本部

飛び交う虫は本の虫?

弐号

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
7人 / 0~10人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2017/02/14 22:23

掲示板

オープニング

●読書する死者
「ふむ……なるほどな……」
 都内の一角にある比較的大きめの図書館。そんな図書館の二階で朝から何冊もの分厚い本を次々と読み込んでく老人がいた。
 座った席の近くには5、6冊の専門書が積んである。数冊の本を持ち寄り、一気に読みふけり、そして戻す。そのやり取りをこの老人は今日だけで既に三回は繰り返している。大した読書量だ。
「やはりそうだな……。この国の魔力は物や獣に定着しやすく、人には定着しにくいのだ」
 今手にしている本は『日本神話と世界蝕』という本だ。
「『付喪神』……。原理的にはリビングメイルやゾンビと変わらぬはずだが、この国では『人型』であることはさして重要ではないという事か。……試してみるか」
 そう呟き、老人が手をかざすと手品のように大きな樫の杖が現れる。
「これだけ数が多いとなると効率も考えんとな」
 言ってこつんと杖で本棚を叩く、
 対して強い衝撃でもなく、本棚は微かに揺れた程度。
 しかし、その本棚に陳列してあった本が一斉にドサっと床に落ちた。
「ふむ……」
 そして、次の瞬間には落下した本たちはまるで蝶のように羽ばたき、図書館のロビーに飛び立つ。
「まあ、上出来であるか」
 それを確認して、既に姿を隠す意味を失った為か老人が真の姿を現す。黒いぼろ布のローブに身を包んだ白骨の愚神。それが老人の正体だった。
「このような些末事で奴らと事を構えるのも馬鹿らしい。少し、嫌がらせをしてから去るとするか……」
 白骨の愚神――『不死者の王』レイドランドはそう呟くと、樫の杖から魔力をいくつか放出してからそのまま影に溶け込むように姿を消したのだった。

●飛び交う本の虫
「えー、糞面倒くさい事件です」
 たっぷり3秒ほどの長いため息をついてからリリイ レイドール (az0048hero001)が告げる。
「場所は都内の図書館。平日という事で訪問者はそれほど多くはありませんが、その人たちが閉じ込められました。ドアと窓が開きません」
 リリイが手に持った資料を叩く。そこには図書館の見取り図が書かれており、その入口と窓のところに赤いバツ印が書かれていた。
「そして、その図書館の内部を本が縦横無尽に飛び交っています。はい、言ってる意味が分からないですね? こんな感じです」
 プロジェクターにスマホで撮影したと思わしき写真が表示される。
 そこにはまるで羽虫のように飛び回る本の姿が映し出されていた。
「その数、推定一万冊ほど。空っぽになっている本棚の数からの推察になります」
 想像以上の数にエージェント達に衝撃が広がる。
「戦闘能力は大したことないです。というかほとんど皆無です。一般人でも当たったら痛いで済む程度。リンカーならベチってやれば活動を停止すると思います」
 ハエを叩くようなジェスチャーをしながら説明するリリイ。
「それで……ええと、言いにくいんですが。一応本ですし、緊急性も薄いということで……できるだけ本は傷つけずにお願いしたいという通達が……」
 頬を掻きながらばつが悪そうにリリイが告げる。
「えー、そんなわけで。お願いします」

解説

・目的
 従魔と化した図書館の本一万冊を捕獲せよ!

・敵
ミーレス級従魔『ブックフライ』 ×約1万
 ミーレス級としても最下級で攻撃力も防御力もかなり低い。一応ライヴスは通っているのでリンカーにもダメージは通る。ただ、囲まれると流石に痛い。
 文庫本から百科事典まで、様々な大きさの本が飛び交っている。
 一般人でも捕獲は可能ではあるが、活動を止めるためにはライブスの籠った攻撃が必須である。

・状況
 3階建ての図書館。ドアと窓ガラスはライヴスで固定されているが、リンカーなら容易く破れる。
 一フロアの広さは500メートル四方ほど。ただし、本棚が大量に敷き詰めてある為、体感としてはあまり広く感じられない。
 一階の中心部は本を読むためのスペースとなっており、椅子や机はあるものの比較的広い。
 中心部の読書スペースは吹き抜けになっており、3階までつながっている。
 2階、3階に読書スペースはなく、ひたすら本棚が置かれていて狭い。

