本部

霧のお城で捕まえて

和倉眞吹

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/12/20 20:27

掲示板

オープニング

 今年も残すところ後ひと月と、年も押し迫った師走。
 あちこちでクリスマスイベントが催される季節で、それはヨーロッパも例外ではない。
 HOPE所属のエージェントである徳村馨(とくむら かおる)も、相棒のレーナ=ネーベル夫人と共にイベントの準備に追われていた。

 馨は、短大卒業が間近に迫った頃、就職活動も思わしくない日々を送っていた。そんな中、ふと訪れたベルサイユで偶然出会った英雄と誓約を交わし、約二週間に渡ってちょっとしたトラブルを起こした事があった。
 束の間の現実逃避のつもりで、一般人を巻き込んだなりきり茶会に耽っていた所、そこへ迷い込んで来たHOPEのメンバーに諭され、HOPEに就職する事となった馨は、今は小トリアノン宮のみならず、欧州一帯の城館で、その騒動の元となった事とあまり変わらぬ事をやっている。
 勿論、訓練を受けた上の事であり、それは今や欧州での観光の目玉となっていた。
 憧れの某漫画の世界で仕事をしているようなもので、毎日が夢のように過ぎて行った。
 その男が訪ねて来たのは、最近になってドイツ某地方で公開が始まった城館で仕事をしていたある日のことだった。

「舞踏パーティー……ですか?」
「ええ。クリスマスの特別イベントを兼ねて……ホラ、このお城、まだ観光が始まって間もないでしょう。知名度を少しでも上げる為に、是非ご協力頂ければと思いましてね」
 城内の事務応接間で、馨の向かいに座しているのは、端正な顔立ちをした男だった。
 先頃この市内の役所に転属してきたばかりだと言うその青年は、役所のネームプレートを示して、典雅に辞儀をした。そのネームプレートには“ミヒェル=ゲッツ”という名が記されている。
「私で良ければ喜んで」
 馨は、微笑を浮かべて答えた。
 それは良かった、と頷くと、ミヒェルは引いていたキャリーカートを示して続ける。
「つきましては、イベントには様々な年齢層のお客様においで頂ければと、役所の方では考えております。イベント内容はミズ・トクムラに一任しますが、一つだけ……パーティーの中で、プレゼント交換を、役所から提案したく思います」
「うわぁ、素敵なプランですね」
 思わず、ポン、と両手を打って目を輝かせると、ミヒェルもその端正な顔に笑みを浮かべた。
「でしょう? 近所には孤児院もありますから、子供達を招待しても盛り上がると思います。こちらは、役所の方で用意させて頂いたプレゼントです。どうぞ、足しにして下さい」
「まあ、わざわざ有り難うございます」
 馨はそれを受け取り、頭を下げる。
 ミヒェルは、変わらぬ笑みを浮かべながら、では私はこれで、と言ってしなやかな動きで立ち上がった。
「あ、そうそう、これを」
 と付け加えた彼の指先には、一枚の名刺が挟まれている。
「イベントの事で何かございましたら、私に直接お訊ね下さい。この件に関しては、私が担当ですから」
「分かりました。イベント期間中はお世話になると思いますが、宜しくお願いします」

 ミヒェルを見送った馨は、ホッと息を吐いて、ソファへ腰を落とした。
 屋根裏込みで三階建ての小さな城館なので(とは言っても結構な広さがあるが)、普段の業務でも、数人の事務員がいるくらいだ。ちなみに、HOPEの職員は馨一人である。
 訓練を経て、続けて仕事に就き、結局あれから一度も里帰りしていない事がふと頭をよぎる。
「……カオル?」
 無意識に「疲れた」と口に出していたらしい。呼ばれてハッと顔を上げると、視線の先にはレーナがティーセットの載ったトレイを手に立っていた。
「あ……ごめんなさい。お客様にお茶も出さずにいたのね、私ったら」
 今日は閉館日だったのだが、まだ公開したばかりの城で、HOPEのエージェントとしてチェックする事柄も多く、馨は休日返上で城に来ていた。当然、いつもいる事務員は休みだった。
 弱々しく微笑すると、レーナは柔らかい笑みを返して首を振る。
「違うのよ。これは私がカオルにしてあげたくて淹れたの」
 少し休んだら? と言いつつ彼女がティーカップに注ぐ紅茶から、甘い香りが漂った。
「……ありがとう」
 一口茶を啜ると、レーナもティーカップを傾ける。
「所で、それは?」
 レーナが首を傾げるようにして、馨の横を示す。
「ああ、これ」
 相棒の視線を辿ると、そこには先刻、ミヒェルが置いて行ったキャリーカートがあった。
「プレゼント交換用のプレゼントですって」
 でも、と馨はふと首を傾げた。
「どうかしたの?」
「ああ……うん。あの人、どこかで会った気がするの。初めて会う筈なのに……」
 “ミヒェル=ゲッツ”という名にも、聞き覚えがある気がしていたが、遂に彼がこの場を去った今に至るまで、思い出す事ができていない。一体どこで――ともう一度記憶の底を探った馨は、目を見開いた。
 ガチャン、とソーサーにやや乱暴にカップを置いてしまう。中身が少々零れたが、気にしていられない。
「カオル?」
 訝しげに名を呼ぶレーナを取り敢えず無視して、馨はスマホを操作した。HOPEのデータベースから、要注意人物のリストを呼び出す。
 目的の人物のデータを見つけ、馨は「あ」と呟いた切り、固まってしまった。
「カオル? どうかした?」
 隣に来てスマホを覗き込んだレーナも瞠目する。
「じゃあ、まさか……!」
 馨は、咄嗟にキャリーカートを開けた。中には、見た目何の変哲もない、包装された箱が六つ詰め込まれている。
 ゴクリ、と喉を鳴らして、一つの箱の包装を解く。その箱を開けると、手を触れていない筈の箱も一斉に開いた。

