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【屍国】屍の村
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相談卓
最終発言2016/10/10 23:00:06 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/10/06 19:30:35
オープニング
くちゃ……。
何かを喰らう、湿った音。
古びた民家の襖を通して、何かを汚ならしく貪る音が聞こえてくる。
くちゃ……くちゃ。
畳では蛆が数匹蠢き、赤黒い染みと散らばった腐肉の放つ腐臭と血臭とが、辺りには漂っていた。
くちゃ……。
やがて、音が止まる。
何かがずりと、襖を開き……そこから顔を覗かせた。
白く濁った眼、腐った肌、削れた頭部。
既に生を終えたであろうそれは……喰らった人肉の血を口から滴らせ、襖を開き、虚ろな足取りで外へと向かった。
―――Link・Brave―――
屍国編・序
『屍の村』
―――――――――――――
四国にある山の一つに、ワイルドブラッド達が隠れ住んでいた村がある。
ワイルドブラッドが世間に受け入れられたとはいえ村を捨てるわけではなく、自然と共に暮らすことを良しとする者達も当然いる。
日々を山と共に暮らし、人里から離れ過ごして来た彼らは、日々助け合いながら、その村で過ごしてきた。
その日も、村では農作業や狩り、山菜採りなどに時間が費やされ、一日が平和に終わる……はずだった。
「……今日は、山が騒がしいな……」
村から離れた位置で山菜採りをしていた青年が呟く……。
広がる木々の合間から……野性の獣達のざわめきが聞こえてくる。
ギャア、キァ! ギャアッ……。
それは断末魔のようであり、激しい闘争のようなそれは、普段山に住んでいる彼でも聞きなれない、奇妙なものだ。
ざぁぁ、と、大量の鳥が飛び立ったかと思えば、群をつくり大空を旋回し始める……。
「なんだ……」
青年が農具を起き空を見上げ……嫌な予感がしたのか、山菜採りを早々に引き上げて、村へと帰った。
村に帰る途中から、血の匂いと腐臭が濃くなっていく。
血と、腐臭……死を連想させる、嫌な香り。
嫌な予感に身体を引かれるように、彼は村に戻り……。
「……なんだ、これ」
自分の眼を、疑った。
死体が、歩いている。
村の中を、村民とは違う異質な存在が歩き回っていた。
腕のとれた人間、頭部ひしゃげさせたまま歩き回る人間、開けた腹から腐った臓物を見せたまま歩き回る……人間。
いや、死体だ、こんなものは、生きてる人間足り得ない。
常軌を逸したその光景に眼を奪われたのはほんの一瞬だ、彼は恐怖心から、逃げようと踵を返し……。
「助けて!誰か!!」
その声に……彼の知る人間の悲鳴に……勇気を振り絞り、死体が練り歩く村の中へと駆け出していった。
――HOPE東京海上支部――
「これは民間からの救助依頼となる」
肥え太った中年の男性職員が、エージェント達に告げた。
「四国内にあるワイルドブラッドの集落から、救助を求める連絡が届いた。ゾンビを思わせる従魔が多数出没したらしい。
諸君らはそこに赴き、従魔を駆逐して彼らを助けてやってくれ」
ただ、と、中年の男は顔を曇らせた。
「到着までの時間を考えれば、あまり良い状況にはなっていないだろうな……ヘリの用意はしてある。急ぎ現場に降り立ち、事態に対処をして欲しい」
――四国・集落上空――
ヘリコプターで現地に向かったエージェント達は、上空から、事件の起きた村へと近付いていた。
「そろそろ目的の地点につきますので、降下の用意を」
ヘリの操縦をしているHOPEのパイロットが、エージェント達に告げる。
窓から眼下を見下ろせば、深い山の中に作られた村が見えた。
そして、その村の近くの木々から……無数の、黒い何かが飛来してくる。
「え?」
エージェント達は気付く、あれは……鳥の集団だ。
エージェントの視力なら分かるだろう…それはただの鳥じゃない、無数に集まった一匹一匹、頭部が割れていたり、腹部が裂けていたり、生き物として不完全な状態で、翼だけを広げて飛んでくるのだ。
ただ真っ直ぐ……ヘリコプターへと向かって。
黒々とした僅かなライヴスの光を、鳥の一匹一匹が纏い、一つの塊となってヘリコプターへと押し寄せてくる。
「皆さん!飛び降りて!避けられません!」
パイロットが悲鳴に近い声をあげる。
エージェント達の中には迎撃を試みた者もいるが……ヘリコプターの中から鳥の放流を妨げることは出来ず……その黒い濁流に飲み込まれた。
黒い濁流が通りすぎた後……プロペラと前方の窓ガラスを損傷したヘリコプターが、大きく空中でバランスを崩し……そのまま村の中へと墜落していく。
大地にぶつかり、ひしゃげたそのヘリコプターは紅蓮の炎に包まれて……その役割を終えた。
エージェント達は無事だろうか?
