本部

雪はきっとあなたの涙

鳴海

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2017/01/03 14:55

掲示板

オープニング

● 天国にも届く手紙。

 南の方に住んでいるサラリーマンは思った。
 ここ最近雪をみてないな。
 そう空を見上げると、曇天、重たい雲の光景に子供のころの記憶が重なる。
 あの時はこの国はとても寒くて、この季節は雪が降っていた。
 貧乏だった幼少時代、けれど母の手がとても温かかったのは覚えてる。
 あのころに戻りたい。
 そう願って瞼を下ろすと、その胸ポケットのスマホが震えた。

 北に住んでいる少女は本を眺めていた。
 窓の外は雪景色、それどころか、窓に張り付いた雪が暗幕のようになって部屋は真っ暗だった。
 だから少女に本の中味なんて見えていない。
 けれど少女はそれを眺めつづけていた。
 開いているだけでいいのだ、開いているだけでその思いは伝わる。
 大切な友達からもらった絵本、彼女が大好きだった絵本、そのページには彼女の言葉が染みついている、そしてそれが今も耳元で聞こえる。
 私もすぐにそっちに行くからね。
 そんな言葉を胸に秘めて、少女は本を閉じた、その時。
 部屋の隅っこで投げ捨てた携帯電話に光が灯る。

 西に住んでいる老人は海の遠くを見つめていた。
 その先には彼が渡った島がある。
 かつて彼は夢を追い、船に乗ってこの国を出た、それ以来彼は姿を現さない。
 長い年月がたった。彼は今どこで何をしているんだろう。
 数十年来の親友、その彼の笑顔を思い浮かべ、彼の老け顔を想像しようとした。
 そのとき、彼の手の中でスマートフォンが震えた。

 東で集まっている君たちは、H.O.P.E.の食堂にいた。
 次の任務は何を受けようかな、そんなことを集まった適当なメンバーと話をしていた。
 けれど雑談なんて川の流れと同じ、あっちやこっちに枝分かれして、また交わって。 
 最初の話題が何だったか分からなくなったころ、君たちのスマホが同じような着信音を鳴らした。
 開いてみるとそこには、一通のメールが届いていた。


● メールの中味は希望? それとも。

 あちこちで同時多発的に、同じ内容のメールが届いた。
 その内容はこんな感じ。

『みなさん驚きましたか? 
 これは天国にも届くメールです。
 この機能を利用すると天国だったり、宛先のわからないあの人、世界中のだれでもに手紙を届けることができます。
 それは僕が皆さんにメールできたことから、信じてもらえるんじゃないかと思います』

 画面をスクロールさせると、少しの空白の後にさらにこんな文章が書かれていた。

『そして今回皆さんにこんなメールを出しているのは単なるいたずらではありません。
 メール、出してみませんか?
 決して届かないと思っていたあの人に、あなたの言葉を届けて見ませんか?
 それは天国にいる人じゃなくても構いません、今はどこにいるかわからないあの人でもいいのです。
 安心してください、僕が絶対見つけ出してお手紙を届けます。
 そして、そのお手紙で、誰かが救われることを、僕は願っています。
  BY カロン』

 あからさまに怪しいメール、しかし君たちの胸には淡い希望が宿る。
 もしこれがほんとうだったら……いいのにな。
 その程度の本当に淡い物、だがその後驚くべきニュースが続々と舞い込んでくる。
 このメールのちに『カロンメール』と名付けられることになるのだが、このメール、本当にどこでも届くらしいのだ。
 たとえば、世界の裏側。メールアドレスを知っていなくても、電波の届かないところに間で。
 その結果、長年生き別れていた親友に逢えた、行方不明だった娘が見つかった。そんなニュースがお茶の間にあふれた。
 さらには、死んだ人間からメールが届いた、そんな話まで舞い込んできて。
 この国はクリスマス時期の明るい話にわいた。
 だが、これは明らかな異常事態。

 H.O.P.E.は調査に乗り出した。
 ただ、同時にあなた達はメールの利用も考え始める。
 天国や、今は言葉を伝えられないあの人に、届くことを願いながら、あなたはスマホの画面を叩く。

  =========PL情報========

● 正体

 ここからはもしもの話です。
 皆さんがこのメールの機能というか、『カロンメール』の正体を知りたいと願い調べれば、真相にたどり着くことができます。
 真相は、どこかの誰かが作ったプログラムです。
 それは朽ち果てた研究室でひとりでに起動したマザーコンピューターが自立稼動し、そのメールを送り続けています。
 そして、人間が作ったプログラムが天国に手紙を届けることなどできるわけがありません。
 よって真相を知ってしまえば、この手紙を頼りにしているPCにとってはショックになるでしょう。
 なのでこの真実はPC全員が知らなくてもいいこととします。
 そしてこのコンピューターの扱いをどうするかは発見した人たちの手にゆだねられます。
 壊すもよし、どっかにうっぱらうもよし。
 そこは発見予定の皆さんで話し合ってください。

● プログラムの存在理由、目的

 ちなみにこのプログラムが組まれた理由、ただ単純にその人の気を楽にしてあげたいから、だそうです。
 このプログラムのヘルプを開くと、そう教えてくれます。

 そして、その思いは誰にも明かさないように厳重なロックがかけられています。
 ただ、自分のPCのメールであればなんとかロックを解除してみられる、ということにします。

● 
 そして、もしよかったら、返事など書いてみてあげてください。
 それは倫理的に問題があるかもしれません。ただ、きっと苦しむその人の心を救うことができるでしょう。

