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【相談】冥府の軍勢を掃滅せよ
最終発言2016/07/27 08:45:09 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/07/24 14:58:06
オープニング
――英雄?
美しい乳白色の柱に囲まれた廊下で、その男は問い掛けに対して怪訝な表情で応えた。
それから小さく鼻を鳴らすと、荒々しい乱杭歯を見せてカラカラと快活に笑う。
――この天下に英雄と呼ばれるべくはただ一人のみ。即ち我が王よ。あのお方程に雄々しくも賢く、また美しい心を持つ者などおらぬ。我が身、我が剣、我が武勇は全て! あのお方の為にあるものだ!
そう答えた男は、己の言葉を噛み締めるように、うむ、うむ、と幾度も頷く。
その全身に刻まれた数多の生傷は潜り抜けた死線の数。語る言葉は一切の偽りのない、勇壮たる生き様の証。
男は忠臣であり、猛将であり、或いは紛う事なき英雄だった。
――故に私は、我が王と共に生き、我が王と共に死のう。
そして王は死んだ。
宿敵アレクサンドロスに敗戦を喫した彼方、王は敵兵ではなく臣下の手によって無念の最期を遂げた。この瞬間、男の心は漆黒の感情に塗り潰され、王の後を追い自害した。
それは遠い過去に埋没し、もはや未来永劫語られる機会などないだろう、ある男の生涯の断片。
◆
ドロップゾーンと化したバグダードは、白い建造物の立ち並ぶ、あたかも嘗てのペルシアが甦ったかの如き光景へと様変わりしていた。
八方より火の手が回っているが、それらは不可解な事に純白の炎であり、古代ペルシアと化した景色も相まって凡そヒトの暮らす国とは思えない程に、何処か神々しささえたたえていた。
そのような街中で迫り来る敵と決死の覚悟で争うバグダード支部のエージェント達は、屡々自分達こそがこの荘厳な空間に紛れ込んだ場違いな悪賊であるかのような錯覚に陥った。
事実、そうなのだろう。少なくともこの都市にドロップゾーンを敷いた者達にとって、人々は己の領土を荒らす不埒なる敵国の民に他ならない。
『オオオオオオオオオオオオオオオォォォォッ!!』
エージェント達の背後に、地の果てまで届かんばかりの咆哮が轟いた。
見れば白炎の向こうより、蹄が床を叩く独特の音を伴い、異様な姿かたちの一団が迫っている。
その多くは“骨”だ。黄色く濁った人骨がまるで生者の如く自在に身体を動かし、腐臭さえ渇き果てた木乃伊の戦馬を駆る。皆一様に石黄をくり抜いて作ったと思しき面で頭蓋の前面を覆っており、得体の知れぬ儀式とも、異郷の不気味な部族とも知れぬその様相は彼らの異質さをより際立たせた。
だが、そのような人骨の騎兵達をも圧倒する存在感が、先頭を猛々しく駆けている。
『オオオオオッ! 我ラガ王ノ名ッ、今コソ轟カセル時ゾ! 進メ! 進メ――!』
それは恐ろしい形相をした武人を象る、黒曜石の彫像だった。“彫像が巨大な馬を自在に駆り、吠えている”のだ。
彫像の雄叫びに反応し、人骨騎兵達が一斉に矢を放った。エージェント達は放物線を描いて降り注ぐ矢の雨をどうにか凌ぐが、乱れた足並みを元々交戦していた敵群に突かれ、急激に劣勢に立たされる……。
彼らの役割は“遊撃”だった。
騎馬に由来する圧倒的な機動力を以て各地を駆け回り、敵を攪乱しながら、“脅威足り得るような戦力と遭遇したなら全霊を以てこれを撃破する”。それが王より賜った使命である。
果たして彼らはこれを、嵐の如く遂行していた。圧倒的劣勢のエージェント達は彼らの攪乱に為す術がなく、また高速の騎馬には徒歩のままではまるで対抗できずにいた。
故に、あなた達はこの恐るべき遊撃部隊を何としても撃破しなければならない。
白く燃えるバグダードの夜景を一望しながら、あなた達は宵闇を切り裂いて走行していた。
無論、徒歩ではない。
或いはバイクに跨り、或いは車両に乗り込み、騎馬にも負けぬ速度で駆け抜けていた。
『では、その速度を保って下さい。あなた達から見て右方より敵遊撃部隊が接近中です。三十秒後に前方の十字路で接触しますので、これと合流し、そのまま交戦を開始して下さい。カウントダウンを始めます』
イヤホン型のインカムからオペレーターの声が流れる。敵の進行方向は向かって左、その先にあるものは高速道路だ。車を持つ者は既に避難を終えており、現在逃げ遅れた者は殆どが主要な建造物でバグダード支部のエージェントらに守られていると聞く。
『15――14――13』
