本部

我は縁切り地蔵

高庭ぺん銀

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/08/27 23:00

掲示板

オープニング

●ある能力者の悲嘆
 愛縁寺(あいえんじ)はその名の通り、縁結びで有名な寺院である。境内にある『縁結び地蔵』の祠にはたくさんの絵馬が奉納されている。『縁結び地蔵』は新たな縁を結ぶことよりも、すでに繋がっている縁を堅固なものにすることにご利益がある。お守りで言うなら『夫婦円満』『家内安全』が売れ筋と言う神社だ。
 石段を若い夫婦が昇って来る。手を繋いで、いかにも仲睦まじい様子だ。昇りきるまであと数段と言うところで彼らは足を止めた。最上段に不審な人物が立っていたのだ。
「我は縁切り地蔵。その縁、断ち切って差し上げよう」
 しゃがれた老人の声。『地蔵』と名乗ってはいるが、袈裟を着た人間にしか見えない。防災頭巾のような形をした地味な色の布を、顔を隠すようにしてかぶっている。
「縁を切るって、まさか夫との? そんなの必要ありません」
 女が言った。
「貴女の不満は何かな? ……ふむ、ご主人の粗暴さは確かに目に余る」
 目を閉じた『縁切り地蔵』が言う。
「なんでそれを……」
 女は男の腕にしがみつく。
「ほら、見えて来んかな? 我には見える」
「な、なにが」
 地蔵が目を開いた。
「破滅じゃ」
 男は目の前の僧形に掴みかかったかと思うと、首を絞め、女が止める間もなく骨を折った。
「嫌……いやあああああ! あなた、もう暴力はやめるって言ったじゃない!」
 まわりの者が集まって来て男を止めようとする。しかし男は彼らをもためらいなく殺す。そして――。
「お前、うるさいんだよ!」
 女は戦慄した。彼には確かに荒れていた時期があった。けれどそれは過去のことだと思っていた。
「い、いや……来ないで!」
 何かが切れた。――それは縁(えにし)の緒が切れる音だったのだろうか。

 誓約「お互いを信じること」は解除された。

●ある英雄の絶望
 男は愕然と立っていた。自宅のリビング。入口の枠に手をかけて、今にも倒れそうなのが自分。ソファの上でこちらを呆然と見つめているのが愛する妻だ。
 そして――妻の体を抱いたまま、歪んだ笑顔をこちらに向けるのは。
「――?」
 自分の親友であり、かつて妻を巡って争った恋のライバルだった。
「ごめんなさい! 私、本当は――さんが……」
「ずっと……俺をだましていたのか?」
 返事は要らなかった。妻のはだけた胸元に日本刀を突き刺した。すぐに引き抜き、親友だった男の首をはねる。
「信じていたのに! ……いや、信じた俺が間違っていたんだ」
 男は力なく笑う。それは段々と狂気染みた哄笑に代わっていく。
 自分自身への嘲笑は大きくなるばかり。全て幻影であることに男は気づかない。それは妻も同じだった。幻影は彼らの心の奥底に潜む『不安の種』からできていた。リアリティなど関係ない。彼らにとって愚神の見せた幻影は『もっとも起こってほしくないこと』であり、『いつか起きてしまうのではないかと恐れていること』だったのだ。

 男は絶望に抱かれたまま、意識を失った。

●その縁は絶対ですか?
「プリセンサーが愚神の反応をキャッチしました。場所は愛縁寺です」
 寺や参拝者からの通報はいまだなく、状況はまるでわからない。
「どんな敵が現れるかわかりません。お気をつけて」
 オペレーターは心配げに彼らの背中を見守る。
(嫌な予感がする……。でも、信じます。皆さんはひとりじゃない。大切な相棒がいるんですから!)
 能力者と英雄。彼らの絆が試されようとしていた。

解説

【目的】
 愚神の討伐

(以下、すべてプレイヤー情報)
【敵】
デクリオ級愚神:『縁切り地蔵』
 名前は自称。見た目は僧侶。幻影を見せて能力者と英雄を仲違いさせ、共鳴をできなくさせる。ひどい時には誓約解除まで追い込む。
 依代は住職。意識は完全に奪われているがまだ生きている。
 
