本部

冷やし従魔はじめました

若草幸路

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/07/15 13:46

掲示板

オープニング

●冷えているのかいないのか
 その朝、ひとりのプリセンサーが出した予知は、実に面妖なものだった。
「冷気を操る火の従魔、ですか」
 事務処理のかたわら、予知記録に合致する場所からの報告を待つオペレーターは、釈然としない顔で熱いコーヒーを淹れた。いささか冷房のきついその部屋の中で、暖を取ろうとカップに口をつけようとしたその瞬間、アラートが鳴り響いた。カップを持ったまま、インカムを操作する。
「――ええ、はい、すぐに招集を。冷気を操る火の……なるほど、ライヴスを冷媒代わりに。クーラーの妖怪のようなものですね」
 情報をまとめ、近在のエージェント達へ緊急コールを流しながらオペレーターは内心、もうそんなに暑いのか、とつぶやいた。そして、部屋に流れる冷風でぬるくなったコーヒーを一気に飲み干し、開かれた回線に向かって声を上げる。
「ミーレス級の従魔が多数発生しました。場所は――」

●冷やし従魔、はじまりました。
 夏の日射しが照り映える川沿いの公園。その芝生の上に、人々が倒れ伏している。暑い暑いとうめく声に反して、その顔は蒼白だ。木陰に隠れようともがく者もいるが、ライヴスを奪われつづけている体ではそれも叶わない。
 それを見下ろすのは、いかにも人畜無害そうな、丸いフォルムの二足歩行生物。それらの体からたちのぼる冷気は温度差を生み、ゆらゆらと陽炎を作り続けていた。それが鳴き声をぴいぴいと発すると、いくつもの同じ声色が跳ね返ってくる。ひとつ、ふたつ、全部で15。
 15の丸くて水色をした従魔が、つかず離れずの距離で冷気を振りまき、時折熱風を吐き出しながら移動する。うつろな黒点の視線と鳴き声を交わしながら、まったく同じ形の生物たちが芝生の上を動く。その幾何学的な動きからは、人々へ涼を与えようという思いやりなど、かけらも感じられなかった。

解説

●任務について
 ・一般人の救助および、従魔の討伐。

●従魔について
 ミーレス級「冷やし従魔」×15体。ぬいぐるみ風で、全長100cm程度。
 ひんやりした体とさわやかな冷風で暑さに参っている人をおびきよせ、ライヴスをゆっくりと吸う。
 手足は短いが、素早い。鳴き声と視覚を使って、互いの位置を一定以上に保つ習性がある。

 ▽スキル
 ・体当たり(物理属性)
 ・超冷気ビーム(魔法属性の中~遠距離攻撃。遮蔽物などの影響は受ける)
 ※PL情報:体内には吸った熱が蓄えられていて、倒すと強烈な熱波(魔法属性)を放出する。

●一般人について
 ライヴスを吸われ、動けなくなっている人が10名います。
 このまま太陽に当たり続けると熱中症のおそれがありますので、日陰を作るなどの迅速な対処が要求されます。

●公園について
 川沿いにあるやや広い公園。(縦断には歩いて10~15分ほどかかる)
 芝生の間を縫うようにして未舗装の小道があり、木が数本点在している。

リプレイ

●能力者も英雄も冷やされたい
「冷やし飴? 食える従魔か?」
「ちゃいますって、冷やし従魔どす!」
弥刀 一二三(aa1048)がキリル ブラックモア(aa1048hero001)のボケに、じりじりと照りつける太陽に耐えながら突っ込んだ。
「……冷やし飴ならさっき飲んだでしょうに、あんさんは何でこう、すぐ甘味に……」
ぼやく一二三に対し、キリルはあくまでマイペースだ。その横顔にあまりやる気がみられないことに、一二三は危機感を抱く。やる気になってもらわないと、共鳴したときに男の姿を取れない。
「しかし、ぬいぐるみ型移動式エアコンとは新しいな。家にも1台欲しいものだ」
「従魔相手にアホ言うとる場合どすか! 早う共鳴……」
「しかし暑いな。冷やし飴もいいがアイスが食べたい……」
「~~~~ッ! か、帰りにかき氷食うて帰りましょ! な!?」
とにかくキリルをやる気にさせなければいけない。魔法少女になってしまって心にダメージを負うのは自分なのだ。一二三は必死の思いで提案した。
「……ああ、それはいいな。この暑さはアイスより氷の気分だ」
キリルの視線がやる気ありげに鋭くなるのを見て取り、一二三は内心、ほっと胸をなで下ろす。

