本部

見たいものしか見せてあげない

落花生

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
10人 / 4~10人
英雄
10人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/08/21 00:45

掲示板

オープニング

●善行を重ねる人々
 ――数ヶ月前の事である。
 火事が起こったマンションに男の子が取り残された。その子は、通りすがりの男が火のなかに入って助けられた。
 男は語る「死んだ母が、助けろと言ったのです」
 美談は新聞に取り上げられる。

 ――数ヶ月前のことである。
 車にひかれそうになった老人を少女が助けた。少女は「天使が助けろと言ったの」と語った。
 
「美談が増えてる?」
 HOPEの職員は、部下の報告に首をかしげる。
「ここ数カ月、誰かが何かを助ける美談が増えているんです。しかも、全員が『何かに言われたから』という理由で人を助けているんです」
 不可解でしょう、と部下は続けた。
「しかし、美談が増える分にはかまわないだろう」
「そうなんですけどね……不気味で」

●天使の正体
 ――数カ月後、高校で殺人事件が起きた。
 ――その加害者は「カミサマが殺せと言った」と自供していたという。
 ――銀行強盗が起きた、犯人たちは「守護霊が奪えと言った」と自供しているという。

「今度は、各地で悪行が増えてます。犯人たちは「何かに言われたから」と言って、犯罪を犯しています」
 部下の言い分に、HOPEの職員は考え込む。犯人達の言い訳は確かに筋が通っていないが、それだけでHOPEが調査することではない。まずは、警察に任せるべきであろう。
「独自で調べたんですが、犯人たちは犯罪を犯す数日前に占い師に会っているそうです」
「占い師? いや、それより勝手に動かれては困るって」
 部下は反省した様子もなく、「すみません」と言った。
「この占い師は、数ヶ月前に多発していた美談をおこなった人間たちにも会っていました」
「君は、占い師が人に善行と悪行を犯させているというのか?」
 腑に落ちないし、やはりHOPEの仕事ではない。
 だが、部下の口は止まらない。
「この占い師……占い師と言いながら、占いをしないんです。やることと言ったら死んだ人とか天使、守護霊の口寄せみたいなことらしくて、依頼者の『信じている者』の声を代弁するらしいんですよ」
「詐欺だったら、警察の仕事だな」
「先輩、これに愚神が関わっているんじゃないんですか?」
 部下の言葉に、職員は眉を寄せた。
 愚神が人を操るのは聞いた事がある話しであるが、今回のは少し毛色が違うような気がする。
「愚神が、『人の見たいもの』を見せて操っているですよ。たとえば天使を信じている人が、天使に子供を助けろと言われたら危険も顧みずに助けるでしょ」
「愚神だったら、人に善行はさせないだろ」
「だから、最初のうちは人を上手く操れなかったんですよ。最近になって上手く操れるようになったから、悪行をおこなわせることができるようになった。そう考えれば、しっくりくるでしょう。ここ最近の不可解な美談も事件も」
 証拠が足りないと言えばそれまでだが、納得できる部分もある。
「調査してみよう」

●見たいものしか見ない人々
「調べてみたが、例の占い師ってやつ。もう、ほとんど新興宗教じゃないか。拠点らしき場所もかまえて、信者もかなりいるみたいだな」
 職員は書類をデスクに置いた。占い師の――もはや教祖と呼ぶべきかもしれないが――の拠点は、使われなくなったチャペルである。もっとも、元々は倒産したホテルが結婚式用に所有していたものなので宗教的な用途では使われていなかった建物である。
「でも、新興宗教にしても売り文句がおかしいですよね。『あたなの見たい者の言葉を聞くことが、幸せに繋がるって』」
 後輩の言葉に「おそらくは、見たいものしか見せられないんだろう」と職員は言った。
「リンカーを派遣しますか?」
「調査と場合によっては愚神の討伐か……。危険な任務になるだろうな」
 
