本部

チキチキリンカー猛レース

影絵 企我

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~10人
英雄
8人 / 0~10人
報酬
寸志
相談期間
5日
完成日
2016/10/31 12:46

掲示板

オープニング

●悩ましき都市伝説Part1

――某高速道路――

 一台のオープンカーが、夜の高速道路を疾駆していた。俗にいう飛ばし屋である。100㎞は優に超え、風を感じながらぐんぐんと走り抜ける。峠を攻める伝統も今は昔、スピードを追い求める者達は陰へ陰へと追い出されていたのである。
 アクセルを踏むと、エンジンは唸り、マフラーは吼え、タイヤは鳴いてさらにスピードを増していく。髪の毛が靡き、男は半ば絶頂すら感じて嘆息した。
「心地いい振動だ……」
 爆速の中で、彼はこのままフロントガラスを乗り越え、ボンネットの上で裸になり更なる風を感じたい気持ちに駆られる。いけない男である。

 そんないけない男には、不運が襲い掛かるのである。

「はろぉ……」

 風に混じる老婆の声。男は思わずその方を見る。瞬間、男は唖然として目を見開いた。
「んおおおっ!?」
 横を走っていたのは、まさに老婆だった。腰を90度に曲げたまま、足をちょこちょこ動かして、何と男のオープンカーと並走しているのである。その奇怪な姿に泡を食った男は思わずハンドルを切ってしまった。高速状態でハンドルを切るのはあまりにも愚かだ。タイヤは悲鳴を上げ、バランスを崩した車はスピンしながら塀に突撃してしまう。
「うわぁああああっ!」
 塀に突っ込んだオープンカーはぐしゃぐしゃになる。その中で、男はエアバックに揉まれて目を回していた。
 このご時世、一応の安全対策はばっちりである。
「ばばあ……ひゃっきろばばあ……」
 男は虚ろな顔のまま、呆然と呟く。

 老婆はいつの間にか、いなくなっていた。

●悩ましき都市伝説Part2

――またまた某高速道路――

 一台のデコトラが、夜の高速道路を疾駆していた。俗にいう運ちゃんである。100㎞は優に超え、窓から風を感じながらぐんぐんと走り抜ける。峠を攻める伝統も今は昔、スピードを追い求める者達は運送業くらいしか欲望を吐き出す場所が無かったのである。
 アクセルを踏むと、エンジンは轟き、マフラーは黒煙を吐き、タイヤは叫んでさらにスピードを増していく。心臓に響くビートに、男は半ば絶頂すら感じて嘆息した。
「心地いい振動だ……」
 爆速の中で、彼はこのままフロントガラスを突き破り、運転席で裸になり更なる風を感じたい気持ちに駆られる。いけない男である。

 そんないけない男には、不運が襲い掛かるのである。

「わんわんわん! わんわんわん!」

 窓の外から犬の鳴き声。男は思わずその方を見る。瞬間、男は唖然として目を見開いた。
「んおおおっ!?」
 横を走っていたのは、人狼に見えなくもない何かだった。人の顔を持ち、毛深い二本の脚で、何と男のデコトラと並走しているのである。その奇怪な姿に泡を食った男は思わずハンドルを切ってしまった。

 以下略。

●運動会の季節だから
「100kmババア! 人面犬! 何ですか、これは! 都市伝説ですか!」
 HOPE所属の研究員は報告されたデータを見て叫ぶ。高速道路を走る車に並走する形で現れ、驚かせて事故を引き起こしてしまうのだ。お陰でその高速道路は一部封鎖に追い込まれ、交通の便はボロボロである。そこでHOPEに白羽の矢が立ったのだ。部下はコーヒーを啜りながら頭を掻く。
「結局こいつらヴィランなんですかね、愚神なんですかね」
「まあ従魔ってことはないでしょう。一応知能がある奴の犯行でしょうから。どっちにしろなんかもうどうでもいい脅威です。一応死者は出ていないわけですし。脅威にしても精々ミーレス級がいいところでしょう」
「とっとと誰か送って倒して貰えばいいんじゃないですか?」
「そこが問題なんですよ! こいつら、どうやら常に走っていないと出て来ないみたいなんです! 足を止めるとすぐにいなくなってしまう……そこが面倒なんです!」
 研究員の少女は眼鏡をくいとやりながら、部下の青年に向かって熱弁する。しかし青年はあくまで冷静だ。
「じゃあ車に乗ったまま戦えばいいじゃないですか。片方が運転して片方が攻撃。それで解決でしょう」
「それじゃあつまらないじゃないですか!」
「なんでですか」
「かのドロップゾーンにおける戦いは順調に進んでいます。どうせなら慰労の意味も込めて、楽しくリフレッシュできるような戦いにしたいじゃないですか」
「じゃあ車でいいでしょうに……」
「いえ! それでは結局運転出来ない人はつまらないままです! イイですか! 今は運動会の季節! そして高速道路はどうせ封鎖されている! これはもう、あれしかないでしょうあれしか!」
「……はぁ。貴方の思い付きには毎度毎度呆れますよ……」

