本部
エメラルド、好きって言って!
掲示板
-
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/09/18 19:28:50 -
輝石の煌きを【相談宅】
最終発言2016/09/21 06:48:43
オープニング
死に至る甘い甘い毒の名を知っているか。
●恋するアレキサンドライト
「ねえアレク、聞いて! わたし、××××ができたの!」
そう言って幸せそうに笑う貴女が、心の底から、憎らしかった。
『ねぇ、好きって言って?』
腕に抱いた大切な大切なひとの頬をゆるりと撫でる。
『エミィ、好きって言って?』
蒼白な面差し。涙の浮いた眦。くしゃくしゃになった髪の毛は艶がなく、救い上げた指先は氷のように冷たい。
『エミィ、エミィ、ぼくのエメラルド。君がいれば、ぼくはなんにも要らないのに』
こぼれ落ちる言葉は、薄らいでしまった自分の記憶にあるより随分と甲高くか細い。
ああ、愛しのエメラルド。もしもぼくが『ぼく』のままでいたら、貴女はぼくを選んでくれたのかな。
『ねぇ、エミィ』
蒼白な頬に顔を寄せて、ただ祈る。
『ぼくのこと、好きって言って?』
それが叶わぬ願いだと知っているのに。
●エメラルドを愛してる
「お願いします、オレの恋人と親友を、助けて下さい」
火急の依頼がある、との知らせを受け集まったエージェント達に向かって、その男は深々と頭を下げた。
「エーメを、そして、彼女の英雄を、どうか、どうか、助けてください」
今にも額づかんばかりに頭を下げる男は、切々と語った。
男には能力者の恋人がいること。
恋人の名はエメラルド、契約英雄の名はアレキサンドライトということ。
アレキサンドライトは現在女性の姿をしているが、『元』は男だったこと。
アレキサンドライトはエメラルドに懸想していたこと。
エメラルドは、女性の姿をしているアレキサンドライトの言葉を本気にしていなかったこと。
男はエメラルドの恋人だが、アレキサンドライトが好きなこと。
エメラルドのお腹には、男とエメラルドの子供がいること。
「オレが、こんなことをお願いする資格はないと、わかってはいるのです」
ついに這いつくばるように土下座の体勢をとった男は、震える声で言葉を紡ぐ。
「アレキサンドライトが、アレクが元々男だったことは、アレク自身から相談を受けた時から知っていました。アレクがエメラルドからの愛情を切望していたことも知っていました。あいつは、あいつが! 今の自分を受け入れられてないと知っていて! エーメが好きだと知っていて!! オレは! あいつの側にいるために! エーメを利用した!!」
それは、聞く者の居ない懺悔の叫びだった。
震えながら額づく男は、ただただ哀れで、ただただ脆弱だ。
「オレは、あいつを裏切った。アレキサンドライトはオレを親友だと言ってくれたのに!!」
後悔に濡れた悲痛な叫びが男の喉を突き破る。
涙はなかった。けれど、声なき慟哭が、男の全身から発せられていて。
「エーメのことは、はじめはただの打算だった。けど、子供ができたって笑ったエーメを、何者からも守ろうと思ったことも事実なんだ!」
それは、恋と言うには穏やかな感情だったけれど。
それでも確かに、愛情には違いなくて。
「お願いします、お願いします! オレは、あいつを、あいつらを、失いたくないんだ!!」
それは、血を吐くような、切望だった。
都合のいい幻想を抱いていた男の、どうしようもない慟哭だった。
●七色の宝石
そこは、とてもうつくしい場所だった。
白いレースのカーテンは風をはらんで優しく揺蕩い、グリーンを基調とした家具はフェミニンながら落ち着いた空間を演出している。
ガラステーブルの上には紅茶のカップが2組置いてあり、ローズブラウンの液体が並々と注がれていて。
けれど一切手を付けられた形跡もなく、静かに冷めて凝っている。
『かえる場所がないと泣いていたぼくに、居場所をくれたのがエミィだったんだ』
しかして其処に英雄は居た。
淡い萌黄色のカバーを掛けたソファーにゆるく腰掛け、腕に眠る相棒を抱いて。
