本部

激突の百鬼夜行

若草幸路

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/10/31 12:21

掲示板

オープニング

●麗しの夜行
 トリックオアトリート! と仲間の誰かが道行く人に呼びかける。応えて、きゃあきゃあとはしゃぐ声が眼下から響いた。夕暮れから夜に変わる空の下を、自分たちを乗せた豪奢な山車が往く。
 エージェントたちはそれぞれ夜の魔物を模した仮装に身を包み、微笑みを、快哉を、呼びかけをふりまいていた。この西洋の城下町を模した遊園地で、ハロウィンパレードの特別キャストとしてその異能を活用し、彩りを添えて欲しい。そういう依頼だった。期限は一週間、今日が最終日。

 穏やかに終わるはずだったのだ。――その耳障りな高笑いと轟音がなければ。

●現れたる百鬼
「HA-HA-HA! ようこそ生ぬるい夜の友よ。真の夜がどういうものか、思い知らせてあげましょう!」
 高笑いの主は、格好こそ麗しい吸血鬼。だがそのでっぷりとした体の贅肉と、比して異様さを強調されている青白く痩けた頬は、そいつが仮装でなければおよそまともな人間ではないことを物語っている。そしてそれが乗る山車は青白い炎に包まれ、轟音を響かせながら猛然とこちらに向かってきている。何事かを嘆く巨大な人魂が炎に焼かれながら周囲を飛び回り、そして車体の横っ腹には白骨が剣や槍を振り回しながら顔を覗かせていた。
 それを目にした仲間の誰かが、愚神、と呟いた気がした。そうだ、あの禍々しいライヴスの流れは、常日頃相手取っているあの忌まわしい存在たちに他ならない。なぜ? と問う前に、ヘッドセットに呼び出し音とざらついた声が響いた。
『緊急事態発生!』
 H.O.P.E.のオペレーターだ。遊園地の事務室からさらにこちらへ通信を繋いでいるらしく、音質が悪い。そのことを伝えると、はっきりと言葉を区切りながら声が続く。
『今向かってくる山車は、近隣から密かに進入してきた愚神と従魔に乗っ取られています。観客を恐慌させずに誘導するには、人員の絶対数と時間が足りません』
 そこで、とオペレーターは言葉を区切り、告げた。
『――緊急作戦として、アトラクションプログラム、つまりショーに偽装しての討伐が決定されました。山車そのものは従魔ではないようですが、かなりの速度です。どうか、迅速な対処を!』

●激突せよ
『ただいまより、特別プログラムを開始いたします。どうぞ、華やかな一幕をご観覧下さい』
 アナウンスが流れる。吸血鬼はまたも甲高い声で笑い、どうぞご覧あれ! と乗ってみせる。
「ご覧あれ、"大いなる伯爵"の舞台を! 紳士淑女の皆様方に、真の夜を、絶望をお見せいたしましょう!」
 その不快な語りに力でもって答えるべく、エージェントたちは艶やかに構えた。音楽がかき鳴らされる希望と絶望の境界線上へ、観衆の期待と喜びに満ちた声が満ちてゆく。

 ――ショータイムが、始まろうとしていた。

解説

●任務について
 ハロウィンパレードでキャストとして山車に乗っていたPCたちの前に、愚神と従魔の乗る山車が正面から向かってきています。
 パニックを避けての誘導などが不可能な状況のため、『ショーだと見せかけて』討伐を行ってください。

 ▽成功条件
 ・敵の山車の停止、および愚神と従魔の全てを討伐

 ▽失敗条件
 ・観客に愚神たちの存在を気づかれてパニックが起こる
 ・山車どうしが衝突する。(18ラウンド経過時に敵の山車が止まっていない)
  ※ショーの体裁を保つため、PCの山車は停止不可。

●敵データ
 ▽愚神"大いなる伯爵"
 デクリオ級。注目を集めてから絶望を与えてライヴスを集めることを好みます。
 ※PL情報:戦闘能力は物理・魔法ともに特筆すべき点無し。細剣を使います。
 
