本部

カメレオンナイフ

夏雨

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/12/09 19:17

掲示板

オープニング

●淑女の痛みを知れ
 東京都内のとあるバー。薄暗い店内は夜の雰囲気を盛り上げる照明で照らされ、談笑する客たちの喧騒がひしめいている。カウンター席で談笑する1組の男女の元に、2人の男がやって来ると、
「4人でもう1件いかない?」
 友人同士らしい男は女性を誘い、「遠慮するわ」と断る女性を引き止める。
「もう少し付き合ってよ」
 苦笑いを浮かべる女性から一瞬表情が消えたかと思うと、
「あなたのその残念な脳ミソは何色かしら?」
 そう言って男の額を軽く指で弾けば、男の頭は跡形もなく粉々に吹き飛んだ。
「きゃはははは! ごめんねぇ、ぶちまけちゃった♪」
 生暖かい血潮が周囲に降りかかり、首から下だけを残して床に倒れる男の姿を見下ろす女性は冷徹な笑みを浮かべていた。
 日常から地獄の景色へと移り変わり、客たちが混乱の渦へと突き落とされる中、腰を抜かして後ずさる男の友人A。
 女性の長髪が不意になびいたかと思うと、友人Aの両足の付け根を見えない切っ先が切り裂いた。理解できない現象に絶叫して床をを這いずる友人Aに対し、女性は血で汚れたハイヒールの爪先を顔の前へと近づける。
「助けてほしいなら、なめて綺麗にしなさい」
 顔面蒼白になりながら唇を爪先へと近づけようとした瞬間、友人Aの顔はサッカーボールのように蹴り飛ばされた。水風船が破裂したときのように赤い液体が飛び散る様を見て、
「お前らみたいなの、ぶっ殺してやりたくなるんだよ!」
 女性は狂気に満ちた目付きで笑っていた。

●ブリーフィングルームにて
 バーの防犯カメラに記録されていた女性の凶行の一部始終を再生し終えると、H.O.P.E.職員は女性の身元について説明を始める。
「彼女の名前は、八重塚夕野……3ヶ月ほど前に複数の男性から暴行を受けたと訴え、警察に被害届を出していたことがわかっています。しかし、加害者側は不起訴になったようです。今回の事件の要因に思えてならないところです……彼女の犯行かどうかはわかりませんが、加害者の男性らは行方不明になっています」
 被害に会う以前の八重塚は能力者ではなかったことが判明している。この間に英雄、愚神のいずれかと誓約に及んだようだ。
 「事件の背景はさておき」と、職員はプリセンサーが示した逃亡中の八重塚の出現場所について話す。ホログラムを操作し、エージェントらの目の前に銀座のバーの住所を表示した。
「八重塚は午後10時頃に銀座にあるバーから退店します。皆さんにはそこで彼女の身柄を確保していただきたいのです」
 映像から見ても明らかな凶暴性から、同行を求めても抵抗及び逃亡の恐れがあると判断できる。二次被害を避けるためにも八重塚を人気のない場所まで誘導し、一般人から遮断する形で強制連行する形が望ましいという。
「八重塚は行きずりの相手に対して犯行に及んでいるようです。彼女にとってのカモであるナンパ男を演じれば、油断させた上でうまく誘導できそうですね。他にも考えれば口実はいろいろありそうですが」
 職員は再度防犯カメラの映像を再生し、「もう1つ注意する点をあげるとすれば……ここを見てください」と八重塚の髪が不自然になびいた瞬間を切り取り、拡大してみせる。よくよく見ると、八重塚の横顔が何か透明なものに反射して映り込んでいる。
「決して心霊写真ではありませんよ? 彼女はガラスのように透明な刃を生み出し、それを自在に操ることで相手を攻撃するのです。この映像は刃に彼女の顔が反射して映ったものです。
 常人であれば見えないものに攻撃されたと錯覚するでしょうが、光の屈折などの微妙な違和感はごまかし切れないものです。能力者であれば見極めることは難しくないでしょう」
 「ところで、彼女は相手に困らないほどの美人ですが……」と付け加え、念を押すように言った。
「泣き落としが通用する相手と皆さんを侮った行動を取るかもしれません。相手が罪を犯したからには、情けは無用です。八重塚夕野の身柄確保、くれぐれもよろしくお願いします」