●見たいものを見れた人々
 チャペルのなかでは、信者が並んでいた。
 結婚式ならば神父が立つべき場所には、一人の少女がいた。白いワンピースを纏った少女は儚い雰囲気とは裏腹に、はっきりとした口調で語る。
「皆さん。皆さんがなにを信じるかは、自由です。私は、皆さんが信じているものと皆さんの橋渡しをするだけの存在」
 少女はいつもの通りに、信者の一人を傍らに呼び寄せた。
 便宜上、この時間を礼拝と呼んでいた。
 少女――ミユキは、自分の体に愚神がつくことを感じる。
 この愚神は、占い師であったミユキの母を殺した。愚神にとっては面白半分のできごとだったのだろうし、今のこの状況も愚神にとっては面白半分であろう。それでもミユキは、愚神が自分の体を使い信者に幻を見せている間だけ母の幻を見ることができる。それが、全てを失くしたミユキにとっての唯一の「見たいもの」であった。
 悪い事をやっている自覚はある。
 自分が弱い自覚もある。
 それなのに、ミユキは母を幻だと分かっていても求めてしまう。
「あっ、ありがとうございます。私は、ようやく故郷の神木の声を聞きました」
 信者が感極まって、ミユキの足にすがりついた。
 滑稽な姿だ、とミユキは思った。
 きっとこの男は神木を保護するため、とか言って悪事を働いてでも金を集めるのだろう。愚神は、ただそれを見たいのだという。人が自分の信じるもののために、自分の意思で悪事を働く姿を。
「……おめでとうございます」
 ミユキは、冷えた声で言う。
 「あなたの見たものは、あなたが望んだものでしかない」という思いを込めて。

解説

・秘密裏にチャペルに侵入し、愚神を討伐してください。
※プレイングにあなたの信じているものの記入をお願いします。なお、記入がない場合も愚神に操られる可能性があります。

・チャペル……元結婚式場。三十人ほど入れる規模であるが、座席が固定されているため十分に動き回れるほどの広さはない。昼間のために視界は良好。礼拝の際には二十人の信者がはいっており、愚神が現れる前にミユキを攻撃しようとすると妨害してくる。愚神が姿を現すと逃げだそうとして、パニックになる。

・ミユキ……教祖。ごく普通の女子中学生であったが、愚神によって占い師だった母を殺害される。その後は、愚神に利用されていた。母の幻を見続けるために、愚神の行動には協力的である。罪悪感を抱いており、愚神が倒されると自責の念の為に隠し持っていな毒物を飲もうとする。

・愚神……「人間が望むものを見せる」という能力を持つ、愚神。若い女性の姿をしており、戦う時や礼拝の際にはミユキに憑き、姿を変えている。信者たちには、英雄であると説明している。視界に入った相手の『望むもの※人ではなくても可能』を見せることができ、その幻を操ることによって他人の行動をも操っている。
 戦闘に使う能力
 『幻想』……最高三人まで一度に幻を見せることができ『望むもの』を見せられたものは、一時的に愚神の支配下に置かれる(幻想を見せられる優先度は、愚神に近い順)。操られた人間は、攻撃を受けるとすぐに元に戻る。
 『信仰』……信者がチャペル内にいる時のみ使用可能。幻を見せたことがある信者のライヴィスを使用し、自信の防御力を格段にあげる。
 『献身』……ミユキのライヴィスを大量に使用して、使用可能。地面より茨が現れて、相手を拘束する。拘束した相手は『幻想』で操った相手で攻撃する。