 ▽従魔"スケルトン"×5体(うち、飛行能力持ち3体)
 ミーレス級。飛べないものは山車が停止すると、PCの山車に飛び移って物理攻撃を仕掛けてきます。
 ※PL情報:この中の飛べない1体は山車の運転を担当しています。

 ▽従魔"泣き虫ジャック"×1体
 ミーレス級。大きなエネルギー体のようにも見える姿で、OP直後からPCたちに飛来します。
 ※PL情報:魔法攻撃の他、視界や射線を塞ぐように移動して行動を阻害してきます。
  中央に頑丈で小さいコアがあり、それを破壊すると消滅します。コア以外への攻撃は効果が薄いです。

●留意すべき点
 ▽周辺地理
 山車は大通りを一直線に走行中。
 観客は通りの両側で見物しています。城の手前まで人波は続き、未就学児も多く居る状況です。

 ▽PCの行動について
 共鳴する際など、行動にショーらしい口上や動作が伴わない場合、観客が怪しむ確率が増大するでしょう。
 時折、観客にアピールすることも必要かもしれません。

リプレイ

●名乗りを上げよ
「おのれ、襲撃か!」
 ステージ用のピンマイクをいったん切り、歯噛みしたのはプラヤー・ドゥアンラット(aa4424)だ。象使いをイメージして豪奢に飾られた姿が、忌々しげな身振りをする。
「俺たちの前に立つか。ずいぶんな自信家とみえる」
 同じく豪華な衣装に身を包んだパヤナーク(aa4424hero001)は、その野性的な風貌で、山車を静かに見つめていた。その瞳には、獰猛な何かが宿っている。
「もう、せっかく桜と一緒に楽しんでいたのに……最終日にこれだなんて」
「これが……空気読めない人……?」
憤慨するのは漆黒のサキュバスことミルノ(aa4608hero001)、ずれた感想を述べるのは藤岡 桜(aa4608)。放浪癖と始終ぼんやりという個性のバッティングのせいでそろってイベントに参加できることが貴重な二人にとって、このはた迷惑なゲストはカチン、とくるものがあった。愚神に遠慮はいらない、と二人は戦闘に意欲的だ。
 そして、その会話の間に山車の上部正面へと駆け抜け、伯爵を正面から睨みつける一組の男女がいた。
「このタイミングで乱入してくるとはな」
「傍迷惑なお話ですけれど、同時にご愁傷様ですわ」
 赤城 龍哉(aa0090)とヴァルトラウテ(aa0090hero001)は、山車を見つめたまま不敵に笑んだ。相手が自分たちを能力者だと知っているかどうかは不明だが、負ける気はしない。頼もしい仲間と、この声援が力になってくれる。二人は先陣を切って山車の先に立ち、ピンマイクをONにして朗々と告げた。
「どこから湧いて出たかは知らないが……吸血鬼め、それ以上好きにはさせんっ!」
「邪悪に囚われし闇の使徒よ、私たちが教えて差し上げますわ……希望を呼ぶ光の輝きというものを!」
 スモークとライトアップの中での共鳴。その光景に反応して続いたのはプラヤーだ。山車飾りの象――いち遊園地のハロウィンパレードに、さすがに生きた象の随伴は難しかった――に乗って高らかに謳う。
「虎の子の象を使うまでもない。この力だけで十分だあ!」
「奴らに自分たちの愚かさを、思い知らせてやろう」
 プラヤーとパヤナークは自らの衣装と同じぐらいに派手に飾られた象の模型、次いで山車から飛び降り、地上に着地する。その姿はすでに共鳴を終え、半人半象に酷似した姿に変じていた。手を地面につき、象の如く吠えてみせる。
 続くのは、艶やかな花魁姿がその狐の耳と尻尾に完璧に調和している、美しい青年だ。
「……許し無く我が前に立つとは、何たる不敬」
 楓(aa0273hero001)が冷たい眼でたおやかに呟き、隣の巫女、もとい巫女装束の会津 灯影(aa0273)を抱き寄せた。片手を胸に這わせ、そして首にそっと噛み付こうとする。その白い歯が肌に食い込むかと思われた瞬間、彼らは一体となっていた。
「この傾国の妖狐みずからが――華々しく! 艶やかに! 麗しく! ――蹂躙してくれよう」
 その艶やかさにほう、と観衆が息をつく。ついでに頭の中からも、怒り混じりのため息が漏れた。灯影としては打ち合わせたこととはいえ、不本意だった巫女のコスプレに加えてのこの演出には、思うところがあるようだ。
『もうお婿にいけない……』
「(まぁそう怒るな、我が貰ってやる。嬉しかろう?)」
『嬉しくな……うぅん、とにかく任せた!』
「(無論だ)」
 文句は後から言おう、と、念話を終えたふたりは意識を愚神に振り向ける。今は、任務を遂行するのが最優先だ。

