本部

 【仮装騒】ハロウィン連動シナリオ

【仮装騒】崩れたブロック

玲瓏

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/11/11 19:45

掲示板

オープニング


 秋晴れの十月中旬、ここは大英図書館。そしてH.O.P.E.ロンドン支部でもある。
 長い廊下にコツコツと響く靴音。
 一人の職員が扉の前で立ち止まって大きく息を吸う。静かに吐いて気持ちを落ち着かせたところでノッカーを叩く。女性の返事が聞こえてきたので入室すると、そこは小部屋だ。テーブルの向こうで微笑む応対の秘書へと用件を伝える。
「お待ちくださいませ」
 秘書が内線で連絡した。
 職員はいつものように報告書を秘書に預ければすむと考えていた。しかし支部長が直接会うとの返答に何度も瞬きを繰り返す。
 秘書に導かれて館長室へ。奥の非常に広い机にはたくさんの書類や本が積まれていた。その向こう側で席についている支部長キュリス・F・アルトリルゼイン(az0056)に報告書を手渡す。
 一分にも満たないはずの、しかし長い時が経過する。
「プリセンサー能力者三名によれば緊急性はないようですね。それにしても十月末から十一月初旬にかけて、多数の従魔、もしくはH.O.P.E.に仇なす者が出没ですか」
「はい。警戒すべきはイギリス全土になります。他の地域に関しても注意が必要とのことです。ご存じの通り、その時期はヨーロッパ各地でハロウィンとガイ・フォークス・ナイトが催されます。仮装した人々の間に紛れられると大変ではないかと――」
 キュリスが片眼にかけたモノクルに触りながら、職員の前でもう一度報告書に目を通した。
「……リンカーのみなさんにはあらかじめ各地に潜入してもらいましょう。それと、せっかくのお祭りです。従魔などの敵さえ倒せたのなら、仕事一辺倒ではなく楽しんでもらって大いに結構。そのように計らってください」
 キュリスが話した内容を職員はメモに認める。仕事場に戻ると依頼文章を作成。リンカー達の目に触れるよう配信するのだった。


 ハロウィンの醍醐味というのは様々に枝分かれる。枝の行き着く先には甘いお菓子であったり、パーティという雰囲気を楽しむものだったり。気になる子を驚かせてみるのも一手だろう。
 仮装、という最も堪能の余地がある醍醐味は、このイベントの中心的な柱の役割を担っているだろう。ゾンビ、ドラキュラ等の変装はありきたりだと考える個性的な人間は、彼らの頭の引き出しを掻き出して、それだけでは足らずに図書館やネットで調べて見たこともないような怪物に仮装しているものだ。誰が一番個性的か――それを競うイベントではないが、そういう楽しみを見出す人々もいた。本来ハロウィンとは、本物の怪物たちから身を隠すための祭りだったのだ。時代は中々、珍妙な変わり具合を見せたと言えよう。
 楽しいパーティだ。本物の怪物が紛れているかは関係ない。
 ほとんどの町が笑顔で溢れていた。
 H.O.P.E職員が危惧した通り、イギリスのとある町では事件が起きていた。その事件解決の道に一歩足を踏み入れたのは坂山という名前のオペレーターだった。すでに現地に駆けつけていたエージェント達にこう説明した。
「事件よ。とてもイヤな」
 坂山の声音には翳りがあった。緊張でも悲哀でもない。その声のトーンを保ったまま坂山は事件の現場と被害状況をいつも通り、定型文をそのまま読み上げたように伝えた。
「――被害は今のところ小さいけれど、念のため急いで向かってちょうだい」
 その後に坂山は、なぜ自分がここまで暗い調子なのかを説明しなければならなかった。
「事件があってすぐ、分かったのよ。今事件を起こした張本人は従魔でも、愚神でもヴィランでもないの。人間でもないわ、そして怪物でもない。強いて彼らの事を説明するならば正義って言葉を送ってあげるわ。彼らは今年三月にその町に住み着いた、人間の言語を知らない子供達なの。年齢は十七歳だって、テレビで言ってたわ」
 ワイドショーに軽く触れられていたのを坂山は偶然見ていた。ワイドショーではこう言われていた。「彼らこそ、本物の正義の味方なんだ。我々は彼らを見習わなければならない」テレビはそう言っていた。
 正義の味方が事件を起こしたのだ。
「きっと勘違いしてるのよ。彼らはきっとハロウィンっていう文化を知らないの」
 正義の味方はこんな事件を起こした。道を歩いていた仮装をしていた人々を襲い、怪我をさせるという事件だ。町は今混乱状態に陥っていて、誰も外に出る者はいないのだという。だから被害も小さく収まっている。
「彼らにどんな未来が待ち受けているのか、そう考えただけでも憂鬱。だから急いで、彼らを止めてきてほしいの。正義に対抗するには、正義が一番なんだから」
 最悪の事態だけは避けてほしい。ハロウィンパーティというのは、本当は楽しむ物なのだから。坂山は仮装を体験してみたかった気分を胸にしまいこんで、エージェントからの報告を待ち望んだ。