スキル『縁切り』
・能力者と英雄に対して発動。お互いの相手への不満を読み取ることができる。その不満点を誇張した幻影を見せることによって、お互いの不満を増幅させる。
・幻影を見せるところまでは自動成功。
・能力者・英雄の両方が、強い意志で幻影を跳ね除けることが出来ればスキルは解除される。
(解除される際の演出を自由に決めていただいてもOKです。地蔵を倒す、偽物の相棒を倒す、地蔵を論破する……etc)
・スキルをかけている間、愚神は対象の側を離れることはできない。
・スキルは複数の対象に同時にかけることができる(範囲攻撃)。
・戦闘能力は低い。共鳴を封じ、戦闘能力を失くした相手からライブスを奪うことで生き延びようとしている。

【被害者】
 能力者と英雄の夫婦。HOPE所属ではない。生死は不明。
 
【その他】
 愛縁寺には現在参拝客はおらず、寺に向かっている者もいない。住職以外の従業員も今日は非番である。

※リプレイはスキル『縁切り』を打ち破るまでを中心に描きます。描写は少なめとなりますが、スキル消滅後の戦闘について書いていただいても大丈夫です。

リプレイ

●信じる者
 愛縁寺は、林に囲まれ昼でも薄暗い階段を昇った先にあった。華やかとは言えないが、静かで神秘的な場所だ。セラフィナ(aa0032hero001)は気に入るかもしれないと、真壁 久朗(aa0032)は思った。
「クロさんは本当に僕の事見ているんですか?」
 久朗は絶句した。セラフィナは軽蔑するような眼差しの後に、嘲笑まで浮かべ言い募る。
「僕は貴方の女々しい想いに付き合ってあげていたんですよ? 大好きな人がいなくなっちゃったからって、その面影を僕に見るなんて」
 1度はその事について謝ったことがあるが、完全に吹っ切れていたわけではないのだろう。面と向かってぶつけられるのはかなりきつい。
「貴方は幼馴染の代わりに僕を側に置いているだけでしょう?」
「……そんなことはない」
 力ない反論。
「それに僕がいなかったら、貴方に何の価値が残るんですか? 能力者じゃない貴方は何になるんですか?」
 その答えはまだ出ない。けれど。一つだけ、言えることがある。
「俺の相棒はそんなことは言わない」
 何度も救われたからこそ、その確信がある。可憐な白百合のように、そっと見守る星のように側にいてくれたのは。
「俺の側にいていいのはおまえじゃない。だから、消えろ」
 セラフィナの姿が霧消する。久朗は左手を伸ばす。そして名前を呼ぶ、何度も、何度も。いつも寄り添ってくれた小さな光を見失わないように。
「クロさん……?」
 暗い暗い場所。深海のように空虚で鈍く静かな場所に彼は佇む。
 呼ばれた気がしたのは気のせいだったらしい。久朗ははるか遠い光の中、かつての仲間と共にいる。笑い声も他愛ない話の内容も良く聞こえたけれど、思うように進むことはできなくて。重い足に、後ろへと引かれる体。奥歯を噛みしめて進む。
「クロさん! みんな!」
 辿り付いた場所には誰もいなかった。ただ干からびた死体が転がっている。そうだ。彼も、彼女も、自分が最期を看取ったではないか。老いも死にもしない自分は永遠に孤独で仲間外れ――。いや、違う。
「手の届かない場所だと思ってた。でも今は……」
 死体は消え、セラフィナは再び闇の中。思い出すのは、出会いの日。
(僕が貴方を導いたんじゃなくて僕が導かれたんです。神様よりもずっと確かに鮮明に貴方は僕を呼んでくれた)
 不安は消えていた。どんなに永い時間だって待てる。
「これがただの悪夢だって思える。現実じゃなくて夢にする事が出来る。それはきっと今のお陰だ」
 穏やかに瞳を閉じる彼の耳に届いたのは、一体何度目の声だったのだろう?。
「……いるな、此処に」
「ええ、もちろんです」
 気づけば当たり前のように、お互いが隣に立っている。
「……良かった」
「どうしたんです?」
「ちょっと……怖かった」
 強い彼の、珍しい弱音。彼にも自分が必要なのだと、そう思っていいだろうか。
「なら……もう怖くないでしょう? 僕もですよ」