 若干わかっていない者もいる。
「おおー! はく、アトラクションだって!!」
 任務であることをうまく理解できず、無邪気にはしゃぐまいだ(aa0122)もっとも、仕方の無い面もある。この能力者である幼子はまだ十歳にも満たず、基本的にパートナーである獅子道 薄(aa0122hero002)が仕事の詳細を受け持っているのだ。今回も、そういった一件であった。
「えっ!? ええ、そうですわね!」
 薄は焦る。今からのこれは歴とした討伐任務だ。だが本気でアトラクションだと信じているまいだに事実を伝えて、悲しい顔をさせてしまうのは薄の信条として、絶対に避けねばならない。瞬時に思考を巡らし、そして説得をすべく、口を開いた。
「ですがまいだ様、今からのこれは共鳴が必要なお仕事なのです……残念ですが、後はわたくしにお任せ下さいませ」
「え? えぇー」
「後でご説明いたしますから、ね?」
「……わかったー。あとでどんなだったかおしえてね? ぜったいおしえてね!」
「ええ、もちろん!」
 薄はまいだと視線を合わせ、大きく頷いてみせてから共鳴を行う。共鳴中は眠りについているこの愛し子に、どのような言い訳をしようかと算段しながら、妖精衣装はそのままに、角の生えた頭とヘテロクロミアのごとき金と黒の瞳で名乗り口上を紡ぐ。
「フェアリープリンセス☆まいださま、華麗に参上! この愛らしきまいださ……ではなく! プリンセスのドリームアローで皆に希望をおとどけですわ!」

 ショー、という形態に戸惑いを見せる者もいる。
「なんか芸能人のひとかと思ったら、愚神だったのか……学芸会とか超苦手なのに……」
 そう言って悩ましげにうなるのは十影夕(aa0890)だ。キャストとして手を振るだけならまだ大丈夫だが、ショーとなると勝手が違う。
「グライヴァーのくせに、シュミのいいクルマじゃないか」
 シキ(aa0890hero001)はふん、と不敵な笑みをこぼす。乗り気なのを見て取って、夕はシキに提案をする。
「あー……共鳴するけど、シキ頑張れる?」
「というと?」
「ショーのフリしたまま倒すの」
「それは、わたしにみをゆだねるということかね。まかせたまえよ」
 そして、シキの主導で共鳴が行われる。現れた相貌は、夕とシキが混じり合う黒白の髪。今の混ざり合った意識はシキの意志が前面に出たもののようであったが、その視線に宿る熱量は、ともすれば夕の、知らず自らに暗示をかけた結果の人格とも見える。そして、彼はその表情を崩さず、おもむろに山車の先端、つまり舳先に移動しはじめた。
 乗り気でない者は、もう一人。
「うう……僕は表に出ないからね?」
 涙目でかぶりをふるのは三ッ也 槻右(aa1163)。それをあきれ顔で眺めているのは、パートナーの英雄、酉島 野乃(aa1163hero001)だ。
「へたれめ……まあ構わぬ」
 にいっ、と笑ったその直後に現れたのは、黒と薄浅葱に彩られた獣耳の青年。ただし、今回は常とは違い、その意識は野乃が主体となって動いている。
「その代わり、好きにさせてもらう故な?」
 青年が、山車から駆け下りた。そのまま双方の山車の中央に降り立ち、イグニスから炎を天に向けて吹き出しながら音割れ寸前の大音量で叫ぶ。
「見よ!! 悪の伯爵が今宵の主役を奪いに来たっ!」
 突き上げた拳に、観衆がおおおっ! と呼応する。その声を聞いて、舳先に移動し終えていた夕はピンマイクをONにし、伯爵に語りかけた。
「大いなる伯爵よ、なまぬるいといったね?」
 一拍置き、大きな動作でスナイパーライフルを向け、一発の弾を撃ち放った。近づいているとはいえ届くには至らないその一撃は、宣戦布告である。
「これならどうだい、少しは熱くなれそうかね?」
 その言葉に、伯爵はさも満足げにうなずき、そしてせせら笑ってみせた。
「HA-HA-HA、実に結構! 無駄にあがけばあがくだけ奪ったときの満足が増しますからね!」
「――なにを! 我らが夜を、我らの菓子を、渡してなるものか!」
 槻右が間髪入れずに返してたたみかけ、
「お菓子もくれないお客さんには、情け無用のいたずらですよ」
「トリートなければ、トリックあるのみ……にゃ~」
 桜とミルノもそれに続いて煽り立て、そして共鳴する。純白のドレスと漆黒の羽根を持つ美しい少女の姿に観衆はさらに熱狂し、辺り一帯がボルテージを増していく。

