本部

海亀と兄弟と

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/11/22 09:11

掲示板

オープニング

●平穏の終焉
 空をゆっくりと白い雲が流れてゆく。
 海も穏やかで大きな波も無い舟の上はゆりかごの様に平和だった。
「ダメだな、今日は」
 引き上げた網に何も掛かっていない事を確認してため息交じりに兄のサリオ呟く。
「何なんだろうな、今日は」
 兄弟でこうして漁に出るより前、父親も一緒だった頃から漁に出て一匹も網に魚がかからない事など今までには無かった。
「あきらめて帰ろうぜ」
 弟のアレの言葉にサリオは「そうだな」と力なく応えて海を見渡す。
「何だ、あれ?」
 何も変わったところ等無いように見えた海の上に何かが浮かび上がって来る。
「亀じゃないのか?」
 確かに亀の甲羅の様に見えるが、浮かび上がってきたそれは亀よりもはるかに大きい。
「逃げるぞ!」
 サリオが声を上げてオールを手に取る。
 その言葉にアレも異存はなく大慌てで舟をこぎ出す。
 背後に迫る気配に振り返った二人の目の前に巨大な甲羅が迫っていた。
 そのままの勢いで衝突した亀により船をバラバラにされて二人は海に投げ出される。
 バラバラになった船の破片にしがみついて亀の姿を探す。
「何だ、あの亀!」
 亀は大きく旋回して再び二人の方に向かってきている。
「泳げ! 島に戻るんだ!」
 サリオが叫ぶ。
 泳ぎ出したサリオに亀が追いすがる。
 必死に泳ぐサリオの体が突然沈んだ。
 五メートルは有ろうかという巨大な亀がサリオの足を銜えて水中に引きずり込んでいく。
 足から流れ出した血が海中を赤く染める。
 亀が大きく口を開いた。
 口から足が離れて浮かび上がろうともがくサリオの胴に亀が大きな口を開けて噛みついた。
 噛みつく寸前、大きく開いた口にはまるで鮫のような鋭い牙が並んでいるのが見えた。
 サリオの口から悲鳴が泡になって海中に広がる。
 流れ出す血は見る間に視界を赤く染め上げていく。
 サリオが助けを求めるように手を伸ばすのが見えた。
 その向こう側に亀の黒い目が見える。
 真っ直ぐにアレを見つめる目はまるで次はお前だと言っているようだった。
 恐怖が体を支配する。
 必死に泳ぎ、気が付くと浜にたどり着いていた。
 海を振り返るが亀の姿はどこにも見えない。
 そして、兄の姿もどこにも見当たらなかった。

●遺された者
 船から小舟を降ろして島へと渡る。
 浜には島民たちが集まり、先に舟で持ち込んだ食料をH.O.P.E.スタッフ達から受け取っている。
 この辺りの島周辺に現れた海亀型従魔のせいで漁に出られなくなり村では食べる物が尽きかけていたという。
 浜辺に降り立ったエージェント達は食料を受け取る村人たちに加わらず浜辺に一人で立ち尽くして海を見つめる青年に目を向ける。
 彼はH.O.P.E.に事件を伝え、エージェント達をこの島に案内した人物だった。
 移動中も彼はずっと沈んだ表情で海を見つめほとんど言葉を発することは無かった。
「アレは魔物に兄をとられたのです」
 かけられた声に視線を向けると老人が立っていた。
「父親を海にとられて以来ずっと一緒に漁に出ていた兄のサリオを見捨てて自分だけ逃げてしまったと罪の意識を感じているのです」
 だからこそ海亀型従魔の潜む危険な海を泳いで通信機のある大きな島まで助けを求めに向かったのだという。
 もしかしたらその途中でアレは自分も死んでしまう事を望んでいたのかもしれない。
 だが、海亀型従魔が姿を現すことは無かった。
「アレのおかげでこの島はサリオの他に犠牲者は出ておりません」
 他の島では多くの働き盛りの若者が舟で漁に出て海亀型従魔の犠牲になったのだという。
「魔物はわたしらの使う大きさの舟だけしか狙わぬようなんです」
 浜辺には木で作ったカヌーが一艘引き上げられている。
 それよりも大きな、エージェント達が乗ってきたようなエンジン付きのクルーザー等には近寄ることもなく姿を見せることは無い。
 この海域には時折そういった釣り船が来ることもあり、もしもそういった船が襲われていたならばH.O.P.E.はもっと早くに気付いていただろう。
「舟はその舟を使ってください」
 島に残された唯一の舟だという。
 壊されれば漁に出る手段は無くなるのだろうが、他の島と違いこの島には若い人手が残っている。
「我々も出来る限りの事は手伝わせていただきます。どうかサリオの仇を討ってやってください」

