本部

花火の影で剣は舞う

遊人

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/09/14 18:22

掲示板

オープニング

●ひと夏の不運
 東京都内の河川敷で毎年行われている花火大会は、今年も例年通りの盛況ぶりだった。
 薄暗い夕刻の土手は祭り提灯で照らし出され、脇には露店が所狭しと軒を連ねている。往来を行く人々はそれぞれ家族や友人、そして恋人を連れ立ち、開演の時間を待ちながら幸せな時間を過ごしていた。
 そんな祭りの喧騒を遠巻きに眺めながら、青年は薄暗い店の勝手口で一人ため息をついていた。
「どいつもこいつも浮かれやがって……何が花火大会だ」
 河川敷近くの居酒屋でアルバイトをする青年は、誰に聞こえるでもない小さな声で呟く。本当なら俺も行くはずだったのに、と。
 最愛の彼女にフラれてちょうど一週間。デートのために空けておいた花火大会当日には「用事が出来たんで!」と言って急に欠勤した先輩の代理出勤。
 遠くでぼんやりと光る赤提灯を眺めながら、青年はまた一つため息をつく。光を幸せを享受する花火大会の見物客とは対照的に、度重なる不運に見舞われてしまった彼は、まるで自分だけが世界から取り残されてしまったような疎外感を感じていた。
「花火大会も、カップルも、みんなまとめて爆発しちまえばいいのに……」
 青年はそんな不穏な言葉を口から漏らす。青年の胸の内は不幸の連続ですっかり荒んでいた。
 そんな青年の心の隙間に這い寄る、邪悪な意思。
「それなら派手にぶっ放してやろうぜ? 大きな大きな『花火』をよお」
 誰もいない路地の奥から突如現れるシルエット。二本の足に大柄の体躯、岩肌のように凹凸した表皮、そして所々から筒状の突起が生えた腕。人とも獣とも異なる姿を持つ異形の怪物に、青年はたじろぐ。彼の心の僅かな綻びを目敏く見つけたのは、H.O.P.E.やエージェント達が『愚神』と呼ぶ存在だった。
「なあ、力が欲しくはねえか? 気に入らねえ奴らをまとめて吹っ飛ばす、最っ高の力がよお?」
 腰を抜かして地面にへたり込む青年に、愚神は唆す。自分の心の鬱憤を晴らす人外の力。それは、決して聞き入れてはいけない悪魔の囁き。
 青年は、しかしそれを拒むことが出来なかった。

●花火と残業
「花火大会ねえ。こっちはいつも通り仕事だってのに」
 H.O.P.E.東京支部の一室で、男性職員は点けっぱなしのテレビに目を遣りながら呟く。夕方のニュース番組では、キャスターが河川敷の賑わいを中継映像と共に伝えていた。
「まあまあ。幸い今日はこのまま上がれそうですし、このあとみんなで見物にでも行きましょうか?」
 子どものようにいじける男性職員に、向かいのデスクで事務作業をしていた女性職員が苦笑する。彼女の提案に、男性職員が頷こうとした、その時だった。
 計器から警告音が鳴り、不意のアラートで室内に緊張が走る。モニターには、花火大会会場付近に愚神が出現したことが示されていた。
「……どうやら、今日は残業みたいですね」
「そのようだね」
 画面に向かいながら、女性職員は小さくため息をつく。束の間の休息は、招かれざる見物客の対応のためにキャンセルとなってしまった。
「ともかく、エージェントの招集、頼んだよ!」
「了解です!」
 女性職員は短く返答する。それを聞きながら、男性職員は慌ただしく部屋をあとにした。

解説

●目標
 愚神の討伐。

●登場
 デクリオ級愚神「プロミネンス」
 冴えないバイト学生の青年を唆して顕現した愚神。見物客が大勢集まる花火大会の会場を狙っている。火山を思わせる岩肌の身体と砲筒のような突起が生えた両腕を持つ。爆炎や炎弾を操る近~中距離攻撃を得意とする。
・爆炎腕
 爆発とともに打撃を加える。対象一体に中ダメージ。
・炎弾破弾
 着弾時に爆発する炎弾を射出する。対象スクエアとその周囲1に小ダメージ。効果範囲内に男女が二人以上存在する場合、中ダメージ。(共鳴中は共鳴時の外見性別を参照する)
・打ち上げ百華
 四方八方に爆散する火炎弾を打ち上げる。周囲3に中ダメージ。低確率で炎症(減退)のバッドステータス。使用後、次ラウンド終了時までムーブとアクションを行えない。