 その光景に、マジかよ、と谷崎 祐二(aa1192)がかぼちゃの被り物の下で苦笑した。横に居る麗しい英雄猫、プロセルピナ ゲイシャ(aa1192hero001)を見下ろし、決意したように声を掛ける。
「俺たちも行こうか、セリー」
 にゃあ、とプロセルピナがひと鳴きし、その姿がジャック・オ・ランタンの仮装をした祐二に溶け込む。その瞳が紅く染まったのを、誰が知るよしもない。――そして幻想蝶から大鎌を取り出した彼は地を駆け、開幕を高らかに宣言した。
「さあ、やってやろうじゃないか!」

●将を射よ
 先陣として飛来するは、蝙蝠の翼を組み込まれたスケルトンが三体、そして音楽をかき消さんばかりに響く悲鳴を上げ続ける亡霊が一体。
「泣き虫ジャック、悲鳴を聞かせてあげなさい!」
 伯爵の号令で、ジャックと呼ばれた亡霊がひときわ大きな悲鳴――否、炎の塊を放った。ごつごつした岩のようでもあるそれらは飛距離こそまったくないが、禍々しい質量に満ちている。狙われたエージェント達は四方に散り、その塊を避けた。その中でもひときわ華やかに、くるくると体をひるがえしてそれを避けたまいだが、亡霊に向かっていーっ、といたずらっぽく笑ってみせる。
「妖精さんをいじめるなんて、ゆるさないぞ☆」
 その語り口は、あくまで希望を運ぶフェアリープリンセス。その笑顔の糖衣が、殺意を包んでいることなど微塵も感じさせはしない。
「(ころすころすころすころす……)」
 そう、殺意。まいだの小さな体躯で戦う薄の心は、どす黒い怒り一色に染められていた。自分の喋る台詞への恥ずかしさもあるが、なによりまいだの楽しみを多少なりとも、否、ほんのわずかでも損なったこと。そして今し方、攻撃を避けきれずについてしまった傷、まいだの肌に奴らのせいで傷がついた、という事実に怒っている。《カオティックソウル》の効果なのか怒りの表れなのかもわからない力のみなぎりが、頬の傷からの出血量を増やす。
「あらあら、いたずらされ返されてはだめですよ」
 AMRを山車の一番高い場所に据え終えた桜が、まいだの血を拭い、傷を癒やす。観客に見えるように微笑みを交わした後、まいだは弓を構え、桜はすっと視線を照準に寄せた。
「泣き虫ジャックさん、でしたっけ。泣いてばかりではいけません、よ!」
 ショーアップされた言葉に彩られた、ショーではない一撃。射線上に躍り出たようにも見える亡霊は、確かな手応えとは裏腹に、大した痛手ではないとでも言いたげに吠えた。効果が薄いことを見て取り、桜は歯噛みする。
「これならどうだ、っ!」
 槻右がイグニスで亡霊の顔を焼き焦がす。が、焦げた部分の周囲から実体が盛り上がり、またたく間に元の歪んだ顔を取り戻してしまった。その表情に刻まれた苦悶は、攻撃が完全に無駄ではないことを示している。
「根気が勝負のにらめっこですか。いいでしょう!」
 だが、あまり根比べをしている時間はなかった。このままでは山車同士の衝突の危険性があるとわかっているエージェントたちは、短期決戦に向けて動き始める。
