本部

短剣は潜み、楽園は爆ぜる

岩岡志摩

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2016/11/01 16:03

掲示板

オープニング

●ある愚神の始終
 過去、橘(たちばな)忍(しのぶ)という人間の眼前に現れた存在はこう言った。
『貴方には復讐の権利があります』
 そしてその存在は1枚の書類を取り出し、彼に渡した。
 彼は書類にある最初の1行に目を通して度肝を抜かれ、次の1行で愕然とした。
 3行目で彼は世界が崩壊し、自我が砕ける音が聞こえた。
 ――橘忍の妹、橘(たちばな)美弥(みや)は愚神に喰われて死んだ。
 ――愚神はその体を奪って彼女に成りかわった。
 ――彼女の夢を喰って、その愚神は医師になった。
「そん、な、いや、だ……いやだああああああああっ!」
 彼は書類を握り締めて床に膝をつき、頭と拳を何度も何度も床に叩きつけ、泣き叫んだ。
「全て事実です。今なら権利に加え、貴方の妹を救う力も手に入ります」
 泣き叫び続ける橘忍にむけ、その存在、ニア・エートゥスはそう言って手を差し伸べると、橘忍は慟哭の中、ニアの手をとり、愚神フィロとなった。
 以上がエステルがかつて暮らしていた屋敷で、ニアと対峙したH.O.P.E.エージェント達が入手した記憶媒体に記録されていた内容だと、解析に関わるジョセフ・イトウ(az0028)より報告があった。
 なお愚神フィロは既に別件でH.O.P.E.エージェント達によって討たれているが、ジョセフは解析できたデータの報告書にこう所感を加えた。
 『ニア・エートゥスという愚神は、人間が抱える様々な感情に付け入り、論理の構築を操作する事に長けている』。

●蠢く者達
 大仰な会議室では、部屋中央の円卓を取り囲む人達がH.O.P.E.という組織や現在の世界情勢について議論を交わしていた。
「先に中東地域で発生した次元崩壊に対するH.O.P.E.が見せた活躍は人々の記憶に新しい。今の世界の安定にH.O.P.E.が欠かせないことは認めよう」
 愚神や従魔といった災厄達が世界各地で暴れ、被害を拡大させる中、能力者や英雄、AGWといった様々な対抗手段を豊富に有するH.O.P.E.に対し、世界の人々の支持が集まるのは自然の流れだ。
「だがH.O.P.E.のみに世界の人々の支持が集まり過ぎている今の状況は、世界の均衡を妨げている。それは望ましくない」
 この場にいる者達にとっての世界の安定とは、H.O.P.E.や既存組織、愚神達がいずれも頭一つ抜け出さず、世界情勢を停滞させることなく、互いに出る杭を打ちあい『バランスを保つ』形だ。
「ならば我々の手で、世界の安定をとり戻すというのはいかがかな? 我々『シーカ』は古来よりその役割を脈々と受け継いでいた組織だ」
 そんな中、円卓の中から周囲の者達にそう呼びかける声があった。
「ノイラート殿。何か策でもおありか?」
 別の席にいた幹部からそう問いかけられたノイラートこと、フランツ・フォン・ノイラートは滑らかな口調でこう言った。
「我々はH.O.P.E.にはできない手段を駆使することができる」
 そんな前置きの後語りだしたフランツの言葉に、列席したシーカの幹部たちは当初眉をひそめていたが、やがて身を乗り出して聞き入っていた。
 会議が終わり、幹部たちが姿を消した後、フランツが何もない空間に向け『聞いての通りだ』と告げると、一瞬風が流れ、いつの間にかフランツの眼前に、自身に仕える愚神ニア・エートゥスが片膝をついていた。
「1つ伺いたいのですが。貴方がたシーカは今でも『世界の調停者』気取りなのですか?」
 顔を上げたニアからのいささか挑発的な発言に、フランツは怒った様子も見せずに頷いた。
「誰かがその役目をやらねばならん。誰かが世界に睨みを効かせねばならん。この世界とはそういうものだ。しょせん、どこの国でも『世界の調停者』は嫌われ者だ」
「そうですか」
 素気ないニアの呟きに、フランツは肩をすくめた。
「お前に世界の番人という自覚を持てというのは無理な話だな。ならば現状を打破する者として、お前達にも動いてもらうぞ」
「かしこまりました」
 フランツの前で頭を垂れたニアの周囲に一陣の風がつかの間翻り、ニアの姿がその場からふわりと消えた。