 バイト青年
 花火大会デートの一週間前に彼女にフラれてしまった不運な青年。

●戦場
 花火大会会場付近の河原。会場からはやや離れているため付近に一般人はいない。開けた平地で、地形による特殊条件は無し。
 また、周辺への避難勧告等は却って集団パニックなどを引き起こす恐れがあるため、見物客に気付かれる前に秘密裏に倒す必要がある。

リプレイ

●夜空に咲く大輪の花
 夕闇に連なる橙色の灯りを遠くに見ながら、ソレは河川敷の暗がりを歩いていた。ごつごつとした岩肌のような表皮に砲塔のような突起を生やした異形の怪物が一歩ごとに重い足音を鳴らしながら歩く様は、まるで大きな岩の塊が意思を得て動いているかのようだ。その目指す先には、多くの人々がひしめき合いながら開演を待つ花火大会の会場。大多数の見物客が集まるこの会場でもし愚神が暴れたら、果たしていったいどれだけの犠牲者が出るか。祭りの喧騒の中で幸せな時間を謳歌する人々は、自身に近づく危機をまだ知らない。
「あれだな、花火大会の会場ってヤツは。ひゃひゃひゃ、楽しみだなあ。キレーなキレーな人間花火はよお」
「ウ、ウアア、ア……!」
 怪物の身体は、元はどこにでもいる青年のものだったが、愚神に憑かれた今は完全に異界の化物の姿と化してしまっていた。不運続きで荒んでいた彼も、まさか大勢の死傷者を出す事件が起きることなどとは想像もしていなかっただろう。軽い気持ちで愚神の言葉に応じてしまったばかりに、彼は肉体と意思の自由を愚神に奪われ、残された意識も愚神に当てられ負の感情のみが増幅し続ける暴走状態だった。煮えたぎるマグマのように際限無く沸々と温度を上げる怒りと嫉妬心に、青年の理性は焼け溶ける寸前だった。

 花火大会会場へ向かう愚神を、物陰に身を潜めながら待つ一団がいた。
「お祭りにお仕事入っちゃったんですね」
「まあ……仕方ないさ。これが役目だ」
「お仕事終わったら、花火も間に合いますでしょうか」
「わからん。が、今日を楽しみにしてた者の気持ちに水を差すわけにはいかない。早めに終わらせよう」
 残念そうに笑うセラフィナ(aa0032hero001)を、真壁 久朗(aa0032)は窘める。外見こそ少年のようではあるが、セラフィナは決して子供ではなく、自分の使命も弁えている。人々の楽しみのために、久朗とセラフィナは任務に集中することにした。
「……めんどくさい」
 一方、佐藤 咲雪(aa0040)は気だるげに本日二度目の口癖を漏らす。一度目は任務の招集がかかった時で、エージェントの仕事を生活費を稼ぐ手段だと考えている咲雪は英雄であり姉的存在でもあるアリス(aa0040hero001)から「今はお金に余裕があるけど、いつ無くなるか分からないんだからね」と叱責されている。今も隣にいるアリスは咲雪をじろりと見つめていた。
「ん、おうどん、美味しかった、ね」
「仕事前に寄り道はどうかと思うがな」
 愚神の出現を待ちながら、エミル・ハイドレンジア(aa0425)とギール・ガングリフ(aa0425hero001)は配置につく。仕事前の寄り道、それも激しく動く戦闘の直前に食事という自由人ぶりだった。
「《敵影感知。戦闘システム・起動》」
「現れたようです。皆様、ご注意を」
 各々が体勢を整えているうちに、敵の姿が近づいていた。装備しているスナイパーゴーグルの望遠機能で見張りをしていた灰堂 焦一郎(aa0212)と英雄ストレイド(aa0212hero001)は、周辺で待機している仲間たちへ愚神の出現を知らせる。エージェントたちは既に臨戦態勢で、あとは「時」を待つばかりだ。
「ん、そろそろ、花火……」
「まぁ、我らが向かうのは愚神退治だが」
「解せぬ」
 エミルがそう言うと、遠く離れた花火会場のスピーカーからアナウンスが流れ始めた。内容までは聞き取れないが、恐らく花火の打ち上げ開始を告げるものだろう。事前に調べておいた予定と寸分違わず、定刻通りだった。