 一般人はほとんどが物陰や机の下などに避難して、大きな怪我を負ってる者はいない。
 中には捕獲を試みた者もいるようだが、結局意味が無いのでやめたようだ。
 ブックフライも今のところは特別人を襲おうという動きはせず、好き勝手に動き回っているようだ。

リプレイ

 事件現場の図書館正面。何の変哲もない硝子張りの自動ドアは、さながら半透明の檻のようであった。
 何せ、びくとも動かない。
 目の前に立ってみても、手動で無理矢理開こうとしても、果ては鈍器で力一杯に殴りつけてみても……自動ドアはうんともすんとも言わない。これにより、館内にいた者全員が閉じ込められてしまっている状況だ。
 更に言えば、それは館全体の窓や扉の一切が同様だった。人々は知る由もなかったが、何時の間にかライヴスで図書館全体が覆い尽くされてしまった為、今や一般人にとって小さな窓硝子ひとつでさえ、どんな鋼鉄よりも硬い壁に変貌していたのだ。
「――まあ、とは言いましても」
「俺達には関係ねェけど――なッ!」
 そんな硝子の自動ドアが、突然、割れた。
 幾重もの斬撃と複数の魔力弾がドアに降り注ぎ、粉々になって飛散する。唐突の破砕音に驚いた人々の悲鳴が館内に響くが、直後、それらは安堵の溜息に変わった。
「お待たせ致しました、H.O.P.E.です。これより従魔の掃討と書架一万冊の保護を行います」
「安心しな。あんた達の安全確保も勿論、仕事内容に含まれてるぜ」
 割れたドアを潜って現れた宇津木 明珠(aa0086)と土御門 晴明(aa3499)の宣言に、人々が歓声を上げる。その裏で、ニウェウス・アーラ(aa1428)とヴィクトア・ローゼ(aa4769)も館内に入るや、即座に付近の机や棚で自動ドアの穴をしっかりと塞いだ。
「これで従魔が逃げる危険はなし、だね」
「一冊……いえ、一匹でしょうか? それだけでも逃してしまえば、捕獲には苦労しそうですからね」
「ついでに、リリイ レイドール(az0048hero001)嬢にも外で監視をお願いしてあるよ」
 星川 凪海(aa4343)が可憐な顔立ちに似合わぬクールな仕草で外を促すと、硝子の向こうからリリイ達が手を振ってくれた。
 ニウェウスが微笑みながら手を振り返す。
「それなら、まかり間違って逃げられても、安心だね」
『ボク的には何冊か逃げてくれても良いかなって思うけども……!』
 そんなニウェウスの背後でわなわなと肩を震わせているのは、彼女の英雄、ストゥルトゥス(aa1428hero001)だ。
『いくらなんでも多すぎでしょコレー!?』
 悲痛な叫びを上げるストゥルトゥスの前には、何とも異様な光景が広がっていた。
 広大な図書館の中を無数の本が所狭しと“飛び回って”いる。もはや数える気にもならない程に大量のそれらは、イナゴの大群を連想させた。
 あまり表情の動かないニウェウスも流石に困惑した様子を滲ませながら、ストゥルトゥスの隣に並ぶ。
「うん。凄く大変そう……」
『ボク急激にモチベーションだだ下がり始めてるんだけど帰っていい?』
「だめ。晩御飯からエビフライ抜くよ?」
『それはやだなー。しゃーない、頑張りますか……』
 がっくりと肩を落としながら、段取りに従って持ち場につこうとするストゥルトゥス。
 一方、そんな彼女とは対照的な人物もいた。
『わぁぁぁ……本! たくさん! すごい……!』
 大量の本が羽虫のように飛び回るという、大抵の人間が薄気味悪さを感じる光景を前に、ただ一人、鬼雨 ナルミ(aa4605hero001)だけは爛々と目を輝かせている。
 生物の三大欲求さえも凌駕するほどに読書を愛している彼女にとって、一万冊もの本が目の前で飛び回っている光景はただの天国なのかも知れない。
 そんなナルミの性格をよく理解している桜城 とばり(aa4605)が、横から何ともなしに声をかける。
「そんなに読みたいなら、仕事が終わった後、読書してく?」
『……!!!』
 んばっ! ととばりを振り返り、瞳に☆を浮かべて見つめるナルミ。
「……貸出カードも作って、気になる本があったら借りて行く?」
『…………!!!!!』
 んずいっ! と顔を近付けて、瞳にハートを浮かべて凝視するナルミ……。
 熱烈過ぎる眼差しを受け、とばりは頭を掻きながら溜息を吐き出した。そこまで本が好きか、そこまでか、これから本をいっぱい攻撃しなきゃいけないけれど大丈夫か……、と呆れやら心配やらが胸の中で入り混じる。
「いーい? お仕事が終わってからよ?」
『うん。ナルミ、がんばる……!』
 また、その一方。
「い、いよいよ初仕事です。頑張りますよー!」
 大量に飛び交う従魔を前に、天野 雛(aa4776)は両手の拳を握り締めて意気込んだ。
 内向的な性格の雛だが、初めての任務という事でたっぷりの気合いを背負い込んでいる。めらめらめら、と背中が真っ赤に燃えていた。
 そんな彼女の相棒たるイーグレット(aa4776hero001)は、対象的に落ち着いた様子で腕を組んでいる。
『新米のあたし達だから慎重に選んだのは知ってるけど、絶対に面倒よ、この仕事』
「何を言ってるんですかイーグレットさんっ!!」
 ずびし、とすかさず人差し指を突きつける雛。イーグレットを見つめる瞳は、ナルミとは違ったベクトルで輝いている。
「密室と化した図書館! 飛び交う一万体もの従魔! 皆さん困ってるじゃないですかっ! そうです、今こそ私達の力で……!」
『あーはいはい分かったわよー分かったってば……』
 使命感とか正義感とか、そういうものに打ち震えている雛の熱弁を、イーグレットは苦々しい顔であしらった。
 心の中で溜息をつきながらも、イーグレットは何とか雛の尻を叩いて作戦準備に入る。
 そして、めらめらガールはここにも一人。
「本を使うだなんて、今回のはぜーったいに許せませんっ!」
 この事件の首謀者への怒りを募らせるのは、雛と同じ学生リンカーの想詞 結(aa1461)だ。
「図書館の本は、どうしても劣化が早いんです……傷んで壊れてしまった本がもし絶版していたら、もう取り寄せも出来ません……!
 だから大事に扱わなきゃいけないのに……いけないのに……! 虫か鳥みたいに、あ、あ、あんな風に、ぱたぱた空を飛ばせるなんて……っ!」
 一通りまくし立てた後、ふう、ふう、と肩で息をする。どうやら相当おかんむりの様子だ。
 結もナルミ同様に読書を愛する少女だったが、今回の事件に対する反応は正反対だった。
『あはは、結お姉ちゃん凄く怒ってる。珍しー』
 そんな結だが、頭の後ろで手を組んで笑うルフェ(aa1461hero001)の暢気な顔を見ると、一転、今度は不安そうな顔をする。
 果たしてこの子は、本を丁寧に扱ってくれるだろうか……?
 悪気はなくても、つい、うっかり☆ で真っ二つにしてしまうような事も、充分にありえる話だ。
 そんな結の気持ちなど露知らず、はっ、と何かに気付いたように手を叩くルフェ。
『鳩の代わりに本を出す……本に剣を突き刺したけど傷つかない……? お姉ちゃん! 新しいマジックのアイデアが浮かんだよ!』
「ダメですっっっ!!」
 無邪気なルフェを必死で叱りながら、結もまた作戦準備を進めてゆく。
 このようにして、三者三様十人十色、様々な思惑の下……、この無駄に厄介な任務は開始されたのだった。



