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傀儡の檻
掲示板
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【相談】暗闇の真実へ
最終発言2016/10/02 15:13:46 -
【共通部分提示番】
最終発言2016/10/02 10:57:36 -
【質問卓】
最終発言2016/09/28 23:05:06 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/09/28 11:40:02
オープニング
明かりの消えた長い廊下……暗く深い闇の中。
その空間に、断続的な銃声が反響していた。
空になった薬莢の落ちる音。
発砲するたびにマズルフラッシュが瞬き……その廊下の光景を、一瞬だけ照らし出す。
飛び散るのは、赤い血液、肉片、壁に背中を預ける、頭部を失った無惨な死体。
その死体に銃口を向けた男が、無表情に発砲していく。
短い銃声、悲鳴も怒声もなく、無機質な機械のように男は死体に銃弾を浴びせ……それが終わると自らのこめかみに銃を押し付けた。
引き金に、手をかける。
「異常ナシ」
そうして響く銃声は、深い闇の続く廊下の奥へと吸い込まれ……虚しく消えた。
――――――Link・Brave――――――
傀儡の檻
~Prison of dolls~
(人形達の刑務所)
――――――――――――――――――
「やはり、調査隊と刑務所に問題が起きたと考えたほうがいいでしょうね……」
HOPE東京海上支部の一室、会議の場で、女性の職員が重苦しい表情で口を開いた。
調査隊というのは、ある刑務所でヴィランの脱獄事件の原因を調べていた調査隊のことだ。
その脱獄事件の調査の結果、脱獄の際、刑務所の内部機構に人為的な細工が施されていたこと、それにより霊力(ライヴス)の拘束機器が停止し、死刑囚脱獄の要因になったことがわかったのだが……。
その事件の数日後、調査隊から数時間ほど通信が途絶え……その後、調査隊の様子が奇妙なものになった。
異常なし、調査は進行中だが有用な証言と証拠は得られていない、引き続き調査を継続する。
内容は普通の報告であり、初期はその報告を違和感なく受け取っていたが……何日もそれが続き、映像での連絡、質問や帰還要請にも応じないともなれば話は別だ。
刑務所も連絡が返ってこない状況……何か問題が起きているのはほぼ確実といえた。
「起きていることを考えると、愚神かオーパーツ絡みかね」
男性職員の言葉、それに若い男性職員が反論する。
「ヴィランはどうです? 脱獄事件の際、監視と思われる不審な鳥が飛んでいたとも報告されていますし、拘束機器への細工も人為的なものでした……それを考えれば、オーパーツをもったセラエノなどのヴィラン組織が関わっていて、刑務所を制圧してる可能性は」
その言葉に答えるのは、ボサボサ髪の、研究員らしい姿をした男性だ。
「セラエノはねーな、前にあれだけ大規模に動いてたのは目的があったからだ、それにヴィランだって馬鹿じゃない、もし関わってるなら既に撤退してるだろ。HOPEと戦争する気じゃないなら、刑務所の制圧なんざしないで手を引くさ」
「マガツヒの可能性は?」
マガツヒ、大規模破壊や殺人を得意とする者が多数所属する、凶悪なヴィランズ。
「あー……あそこは狂ってるからな……どうかね、黒松さん」
ボサボサ髪の男が、女性職員…… この会議の取り纏めを行っている、黒松鏡子へ言葉を向けた。
「わかりません」
「わからないってな」
「情報が不足し過ぎています。刑務所内の事も、調査隊の現状も不明の状況で何を話しても分からないままですから」
「だからって放置も出来ないでしょう、今回のは緊急案件なのに、分からないままでエージェントへ任務は出せませんよ」
熱のこもった若い男性職員に対して、鏡子はあくまでも静かに言葉を返す。
「エージェントへの依頼内容は、刑務所への強行調査とします。動員数は四名から六名ほどと考え……」