●きみと他人とそれを見るオレ(ボク)
「縁結び、か」
「お仕事終わったら良縁ガンガン結べるようにお参りしようよっ」
 無邪気に言うジャスリン(aa4187hero001)に赤嶺 謡(aa4187)は少し不満を覚える。
「縁が増えたら客も増えるかな……ジャスは大人しくお参りだけにしておけよ?」
 そうだ。誰彼構わず口説くように声を掛けて――。相手にされないならまだしもその気も無いのに本気にされたり、周囲の人間から睨まれたり、トラブルに巻き込まれるのは勘弁だ。
「オレがいつでも解決できると思ったら痛い目にあうぞ。……ジャス?」
 話しかけた相手は消えていた。人波に飲まれたのだ。――ここはどこだ?
「どうしてよ! 私のこと、綺麗だって言ってくれたじゃない! 私を愛してるのよね?」
 暗い目をした女がナイフを握って叫ぶ。恐らく正気ではない。雑踏の中、彼女の周りだけぽっかりと穴が開く。
「ボクはきみのものにはならない。どうしてわからないんだ!」
「おい、ジャスッ! 刀を抜くなっ!」
 謡はジャスリンと同じ『童子切』を抜き、その刃を受けた。
 一方、ジャスリンの目の前で攻撃性を露わにしたのは謡の方だった。
「あれ、ヨウちゃん…? 共鳴してないのに、何で鷹の姿に」
 警戒心過多な謡が心配だった。人に興味深々なくせに、興味のないふりをする謡。人と接するのが怖いのか、距離を取り過ぎている謡。可愛い相棒がいつまでたっても地下に潜ったまま暮らすことになるのは嫌だった。
「そんな格好になったら怖がられて……ほらっ、周りの人がパニック起こしてるじゃない」
 幾重にも重なる金切り声が謡を怯えさせる。怯える者の行動は二つに一つなのだ。縮こまるか、攻撃するか。
「待って待って、その人は愚神じゃないよっ! ボクが止めるから、みんな離れててよ!」
 二振りの『童子切』が打ち合う。その違和感に気づくほどの余裕は彼らにはない。
「くそっ! どうしたっていうんだ!」
「ヨウはボクが分からないの!?」
 お互いの言葉も届かない。けれど、理屈も言葉も超えた何かが謡とジャスリンに囁きかけた。相手は自分を倒そうとしてるのではなく、止めようとしている。いつも通りの価値観で。
「ジャス!」
「ヨウちゃん!」
 刀を放る。地面とぶつかる硬い音。と、同時に何かから解き放たれる感覚。それでも足は止まらない。拳を固く握る。
 目が合った。そうか、今、目の前にいるのが『本物』だ。だってこっちが笑いかけたら、同時に笑い返してくれた。
 頭に響く鈍い衝撃音。クロスカウンターが決まった。ふらふらと立ち上がりながら軽口を叩き合う。
「ほら、殴れば大体のことは解決するんだよ」
「うるさい……だが、これぐらいで切れる縁なら苦労はないな」
「えーっ、どういう意味だよー」