「事態は火急です」
 ミーティングルームに集まったエージェント達を見回した女性オペレーターは、若干険しい顔つきで続けた。
「この夏から、主に欧州の城でのイベント担当をしている新米エージェント・徳村馨さんからのSOSです。簡単に言うと、今彼女は、ドイツにある某城で、一人で従魔を抑え込んでいる状況です」
「どういう事でしょう」
 一人のエージェントが手を挙げる。
「詳しい事は現場で確認して頂いた方が早いと思いますが……その城の中に従魔が放たれた為、彼女は今自身の能力でその城を霧の結界で覆い、城内に複数いるだろう従魔を封じ込めています。その過程で傷を負ったらしく、今は結界を維持しているのが精一杯だそうです。ちなみに、彼女からのSOSがあったのが、数時間前の話です」
 加えて、彼女は今まで欧州の城での観光促進任務に就いていた為、HOPEに就職するに当たって訓練は受けたものの、従魔愚神との実戦経験はゼロだという。
 最早、一刻の猶予もない。
 エージェント達は、新米後輩を救うべく立ち上がった。

解説

〈〉内…PL情報=PCは知り得ない情報。PCがこれを知るには、何らかの行動が必要。
▼目標
・従魔の討伐
・徳村馨の救出

▼登場
■徳村 馨…『小トリアノンでティーパーティーを』に登場。ひょんな事からHOPEに就職。
今は、欧州の城で観光促進を担っている。戦闘経験ゼロ。
■レーナ=ネーベル夫人…馨の相棒である英雄。中世ヨーロッパ貴族夫人風の女性。
※能力…霧を発生させて、特殊な空間に標的を誘い込む事ができる。普段はこの能力を制御し、観光の目玉として活用中。
結界の内部を把握する事も可能。

■従魔…〈ミーレス級×6。内、デクリオ級寸前が1。愚神・ミヒェルの配下。
現在、ミーレス五体は子供用玩具(=木製の車×3、兎のぬいぐるみ×2)、デクリオ寸前は最初玩具に憑いていたものが、城の備品である鎧に憑依。尚、馨はこの鎧に憑依した従魔に刀で背中を斬られた上、ライヴスを少々奪われて意識と結界を維持するのがやっと。〉
いずれも憑代を破壊すれば倒せる筈。

■ミヒェル=ゲッツ…『紅き女王の侵食』に登場。現在消息不明。先の一件以後、HOPE内でその件の情報と共に指名手配中。
〈ケントゥリオ級愚神。自分の配下の従魔が宿った無機物を人間に渡すことでライヴスを奪い、その場をドロップゾーンにする能力を持つ〉

▼状況
馨が、霧の結界に従魔を閉じ込めている。〈彼女の現在地は、二階、正面から見て左手奥に位置している図書室〉

▼備考
・今回もミヒェルは取り敢えず無視して下さい。
・城の持ち主より、多少の破損は致し方なしとの許可が出ています。
〈・城情報…前庭が広く取られた設計で、城館本体を含めると敷地面積は約9500平方メートル。城館自体は900平方メートル。
一階にはギャラリー、食堂、階段ホール、ダンスホール等がある。二階は居住空間。屋根裏は使われていない備品置場。
・木製の車は、大人の掌より少し大きい位のサイズ。ぬいぐるみは、体長五十センチ程。〉

