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羊が一匹、羊が二匹……
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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/08/03 10:33:06
オープニング
●眠りを誘う者
夜には魔物が潜む。そう言われていたのは何時だったか。
古来より丑三つ時などといった言葉が存在するように、夜とはおどろおどろしい物であるというイメージが強い。実際、夜という物は恐ろしい。皆が寝静まった夜は危険で溢れている。
その日、男は残業上がりの疲れた体で道を歩いていた。
「ったく、なんで俺があんな若造の尻ぬぐいで残業なんか……」
愚痴をこぼしながらすっかり暗くなった道を歩く。
――そんな彼の目の前を、白くふわふわした物体が通り過ぎた。
「……ん?」
男は一瞬自身の頭を疑った。
「疲れてるのかね、俺……こんな街中に羊なんているわけないだろ」
頭を振って再び前を向くと、道の先にぽつりと立つ影が目に入った。
「こんばんは。いい夜ですメェ」
「あ……」
その姿を確認した瞬間、男の意識は闇に沈んだ。
●モフモフの包囲網
翌日、ある通りが封鎖されていた。
見るとそこには羊の群れと、それに囲まれるようにして倒れている人々の姿があった。
「な、なんだあれ……」
封鎖後、初めてその様子を確認した布屋 秀仁(az0043)は思わず顔を引きつらせた。羊に埋もれてあまりよく見えないが、倒れている人たちは寝ているだけのように見えた。それもなんだか幸せそうにもみえる。
「うーん、いや、しかしなあ……いくら幸せそうでも放置しておくのは……不可思議なライヴス反応も確認されてるし」
頭をかいてしばし瞑目する。
「んー……いや、とにかく報告するか。大規模な交通規制が発生してるってだけで厄介な案件だ」
そうして連絡をしようとした時、ふと何かの視線を感じた彼はばっと顔を上げた。
「……! アレは!」
視線の先には紳士服の人影。そこからは独特の気配がしている。
じっと見ていると、人影はこちらへ向かってにこりと微笑んだ。
「……ッ!」
秀仁は強い悪寒を感じ、すぐさまきびすを返すと通信機を手に取った。
「こちらH.O.P.E.所属エージェント、布屋秀仁! 昨日のライヴス反応に関する情報が手に入った。すぐさまエージェントを集めて……ああ。愚神と思われる存在も確認した」
苦々しい顔で秀仁は告げた。
「緊急……ってほどヤバそうじゃないけど、アレはヤバい。本部で作戦を練ろう」
通信を切ると秀仁はH.O.P.E.本部へ向けて急いだ。
解説
●依頼内容
突如出現した愚神「カピエール」と従魔「ナーマル」を討伐せよ
●舞台設定
通り
10メートル×2000メートルの通り
愚神出現の報告により封鎖されたため、一般市民はいない
(眠ってしまった人は除く)
眠ってしまった人の数は全部で5人ほど
それぞれ従魔に四方を囲まれている
●敵情報 //PL情報
デクリオ級愚神「カピエール」
山羊の頭をした執事。
語尾が「メェ~」。
燕尾服を身にまとった紳士の姿をしている。
戦闘力は高くもなく低くもないといった感じ。
尋常ではないくらい遠距離攻撃に対する耐性が高い。
<行動>
・従魔召喚:【範囲】自身の周囲8マス
【効果】ランダムな位置にナーマル3体を召喚する
・格闘 :【範囲】自身の正面1マス
【効果】物理攻撃力によるダメージ
確率で対象を1コマ奥へ吹っ飛ばす
・防御 :【範囲】1マス
:【効果】自身の物理防御、魔法防御をかなり上昇させる
羊型ミーレス級従魔「ナーマル」
カピエールの操る従魔。
非常にモフモフしており、触れるだけで夢へ誘う。
毛皮が全て燃えたり、刈られると「ベェ~」と鳴いて、消滅する。
物理攻撃に対する耐性が非常に高い。
<行動>
・体当たり:【範囲】自身の正面2マス