「高速道路のリンカー大マラソン大会! 中継もしてネットで放送すれば活動資金も稼げる! どうです! 最高のアイディアじゃないですか!」
「……はいはい」
「さあ、早速セッティングしましょう!」

解説

メイン:100kmババァと人面犬を倒す
サブ:マラソンで一位を取る

登場NPC
モブリンカー達
レースゲームにおける賑やかしで走っています。敵を倒さなかった場合こいつらが適当に片づけてくれます。

エリア区分
エリア1 0~20km
エリア2 21~40 ババァ出現
エリア3 41~60
エリア4 61~80 人面犬出現
エリア5 81~100

登場敵
100kmババァ
腰が90度に曲がったまま全力疾走する頭のおかしいおばあちゃん。愚神の目算が高いが、徘徊リンカーの可能性もあるため倒すときは余りやり過ぎないように。オーバーキル攻撃をかますと危篤になる可能性があります。
エリア2で出現、戦闘が可能。

人面犬
人の顔を持ち、これもまた全力疾走する頭のおかしい犬。ワイルドブラッドのヴィランである可能性が指摘される。まあ愚神かもしれない。こっちはまあ適当にこなしてオーケー。
エリア4で出現、戦闘が可能。

※一番最初に到着したPCの前に登場、スルーした場合二番目へ、とずれていく。
※どちらも特筆すべき攻撃無し。脅威はどちらもミーレス級からイマーゴ級相当。
※基本並走状態となるため、戦闘時におけるチェイスルールは適用されない。

Tips
チェイスルールについて
距離カウンターのみ適用。疾走値/100分だけ距離カウンターがエリア毎に乗る。戦闘を行った場合、1フェーズごとに距離カウンターを1D3失う。

疾走値
今シナリオの便宜的な数値。これが高いほどマラソンにおいて足が速い。
簡単に言えば脚力、ペースメイキング、走法そしてスタミナといったところ。
計算式:(移動力×100+イニシアチブ×10+回避値/5)×生命力/100

装備、携行品
主武器、食品以外は設定に応じて疾走値を調整。

コスプレ
疾走値が下がる可能性もあります。おひねり。

パフォーマンス
距離カウンターを任意の数値使い発動。歌とかグラビアとか。おひねり。

リプレイ

●只者じゃない奴ら
〈さあやってまいりました、秋のリンカー大レース大会!〉
 飛行船から、びりびりと少女の声が響き渡る。その側面のモニターには、ずらりと並ぶリンカー達の姿が映し出されている。

 桜小路 國光(aa4046)はその一番後ろにいた。白いジャンパーを着て、可愛らしいリュックを背負っている。
「絶対ただじゃすまない……」
『(このリュックも腕章もかわいいですね♪ ……どうしたんですか、サクラコ?)』
 既に真っ青な國光をよそに、メテオバイザー(aa4046hero001)はハート形のリュックを背負えて満足、彼の戦慄には大して気付いていない。
 今、國光は一人だけの戦いに直面していたのである。

〈よーい、スタート!〉
 飛行船から空砲が鳴り響き、エージェント達は走り出した。
〈おお! 多くの走者を掻き分け、三人のエージェント達が早速前へと出てきます!〉

「俺ちゃんにかかれば、こんなマラソン大会なぞ優勝まった無しなんだぜ!」
虎噛 千颯(aa0123)は無敵の体力にあかせてどんどん加速していく。勝つ気しかない千颯。白虎丸(aa0123hero001)は呆れてたしなめた。
『(千颯……今回はマラソンをしつつ敵を倒すのでござるよ)』
「わかってるぜ! でもやるからには勝たねーとな!」
 適当な返事もここまでくると清々しい。