その答えは、これから分かることだろう。
まだ無事だとしても……彼らが辿り着いたそこは……屍の村。
生者を喰らう死者の巣食う魔性の地。
そこから生きて帰らない限り……彼らに未来は訪れないのだから。
解説
【依頼目的】
四国の山奥の集落が従魔に襲われ救助願いが出たので、現地にヘリを使い接近、直接村内に降下し、従魔を駆逐しながら生き残りを救助する。
↓現在
ヘリコプターが墜落した為、HOPEから、『可能な範囲で生存者を連れていき、山を下山して生還すること』が言い渡され、『従魔の駆逐』は行わなくていいことを通信で伝えられます。
【ヘリコプターからの脱出】
鳥の襲撃を受けた際の行動をプレイングに書かれても構いません。
何も書かなくても、墜落の前に飛び降り攻撃を回避、村内に着地した扱いになります。(パイロット除く)
〈以下PL情報〉
【救助対象】
村内の建物の一つに、五名の村人(若い姉妹、中年男性、老人、青年、重傷を負った男性)が立て籠っています。
青年は腕に、姉は肩、重傷男性は身体の数ヵ所に噛まれた跡があり、顔色が悪そうです。クリアレイなどでも治らず、男性は意識が朦朧としており歩けません。
また、村内を探索すれば、軽傷者と重傷者を各二名ずつ発見できます。
重傷者は動けません。
【村】
人間型のゾンビが50人、ひらけた場所に出ると鳥の集団が襲ってくる。
【山】
ゾンビ達(人、野犬、野猿、猪、鳥)が襲ってきます。
不意打ちが発生しやすいので、生存者を連れている場合気を付けてください。
【妹】
以下の状況で精神不安定になります。
・村内のゾンビに、見知った顔を見つける(外見は明らかに死亡済)
・村の関係者の死亡
【任務達成条件】
生存者達と山を下山する(下山時間は約三時間)
【出現エネミー】
〈村内〉
ゾンビ×50
鳥の集団(単体に対する攻撃や効果に高い耐性を持つ、範囲攻撃等は弱点)
〈山道〉
ゾンビ×?