リプレイ

●幻想を見せる神
 そのチャペルは美しかった。
 元は結婚式場であったせいなのか、色とりどりのステンドグラスや赤い絨毯は年月が経っても十分に豪奢である。参列者のための木製の椅子も手入れがされているせいか、温かみがある深い色合いをしていた。
「まずは信者の振りをして潜入ですね」
 国塚 深散(aa4139)は、他の信者がそうしているように木製の椅子に座る。信者の年齢層はさまざまであったが、彼女は変装をしていた。流石に、共鳴したあとの姿では悪目立ちがすぎる。
『僕たちに求められている役割は遊撃。注目されていては動きにくい。目立たず騒がず空気みたいな信者Aを演じよう』
 九郎(aa4139hero001)の言葉に、深散は頷く。ややうつむきながら周囲を見てみると、他の仲間たちも自分と同じように目立たないようにしている。
「……さて、どうなることやら」
 クレア・マクミラン(aa1631)は信者のなかにまぎれながら、リリアン・レッドフォード(aa1631hero001)に話しかける。年齢の近い二人が並んで座っていても、なんの不自然もない。
『さぁ? でも、きっとなんとかなるわ』
 そういうものでしょう、とリリアンは続けた。
 やがて、一人の少女が現れる。中学生ほどの彼女が、噂になるほどの教祖であるとは思えなかった。だからと言って、占い師にも見えない。それでもチャペルに集まった信者は、静かに沸きたった。確実に、彼らは少女の言葉を信じているのである。
「宗教が相手か……面倒な事になりそうだ」
 チャペルの外部には、御神 恭也(aa0127)がいた。沸きたつ信者の声を聞いた彼は、思わず眉をひそめていた。
『あの教祖の娘、目は開いてるのに何も見て無い感じがする』
 伊邪那美(aa0127hero001)も周りをきょろきょろし、内から漏れ聞こえる熱気に唖然としていた。
 白いワンピースを纏った少女は、本来ならば神父が立つべき場所で口を開く。
「皆さん。皆さんがなにを信じるかは、自由です。私は、皆さんが信じているものと皆さんの橋渡しをするだけの存在」
 何かが始まる。
 その予感を感じ取った沖 一真(aa3591)は、若干ワクワクしていた。オカルトマニアとしては、怪しい雰囲気にはそうしても心惹かれてしまう。
「いやぁ、ありがたいありがたいお話を聞けるぜぇ」
『信者の方がうさんくささ抜群なんですけど……』
 月夜(aa3591hero001)は、居心地が悪そうにきょろきょろしていた。今のところ、愚神が現れる気配はない。どうやら、敵はぎりぎりまで隠れていたいタイプらしい。
「――ハイ!」
 まるで子供のような元気な声が、教会に響いた。場違いな声に、信者たちの注目が集まる。その声は、ユーガ・アストレア(aa4363)のものだった。
「お願いします! 正義が見たいんです!」
 あまりに実直な言葉に、チャペルにいた全員が呆気にとられていた。少女ミユキもぽかんとしており、ユーガはまくしたてるように発言していた。
「正義は絶対! 正義は世界を救う力! 正義こそ至高! そしてボクは、絶対正義の代行者にして熱狂的正義の化身!」
 他の信者の視線が、カルカ(aa4363hero001)に突き刺さる。ユーガの保護者であると思われたのだろうが、残念ながらカルカはユーガの従者である。従うことはあっても、彼女の行動を止めることはない。
「妹さんに、望むものをお見せしていいんですね」
 ユーガが未成年であるせいなのか、少女はカルカに尋ねた。
 カルカはおごそかに、唇を開く。
『ご主人様の心のままに』
 それを従順な信者の了承ととった少女は、手を伸ばす。
『ハル、慎重に行くんだよぉ? 初めての戦闘になるかもだし』
 何かが始まる予感がしたアジ(aa4108hero001)は、隣に座っていた夜代 明(aa4108)に目配せをする。
「はいはい、死ぬ程の無茶はしねーよ。自殺は誓約違反だろ?」
 大丈夫、と明は言うがアジには不安が残る。初めてのことに挑戦していることばかりが、理由ではないだろう。明の心のなかに未だに色濃く残っている影の部分に、愚神が触れそうでアジは怖いのだ。
「見せたいものを見せる愚神かぁ……」
 東雲 マコト(aa2412)は、キャスケット帽をかぶりなおす。屋根裏に潜んでいた彼女は、少女や信者の様子を注視していた。バーティン アルリオ(aa2412hero001)は、そんなマコトを見つめていた。大好きだった兄を亡くしたマコトが見るものなど、決まっている。だからこそ、アルリオはマコトのことを心配していた。
『どうしたマコト、兄貴の事でも思い出したか?』
「ううん……」
 何かを言おうとしたマコトは、思わず口を閉ざす。仲間が何かに気がついたようであった。志賀谷 京子(aa0150)とアリッサ ラウティオラ(aa0150hero001)は、顔を見合せながらもあくまで信者のフリをする。
『なにか始まるのでしょうか?』
「ああ、やっと愚神が姿を現したようだ」
『それにしても、愚神が教祖とは世も末か』
 アリッサの疑問に答えたのは、八朔 カゲリ(aa0098)とナラカ(aa0098hero001)であった。カゲリのいうとおり、少女の背後にはいつの間にか愚神がいた。知らない人間がみれば、それはまるで聖なるものが少女に乗り移ったようにも見えた。
「あなたに正義をお見せしましょう」
 少女が、そう言った。
 そのとき、座席に座っていたクレアが立ち上った。
「現実から逃げるなど、言語道断。私には看取った仲間の生き様を、教訓を語り継ぐ義務がある」
『理想の裏には現実がある、命を預かる人間が目を逸らすわけにはいかないのです』
 リリアンと共鳴したクレアは、パニッシュメントを使用する。愚神と従魔にしか効かない攻撃は、思ったとおり愚神に被弾する。
『京子、畳み掛けますよ』
「うん。強引だけど、弁を弄す時間なんてあげないよ!」
 クレアの後に続くために、京子は弓をかまえる。
 ファーストショットで攻撃し、愚神に追い撃ちをかけた。
「よし! いくよ、アル!」
 アルリオと共鳴したマコトは、思いっきり屋根裏の床を叩いた。穴があけば、マコトは意をけして穴から飛びこむ。
「殺伐としたチャペルにヴァンクール、颯爽と参上だぜ」
「あなたたちは、HOPEなの!?」
