルヘルム。その後、アマデウスとはうまくやってるのか?」
ニクノイーサが華やかな和装のヴィルヘルムへ問いかける。少女の風貌の彼はニッと親指を立てた。
「まー、それなりってやつ? こないだはサンキューな!」
「そうか、問題ないなら何よりだ」
そんなやりとりを――龍哉とヴァルトラウテは遠巻きから見ていた。
「なるほど、さすがの風格だぜ」
「積み重ねたものの大きさ、でしょうね」
ジャスティンの笑顔は紳士然と穏やかだ。だかその内にある鋼の存在感を、二人は感じ取っていたのだ。
「相棒はあの壁を越えていく必要がある訳か……」
「愚神相手より難儀な話かもしれませんわね」
相棒はどうもあの会長の愛娘にお熱らしい。その熱が地獄の業火となるのか否か。奈良県名物である柿の葉寿司を頬張りつつ、そんなやりとりを。
と、当の会長と目があった。そういえば直接の面識もなかったのでこの際だ、挨拶をしに行くとしよう。あけましておめでとうございます。
「おうヴィルヘルム。ラーメン以来だな」
通りかかった会長一行に屋台から声がかかる。狒村 緋十郎(aa3678)だった。
「相変わらず、柔らかそうな良い乳――い、痛い、レミア、すまない、失言だった……!」
接客係のレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)に脇腹を容赦なく抓られては『失言』も引っ込む。が。
「触っても良いんだぜ?」
ヴィルヘルムが平然と言う。そして、次の瞬間だった。「えっ」と顔を輝かせた緋十郎の顔にレミアが、ヴィルヘルムの脳天にアマデウスが、拳骨をブチかまして黙らせたのは。
とまぁ、そんなこともありつつも。
「店側やってんだな、何作ってんだ?」
興味深そうにヴィルヘルムが店を見渡す。傍らではレミアが、いささか尊大ながらもテキパキと接客を行っていた。「良くぞ聞いてくれました」と言わんばかり、緋十郎が質問に答える。
「熊鍋だ。どうだ、食べて行かないか? 二十年前……従魔に滅ぼされてしまったが……俺の故郷の、山奥のワイルドブラッドの隠れ里の、秘伝の熊鍋だ。美味いぞ」
「ほほー、そいつぁうまそうだな! 一杯くれ。いくらだ?」
「お代はその見事な双丘を一揉みさせてくれたら――い、痛い、れみあ、すまん、つい願望が口から漏れてしまった……!」
今度はレミアに足を思い切り踏ん付けられる緋十郎。「次はないからね」とレミアは射殺さんばかりの眼差しだ。まぁ、緋十郎にはそれすらご褒美であるのだが。
そんな夫婦の様子に会長は「おやおや」とジャスティンは朗らかだ。ハッと、彼の姿を見ては緋十郎は改まる。
「会長……! いつぞやは……殺したくない愚神が居るなどと……すまなかった」
声を小さく、こうべを垂れる。
「我ながら、エージェントとしてあるまじき物言いだ……てっきり一喝されるものとすら思っていたが……会長の、穏やかだが熱く温かい言葉、この胸の奥底に大切に納めさせて貰った」
あれから、ロシアでその愚神と半年振りにまみえた。顔を上げた緋十郎は、そう言葉を続ける。
「人々を護る……その大目標には無論、揺るぎはないのだが……、やはり俺は……彼女との共存の道を模索したい……。万策尽くし、それでも力及ばなかった時には……エージェントとして、彼女を討つ覚悟も決めてはいる。だがやはり……最後の最後まで、俺は、俺の夢と希望を手放したくない……」
「そうか」
一つ、ジャスティンは頷いた。そこに否定の色はなく、見守る父のような穏やかさで、彼は部下の瞳を見つめ。
「君の人生だ。後悔のないように、力一杯生きるといい」
戦いの跡、町の復旧、そこにある希望。トリステスは見渡す景色に目を細める。
(この平和と笑顔を護ることが、この世界の騎士としての役割ね……)
改まる思い。その一方で相棒のクリストフはと言えば――トリステスにとって見覚えのないモノをたくさん買って、「はいどうぞ」。リンゴ飴、綿菓子、水風船、サイリウムの光る腕輪。「あら、まぁ」とトリステスは薔薇を捧げられた少女のように頬を染めて微笑んだ。この紳士、手当たり次第の可愛い女の子を口説くけれど、こんなことをされると許してしまうじゃないか。
さて、そんな時だ。聞き覚えのある声がふと聞こえては、トリステスは振り返る。
「あら、その声はベネトナシュかしら」
そこにいたのは犬の着ぐるみ姿で練り歩いていたベネトナシュ(aa4612hero001)。
「ふふ、よく似合っていてよ?」
思わず嬉しそうに声が弾むトリステス。「これには訳がっ」とベネトナシュ曰く。
「……お前、これ着て客引きしてこい」
「何故ですかな!!?」
そんなやりとりが、この場で露天を構えている薫 秦乎(aa4612)との間にあったそうで。さて、異世界で同じ騎士団に所属していたトリステスとクーを見やれば、ベネトナシュは秦乎に紹介したい気持ちも兼ねて店へと彼らをご案内。
かくして辿り着いたのは小さな露店、子ども向けのぬいぐるみ売りや修理を行うお店である。
「……いらっしゃい」
友好的、とはあまり呼べない物言いで店主の秦乎が呟いた。瞬間である。
「こちらがトリス姉様、竪琴の名手でかつ騎士団の中でも指折りの強者! 綺麗でかっこよくて優しいの三拍子ですぞ!