解説

●目的
 二人の「正義の味方」を止める。

●正義の味方について
 彼らの正体は一人のリンカーと、一人の英雄であった。二人とも言語を話す事ができず、リンカーは以前喋る事ができたが英雄と共鳴した際に何らかが原因で言語を喋れなくなってしまった。
 二人はリンカーという力を使って町内の様々な事件を解決してきた。殺人事件の解決、従魔の討伐等……。そのために、町人の人々からは絶大な信頼感を集めていた。この事件が起きるまでは。
 また、この二人を管理する「マクレン」というお爺さんがいる。実質的に第二の保護者になっている。今回の事態に重い責任を受け止めている。

●二人について
 リンカーの女性の名前は「ミルシィ」であり、前述した通り彼女は言語を喋れない。彼女はハロウィンを知らなかった。彼女の生まれ育ちは田舎だったせいで、ハロウィンという文化が行き届いてなかった。
 言葉が喋れず手話もできない。コミュニケーションが取れないが、感情はすぐ表に出てくるので彼女が何を思っているのかはすぐに察する事ができる。体を使う表現もして、彼女なりに頑張って意思を伝えようとする。
 情に厚く頼りになる存在だが、その一方で心は打たれ弱い。

 英雄の名前は「加蓮(かれん)」という男性の英雄。彼もこの世界にきてから言語を喋る事ができない。
 ミルシィとは違って冷静だが、人を助けたいという気持ちはある。あまり社交的ではないがミルシィよりも力強く、彼もまた頼りにされる。

●状況
 仮装と従魔とを間違えてしまった二人は町を歩き回って、警備している。住民は怖がって誰も外に出てはこないが、まだ町にはそれを知らない市民はいる。早い内に辿りつき二人を対処する事が最善だ。

●事後
 町民は打って変わって二人を責め立てるだろう。そうなれば二人は、自信を失い歩みべきではない道に進むかもしれない。それを止められるのはエージェント達しかいないのだ。

リプレイ

 私は、自分の目と耳、それだけじゃなくて全部が信じられなかった。ぜーんぶ、自分自身すら。
 楽しみにしていた町ぐるみのハロウィンパーティはなんと、お日様も歓迎してくれていた。綺麗な青空を作ってくれて、私達のために用意してくれたって思った。
 私は魔女の仮装をしていた。
 ハロウィンパーティが始まるのは朝の十時からだけれど、私はその前から町に出ていた。九時三十分に町に出て、私は友達に会おうとした。家の玄関を出て煉瓦道を右に向かうと公園があって、そこで友達と待ち合わせしていた。実は、この公園にはもう一つ秘密がある。これは私と、あの二人だけの秘密。
 この町には正義の味方が住んでいる。たった二人だけ、だけど私と二人は友達だった。正義の味方はよくこの公園にきて遊んでいるのだ。私がなんで二人と友達になれたのかを説明すると長くなる故に端折るが、端的にいうと私は助けられた。この町には一度従魔が出て、あの怪物達は銃とかが効かない。そんな時、二人がきて助けてくれた。私は従魔に追いかけられて、襲われかけていた。
「ミルシィさん、加蓮さんいるー?」
 公園に入って、まだ友達がいないのが分かると二人の名前を呼んだ。二人は言語能力がないので、私はいつもお菓子を持って訪れている。今日も、二人の大好物のペロペロキャンディを持ってきていた。おかしな話だけれど、お菓子をもらうのは私達のはずなのに、プレゼントするのだ。
 二人は出てこなかった。
 ちょっと寒いのを除けば何分も待てた。ブランコに座る魔女というだけで、何となく哀愁感があるなと思ったからだ。でもあまりにも遅かった。友達も、二人も。待ち合わせ時間より三十分待って、私は友達の家に行こうと決めた。
 砂の地面から、煉瓦の道を再び歩きはじめる。そして、私が自分を信じられなくなったのは歩いて十分した頃。
「え?」
 正義の味方はここにいた。まず最初に、私が認識できた事柄がそれだった。同時に頭に入ってきたのは、私の友達がその、正義の味方に襲われている場面だった。
 大丈夫、友達は生きている。
「逃げて!」
 友達が私に向かって叫んだのだ。
 正義の味方の注目が私に向いたようだった。ああ、だから分かってしまった。二人がこちらを振り向いたからだ。あれはミルシィさんと加蓮さん、本物だ。
 そして二人は、私に襲いかかった。
 私は一筋の悲鳴に救われた。近い所から、少女が叫んだ悲鳴が私の耳に飛び込んできた。二人はすぐに、私から離れて悲鳴の方へと向かった。
 怖くて、私は泣いた。怖いだけが理由ではなかった。色々な、理由があって泣いたのだと思った。
 怖かったが、私はどうして二人が市民を襲っているのか知りたかった。友達の制止を振り切って、私は二人の後を追った。