【効果】物理攻撃力によるダメージ
対象を1コマ奥へ吹っ飛ばす
・催眠 :【範囲】自身の周囲8マスd
【効果】対象に睡眠の状態以上を付与する
リプレイ
●催眠羊にご用心
「ノヤからいただいた情報の通りですね」
現場に入ってすぐに、紫 征四郎(aa0076)は奥をじっと見据えて言葉を発した。彼女の視線の先には確かに封鎖された道があり、さらに奥の方には白いもこもこが密集している。
「もふもふ! ガルー、ひつじさんいっぱいですよ!」
『呑気にもふもふしてる場合じゃなさそうだけどな……』
予想以上のみ密集ぷりにガルー・A・A(110076hero001)は頬を引きつらせた。
「しかしこれは寝ろ! と言わんばかりの……」
『寝るなよ……?』
遠目からでもわかるもふもふっぷりに、思わず木霊・C・リュカ(aa0068)がごくりと喉を鳴らした。その様子にオリヴィエ・オドラン(aa068hero001)はあきれ顔で突っ込みを入れる。
「いやしかし、あれはこの時期には暑そうだな……」
『う~。それでもあのもふもふに埋もれたいよ……』
御神 恭也(aa0127)はげっそりした顔で羊たちを見る。相棒の伊邪那美(aa0127hero001)は物惜しそうな顔で遠くにいるそれらを眺めていた。
その隣で何とも言えない顔で海神 藍(aa2518)が体を震わせていた。
禮(aa2518hero001)は不思議そうな顔をして藍の顔を覗き込む。
『兄さん? どうしたんですか?』
「ああ、ごめん……よくももふもふを……この槍で貫いてくれる!」
『兄さん!? おかしいですよ、正気に戻って!』
「いや、おかしくないぞ。もふもふを成敗するのである!」
スキットルを呷り、据わった眼で槍を握りしめる藍を禮が揺さぶった。
泉興京 桜子(aa0936)が藍の言葉を肯定したが、その様子を見ていたベルベット・ボア・ジイ(aa0936hero001)はこれがいわゆるフラグ、あるいはフリではないかと内心思っていた。
「つか、羊で執事でうまく変えてるのかと思ったら、よく見たら山羊じゃねえか」
あきれ顔で赤城 龍哉(aa0090)はため息をついた。視線の先には羊の中に埋もれるようにして執事服の山羊頭が存在していた。
『その割には手下は羊ですのね』
「仕掛けが仕掛けだから、その辺は踏まえてるんだろうな」
龍哉はヴァルトラウテ(aa0090hero001)の言葉に冷静に返す。
その間にもだんだんと羊はその面積を増やしていっていた。
「……とにもかくにも、まずは周りの羊さんをどうにかしなきゃいけませんね」
「眠らされて逃げ遅れた御仁らを救出しなくては巻き込んでしまうかもしれないぞ」
征四郎の言葉に桜子が口を開いた。
しかしベルベットは困ったように笑うと、羊の群れを指す。
『でも眠っている人たちの周囲に羊さんたちがいっぱいいるのよねえ……先に羊包囲網を一部でも壊さないと助けられないわね』
「物理攻撃で片付けて救出後、殲滅か」
龍哉が話し合いをまとめるように言った。
「どうやら向こうも準備が整ったようだな」
恭也は徐々に自分たちの方へと進んでくる羊を見据えて冷静に言葉を放つ。
他のエージェントたちも現状を確認するとそれぞれの武器を構えた。
真っ先にぶつかるのは近接武器を構えたエージェントたち……ではなく、遠距離武器を構えていた木霊、オリヴィエ組と征四郎、ガルー組だった。彼らはそれぞれ共鳴をすると手に持った武器でまだ遠くに離れている羊たちに向かって一撃を放った。
それらは先頭に立っていたいくらかに直撃をしたが、あまり大きなダメージは与えられているようには見えない。
『物理攻撃の通りが悪いな……魔法攻撃の方がダメージが大きい』
「なんとかダメージを与えてもそれ以上の速度で増えていく……このままでは埒があきませんね」
オリヴィエと征四郎が通信機越しで全員に聞こえるように告げた。
それが聞こえるか聞こえないかといったところで近接武器を構えたエージェントたちが羊たちを攻撃範囲内にとらえる。