「調査か、ちと悠長じゃねーか? 愚神なら囚人の霊力を吸ってるんだ、ケントゥリオかトリブヌスになるかもしんねぇ」
不満げなぼさぼさ髪の男に続いて、会議の場の何人かが頷くが、それに構わず鏡子は話を続けた。
「だからこそです、相手は不明、調査隊の状況も不明。さらに、ヴィランも収容されている刑務所ですよ? 脱獄したヴィランが別の刑務所に送られたとはいえ、内部でヴィランの集団が自由になっている可能性もあります。慎重に動かないと危険は大きいでしょう。……私の案ですが、この六名とは別のエージェントを出動できる状態で待機させ、調査の後に即時出動させるというものです」
それにボサボサ髪の研究員が手をあげる。
「調査にいかせるとして、先にいった調査隊の二の舞にならない保証はあんのか? 中の情報がまた入らないんじゃ意味ないぜ?」
「全員に小型の記録装置を持たせ、リアルタイムで映像と音声を保存、霊力の計測を行い、情報収集を行います」
会議の場の中心にホログラムが現れ、記録装置の詳細が表示される。
「後続のエージェントは得られた情報を確認しながら作戦を立て突入、内部の問題に対応していただく、これでどうでしょうか。突入タイミングは、通信の断絶、充分な情報が得られたと判断した場合、調査依頼を受けたメンバーの危機としておけば、危険も少ないでしょう」
それに先程の若い男性が手をあげる。
「質問ですが、内部で何か問題が起きていたとして、負傷者などの保護はどうしますか?」
「エージェントらに判断を任せます。あくまで今回は調査、後続部隊は問題の解決を主目的としていますので……何事もなければ、それが一番ですが」
鏡子の言葉に、不服そうな顔をする人間はいても、反論はなかった。
HOPEは人命救助を目的とする場合もあるが、今回は事件の解決が主目的だ。
時と場合によっては非情な決断を出さねばならないことも、全員承知している。
「では、これで会議を終了し、調査任務として依頼を上層部に提出します」
ーー刑務所外周部ーー
依頼を受けたエージェント達は、広々とした荒野に建てられた一つの刑務所に来ていた。
刑務所の敷地を囲うのは、通常の刑務所の八倍の高さを誇る壁と、その入り口を閉ざす、見上げることしかできない非常に巨大な大扉。
まるで城塞のようなその刑務所の周辺をジープで移動していると、エージェント達は目的の地点に辿り着く。
刑務所の壁の一角、そこに巨大な穴が空いていた。
クレイマン、しばらく前にこの刑務所から脱獄し、エージェントによって捕縛されたヴィラン……その人物が破壊し空けた、巨大な穴。
広い奥行きを持つ特殊合金の壁の一部が粉々に砕け、八メートルほどの高さと横幅を持つ巨大な穴となっている様子は、そのヴィランの異常な力を示すのに相応しいと言える。
同じ能力者であっても、にわかには信じがたい話だ。
それにしても……。
その穴の向こうに目をやる。
それにしても、あまりにも静か過ぎないだろうか。
やはり、何かが起きたのだろう……。
なんにせよ、この穴の向こう側……刑務所で起きたことを探るのは、今この場にいるエージェントの役割、進むほかにないだろう。
刑務所の中に続く唯一の穴、それをエージェント達は通っていく。
その先に待ち受けるものを、何も知らないまま……。
解説
<PC情報>
【依頼目的】
・状況調査
(生存者の保護等は任意)
【後続隊の突入タイミング】
・全員の通信断絶から5分経過
・任務終了を通信で伝える
・重体者が出る
【配布品】
通信機
小型記録装置(情報を本部に自動送信)
※依頼後回収
【施設】
・宿舎
・職員練
・監視塔
・工場
・監獄A練
・監獄B練
<PL情報>
【発見できるもの】
A奇妙な紋様
全ての施設の入り口の扉に刻まれている
B死体(沢山、ほぼ施設内)
・死因は自害と他殺の二種
・腐臭有り
・自害死体の背中に紋様
・入り口扉や窓近くに死体多め
・自害死体は能力者(身分証等で判明)
・調査隊5名の死体
C生き残りの女性
・意識を失っている