リプレイ

「くそ、通じない!」
 城の前庭で叫んだ赤城 龍哉(aa0090)は、スマホの画面をタップする。
 SOSを送って来た位だから、通信は出来る筈だ。それは、以前徳村馨と接触していた加賀谷 ゆら(aa0651)とシド (aa0651hero001)、五十嵐 七海(aa3694)とジェフ 立川(aa3694hero001)のお墨付きもあり確定事項だった。
 更に、ほぼ全員が、事前に彼女の居場所を特定したいと思っていた為、代表して龍哉がHOPEから聞いた彼女の番号に掛けたのだが、結果は芳しくない。
「嘘……全然繋がらない?」
 眉尻を下げたゆらが、縋るように龍哉に詰め寄る。
「ああ。呼び出し音が鳴るだけで、その内留守電案内に変わっちまう」
「そんな……」
 七海も落胆を隠せない。
「でも、前は結界の中から外に連絡取れたよね?」
 ゆらが、隣にいたシドの服をツンと引っ張ると、シドも無言で頷く。
 しかし、今は何らかの不具合が起きているのか、それが果たして従魔達の仕業なのかも判然としない。
「ネーベルさんと話して、ある程度当たり付けようと思ったのに……」
 唇を尖らせて、ゆらは目前に迫った城を見上げた。
『ライヴス通信機も駄目っぽいですね』
 通信機の動作確認を行っていたPascal Fontaine(aa4786hero001)、ことパスカも、困ったように城に目を遣る。
『とにかく、戦闘経験のない方が負傷してるのが心配です』
「うん。一刻も早く助けてあげなきゃ」
 ゆらが言えば、シドも再度首肯する。
『ああ。俺達では怪我を治してやる事はできんが、馨を襲ったものがまだ近くにいるかも知れん』
『しかし、頼りないお嬢さんの印象だったが、変わったな』
 ジェフは、先刻HOPEで聞いた馨の仕事状況や、レーナとの相性、日常他と、初めて出会った時の彼女を脳内で比べた。
 就職して日は浅いが、彼女の中にエージェントとしての自覚は芽生えつつあるのだろう。
「馨さん、不安にしてるよね。助けに行きたいの……ジェフ、私を手伝って」
 心配げに城を見つめていた七海が、ジェフに視線を転じると、彼は無言で微笑して七海を撫でた。
「それにしても、実戦経験無しで複数の敵を封じ込めるとは凄いな」
 感心する御神 恭也(aa0127)の隣で、伊邪那美(aa0127hero001)がやはり城を仰ぎ見ながら、『日本の御城とは違った感じなんだね』と妙に緊張感のない感想を述べる。
「何にせよ、役人を騙って従魔を置き土産とはやってくれる」
 苛立たしげに言う龍哉に、ヴァルトラウテ(aa0090hero001)も頷いた。
『性悪ですわね。余り放置しておきたくありませんわ』
「同感だ」
『じゃが、ちと面倒じゃの』
 既にヴァイオレット メタボリック(aa0584)と共鳴を済ませたノエル メイフィールド(aa0584hero001)がぼやく。
『連絡さえ取れれば、位置情報から最短ルートを割り出して突入するつもりじゃったが』
 こうなると地図が要るの、と続けたノエルの前に、竜胆 月魅(aa4434)が「じゃん!」と言いつつ何かのパンフレットを差し出した。
『何じゃ、これは』
 反射で受け取るノエルの周りに、他のエージェントも集まる。
「こんな事もあろうかと、さっき観光案内所に寄って貰っておいたよ」
 月魅が締めて四組分の観光用パンフを配っていく。
「にしても、西洋の城、か。わたしにゃ縁がないと思ってたけど、リンカーってホントどこにでも行くんだな」
 茶化すように肩を竦める月魅に、『あら月魅ちゃん、不服かしら』とカトレア・ガラン(aa4434hero001)が流し目をくれた。
「別に、不満はないよ」
 月魅は、今度は苦笑してもう一度肩を竦める。
「さァて、敵はどこじゃ! ビシバシ叩き飛ばしてやるぞい!」
 彼女らのすぐ傍では、東 直武(aa4786)が拳を握り締めていた。
『ま、待っておじいちゃん! 私達、今回が初めての依頼なんだから』
 一人で特攻し兼ねない直武を、パスカが慌てて止める横で、彼らと組む事になっている内の一人である伊邪那美が『おじいちゃん、よろしくね~』とのんびり挨拶する。
「ともかく、まずは入る前に霧の分布状態を確認するぞ」
 恭也が、そんな相棒の頭に手を置きながら口を開いた。
『確認て?』
「球状に発生していたら、大凡の中心部を推察して徳村達の隠れ場所に当たりを付ける」
『不確定なら霧の生じている付近から突入して、安全を確保しつつ彼女を見つけ救助する、じゃな』
 言葉尻を引き取られて顔を上げると、ノエルが不敵に唇の端を上げる。
『物が多すぎると奴らの術中じゃし、やりすぎるじゃろうからの』
 やや呆気に取られたものの、恭也は特に言い返さずに頷く。
「壁を叩いたりして、敵方に此方の位置を知らせるのもどうだろう」
『それは余り推奨できんな。積極的に見つかるリスクを冒す事はせぬ方が良いと思うぞ』
 年長者であるノエルの意見に、恭也は「ふむ」と考える素振りを見せる。
「でも、入る時は作戦とか全然必要ないよー」
 そこへ、パタパタと手を振りながら、ゆらが割って入った。
『どういう意味じゃ?』
「だって、前の事考えたら……ねぇ?」
 目配せされた七海も、苦笑して肩を竦める。
「このまま進めば、少なくとも結界には自然に入れるよ。その代わり、出るのが難しいけどね。彼女の結界は、外から見た時には何もないように見える所が曲者なの」
 それを聞いて、一同は揃って目を丸くした。
「成る程な。それで実戦経験もないのに複数の従魔を抑え込めてる訳か」
 ある意味疲れたような口調で、佐藤 鷹輔(aa4173)が言う。
 恭也達と似たような作戦を考えていた月魅も、それを口に出さずに飲み込んだ。
『……では、わしらは屋上から入って二階の居住区域へ出るとしようか。行くぞ、龍哉、ヴァルトラウテ』
 ノエルに手招きされ、頷いた龍哉達が駆け出しそうとしたのへ、七海が慌てて連絡先の交換を提案する。それを済ませた後、他のエージェント達も銘々分かれ、霧の城へ突入した。