それは酷く幻想的な光景だった。
うつくしい少女が、うら若き乙女を胸に抱き、愛おしげに微笑みかける。
なにも知らぬものが見れば、それはとてもうつくしい空間だった。
『いまのあなたがだいすきよって、抱きしめてくれたのがエミィだったんだ』
アレキサンドライトはただ静かにエメラルドを愛でている。
右手で彼女の頬を撫で、左手に持った繊細な細工のナイフを弄びながら。
『愛してるよ、エメラルド。ぼくの宝石、ゆいいつのひと』
愛しい人に口付ける英雄は、今にも消えそうなほど儚く透けていた。
『ぼくがオンナノコの見た目でも、オトコだと思ってたら、アレクは男の子なんだよって、エミィは言ってくれたんだ。だったら、アイツじゃなくて、ぼくでも、よかったんだよね? ねぇ、エメラルド』
契約を失った英雄は、きっと消えていなくなるその時まで、腕に抱いた愛しい人を離さないだろう。
たとえそれで自分が消えても。
たとえそれで、愛しい人が儚くなってしまっても。
『ねぇ、人間って儚いんだね。たった数日、眠っているだけなのに、今にも消えてしまいそう』
たとえ、何をしても愛しい人が手に入らないのだとわかっていても。
『だから、ぼくの邪魔をしないでくれない?』
かけつけたエージェントを見つめる瞳は、ただただ狂気に濡れていた。
解説
●成功条件
一般人であるエメラルド嬢の保護
●失敗条件
エメラルド、又は依頼人の死亡
●情報
・エメラルドとアレキサンドライトは能力者と契約英雄である。
・エメラルドと依頼人は民間人である。
・アレキサンドライトは現在『女性の姿をしている』が、『意識は男性』である。
・現在、何らかの理由で2人の誓約は切れており、英雄アレキサンドライトは消失寸前にある。
・アレキサンドライトはエメラルドと共に消失したい。
・エメラルドは現在極度の衰弱状態にあり、即刻の治療が求められる状態にある。
・エメラルドは現在意識を失っており、治療しないかぎり回復の見込みはない。
・アレキサンドライトはよく切れそうなナイフを所持している。
・エメラルドとアレキサンドライトはAGWを所持していない。
・アレキサンドライトは恐慌状態にあり、説得に応じる可能性は極端に低い。
・エメラルドのお腹には依頼人との子供がいる。
・エメラルドのお腹にいる子供が依頼人の子供だとアレキサンドライトは知っている。
・アレキサンドライトはエメラルドと依頼人が付き合っていることを知らなかった。
・エメラルドのお腹にいる子供の安否は不明である。
※WARNING※
このシナリオには『禁句』があります。
英雄アレキサンドライトに対して禁句を発言すると、強制失敗となる可能性があります。
ご注意ください。
【攻略のヒント】
・アレキサンドライトはエメラルドを誰よりも何よりも愛している。
・アレキサンドライトはエメラルドの特別になりたい。
・アレキサンドライトは現在暴走状態にあり、理性は皆無である。
・アレキサンドライトは英雄である。
リプレイ
●秘めたる激情
時は数分前、エージェント達が部屋に突入する寸前まで遡る。
「ふざけんなよ」
「落ち着け」
思わず、といった様子でぐっと身を乗り出した虎噛 千颯(aa0123)の肩を、隣にいた赤城 龍哉(aa0090)が掴んで留める。
ぐる、と喉の奥で唸る虎噛の視線の先には、常になく凪いだ表情の齶田 米衛門(aa1482)の姿。
「おい、ふざけてんじゃねーぞ」
「ふざけてなんかねえ」
赤城に抑えられても止まれない虎噛が、周囲の制止を振り切って齶田の胸倉に手を伸ばす。
ぐい、と齶田の身体が引かれ、虎噛と額を突き合せるような姿勢となった。それでも齶田は虎噛から視線を外さず、ただ凪いだ瞳を向けている。
「ふざけてなんかねえ。ワシはただ、見たまま、思うたままを言ったまでよ」
ただ凪いだ視線が虎噛に突き刺さった。その揺らぎのなさに、口をついて出そうになった罵倒が虎噛の喉奥に引っかかって凝る。
何も言えない虎噛の手を、やや乱雑な仕草で取り払う齶田。
「勘違いしね。ワシも、おめぇさんらとおんなしように怒ってるス」