で、こちらが伯父上、騎士団の咬ませ犬とか不名誉なあだ名はありますが、政務において右に出るものは無し!」
得意気に、ベネトナシュがトリステスとクーの紹介を。すると秦乎は沈黙だ。彼は騎士が嫌いなのだ。が、今後付き合いが続くことを察しては「ども」と適当に挨拶を。それから騎士英雄の相棒であるクリストフと乙女も一瞥。ベネトナシュに促されて、ようやっと溜息のように「……薫 秦乎」とだけ呟いた。
が、それを皮切りにである。クリストフが秦乎へと話しかける話しかける。女の子受けのいいぬいぐるみが欲しいだの、君のオススメを教えてくれだの、このぬいぐるみ可愛いねだの、なんだの、あれやこれや。
「……」
マシンガントークに視線を彷徨わせる秦乎。ベネトナシュにどうにかさせようと思った、が、当の英雄はなぜかクリストフをサンタクロースと勘違いしてプレゼントをせびっているし、かと思えば乙女のウサ耳に興味津々だし、ともかくハイテンションである。きぐるみも相まって正に興奮した犬。
混沌としている状況だが、事の顛末としては、一番大きなうさぎのぬいぐるみをクリストフが乙女へと贈った、という感じになった。
「今日は好きに屋台を巡って良いの!?」
伊邪那美が目を輝かせて恭也へ振り返る。彼は英雄へニコヤカに頷きを返した。
「常識の範囲であるならな」
「……嬉しいけど、何か裏がない?」
「なに、アンゼルムを思い出してな。奴を屠るのにお前には無理をさせたんだ、たまには良いだろう」
有言実行。食べて遊んではしゃいで笑って、外見年齢相応に伊邪那美は祭を満喫する。恭也はそれを微笑ましく見守っている。
幸い、恭也が懸念していたスリや置き引きは見受けられなかった。H.O.P.E.主催のチャリティとあらば、そこかしこにエージェントがいる。それだけで立派な防犯となっているが故だろう。
が。
別の『有事』がここに発生した。
「H.O.P.E.東京海上支部からお越しの伊邪那美様、伊邪那美様、御神恭也様がお待ちです」
ぴんぽんぱんぽーん。会場に響くオペレーターの通る声。伊邪那美が迷子になった証明。ある種の公開処刑。まもなく、顔を真っ赤にした伊邪那美が本部へとやって来る。
「恭也~! 恥ずかしいでしょうが!」
「何を言う、呼び出した俺の方が恥ずかしいわ」
お説教を始める恭也、「好きにしていいって言ったのはそっちだもん」と言い訳をする伊邪那美。オペレーターの綾羽 瑠歌は「あらあら」と微笑ましげにしていたのであった。
「会長~、うちのユリナがお世話になってま~っす」
「いらっしゃいませ。アマデウスさんやヴィルヘルムさんもお茶やお団子はどうですか?」
通りかかったジャスティン達へ声をかけたのはウィリディスと、ファミリーレストラン『ベルカナ』の制服を身に着けた由利菜だった。屋台の売り子手伝いをしているのだ。
「すげー! めっちゃえろい!!」
ヴィルヘルムがベルカナ制服姿の由利菜にパーッと顔を輝かせる。途端にアマデウスが拳骨で彼を黙らせる。
「こ、この制服は店でもお客様からの人気が高くて……」
由利菜は困ったように笑みを浮かべる。ベルカナの要望だったのだ。制服でGO、と。
「ヴィルヘルムがすまないねぇ……」
苦笑しつつ、ジャスティンは差し出されたメニューを見る。団子、モナカ、さつまやき、お茶……しからばお茶と団子を、と彼は由利菜に注文を。「かしこまりました」と彼女は品良く一礼を返した。
さて、まもなくお茶と団子が運ばれてくる。ヴィルヘルムが熱いお茶をふぅふぅ冷ましつつ、ふと店内のあるものに気が付いた。
「なぁそこのねーちゃん、あれなんだ?」
指差した先には年賀状とジャスティン像が飾られている。由利菜がニコリと微笑んだ。
「はい……会長からの頂きものですし、今も幻想蝶に保管しています」
「ははは、少し照れるね」
そんな、由利菜とジャスティンの朗らかなやり取り。ウィリディスは他の客への対応をしつつそれを横目に、
(ハルカさん、グロリア社で大量の年賀状や像を引き取って困ってたなぁ……)
などと思ったのであった。
