本部

晩夏の追憶に潜むは、偽り

若草幸路

形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2016/08/25 20:37

掲示板

オープニング

●嬉しいことが、あったけど。
 山麓にある建売住宅たちが集まる町、その一軒に住む平凡な少女。それが盂蘭盆の祭りも近づいたある日、ばったりと倒れて寝込んでしまった。
「返事もするし、幸せそうにしてるんだけど」
 暑さからくる夏風邪だろう、と皆が考えたが、その後町外れの神社で行われた祭りのあとから、続けざまに倒れる者が出てきた。それぞれがとても嬉しそうにしているので、聞いてみると何人かは『神様に会ったんだ』と言う。それを聞いて、最初に倒れた少女の母親が、まだ寝込み続ける娘に心当たりを訊ねた。
 少女は微笑んで答える。
「みんなにも、素敵なことがあったのね」
「あなたも神様に会ったの?」
「そう、女の子の神様がね、昔食べたおいしいケーキをお茶菓子に出してくれたり、学校のかっこいい先輩と話す機会も作ってくれたり。代わりに元気を捧げるから疲れちゃうんだけど、我慢できなくて」
「……何を?」
 動揺を隠しながら問う母に、それと知らず少女は微笑む。紅が差すべき頬は、青白いまま。

「去年死んじゃったおばあちゃんに会ったの。幽霊じゃないのよ? 足がついてたし、さわれたし」

 母親は叫び出さんばかりに跳ねる心臓を押さえ、そう、とだけ応えてふらふらと部屋を出る。そのまま、衝動的に壁に貼ってあった駐在所へと、据え置きの電話で番号を押し始めた。

●嬉しいことは、あったのか?
 警察の連絡からH.O.P.E.は事態を把握、指令を出した。かくして、エージェントが集う。
 事前の聞き取り調査やプリセンサーの予知でも、町外れにあるくだんの神社にデクリオ級の愚神がいる、以上のことはわからない。皆は用心しながら事例の報告があった時刻に合わせ、神社へと歩を進めた。
 続くのどかな風景。立秋を少し過ぎた太陽は傾く早さを増し、先週の同じ時刻には煌々と輝いていた太陽が、今はもう山の端に消えている。暑さも落ち着いた風は涼やかに頬を撫で、蝉と鈴虫が勤務を交代し始めた。誰かが昨日の夕食と同じ料理の香りを嗅ぎ、飛び飛びに存在する水田では、金色に実った稲穂が、頭を垂れる。
 喜びに満ちた晩夏の夕暮れ。――だが、そこに不自然なものが付け加わっているように感じたのは、気のせいだろうか?

解説

●注意事項
 今回はPCの過去、およびその情景の描写がメインのシナリオになります。
 公認設定およびプレイングを参照しますので、エピソードなども込みで詳細に書くとよいでしょう。

●今回の任務
 山麓のとある新興住宅地で起こっている怪現象、その原因となっている愚神を討伐すること。(OP参照)

●愚神の正確な能力(名前含め、すべてPL情報)
 ・デクリオ級。成長とドロップゾーン形成のためのライヴスを集めている。攻撃能力などは皆無だが、強力な幻惑能力で身を隠しながら行動している。
 ・神社の敷地内に入ると、エージェントと英雄はそれぞれ個別に「過去の喜び」に関わる、多幸感を伴った幻覚を見ながら魔法ダメージを受ける。共鳴状態の場合は、二人の過去が混じり合った幻覚になる。(矛盾点には気づきやすくなるが、多幸感がより強くなる)
 ・脱出するには幻覚を自覚し「喜びをもたらすもの」を破壊する(共鳴しなくても破壊可能)こと。それ以外に攻撃を加えると、自傷によるダメージを受ける。
 ・PC全員が幻覚から脱出すると、愚神は自分の気配や姿を隠蔽できなくなる。容易に倒すことが可能。
 (※戦闘ラウンドは挟まず、命乞いと甘言を言うだけ言って倒される描写が入ります)