 ミユキは目を瞬かせて、共鳴したマコトを見ていた。自称ヒーローとなった彼女は、愚神につかれた少女を指さす。
「ミユキ君も信者たちも助けてあげる!」
 一真は月夜と共鳴し、避難誘導のために叫んだ。
 チャペルの内部では信者たちがパニックを起こし、収拾がつかなくなってしまっている。それでも一真は、懸命に信者たちを逃がそうとしていた。
 輝くステンドグラスに罅が入り、あっというまに割れた。そこから現れたのは、恭也である。俺は愚神と信者の間に降り立ち、疾風怒濤を仕掛ける。
「早々に信者と切り離すぞ。この手奴は、信徒を食い物にして何か仕出かしかねん」
 恭也の目には、彼には珍しく明確な怒りが存在していた。
『ちょっと、穿った見方じゃないの?』
 愚神を弁解する気はないけれど、伊邪那美は続ける。
「信者の皆さん、こっちだよ!」
 ダレン・クローバー(aa4365hero001)と共鳴したエリカ・トリフォリウム(aa4365)は、リボルバーを片手に外からチャペルのドアを開ける。さらに信者を守るためにインタラプトシールドを発動させたエリカであったが、信者の数名が盾の外に出てしまう。
「あなたたちの見たいものを見せてあげる……あなたの信仰の力を分けて」
 ミユキの声が、変質していた。
 禍々しい愚神のものに声が変わった瞬間に、今まで愚神にダメージを与えていた手ごたえがなくなる。回復というわけではないようだ。
「防御力の向上か?」
『私には、そのようにしか思えないぞ』
 ナラカの言葉に、カゲリは確信する。
 この愚神は信者のライヴィスを吸収し、自らの防御力をあげている。
「防御力が上がったならば、コレだよな!」
 明は、ゴーストウィンドを使用する。
 上がった愚神の防御力もこれで、下げられるはずだ。
「ハ、アハハッ! やっぱ愚神かぁ! さぁて……愉しもうぜ教祖様?」
 高笑いする明に、アジは頭を抱えた。
『いや、戦闘中だから楽しいのは……態度だけならいいよぅ』
 多くは望むまい。
 無事ならば、それでいいのだ。
 皆が愚神への攻撃や一般人の避難に精をだすなかで、深散と九朗は信者たちの人波から離れていた。できるだけ愚神の視界には移らない場所へと移動し、好機を狙う。
『人間の目は、ゆっくり動くものを認識し辛いんだ。特に視野の中心部から離れたところではね。みんなの突撃を陽動に、静かに接近しよう』
 九郎の言葉に、深散は頷く。
 信頼する九朗の言葉を、深散は信じた。
「あなたの見たいものを見せてあげる――幻想」
 愚神が、両手を広げた。
 その瞬間、愚神の近くにいた仲間たちが言葉を失った。
「これは……」
 カゲリは、目を疑う。
 目の前には、京子がいた。弓を持った彼女は、愚神を打倒したようであった。だが、過程が綺麗に抜けている。これはカゲリが京子に期待を抱いている、という意味合いなのであろうか。
「これが、相手に望んだものを相手に見せる技なのか……」
 カゲリは考える。
 仲間たちも幻を見ているのだろうか、と。
 ――そのころ、深散も幻を見ていた。
 生前の家族の幻。自分が受け継いだ包丁を母がまだ握っていたころの幻に、深散は茫然とする。
「これが……私が望んでいるものなのでしょうか?」
 信じるものの幻を見ると聞いていたから、てっきり九郎の姿を見るものだと深散は思っていた。だが、見たのは彼の姿ではなかった。
「ダレン?」
 エリカは、首をかしげる。
 自分と共鳴しているはずの少女が、何故か目の前にいる。彼女は細い指で携帯を操り、エリカに文字を見せつける。
 ――2019年4月にエリカを殺す。
「違うだろ。ダレンは、ボクと共鳴しているはずだよね」
 エリカは、手袋を握りしめる。内部に仕込んでいたナイフの刃が喰い込み、鋭い痛みに彼は顔をしかめた。だが、そのおかげで視界が元に戻る。
 エリカの目の前に、ダレンはいない。
 いたのは、愚神だけ。
「ダレンを騙ったきみには、ボクに埋められてもらおうか」
 ウェポンディプロイを使用し、ダレンはライトハルパーに武器を持ち替える。ちらりと周りを見ると自分の他に操られている者は、二人。どうやら、愚神は操る数に限界があるようだ。
「攻撃による痛みで、洗脳は解除できるようだな?」
 エリカの様子を見ていたクレアは呟く。
『でも、操られるとこちらに攻撃してくるみたいなのよね』
 現に深散は、クレアの前に立って攻撃を仕掛けてきている。愚神は、仲間同士で戦わせるつもりらしい。
『深散、君の家族はもう死んだ。そして、余興として君だけが生かされた。失った脚を見ろ。それが現実だ』
 九郎も深散に呼びかけるが、やはり外部からの刺激がなければ愚神の攻撃は解かれないようである。
「すまない……」
 恭也は、深散にあて身を食らわせる。仲間――しかも女性に手をあげることは不本意ではあったが、愚神の攻撃から元に戻すためにはしかたがない。カゲリもクレアの攻撃によって、幻想の魔の手を振り払えたようであった。
『あれほどの数が信じていたものが、この幻想か……。酔いは恐ろしい。故に、早く目を覚ますべきか』
 ナラカの言葉に、カゲリは無言で汗をぬぐう。
 愚神の攻撃であると分かっていたから、自分たちは身構えることができた。もしも、なにも知らなければ騙される者もいたかもしれない。
「愚神の言葉通り、信じるものを見せる攻撃のようだ」
 カゲリの言葉に、京子は武器を構え直す。
『わたしと京子は、共になにも信仰してはいませんが、互いに厚い信頼があります。しかし、信じていることと従うことは別でしょう。それは盲信と呼ばれるべきもの』
「そうだね、わたしがアリッサの言うことを聞くとは限らないし」
『そこは聞いて欲しいところですが、ともかく。最後に決めるのは、あくまで自分自身でしかないのです』
「それが出来ない弱さにつけ込むってのが、一番気に入らないところかな。それを見たいだとか、趣味の悪さはさすが愚神だね」
『ええ。必ず討ち滅ぼさなければ』
 京子はテレポートショットを使用し、愚神の目を狙う。
「信者の避難は終わったよ。あたしも加勢する!」
 マコトは荒っぽい方法だと自分で自分の行動を笑いながら、信者をテントの布部分で包んで放り投げたのであった。信者に怪我人がでていたら誰かに治療を頼もう、と思いながら。
「占いは甘い幻想を見せるためのものじゃない」
 一真は、パートナーと共に出入り口をふさぐ。
『道を指し示す手段。あなたは、履き違えてるわ』
