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【神月】連動シナリオ

【神月】新人講習会とペイント弾合戦

形態
ショートEX
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/09/07 19:10

掲示板

オープニング

●英雄と能力者の夫婦
「なんで俺がH.O.P.E.の新人エージェントの講師なんてやらなきゃならないんだ」
 灰墨 信義 (az0055)が呟くと、ライラ・セイデリア(az0055hero001)は小さく笑った。
「ワタシたちがそれなりにこの世界で暮らしていて、さらに子を持つ夫婦だったから、適当だったんじゃないのかしら。
 新人のリンカーだなんて、昔を思い出すわよね」
 アル=イスカンダリーヤ遺跡群で行われた大規模作戦時、たくさんのカオティックブレイドとそれに共鳴するかのように能力者が現れた。それを受けて、H.O.P.E.はカオティックブレイドのみならず、この世界で顕現した新しい英雄に向けて『英雄向けの講習会』を各地で行っていた。
 灰墨とライラはH.O.P.E.からの依頼でその講習会の一つに講師として招かれていた。
 H.O.P.E.東京海上支部の広めの会議室に入ると、そこにはまだ新しい装備に身を包んだエージェントたちが生真面目な顔で並んでいた。

「……リンクとは英雄と能力者ふたりが共鳴しひとつの姿となることで、この状態になって初めてAGWを扱い人智を越えた力を得る。また、英雄や能力者を、もしくは、共鳴状態を総じて『リンカー』と呼ぶこともある」
 話しながら信義は室内を見回す。座学に慣れていないのか、ぽかんとしている顔がちらほら見れらる。
 ────だから、H.O.P.E.のエージェントどもは。
 信義と視線を交わして、今度はライラが壇上に立つ。
「誓約した能力者は肉体・思考能力などが大幅に上がりますが、英雄に関してはそういったケースは認められていません。ただし、ワタシたち英雄は元々現世界の者より優れた能力を持っています」
 そこまで言ってライラは自分の薬指に嵌った指輪を無意識に撫でた。
「私たち英雄はこの世界の生物に変化したわけではありません。それでも、この世界でもそれぞれ寿命を持っており、成長もします。そのスピードは個体によって大きく異なりますが」
 そして、薬指の指輪を軽く見せてにっこりと笑う。後ろで信義が微かに嫌な顔をした。
「さらにこの世界との繋がりを深めて、結婚する英雄も居ます。ただし、現世界の中では英雄と英雄では子供が生まれることはありません。
 英雄と能力者のカップルでは子供が生まれるケースも確認されていますが、この場合、誓約を交わした相手以外とでも可能です。また、子供は『英雄』ではなく、あくまでも現世界の存在であり、データ上、能力者になる可能性も高くなります」


「ニハル、大丈夫?」
 颯(ワタル)がかけた声に英雄の少女はびくっと肩を跳ねさせた。
「────あ、颯」
「今、休憩時間だよ」
 渡された紙パックジュースを持て余す彼女に、颯はストローを挿し、飲み方を教えてあげる。
「うーん……確かに勉強にはなるけど、ニハルに必要なのはこういうことだと思うんだよなあ」
 颯はニハルと同じようにあちこちでグロッキー状態になっている教室の新人リンカーたちを眺めた。
「午後からは、AGWを使ったり、現職のエージェントさんが参加してくれるって言ってたけど……」



●その講師は危険です!
「えっ!! 今、なんと言いました?」
 女性オペレーターは東京海上支部で行われている『英雄向けの講習会』の講師の名前を聞いて顔色を変えた。
「たまたまこちらに来ていたAGWの研究者の方でお話をしたらぜひ受けて下さると」
「もう一度、名前は?」
「ジョン・スミスさんです」

 女性オペレーターが顔色を変えていた頃、VBSシステムを使ったトレーニングルームに移動した受講者たちは白衣の男からAGWの銃を渡されていた。
 ちなみに、なぜか室内は教室風に変化していた。
「えーっとね、これがAGWの銃……と言っても、入ってるのはペイント弾なんだけどね」
 にこにこと笑みを浮かべた男は言った。
「これから、ここでみんなで、現役エージェントによる午後の講習会を行います。
 ────でもねえ、ただ、お話を聞くのってつまらないよねぇ。
 そこでです! 本当はコレ、午後のお話が終わってから実戦体験でやるハズだったんだけど、めんどくさいから今やっちゃいましょう。
 ある程度講習会が進んだら、僕が合図するから、今日勉強を教えてくれたありがたい現役エージェントの先生方にガッツリお礼参り…………お礼をしましょう!」
 ジョンの説明を聞いて、颯が青ざめる。
「…………え、この人、なに言ってるの?」
 そんな颯に気付いたジョンが笑顔で彼の手に銃と赤いペイント弾がたくさん詰まった弾倉を渡す。
「お、そこの君! 大丈夫、平気だから! H.O.P.E.のエージェントになったらこんなのザラだし、ペイント弾合戦も君たちが有利なように細工してあるし、ね」
 ジョンは楽しそうにこう言った。
「せっかく今日ここへ来てくれた君たちに先輩たちを乗り越えた初勝利を、そして、先輩たちには『初心忘れるべからず』を思い出させて差し上げましょう!」
 ────新人の頃の、拙さを、あの敗北を。

 この授業の勝利がどちらのものになるかは、参加者次第。


※本シナリオは能力者のみの参加の場合、英雄のみの参加になります。

解説

ステージ:一般的な学校の教室風(備品有り)
※VBSシステムを利用したトレーニングルーム

●目的
生徒、もしくは講師役として講習会へ参加してください。
生徒はレベルの低い方(PL各自判断)、依頼未参加の方。
講師役は一度でも依頼に参加している方ならどなたでもOKです。

生徒の方は現世界での質問や悩み、失敗談を、
講師は英雄としてこの世界での暮らし方やノウハウを教えてください。
もちろん、能力者の方も同じように参加してOKです。


ジョン・スミス「新人くんたちに楽しいイベントを用意したよ!」
●AGWの使用練習『たのしいペイント弾』合戦
共鳴して、ジョン・スミスが用意したAGWを使います。
生徒は赤、講師は青のペイント弾を撃ち合います。
(講師は説明されていませんが、事前に渡されています)
最初は普通のペイント弾ですが、細工されたVBSシステムにより段々おかしくなり下記のようにます。