「し、ししょー」
 おぼつかない声がふわりと漂う。腕を横に振り、必死に走るアイドル巫女服の黒髪ロング清楚系美少女。泉 杏樹(aa0045)だ。彼女が走っているのは、執事の榊 守(aa0045hero001)の差し金だ。
――御嬢様。下積みアイドルは苦労するものでございます――
 彼は言った。一理あるが普通マラソンはしない。だが杏樹は疑う事を知らなかった。

「おう! たとえ杏樹ちゃんが相手でも、俺ちゃんは手を抜かないぜ?」
「杏樹も、負け、ません」

『(この服装……榊殿の差し金なのか?)』
『(今日は稼ぎに来たんだ。悪いが手は抜かねえぞ)』
 英雄達は黙考する。彼らの戦は既に始まっているのだ。

 その後ろでマイペースに走るのが酒又 織歌(aa4300)である。ペンギンの帽子を被り、胸に名前の入った体操服にブルマ。マニアには堪らない格好だ。
「はー。やっぱり100kmなんて大変ですよー」
『言ったであろう。良きトレーニングと思え』
「……はーい」
 ペンギン皇帝(aa4300hero001)に言われるがまま走る。まだ、本当の使命は頭の中に残っていた。

 一方、モブ集団に紛れて走るは一ノ瀬 春翔(aa3715)。スタミナを温存して、敵の退治に全力を注ぐ構えだ。
「ハッ! 都市伝説が何だ。関係ねぇ。見つけて斃すだけだ」
『(そう思っておるようだが。うひひ。楽しみよのぉ!)』
 ここでも英雄悪巧み。アリス・レッドクイーン(aa3715hero001)は、相棒が油断する瞬間を待ち構えていた。空には中継の飛行船。衆人環視の大舞台。心が躍る。
『(余してる体力、全部“アレ”に使ってもらうからなァ!)』

 変な奴がいる。黒百合をあしらった覆面に、ドレスめいた装飾が入った漆黒のボディスーツ。肩や太腿は露わに、瑞々しい色気を放っている。兎耳を伸ばし、唇に笑みを浮かべ、東雲 マコト(aa2412)&エリザ ビアンキ(aa2412hero002)ペア、ラビットシーカーは走る。
『主様、本当にやるんですの』
「もちろん! 挑戦状が来たんだ。『断絶の向こう側より』ってね!」
『……敵を知らずして勝利無しでしたわね、主様』
「そういう事。エリザは大船に乗った気でいな、ダッチマンも慌てて逃げ出す暴れ舟だけどね。スウィート!」

[桜:あの人から狂気を感じる……!]
[メ:狂気を感じるなんて失礼ですのよ、サクラコ]
[桜:けど……]

 まだ変な奴がいる。YouはShockな格好をしたモヒカン姿の覆面女。かの愚神のコスプレをしているのは、構築の魔女(aa0281hero001)と辺是 落児(aa0281)のコンビだ。
『(視線を感じますね。派手に装う事は成功したのでしょうか)』
「(……)」
『(そうですね。まずはこのまま走っていきましょう)』

[桜:また懐かしいヤツのコスプレを]
[メ:そういえば、また出たみたいですね]

 まだまだ変な奴がいる。黒い覆面にセーラー服、ロングスカーフ。彼女はこれで謎の覆面ランナーになった気だが、正体が国塚 深散(aa4139)であることはバレバレだ。
「100kmマラソン始まりましたね。そういえば、HOPEの方で何やら企画が進行しているとか聞いたような」
『その一環でまたマラソンするかもね』
 そうは知らず、彼女は相棒の九郎(aa4139hero001)と言葉を交わす。既に幾つか視線を感じていたが、妨害警戒で気を張っているからだと思う事にしていた。

[桜:国塚さん、九郎くんに何吹き込まれたんだろう]

[魔:どうして国塚さんはわざわざ覆面をなさってるんでしょうか……]

 やはりバレバレであった。

●爆速のマスカレイダー
『さて、早速逃げに入ろう。相手の目を僕達に引き付ける。完走なんて考える必要はない』
「普通に走って皆で対処すればいいのでは……?」
 九郎の言葉に首を傾げる深散。言われるがまま参加した彼女だが、目立つのは御免だった。だが九郎は予測済み。わざとらしく感情をこめて語り掛ける。
『ホシの一人は腰の曲がったおばあさん。手荒なことをすれば万が一もある』
『もう一匹は迷い犬。このままじゃ保健所だ』
『それなのに、人任せにするのかい?』
「!!!」
 深散は一気に加速した。爆速でモブ集団をすり抜け、織歌も、千颯も杏樹も抜き去り一気に彼女は先頭へ立つ。上空のカメラは一気に彼女へと向けられる。
〈疾い、疾い。流麗なる疾駆。かつての名馬サイレンススズカを彷彿とさせます!〉