解説

●目標
・海亀型従魔の撃破

●海亀型従魔
・全長五メートルの大海亀。
・攻撃手段
 1・体当たり:水中で真っ直ぐに突っ込んできます。
 2・噛みつき:鋭い牙の生えた口で噛みつきます。口の大きさは人の胴よりも大きく、鋭い牙も有ります。
・甲羅部分は硬く、表面の丸みが攻撃を自然に受け流します。

●舟
・二人から三人のれるアウトリガーカヌー。
・島に生える木で作った木造の舟です。
・乗って来た高速艇から浜に上がるための小型のモーターボートも有りますが、こちらの舟には反応しない事は確認済みです。
・高速艇は全員降ろした後は海亀型従魔の出る海域の外で任務終了まで待機しています。

●海
・水深二十メートルほどのきれいな海で、見通しは良いです。
・一度亀を見つけてしまえばそう簡単には見失うことはありません。

●装備
・酸素ボンベとウェットスーツは移動に使った船に積んであるので使うことが出来ます。
・水中、水上での戦闘を想定した装備は自分達で準備する必要が有ります。
・島は漁で生活しています。島にある道具ならば貸してもらうことが出来ます。

●兄弟
・兄のサリオと弟のアレの二人兄弟。
・父は海での漁の時に事故にあい死亡。
・母と妹との四人家族でした。

※今回は他の島に海亀型従魔が出現する事はないものとしてください。

リプレイ

●それぞれの想い
「テジュ……凄く悲しいね」
 小舟から浜に降りてルー・マクシー(aa3681hero001)は島を覆う重たい空気に表情を曇らせる。
「そうだな……活気がない……空気が重い、何か手伝えるのだろうか」
 ルーの隣でテジュ・シングレット(aa3681)もそう言って島の様子を見渡す。
「僕さ、全部終わったらやりたい事あるんだ」
 H.O.P.E.スタッフから食料を受け取る島民たちの顔に浮かぶ不安を見ながらルーはテジュに声をかける。
「応援しよう。存分に動くといい」
 静かにそう応えたテジュを見上げて
「ありがと、じゃあ頑張らないと!」
 ルーは出来るだけ明るい笑顔と声で応える。

 二人の後に続いて浜に降りた五十嵐 七海(aa3694)は島の子供達に目を向けていた。
「お婆ちゃんがね」
 話しはじめた五十嵐にジェフ 立川(aa3694hero001)が視線を向ける。
「私の顔を見ると元気が出るよ、何時も笑顔で居てね。って言うの」
 島の危機など関係なく普段目にしない食べ物にはしゃぐ子供達は笑顔を見せている。
「私に何かあったら耐えられないよ。って……」
 その子供達を見る時だけ大人達の表情が少しだけ和らぐ。
「島の人達が今どんなに辛いか……大元を絶たなきゃ……ジェフ力を貸してね」
 隣に立つジェフを見上げた五十嵐の瞳に満ちる決意にジェフは優しく微笑んで頷く。
「生きる気力を取り戻して貰いたいな。直接倒すのは俺達でも、その状況を作り導いたのは自分だと、自分達で倒したと感じて貰いたい」
 五十嵐にそう声をかけてジェフは一人離れて海を見つめるアレへと目を向ける。
「特にアレは気になる。行動力のある子だから何時か立ち直るだろうが、無茶をしそうだ」