赤いペイント弾に当たると(色々ペナルティ)
・笑い上戸になる
・小人化する
・筋力の無いか弱い女性になる
・パワーダウン、外見内面が幼児化する

青いペイント弾に当たると(色々パワーアップ)
・泣き上戸になる(しかし、パワーアップ)
・巨人化する
・筋力増強の逞しい男性になる
・パワーアップ、外見内面が歴戦の勇士化する

灰墨たちも参加します。ジョンは参加しません。
判定は通常戦闘で行います。スキル使用も可能ですが、
生徒を大怪我させないようにお願いします。(講師はがんばってください)
万が一、講師ばかり参加しても、生徒側はNPCで居るので問題ありません。
※女性がか弱く、男性が逞しいのはジョンの簡単なイメージです。
実際強い女性リンカーや細い男性リンカーはたくさんいますしね。
カオティックブレイドのスキル使用可。

当たりたいペイント弾と反応を書いてください(ただし、他に当たる可能性もあり)。
生徒の方も、赤いペイント弾に当たりたい方はよろしくお願い致します。

リプレイ

●講座の前に
 暗い緑の髪をした小学生くらいの少女、ダレン・クローバー(aa4365hero001)は顔をしかめた。
 ────この研究者は大丈夫か?
 この研究者、というのは、今、教室を後にしたジョン・スミスのことである。
「あ……、あなたも受講生なんですか?」
 颯の言葉にピアスを着けた細身の男性、エリカ・トリフォリウム(aa4365)はにこりと笑った。
「そうだよ」
「ねえ、お願いします。あの先生がやろうとしていることを止めてくれませんか?」
 小学生の颯にはエリカは落ち着いて信頼できそうな大人に見えた。なので、必死にジョンの悪戯を止めてくれるよう頼む。
「おれいまいり…? 何を言っているかは解らないけど、合図があったら撃ってしまえばいいんだよね?」
「え」
 答えた彼の声が女性のそれのように聞こえたことと、なにより、その内容に颯は驚いた。
「だいじょうぶ、これはペイント弾なんだよね?」
「そ、そうだけど……」
「なら、これもリンカーの試験みたいなものなんじゃないのかな」
 土と花の香りがする穏やかなエリカの微笑みに、颯は戸惑いながら頷いてしまった。
「そ、そうなの……?」
 エリカは黙って穏やかに微笑んでいる。
「────う、うん。なら、がんばってみる。そうだ、勇気を持つって願ったんだ」
 声を発することができないダレンは、軽く唸る。結果的に少年を言いくるめてしまった自分のパートナーに問いかけるような視線を送ったが、自分にやたら好意を示す彼が何かを勘違いするかもしれないので、ため息をついてすぐに諦めた。
「講師をやるってことは、結構強いエージェントなんだよね? それにいきなり勝つって凄くない?」
「俺はさっきのムカつくスーツ野郎に一発ペイント弾をお見舞いしたいな」
 どうやら他の受講生たちもジョンの提案に乗り気らしい。
 ダレンも気持ちを切り替えて、配られたAGWの銃にペイント弾を込めた。


「俺達も講師、か?」
「流石にもう新人じゃいられないよねー」
 控え室に割り当てられた一室。オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)がぽつりと漏らした言葉に、木霊・C・リュカ(aa0068)は僅かに笑う。
 居心地悪そうに椅子に座るオリヴィエ。その目の前のテーブルには大きな紙袋がある。中身は前日までパソコンを使って作成した資料の山だ。しかも、プレゼンテーションソフトで作ってあり、手元に残せるような配布用資料まで入っている。
「まめだねぇ」
「…………」
 夜遅くまでオリヴィエが準備していたことを知っているリュカの呟きに、オリヴィエは口を結んだ。
「へえ、頑張ったんだな」
 ガルー・A・A(aa0076hero001)が紙袋の中を勝手に覗き込む。文字の読めない受講者のためにだろう。写真を多めに配置した資料の束が見えた。
 ガルーに反射的に何か反論しようとしたオリヴィエだったが、それが純粋な褒め言葉であると気付いて再び黙り込む。
「負けずにガルーも、がんばって先生しなくてはいけませんよ」
 紫 征四郎(aa0076)の言葉をガルーがハイハイと軽く流し、征四郎が抗議する。
「皆さん、今日はよろしくお願いします!」
 ドアが開き、唐沢 九繰(aa1379)とエミナ・トライアルフォー(aa1379hero001)が顔を出す。
「お、九繰ちゃんもか」
「こちらこそ」
 九繰が元気に丁寧に挨拶すると部屋のあちこちから声が上がった。
 ────その直後、よれよれの白衣を羽織ったジョンが顔を出した。
「僕の講義は終わったから、あとは、エージェントさんたちよろしくねー。あ、あと────」
 ジョンは講師役のエージェントたちにAGWの銃と青いペイント弾を渡した。


 一行がトレーニングルームへと向かうと、その入り口にふたりのリンカーが立っていた。
 真っ先に気付いた海神 藍(aa2518)と禮(aa2518hero001)は目を丸くした。
「灰墨さんじゃないか? 久しいね」
 それは、少し疲れた様子の灰墨信義と微笑みを浮かべるライラ・セイデリアだった。
「────海神君か。お久しぶり」
「こんにちは」
 ────意外だな、こういう場には出てこないと思っていた。
 そう思いつつ、海神はずっと彼に言おうと思っていたことを思い出した。
「ああ、そうだ。……メリオンテの情報、とても役に立ったよ。ありがとう」
「…………だろうな」
 少しだけ唇の端を吊り上げて呟いた後、信義はがらりと声音を変えて言った。
「礼は要らないさ。あれは、君らが結果的に勝ち取った報酬だ」
 結果的、という部分に多少引っかかりを感じたが、海神は信義の言葉をそのまま受け取ることにした。彼のような手合いの言葉の裏を一々気にしていられない、というのもある。
 信義たちと一緒にトレーニングルームに入ると、そこは今回の講座内容に合わせたのか、教室のように机や椅子が配置されていた。
「VBSシステムが使えるトレーニングルームだと聞いたが」
 Chris McLain(aa3881)が呟く。
 一方、虎噛 千颯(aa0123)は入り口そばの席でニハルと真剣に話している颯に気付いた。
「お。颯じゃん! 元気してたかー? 能力者生活も慣れたか? 何かあったら俺ちゃんに相談するんだぞー!」
 千颯に気付いた颯はなぜか激しく動揺した。
「ち、千颯さん……、講師って千颯さんたちなんだ────」
 同じく颯と一緒に七夕の『依頼』をこなしたガルーと征四郎も声をかける。
「よっす久しぶり。ニハルも颯も元気にしてたか?」
「困ったことがあれば、何でも頼ってくださいね!」
 同じく颯と知り合いのリュカや九繰たちも、懐かしく思い颯を囲むように近づいたが。
「こ、困ったこと────」
 顔を強張らせた颯の横でニハルが静かに首を横に振った。