=====================ここまでPL情報=======

解説

目標 とくになし。

 今回は、PCが普段胸の内に秘めている思いや、過去の後悔。そう言ったものを打ち明けられるような、俗に呼ばれる心情回ということになります。
 そしてこのメールをきっかけに、より能力者と英雄の絆が深まるといいなと思って作ってみました。 

 あなたのPCは残してしまった後悔や、伝えきれなかった思いなど無いですか?
 それを胸に抱え続けることは、原動力にもなりますが、心をひっかくような痛みも伴います。
 ここで吐露するだけで何かが変わるわけでは無いですが、ただ、確実に楽になると思います。
 そして、楽になっていいんです。
 今回はそんなお話。
 クリスマス前のちょっとした奇跡のお話。

リプレイ

プロローグ

 雪のひとひら、それが柔らかく『柳生 楓(aa3403)』の頬に落ちて消える。
 ディスプレイの上には積もるのに、自分に触れると儚く消えるそれが、ひどく理不尽に思えて。
 楓はあえて手を伸ばす。
「……天国にも届くメール、ですか」
 そう楓はつぶやいて、スマホから視線を外した。どこか迷うように視線を泳がせ、やがて瞳は曇天をうつす。
「本当に天国があるのなら」
 一つため息、楓の口から立ち上る白い吐息は天へと広がり。やがて冷めて消えてしまった。
「あの子はそこに行けたんでしょうか。そして私は……」
 そうつぶやき浮ついたように歩みを進める楓が、今にも消えてしまいそうな気がして『氷室 詩乃(aa3403hero001)』はとっさに手を伸ばす。
「本当に届くとしたら、凄いことだよね」
 そうやって掴んだ楓の服の袖、それを見下ろして楓はにこっと笑った。
「いこう?」
 書きかけのメールをポケットにしまって、楓は詩乃の手をとって引いた。
 重たい雲の先に、あの子が穏やかに、暮らせる国があるといい、そんな無想を巡らせながら。
 楓は支部への道を歩く。

第一章 カロン
 
「天国にも届くメール? そんなのある訳ない」
 そう『千桜 姫癒(aa4767)』はH.O.P.E.食堂内でだるっとテーブルに突っ伏してその場にいるリンカーたちと交流をはかっていた。
 時は年末。依頼も激減し、簡単な愚神討伐のみが掲示板に並ぶ。 
 ただこの忙しい年末に、そんな必要性も焚きつけられない任務にわざわざ出向く気が起きず。
 結局リンカーたちは、ただただ食堂に集まってお茶を飲む日々が続いていたのだ。
 来年から頑張ろう。今年はもういいや。
 そんな雰囲気の中『小鳥遊・沙羅(aa1188hero001)』が突然そのような話を持ちかけてきたのだ。
 天国にも届くメール。そんなファンタジーとも都市伝説とも取れる噂。
「どう思う? 遙華」
『蔵李・澄香(aa0010)』はお茶を入れると遙華、そして『卸 蘿蔔(aa0405)』に差し出した。それに小さくありがとうと答えると、遙華は問いかけに答える。
「天国というものがどういう物か、その概念すらぶらついているけど。とりあえず死んだ人間がメールを受け取る術は無いことは確かでしょうね」
「あらー、夢がないですねぇ」
 そう蘿蔔自身も信じてはいないくせに、そう茶化す。
「タラちゃんは夢があって可愛いですね」
「私だって信じてないわよ!」
 そんな沙羅の反応を楽しみながら蘿蔔は湯呑に口をつけると、舌をやけどしたのか、涙目になっていた。
 そんな様子を見るに見かねて『レオンハルト(aa0405hero001)』は自分のペットボトルを差し出す。
「でもあったらいいなぁとは思います」
 そう告げ、話しに入ってきたのは『斉加 理夢琉(aa0783)』である。遙華は隣の席をあけ着席を促すと『アリュー(aa0783hero001)』が二人分のトレイをテーブルに置いた。
 理夢琉は美味しそうにうどんを啜り始める。
「すごくロマンティックです」
 そう目を閉じて想像に浸る理夢琉へ『日向 和輝(aa4767hero001)』が告げた。
「でもさ、そのいない人からメールが届いたって話もあるんだってさ」
「まさか……」
 姫癒はそう笑い飛ばそうとしたその瞬間、背後から声が聞こえた。

「そのメールなら私に来ましたよ」

 そう告げ食堂に入ってきたのは楓と詩乃。
 外は雪だったらしい、積もるほどには降らないが、それでも二人の肩にうっすらと雪がつもっており、詩乃は笑いながら楓の雪を払っていた。
 ありがとうございますと、小さく楓は告げて、ポケットの中を漁る。
 水にぬれたそのディスプレイをぬぐうと其れをいったん凝視して、リンカーたちに歩み寄る。
「メールがきたって、カロンメール?」
 和輝は改めてそう問いかけた。
「ああ、それだったのですねカロンメールって、どこにでも届くと噂ですが、天国にまで届くんですね」
『クラリス・ミカ(aa0010hero001)』が記憶を漁りそう告げた。
 そして楓は全員にほらと、自分のスマホ画面を見せる。
 そこに綴られていた文面はこう。

『みなさん驚きましたか? 
 これは天国にも届くメールです。
 この機能を利用すると天国だったり、宛先のわからないあの人、世界中のだれでもに手紙を届けることができます。
 それは僕が皆さんにメールできたことから、信じてもらえるんじゃないかと思います』