・調査員の一員(HOPEに確認すると分かる)
・英雄は姿を見せない
・定時連絡を送っている人物(近くの情報機器から確認)
・背中に紋様
D衰弱死した死体(囚人や看守等)
E従魔(監獄A、B、監視塔、職員練)
F荒らされた施設(監視塔、職員練、宿舎を従魔が荒らしたらしい。管理室の内部設備や管理機構は徹底的に破壊され使用不可)
G愚神(監獄B練の奥でヴィランの死体を喰らっている)
(プレイングでAやBなど略してOK)
【敵情報】
マーダー
・デクリオ級
・外見は不気味な刑務官の人形、人間サイズ
・硬質
・砕いても再生(10ターン )
・武器は鉈
・周囲30m範囲の霊力を感知
・人が走る速度で追ってくる
女性調査員(紋様起動)
・シャドウルーカー(LV12 ジェミニストライク、縫止、毒刃)
・無言、無表情、20才前後
死体(紋様起動)
・マーダーと同速
・力はほどほど
・BS拘束(対抗判定は物理攻撃で行う)
愚神
・ケントゥリオ級、名前不明
・外見は操り糸に吊るされた腐乱死体、宙から伸びた霊力の糸に吊るされている
・遅い
・霊力糸が武器
・スキル不明
・遭遇した際に全ての紋様を『起動』させ、紋様のある施設の扉や窓を閉鎖、その内部の通信断絶も行う。
・逃走推奨
※紋様はマジックアンロックでのみ解除が行えます
リプレイ
●プロローグ
紫髪の英雄、アリュー(aa0783hero001)は、大穴を通るその前から顔をしかめていた。
「どうしたのアリュー?」
「腐った血の匂いが風に運ばれてくる」
「血の?」
斉加 理夢琉(aa0783)はその意味を理解し、表情を引き締めたが……アリューの感じた臭いがどれほど濃いのかは、まだ分かっていないだろう。
(精神的にも厳しい任務になりそうだな)
そう思い理夢琉を見る彼の瞳には、微かな心配の色が混じっていた。
その後ろにも、長い経験から今回の任務の質を理解している者がいた。
努々 キミカ(aa0002)の英雄、ミュー・イーヴォル(aa0002hero002)……彼は煙草を燻らせ、キミカに声をかける。
「この状況は向こう見ずの若造には任せられん。俺と貴様での初陣だが、やれるな?」
向こう見ずの若造……それが指し示す人物の顔を思い出しながら、キミカは静かな覚悟を、言葉に乗せる。
「大丈夫です‥‥それなりに、私も場数は踏んでますから」
ミューは、キミカのその言葉に、ふ、と笑みを溢した。
「上出来だ。能力者と英雄の戦い方、見せて貰うぞ」
そう言うとミューは歩き出し、キミカはそれに慌ててついていく。
先に見えるのは静まり返った刑務所。
新たなキミカの英雄は、決して臆することなく、初陣の場へと臨んだ。
●人形刑務所
事前の打ち合わせの結果、一同は一班と二班に分かれ行動することになった。
一班は、キミカ、狒村 緋十郎(aa3678)、国塚 深散(aa4139)と英雄達で、宿舎と職員練。
二班は、辺是 落児(aa0281)、理夢琉(aa0783)、無月(aa1531)と英雄達で、工場と監視塔を調べる。
施設内に存在する監獄も調べる必要もあるが、それは現状ヴィランより愚神の可能性が高いという構築の魔女(aa0281hero001)の意見により、後で調査をする事となった。
刑務所のマッピングが済まされたPDA(小型情報端末)を両班が持ち……未だ静寂を保つ刑務所の施設にそれぞれ向かっていく。
――刑務所・宿舎前(一班)――
「クレイマンを誘導した黒幕はここにいるのでしょうか。それとも……」
「さぁね、でも何かが起こっていることは確かだ。嫌な予感がする。気を引き締めていこう 」
深散とその英雄、九朗(aa4139hero001)が語る中、一班は宿舎の扉に辿り着き……意識を引き締めた。
扉には呪術を思わせる複雑で奇妙な紋様があり、腐臭も漂ってきている。
嫌な予感は、当たったようだ。
深散と、黒いドレス姿のレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001) がライヴスゴーグルを装着し、扉と紋様、その周辺まで注意深く調べ……その報告を受けたキミカが二班への連絡と記録を済ませていく。