●講師クリス・マクレイン
「講師のクリス・マクレインだ。俺からは銃の扱い方とその心得について教える」
 最初の講義を担当したのは生命適正のジャックポット、クリスと英雄のシャロ(aa3881hero001)のペアだ。彼らは英雄のシャロではなく、クリスが講師役を担当した。
「銃と言うのは剣なんかと違って遠くからでも攻撃できる武器だ。また弓とも違って引き絞る手間もいらず、直ぐに攻撃できる。しかし、殴り合える間合いにあるときは近接武器に速さで劣る。銃を使うなら距離を詰められないよう気をつけることだ。
 銃を使う敵と相対したときは、まず遮蔽物に隠れるんだ。銃は遠くから瞬時に攻撃できるが、弾は直線状にしか動かない。そして銃が不利な間合いに詰めて攻撃するんだ」
 真面目にクリスの話を聞くダレン。彼女の横で能力者のエリカも先輩エージェントの話を聞いていた。
 講師であるクリスから「質問はあるか?」と問いかけられて、ダレンがすっと手を挙げる。
『生命適性としてどう動くべきか? 答えられる限りで構わない』
 ダレンが掲げたスマートフォンにはそう英語で綴られていた。
 クリスが覗き込むと文章は続き、『現在は武器を入れ替えながら力任せに攻撃することが多く、上手くエリカの適性を利用もとい活用できていないと感じている』と書かれている。
 エージェントや英雄には喋れない者、喋るのを好まない者もいる。クリスは戸惑うことなく少女のスマートフォンの画面に綴られた疑問に彼なりに丁寧に答えた。
「────生命適正の立ち回り方か。そうだな……生命に優れるということは多少の無茶が効くということだ。肉壁や単独行動がいいかもな。とは言え、カオティックブレイドの防御力は控えめらしいからその辺りは気を付けて欲しい」
 クリスの回答に、英雄のシャロが初めて口を開く。
「くれぐれも死なない程度に、特に経験の浅いうちは無茶は厳禁なのですぅ」
 心優しいシャロの言葉に生徒たちは真剣に頷いた。



●講師白虎丸
 次いで、精巧な白虎の被り物を被った逞しい男が現れた。千颯の英雄、白虎丸(aa0123hero001)だ。
「うむ……こういう場で話すのは得意ではないのでござるが……」
 そう前置きして、白虎丸は教室内を見回した。
「まず初めに能力者とのあり方は人それぞれでござる。その中で一番いい関係を結べればそれがいいと思うでござるよ。恋人、家族、相棒、親友、友達……色んな形があるでござる」
 恋人、という言葉に初々しく反応した者が数人居ることに気付いて、白虎丸は微笑ましく思う。
 再び、ダレンが手を挙げて、今度は日本語で文章を綴ったスマートフォンを掲げる。
『質問:パートナーと仲良くなった時』
 その文章を見て、エリカが一瞬ぱっと顔を明るくしたが、ダレンは淡々とその下に文字を付け足す。
『誓約の都合上、短い付き合い(と思っている)とはいえ、不仲では戦いに影響があると考えた為』
「ダレン?」
 エリカの様子はまったく気付かない白虎丸はうんうんと頷く。
「この関係は一緒に過ごして行くうちに育まれていくでござるから、最初から慌てなくてもいいのでござるよ。
 ────皆は、これから能力者と一緒に歩いていくのでござる」
「ダレン?」
 エレンの問いかけを無視して、ダレンは白虎丸に軽く頭を下げて着席した。
「照れなくてもいいんだよ」
 エレンの言葉は引き続き黙殺され、天然気味の性格である白虎丸は微笑ましくふたりを見守る。



●講師オリヴィエ・オドラン
 受講生たちに資料を配った後、オリヴィエはホワイトボードに『この世界について』と書いた。そして、彼は緊張した面持ちでそこへ地図や写真を張り出す。
 美しい景色や食べ物、その土地土地の文化を表すような写真────元々、喋るのは得意ではないオリヴィエだったが、資料を使ってこの世界の様子を懸命に後輩たちに伝えようとした。ちなみに、資料に猫の写真が若干多いのはご愛敬だ。
「……特に、依頼に行くときは、ワープ機能を使うから……この世界が『広い』という実感は、持ちづらいかもしれないが、自分の足で歩いてみると、凄く、その、広いんだ」
 オリヴィエの視線が、以前、『戦うのが怖い』と言っていた颯の所で止まった。
「……最初、戦闘が怖ければ……依頼はたくさんある。どこかの祭りを手伝いに行ったり、どこぞの大学生と雪合戦をしたり、ゲームの中に行って赤子の世話をしたり」
 語りながら、脳裏に今まで関わった依頼の数々が浮かぶ。依頼の名目でずいぶん珍妙な目にも合った気がする。
「……何でも良い。足を止めない様に、動くことだ。動けば見える物は必ず変わる、から」
 ぶっきらぼうに話を締めたオリヴィエ。そこにリュカが優しく言葉を添えた。
「ふふ、要は『世界を楽しんでね』って言ってるんだよ。口下手でごめんね?」
 オリヴィエは困ったように無言を貫いた。