「遠路はるばる来た訳だし、亀を処理したらバカンスと洒落込もうか」
 島に降り立ち佐藤 鷹輔(aa4173)はそう口にする。
 実際、南半球のこの島は今は夏で穏やかな空と白い砂浜、陽光を反射して輝くような海だけみれば優雅なバカンスには最適の場所だろう。
「差し当たっては……島民に希望を取り戻してもらう必要ありか」
 だが、島を覆う重たい空気がそういった雰囲気を全て押し潰している。
 浜を見渡していた佐藤の視線が五十嵐の上で止まる。
 五十嵐の視線の先には食べ物にはしゃぐ子供達の笑顔とそれを見つめる大人達の不安げな顔がある。
「七海は底抜けのお人好しだ。それに付き合ってるルーも大概なんだと思う」
 その言葉に佐藤の側に立つ異形の英雄、語り屋(aa4173hero001)は何も応えない。
「あれは台風だ。悲しんでる人間を放ってはおけない暴虐だ」
 だが、気にすることなく佐藤は言葉を続ける。
「島民諸君、観念しろよ。すぐに時化たツラはできなくなる」

「その通りだ」
 と佐藤の言葉に静かに力強く応えて飛岡 豪(aa4056)も浜に降り立つ。
「家族の平穏を奪った海亀従魔……許さねえ!」
 一緒に降りたガイ・フィールグッド(aa4056hero001)の視線はじっと海を見つめるアレの方を向いている。
「サリオの無念……必ず俺達が晴らそう」
 同じようにアレに視線を向けて飛岡も力強く頷いてガイに応える。

「亀はどこだ!」
 最後に船から降りた猿のような愛嬌のある小男、何 不謂(aa4312hero001)が声を上げる。
「えらい張り切り具合やな」
 誰も乗っていないモーターボートを浜に引き上げながら狒頭 岩磨(aa4312)が何に声をかける。
「猿と亀は因縁浅はかならぬ間柄なのだ」
 そう言い切った何に
「さよか」
 どこか諦め混じりに狒頭は応えて水中に見える小さな二つの人影に目を向ける。

「だれもいないねー」
 海底まで見通せる澄んだ海の中を見渡してピピ・浦島・インベイド(aa3862)が不思議そうに声を上げる。
「本当だね、ピピちゃん」
 同じように泳ぎながら音姫(aa3862hero001)もその異様さに気が付いていた。
 どこにも魚の姿が見えないのだ。
「かくれんぼかな?」
 そう言って海中を見回すピピ越しに音姫は浜に立つアレの姿を見つける。
 音姫の視線にピピもアレの姿に気が付くとそっちへ向かって泳ぎ始める。
 沖を見つめていたアレの視界には二人の姿は見えていなかった。
「ピピだよー!」
 突然海から飛び出してきたピピにアレが驚いたように目を丸くする。
「ピピちゃん……」
 海面から顔を出した音姫が苦笑する。
「えっとねー、アレさんのたかきうち? ピピには分かんないけどー、大切な事ならしたほうがいいもんね!」
 海から上がったピピはアレに駆け寄ってその手を取る。
「ピピもお手伝いするんだよー」
 そう言って満面の笑顔を見せるピピにアレも思わず苦笑して張り付いたような悲壮な表情を崩していた。

●敵討ち
「大事な舟、借りるよ」
 島で唯一残されたカヌーを海へと押し出してくれた島民の男達にテジュはそう声をかけるとルーと共鳴してカヌーに乗り込む。
「大切に使わせてもらいます」
 ジェフと共鳴して大人の女性へと変化した五十嵐もそう島民に声をかけてテジュの後ろに乗り込んだ。
『さぁ! 早く行くぞ岩磨!』
 はやる気持ちが抑えきれない何の声を聞きながら
「借りてくぜ」
 そう言ってオールを受け取って岩磨が最後に船に上がる。