 そして、他の者達もまた、暑さに削られるモチベーションを保とうとあがいていた。

「正直、この陽気なら俺も涼みに行きたいものだな」
「……1体ぐらい、持ち帰ってもいいかな?」
 心底暑さにうんざりとして呟く御神 恭也(aa0127)と、人心を惑わすフォルムをした従魔に、やはり惑わされる伊邪那美(aa0127hero001)。

「あれは気持ちよさそうだ…抱きつきたい…」
「ダメだよ、相手は従魔なんだから!」
 惑わされる者がここにも。ふらふらと歩み寄りたそうに足を動かすナイン(aa1592hero001)を、楠葉 悠登(aa1592)が制する。
「勿論それくらい分かっているぞ。だが、あのひんやり感たっぷりのフォルム……興味深いな……」
「たしかに……かわいいし、涼しそうだし、俺も従魔じゃなかったら遊んでみたかっ「暑い」」
 納得しかかった悠登の言葉を遮るように、ナインの声が被さった。見ると、既に幻想蝶に手を触れている。
「さあ、さっさと片付けるか」
「切り替え早っ!?」

『そうだそうだ、クーラーがダメならあいつらにしよう』
 スケッチブックでそう主張するのは、ドロシー ジャスティス(aa0553hero001)。
「あれは従魔だからダメ」
 そしてその主張を却下する鋼野 明斗(aa0553)。ただでさえドロシーを養うのに出費が増えているのだ。電気代はなるべく削減したい。むくれる隣の鎧少女に、言い聞かせるように明斗は語った。
「とりあえず、今回の敵は涼しい。そして、金も入る」
『クーラーを買えそうか?』
「どうかな……ま、終わったらかき氷だな」
『かき氷か! 練乳たっぷりがいいな』

 そんなうだる暑さに似合いの漫才が繰り広げられる中、従魔の手を借りずとも冷えた心で戦況を見極める者達もいる。
「姿に似合わず、なかなかエグいことしてくれるな」
 月影 飛翔(aa0224)は、険しい表情を隠そうともしない。その眉間の皺は、暑さのためではなく、従魔の手口に向けられたものだ。
「この暑さですから、見た目もあって引っかかるのも無理はないでしょうね。……そして、従魔とはそういうものです、飛翔様」
 ルビナス フローリア(aa0224hero001)が、瀟洒な姿勢を崩さずに応える。体によくフィットしたメイド服を着たその姿がなぜか涼しげに見えるのは、その怜悧な美貌と、従魔への冷徹さのせいだろうか。二人は油断なく、眼前の光景を見据えている。

「親切のふりをするなんて、狡猾です」
 共鳴を終えた姿でそう憤慨するのは、エリヤ・ソーン(aa3892)だ。その言に、赤城 龍哉(aa0090)が頷いて続ける。
「ああ、ミーレス級にしちゃ絡め手だな。……こういうのが出てくる場合、仕掛けた奴が居る気がするんだが」
「ただ何かに憑依して生まれる手合いではありませんわね」
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)の同意に、龍哉はさらに思考しようとして、止める。それは今考えるべき事ではない。考えるべきは――
「とりあえず、片付けてから考えるか」
 ――眼前の脅威の、殲滅である。