吐き捨てる言葉の端々に、沈めきれなかった怒気がこぼれ落ちている。
それでも、虎噛は齶田が許せなかった。
「なら! どうして! エメラルドの救出を行わねぇんだよ!!」
叫ぶ虎噛の言葉は、この場にいる大半の者の心理を表していた。
「救出しない、とは言ってねえス。ただ、急ぐ必要はねえスな」
だが齶田もぶれない。
「おい米衛門、理由があるなら私が納得出来る説明をしろ。被害者……エメラルドの容体は一刻を争う。脱水症状と栄養失調も問題だが、それ以上に胎の子がヤバい。母体の状態が胎児に与える影響は尋常じゃないんだぞ」
そこに噛み付いたのがクレア・マクミラン(aa1631)だ。
窓から部屋の中を確認した折、クレアがエメラルドに対して下した診断は「極度の脱水症状」。遠目ではその深度まではわからないが、楽観できる状態ではないのも確か。
それが分かるからこそ、クレアは「エメラルドの救出は急ぐ必要がない」と言い放った齶田が理解できない。
「数日ぐらい食べなくても余程でなければ人は死なないが、水分はそうはいかない。それはあんたも知ってるだろう」
「それでも、1、2時間程度の猶予はありますでしょう?」
埒のあかない押し問答を見かねたのか、CERISIER 白花(aa1660)が静かに声を発した。
落ち着いたそれは緊張の最大限に達したこの場にそぐわず、だからこそよく響く。
「それは……」
「1時間。1時間だけ、私に時間をくださいませんか」
猶予などない。そう断言してしまいたかったが、白花の否を言わせない眼光に一瞬言い淀むクレア。
そうしてたたみかける白花に、クレアはどうしてか「否」が言えなかった。
「ありがとう。プルミエ、行きますよ」
「はい、白花様」
クレアの返答は待たず、白花はプルミエ クルール(aa1660hero001)を伴って、狂気の渦巻く部屋の中へと分け入って行く。
「……オイらも行くスよ」
「あっ、私たちも」
一切喋らずただ怒気だけを漲らせたスノー ヴェイツ(aa1482hero001)と視線を合わせて、言葉を交わすことなく共鳴状態を取った齶田。そのまま、彼らしくない、無表情とでも呼ぶべき顔で白花の後に続く。
落ち着かない様子で状況を見ていたビヨンデッタ(aa4551)とバアル・ゼブル(aa4551hero001)も、小走りでその背中を追った。
「……なら私は遠慮しておきましょう。時間になる前に手を出してしまいそうですから」
白花の言葉を跳ね除けられなかったクレアが苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「ですが、1時間経って動きがないようでしたら、強引にでも突入しますよ」
「え、それで構いません」
感情を押し殺したクレアの言葉を背に受けても、白花は揺らがない。
「オレちゃんもエンリョしとくわ。今行ったらなにするかわかんないし」
「俺もパス。説得は不得手だ。それに、全員が入れるスペースもなさそうだからな。何かあった時突入しやすいよう、ベランダにでも待機しておく」
虎噛と赤城はクレアと同じく待機を選択したらしい。
常を心がけたらしい虎噛の笑みが引きつっている。
そうして、部屋へ突入する背中を見送った後。
「……クソッ」
ゴツ、と鈍い音を立てて、コンクリートの外壁が震える。
「千颯……落ち着くでござる」
壁に打ち付けた虎噛の手をそっと押さえて、喉の奥で押し殺したような声を発する白虎丸(aa0123hero001)。ぐ、と奥歯を噛み締めたような渋面の彼も、相棒の虎噛と同じような心地なのだろう。
「そうだぜ、焦ったって仕方ねぇ。今俺たちがやるべきことは、何かあった時即行動できるよう待機しとくことだろ」
イライラと落ち着きないため息を吐き出した虎噛に、外壁にへ背中を預けた赤城が吐き捨てる。彼らしくない物言いから、赤城もまた、不満を持っていることが見て取れた。
「2人とも落ち着いて……と言っても、難しいですわね。私も、納得はできていませんもの」