吹き付ける向かい風が音の伝達を阻害するが、それでもなお街中から響く音が、微かに耳に届いた気がした。爆発音が響き、破砕音が轟き、倒壊音が震え、銃声が鳴り、怒号がこだまし、
悲鳴が聞こえた。
『10――9――8』
ハンドルを握る手に力が籠もった。エージェント達のライヴスの輝きが発露し、色とりどりの光の残像を描く。得物を顕現し各々の型に構えた。ある者は笑い、ある者は猛り、ある者は欠伸をかみ殺したかも知れない。
これより先は不可逆の死地。熾烈な戦いの舞台となる長大なる闘技場(リング)。
『7――6――5、4、3、2、1、0.――ご武運を』
瞬間、十字路の右より飛び出て来た異形の集団の横っ面を睨み付けるや、あなた達はハンドルを大きく左に振り切った。
解説
○目的
敵遊撃部隊を撃破せよ。
○状況
十字路にて敵と接触。そのまま高速道路へ侵入し走行しながらの戦闘が予想される。
高速道路は随所に乗り捨てられた無人車両などが放置してある。
横幅7SQ、道路の長さは事実上無限。
○車両
この作戦では機動戦闘用に試作された以下の車両を利用できる。
(※当シナリオでのみ使用できます)
・ゴルディアン・ノット
移動力15
ほぼ球体のホイールと重厚な赤いボディが印象的なバイク。
耐久性は高めだが、回避が30%ダウンする。
球体ホイールにより、車体の向きに関わらず多方向への走行が可能。
・ホワイトブレイドNJY カスタム
移動力20
無駄を排除したシャープなデザイン。白銀のボディが特徴的なバイク。
操作性も非常に良好でアクロバティックな動きや「跳躍」も可能だが、耐久性には難あり。
・H.O.P.E.製 装甲バン
移動力15
対愚神用に装甲を施したバン。
左右と上部が開閉し、そこから攻撃が可能。ドアは盾を兼ねるが過信はできない。
○敵
黒の将軍(ケントゥリオ級)
物理攻撃↑↑ 物理防御↑↑↑ 魔法防御↓↓ 回避↓ 生命力↑↑↑
遊撃部隊指揮官。物理特化。木乃伊の馬に騎乗。
他のスキルは持たないが、全ての攻撃にドレッドノートスキル「怒濤乱舞」が乗る。如何なる状況にも平常心を乱されない。
従魔とともに突撃し、進行方向全てに大ダメージを与える事が可能。
黄の軽騎兵×10
ミーレス級。黒の将軍の指揮下にある事が関係しているのか、能力が強化されている。
長槍、短弓で武装しており、木乃伊の馬に騎乗。
馬を含めて重量が軽く、突風や重い一撃の前に脆い。
【パルティアンショット】弓を用いる際、背面などを射るような状況でもペナルティを受ける事がない。
【爆矢】:火薬を括り付けた矢。範囲(1)。直撃すると距離カウンターを一つ失う。
序盤は距離を取り、隙あらば離脱を狙う。
離脱されずに一定時間が経過すると本格的に攻撃を開始する。(PL情報)
リプレイ
冥府より舞い戻った死の軍勢が白炎を掲げて行進する。彼らハカーマニシュの民は火を神聖なものとした。
即ち王の放つ白炎こそ彼らが軍の旗印であり、白く燃える古代ペルシアと化したバグダートは彼らの領域となりつつある。
「違う――」
闇を切り裂き、一筋の弾丸と化した真壁 久朗(aa0032)は静謐と、そして鋭利に呟く。
「此処は今を生きる者の世界だ。あるべき場所に帰って貰おう」
◆
そしてハンドルは左に切られた。
複数のバイクが鋭い軌道でカーブし、装甲バンが派手なスキール音と共にドリフト走行で追従した。深紅のバックライトが宵闇に七重の残像を描いた。
自動車両と馬が交わり、並走する光景は異色だ。高速道路の両端を白い炎が疎らに照らす。敵群の中でもひと際巨大な馬に乗る黒曜石の将軍が横目で乱入者の姿を捉えると同時に、リンカー達の嵐のような猛攻が開始された。
反応を許さぬほど間髪入れず放たれる、射撃、射撃、射撃。銃弾が馬を貫き、ロケット弾が複数の騎兵を大きく揺さぶり、火炎と黒霧が左右から焼いた。遭遇直後の連続攻撃。それは予め敵との遭遇を予見していたリンカー達のアドバンテージ。
その結果、早くも一体の騎兵が横転した。地面を転がる騎兵をリンカー達は一瞬で抜き去る。取り残された騎兵は遥か後方で音もなく絶命し霧散。骸骨騎兵――残り九体。
「一丁上がり、と。折角起きて来たとこ悪いが、おねんねの時間だぜ」
『……ん、今度はゆっくりお休み?』
装甲バンの左部、開閉扉の裏側で麻生 遊夜(aa0452)と、彼と共鳴中のユフォアリーヤ(aa0452hero001)が笑えば。
「油断、大敵……」
『ええ。敵はまだ十体いる。数的有利を得てはいないわ』