 無意識に足を進めて行けば、程なく白い空間に突っ込んだ後、すぐに霧が晴れた。小トリアノンの時と同じだ。先刻いた場所の延長線上に立っているように思えるが、ここは既に結界の中だろう。
『相手がどんな奴かも判らんからな。亮馬達とうまく連携していこう』
 小さく口に乗せたシドに、ゆらがクスリと笑う。
「シドもりょーちゃんに対して、だいぶ丸くなったよねー」
 言われて、シドは微苦笑を返した。
『まあ、お前と結婚した以上は、俺にとっても身内だからな』
「よし、張り切っていきましょー!」
 腰に手を当てて立つゆらの背を見ながら、加賀谷 亮馬(aa0026)は、「おーおー、やっぱ広いわ城って」と感嘆の声を上げる。
「今回はゆらが心配で付いてきたのか?」
 Ebony Knight(aa0026hero001)ことエボニーは、そんな亮馬を横目で見ながら問うた。
「任務に無関心って訳じゃないさ。まあ、ゆらが心配で参加したのは間違いないけれど」
 亮馬は、苦笑して肩先を上下させる。
 救出対象と直接接点がない事が、妻程熱心になれない理由だろうとは思う。
「でも、やっぱり俺の目が届かない所で無茶して怪我しちゃったら嫌でしょ。夫的には」
「ふむ、そうか……だが、実際に傷が絶えないのは一体どちらなんだろうね」
 揶揄うように言われて、亮馬は若干唇を尖らせた。
「俺の事はいいんだよ。……っと、無駄話はここまでだ」
 バルコニーの階段に足を掛けているゆらを見て、足を早める。
 「ああ」とエボニーもすんなりと切り替えに従った。
「細かい事はゆらに任せ、お主は雑魚の掃除だ。よいな?」
「言われるまでもないさ!」
 依頼終了後は、彼女と城を散策するのも悪くない。そう頭の端で考えながら、亮馬は妻の前に出るべく彼女を追った。

「隠れるなら、好きな場所・安心できる場所、かな」
 鷹輔と、彼の相棒である語り屋(aa4173hero001)、ジェフと共に、城の向かって右手に回った七海は、短い通路に通じる階段を昇りながら一人ごちる。
 お城に隠し部屋とか……ないよね、日本のお城じゃあるまいし、とそれは口に出さずに苦笑する。
「ねぇ、鷹輔ならどこに隠れるの?」
 振り返ると、ジェフの後から歩いていた鷹輔が顔を上げた。
「馨が避難してるなら、物陰が多い場所だろう。見取り図を見せてくれ」
 言われて、七海は自分が持ったままだったパンフを鷹輔に差し出す。
 立ち止まった鷹輔は、見取り図に目を落とした。
「馨の執務室はここ……」
 もし俺ならどう逃げる?
 考えながら見取り図を眺める内に、図書室が目に留まった。
 ここなら本棚が死角になり、網目状の通路は逃げる際に選択肢は多いだろう。馨にそこまで考える余裕があったかは判らないが、少なくとも一見して隠れ易そうと判断はできる。
「七海。二階の図書室に向かってみよう」
 パンフを畳みながら声を掛けると、七海は頷いて、ジェフと共鳴する。
(難攻不落の霧の城。挑むは対照的なWeiβ(白)とSchwarz(黒))
 同じく共鳴を済ませた為に、現在の鷹輔と七海の衣服を指したらしい語り屋の言葉は、鷹輔にしか聞こえない。
「……ドイツ語が中二かっこいいから使いたかっただけだろ」
 呆れたようにツッコむ鷹輔に、話の見えない七海は首を傾げた。

「すっご……」
 鰐皮の盾を手に城内へ入った月魅は、声を失っていた。
 中学時代まで、古武術の後継者として和を追求していたので、西洋文化に触れる機会が余り無かった所為もある。
(んー、そうかしら? ボクからすればふつうの光景なのよねえ)
 カトレアのその声は、彼女と共鳴している月魅だけに聞こえる。
「海賊なのに?」
(あら、海賊だって陸に上がる事はあるのよ?)
 確かにそうだろうけど、と思いながらも、やはり物珍しさから忙しく目線を動かす月魅は、前の二人に遅れがちだ。
 そんな二人を後目に、やはり共鳴済みの恭也がぼそりと呟く。
「霧を使って案内を頼むような事もできるかと思ったが」
(もーるす信号だっけ? それでこっちの意思を伝えないの?)
 脳内で問う伊邪那美に、「SOS位なら判るが、文となると流石に判らんからな」と答える。そうしながら、不意打ちに神経を尖らせ、家具が動いた形跡がないかを注視するのも忘れない。
「それに、相手が知っていなければ、意思の疎通は不可能だぞ」
(それもそっか。でも、ほーぷでも言ってたじゃん。彼女、結界の内部は探れるって。ボク達が来た事にはもう気付いてるんじゃないかな)
 連絡取れる手段がないだけで、とこれはいつもほわーんとして見える彼女には珍しく鋭い意見だ。
「……だな」
 しかし、とにかく馨の保護を優先したいと思う恭也の意思は、口に出す前に直武に叩き折られた。
「所でわしらは従魔優先で良いのかの!」
 え、と固まった恭也の背後で、月魅が「それで良いと思うよ」と同意を唱える。
「結構人数いるし、馨だっけ? 助けに行くって人、他にもいたし」
「では、娘の救出は別働隊に任せようて」
 二対一では争うまでもない。内心で項垂れたい気分の恭也を、伊邪那美だけが気持ち怪訝そうに伺っていたのを、他の二人は知る由もなかった。