とかく、由利菜の想いは真面目だ。凛とした表情で、今後ともエージェントとして人々の力になることを誓い上げる。
「私自身、H.O.P.E.の救いの手で今の生活がありますから」
その言葉を裏付けるように。由利菜の胸には、【白刃】と【卓戯】の勲章が誇らしげに輝いていた。
「……【白刃】ねえ、話は聞いてましたがなあ」
「一年と少し前でしたか、お姉様はその頃まだエージェントではなかったでしょうからね」
フィー(aa4205)とフィリア(aa4205hero002)、どことなく同じ雰囲気の二人が賑やかな生駒の町を見渡した。
「まぁ今日はそんな話をしに来たんじゃねーですかんな、精々楽しみましょーかね」
「ええ、私は私で行動しますので楽しんできてください」
では、とフィリアは片手を振って喧騒の中へ。フィーはそれを見送ると、
「さて、行きましょーかね、アルト?」
振り返り、手を差し出した先には楪 アルト(aa4349)。
「新年祭……だってさ、楽しみだねフィー!」
いつもはツンとした表情の多いアルトだが、今日は花のような笑顔である。その筈だ、アルトにとってフィーは最愛の恋人。差し出された手に重ねる手には、おそろいの指輪が煌いていた。
「何から食べますかねー? なんでもありますが」
「イチゴ飴、フランクフルト、大判焼き、ヤキソバ……色々気になるなぁ」
「まー、全部でも構やしねえですけど食べきれますかあ?」
「はんぶんこすりゃいいんじゃない?」
「成程そいつぁ名案で」
手を繋いで、色々買って、賑やかさの中を歩く。花火を座って見やすい場所も探しつつ。
「ほい、どーぞ?」
フィーは半分に割った大判焼きを恋人に手渡して。受け取るアルトだが、ふとつぶさにフィーの頬を見た。フランクフルトのソースが付いている。
「ほら、ソースついてるじゃん。全く……」
しょうがないわね。指先で、フィーの頬のそれをすくって、ぺろり。頬を花色に、微笑んだ。
「……ん、美味しいね」
●鴉
「久々だな、この土地に来るのは」
真壁 久朗(aa0032)は賑わいと活気を見渡し、見違えるほど復興した町に瞬きを一つ。傍らではセラフィナ(aa0032hero001)が、冬の冷たい空気に頬を赤くしながら微笑んで彼を見上げた。
「皆でお祭り、楽しみですね!」
「いつもの面子って感じだが、悪くないな」
振り返れば見知った顔。御代 つくし(aa0657)とカスカ(aa0657hero002)が、新春の賑わいに目をきらきらと輝かせていた。
「わー! 屋台だ! 色んなのがいっぱいだね、カスカっ!」
「ん。ん……いっぱい、あったりしたりする、ね……!」
手を繋いだ二人の向こう側では書初め大会の場所、シルミルテ(aa0340hero001)が手やほっぺを墨まみれにしながらも、わりと達筆に『鴉』と大きな半紙に書き上げていた。
「だッテ樹とワタシの帰ル場所だモノ!」
「うん、上手。……ちょっと、手、洗いに行こうか。あと顔も」
佐倉 樹(aa0340)は墨で真っ黒の手でピャーッと抱きつこうとしてきたシルミルテに「待て」をしている。
そして最後、久朗と目が合ったのはクレア・マクミラン(aa1631)と、その英雄リリアン・レッドフォード(aa1631hero001)だ。
「もう、一年以上前ですか」
「ここからだったものね。今に至るこの縁も」
久朗達へ会釈の後、クレア達が浮かべるは懐かしむ眼差し。祭で遊ぶというよりは、生駒の現在を見に来たのだ。見れば見るほど、見違えた風景に思い返すは【白刃】の戦い――あの時は久朗達とは別小隊で、まだ親しい間柄ではなかったけれど。
しかし、久朗とセラフィナは鮮烈に覚えている。【鴉】小隊を全力支援してくれた、誇り高き『メディック』を。彼女達への信頼と尊敬を。
「今ではこうして同じ場所にいる……不思議な巡り合わせだな」
「これからもお世話になります!」
白き鴉達の言葉に――クレアはニコリ、と微笑を浮かべ。
「思えばロンドンではなく極東に所属させられたのも、【白刃】を見越していたんでしょうね」
晴れ渡った冬空を見上げる。青々とした生駒山が見える。クレアとリリアンが、言葉を続ける。