 月夜も、一真の言葉に頷いた。
「愚神は、あちらに気を取られている。一気に行くぞ」
「待て、近づきすぎるな!」
 クレアの制止も間に合わず、恭也たちは愚神へと挑んでいく。
 ――幻想。
 愚神の声が、響いた。
 その瞬間、マコトは死者を見た。
 死んでしまった大好きだった兄の姿を見た。
「あにっ――」
 呼びかける前に、仲間の攻撃によって現実に呼び戻される。それでも一瞬だけ見えたのは、大好きだった兄の後ろ姿。
『マコト、大丈夫なのか!』
 アルリオは、マコトに呼びかける。彼女が失ったものの大きさを知るアルリオは、このままマコトの戦意が消えてしまうのではないかと思った。
「アル、大丈夫だよ」
 マコトは、頷く。
 流れそうになった涙をこらえて、小さくピースサインを作る。
「兄はあたしの背中に、この胸に一つになって生き続けているからね」
『……その調子なら平気そうだな。他のやつらを助けにいくぞ』
 アルリオが視線を向ければ、恭也も愚神の攻撃を食らったようだ。
 仲間の手によって正気には戻ったようだが、恭也の目には怒りがあった。伊邪那美は、できうるかぎり冷静な声で恭也の怒りをなだめた。
『恭也、平気? 戦いの最中に冷静さを失ったら負けなんでしょ?』
「……ああ、大丈夫だ。俺は冷静だ……冷静にあのクソ野郎をぶち殺す算段を考えてる」
 それは果たして、冷静なのだろうか。
 そうツッコムことを伊邪那美は、ぐっと我慢した。
『まあ、そうなるよね。相手の望む物を見せて操るって良い方法に見えるけど、望む物ってその人にとって大事な物でありえるんだから、それを操る者に対して怒らない訳がないよね。てっ、あぶない!』
 恭也は、自分に向かってくる攻撃を危機一髪のところで避けた。
 自分に攻撃してきたのは、アジであった。
『母さん……。母さんが』
「アジさん、何を見ているのかな?」
 仲間に攻撃しかけるアジを見ていたユーガは、チャペルの屋根の上でカルカに尋ねた。
「おそらく、アジ様は幻を見ていらっしゃるのですわ」
「幻ね……」
 ユーガは、血が滴る自分の掌を握る。
 クレアたちが攻撃を仕掛ける前に、愚神はユーガに幻を見せた。クレアたちがそれに気がつかなかったのは、ユーガが隠し持っていた苦無を握りしめていたからである。痛みで正気を保つことができたユーガは、短い時間しか幻を見なかった。
 わずかに見た幻は、たしかにユーガが望んだ正義だった。
 ユーガは巨大な敵に立ち向かい、苦戦しながらも勝利を収めた。勝利の喜びにわく仲間たちの顔とユーガ自身の満足感。自分が正義をおこなっているという充実感が、幻のなかにはたしかにあった。
「とはいえ、見せられた正義に操られるのは正義じゃない」
 アジにも正義があるはずだ。
 ならば、彼は操られたままでは終わらないはずである。
「……愚神ってだけだろ、何で母さんがっ! 何で一緒にいちゃいけないんだ……! エージェントなんか、お前らなんかっ!」
 アジが、チャペルのなかで叫び声をあげる。
 その声を聞きながら、クレアは思わず膝をつく。彼女もまた幻を見ており、クレアにはアジの声が戦場で響くうめき声に聞こえていた。
 幻によってクレアが見たものは、彼女がかつて駆けた戦場である。そこは怪我人で溢れており、クレアは衛生兵として怪我人を治療していた。
 銃の音――敵が近づいている。
 自分の周りに溢れる怪我人たち。
 もう無理だ、と誰かが言った。
「まだです……」
 クレアは呟く。
 ここには、患者がいる。
 そして、衛生兵たる自分がいる。
 あきらめてはならない、と無言で唱え続ける自分がいる。
「衛生兵が負傷者を見捨てれば、士気が総崩れになります……」
 知らず知らずのうちに、クレアはそう呟いていた。
「相棒……?」
 一真は、目を擦る。
 自分もまた愚神によって幻を見せられている、と一真は一瞬思った。だが、目の前にあるのは戦闘によって荒れたチャペルだけである。
 自分の隣には、月夜の姿。
 見慣れた黒髪を揺らしながら、月世は微笑んでいた。
「当て身程度でいい! ダメージをあたえろ」
 恭也の言葉を聞いた仲間たちは、操られているものに攻撃をしかける。
 苛立つ恭也が、愚神によって見せられたもの。それは、家族や友人が一堂に介した光景であった。まるで、サプライズで自分の誕生日を祝ってくれているような光景だった。温かな、あまりに温かな光景だ。それが攻撃に利用されたと思うと、恭也は腹立たしい思いに駆られてしまう。
「操られた仲間への対応のせいで、愚神まで攻撃の手が周らないか」
「そうね、八朔さん。クレアさんが怪我を治療してもらっているから、回復は出来ている。けれども、それにも限界があるから長くは続けてられないものね」
 京子は、再び弓をかまえる。
 だが、京子が攻撃に移る前に深散が縫止を使用する。
 エリカは動きの止まった愚神に、ストームエッジを使用した。いくつもの剣が現れた途端に、それらは愚神に向かっていく。
「悪しき神は討たれ天に召された、なんてどうだろう、ダレン?」
 幻ではない本物のダレンに、エリカは話しかける。
『10/100』
「厳しい点数だね」
 辛口の採点であっても嬉しくなるのは、彼女が本物であるからか。
「霊力強化――急々如律令!」
 一真はウィザードセンスを使い、月夜と共に出入り口へと急ぐ。
『あなたは、決してここから逃がさない』
 一真は、銀の魔弾で愚神を狙い打つ。
『今です!』
 アリッサの声に、京子は弓を愚神へと向ける。
 カゲリも武器を持ち、愚神の方へと走った。
 愚神は出入り口を一真たちに塞がれて、逃げ道がない。追いつめられる、と誰もが思った。たとえ愚神が外に逃げたとしても、屋外にはユーガがいる。もしも愚神が逃げたとしたも、ユーガがとどめを刺してくれるはずだ。
「――あなたが望んだものを見せてあげる」
 カゲリが愚神に止めを刺す瞬間、愚神はたしかにそう呟いた。
 京子は、愚神が消える一瞬で己が信じたものを見た。
 あまりに短い一瞬であったが、京子はそのとき自分が望んだものを見た。
「京子さん、大丈夫でしょうか?」
 気がついたときには、京子はクレアに診察されていた。
「大丈夫よ……大丈夫」
 望んだものを見た。
 それだけなのに、なぜか京子の心臓は高鳴っていた。
 京子が、なにを見たのか。
 それは、彼女しか知らないことであった。

