本部

そらのおとしもの

アトリエL

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
多め
相談期間
5日
完成日
2016/09/01 19:05

掲示板

オープニング

●小さな願い
「わーい、お空の旅だ~」
 小さな子供が窓の外を眺め、歓喜の声を上げていた。
 それをうっとおしそうに見るサラリーマンの視線に会釈を返し、母親がその子を窘めている。
「あら、空を飛ぶのがお好きなのですか?」
 その騒がしい子供に声をかける少女が一人。
「うん。いつか僕も自分で空を飛ぶんだ!」
 手に持ったおもちゃの飛行機を振り回しながら元気よくその子は答える。
「その願い。きっと叶いますよ」
 他者の幸せを願う聖女のような雰囲気すら漂わせているその少女の名はベルといった。

●事故か事件か
「先ほどジャンボジェット機が一機空中分解しました。皆さんにはその乗員乗客の救助に向かってもらいます」
 オペレーターからの緊急の通信はそんな内容だった。
「直前及び直後に確認された通信の内容から事故の原因は以前確認された空を飛べるドロップゾーンを生み出す従魔が関わっていると思われます」
 同時に衛星写真で確認したところ、内部では事故の被害者が空中に留まっている様子が確認された。以前は数十名程度が巻き込まれたが今回のジャンボ機の乗員は500人を超える。
「乗員乗客は人数が多く、急な対応となるため全員を避難させるための輸送機の手配は間に合いません。可能な限り迅速な対応を行ってはいますが、パラシュートで脱出後に地上で回収が限界と思われます」
 空中での救助活動など世界でも殆ど例はない。仮にあるとしてもそれは飛行中の飛行機からの脱出などであり、事故後に救助活動を行うこと自体が普通ならあり得ないし間に合わない。
「幸いなことにジャンボ機の残骸は残っており、パラシュートも人数分は現場で確保することができると考えられます。内部に突入し、救助活動を行った上で従魔に対処してください」
 それは半ば希望的観測に過ぎないが、人数分の物資を調達し輸送している暇はない。だが、被害を最小限に抑えるにはその可能性にかけるしかないというのもまた事実だ。
「なお、今回は迅速な対応が求められる都合で皆さんにはミサイルの弾頭に入り込んで突入してもらいます」
 リンク状態であればどんな環境でも耐えられるリンカーならではの無茶苦茶な作戦である。
「どうしてもという場合には戦闘機からパラシュートで降下という手もありますが、どちらがいいです?」
 選択肢を突きつけるオペレーターは明らかに他人事の事務仕事として問いかけていた。

解説

 状況が状況なので時間のかかる準備はできませんが、可能な範囲の便宜は図ってもらえるようです。
 ジャンボ機の乗員は全員生存はしていますが、大半が混乱している状態です。
 また、子供や元のライヴス量が少ない一部の人は気を失っているため自力での行動ができません。
 従魔は事故機の残骸の少し上を回遊していると推測されます。

従魔・空鯨
 体色が空色の従魔。そのため攻撃の回避率が高いが、ダメージを負うごとに保護色の機能を失う。
 居場所は二筋の飛行機雲状の軌跡を残しながら移動しているため、ある程度は把握可能。
 自らの危険を感じ取ると口から近接戦闘範囲に空を飛べなくなる雲を吐き出す。
 高度が下がるほど攻撃力が上がり、代わりに速度が下がる。
 丸呑みした相手のライヴスを急速に奪い取ることができるが、基本的な攻撃手段は体当たり。
 ただし、今回の被害者の数は以前よりも多いので全く同じであるかどうかは不明。

愚神・七翼ベル
 目的不明。階級不明。従魔ソラクジラを生み出すことができることだけは確認されている。何故か律儀に搭乗手続きを行っているため関与は確実。今のところ積極的な攻撃行動は確認されていない。

ドロップゾーン
 内部はライヴスの強さによって高度と速度が決まる飛行可能な空域になっている。今回確認されている範囲は十数キロ程度で範囲外に出ると重力の影響を受けて落下する。
 ライヴスを用いた攻撃などで高度や速度が下がる。
 また今回のドロップゾーン内にはジャンボ機の残骸が点在している。