「盲目の正義か。それはある意味正しいがね? ……天秤とは両皿に物を乗せて初めて意味があるものさ」

 二発の銃声が聞こえた。
「来たか……我らの障害となる貴様にはここで消えてもらおう」
 銃を持っている男性――海神 藍(aa2518)――と、その男性に捕らえられている女の子――禮(aa2518hero001)――がいた。ミルシィは卑怯者だ! と怒声を浴びせるように吠えた。
 気づけば二人は、ヴィランに囲まれていた。この町を襲ったのはあの男だけではなかったのだ。
「こんな特別な日には誰だって騒ぎたいものよ。そしてどうせなら、真っ赤な真っ赤な血がみたいわ。だというのに、あなたはせっかくの獲物たちを追い散らしてしまった!」
 二人を挟むように、ピエロが逃げ道を塞いでいた。
「勿論、責任を取ってくれるのよね?」
 腰を前に倒して、挑発気味にピエロ――梶木 千尋(aa4353)――は笑った。
「お前がこの町を守っているリンカーか。仲間が世話になったな。……町の人間の前でお前を嬲るのも面白いかもな」
 ミルシィが、更なるヴィランの方へ体ごと向けた。
「最早逃げ道はない、この町は俺達のものだ」
 マスクの男――黒金 蛍丸(aa2951)――は不敵に佇まいながら言った。
 普段なら、噴水のあるこの広場は人で賑わっていたというのに、今はヴィランとリンカー以外、誰もいなかった。
 捕らわれの少女を離した男は、銃をしまってトリアイナを構えた。人質がいなくなった事で、ミルシィは男に飛びかかる。真正面からではなく、側面からの攻撃だった。男は槍の先端で攻撃を受け止めたが、ミルシィの怒りによる攻撃は一度だけでは終わらなかった。槍で受け止められて尚、彼女はそれを蹴飛ばし、男の懐に飛び込んだ。
 間一髪で、男はミルシィの頭を掴んで前へと押し出して攻撃を躱した。
「弱い……。その程度で、この町を守っていたのか?」
 ミルシィは落ち着かず、再び攻撃に取り掛かった。
 加蓮はピエロに狙いを定めていた。彼も、怒りの形相だった。
「どォ? あなたの攻撃は決して私には届かないの」
 ピエロは大きな盾を構えて攻撃から身を守っていた。加蓮は自分の拳にダメージが蓄積する事を厭わず攻撃を続けた。
「この町を守るっていうから期待してたのに、ガッカリね。呆れた、もう終わりにしちゃってもいいかしら!」
 彼女は人々を震え上がらせるような声音で、恐ろしい声で叫んで見せた。すると、加蓮が盾を下から上へと蹴り上げた。油断したピエロは、盾が手元から離れてしまう。
「まず……!」
 加蓮は渾身のタックルを決めてピエロを地面に倒すと、すぐさまマウントを取った。
 マスクの男が加蓮の背中に体当たりをして、ピエロから引き離した。
「奴らは本気だ。油断はよせ」
「分かってるわよ。ちょっとしくじっただけ」
 ミルシィと加蓮が再び背中を合わせた。ヴィラン達はその二人を囲んで、それぞれ武器を手にしている。
「待ていッ!」
 天高く、そこから声が噴水広場に響いた。誰もが空を注目した。
「何者だ、貴様」
 すると、一人の赤く輝いたヒーローが颯爽登場した。彼……飛岡 豪(aa4056)の事は、ヒーロー以外に称する言葉が見当たらない。
「俺は闇を切り裂く赤色巨星! 爆炎竜装ゴーガイン! これ以上貴様らの好きにはさせん!」
「邪魔が――」
 ピエロがそう言いかけた時に、再び天高い所から声が響いた。
「ヒーローは一人じゃあないぜ、ヴァンクール救援に颯爽参上! ハロウィンに乗じて悪巧みとはな、今夜悪巧みしていいのは子供たちだけだぜ」
 そしてゴーガインと全く同じ動作で広場に降り立ち、ヴァンクールは悪と対峙した。
 ミルシィと加蓮は困惑気味だったが、ほぼ直感で二人を味方だと感じ取ったのだろう。親交の印か、ミルシィは手を差し出した。握手だ。
「まったく……面倒な事になってきたな」
 さて、ここでヴィランの数は三人でない事を正義の味方達に伝えなければならない。敵は四人いたのだ。一人は町を徘徊していたが、マスクの男が広場に集まるように命令した。
 十秒経たずに登場した。
 鮫のような形をしているので、それはヴィランというよりも従魔だった。鮫は――ユーガ・アストレア(aa4363)――は命令されるがまま、正義の味方達の前に立ちはだかった。
 四人の正義と四人の悪が、広場に集った。