[桜:人を馬に喩えないでください]

[魔:深散さん、体力持つのでしょうか……]

「スズカがなんぼのもんじゃい! 俺ちゃんには必殺のフルオープンパージがあるんだぜ!」
 一気に抜かれた千颯は、みるみる小さくなっていく深散に闘志を燃やす。上がるテンション、熱くなる身体。彼は胴着の上をひょいと脱ぎ去った。白虎丸はひっそりとざわつく。
『(マズい。これはマズい流れだ……)』
 その隣で杏樹は目を丸くしていた。覆面ランナーの正体が、彼女の知り合いだとは気づきもしない。
「すごい、お速い、のね。一体、誰、なのかな?」
『(心配ですね。あれではレース最後まで足が持たないのでは)(……全く、自ら勝負を棄てるなんてな。悪いが容赦はしねえぞ、深散)』
 口と心が一致しない守であった。

『おい、あれは深散ではないか?』
 去りゆく深散の背を見送りながら、陛下は唸る。しかし織歌は首を振った。まさかかの先輩が、覆面して激走しているなどと思いもしない。
「まさか。深散先輩があんな“変な覆面”つけるわけないじゃないですか」
『声が大きい。……だが、何をあんなに急いでおるのやら』
「どうしたんでしょうね?」

「あーあ。ババァが先にとられちまう。でもあのペースならどうせ……」
 豪速で走り去る深散に、春翔は思わず気を取られた。それが運の尽きである。
『(とか、考えているようだが? 関係ないな!)』
 アリスはにやりと笑い、いきなり共鳴主体を奪い取った。そのまま、幻想蝶から何かを取り出そうとする。
「(おい! 何してんだ!)」
『何をしてるか? ハッハァ! こういう事だよ!』
 彼女が取り出したのは、こっそりと持ち込んでいた狂器『アルスマギカ』であった。そのまま彼女は主体を春翔に押し付け、するりと引き返す。
「え、オイ。これ」
『さあ! 目覚めろ! “HALTO★”』
「ア、アリスゥッ!」

 一方、深散は真っ先にエリア2に乗り込んだ。そのままバイクや車もかくやの速さで走っているうち、隣にさっと影が現れる。
「嬢ちゃん。嬢ちゃんも散歩かい?」
「おばあさんこそ、こんなところでお散歩ですか?」
 見ると、残像が出るほどの速さで脚をちょろちょろ動かしながら、腰の曲がったおばあさんが彼女と並走していた。深散は必死におばあさんの顔に目を凝らす。愚神か、ただの(?)おばあさんか。屈託のない表情を見るうち、深散は察した。
「(この人は、愚神……ではない!)」
 なれば話は早い。彼女は鞭を取り出すと、おばあさんに向かって放った。
「すみません!」
「あーれー」
 鞭はおばあさんの身体に巻き付き、深散は一本釣りの勢いでおばあさんを空へと舞い上げ、そのまま横抱きにキャッチした。全て全力疾走したまま。俊敏に戦う彼女ならではの業である。
「まあ。こんな風に抱かれるの、いつ以来かねぇ」
「高速道路を散歩コースにしてはいけません! 大変な事件になってますよ!」
〈おおっ! 謎のランナーさんがおばあさんを捕縛! 流石の速さです!〉
 間もなく、PAから滑り出してきたバイクが深散のところへ近づいていく。深散は一旦足を止めると、サイドカーにおばあさんを乗せてやった。
「ひとまず、これで解決ですね」
『いい調子だ。このまま迷い犬の方に行こうか』
「はい」
 水分補給で一息ついて、彼女は再び走り出す。だが、彼女は気付いていなかった。既に彼女の脚には限界が迫っていたことを――

●掟破りのエリア4
「わんわん!」
 エリア4へ進んだ織歌達の横に、犬の耳をひくつかせて走る男がやってきた。頬を赤くして、息を荒げて、じっと織歌の方を見つめて並走を続けている。変態だ。だが、すっかり走るのが楽しい織歌はそのことに気付かない。
「……あ、陛下、犬ですよ」
『ぬ、何とも犬らしくない顔立ちよな』
「飼い主に似ているんですかね……」
 完全にスルー。しばらく並走を続けた人面犬だったが、やがてしょげていなくなった。だが、それすら織歌達は気付かない。
「陛下、ちょっとお腹が空きました」
『む、しばし待て……ほれ、チョコだ。水もあるぞ』
「わはー♪」
 この有様である。フリッパーの先に握られたチョコに眼を輝かせ、ターゲットなど忘れきっていた。

[桜:ちょっと、皆さん……?]