右部では木陰 黎夜(aa0061)が魔法書を胸に抱きながら敵の様子を伺い、アーテル・V・ノクス(aa0061hero001)と共に怜悧に状況を観察する。この時敵集団の一体が放った矢が黎夜に迫ったが、開閉扉で弾き無傷で凌いだ。
扉は、思いのほか便利な盾だった。
通常の車両と違い、車体と扉を接合する部分が複数本の多節アームに置換されており、稼働の幅が広い。その上で急激な揺れに掴まって対応出来るよう悪戯にアームが伸びる事はなく、直観的な扱いを可能にしながらも安全性に考慮がされていた。
そして。
「バケモノ共と高速をカーチェイス、か……なかなか良い趣向だな。久々に腕が鳴るぜ」
『愉しげだね。きみはヒトデナシだから反社会的行為をする時が一番輝いているよ』
「ちっ、おまえはいつも一言余計なんだよ。黙って力を貸しな」
『はいはい、仕方ないなあ』
そんな彼らの上、装甲バンの上部にて、紫苑(aa4199hero001)と軽口を叩き合いながら敵の動きを観察するバルタサール・デル・レイ(aa4199)は、敵の反応を確認するや黙して車内に降りた。
「お、もう良いのか?」
「ああ、十分だ。後は俺が左を担当するから、上は譲ろう」
「サンキュ。さぁて、もうひと仕事と――」
そこで車体が大きく傾ぎ、乗り込んでいた三人の体が右へ左へ揺られる。前方より快活とした声が響いた。
「悪り、悪り! やぁー、敵さんの狙いば、すんげ“せいがぐ”ッスなあ!」
独特の訛りを含む言葉は運転席に座る齶田 米衛門(aa1482)のものだ。見れば前方、敵集団は一斉に矢で迎撃してきている。車体に矢が当たる度にガンゴンガンと音が響く。装甲が弾いてくれる内はいいと、米衛門は思った。タイヤを射抜かれる事だけは避けねばならない。
そんな中でなおも敵の動向を観察し続ける黎夜が、微かに青い顔をして小さく呟く。
「アーテル、今、気付いた……」
『ふむ?』
「……この車、その、……男の人ばっかり……」
小さく笑って、正念場ね、とアーテルが冗談のように告げると共に、暴力的なエンジン音が彼らの傍らを横切った。
◆
短機関銃の射撃音が断続的に響く。フルオートで射出される弾丸が地面を削り火花の軌道を描く。それは蛇行しながら一体の騎兵を目指し、捉えた。
「……やるな!」
『見た目の通り身軽、ですね!』
しかし騎兵は軽やかに馬を操り銃撃をかわす。称賛の言葉を叫んだ久郎とセラフィナ(aa0032hero001)だが、実のところ目論見の通りだった。これは威嚇射撃に過ぎず、敵を叩くより味方の前進を助ける事を目的としたものだ。
即ち。
にわかに迫り来る単車集団の気配に背後を振り返った一体の騎兵の頭を、ホワイトブレイドNJYカスタムの後輪がしたたかに打ち付けた。大きく姿勢を崩す騎兵を尻目に喜々と叫ぶ赤髪のメタルパンク。
「はっはー! ざまあ見いや! 100キロ出えへん馬に300超えのバイクが負けるかい! 600超えもあんの知っとるか、現代人舐めんなや!」
そんな弥刀 一二三(aa1048)の元に、然し、別の騎兵が接近して槍を突き出す。敢えて速度を落とし、上体を後方へのけ反らせた一二三の目と鼻の先を槍の切っ先が通り過ぎた。
「ッぶね……!? あちらさんもけっこう速いいう事やろか……?」
『腐っても従魔、か。ところで何処へ向かっているのだ? 私の事前リサーチでは、この先に美味い菓子屋はないのだが……』
「菓子屋ちゃーう! お前ブリーフィングん時何聞いてはったん!」
共鳴中のキリル ブラックモア(aa1048hero001)と騒がしく掛け合いをしながらも飛来する矢の数々を回避する一二三。更にその眼前に三機のホワイトブレイドNJYカスタムが着地した。
「流石は関西圏の人ですね! 敵が木乃伊なのと『腐っても従魔』をかけた、高等ギャグっ!」
『マスター、恐らくお二方は、そういうおつもりではないと……』
天真爛漫に笑うナガル・クロッソニア(aa3796)と、彼女と共鳴中の千冬(aa3796hero001)が呆れたように溜息をつけば。
「従魔達の攻勢が控えめですわね……様子を伺っているのでしょうか?」
『恐らく、本隊から私達のようなエージェント部隊を分散させる為の陽動も兼ねていると思う』
美しいブロンドを暴風に暴れさせる月鏡 由利菜(aa0873)と、リーヴスラシル(aa0873hero001)が冷静に状況を分析し。
「よーするに、纏めて最速でぶっ倒せば良いって事でやがりますね? それじゃ久々に飛ばしまくるとしやがりましょーか」
『本来ノ目的ヲ忘レンナヨ?』