●現状打破の一手
 かつてロシア軍で勇名を馳せた空陸の機体群が、元がどのような形だったかもわからない、無数に引き裂かれた残骸と化し、雪原の上に散乱していた。
 彼らはロシアの無人地帯に出現したドロップゾーンの偵察を担う部隊の一つだったが、散開していた無人探査機からの通信が途絶えたとのほぼ同時に、尋常でない規模の竜巻に巻き込まれ、何が起こったのかわからぬまま壊滅した。
「H.O.P.E.に助けてほしいですか?」
 竜巻を引き起こしていた災厄――ニア・エートゥスが、竜巻を消し、残骸の上で辛うじて息のある兵士にそう問いかける。
「な……ぜ」
 兵士が辛うじて紡いだその言葉には複数の意味が込められていた。
 なぜこんな真似をするのか。なぜH.O.P.E.に助けを求めたいと尋ねるのか。
「これは取引です。貴方がそう望むなら、未だ周囲に散らばる息のある方々の命は保証しましょう。内容ですが――」
 兵士の耳元にニアは顔を近付け何かを囁く。
 その内容に兵士は逡巡した後、微かな頷きで了承する旨をニアに伝えると、ニアは指を鳴らして竜巻を起こし、彼と周囲の残骸を暴風で包み込む。
 やがて竜巻が消え失せた後、そこにニアや周囲にあったロシア軍機の残骸の山は姿を消し、代わりに周囲の雪景色を焼き焦がすような、灼熱の火柱が屹立していた。
 火柱に見えた『それ』はやがて全身に灼熱の業火を纏う巨漢の形をとり、周囲にこう吼える。
「さあ、『楽園』の幕開けだ。H.O.P.E.よ。人間よ。滅びを受け入れることなく抗う事を私は乞い願う!」
 それが、ニアの手配した愚神に憑依された兵士の姿と咆哮だった。

●楽園の名は『奉仕』
 ニアは自分がシーカに仕える愚神だと兵士に明かし、シーカの論理を伝え、兵士にこう囁いた。
 ――貴方がたが私達から受けた理不尽に抗いたい意志があるならば、H.O.P.E.へ奉仕する力を差し上げます。
 これから先、シーカという災厄が人々を襲う。それに立ち向かう事ができるのはH.O.P.E.のみ。
 災厄を祓う強さをH.O.P.E.が得るために。H.O.P.E.が乗り越える『楽園』を。貴方が作るのです、と。
 ニアが付け入った兵士の心にあるのは、脅威に立ち向かう術を持たぬ人達を守りたいと願う『奉仕』の精神。
 これが人々の為になると信じ、愚神と化した兵士は周囲に灼熱の炎をまき散らす。
 連絡が途絶えたのを不審に思ったロシア軍が現地へ駆けつけ、雪原を侵食する灼熱地獄から壊滅した偵察部隊の生き残りを回収した後、H.O.P.E.に解決に向け、緊急事態のため多めの報酬が提示された依頼を届けることができたのは、ニアが現場より姿を消してから数時間後のことだった。

解説

●目標
 愚神撃破及び被害拡大を防ぐ
 副目標:愚神化した兵士の救出

●登場
 ビェス
 ケントォリオ級愚神。愚神集団『パラダイス・メーカーズ』(楽園の作り手達。略称PM)の1体。
 身長2.5mの全身に業火を纏う巨漢。
 以下は現地で交戦中のロシア軍が把握した限りの敵の各能力。
 2回行動。両手に燃え盛る高熱の手甲を装備し攻防する。
 
 灼撃
 高熱の『砲炎弾』を込めた拳を放つ。射程10sq。時々【減退】効果付き。

 業炎雨
 上空へ超小型太陽のような炎球を多数噴出し、周囲に炎球の雨を落とす。範囲は自身の周囲20sq。落下する地点が着弾直前に何故か赤く光る。

 再炎
 纏う炎が負傷と状態異常を修復する。

 ニア・エートゥス
 シーカ幹部フランツに仕えている愚神。トリブヌス級。出現が確認された依頼報告書によれば竜巻を操る能力と、シャドウルーカーのスキル「潜伏」に近い効果を他者にも付与できる能力が確認されているが、他は不明。まともに戦って勝てる相手ではない。
 PL情報
 現地の近くで身を潜め、動向を観察中。

 ロシア軍
 愚神化した兵士が所属していた軍隊。現地にいる部隊は、愚神ビェスが他の場所へ移動しないよう周囲を封鎖し辛うじて交戦中だが長くは持たない。『あなたたち』が現地に来れるよう雪上車(乗員数最大12名。時速45km)とスノーモービル(2人乗り。時速60km)を用意しており、どちらに乗るかは自由。
 