「臆病者め、こちらから近づくのを待つまでもない。直接出向いてやろう!」
 『烈華』の銘の通りに華々しいきらめきを持つ大剣から斬撃を飛ばし、突撃してくるスケルトンの翼を裂いた龍哉はそう啖呵を切って山車から降りた。
「俺も負けていられないな!」
 地上に居た祐二が、手筒花火に着火する。噴き上がる火花に紛れて《潜伏》で姿を消したカボチャ頭に、翼を裂かれて地上に落ちたスケルトンが目測で追いすがった。振り回した棍棒が、空しく中を切っていく。
「どうした? ほら、俺はここにいるぜ?」
 スケルトンの背後から、祐二がするりと現れた。観衆には、一連の動きがまるでイリュージョンのように見えたであろう。《ジェミニストライク》の一撃でさらさらと粉になるスケルトンが、ライヴスを仕込んだ派手な演出と見えたらしく、喝采があちこちから巻き起こった。その横を抜けていった龍哉――敵の山車に向かって正面切って走っていく――を、まだ飛べる二体のスケルトンたちが急降下して行く手を阻まんと試みる。しかし、それは叶わない。
「幻惑の蝶は我が妖力の化身。瞳のない者でも見惚れる艶やかさ、見るがいい」
 灯影の《幻影蝶》が翼持つ白骨たちを優雅に包む。見惚れたわけではないだろうが、一体の動きが鈍り、もう一体の動きが乱れた。それを見逃さず、まいだが《ストームエッジ》を、灯影が《ブルームフレア》を放つ。
「ドリィイーム、アロォォー!」
「劫火より熱く花火より艶やかな狐火、味わうがいい」
 雨のように降り注ぐ矢と炸裂する火炎が、混乱した動きのスケルトンたちを貫いて地面に縫い止めた。その苛烈さとは裏腹に、希望すら感じさせる優雅できらびやかなエフェクトに紛れ、白骨は砂塵となった。それを見届けて、祐二はマントを翻して再び《潜伏》する。
「俺らはどこにでも現れる。皆様、後ろには気をつけて」
 残るスケルトンは山車に張り付いている1体と、運転席から見えている1体。仲間たちがいる限り、観客に矛先が向く可能性は低かったが、念には念を入れて動く。――ラストの演出のために花火を設置しながらの観衆の護衛。気がかりなのは、山車の速度だった。

●馬を射よ
「おおおおお!」
 プラヤーが未だ速度を落とさぬ敵の山車へと食らいつこうとするのを阻むのは、山車の側面にいたスケルトンだ。山車を飛び降りてきた勢いもあるのか、肉のない腕にしては侮れない威力で振り下ろされた剣は、しかし象人のごときプラヤーの膂力でもって跳ね飛ばされる。
「この巨象に力で挑もうなどとは、笑止千万!」
 そう声を張り上げたプラヤーの手に握られているのは、無骨なクレイモア。それでもって白骨の戦士と打ち合い、そして敵の骨を的確に砕く。途中、山車に乗り込む龍哉に反応したのが、スケルトンの運の尽きだった。
「踏みつぶしてやるッッ!」
 白い頭骨が砕かれ、即座にさらさらと崩れてゆく。勝利の雄叫びを上げるプラヤーの横を、山車が猛スピードで駆け抜けていった。残る敵は、地上に降りた時に見えた運転席のスケルトン、伯爵、そしてしぶとい泣き虫ジャック。