リプレイ

●作戦は一刻を争う
「500人を超える要救助者に、ステルス持ちの従魔、ですか……」
「厳しくとも、やるしかありませんね。……誰1人として死なさぬ為に」
 難しい顔で呟くブラッドリー クォーツ(aa2346hero001)に花邑 咲(aa2346)はそう答える。
「多くの人々が危険に晒されている、直ぐに助けに行くぞ!」
「なんかまた飛んでこいって言われたよ」
「いつも飛んでるよ」
「それってネジとか、いや、なんでもない」
 飛岡 豪(aa4056)は今すぐにでも飛び出しそうな勢いで餅 望月(aa0843)と百薬(aa0843hero001)は平常運転だった。
「七翼ベル……以前私が人が空を浮くゾーンの事件の解決に参加した時現れた、羽を持つ少女の愚神が名乗った名です。今回の事件もゾーンの性質は酷似……ほぼ間違いなく彼女の仕業でしょう」
「愚神が高みの見物に終始するなら楽だが……奴が自作自演の救助活動をしたり、要救助客に紛れ込んでいる可能性を警戒してくれ」
「七翼ベルの外見的特徴って、H.O.P.E.のデータベースに残ってますか?」
「情報を得られたら私の携帯までメールをお願いします」
 月鏡 由利菜(aa0873)とリーヴスラシル(aa0873hero001)に警告され、九郎(aa4139hero001)と国塚 深散(aa4139)はデータベースから情報を引き出し、それを共有する。過去の空鯨出現時の報告書から七翼ベルの関与を警戒しての行動だ。空港に残っていた監視カメラの映像にも残っていた七翼ベルの姿は一見するとただの無害な少女と変わらない。違和感があるとすればそれが単独で飛行機に乗り込んでいることくらいだろう。聞かれれば思い出しやすい状況だけに出発直前には確認も取れた。
「ミサイルに乗って飛ぶなんて、漫画みたいなことを実際に体験するとはな」
「メイドの嗜みとして是非とも経験しておかなければならないことの一つですわ」
「み、ミサイルの中に入って飛べなんて……!」
「あのオペレーター、他人事のように!」
 若干戸惑い気味の月影 飛翔(aa0224)に対し、ルビナス フローリア(aa0224hero001)は至極当然のことのようにそう語るが、由利菜とリーヴスラシルは常軌を逸した手段に頭を抱えていた。ミサイルに入れと言われて素直に入れる精神は普通は持ち合わせているわけがない。そもそもメイドの嗜みってどこの世界のメイドが基準なのかわからない。
「全く簡単そうじゃないけど、ともかくいってやろうじゃないの」
 だが、望月はあっさりと乗り込む。裏でこっそりと何事か交渉した結果ではあるが、極当然のような顔をして乗り込む者が多ければそれに釣られてしまうのが人という生き物である。
 集団心理って怖いですね。
「一秒でも速く! もっと速く! 迷う必要なんてあるはず無い!」
「さ、時間が惜しい。すぐに出よう」
 イリス・レイバルド(aa0124)と九郎も躊躇なくミサイルに乗り込み、他のリンカー達も僅かな葛藤を振り切った後……無数のミサイルが空へと放たれた。