解説

●成功条件
 八重塚夕野の逮捕。相手は抵抗を試みるので、戦闘不能の状態まで追い込む必要あり。正当防衛による殺傷はやむ無しと判断される。

●プリセンサーからの助言:接触状況
 八重塚は午後10時頃に指定住所のバーから退店する。バーの前の通りは人通りが多い。
 八重塚を一般人から遮断するには、ナンパ男を装って誘導するなどの方法が考えられる。

●八重塚夕野についてまとめ
・過去のトラブルから女たらしのチャラい男を嫌悪している。
・追い込まれると泣き落としで相手の同情を誘い、油断させようとする。
・攻撃手段は、
カメレオンナイフ:近接の物理攻撃(単体)、遠距離の魔法攻撃(複数2体、BS『狼狽』付与)の2パターン。
ライオットアクション:近接の物理攻撃(単体)。高圧縮したライヴスを暴発させ、軽く触れただけでも相手を傷つける。

リプレイ

●悪女はバーにいる
 とある銀座のバー。例の八重塚 夕野は店内のカウンター席に腰かけていた。1人グラスを傾ける美女というのは実に絵になるが、彼女が置かれている逃亡中という状況からどこかピリピリとした雰囲気を感じさせる。
 大人の世界を体現したかのような重厚な店内の雰囲気に圧倒されがちな村山 翔太(aa4531)だが、
「ちょっと、庵治さん。僕滅茶苦茶浮いてませんか……」
 庵治 秀影(aa4531hero001)と共に席につき、夕野たちの様子を見守っていた。
「お姉さん一人? 綺麗なのに珍しいね?」
 共鳴状態のレオンハルト(aa0405hero001)の姿を借りた卸 蘿蔔(aa0405)は、水蓮寺 義政(aa4452hero001)と共にすでに夕野をマークしている。
「共鳴しても自分のままというのは新鮮ですね」
「寝る。誘導終わったら起こせ」
 夕野に接触する以前に、共鳴状態の義政はそんなやり取りを木佐川 結(aa4452)と交わしていた。
 時折笑い声がもれ聞こえる様子を横目に見ていると、庵治はウイスキーとウーロン茶を運んできた店員の怪訝そうな視線に気づく。学生らしく見える村山のことを、庵治はわらってごまかす。
「くっくっく、俺ぁこいつに人生って奴を勉強させねぇといけなくてなぁ」
 「もうそろそろ帰らないと……」と席を立とうとする夕野を見て、義政は紳士然とした態度で言った。
「駅まで行くなら、お送りしますよ? もう少しお話もしたいですし」
「あら、そう?」
 一緒に店を出る流れになり、3人は店の入り口へと歩き出す。
 自然を装いながらいち早く席を立つ庵治は、村山に支払いを任せて悠々と店を出ようとする。
「なんで僕が……うわっ、置いて行かないでくださいよ!」
 村山は慌てて支払いを済ませ、庵治と3人の跡を追いかけた。

 夕野を誘導する手はずになっている公園で待機する波月 ラルフ(aa4220)は、通信機器を通して夕野たちの会話の内容を聞いていた。
 自身が行っていたら夕野は警戒心を抱いたであろうと予想できる程度には目付きの悪さを自覚しているラルフ。七文 アキラ(aa4220hero002)と共鳴状態で公園周辺を見回るラルフは、あごをかきながら1人つぶやく。
「その道の人って思われてもな」
「おにーちゃん物件的には実はいいって会社の給湯室で噂されてたよ」
 アキラは好意的な情報を寄せたつもりだったが、ラルフは「……何だよそれ」と呆れた反応を返す。
「そろそろか……」
 卸たちの会話の流れから判断したラルフは、同じように周囲を見回っている真壁 久朗(aa0032)たちにも連絡に向かった。 