彼らは共鳴し、それぞれの武器で攻撃を加えた。それを受けた羊たちは弾き飛ばされ、ダメージを受けるが消えることはない。
「思ったより硬いな……」
龍哉が思わずといった風に言葉をこぼした。それはその場にいた全員の思考であった。龍哉は剣で切り付けたが、切り付けた相手はうまいこと毛で攻撃をそらし体当たりを仕掛けてくる。恭也は大剣をたたきつけるものの、やはり一撃では羊をしとめることはできなかった。
藍は槍で突くことで突進をかわしつつ攻撃をしている。桜子はなぜか手にした槌ではなく素手で羊と対峙していた。わきわきと動く手から狙いがもろばれのような気がしたが、ベルベットはもはや何も言わなかった。
そうして戦っているうちに、前へと出ていたエージェントたちはいつの間にか羊の群れに囲まれてしまっていた。
「むむむ、このように囲まれて追っては救出もまかりならぬな……!」
「危険だが魔法攻撃で一気に散らすか……?」
桜子が槌を構えながら苦言を漏らすと、藍は顔をしかめながら策を提示する。
「仕方ない。それしか方法は……ッ!?」
恭也も同意を示し、いざ実行しようとしたその時、彼らはひどく強い眠気のようなものに襲われた。具体的には徹夜した挙句、丸一日重労働をさせられた日の夜のような眠気だ。いかに強い抵抗力を持つ能力者であっても一瞬のふらつきを隠せないようなひどく強い眠気。
「しっかりしてください! ここで寝たら死にますよ!」
何人かが意識を飛ばしかけたその時、通信機から大きな叫びが聞こえた。征四郎の言葉だ。耳元から聞こえた大声で眠りに落ちかけた意識が一気に覚醒する。彼らは催眠によって意識を落としたすきに物量で押し切るつもりだったのだろう羊たちの突進を辛くも受け止めた。
「悪い、助かった!」
「油断はできないな……一気に片付ける!」
龍哉は礼を述べると近づいてきた羊を自らから少し離れた場所まではじく。そこに向かって恭弥が全力で攻撃を加えた。
『よし、道が開けたな。今のうちに一般人を回収しておこう』
「私も援護する。もふもふ……羊たちは任せてくれ!」
藍はライヴスの炎で羊たちを焼いていく。羊毛はやや燃えにくいはずだが、ライヴスの炎であるからか、あるいは従魔羊であるからか、その毛はよく燃えた。従魔たちの悲痛な声がもの悲しさを誘う。
「相容れぬなら、戦うしかない……か。悲しい定めだが、手に入らぬなら仕方ない。燃やし尽くすだけだ」
『え、あの? 兄さん? どうしたんですか!?』
「いや、すまない。共鳴すると感情が出やすくなってね……大丈夫だ、問題ない」
やや危なげな目つきで手を震わせる藍に、共鳴状態の禮が思わず叫んだ。
そんなふざけているようなやり取りをしながらも彼らは羊従魔を片付けていく。残りのメンバーは地に伏せている人を抱えてその場を離れていった。
しばらくそれを繰り返していくうちに羊はその数を減らし、一般人の非難が済んだころには最初の半数まで減少していた。
●山羊羊紳士のご誘惑
順調に羊従魔を減らしたエージェントたちは次に狙うべき対象にその視線を向ける。先ほどまで羊の群れで隠れていたその姿が、今度ははっきりと目に映った。
「困りましたメェ……。ええ、大変困りましたメェ。まさか私のかわいいナーマルたちがこんなにもあっさりと片付けられるなんて。あなたたちは鬼か悪魔か、畜生の類ですかメェ?」
特徴的な山羊頭に執事のような燕尾服をまとったその姿は、ひどく面妖で、冒涜的ですらあった。彼はその目を細めて、対峙した能力者たちをねめつける。
「まあ、この程度の数で満足されても困るんですがメェ」
ぼそりと言葉を口にすると、彼の周囲にまた新しく3匹の羊が出現した。
それを目にした龍哉はげんなりとした顔をする。
「…………増えた、だと……?」
『あの執事もどきが増やしているようですわ』
「一度に出せる数は3体ですか……一度にそれ以上倒さなければいけないというわけですね」
『うわあ、何それめんどくさい』