 ノエルに続いて、ヴァルトラウテと共鳴した龍哉も屋根裏へ降り立った。
 その背後では無惨にも窓硝子が割れている。
『破片を踏まぬように気を付けての』
「ああ」
 龍哉は最早諦めた境地で、吐息と共に答える。
 組んでみたかった、と言われるのは光栄だが、こっちの言う事もちょっとは聞いて欲しい。いくら城の持ち主が許容しているからと言って、壁面をよじ登って窓へ辿り着くや、いきなり硝子に躊躇いなく穴を開けるのを見た時は、一瞬頭が真っ白になった。
『堅い事を言うでない。こういうのは必要悪と言うんじゃ』
 何かズレた論理を展開しながら、薄暗い屋根裏を進むノエルの背中を追う。
 屋根裏は物置として使われているらしく、大きなソファや机が、布を被せられた状態で安置されていた。
(龍哉。奇襲にも気を付けて。死角が多いですわ)
(解ってる)
 脳内でヴァルトラウテと言葉を交わしていると、ノエルの持つスマホが着信を告げた。

「鷹輔」
 これ、と通路途中で七海が拾ったのは、スマホだ。その先の化粧室辺りから階段へ、血痕が転々と続いている。
「この辺りで遭遇して、スマホを落とした訳か」
 連絡の付かなかった理由はこれで知れた。七海は取り敢えず拾ったスマホを幻想蝶にしまう。直後、ふと目を上げると、そこには豪奢な内装にひどく不似合いな、木製の車がいた。
「……あれって」
「おいでなすったな」
 二人が言うのと、車がその外見に似合わぬ速度で走り出したのは、ほぼ同時だった。
 鷹輔はケリュケイオンを顕現させ構える。七海も素早く幻想蝶から虫捕り網を引き抜くと、正に虫捕りの要領で車に被せた。
 呆気なく捕まった車は、抜け出そうと暴れるが、易々とは逃れられない。
「これで元に戻らねぇかな」
 言いながら鷹輔は杖の先を網の隙間から入れて、グリグリと車を弄る。
 小さな車が、狭い網の中で杖の先を掻い潜ったり、必死で体当たりする様は、不謹慎だが、どこか笑いを誘う。ともあれ、それでは元には戻らないらしいと判断した七海は「残念だけど」と呟いて、鷹輔に目配せする。
 彼は目で頷き返すと、容赦なく車を杖で突き壊した。胴体を二つに裂かれた車は、一瞬で大人しくなる。
 息を吐いた二人は、顔を見合わせて頷き合うと、階段へ走った。

「できれば頭を発見したい、よねぇ……」
 でも、頭ってどんなんだろ、と独りごちながら、ゆらは眉根を寄せて見取り図を広げる。オートマッピングシートも併用するが、これはよく考えたら所持している者の行く道しか浮かび上がらないものだ。
「ゆらー? 次はどっちに行くー?」
 前を行く夫は、のんびりと言いながら、正面の食堂へ向かっている。
 答えようとして、左手へ視線を泳がせたゆらは、ハタと動きを止めた。その先には、兎のぬいぐるみが立っている。
 地図からすると、ダンスホールの中だ。そこに兎のぬいぐるみ。明らかに不自然だ。
「りょーちゃーん。そっちじゃないよ、こっちこっち」
 兎から目を離さないまま手招きすると、相棒と共鳴済みの夫がすっ飛んで来る。
 同時に兎がふわりと浮き上がり、凄まじいスピードで突進してきた。
 腰を落とすゆらの前に滑り出た亮馬は、バッドのようにエクリクシスを構える。
「喰らえ――ヘヴィアターック!!」
 バッター宜しく振り抜いた大剣が、ぬいぐるみの胴体にクリーンヒットする。無惨な状態になった兎は、中の綿を舞い散らせながら床へ落下した。
「従魔は駆逐だ。一匹残さずな」
(……あまり熱くなるなよ?)
 ふん、と鼻息を荒くして言う亮馬に、脳内でエボニーが窘める。
 その傍で、一人頷いたゆらが、亮馬に視線を向けた。
「今一体退治した事、連絡入れた方がいいって、シドが」
(他の参加者とも、連絡は密に取り合いながら対処しないとな)
 捕捉するようなシドの言葉は、ゆらにしか聞こえない。
(手分けして捜査しておる訳なのだし、確かに情報共有は怠らぬ方が良いだろう)
 しかし、ゆらの言葉だけを聞いたエボニーも亮馬の脳内で頷く。
「じゃ、一斉メールしとくか」
 応じた亮馬は、自身のスマホを取り出した。

 馨は背中を上にして、床に倒れ込んでいた。基本的にはもう痛みの事しか考えられなくなっている。油断すると結界が解けてしまいそうで、慌てて集中し直す。
 息を詰めるように呻いて、床に爪を立てた、直後。
「馨さん?」
 呼ばれて、ノロノロと首を巡らせると、どこか見覚えのある顔が覗き込んでいた。