「まだまだライブは続くよ! MiracleRunners!」
 一方、イメージプロジェクターでラメの入ったキラキラの衣装を纏った春翔はエンドレスストリートライブを敢行していた。
〈踊ります。踊ります。周りもまとめて踊ってます。アルスマギカの狂乱魔力が周囲も狂わせています。一ノ瀬選手の正気度が心配です〉
「わんわんお!」
 犬がそんな混沌の中へと突っ込んでいく。しかし踊り狂う群衆は誰も彼の事を気にしない。むっとした人面犬は、群れの真ん中で歌う春翔に突っ込んだ。
「わんわん」
『うるさい! こちとら愉快にライブやっとるんじゃ、邪魔すんなや!』
 不意に目の色が変わったかと思うと、マイクを巨大なハリセンに持ち替え、春翔、ではなくアリスが犬をぶっ飛ばした。犬は群衆の外へはじき出されて見えなくなる。
「みんなは真似しちゃダメだゾ★」
 飛行船のカメラに向かってポーズを決めて、春翔はそのまま取り巻きと共に行ってしまった。

[桜:すっごいたのしそう]
[メ:顔がひきつっていますよ、サクラコ]

「わ、わん、わん」
「ああ、この人が人面犬でしたか。……残念ですが、見るからにただのヴィランですね」
 魔女は言うなり、拳銃を抜いてテレポートショットを放った。鋭い弾丸が背後から叩き込まれる。人面犬はバランスを崩して顔面から地面に倒れ込み、そのまま気絶してしまった。
〈おお。汚物は消毒しそうなスタイルのくせに、その動きはプログラミングされたかのように的確! 一体何者でしょうか!〉
「これで事件はひと段落ですね。後はゴールまで走り抜けるだけ……」
 傍のメディカルが人面犬を回収していく様子を見送り、魔女は再び走り出した。事前に調べた完璧の走法を身体に仕込み、軽快に行く。アウトローが見せる人間工学に則った自然な走りに、誰もが目を離せない。
「(派手な事は春翔さん達にお任せして、私達はささやかな楽しみをお届けします……)」

「ふふ。ついに邪魔者はいなくなった……」
 その時、仮装の群れに混じって長くステルスを続けていたマコトが目を輝かせる。にゃん時的狂気に侵された彼女は、このカオスを前に荒ぶらずにはいられない!
「作戦行動開始! 突撃突撃!」
 ウサ耳を猫耳に付け替えた彼女は舌なめずりして、突然分身し前を走る少女に襲い掛かった。
「あなたにはスキがありますにゃ?」
「そのスキ、諦めてはいませんにゃ?」
「ひっ! な、何!」
 少女を挟み込むように、並走を始めた二人のマコトは、甘く甘く耳元で囁き、頬をペロリと舐める。そのまま服もたくしあげ、少女の滑らかな曲線を細い腕で撫でていく。
「綺麗な肌……ぺろぺろしてあげるにゃあ」
「何が起きたかわからないにゃ? あたしはこの道路に潜む第三の都市伝説『ユリダーク』……あなたの琴線にユリを植え付けちゃう、とっても素敵なヴィランだにゃ!」
「う、うにゃぁああっ!」
 マコトがやらしく少女の耳たぶを甘噛みした瞬間、少女は絹を裂く悲鳴を上げて痙攣し、その場に倒れ込んでしまった。
〈おおっと! 突然覆面少女が暴れ出したぞ! 既に一人の少女が毒牙にかかっている! 一体何が起きたんでしょーか!〉

[桜:やっぱり狂ってるじゃないか!]
[メ:はっ! これが世にいうキマシなのですね!]
[桜:ちょっと、メテオ!?]