●ボクを殺さない君
「あいえんじ。なるほど、愛に縁と書くんだね。素敵な名前じゃないか、ダレン」
 愛するダレン・クローバー(aa4365hero001)に語り掛けるのはエリカ・トリフォリウム(aa4365)だ。ダレンはスマホに英語で文字を打ち込む。
『同意 できない』
「そうなのかい? それは残念だ」
 くすりと笑って画面から顔を上げたエリカはまばたきをした。階段を昇りきった先にあるのは寺院のはずだった。視界いっぱいの穴、あな、穴。エリカが見間違うはずはない。それはすべて墓穴だった。
 ダレンが目の前に現れた。出会いの瞬間のように、唐突に。少女は会話に応じるどころか、表情一つ変えず墓地を後にしようとする。――エリカの胸で衝動が暴れ出す。
(去ってしまうくらいなら、いっそ今この場で墓穴に埋まっても問題ないじゃないか)
 叶えてしまおう「ダレンと共に埋まる」という理想を。無防備な背中を墓穴の一つに突き落とす。そして自らも飛び込む。
「これで一緒だよ、ダレン」
 縁切り地蔵は嘆息した。相手の不安を衝き、共鳴を防ぐつもりだった。だがこの狂人をどう揺さぶれば良い? 死ぬことも、最も愛する者に殺されることも彼にとっては幸福。むしろ生きるための希望だ。
「ならば、英雄側から」
 階段に立ち尽くしたままの少女に意識を集中する。
「ダレン……ダレン?」
 少女は覚醒した。階段を昇りながらぼんやりしていたらしい。階上で微笑みを浮かべる彼は言った。
「ダレンは帰りたいんだよね。いいよ、もう」
 その手には、リボルバー。
「――!」
 赤い絨毯を転がしたように、階段を順々に染めるのは赤い血。――『ついに』、やってしまった。
 けれど。ふと思う。まだこいつは死んでいないのではないか、と。その根拠を疑う前に、手の中の『ライトハルパー』に気づいた。駆けあがり横たわる男の急所を何度も狙う。エリカの表情は穏やかで、吐息すら感じられそうで――喉をかき切る。もう『ダレン』と呼ばれることは無い。これでわたしの手で殺したことにならないだろうか。
「ああ、それでこそボクのダレンだ」
 死体は消え、殺したいのに殺せない男が立っていた。

●ヒーローの資質
 幻影の中のキミカは普段とはかけ離れた冷たい声で言った。
「私は、ネイクの事を信じていた……なのに、夢だけ見せて中身はからっぽなんですね―――」
 ネイク・ベイオウーフ(aa0002hero001)は崩れ落ち地面に手をついた。英雄と呼ぶには足りない資質、口ばかりの誇張した虚像。キミカに『本当の自分』を知られることは、ネイクにとって致命的なダメージだった。
(やめてくれ。そんな目で見ないでくれ。幻滅しないでくれ。見捨てないでくれ)
「僕を……僕を、置いていかないでくれ……!」
 彼にこの術は打ち破れない。遠ざかるキミカの姿。思い出されるのは、自分の法螺話に目を輝かせる彼女。無様な泣き顔は英雄に相応しくないと頭ではわかっているのに、涙が止まらなかった。
「待ってください!」
 努々 キミカ(aa0002)の幻影の中に現れたネイクは、彼女を置いて走り去ろうとする。キミカは、せめてその背中を見失わないよう懸命に走る。
 息が苦しい。まるで、自分が目指す“ヒーロー”の姿が遠く及ばない場所に行ってしまうかのようで、それが悲しい。足がもつれて転倒する。
「まだ、です!」
 すりむいた膝を払い立ち上がる。絶望に支配された幻想の中で、キミカの足は加速する。
「私はここにいます、ネイク……あなたがどこまで行こうとしても、その隣に!」
 華奢な腕が武骨な鎧に届きそうになったその時だった。突然、老いた笑い声が聞こえたかと思うとキミカは境内に居た。
「見かけによらず強情なお嬢さんだ」
 彼女の心を折るため新たに愚神が見せたのは、現実の景色だった。
「だが、そちらの御仁は駄目らしい」
 キミカははっとした。相棒は地面にうずくまり苦しげな声を上げている。きっと恐ろしい『夢』を見ているのだ。
「その縁、お捨てなさい」
 今、共鳴はできない。だけど一人でも戦える。時間稼ぎくらいなら出来る。『境界の杖』を強く握った。
「ヒーローは、力が無くても……!」
 キミカは決して諦めない、『ヒーローらしく在り続けること』を。