ゾンビ〈猪〉(攻撃力高め)
ゾンビ〈野猿〉(群で襲撃)
ゾンビ〈野犬〉(命中高め)
ゾンビ〈鳥〉(単騎・回避高め)
※重傷者の傷を放置すると長時間持ちません
※傷を負った村人が死亡するとゾンビ化します(姉青年含む)
リプレイ
●プロローグ
「村に向かってください、ここにいたら制圧されます」
「は、はいっ……」
三人の人物が山中を駆けていた。
陰陽師、 沖 一真(aa3591)と、その英雄……美しい黒髪を靡かせる狩衣の少女、月夜(aa3591hero001)。
その後ろには一真に手を引かれたシスター……筑井 奏流(aa4559)が、共鳴した証である桃色のかかった長い銀髪……青いグラデーションのかかったその髪を靡かせ走っている。
少し前……ヘリコプターを脱出した際、エージェント達の大半は村に落ちたが、一真と奏流は少し離れた山中に落下した。
その山中には、生ける屍……ゾンビと、ゾンビ化した獣達がおり……一真は奏流の手を引くと、山道を駆け出し村へと向かった。
月夜は何故かムッとした顔をしていたが、状況が状況だ、一真はそれに構わず、前方に新たに現れたゾンビ達を見据える。
「出し惜しみはしねぇ。最初から本気でいく」
『カナル、覚悟はできておるかの?』
奏流の英雄、シヅキ(aa4559hero001)と一真が言い放ち……。
「ど、どうかご加護を……シヅキ様」
「多数戦は私達の十八番……援護は任せてください」
それぞれのパートナーが口を開き、その日の……長い闘いの幕があがった。
●屍の村
――村内・ヘリコプター周辺――
炎に包まれたヘリコプターの辺くに、他の仲間の姿はあった。
「大丈夫ですか、杏奈?」
落下した際に共鳴した大門寺 杏奈(aa4314)とレミ=ウィンズ(aa4314hero002)が共鳴を解除すると、レミは心配した様子で杏奈に声をかけた。
「問題ない。それより……思ってたよりすごいことになってるね」
杏奈が答えると、その横で大宮 光太郎(aa2154)が、まずその臭いに口元を抑える。
「うっ……嫌いな臭いだにゃ」
「吐くなよ光太郎、私達が臆してしまっては駄目だ」
西洋甲冑に全身を覆った騎士、ディスター(aa2154hero002)が光太郎に言うが、鼻につく腐臭と血臭は濃く、吐きたくなるのも無理はない。
無惨な死体、破壊された木造家屋の壁……放置された農具や荒らされた作物が、消えてしまった日常を物語っていた。
と……。
「待ってください……今、何かが」
辺是 落児(aa0281)と共鳴した、構築の魔女(aa0281hero001)が何かを見つけた。
視線の先で動いたのは……。
「ひいっ……恐ろしい化け物だらけですわ」
民家や建物の合間から現れたそれを見て、レミは緑色の瞳を丸々と見開き、ひし、と杏奈にしがみついた。
無惨な姿を晒した死体が、動いていた。
見れば周囲の死体も、呻き声と共に起き上がろうとしている。
「ゾンビ、か……。こんなになっても生きてるんだね」
杏奈は……決して忘れ去ることのできない過去の情景を思い出し、歩いて来る死体を見た。
その隣で、アルラヤ・ミーヤナークス(aa1631hero002)と共鳴をした、 クレア・マクミラン(aa1631)が、無言で銃を構えている。
今この場でなすべきこと、やらねばならないことは……杏奈も理解している。
落ち着きを取り戻したレミが、悲しげに杏奈に語った。
「こうなってしまった以上、人間と言うより動物の本能で動いているのでしょう。哀れですわ」
それに杏奈は頷き……レミと共鳴する。
彼らをどうするか、その答えは決まっていた。
「そうだね、せめて私達で楽にしてあげよう」