フィー(aa4205)が普段は鳴りを潜めている凶悪な笑みを覗かせると、ヒルフェ(aa4205hero001)が半ば諦めたような声で諫める――。
其処へ遅れて久郎が追い付くと、五人のリンカー達が敵群の前方を走る形になった。
彼らはまず、敵を逃がさない為に機動力のあるホワイトブレイドNJYカスタムを主軸とするメンバーが前方を固める事を選んだ。これにより確かに敵はリンカー達を突破する事が困難な状況となる。
加えて初動に於ける猛射撃も、この前進の援護の為に行われていた。これがなければ彼らが敵の前に陣取る事は困難だった事だろう。
此処までは目論見の通り。だが、と由利菜は厳しい表情を浮かべていた。
(この後も私達の思い通りにいくかどうかは――)
ちらと背後を振り向き、敵の様子を伺った彼女の表情が、凍った。
漠然とした懸念が、早くも現実のものとなっていた。
◆
『クレアちゃん、私運転したい!』
「戦闘付きだぞ……ドクターはそちらは門外漢だろう」
『運転したいアクセル吹かしたいマフラーぶおんぶおんしたい!』
「バイクが好きなのは分かるが、終わった後にしてくれ」
装甲バンと並走するクレア・マクミラン(aa1631)は共鳴中のリリアン・レッドフォード(aa1631hero001)を宥める片手間で、多連装ロケットを連続射出していた。次々と敵群の中に着弾するライヴスは衝撃で騎兵の姿勢を崩す。だが――。
(……警戒されている、か)
初動に於いても撃ち放ったフリーガーファウストだが、敵はこれを警戒し散会して走行する事を選択していた。結果として複数の敵の姿勢を崩す使い方が困難となる。
更に回避能力に優れた従魔はこれの直撃を避け、被害を最小限に――即ち態勢が崩れる事のみに――留めていた。
この手応えに、愚神との戦闘経験の豊富なクレアだからこそ違和感を覚えていた。ミーレスにしては、“やる”。疑問の眼差しが行き着いた先は黒曜石の将軍の巨大な背だ。そうか、アレの指揮で能力が強化されているのか。逡巡は一瞬、無表情は動く事がなく。
(まあ、いいか)
する事は変わらないのだと、次の攻撃の準備に入る。
「有難いね、当てやすいってもんだ……!」
警戒され、回避されるクレアのフリーガーファウストだが、それでも大いに味方の援護を成していた。態勢の崩れた従魔をスコープに納めた遊夜は躊躇いなくライヴスの弾丸を放つ。それは一直線に騎兵の元へ飛来し、後頭部を貫いた。更に黎夜、バルタサールの射撃も重なり、撃破。また一体が砂のように崩れ去り、残る骸骨騎兵が八体となる。
「この調子で、どんどん倒したい……」
「だが、果たしてそう簡単に行くか」
「お話中にアレだども! 揺れるッス!」
黎夜とバルタサールがそれぞれ次の敵に狙いを定める中、米衛門がハンドルを小刻みに切りながら叫んだ。再び飛来した矢の雨の中を装甲バンの車体が右に左に蛇行しながら、走る。
「タイヤば狙って来てる感じじゃねッスな、これ……!」
『“足”を狙うのは基本だが、軌道を見る限り射手の方をやりに来てるな。だが盾があるから決定打は与えられねェ筈だ』
「そいだば!?」
『やる事は同じだ。二兎は追えねェ、まずは取り巻きから片づける。先のアッシェグルート戦を思い出しな』
「おお……分がりやしぃスな!」
戦い慣れたスノー ヴェイツ(aa1482hero001)の言葉に純朴な笑みを浮かべる米衛門。クレアが爆風で敵を揺さぶり、生じた隙を射手達が射抜く。バンの開閉扉は盾として射手を守るし、クレアに膝をつかせる事が如何に困難であるか戦友たるこの青年には分かっていた。着実に、一つずつ仕事をこなして行けば敗北はない。そう、思っていた。
だが、此処に“誤算”があった。
敵の観察を主に担っていたバルタサールが真っ先に異変に気付いた。敵群の並びが変化している。数えて五体の骸骨騎兵が、ほぼ横並びで並走する形だ。それらは手綱を離して振り向きもせずに弓を構えた。クレアが身構え、遊夜が、黎夜が、バルタサールが開閉扉を盾にする。しかし次の瞬間、番えられた五つの矢の先端が……燃えた。
その灯火が向けられた先はクレアでも三人の射手でもなく、米衛門だった。断続的に放たれる、火の矢。バルタサールが咄嗟の威嚇射撃を放ちながら、珍しく叫んだ。「曲がれ!」黎夜が命中に優れた白銀のライヴスを放つ。「当たれ……っ」だが間に合わない。矢は米衛門の眼前、フロントガラスに着弾するや、幾重もの爆裂を奏でた。
「視えねッス……!?」
ガラスも対愚神用に補強されている為、割れるような事はなかった。ただ、まるで前が見えない。加えて、体感での爆発の火力はさほどでもないが、衝撃だけが異様に大きい。損傷よりも他の目的を――“強制的に距離を離す”事を優先した攻撃と言えた。