●講師ガルー・A・A
 オリヴィエと入れ替わりに檀上に立ったガルーは、少し考えてオリヴィエのようにホワイトボードに『社会との関わり』と書いた。
「日常時、俺様達は幻想蝶の中で暮らすこともできるが、叶うなら外で生活してみると良いかもしれないな。社会に加わることでわかるところもあるし、何より相棒のこともよく知れる」
 ガルーの脳裏にエージェントになる前の過去が過る。
 ────征四郎と誓約した数ヶ月後、追い出されるように征四郎の実家を出た。当時はどちらも社会のことに明るくはなく、征四郎の怪我の容体を見るために病院付近のホテルを点々としていた時もあった。
 そして、リュカの家に転がり込んでからの生活。
「本はとにかくいっぱい読んだな。最初は金の勘定もH.O.P.E.のことも知らなかったから苦労したぜ」
 さっき質問したダレンと目が合って、ガルーは一旦、口を閉じた。
「あー……、質問はパートナーと仲良くなった時、だったか。
 さー、いつだったかね。……まだエージェントになる前の話だが、実家を出て二人暮らしを始めて、作った夕飯を初めて『美味しい』っつって貰った時、が、そうかも」
 独白のように言って、ガルーは一瞬、少し照れたような表情を浮かべ、すぐに吹っ切れたように教室内を見回した。
「一番大事なもの、は」
 背後に征四郎の気配。小さな少女が何も言わずにただ黙って彼を見守っているのを知っている。
「────信頼、だと思う」
 それが、彼らの力。



●講師エミナ・トライアルフォー
「常識も社会の仕組みも違い、戸惑う事が多いと思います」
 エミナは『この世界での生き方』を語った。
 ここに居る英雄は世界も文化もそれぞれ異なり、記憶はないにせよ、きっと『常識』の感覚もバラバラだろう。
「私の場合は文化的な差異はあまり感じませんでした。そもそも人では無かったので」
 けれども、それゆえに生活面の戸惑いがあったと、エミナは自分の体験談を少し語った。
「でも────この世界での生活は新鮮で楽しかったです」
 彼女が学んだ、この世界に早く馴染んで暮らす方法。それは、機械だったというエミナらしい提案だった。
「万人向けのノウハウは思いつかないので、『調べものの方法』を教えます。
 図書館で絵本や雑誌を読めば価値観や考え方にふれることができるし、解らない事はスマートフォンやノートPCで調べる事も出来ます。便利ですよね」
 そして、本部の近くにある図書館や、本部のフリー端末の場所を紹介していく。
「パートナーの端末や、自分のスマートフォンがあればそれで調べるのも良いですね」
 付け足しつつ、図書館の利用法や各デバイスの使用法まで簡単に説明した。
 感情が測れない無表情で、淡々とした語り口のエミナだったが、その授業はとても思いやりに溢れており、それは現世界に来て不安だった新しい英雄たちの心に届いた。
 それから、エミナは能力者の九繰と共に答えられる限りの質問や疑問に丁寧に応じた。
「最後に、不安な事やわからない事があったら、パートナーや知り合いに聞くのが一番です」
 そう言いながらも、エミナは続ける。
「知り合いがまだ少ないという方は、私でよければ気軽に聞いてください」
 エミナは最後に時間を設けて、希望者には自分の連絡先を教えた。
 パートナーの九繰も、「手があいてる時は私も対応できるので、気軽に聞いてくださいね」と受講者たちを励ました。



●講師ユフォアリーヤ
「ま、後続の役に立つなら何よりかね……ほれ、頑張ってこい」
「……あぅ……やーん」
 大好きな麻生 遊夜(aa0452)に背中をポンポンと叩かれても、ユフォアリーヤ(aa0452hero001)の耳と尻尾はしょんもりとうなだれていた。
 それでも、なんとか遊夜と一緒に壇上へは上がった。一緒だったから、というべきか。
「講師役として招かれた麻生遊夜と……」
「……うぅ……ユフォアリーヤ……」
 依頼時の勇ましさとは別人の如く、もじもじと人見知りを発揮するユフォアリーヤ。
「普段は孤児院の運営、リンカーとしては主にスナイパーをやってる、宜しく頼むぜ」
 頼もしい笑顔を浮かべて、遊夜はトレーニングルーム内を見渡した。新人英雄と言っても、当たり前だが性別・年齢・種族、それぞれバラバラである。
「俺達から諸君らに教えることは一般常識……になるかね? ウチのリーヤは、見てわかるかもしれんが元が狼でな」
 チラリ、と遊夜が未だおどおどもじもじとしているユフォアリーヤを見る。
「こちらに来た当初は本当に大変でな……今回はその話をしようと思う」
 ────今回の裏目的はリーヤの人嫌い・人見知り克服の一助になれば、って所であるんだが……。
「後続を導くのも大人の務めだな。大丈夫だ、心配すんなって……ガキ共に教えるみたく何時も通りにすればいい」
「ん、そう……子供達」
 小声でささやく遊夜の優しい声。遊夜が経営する孤児院の子供たちを思い出しながら、ユフォアリーヤは少しだけ勇気を出す。
「……最初はね、今までの常識が、通用しないの……だから、何度も失敗することになる……と思う。元の形によるけど……ボクの場合は、服や下着の着方、靴下や靴の履き方、食事の仕方、から……」
 ユフォアリーヤの耳がピコピコと動く。
「一緒に寝ちゃいけない、とか、家では靴を脱ぐ、とか、トイレや着替え……」
 尻尾をゆらゆらしながらユフォアリーヤが少し詳細に語ろうとすると、軽く信義が咳払いをした。苦笑した遊夜がユフォアリーヤの背中を押して先を促す。
「道具、紙パックや缶、使い方……読み書き、計算……」
 自分の失敗談や直ってないところを絡めながら、身近な物の使い方なども訥々と語り、質問に答える
 時折、苛々とした信義の咳払いが入る。
「子供も居るから仕方ないねえ」
 リュカの言葉に、信義は「そういう問題か」と憮然とし、ライラはそっと視線を反らした。
 一通り語り終わると、最後に、ユフォアリーヤもダレンを見た。遊夜が大好きな彼女もダレンの質問が気になっていたらしい。
「能力者と仲良くなった時……ボクは、助けて貰ったから」
 照れながら、ユフォアリーヤはダレンを見る。全く別な状況で誓約を交わしたダレンは首を傾げた。
「お互いに助け合えば、すぐ……だよ」
 遊夜を見上げて、ユフォアリーヤはクスクスといつものように笑った。