 さらに続く文面を全員で顔を寄せ集めて眺めると、澄香とクラリスはいち早く身を引いて視線を交えた。
「「怪しすぎる」」
 声をそろえて唱える澄香とクラリス。
 苦笑いを浮かべる楓と姫癒
「カロン、ギリシア神話での冥府への渡し守の名ですね……」
 そうPCを立ち上げてカロンを手早く調べたクラリス。
 そんな彼女の考察フェイズが始まると、レオンハルトはうんざりしたように食堂のメニュー表に視線をうつした。
「愚神かなぁ?」
「電子機器経由ですしね。ライヴスを吸収されたなどと言う声は聞きませんが……」
 そうクラリスが視線を遙華に向けると、遙華はその言葉に頷いた。
「それは間違いないわ、明確な被害が無い、というよりH.O.P.E.ではこのメールが本当にあるなんて確認できてなかったし」
「調べるしかないか」
 そう澄香はふむと考え込んでしまう。完全に信じていない。だが脅威度もないと知ってどこか楽しむ構えの様である。
「夢が無いですねぇ」
 そう蘿蔔は澄香たちを眺めて茶化して見せる、そしてしっかりさましたお茶を飲みほして、一つため息をついた。
「どこにでも届くメールか……どうする? 試しに何か送ってみたら?」
 そんな蘿蔔にレオンハルトが告げる。
「本当なんですかね。でもやっぱりちょっと胡散臭いです」
 ただでさえ蘿蔔や澄香は人の心に手を突っ込む愚神に出会いすぎた。
 扇動の聖女。
 幸せな夢を見せる愚神。
 そして、水晶の乙女。
 だから、皆すんなりこの奇跡を信じることができないでいる。
 ただ、沙羅だけがスマホを見つめたまま何も言わない。
「どうしたんですかタラちゃん? さっきから静かで不気味です」
「み・な・い・で」
 そうスマホを覗き込もうとする蘿蔔に、過剰に反応する沙羅。
「私も思ってるわよ、バカらしいって」
 そう鼻で笑って見せる沙羅。
「天国にも届くメールね。いくら異世界との扉があるって言ったって、冥界や天界へと通じる扉があるとでも?」
 そう見つめるディスプレイにはカロンの文字。
「え? メール書いてるのですか?」
「書いてないわよ! ただ、眺めてるだけ!」
「またまた……」
「蘿蔔、あなた調子に乗ると後で怖いわよ」
 そう少女二人がじゃれ合い始めた直後である、その場にいる全員の携帯が震えた。
 思わず動きを止めるリンカーたち。
 数拍して各々自分のスマホを手に取り始める。
 その画面には全く同じ文面が並んでいた。

『そして今回皆さんにこんなメールを出しているのは単なるいたずらではありません。
 メール、出してみませんか?
 決して届かないと思っていたあの人に、あなたの言葉を届けて見ませんか?
 それは天国にいる人じゃなくても構いません、今はどこにいるかわからないあの人でもいいのです。
 安心してください、僕が絶対見つけ出してお手紙を届けます。
 そして、そのお手紙で、誰かが救われることを、僕は願っています。
  BY カロン』
 
 カロンからのお誘いメール、それに三者三様の反応を見せるリンカーたち。ざわめく食堂内でただ静かにたたずむ楓。
 そして。
(……私が送りたい相手は、世界も違う天界よ?)
 沙羅は悩んでいた。
(そんなの無理に決まっているじゃない。元の世界の、たった一人の友達……)
 そして悩みながらも、文字を打つ手を止められなかった。
(皮肉なものよね。世界を跨いで初めて、ずっと求めていた体を手に入れて、人間の真似事をしながら人助けしてるなんて)
 そして出来上がったメールはたったの五文字《ありがとう》
 一人静かに送信ボタンを押したのを『榊原・沙耶(aa1188)』は見つめていた。
「ねえ、楓。もしも本当に届くとしたら、君はこのメールを誰かに送るのかい?」
 詩乃が唐突に楓に尋ねる。
「そう、ですね……多分、送りますね」
 楓も再び考えていた、天国とはどこにあるのか。そこにいる妹はいったい、どんな思いで暮らしているのか。
 