「空に煌めく一つ星。希望の使者、スカーレット・テザー参上!」
 浜では飛岡とガイが共鳴して変身したスカーレット・テザーの名乗り口上が響く。
 その周りには島の子供達が集まりヒーローの姿に歓声を上げている。
「よろしく!」
 握り拳から薔薇を出してキザに決めたスカーレット・テザーに子供達が再び歓声を上げる。
 中にはさっそくマネして「よろしく!」とポーズを決めている男の子まで居る。
『この子供達の笑顔、守らねば!』
 その想いを胸に抱いてスカーレット・テザーは供達の輪の中に自然と溶け込んでいるピピにAGルアーを渡す。
「頼んだぞピピ」
 スカーレット・テザーからAGルアーを受け取ったピピに子供達が羨望の眼差しを向ける。
「りょうかいだよ、すかーれっと・てざー!」
 AGルアーを受け取ったピピは
「カメさんもピピが侵略してくるんだよ!」
 そう言って海へと駆けて行く。
「ピピちゃん、待って」
 慌ててその後を音姫が追い駆ける。
 その後ろを追い駆けて一緒に海へ入ろうとする子供達をスカーレット・テザーが慌てて引き留める。

 子供達の賑やかな浜の様子を佐藤は警戒の為に先に出したモーターボートの上から見ていた。
「ヒーローでレッドって最強だよな」
 何気なく呟いた佐藤の言葉に
『主はもう変身している』
 語り屋の意識が応え、佐藤の意識に一瞬だけ昔の自分が思い浮かぶ。
「そうだ、俺は変わったんだ。それを証明してやる」
 
「気をつけてくださいね、緊急時は強く糸を引いてください」
 予定地点に到着したカヌーでは凄竹のつりざおの針を持って海へ入る狒頭に五十嵐が声をかけていた。
「おぅ、まかしとき」
 五十嵐にそう応えると狒頭は水中用のマスクをつけて海へと潜っていく。
 海底に足をつけた狒頭の上をピピと音姫が楽しそうに泳ぎながら横切っていく。
「浦島の嬢ちゃんらはよう泳ぐのう」
 まるで魚の様にスイスイと泳いでいくピピと音姫の様子に狒頭が思わずつぶやく。
『鯱のワイルドブラッドらしいからな。海の中の方がよいのだろう』
 返ってきて来た何の意識に
「俺らは猿やけどな、鯱はともかく亀には負けへんで」
 狒頭は呟き返す。