●空の救助活動
《ミサイルの作戦領域到達を確認。弾頭を解放する》
「状況を開始致します。皆様、ご武運を」
 ミサイル内からGPSで現在地を把握したストレイド(aa0212hero001)と灰堂 焦一郎(aa0212)は弾頭から解放されると同時に空を飛び始めた。目標の領域内に突入成功している証拠だ。
「HOPEの原則は人命第一だ、ユリナ」
「まずは意識を失ってる子供達だ!」
 リーヴスラシルとガイ・フィールグッド(aa4056hero001)は救助活動を開始する。
「要救助者を確認、上方の残骸の影です。救援を!」
 優先目標の子供の姿を確認し、焦一郎は救援要請を出した。視認できた範囲では乗客の多くはそれほど離れてはいない。ならば最も急ぐべきは孤立した乗客の把握だ。スコープで遠距離のターゲットを確認し、宙に投げ出されて孤立している目標を次々と見つけていく。
「行くよ、お姉ちゃん……もう、理不尽に負けないために!」
「イリスがそう決めたのなら私はそれを助けるだけさ。だから頑張りたまえ」
「うん、がんばる!」
 覚悟を決めたイリスにアイリス(aa0124hero001)はそう告げると要救助者に向かって空を駆ける。
「皆さんッ! HOPEです! もう大丈夫! ボクが皆さんを導きます! 指示に従えば絶対に助かりますッ!」
 空の上で状況を理解できていない人達に聞こえるように燃衣は声を張り上げた。多くはシートベルトを外すことすら忘れ、残骸に残されたままその声を聞いている。パニックを起こさなければ、大半を一気に確保することができるだろう。
「まずはパイロットたちから救助しよう」
「手伝いの手は多い方がいいですからね」
 飛翔とルビナスは機首だったであろう残骸のある方向を目指す。空を掃くようにルビナスの箒が舞えば、瞬く間に道ができる。掃除と主人の道を作るのはメイドとしての必須技能である。
「キャプテンが率先して動かなくてどうする」
「従魔は仲間が警戒しています。安心してください」
 飛翔とルビナスに説得され、パイロット達が救助活動に加わった。機を預かる者が大丈夫だと言えば、例え機体が空中分解していようとも大丈夫だと思い込む。藁をもつかむような人の心理とはそんなものだ。特に座席を離れて動いている者達は状況を正確に把握しているとは言い難い。そんな乗客を落ち着かせるにはどんな手段であれ用いておくべきなのだ。
「救助が終わるまで大人しく回遊してくれれば良いのですが」
 国塚 深散(aa4139)が突入した空には飛行機雲が円を作っていた。以前と同じならそこに従魔・空鯨がいるはずだ。警戒している範囲では妙な動きはない。
「救出対象にパラシュート配り終わるまでは絶対倒しちゃダメよ」
「空鯨が一体だけとは限らない。一点ばかりを意識せず、視野を広く持ってね」
 望月と九郎の忠告に答えるように深散は鷹の目で鷹を呼び、広域の視野を確保する。
 広域の救助活動を役割分担することで迅速に行うためだ。全体を把握するし、指示を飛ばし、旗頭となる。それらを一人で行うことはできないが分担すれば十分に可能だ。
「一般の方はボクの前に集まって! 近くで動けない人が居たら手伝ってあげて!」
 燃衣は自力で動ける乗客を確保し、人手を増やす。
「怖れはいらないわ 私達が大地へ導く!」
 由利菜は乗客達に聞こえるように声高らかに告げることで、パニックを防いでいた。
「確か……前にもこんな事件があったって聞いたぜ。その時も完璧に救助したって話だ」
 一ノ瀬 春翔(aa3715)はこっそりと乗客に紛れ込んでそんなことを呟いている。
「従っておけば最悪死ぬ事はないかなぁ。それでも……と言うなら仕方ないが……」
 わざわざ春翔が回りくどいことをしているのは無力な乗客として協力することで自分達もできると思わせるため。こうすることで自分から協力しやすい状況を作ろうという試みだ。
「500人分だ、従魔もいつこちらに来るかわからない、丁寧に急ぐぞ」
「愚神の情報も聞いています。乗客への注意はおまかせください」
 飛翔とルビナスはパラシュートを確保し、集まった人達の元へと運ぶ。
「俺達が来たからにはもう大丈夫だ。安心してくれ。必ず助かる」
 豪は手近な人に声を励ましながら、パラシュートを手渡していた。
「君達は……?」
「オレは勇気と気合の熱血戦士! グッドファイヤーだ!」
「俺の名は飛岡豪。ヒーローとしての名は『The Tether(ザ・テザー)』。この空は俺が守る!」
 名を問われたガイと豪はそう答え、陽光を背に次の要救助者の元へと向かう。
「大丈夫です皆さん! 下にも仲間が居ます! 皆さんの命は……絶対に保証しますッッ!」
 パラシュートを受け取った人達に燃衣はそう告げる。従魔と愚神が存在する以上、長時間ここに人を集めておくわけにもいかない。この空には安全な場所などなく、適時脱出させる必要があった。
「だいじょうぶ……もう、理不尽には負けないと、誓いましたから」
 イリスはそう呟くと黄金の翼を広げる。
「だから、全力で護ります。安心してくださいね」
「みんなは飛べないから早めに地上に降りてね」
「さすがに飛べるみたいに言うね、この場面ではその羽根が説得力あるかも」
 堂々とした態度のイリスと百薬に望月は感心したように呟く。どちらも見た目は天使で実際に空を飛んでいるのだから説得力は十分だ。
「パラシュートの扱いも知っていますので、何なりと申し出ください」
「……いつの間に覚えたんだ」
「この程度、メイドの嗜みです」
 再確認という形でパラシュートの扱い方を説明するルビナスに飛翔は突っ込みを入れるが、いつも通りの答えしか返ってこなかった。
 メイドにとって全ては必須技能なのである。何故か。それはメイドだからに他ならない。
 乗客の心がある程度落ち着いたところでゾーンから脱出させていく。長時間の滞在で意識を失うようなことになれば救助活動に支障が出る。そうならないように順次脱出させなければならなかった。
「あ、あっちのグループにもパラシュートおねがいしまーす」
 乗客に紛れたアリス・レッドクイーン(aa3715hero001)は協力者を装うことで他の乗客が手を差し伸べやすい状況作りを手伝っている。後は繰り返していれば同じように手伝ってくれる乗客の数も増え、脱出作業は滞りなく進んでいた。
「手が足りないからな、悪いが警戒と一緒に捜索も頼む」
「主の望むことを行うのがメイドの務めですので」
 乗客の協力を確認した飛翔とルビナスは捜索に加わる。この場はもう乗客達に任せても大丈夫だろう。
「子供を探している方はいませんでしたか?」
 深散は逸れた親子がいないかを確認しながら救助活動を続けていた。子供のライヴス量では空鯨のライヴス吸収に長時間は耐えられず、意識を失ってしまう。そんな状況で親だけが先に離脱すれば子供が取り残され、救助されないままでいる危険が高くなること危惧しての行動だ。実際、大半の子供は親と共に飛行機に乗っている。親子セットで救助すれば、誰かが取り残されるようなことはないだろう。
「こっちの子供、預かってください!」
「こういうのは誰かお願いします、――だと動かないらしいのだよ」
「そうなんだ……何でかな?」
「さてね、とりあえず右の彼が良さそうだ、指名したまえ」
 アリスの連れてきた子をアイリスとイリスは手近な人を指名して預ける。
「無理だ危険だ、俺を降ろせ!!」
「おいおい、こんな空の上でなんかアテあんのかよ。それとも……どうしても行かなきゃならねぇ理由が?」
 混乱する乗客を前に春翔は他の乗客達に混乱が広がらないようにそう尋ねた。理性で判断できない相手には効かないかもしれないが、周りの混乱していない乗客にパニックが広がることを防ぐには十分な効果がある。
「……全体に従って。大丈夫、助けますから」
 喚き散らしている乗客に燃衣はそう告げるが、パニックは収まりそうにない。
「……誰かこの人お願いします」
「アッハイ」
 なので遠慮なく腹パンして他の乗客に預ける。
「大丈夫ですよ。何も心配はいりません」
 咲は預けられて困惑する乗客の背中を軽く叩いて宥めた。
「お、俺は騙されないぞ!」
「落ち着いてください。大丈夫ですから」
「ち、近付くんじゃねえええぇぇ?!」
 錯乱している乗客にブラッドリーは瞬時に距離を詰めるとその首筋に手刀一閃。
「……すみません、そこのスーツのお兄さん。この人、お願いできますか?」
「……さて、他の皆さんは、慌てず騒がず、ゆっくりと。指示に従って避難してくださいねぇ」
 何事もなかったかのように意識のない乗客を預けるブラッドリーはにっこりと笑みを浮かべている。その隣の咲も乗客達に不安を与えぬように微笑を浮かべる。それを見た一部が恐怖に満ちた顔で刻々と頷いていたが、問題はなさそうだ。
 一人に手間取っていれば二人以上が犠牲になるかもしれないのでこれは必要な措置である。どれがと聞かれると困るが。
「今回はさすがに一般の方も緊急事態がわかってると信じて、できるだけ協力を仰がないとね」
 望月もそれらに倣って救助活動を繰り返していた。最初に脱出した乗客達は地上についたころだろうか。
「さあ、君も……。君は……報告にあった……」
 豪は直前に転送されていた画像と照らし合わせる。こんな状況下でも毅然とした態度でそこに立っていたその少女の姿は紛れもなく七翼ベルだった。