「あの店にはよく来るの?」
「ときどきかしら……」
「また店に行ったら会える?」
 夕野と会話を続ける卸の声が徐々に遠ざかっていくが、庵治はマイペースに煙管を吹かしながら、寒空の夜道をのんびり歩く。村山はそんな庵治にやきもきして、
「庵治さん、もう少し早く! 見失っちゃいますよ」
「焦るなって。どうせうまくやるさぁ」
 公園の近くへとやって来たところで、卸は「寒くない?」と夕野に尋ねる。
「少し寒いわ」
「あったかいもの飲みたくなるねぇ」
 と言う卸は、義政に目配せする。
「すぐそこの公園に自販機がありましたね」
 義政はそれに応じ、ゴールに続くパスを返す。
「ちょっと寄ってもいいかな? ごちそうするからさ」
 穏やかな笑顔で応じる夕野を見て、卸はふいに目を逸らす。
 誰も及ばない意識下で、卸はレオンハルトに意見を求める。
「夕野さん……愚神にいいように使われちゃってるのかな。助けてあげたいけど、もしも自分の意志でだったら、どうしよう」
「どうすることもないさ。俺たちがやるのは任務であって、人を裁くのは法であるべきだからね」
「法が裁いてくれないときは?」

●Bonsoir,Coquette
 しばらく公園内を進んだ卸と義政は立ち止まり、夕野の方へと向き直る。
「たまにはいいでしょう、私が自由にやっても。貴女は実に、実にそそられる」
 そう言う義政は終始上機嫌そうに見える。
 義政らを見る目付きがどこか据わったものになる夕野の前に、待ち構えていたラルフは現れる。
「Bonsoir,Coquette」
「あら、お友達?」
 「よう、いい女」と言う意味のラルフのフランス語にも淀みなく反応する夕野の様子を見て、能力者で間違いなさそうだと判断する。
 続いてセラフィナ(aa0032hero001)を連れた久朗が姿を見せた。
「エスコートは終わりだ。俺達と一緒に来てもらおうか」
「あなたを逮捕します。理由はご存知の通りです」
 久朗に続いて言い渡すセラフィナは、久朗との共鳴状態を完了させて臨戦態勢を取る。
 夕野が公園の出入り口の方を振り返ると、植え込みに身を潜めていた小鉄小鉄(aa0213)と稲穂(aa0213hero001)が立ちはだかっている。
「抵抗するなら容赦はしないでござるよ」
「復讐が悪いこととは私は言えないわ……それでもあなたは、やり方を間違えちゃったのよ。犯した罪は償ってもらうわ」
 夕野は別段うろたえる訳でもなく髪をなでつけながら、
「なぁんだ、そういうことなの……ちょっと殺したくらいでこんな大所帯で来るなんて、大袈裟ねぇ」
 卸は夕野に向けて銃の照準を合わせると、
「あなたのことを調べさせてもらいました、八重塚 夕野さん」
 夕野は関心を寄せるように卸を見つめ、耳を傾ける。
「あなたは被害者であるにも関わらず、恥知らずの男に詐欺師扱いされ、相手の弁護士からも脅迫を受けた……それでまんまと逃げ切った相手が許せなかったのでしょう?」
 夕野はどこか冷めた表情で、何のためらいもなく答えた。
「そうよ、だから殺してやったの」
 コートのポケットに両手を突っ込んだまま話し続ける夕野だが、久朗は夕野が怪しい挙動を示さないかどうか目を光らせている。
「あなたたちはどうして正義の味方みたいなことしてるの? 善良な人間でいたって、守ってもらえるとは限らないじゃない。クズに付け入る隙をあげるだけ……いくら世間に媚びを売っても、簡単に突き放されるのよ。
 世間が望むいい人間なんて、クソ喰らえだわ。だから私はもう我慢しないの、殺したいから殺すのよ」