征四郎の言葉に、今までだんまりを決め込んでいたガルーも思わず声を出した。ただでさえ物理攻撃の通りが悪い相手だというのに、まとめて倒さないと無限増殖するとか悪夢でしかない。
弓で攻撃していた恭也も微妙な顔をした。
「再び羊の群れの中に入られたら、スキルの使用回数的にもう二度目はないかもしれん」
「メェー。そうですメェ、次はしっかりと夢の世界へとご招待しますメェ。気持ちのいい世界へ……辛い現実も、疲れも、何もかも忘れて。ただ安らかで、楽しい世界へ皆さんを招待いたしますメェ。恐れる必要などございません。しっかりと、丁寧に接待いたしますメェ」
言いながら愚神・カプリエールは再びその周囲に羊たちを呼び出す。
それらは出されてからそう時間のたたないうちに消されているが、それ以上のペースで彼は羊を生み出していた。
「いかがですかメェ? 夢はよいものですよ……さあ。皆様も辛い目にあったことでしょう。現実が嫌だと思ったこともあるでしょう。でももう大丈夫ですメェ。私が皆様をお助けします故……!」
カピエールは目を輝かせながらエージェントたちへ語り掛けた。その内容は疲れ切った精神にするりと入りこみ、堕落させる甘言であった。だがそれは、今その場にいる者には届かなかった。
「ごめんね。お断りするよ」
『悪いがそんなものには興味がない』
木霊とオリヴィエはごく普通にに切り捨てる。彼らは自身の物語に浸りたいのではなく、無数にある世界の中の物語を探しているために。
「いくら気持ちよくぐっすりでも、眠ったままでは困りますから。私は、皆の明日を守る為に!」
『ああ、そうだな』
征四郎とガルーも拒絶した。彼女たちは昔。そして今が苦しかろうと、精一杯に過ごした明日はもっと素敵になると信じているから。
「夢の世界……ってのに興味はあるが、そこで得られるものは多くなさそうだな」
『そうですわね』
龍哉とヴァルトラウテは明言こそしなかったものの、夢の世界を否定した。夢は自分の想像できるものしか見せてくれない。そこに成長は存在しない。
「断る」
『うーん、ボクもいらないかな』
恭也と伊邪那美の返答はシンプルだった。最初からそこに逃避するつもりなどないというようにも感じられる。
「ワシもいらん」
『桜子がいらないって言ってるしあたしもいいわ』
桜子とベルベットの返答も拒否だ。槌を持って今にも殴りかかろうとする姿は、そんなことはどうでもいいと言わんばかりである。
「罪なきもふもふに死を強いる者の言葉を受け入れるものか……!」
『夢だとケーキも味気なさそうだしね……え、そうじゃない?』
藍と禮の返答はどこかずれていた。
しかし彼らの答えは一致していた。
「うーん、全員ノーですかメェ。悲しいですメェー」
カプリエールは特に表情を変えることなく肩をすくめた。
そんな彼に対して能力者たちは攻撃をしようと向かっていく。しかしそれは増え続ける羊たちによって邪魔された。
「では仕方ありませんメェ。私自ら、お連れしましょうかメェ」
向かってくるエージェントたちを見て、山羊頭の彼は薄ら笑いを浮かべた。
握りこぶしは作らず、ただゆったりと立つ彼へとまず迫ったのは比較的近くにいた桜子だ。
「ええい、とりあえず山羊なのか羊なのかはっきりせい!」
「メェ。私は愚神ですよ。皆様の言葉で言えば、ですがメェ」
桜子は槌を振りかぶりたたきつけようとする。カプリエールはそれを横から少しの力でたたくことでそらした。桜子の一撃は横にいた羊に直撃する。
続いて征四郎と龍哉が近づく。それぞれが手にした武器で攻撃を加えるが、それは手で抑えられてしまった。
『いいぞ、少しそのまま抑えていろ』
オリヴィエは両手がふさがっているそのタイミングを逃すことなく、後方から射撃を行う。放った弾は遮られることなくカピエールへと向かうが、気が付いたカプリエールの角によってはじかれてしまった。
反撃とばかりにカプリエールは羊をけしかける。武器ごと腕をつかまれていた征四郎たちは反応はできても回避できずに突進を受け、後方へと飛ばされる。離れたところにいたオリヴィエは冷静に回避し攻撃を加えて羊を倒した。