「二班から連絡があったのですけど、監視塔の入り口にも同じ紋様があったそうです。他の建物にもあるかもしれません」
「何があったのかしらね?」
レミアはキミカに答えながら、その華奢な手で、扉に触れる。
「開けるけど、いいわね」
一同に確認し、扉を開くと……レミアはむせかえりそうな腐臭と、その原因となるものを見つけた。
それはかつて、彼女自身が作り出していた光景……死に彩られた、惨劇の風景。
蛆や蝿が湧き放置された死体。
蹂躙された者達の屍の山。
その多くが扉に、窓にすがるように倒れ、無惨な骸を晒していた。
「ひ‥‥ひどい」
屍の山と腐臭に、キミカが思わず後ずさる。
深散もまた、怒りと悲しみの混じった表情を浮かべていた。
そんな二人を尻目に、九朗とレミアが死体に触れた。
躊躇うことなく死体に触れた二人は、周囲への警戒も怠ることなく、検死を始める。
「深散もおいでよ」
「……わかってます、今行きますから」
九朗に促されるまま、深散も検死に加わり……キミカとミューが残された。
ミューは、キミカを急かさない、慰めもしない……かわりに一歩前に出て、言葉を口にするだけだ。
「心得ろ、努々。英雄は時として、護った命より喪った命が多くなる。このようにな」
それだけ言うと、キミカの返事を待たず、レミア達と共に検死を始める。
その背中をキミカは見つめ……覚悟を決めると、凄惨な死体の転がる宿舎での記録作業に移った。
――同刻・監視塔内(二班)――
最悪の惨状と死臭に、理夢琉はその足を止めていた。
監視塔も宿舎と同じように……多数の死体が、腐り放置されていたのだ。
既に共鳴を終えてはいるが、それで精神が安定するわけではない。
瞳を大きく見開き、目の前に広がる光景に立ち竦む。
理夢琉の内側から、アリューの声がした。
『俺に主導権を渡せば全ての情報を遮断できるが』
理夢琉はその提案には頷かず……その覚悟を口にする。
「……ダメ……こういう事も全て受け入れる、ってエージェントになる時決めたんだもの」
目前に広がる死、過去の記憶がありありと思い出されてくる……けれど、いやだからこそ……誓約を胸に、彼女は目の前の光景と向き合った。
「すぐに慣れる、一緒に戦わなきゃ誓約違反だよ」
しっかりとした口調で述べた理夢琉に、アリューから渋るような声が返ってくる。
「許容範囲だと思うが……」
理夢琉の芯の強さは知っているが、気持ちは複雑だ。
(……あまり慣れてほしくもない)
死を受け入れることも必要になることは分かるが、やはり望ましくは思えない。
そんなアリューの心配をよそに、理夢琉は仲間達と共に、検死を始めた。
検死の結果は、良好と言えた。
死後の時間、死因、状況。
さらに自害した死体が含まれている事や、その背中に入り口にあったものと同じ紋様が描かれていたこと。
自害死体にそういった紋様が描かれていた事から、傀儡とする効果が推測され、両班は紋様への警戒を強める。
調査隊員六名の内、五名の死亡も確認された。
逆に、発見出来なかったこともある。
英雄も、その存在証明とも言える幻想蝶も、遺体の中から確認することは出来なかったのだ。
また、生存者の発見もされてはいない。
誰でもいいから、生存者が見つかってほしいと願うのは、きっと自然なことだったろう。
――監視塔・廊下――
無月は通路に隠れ、霊力によって潜伏し監視塔の中を進んでいた。
あの惨劇を起こした存在がいるなら警戒を怠ることはできない、先行をして通路の安全を確認し、構築の魔女と理夢琉がその後に続く。
廊下には、入り口ほど死体はない。
時折存在はしているが、入り口のように多数の死者がいるわけではない。
それでも……。
(救えなくてすまない……)
恐怖や苦痛に彩られた表情に、無月は救えないことへの悔恨を抱かざるをえなかった。
死んだ者達の顔を思い出し、無念と哀しみを感じながら……悲劇を終わらせる決意を、彼女は固める。
(……?)