今守るべきものは、彼らの尊厳と……この村にいる生存者なのだから。
それからしばらくし、奏流と一真がヘリコプターの近くに辿り着く。
周囲には頭や両足を失い倒れ伏したゾンビの姿。
遠くからは発砲音……仲間達が闘っていること分かる。
一真は通信機で会話をしながらヘリコプターの横を通り過ぎ、その後ろを奏流が着いていく。
走り抜ける際、奏流はちらりとヘリコプターに視線を向けた。
(パイロットの方は、無事でしょうか……)
一瞬、ヘリコプターに足が向かいそうになったが、奏流はその気持ちを必死に振り払う。
「っ、ご、ごめんなさい……」
後ろ髪を引かれる想いだが……今は、やらなければならない事がある。
(何を成すべきかはわかっておるようじゃな)
奏流のその姿を、内面からシヅキが見守り……二人は闘いの跡が残る村内を駆けていく。
――村内・集会所近辺――
『サニタールカ、距離を取るのだ。我々の直感がそう告げる』
「了解。一歩下がって全体を見る必要があるのは、私も同感だ」
赤いラインの入った黒い服……伝統衣装を思わせるデザインの衣服を身に纏う姿は、英雄、アルラヤとの共鳴をしたクレアのものだ。
英国によってカスタムが施されたアンチマテリアルライフルを構え、後方から支援する。
生存者の守護と探索は光太郎と杏奈、囮役は構築の魔女……。
その構築の魔女への奇襲を防ぐのが、クレアの役割だ。
構築の魔女の動きは流麗で、向かってくるゾンビ達の足を二挺拳銃で射ち抜いていくが、多勢に無勢なのは否めない。
それをライフルで、クレアが狙撃していく。
『誤差修正完了、風による影響なし』
観測手として指示を出すアルラヤに合わせクレアが照準、発砲する。
狙うは頭部。
仕留められるわけではないが、撃ち抜くことで周囲の把握が出来なくなるようだ。
「視覚や聴覚を頼りに動いている……ということでしょうね、腐った眼や耳を使っているかはわかりませんが」
構築の魔女は興味深そうに観察しながら、あることに気付いてクレアを振り向いた。
「鳥が狙っているので民家でやり過ごしましょう」
構築の魔女がそう言うと、クレアと共に民家に入る。
鳥と言うのは、ヘリコプターを襲ったあの鳥達だ。
上空から強襲を狙ってくる為、状況を見ながらこうして民家や、その裏側に隠れる。
狭い分、遮蔽物も当然増えるが……。
窓を叩くゾンビに向かい、クレアは銃を構える。
「ちゃんと貫通しますか?」
構築の魔女の言葉に、無表情に返事を返す。
「多少障害物があろうと、それごとぶち抜くさ。そのための『対物ライフル』だ」
宣言の通り……発砲と同時、窓枠とゾンビの上半身は粉砕された。
上半身を失ったゾンビは衝撃で地面に転がると、その場で力なく足だけを動かす……その時。
外にいたゾンビ達が、飛んできた紙のようなもの……霊力を宿した札に切り裂かれる。
すぐに足音が聞こえ、建物の中に二人の人物が駆け込んできた。
入ってきたのは、一真と奏流の二人だ。
構築の魔女が少し現状を話すと、奏流が安堵の声をあげた。
「パイロットの人は無事、なんですね?」
「はい、脱出の際に救助しました。私達は囮なので、大宮さん達に預けてますが」
「よ、よかった……」
構築の魔女が告げた内容に、奏流はほっと胸を撫で下ろす。
そのカナルの横には、ペタンとした狐耳の、幼い少女……シヅキの姿も見える。
情報交換の際に出てきた彼女は、大きく伸びをしてから、悠々とした態度で話し始めた。
「山では死んだ獣共が動いておってな、そこの陰陽師がおらんかったら危ういところじゃった」
「僕だけじゃ危なかったですから……ありがとうございます」
シヅキに言葉を返そうとした一真は、奏流から素直なお礼を言われ、ぽりぽりと頬を掻いた。