「共に立ったのはどこもロクでもない戦場でしたが、貴方たちは下を向かなかった」
「私たちにとっては、それだけで皆様を信用するに足る理由でした。生と勝利を諦めない者こそ、危機的状況を好転させる力を持っているのですから」
治して、支えて、立ち上がらせて。いくらいくら傷つこうとも、鴉の羽ばたきは止まらなかった。前へ前へと進んでいった。そう、どんな戦況でも――。
「作戦終了後、言ったことを憶えていますか? いつかまた羽を並べる時が来るでしょう、と。そしてその時はやはりこうしてやってきて、同じ名のもとに立っている。 普段はあまり言いませんが、私はここが好きです。非常に、居心地がいい」
「私も同じ想いです。不束者ですが、これからもよしなに……」
言葉を続けたリリアンが頭を下げた。彼らを繋ぐ絆は翼となり、力強く未来へと飛び進んで行くのだろう。
「クレアさんとは別部隊でしたけど、【白刃】の時に一緒でしたよね!」
つくしがクレア達を見やる。次いで、樹達へも視線を向けて。
「いつきちゃんとも、一年……だね!」
えへ、と微笑む。「いつきちゃん」。そう呼べるようになってから、一年だ。今日はそんな顔馴染み達と楽しく過ごせるのだ。心が弾むような心地だった。
並ぶ屋台。たくさんの人。ひときわの活気。
そこを皆で行きながら、盛り上がる話題はやはり【白刃】でのことだ。あんなことがあった、こんなことがあった――カスカは伏せ目がちにしながらも、耳をピンと立てて皆の話を聞き込んでいた。
カスカは【白刃】の戦いを知らない。そんなカスカが疎外感を感じぬよう、つくしは常に彼女と手を繋いでいる。それがカスカには、ちょっぴり照れ臭い。フードを深く被って困り顔を影で隠す。
「つくしは今日も元気だな」
楽しげにはしゃいでいるつくしを見、久朗が目を細めた。つくしと久朗は【白刃】の途中で知り合い、共に戦うこととなった間柄だ。活発で行動力のあるつくしと、今日は留守番だけれど思慮深く慎重な第一英雄メグルが、小隊の流れを生み出してくれた――。
「……」
そっと、カスカはフードの影から久朗を見上げる。その時である。
「カスカさん、何か食べたい物ありますか? 僕買ってきますよ!」
ひょこりと顔を覗き込んできたセラフィナ。ビックリしたカスカの尻尾の毛がブワッと広がる。
「はっ、え、あ、えっと、その」
まったりしていた脳味噌が緊急事態にフル回転。そうだ、言いたいことがあったんだ。
「セ、セラフィナさん、真壁さんっ……!」
一瞬声が裏返ってしまったことを今更後悔している時間はない。
「あの、その……えっと……クリスマスの、イベント、ありがとうございました、って、思ったり……します……っ……いっぱい、知れて、嬉しかったりしたな、って思って、……ありがとう、ございまし、た……!」
ぺこ。頭を下げる。
「【白刃】も、【東嵐】も、【神月】も、【卓戯】も……これからもいっぱい戦いがあると思うけど、私はずっとレイヴンで頑張りたいですっ! これからもよろしくお願いします!」
つくしも続いて、カスカと共に頭を下げた。「どういたしまして」「こちらこそ」、久朗とセラフィナはニコヤカに返答を。
微笑ましい光景だ。奈良県名物の柿の葉寿司を食べながら、クレアとリリアンはそれを見守る。ちなみに飲み物は柿酢風味サイダーだ。奈良県名物? にして変わったもの、ではある。ちなみに鹿肉料理はない。奈良で鹿は神の使いだからだ。
「オイしいヨ♪」
シルミルテはセラフィナが大好きだ。一番大好きな友達だ。自ずと機嫌は弾む。幸せそうに、セラフィナと綿菓子を食べている。食べ終わったらまた何かを買って、食べつつも皆に勧める。小さな体躯に見合わずシルミルテは結構食べるのだ。
「着物、似合うな。着付けもしやすそうだし」
胸的な意味で――とは、ボソッと小さく。久朗は旧来の知己である樹にそう声をかけた。仲間としての信頼ではなく確信、それゆえに砕けた物言いである。
「……、 ん? あ。ごめん、ボーッとしてた」
が。当の樹はどこかボンヤリしていたようで、話しかけられたことにたった今気付いたようだ。不思議そうに、久朗が「どうしたんだ?」と訳を尋ねる。