●ミユキの幻
 教祖となっていたミユキの身体から、愚神が離れて行く。同時に、彼女が見ていた優しく強い母の幻も遠ざかる。愚神に協力することを拒んで殺されてしまった――占い師だったミユキの母。
 残されたのは、母も愚神も失ったミユキだけ。
「もう……何も残ってないわ」
 ミユキは、懐から小瓶を取り出す。
 これを飲めば、幻ではない母に会いに行くことができる。
「それはやっちゃダメだ!」
 マコトが、叫ぶ。
 その声を聞いたエリカは、マコトが持っていた小瓶を取りあげた。だが、エリカの指が滑り小瓶が床に落ちてしまう。ミユキはそれを急いで拾おうとしたが、マコトが彼女に抱きついて止める。
「幻になんかに頼らなくても、お母さんはそばにいる。ミユキさんの背中に、その胸に!」
「止めないで!」
 ミユキは、マコトを突き飛ばそうとした。
「私は……悪いことをやったわ。もう、お母さんの所にもいけないかもしれない。でも、これぐらいしか償いことができない」
 愚神と共にいるときだけ母の幻が見えていたのよ、とミユキは語った。
 もう見ることができない、とミユキは涙する。
「母の姿を見ることで、救われたんでしょ? でも、その事で、あなたを責める気はないんだ。あなた自身も愚神が見たかった対象にほかならないんだろうから。罪悪感があるのなら、だからこそ生きて欲しい。これはわたしのわがままだけど、簡単に死を選ぶなんて駄目だよ」
 京子は、床に落ちた小瓶を拾った。
 それを、チャペルの壊れたステンドグラスに向かって投げた。恭也が、その瓶をスナイパーライフルで打ち抜く。恭也はミユキに向かって何か言おうとするが、伊邪那美が優しく止めた。
『うん。幻を見れない絶望か幻想から醒めての自責までは判らなかったけど、自殺するのは判ってたから邪魔させて貰ったよ』
 だから撃ったよ、と伊邪那美は言う。
『キミは、キミの欲望の為に人の人生を狂わせた。自分の欲望の為に動くのは、悪い事じゃないよ。でもね、人を人の生を狂わせた責を取るまで死に逃げるなんて……許されないから』
 伊邪那美の言葉を聞いていた恭也は、人知れず息を吐く。
「ああ、すまんな。嫌な役をやらせて……。俺だと、冷静に彼女と向き合えそうになかったんでな」
 今日は疲れたと呟く恭也の背中を、伊邪那美は見つめる。
『そういう日も、あるもんだよ』
 しばらく、静かな空気が流れた。
 その空気のなかで、明が声を荒げる。
「自殺なら、俺らが来る前にやってくんない? 必死こいた俺らの苦労を無駄にする気だった? うーわ性格悪っ」
 明の突然の暴言に驚いたのは、アジであった。
「つか。目の前で自殺されるのって、気分悪いだけなんだけど」
『ハル!? え、あ、ごごごめんなさいだよぉ! この子かなり捻くれてるから……』
 黙っていようよ、とアジは明の口をふさごうとする。
 だが、明はそれを退けた。
「……は? 愚神に協力してたから? 罪悪感? 人の事情も知らないで……お前だけ死んで楽しようとすんじゃねぇ!」
 明の言葉に、アジは目をぱちくりさせる。
『…えと、「自分も同じだから、死なないで」ってことかな?』
 そのような意味だとしても、明の言葉は今のミユキには刺激が強すぎる。アジは、明をさりげなくミユキから引き離した。悲しむ少女のケアは、明には荷が重すぎる。
 エリカは、明に代わってミユキに話しかける。
「死ぬ事はボクは止めはしない。しかしどんな人物だったか、どんな墓に眠りたいのかは是非ボクに教えてほしい。墓穴の住人の生前を知り埋葬する事こそボクの義務だ。それをじっくり聞かせて。そうしたら、君を自由にしよう。生きる事も、死ぬ事も」
 エリカの言葉を聞いていたクレアは、眉をしかめる。
 彼の言いたい意味が、よく分からなかったのである。
「ああダレン。これは決して浮気ではないよ。だから機嫌を損ねないで」
 ダレンは、持っていた携帯でエリカの頭を叩いた。そして、その携帯に文字を打ちこみミユキに見せた。
『このバカがすまない』
 謝罪し、新たな文面をダレンは打ちこむ。
『楽になれない。死者の気持ちわからない。墓穴は暗くて寒い。生きると痛い、でも墓穴よりいい』
 ダレンは自分の感情を携帯で打ちこみ、ため息をついた。
 どうやら、励ます言葉がなかなか思い浮かばなかったらしい。
 マコトは、明を茫然と見つめるミユキに語りかけた。
「自責の念に押しつぶされそうなら、あたしが一緒に支える。昨日の積み残しより明日の希望だよ、ミユキさん。やりかたはいくらでもある、まだやり直せる、まだ前に進める、一緒に探そうミユキさんの道を」
 マコトは、信じていた。
 ミユキが新たな道を歩くことを。
「私にできるかしら」
 ミユキは、ぼんやりと微笑んだ。
「もう、望むものすら見ることができないのに」