 そして、仲間達とは少し離れた小高い丘状の場所にて。《鷹の目》で偵察を行っていた国塚 深散(aa4139)は、かすかに唇を噛みしめながら通信機を操作する。
『落ち着いて、落ち着いて。まだ相手はこっちに気づいてない、大丈夫』
 脳裏に響く九郎(aa4139hero001)の鷹揚な雰囲気の言葉に、深散は頷いて通信機の回線を開く。そして息を吸い込み、務めて冷静な声で仲間に報告を始めた。
「こちら国塚です。要救助者の場所は……手前側の川沿いに4人、中程に5人。そして、1名が奥側、私達とは反対の端にいます」
「一人だけ突出して離れてるのか……敵の様子は?」
「互いに、10mから15m前後の距離を維持しながらゆっくりと移動しています。待機中、といったところでしょうか」
「ライヴスをあらかた吸い終わった人には興味なし、か」
 深散と会話を交わす飛翔の声は重い。従魔のターゲットにもならないほどにライヴスを吸われているということは、倒れている人々が自力で移動するのは難しい。急がなければ、と奥歯を噛みしめる。
「敵を集められそうなところはありますか?」
 エリヤが深散に訊ねた。すでに《護るべき誓い》を使うことについて皆の了承は得ているが、救助の現場にかち合うわけにはいかない。
「川からある程度離れた、陸側ならば」
 ほんの少しの思案げな沈黙ののち、深散はそう告げた。遮蔽物が少ないのは不安要素だが、救助班としては木陰の多い場所、そして水辺からくるであろう涼風が欲しい。そう告げて了承を乞う。すぐに同意する旨の言葉がそれぞれの通信機から流れ、そして皆のカウント、そして声が揃う。

『状況開始!』

●冷却の代償
 川沿いへ救助に向かう者達と、陸側へ従魔をおびき寄せる者達に別れ、共鳴したエージェント達は駆け出す。こうしている間にも、罪なき人々の命がじりじりと削られていくことを思うと、知らず足に力がこもった。
「付かず離れず、か。なあヴァル、間合いを保つ理由があるとすれば何だと思う?」
『互いに傷付け合わずに済む距離、といったところではないかしら』
「ハリネズミのジレンマかよ」
 問いへの応えに苦笑してみせた龍哉へ、間違ってもいないはずですわ、とヴァルトラウテがその脳裏で呟く。距離を保っている従魔たちは、どこかに穴でも空いているのだろう、タイミングをずらしながら足元に濃い陽炎を吐き出している。その陽炎に触れた草が、みずみずしさを失ってくたびれていた。
『冷却と排熱……いかにも怪しいですわ』
「叩き斬ったら爆発しそうだな、こりゃ」
 龍哉の呟きが聞こえたのかどうかはわからない。だが、ふっとその1体が龍哉のほうを振り向いたのは確かだった。パキン! と空気が冷え割れる音と、ライヴスの流れが変わったのを感じ、龍哉は九陽神弓に矢をつがえて放つ。命中、そして。

 ばちん、ぱりぱりぱりぱりっ!