「さあ――行きますよ」
 担当区分に立つイングリ・ランプランド(aa4692)は自らの英雄と共鳴し、早速とばかりに戦闘態勢に入っていた。
 魔女であるイングリは、この任務を受けるに当たり解決への秘策として――早口言葉を練習して来た。
 すううううっ、と息を吸い込むと、刮目し、形の良い唇を大きく開く。
「赤巻紙青巻紙黄巻紙隣の客はよく柿喰う客だかえるぴょこぴょこみぴょこぴょこあわせてぴょこぴょこむぴょこぴょこ!」
 そこまで言い切ると、フ……とクールな表情にも得意げな色を滲ませる。
 それは、見事な早口言葉だった。噛む気配をまったく感じさせないほど滑らかな発音だ。近くの物陰に隠れていた一般人が、おおー、と感嘆の声を上げながら拍手した。
「上々の仕上がりよ……覚悟するが良いわ従魔共。早口言葉により磨き上げられた私の高速詠唱は、ひと味もふた味も違う(当社比)……!」
 不敵にそう告げてからイングリは得物である呪術書を構え、呪いと化したライヴスの力を眼前の従魔に叩きつけ始める。
 従魔化している本だが、破壊してしまうような行為は避けるようにと釘を刺されていた。この為エージェント達は様々な方法で本を傷つけない為の工夫を考案しており、彼女の場合は、早口言葉がそれに当たるのだ。
(思った通り、詠唱しやすいわね。ライヴスの緻密なコントロールと、連続しての詠唱がぐっと楽だわ)
 錯覚ではなく、実際に早口言葉は成果があった。微々たるものかも知れないし、敵があまりにも弱い為に詠唱に集中出来るという事情も相まっての事かも知れない。しかし、確かに実感出来るレベルの成果を、イングリは感じていた。
(ただ、問題は……)
 詠唱、攻撃、詠唱、攻撃。淡々と、延々と、それを繰り返しながら担当区分の本を撃ち落としてゆく。
 別に彼女はそういった事を気にするわけではない。わけではないが、それにしてもその光景は些か……
(……何て言うか、地味過ぎるわね、これ)
 他方。
「何事も経験です。作物の扱い方然り、家畜の乳搾り然り、愚神の殺し方然り」
 アセンナス・R・P(aa4788)はそう呟きながら弓に複数の矢を番える。空中を飛び交う従魔達に狙いを定め、引き絞り――放つ。
 放たれた矢が空中で分散すると、括り付けられた網がぶわあっ、と広がった。放物線を描く矢はやがて重力に誘われ、木張りの床に落下する。網が床に覆いかぶさった時、網の下では何体かの従魔がもがいていた。
 駆け寄って軽い攻撃で一体ずつ戦闘不能にさせてゆくアセンナス……。
 カザフスタンは北方草原で自然と共に育った彼女は、従魔の撃破に当たって独特の知恵を活かしていた。この任務全体を見渡しても、彼女のそれは抜きん出て独創的だったと言えるだろう。
「しかしこの方法、二度手間、三度手間が少々面倒ですね」
 網つきの矢を回収しながらぽそりと呟くアセンナスだったが、飛び交う本が大量におり、“入れ食い”状態の現在は面でアプローチ出来るこの方法は手間に対して効率が勝っていると言える。
「まあ、これも経験ですか」
 そのようにして着々と従魔を処理してゆくアセンナスの隣を、どたどたと駆け抜ける者達がいた。
「てえりゃあーっ!」
 雛とイーグレットが、二人で大きなカーテンの端を持って走り回っていた。何をしているのかと怪訝に思ったアセンナスだが、カーテンの中に数体の従魔が捕らわれている様子を確認し、なるほどと納得する。
 “網漁”か。
 やがて一定数を捕獲した頃、彼女達はカーテンを結んで共鳴。もごもごと蠢く布の上から竹槍の柄で軽く叩いて無力化してゆく。
『私、ジャックポットなんだけど』
「こ、今回は仕方ありません。傷つける訳には行きませんから!」
『分かってるけど。まあ、良いわ。雛の肩がっちがちに力入ってるから、ろくにエイム出来ないでしょうし』
「な……っ! そ、そんな事……っ!」
 すまし顔のイーグレットにそんな事を言われ、ムキになって言い返そうとする雛だったが、すぐにハッとして振り返る。