 状況
 シベリアドロップゾーンにほど近い平坦な雪原地帯。昼間で無風状態。
 現在以下の状況で足止め中のロシア軍以外周囲に人の姿はなく無線貸与済。
 1マス縦横各10m。

   1234567
  雪雪雪雪雪雪雪雪雪
 A雪□□□□□□□雪
 B雪□□□□□□□雪
 C雪□□□●□□□雪
 D雪□□□□□□□雪
 E雪□□□□□□□雪
 F雪□□□□□□□雪
 G雪雪雪雪雪雪雪雪雪
 □:剥き出しの地面。
 ●:ビェス
 雪:雪原。

リプレイ

●開戦
 陽の光が雪原を照らす中、1台の雪上車と3台のスノーモービルがエンジン音の快調な響きを引き連れ、雪原を疾走する。
 キース=ロロッカ(aa3593)が雪上車を運転する中、隣に座る匂坂 紙姫(aa3593hero001)がキースに声をかける。
「どうしたの、キース君?」
「……え」
 普段快活な紙姫より心配そうに聞かれたキースが少し驚いた声を上げたが、すぐに表情と声を普段の冷静沈着な状態に戻し、『大丈夫ですよ』と紙姫の頭を少し撫でた後、キースは運転に集中する。
 紙姫はなおも何か言いたそうだったが無理に聞き出すことはせずキースと共鳴し、キースの髪を濡羽色に、肌を紙姫の色に変化させ、己の潜在能力をキースに託す。
 その雪上車の後部席では大宮 朝霞(aa0476)が寒さに震えていた。
「さ、寒い……」
 ロシア軍の好意でH.O.P.E.エージェント全員に貸与された防寒着一式を朝霞も着ているが、ロシアの寒さには慣れないようだ。
 そんな朝霞にニクノイーサ(aa0476hero001)は見かねて助言する。
「すでに現地ではロシア軍が愚神と交戦状態だ。今のうちに共鳴しておいた方がいいんじゃないか?」
「そっか。そうだねニック」
 ニクノイーサの助言に従い、朝霞はニクノイーサと共鳴し、白とピンク基調の装束とバイザー、マントを纏うヒロイン『聖霊紫帝闘士ウラワンダー』へと変身して寒さから解放された。
 同乗していた黛香月(aa0790)は既に共鳴し、髪に銀色を纏い、身体に騎士めいた黒の甲冑を纏う姿に変じ、寒さに影響されない状態にいる。
「私は愚神を狩り尽くす。それだけだ」
 香月は無愛想にそう呟いたが、今回の敵が単独で倒せる相手ではないことは承知しており、最低限の連携は心がけていた。
 そしてヤン・シーズィ(aa3137hero001)と共鳴し、白の衣裳を纏い表情を凛と引き締めたファリン(aa3137)が、スノーモービルを運転しながらハンズフリーの無線機を介し現場にいるロシア軍と連絡を取り合っていた。
「楽園……。その愚神は確かにそう言ったのでございますね?」
(ファリン。『あの組織』に属する愚神である可能性が高い。皆に報せた方がいい)
「『パラダイス・メーカーズ』(楽園の作り手達。以下PMと略)ですわね。わかりましたわ、お兄様」
 内よりヤンの冷静な助言を受けファリンが『兄』へ頷くと、同乗する沖 一真(aa3591)に仲間達への情報伝達を要請する。
「一真様、お願いいたします」
「わかった。連絡はまかせろ」
 既に月夜(aa3591hero001)と共鳴し、髪に白さと長さを得て、瞳に金色を宿し、両袖に陰陽印が施された白い狩衣、両手に夜色の竜の咢を象った籠手を纏う姿に変じた一真は、ファリンからの要請にクールに応じると、ファリンを介し伝わってくる情報を、自分のライヴス通信機「雫」で他の仲間達へ伝達していく。
(生粋の兵士を虜にするほどの能力を持つ愚神か……)
(一真は取り込まれないようにね)
 内より月夜から慎重な口調で忠告された一真は仲間達への通信を終えた後、こう月夜に応じた。