 マコトは近くの少女を次々にユリのエクスタシーへと突き上げながら、一人の女に目を付けた。レザーのジャケット、モヒカン、覆面というパンクな格好をしているが、その汗から漂うファビュラスメルをごまかす事は出来ない。
「にゃー! あなたのファビュラスメルにチェックインだよ!」
 叫び、マコトはレザージャケットに隠されたうなじへ飛びつこうとする。しかし彼女は魔女。その動きには気が付いていた。
「させませんよ。申し訳ありませんが、しっかり反撃はさせていただきますね」
 必要最低限の動きでするりと避けた魔女は、懐から毒々しい髪染めを取り出し、キャップを空けてマコトにぶっかけた。黒い猫耳が、ナンカヤバイ色に染まってしまう。手にもべっとりと付いた染料を見て、マコトは思わず目を丸くする。
「ニャ、ニャコショック! おまえ、やってくれたにゃ!」
「まだやる気ですね? 分かりました。走りながらで良ければ、お相手させていただきましょう」
 魔女はぺこりとマコトに向かって頭を下げる。番外乱闘が始まろうとしていた。

[桜:何してるんだあの人達]

●疾風のエクスタシー
「うおおおっ!」
「待ってください~」
『(ちっ。いつまでも抜けねえ。そろそろ例の作戦を発動するか)』
 先頭を行く千颯。必死に追いすがる杏樹だったが、素の運動神経は歴然、このままではスタミナ負けしてしまいそうだ。守はじっくり練り上げた妨害作戦を実行に移す。不意に共鳴の主導権を奪い取り、泉を転ばせ千颯のズボンを下ろそうという魂胆だ。
 だがしかし。
「負けないぜ杏樹ちゃん! 俺ちゃんは今、風になるんだからな!」
『(は……穿いてないだと)』
 守は愕然となる。千颯は既にパンイチ、脱がせるものなど何一つなかった。それどころか、千颯は既に最後の一枚にも手をかけようとしている。
「完・全・開・放!」
『(待て。公衆の面前でその粗末なものを晒すでない! でござる!)』
「負けるか! 伝説のパージャーと呼ばれた俺ちゃんは今日風になるんだぜ!」
『ばか! 誰か千颯を止めるでござる! このままでは放送事故でござる!』
「は、はわわ」
 白虎丸は千颯を止めようとするが、千颯の意志は固い。そして周りには杏樹しかいない。杏樹が千颯を抑えられるはずもなく。上空の飛行船もただ彼らの姿を捉えるのみだ。
〈おっと。行くのか? イってしまうのか虎噛選手!〉

[桜:言ってる場合じゃない! すいません! 例の作戦、例の作戦お願いします!]

「行くぜぇえッ!」

〈イったああ! すっぽんぽん! 虎噛選手、生まれたままの姿で、今最後の20kmエリアに侵入しています! だがその下半身はがっちりと謎の光で守られているぅ!〉

 インターチェンジから侵入してきたバイクに乗ったメディカルが、全力疾走の千颯に向かってイメージプロジェクターを当てている。白虎丸にメディカルとして頼まれていた國光の仕込みで、ぎりぎり放送事故は免れたのだった。

[桜:何で“そこ”だけなんですか! 普通に服着させてくださいよ!]

〈DVDでは謎の光が取れます!〉

[桜:取れません!]

『(か、間一髪だった)』
 独走態勢を固めた千颯。白虎丸は息も絶え絶えだ。
「風だ! 俺ちゃんは今風だぜ!」
『千颯。今日という今日は。今日という今日は!』
 白虎丸の怒りも今や届かず、千颯はゴールに向かって、文字通りに全てを解き放って駆け抜けたのだった。

●タッグ!
〈独走! 圧倒的な独走で今虎噛千颯選手がゴールインです! すっぽんぽんでゴールインです!〉
[千:よっしゃぁぁあ!]
[白:千颯! 最早堪忍袋の緒が切れたでござる! 今日は覚悟するでござる!]
[千:痛っ! やめろよ、完全開放しただけだぜ!]
[白:それがいけないんでござろうが!]

[桜:何とか収まった……いや、泉さんにもイメプロ当てたいくらいだけど……]
[メ:……]

 モニターに映る杏樹の姿には男達が大興奮である。フリルのパンツは見えるし胸が揺れて服が軽くはだけているしそもそも汗で巫女服が透けてブラ丸見えでどうしようもない。
〈おお、えろいえろい! パソコンの前の男達はこのサービスショットに堪えられるのか! 否! 私も思わずキマシタワー!〉

[東:ユリが……ユリが呼んでる!]