 従魔の体が水風船のように爆ぜ、とたんに毒々しいライヴスを伴う、大きな陽炎が巻き起こった。そして芝生の葉一本一本が『乾き』『弾ける』。緑を失う間もないままに水分を失ったそれらは根元から倒れ、芝生に妙なへこみを作る。生ぬるい風に肌を撫でられ、龍哉は一瞬絶句した。
「っ! ……本当に死に際に――」
 インカム越しにその乾いた音を聞き、一二三は龍哉の後を引き継いで叫んだ。
「――熱波出すって、冷たい従魔ちゃうんか?!」
『つまりエアコンの室外機を体内に持っていたのか……大変だな』
「同情しとる場合ちゃうやろ! そんなん浴びたら、余計熱中症患者増えんで!」
 頭に響くキリルの呟きに声を荒げる。従魔たちが維持している距離から考えて、一般人たちからは少なくとも15mの距離を置いて倒さなければいけないということだ。救護班の拠点にも、近づかせるわけにはいかない。一二三は恭也に一番離れた一般人の救助を急がせると、エリヤとの距離を確認し、《護るべき誓い》を発動した。
 とたん、青い閃光が右手側から飛んでくる。それを蛇行移動で躱し、一撃を撃ち込んだ。そして爆裂を確認した後、熱波と閃光の撃たれた距離を記憶で反芻し、確認する。
「……1体撃破! おそらく冷たいビームの距離は15mとちょっと、熱波は一番キツイ場所が5mほどや!」
「了解、そっちは任せた!」
インカム越しの会話を打ち切り、龍哉はエリヤに呼びかけた。
「エリヤ、始めてくれ!」
 敵をおびき寄せるライヴスが巡る。発動した《護るべき誓い》によって、従魔たちの目がいっせいにエリヤに向いた。
「人々を護りぬくのが、私の役割。さあ、来なさいっ!」
 盾を構えたエリヤに向かって、もっとも近くに居た従魔が飛び跳ね、体当たりを試みる。見た目を裏切る質量と加速度が盾越しに衝撃を与えるが、エリヤの体幹は揺らがない。離れたがる従魔たちをより近くに集めるために、動かなければいけない。ふらついている隙はないのだ。
 だが、5体まで接近させたところで、遠間にいる2体の従魔の動きが止まった。エリヤに向かう反応と、互いの距離を取る習性が拮抗しているのだ。そのまま従魔たちは空気を冷やし、青い閃光を放った。盾にがん、がんと当たり、エリヤの小柄な体を砕こうとする。だが、1体は続けてビームを放つ前に、明斗のアーバレストから放たれた矢に貫かれ、はじけ飛ぶ。
「大人しく倒されてください、やり口が卑怯な従魔さん」
 事務的な口調でつぶやく明斗。その仮面のような顔からは、彼の感情も、ドロシーの感情も伺えなかった。金髪碧眼の姿に変じた今の明斗は、ただ淡々と従魔を斃す機械のようでもある。そんな彼が次に矢をつがえて狙うのは、仲間の爆風をまともに受け、苦しんでいるかのように動きを鈍らせたもう1体の従魔。
「2体目、これで龍哉さんが倒したのと合わせて3体目」
 言うが早いか、矢が涼風を孕んで飛び、従魔に刺さる。その体は先の2体と同じく、針を刺した風船のように弾けた。それを確認したエリヤは、細い体には似合わぬ大盾と、発動した《リンクバリア》で従魔の体当たりをしのぎながら叫ぶ。
「龍哉さん、お願いします!」
 おうよ! と龍哉が応え、5匹の従魔のただなかに躍り出た。
「つられて爆発しないんなら、一気にいかせてもらうぜ!」
 拳が唸る。《怒涛乱舞》による連撃が爽快に決まってほぼ同時に弾けた従魔は、5体分、芝生が茶色に変色するほどの熱量を溢れさせた。その身を焼く痛みに、エリヤが片膝をついた。龍哉も少したたらを踏んだが、膝はつかずに腰を落としてこらえる。
「二人とも、大丈夫か!?」
 熱波をそれほど浴びていない明斗が駆け寄り、エリヤと龍哉に《ケアレイ》を施した。エリヤは明斗に軽く礼を言うと、片膝立ちからすぐに立ち上がり、通信機を操作する。
「こちらは8体倒しました。救助の状況は?」
 エリヤの問いに、間を置かず深散から答えが返ってきた。
「順調です。今、私も1人テントに運びました。一番遠いところへは、御神さんが。……みなさんの病状は、楽観視できません」