「ああ、いや」
小さく、樹は笑みを浮かべて。
「そんなに経っていない筈なのに、随分と懐かしい気がするなって思って」
「……そうか」
賑やかさを聞きながら。共に、青い生駒山を見やる。
●そして夜へ
「復興が進んでるみたいで、よかった……」
「そうね。さ、行きましょう、つぅ」
日が沈めば屋台や提灯の灯りが、一月の冷たい夜に温かく輝いた。木陰 黎夜(aa0061)とアーテル・V・ノクス(aa0061hero001)は、活気衰えぬ祭りを行く。
「おいしい……あったまる……」
あったかいものが食べたい、というわけで黎夜はお雑煮を食べていた。一月らしいし温まる、ゆっくりふぅふぅ冷まして頬張っている。
「つぅが喜んでいるなら何より」
アーテルはそれを、温かいコーヒーを飲みながら優しい眼差しで見守っていた。「やけどしないようにね」と彼の言葉に頷いた黎夜は、ふととある屋台を見つめて。
「ハル……あそこのりんご飴も、食べていい……?」
「ええ、まだ予算はオーバーしてないわ」
「ん……ありがと……」
真っ赤なリンゴ飴。ツヤツヤした丸みに、祭りの賑やかさが映りこむ――。
「……ふむ、やってみますか」
射的屋台。フィリアは銃を吟味していた。バネが強くて、銃身が真っ直ぐで、コルクがしっかりはまるモノ――そして選び抜いたそれを手に取ると、脇をしめて構えた。反動を制御する姿勢だ。そしてできるだけ銃口を標的へと近づける。狙うは角、あるいは重心がかかってそうな支柱だ。
ぽん。――大当たり。
「銃の腕は落ちた物と思っていましたが……まだ行けそうですかね」
さて、当てるだけブチ当てるとしますか。
「何食べる? 林檎飴とか綿飴もあるけど」
花火を食べながら何か食べよう、という話になった。和輝の言葉に「甘い物ばっかり……」と姫癒が肩を竦める。
「だって好きだろ? 人が多いから少し端で待ってな、買って来るから」
姫癒は人混みが苦手だ。和輝が駆けて行く。
そうして、まもなく。
――夜の空に、花火が始まる。
「綺麗……見てる間は皆、楽しめたら良いな」
あまりひとけの無い場所で。綿飴を手に、姫癒は多彩な花弁を見上げる。「そうだな」と返事をした和輝は割り箸でつまんだヤキソバを彼の方へと差し出しつつ。
「はい、あーん」
「自分で食べれる」
「わた飴で手が汚れてるからダメ」
そんなやりとり。のんびりと花火の時間。
「折れることなく高みを目指す、か」
咲いては散りゆく花火を眺め、龍哉がふと呟いた。「改めてどうしましたの?」と傍らのヴァルトラウテが問えば、彼は肩を竦めて。
「まだまだ先は長ぇなって話さ。その分、やり甲斐もあるがな」
「それはそうですわ。あなたの選んだ道は終わりなき挑戦であり試練。終わるとすれば道を降りるか、命尽き果てる時ですもの」
凛然、戦乙女も花火を見上げる。美しい光景。守り抜いた光景。命ある限り、守り続けねばならぬ光景。
「命尽き果てる時、ねぇ」
龍哉は苦笑を浮かべた。
「この時代に普通に聞く台詞じゃねぇよなぁ、まったく」
いずれ散りゆく命のさだめであろうとも。願わくば、万夜を照らす大輪の花火が如く。
「ね、クロさん。僕は本当に貴方が色んな表情をするようになって嬉しいんですよ」
天の川を流し込んだような美しい瞳に花火を映し。セラフィナが、久朗へと微笑みかける。
「そうか?」
「はい。僕には分かります。パートナーですから」
見て下さい、と英雄は手袋で覆われた指先で空を指す。地面から吹き上がる光のシャワーが、黄金色に煌いていて。
「出会ったばかりの頃、もう何も変わらなくていいと言った貴方の世界は、今はこの花火のように沢山のきらめきで溢れているんですよ」
じっと。花火を見つめ、黎夜は誓う。愚神を、特にマガツヒのパンドラを討ち落とすことを。李永平の呪いが解けることも願う。
その隣でアーテルはスマートホンの動画撮影機能で花火を撮っていた。第二英雄への土産だ。画面越しの光を見、彼も誓う。黎夜が『黎夜』としても『つぅ』としても、彼女の幸福を守ることを。
二人の間には静寂。花火の音と喧騒が、遠く。少女の手首から垂れる水風船を微かにだけ震わせていた。