●花火の影で
 花火会場から天に向かって細い光が立ち上る。花火の打ち上げと同時に、エージェントたちも動き出す。空を切るひゅうっという高い音を合図に、共鳴した咲雪とアリス、そして九字原 昂(aa0919)が愚神めがけて飛び出した。
「な、何だてめえら!」
 突如現れたエージェントに愚神はたじろぐ。が、二人のシャドウルーカーの方が速度は上だ。愚神が何かするよりも速く、咲雪と昂は愚神の動きを止めに掛かる。
「……ん、動きを止める」
「いつも通り、動作のフォローはこっちでやるわね。目標までの距離、推奨ルートを視界に映すわ」
「……ん」
 共鳴によってアリスと一体化した咲雪の視界に、ナビゲート通りの道筋が表示される。全身にライヴスを纏う『潜伏』によって気配を消していた彼女は、超至近距離まで愚神に気付かれることなく接近していた。同時に、逆方向からは敵の視界を外れるように迂回して位置取った昂が。
「動きを止めます!」
 咲雪と昂の二人の放ったスキル『縫止』によって体内のライヴスを乱された愚神は動きを鈍らせた。この隙を逃すまいと、ニノマエ(aa4381)は愚神の前へ躍り出る。ミツルギ・サヤ(aa4381hero001)と共鳴した彼がカオティックブレイドの能力で顕現させたのは、宙を舞う幾本もの刀剣。
「おまえの炎、剣の嵐でかき消してやるよ」
「う、ぐああ……!」
 召喚した刀剣類を手繰り、愚神へ向けて『ストームエッジ』を見舞う。動けない愚神を、刃の嵐が容赦なく薙いでいった。
 辺りは日が落ちきって暗くなり、夜空には大輪の花火が一つ、また一つと咲いては消えていく。愚神との激しい戦闘によって発生する衝突音や発砲音は、花火の音に紛れて周囲に聞こえることはない。このためにエージェントたちは、焦一郎が事前に手に入れた花火大会の演目で花火の開始時間を確認し、それに合わせて愚神と会戦したのだ。
 嵐が治まった頃、ニノマエに続いてエミルも愚神へ急接近する。
「いぐにっしょんー」
 背中に背負った悪魔のぬいぐるみ、もといぬいぐるみ型ライヴスラスターがライヴスを噴出する。推進力を得た高速機動で一気に敵との距離を詰め、手にした短剣で愚神を斬りつける。
「毎度のことながら、気が抜ける掛け声だ」
「ん、お約束お約束」
 ギールとユルいやりとりを交わしながらも、素早い動作で愚神を翻弄するエミル。高い機動力を活かした攻撃で愚神を足止めするのが、今回の彼女の役割だ。
 後方では、ストレイドと共鳴した焦一郎が銃器を構える。変形したストレイドをアーマーのように全身に纏った焦一郎が手繰るのは、援護射撃に適したセミオート式の狙撃銃。最近手に入れた高性能の銃を試したがっていたストレイドにとって、今回の任務は丁度良い試し撃ちの機会だった。
 スコープの先の敵に意識を集中しながら、焦一郎は引き金を引く。高い命中精度を誇る狙撃銃が、弾丸を狙った場所へと的確に運んだ。
「《命中確認。データを更新中》」
「取り回しは上々。良い銃を得られましたね」
 エージェントたちはそれぞれ攻撃役と足止め役、支援役に分かれて陣取る。ニノマエが攻撃の中心となり、エミル、火乃元 篝(aa0437)とディオ=カルマ(aa0437hero001)が攻撃を加えながらの足止め、大門寺 杏奈(aa4314)と新城 龍子(aa4314hero001)が防御。咲雪と昂がスキルによる捕縛を狙い、焦一郎が援護射撃し、久朗が負傷者を回復する。
 敵もただやられているばかりではない。『縫止』によって奪われていた身体の自由を取り戻した愚神は、近接で攻撃を加えるエージェントたちへの反撃を繰り出す。
「邪魔をするなあ!」
 身体中の突起から炎を噴出しながら、愚神は腕を振り上げる。火山の噴火よろしく噴煙を撒きながら、腕の周囲で小規模の爆発が繰り返し発生する。爆炎と爆風を纏った腕による打撃攻撃がリンカーたちを襲おうとしていた。