「クソッ、やってくれたな……」
バルタサールが舌を打った。敵影は一気に小さくなり遥か前方を駆けている。まずい、と思った。高速戦闘に於いて、これ以上距離を離される事は戦線離脱にも等しいからだ。辛うじて未だ捕捉可能な距離にあるのは、彼の咄嗟の威嚇射撃が矢の軌道を逸らし、直撃を一つ回避出来ていたからに他ならない。
「狙い撃ち、だった……」
「初動じゃ攻勢が温かったのに、いきなり攻撃して来たな!?」
「前ぇ出て押し込めたもんだがら、様子見ば諦めたんスかね……!」
兎にも角にも、まずは追い付かなければならない。焦燥に歯噛みしながら米衛門は深くアクセルを踏み抜いた。
◆
前方を走る五人もまた苦戦を強いられていた。
「やりにくい、ですね……っ!」
背後から飛来した矢を盾で弾き返しながら、由利菜は苦々しい顔をしていた。
その隣で唸りを上げて並走するフィーもまた、片目を瞑り焦れた表情を浮かべている。
「連中、無理に突破するつもりがねーでやがりますな……! 矢で確実に削って、こっちを瓦解させてから悠遊走り去る心算でやがりますか!」
会話のさなか、更に矢が背後より飛来。舌打ちと共に跳躍し紙一重で回避するフィー。
これだ、とフィーは思った。自分達は確かに敵の進路に蓋をして見せた。だが敵はそれを踏まえて対応して来ている。“前を走れば敵に背を向ける事になるのは自明の理だ”。この点を突き背後から矢を着実に当て、じわじわと消耗させる目論見を感じた。
(では前ではなく横を走るか、という発想まで、敵は先んじて潰しに来ていますね……!)
爆裂の矢を警戒しフィーから離れた由利菜もまた思考する。見るところ敵は隊列を横に広げていた。後衛に戦力を割いている為、騎兵の数は僅か三体。だがこれと共に黒曜石の将軍も同じ並びで駆けている。
これに割り込む場合、忽ちの内に複数の騎兵と黒の将軍に包囲され、集中攻撃を受ける事を意味している。リンカー達は否が応でも前方を走らざるを得ない状況だ。
(明らかに戦い慣れている……これもあの黒曜石の愚神の指揮ですか……!?)
「前方、障害物あり! 注意してくださいっ!」
思考を切り裂いたのはナガルの声だ。前を向き直るとまず青のセダンが見え、そのすぐ後ろにトレーラーが横向きに鎮座していた。
ナガルの視界は今、二つの光景を見ている。
片方は自身の紫色の瞳が見る光景。もう片方は上空を走る、ライヴスで精製された鷹の目を通じた映像だ。常に後方の動向を注視しなければならないリンカー達にとって、ナガルというナビゲーターは一つの重要な鍵となっていた。
「難しい事は、よく分かんないけど……障害物は目の前! こんな所で足踏みしてたら、知りたい世界が遠のいちゃうっ! だから跳ぶよ! ナンジャカスタムーっ!」
ナガルはこの苦境にあってもなお絶やす事のない笑みを輝かせながら、障害物に突っ込んだ。勢いのままに青のセダンのボンネットに乗り上げると、フロントガラスと屋根を伝い、ホワイトブレイドNJYカスタムの車体が大きく宙に放り出された。
トレイラーを飛び越えて、闇夜を舞う猫が一匹。
「ってぇ! 待て待て待てーいっ! ナンジャやない、ニンジャ、やっ!」
『モンジャ? アレは菓子ではないぞ』
「にー、んー、じゃーっ! 食いモンのハナシしとらんわ、今日のお前ボケ倒しか!?」
着地したナガルの傍らで、先んじてトレイラーを飛び越えていた一二三達が騒がしく掛け合いをしながら、片腕で大剣を幾重にも閃かせる。後方へ飛ぶ、複数の斬線。トレイラーを迂回して現れた骸骨騎兵の一体に命中し、その片腕が吹き飛んだ。
位置取りによる背面攻撃に晒され、この対応に苦慮する一行の中でも、一二三はバイクに搭乗しての戦闘をよくイメージして臨めていた。片腕の運転、片腕での攻撃、位置取り、前後の警戒。プロ顔負けのメカニックである経験が、此処に活きていたと言える。
そして――。
「反撃、いくよっ!」
一二三が消耗させた騎兵の前に、二機のバイクが降り立った。片方、ナガルの車体が不意にブレる。二重に分裂して敵を挟み込んだ二人のナガルが左右から鏡映しの動きで爪を振るった。
攻撃の瞬間、片側のナガルが霧散する。幻影を用いた分身攻撃だ。命中した騎兵は混乱し、注意力が散漫となる。
その瞬間を――由利菜は見逃さない。
「肉なき体で、この剣戟に耐えられますか……!」
蒼黒の刀身が闇夜に閃き、騎兵を馬ごと両断する。血糊を払うように剣を振るうその様には、荒々しい戦場に於いても気品をなお損なわない。黄色く濁った骨の体が砂の如く崩れ去る。骸骨騎兵、残り七体。