●七翼ベルの目的
「……君の目的は何だ? 何故こんな事をする?」
「目的は願いを叶えることですわ」
 豪の問い掛けにベルは悪びれずにそう答える。元より愚神に一般的な善悪を問うこと自体が無意味だが、そこに虚言が混じっている様子は見えない。
「今、君と戦う気はない。人々の救出が先だ。この場を去るなら見逃そう。だが……その邪魔をするならば、容赦はしない」
 豪はそれだけ言うと救助活動を再開する。その視界を塞ぐように残骸が移動したのはその直後だ。
「ではお手伝いしますわ」
 そう言ったということは残骸を動かしたのもまたベルなのだろう。ライヴスゴーグルでライヴスの流れを見れば、浮いている他の残骸とベルがライヴスで繋がっていた。おそらくはベルがライヴスを用いてやっているのだろう。
「君の目的は何だ?」
「目的は願いを叶えることですわ。それは誰の願いであっても同じこと。助けたいのでしょう?」
 その言葉に嘘はないのだろう。実際、救助しやすいように乗客乗員の存在する残骸が集められているのだから。
 事件を起こし、その解決を手伝う。空を飛びたいという願いに答え、助けたいという願いにも答える。それは確かに一貫した思考だ。
 邪魔をしないのならば今戦う理由はない。事件を引き起こす敵が目の前にいようとも救助活動を優先する今の豪とある意味ではやっていることは同じだ。
「……許せない……許さない……ッ。罪も無い人を……ッ!」
「スズ、楽しみはとっておけ。まずは……敵の鼻を折る。誰一人死なせず、救うぞ……ッ」
 煤原 燃衣(aa2271)とネイ=カースド(aa2271hero001)が怒りの感情を抱いているように、その思考が理解できるかどうかと、共感できるかは別ではあるが。
「それにしても、敵も味方も天使キャラ多すぎない?」
「お友達たくさんね」
「なるほど」
 望月の疑問に百薬はそう答える。ベルの背中に生えている翼は自力で飛行できるものであり、百薬のそれとは異なるが。
「お久しぶり、試しに落下傘してみたら楽しいかもしれないよ」
「お友達の証ということでしょうか?」
 望月に渡されたパラシュートを受け取り、ベルは百薬に尋ねる。
 そんな交友を深めている最中、乗客の大半が脱出したことで保有するライヴス量が減った空鯨の影が残骸に近づき始めていた。