 遠巻きに眺めていたアセンナスがやいのやいのと騒いでいる自分達を見て、くす、と小さく笑っていたのが見え、雛は赤面するとせっせとカーテンから本を取り出してゆく……。
 他方。
「映像と実際に見るのとではやはり違いますね。どういった仕組みでしょうか……」
 明珠は各階に回収用のカートを設置した後、持ち場である三階に立ち、目の前で飛び回る従魔達を興味深そうに観察していた。
 揚力とか空気力学とか物理学とか……そういうものを少し考えてから、いやいや従魔だから関係ないかと思い直す。翼も推進力も持たないまま飛行するような従魔も少なくないが、この本もそういった手合いだろう。
 従魔の観察もそこそこに魔法書を開き、戦闘を開始する明珠。英雄のクラスはドレッドノートだが、今回は加減をする為に敢えて不得手な魔法攻撃を選んでいる。
 彼女の武器、メンサ・セクンダは大量のお菓子を召喚して攻撃するという、少し変わった特徴を持つ魔法書だ。このため本が汚れてしまう可能性を危惧してデザートに包装を施した形で召喚する事を心がけていたが、そも、それらはライヴスの塊がデザートの姿を模しているに過ぎないので、杞憂のようだった。
「……あら?」
 そうして順調に本を攻撃してゆく彼女だったが、ふと、通りがかった本棚の影に一人の男性が隠れている事に気付く。
 明珠が近付いてゆくと、その男は明珠の顔を見て震え上がりながら悲鳴を上げた。どうやら従魔か、愚神の類だと早とちりしたらしい。
「落ち着いて下さい、取って食べたりしませんよ。そんなに怖いですか、私?」
 男を落ち着かせる為に小さく微笑みながら、こんな事もあろうかと用意していた緑茶入りの水筒を差し出す……。
 他方。
 凪海は読書スペースの中央に仁王立ちし、頭上を飛び交う従魔達を眺めていた。比較的敵の密集した場所を探し回った結果、この一帯に狙いを定めたのだ。
『……どうせあれらも魔のモノなんでしょう?』
「そうはいっても元は他人様の所有物であり嗜好品でもある。まぁ、穏便にいこうかね」
 共鳴中のAstica(aa4343hero001)とそんな風に会話を交わしつつ、凪海はその手にAGWを顕現させる。
 現れたのは、七面鳥の丸焼きだった。きつね色の皮がてかてかと光り、大変美味しそうだ。だが、残念ながら食べられない。それは実のところ、七面鳥の丸焼きそっくりのハンマーなのだ。
「えー、一般人ー、一般人いるー? あたしこれからちょっと派手なことをするから、怪我したくなかったら机の下に隠れといて」
 まるで愛想のない調子でそう言い放つと、瞬後、凪海を中心とする周囲、実に直径20メートルもの範囲に、ぼとぼとぼとぼとぼとぼとぼと! と怒涛の勢いで無数の七面鳥の丸焼きが落下する。
 “ウェポンズレイン”――広範囲攻撃により、辺りを飛んでいた従魔はすっかり撃ち落とされ、床に散乱する。だが、凪海はウッと口元を手で覆った。
 ついでにターキーハンマーも散乱したので、匂いが凄い事になっていたのだ。
 ぐう、ぐうううう、ぎゅるるるるるる。
 途端に四方八方で腹の虫が鳴き出す。弾力があるから傷つけずに済むだろうと目論んでこの武器を選択したが、どうやら人々の胃をも攻撃してしまう思わぬ結果を招いたようだ。
『穏便と言った割には過激ね。色んな意味で』
「全く、調子の狂う任務だよ……」
 他方。
「……さて、軽い攻撃で良いみたいだけど」
『本、傷つかないかな……?』
「面で叩けば大丈夫よ、多分」
 とばりは、ラジエルの書を構えて従魔達に対峙していた。予想した通り本を傷つける事に抵抗を感じているらしいナルミを宥めつつ、カード状のライヴスを多数呼び出して一斉に放つ。
 通常はそれらが手裏剣のように敵を切り裂くところだが、今回は加減する為にハエたたきの容量でぺしぺしと叩かせた。何とも気の抜ける絵面ではあったが、それだけで本達は動きを止めて次々地面に落下してゆく。
「流石ですね」