●共に見る『明日』
「どうしたのですか、ガルー?」
 相棒と他愛もない会話をしていた紫 征四郎(aa0076)は、耐えきれずにそう言った。ガルーは先ほどからずっと背を向けたままで、こちらを見ようとしないのだ。白衣に包まれた大きな背中は征四郎の視界を遮っているようにも見えた。
「何を見ているのですか?」
「大丈夫、大丈夫だから、お前は黙ってろ」
 なにか恐ろしいもの、あるいは悲しいことを彼一人だけが見ている。そんな気がした。覗き込もうとすると片手で制される。
「どう頑張っても子供は子供ってな。邪魔だ、お前は隣に立つなよ」
「どうして、そんな」
 彼は薄く笑ったらしかった。
「わからない? 俺様とお前、はじめから相棒になんかなり得るはずが無かったんだ」
「そんなこと! だって今まで、ずっと2人で……!」
「お前の両親だって、お前を持て余したから捨てたんだろ。邪魔だったんだよ。お前はあの時死んだ方がよかったんだ」
 ぐらぐらと揺れていた心に、一つ道標が生まれた。大きく息を吸う。
「嘘です! ガルーはそんなこと言わない、絶対に言わない!」
 剣を構えて、前を見据えて。
「勝負です! 征四郎はガルーには一度も勝てたことありませんが……あなたになら、勝てる気がするのです!」
 皮肉なことに、ガルー・A・A(aa0076hero001)に差し向けられた幻影は、怯えて彼に剣を向ける征四郎だった。
「……怖い、怖い! 近付かないで!!」
 恐怖。軽蔑。自分はそういうものを向けられてしかるべき存在だ。
「あなたは人を殺した、沢山殺した! なぜ黙っていたのですか」
「言う必要は無いと思った。それだけだ」
「違います。あなたはそれで『今』が壊れるのが怖かった!」
 ガルーは眼を見開いた。
「怖、い?」
「そうでしょう? 壊れることが、わかってたからなのです」
 いつもなら否定していたかもしれないその言葉が、妙にしっくり来た。だから素直にうなずいた。
「そうだな、確かにそうだった。それを知られた時、お前に怖がられるのが怖かったんだ」
 征四郎は黙して懺悔を待つ。
「でも今は違う、大丈夫だってわかってる」
 側に行って、手を伸ばして。
「大きな怪我をしても、家を出るのも、戦うことを決める時も全部向き合ってくれた。お前が今更訳も分からず怖がって、拒絶するなんてことはありえない」
 だから、聞くなら全部答える。その上で許せないというなら、その時は終わりでいい。
「明日を信じるお前の目に、俺様は初めて未来を見たんだから」
 袈裟懸けに剣を振るう征四郎が現れ、怯える征四郎を霧散させた。問うてみると、彼女は偽物のガルーを斬ったのだと言う。
「さっきの言葉は本物のガルーが言ったのですね」
 聞かれてたのか、という顔でガルーは頷く。
「最初の『明日』をくれたのは、ガルーなのですよ」
 征四郎は弱き者ではない。何を知ってもガルーと共に行くだろう、例えそれが修羅の道でも。