 あ、とレーナの顔をした馨が口を開けるが、呼気に音は乗らない。
「ひどい……鷹輔」
 七海は、もう声も出せずにいる馨の肩に手を触れ、傷を確認する。服装は馨のものらしいカジュアルなベストの背中に、袈裟懸けに傷が走り、血が滲んでいた。
 一目見た鷹輔の眉間にも、皺が寄る。
「霊符……と思ってたけど、ヒールアンプルの方が良いわね」
「貸せ。俺が打つから、お前はヴァイオレット達に連絡しろ」
「解った」
 七海は、アンプルと救命救急バックを取り出し、鷹輔に渡すと、スマホの画面をタップした。
「あ、ヴィオさん! 七海です」
〈今はノエルで構わんぞ。何じゃ〉
「あ、はい。馨さんを見つけました。図書室です」
〈了解した。今二階にいるでな。何分も掛からん。一旦切るぞ〉
 はい、と応じた七海も通信を切る。と、亮馬から一斉送信でメールが届いているのに気付いた。それを確認して、口を開く。
「ぬいぐるみもいるみたいよ、従魔」
「ぬいぐるみ?」
「ええ。兎の」
「ったく、全部でどれくらいいるんだ」
「……木の、車が三つと……ぬいぐるみは二体、です」
 再度眉根を寄せた鷹輔の疑問に、馨が弱々しく答える。
「馨さん、大丈夫?」
「はい……何とか」
 アンプルの痛み止めが効いて来たらしい。まだ顔色は悪いが、まともに話せる所までは回復したようだ。
「それと、鎧が一体……」
「鎧?」
 小さく頷いた馨は、それが剣を持ってます、と続けた。どうやらそれに斬られて、今の状況らしい。
『済まん、遅くなったの』
 直後、龍哉と共に本棚の間に顔を出したノエルが、馨に手早くエマージェンシーケアとケアレイを重ね掛けで施す。
 馨はすぐに立ち上がろうとしたが、膝が抜けたように体を傾がせた。
「あ!」
「馨さん!」
『無理をするな。傷は粗方癒えた筈じゃが、体力はそうもいくまい』
「でもっ……」
 鷹輔と七海に支えられながら、馨は集中するように目を閉じる。
「すぐそこに鎧がいます」
「何だと?」
「図書室前の、通路右手です」
 四人は瞠目した。
「そう言えば、結界内が判るんだったな」
 龍哉が確認するように言うと、四人は目配せし合う。
「よっ」
 七海は鷹輔の手を借りて、馨を背負った。
「あ、あのっ」
「レーナさんと二人で頑張ったわね。後は任せて」
『その通りじゃ。ま、頭は働いて貰うがの』

 恭也が通信を切って顔を上げると、月魅と目が合った。
「何だって?」
「徳村が見つかったらしい。彼女のナビに拠ると、このギャラリーに二体、玩具の車型従魔がいるそうだ」
「ここぉ?」
 ざっと見回しても、何とも隠れる場所は多そうだ。
「他の情報はないのかの」
 直武を見ると、「いや、その、パスカが伝達をしろと言うのでな」と言いつつ、彼は鼻の先を掻いた。
「そうだな。他は二階の階段付近の通路に兎のぬいぐるみが一体いるのと、鎧に憑いた従魔が少し手強いらしい。兎の方は加賀谷夫妻が向かうようだし、鎧の近くには残りの四人が徳村といると言うから、俺達はここの従魔を片付けたら鎧の方に応援に向かう形でどうだろう」
「うむ」
「賛成。それで良いんじゃないかな」
 恭也の提案に、直武と月魅がそれぞれ頷く。
「で、徳村に拠れば、一つ目はそこの――」
 ソファの下、と言おうとして恭也が示した正にその場所から、今しも攻撃を仕掛けようとするかのように、小さな車が音もなく出て来た。
 両者がまるで熊と目を合わせたように固まったのは、一瞬の事だった。
 すぐ傍にいた月魅が、透かさず持ち替えた魔導銃を構え、引き金を引く。しかし、車は持ち前の小回りの良さでするりと避けた。
「ちっ、小さい奴は銃じゃ狙いが付けにくいっての」
(月魅ちゃん、やっぱり古武術の使い手の癖に銃を使うのは疑問なのだけれど?)
「今戦闘中なんだけど。後、竜胆古武術に限らず、古武術には弓術や砲術も含まれる。反論は?」
(もう、月魅ちゃんったらマジレス? つまらないわねぇ)
 月魅の脳内で繰り広げられるコントの間に、避けた車を恭也と直武が追う。
「して、もう一体はどこに!」
「後ろの箪笥の下だそうだから――」
 三人がチラリと背後に目線を遣れば、チャンスとばかりにもう一台、小さな車が追い縋って来る。
 一番手近にいた月魅は素早くターンすると、カウンターで車を蹴り飛ばす。スピンし、壁へ衝突した車目掛けて、今度はエクストラバラージを展開してもう一度引き金を絞る。
 体勢を立て直す暇も与えられず、車2の方は車体中に弾痕を穿たれ、沈黙した。
 その一方で。
「老骨と思うて侮るでないぞ……鋼であろうとも砕くことなど造作もないわァ!!」
 その車は鋼じゃないよっ!? というパスカのツッコミは無視した雄叫びと共に、直武はタイヤ部分目掛け、足払いを繰り出す。背面から蹴りを貰ってもんどり打った車は、恭也から容赦ない疾風怒濤を浴びて大破した。