「おまえがそばにいる限りは大丈夫だ」
 ロシア軍との連絡でナガル・クロッソニア(aa3796)が真っ先に求めた情報は、愚神に憑依された兵士の名前だった。
「もしその人の名前をご存知なら教えて下さい!」
 既に千冬(aa3796hero001)と共鳴し、髪に千冬と同じ色を纏い、耳と尻尾を太く、大きく変えた姿に変じたナガルに向け、ナガルの内より千冬が『マスター、どうか冷静に』と宥める中、兵士の名が『レフ・アミロフ』という情報がナガルにも伝わる。
「絶対に。絶対にアミロフさんを救ってみせる!」
(あまり思いつめないように。落ち着いて下さい、マスター)
 千冬はナガルの心の手綱をとろうと努力していたが、ナガルがこれだけ焦るのには理由がある。
 依頼を受ける際に見た、橘(たちばな)忍(しのぶ)という人間が、同じPMの愚神フィロと化す時に見せた慟哭の映像が今もナガルの頭から離れない。
 フィロと化した彼は助けられなかった。けれど今回は助けられる余地がある。
 だからこそ救う。一刻も早く。
 そのナガルの運転するスノーモービルに同乗する月鏡 由利菜(aa0873)は、既にリーヴスラシル(aa0873hero001)の世界の作法に則り共鳴し、リーヴスラシルのライヴスを各所に様々な銘を持つ光の鎧とティアラとして身に纏い、リーヴスラシル自身は鎧胸部の赤い宝石となった光の姫騎士姿に変じていたが、届く情報に不審なものを抱いていた。
「愚神が1体だけ。……何か裏がありそうな状況にも見えますね」
(それも憑依して間もないとくれば、恐らく『奴』もいるはずだ)
「ニア・エートゥス、ですね。そうしますと今回の一件も」
(奴の仕える『シーカ』絡みだろうな)
 秘密結社『シーカ』に仕えるトリブヌス級愚神。『楽園の長』ニア・エートゥス。今回の一件もシーカが引き起こしたと考えていいだろう。
 そこまでは由利菜やリーヴスラシルも推測し、ライヴス通信機「雫」で仲間達に自身の考えを伝えたが、そのニアが現在交戦中のロシア軍に手駒を紛れ込ませている可能性は、無用の混乱を招くと判断しそれぞれの胸中に秘めた。
 一方メグル(aa0657hero001)と共鳴し、その髪にメグルの銀色と腰まで届く長さを得て、瞳に紫色を宿す姿に変じた御代 つくし(aa0657)はスノーモービルを運転しながら情報を得ていたが、ニアの名が伝わった途端憤りの声を上げた。
「ニア……絶対に許せない!」
 普段は明朗快活なつくしだが、普段の彼女にそぐわぬ憤りがその声や全身からにじみ出ていた。
(つくし。僕たちにできることは、目の前の敵を倒す事です)
 内よりメグルが落ち着いた口調でつくしに助言を送る。
 今までもそうでした。そして、これからも、と。
「……うん。大丈夫。わかってるよ」
 そうメグルに応じるつくしだったが、ナガルが見たニアの所業の映像を自分も見ている。
 一人の人間をニアは復讐に走らせ、愚神フィロに変えてH.O.P.E.に討たせた。
 赦せない。けれど感情に任せて動くことはしない。
 既につくし達の視界の先にある戦場では、大気を震わせる戦車群の砲声が断続的に轟いている。
 凍える空間を飛翔する無数の砲弾はそびえ立つ灼熱の火柱に命中し、弾着の火花を咲かせ続けるが、火柱はそこにあり続けていた。
 火柱の正体は、顔と拳に業火を纏う愚神ビェス。ナガルがロシア軍から聞き出せた、ビェスに憑依された兵士の名はレフ・アミロフ。
 そこへ雪上車とスノーモービルの群れが到着し、H.O.P.E.エージェント達が次々と戦場へ飛び出していった。