●君の行く手は
 あどけない少女の姿をした英雄は神と同じ名を持っていた。同位体かもしれないなんて考えはとうの昔に捨てていたはずだった。
「伊邪那美、なのか?」
 御神 恭也(aa0127)は言った。殺戮をもたらす亡者の列。率いるは妖艶さと冷酷さを漂わせる女。切り伏せた人間の血は銀糸のような長い髪に良く映え、彼女の装飾の一部となれたことを喜ぶ。
「何をしているんだ!」
 一歩進み出る。そして、見てしまった。折り重なる死体の中には友人たちの姿。思考が止まりそうになる。――駄目だ!
「俺が引導を渡す……それが、相棒としての役割だ」
 亡者たちを次々に斬る。女の薄布に刃先が届く。振り返った彼女の剣を恭也の大剣が弾き飛ばす。まさに神殺しにならんとする彼は、女の喉元に切っ先を突きつけてその眼を見た。
「伊邪那美……」
 記憶の中で、小さな相棒が身振り手振りをたっぷり交えて話している――出会ったばかりの頃だ。
(……そうだ、伊邪那美が話した事と神話は大きく違っていた。だから、俺は神では無く相棒として家族として見る様に)
 しかし現状は、恭也が知る神話の通り。
(確か伊邪那美の話だと亡者を引き連れたのではなく、追い掛けられたと言っていたな……それに、俺は家族と認めた者を簡単に害しようと考えるか?)
 自身の行動すら不自然だと気づく。再び『伊邪那美』を見ると、そこには元の姿の彼女がいた。
「恭也、どこ行くの? 任務は終わったよ?」
 伊邪那美(aa0127hero001)は、じっとライフルを見つめる恭也の服を引っ張る。「こら、服が伸びるだろ」と叱る声はなかった。
「今日はふわふわ卵のおむらいす、作ってくれるんだよね」
「……」
 どうして帰らないの? どうして武器をしまわないの? どうして一人で行こうとするの? 尋ねなくとも答えがわかる気がした。
 「だめ!」
 体格差も気にせず飛びかかる。不意を突かれた恭也が体重を支え切れず、地面に倒れ込んだ。そのまま抑えつけ関節技を決める。
「え~い、いい加減に大人しくしなよ。武器なんか捨てて、穏やかな日常を送れ~」
 戦うこと自体に不満があるわけではない。それでも普段の恭也なら、戦い以外の時間だって大切にしているのに。
「そうだ」
 どうして恭也の心が読めたのか分かった。あれは自分が作り出した恭也だ。「こうなってほしくない」という恭也の姿だ。
「疑ってごめん、恭也」
 伊邪那美は手を離すと、自らの両頬を思い切り叩いた。夢なら醒めろ!

●導く声
――あの日、怯え暴れる少年を無理矢理こちらの世界に引きとめた。自分の欲求を満たすために。それが貴方の罪じゃよ。
 突然かけられた耳慣れぬ声に、木霊・C・リュカ(aa0068)は身を固くした。怖かったのは、心の奥に沈めた不安を掬い取られてしまったような、その言葉。
「俺はあんたの目の代わりじゃない、道具じゃない」
「約束、したよね。一緒に……」
「勝手に縛りつけたのは、あんただろ」
 遮る声は硬質で鋭利だった。リュカは手探りで逃げ出す。しかし相棒の声は自分を責めながらどこまでも追ってくる。徐々に心臓が痛みだす。
「…い…だろ……リュカ!」
 嗚呼、自分を殴りたい。雑音だらけのイヤホンから聞こえる声。こっちこそが本物じゃないか。
「オリヴィエ」
「どう……て笑う……」
「どうしてって、そりゃあ」
 掠れる視界に映る画面。思い出すのは、替えようも無い一年。
「後悔しない。あの時とった手が間違えじゃない答えはここにある」
 相棒の声がする方へスマホを投げる。
「趣味が悪いんだよ。お兄さん、そういうの、大っ嫌いなんだからぁああ!」
 オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は『目を覚ました』。白杖をついたリュカが車道へ出ようとしている。
「リュカ!」
 永遠のように長いクラクション。車がリュカへと突っ込む。彼の体は宙を舞い地面に叩きつけられた。
 次の瞬間、リュカが不思議そうな顔で隣に立っていてオリヴィエは安心した。だが、表情を歪めた彼が額に手を当てたかと思うと、倒れ込む。
「嘘だろ……リュカ!」
 白い肌をさらに青白く染めた彼には息がない。
「オリヴィエ」
 振り向いた先には三度、相棒の姿があった。しかしその向こうには暗い海。彼は崖の淵に立っていた。
「どうして笑うんだよ」
 諦めたように笑った彼の姿は闇に消えた。――もう、見たくない。目を閉じ耳を塞ぐ。それなのに自分を呼ぶ声は聞こえ続ける。
「オ……ヴィエ」
 ノイズ交じりの声が聞こえた。目を開けると、さっきと同じ崖にリュカは立っていた。目の前の彼は黙って微笑むだけなのに、相変わらず声は聞こえた。――そうだ、この風景を知っている。ここはいつかの『夢』の中だ。
 オリヴィエはどこからか飛んできたものをキャッチした。リュカのスマホだ。ムービーの中で本物のリュカや仲間たちが笑っている。穏やかな表情を浮かべた自分も。
「いつか来る」
 オリヴィエは踏み出す。死の一歩手前に立つ彼を今度こそ止めるために。
「でも俺にとって、今の真っ直ぐに生きるあんたといられないのは、そのいつかより、ずっと痛い」
 逃げるように体を後ろに傾ける彼の腕を、しっかりと掴んだ。