「あの子には、伝えたいことがありますから」
 
 そう告げた楓は、やはり今にも消えそうなくらい、儚く。見えた。


第二章  手紙

 蘿蔔とレオンハルトは遙華の執務室にいた、この部屋の主は今澄香たちと例のカロンメールの調査に向かっている。
 蘿蔔たちがなぜここにいるのかと言うと。澄香に歌を完成させるようにせっつかれたためだ。
「いい加減仕上げないと怒られますから」
 もともと蘿蔔は調査を得意としていないし、邪魔になると嫌だからとありがたく部屋の鍵を受け取ったレオンハルト。
「曲は大体終わったから、蘿蔔待ちなんだけどね」
 だってーと机に突っ伏した蘿蔔、理由を含まない抗議の声をあげて、ペンを投げ出し手足をパタパタとふった。
「思いが、ごちゃごちゃしてかけないんです」
 基本的に蘿蔔はメロディーに合わせて詩を書く。
 何度も思いを反芻し、込めたい場面を思い返して。
 けれど、かけない。言葉が思いつかない。
 あの背中にかける言葉が見当たらなかったように、喉に蓋をしたように、何も。
 何も言葉にならなかった。
「私は何を伝えたかったのでしょうか」
「わからないよ」
 だから、レオンハルトの作ったメロディーを何度もききながら、聞きながらぼんやりと白い壁を眺めていた。
 どこにでも届くメール、それを考えながら。
「何のためにあるんでしょうね」
 レオンハルトは抱えていたギターから顔をあげて蘿蔔をまじまじと見た。
 その唐突な問いかけがカロンメールに対しての物だと、レオンハルト気が付くのに少し時間がかかったが彼女が何を言いたいのか、遅れて理解する。
(蘿蔔みたいな人のためにあるメールなんじゃないか?)
 その言葉をレオンハルトは飲み込んだ。
「そもそも。本当に届くんでしょうか」
「それをクラリス達が調べにいってるんじゃないか?」
「死んだ人には二度と会えない。きっとこの世界のどこにもいないから、そう思ってる。でももしそうじゃないとしたら?」
「蘿蔔?」
 問いかけるレオンハルト。見れば蘿蔔はどこも見ていなかった。
 その目は潤んでいて、遥か過去を見つめている。
 伝えられなかった言葉、それを伝えたいと願ったことはいくらでもあった。
 夜の病室で。
 命を燃やして立ち向かおうとした背中に。
 後悔した、告げられなかったことを。
 ありがとうも、ごめんねも。
 だからそれを告げられる機会が巡ってきたならそれに乗るべきなんじゃないかと、蘿蔔は思って。
「レオ……私やっぱりあれ、届けたいです」
 そう来ると思って、レオンハルトは充電中の蘿蔔のスマホを取った。手渡すために彼女に歩み寄る。しかし。
「あ、でも……あのメールは使いませんけど。歌で、届けようかなって」
 レオンハルトは目を見開いた。
 単純に意外だったのだ。
 蘿蔔は、誰かの手を借りて伝えてもらうのではなくて。
 自分の精一杯で伝えることを選ぶなんて。思わなかったのだ。
「いいと思う」
 そうレオンハルトは柔らかく微笑んだ。
「というわけで曲、少し変えてもらっても良いでしょうか? acceptを人前に出せるようアレンジしようかと思って。メロディーは大まか同じで良いのです。あ、でも雰囲気を……」
「うん、それちょっとじゃなくて全部だね」
「暇していたんだからいいじゃないですか。手伝ってください」
「ああ、いいよ」
 そう告げてレオンはギターをかき鳴らした。
 しばらくすると遙華がやってきて。常識的な範囲の音だけにしてちょうだいねと。怒られた。

   *   *
 
 グロリア社内、とある研究室。そこは半ば遙華の私物と化した研究室でAGWの開発、そして人工知能の研究を行っている。
 そこでは詩乃と沙羅が静かに眠るエリザを見つめていた。
 ボディーごと封印された彼女の様子を沙耶から聞くことはあったが、直接見に来るのは久しぶりだった。
「来年はもっと遊びましょうね」
「エリザは楓と詩乃をお姉ちゃんだって言ってたわね」
 そう春香は詩乃に告げた。
「私には肉親はいないけど、姉なら楓や詩乃で、兄なら、あの人、先生はあの人。お父さんとお母さんはあの人。そう楽しげに話しをしていてたわ」
「え? 私は?」
 沙羅が問いかけると。遙華は告げた。
「沙羅は沙羅だって」
「エリザにもなめられてるのねぇ」
 その沙耶の言葉に複雑な感情をあらわにしている沙羅の後ろではクラリスや沙耶、遙華たちがキーボードを叩いている。
「どう? 遙華」
「探知自体は簡単よ。H.O.P.E.の権限さまさまだけど」
「何処にも悪用しようという者もいるもので……早く見つけたいところですね」
 クラリスが告げる
「ストーカーや詐欺なんかにも使えるよね」
 澄香が言った。
「天国からのメール等、何時までも捕らわれてしまう方も出て来ることでしょう」
「夢が無さすぎるな」
 アリューが紅茶片手に現れた全員に振る舞う。彼も調査に協力をと申し出たが実際手が足りているので、パソコンが得意なメンバーにまかせてしまうことにしたのだ。
「理夢琉は?」
 そう遙華が尋ねると、アリューは微笑んだ。
「わかるだろう?」
 理夢琉はこのメールと真面目に向き合うことを選んだ。
「うちの子もよぉ」
 沙耶が画面から目を離さずに告げた。沙羅もこのメールの一件にふれてから元気がない、自分から積極的に調べようともしなかった。
 そんな沙羅を一瞥して沙耶は、ひとつ伸びをするとアリューへと振り返った。
「馬鹿ねぇ。もっとお利口だと思っていたのだけれど。
 まぁ、馬鹿な事と知りつつも、そんなものにすらすがりつきたい程の何かって事なのかしらね」
「姫癒もそうだ」
 和輝も告げる。姫癒もまたこのメールと向き合うことを選んだ。
 今はH.O.P.E.の仮眠室で文章をしたためていることだろう。
 そして和輝が調査に参加していることを姫癒は知らなかった。
「楓は?」
 遙華が問いかける。その言葉に詩乃は答えた。
「あの子はどちらかというとこのメールが必要な側だからね」
 そうエリザを眺めていた詩乃は視線だけを遙華に向けると、祈るような思いを込めてこう告げた。
「この手紙、届かなくても本人にとっては感情を整理するいい機会になると思う、そっとしておいてあげて」
 これを機会に、楓が悲しみから解き放たれますように、そんな、祈りを込めて。

    *   *

母さんへ
 ねぇ、どうして俺を庇ったりしたの?
 俺がいたって仕方がないんだ。
 父さんはそんな素振りを見せないけど、絶対にそう思ってる。
 母さんが天国へ行ってから大変だったよ。
 色んな人に父さんと結婚したからだって責められて、母さんがいなくなったなら家に戻って来いって父さんの家の人が言って来て。
 俺が母さんを守れる程強かったら、もっと早く和と出会えていたら。
 和が……もっと早く来てくれたらって。
 母さんの声が聞こえなくなった時に和が来て、許せなかった。
 どうしてもっと早く来てくれなかったんだろうって。
 ずっと責めた。
 本当はわかってた、和を責めても仕方がない和のせいじゃないって。
 でも俺が生きていて良かったって言うんだ。
 そう言ってもらえて本当は嬉しい。
 でも……