●空を舞う鯨
《敵影感知。戦闘システム・起動》
「隠蔽効果を減衰させます。射線にご注意を……」
 空鯨の降下を察知したストレイドとリンクし、焦一郎は弾幕を張る。正確な居場所はわからないが、巨体の従魔の身体のどこでもいいから当てろと言われれば、それほど難しくはない。一発当てれば他の方向からの射撃に切り替え、空鯨の巨体を浮き彫りにしていく。攻撃自体が効いている様子はないが、その効果は目に見えるほどに明らかだ。
 空鯨は減った餌を確保しようとしているのか、残骸に向かって真っすぐに進んでいた。
「お願い、間に合って!」
 深散は空鯨の側面から攻撃を仕掛ける。攻撃を加えることで空鯨の意識を残骸からそらすのが狙いだ。
「飲まれるわけにはいかない、腹辺りなら柔らかそうか」
 飛翔も下方向から攻撃を仕掛ける。リンカー達から攻撃を受け、空鯨は漸く敵と認識したらしい。
 残骸に向かうのをやめ、迎撃を始めた。
「おつかれー。にこやかな演技は出来ましたか~?」
「……うっせ。ほら、いくぞ」
 乗客の避難のほぼ終わり、演技をする必要のなくなったアリスと春翔も戦線に加わる。
 深散はブレイジングソウルを構えると囮を兼ねて、被弾していない部位を狙って射撃を仕掛けていた。
 もはや空鯨の姿は殆ど見えている。
「俺は大空焦がす赤色巨星! 爆炎竜装ゴーガイン! 空鯨よ、希望の炎で燃え果てろ!」
 豪はガイとリンクするとそう名乗ると、空鯨が興味を惹かれたようにその視線を向けた。
「デカい的だな」
「あはっ、壊しやすくてアリスは好きー!」
「違いねぇ」
 その隙に春翔とアリスは空鯨に一方的に仕掛ける。
 接近戦しかできない空鯨には射撃戦は一方的に仕掛けられる有効な攻撃手段だ。その姿が見えており、ゾーンの特性を把握した今となっては空鯨の攻撃を受ける方が難しいほどに。
 畳みかけるようなリンカー達のコンビネーションの前に僅かに空鯨の動きが鈍った。
 その巨大な咢を開き、雲を吐こうと息を吸い込んだ隙を狙って、二つの影が口内へと飛び込む。燃衣と豪だ。内部から強烈なのをお見舞いするつもりなのだろう。
「ライブスをかき乱すイメージ……嵐の如き奔流をこの一針に込めて!」
 飛び込んだ二人に合わせるように深散は縫止を放つ。
「血の魔槍が心を深淵に誘う……悔い改めよ!」
 由利菜もそのタイミングに合わせ、頭上から一撃を叩き込んだ。ライヴスを消費することで高度が下がるゾーンの特性を生かした痛烈な一撃に空鯨の動きが一瞬止まった。
「……スズ……呼吸を合わせろッ」
「合点! 行きますよ飛岡さん……ッ! 《貫通連拳》……」
 その機を逃さず、ネイと燃衣は急速に失われていくライヴスをその手に集める。
「ああ、行くぞ! ≪爆炎新星(ブレイジングノヴァ)≫……」
 説明しようッ! 爆炎新星とはトップギアから疾風怒濤のコンボを行うゴーガインの必殺技であるッ!
 その収束されていく力は失われるよりも早く収束し……燃衣と豪。二人のリンカーの放つ膨大なライヴスが空鯨の体内で渦を巻く。
「合わせ奥技ッ! 竜吼爆星槍(ドラゴニック・カノン)!」
「合わせ奥技ッ! 竜吼爆炎槍(ドラゴニック・カノン)ッ!
 またまた説明しようッ! ドラゴニック・カノンとは二人のリンカーの呼吸が合わさったときに始めて生まれる超必殺技であるッ!!
 四つの心が一つに重なり、今その力は全てを穿ち貫くッ!!!
 内部からの膨大なエネルギーの反流をその身に受けた空鯨は雲と共に異物を吐き出す。
「無茶をされましたね。今、私のライヴスを」
 深散は豪を受け止めるとエネルギーバーを与えた。ライヴスを吸い取られ、まともに飛ぶことすらできなくなりかけていた身体に力が戻っていく。
 体内からの攻撃を受けた空鯨は呻きながらも高度を上げている。それだけ奪い取ったライヴスが多かったのだろう。その身体を奮わせていた空鯨の背に生じたのはその巨体に見合うほどの巨大な翼。
「……また一つの願いが実を結びました」
 翼から舞い落ちる無数の羽を見上げ、七翼ベルは恍惚とした表情でそう呟いた。