リプレイ

●ようこそ、偽りへ。
「出会った神様が元気と引き換えに素敵な夢を見せてくれる、か」
「……記憶を元にした幻覚を見せる愚神、かしら。関わった人間のライヴスを奪っている?」
「……過去」
 迫間 央(aa1445)とマイヤ サーア(aa1445hero001)の会話はそこで途切れる。過去のない女と、男の苦い過去を案ずる女。いや、女たち。隣を歩いていた、央の恋人である氷月(aa3661)が、ぽつりと呟く。
「……気をつけて、央。ここから、報告にあった不思議な現象に入るから」
「"神様"ですか。嫌な予感がしますわ」
 警戒する氷月とシアン(aa3661hero001)。だが、それは足を踏み入れたほんの一瞬で、溶ける。疑問がいずこかへと去り、仲間の存在も遠く、皆がただその世界を五感で受け取り始めた。

「ようこそようこそ、歓迎するよ。幸せになりに逝くといい」
 時を映す幻灯に偽りを塗り込める邪術を操りながら、愚神はひっそりと微笑んだ。

●はるかな追憶
 央の眼前には女が一人。マイヤとよく似た容姿に、漆黒の艶やかなドレスを纏っている。
「久しぶりね、央」
 央と共鳴しているマイヤに、苦々しい感情が浮かぶ。
『……あの時と同じ……私によく似た女』
 央を見限って消えた、己を魔女と語る女。
「……世界がひっくり返ったとしても、二度とお前が俺の前に現れる事はない」
「そうかしら? 私はずっと……貴方に会いたかったわ」
 否定しても、変わらず女はそこに居る。それどころか、現実離れしたその存在は腕を伸ばし、央に触れた。強烈な陶酔が、二人に襲いかかる。
「……くそ、ただの幻覚ではないのか?」
『……消えなさい! 今の央に必要なのは、貴女じゃない!』
 言葉もむなしく、抗いがたい陶酔にどちらも呑まれていく。黒いベルベットのような幸福感にすっぽりと飲み込まれてしまいそうな刹那、ふ、と央は別の陶酔に気づいた。真白い絹のような幸福。それは、
『……私から、央を奪わないで……!』
 それは、マイヤが得た想い。央と過ごすうちに得た、彼女自身も気づかぬ"今"の幸福。それに触れて、央は女のもたらす陶酔を振り払い、戦闘態勢を取った。
「……今の俺には共に歩んでくれるマイヤと、氷月達がいる。こんな幻に惑わされるようでは、現実のお前はきっと俺を許さない。……そうだな?」
 答えを聞く必要はなかった。月光のような一閃が、女の幻を切り裂く。そして周囲のかぐろい大気も、光に切り裂かれはじめた。
『……ワタシを一人にしないで、央』
「ああ、俺はお前を一人にはさせない」
 打ち払われてゆく幻影の中、誓約をもう一度復唱して、共鳴をより確かに感覚に染みこませる。愚神を滅さねばと、弧月を握る手に力がこもった。

●いつかの追憶
 木霊・C・リュカ(aa0068)はまどろむ。かぐわしい世界に――ここは楽園。
「……あれ??」
「昼寝とは珍しいな」
 なつかしい、もう聞くことはないはずの声。起き上がって周囲を見渡せば、今はもういない、助けられなかった、祖父の姿があった。
「爺ちゃん」
「なんだ」
 弱い眼であっても見まごうことのない姿。ぶっきらぼうな喋り方。過去の眠りに現れたどんな祖父より、鮮明に、実在感をもっている。これはひょっとして、現実なのだろうか。
「ううん、なんでも……あ、飲み物持ってくるね」
 他の場所を確かめるべく台所に行ってみると。おかしなことに気づく。そこは祖父とは過ごしていない、けれどなじみ深い台所なのだ。祖父との暮らしには多すぎる食材、小さな食器。そして、この頼りない目であっても自分"たち"の手製であると確信できるアルバムを見て、リュカは戦慄した。――これは夢でも、まして現実でもない。
「(……愚神か。どうする? たぶんこの夢で死んだら死にっぱなしだぞ?)」
 試しに、立ててあった菜箸をへし折ってみる。ばき、という音と同時に、腕に鋭い痛みが走った。見た目にこそ変化はないが、おそらく無用に物を壊せば自分が傷つくようにできているのだろう。何か、何か鍵になるものがあるはずだ。この幸せな空間を作る核が……幸せ?
「……そっか……ごめんね、爺ちゃん」
 リュカは包丁を持って戻り、それを祖父に抱き着く様に突き立てた。喜びが自分をここに留めているのなら、抜け出す方法は、それを壊すこと。リュカは静かに、幻影の祖父に詫び続ける。
「迷惑かけてばっかでごめんね……もう一度、頭を撫でてくれないかな?」
 しかし、そのささやかな願いは叶わない。突き立てたところから血が溢れる直前に、ふっと祖父はかき消えてしまった。代わりに、オリヴィエと共鳴したままだったことを思い出す。
「……オリヴィエ、オリヴィエ!! 帰ろう、帰るんだ!」
 目覚めるために、リュカは夢の向こうへ呼びかける。

 オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)はまどろむ。光あふれる世界に――ここはどこだ?
「ぅる……?」
 自身の喉からこぼれ出た声に疑念を抱くことなく、色のつき始めた視界で周囲を見渡す。白い壁に、よく磨かれた銀光沢の道具たち。それに映る姿は大きく、そして漆黒のよく磨かれた毛並みをした四足獣。オリヴィエにはそれが猫科であることはわかったが、細かい種族までは判別できなかった。
「おいで、我が愛しい子」
 ふと、上から声が降ってくる。見上げれば、赤い髪を長く伸ばし、銀色の目をした大人と目が合う。男か女か、眠気でそれすらもわからないが、ささいなことだ。ここはただ安らかで、暖かくて、幸せだった。
「ほら、お眠り。今はただ、健やかに育ってくれれば良いのだよ」
 優しい人にそっと撫でられ、ぐるるると勝手に喉が鳴る。眠い、たまらなく眠い。リュカも一緒に、……リュカ? 誰だったか――
『……オリヴィエ、オリヴィエ!』
 ――呼ぶ声。これは、そうだ、これがリュカの声。
『帰ろう、帰るんだ! ここは愚神の幻影だよ!』
 そうだ、帰らなくては。ここは暖かいけれど、家じゃない。リュカの居るあの家じゃない。
 オリヴィエの本能が、意識が急激に覚醒する。黒い獣は一声吠えて、優しい赤毛の人の首を、一跳びして食いちぎった。
 光溢れる世界が、さらさらと溶けていく。そして着地したオリヴィエの姿は少年のものに戻り、次いでリュカと共鳴した姿に変じた。その胸の内に、一筋の寂しさが去来する。
 あれが、あの優しい人が、親というものなのだろうか? 消えゆく幻影は、答えない。

●かつての追憶
 その光景は懐かしい、狒村 緋十郎(aa3678)にとって忘れ得ぬもの。
「久しぶりね。ふふ、緋十郎ってば、すっかりおじさんになっちゃって。」
 初恋の少女は20年前と変わらぬ姿で微笑む。従魔の襲撃で命を散らした、あの日のままの姿。霧が晴れたその場所は、燃え落ちる前の郷里。
「……無事だったのか? ……いや、そんなはずは」
「ほら、どうしたの? 行こう、みんな待ってるよ」
 金色の耳を持つ少女が、こちらに踏み出してきた。過去の記憶と寸分違わぬ、澄んだ愛らしい声。そんなはずはないと頭で必死に否定するが、喜びがそれを押しのけていく。そっと華奢な腕で頬に触れてくる彼女を抱きしめようと上げた緋十郎の手に、光るものがあった。少女の顔に影が差す。
「……結婚したの?」
 ああ、と反射的に返答した直後、緋十郎は狼狽する。結婚? 誰と? 赤黒く、しかし高貴に輝く左手薬指の指輪を見つめると、イメージが襲ってきた――紅い瞳、金の髪、その肌は氷、纏うは漆黒、そして、自分の全てを捧げたその尊大で高貴な御心――そうだ、レミアから受けたこの愛の傷、忘れるものか!
「悪いな、そっちには帰れない」
 認識を取り戻した緋十郎はそっと目を閉じ、獣化して少女の心臓をその爪で貫く。
「……俺はもう、あいつのものだからな」
 少女は消え、風景に再び霧がかかる。幻影と初恋の終わりを、緋十郎は獣の肌で感じ取っていた。