    *   *

 その時クラリスがパソコンの電源を落した。調査開始からわずか二時間程度のことだった。
「見つけました、逆探知できました」
「どうする?」
 アリューが尋ねる。
「今からいこう」
 和輝は言葉を続ける。
「これを放っては置けない。もしかしたら姫癒を傷つける事実の可能性がある」
 そう和輝は告げた。
「明日に回してしまってもいいのに。もう22時よ。日付が変わる可能性もあるわ」
「大丈夫だよ、冬休みだし」
 そう澄香は言うとクラリスと頷きあった。
「あとは私たちの仕事です」
 施設に罠が無いか探り、安全を確保する、それくらいの警戒が日常となっている澄香とクラリスにとって当然の思考だった。
 霊力による探索。
 それを行うために二人は共鳴を開始する

「「リンク」」

 澄香の髪が桃色に代わり、ライトエフェクトの中からふりふりの魔法少女が生まれた
「あなたのハートにくらくらりん」
「今。共鳴する必要あった?」
 その問いかけに答えを返せず固まるクラリスミカあった。

第三章 最後の悪あがき


 暗い仮眠室を強烈に照らす灯り。横になって浮かび上がるその顔は青白く照らし出されていて、引き結んだ表情は真剣だ。
 理夢琉は固いベットに横たわって永遠とその文面を見返していた。

《爺やへ
先日爺やが遺したノートなどを譲り受けました
幼い頃描いた魔法陣や夢関連のレポートや感想が記されてましたね
特に呪文の旋律はライヴスの魔法に使えそうです

夢の記憶でおかしな言動をする私を認めてくれたのは爺やだけです
死んだ動物がなぜ魔石に変わらないのか聞いた時も
夢の私を認めたうえで理夢琉がわかるように話してくれたよね
今ちゃんと立っていられるのは爺やがいてくれたからです、ありがとう
英雄アリューと絆を結び本当の魔法使いやってます》

 そこまで書いて理夢琉はふと手を止める。
 天国へのメールは、何通もかいていいのだろうか。
 だとしたら、自分にはもう一人思いを伝えたい人がいた。

《ルネさんへ
希望が見えた後の絶望はただ消えていくより辛かったよね
時間を作ってくれてありがとうって優しいって言ってくれたけど
水晶の体が砕けていく感覚は私が与えてしまった苦痛だよね、ごめんなさい
思い出すと心が痛むけれどちゃんと伝えたかったからお手紙書きます
エージェントの仕事を始めたばかりで英雄との関係にも迷いがあった私は
春香さんの強さに憧れたしアリューはルネさんが英雄として出した答えを遂行した事に
尊敬という感情を知ったらしいです
あれは創られた悲劇だったと知らされても、話して触れて感情を共有した思いが
皆の心に影響を与えたからこそ『英雄ルネ』はちゃんとそこに在った
あの時聞いたルネさんが歌った滅びの歌はアイドル達に引き継がれて
勇気や癒しを人々に届けているんだよ、すごいよね。
私は旋律を攻撃手段として使う為に魔導書を引っ張り出して試行錯誤中です
あのね、ルネさんが生きていたなら言おうとした言葉があります》

「私と友達になってください」

 そうスマホを抱きしめて理夢琉は送信ボタンを押した。
 その二通の手紙が、本当に届くわけはないと理夢琉は思っている。
 けど、二人への思いがここに形を成したことに、理夢琉は一種の満足感を感じた。
「区切りがつけられたって感じかな」
 突如降り注ぐ光、逆光で暗くなっていた扉を開いたのがアリューだとすぐにわかった、理夢琉は微笑みを浮かべる。
「ずっと、もやもやした、言葉にならない思いばかりが合って。思い出したとしても感情だけが先行して、申し訳ない気持ちになってた」
「それは……」
 理夢琉が申し訳なく思う必要はない、そうアリューは告げようとしたがその言葉を遮って、理夢琉は言う。
「でも、言葉にしてみてわかったよ。私が本当にやらないといけないこと……」
「俺にはよくわからない感情だな、このメールの発信源がわかったって、いくか?」
「行こう真実を探しに」

   *   *

 H.O.P.E.支部の駐車場にレンタルしたワゴンが到着したのは調査終了から30分後くらいのこと。
 全員がそれに乗り込み、研究所めがけて走る。
 全員が流れる夜景に、行きかう人々を見ながら考えた。
 リンカーたちは朽ち果てた研究所の前に立っていた。
 まずは先行してクラリスミカがフヨフヨと研究所内に潜入トラップの類、霊力の類がないことを確認すると、共鳴を解いて全員を招き入れた。
 朽ち果てたその研究室は薄汚れていて、ガラスも割れ、打ち捨てたれた機材や雨で腐った資料の束などが散乱していた、目的の物はすぐに見つかった。
「これだね」
 詩乃はPCのある部屋を見つけた。
 一つだけ灯りが灯り、ほかのモニターやら何やらに埋もれた、それは、暗がりでひかりを放っていた。
 まるで見つけてほしいと言わんばかりに。
「これは……」
 遙華が歩み寄り適当に操作すると、驚くべきことにその部屋全ての機材に光が灯った。
「な!」
 あわてて構える和輝、しかし警戒する必要はなく、次の瞬間部屋一面に立体映像が展開された。
 それは全て……人の思いとか、願いとかそう言う物だった。
「これは?」
 詩乃は思わず問いかける、しかし全員がそれを理解できていない。
 無数のテキストファイル、日本語だけではなく世界各国の言葉で、全て同じような内容が記載されている。
 大切なあなたにこのメールを綴る。
 つまりこれが、カロンメールの本体。
 そして。
「これが、カロンメールの正体ねぇ」
 そうPCをいじっていた沙耶がとある項目をクリック、すると一際大きく、カロンメールのヘルプが表示された。
 そこにはこう、書かれていた。
 