赤城の側に控えたヴァルトラウテ(aa0090hero001)までもが、不満を堪えて噛み締めているような顔をする。
「でも、……彼女ほどではありませんけれど」
そう言って、ついと痛ましげな視線を送る先には、憤りを隠して荒い息を吐き出すクレアと、そんな彼女を気遣うリリアン・レッドフォード(aa1631hero001)の姿があった。
●輝石の思惑
「椅子をお借りしても宜しいかしら? 立ち話するにはやや年でしてね」
そう言って、ゆったりとした仕草で微笑む妙齢の女性。
『ええ、どうぞ。大したお構いもできず申し訳ないのですが』
しゃなりと首をかしげるアレキサンドライトに何ら不自然なものは見られない。
それが、見る者に彼の狂気をより一層色濃く映すのだ。穏やかな日差しの差し込む室内が、言い得ぬうすら寒さで満たされている。
「いえいえ、お気遣いなく。あら、ありがとう、プルミエ」
「プルミエは当然のことをしたまでですわ!」
気の弱いものが見ればそれだけで飲まれそうな狂気を、しかし女は悠然と受け流す。
従者だろうか。緑髪の少女が、何処からか可愛らしいウッドチェアを持ってきた。女に褒められて嬉しいらしく、挙動はたおやかさを保っていたが、表情が取り繕えていない。満面の笑みである。しとやかに女の背後に控えていても、その満面の笑みでいろんなものが台無しであった。
「さて……。私、本業は占い師でして……よろしければ、アナタのお話を聴かせていただけますか?」
女の口調と表情は穏やかだが、言葉に込めた威圧が、アレキサンドライトに「否」を言わせない。
対するアレキサンドライトは、数瞬きょとりと虚をつかれた顔をして。
『……これはこれは。てっきり、問答無用でぼくのことぶん殴りに来るのかと思ってましたよ』
くすくすと、おかしくてたまらないとでも言いたげに笑う。
そうしてしばらく、笑いながら腕の中の愛しい人の顔を眺めてから。
『そうですねぇ。折角だから、冥土の土産に、ぼくの話を聴いてもらうのも悪くはないかなぁ』
消滅寸前の英雄は、一瞬だけ泣きそうな顔をして、次の瞬間には壮絶な笑みの形を象った。
『さて、ぼくはまずあなた方の間違いを指摘しなければいけません』
にこにこと愉しそうに笑うアレキサンドライト。
対峙する5人に気圧された様子は――いや、ビヨンデッタが少々気圧され気味か。
くすくす。くすくす。
何がおかしいのか、アレキサンドライトは先ほどから囁くような笑い声を止めない。
「間違い、ですか」
『ええ。あなた方、……そうですねぇ、特にベランダに居る方々なんかは、ぼくがエミィのことをこのナイフで突き刺すとでも思ってるんじゃないですか?』
白花の言に、それはそれは愉快そうな笑みを浮かべるアレキサンドライト。
それに対して白花は特に反応を示さなかったが、壁際に凭れかかっていたバアルが意外そうに片眉を上げる。
「違うのか? 俺様はてっきり色恋心中かと思ってたんだが」
「ちょっと、バアル」
あけすけなバアルに、ビヨンデッタが焦り声で裾を引く。
そうして恐る恐るアレキサンドライトの様子を伺ったビヨンデッタの視界が捉えたのは、依然としておもしろそうに笑むアレキサンドライトの姿。
予想外のそれに虚を突かれたビヨンデッタが一瞬固まる。
『その認識も間違いではないですよ。ぼくはエミィと共に消えたい。でもそれは、ぼくがエミィを傷付けることとイコールではないんです』
青白いエメラルドの頬をそっと撫でるアレキサンドライトの手付きは、この上など無いほどに愛しさにあふれている。
緊迫した状況とのちぐはぐさに、いっそ目眩すら覚えるほどに。
『ぼくはエミィを誰よりも何よりも愛している。そんなぼくが、エミィを傷付けられるわけがないじゃないですか。このナイフはこの世界に来た時からぼくが身につけていたものなんです。まあ、牽制用ですね。だってエミィと引き剥がされたくないじゃないですか』
ひら、と見せびらかせるように振られた銀のナイフは、なるほど、よく見るとアレキサンドライトと同じく薄っすらと透けている。