 カゲリは、教会の外にいた。
 屋外に避難した信者たちのケアは、一真がおこなっていた。
「だからな、占いってのは自分の見たい物を見る行為じゃないっての。大吉のおみくじにしたって、油断禁物みたいな文言はどこかに載ってるもんだろ? そこんとこ、よーく考えてな」
 一真の話を聞きながら、カゲリは思った。
 自分の見たいものしか見なかった信者たちは、おそらくは同じことを繰り返すであろう。人は、強くはない。だからこそ、いつの時代でも似たようなことが起きるのである。自分が起こした行動を「誰かが言った」と言って正当化する人間は、あまりに弱い。
 事が終わって自殺を選択する人間も、やはり弱い。
『人は、常に強くあることはできない。それが、覚者もよく分かっているであろう。人は、簡単に道端の小石で躓くものだと』
「分かっている。だから、人は簡単に信じたいものを信じるんだ」
 それでも、今回の事件で一つだけ救いがあるとすれば……。
「美談と持て囃された事案に、救われた者もいたことだろうか」
 きっとミユキもいつかは、それに救われる。
 今は、それを祈ることしかできない。
「大丈夫」
 カゲリに向かって、ユーガはほほ笑んだ。
「正義はいつだって勝つんだよ」
 だから、大丈夫。
 カルカは、そんなユーガの姿をいつまでも見守っていた。 