「どこへ撃とうか。きみたち、どこがいい?」
 夕は迫ってくる山車の車輪に狙いをつけ、観衆に語りかけながら引き金を引いている。だが、車軸を狙った三発目にその視界は茫洋とした輪郭の名状しがたいものに遮られた。泣き虫ジャックが射線上に降りてきたのだ。それならば、と夕は一撃を放つ。だが、その泣き声のような咆哮も、今はこちらをあざ笑っているかのように聞こえた。
「失敬、外してしまったね」
 観客にはそう言ったが、否、外してはいない。先ほどの桜の反応と報告から、効果が薄いだけだということはわかっていた。しかし、このままでは時間が足りない。
「……おとなしく種明かしをしたらどうだい」
 オプティカルサイトを用い、亡霊の動きを見る。射線上に躍り出るということは、喰らってもかまわない何らかのトリックがあるはずだ。そう信じて狙いを絞り込み撃った一撃は、亡霊の中央に入り――泣き虫ジャックの一番ひどい苦悶の声がこだまとして返ってきた。
「……! そうか、弁慶の泣きどころか!」
 夕はパフォーマンス用のピンマイクをいったん切り、ヘッドセットで仲間と連絡を取る。任せて、と桜の返答があった。山車の上にいる少女は、スコープをしっかりと覗いている。
「……おばけさん、大事なものを隠していたようですが……」
 桜が観客に語りながら、眼下に向けて照準を絞り込む。狙うは泣き虫ジャックの大事な泣き所、ライヴスの集中しているコアだ。存在がわかりさえすれば、動きから位置を見破ることは易い。
「見つけましたよ!」
 弾丸が過たず、コアを撃ち抜いた。続いて、槻右がイグニスの炎でコアを残らず焼き尽くしていく。力なく雲散霧消していく亡霊を見て、夕が再びピンマイクをONにし、観衆に向けて語りかけた。
「諸君、ぞんぶんにスリルを楽しんでくれているかな?」
 夕の呼びかけに、賑やかなレスポンスが返ってくる。だがその中に、なんかガチっぽいよね? と少し冷めた声がするのを聞きとがめたのは、槻右だ。その周囲に耳をすませると、山車への攻撃に危険性を懸念する声や、その行為に対して『ショー』であることをいぶかしむ反応がある。わずかだが、見過ごせないことだった。槻右は仲間達に一報を入れ、観衆に向けてぴっ、と指をさす。
「みんな元気でよろしい! だがしかしううむ、まだちょっと応援が足りぬぞ?!」
 観衆の意識を自分たちのパフォーマンスに振り向けるべく、駆けながら不敵に笑って煽る言葉を謳う。そして鮮やかな動きでもって敵の山車の側面に取り付き、緩急をとりまぜたアクロバティックな動きで歓声を集めた。
「ようしその調子、もっと、もっとじゃ!」
 続いて、より『ショー』であることを強調すべく、灯影が言葉を紡ぐ。
「そう、これではまだ我も満足できん……貴様等、この焔より熱き喝采で我が身を焦がしてはくれまいか?」
 その艶やかな仕草に、うおおお! と男女入り乱れてそこかしこから声が上がる。おきつねさま! おきつねさま! といつの間にか決まったらしいコールがリズムを持って呼ばれる中、脳裏に脳天気な灯影の声が響いた。
『きゃー楓、頑張ってー!』
「ふふ、貴様はそういう所が好ましいな」
 ふっと笑ってから、楓は灯影の体を駆り、疑惑が広がりきる前に山車を止めるべく行動に出る。運転席にちらと見えた白骨に狙いを定め、《リーサルダーク》を放った。運転席の窓を突き破った闇がその虚ろな眼窩を塞ぎ、そしてと白い骨の腕がハンドルから滑り落ちる。アクロバットを魅せながら運転席傍まで移動していた槻右が、それを確認して動いた。
「よし! そこをどけ、骨!」
 《電光石火》を喰らわせ、無抵抗のスケルトンをピンポイントで焼き焦がす。さらさらと崩れ始める白骨を外に歩織り出しながら運転席に乗り込む。と、槻右の精神が野乃から槻右に切り替わった。
「こういう時は僕かぁ……」
 多少のトホホ気分を感じながら、迷わずブレーキを目一杯踏み込み、スピンの危険を考えてサイドブレーキを使うタイミングを推し量る。踏み込み続ける機械の脚から、握ったハンドルから、姿勢制御に油断が許されない気配が伝わってくる。噛みしめた奥歯に、力がこもった。