 安楽椅子に揺られながら、マクレンはエージェントの到着を待ち望んでいた。広場の騒ぎは彼のいる部屋まで届いているので町の安全確保には気づいているのだが、彼の苦悩は安全ではなかった。ミルシィと加蓮、二人の過ちについてひとしきり、一人で悩んでいたのだ。
 扉が開いてヴァイオレット メタボリック(aa0584)とノエル メイフィールド(aa0584hero001)が顔を出した。
「H.O.P.Eのエージェントだ。あなたがマクレンだな」
 綺麗なブルーの目と、頭髪がなく綺麗な円形の頭。マクレンは実に愛想の良い顔の造りだった。
「あの二人の管理人と聞いている」
「そうとも。ああ、そうなんです。だから今回の事件の犯人は、いわば私だ。本当に申し訳ない事をしたと、心から思っている」
「市民は市の体育館と道場に避難させておるから、そこは心配ないじゃろう。じゃが、おぬしの心配事はそれでも尽きぬじゃろう」
「その通りです。今回、正義の味方は市民を傷つけてしまった。私はこんだけ生きてれば、嫌でも分かるもんです。信頼っていうのは、便利なもんなんですが、一気に崩れるんです」
 マクレンは窓に向かって言った。
「私の教育が足りんかったんです。ハロウィン祭りのことをすっかり忘れていた、私が悪いんです」
 市民だけでなく、二人に傷を負わせる羽目になるんだとマクレンは付け足した。
「エージェントさん、ラジオをお付けになってください。そこにあります」
 ヴァイオレットは言われた通り、ラジオの電源を入れた。
 ――おわかりになられたはずです。やはり、ミルシィと加蓮は正義ではなかったんだ。きっと彼らは従魔を暴力の対象にしていただけで、次の矛先は市民に向いたという事なのではないでしょうか? 証拠に、近頃は従魔の出現は減っています。だから二人はフラストレーションが溜まっていたのでしょう
 ハッキリとした声で男が喋っていた。
「今すぐ止めさせなければならんのう。このままじゃ、本当にミルシィと加蓮とやらの居場所はなくなるのじゃ」
 不愉快に思って、ヴァイオレットは電源を切った。
 エージェントの二人はラジオの放送を止めに、マクレンのいる部屋を後にした。