「アーテルは、何か、花火に誓い、こめた……?」
花火の光に照らされて、黎夜が英雄を見上げた。アーテルがクスリと微笑む。
「ええ。でも内緒よ。願いごとに近いから。願いごとは話さず秘めるものよ?」
「そう、か……。……うちは、誰かを苦しめる愚神を、討ち落とすって、誓った……」
「“彼”のこと?」
「うん……あいつの、こと……。それに、また会おうって、宣言もしてるし……」
ひゅるるるる、どぉん。
「……全く、去年は激動の一年でしたなあ。まぁこうして可愛い恋人と出会えたんで文句はねーですがな?」
賑やかさから少しだけ離れた場所。フィーとアルトはベンチに腰かけ、花火を見上げていた。最中、フィーはおもむろにアルトの方へ顔を向け――近付いて。頬に一つ、口付けを。
「さて、改めて今年もよろしくお願いしますな? アルト」
耳元で囁いた。きっと恋人の顔は照れて真っ赤に違いない。だからジロジロ見るのは勘弁しておいて、フィーは小さな恋人を優しく優しく抱き寄せる。
「……むう」
ぐうの音も出ないとは正に。抱きしめられたアルトは、真っ赤な顔を隠すように恋人の肩口に額をぐりぐりと押し付けつつ、彼女の服の端をキュッと握った。
「……誓いなんて考えたのは初めてだな。何かしてぇって思ってもあたしにそんな資格があるなんて思わなかった……でも、今これだけはぜってぇ誓える……」
フィーだけは……一生守る。
だから死なねぇ。
花火が咲く音の中で、想いは強く。
「【白刃】の時って何してたっけ私達」
「――確かノドカは胸部の大きな女性を追い回していたな」
「あー……」
花火見上げる雁屋 和(aa0035)とヴァン=デラー(aa0035hero001)。しみじみと、あの戦いを振り返る。
(あの頃は――)
和は目を細めた。あの頃は。そう、あの頃は良く言えば上り調子で、悪く言えば調子に乗っていたんだと思う。
(そして、あの後の大規模作戦で、戦うのが怖くなったんだっけ)
瞬きを一つ。花火の音。隣の英雄が口を開く。
「その後は――そうだな、俺の記憶を探しにいろいろなところに行って」
「二人目を拾うことになるなんて思わなかったわね」
二人目の英雄。そして――戦わないことが、少しだけ心苦しくなる、一年間。
思い返せばたくさんあって。しかしあっという間のようで……。
「結局、あんたが良くわからない戦いの記憶と経験を持つっていうのなら」
和は武骨な英雄を見上げる。彼女の背丈からすれば、それこそ見上げるような男。「なら」――言いかけたその続きを、和は口にする。
「――きっと。戦うしかないんでしょう」
「怖いのなら、戦わなくていいんだが」
「冗談。――約束を、したじゃない」
勝気に口角をつった。ヴァンの記憶を取り戻すと言う約束。誓約を――憶えている。
「だから、ヴァン。戦うのに付き合いなさい。駆けずり回って、ぶん殴って、殴って殴って――憶えていないと言う壁を打ち壊しに行きましょう」
凛と立って、拳を突き出す和。ヴァンは一寸目を丸くして、それからニッと微笑んで。同じように、突き出した拳。ごつん、英雄の大きな拳と、和の小さな拳。合わせる誓い。二人の笑みが、その拳が、花火の灯りに照らされた。
「わああっ綺麗です~!」
次々と空に打ち上がる花々に、新爲(aa4496hero002)は手を叩いて喜んだ。傍らでは黒鳶 颯佐(aa4496)が、静かに噴水の縁に腰を下ろしてそれらを見守っている。
「……、」
颯佐はうなだれる。噴水の水面に映り咲く花火を眺める。揺らめく光に誓うのは、「より多くの敵を屠る」こと。それはかつての英雄に向けた「約束を果たす」という誓いである。
「……あとどれ位で……」
地獄へ逝けるのだろうか。「地獄で待つ」、笑って逝ったその人の、颯佐を縛る呪いの言葉――。
(……――)
新爲は彼の横顔を遠くから眺めている。俯く彼の心境には追求せず、今一度花火を見上げた。
(護り手として、必ずより多くの“こちら側に帰せる”人を……帰してみせます)
静かなる誓い。引き結ぶ表情。
(護り手……なんの、でしたっけ……?)