其処へ、別の騎兵の槍が激しい蹄音を伴い猛然と迫る。標的はナガルだ。由利菜よりも脆いと判断したか。紫の猫耳少女は唇をきつく引き結び跳躍の動作に入るが、更にそこへ割り込む大柄な影があった。
「させるか――」
鉄と鉄が衝突する鈍い音が響く。ナガルを貫く筈だった槍は、一人の男の背に阻まれた。
真壁久郎、鉄壁の男。
「背面攻撃で消耗させる、確かに判断としては正しいが……俺がいる限り、誰一人膝をつかせはしないぞ……!」
鋭い瞳に決意を灯して、静謐と猛る久郎は今、“後ろ向きに走行している”。彼の操るゴルディアン・ノットは球体ホイールが独立して回転する機構になっており、車体の向きに関わらず自在な方向へ走る事が出来る。だからこそ、背面からの攻撃にも問題なく対応出来た。
盾で敵の武器を弾き、態勢を崩させると、返す刀で槍を振るう。狙うは武装を括り付ける紐。無力化してしまえばまるで脅威ではなくなる筈だと、愛槍を袈裟に一閃――然し。
その槍は、巨大な黒曜石の刀身に阻まれた。
骸骨騎兵とは比べ物にならない、けた外れの存在感が目前にあった。黒の将軍がひと息に接近し、久郎の攻撃から騎兵を護ったのだ。
奇しくもそれは先程の久郎の行動と同一。槍と剣を交え、至近より睨み合う二人の鉄壁。将軍の瞳に赤い輝きが灯き、厳かな声が響いた。
『貴殿ラノ腕前、ヨクワカッタ』
愚神の体の周囲を禍々しい深紅のライヴスが逆巻き始めた。一同が身構え、予感する。“来る”。
その直後だ。
愚神の背後でひときわ大きな炸裂音が轟き、爆炎が舞い上がった。
吹き付ける衝撃が愚神の周囲にいた騎兵の姿勢を大きく崩し、直後に飛来した銃弾が骨の体を粉砕した。
突如として起きたイレギュラー。振り向いた愚神の視界に猛然と飛び込んで来たのは、深紅の――。
◆
雄叫びを上げて装甲バンが駆ける。米衛門はほぼ虚勢の笑みを浮かべながらアクセルを強く踏んでいた。嘗てはやんちゃをしていた彼だが、それでも今の速度は正直に怖い。メーターを見るのももはや怖かった。
「おっおおおっお追い付いたッスなあ……!?」
通常の倍速以上で追い上げた装甲バンは、引き離された騎兵達にすっかり追い付いた。フリーガーファウストを連続射出しながら、一人になって尚も交戦を続けていたクレアがちらとバンに視線をくれる。
「何だ、遅かったな。全員倒してしまおうかと思っていたところだ」
「全然遅く、ない……もっと安全、運転……」
「まっさかリンカーになって、車の運転で命の危険感じる事んなるとは思わなかったぜ……」
「俺だったら、もう少し速度を出せたがね」
上、左、右にて(密かに運転にも興味があったバルタサールを除き)ぐったりとしながら悪夢の数十秒間を振り返るリンカー達。慌てたように米衛門が声を張った。
「う、わ、悪りって! だども追っつがねっとなんながったんス……!?」
「和やかに話しているところすまないが、来るぞ」
そうクレアが促した通り、騎兵達はいつの間にか再び、あの燃える矢を番えて装甲バンを狙っていた。瞬後、先程と同様に時間差を置いて次々と放たれる――だが。
「二度同じ手は食わねッス……っ!」
「ああ、その通り」
警戒手を担っていたバルタサールが目敏く反応し、威嚇射撃。更に米衛門はひと呼吸先にハンドルを左に切っていた。先程までバンが走行していた地面に矢が着弾、爆裂。同時に左へ曲がった事でバンの右部分が敵の方を向く。開閉扉の裏側で魔法書を開く黎夜の鋭い視線が騎兵達を射抜く。
「いい加減、うるさい……邪魔……消えろ……っ!」
本の前で火球が生成され、放たれる。着弾。騎兵達は己が操る矢の数段上をゆく爆炎に呑まれた。炎を抜けて走る彼らは体のあちこちで火が躍っている。人差し指を突き付けて静かに宣言する、黎夜。
「その火からは……どれだけ動きが早くとも、俊敏に駆けようとも……逃れられない……!」
「そして――此処にも逃れられないものが一つ。さて、それは何でしょう?」
続く言葉は装甲バンの上部から。狙撃銃を構えた遊夜の銃口が三度火を吹いた。果たして彼の三連射撃、弾丸のワルツは魔弾とも呼べるほどの精密さで次々と騎兵の後頭部を貫いた。黎夜のブルームフレア、そして合流する以前にクレアが単独で与えていた傷により、三体の騎兵がこの一合で砂と化す。骸骨騎兵、残り四体。
「――正解は、俺の弾丸でした。またのご来店をお待ちしてます、ってな」
そこで各々の通信機に通信が入った。『前方、障害物あり! 注意してくださいっ!』鷹の目を用いて周囲の警戒を担うナガルからのものだ。