 愚神の炎が迫る中、それに負けんばかりの光がリンカーたちを包み込む。仲間たちを守るべく前へ出たのは杏奈だった。彼女が手にする救国の聖旗「ジャンヌ」がはためくたびに、加護の光がフィールドとなってエージェントたちを包み込んだ。
「光の力よ、みんなを守って……!!」
 杏奈のミラージュシールドが愚神の爆炎腕を受け止める。仲間を護ろうとする彼女の気高き姿はまさに救国の聖女のようで、その盾は愚神の放つ爆炎一切を後ろへ通さなかった。
「フハハハハハ!! うむ、綺麗な花火ではないか! うむ!!」
「ある意味、魂の叫びではあるよう~ですねえ~」
 愚神の炎が収まった頃に飛び出したのは、これまた太陽のように鮮烈な人物だった。
「ふむ! うむ! 芸術は爆発と言うしな!!」
「……言いません、それは別の事ですよ」
 思わず素に戻ってしまったディオにツッコまれつつ、篝は攻撃を終えた愚神へ向けて剣を振る。
「ふむ、うむ! その炎は見事ではあるが、私の趣味ではないな、お断りだ!! 一人寂しく線香花火でもするがいい!」
「主ったらぁ、わりとひぃどいこといいますよぉねえ……」
 愚神の注意を引くための挑発文句を口にしながら、大振りに剣を振り抜く。ライヴスを込めた重い斬撃が、愚神の岩肌に叩きつけられる。
「ガ、アア、アアアアアアア!」
 篝の言葉に反応したのか、愚神の中の青年の意識の部分が咆哮する。肉体の主導権は依然として愚神が握っている状態だが、感情の発露程度ならば可能なのだろうか。いずれにせよ、愚神の影響で感情を暴走させ正気を失っている今の彼は愚神の操り人形に違いなかったが。
「クソッ、鬱陶しいんだよお!」
 一方の愚神はというと、青年の叫びに呼応するかのように怒りの声をあげた。元々、その火山のような外見よろしく怒りの沸点がかなり低いようだ。足止め役のエミルや篝、咲雪や昂が右に左に繰り出す攻撃によろめきながら、愚神は徐々に冷静さを失い怒りに声を荒げていた。
 愚神に対する挑発が有効だと知った久朗は、ここで大胆な行動に出た。
「ちょっといいか。……少し危ないかもしれないが」
 久朗は杏奈の隣に立ち、敵をまっすぐに見据える。久朗は先程篝が『一人寂しく』と行った際に愚神、いや愚神の中に捕われた青年が殊更過敏に反応していたことに気付いた。ならば、男女が一緒に並んでいる様を敢えて見せつけることで、愚神の注意を引くことが出来るのではないか、と考えたのだ。
「ウ、ウウウ……!」
 久朗の予想通り、青年の意識が恨めしそうに呻き声を漏らす。同時に愚神も、それが自身に対する挑発の意味を持っていると悟るや否や、頭に血を上げて久朗に狙いを定める。
「テメエ、おちょくってんのかあ!?」
 叫びながら、愚神は腕を水平に、久朗と杏奈の方向へ向けて構える。大砲の砲塔を模したかのような腕の一部が赤い光と熱を帯びる。炎弾が発射される合図だ。
 発射の直前、篝が素早く愚神に近づく。久朗に気を取られる愚神の砲塔を、手にした大剣で叩く。と同時に、後方で銃を構える焦一郎に声を掛ける。
「狙えるな! 狙うのだ!!」
 まるで篝からの指示をあらかじめ知っていたかのように、焦一郎は淀み無くトリガーを引く。久朗が注意を引き、篝が大剣で隙を作り、そこへ焦一郎が銃撃を加える。続けざまの攻撃で、愚神の体勢が崩れる。
 砲口から炎弾が射出される。リンカーたちの連携で砲塔の角度が下方向にずらされたため、炎弾は久朗と杏奈がいる地点よりも手前の地面に着弾する。着弾と同時に炎弾は爆発、周囲に炎と爆風が広がったが、久朗のライオットシールドと杏奈の持つ「ジャンヌ」の加護の光がそれを防いだ。
「かするだけですごく熱いですね……!」
「この暑い夏に、ご苦労な敵だな……」
 傍を通り抜ける熱風から頬にひりつく熱が伝わる。攻撃を阻害された愚神は、怒髪天を衝くとばかりに怒りのボルテージを上げていく。
「舐めやがって……舐めやがって! コイツで全部吹き飛ばしてやる!!」
「ガア……アアアアアアア!」