 その光景は懐かしい、けれどレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)の記憶にはないもの。
「レミア、13歳の誕生日おめでとう」
 眼前にいる壮年の男は、豪奢な衣装で、豪奢なタペストリーを背にして微笑む。その髭を蓄えた威厳ある姿は、知らぬはずなのになぜか懐かしい。
「さあ、鏡をごらん?」
「……う、ん?」
 でも、自分は鏡には……? そう頭の片隅に浮かぶ不可思議さと溢れる多幸感とのせめぎあいに混乱しながら、そっと豪華な装飾の施された鏡を覗き込む。
 青い瞳が、こちらを見つめ返していた。
「……これは」
「とても愛らしいよ。今夜の宴の主役はレミアだ、望みがあるならいまのうちに言っておくれ」
 男の言葉に、レミアは答えなかった。鏡に『映る』青い目、牙のない口、そして血色の良い肌の色を持つ、純白のドレスを着た少女。レミアの疑念は深まる――この人間は、誰だ? 疑惑の中でなおも襲い来る多幸感に抵抗して手を握りしめると、左手に硬い感触があった。指輪? そっと薬指にはまったそれを撫でると、疑念は確信へと変わる。そうだ違う、私は13の誕生日に喜ぶ小娘ではなく、愛する者と結ばれる幸福を知る、齢千を越えた……
「……あいつは、緋十郎はどこ?」
 問いに首を傾げる男の反応に、疑念は怒りへと変わる。わたしを幻惑し、愚弄している者がいる! これはわたしの幸福ではない!
「……わたしの望みと言ったわね。……これがそうよ!」
 翻ったドレスは、漆黒に染まっていた。赤い瞳の吸血姫が男を刺し貫き、そして偽りの世界を壊す。その瞬間、かつてもこんな事をしたのだという記憶がよぎったが、それも幻惑だろうとレミアは結論づけた。

●あの日の追憶
 今日の空は赤い。鬱蒼とした森の中ですら赤い。その赤さが左の眼球付近からにじむ出血のせいだとシエロ レミプリク(aa0575)が気づくのに、そう時間はかからなかった。左腕と両足も自由が利かない。痛みが思うより鈍く多幸感があるのは、脳の防御反応だったか?
 そして何かいる。死体をボリボリ食べてる……次はこっちかな? そう思考するシエロに目を留め、ばけものは一声吠え、距離を一気に詰めてきた。間近で見るその醜い顔は、なぜか涙に濡れている。ぐるるる、と唸るばけものに、シエロは問う。
「……まだ、お腹空いてる?」
 ばけものは涙を流しながら、こくこくと頷いた。ちょっと犬っぽいな、などと場違いなことを思いながら、シエロは口を笑みの形にしてみせる。
「……じゃ、しょーがないかあ……お腹すいてる時にご馳走があったら誰だってかぶりついちゃうさ。
大丈夫……君は悪くないよ」
 涙の引いたばけものが目を見開き、喜びに口を歪ませる。それを見届けて目を伏せた獲物の眼前で、ばけものは大きな口を開いてシエロの頭を噛み砕こうとした。
 だが、牙は届かない。
「でもね、あんたはダメだ」
 シエロは怒りで芯から冷えた声で、ばけものの喉奥へ銃を突き込んでいた。
「ウチがどれだけ言っても、あの子は最後まで泣いてたんだ……悔やんでたんだよ」
 あの日のあの子は、優しい子だった。人を喰らわなければ生きていけぬ存在であったが、しかしその罪科を恥じていた。この記憶を幸福に彩るその美しい魂を、お前はあざ笑ったのだ!
「誰だか知らねえけど、あの子を侮辱してんじゃねえ!!」
 銃声。残響が完全に消えた後立ち上がったシエロの腕と脚は、"今"慣れ親しんだアイアンパンクのそれに戻っていた。幻影が終わりつつあるのだと気付き、シエロはひとりごちる。
「……あの子、今何してるかな」