 そんな様子を見て、同区画を担当中の結が小さく笑んだ。それから前を向いて表情を引き締めると、虫取り網型AGWを一閃する。
 結は当初、作業効率向上の為にルフェとは共鳴せずに作戦に当たるつもりだったが、すごいむしとりあみはAGWの為、共鳴しなければ使用出来ない。やむなく、真っ赤な衣装に身を包んだ恰好だ。
「本を傷つけないよう、最新の注意を……と思いましたが」
『嬉しい誤算だね、お姉ちゃん!』
 共鳴中のルフェが無邪気な笑い声を上げる。網の中の従魔を見ると、すっかり動きを止めていた。
 虫取り網の使用はあくまでも捕獲用と割り切っていたが、これでもれっきとしたAGWだ。攻撃能力は低いものの、皆無というわけではない。
 つまり、捕獲のつもりが軽い攻撃になっており、それが偶然にも本を傷つけない程度の手加減になっていたのだ。
「…………」
『……? とばりお姉ちゃん?』
 そんな結達の様子を目の端に捉えていたとばりが突然、黙りこくる。ちょうど、ダメージを与えずに無力化する方法として、幻影蝶を使用したところだった。
(やっぱり接近された場合の対処法も必要よね。ラジエルの書でぶん殴ろうかと思ってたけど、本で本を叩くのってナルミがうるさそうだし……ここは念のため持ってきた目覚めのハリセンで、あんな風に攻撃して寝かせるっていう方法が……寝かせる……)
 目覚めのハリセンで。
 寝かせる。
「……ふふ、少し面白いわね」
(面白いの? 何が?)
 口元に笑みを浮かべたとばりだったが、ナルミの無垢な質問にハッとして咳払い。うおっほん。
「ええと――何でもない。何でもないの。自分で思いついた駄洒落に自分で笑っちゃったなんて事、決して無いわ。だから忘れて、ナルミ」
(? うん!)
「危ない……!」
 そんなやり取りを引き裂いて、結の声が響いた。見れば物陰から顔を出した一般人目掛けて、従魔が突進しようとしていた。
 すわ一大事かと思われたその瞬間、結が従魔と一般人の間に割って入り、虫取り網を横薙ぎにした。弾かれた本は壁に衝突し、そのままずるずると床に落下する。
「だ、大丈夫、ですか……?」
 振り返って一般人を心配そうに覗き込む結。本は確かに大事だが、あくまでも人命が第一なのだ。
 その後も、一般人に協力を求めたり、集めた本を紐で縛り上げるなどしつつ、結、とばり組は危なげなく本を処理してゆく。
 他方。
「ったく、本を何だと思ってやがるんだ」
『全くなのだ。本とは歴史を伝える素晴らしい利器ぞ』
 晴明の苛立ちを滲ませた呟きに、共鳴中の天狼(aa3499hero001)がもっともらしく頷いてみせる。彼らもまた従魔の無力化を主眼に行動していた。
 晴明の操る鞭が生き物のようにしなり、的確に従魔を叩き落としてゆく。この攻撃もやはり、本を壊してしまわないようかなり手加減を加えていた。
 そうして打ち落とされ、晴明の足元に落下した本は、数名の一般人がおっかなびっくり回収しては後方へ運んでゆく。
 ――悪ィな、頼む。って、その本、丁寧に扱え。ぜってェに。
 晴明の依頼に応じた図書館員達が手伝いに参加しているのだ。
「あァ……?」
 そんな中、晴明の足元に落下した本を、ひょいと拾い上げる少女がいた。少女は、晴明の顔を見上げるや、きりっ、と真面目な表情を作る。
『あぃ!!』
「……おう、頼んだわ」
 多分、まかせろって言ってるのかなーと当たりをつけて晴明はそう言って返すと、ふんすと鼻を鳴らして少女は後方へ駆けてゆく。
 少女が駆けて行った先では……。
「ありがとうございます。ええ、はい、それは此方の山に。ああ、そちらの山はまだ仕分けの最中ですので、一つ右の――」
 ヴィクトアが通路脇に広げた気泡緩衝材の上に回収した本を積み上げながら、一般人と手分けをして本を仕分けていた。
 少女――矮(aa4769hero001)はそんなヴィクトアにたった今回収して来た数冊の本を差し出す。
『いー、うーあ』
「あぁ、ありがとうございます。では、こちらに」
『あぃあ』