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 双頭の鶇
    志賀谷 京子aa0150
    人間|18才|女性|命中
  • アストレア
    アリッサ ラウティオラaa0150hero001
    英雄|21才|女性|ジャ
  • 死を殺す者
    クレア・マクミランaa1631
    人間|28才|女性|生命
  • ドクターノーブル
    リリアン・レッドフォードaa1631hero001
    英雄|29才|女性|バト
  • 血まみれにゃんこ突撃隊☆
    東雲 マコトaa2412
    人間|19才|女性|回避
  • ヒーロー魂
    バーティン アルリオaa2412hero001
    英雄|26才|男性|ドレ
  • 御屋形様
    沖 一真aa3591
    人間|17才|男性|命中
  • 凪に映る光
    月夜aa3591hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • 掃除屋
    夜代 明aa4108
    人間|17才|男性|生命
  • 笑顔担当
    アジaa4108hero001
    英雄|6才|?|ソフィ
  • 喪失を知る『風』
    国塚 深散aa4139
    機械|17才|女性|回避
  • 風を支える『影』
    九郎aa4139hero001
    英雄|16才|?|シャド
  • 絶狂正義
    ユーガ・アストレアaa4363
    獣人|16才|女性|攻撃
  • カタストロフィリア
    カルカaa4363hero001
    英雄|22才|女性|カオ
  • クラッシュバーグ
    エリカ・トリフォリウムaa4365
    機械|18才|男性|生命
  • クラッシュバーグ
    ダレン・クローバーaa4365hero001
    英雄|11才|女性|カオ
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