●熱毒を癒やせ
 深散が用意したテントと、恭也が木々にロープを渡してレジャーシートを張った即席の日陰――では、熱とライヴスを奪われたことによる疲労とで動けなくなっている人々が着々と集められていた。そこには、命を守るべく戦う者たちがいる。
「御神さん、従魔の様子は?」
「完全に戦闘班のほうへ引き寄せられてる。あの従魔、ライヴスの強さに反応する仕組みらしいな」
 テント設営後、川沿いにいた人々を救助していた深散と言葉を交わしながら、恭也はソリ状にしたレジャーシートに寝かせていた女性を日陰へ運ぶ。女性は逃げなきゃ、逃げなきゃと繰り返し訴えていた。意識はあるが動けず、混乱している様子を見て。仮面に隠れた深散の瞳が揺れる。
「……これで全員、ですね」
「ああ。この人が一番遠かったが、芝生のある所で、こうやって運べたのが不幸中の幸いだ」
 そう言うと恭也は共鳴を解除し、伊邪那美とともに運ばれてきた人々の介抱に向かう。深散は万一の従魔の襲来と、そして万一増援が必要になったときに備え、見張りにつく。そこに、九郎が鷹揚な声で語りかけてきた。
『ライヴスに反応する、ね。従魔らしい機械的な反応だ』
「救助を邪魔してこないのは、ありがたいわ……従魔はいないほうが、よりありがたいけど」
 仲間との連携でスムーズに救助そのものはうまくいった。だが、この脳髄まで灼いてしまいそうな太陽と熱気、そして従魔の攻撃に晒された人々の体調は、決してかんばしくない。その苦しみを思い、己の心もじりじりと黒いものに灼かれていくのを、深散は頭を振って振り払う。
『大丈夫、皆を信じよう。……ほら、君も暑いなら対策して。能力者が倒れちゃ本末転倒だ』
「ええ。……これがもっと大きければ、みんなも涼しくしてあげられたのにね」
 九郎の声に従い、深散はサンドエフェクトを身に纏う。断熱された日陰が、灼かれた心を静め、敵と対峙するための冷静さを取り戻させてくれるような気がした。

 伊邪那美に、恭也は保冷剤を渡して手早く指示を始めた。
「一言断って、女性たちの胸元やベルトを緩めてやってくれ。そのあと、症状が軽い人に生理食塩水を作って飲ませろ」
「生理食塩水ってなに?」
「人の体液に近い塩分濃度の水だ。さっきまでお前が飲んでいた飲み物、あの500ml容器に水を満たして、そこへ一つまみの塩を5回分入れれば作れる」
「了解。症状が重そうな人は?」
「すぐに脇か首元に保冷剤を当ててくれ。それで体温が下がる」
 恭也の言葉にこくりと頷いて、伊邪那美は保冷剤を人々の脇に挟ませていく。続いて首元にも、と手元を見ると、すでにその手は空になっていた。
「恭也、」
「ああ、足りなければ濡れタオルでしのがないとな……みんなの様子を見ていてくれ」
 恭也はみちるが物資を集めてくれているテント脇に小走りに向かっていく。と、テント内から、飛翔が運び込まれた四人に声を掛けているのが聞こえた。軽装の男性たちが、脂汗をたらしながら呻いている。
「大丈夫か、動けるか?」
 風通しのために開け放たれたテント入り口から中を見ると、飛翔はルビナスと共にそっとスポーツ飲料のペットボトルを彼らの口に添えている。
「ゆっくり飲め、一気飲みは身体が受け付けないだろうからな」
 その言葉に、みな口々に礼ともうめきともつかない声をもらしている。あまり思わしくない状況に、ルビナスはきつく眉根を寄せた。
「……意識があまりはっきりしないようですね。身体を冷やし続けましょう」
 救助の合間に恭也たちから分けてもらった保冷剤も、溶ける速度が早い。タオルを増やして――と思案を始めた矢先に、恭也の声が響いた。
「消毒液を薄く体に塗るんだ」
「消毒液、ですか?」
 濡れタオルを絞っていた飛翔が首を向けて訊ねると、恭也は大きく頷く。
「気化熱で体温が下がる。だが程度に気を付けてくれ、やり過ぎると返って体に悪影響を及ぼす」
 腕を伸ばして手渡されたのは、乾いたタオルと消毒液のボトル。すぐにルビナスがそれらを使って4人の首筋に消毒液を塗っていくと、こころなしか彼らの呻きが和らいだ。ルビナスの表情が少し柔らかくなったのを見て取り、飛翔も大きくうなずく。
「ルビナス、こっちにも消毒液を頼む」
「では、このタオルも……ありがとうございます、御神様」
「ああ、そっちも頑張れ。通信によれば残りの従魔は6体。楠葉が弥刀のところへ向かってくれている」