●空鯨とベルの力
「目的は果たしたのでお暇します」
 ベルはそう告げると乗客達のいなくなった残骸を捨て、宙を舞う。
「今、ここで、死ねよ」
 それを追うように落下し始めた残骸の上を駆け、燃衣がベルへと接近する。
「裁きをッ!!」
 燃衣の全力を攻撃に傾けた一撃。それをベルは不可思議な動きで回避すると近くにあった残骸を操り、撃墜した。
 その動きをライヴスゴーグルで見ていた者は何が起きたのか理解できなかっただろう。
 空鯨の翼から舞い落ちる羽が周囲のライヴスの流れを乱し、視覚による認知を妨害し、
 残骸を操るのと同じように自らの身体をも操る。それによってゾーンの特性を無視した攻防を仕掛けることができるのがベルの利点。それに対し、燃衣の方は攻撃にライヴスを注げばそれだけ動きが鈍る。ベルの能力はゾーンの特性を最大限に生かすことに特化していた。
「必ず全員助けるんだッ!」
 そう叫びながらゴーガインは駆ける。目標はどこかへと逃げ出そうとする空鯨……その願いの元となった少年だ。
 紅く輝く一条の光をなったゴーガインが空鯨を貫く。同時に霧散するように消えていく空鯨の巨体。その中心でゴーガインは一人の少年の手を握り締めていた。
「その願い。確かに見届けました」
 ベルは配下の従魔が落とされたにもかかわらず、微笑みを浮かべたままだ。
「皆様が願い続ける限りいずれまたお会いすることもあるでしょう」
 ベルはそう告げると追撃しようとする者達を残骸で阻み、ゾーンの外へ向かって飛んで行った。
「空のドロップゾーンが現れる度、被害が大きくなるのでしょうか」
「後手に回り続けては駄目だ。……次に会う時を、奴の最期にする」
 消え去る空鯨を横目に、ベルの飛び去った方向を見据え、由利菜とリーヴスラシルがそう呟くと……その身体が地上へ向かって降下し始めた。