そうして監視塔を進み、階段に差し掛かったところで……足音が、聞こえた。
硬質な足音が、階段の上から響いてくる。
「……誰か降りてくる、警戒を」
仲間に通信を送り、事前に安全を確認しておいた手近な部屋に身を潜める。
部屋の中は酷く荒らされていたが、今気にするべきことではないだろう。
足音が……廊下までやってきた。
部屋の中から密かに姿を確認する。
(……これは)
そこにいたのは……人の姿を模した、歪なモノ。
硬質さを感じさせるひび割れた頬。
表情のない無機質な顔。
明らかに人形と分かるそれは……刑務官の服を着て、ぎこちない動作で廊下を進んでいた。
その手に握られた鉈が、嫌でも眼を引く。
無月は迷わず仲間達に通信を送った。
「従魔だ……そっちに行く、気を付けろ」
銃声。
銃弾が人形の胴を穿ち、破片が周囲に飛び散る。
体がひび割れるが、駆けていた人形は速度を落とさず、二人に肉薄した。
鉈が、構築の魔女に降り下ろされ……。
「これは、原因ではなさそうですね」
深紅の髪が軽やかに靡いた。
身体を半歩ずらし鉈を避け……その回避運動の力を利用し、銃の底で従魔を殴打する。
見事な格闘術だが、これは解析と操作を得意とする彼女の研究成果であり、知識の産物だ。
自らの身体を『操作』し、状況を的確に『解析』、理想的な動作で近接戦闘をこなす。
魔女の名から誤解されることもあるが……闘いすらその叡知の支配下においた彼女に、苦手とする距離はない。
「理夢琉さん」
「はい、いきます!」
構築の魔女の声に応えた理夢琉の周囲を舞うのは、美しい火炎の蝶。
呪符から産み出されたその蝶は、人形の従魔に飛び……紅蓮の大火となり、その全身を焼いた。
霊力の炎に焼かれ、従魔は動きを止める。
「無月さん、次は来ていますか?」
「いや、来ていない……」
構築の魔女が通信機で無月に聞くと……炭が僅かに動き、集まり始めた。
「なら、一班に従魔の存在を伝えておきましょう。無月さんはそのまま、警戒をお願いします」
「わかった」
話しながら、最初に砕いた従魔の欠片を合わせてみると、すうっと溶けるように繋がった。
銃で欠片を砕きなおして、一班に連絡を繋ぐ。
「二班ですが、今従魔と遭遇しました。再生もするようなので、倒した後に縛るといいでしょう」
それに応えたのは、一班のキミカだ。
「あ、こちら一班です、従魔のことは分かりました。こちらでは……」
「何かありましたか?」
その問いに……。
「生存者が見つかりました、一人だけですけど、調査隊員の方です」
キミカは喜びの滲んだ声を返した。
――監視塔内(一班・二班)
隊員を預けることにした一班は、宿舎を調べ終えてから、二班のいる監視塔の一室に来ていた。
理夢琉なら紋様の解除を行える可能性があること、無月とその英雄……ジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)が、監視塔内を時間をかけて調べたかった事がその理由だ。
管理室を調査している無月達を除いた一同がここに集まったことになる。
愚神が気付くことを警戒し、紋様の解除はあとで行う。
「二ヵ所調べたから、あと四ヶ所ね。この様子だと愚神が原因でしょうけど」
「原因は、愚神だけなのでしょうか?」
レミアに、構築の魔女が疑問を投げ掛けた。
「愚神ならより強いヴィランを逃がす理由はありませんし、現状と結果に何か欠けた部分がある気がします……」
より強いヴィランとは、クレイマンのことだろう。
確かに、愚神があえてクレイマンを脱獄させる理由はないように思える。
愚神が強力なヴィランの脱獄をさせる理由はなく、愚神の目的とは合致しない。
なら……。
(□□……?)