「七海は海岸側をお願い」
 海底に立つ狒頭と海中を泳いで行くピピから目を離してテジュは五十嵐に声をかけてカヌーを離れる。
 カヌーに括り付けた釣り糸を引いてALB「セイレーン」で海面に立ちテジュは浜側からカヌー越しに沖へと目を向ける。
「静かだな……」
 海は異様な静けさに包まれていて波の音以外聞こえてこない。
 さっきまで海中に見えていたピピ達の影も海底の岩場にでも隠れたのか見当たらなくなっている。
 佐藤が海亀型従魔に警戒されないようにモーターボートを島影に隠すとさらに海上の静けさが増す。
『オラオラ、どこじゃいクソガメ! 出てこんかい!』
 通信機から聞こえる海底で叫ぶ狒頭の声がその静けさを破るように響くが、海亀型従魔は姿を現さない。
 全員が長丁場を覚悟し始めた時、通信機からピピの声が響いた。
『ピピがみつけたよ!』
 海亀型従魔の発見報告にスカーレット・テザーが竿を握り直す。
 その糸の先にピピがいる。
 海底に隠れたピピの上を巨大な亀の影が横切る。
『でよったなドンガメ!』
 海中を真っ直ぐカヌーへと向かう海亀型従魔の姿を見つけて狒頭が嬉しそうに叫ぶ。
「きたかっ!」
 海上のテジュとカヌーの上の五十嵐も海亀型従魔の姿に気付き竿を持つ手に力を籠めてすぐにでも動き出したい気持ちをぐっと抑え込む。
 海亀型従魔を逃がさないために針にかけるまでは動くわけにはいかない。
 それまでは海中の狒頭とビビを信じてじっと待つしかない。
 海中で襲われるなど思っていないのか海亀型従魔は警戒せずに悠々とカヌーに近づいて来る。
 その背後から音姫と共鳴したピピが静かに迫る。
 海亀型従魔に気付かれないまま甲羅の上まで移動したピピが襲い掛かる。
 ピピの奇襲に驚いて海亀型従魔が衝撃を受けたように慌てて泳ぐ速度を上げる。
 急に動いた海亀型従魔にピピのAGルアーが甲羅の縁に掛からず表面に弾かれる。
「あぁ!」
 思わず上げたピピの声が泡になって吐き出される。
『まかしとき!』
 そう声をかけて狒頭がジョーズのきぐるみの効果を発動させて下から海亀型従魔にぶつかるように組み付く。
 ピピの奇襲によって狼狽していた海亀型従魔は狒頭の組み付きに咄嗟に対応できなかった。
「岩猿様の生き肝は旨いでぇ!」
 組み付いた狒頭が戦鎖「黒龍」を海亀型従魔の胴へと巻き付ける。
「っぐぅ、流石にこたえるな。せやけど簡単には負けへんでぇ……猿亀合戦じゃあ!」
 狒頭を振りほどこうと海亀型従魔が海中を暴れる。
 ジョーズのきぐるみの効果時間は長くはない、振り払われれば狒頭の泳ぎではもう一度組み付くのは難しい。
 両の手に力を込めて振り払われないように狒頭は戦鎖をしっかりと巻き付ける。
 海中で暴れる海亀型従魔に戦鎖で組み付いた狒頭の姿を確認して五十嵐がカヌーから飛び降りてALB「セイレーン」で海面に立つ。
 五十嵐が降りると同時にテジュが戦闘に巻き込まれてカヌーが壊れるのを避けるためにカヌーに括り付けえた糸を引いて浜に向かい海面を走りだした。
「カカカ! すまんのう! 大事な生き肝は木の上に干して来てもうたんや! ちょっと一緒に取りに戻ろかぁ!」
 組み付く狒頭ごと五十嵐の釣り糸が海亀型従魔を浜に向かって引きよせるが、海亀型従魔はそれに逆らうように沖へ向けて海中をはしる。
「逃げようったって逃がすわけないよー、ピピが侵略しきらないといけないんだもん」
 全力で沖へ向けて逃げ出した海亀型従魔に一度海面に顔を出したピピが叫ぶとジョーズのきぐるみの効果を発動させ海面から海亀型従魔めがけて真っ直ぐに突進する。
 背面上方から甲羅に飛び乗るように襲いかかったピピの針がしっかりと海亀型従魔の甲羅に掛かる。