●戦意(ブレイブ)と業火(ブレイズ)
 援軍の到着に歓呼の声を上げるロシア軍に向け、雪上車より飛び降りた朝霞は『聖霊紫帝闘士ウラワンダー参上!』と名乗りを上げると共にロシア軍へこの場からの退却を要請する。
「ここからは私達H.O.P.E.が愚神と戦います! 皆さんはこの場から一時下がって下さい!」
 既に雪上車からは香月が飛び出してLSR-M110を顕現している。
「私は奴を狩りに征く」
 淡々とした声を残し、香月はビェスに向け疾走を開始する。
(朝霞。ロシア軍の退避指示は他の仲間に任せよう)
「そうだね。私達は敵の攻撃を引き受ける役目があるから」
 内から届いたニクノイーサの助言に朝霞は頷くと、ビェスに向け疾駆する。
(以前戦ったフィロという愚神も楽園を名乗っていたな。ファリンからの連絡が確かなら、あの愚神はかなり手強い存在だ。朝霞、油断するなよ)
(了解、ニック)
 香月、朝霞がビェスのもとへ向かった事を確認したキースは雪上車をロシア軍のもとへ移動させ、退却を指示する。
「ここから先はボク達に任せて、ここから離れて下さい!」
 キースの指示を受けたロシア軍が愚神ビェスの包囲を解いて退却を始める中、キースもLSR-M110を顕現する。
 その間にもナガルが突進し急速にビェスとの間合いを詰める。
(マスター。このまま突っ込みすぎてマスターが怪我をされては意味がありません)
 ナガルの内より千冬が突進を自制するよう訴えるが、ナガルはさらに疾走を続ける。
 その後を由利菜、つくし、一真、ファリンがそれぞれビェスに向け包囲する動きで疾駆する光景を前に、ビェスは吼える。
「H.O.P.E.よ。汝らのあらゆる手段で『楽園』に抗え!」
 そんなビェスに向け、ロシア軍の退却を見届けたキースもまたLSR-M110の狙撃が届く距離への疾走を始める。
 まず射程距離内にビェスを捉えた香月のLSR-M110が、引き金を引かれ咆哮した。
「訳の分からんことを言う。私は貴様の楽園など興味ない」
 香月は冷徹な口調と共にLSR-M110の発射焔で上半身を染め、銃弾状のライヴスを撃ち放ってビェスの体を乱打し、その間にキースもまたLSR-M110の有効射程距離に到達するなり仲間達の援護射撃を開始して、ビェスの首より上に銃弾状のライヴスを撃ち続ける。
(少しでもいい。怯ませることができれば)
 香月とキースの射撃をビェスが拳の手甲で防ぐ中、最初にビェスのもとに到達したナガルが朱里双釵を顕現して猫騙を繰り出し、朱色の複雑な軌跡をビェスの眼前に描きナガルはビェスを牽制する。
「今です、御代さん、ファリンさん、大宮さん!」
 ナガルは後を自分の友人達に託し、ビェスを挟撃する形でつくしは一真と共に、ビェスを術の射程内に入れる。
「ありがとう、ナガルさん。一緒に包み込むよ、沖君!」
「承知した。タイミングは合わせる」
 つくしの言葉に一真もクールに応じ、ほぼ同時につくしと一真は幻影蝶を発動し、無数に舞うライヴスの蝶がビェスを包み込み、ビェスから意識と強度、生命力を強奪する。
 初手でつくしが幻影蝶を使うと聞いた一真が、幻影蝶は同じ相手に1度しか効果を発揮できない事を考慮した結果、挟撃する形で同時に発動すれば敵が術を回避できる範囲を狭め、成功すると判断した上での連携攻撃だった。
(意識のない今ならいけるぞ)
「了解ですわ、お兄様」
 つくしと一真の攻撃でビェスが気絶状態になったことを確認したファリンが、内にいるヤンからの助言に頷いてブラッドオペレートを発動し、ライヴスのメスをビェスの体に突き立て追撃する。
 ファリンの攻撃で気絶状態から回復したビェスだったが、既に眼前には青色の魔法陣を展開し、美しい白の穂先と両翼の刃を持つ三叉の神槍と化したグングニルをビェスに向ける由利菜の姿があった。
(既にロックオンは済んだ。やれ、ユリナ)
「攻撃の出鼻、くじかせて頂きます」
 内からのリーヴスラシルの声を受け、由利菜はライヴスリッパーを絡めたグングニルをビェスに解き放つ。