『あとは、そうですねぇ。あいつがノコノコやってきたら、突き刺してやろうとは思ってましたよ。ああ、そんな顔しないでください、殺す気はありませんから』
この御仁、笑顔でとんでもないことを言ってくれる。
現場に依頼人を連れてこなくて正解だった、とベランダで虎噛が吐き捨てた。微塵も「よかった」とは思っていない表情なのがミソである。
中でも外でもピリッとした緊張が走ったエージェント達を見てころころと笑うアレキサンドライト。先ほどから嫌に余裕が見える。
『不思議ですか? そうでしょうねぇ、あなた方の思い違いは結構深刻ですよ。なにせ、ぼくに話しをさせる時間を与えてしまった。あなた方は、問答無用でぼくとエミィを引き離すべきだったんです』
「……時間、ですか」
『ええ。なにせぼくはもうすぐ消える存在ですからね。あと1時間ってとこじゃないですか』
思いの外短い時間を提示され、一同に言葉で表現できない沈黙が落ちる。特に、ベランダ待機組の動揺が激しい。
「……そいうことスか」
ふと。齶田が何かに気が付いたように目を伏せる。
その表情は先ほどまでより硬い。ふぅ、と重たいため息を吐き出した齶田は、とん、と背後の壁に背を預ける。そのまま共鳴も解いてしまった。
「あ、齶田さん……?」
唐突な齶田の行動に、驚いたビヨンデッタが伺うような視線を投げかける。
「……もう、必要ないッスから」
「だな。ちぇっ、すべてアノヤローのてのひらの上ってことかよ」
ふてくされた表情のスノー。彼女も、頭の後ろで手を組んで齶田の横に並ぶ。
2人は事態を静観することを選んだらしい。
そんな齶田組の反応を見て、アレキサンドライトは笑みを深くする。
『実は賭けだったんですよ。僕が消えるまでに誰か来てくれるのか、来たとして、ぼくの話を聞いてくれるのか。ふふ、ぼくは賭けに勝ったってことですね』
「……ああ、なるほど。そういうことでしたか」
「……どういうことだ?」
アレキサンドライトの言葉に、白花が納得のいった顔をする。が、ビヨンデッタとバアルはよくわかっていないらしく首を傾げていた。ベランダ組も同じような反応をしている。
「つまりです。彼が彼女を殺すつもりなら、こんな回りくどいことをせず、さっさとそのナイフで刺してしまうなり、毒薬を盛るなりしてしまえばよかったのですよ」
「……つまり、アレキサンドライトはエメラルドと死ぬことは初めから眼中になかった……?」
白花の言葉を聞いたクレアが半ば呆然と呟く。
他のベランダ待機組も同じような状況だ。
皆、アレキサンドライトからエメラルドを奪還することを目的にしていたのだ。それが、対象はあと1時間ほどで消滅するという。
肩透かしもいいところだった。
『ぼくは、ぼくを裏切ったあの野郎を許さないし、ぼくの想いを信じてくれなかったエミィも、心のどこかでは恨んでる。ぼくはエミィの「ゆいいつ」になれなかった。けどせめて、エミィの「とくべつ」でいたいんだ。そのためには手段を選ばない』
滔々と語るアレキサンドライト。
それは、「自分の命」すら駒として使う、狂人の独白。
『それに、この状況は、エミィが望んだものだ』
ただ眠る愛しい人に頬を寄せる。
「……本当にそうか?」
思わず、といった様子で呟く赤城。
それが部屋の中にも聞こえたらしく、プルミエが「あら」と若干小馬鹿にしたような吐息を漏らす。
「わたくしども英雄は……いえ、"わたくし"は望んで願って"能力者"を望み誓約をいただきましたわ。どうして能力者が望みもしないのに破棄でるというのでしょう? そして能力者からこちらを思って破棄を望まれたら……わたくしは喜んでそれをお受けいたしますわ。わたくしがたとえ"英雄"以外の"何者"であろうとも、それは変わりません」
そうして、妄信とすら言える忠誠心をこれでもかと見せつける。
白花に対して優雅にカーテシーを披露するプルミエに、その場にいるものは言葉もない。
「……プルミエ殿はもしや、アレク殿と同類でござろうか」
「白虎ちゃんシィッ」
ぼそっとこぼされた白虎丸の疑問は虎噛によりなかったことにされた。
「……プルミエ。そう言ってもらえて嬉しいのだけど、お相手を刺激するような行動はいただけないわよ」