構築の魔女の内面で落児が疑問を口にした。
それを構築の魔女が口にするより早く……理夢琉が口を開く。
「欠けているなら、他のものが入るんじゃないでしょうか?」
「他のもの……そうですね」
落児が思った内容に近かったからか、構築の魔女が頷き……九郎が深散に声をかけた。
「ところで深散、愚神が設備を破壊した目的はなんだと思う? 発覚を遅らせたいなら、もっと効果的な方法をとれたはずだけど」
「設備を壊す理由ですか……」
む、と、深散が唸ると……キミカがあることに気付く。
「記録」
「記録?」
「はい、監視記録に残ると不味い何かがあったなら、設備を壊すことも考えられるのではないでしょうか?」
ここに来て、ずっと調査記録を取り続けていたからこそ、その目的の可能性が頭に浮かんだが……もしそれが指し示すとしたら。
「愚神の行動ではなく、犯罪者の行動……となるでしょうか?」
構築の魔女が口を開く。
過去、ヴィランと愚神が手を組んだ事件も存在した。
従魔や紋様は愚神を思わせるが、この監視塔の状態には人の思惑が混ざっているようにも思う。
そうして一同が話し合いを続けていると……無月達がその部屋に戻ってきた。
「あ、無月さん、終わりましたか?」
「ああ」
無月の手には、幾つかの袋に入れられた、砕けた記録媒体がある。
ジェネッサが無月の代わりに口を開いた。
「無月とボクで映像記録を調べにいってたんだけど、どれも破損が酷くてね。時間はかかったけど、修復できそうなものを集めておいたんだ」
……無月達は知らないが、こうした記録媒体の保存は大きな意味を持つ。
今の時代、愚神の起こした事件となれば、調査が念入りに行われない場合もある。
超常の事象を操る愚神の事件を細かに捜査することは、人材不足のHOPEにとって利点が少なく……そうなった時、破損したデータであれ、調査の足掛かりとなるものを保護しておくことは、愚神以外が犯行に関わっていた場合に大きな意味を持つ。
無論、このデータの中身が、そういった証拠である確証はなく、後にHOPEに預ける事になるのだが……この行動が後々、この一連の事件に大きな影響を与えることになる。
●監獄に巣食う者
――職員練・内部――
「敵だな。例のアレだ、努々」
「共鳴ですね‥‥行きます!」
共鳴した二人の姿が混じり合い……黒衣を纏った男性の姿へと変わる。
フードの影に隠れるのは、怜悧さを感じさせる風貌、悪意を糾弾する意思を宿した鋭い眼光。
左腕と顔の右側に見える黒い紋様が印象を残す、黒き英雄。
「……」
見据えるのは、通路の奥から走り込んでくる鉈をもった人形。
閃光弾を使おうとしたが……従魔を見てやめる。
硬質な人形の眼が、光を捉えてるとは思い難い。
彼は投擲斧を取り出すと、無造作にそれを投げつけた。
冷徹なAGWの斧が空を裂きながら、人形の足へと飛来し……狙い違わず、硬質なその足を断ち、人形をその場で大きく転倒させる。
弧を描き手元に戻ってくる斧を、ミューが手で掴んだ。
その間に、巨刃が走る。
黒い翼を生やしたレミアが振り抜いた巨大な剣は、容赦なく人形を裂き、その戦闘力を奪いとった。
「所詮は人形ね」
人形を足蹴にしながらレミアが言い、深散が蹴り飛ばされた人形を鞭で縛りつけ……その戦闘は終わった。
ここは職員練……。
その調査をほとんど終えたが、死体以外には紋様と従魔だけで、新しい情報はない。
「……職員練での収穫はありませんでしたね」
「工場の方も、何もなかったようです」
深散が嘆息すると、共鳴を解除したキミカが答える。