●偽りの涼を討つ
「一二三さん! くそ、だだっ広いなここは……!」
 悠登は目を見開いてそう嘆いた。救助を終え、すぐさま川沿いから陸側へとって返したが、目の前で繰り広げられる戦いの中、少しずつ傷ついていく長身の男の姿を見て、焦りが出た。樹木のない空白地帯では、相手の不意を突くのは難しい。
『悠登、慌てるな。一二三の傷は浅い……確実にやるんだ』
 ナインの冷静な声に、精神が落ち着きを取り戻す。そうだ、まずは確実に倒すだけだ! と、さらに戦場へ接近して《パワードーピング》を自分と一二三に使う。ライヴスの巡りが変化したのを感じ取り、一二三は悠登に呼びかけた。
「ありがとさん! さ、一気に決めるで!」
言って、一二三はさらに従魔から距離を取る。ビームを撃てる距離まで近寄ろうとする従魔を、横合いから悠登が雷上動で撃ち抜く。ばちん! と1体が弾けた。
「離れないでくれよ、倒しにくいんだから!」
 そう言った悠登に、次々とビームや体当たりが飛来する。それを躱し、そして急所を避けて受けながら、残り5体を離れようとするより速く、一箇所に集めていく。そこへ一二三の放った《ライヴスショット》が決まり、さらに1体が弾け、残り4体も少なからぬダメージを負っている。終わりが近かった。
「これで終わりだ……一気に貫く!」
「クーラーもどきは、おとなしく廃ゴミ行きやでっ!!」
2回目の《ライヴスショット》の爆発と、雷上動が放った紫電の矢が、4体の従魔を焼き尽くした。従魔がそれぞれ弾けて、熱の激流を生み出す。ライヴスを焦がすその熱の余波を受けながら、2人は踏みとどまり、目を開いてそのさまを確認する。やがて大気が静まり、そこに従魔が欠片すら残していないことを確認すると、悠登は素早く通信機を操作した。
「もしもし、――ええ、6体こっちで。これで15体、討伐完了です」
 そして《ケアレイ》で自分と一二三の傷を癒やしながら、悠登は大きく息をついた。一二三の肩越しに広がる風景には、川と、わずかに傾いだ太陽と、増えだした積乱雲。まだその暑さは減じてはいないが、偽りの涼から生み出された熱気のあとでは、それでも爽やかな風が吹いているように感じられる。一二三の傷があらかたふさがったのを見て、悠登はその肩をぽんと叩く。
「はい、治療終了。具合はどうだい?」
「全然大丈夫やでー。さ、具合悪くしてる人たち、安心させてあげんとな」

●これにて店じまい
「みなさーん、もう従魔は倒しましたんで、安心してくださいねー」
「救急車が来たら、順番にお運びいたします!」
 一二三とエリヤが声をかけて回り、人々の顔に安堵の色が浮かぶ。症状の重かったテントの4人も、表情を緩ませることができるぐらいには容態が安定していた。ほどなくしてサイレンの音が近づき、救急隊員たちが人々を搬送していく。それを見送って簡易報告を送ると、ほどなくしてオペレーターからの返信が各自の通信端末に入る。そこには『任務お疲れ様です。今日は現地解散で』という趣旨の文章が、俗に言うお役所言葉で書かれていた。
 共鳴を解き、無邪気に皆へ手を振って英雄と帰路についたエリヤ、そして深く一礼して去る深散と、ゆったりと手を振って去る九郎を皮切りに、エージェントたちは、三々五々に散ってゆく。