『 私はカロンに先導され、冥府へと向かう者。
 今、立ち止まってしまった人たちのために。このプログラムを残す。
 君たちに必要なのは歩き続けることである。
 痛みに屈せず歩き続けることができれば、きっと痛みは君たちの力になる。 
 泣いてもいい、立ち止まってもいい。ただ、また歩き出してほしい。
 それが、私の願いである。
 このプログラムは私が死ぬと同時に起動するように細工しておいた。
 どうか、死者のために歩みを止めぬように、私は願う。
 私たちは、君たちが笑って未来へ進むことを願う』

 これは、人類を信じ、そして信じた人類へ少しでも力添えしようとした誰かの思いだった。
「この研究所の主任、アンソニーの言葉ね、推測でしかないけど」
 遙華が告げる。
「彼は、なくなっているそうです」
 クラリスが言った。
「ちょうど、カロンメールの噂が立ち始めたころ、病気で……」
 場が静まり返った。そんな中大量のメールから理夢琉の物を見つけると閉じる。
「アンソニーさんも誰かを失っているのかな」
 アリューは告げた。
「私のように気持ちを整理するきっかけになる人もいるかもしれないし」
 理夢琉はそう、微笑んで告げる。
「わたくしたちの負けですね」
 クラリスはそうため息をついて天を仰いだ。張っていた緊張が解けていくのを感じる。
「素敵な人がいたんだね」
「はい、私達にはできない方法で、みんなのことを幸せにしようとしたんですね、すごいです」
 そう蘿蔔は告げた。
「製作者何某様の想いは、無碍にしたくはないですね」
 クラリスはそう告げ遙華の肩を叩いて何やら話をしだした。
「メールの中味見れるわよぉ、ほらぁ」
 そう沙耶がカロンの本体PCを操作しているとたまたま見知った名前を見つけた。
「年の離れた妹のメールを密かに傍受するなんて、何て妹思いなのかしらねぇ。私って」
 そうひとりごちにつぶやいて、沙耶は沙羅のメールを開いてしまう。
 どんな文面がそこに並んでいるのか期待しながら、場合によっては茶化してやろうかしら。そんな風に思いながら。
 ただ、その予想は外れることになる。
 そこにはたった一文字の言葉しか書かれていなかったから。
 沙耶はその文字に目を通すと、微笑む。
「僕もいいかな」
 そんな沙耶を見ていた詩乃は自分も探したいメールがあると、詩乃は告げる。
 楓は自分が送ったメールの文面だけでなく、カロンメールを利用したかすら。教えてくれなかった。
 詩乃がマウスを握った。手早くメールを探し始める。
 その光景を背に澄香は遙華に告げた。
「これはグロリア社で管理した方がいいかもね」
「私もそう思います」
 理夢琉も言った。
「そうね、技術的には興味があるし」
 そう遙華が言うと、それをOKと捕え、澄香はスマホを取り出した。メール機能を立ち上げる、あて名はカロン。彼自身へのメールをしたためた。

『カロンさん、初めまして。
 蔵李・澄香と申します、さっそくですけどお引越ししませんか?
 ここは寒いです。グロリア社なら快適ですよ?』
 そのメールへの返事はすぐに来ることになる。

『Y』

「イエスの意味ですね」
 クラリスが言った。そのメールを覗き込んで沙耶が告げる
「AIなのかしらぁ?」
 その言葉に遙華が答えた。
「そうね、質疑応答型のトップダウン型。ただエリザと違って知性と知能を兼ね備えているわけじゃない」
 そんな談義を繰り広げつつ、カロンをどうするか考えていると、沙耶は詩乃に歩み寄ってその震える肩を叩いた。
「ねぇ、氷室さん。私使いたい機能があるんだけどいいかしら」
 そう沙耶が手を差し出すと詩乃はその場を明け渡す、その拳は震えていた。
「大丈夫?」
「うん、心配してくれてありがとう」
 そう告げると詩乃はまだ雪の降る屋外へと足を向ける。
「どうするんだ?」
 レオンハルトが尋ねると。沙耶はあっけらかんと告げた。
「返事を書くのよ、沙羅にね」
「できるのか?」
 和輝が驚きの声を上げる。 
「できるわぁ、だって同じカロンメール本体だし」
 そう答えている間に、沙耶は沙羅のメールへ返事を返してしまった。
 内容は同じ《ありがとう》
「私には何の事か分からないけれど、簡潔文で送る辺りが沙羅ちゃんらしいわねぇ。
もう少し長文打てばいいのに。ツンデレの鏡ねぇ」
「いいの? カロンさん」
 メールを送ることについて澄香はカロンにメールを介して尋ねた。するとすぐに返事が返ってくる。
《Y》
「だったら、ねえ、クラリス」
「お好きにどうぞ」
 

第四章  返信

 暗がりで本を眺める少女はその本をついに閉じた。
 そして隅っこに捨てた携帯電話に明かりが灯る。
 カロンメールと呼ばれるメールに思わず綴ってしまったその言葉。
 文章などではなく。単語を数ワード刻んだだけのメールを送ってからほんの一時間。
 メールが返ってきた。あて名は幸子。
 母の名前だった。