「申し訳ございません、白花様」
全く以て反省したそぶりのないプルミエ。苦笑する白花に優雅に一礼する姿は堂に入っているが、言動の端々がそこはかとなく「アホの子」なのはなぜだろうか。あるいはそれすら彼女の演技なのだろうか。
『心外だなぁ、ぼくが英雄じゃないって言いたいの?』
「あら、お気に障ったのでしたら申し訳ございません。もののたとえというものですわ、お許しになってくださいませ」
凄むアレキサンドライトの纏う空気が刺々しい。どうやらプルミエの行動は彼の気に障ったようだ。ピリッとしたそれは殺気だろうか。
が、それを向けられたプルミエも揺るがない。
しばらく無言での睨み合いが続いた。
『……はぁ、もういいよ。ぼくたちを否定したんじゃなければ。無駄なことに時間割いてる暇もないし』
先に根をあげたのはアレキサンドライトだ。なおプルミエは初めから終わりまで常にドヤ顔だった。
「……さっきから黙って聞いてりゃ、お前さん、随分好き勝手なこと言ってやがんな」
と。
今までベランダで事の成り行きを伺っていた赤城が動いた。
唐突な行動にヴァルトラウテが静止をかけているが、赤城に受け入れる様子は皆無。どころか、ヴァルトラウテに共鳴を促している。
聞きやしないんだから、とてもいいたげな顔をして、共鳴に応じるヴァルトラウテ。
アレキサンドライトは面白そうな表情をしてそれを見ていた。
『おや、様子見じゃなかったんですか』
「やめだ、やめ。性に合わん」
ひらひらと手を振る赤城。
武器は持っていないが、片手は幻想蝶に添えられており、警戒していることが見て取れる。
「なぁ、お前、一体何がしたいんだ? 彼女を傷付けたくないと言いながらこんなことをする、その理由は?」
1歩、2歩と、ゆっくりとした足取りでアレキサンドライトとの距離を詰める赤城。
「あ、おい!」
クレアが焦った様子で声を上げるが、室内組は誰も赤城の行動を止めようとしなかった。
そうして、赤城はアレキサンドライトから3歩ほど離れた場所で静止する。
赤城が近付く間でも、アレキサンドライトは余裕の顔を崩さなかった。
『さっきも言いましたよ。ぼくは、エミィと共に消えたい。それができないなら、最期までそばにいたい。それだけです』
ぶちり。
アレキサンドライトが微笑みすら浮かべてそう言い切った瞬間、白虎丸は己の真隣からナニカがブチ切れる音を聞いた気がした。
「っ、千颯!!」
「てっめえ!!」
ガタタッ、と大きな音を立てて室内に飛び込んできたのは、ブチ切れて理性の吹っ飛んだ虎噛だった。
「こんだけの事しててめぇは消えて、はいおしまいなんてさせねぇよ! ちゃんとエメラルドと向き合えよ! 逃げてんじゃねぇ! 男だってんなら逃げずに向き合えコノヤロウ!!」
「おいバカやめろ刺激するな!!」
クレアが必死に止めようとして虎噛の腕を引っ張っているが、理性のブチ切れた虎噛は止まらない。
なお白虎丸は「あちゃー」とでも言いたげな顔をして目元をてのひらで覆っていた。こうなると何を言っても聞かないことを経験則で知っているため、白虎丸は虎噛を止めない。というか、止められない。
そんな虎噛すら、アレキサンドライトはなにも言わずに眺めるだけで。
「っ、なんとか言ったらどうなんだよ!!」
「あ、おい!」
クレアの腕を振り切って、押さえる赤城の手を押しのけて、虎噛は動かないアレキサンドライトに手を伸ばす。
どうしても抑えられない衝動に任せて動かないアレキサンドライトの胸ぐらに手を伸ばして。
その手が空を切ったことに虚を突かれて、たたらを踏んだ。
「……は?」
一瞬にして、場の空気が凍る。
「な、んで」
『言ったでしょう? ぼくはもうすぐ消えるんですよ。最期の時くらい、好きにさせてもらえませんか』
虎噛の手を胸に埋めたまま、アレキサンドライトは小さく笑みを模った。
「……もう実体も保てんのだな」
ぽつりと、バアルが呟いた言葉が、全てだった。
「……逃げ、ん、のかよ」