●講師禮
 講義ももうすぐ終わりだ。
 最後の講師である禮(aa2518hero001)を、パートナーの海神は心配そうに見た。
「……出来るのかい? 禮」
「大丈夫ですよ。ヒトなら成人です」
 見た目は小学生の禮が自信満々に言う。
 禮の主張では、彼女の種族である人魚は長寿であるため加齢が緩やかで、そのため人と比べて外見年齢がいつまでも若いのだと言う。実際、禮はもう二十年ほども生きているので、彼女は時々「ヒトなら成人」と強調する。けれども、人魚の世界では加齢が緩やかなので、二十年生きていても彼女は見た目のまま、人魚の『子供』である。
「わたし達英雄は別世界の存在です、食事や睡眠も必須ではありません。でも、それでは勿体ないと思います」
 禮はこの世界の食文化、特にお菓子について、にこやかに語り出した。
「お菓子やケーキ、いわゆる嗜好品ですが、それを楽しめることは思いのほか重要なことなんです」
 禮の口調に段々熱がこもってくる。
「おいしいものは心のゆとりを生み、生活に、戦闘にも良く作用します」
 それは飾ることのない彼女の本音であったが、多少、能力者へのアピールも入っているのかもしれない。
「禮、そろそろいいかな?」
 タイミングよく海神が声をかける。
「あ、そうですね。……ここにはケーキを食べたことのない方も居ることでしょう、なので試食を用意してきました。良ければどうぞ」
 禮は幻想蝶から海神お手製のスペシャルバレンタインケーキを取り出し、一口分ずつ皆に配った。お菓子作りが趣味の彼女のパートナー作のケーキは禮の元気の源だ。
 途端に部屋のあちこちで楽しそうな声があがる。禮は、自慢の海神のケーキを全員が食べ終わるのを嬉しそうに見守る。流石に、教壇で一緒に食べることはしなかった。
 しかし、全員が食べ終わったのを確認すると、彼女はきゅっと唇を結び、真剣な表情を浮かべた。
「────こういったものが食べられるほどに、まだこの世界は平和です……。だからこそ、この平和を、護らなければいけません」
 アル=イスカンダリーヤ遺跡群で落ちた命の炎。愚神たちのたくらみ。今、この世界は────戦わなければ守らなければ、いつまでも平和ではいられない。そして、今現在、最も対抗できる力を持つのはこの場に居るライヴスリンカーとリライヴァーなのだ。



●ペイント弾による合戦
 その時、教室を模したトレーニングルームのスピーカーから、唸るようなサイレンの音が鳴った。
「お? お? 何なに~、きな臭くて楽しいな~!!」
 突然、ホワイトボードに赤いペイント弾が数発、撃ち込まれた。
「きゃっ!」
 驚いた禮が咄嗟にしゃがんでそれを避ける。
「……いきなり始まるのか────」
 楽しそうに笑う千颯と対照的に眉を顰めるオリヴィエ。
 ペイント弾を使った模擬戦のことは事前にジョンから聞いていたエージェントたちだったが、もちろん、こんな急に始まるなどとは聞いていない。
 だが、先輩エージェントである講師陣はさすがにイレギュラーには慣れたもので、驚きながらも状況を把握してそれぞれ共鳴し、ペイント弾入りのAGWを装備する。

 ペイント弾への有効な手段として、即座に千颯はライヴスミラーを張った。けれども。
『千颯! 相手はエージェントでごさるよ! それは愚神と従魔の攻撃にしか効かないでござる!』
「おっと、うっかり!」
 白虎丸の指摘にミスに気付く。とは言え、新人エージェントが千颯ほどのエージェントにペイント弾を当てることは中々難しい。
「はい、ざんね~ん。世の中そんなに甘くないんだぜ~?」
 ひらりとペイント弾をまたひとつ避ける。
「ご、ごめんなさい、千颯さん!」
 謝りながら、共鳴した颯が撃ったペイント弾が飛んで来る。それは、千颯をかすりもせずにホワイトボードに叩きつけられた。
「う~ん……」
 少し考えて、千颯は目を瞑って銃を構える颯の手を抑えた。少年の手がびくっと跳ね上がる。
「颯、怖いか?」
「う、うん────人に向けるのは……」
「……よし、大サービスだ!」
 千颯はしっかりした掌で少年の震える肩をがっしりと掴んだ。
「あまり難しく考えなくていいんだぜ、これはお遊びだ。ほら颯、お前に一つ勇気を注入してやるよ」
 え────と、颯が目を開けるのと同時に、千颯が放ったペイント弾が少年の身体に撃ち込まれた。
 衝撃と共に、颯の中の怖れと戦う強い気持ちが何かに支えられた。
「さ、楽しもうぜ!」
『ニハル殿も、ささ、これは無礼講でござるよ。千颯を狙い撃つといいでござるよ!』
 偶然にも颯に撃ち込まれたのはパワーアップの弾丸だった。颯の外見も内面も歴戦の勇士のように変化したのだ。
 それなのに────ああ、と颯とニハルは思った。
「強くなっても、怖いものは怖いんですね。千颯さん」
「そりゃあそうさ!」
 千颯はまだ背の低い彼に目線を合わせるとくしゃりと笑って見せた。