「サメ釣りならぬ、カメ釣りとしゃれ込みますか」
 竿に掛かる手応えにスカーレット・テザーが声を上げる。
 その声に浜に集まっていた島民たちから歓声が上がった。
 五メートルもある巨大な獲物に竿がしなり、強力な引きにスカーレット・テザーの踏ん張る足が砂浜にめり込む。
 だが、島民の声援を背に巧みな竿さばきでスカーレット・テザーは糸を巻き上げる。
 さらに沖では佐藤がALB「セイレーン」で海面から海亀型従魔に近づいている。
「しばらく寝てろ」
 佐藤のリーサルダークが海亀型従魔に襲い掛かる。
 動き回る海亀型従魔の動きを予測してその進路上に放たれたライヴスの闇が海亀型従魔を襲いその意識を奪う。
 海亀型従魔が意識を失い引きが弱まった隙にスカーレット・テザーと浜に戻った五十嵐が一気に糸を巻き上げる。
 その間にテジュはカヌーを引き上げて熱を込めてスカーレット・テザーと五十嵐を応援する島民たちを砂浜の外まで下がらせる。
 暴れる力を奪われ、浜に引き寄せられていく海亀型従魔の甲羅に跨っているピピは
「毒でじわじわは狩りの基本だよねー」
 そう考えると跨った甲羅に毒刃を撃ち込む。
 だが思いの外甲羅は硬く、毒刃は充分な効果を発揮せずに弾かれる。
 驚いた表情をするピピに腹側に組み付いている狒頭が手振りで甲羅の隙間を指さしてからブラッドオペレートで海亀型従魔の体を切り裂く。
「お? なんやえぇ手応えやな」
 思いの外良かった手応えに狒頭が思わず声を上げる。
『ピピちゃん、頭』
 狒頭と音姫のアドバイスに「そっか!」と応えてピピは海亀型従魔の頭を狙って再び毒刃を発動する。
 今度は弾かれる事なく効果が発揮された。
 頭と体を切り裂かれる痛みに海亀型従魔が目を覚ますが既に遅い。
 水深は浅くなり浜まであと少しの場所まで引き寄せられていた。
 それでも力を振り絞り逃げようと水を掻くがその動きも絡みついた狒頭の戦鎖と甲羅に引っ付いたピピによって阻まれる。
「ハッハッハ。こう見えて釣りは得意でね。知らなかったかい?」
 スカーレット・テザーの竿がとうとう海亀型従魔を浜へと引きずり出す。
 海に戻ることを諦めた海亀型従魔が戦鎖を手放して離れる狒頭へと噛みつくべく首を伸ばす。
 狒頭に向けて伸ばされる頭を島民を砂浜の境まで下がらせていたテジュの15式自動歩槍の弾丸が弾く。
 さらにまだ海亀型従魔の背中に乗ったままのピピが「めー!」と凄竹のつりざおでその頭を叩く。
 二度の頭部への打撃に海亀型従魔がよろめくように頭を落とす。
「ピピ、離れろ」
 釣竿から虹蛇に持ち替えたスカーレット・テザーの声にピピが海亀型従魔の背から飛び降りる。
「もう一度釣られてみるかい?」
 一気呵成のスキルで一撃の重さが増した虹蛇が海亀型従魔を叩く。
 重い衝撃に海亀型従魔の片側が砂浜に沈み、跳ねるようにもう一方が浮き上がる。
「粘っても、良い事はないぜ」
 佐藤が極獄宝典『アルスマギカ・リ・チューン』から放った派手な光と音を纏う魔法が浮き上がった海亀型従魔の腹側を叩き、さらに浮かび上がらせる。
 だが、海亀型従魔もひっくり返されまいとまだ必死に踏ん張っている。
「これで終わりです!」
 五十嵐のLSR-M110の狙撃に弾かれて五メートルの巨体がほぼ直立に立ち上がる。
「どーん!」
 最後の一押しはピピだった。
 五十嵐を真似て狙撃ポーズで撃ったロケットルアーロッドのルアーが亀の最期のバランスを崩す。
 巨大な海亀型従魔の体がゆっくりと仰向けに砂浜に倒れ重い地響きを響かせた。
「不得手なフィールドで戦うとは思わなかっただろう。若者たちの無念、晴らさせて貰おう!」
 ひっくり返った海亀型従魔にスカーレット・テザーの虹蛇が疾風怒濤の追い打ちをかけた。