●愚かな神と嗤う神
 縁切り地蔵はナラカ(aa0098hero001)の心を覗き込む。しかし不安の種を拾うことは叶わない。地蔵は巨大な炎に巻かれる自分すら幻視し思わず身を引いた。英雄と呼ばれる者の中には、かつて人外であった者もいると聞く。
――何が神だ。忌々しい。
 ナラカが唯一認め、その歩みを見守ると決めた男。それが八朔 カゲリ(aa0098)だ。ならば衝くものは彼しかない。
「俺を解放してくれ」
 『歩む者』は地に伏す。精も根も尽き果てたという風情で。『照らす者』は一笑した。姿だけは確かにカゲリのものだが。
「紛い物に用はない」
 焔が揺らぐ。ナラカは気分を害していた。
「――全く、この程度で私が揺らぐと思われるのは心外だな」
 意志を待たない粗末な人形。その存在自体が偏に彼等に対する侮辱である。彼の過去を、そしてその生き様を知っている。彼が己が在り方を覆すなど断じて有り得ない。何より彼女は神威。彼を信じると同じかそれ以上に、彼女は“彼を選んだ”己が選択を信じて疑わない。
 やがてカゲリを模した幻影は、灰燼に帰す。
「やはり紛い物か……さて、ならば覚者は如何様な夢を見ているのかな」
 募る苛立ちを愚神は持て余す。あらゆる在り方を是とする彼は、相棒に対しても不満もなければ期待もないと衷心から思っている。
――ならば、あの女の性質を利用するまで。
 人の意志を愛する神鳥は、傍観に徹しながらも試したいと言う想いを抱いている。試練と称してナラカが彼に剣を向けたとして、それでもカゲリは“そうしたもの”と受け入れるのだろうか。
「……また随分と唐突だな」
 現れたのは着物姿の女――邪英化した自身だ。女は剣を掲げて向かってくる。困難を与えるために。その先の輝きを見るために。それはナラカなりの愛と解釈することもできた。しかし、その振る舞いは誓約――傍観を是とし見守る事とはかけ離れている。何より、そこまで至る過程がない。
「稚拙な術だな。仮にも『神』の字を以て呼ばれるものが」
 彼もまた彼女を信じ確信している。元より、神意とは容易く覆る物ではない故に。
「まあ、本物であろうと偽物であろうとする事は変わらない」
 奈落の焔刃を抜き、彼は彼女に刃を向ける。“敵”なら焼き滅ぼして祓うのみ。例え神であろうと、彼の歩みは止められない。
「消えろ」
 定めた己、決めたからこそ果てなく進む――彼の意志は破格である。
「我が覚者を、嘗め過ぎだろう」
 ナラカの声が響き渡った。地が揺れ、空が割れた。
「解けたか」
 ナラカは思う。甘い、そして心底に温い。幻影で精神に干渉するより、直接洗脳でもしていればまだ目はあったろうに。
「そのようだ」
 是生滅法の悟りを胸に、総てを認める孤高の意志で歩む者。称して不滅の劫火、万象の肯定者――燼滅の王。その焔が、牙を無くした愚か者に迫る。