 新人チームのうちではレベルの高い方であるエリカとダレンは善戦していた。
 カオティックブレイドのスキルはこういう戦いには向いている。
 だが。
「レベル差が大きすぎる」
 誰かの呟きに、共鳴したダレンが頷く。彼女が主導権を握った共鳴姿は灰色の髪と赤い瞳を持っていたが少女の姿だ。
 ────当たらない……当てる、を意識しないと。
 当てれば当てるほどこちらが有利になる。
 ダレンはカオティックブレイドのスキル、ウェポンズレインで講師陣を威嚇する。
『はわわ、クリスさん、避けてください!』
 シャロの声にクリスは慌てて机の下に潜り込む。ダレンの攻撃と共に弾けたペイント弾が赤いペンキをまき散らす。
「手加減はしないぞ!」
 そのまま、机の間に身を隠しつつ銃口をダレンに向ける。狙い過たずダレンに直撃し、ダレンは衝撃で少しバランスを崩した。けれども、クリスの弾丸は青いペイント弾だ。
『な、なんだか、強くなってませんかぁ~!?』
 顔つきが精悍になったダレンが精度を高めた射撃をしてくる。ついにその弾丸がクリスを捕らえた。
「────くっ、俺の力は身体能力ではなく経験と技術だ……っとと」
 対してクリスに当たったのは弱体化の弾丸のようだった。
 それでも、クリスは椅子を蹴倒し、机に潜ってペイント弾を避けていく。
「カオティックブレイド────こういう時は厄介だな」
 弱体化した体力では弾丸を避け続けることがだんだん難しくなる。この合戦はそうやってレベル差を補っているのだろう……。講師側の避けた赤の弾丸の射線にうっかり入り込み、誤って被弾した受講生たちの惨状を視界の端に捕らえてクリスは思う。
「だが、講師として呼ばれた以上、できれば無様に負けたくはないものだ」
 ────笑い上戸、女性化、小人化、幼児化…………。
 できれば、それらには当たりたくはない。
 けれども、神様は非情だ。
 そう、クリスが危惧した通り。当てるだけならば、ここには手数が多く有利なカオティックブレイドが何人も居るのである。
 クリスの正確な一撃を、カオティックブレイドのスキル《インタラプトシールド》によって現れた盾が防ぐ。護られた新人ジャックポットがその盾の影からクリスを狙撃した。
「…………うっ!」
 着弾したクリスが思わず呻く。それは、痛みによる呻きではなかった。
 ……彼の姿は、テーブルの上に飾れるような2.5頭身の小人に、愛らしくデフォルメされた姿へと変じた。
『クリスさぁ~ん!』
 キュートな相棒の姿に、嬉しいのか悲しいのかわからない悲鳴を上げるシャロ。それでも、クリスはペイント弾を放つ。
「…………っ!」
 今度はダレンが呻く番だ。青いペイント弾を喰らったダレンはその四肢がにょきにょきと伸び、少女の見た目のまま巨大化した。
『ダレン……ボクは君がどんな姿でも愛する自信があるんだ。今、その姿が見られない事がとても残念でならないよ』
「だまれ、このバカ」
 共鳴したため内面に響くエリカの声に、思わずダレンがしわがれた声で毒づく。

 遊夜のファストショットが周囲の受講生たちを威嚇する。
「前に願いは聞いて貰ったからな、今回以降は味方だ」
 きりっと真面目な顔で信義にそう告げた遊夜。彼はそれなりの愚神とでも戦える高レベルのジャックポットである。
「…………もちろん、信じているさ」
 信義の返答ににやりと笑うと、遊夜は威嚇、妨害射撃をしながら、周囲の受講生たちを確実に撃ち抜いて行く。
「クク……ハハハ!」
『……クスクス』
 遊夜のペイント弾が矢のように降り注ぐ。もちろん、遊夜の宣言通り、信義の周りの受講生たちに向けられた攻撃だ。百発百中、外すことないそのペイント弾に周りの受講生たちは正確に撃ち抜かれて…………どんどん巨大化したり歴戦の勇士化したり、ムッキムキの男性になったりしてゆく。
「これはちょっと酷いな」
 ぼやく信義の脇を銃を構えたユフォアリーヤが走り抜ける。
 しかし、百発百中の遊夜もさすがに無敵とは行かず、強化を重ねた受講生のペイント弾が着弾した。
「わっ!」
 ぷんすか怒るのは幼稚園児ほどの姿になった共鳴後のユフォアリーヤだ。どうやら寸前に入れ替わったらしく髪を逆立てる狼────仔犬のように怒っている。
「……ユーヤあ、くやちい……」
 舌っ足らずな口調で、AGWを携えて突撃するユフォアリーヤ。幼稚園児と化してもその弾丸は正確さを失わなかった。
 ため息をついた信義はユフォアリーヤを置いてその場から抜け出した。

 教壇の陰に隠れた海神と禮はひそひそと話し合う。
「事前にこんなものを渡されたから、そんな気はしたが……」
 手元の青いペイント弾を装填したAGWの銃を取り出すと、珍しく禮が主人格となって共鳴する。
「……撃つ以上、撃たれる覚悟はあるんですね?」
『禮、頭に来たのはわかったが怪我人は出すなよ?』
 こくり、禮が頷く。
 拒絶の風を纏ってから教壇の影から飛び出した禮は、ゴーストウィンドで敵のペイント弾を吹き飛ばそうとした。しかし、ペイント弾と言えども、AGW。吹き飛ばすまでには至らない。
 ────とは言え、敵を怯ませることはできます!
 共鳴した海神へか、心のなかで宣言し、禮はペイント弾を撃ちながら机の間を駆け抜ける。
「あっ」
 ────ああ、慣れないことするから……。
 共鳴中の海神は、その精神世界で額を押さえた。
 脚がもつれてつんのめって倒れた禮へ、赤いペイント弾が命中する。
「あ、は、あはは……失敗してしまいました……兄さん……あはは、ははっ」
 涙目になりながら笑いだす禮。笑い上戸のペイント弾は回避と狙撃するための動きを阻害する。
「そこだっ!」
 頭上からの声に顔を上げると、やたら精悍な顔をした三メートルほどの颯が銃口を向けていた。
 ────颯の変化したその姿に、笑いのツボを刺激されて笑い転げてしまった禮に再びペイント弾が着弾する。
「あっ」
 …………人ならば成人。そんな禮はペイント弾によって未就学児ほどの姿になった。ぺちんと両頬を叩いて笑いをなんとか堪えながら銃を構える禮。ぺしぺしと巨大な的と化した颯にペイント弾を撃ち込む。
「じっせんなら、さんどはしんでますよー! 四どめー」
 ぺシぺシ。
 楽しそうに颯の頭に向かってAGWの銃を振り回す。ポーズ優先なのか、銃は引き金を引くのと同時にカッコよく上に振り上げられる。
 ────もちろん、当たらない。