 咆哮と共に、愚神の身体が膨張する。身体中の突起から噴煙と火の粉を吹き出しながら、体内の力が身体の中心に集中、凝縮していく。限界ぎりぎりまで押し込められた力の奔流が、今にも吹き零れそうなほどぐつぐつと煮えたぎっているのを感じる。大技を放つ、その前兆。
「敵の攻撃が来るわ。視界に攻撃範囲を表示、回避機動は0.3秒後に開始」
「……ん」
エージェントたちは急いで愚神から距離を取る。愚神の突起、身体のあちこちから生えた大小の砲門から、体内で凝縮された爆炎のエネルギーが一斉に放出される。火山の噴火のような破壊力が、愚神を中心とした周囲三六〇度に見境無く撒き散らされる。火炎と爆発が四方八方に広がる様は、さながら地上で炸裂する花火そのものだった。
「それは空に向かって打ち上げるものであろうが、危ないぞ!!」
 リンカーたちは散開し、それぞれ防御や回避に専念する。愚神が放つ全霊の攻撃、当たればひとたまりもない。しかし、これだけの攻撃を繰り出した後には必ず大きな隙が生じるはずだ。反撃のチャンスを待ちながら、能力者たちは愚神の激しい攻撃を凌ぐ。
「ぐ、ハア、ハア……」
 ほどなくして、炎弾と爆発の嵐が止む。噴火を終えた愚神は威力に見合うだけの力を消耗したらしく、身動きが取れないまま息を荒くしてその場に立ち尽くしていた。エージェントたちにとってまたとない好機だった。
 視界に浮かび上がるルート表示を辿りながら、咲雪はアリスが示した最適ルートが導く先へ走り出す。気配を立ち、念のために愚神の動きに警戒しながら、両手の短剣を逆手に構える。この勝機をより確実なものにするために咲雪がすべきことは、愚神の動きを封じて後続の仲間たちに繋ぐことだ。
 より合理的に、より手早くこの戦いを終わらせる。動機はともかく、奇しくも咲雪と昂はまったく同じことを考えていた。迅速に愚神を排除する、という目的のため、昂は冷静に冷徹に状況を判断する。功を焦るわけではない、極めてクールな表情のままで、昂は愚神に臨む。
「花火は人に向けてはいけないと、教わりませんでしたか? まぁ、教わっていたら愚神なんてやっていませんね」
 咲雪と昂が同時に『女郎蜘蛛』を放つ。二人のライヴスによって形成された糸が蜘蛛の巣状に張り巡らされ、標的である愚神を中心にして収束していく。収縮したライヴスの糸は、愚神の身体をぎっちりと縛り上げて拘束する。
「ぐっ……クソがあ!」
「……ん、じゃあ、後は任せる。めんどくさい」
 怒号する愚神をよそに、リンカーたちは続々とラストアタックを仕掛ける。真紅と漆黒、二刀一対の双剣を持つ両腕を大きく構えながら、杏奈は愚神に向かって踏み込む。
「楽しいお祭りの邪魔はさせないよ!」
 愚神の頑丈なボディに、杏奈はライヴスをありったけ込めた重い斬撃を叩き込む。岩の如く頑強な愚神の表皮に亀裂が入った。
 杏奈が攻撃を加えた箇所を狙って、久朗は槍を突き立てる。槍の穂先に形成されたライヴスの刃が愚神の裂き広げることで、より深く大きなダメージとなっていく。
 エミルと篝が愚神に斬りかかる。全身と武器をライヴスで満たして力を蓄えた二人は、初撃の太刀で愚神を押し倒すようにして体勢を崩し、そのまま返す二撃目の太刀を浴びせる。
「《予測完了。照準ロック……》」
「捉えました。お覚悟を」
怒涛の連続攻撃でボロボロになった愚神に、焦一郎の銃撃が追い打ちをかける。久朗と同様、焦一郎はエミルと篝が攻撃した箇所に追撃の狙いを定める。一ミリの誤差すらない正確無比な狙撃が、傷口から愚神の身体を貫いた。
 瀕死の愚神に止めを刺すべく、ニノマエは空中に再び刀剣を召喚する。宙を舞う無数の刃が、術者であるニノマエに操られるまま愚神へ向かって飛んでいく。
「花火を見ねえなら弾喰らって大人しく寝てろ。永久に、な」
「クソ……チクショウがあああああああ!」
 断末魔の悲鳴を上げながら、青年を誑かした悪しき愚神は刃の嵐に掻き消されるように無へ還った。