 道すがら、顔を突き合わせて悩む者たちがいる。
「念のため周囲を警戒してたが、仕掛人や首謀者の気配はなさそうだ」
 龍哉の言に、恭也と一二三の顔も知らず険しくなる。
「本当にただの物憑きか、あるいは使い捨て……遊びか実験か、というところだろうか」
「……赤城はんの勘、外れてほしいもんどすなあ」
「……だな」
 深刻な顔をして取り越し苦労をする三人に、伊邪那美がむくれながら一団の先頭に躍り出た。
「んもー、無事に終わったのに辛気くさいよ! いいから帰りに喫茶店寄ろう! ボク宇治金時ね!」
 宇治金時、の単語に、一二三の影に隠れながら歩むキリルがぴくり、と反応する。他人への手前氷が食べたいと言えずにいた彼女は、一生懸命"不承不承ついていくクールビューティー"のていで口を開いた。
「し、しかたないな……ついていってやらんでもない」
 二人の言葉に、ヴァルトラウテも大きく頷いた。
「わたくしも冷たいものを所望します。……なにはともあれ、当面の脅威は取り除かれたことを喜びましょう」
 そのやわらかな言葉に、それもそうだな、と悩んでいた男三人が相好を崩す。何はともあれ、任務は終わったのだ。

 我が家へと一直線に戻る者たちがいる。
「多少日が傾いてきたが……やっぱり暑いな。帰りついでに冷たいものでも食べていくか」
「それには及びません。爽やかなシャーベットが、自宅で待っております」
「そうだな……って用意してたのか!?」
「ええ、出動前に。任務後の憩いの準備も従者の務めですよ、飛翔様」
 任務開始の時と同じように瀟洒な微笑みを向けてくるルビナスに、飛翔はやれやれ、と照れくさそうに頭を掻くのだった。

 それを観て、しゃーべっと、と呟く者がいる。
「ふむ……悠登、アレが食べたい。水色でひんやりしたあの氷菓子だ」
 従魔を見て思い出したのかな、とナインを見て悠登は思う。共鳴を解いてさらに暑く感じる空気は、確かにミルクたっぷりのカップアイスよりは、あの水色の氷が似合う。
「うん、俺もあのアイス食べたかったんだ。買って帰ろ?」
 明るく微笑んでそう返したとき、ナインのあまり動かない口角が、少し上がったように、悠登には思えた。

 そして、報酬のことを話す者たちがいる。
『クーラーは買えそうか?』
「それはちょっとムリ。だけど、かき氷に加えて、今晩は豪華に出前を頼もう」
『出前!』
「何がいいかな……」
 悩みながら、明斗とドロシーは公園から出て街の本通りへと進む。軒を連ねる店の中に、紅い装飾に宣伝チラシを貼り付けた中華料理店がある。明斗はふと、そのチラシに目を留めた。
「いいな、冷やし中華。スタミナ炒めもつけようか」
『……どうして『始めました』と書くのだ?』
「暑い時期にしかやらないから。今日の従魔みたいな、期間限定なやつなの」
 その言葉で、ドロシーは雷に打たれたように何かを得心した。急いでスケッチブックのページをめくり、文字を書き込む。そして高々と掲げられたそれには、
『冷やし従魔、終わりました!』
 と、堂々とした文字で書かれていた。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224
    人間|20才|男性|攻撃
  • 『星』を追う者
    ルビナス フローリアaa0224hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • 沈着の判断者
    鋼野 明斗aa0553
    人間|19才|男性|防御
  • 見えた希望を守りし者
    ドロシー ジャスティスaa0553hero001
    英雄|7才|女性|バト
  • この称号は旅に出ました
    弥刀 一二三aa1048
    機械|23才|男性|攻撃
  • この称号は旅に出ました
    キリル ブラックモアaa1048hero001
    英雄|20才|女性|ブレ
  • 薩摩芋を堪能する者
    楠葉 悠登aa1592
    人間|16才|男性|防御
  • もふりすたー
    ナインaa1592hero001
    英雄|25才|男性|バト
  • アステレオンレスキュー
    エリヤ・ソーンaa3892
    人間|13才|女性|防御



  • 喪失を知る『風』
    国塚 深散aa4139
    機械|17才|女性|回避
  • 風を支える『影』
    九郎aa4139hero001
    英雄|16才|?|シャド
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