 九繰は初めての実戦で途方に暮れている新人エージェントたちを見つけて色々指導していた。もちろん、合戦自体手は抜かずに参加────しているつもりだった。
「そこで、ばーんとお願いします!」
「ば、ばーん!?」
 九繰の説明に焦る新人エージェント。実は九繰自身も射撃は得意ではない上、説明もそんなに得意ではない。それでも、なんとか説明し、自身もちょこまか動き回りながらペイント弾をばら撒いていく。
『九繰!』
 共鳴中のエミナが警告の声をあげる。
「────えっ!?」
 赤いペイント弾が同時に二発、九繰に着弾した。
「あれれ? どうなってるのー?」
 弱体化と幼児化の弾────ぺたんと座り込んだ九繰は幼い子供になっていた。髪と頬にぺたりと赤いペイントが付く
『大丈夫ですか、九繰…………』
 若干戸惑い気味なエミナの声に九繰は力強く頷いた。
「うん! だいじょうぶ! よーし、がんばるぞー────ああっ!」
 大きくなったAGWの銃を両手で持って勇ましくてけてけ走り回り、床を濡らすペンキに足を取られて転ぶ九繰。
 共鳴して見えないが、もしエミナの表情用ディスプレイが実体化していたら『Σ(O_O;)』と表示されいた。
「いたたた……」
 涙目になりながら膝小僧をさする九繰に、大きな影が差す。ん、と顔を上げると────着弾を繰り返したのだろうか、頭が天井近くまである巨大な少女エージェントが親指と人差し指で玩具のように見える銃をつまんで笑っていた。
「みーつけたあぁああ」
「うわああああ!!」
 半泣きでてってけてーと奔る九繰の前に、紫の髪の凛々しい青年がその身体を滑り込ませる。
「これが勝負であるなら、負けるわけにはいかないのです! オリヴィエ、頑張りますよ!」
 今まで机などの陰に身を隠しながら攻撃を行っていた共鳴姿の征四郎だったが、小さな九繰を守ろうとペイント弾を込めたAGWを手に飛び出したのだ。
 ところが。
「……あっ、あはははは!」
 オリヴィエではなく、リュカ主体で共鳴していたリュカ&オリヴィエチーム。高レベルジャックポットである彼らだが、主人格を担っていたリュカは一発命中させた受講生に一発返す、そんな優しい戦い方をしていたので、思いっきり被弾していた。笑い上戸効果に重ねた笑い上戸効果による、物凄い笑い上戸。
「リュ、リュカ────っ!?」
 動揺して隙を見せた征四郎の後頭部にペイント弾が命中する。一瞬、成人女性に変わったと思った次の瞬間、もう一発撃ち込まれたペイント弾が征四郎を幼児化させた。
「あれ……せーちゃん……元に……戻った……?」
 笑い過ぎで息も絶え絶えになりながらも、征四郎に声をかけるリュカ。そこにあるのはいつもの年不相応の凛とした雰囲気を纏う少女、共鳴前の征四郎の姿である。ところが。
「あーん! お服が、よごれちゃった!」
「せ、せーちゃん!?」
「リュカおにーたん! いたい! だっこちてくだちゃい!」
 涙目で両手を伸ばす征四郎。しかし、リュカが抱き上げると泣きべそ顔はどこへやら、きらきらと輝く笑顔を浮かべた。
「たかい、たかい!」
「尊い……!!」
 きゃっきゃっと喜ぶ征四郎を抱き上げ、笑い上戸だったはずのリュカの瞳からぶわりと涙が落ちる。もちろん、その間にも合戦は続いていてリュカは更にペイント弾を喰らっていたがあまり気にしない。
 やがて、リュカに抱え上げられて無邪気に喜んでいた征四郎の表情がすっと消える。
「────これは後々禍根を残すレベルのトラウマになるな……」
 主人格がガルーに交代したことに気付いたリュカは、そっと征四郎姿のガルーを床に降ろす。
「むしろ、俺の方がトラウマになりそう、だよね……!」
 ネットスラングなら『なりそうwwwだよねwwww』とでも表現すべき、笑いっぱなしのリュカに、さすがに文句を言おうと振り返ったガルーはぎょっとした。
「しかも、俺、おねーさんに、なってるし……!」
 けらけら笑うリュカおねーさんに、征四郎姿のガルーは絶句した。

「なるほどなぁ、そういう効果があるワケか」
 ────これ、自分で自分撃てばいいじゃないの?
 一瞬そう思った千颯だが、無双化するだけで新人講習会としてはどうだろうとも思う。
 ────ちょっとやってみたいんだけどなー。
 だが、ペイント弾が飛び交う惨状を見て、赤いペイント弾の効果を把握すると千颯はにやりと笑う。
「信義ちゃ~ん」
 教室の隅で淡々と遠慮なくスキルや魔法書を使って受講生を吹き飛ばしている信義に声をかける。そのやり方が受講生たちの敵対心を集めているのかその一角だけやたら弾丸が飛び交っている。ちなみに、小さくてよく見えないが、デフォルメされた遊夜かユフォアリーヤがさっきから信義を追うようにぴょんぴょんとあちこちを走り回りながら集中的に受講生を強化している気がする。
「信義ちゃん、ここに、この間の結婚式の写真があります。みんなに見せていい?」
 ペイント弾を避けながら、その射線に信義をおびき寄せようとした千颯だったが────振り返った信義がにこやかに笑った。
 突然、ペイント弾ではない衝撃が千颯を襲う。
 サンダーランスが千颯を吹き飛ばした。運悪くクリティカルヒットして集中力を欠いた千颯へ、ここぞとばかりに新人リンカーたちの赤いペイント弾が着弾する。
「おや、すまない。巻き込んでしまったようだね。まあ、君なら大した影響も無いとは思うが」
 信義は飛び交う弾丸に気を付けながら千颯の傍に寄る。
「うはー、ちっさいってこんな感じなんだな! 新鮮だぜ!」
 笑い上戸の効果もあったはずだがいつもと大して変わらない。ニコニコと笑いながらデフォルメされた身体を珍しそうに見る千颯。ちまっと小型化した上、女性化した幼児状態という状態異常のてんこ盛りである。
 ちなみに、服装はいつものままなので胸元が怪しい。幼児なので、もちろん、ふくらみなど無いが。
『信義?』
「わかった、わかった」
 それでも、共鳴したライラからの咎める声にため息をひとつつく信義。面倒くさそうにハンカチを千颯の上に被せた。
「じょーきょーをみて、りんきおーへんに!」
 落ちて来たハンカチの端を掴んで、信義の顔にハンカチで目隠ししようとしたチビ千颯は信義につまみ上げられた。
「不慮の事故で一名ギブアップだ」
 ドアを開けて廊下へ、信義は晴れやかな笑顔でチビ千颯を放り出した。
「ひっでぇな、信義ちゃん」
 トレーニングルームから出て元に戻った千颯が唸る。
「すまなかったね、お大事に。虎噛女史」
 そう言うと信義は廊下を────。
「あ、信義ちゃん、撤退かよ!」
「…………ジョン・スミス君を探してくる必要があるからな」