『……一真』
「なんだよ月夜、低い声出して」
『知らない! もう知らないから!』
「知らないってなに言って……あ、おい、勝手に共鳴解くな! どっから敵が来るかわかんないだろ!」
どたばたとした二人の姿に、シヅキがくっくと笑い……構築の魔女に顔を向けた。
「それで、お主は囮をするとの事であったな。わしらは生存者を守るために動くが、それでよいか?」
「はい、見つけた方を保護していただければ」
構築の魔女は微笑むと、その腰をあげ無造作に入り口に銃を向ける。
放たれた銃弾は、民家に入ろうとしたゾンビの足を撃ち抜き、転倒させる。
「あまり話し合いに時間はとれませんし、あとのお話は、通信機でしましょうか」
クレアのライフルの銃声が響いて、入り口で倒れたゾンビの頭を砕いた。
話していては囮の役目は果たせない……状況確認が終わったなら、すぐに出ていくべきだろう。
「カナル、わしらも行くぞ」
「はい、シヅキ様」
奏流とシヅキが共鳴し、先程の銃声で喧嘩をやめたのか、月夜と一真もまた、不承不承ながら一つの姿へと変わる。
クレアも構築の魔女も共鳴済みのため、戦闘の準備は整ったと言ってもいい。
ここからは、構築の魔女と一真が囮で、他のメンバーが生存者の保護とゾンビの討伐に尽力する予定だ。
HOPEからも依頼変更の通信が入り、依頼の目的は、村民の救助と帰還にその目的を変え……生存者発見の報告は、それからすぐにもたらされた。
――村内・村長宅――
「皆大丈夫!? 怪我してる人は何人だにゃ?」
光太郎がその家に入ると、家の中から歓声があがった……その隣で、杏奈は人数を数えている。
この家に着くまで、助けた人間は二人だ。
一人は怪我が軽かったが、もう一人は怪我が酷く、杏奈が背負い運んだ。
同行中のパイロットに背負わせることも出来たが、ゾンビを避けながらなら能力者が背負った方がいいだろうとの判断だ。
窓も玄関も締め切っていたらしく、家の中は少し蒸し暑かった。
「HOPE……っ、HOPEだよお姉ちゃん、HOPE」
「よかったね、弥千代」
十代前半だろうか、泣き出した弥千代と言う少女を、その姉と思われる人物が抱き締めている。
「怪我人は三人……ここにいるのは、この六人で全員でしょうか?」
「ああ、ここにいるのは六人だ、あとの奴はどうなったかな」
「無事だよみんな! 逃げてるのみたもん!」
杏奈に中年男性が答えると、間髪入れず弥千代が言い放った。
そう信じたいのだろう弥千代に、杏奈と光太郎は明るく返す。
「わかったにゃ、あとは俺達に任せるにゃ!」
「私達がお守りしますから」
と、そこで老人が口を開く。
「わしらはどこに向かえばよい」
「……もう少し、此処に居てくれ」
ディスターがそう答えると、途端に弥千代が泣きそうな顔になった。
「ま、まだいなきゃいけないの?」
「安心しろ退路を確保するまでだ、私達ならすぐに終わる」
弥千代はそれで渋々納得したが……極限状態で、精神的に追い詰められているのだろう、あまり余裕は感じられない。
そのディスターの横で、光太郎は通信機に声をかけた。
「生存者だにゃ、怪我人がいるからマクミランさんも来て欲しいにゃ!」
少しして奏流とクレアが到着する。
共鳴を解除したクレアは、アルラヤと共に二名の重傷者の治療を開始した。
「……今の最優先は出血を止めることですね。設備も道具もない以上、死のリスクが最も高いものを潰す必要があります」
『同意しよう、サニタールカ。我々もそう判断した』
クレアは、こういった現場に馴れている。
その手の動きは迅速、的確で、奏流の眼を引いたが……それより壮絶なのはアルラヤだ。