 彼ら――いや、“彼女達”だろうか――はこれが初仕事である為、戦闘を先輩エージェントらに任せ、サポートに回る事を選択していた。
 味方が倒した本を回収し、足場を確保する為にまず通路から整理する。だが英雄と二人ではまるで人手が足りていないので、ヴィクトアもまた一般人に協力を要請したのだ。
「よォ、西側の担当をしていたんじゃなかったか?」
 辺り一帯の従魔をあらかた倒してしまった晴明が、どっさりと本を積載したゴムボートを引っ張りながらヴィクトアらの元へやって来る。
 ヴィクトアは柔和な微笑で応えた。
「あちらは、もう終わりましたので」
「へェ……随分手際が良いじゃねェか」
「何をおっしゃいますか。土御門さんこそ、あっという間に従魔を掃討してしまった腕前、流石と言う他ありません」
 既に晴明も共鳴を解除しており、自由になった天狼が本の整理を手伝いながら、矮に得意げに話し掛けている。『良いか、本は大事なんだぞ。凄く凄く大事だから、丁寧に扱うんだぞ』『あぃ!』『もし傷つけたら、ハルちゃんに怒られちゃうんだぞ』『あぃ!』そんな様子をヴィクトアと晴明は微笑ましく眺めながら、ゴムボートの中の本を仕分け始めた。
「それに僕などは、殆どアーラさんに助けて頂いたようなものです」
「はァん?」
 他方。
『なんかさー、これさー。年末の大掃除みたいじゃない?』
「あ……そうだね。なんかそれっぽい」
 当のニウェウス達はと言うと……、床にカーテンを敷いて回っていた。
 これは、落下して来た本を保護する為の緩衝材としての役割と、カーテンを引っ張る事で纏めて持ち運ぶ為の役割、この二つを兼ねたものだ。運搬作業の邪魔になりそうなものは、既に撤去済みだった。
 彼女達はこういった仕掛けを、初動で図書館中に施していた。作業を効率化する下地作りを第一目標として徹底したのだ。
 これには、ヴィクトアのみならず他のエージェント全員が助けられていた。自分達の行動が全体の効率を助けている実感を、ニウェウスは確かに感じていた。
『……って、尚更に帰りたくなってきたんですけど!」
「だめ……大掃除の予行練習と思って、やろう?」
『そんなー』
 だがストゥルトゥスにとっては、そんな事よりもとりあえず今自分がとても退屈しているという事実の方がよほど重大だ。
『そりゃ、真面目なマスターだったらさ? 大掃除の予行だと思ったら、やらなきゃいけないーっていう使命感が勝るのかもしんないけど。ボクからしたら、この後まだ大掃除あるのか……マジか……死にたい……っていう気分にしかならないよ!』
「――分からないでもありませんが」
 そんな彼女達の会話に割り込んだのは、二階から数人の一般人を引き連れて降りてくる明珠だった。
「では、こう言った方が多少はマシでしょうか。……あとひと息で終わりそうですよ」
『ホント!?』
 目を輝かせるストゥルトゥス。明珠は、三階、二階の敵をざっくりと倒し終えてしまっていた。錬石を用いれば一般人でも従魔を倒せるのではないかという目論見は、一般人・錬石の保有するライヴスが共にごく少量であった為失敗に終わったが、それならばと正攻法で攻略したのだ。
 出会った一般人に隙を見てお茶とお菓子を振る舞ったところ、一人、また一人と協力を申し出られ、本の整理もスムーズにこなす事が出来ていた。
 更に、背後から別の声がかかる。
「ああホントだよ……ったく、我ながら厄介な任務を受けたものだよねぇ」
「此方もあらかた倒し終え、一般人の方に回収を手伝って頂いているところです。……ん、んんん、ごほ、ごほ」
 気怠げな凪海と咳払いをするイングリだ。「……お風邪でも召されましたか」明珠がイングリの様子に首をかしげるが、「い、いや、ちょっと、ぶっ通しで唱えてたから喉が……」喉をさすりながらも、心配は無用とばかりに手のひらを向けた。
 ややあって、とばりと結、晴明とヴィクトア、そして雛とアセンナスからも担当区域の敵を全滅させた旨の連絡が入った。
 一万という途方もない数の従魔を、全て倒しきった瞬間だった。