 かくして、愚神の操る山車のスピードが目に見えて落ちてきた。頂上に立つ二つの影の詳細が、観衆にもはっきりと見て取れる。――禍々しい山車の頂上で始まるのは、最大の見せ場だ。

●そして見よ、この一閃を!
「ようこそ暗黒へ。貴殿は、明けぬ夜の中でどうあがきます?」
「明けない夜などありはしない」
 禍々しい意匠の細剣を取り出してせせら笑う伯爵に対し、龍哉は一言のもとに断じて剣を抜く。その得物は、先ほどまでとは打って変わって、白く美しい細身の刀身が神聖さをよく現していた――天叢雲剣である。
「俺たちが見せよう、絶望を覆す希望があることを!」
 剣を掲げて宣言した鎧の青年に、観衆から子供たちの声援が飛ぶ。その希望に満ちた音に伯爵は苛立ったような表情を見せ、先に動いた。達人とは呼べぬまでも、愚神に相応しい力を持った剣先が龍哉の防具をかすめ、削り取る。
「(……だが)」
『ええ、連携すれば確実に撃破可能ですわ』
 心中でヴァルトラウテが応じた。
「……みんな!」
 戦いの中で声を振り絞る青年の姿に、観衆が息を呑んだ。龍哉はなおも続ける。
「君たちの希望が、力になる! 俺に、力を貸してくれ!」
 その呼びかけに、負けるな! という女の声。がんばれ! という子供の声。上がり始めた声は、やがて大きなうねりとなって、この戦いの中で一番の音量を持って夜空に響いた。伯爵の振るう剣は乱れることはなかったが、代わりに、忌々しげに牙を剥きだしにして怒鳴り散らし始めた。
「ええい、小うるさい! 貴殿らの希望など……!?」
 言葉が途切れる。銃弾が伯爵の頬をかすめ、ぎょろりとした視線がそちらに向く。――歓声に紛れた桜の狙撃だ。命中に至らずとも、一瞬でも意識が外れれば充分だった。
「見切ったり、伯爵の剣筋!」
 口上とともに放たれる、《一気呵成》の速度をもってしての武器落とし(ディザーム)。伯爵の細剣はでっぷりとした指から離れ、宙を舞った。驚愕に見開かれた眼と大きな隙を晒した胴体を、龍哉が見逃すはずもない。
「滅せよ、招かれざる客人! ここは我らの夜、我らの世界だ!」
 大見得を切って放たれるは、《疾風怒濤》による三連斬。腱を、胴の贅肉を、そして白骨の如き額を切り裂かれた『大いなる伯爵』は、苦汁のごとき断末魔をあげゆっくりと崩れ落ちた。しかし観衆には、それはただの悪役の叫びと聞こえたはずだ。
「夜は決したようだな……伯爵よ、その身をもって緋き華となるが良い」
 龍哉の残心の仕草を見て取った灯影が、伯爵の骸を《ブルームフレア》で燃やし尽くす。と同時に、祐二が設置した花火セット「動」をいっせいに噴き上がらせた。祝砲と、倒れたものが愚神であることの隠蔽を兼ねた、音と光での目くらまし。
「ふ、う……こっちも一件落着、と」
 花火の爆ぜる音を聞きながら、運転席で槻右が額の汗を拭った。必死の制御の甲斐もあって山車は穏やかに止まり、タイヤの回る音も途絶えている。エージェントたちはすっと回りを見渡し、花火が終わった静寂の中に、愚神や従魔の気配が完全に消えたことを確認する。そして龍哉が共鳴を解除し、静かに語りかける。
「――邪悪の使徒は滅びました」
 龍哉の言葉にひとつ頷きを返し、ヴァルトラウテがその美しいかんばせを綻ばせて観衆に呼びかける。
「あなた方が過ごすこの夜は、もっと楽しいものになるでしょう」
 二人の声が揃って、この一幕の終わりを告げる言葉を紡いだ。
『さぁ、再びパレードを始めましょう!』