コートを着込んだ顔の見えない人物が、クレアに近いペースで重傷者の応急処置を行っている。
『カナル、ぼさっとしとる暇ではなかろう』
「は、はい!」
奏流は慌てて杏奈のいる外に出て、民家の防衛に加わったが……巨漢にしか見えないアルラヤがその無骨な手で繊細な医療行為を行っていたのだ、彼女が驚愕したのも当然だろう。
アルラヤは、特異な英雄だ。
多数の兵の魂を内包した彼、あるいは彼女は……様々な技術を持っている。
個の集合体であるからこそ多様で、その能力の幅は底知れない。
名もなき兵士達の残火……それが英雄、アルラヤ・ミーヤナークスで……この場においては頼もしい、一つの軍であると言えた。
――同刻・村内――
「その場を動かないでください。今、HOPEが助けに行きます! ライトみたいなのがあればそれを使って返事を、無ければ、音で返事を下さい!」
メガホンを使った一真の声に、生存者ではなくゾンビ達が集まってくる。
(やはり音には反応するようですね……)
構築の魔女が、集まってきたゾンビを銃で撃ち抜き考える。
村人を脱出させる前にやることがあった。
一真に声をかけ、上空に集まった鳥を指差す。
「鳥は、任せても宜しいですか?」
「いいですよ」
それに彼女は、微笑みを浮かべる。
「では、あの鳥はお任せします。私は脱出経路の確保をしてきますので」
『失敗したら一真のせいだからね!』
「失敗なんかしねぇよ!」
一真は、ゾンビ達を引き連れて道を走っていた。
その一真に向かって、上空に集まった鳥の群れが、黒い濁流となって急降下をしてくる。
一真はギリギリで建物に飛び込むと、追ってきたゾンビを杖の一振り……杖から発生した水の刃で切り裂き、上空へ上がる鳥達を見上げる。
誰かがあの鳥の集団を倒した方が、脱出は楽にはなるだろう。
出来るのは、この中では一真だけだが。
引き付け、全員を巻き込めるようにして倒す。
(タイミングだな……)
正面からあの鳥達に陰陽術……一般的にブルームフレアとも呼ばれるそれを当てるには、タイミングを測る必要がある。
危険はあるが、前に飛び出すべきかと考え……通信機から、耳に馴染んだ声が聞こえた。
『後は……!』
「俺達に任せるにゃ!」
「光太郎?」
ディスターと、光太郎の声。
共鳴し、薄くした甲冑に身を包んだ光太郎は、僅か刀を一本手にして、あの鳥の集団が狙いやすいであろう畑の真ん中に陣取る。
ゾンビがそれに気付き、鳥が空中で群れをなした。
月夜が慌てた気配を見せるが、危険だ、とは、一真は思わない。
代わりに札を片手に、子供のような笑みを浮かべた。
「なるほど、任せるぜ、光太郎」
「もちろんだにゃ、一真」
気さくに笑い返した光太郎に向かい、鳥が、空から滑空してくる。
黒い霊力を纏い、従来ならありえない破壊力と勢いで光太郎に迫り……。
「こっちにゃ!」
後ろに大きく飛ぶと、鳥が滑空の勢いを殺さずに追いすがる。
自然、鳥の集団は地面と平行に進み……。
光太郎のさらに後ろに待ち構え、杖を握る一真と直線……狙いやすい位置にやって来る。
「一真!」
光太郎は同時、高く跳躍して鳥の軍勢をやり過ごし……。
「『不動明王の威をもって祓い清め給え――急々如律令!』」
一真の杖の一振りと共に狂い咲いた炎の華が……鳥の集団を丸呑みにし、纏った黒い霊力ごと蒸発させる。
消し炭になったその一帯に、すとんと、光太郎が着地した。
「やったにゃ!」
「ああ」
二人はそうして鳥を退け……構築の魔女と共に、村に残ったゾンビ達の囮として、その役目を全うした。
一真と光太郎の呼び掛けにより、離れの家屋から一人、高い木の上に一人……生存者を新たに見つけることも出来た。