 突風の速度で繰り出された由利菜のグングニルはビェスの体に突き刺さり、ライヴスリッパーがビェスのライヴスを乱して再びビェスを気絶させ、由利菜の魔法陣が赤色と化す。
(今だ、いけ朝霞)
「了解、ニック。行きます!」
 薄色の流星のように。鴇色の銃弾のように。桃染(つきそめ)の狼のように。
 仲間達の作った隙とニクノイーサの加護に背を押され、朝霞がビェスへと疾走し。
 朝霞が振るう白地にピンク色のレインメーカーが、可愛らしい見た目通り宙にハート型のエフェクトを残して宙を舞い、打撃音を響かせビェスを殴り飛ばした。
「ここから先は私も盾役を務めます!」
 朝霞はレインメーカーを構えてそう宣言し、気絶から立ち直ったビェスの前に立ちはだかる中、ビェスの足元よりビェスが纏う炎とは異なる色合いの業火が轟然と噴き上がり、ビェスの身を焼き焦がす。
「あなたの言う通り、抗いに来たよ!」
(何が目的かは知りませんが、全力でお相手しますよ)
 ビェスを焼く炎の正体はつくし(とメグル)の放ったブルームフレアだ。
「我が身を蝕みて鍛えよ、刃呪の舞――牡丹灯篭」
 そこへ武器を呪符「牡丹灯籠」に切り替えた一真の攻撃が追い打ちとなり、一真の霊力を代償に牡丹灯篭の絵の描かれた刃が鋭さを増して顕現し、ビェスを切り刻む。
「おまえの背後にいるのはニア・エートゥスという愚神か? こんな回りくどい事をするのもそいつの指示か?」
 一真からの問いにビェスは拳を振るい、眼前の朝霞、そして一真に向け橙色の塊が弾け飛ぶ。
(2発両方を受け流すのは無理だ。片方をレインメーカーで食い止めろ)
 ニクノイーサの助言に従い、朝霞はレインメーカーを掲げてビェスの放った炎弾の片方を防ぎ止め、盾役の役割を果たす。
(一真、かわして)
 内より響く月夜の冷静な声に従い一真は跳躍すると、先程まで一真がいた場所にビェスの灼撃が着弾し、炎の海を作る中、それを踏み越え香月が武器を屠剣「神斬」に切り替えビェスに突進する。
 その外側では、既に射手の矜持で集中力を高めLSR-M110を肩付けしたキースが、【SW(銃)】オプティカルサイトにある十字の照準線の中へビェスの頭部をおさめ、首から上を狙う。
「照準……よし。距離。風速、よし」
(大丈夫。キース君ならやれる)
 内からの紙姫の意志に支えられ、キースは全神経を集中させ、心中にある必中の標的と眼前の愚神を重ねて見た。
 その一瞬、キースは小さくため息をついて呼気を整え、LSR-M110の引き金を絞る。
 正確に。精密に。効果的な一弾を解き放つ。
「頼む。当たってくれ!」
 発射焔の閃きと共にキースのLSR-M110の銃声が響き、銃口より唸り飛んだ銃弾型のライヴスが火線となって、正確にビェスの目を直撃し、ビェスは体勢を崩す。
「さっさとその兵士から退散して滅べ」
 その間にも酷薄な口調と共に香月の振るう屠剣「神斬」が一気呵成でライヴスを集積し、重量と衝撃力を高めた一撃でつくしと一真の幻影蝶で脆くなったビェスを穿ち転倒させ、追撃の剣閃がその身をさらに削っていく。
 ビェスは無言で負傷した箇所に炎を巡らせ回復するが、終わるころには再び由利菜のグングニルがライヴスリッパーを纏い、ビェスに照準を定めていた。 
(ユリナ。奴に回復させる暇を与えるな)
「わかってます、ラシル」
 リーヴスラシルの助言に頷くと、由利菜の繰り出したグングニルが再びビェスを貫き、ライヴスリッパーがその意識を奪い、ナガルが朱里双釵に毒刃による特殊なライヴスを纏わせ、ビェスの纏う炎を削ぐ勢いで集中攻撃に加わる。
 ナガルの攻撃で意識を取り戻したビェスに向け、ファリンとナガルからそれぞれ戦いを終わらせるよう懇願する言葉が向けられる。
「戦友は大切な存在でしょう。その方々を踏みにじってまで得られるものなどございません」
「私達に強い力を得させる為に、自分を踏み台にさせる必要なんてないはずです!」
 ファリンとナガルが導き出したその言葉は一連の状況の動向から推測したものだった。