『(ちっ。あの実況め、余計なことを喋りやがる)(御嬢様。最後のSAが近づいてきました。そろそろライブの準備を始めましょう。イヤホンをお付けください)』
「わ、わかった、の」
 守に言われるまま、杏樹は耳にイヤホンを詰める。彼女の歌う曲が、実況を遮る。ハッスルした少女が何を言っているかはもう聞こえない。
『(計画通り)』
 そのまま杏樹はサービスエリアに乗り込み、そこを広い舞台代わりにして立つ。カメラはばっちり彼女を捉え、モニターには真剣な顔をした彼女の姿が映っていた。

[桜:お願い、自分の格好に気付いて。……ダメか……]
[メ:榊さんには一度お説教が必要ですね!]

「『大丈夫。』あなたは言うけど、私、知ってるよ――」
 彼女は扇を広げ、得意な舞を踊って高らかに唄い始める。ゆったりとした透き通る声色。飛行船のスピーカーに乗って、その歌はコース中に響き渡る。やがて通りかかったランナー達は、彼女の美しい舞姿に魅せられ、思わずその足を止めてしまう。

『ほれ、もう少しであるぞ』
「ははっ……最高に(ランナーズ)ハイって奴です!」

 一人を除いて。

「やあやあ! 面白そうな事やってるじゃん☆」
 人だかりが出来、レース中なことすら忘れそうな光景の中に、ひたすら踊り続けるHALTO★達がSAに乗り込んで来た。杏樹の前に立ち、春翔は鮮やかにポーズを決める。
「あ、一ノ瀬さん。お疲れさま、です。差し入れ、どーぞ」
 言って、杏樹はいきなり春翔の口に熱々のおでん煮卵を差し込んだ。不意打ちを受け、彼は湯気の立つ卵を飲み込んでしまう。
『(あつっ! 杏樹、いきなり何するんだよ!)』
 感覚を共有しているアリスはもろに卵の熱さを感じ、ムッと杏樹の顔を見る。が、彼女は悪気の無い顔で首を傾げていた。
「芸能界の、差し入れはこうしろと、榊さんが、言ってたの」
『(芸能人がおでん食べるのは常識だ。さあ、春翔、苦しめ!)』
 守はほくそ笑む。とにかく好き放題したいのだ。
「……うん。いやぁ。まさかおでんが来るとは思っていなかったけど、美味しいねぇ☆」
『(なん、だと……)』
 しかし春翔はおでん攻撃をものともしなかった。HALTO★のアイドル根性がそうさせるのだ。残りも悠々と食べきった春翔は、満面の笑みを浮かべる。
「さあ、スタミナ補給完了♪ 杏樹ちゃん、せっかくだしデュエットしよう!」
「はい! あ、でも。あまり、曲、知らなくて……」
「大丈夫! 僕が合わせるから☆」
「! ありがとう、ございます!」
 二人は早速並んで歌い始める。そのままモブ達の先頭に立って、ゴールに向かって走り出した。守は杏樹の中で、すっかり取り残されていた。
『(お、思惑から、逸れ……いや、もういい。金にはなったはずだ……)』
 杏樹が楽しそうにしていては、もう何も言えなかった。

[桜:楽しそうだなぁ。あの人達]
[国:どうしてそんなに遠い眼をしているのですか、桜小路さん……]

●×××の空へ
~数時間前、エリア3~
『織歌、見てみよ。良い景色であるぞ』
「……本当ですね、これはなかなか」
『斯様に新たな発見もある。これも一つの幸せであろう』
「そうですね……あれ、あの人、さっきの……どうしたんでしょう」
『む……まあ、メディカルが何とかしてくれよう。我等は走るぞ』
「はーい」


~そして今~
「うーん。バッテリーも上がっちゃったかなぁ。ここから先はもっと辛くなるかもしれない」
 椅子に座らせ、義足に冷却材を当てながら國光は呟く。メテオは心配そうに、九郎はどこか楽しそうに深散の様子を見つめている。無理をし過ぎて義足にライヴスの過供給を起こした深散は、ほとんど歩くようにしか動けなくなってしまったのだ。
「ここまで来たんです。後数キロも無いですし。もう日も暮れますが、最後まで走らせてください」
 深散の意志は固い。まさにあの企画で走り続けるランナーのようだ。
『そうそう。その心意気だ』
「まあ、そう言うなら、オレ達は応援するよ」
『頑張りましょう、国塚さん!』