『雪華ちゃんへ。神様が1回だけメールを送ることをゆるしてくれました。
 ずっと見守っています。
 愛しています。
 幸せになって下さい』

「そんな、お母さん! お母さん!!」
 
 メールには、どうせ届かないと思って、辛辣な言葉を並べてしまった。
 何で帰ってこないの、とか。私もそっちに行きたいとか。
 けれど、違った。
 本物だ、届いたのだ。自分の思いは母に。
 だから、帰ってきた。
 メールには自分の欲しい言葉が書かれていた。
 愛している。母は自分を愛してくれていたんだ。
 少女の中で鮮明に母との記憶がよみがえる。
 頭を撫でて自分に言ってくれた言葉、愛している。
 それが声音と共に頭の真から蘇る。
「ありがとう」
 少女は誰にでもなく、空につぶやいた。この奇跡にありがとう。


    *   *

 姫癒はまどろみから脳を覚醒させると、自分のスマホが淡い光を放っているのがわかった。
 メールがきているのだ。その考えに及ぶと震える手で画面タッチした。
 
 差出人は母の名前だった。

《あなたを助けたのは姫癒、あなたを愛していたから。
あなたを助けられて良かった。
お父さんは大丈夫、お父さんだって姫癒が助かって良かったって思っているわ》

 姫癒は外に出た。夜風を体に浴びて火照った頭を覚ましていく。
 踊る胸を必死に押さえつけて、再び画面を見つめた。

《だって私たちは姫癒を愛しているの。
 お父さんと話し合ってあげて。
 姫癒が生きていて良かったと思う事があっても、姫癒の事をいらないなんて言う筈がないから。
 和くんもあなたの事が大好きなのよ。
 私もあなたが生きていて良かったと思うわ。
 姫癒、愛してる》
「俺もだ、母さん……」
 そうつぶやいた姫癒の頬を涙が伝っていく。


   *   *
「あら、みんないつの間に」
 そう電気の消えた研究室で沙羅は目を覚ます。
 連れて行くべきではない、というわけではなく、ただ単純に忘れ去られてここにいるのだが。
 それを察した沙羅は不機嫌そうに頭をかいた。
「それは蘿蔔のお家芸でしょうが」
 そんな沙羅は自分の寝相のせいでスマホを吹き飛ばしていたことに気が付く、それを拾い上げ沙耶に連絡を取ろうとしたが。
 やはり、メールが入っていることに気が付くと、それを開いた。

《ありがとう》

 ただ一言だけ、自分の送った文面と同じ文面。
 それに対してそんなものだろうと。沙羅は思い、画面を閉じようとした。
 しかし。

《お母さん以外で優しくしてくれたの。
 はじめてだったよ》

 突如そう浮かび上がってきた文字に、沙羅は目を奪われた。
「そう、あの子……」
 沙羅はやっとわかった、自分を恐れない少女の視線。言葉。それはきっと。
 沙羅と同じだったから、向けられたものだったのだ。
 沙羅は潤んだ瞳をこすると、そのメールを保存する。
 大切にする、そう誓って自分の体を抱きしめた。

   *   *

「本当に届けばいいのにね」
「届いていると思いますよ。その子にも、天国のお母さまにも。きっと」
 澄香はクラリスにそう告げた。
 ここは研究室、自分の送りたいメールを全て発信し終えたリンカーたちのもとにグロリア社の作業員が現れた。
 丁寧に壊さないように懐胎し、車に乗せる作業を見つめながら、澄香はクラリスに問いかける。
「ねえ。亡くなった人を呼び戻すって、やっぱ良くないよね」
「え?」
「考えちゃいけないって、分かってはいるんだ」
 その澄香の言葉にクラリスはハテナマークをうかべるが、それより謎な発言を蘿蔔がし始めたためにその追求は後回しになった。
「私、歌います!!」
「なにごと!」
 びっくりするクラリス。
「私思ったんです! 後悔や悲しみは消えません。忘れることもないでしょう。だから全て受け止めたい……今ある幸せを受け入れられるように。そして海のように繋げられるように」
 その言葉に澄香は頷いた。
「私も、悲しんでいる人のために何かがしたいです、私も悲しかったから」
 そう告げる蘿蔔に遙華はマイクを差し出した。そのマイクを受け取って蘿蔔はみんなに告げた。
「私は……希望とか、そんな大それたものになれないけど。ただ……誰かが悲しみや絶望に沈まないよう、受け入れられるよう。そしていつかその人の希望を見つけられるように寄り添えたらなって……」
 イントロが入る。レオンハルトがギターを奏で始める。
「だから……これからは前を向いて、今を生きる人に歌を届けるのです!!」
「そうだな。でも確かに蘿蔔は後ろばかりみてたけど、ちゃんと前に向かって歩いていたと思うよ」
 その場に全員がしゃがんで、レオンハルトの曲に聞き入った。そして、蘿蔔がその音に言葉を乗せる。

 そう廃墟で歌う少女の思い、それら全てがカロンメールで配信される。
 カロンが勝手に、沢山に伝えたい思いだと、錯覚してしまったようだ。
 その結果。
 クリスマスも終わり、さみしくなっていく町に、少女の歌が響いた。
 音質はよくなく、ひび割れた音だったけど
 その歌に、サラリーマンは涙を浮かべた。
 眉唾と笑い飛ばしながらも、書いてしまったメールの送信ボタンを押し。
 その歌に聞き入った。まるで自分の罪悪感すら、許してくれるような。
 痛みを抱いていていいんだと思えるようなそんな歌が愛おしい。
 世界は、こんなにも優しさに満ちている。
 そう思った。
 
 だが、詩乃は違った。

 その歌を、廃墟の奥から聞きながら詩乃は、曇天を睨んでつぶやいた。
「僕は、これだけは受け入れられない」

「楓……なんで」

「ボクに何も。言ってくれないのさ」 


 歌がやんだ。最後まで歌いきれなかった蘿蔔を遙華が抱き留める。
「ありがとう。でも今だけ……ごめんなさい。明日からまた頑張るから」
 そう告げ泣きじゃくる少女の思いも、きっと空へ届いただろう。
  