 今日の空は青い。ナト アマタ(aa0575hero001)が率いた狩猟部隊とともに首尾良く獲物を持ち帰った村は、とても賑やかだ。その中で人々は口々に、『われらの英雄!』と嬉しげにナトを呼ぶ。その声へナトは照れくさそうに、けれどしっかりと手を振って応えた。ちやほやされたいわけじゃないけど、村のみんなに喜んでもらえるなら、それが自分の幸せ。
「おうおうよくやった! 大物だの!」
 祖父も喜んでくれている。村のみんなの、そして祖父の喜びが、ナトの幸福だった。
「お前は私の誇りだよ、ナト」
「! ……ありがとう」
 誇りと呼ばれた喜びに浸りながら、でも、と喉の奥でナトは淋しげに呟いた。そして抜き撃ち一閃、弓とは思えぬほどの動作速度で放たれた一撃が、目の前の愛しい者の喉笛を貫く。違うのだ。己の祖父は、狩られるものにさえ慈悲を絶やさなかった。だから、
「……おじいはあの時、そんなふうに心から笑ってはいなかったよ」
 途端、すべての風景が解体される書き割りのように崩れ始める中で、ナトは一筋の涙をこぼす。
「……ごめんね……」

●暮らしの追憶
 やわらかな日射しのある、見慣れた一室で紫 征四郎(aa0076)とガルー・A・A(aa0076hero001)は目を覚ます。ここはリュカとオリヴィエのいる、そして自分たちも一年ほど住んでいた店、『金木犀』だ。
「……?? どうして今、ここに?」
 征四郎の疑問は、漂ってきた香ばしい匂いでかき消される。そうだ、今日はなんとなく? そうなんとなく朝からお邪魔して、ガルーと二人でなんとなく昼寝をしていたのではなかったか。たぶん、そうだ。
「ご飯ですよ、ガルー」
 揺すってガルーの起床をうながし、共に台所のほうへと向かう。あたたかな時間、生まれ落ちた家でついぞ愛されることのなかった征四郎が愛を知った、美しい時間。支度をしているだろうあの二人に、なんと挨拶しよう? そう思うだけで、幼い彼女の心は浮き立つ。
 しかしそこにいるのは、見知った顔ではなかった。長い黒髪、美しい横顔、しなやかな佇まい。征四郎には、とんと心当たりのない女。
「おかえりなさい」
「……お前」
 ガルーの愕然とした顔を見て、ここは夢なのだと征四郎は気づいた。たぶんあれは、ガルーの会いたい人。
「どうしたの、あなた。ご飯にしましょう?」
 自失しているガルーに、女は微笑んで食卓へ誘う。
「なんで、もう会えないって聞いた。俺様は死ぬんだよ、大義のために」
「そう。じゃあ死ななくてはね、大義のために」
 こぼれ出た場違いな問いと答えに、ガルーは確信する。――そうだ、死ななくては。
 ガルーの幸福は国と、国の大義に仕えること。そのために薬毒の道を究め、己以外の命を屠り続け、そして最後には自分が国と大義に屠られる。それが喜び。だがこの世界に降り立ってから、その心は仲間と過ごす日々に、暮らしの喜びに彩られてしまった。
 矛盾する幸福がガルーを引き裂いていた。いっそこの命が消えればいい、と願うほどに。それを叶えるには、この世界はあまりにも上等だ。
「……征四郎……ここで、お別れだ」
 乾いた喉で声を絞り出す。永遠のような、しかし一瞬の沈黙があった。
「……ガルーにどんな罪があるか、征四郎は知りません」
 感情を押し殺した声。目など合わせられなかった。置いてゆくことを許してくれ――そう覚悟を決めようとしたガルーに、征四郎は息を吸い込んで、どやしつける。
「でも、ここで死ぬのが幸せなんて、絶対に許さない!」
 一喝に驚くガルーに、征四郎はにっ、と笑ってみせる。強がりかもしれないその笑顔には、しかし、真の強さがにじていた。
「その罪がどんなに重くても、征四郎が共に背負います。だから、ガルーも覚悟してください」
 一緒に行く覚悟ならとうにできている。そう言外に含めた征四郎の呼びかけに、ガルーは小さく頷いて応えたえた。そして元よりリンクしていた二人が幻影の中でも共鳴し、美しい騎士の姿が現れる。
 全力の一閃は、女ごと『金木犀』を、そしてまやかしを大きく切り裂いた。