●決着
 ズシーンズシーンと巨大化に巨大化を重ねたリンカーの足音が響く。小人化したリンカーたちがあちこちから奇襲さながらペイント弾を撃ち込む。笑い声と泣き声と幼児の甲高い声が騒がしい。時々、凛々しい声で的確な指示が飛ぶ。
 そんなカオスな状況の中、海神はふと気づいた。
 ────どうなったら終わるんだろう、この模擬戦……。
「ふふ、あは、おもちろいですねえ……」
 笑っている禮から主人格を交代すると海神は素早く教壇の上に立つ。そして、人を巻き込まないよう気を付けてブルームフレアを炸裂させた。
 一瞬、喧騒が静まり、視線が海神────幼児化────へと集まった。
「かっせんは、これでおしまいでーす!」
 舌っ足らずなのは仕様だ、仕方ない。

 なんとか粘っていた颯だったが、現役エージェントの中でも強者揃いの今回の講師陣ほど飛躍的に強くなったわけではなかった。何発もペイント弾を受けて天井に頭をぶつけそうなほど巨大化した颯に海神の可愛らしい終了の声が聞こえた。
 振り返った颯と目の合ったダレンが静かに首を振る。
 元々のレベル差がありすぎるのか、結局、講師側のエージェントを倒し切った者は居なかった。そもそも、灰墨とダレン以外はあまりスキルなど使わずに戦っていたというのもある。
「これは、負け、なのかなー」
 颯が呟いた。
『ダレン? 泣いているのかい? 何か悲しい事でも』
 涙を流すダレンにエレンが気遣うような声をかける。
「弾のせい、か……っ」
 最後に当たった泣き上戸のペイント弾の効果が今さら現れたのだ。
『ああ、君が涙を流すなんて……そんな……誰か写真に収めて』
「おまえは引っ込んでいろ……!」
 エレンを追い出す様に、ダレンは共鳴を解除した。
「かちまちたー!」
 幼児と化した征四郎は嬉しそうに跳ねて駆ける。すると、強制的にガルーが共鳴を解いた。はっと我に返った征四郎は顔を覆う。そして、黙ってぺたんとその場に座り込んだ。
 同じく共鳴を解いたオリヴィエにガルーは尋ねる。
「で、これどうすりゃいいの、リーヴィ……」
 床には新人リンカーたちが使った銃があちこちに散乱している。
「あっ!」
 銃が苦手なガルーがガチャガチャといじったせいで、銃口からから中途半端にセットされていたペイント弾が飛び出した。
 ────べちゃり。
「……、満足か?」
 女性化したオリヴィエがガルーをじとりと睨んだ。
「大丈夫だ。リーヴィ、かわいいぞ。……そんな怒るなって!」
 慌てたガルーが思わず手に持っていたAGWを取り落とすと。
 ────べしゃり。
 第二弾を喰らった幼女オリヴィエは征四郎よりだいぶ小さくなった頭の位置から、大きな目でガルーを睨んだ。
 後日、この時の写真を見たリュカは、ペイント弾の効果なしに「尊い……!」と感想を漏らしたとかなんとか。

「赤と青が交じると紫になるんだね」
「すごい色……あ、あの模様、幻想蝶みたい」
 共鳴を解いて子供の姿に戻った颯とニハルが面白そうに室内を見渡す。
 ドアが開き、VBSシステムによる状態異常状態から回復した千颯と他に退場扱いになった受講生たちが入って来る。それを見て、室内のエージェントたちもそれぞれ共鳴を解き、またある者は一旦外へ出て状態異常を回復した。
 そうやって全員が揃ったところで、受講者たちは顔を見合わせた。
 誰ともなく目線を交わし頷き合うと、何人かが大きく声を出した。
「先生、今日はご指導ありがとうございました!」
 ある者は軽く、ある者は深く。カラフルに染まった受講者たちは、同じく三色に汚れた講師たちに頭を下げた。
 だがすぐに講師陣と受講者たちはペイント弾で汚れた互いの顔を見て────滅茶苦茶になった教室で、誰かが小さな笑いを漏らした。それがすぐに大きく感染する。
 とんでもないペイント合戦で終わった講習会は、とにかく明るい笑い声で円満に締めくくられた。



「掃除、きちんとしてくださいね」
「どうせなら、みんなでやろうよー?」
 トレーニングルームの中でモップを動かしてペイント弾の色を消しながら、ジョンは駄々をこねるように禮と海神を見る。。
「私たちも少しは手伝いますが、ジョンさんが原因でしょう」
「だって、面白い方がいいよね?」
「ジョンさん?」
 二人にしっかり監視されながら掃除をしたジョンは、珍しくしおらしい態度を見せたという。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • Twinkle-twinkle-littlegear
    唐沢 九繰aa1379
    機械|18才|女性|生命
  • かにコレクター
    エミナ・トライアルフォーaa1379hero001
    英雄|14才|女性|バト
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 指導教官
    Chris McLainaa3881
    人間|17才|男性|生命
  • チョコラ完全攻略!
    シャロaa3881hero001
    英雄|11才|女性|ジャ
  • クラッシュバーグ
    エリカ・トリフォリウムaa4365
    機械|18才|男性|生命
  • クラッシュバーグ
    ダレン・クローバーaa4365hero001
    英雄|11才|女性|カオ
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