 体育館への避難誘導が終わり、煤原 燃衣(aa2271)は念のため、市民に怪我がないか一人一人丁寧に確認をしていた。八割ほどが仮装をしていて、中には傷を自作した人物もいるためややこしい。そして赤目 炬鳥迦(aa2271hero002)は若干の苛立ちを感じていた。
「こんな気味悪ィとこ、とっとと出ないか。サイアクだ」
 幽霊の仮装をしている人が多かったせいか、赤目の内心は穏やかではなかった。
「もうちょっと我慢してくれるかな。これもエージェントとしての仕事だからね」
「ッたく……。外で待ってる」
 赤目は体育館の端を早足で歩いていたが、途中彼を呼び止める小さな声が聞こえて立ち止まった。「お兄さん」と呼ばれたのだ。赤目は後ろを振り返った。
「レミングがいないの」
「はァ? 人探しか?」
「ううん。これくらいの犬」
 そう言っていたのは少女だ。十歳近くだろう。彼女は仮装をしていなかった。
「知ったことか。どうせ犬なら奴らの餌食になっちゃいねーよ」
「うーん……」
 少女は駄々をこねず、懇願する目で赤目を見た。赤目は少女に背中を向けて体育館の出口を目指した。途中、試しに後ろを振り返ってみたら……まだ少女は赤目を見ていたようだった。
「おい兄貴!」
 煤原は急いで赤目の所へ駆けつけた。
「何かあった?」
「あのガキが犬を探して欲しいんだと」
 少女の話を聞いた煤原はそれは大変だと、声を大きくして言って、少女にこう約束した。
「大丈夫です、ボクが此処へ連れてきます……ッ」
 犬如きで、と赤目は呆れ顔になりながらも煤原の後ろについた。