 図書館中の本が、中央の広場に集められた。何をするにもまず一箇所に纏めてしまう方が効率が良いと考えられたのだ。
「良かったです……傷んでる本が殆どありません……っ」
 うず高く積み上げられた本の山の中で、結はハードカバーの大きな本に嬉しそうに頬ずりをしている。全ての本を無事に元に戻せた事が、よほど嬉しいようだった。
「……つかれました」
『……戦ってる方が楽』
「…………………だるい」
 一方、雛、ストゥルトゥス、イングリなどは隅の方でうつ伏せになり、完全にダウンしていた。相方の能力者や英雄が、呆れたり心配したりしながら介抱している。
 そんな中でも顔色一つ変えずにてきぱきと仕分け作業をするアセンナスの周りには、人だかりが出来ていた。
 従魔との戦闘を終えてなお進んで仕事を引き受ける彼女を、人々はどうやらエージェント達のリーダーだと思ったらしい。
「いやー、助かったよ! 一時はどうなる事かと思ったが、キミたちのお陰で何とかなった!」
「仕事ですのでお構いなく。皆さんにお怪我がなくて良かったです。これ、学術書のコーナー」
「あっはい」
「それにしても見事な弓捌きだな、やっぱりH.O.P.E.のエージェントは特殊な訓練とかしてるのか?」
「私の場合は昔の経験ありきですが、中には射撃訓練などを行っている方もいらっしゃるようですね。これ、児童書のコーナー」
「あっはい」
 きびきびと仕分けをしつつも、話し掛けてきた人々にナチュラルに仕事を割り振ってゆく。中央アジア特有の共同体意識というものがそうさせるのだが、不思議と嫌味がないので人々は嫌な顔一つせずアセンナスの言葉に従った。
 そして……。
「聞き込みを行ったが、どうやら“不審な老人”がいたらしい」
 数名の一般人から情報を聞き出した凪海が、仕分け作業中の他のエージェントにそう報告していた。
「爺さん、ね。そいつが、今回の事件の黒幕って事か」
「これだけの騒ぎを起こせるんだから、相当の力を持っているのでしょうね」
 晴明ととばりが難しい顔で腕を組めば。
「十中八九、愚神でしょう。階級はケントゥリオか、或いはトリブヌスか……」
「情報がまるでないという事は、ノーマークの愚神なのでしょうか」
 明珠とヴィクトアが顎に手を添えて黙考する。
「――などという事は、まあ、おいおい調べるとしてだ」
 凪海はそこで言葉を切ると、皆と顔を見合わせて、無言で頷き合った。
 性格から何からバラバラのエージェント達だが、差し当たってその愚神に言いたい事は、皆、一つだけだったのだ。