●今し方の追憶
 踏み込んだ神社の境内に、一人の少女がいる。
「……そんなはずは」
 失ったはずの存在。守れなかった存在。それが目の前で微笑んでいる。一歩、二歩と進み、そっとその髪に触れると、その少女は無邪気に笑った。喜びが、胸を締め付ける。
「無事、だった、の、です、か……?」
 涙が止まらない。ひとしきり泣いて泣いて、そして少女を抱きしめようとしたシエロの腕は、しかし動くことはなかった。――わかっているのだ、これは、叶わぬ望み。
「棺に入れて貴方を送ったのは、わたくし。貴方を守れなかったのは、わたくし」
 シアンは携えた愛用の大剣を振りかぶり、少女の上にかかげた。
「……さようなら」
 そのまま、振り下ろす。砕ける音もさせずにかき消えた幻影に、シエロはゆっくりと剣と顔を上げた。
「愚神狩りよ……消滅させてあげますわ」
 誰にともなく語るシエロの瞳孔が、ゆっくりと開いていく。ただならぬそのありようは、薄れゆく幻影に強烈な影を投げかけているようだった。

 踏み込んだ神社の境内に、不審な点はないように見えた。
「……む! あれは……食べ物!」
 ケーキだ。それもとってもおいしかった、誕生日ケーキだ。ご丁寧にナイフと取り皿、フォークが揃って机に置かれている。こんなに嬉しいことはない、と氷月は駆け寄った。
「いただきま……す……?」
 切り分けて口に入れる直前、ふと違和感を覚える。味も見た目も匂いもそのままそっくり、央の手作りケーキ。だが、なぜここにある?
「央が作って持って……くるはずはない」
 一度疑念に思うと、その素性の怪しさは加速する。そして直感が、正解を導き出した。
「……あ、これが報告あった『素敵なこと』……あぶないあぶない」
 愚神の作った(?)ケーキなど口にできたものではない。多少のもったいなさを感じながらも背中の鉄パイプでケーキを叩き潰すと、ひゅばっ、と煙のようにケーキも机もかき消える。

 その刹那、現実が戻る音がした。

●偽りがもたらす傷
 鎖が切れたような鈍い音が響いて、エージェントたちは正しい五感を取り戻した。傍らには少し疲弊した仲間たちが、そして眼前には、邪悪な瞳を持つ童女のような愚神がいる。
 最大の、そして唯一の能力を破られた愚神には、もはや成すすべがない。共鳴した六人に追い詰められた愚神に残された手があるとすれば、自分の口先ぐらいのものだ。愚神は目前に居る氷月に向かって、土下座の態勢を取る。氷月の口を借りて、シアンが冷徹な声で嘲った。
「それでも神様? ああ、愚神でしたわね」
「ど、どちらでもかまわんではないか! そうとも神だ、代償は多少大きいが、望むものを――」
「……神だからって、その行いが裁かれないと思う?」
『シアン?』
 共鳴している氷月がシアンを案ずる。様子がおかしい。普段であれば別人格が出てくるところをシアンが占めているのもそうだが、この唐突な問いは? その疑問を余所に、シアンは返答を待たず言葉を続けた。
「そんなことは許さない。それにね、"神様"って嫌いなのよ」
 視線こそこちらに向いてはいるが、こいつは自分を見ていない。そう悟った愚神は、彼女の何を呼び起こしてしまったのかもわからぬまま、哀れに這いつくばってなおも言葉を弄する。
「――ッ、お、お前の望む夢をこれからいくらでも「可哀想に」」
 大剣が振り下ろされる。何度も、何度も、何度も何度も何度も。
『どうしたの……!?』
 愚神の骨を砕き脳漿を土に染み込ませてなお、剣が止まらない。たまらず氷月が共鳴を解除するのと、愚神の骸が消散するのは同時だった。虚空を見つめてシアンが笑うのを、氷月は怯えた目で見つめている。
「あはははっ! やっぱり大した事なかった……わ……あは、は、は」
「シアン、しっかりなさい!」
 厳しい声に、シアンはぼんやりと振り返る。共鳴を解いたマイヤが、険しい顔をしていた。
「……貴女にどれほどの後悔があるのかはわからないけれど……それは"今"よりも重いものなの?」
 英雄はリンカーと共に"今"を生きる存在でなくてはいけない。そんな思いを込めた言葉。マイアの隣に並び立つ央が、そっと頷いて言葉を継ぐ。
「……過去はどうにもできんが、今で良ければ俺達も居る。それでは、足りないか?」
 ふっと、シアンの目に光が戻った。
「……ごめんなさい……そうでしたわね」
 そう言ってそっとうつむき、三対の黒い翼を力なく垂らしたシアンに、氷月はおずおずと歩み寄って、その背をさすった。