●後悔の鎖
「アレさん」
 睨むようにひっくり返った海亀型従魔を見つめていたアレに五十嵐が声をかける。
「もし、アレさんが望むならば」
 差し出された魔砲銃と五十嵐の顔をアレは迷うように何度も見比べる。
「取り込み中だ。大人しくしてろ」
 全員が固唾を飲んでアレを見守る中で未だ逃げ出そうと暴れる海亀型従魔に佐藤が幻影蝶を使い暴れる気力を奪う。
 アレが魔砲銃を手に取り海亀型従魔へと向ける。
 震えるその手に五十嵐がそっと手を添える。
「照準は私が合わせます。トリガーを引いてください」
 アレがトリガーに指をかける。
 放たれたその一発が海亀型従魔の姿を砕く。
 一瞬の静寂の後、歓喜の声が響く。
 脅威が消えた事に湧き立つ島民たちの中でアレは未だ銃を握ったまま消えていく海亀型従魔の姿を見つめている。
「自分を許してあげて欲しいよ、お兄さんはアレさんが無事である事を願ったと思うんだ」
 固く握りしめたアレの手をそっと魔砲銃から離しながら七海は優しくアレに語り掛けた。

●後悔の先
 砕けた海亀型従魔の体が消えて残されたのは一メートルほどの大きさの海亀の遺骸だった。
 それがこの従魔が憑依した最初の犠牲者だろう。
「甲羅、使わせて貰うね。どうか、島の人達の心と生活の糧になって……」
 その犠牲者にも手を合わせてルーは遺された甲羅に手を触れる。

 その夜は宴が開かれた。
 脅威が去ったことを喜ぶ宴と亡くなった者を送る宴。
 その宴の輪から外れて一人で海辺に座り込むアレに佐藤が歩み寄る。
 砂を踏む音に海から視線を離したアレに佐藤が器を差し出した。
「食えよ。持って戻っても俺が怒られるんだから」
 差し出された器を受け取ったアレの隣に佐藤も黙って腰を降ろす。
「……騒がしいのは苦手なんだよ」
 アレの視線に誤魔化すようにそう言って佐藤は自分の分の料理を口に運ぶ。
 それ以上何も言葉にしないまま佐藤は黙っていた。
 その隣でアレも渡された料理を口に運ぶ。
 二人並んで黙って食事を終えると佐藤が腰を上げる。
「俺はアレをすげえと思う」
 去り際にそう言葉を残して佐藤はその場を立ち去る。
 入れ替わりに飛岡がアレの元にやって来る。
「隣、いいか?」
 その言葉にアレは
「おせっかいばかりだな」
 そう返す。
「まぁ、な」
 そう苦笑して飛岡はアレの隣に腰を降ろす。
「俺もかつて、目の前で多くの仲間と、救うべき人達の命を奪われた」
 静かに打ち寄せる波音の合間に飛岡が独り言のように語りだす。
「俺は彼らの分も生きて、この手の届く限り、人々を救いたい」
 静かだが力強く飛岡はそう言って月を掴むように手を伸ばす。
「アレ、君もサリオの分まで生きるんだ。お母さんと妹さんのためにも、な」
「わかってるさ」
 飛岡の言葉にアレはそう言って浜へと目を向ける。
 小さな妹はピピや他の子供達と一緒にお祭り騒ぎに大はしゃぎしているが、母は少し離れた場所で静かにその姿を見つめている。
「俺が守らなきゃいけないんだ」
 そう言ったアレの頭を飛岡はポンポンと軽くたたいて立ち上がる。
「気負いすぎるなよ、助けてくれる誰かがいることも忘れるな」
 そう言うと飛岡はアレの側を離れて子供達に囲まれてポーズを取っているガイの方へと歩いて行く。