●今日も明日も誰かのために
 リンカーたちは無事、一般人に気取られることもなく愚神を処理することが出来た。もしも周辺住民や花火大会の見物客に気付かれるようなことがあれば、きっと会場周辺は大パニックになっていただろう。隠密に迅速に敵を排除したエージェントたちのお手柄だ。
 愚神に憑かれていた青年には命に別状は無かった。愚神の消滅時に気絶していた青年は、久朗が回復術を施したことで意識を取り戻した。愚神に肉体と精神の主導権を乗っ取られていたとはいえ、青年は安易に愚神の提案に同調してしまったことをそれなりに反省しているようだった。いずれにせよ、このあとのことは警察の領分だろう。
 愚神との戦闘、それに加えて少しの事後処理をこなしている間に、花火大会は八割方終わってしまっていた。仕事を終えたエージェントたちは、最後の演目と残り少ない縁日の時間を楽しむことにした。
「良いか! 花火大会と言えばワタアメに林檎飴……む、財布の準備は万端だな」
「心得ております。直ぐに用意を」
「花より団子……主らしいなあ、まったく」
「《……我の修理費は残せ、灰堂》」
 縁日に繰り出した篝は、さっそく部下の焦一郎と共に屋台を物色し始める。篝の食いっ気と焦一郎の傾倒ぶりに、ディオとストレイドはやや呆れ気味だった。
「杏奈、ここに来ても甘いものばっかり……」
「龍子こそ、焼きそばとか唐揚げとか、油もの食べすぎ」
「うっ……いいでしょ、おいしいんだから」
 大好物の甘味を頬張りながら、杏奈は龍子にいつものお節介を焼いてみせる。
「……ほんと、甘いもの食べてる時はかわいいのに」
「何か言った?」
「なんでもないよ。お腹冷やさないようにね」
「わかってる」
 杏奈に聞こえないように一人ごちた言葉を、龍子は花火の音の中に隠すことにしたようだった。
「儚く散る、か。まさに夏の夜の夢だな」
 河川敷で打ち上げ花火を見上げていたサヤが感傷的に呟く。普段は見せない彼女のセンチメンタルな一面だ。
「いや、しんみりする場面じゃねーし」
「ひ、独り言だ! うるさいわっ!」
 サヤの肩に手をぽん、と置いて茶化すように言ったニノマエを、彼女は思い切りどついた。
「それじゃあ、僕らも花火のようにさっぱり消えるとしましょう。」
「ん、今日も、楽しかった……。満足……」
 最後の演目を終えた花火大会は今年も無事に閉幕することが出来た。人々の日常を守ったエージェントたちは、きっと明日もどこかで市民のために戦い続けるだろう。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
  • 単眼の狙撃手
    灰堂 焦一郎aa0212

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 魅惑のパイスラ
    佐藤 咲雪aa0040
    機械|15才|女性|回避
  • 貴腐人
    アリスaa0040hero001
    英雄|18才|女性|シャド
  • 単眼の狙撃手
    灰堂 焦一郎aa0212
    機械|27才|男性|命中
  • 不射の射
    ストレイドaa0212hero001
    英雄|32才|?|ジャ
  • 死を否定する者
    エミル・ハイドレンジアaa0425
    人間|10才|女性|攻撃
  • 殿軍の雄
    ギール・ガングリフaa0425hero001
    英雄|48才|男性|ドレ
  • 最脅の囮
    火乃元 篝aa0437
    人間|19才|女性|攻撃
  • エージェント
    ディオ=カマルaa0437hero001
    英雄|24才|男性|ドレ

  • 九字原 昂aa0919
    人間|20才|男性|回避



  • 暗闇引き裂く閃光
    大門寺 杏奈aa4314
    機械|18才|女性|防御
  • 猛獣ハンター
    新城 龍子aa4314hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 不撓不屈
    ニノマエaa4381
    機械|20才|男性|攻撃
  • 砂の明星
    ミツルギ サヤaa4381hero001
    英雄|20才|女性|カオ
前に戻る
ページトップへ戻る