 もう一方でも、傷ついている者たちがいた。
「リュカ、リュカすみません、お部屋めちゃくちゃにしちゃったです……!」
 共鳴を解き、幻影での無体を泣きながらリュカに詫びる征四郎。壊したのは幻影であって、本物は本来の場所で平然と建っているのだが、緊張が解けて一気に混乱がやってきた幼子にはその区別がついていないようだった。その悲しみを酌み取り、リュカはそっと腕を広げて征四郎を抱きしめる。
「大丈夫、散らかしたらまた一緒にお片付けすればいいんだよ」
 そっとその頼りない背を撫で、胸で泣かせてやる。そのままついと目線を上げると、こちらもまた追憶に涙を浮かべるオリヴィエと、所在なさげにしているガルーが視界に入った。リュカはにっこりと笑って、征四郎を抱きかかえていないほうの腕を広げる。
「二人とも、来ていいのよ?」
 リュカがおどけがちに言ってみせると、オリヴィエは遠慮がちに、けれどしっかりとした力で、ガルーの袖を引いた。
「俺様も?」
「……死にそうな顔してる」
 征四郎が泣き止むまでに直せ、と袖引く手を離さず言う眼下の少年に、まいったな、というていでガルーは足を向けた。そして征四郎とオリヴィエの間、ちょうどリュカと向かい合わせになる状態で、そっと二人の頭と背をなでさする。そしてどちらにともなく、問うた。
「大丈夫か?」
「ぅだ、だいじょ、ぶ、ですっ……」
「……たぶん。手が、心地よかった」
「そうか。二人とも、暖かい記憶ならいいんだ。ゆっくり飲み込めばいい」
 ややあって、手を繋いでもいいか、とガルーが小さく呟いた。生の実感を、つながりを求めた男の求めを聞き逃さず、征四郎とオリヴィエはそれぞれの側から手を繋ぐ。――地面にこぼれ落ちた涙が誰のものか、語られることはないだろう。

●嬉しいことは、この先に。
 任務を終え、帰路へつく。振り向いて見やった社殿には、煌めく星々の天蓋がかかっていた。
 そして、エージェントたちの心の裡にも、過去に何があろうとも未来の喜びのために歩むのだと、そんな思いが、星のように光っていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • LinkBrave
    シエロ レミプリクaa0575
    機械|17才|女性|生命
  • きみをえらぶ
    ナト アマタaa0575hero001
    英雄|8才|?|ジャ
  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド

  • 氷月aa3661
    機械|18才|女性|攻撃
  • 巡り合う者
    シアンaa3661hero001
    英雄|20才|女性|バト
  • 緋色の猿王
    狒村 緋十郎aa3678
    獣人|37才|男性|防御
  • 血華の吸血姫 
    レミア・ヴォルクシュタインaa3678hero001
    英雄|13才|女性|ドレ
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