思い出せない。けれど、誓いは本物だ。だからきっと大丈夫! 少女はニッコと笑みを浮かべると、颯佐の腕を元気良く引っ張って。
「――颯佐お兄ちゃんっ、屋台がいっぱい出てますっ! いきましょういきましょう!」
「しょうがないな……」
引っ張られるまま。颯佐は賑やかさや華やかさには興味はないけれど。花火の音に背を押され、祭の賑やかさへ英雄と共に溶けていく……。
「ここも、戦場になったんだね」
「そのようですわね」
花火を、そして周囲の歓声を、大門寺 杏奈(aa4314)とレミ=ウィンズ(aa4314hero002)は見渡していた。二人は【白刃】の戦いには参加してこそいないものの――かつて愚神に荒らされた町。それは杏奈自身の過去と重なるものがあった。だから杏奈は知っている。愚神に蹂躙された町の風景を。その凄惨さを。悲しみを。痛みを。
「ここまで復興が進んでいるとは驚きました」
唇を引き結んだ杏奈の隣、レミが言葉を紡ぐ。
「ですが、それを可能にしたのは……きっと杏奈と同じようなことですのよ」
「同じ……?」
「もう一度立ち上がろうと奮起する意思。決して揺るがない、強い決意こそが彼らを動かしたのですわ」
「……そっか」
杏奈は銀色の右腕を見やった。失った過去の証。しかし同時に、愚神と戦う覚悟を揺るがせはしない、堅い未来への誓いでもある。メタリックな装甲に花火が映りこんで煌いた。色鮮やかな花が咲いた。次々と。
「私は戦い続ける。例え身体が動かなくなっても、奴らに一泡吹かせてやる」
右手に映る花火から、冬の夜空へ視線を移し。言葉を零せば白い息。雪の妖精のような白銀の少女はどこまでも凛と美しかった。その傍ら、対照的に太陽の金を宿した少女騎士が微笑みかける。
「ええ。私はずっと、どんな時も。杏奈のお側におりますわ」
「……うん。頼りにしてる」
「任せてくださいまし! 途中で諦めることなど、わたくしが許さなくってよ」
レミと杏奈の誓約は『諦めないこと』。不屈の花火に改めて誓う。悲劇を傷を忘れない。そして前へと進んでいくのだと。進み続けるのだと。
「どんな状況でも必ず生きて帰る、だよね」
「当然ですわ。戦死など、絶対にさせませんので」
「厳しいね」
「わたくしは、杏奈に生きてて欲しいのです!!」
「……ん、わかった。頑張る」
これからもよろしくね。杏奈が微笑む。「こちらこそですわ!」とレミは大輪の花火のように微笑むのであった。
「少し前まで、テレビの向こうの話だと思ってた」
自販機で買った温かい缶コーヒー。冷えた手を温めながら、ふと桜小路 國光(aa4046)が呟いた。
「ここが戦場になった時、オレはまだ一般人だった。姉さんが能力者じゃなくなってから結構経ってて、学校には能力者もいるけど接点なかったし、ニュースで見るだけで実感なんて沸かなかった」
不謹慎かもしれないが、國光にとっては『テレビでよくあるありふれた日常』だったのだ。大変だろうけど、どこか現実感のない出来事……。
「明日は我が身とか思いながら、全然そんな風じゃなかった。自分は大丈夫って思い込んでた。もう、オレの知ってる人は誰も傷つかないし、死なないって思い込んでた」
花火の音。呼吸を一つ分。白い息。熱いコーヒー。苦い。苦笑。肩を竦める。
「でも、そんなはずなかったんだよな……お前と出遭った時、現に襲われてたわけだし。従魔に」
振り返った。そこには、先ほどまで楽しげに花火を見ていたメテオバイザー(aa4046hero001)が、澄んだ瞳で彼をつぶさに見つめていた。
「メテオは、記憶がほとんどなくて……でも、それを嫌だとか思ったことはありません」
両手で持つ甘酒の白い水面に、メテオバイザーは視線を落す。その横顔は、微笑んでいた。
「人と話してると、過去がないことが寂しいと思うことはありますが――むしろ、昔の記憶を得るために今の記憶を失うなら、いらないとさえ思ってます。今はなんと言われても、毎日が幸せなのです」
顔を上げる。花のような笑顔に、嘘はない。國光もつられるように微笑んだ。
「お前に会えてよかったと思ってる」
「知ってます……メテオも、サクラコの英雄になれてよかったのです」
「知ってる……ありがとう」
二人は同じ空を見上げる。冬の澄んだ空。オリオン座を背景に、花火が踊る。
「その微笑みを」――國光が言う。
「その温もりを」――メテオバイザーが続ける。
それは過去に密かに交わした、二人の『約束(絆)』。
「「――共に守らん――」」
●凛と咲く
「ロ――ロ……」
構築の魔女が昼間に探しておいた花火の場所へ移動する最中であった。落児の吐息に魔女が振り返れば、