 その頃、馨を連れた四人が本棚の間から出た時には、既に鎧が図書室の出入口を塞いでいた。
 馨にしっかり掴まっているように言うと、七海も銃を構える。
「先に出るぞ」
 短く告げた龍哉が、大剣を手に鎧へ突っ込んだ。重い金属音と共に、鎧の持つそれと龍哉の剣が噛み合い火花が散る。
 龍哉が強引に鎧を通路へ押し出した瞬間を狙って、残る三人が通路へ出た。
「ガツンと決めてね。信頼してるわ」
 鷹輔を盾にするように彼の後ろへ滑り込んだ七海が、不敵に笑って言えば、「任せとけ」と応じた鷹輔は彼女を庇うように空いた手を斜め下に差し伸べる。
 四人は鎧を挟むようにして隙を伺った。
『他へ憑依先を変えさせてはならんぞ』
「解ってる」
 鎌を携え、七海の後ろで馨の背中を守るように立つノエルは、護衛に徹する構えだが、死角を作らない事には余念がない。
 鎧は左右を伺った末に、図書室へ避難しようと足を踏み出す。その進路を遮るように、七海の妨害射撃が床に弾痕を穿つ。
 顔をこちらへ向けた鎧が、七海めがけて足を踏み出すが、その間に鷹輔が滑り込んだ。
「おっと、俺が相手だ。ちっと付き合えよ」
 鎧が振り下ろした剣を杖で受け止め、「俺の陰から出てくんなよ?」と七海に声を掛けながら、鎧の胴体を蹴り飛ばした。
 格好良い台詞言われちゃったなぁ、と嬉しくも悔しいような気分で、七海は吹っ飛ばされた鎧を目で追う。
 そこに待ち受けていた龍哉が、床へ転がった鎧を避け様、その胴体へ剣を突き刺した。

 従魔討伐は取り敢えず完了し、馨は執務室のソファにぐったりと身を埋めていた。七海のアンプルとノエルの手当のおかげで痛みはないが、この後病院へ搬送される予定だ。
 向かいのソファでは、共鳴を解いたレーナが心配げに馨を見ている。今回ダメージは全て馨の方へ行ったようで、共鳴を解けばレーナはほぼ無傷だった。
「馨さんとは小トリアノン以来だね」
 久し振りに会うゆらが、その隣に心配そうに腰掛けて馨を覗き込む。
「はい。その節はお世話になりました」
「うん、あのね。ちょっと言ってもいいかな」
 何だろう、という面もちの馨の正面に回って、ゆらは膝を突く。
「今回の経緯を聞けば致し方ない所もあるけど、もちょっとこう、緊張感? みたいなのあってもいいかなあと思うの。エージェントになった訳だし、いつも誰かが守ってくれる立場でもなくなったのだから。自分の身を自分で守るのも、仕事の内だと思うの。馨さんは非戦闘要員だけど、それでも戦いと隣り合わせの生活をしているって事を忘れないで欲しいな」
 ねっ、と微笑して小首を傾げると、馨も弱々しく苦笑を返す。
「はい……今回もお世話掛けました」
 済みません、と項垂れる馨に、ゆらは慌てた。
「や、別に責めてる訳じゃないのよ? ただ、次から気を付けようって話! 最初から巧くやれる人なんていないんだし」
「そうだよ。まずはHOPEに正式就職おめでとう、だね」
 七海も、馨の手を取ってフォローに回る。
「私は戦い守る力を持ったけど、馨さんは夢や喜びを与えて心を守る力を持ったんだね。凄いと思うんだ」
 満面の笑みで七海が言った、直後。
「所で、馨。さっき、ここへ玩具を持って来たのは確かにミヒェルだと言ったな」
 まだ険しい顔を崩さず、鷹輔が割って入る。
「あ、はい」
「指名手配されている男だな。確か従魔化した指輪の」
 鷹輔は考え込んだ。
 七人もの犠牲者が出るまで明るみに出なかった前回の一件を思うと、今回は本当にこれで終わりなのか、という疑いが頭をもたげる。
「馨。ミヒェルから玩具以外にも何か受け取ってないか? 例えば指輪とか、何でもいい」
 彼女への洗脳も警戒すべきかも知れないが、先の事例に照らせば洗脳には時間が必要なようだから、今回は大丈夫だろう。
 と断ずる間に、馨は思案する素振りを見せて、そう言えば、とスカートのポケットに手を突っ込んだ。
「これを」
 差し出されたのは、一枚の名刺だ。
 受け取って目を落とすと、そこにはミヒェルの名前と所属部署、メールアドレスが簡単に記されている。
『これってさー。絶対偽物だよね、あどれすと仕事』
 いつ来たのか、鷹輔の名刺を持った方の腕に縋るように背伸びした伊邪那美が、それを覗き込んでいる。
「七海。これ、ライヴスゴーグルで確認してくれ」
 鷹輔は、伊邪那美に下がられていない方の手で名刺を持ち直すと、七海に渡した。
「良いけど……何で?」
「俺の考え過ぎならいい。念の為だが……従魔が憑いてるようならリーサルダークで吹っ飛ばす」
 どこか物騒な事を言い出す鷹輔から名刺を受け取った七海は、再度ジェフと共鳴し、ゴーグルで名刺を確認する。
「何にもないみたい。大丈夫よ」
 ニコリと笑って、七海はゴーグルを外し、共鳴を解いた。
「まあ、全てが偽りなら良いんだがな」
 伊邪那美の頭に手を乗せて、恭也が言う。
『事実だったら、何か問題でもあるの?』
 伊邪那美が視線を上げると、恭也は彼女の頭を撫で繰り返しながら答える。
「事実なら奴は手配されているにも関わらず、誰にも違和感を感じさせずに周囲に溶け込んでいた事になる」
『人の認識を狂わせる能力を持ってる、とか?』
「或いは記憶を惑わせる能力だな。もしそうなら、一般人から通報はない、あっても偽情報の可能性が高いと見るべきだろう」
「そうとも限らないと思うぞ」
 口を挟んだのは、龍哉だ。
「あらゆる可能性を考えるのも大事だけどな。愚神が役所の情報だけ掠め取って利用したのかも知れない。まあ、確認はしておこう。愚神と関係ない所で企画が持ち上がってるなら、それはそれで良いんじゃないか」
 ポン、と肩を一つ叩かれて、恭也は黙って顎を引いた。
『準備はどうせしておったのじゃろう。本当に孤児院の子供を招待しても良いのではないか?』
 その後ろから、ノエルも会話に加わる。
『愚神が何を思って孤児院の事を持ち出したのかは解らんが、親のいない子供は地域と繋がりを作らないからの。余計なお世話じゃが、いい機会じゃ。落ち着いたらでいいから、孤児院にアポを取れ。お主にとっても、外部と接点を増やす好機になって良いじゃろう。のう、馨』
「そうそう。準備のお手伝いするから、元気になって開催するイベントを見せて欲しいな」
「あ……はい」
 そこへこっそり馨の親を呼んで、彼女の働く姿を見て貰いたい、と七海が内心楽しい企みをしているとは知らない馨は、ただ頷く。
『さて、そうとなればやはり玩具の修繕は必須じゃが……』
 集められた玩具の有様は無惨なものだ。ぬいぐるみは一体だけが無事で、残りは二体共真っ二つになっている。手を下した加賀谷夫妻は、揃って明後日に視線を向けた。
「直せるかな……大分壊しちゃったよ」
 鷹輔と共に割った車を取り出して、七海も肩を落としながらヴァイオレットに視線を向けた。
「車はどうか……縫合は得意だけど、ぬいぐるみは初めてだからな」
 言いながら、ヴァイオレットはテーブルに載った兎に目を落とす。
 もう一つの車は、月魅が無言でそっとテーブルに置いた。これまた見事に穴だらけになっている。
 残る一体の車を大破させた恭也は、やはり視線を逸らした。
「まあ、何でも壊れたら直せば良いんだ」
 いつも無表情なヴァイオレットには珍しく、口元に笑みを浮かべて七海を見る。
 レーナの横に腰を下ろしたヴァイオレットは、ぬいぐるみに手を伸ばし、修繕を開始した。