 そう言い終えた直後、夕野は両手をポケットから出して構える動きを見せ、卸に向かって振りかぶった。槍と盾を構える久朗は卸の前に踏み込み、夕野との間に盾を突き出す。一見夕野は何も手にしていないように見えるが、盾に攻撃を受けた手応えを久朗は感じた。間近で見ると、確かに大振りのガラスのナイフの輪郭が夕野の手の中に存在している。
「お主の刃と拙者の刃、どちらが上か……」
 相手が抵抗の意志を見せたことで、小鉄と稲穂は即座に共鳴を果たし、
「勝負でござる」
 夕野に向けて刀を翻す。
 卸は応戦する夕野に狙いを定め、街灯の下へと誘導しようとする。小鉄の刀さばきに押し負けて後退する夕野は、卸の攻撃による被弾を避けようと立ち回る。その行動により夕野は街灯の光にさらされた。
 光を反射して浮かび上がる得物に対し、ラルフは蛍光インク入りの水鉄砲を発射させた。とっさに刃でインクを弾く夕野だが、ナイフにはべったりと色がつき、服にもインクが飛び散る。
「!? 余計なことを――」
 驚いた表情を見せる夕野に対し、久朗は槍を振るってナイフを叩き落とそうとする。夕野は鬼気迫る表情で槍を弾き返し、水鉄砲を持つラルフを狙う。
 水鉄砲ごとラルフを両断する勢いを見せた夕野だが、夕野の前に走り込む者の姿があった。庵治との共鳴を果たし赤い鎧甲冑を身につけた村山は、ラルフに迫った夕野の刃を受け止めてみせた。
「ほらな。いいタイミングで来れたじゃねぇか」
 そう村山に語りかける庵治に呆れている暇はなく、夕野の次の行動に備える。すばやく後退する夕野はどこか不敵な笑みを浮かべていることに気づくが、村山や小鉄は構わずに接近戦を仕掛けにいく。
 夕野の間合いに踏み込もうとした途端、耳元を何かがかすめ飛んでいく「ヒュン」という音を聞く。その実体を見極めようと、全員が思わず身構える。見えない刃の存在に気を取られた瞬間、夕野は再度ラルフへの攻撃を図る。
 飛び交う刃を囮にした夕野の動きを追い、卸はライヴスの弾丸を放った。夕野は片腕に被弾したものの怯まずに進み、水鉄砲を構えていたラルフに手を伸ばす。夕野の指先が触れただけでその衝撃は一瞬で生じ、爆発的に広がった。プラスチック製の水鉄砲を粉々に砕いた衝撃は有り余るもので、ラルフは弓なりに吹き飛ばされる。
「……ちょっと飲んだだろうが、コラ」
 水鉄砲が破砕されると同時にインク水をまともに浴び、ラルフは起き上がる。夕野に一矢報いるために、ラルフはチャンスを窺った。
「心の眼、心眼という境地は拙者とてまだまだでござるが……」
 小鉄は飛び交う刃の気配を警戒しつつ、夕野に向けて苦無を構える。夕野が放たれた苦無を払い落とすと、村山はその直後を狙い攻め込んでいく。互いに荒々しくも必死に相手の技に食らいつく。がむしゃらに相手を打ち負かそうとする両者の勝敗が見えるか見えないところで、卸は夕野の足元を狙い注意を逸らそうとする。夕野は機敏に卸の狙いを見極め、村山を卸の射線上へと押しやり追撃を逃れた。
 夕野が体を滑らせた先、その背後へと音もなく迫ったのは、鳴りを潜めていた義政だった。
「その表情も美しい――」
 耳元まで迫った声に本能的な恐怖を感じ、夕野は振り返り様に義政を斬り払おうとした。
「えぇ、本当に、美しい。血が騒ぐほどに」
 そう言う義政は余裕を持った挙動で夕野をかわし、笑みさえ浮かべている表情が憎たらしくも不気味に映る。
 義政が夕野から距離を置いた瞬間、周辺で何かが落ちる音が響く。一見何の変化も見られないが、夕野は首筋を押さえて義政を睨んでいる。
「どうしたのです? その透き通る刃で私たちを貫いてみてはいかがです?」
 義政はそう言って夕野の前でライヴスの針を見せつけ、他の者に暗に夕野の力の一部を封じたことを示した。