これであとは監獄だけ……愚神がいるならそこだろう。
キミカ達は連絡を送り、監獄へ向かうことにする。
――監獄A練――
監獄は、思いの外腐臭は少なかった。
それでもむせかえるような臭いはしたが……これまで調査をした四ヶ所に比べればずっとマシだ。
ただ、囚人達は一様に衰弱死をしており、恐怖にひきつったその顔が、その末路の悲惨さを物語っていた。
「衰弱死……ですか」
怪訝に感じたのか、構築の魔女が呟くと、PDAを確認していたキミカがそれに答える。
「HOPEの人に確認をとってみました。愚神から霊力を吸われると、衰弱死をする事もあるそうです。この方々もそうなのかもしれません」
「では、やはり愚神がいるのですね」
警戒をしながら、理夢琉を除く一同は奥に向かう……。
理夢琉だけは、助けた調査員の紋様を解除し、監獄の入り口で待機している。
途中にいた従魔も障害とは呼べるものではなく、A練の調査までは順調に行えたといえよう。
これで残るは、B練のみ。
B練の奥に向かうと、その姿が見えた。
腐肉……腐った死体にしか見えないそれは、糸に吊るされた奇妙な存在だった。
唇の裂けた口からは半透明の糸が無数に伸び、牢獄の中の死体を、繭のように包んでいた。
少しすると、糸が赤く染まる。
肉を裂き、その血肉を糸に乗せ、それが吊るされた腐乱死体の口に運ばれていく。
恐らくは愚神だろうそれに、レミアが戦意を露にし、他の面々もまた武器を構えた。
相手は目が見えていないのか、こちらに気付いていないが……だからと言って油断はできない。
「周囲に、糸がたくさんありますね……触覚みたいに動いているものもありますから、感覚器の代わりでしょうか?」
ライヴスゴーグルをつけた深散がそう判断すると、その横でレミアが、手を宙に向けて伸ばした。
その手に、漆黒と深紅とが混じった霊力が集まり集束して……闇となる。
「闘えばわかるわ」
闇が、巨大な大剣へと形を変える。
レミアの闇と血の象徴たる一つの武具。
異界において数多の命を奪い、屍山血河を築いた魔剣……闇夜の血華。
レミアは闇夜を体現したような黒衣のドレスを翻し、その巨刃を手に握り……その背中から溢れた闇の霊力で、漆黒の翼を形作る。
それはかつての昔畏怖の対象となった孤独な吸血姫であり……緋十郎と同じ時を歩む、一人の英雄の姿だった。
「こちらは退路の確保とサポートに徹します、お気をつけて」
「ええ」
構築の魔女の言葉に、レミアは優雅に答えると……前方に剣を構え、愚神へと軽やかに踏み込む。
愚神の張っていた糸に大剣が触れると、ようやく愚神がレミアに気付くが……遅い。
振るわれた一閃は、巨刃に似合わぬ神速の一撃。
その斬撃は、小柄な体躯に似合わぬほどに重く、鋭い。
初撃……大剣が深々と腐肉を断つ感触が、レミアの手に残る。
「鈍いのね、細切れにして虫の餌にでもしてあげようかしら」
「ア゛ア゛ア゛」
レミアが続く二撃目を放とうとしたところで、愚神が奇っ怪な声をあげ……。
「レミアさん!攻撃が来ます!」
深散が声を飛ばすと、四方から無数の糸が現れ、レミアの身体を包まんと広がる。
それと同時、足に違和感。
いつの間にか、数本の糸が足に絡み付き、足の自由を奪われていた。
「……」
それをレミアは……動揺するでもなく、冷ややかな眼で見下ろす。
「下らない」
殺到してきた糸に、闇夜の血華を一閃する。
それでも糸は数本残り、切り払えなかった糸に身体を巻き取られ……レミアは、身体から霊力が直接抜かれるような感触を覚えた。
(私を喰らう気?)