「あら? 京子さんにアリッサさん……?」
そこには志賀谷 京子(aa0150)とアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)が。
「あ、こんばんは! 二人も来てたんだ」
「こんばんは。こうして平時に会うのは逆に珍しいですね」
快活に挨拶をする京子、苦笑するアリッサ。信頼を寄せる、数多の戦場を共に駆け抜けた友人――似通いつつも異なる射手。戦友にして友人。
一寸、構築の魔女は遥かの生駒山に視線をやった。いつかの戦場を微か脳裏に描き――京子達へ微笑みを。
「よければ一緒に花火を見ていきませんか? ここでまた会うなんて、すごいめぐり合わせですし」
「うん、ご一緒させてもらうね。ちょうどわたし達も花火を見に来たから。ああ、でも……お邪魔じゃなければ?」
猫のように、京子はクスクスと笑った。
そうして四人は歩き出す――その最中、京子は過去に思いを馳せる。思えば構築の魔女達と初めて出会ったのも生駒市だ。戦場と化した住宅街への偵察任務だった。
あれから、幾度も同じ戦場で共に戦った。とても密度の高い一年だったと、我ながら思う。
「魔女さんたちに出会ったの、はるか遠い過去のような気がする」
「次から次へと愚神が事件を起こすものだから、世界中を駆け巡りましたしね」
整備された道を行きつつ、京子とアリッサが言う。「ほんとに」と構築の魔女は含み笑った。
「一年しか経っていないのが信じられないくらいですね」
かつて、従魔と愚神しかいなかったこの町。H.O.P.E.の手で奪還した希望。勝ち取った平和。
「波乱の日々だったからこそ、ですね」
あえて少しぼかした表現で京子はそう口にした。波乱だったからこそ、あっという間で。波乱だったからこそ、深まった縁。けれど、こんな平穏な時間は他に代えがたい。
「えぇ。その分、こういう穏やかな時間を過ごせるのも良いものですよね」
言葉の終わりである。到着しました、と構築の魔女が示すのは少しひとけの無い場所、草原。そこに腰を下ろして。見上げれば――ちょうど、花火。光の花。赤、青、緑、大きな音。
「……花火が上がりましたね」
「うん、とってもきれい! ……忘れられない光景になりそう」
アリッサと京子は目を細める。幻想的な光景、現実の光景。――これからも希望を抱き続けるのだと、人々の祈りの灯り。
静寂の中に響く花火の音、瞬く光。
「……ロ」
落児はその光を瞳に映し、静かに見上げていた。隣では構築の魔女が、同じ場所を見つめている。
「よいものですね。また来年も見たいものです」
●今年もよろしく
最後の大輪がどんと咲いた。
「あノ頃かラ"決意”に変わリはナイ?」
お手洗いに行く、と理由を付けて。樹とシルミルテは仲間達から離れ、二人きり。
「込める願いは変わっても、託した言葉に変わりはないよ。星空に誓って」
夢を飴のように溶かし込んだ英雄の瞳を見つめ返し、樹はニコヤカに答える。するとシルミルテは花火のように満開の笑みを浮かべた。
「シかたナイなァ。ずット一緒だモンネ。付き合ッテあげル!」
「……ありがと」
秘密がある。決意がある。二人は並んで星空を見上げた。白い吐息は星雲のよう。すぐに掠れて消えてしまう。
「そろそろ、戻ろっか」
「ウン」
繋いだ手、その中には桜の花びら。道すがら。オリオン座の空へ託すように、二人は花弁を零れさせた。ひらりひらり。小さな花びらは冬風に乗って、星空へと吸い込まれてゆく――。
「今日はありがとね。よければ今度は一緒に出かけませんか?」
「もちろん、いいよ! 次はどこに行こっか?」
花火は終われど、祭は今しばし続く。立ち上がった構築の魔女の誘いに、京子は元気良く頷いた。アリッサも「こちらこそ、お誘いには感謝を」と答えつつ――見やる先には、落児。
「今日は辺是さんも楽しまれましたか?」
「……ロー」
ボンヤリとしていた男だったが、アリッサの言葉にはわずかに焦点を合わせるように顔を見て。微かにだが、首肯を。
「……寒いから」
ちょん、と黎夜の小指がアーテルの手の甲に触れた。手を繋ぎたいの合図だった。理由はなんとなく。男性恐怖症を少しでも改善する、という誓約もあるけれども。アーテルは小さな手を拒むことなく、優しく握り包んだ。
「辛くなったら言いなさい」
「うん……ちゃんと、言う……。ありがと……」
さぁ、一緒に帰ろう。
『了』
結果
シナリオ成功度 | 大成功 |
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