●醒めた者たち
「ダレンを騙る奴は墓穴に埋めてあげよう。うん、そうしようか」
『落ち着け わたし 怒っている わたしがやる』
 嘘だ。怒りなど無い。ダレンと墓を暴かれた住人の為にしか怒れないバカを止めたに過ぎない。
「……ダレンが言うなら仕方がないね。じゃあ、よろしくね、ダレン。君の活躍を一秒も逃さず見守っているからね」
 しわがれた声が言う。
「だまれ」
 いくつもの銃口に囲まれた地蔵に逃げ場はない。
「くっ、小癪な!」
「その声……」
 リュカも敵意を声に乗せる。目醒めた久朗は別のものを見つけた。女が倒れていたのだ。寄り添う男の体は半透明だった。共鳴したオリヴィエは彼らを庇うように立って敵を睨み据えた。
 征四郎が身を起こすと、キミカとネイクが苦し気にうずくまっているのを見つけた。
「まだ悪夢の中に……」
 恭也が静かに武器を構える。謡の鷹の眼が鋭く光る。
「その縁を切らなんだこと、いつか後悔するぞ」
 ――有り得ない。もはや斬撃と銃撃以外に奴に与えるべきものはなかった。
 
 現実だ。ネイクは思った。
「大丈夫です、ネイク……ヒーローにだって、辛いことや悲しいこと、いっぱいあると思うから」
「……ありがとう、キミカ。僕は……英雄は、孤独では戦えなかった」
 相棒は「孤独」と繰り返す。
「それなら、ふたりで戦えば『孤独』じゃありません」
 追いかけ続けてみせる。いつかは隣に立ってみせる。強い決意を胸にキミカは微笑む。
「君はきっと、素敵な英雄になれるはずだ。だから、その想いは忘れないでくれ」
 キミカの優しさが、今のネイクにはちくりと刺さる。――それでも立ち上がるなら、彼にはまだヒーローを名乗る資格がある。
 久朗が治療を施すと倒れた女は目を覚ます。しかし夫の方はどうすることもできない。女は夫の異変に気付くと口を開いた。
「もう一度、私と誓約して」
「だが俺は……」
「疑ったのは私も同じ。それでも私には貴方しかいないの」
 男は振り返って何かを噛みしめるようにエージェントたちを見回す。そして前を向く。
「だったら俺は誓う。君をどんなに疑ったとしても、例え本当に過ちを犯そうとも、側にいる」
 女は頷く。男が実体を取り戻す。
「俺、皆さんが幻影を破る姿を見てました。だから弱い自分が許せなかった。でも、皆さんと妻のお陰でここに留まることができた。一からやり直します、ふたりで」
 エージェントたちは安堵の息を吐く。住職を診ていた征四郎も無事を報告した。
 救急車のサイレンが遠ざかる。寺から出るとエリカが地面を掘り始める。
「何してるの?」
 見かねてジャスリンが問う。
「愚神の埋葬を」
 それがエリカの流儀なのだ。リュカはふと思い出して、オリヴィエに尋ねてみる。
「ね、ところで、夢の中でお兄さんのこと呼んだ?」
「? 呼んだのは、リュカだろ」
 いつもなら任務終わりに食事という流れになるメンバーもいたが、今日はすぐに解散となった。
 ジュージューとフライパンが鳴る。オムライスの完成は間近だ。恭也と伊邪那美の話もちょうど佳境だった。
「ねえ、ちゃんと聞いて無かったけどこっちの世界のボクってそんなに危険な存在だったの? って、言うかボクとは違う存在だからね」
 伊邪那美は頬を膨らませる。
「そうだな、同一視した俺が全面的に悪かった。それと、お前の不安も分かった」
「恭也のこと怒れないよね。ボクの想像もすっごく馬鹿げてた」
「全くだ。さ、冷めないうちに食べよう」
 卑劣な術ごときで彼らの絆は揺るがない。愛縁寺のご利益を受けるまでもなく、彼らの縁はより強く結ばれたのだ。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 夢ある本の探索者
    努々 キミカaa0002
    人間|15才|女性|攻撃
  • ハンドレッドフェイク
    ネイク・ベイオウーフaa0002hero001
    英雄|26才|男性|ブレ
  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • Gate Keeper
    赤嶺 謡aa4187
    獣人|24才|?|命中
  • Gate Keeper
    ジャスリンaa4187hero001
    英雄|23才|?|ドレ
  • クラッシュバーグ
    エリカ・トリフォリウムaa4365
    機械|18才|男性|生命
  • クラッシュバーグ
    ダレン・クローバーaa4365hero001
    英雄|11才|女性|カオ
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