 ピエロは盾を持って、先程の仕返しと言わんばかりに加蓮の躯体に衝撃を与えた。真正面から飛びかかってきた彼を、盾で払ったのだ。カウンター攻撃に成功すると、ハルバードで追撃を食らわせた。怒りに身を委ねていた加蓮も、ダメージが蓄積していて足元が揺らいでいる。
「どうしたの? フフ、もう終わりなのね。私はまだ、全然満たされていないのに」
 ――役者だね、と高野 香菜(aa4353hero001)が彼女に言った。
 加蓮は再び立ち上がろうとしたが、膝をついた。
「おい、ヒーロー!」
 ヴァンクールは加蓮の横に飛び寄ると、背中を軽く叩いた。
「仲間がついてる。まだ諦めるにはちょいと、速いんじゃないか」
「……」
「な?」
 もう一度、ヴァンクールは背中を叩いた。すると加蓮は、身が軽くなるようなエネルギーが沸いてきた。受けた傷が治ったのだろうか? 不思議と活力が舞い戻ってきて、加蓮は戦意を目に宿した。
「それでいい!」
 ヴィランの一人、最初に少女を人質にとっていた男がヴァンクールに魔弾を飛ばした。ヒーローは咄嗟に避けた。
「余所見とは、良い度胸をしているな」
「へっへっへ、悪い悪い! よっしゃ、次々いくぜ。ヴァンクールの真骨頂ってのをとくと味わえ!」
 武器を手にしたヴァンクールは、ヴィランの近くに駆け寄って回し蹴りを決めて見せた。
 爆炎竜装ゴーガインは鮫型従魔を追っていた。人々は避難し終えているから安全は確保できているが、従魔が町に加える被害は予め食い止めなければならない。人を脅かす存在は、存在すら許されない!
「とう!」
 従魔に追いついたゴーガインは、行く手を阻むように両手を広げて従魔の動きを止めた。(動きが止まると、完全に着ぐるみだ)
「そこまでだ! このゴーガイン、ただでこの道を通す訳にはいかん! 俺を倒してからにするんだな!」
 従魔はすぐに、ゴーガインに敵意を向けた。剣のような鋭い牙を宿して勢いよく特攻だ。ゴーガインはその口を開かせないように、両手で上下から挟んだ。ところが、鮫の力は強く簡単に口を封印できず、すぐに跳ね返されてしまう。
「なに!」
 十分な距離を取ったが、鮫の素早い動きに彼は翻弄されていた。距離を取れば詰められ、間一髪の回避を強いられた。このままの状態が続けばいずれかは攻撃が命中してしまうだろう。ゴーガインは覚悟を決めた。
 両足をしっかりと地面に密着させて、気を右手に貯める。そして鮫が範囲内に入ったところで、勢いよく!
「はッ!」
 風が発生し、鮫の動きが止まった。
「今だッ、陽光一閃! シンガンブレード!」
 従魔は光り輝く、一筋の亀裂を見た――
 広場では、ミルシィとマスクの男が互いに武器を構えていた。二人の刃のどちらが静寂を斬るか、二人の間には動がなかった。
 最初に斬ったのは男だ。男は両手で槍を握り、腰を下げると一気に距離を詰めた。ミルシィは剣を握りしめ、垂直になるよう刃を防いだ。二つの刃が、捻くれた十の形を作っている。ミルシィは槍を押し返すと反撃に打って出た。
 男の腹を蹴って平衡感覚に狂いを入れた後、剣で肩を斬りつけた。ミルシィはそれ以上の追撃をしなかった。
 二人の間に言葉はなく、静かに決闘が繰り広げられている。
 次に先手を手にしたのはミルシィだった……しかし、構えていた剣を彼女は伏せた。
 ミルシィの視線は男を捕らえていなかった。別の方角を見つめていたのだ。それは犬だった。一匹のポメラニアンが広場に散歩にきていたのだ。彼女は敵を前に剣を捨てて、犬を抱えて逃亡を図った。
「まずい……!」
 マスクの男――黒金はミルシィの後を追った。
 偶然であった。何者かの強運が煤原を、ここへと呼び寄せたのだろう。ミルシィの逃げた先には犬を探していた煤原がいた。
「ミルシィさんですか?!」
 立ち止まったミルシィは足をジタバタさせてたと思えば、犬を煤原に差し出した。何かを表現したいのだろう、両手を上下に振っているが彼女の意図は誰の目にも伝わりにくかった。
「届けろってことだろ」
 赤目が表現を訳した。
「状況から考えるに、そうとしか思えない……ですよね。分かりました、ちゃんと飼い主の所へお届けします!」
 煤原は親指を立てた。
 ――黒金さん、後は任せましたよ! 眼差しで煤原が言うと、赤目を連れて体育館への道を引き返していった。
 振り向いて、ミルシィは男と再び対峙する。彼女は剣を広場に置いてきていたので、素手だった。男は雷上動に武器を持ち替えて、すぐにミルシィへと放った。彼女は的へと飛ばされた矢を手で弾き、ジグザグに動いて男へと近づいた。男は懐に入り込み、攻撃を仕掛けてきた彼女の足を掴んだ。ミルシィを一回転させて地面に伏せさせると――ちょうどそのときに無線連絡が入った。
 男が攻撃の手を止めたので、彼女は簡単に立ち上がる事ができた。そして男の腕を掴み――本当は、黒金には回避する余裕があった――男を手前に引き寄せると同時に全身で体当たりをした。
「く……」
 男は武器を捨てて、さぞ苦しそうに腹をさすりながらミルシィを一睨みした後、その場から立ち去った。
 仮装を解いた黒金は路地裏に入って、まだ戦っている仲間達に無線機で告げた。
「こちら黒金です。皆さん、市民全員の避難が終わりました。演技は、もうここまでとしましょう」
 その無線機を聞きつけた海神は、猛々しく正義を振るう加蓮を前にこう言った。
「……果たしてお前が倒したものは本当にヴィランだったのか? 避難する民衆、皆仮装していただろう?」
 海神は加蓮が暴れた時に地面に転がってきていた消化器に狙いを定めて銃を撃ち、煙幕を発生させると颯爽と退場した。

 ちなみに――
「これで決めるッ! はぁああ!!」
 シンガンブレードから発せられる赤い風……ゴーガインはブレードを離さないよう、強い力で両腕で握りしめると切っ先を地面に擦りながら従魔に一閃を決めた。三秒の静寂が訪れたかと思えば、従魔は突然大爆発を起こした。
 爆発を背景に、ゴーガインは剣を閉まった。