●貴女の心は醜い
 卸は乱れ飛ぶ刃を恐れずに、夕野に向けて銃口を向けながらも投降を促す。
「今色々な方が協力し、あなたが被害にあった事件の再調査をしています。それに何人殺したところで、あなたの心は変わりません。罪が増えるだけです」
 夕野は卸に対し声を荒げる。
「どうでもいいわよ! 殺したいなら殺しなさいっ!」
「俺達は裁きに来たんじゃない。止めに来たんだ」
 畳みかける久朗に続き、ラルフはライヴスによる風の力をまといながら夕野に語りかける。
「それで満足か? それで楽しかったなら、お前もそんな変わらない。お前を傷つけたクズ共と一緒だぞ」
 少しでも改心する兆しが見えるかどうか見守る中、アキラはラルフにささやく。
「通じるように見えないけど」
「だろうな……」
 「どうしても許せなかったのよ……!」と言い放つなり、両手で顔を覆い泣き出す夕野。
 半ば期待していなかったが、夕野が示した反応に誰もが疑惑を抱いた。
 夕野は涙声混じりに訴える。
「私にとっての生きる希望は、あいつらに報いを受けさせることしかなかったのよ――」
「お主、此処に居る者達がそれで情けを掛けるように――」
 小鉄は刃の影がちらつきはしないかと、刀を構えて警戒を続けていた。すると街灯に照らされた小鉄の影のとなりに、不自然な影が浮かんでいることに気づく。自身を狙う刃の影と確信し、小鉄は全力で刀を振り向けた。見事にかち合った刃同士から火花が散り、ブーメランのように吹き飛んだガラスの刃は地面に突き刺さった。
 思い切り舌打ちをする夕野に対し、村山は先手を打とうと突き進む。その瞬間、夕野のコートの裏を切り裂いてガラスの刃が飛び出す。刃はまっすぐ村山へと向かうが、久朗は盾を構えてその線上に進み出た。盾によって弾かれたものの、思わぬ方向に飛んだ刃は久朗の右肩をかすめていく。
 手数がゼロになったのを見計らい、小鉄は夕野に向かって斬りかかる。その直後に卸の銃弾が夕野を貫き、夕野の体は後ろへ倒れそうになった。しかし、義政は背後から夕野の体を支えた。何をするのかと思えば、義政は夕野の首筋に刀を押し当てて、
「あぁ、貴女の心は醜い。けれどもそれは、貴女の御首級の美しさを際立てる」
 夕野の首に執着し勝手なことをする義政を、木佐川は放ってはおかなかった。
「ご安心を、貴女は美しくあり続ける。私の手の中で永久に――」
 それまで主導権は義政にあったが木佐川にとって代わり、密接していた夕野の体を放り出す。
 木佐川の容姿に転じ、表の意識となった木佐川は言った。
「好き勝手してんじゃねえぞ、義政……」
「いえ、これくらいの脅しは必要かと。残念なのも本音ですが」
 夕野の注意は結果的に義政に傾いていた。久朗はわずかに刃に付着した血を見逃さず、夕野の方へと吸い寄せられるように宙を移動するそれを目で追った。夕野の姿と刃が重なる瞬間を狙い、久朗は髪染めの染料の詰まった袋を投げ飛ばした。刃に命中したらしい袋は夕野の目の前で勢い良く破裂し、他の何にも例え難い毒々しい色合いの染料が飛び散る。刃と一緒にまともに染料を浴びた夕野は悲鳴をあげるが、
「そのけばけばしい色、お似合いだな」
 久朗の目論見に気づいて目を見開く。
 浮遊する刃は染料を滴らせ、皆の目をくらますことは困難となった。
 夕野はうろたえた様子を取り繕い、あくまでも強気な態度を貫く。
「だから何? こんな小細工でいい気にならないでっ」