●決着
 戦いに変化が見られたのは、術を1つを除き使い切った香月が朝霞よりフットガードの支援を得て近くの雪原まで退き、武器をLSR-M110に切り替えてからだった。
「自分の攻撃が届かぬところから一方的に攻められる気分はどんなだ?」
 LSR-M110の射程を活かした射撃を続け、香月はビェスに宣告する。
「戦というのは命の奪い合いだ。そこにルールも反則も卑怯もない。それが気に入らんのなら己の無力さを呪うがいい!」
 その宣告には香月はビェスが自分に攻撃を届かせる機動力がある可能性を考慮し、ビェスの攻撃を他の仲間からそらし、自分へ集める意図もあった。
 香月の思惑通りビェスは弾丸のような速度と機動力で香月のいる雪原まで一気に到達し、灼熱に輝く炎を香月に浴びせたが、ファリンが治療の優先順位を切り替え香月のもとへ駆けつけ、クリアレイの清浄な光を放って香月の状態異常を治療し、心の中でヤンと共にビェスの特性を推察する。
(雪が苦手という訳ではないな。当たり前の話だが)
(あの愚神が燃やすものも任意のようですわね、お兄様)
 ヤンの言う通り、愚神や従魔にライヴスを介さない攻撃や自然現象は通用しない。
 そしてビェスの周囲に雪がないのは、単にロシア軍との戦闘で周囲の雪が蹴散らされ焼かれた結果に過ぎず、ビェスの弱点が雪というわけではない。
 そしてつくしのブルームフレアがビェスにダメージを与えたように、見た目が炎でもライヴスを伴う攻撃ならビェスに通用する。
 そんな中、リーヴスラシルが改造に着手し様々な文字が刻まれた光翼の盾と化したアイギスの盾を掲げ、由利菜が動きだす。
(ユリナ。私が加護する)
(傷つくことを恐れません!)
 リーヴスラシルに支えられ、由利菜は己にそう言い聞かせると、ビェスに向け守るべき誓いを発動しビェスの敵意を自分に向けさせ、香月への追撃を遮断する。
「『楽園』を。私を乗り越えてみせろ!」
 そんな状況の中ビェスがそう吼えてその体を火柱と化し、空へ業火を噴き上げ、次いで地面に無数の赤い光点が浮かび上がった。
(つくし。この状況は見覚えがあります)
「地面が光ってる! これ、攻撃が来る合図じゃないかな!」
 メグルと同じ見解に至ったつくしが仲間達に聞こえるよう、警告を発する。
(ここは御代の言葉を信じよう。朝霞。地面が光る場所には近づくな)
「了解、ニック!」
 ニクノイーサの助言に頷き、朝霞は光点のない場所を駆け抜ける。
「皆さん、範囲攻撃です! 光らぬ場所へ退避を!」
 ナガルの内より一瞬だけ千冬の意識が現れ、ナガルの口を借り周囲の仲間達に警告を発する。
 その間にも空を切り裂きながら無数の火炎球が頭上から降り注ぎ、火炎球を受けた由利菜のアイギスの盾からライヴスの光の羽が舞う。
 キースはLSR-M110でビェスを撃ちながら温存する術の有効範囲まで接近を続け、かわしきれなかった火球を受け傷つくが、キースは振り返らない。逃げる事など考えない。
 そして仲間達に事前に警告を発した後、温存していたフラッシュバンを発動して閃光弾を炸裂させ、ビェスを眩惑させる。
(負傷者は全員朝霞の術が届く範囲にいるぞ)
「ありがとうニック。今、皆さんを治療します」
 その防御力とレインメーカーで火球の雨を無傷で潜り抜けてきた朝霞は、ニクノイーサの助言を受けそう呟くと、ケアレインで治癒の力を帯びたライヴスを周囲一帯に降り注ぎ、香月、キース、由利菜の負傷をまとめて治療する。
 ナガルもまた火球の雨を強引に突破してビェスに向け猫騙を仕掛け、その攻撃を遅らせる。
(マスター、無茶をしすぎです)
「でも、これがアミロフさんの『奉仕』だというなら悲しすぎます!」
 千冬からの訴えにナガルはそう応じる中、つくしも降りしきる火球の隙間を駆け抜ける。
(つくし、今が好機です)
「今度こそ助けるよ!」
 メグルの助言に従い、つくしはそう叫んで最後のゴーストウィンドを発動し、不浄の風がビェスを絡め取りその身を朽ちさせる間に、一真もまたビェスのもとへ到達する。
(もう止めなさい。誰かを犠牲にするやり方はもう見たくない)
「時間稼ぎはさせねぇぜ」
 内より届く月夜の意志を受け、一真は温存していたリーサルダークを発動し、呪詛を吐く闇をビェスに絡みつかせその意識を奪い、後を仲間達に託す。
 まず応じたのは駆けつけたファリンのリジェネーションによる治癒の光を纏った由利菜で、銀の翼状の鍔と蒼黒の刀身を持つ美しい剣に鍛え直され『シュヴェルトライテ』の銘を冠する無形の影刃<<レプリカ>>をビェスに抜き放ち、次いで朝霞もハート形の残像を空間に残してレインメーカーをビェスに振り下ろし、深い斬撃と打撃を刻まれたビェスが片膝をつく。
 その間にビェスに肉薄した香月が最後の疾風怒濤を発動し、香月の屠剣「神斬」の剣閃が3度ビェスを貫いた時、何かが砕ける音が響き、ビェスの身から塵が噴きあがる。
「私の挑発に乗ったことが貴様の敗因だ」
 香月が塵と化し消えゆく愚神にそう告げる中、憑依を解かれた兵士が倒れる姿が残された。