 マクレンの家に二人は集められていた。二人とも、悲しみに表情が失われていた。
「ごめんごめん、到着が遅れちゃって。でも君たちのお陰で被害は小さかったみたいだね。助かったよ」
 高野は大きなリアクションで、二人に言った。
「ただ本当に守るべきものを見失っていなかったかい? 次は君たちが何を守りたいのか、よく考えてみてよ。でも失敗なんてよくあること。ごめんなさいして、次から気をつける。僕らみたいな英雄やリンカーがフォローするし、いざとなったら偉い人に頭を下げさせればいい。必要以上に気に病まないで」
 まあ、僕は適当すぎるって怒られるけどね。そういって彼は笑顔で自分を茶化した。
「じゃあ行こうか」
 高野はマクレンと一緒に、二人を体育館へと案内した。
 追い出すべきだ。
 事件が片付いた時、市民がいった第一声だった。それは第二声、第三声と続いて止まらなかった。
「すまなかったね。僕たちも工夫して、信頼を崩さないようにしたつもりだったんだけど」
 高野が、マクレンを前に言った。
 市民からの猛抗議を受けたミルシィと加蓮は、最初は戸惑っていた。どうして悪者を倒した自分が糾弾されるのかわからなかったのだ。だが、自分が手をかけた人物が人間だったと知った。
 分かるだろうか、いや決して分かりはできない。自分達が一生懸命守っていた物に手を出してしまった事に。二人は糾弾を受け入れた。反抗せず、ただ受け止めた。
「いや、いいんです。悪いのは私だ」
 正義の味方、その二人は体育館のステージ上で何度も頭を下げていた。マクレンは一番後ろの列で、高野と一緒に二人を見守っていた。
「幻覚……? それがどうした……《知った事か》……」
 人々の喧騒を掻き消すように、赤目は続けた。正義の二人の前で怒鳴った。
「なら聞くがよ! それで本当に! 誰かが死んでたらッ! テメェは責任取れんのかよッ! アァッ!?」
 二人は何も言わなかった。言語は通じていない、それは無関係だ。たとえ二人が言語が分かっていても、何も言い返せなかっただろう。赤目は二人に銃を突きつけた。
「そこまでだよ」
 煤原は銃を伏せさせた。
「……気持ちは分かるよ。でも……本当に、それでいいのかな?」
「なんだよ」
「……一歩間違えたら、本当に誰かが死んでいた……その事は重く受け止めるべきだ。でも……その事への裁きは……《私刑》じゃダメだと思います」
 煤原は赤目だけではなく、この場にいる全員の市民に言っていた。
「今回だけは……どうかボクに免じて……彼等に更正の機会を与えて貰えませんか……? 彼等の、町を守りたい想いは……ボクよりもずっと、本物の筈だから……ッ!」
 そう言って、煤原は深く頭を下げた。
「お願いします」
 その言葉を何回も言った。
 エージェントの説得が民衆に聞いたのか、反発の声はなくなった。
「チッ……」
 舌打ちと同時に赤目は銃を閉まったが、市民から怒りの色が消えた訳ではなかった。二人の事は我々に任せてほしいとヴァンクールは言って、ミルシィと加蓮をマクレンの家へと送った。マクレンも、それに続いて家へと帰った。
 ヴァイオレットは先にマクレンの家へと向かっていた。
「彼らの処遇はどうする。市民の付き合いについても、考えなければならないだろうが……」
「信頼を取り戻すのがいかに難しいかは、分かっているつもりです。でも私は、それでも……」
 彼は、ミルシィの泣きそうな表情を見て言葉を続けた。
「信頼を取り戻してやりたいと、思っとります」
「という事は、住む場所は変わらずここであり、共生を望むという事じゃな」
「はい。難しい事は本当によくわかってるんです。でも逃げちゃいかん。二人の信頼が取り戻される可能性はゼロじゃないんです。私は今日から、市民一人一人としっかりと話し合うと思うんです。説得して、説得して。市長にも」
「私らも何か、手伝えないか」
 ヴァイオレットの申し出に、マクレンは困惑気味に微笑んだ。
「いいんですか」
「アフターケアも仕事の内だ。それに私も、共生を望む。人間は共生をあまり望まないと思うが、たしかに可能性はゼロじゃない」
「ありがとうございます」
 ノエルはニヤリとヴァイオレットに目をやった。やはりな、と。予想が当たった、と。
「ヒーロー、ちょっといいか」
 ヴァンクールは、悲しむヒーローを前に黙ってはいられなかった。
「大いなる力には大いなる責任が伴う、ある人が言った言葉だ。力の使い方で簡単に傷つけて壊してしまう、だからこそ慎重に力の使いどころを見極めなくちゃあいけないんだ。過ちは人間をきめない、過ちのあとが人間をきめる。使いどころを見極める為に必要なものをこれから学んでいけばいいのさ」
 まるで言語が通じたかのように、ミルシィと加蓮は頷いた。
「前とは同じようにとはいかないだろうがな、だが皆の二人への信頼は本物だ。命だけでなく心を助けてきたこの街のヒーローだ。頑張ろうぜヒーロー。鏡に映る自分の顔を真正面からみつめられるようにさ」
 禮も、その場に同行していた。彼女はヴァンクールが笑顔で言い終えた後に、優しくこう付け足した。
「倒す相手がなぜそうしたのか、それを考えてから攻撃するべきでしたね。けど良かった……もし、殺してしまっていたら」
 ――もしかしたら、兄さんのお姉さんは……。
 そんな考えが不意に、彼女の頭を過った。
「今日ここには沢山の”正義”が居ます、彼らの話を聞いてみてはどうでしょう?」
 少しの間があってカルカ(aa4363hero001)が部屋に入ってきた。
「安全が確認できましたので、市民達は家へと返しました。……正義ですか? 正義ならばご主人様の事を話せば伝わるでしょうか」