●平穏への喝采
 二台の山車が喝采の中、ゆるやかに進む。
「ねーねー、なんでみんなおめでとうっていってるの?」
「ええ、まいだ様とわたくし、それに仲間のみなさんが頑張ったからですわ。立派にお仕事をしたことを、褒めてくださっているのです」
 薄の言葉に、まいだたちりっぱなんだね! とまいだが目を輝かせる。確かにこれは『愚神討伐の』凱旋であるのだが、それを知るものはエージェントたちと遊園地の職員、そしてH.O.P.E.だけだ。
「本日は、ハロウィンパレードにお越しいただきありがとうございます」
 ミルノが涼やかな声で、アナウンスを行う。
「特別プログラムはいかがだったでしょうか? 本日でパレードも終了となりますが、最後までぜひお楽しみください」
「……お楽しみ、ください……にゃ~」
 桜も猫耳のついた頭を右に左に向けながら、観衆におっとりとアピールする。その隣では、楓や灯影、そしてプラヤーたちがやんややんやと観衆たち顔負けの賑やかさで手を振っていた。
「ハロウィンはこれからだぞー! 気をつけて遊ぼうなー!」
「そう、今はまだ宵の口。百鬼夜行に攫われぬよう、心して愉しんで行け!」
「象に踏みつぶされるのにも注意して楽しもうなー!」
 そんな仲間たちの中で、海賊――夕は無表情の中に、少し複雑な感情を示している。
「やりすぎ……さすがに、恥ずかしい……」
「まだおわっていないよ。さ、てをふるんだ」
 彼にとって、このアピールタイムは少々つらいようだ。シキはそんな少年をシニカルかつ尊大に鼓舞しながら、ふわふわとした笑顔で手を振ってみせた。

 地上を駆け回り、人々に笑いを振りまく者たちもいる。仮面の狼男に扮した野乃と槻右は、身につけたマントについている鈴と菓子を交換しながら、子供たちの頭を撫でて回っていた。
「トリックオアトリートだの?」
 陽気に笑う野乃に、視線の先の幼子はふるふると首を横に振ってみせた。そのいたずらっぽい表情と仕草に、野乃もにいっ、と悪そうな笑顔を作ってみせる。
「おや、くれんのか。それならこうじゃ!」
「あ、野乃!?」
 驚く槻右をよそに、野乃は幼子を軽々と肩車して左右5メートルほどを軽く走って往復した。そうして元の場所でくるりとターンしてから、そっと親の傍へと降ろしてやる。
「楽しかったかの?」
 野乃の問いに、子供はこくこくとうなずいた。
「なら、よかった。楽しんでいってくださいね」
 槻右はそう告げて、微笑みと共に観衆の列から離れて山車に乗り込んだ。最後尾から見送る人々を眺め、深く頭を下げた彼と野乃、そしてエージェントたちの姿が、終着点である城の中へと消えていく。

 パレードは終わり、平穏なハロウィンが再び訪れた。その真相を悟られぬままに。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 止水の申し子
    まいだaa0122
    機械|6才|女性|防御
  • 憤怒の体現者
    獅子道 薄aa0122hero002
    英雄|18才|?|カオ
  • 美食を捧げし主夫
    会津 灯影aa0273
    人間|24才|男性|回避
  • 極上もふもふ
    aa0273hero001
    英雄|24才|?|ソフィ
  • エージェント
    十影夕aa0890
    機械|19才|男性|命中
  • エージェント
    シキaa0890hero001
    英雄|7才|?|ジャ
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163
    機械|22才|男性|回避
  • 大切な人を見守るために
    酉島 野乃aa1163hero001
    英雄|10才|男性|ドレ
  • Foe
    谷崎 祐二aa1192
    人間|32才|男性|回避
  • ドラ食え
    プロセルピナ ゲイシャaa1192hero001
    英雄|6才|女性|シャド
  • ひとひらの想い
    ドゥアンラット・プラヤーaa4424
    人間|21才|女性|防御
  • エージェント
    功徳の精霊aa4424hero001
    英雄|19才|女性|ドレ
  • 薄紅色の想いを携え
    藤岡 桜aa4608
    人間|13才|女性|生命
  • あなたと結ぶ未来を願う
    ミルノaa4608hero001
    英雄|20才|女性|バト
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