『不味いな……レミア、退くぞ!』
霊力を奪われ、吸われていく感覚。
緋十郎が慌てる中、レミアはそれに……。
「身の程を知りなさい、愚物」
嘲笑と剣撃で応じた。
黒々としたレミアの霊力が手足に絡んだ糸を喰らい、次の瞬間に三撃の斬撃が愚神を襲う。
退くまでもなく勝てる相手だと、レミアの経験が告げているのだ。
胴を断ち、頭部を断ち、そのまま縦に両断する。
その間にも糸が殺到してレミアを襲うが、ミューの斧と、構築の魔女が放つ弾丸、深散の刀がそれを断ち切った。
それでも残る数本の糸がレミアの身体を貫き、一気にレミアの霊力を奪い去ろうとするが……。
「私が殺してあげるから感謝なさい」
レミアが悠然と大剣を振るうと、さらに愚神の身体が三つに両断され……無様に床に転がった。
そこに銃弾が叩き込まれたが……糸も愚神も、動く気配はない。
『緋十郎、痛かった?』
『ああ、焼かれたように痛い、たまらん』
痛みを肩代わりした緋十郎の、疲弊は酷い。
押しきることはできたが、この愚神の攻撃はなかなか堪える……もう少し闘いが長引いたなら、厳しかっただろう。
とはいえ、そうならない自信があったからこそ、ギリギリの状態であっても戦ったのだが。
「終わったのでしょうか?」
「呆気なかったけど、こんなものかしらね」
深散の呟きに、レミアが返す。
後は事件の処理をすれば終わりだと……そう思った矢先。
ライヴスゴーグルをつけていた深散が、気付いた……垂れている糸に、霊力が残っていることに。
「待ってください、糸が……」
「糸?」
糸の霊力が膨れていることが分かる。
愚神が死んで、霊力が膨れるなどと言うことはあるだろうか?
「気を付けてください」
そう言った時だった……。
「え?」
深散の目の前で……レミアの身体を、伸びてきた糸が貫き抉る。
「レミアさん!?」
一同が呆然と眼を見開く中で……レミアはその意識を闇に落とした。
無月とミューが共鳴の解けたレミアと緋十郎を抱え、一同は撤退をしていた。
ギリギリまで傷付き愚神を倒したレミアに、あの攻撃を耐える余力はなかっただろう。
虚空から伸びた糸だけが、殺意を持って一同を襲ってくる。
最も素早い深散が最後尾で敵の気を引き、逃げる時間を稼ぐ。
襲いかかる糸を避け、時に刀で切り裂きながら、深散は思考する。
レミアが貫かれた直後に、あの愚神の肉片が糸に包まれ、消えた。
そう、愚神が倒れてから、糸だけが動いているのだ。
『あの糸と愚神は別物みたいだね』
『やはりそう思いますか』
レミアは衰弱していたが、まだ生きてはいるらしい。
このまま逃げ切れば、安心はできるだろう。
あの糸の正体は分からないが……。
(とにかく今は、逃げる時間を稼がないと)
ライヴスゴーグルで糸の軌道を見切り避ける。
義足での高い加速と、卓越した回避技術を持つからこそ許される、殿としての役目。
仲間が離れるまで避けること、深散は今はそのことに、意識を向けた。
「これ……」
それより少し前……キミカは出口の扉の紋様が輝き始めた事に気付き、眼を見開いた。
紋様を解除した隊員に変化はないが、扉はその一瞬で閉じ、淡い赤い光に包まれる。
「紋様が起動したんだよね……アリュー」
『解除するのか?』
「うん」
理夢琉は意識を集中する。
絆を信じ闘うと誓った彼女の霊力は淀みなく、紋様を柔らかな霊力の中に包み、消していく。
昔よりもその輝きを増しているように見えるのは、きっと間違いではないのだろう。
『……』
理夢琉のその姿を、アリューはその内側から眺め……。
成長を微かに感じとりながら、共に扉へと、その霊力を注ぎ込んだ。
「皆さん! 出口が開きました!」
理夢琉が呼び、仲間達が、深散が出口に向かう。
霊力の糸が美しい幻影蝶に阻まれる中……エージェント達はその監獄からの逃走を果たした。
●エピローグ
後続のエージェント達が現場に駆けつけた際には糸と紋様が消えており、従魔の再生能力も失われていた為、任務と言えるほど難しいものではなくなっていた。
女性隊員も眼を覚まし、意識も正常であった為、近日中に事情聴取が行われるそうだ。
調査にいったエージェント達の活躍が、十二分なものだったからこその結果だろう。
今回の調査で得たものが、次の悲劇を未然に防ぐ希望の糧となることを……今はただ、願うばかりだ。