 ――とりあえず、もう、図書館は狙わないで下さい。


担当:ららら

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • カフカスの『知』
    ニウェウス・アーラaa1428

重体一覧

参加者

  • Analyst
    宇津木 明珠aa0086
    機械|20才|女性|防御



  • カフカスの『知』
    ニウェウス・アーラaa1428
    人間|16才|女性|攻撃
  • ストゥえもん
    ストゥルトゥスaa1428hero001
    英雄|20才|女性|ソフィ
  • ひとひらの想い
    想詞 結aa1461
    人間|15才|女性|攻撃
  • いたずらっ子
    ルフェaa1461hero001
    英雄|12才|男性|ソフィ
  • エージェント
    土御門 晴明aa3499
    獣人|27才|男性|攻撃
  • エージェント
    天狼aa3499hero001
    英雄|8才|?|ドレ
  • エージェント
    星川 凪海aa4343
    人間|27才|女性|命中
  • エージェント
    Asticaaa4343hero001
    英雄|22才|女性|カオ
  • エージェント
    桜城 とばりaa4605
    人間|22才|女性|回避
  • エージェント
    鬼雨 ナルミaa4605hero001
    英雄|15才|女性|ソフィ
  • 知られざる任務遂行者
    イングリ・ランプランドaa4692
    人間|24才|女性|生命



  • 誠実執事
    ヴィクトア・ローゼaa4769
    獣人|28才|男性|防御
  • 癒し系子狐
    aa4769hero001
    英雄|6才|女性|ブレ
  • エージェント
    天野 雛aa4776
    機械|16才|女性|命中
  • エージェント
    イーグレットaa4776hero001
    英雄|20才|女性|ジャ
  • 街中のポニー乗り
    アセンナス・R・Paa4788
    人間|23才|女性|命中



前に戻る
ページトップへ戻る