 詩乃(aa2951hero001)は坂山のいる通信士の部屋を訪れていた。正義の味方、がここにいる事を知ったからだ。後々黒金も訪れる手筈になっている。
「作戦のために我慢してくれてありがとうね」
 坂山は挨拶の後に言った。詩乃は作戦中、黒金が悪役を演じるのに納得が間に合っていなかった。皆から嫌われる役を、好きな人がするのだから。
「いえ……二人はどうですか?」
 ミルシィと加蓮は飛岡 豪(aa4056)の願いでH.O.P.Eの管理下に置かれていた。世話をするのは坂山ではなく、他の暇そうにしているエージェントだった。今はちょっとした事務手続きでミルシィらは坂山を訪れているだけだ。
 ガイ・フィールグッド(aa4056hero001)は熱い声援を二人に送っていた。
「協力は惜しまないぜ! 気合だ! 根性だ! 燃えるぜ! ファイヤー!」
 東雲 マコト(aa2412)とバーティン アルリオ(aa2412hero001)も一緒だ。
「あたしも協力は惜しまないよ! 困った事があればお互い様、なんでもいってね」
「安請負もほどほどにな」
 ヒーロー達は詩乃が入ってきたのにも気づかず、同志を応援しているようだった。だから詩乃はその熱気に巻き込まれず、坂山に訊きたい事がきけた。
「二人は、またあの町に戻れるのでしょうか」
「それがね」
 坂山は満面の笑みだ。
「ヒーローの親友、十八歳くらいの子が署名活動をしてるんだって。また二人を町に住まわせてあげようって。結構集まってるらしくて」
 その子から手紙が届いたの、と坂山はまたぞろ嬉しそうに笑った。
 手紙には二人にあげてほしいお菓子がついていたという。キャンディだ。
「二人ともキャンディをみたら泣いちゃって」
 いつも美味しく食べていたキャンディ。二人は、また町に帰るために勉強を頑張るのだった。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

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    ヴァイオレット メタボリックaa0584

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参加者

  • LinkBrave
    ヴァイオレット メタボリックaa0584
    機械|65才|女性|命中
  • 鏡の司祭
    ノエル メタボリックaa0584hero001
    英雄|52才|女性|バト
  • 紅蓮の兵長
    煤原 燃衣aa2271
    人間|20才|男性|命中
  • 責任
    赤目 炬鳥迦aa2271hero002
    英雄|15才|女性|ジャ
  • 血まみれにゃんこ突撃隊☆
    東雲 マコトaa2412
    人間|19才|女性|回避
  • ヒーロー魂
    バーティン アルリオaa2412hero001
    英雄|26才|男性|ドレ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 愛しながら
    宮ヶ匁 蛍丸aa2951
    人間|17才|男性|命中
  • 愛されながら
    詩乃aa2951hero001
    英雄|13才|女性|バト
  • 夜を取り戻す太陽黒点
    飛岡 豪aa4056
    人間|28才|男性|命中
  • 正義を語る背中
    ガイ・フィールグッドaa4056hero001
    英雄|20才|男性|ドレ
  • 崩れぬ者
    梶木 千尋aa4353
    機械|18才|女性|防御
  • 誇り高き者
    高野 香菜aa4353hero001
    英雄|17才|女性|ブレ
  • 絶狂正義
    ユーガ・アストレアaa4363
    獣人|16才|女性|攻撃
  • カタストロフィリア
    カルカaa4363hero001
    英雄|22才|女性|カオ
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