『なんとでも。ぼくはぼくの出来る限りでエミィに愛を伝えました。……ああ、でも、できるなら、エミィに「それでも君を愛してる」と、伝えてくれませんか。そんで、そんで、あの大馬鹿野郎にさ。「あんたと先に出会ってたらよかったのに」って、伝えてくれませんか』
アレキサンドライトはとてもきれいに笑っていた。この世のしあわせ全てを抱え込んでいるように、笑っていた。
『ねえ、緑の髪のおにーさん。ぼくはあなたが羨ましい。きっとあなたはそうやってたくさんのものを手に入れてきたんでしょ? でも、だからって、それが正しいとは限らないんですよ。相手が、同じ場所を見てすらくれないことも、あるんですよ』
虎噛はなにも言えない。ただ黙って、アレキサンドライトを睨みつけている。
もう虎噛に動く気配がないことを悟って、今まで虎噛を抑えていた赤城は静かにその場から離れた。ついでに、必要なくなった共鳴も解く。
ヴァルトラウテが悲しげにアレキサンドライトを見つめていた。
『理解してほしいとは思いません。ぼくたちの在り方が狂っていたのは知っています。けれど、けれど、それでも、この気持ちだけは、否定されたくないんです』
エメラルド、ぼくの最愛。
ねえ、さいごにさ、好きって言ってほしいなあ。
そう言って、昏睡状態のエメラルドに額を寄せて、この上なくしあわせそうに微笑んだまま。
英雄アレキサンドライトは、エージェント達の目の前で、小さな光の欠片になって消えていった。
「……ばかやろうが」
残されたエメラルドを見つめて、やるせなさに打ち震えながら、硬い床に拳を打ち付ける虎噛。
そんな虎噛の肩を、赤城が労るように軽く小突いている。
「クレアちゃん!」
「わかってる!」
アレキサンドライトの消失を確認したリリアンが、幾つかの輸液パックと簡易測定器を持ってエメラルドの元へ駆ける。
クレアは座り込んだままの虎噛をエメラルドから引き剥がし、一瞬だけ何か言いたそうにぐっと息を詰めた後、結局なにも言わずにリリアンと共にエメラルドの処置を開始した。
息の詰まるような静寂の中、クレアが救急隊員へ状況を説明する声だけが、部屋に響いていた。
●みどりのめのかいぶつ
その男は、ふらふらと頼りない足取りで地上に続く階段を上っていた。
時折他人と肩がぶつかって、その度に迷惑そうな視線を向けられながら、ただうつろな表情で階段を上がっていた。
アレキサンドライトが消えてしまった。
その事実が、ただただ男を打ちのめす。
エメラルドが無事だったことの安堵も、エージェント達への感謝も、すべて、緑髪の男から伝えられた言葉の前に、どこかうつろで不明瞭なものになってしまった。
『あんたと先に出会っていたらよかったのに』
その言葉ばかりが脳内に反響する。
もし、自分が、アレキサンドライトと先に出会っていたら。
もし、自分が、アレキサンドライトと契約していたら。
叶わないことばかりをぐるぐると思い悩んで、そうして。
「あ」
とん、と。
肩に何かがぶつかって。
カクン、と。
階段を登っていた、足から、力が抜けて。
そのまま仰向けに倒れていく自分の視界に、どこか緑がかったようにみえる空が写り込んで。
「―――……」
縋るように伸ばした手に、ずっと、ずっと、追い求めていたひとの手が触れる、まぼろしを見た。
男が最期に聞いたのは、己の首と後頭部から発せられた、鈍い打撲音だったはずなのだが。
浮かべられた表情は、どこか満ち足りたものだった。
「……好き」
消毒液と線香のにおいが鼻につく、白い部屋。
其処に佇む女は、この世のしあわせをすべて詰め込んだような顔で、白い布に包まれた遺体のそばに佇んでいた。
「ねえ、大好きよ」
囁く相手は、もういない。
けれど、自分はもう、必要なものを手に入れているから。
「大好きよ、いつまでも」
『じゃまなもの』はいなくなった。
自分を見てくれないあの人も、あの人の視線を独り占めするあの子も。
「これであなたは、わたしだけのもの」
己の胎に宿る忘形見を撫でながら、とうの昔に狂っていた女は、この世の幸福をひとつの身に詰め込んだかのように、うっそりと笑っていた。
結果
シナリオ成功度 | 失敗 |
---|