●開幕
 ただちに朝霞、つくし、鷹の目を発動し周囲を警戒していたナガルが兵士に駆け寄り、ナガルや朝霞はロシア軍より借りてきた応急治療用具を使って兵士を治療し、つくしはロシア軍へ無線で兵士の緊急搬送を要請し兵士の救命を助ける。
「大丈夫ですか。しっかりして下さい」
「どうか生きて。貴方を絶対に死なせたくない!」
 朝霞とナガルの治療で兵士が蘇生し、駆けつけたロシア軍に兵士が搬送されるのを朝霞、ナガル、キースが同行し、つくしが由利菜と共にロシア軍の撤退を援護、香月、ファリンが現地より帰還する中、一真はインスタントカメラで現場を撮影し情報収集をしていた。
「仕組んだ奴が情報を残してるとは思えないが……」
「ある程度ならお伝えしますよ」
 不意に耳慣れぬ声が一真の呟きに応じると共に、つくし、由利菜達の前に髪と瞳の色と同じ金銀の意匠を纏う存在が突如姿を現した。
「ニア・エートゥス。やはりいましたか」
 由利菜が一真にも相手の正体をわかるよう告げ、敵意がない事を示すため共鳴を解き、つくしとリーヴスラシルが前に出る。
(つくし。憤りは抑えて下さい。できる限り冷静に)
「何が目的で橘さんにあんな事を言ったの。あなたはH.O.P.E.をどうしたいの?」
「彼の望みを叶える為です。そして『私は』H.O.P.E.に何も望みません」
 メグルの助言に従い極力感情を抑えたつくしの問いに、ニアは奇妙な答えを返す。
「あなたはその気になれば、いつでもシーカを切り捨てる力があるのに、何故あの男に従い続けるのですか?」
 由利菜のいうあの男とはシーカ幹部フランツ・フォン・ノイラートの事だ。
「それは秘密です」
「その化けの皮がはがれる時を楽しみにさせてもらう。それまで貴様は裏方の仕事に徹していろ」
「そのつもりです。では失礼」
 由利菜とリーヴスラシルの言葉にニアは素気なく応じ一礼すると、ニアの周囲に暴風が吹き荒び、暴風が止んだ時、ニアの姿は消えていた。
「やっぱりニアという大物が潜んでいたか」
(向こうに戦う意志がなかったのが幸いだったね)
 月夜からの言葉に頷きながらも一真は密かに知り得た情報を記録しており、危機が去った事がわかったつくしや由利菜、リーヴスラシルと共にロシア軍の用意した雪上車に乗って帰路につく。
 その後愚神の憑依より解放された兵士レフ・アミロフより、あの現場にいたロシア軍全員の連名で自分を助けてくれたH.O.P.E.エージェント達への感謝をこめた内容の手紙と、ニアより聞かされた情報の全てがH.O.P.E.に届けられ、H.O.P.E.はシーカという秘密結社の論理を知ることになる。
「フランツを許せないか、ユリナ?」
「このままあの男にシーカを委ねてはなりません。愚神を手駒として使い続けるなど、危険すぎます」
 リーヴスラシルの問いに由利菜はそう結論付けたが、キースは仲間達と離れ、紙姫にだけそっと尋ねる。
「シーカの理想の先に、どんな未来があると思いますか?」
 キースの問いに紙姫はしばし考えた後『あたしにはわからないよ』と答えたが、キースはその答えに満足し、何かの迷いが少しだけ消えたような表情で、こう紙姫に囁いた。
「わかりませんよね。だから、確かめましょうか。ボクや仲間達と一緒に」
 これから始まるシーカと『楽園』の物語を『あなたたち』はどう迎え、終わらせるか。
 全ては『あなたたち』次第。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • 花咲く想い
    御代 つくしaa0657
    人間|18才|女性|防御
  • 共に在る『誓い』を抱いて
    メグルaa0657hero001
    英雄|24才|?|ソフィ
  • 絶望へ運ぶ一撃
    黛 香月aa0790
    機械|25才|女性|攻撃



  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 危急存亡を断つ女神
    ファリンaa3137
    獣人|18才|女性|回避
  • 君がそう望むなら
    ヤン・シーズィaa3137hero001
    英雄|25才|男性|バト
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
    人間|17才|男性|命中
  • 凪に映る光
    月夜aa3591hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • 天秤を司る者
    キース=ロロッカaa3593
    人間|21才|男性|回避
  • ありのままで
    匂坂 紙姫aa3593hero001
    英雄|13才|女性|ジャ
  • 跳び猫
    ナガル・クロッソニアaa3796
    獣人|17才|女性|回避
  • エージェント
    千冬aa3796hero001
    英雄|25才|男性|シャド
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