「はあ、やっとゴールだぁ」
「お疲れさま、です。どうした、の? その髪……」
 一方、遅れに遅れてゴールに滑り込んできたマコト。その髪は毒々しい色に染まってしまっている。杏樹は思わず目を白黒させた。
「いやぁ、ちょっとありまして」
『主様が、たまにはヴィランの気持ちを追体験したいと考えましたの』
「そしたらいつの間にかこんな事に、ね」
『本当に強敵でしたよ。あんなヴィランが出てきたら、まさに脅威になるでしょうね』
「ロロ……」
 既にゴールしていたエージェント達の輪にマコトは飛び込んでいく。ヴィラン、と聞いて傍の織歌がはっとなる。
「あ、依頼……」
『むぅ』
 しゅんとなる彼女達の横で、春翔は地面に崩れていた。アリスはその隣で愉悦に酔いしれ笑い転げている。
「ああ。もう、本当にやっちまった……!」
『うひゃひゃ! ほんっと楽しかったァ~!』
「くそっ」
 その隣に、バスローブ姿の千颯がそっと歩み寄り、その肩を叩く。夕日に照らされる笑顔が眩しい。
「気にすんなって。たまには完全開放しといた方がすっきりと明日を迎えられるもんだぜ!」
『千颯は反省するでござる!』

〈はい! 皆さん注目ですよ! 最後の一人がまだゴールを目指しているんですから!〉
 飛行船から少女の声が飛んでくる。モニターには、九郎達に伴われながら道を行く深散の姿が映っていた。
「あ、深散先輩だー。深散先輩もレースに参加してたんですねー」
『……やはり、あれは。いや。何も言うまい』
〈彼女は義足の不調に見舞われながらも、ここまで走ってきました。残りは後3km。皆さん! ラストまで応援を絶やさないで!〉
 メディカルが駆け寄り、エージェント達に歌詞カードを差し出す。『埴生の宿』だ。それを見た魔女は首を傾げる。
『このような時には歌を歌うとは聞いたのですが、この曲ではなかったような』
〈権利上の問題で! まあ意味合い的にはそう遠くないですし? ……じゃあ、皆さんよろしくお願いします!〉
『俺この曲知らねえんだが』
「ノリで歌おーぜ! ノリで」
「くそっ! こうなったらヤケだ!」

「『はにゅうのやどもー わがやぁどー たーまのよそーい うーらやまーじー』」



 エージェント達の歌は、高速道路を歩き続ける深散達の元へも届く。國光は思わず苦笑した。
「いやいや。どうしてこの曲なんですか……」
「でも、皆さんの歌を聞いていると、何だか元気が湧いてくる気がしますね……」
 深散はしみじみと呟く。首のムーンチョーカーがきらりと光った。
『じゃあ、行こうじゃないか。もう少しだよ』
『はい! 行きましょう!』

 かくして、リンカーによるドタバタマラソン大会は幕を下ろしていく。一部の壮絶な暴走ぶりに、ネット界では賛否両論だとか。だが、この放送を見た誰もが口を揃えてこう言うのだ。

『リンカー、すげぇ』

 当初の目的はどこへ行ったかさてもわからずじまいだが、HOPEという組織に注目を集める事には、大成功したと言えるだろう……

Fin.

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
  • 喪失を知る『風』
    国塚 深散aa4139

重体一覧

参加者

  • 藤の華
    泉 杏樹aa0045
    人間|18才|女性|生命
  • Black coat
    榊 守aa0045hero001
    英雄|38才|男性|バト
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 誓約のはらから
    辺是 落児aa0281
    機械|24才|男性|命中
  • 共鳴する弾丸
    構築の魔女aa0281hero001
    英雄|26才|女性|ジャ
  • 血まみれにゃんこ突撃隊☆
    東雲 マコトaa2412
    人間|19才|女性|回避
  • クラッシュバーグ
    エリザ ビアンキaa2412hero002
    英雄|15才|女性|シャド
  • 生命の意味を知る者
    一ノ瀬 春翔aa3715
    人間|25才|男性|攻撃
  • 生の形を守る者
    アリス・レッドクイーンaa3715hero001
    英雄|15才|女性|シャド
  • きっと同じものを見て
    桜小路 國光aa4046
    人間|25才|男性|防御
  • サクラコの剣
    メテオバイザーaa4046hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • 喪失を知る『風』
    国塚 深散aa4139
    機械|17才|女性|回避
  • 風を支える『影』
    九郎aa4139hero001
    英雄|16才|?|シャド
  • 悪気はない。
    酒又 織歌aa4300
    人間|16才|女性|生命
  • 愛しき国は彼方に
    ペンギン皇帝aa4300hero001
    英雄|7才|男性|バト
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