●見えざる思惑
「皆……無事か!?」
 豪は豪快に土煙をあげながら地面に降り立ち、すぐに皆の状況を確認する。
《作戦終了。戦闘システム・解除》
「……少々足が痺れますね」
 同様に豪快に着地したストレイドと焦一郎も無事。
「……あっ」
 ずべしゃっと豪快な音と何かに包まれる音が響く。
 土煙が収まれば他のリンカー達の無事な姿も確認できた。パラシュートから這い出した咲が土埃に塗れた姿ではあったが、怪我はない。
「ミサイルに続いて空中飛行まで経験するとは」
「貴重な経験でした。嗜みとして空中遊泳も対応可能にしておきます」
「……そうか、頑張ってくれ」
 どこか疲れた表情を浮かべる飛翔にルビナスは使命に燃えるメイドとして全力で答えたのは言うまでもない。だってメイドだから。
「飛ぶのって疲れるよね」
「甘い物も欲しいー」
 地上に降りてすぐに望月と百薬は肉巻きおにぎりを頬張っていた。事前の交渉でオペレーターから得た対価である。
「……愚神の目的がはっきりしませんねぇ……」
「えぇ。ただ、夢や願いを叶えた、という訳ではないのしょうが……」
 ブラッドリーと咲は聞こえていたベルの会話を思い出す。願いを叶えるというのは行動理念のようなもので間違いはないのだろうが、願いが実を結んだと言っていたことにこそ、ベル自身の目的がある気がしてならない。
「ベルちゃんは何考えてたのかな」
「天使になりたかったのかな」
「それは百薬だけだと思うよ」
 望月は百薬の背中の羽を見ながら、悪気のない愚神の理解しがたい考えに思いを巡らせるのであった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
  • 単眼の狙撃手
    灰堂 焦一郎aa0212
  • 夜を取り戻す太陽黒点
    飛岡 豪aa4056

重体一覧

参加者

  • 深森の歌姫
    イリス・レイバルドaa0124
    人間|6才|女性|攻撃
  • 深森の聖霊
    アイリスaa0124hero001
    英雄|8才|女性|ブレ
  • 単眼の狙撃手
    灰堂 焦一郎aa0212
    機械|27才|男性|命中
  • 不射の射
    ストレイドaa0212hero001
    英雄|32才|?|ジャ
  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224
    人間|20才|男性|攻撃
  • 『星』を追う者
    ルビナス フローリアaa0224hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • まだまだ踊りは終わらない
    餅 望月aa0843
    人間|19才|女性|生命
  • さすらいのグルメ旅行者
    百薬aa0843hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 永遠に共に
    月鏡 由利菜aa0873
    人間|18才|女性|攻撃
  • 永遠に共に
    リーヴスラシルaa0873hero001
    英雄|24才|女性|ブレ
  • 紅蓮の兵長
    煤原 燃衣aa2271
    人間|20才|男性|命中
  • エクス・マキナ
    ネイ=カースドaa2271hero001
    英雄|22才|女性|ドレ
  • 幽霊花の想いを託され
    花邑 咲aa2346
    人間|20才|女性|命中
  • 守るのは手の中の宝石
    ブラッドリー・クォーツaa2346hero001
    英雄|27才|男性|ジャ
  • 生命の意味を知る者
    一ノ瀬 春翔aa3715
    人間|25才|男性|攻撃
  • 生の形を守る者
    アリス・レッドクイーンaa3715hero001
    英雄|15才|女性|シャド
  • 夜を取り戻す太陽黒点
    飛岡 豪aa4056
    人間|28才|男性|命中
  • 正義を語る背中
    ガイ・フィールグッドaa4056hero001
    英雄|20才|男性|ドレ
  • 喪失を知る『風』
    国塚 深散aa4139
    機械|17才|女性|回避
  • 風を支える『影』
    九郎aa4139hero001
    英雄|16才|?|シャド
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