家屋の一人は危うい状態で、その場で一真が応急措置を施し一命を取りとめたが……残念ながら、生きている村の人間は他に見当たらなかった。
村民十人生存……その数字が多いか少ないかの判断は分かれるだろうが……今はその命を守り、下山することを優先する他にない。
●死は山に満ちれども……
構築の魔女が、脱出ルート上のゾンビを他のルートに誘き寄せた為、村人……とくに幼い弥千代は、生ける屍となった村人を見ることがなかった。
もっとも、誘き寄せる方法として、他のゾンビの死体を囮に使おうとしたことは、村人には秘密だが。
(共食いもなし、囮にはなりませんでしたが……)
彼女が思案したところで、光太郎が声をあげた。
「見つけた! 此処から東の方向に鳥のゾンビが居る! 気を付けるにゃ!」
警戒の声と同時、構築の魔女が放つ銃弾が、東方向から迫る鳥を正確に撃ち射いた。
今は、険しい山道を合計十七人の人間が歩いているところだ。
村人の中には苦しげに呻いている人間もいるが……止血は成功しているため、命に別状はないようだ。
持参した医療道具は尽きたが、構築の魔女が事前に用意した医療道具が残っていたことも幸いした。
鬱蒼とした山の木々……その間から襲ってくる獣達を追い払いながら、少しずつ下山をしていく。
途中、一真が獣に噛まれ……杏奈の英雄、レミが密かにゾンビ化を心配したが、そういった兆候は見られていない。
今の時間は夕暮れ……夜になる前には、山を下りたいところだが……。
「っ……ぅぅ、いてぇよ健ちゃん」
「助かるからな、もうしばらくの辛抱だ」
獣達の声に紛れ、重傷者の苦しげな呻き声と、それを励ます村人の声が聞こえる。
そこに、奏流が言葉をかけた。
「助けます……あなた方を無事に送り届ける、それが、僕のすべき事ですから」
それは、普段シヅキからへっぴり腰と言われる彼女の、心からの覚悟を込めた言葉だった。
杏奈は、そんな奏流の姿をちらりと見てから、村人達に、決意を込めて言葉をかける。
「全員、生きて帰りましょう。私達が全力でお守りします」
盾を持つ二人の少女は、それぞれの誓いを胸に、下山を続け……そして。
夜が、山に訪れた。
闇から襲いかかった牙が、盾に弾かれる。
「っ!」
『カナル、意識を乱すな。眼の前に集中せい!』
剣を振るが、頭部を裂かれても犬は怯まない。
夜間での戦闘は、集中力との闘いだった。
ゾンビ達はどれも、闇に迷う気配を見せず歩み寄ってくる。
『次から次へと……全く忙しないのう』
そうぼやいたシヅキの後ろでは発砲音が立て続けに響き、前方では一真が、多数のゾンビを燃やしていた。
弥千代の事は能力者に任せっきりにせず、姉が抱き締めて戦闘を見せないようにしていた。
「シヅキ様、次は……」
『猪じゃ、斜めにいなせ!』
猪の突進力は高く、本来なら回避をするべきだが……奏流は守るため、避ける事を選べない。
直線的な力を斜めにいなし、軌道を逸らすことで攻撃を防ごうとするが……。
「うぁっ!」
衝撃に盾が飛ぶ……けれど、猪の軌道は逸らせた。
『うむ、それでよい。この程度防げずして何を守れる! 盾を持て、カナル!』
「は、はい!」
シヅキの声に、奏流は残った剣を握り締め、吹き飛んだ盾を再び構え……短剣が猪に飛来した。
鋼線が張られたそれは、猪に巻き付き、その身体を拘束する。
もがく猪に、二本の剣閃。
杏奈が振るう二対の剣……≪憤怒≫≪復仇≫……深紅と漆黒の双剣が描く軌跡が猪を切り裂いた。
後方、こちらは襲来してくる鳥や猿、野犬に、激しい銃撃を浴びせていた。
弾丸が鳥を貫き、木の枝もろとも猿の頭を爆ぜさせる。
向かってきた六匹の鳥を撃ち落としながら、構築の魔女は周囲に意識を向け。
(……!)