前方を見遣ると、青いセダンの後ろに横向きに鎮座するトレイラーを、丁度仲間達が飛び越えているのが見えた。米衛門が、うへえ、という顔をする。
「邪魔っけッスなあ……! 隅っこんどごの隙間あ抜けるんで、皆さん注意を――」
「いや、私に任せてくれ」
割り込んだ声はクレアのものだ。どうするつもりかと米衛門は運転席から視線を落とした。見れば彼女はいつもと変わらぬ無表情のまま、片手で器用にフリーガーファウストを担ぎ、一切の躊躇いもなく引き金を引いたではないか。
連続して放たれる多連装のライヴスが、吸い込まれるようにトレイラーに降り注いだ。まさか、と一同は思った。そのまさかが、直後眼前で巻き起こる。
爆発。
騎兵達の矢や黎夜のブルームフレアの比ではない、巨大な爆炎が夜空に舞い上がった。
この日最大級の強烈な熱風。それは付近の騎兵の姿勢を決定的に崩した。装甲バンが燃え盛るトレイラーの残骸を踏み越えた時、残る四体の――内二体は前方に展開していた敵だ――騎兵は今にも落馬しそうな状態だった。
眼前で起きた出来事に茫然としていた遊夜とバルタサールだったが、瞬後、好機であると理解し再び銃撃を放つ。二人の射手による、合計六連続にもなる苛烈な射撃の嵐。姿勢を崩した四体の騎兵に当てる事は容易であり、全ての騎兵が砂と散る。
骸骨騎兵――残り、ゼロ。
同時にクレアがアクセルを踏んだ。戦友たる久郎と鍔迫り合いを演ずる愚神に向かって一直線に接近してゆき、そして――。
◆
黒の将軍が振り返ると同時に視界に紅の影が飛び込んだ。跳躍からの接近。久郎と対峙していた将軍は即座に反応出来ず、その者の突進を甘んじて受けた。
クレアだ。
見ればその後方に装甲バンも追従していた。上・右・左に立つ射手が武器を構え、運転席の米衛門が親指を立てている。
高速で接近したクレアは、勢いのままにバイクから飛び上がった。乗り手を失ったゴルディアン・ノットは横転し、地面との摩擦で火花を散らしながら忽ち遥か後方に取り残される。「『ゴルディアン・ノットぉ――――!!』」バイク・愛である一二三とリリアンの悲鳴の如き叫びがハモる中、クレアは慣性に従い猛然と将軍に迫った。短い気勢と共に一閃。渾身の力で魔剣を将軍の背に刺突。
「……っ」
通らない。
英雄のクラスに反して物理火力に優れたクレアだが、将軍の肉体はそれでも堅固だ。
「ならもう一丁、と洒落込みやがりますかッ!」
逆方向からの咆哮、黒の長髪を暴風に暴れさせながら、凄惨な笑みを浮かべたフィーが同じく跳躍。振り上げた右手に込められた膨大なライヴスを解き放ち、仄かに輝く紅瞳が残像を描いた。乗り手を失ったホワイトブレイドNJYカスタムは横転し、転げまわった末に壁と衝突して動かなくなった。「『ホワイトブレイドNJYカスタムぅ――――!!』」バイク・ラブである一二三とリリアンの叫びが重なる中――フィー渾身の一撃が将軍の横腹を撃ち抜いた。
微かに揺らぐ、黒曜の巨体。
通常の敵であればこの時点で転倒していた筈だが、この敵には通じぬらしい。構わずに間髪入れずもう一打を叩き込む。クレアとフィーはそれぞれ、馬の尻を足場に即座に後方へ跳躍。慌てた米衛門がアクセルを踏み接近し、左部よりバルタサールが、右部より黎夜がそれぞれを回収。
『クク……ククク』
これに対して愚神は、怒るでも猛るでもなく――笑った。
彫像である為か、その仁王像の如き表情は変わらず、口元も動かない。だが背を震わせて声を漏らしていたかと思えば、突然天を仰ぎ大声で笑い出した。ひとしきり笑った末に――厳かに告げる。
『貴殿ラノ野蛮極マル戦イ、ソノ命惜シマヌ意気込ミ――至極愉快ナリ』
「そうかい、なら笑いながら死にはったらええわ……!」
叫ぶが早いか叫ぶ一二三、大剣より斬線を放つ。将軍の身に届くと同時にライヴスが弾け、衝撃が馬を刻む。
畳み掛けるように愚神の真横に降り立ったのは英雄との共鳴度を高め、機を伺っていた由利菜。
「私はH.O.P.E.の騎士、月鏡由利菜……! いざ勝負ッ!」
蒼黒の刀剣を閃かせ、愚神の胴を真横に薙ぐ。硬い手応えに端整な顔を顰める一方で、僅かながらにその身を削っている実感も得た。愚神の切り裂いた部位が、欠けているのだ。
そこで愚神が動いた。大きく唸りを上げて黒曜の大剣を掲げると、誰もいない前方に轟と振り下ろす。すると一拍の後に――周囲にいたリンカー達に鎌鼬の如き衝撃が襲い掛かった。
だが。
由利菜は予め展開していたバリアによりこれを凌ぎ。ナガルは咄嗟に割り込んだ久郎に庇われ、負傷を免れる。そんな彼らの反応に――愚神はやはり、笑う。