 その後は、龍哉の提案で城のダメージチェックと玩具の修繕に分かれた。業者が必要ならそちらへ引き継ぐ予定だ。
「こんな素敵なお城で結婚式挙げれたらいいなあ……」
 夫とチェックを兼ねた散策に出て来たゆらは、夢見心地で呟く。
「後で馨に頼んでみないか?」
 亮馬の提案に、ゆらも「そうね」と頷き、夫婦は殆どデート気分でうっとりしていた。チェックは、彼らの後ろからそっと付いて歩いていた英雄達がやっていた。

 一方、七海も鷹輔と共に、自分達が通った場所を確認した。
「私と組むの大変だったでしょ」
 笑いながら言うと、鷹輔は「そんな事はない」と首を振る。
 その傍で、チェックもせずに朗々と話し出す語り屋に、鷹輔は呆れたように目を細めた。
「この城の歴史を語るような催し物をやったらどうだ。その語り口、馨の能力と相性抜群だろ」
『……!』
 ガーン、という擬音が付きそうな表情で、語り屋は動揺していた。

 月魅も折角だからとチェックに託け、城内を見て回っていた。が。
『月魅ちゃん、やっぱり場違いよねえ』
 ギャルな見た目と、城のミスマッチ度を揶揄され、「海賊には言われたくない……!」と苦し紛れの反撃をする羽目になった。

 事務室では、ぬいぐるみの修繕に、ヴァイオレットが少々手間取っていた。太めになってしまったのが原因だ。
「器用さだけでは難しいな」
『そうかの? 確かに綺麗にとはいかんが、お主らしくて善いと思うがの』
 その向かいで相変わらずぐったりと座る馨に、直武が縫止(注・スキル)で鍼治療を施す、と息巻き、それをパスカとレーナが必死で止めていたのは余談である。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • きみのとなり
    加賀谷 亮馬aa0026
    機械|24才|男性|命中
  • 守護の決意
    Ebony Knightaa0026hero001
    英雄|8才|?|ドレ
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • 乱狼
    加賀谷 ゆらaa0651
    人間|24才|女性|命中
  • 切れ者
    シド aa0651hero001
    英雄|25才|男性|ソフィ
  • 絆を胸に
    五十嵐 七海aa3694
    獣人|18才|女性|命中
  • 絆を胸に
    ジェフ 立川aa3694hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 葛藤をほぐし欠落を埋めて
    佐藤 鷹輔aa4173
    人間|20才|男性|防御
  • 秘めたる思いを映す影
    語り屋aa4173hero001
    英雄|20才|男性|ソフィ
  • 崩れぬ者
    梶木 千尋aa4353
    機械|18才|女性|防御
  • エージェント
    豪徳寺 神楽aa4353hero002
    英雄|26才|女性|ドレ
  • エージェント
    竜胆 月魅aa4434
    人間|16才|女性|命中
  • エージェント
    カトレア・ガランaa4434hero001
    英雄|12才|女性|カオ
  • 撃退士
    東 直武aa4786
    人間|83才|男性|回避
  • エージェント
    Pascal Fontaineaa4786hero001
    英雄|11才|女性|シャド
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