クレアに、猿達が複数近付いていた。
クレアの獲物はライフルだ、接近戦には不向きだろう……構築の魔女は銃で援護しようとして。
『□□……』
「……不必要、そうかもしれませんね」
落児の声を聞き……その銃を、他の獣へと向けた。
斬。
飛びかかった猿の頭が両断され、宙を舞った。
山の斜面にその身体が転がる。
クレアが握るのは、一振りの大剣。
刻まれた金獅子の紋章が、月明かりに照らされて鈍く輝く。
「狙撃兵なら近距離戦ができないと思ったか」
『否、狙撃兵とは単独であるがゆえに、最も優れた技術を持たねばならない』
言い放つと、襲って来た残りの猿に刃が振るわれ……舞った血飛沫が、クレアの服を染め上げた。
アルラヤと共鳴した彼女もまた……優れた兵士と言えるだろう。
彼女は狙撃用のライフルを構え直すと、木に掴まる別の猿を、その枝ごと粉砕した。
クレア、そして構築の魔女の二人は……奇襲を狙う獣達に容赦ない銃弾と近距離戦闘での報復を与え……その隊列を守っていく。
だが、時間は限られている。
応急処置で持つ時間はいつまでも続くわけではない。
街の明かりが木々の合間に見えた頃には……村人の間から、悲痛な声が聞こえていた。
一時的に仲間に戦闘を任せたクレアが、意識を失った重傷患者の確認をするが……容態は、決して良いとは言えなかった。
時間がない……。
その様子を見て、杏奈が口を開く。
「皆さん、急いで!」
だが……闘いながら進んでいるのだ、急いで守りが手薄くなれば、大惨事を招き兼ねない。
だから……一人の人物が、名乗りを上げた。
「俺が殿をするにゃ」
「光太郎!?」
前方の一真が光太郎に振り返る。
「早く行くにゃ、時間がないにゃ」
囮がいれば敵は分かれ、進行ペースはあがる。
一真は……選択を迫られた。
村人を諦めるか、光太郎に殿を任せるか、限られた時間で選べる選択は……。
「にゃーー!!」
光太郎は、一真からメガホンを借り、大声を出す。
これでこちらに敵が来る可能性は高くなるはずだ。
獣達やゾンビが集まってくる気配を、光太郎は感じていた。
生きることを条件に殿を任された……それは、陰陽師仲間である一真の信頼の証。
一真も残りたかったかもしれないが、そこは光太郎を信頼してのことだと思うことにする。
光太郎は表情を、真剣なものに変えた。
「此処から先は行かせない」
『ハハっ!騎士らしいじゃないか光太郎!」
ディスターが嬉しそうに笑い、二人は覚悟を決め……。
その隣に、一人の少女が並ぶ。
「私も手伝います」
杏奈だ。
殿だからと言って、彼女は犠牲を許容しない。
誰一人として欠けないことを、彼女は願う。
先に進んだ四人なら戦力も火力も足りる……なら今守るべきは、こちらだ。
「……いいのかにゃ?」
「それが私の誓いです」
そう杏奈が答え……襲いかかってきた死者達と……最後の戦いが始まった。
「誰も失わせはしない!」
「一真達を守るにゃ!」
仲間の為に死ぬではなく……ただ誰かを、守るために。
●エピローグ
先に進んだ四人と、殿となった二人の尽力により、重傷者を含め、村民達は全員無事に山から生還することが出来た。
彼らはエージェント達に深い感謝をして、近くの病院へと搬送されていく。
殿となった杏奈と光太郎も無事で、杏奈にいたっては獣の攻撃を通さず、無傷で済んだ。
逃げ回り、生還することに重点を置いた光太郎の行動と、堅い守りを誇る杏奈の実力が、その理由だろう。
そうして、その日の事件は終わりを迎える……。
四国の闇は深まれど。
能力者達が、そこに住まう人々の希望の光とならんことを。