「なかなか手ごわいな……」
「だが攻撃手段は少ない。できなくはないだろう」
藍が思わずこぼした言葉に恭也は答える。
事実、愚神はスキルによる特殊攻撃などは行わず、羊を召喚するか自らの手足での攻撃のみを行っている。
「どうやら手下の数で勝負するタイプみたいだな」
龍哉は冷静に判断を下した。ほかの攻撃手段を隠している可能性も考慮できるが、現状を見るとそう考える方がしっくり来たためだ。
考えと傾向をチーム内で共有すると、彼らは愚神を見た。
何を考えているのかわからない愚神。彼との戦いが始まった。
●日は昇り鐘は鳴る
エージェントたちの戦いは二つに分かれていた。
召喚された羊たちは飛ばされ、羊を相手に戦うメンバーによって倒される。
「ぬう、厄介ですメェ」
なんとか攻撃をいなし、かわしながらカピエールは言う。
攻撃をかわされた征四郎はそのまま止まらず駆け抜ける。そのあとに続くように龍哉の一撃が刺さる。ようやく通った一撃はカピエールの左腕を切り裂く。
「手下のような物理耐性はないみたいだな」
『予想よりも傷が浅い……どうやらスキルで防御力を挙げているようですわね』
「ならば攻めようはあるさ」
ヴァルトラウテの言葉にこたえるように龍哉は笑う。
そして手にした剣をもう一度振るう。一撃を受けたカピエールはよけづらそうにしながら右手ではじく。
明確な隙を見逃さないように恭也が迫る。
「ふんッ」
「メ……ェ」
攻撃は的確に右腕、右足を刈り取る。片足を失ったカピエールは体制を大きく崩す。
「これでおしまい……お覚悟を!」
オリヴィエの一撃が倒れていくカプリエールの胸をとらえた。
的確な突きがその身を貫く。オリヴィエはそのまましばらく止まっていたが、やがて一息ついて剣を抜く。そこからおびただしい量の血が迸るといったことはなかった。
「ふう、私の夢もここでおしまい。これにて終幕でございますメェ……」
「こいつ、まだ生きて……!」
胸を一刺しされたカプリエールが口を開くのを見た龍哉がとどめを刺すべく剣を構える。しかしそれを恭也が止めた。
彼らの前で溶けるようにしてカプリエールが消滅していった。
それを見ていた藍に羊が襲い掛かる。彼はそれを反射的に槍で貫く。
「!? ……おのれ愚神め……と、愚神はすでに死したか。ぬう、この怒りはどうすれば……」
『え、ええと?』
藍と禮のやり取りを見て、愚神は討伐したがまだ従魔が残っていることを思い出した彼らはすぐに動き出した。
「ふふふ、そういう時はもふもふすればよいのじゃー! もふもふであるぞー!」
「……なるほど!」
『兄さん! おかしいからね!? 正気に戻って!』
弾け飛ばされたり普通に倒しながらも従魔を抱きに行く桜子の言葉に共感したのか、藍は天啓を得たような顔をした。禮はそれを内側から必死に止めようとする。
その姿を見たオリヴィエは羊を焼きながら嘆息した。
『何をやってるんだ……』
「まあまあ。そう言わずに」
『まだ敵がいるんだぞ……』
木霊ののんびりした発言にもオリヴィエは苦言を呈する。その間も攻撃の手はやめていない。
恭也と龍哉は何も言わずに羊を駆逐していった。どことなく、目が死んでいるような気がする。
一度引き、再び弓を構えた征四郎がぼそりとつぶやいた。
「やっぱりもふもふ、枕にしたら気持ちよく寝られそうだったのですよ」
『だってよリーヴィ、試してみたらぁ』
『待て。待て、おい』
征四郎とガルーまで似たような発言をするのを見て、ついにオリヴィエもあきらめた。能力者の抵抗力ならばそうそう眠りはしないだろうし、羊の脅威度も低い。
倒すだけならばすぐにだってできる。そう考えたためだ。
けして。けして目の前で羊に向かって飛び込んでいく能力者たちを見てどうしようもないなどと思ったからではない。そのはずだ。
そっとため息をこぼすと目の前の敵に集中する。
――羊の殲滅はそれから間もなく、何の問題も起こることなく終了した。