●それは今も同じ
 飛び道具にハンデがあるならばと、夕野は接近戦を仕掛けにいく。村山との剣戟から実戦経験の浅さを感じた夕野は、侮りがちな相手を標的にした。「助けられてばかりじゃ強くなれない」と意気込んでいた村山は、最大限の力で夕野と相対し、
「俺の力を、試させてもらおう!」
 村山によるライヴスをまとわせた一太刀で、夕野の体は地面へと投げ出された。かろうじて受け身を取った夕野はすぐに立ち上がろうとするが、膝をついたまま肩を上下させている。
「この場を凌いでもお前が続ければ、男共以下の扱いで討伐されるぞ。それでいいのか?」
 そう問いかけるラルフは夕野の反応を窺いながら続ける。
「言っておくが、返り討ちにし続ければいいと思わない方がいい。そこまでしてお前の人生を無駄にする価値があるのか?」
「今更説教なんて聞きたくないんだよ!」
 耳を塞いだ夕野は、染料付きのナイフをめちゃくちゃな方向に飛ばして暴れさせる。乱れ飛ぶナイフは夕野の不安定な精神状態を現しているようで、ラルフは衰えない攻撃の勢いを止めようと動く。ラルフの右腕は、紐解かれた状態となって宙に分散する経巻に螺旋状に覆われていく。経巻が放つ白い光は次第に輝きを増し、右腕に集中した光は白い波動となって夕野へと放たれた。
 夕野の姿は眩い光の中にかき消えたが、瞬時に光の奔流の外へと飛び出し、目についた相手に一心不乱に向かっていく。標的とされた久朗は、ライヴスの光を放って夕野の契約者を暴こうとする。夕野は思わず立ち止まって光に目を細めるが、それ以外に影響は見られない。再度久朗へと刃の切っ先を向け、夕野は久朗との攻防を制しようと躍起になる。
「殺せば満足なのか? 死んでいなくなったらそれで気がすむのか? お前はずっとそうしていくのか?」
 問いかける久朗の言葉を受けて、夕野のペースは徐々に乱れていく。結局体力の限界が近い夕野の方が音をあげ、先に退いた。それでも攻勢を緩めることをよしとはしない夕野は、踏み出そうとした瞬間に右足を撃ち抜かれる。
「……あなたは傷つけられる側にいることが怖くて、辛くて、耐えられなかっただけなのでしょう?」
 卸は夕野の戦意を削ごうと言葉を投げかけた。
「けど、それは今も同じ……違いますか?」
 辛そうに顔を歪める相手を痛めつけるのはいい気分ではないが、これ以上の過ちを犯させる訳にはいかない。
 しばらく卸を見つめていた夕野は、両手を上げるような仕草を見せた。空を仰いで涙を流す夕野表情は儚げに見え、投降する意志があるようにも感じられた。しかし、夕野は浮遊する刃を自身の胸に受けようとしていた。音もなく上昇した刃の切っ先が指す人物を見て、
「小鉄!」
 久朗はとっさに最短距離にいた小鉄に夕野の保護を求めた。
 ほぼ同時に飛び出した小鉄は、 夕野を地面に押し倒すようにしてナイフの狙いを狂わせようとした。ナイフは狙い通りに目標を外れ、仰向けに倒れた夕野の顔の真横の地面に突き刺さった。「ごめんなさい」とか細い声でつぶやいた夕野の声は、小鉄と稲穂以外には聞こえなかったようだ。
「もっと別のやり方が、答えが、きっとあったはずよ」
 気を失いまぶたを閉じた夕野を見て、稲穂はつぶやいた。
「これでひとまず決着、ですかね……」
 共鳴状態を解かれて煙管をくゆらす庵治は、村山の一言に言葉を返す。
「そんなこたぁねぇさ。決着がつくなぁお話だけよ。この姐さんにゃ、これから長ぇ人生が待ってんのさぁ」

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 忍ばないNINJA
    小鉄aa0213
    機械|24才|男性|回避
  • サポートお姉さん
    稲穂aa0213hero001
    英雄|14才|女性|ドレ
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • 苦労人
    レオンハルトaa0405hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • 密やかな意味を
    波月 ラルフaa4220
    人間|26才|男性|生命
  • エージェント
    七文 アキラaa4220hero002
    英雄|13才|男性|ソフィ
  • エージェント
    木佐川 結aa4452
    人間|16才|女性|回避
  • エージェント
    水蓮寺 義政aa4452hero001
    英雄|23才|男性|シャド
  • エージェント
    村山 翔太aa4531
    人間|18才|男性|攻撃
  • 天儀の英雄
    庵治 秀影aa4531hero001
    英雄|53才|男性|ブレ
前に戻る
ページトップへ戻る