 エピローグ
「作った奴も誰かを失っているのかな」
 そうアリューはつぶやいて理夢琉の手を取った
「私のように気持ちを整理するきっかけになる人もいるかもしれないし」
 そう車に乗って帰ることにする二人。
 最近つらい事件が多かった、だから今回の一件で悪いことばかりではないと、思えたのだ。
 もう夜も遅い。帰れない人たちは止まっていけばいい。
 そう遙華に誘われたクラリス。彼女とカロンをどうするか話してから執務室に戻ると、澄香が眠っていた。
「お疲れ様、澄香」
 そう毛布を掛けてあげると、床にスマホが転がっているのが見えた。
 それを拾い上げると、視界に入ったのは、カロンの文字。
 見てもいいものではない、そう遙華が思い、目をそらそうとすると。クラリスが言った。
「いいんです、見てあげてください、きっと書きかけですけど」
 遙華はそれを見る
『お父様、お母さまへ。
 澄香です。元気にやっています。
 精一杯生きています。見ていてください』

「メールでも、この子は弱音を吐かないのね」
 そう遙華は澄香の頭を撫でた。
「澄香、女の子のメールに返事を出していたでしょう? お母さんを失ったこの。あれは、彼女の願望だったんじゃないかって思ったの」
 遙華はそう言葉を続けた。
「それで?」
 クラリスが先を促す。
「私には澄香や蘿蔔みたいに、大切な人を失ったことはない。だから究極的に彼女たちの気持ちはわかってあげられない。けど。わかろうとすることを放棄したくないわ」
 そう告げた遙華の頭をクラリスが撫でた。
「どうしたの?」
「いえ」
 クラリスは言う。
「これからもこの子をよろしくお願いします」
 こうしてカロンメールは害のないものと認定され、調査は終了した。
 今後はカロンメールの機能はいったん停止させどうするか考えるらしい。
 これで年越し前の奇妙な物語は一件落着である。


端章  決意

 詩乃は歩いて自宅まで向かっていた。楓は一足先に帰っているその自宅まで一気に変える気にはなれなかったのだ。
 今、彼女に会ってしまえば詩乃は何を口にするか分かったものではない。
 それはメールの内容故だった。

『ごめんなさい、助けることが出来なくて』

 詩乃は楓の妹に当てられたメールを一言一句全て記憶していた。
 その内容を頭で反芻しながら、雨と変わってしまった雪を浴びて。
 ただただ火照る頭を覚まそうと振る。

『ごめんなさい、貴方を一人にしてしまって。
ごめんなさい、私だけ生き残ってしまって。
ごめんなさい……まだ生きていて』

 あのメールで詩乃は彼女の闇を知った。
 心の傷を知った。
 痛む心を引きずって、彼女は笑みを浮かべていたんだと知った。

『ごめんなさい、まだ、そちらには行けそうにありません。
 私は、自分から死なないと決めましたので。
 誰かの犠牲となって死ぬと決めましたから、まだ貴方には会えそうにはありません……だから、待っててください。
 私がそちらに行くまで。それまで、恨んでもらって構いません。
 私は、貴方を救うことを出来なかったから、あの時貴方の手を握ることが出来なかったから……私だけ、惨めに生き残ってしまったから』

 詩乃は想像した。いったいあの子は言葉の裏にどんな感情を潜ませていた?
 彼女はあの時本当に笑っていたのか、あの時彼女は傷ついていなかったか?
 あの時、あの時、あの時。

 詩乃は涙が出てくるくらいに自分が情けなかった。

『ごめんなさい』

「……こんなの、只の懺悔じゃないか。こんなの、妹に対して送るものじゃない……楓、君は一体……何を思ってこんなメールを書いたんだ……」
 詩乃は豪雨でかき消されることを願って、空に言葉を吐いた。
 刺すように冷たい水の粒が、彼女から温度を、温かいものを奪っていく。
 ただ、今はそれでいいと、思えた。
「……楓、君がどう思ってようとボクは君を誰かの犠牲にさせるつもりは無い。
 君の罪なんてボクが笑い飛ばす。
 君がどんなに惨めと思っていても、ボクは、君を生かす。生かし続ける……絶対に、死なせはしないから」
 そう詩乃は苦痛に唇を噛み、楓のことを思う。
 もうすぐ家につく、だからこの決意をひっそり心に忍ばせて。
 明日も楽しく彼女と生きよう。
 その決意を自分の誇りとして。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • トップアイドル!
    蔵李 澄香aa0010
  • これからも、ずっと
    柳生 楓aa3403

重体一覧

参加者

  • トップアイドル!
    蔵李 澄香aa0010
    人間|17才|女性|生命
  • 希望の音~ルネ~
    クラリス・ミカaa0010hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • 苦労人
    レオンハルトaa0405hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • 希望を歌うアイドル
    斉加 理夢琉aa0783
    人間|14才|女性|生命
  • 分かち合う幸せ
    アリューテュスaa0783hero001
    英雄|20才|男性|ソフィ
  • 未来へ手向ける守護の意志
    榊原・沙耶aa1188
    機械|27才|?|生命
  • 今、流行のアイドル
    小鳥遊・沙羅aa1188hero001
    英雄|15才|女性|バト
  • これからも、ずっと
    柳生 楓aa3403
    機械|20才|女性|生命
  • これからも、ずっと
    氷室 詩乃aa3403hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • ひとひらの想い
    千桜 姫癒aa4767
    人間|17才|男性|生命
  • 薫風ゆらめく花の色
    日向 和輝aa4767hero001
    英雄|22才|男性|バト
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