●平和の象徴
「ふぃー、仕事の後の1本は美味いのう」
 島と島との間の海の上にモーターボートを止めて狒頭がカップ酒のふたを開ける。
 従魔討伐から一週間、テジュの「ルーがしたいことがある」との一言に結局全員が島に残っていた。
「終わっていない。まだ巡回は残っておるぞ」
 カップ酒をあおる狒頭に説教をするように何が声をかける。
「キーキーやかましいのう、人生の合間には休息が必要や」
 事件の後各島を周り従魔討伐を伝え、その後は島民に安心感を与えるために狒頭と何はこうして島を巡回していた。
「休息の合間に人生やっとるクズが何を言うか。ほれ、さっさと働け」
 何の言葉に
「アタリ強いな?!」
 そう言いながらも狒頭はカップ酒片手にモーターボートを操作する。
 海亀型従魔が討伐されてからは海には魚も戻り穏やかな空気が広がっている。
「岩磨、さぼりはだめなんだよー」
 声に目を向けると島の子供達と一緒に海面からピピが顔を出している。
「サボりの岩磨にはおしおきだよー!」
 ピピはそう言うと口に海水を含んでぴゅーと狒頭に向けて吹きだす。
「おしおきだよ!」
 同じようにピピを真似て他の子供達も海水を狒頭に向けて吹きだし、狒頭は慌ててカップ酒を守る。
「こぉら、ガキども、何すんねん!」
 怒って見せる狒頭に子供達がワーキャー言いながら泳いで離れていく。
「子供が笑っていられるのは一番だな」
 何の言葉にごつい顔に笑顔を浮かべて狒頭も「そうやな」と頷いて見せる。

 浜ではジェフや飛岡達が島民と一緒に作っていたカヌーが完成していた。
 飛岡とガイが島民と一緒にカヌーを浜から海へ押し出す。
「濡れるぞ」
 海に浮かぶカヌーを追い駆けて海へ入っていくルーにテジュが声をかける。
「水着……必須だね!」
 応えたルーも一緒にいる五十嵐もちゃっかり持ち込んだ水着姿である。
「七海! 気を付けてね!」
 先に海に入った五十嵐にルーはそう声をかけてその水着姿を写真に収める。
「ルーもおいでよ」
 手を振る五十嵐の水着は幾重にも重ねたクラゲの透明感を持った布が海の中でドレスのように広がり優雅な雰囲気を醸し出している。
 そして揺れる布の隙間に見えそうで見えない素肌が男達の想像を刺激する。
「眼福だな」
 そんな五十嵐の姿を手カメラのフレームに収めてそう呟いた佐藤の横でルーはもう一枚、五十嵐の姿を写真に収めると
「後で焼き増しして送るね」
 そう佐藤に耳打ちする。
「でかした、ルー隊員」
 嬉しそうにサムズアップで答える佐藤の姿に
「これも平和……だよ……な?」
 テジュが横に並ぶジェフにたずねる。
「……恐らく」
 ジェフは笑いをこらえながらテジュに返し、一人取り残された感じの五十嵐本人は
「……?」
 笑顔で首を傾げている。

●忘れえぬ思い出
 穏やかな浜の風景からルーは一人離れてアレへと近付く。
 海が見える高台、何かの思い出の場所なのかアレは最近ここに居ることが多い。
 この一週間で気持ちの整理がついてきたのかアレの表情は少しだけ柔らかくなったがそれでも時折苦しそうに海を見つめていることがある。
「たぶん彼らは愛しい家族を恨まないよ」
 ルーの声にアレが振り返る。
 アレの前には小さな石積みが見える。
「きっとただ帰りたいんだって思う」
 ルーはそう声をかけてアレに亀の甲羅を加工して作ったペンダントを一つ差し出す。
 それはルーが「やりたいこと」だった。
 この一週間ルーは犠牲者の数だけそのペンダントを作った。
 ペンダントに刻まれた文字は喜びを示すルーン文字『ウィン』
「君の勇気が次の犠牲を防いだ。そして、こんな形だけど皆帰ってこれた」
 ルーが差し出したペンダントをアレが受け取る。
「ありがとうって、言ってると思うよ」
 小さな石積みに目を向けてルーはアレにそう伝える。
 アレは渡されたペンダントをそっと握りしめた。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 絆を胸に
    テジュ・シングレットaa3681
    獣人|27才|男性|回避
  • 絆を胸に
    ルー・マクシーaa3681hero001
    英雄|17才|女性|シャド
  • 絆を胸に
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    英雄|20才|男性|ソフィ
  • The Caver
    狒頭 岩磨aa4312
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  • 猛獣ハンター
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