『――我ガ名ハ“×××××”ッ!』
不意に愚神が、吠えた。
大気が震えるほどの、よく通る声だった。
『我ガ王ノ剣! 我ガ王ノ臣! アルタシャタ軍ニ“×××××”アル限リ! 我ラノ進軍、止マル事ナシト知レ――――!!』
これを聞いた久郎は息を呑んだ。“名前を発音できていない”。その部分のみ靄がかったように言葉が判然としない。
恐らくこの男は自身の名を思い出せていない。そして、その事に欠片ほども気付いていない。
(こいつは――)
当然だ、男の在り方に名前など不要。王へ捧ぐ鉄の如き忠誠心こそが、戦場を駆け抜けつるぎを掲げる猛々しき姿こそが、男を表す無二の名前。
男は確かに忠臣であり、猛将であり、或いは確かに英雄だった。
(何かがどうにか違っていれば、英雄として、誰かと契約していたのかも知れない――)
「ならば王への忠誠と誇りを胸に抱き、永遠に眠れ……!」
凛と告げた由利菜は剣を納め、魔法書を開く。武器の影響を受け、その形相は熾烈なそれへ変化しつつある。鼻の根にしわが寄り、歯を見せて――猛る。
「……今のこの国は、もう、お前たちのものじゃ、ない……」
対岸、装甲バンの内より同じく魔法書を開く小柄なリンカーもまた、静かに闘志を昂ぶらせる。
立ち昇るライヴスの渦が不浄の風となり、眼前に顕れる。
「――だから此処で、討ち落とす」
黎夜と由利菜、二重の魔法攻撃が愚神に襲い掛かった。深紅の光線と薄紫の風が前後より迫り、愚神を焼く。微かに身じろぎをする、愚神。物理的な攻撃には強いが、魔法的な攻撃の前に大きく脆い特性がある。
だが、それでも。
『オオオオオオオオオオォォォッ!!』
雄叫びと共に装甲バンに襲い掛かる、愚神。米衛門の座る運転席を目掛けて大剣を振り下ろす。
「っ!」
急ブレーキを踏み距離を取る事で、直撃を避ける米衛門。余波でフロントガラスがひび割れ、前面の装甲が両断された。更なる追撃の構えを取る愚神の馬が――ここで突然、頭部を弾けさせた。
「『おやすみなさい、良い旅を』」
大口径の拳銃を手にした遊夜とユフォアリーヤが声を揃えて告げる。馬は、頭部を失ってなお走った。だが以前ほどの速度も反応もなく、その進路もやや蛇行している。
其処へ更に、追撃の射撃。
二重の弾丸が、愚神と馬を同時に射抜く。
「さて、そろそろ大詰めか?」
左部にて扉を盾にしながら、極めて冷静にバルタサールが呟く。馬は更にその動きを鈍らせ、愚神の肉体に微かな罅が入った。
黎夜だ。彼女の攻撃により、その防御力に陰りが生じていた。
攻機――。
リンカー達は怒涛の総攻撃に入った。これに愚神は僅かにも怯む事なく応戦し、壮絶な剣撃でリンカー達を弾き飛ばす。
数合に渡る撃ちあいの末、幾度目かの黎夜の攻撃で愚神の左腕が砕け散った。同時に、肉体に走る亀裂が深くなってゆく。動くたびに亀裂は広がり、愚神の残る命の儚さを物語る。
ほぼ同時だった。
生じた僅かな隙を突き、由利菜が懐より取り出した剣を胸に突き立て、遊夜が愚神の眉間を貫いた。愚神は呻き声のようなものを上げながらそれでも剣を振るわんとしたが、またしても久郎の槍に阻まれる。「今だ……!」久郎の気勢に呼応し、ナガルの爪が、一二三の斬線が罅を押し広げた。そうして最後の引き金を引いたのは、バルタサールだった。
「いい加減、エンドロールの時間だぜ、ミスター」
――ハカーマニシュに栄光あれ
その最期は穏やかなものだった。一発の銃弾を契機に、罅は全身に至り……粉々に砕け散った。
嘗てはアルタシャタこと、ダレイオス三世の軍で武勇を馳せた名もなき英雄が、実に二度目の死を迎えた瞬間であった。
◆
「…………」
「お、どうした、ナガルさん」
「あ、麻生さん。……何だかあの愚神、愚神ぽくなかったなって」
「ふむ……」
「……もしも、もしもですよ? 私達が今の英雄と誓約を結ばなかったら、もしかしたら、ああなってたかも知れないのかな、って……」
「さあな。でも、俺達は誓約してる。ナガルさんだって大事な英雄を、邪英にも、愚神にもさせる気なんかないよな?」
そう問い返されたナガルは、少し考えた後、愛らしい笑顔で答えるのだった。
一切の淀みのない、恐らくは多くの能力者も同じように答えるだろう、一つの真実をありのままに。
「――ええ、そりゃあもう、命に替えたって!」
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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