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ゴミ屋敷へようこそ!
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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/06/24 13:00:48 -
相談卓
最終発言2016/06/24 01:53:04
オープニング
「よくまあ、ここまでにしたよなぁ」
近隣住民の訴えで屋敷前まで来た、役所の職員である水杉高正(みずすぎ たかまさ)は、呆然と呟いた。無理もない。
そのゴミ屋敷は、規模が半端ではなかった。
何しろ、その屋敷は正しく『屋敷』なのだ。普通の民間人レベルの家がゴミだらけになっているのとは桁が違う。敷地面積が250坪、つまり約825平方メートルあるという話だが、あまりの広さにピンと来ないというのが、正直なところだ。
しかも、ゴミは既に庭も埋め尽くしている。何のゴミだか分からないものが積み上げられ、異臭を放っていた。
近くに民家はないから迷惑も掛けていない筈だ、というのが家主の言い分らしい。確かに、正門の位置に立って見回せば家はないように見えるし、一番近いお隣さんは敷地の端から計って500メートルは先だ。
しかし、その気になれば家は見える距離にある。風向きによってはひどい臭いが民家のある場所まで吹き寄せてくるそうだ。
そう説明するのに聞いてくれない、と近隣住民は、『頑固爺』こと、柿山寛典(かきやま ひろのり)翁にほとほと手を焼いているという。
そこで、住民達の間で、やはりここは行政の出番だろう、という事になったらしい。
はあ、と溜息を吐きながら、水杉は門扉の横にある呼び鈴を押した。だが、返事がない。もう一度押すが、やはり反応はなかった。いつもの近隣住民の嫌みだと、敢えて無視しているのだろうか。
こうなれば、直接家の玄関まで行くしかない。
せめてマスクを――いや、最早防護服が必要だ。いやいや、そこまでの贅沢は言わないから、せめて割烹着を着てくれば良かった。
ブツブツと脳内で零しながら、意を決して門扉に手を掛ける。
スーツの腕で申し訳程度に口と鼻を覆いながら、腰丈になったゴミの海へ足を踏み入れた。本当に海かプールのようで、一歩を進むのに数秒は掛かる。
苦労して、玄関と門扉のちょうど中間地点まで来た時だった。
「わ!」
いきなり何かに足を取られて、水杉は無惨にも異臭の海――基、ゴミの海(どちらでもあまり変わらないが)の中に背中から引っ繰り返る。
皮肉にも、ゴミがクッションの役割をして、身体そのものにダメージらしいダメージはないが、とにかく臭い。下が柔らかい所為か、どこへ力を入れればいいかよく分からないまま、とにかく起き上がろうともがいた。だが、中々起き上がれない。それ所か、ゴミが纏い付いてきて身動きが取れなくなる。
「え、ちょっ、だっ、誰か……!」
助けてくれ、という水杉の叫びは、止めのように覆い被さって来たゴミ袋の中に消えた。
●
「――という次第で、現在まだ水杉氏は、職場は勿論、自宅にも戻っていないそうです」
ミーティングルームに集まったエージェントを前に、オペレーターが話を続ける。
「ちなみに水杉氏は一人暮らしだったそうですが、役場からの連絡で、今はお母様が水杉氏の自宅に待機しているとか」
ゴミ屋敷に様子を見に行った日も、その翌日も水杉が帰らなかったのを受けて、職場の同僚二人がゴミ屋敷――柿山邸を訪ねたが、その二人もそれからふっつり消息を絶ってしまったらしい。
「警察も調べに行ったという話ですが、柿山邸に向かった人だけが悉く姿を消しているようです」
最初の訪問者である水杉が姿を消してから、早一週間が経過している。
「ちなみに、警官からの最後の通信がこれです」
オペレーターは、ICレコーダーをテーブルに置いて、スイッチを入れた。
『たっ、助けてくれ! ゴミ袋が勝手にっ……!』
その後、ガサガサッという不穏な音を最後に通信は途切れ、後はノイズの音が響くばかりだ。
詳しい事は何も分からないが、普通のゴミ袋が勝手に何かをする事はまずない。
「従魔愚神の仕業と見るのも早計かも知れませんが、まるで屋敷に吸い込まれるように人が消えているのも事実です。至急、調査と事態の解決をお願いします」
頷いて立ち上がり掛けたエージェント達に、「あ、それから」と思い出したようにオペレーターが付け加える。
「準備は万全にしていく事をお勧めします」
準備?
何の、と首を傾げるエージェント達に、オペレーターは至極真面目に言った。
「清掃の準備です。当該ゴミ屋敷の散らかりようは、最早防護服が必要なレベルのようですから」
取り敢えず、マスクを忘れると臭いで死に兼ねないらしいですよ。
そう続けられたオペレーターの台詞に、エージェント達は一様に微妙な顔つきになった。
解説
※印…PL情報です。
▼目標
・ゴミ屋敷の清掃(※従魔憑きにつき、一般人ではちょっと無理)
・行方不明者の捜索(※行方不明になってからの期間と従魔の数を考えると恐らくは全員手遅れと思われますが、家族に報せる為の調査をお願いします)
▼登場
水杉高正…二十三歳。役場の職員。ゴミ屋敷と称される柿山邸に、住民の申請を受けて話をしに行った先で、行方不明に。
柿山寛典…九十五歳。親から受け継いだ豪邸に一人で住んでいる。独身。人嫌いで、ハウスキーパーも雇っておらず、邸宅から庭まで散らかり放題。
近所の苦情はスルーし続けていた。現在やはり行方不明。
従魔…イマーゴ・ミーレス級が入り乱れ多数。柿山邸のゴミの山、及びその中にいるだろう害虫(稀に蜘蛛等の益虫)&害獣に憑依中。人間が入ってくると、ライヴスを奪いに掛かる。
攻撃方法は単純で、数に任せて襲い掛かって来る。無抵抗でいると、身体を覆われて遠慮なくライヴスを吸われるので要注意。
撃退方法としては、憑依している対象が破壊、または駆逐されれば消滅する。
警官二名+役場の同僚二名…現在消息不明。調査に向かったのは、警官が三日前、同僚が六日前。
※備考
・敷地面積については、OP参照。
・建物…200平方メートル、三階立て。玄関はホールになっており、二階の通路まで吹き抜け。
正面に階段あり。右手が大広間。左手に行くとリビング、食堂。奥に台所。
二階は主にプライベートルーム一室と客室が二つと浴室・洗面所。三階は展望台一室のみで、使っていなかった為、物置状態。
柿山氏は、従魔達の巣窟になる前には主に大広間で生活していたらしいので、他の部屋よりはマシですが、どこもゴミで埋まってると思って下さい。
リプレイ
「ひっ……」
事前に状況を聞いていたものの、いざ現場に到着して、紫 征四郎(aa0076)は思わず漏れた悲鳴と共に後退った。
門扉から覗いているゴミの山と言ったら、平均的な大人の男性でも腰丈だ。彼女から見ればほぼ肩まで埋まる量だから、この反応も無理はない。
『こりゃ酷ぇな』
その横でガルー・A・A(aa0076hero001)が、腰に手を当てて、屋敷を見上げる。
『ま、これも仕事だ。頑張ろうぜ』
『話には聞いてたけど、何て言うか……凄いね』
「俺が一週間家を空けたら、伊邪那美のせいで此処と同じになる気がする……」
その後ろで呆然と呟いたのは、御神 恭也(aa0127)と伊邪那美(aa0127hero001)だ。
「ま、うだうだ言っても仕方ない。早速取り掛かろう」
恭也は、言いながら事前に購入した三角巾や割烹着などを伊邪那美に手渡す。
『うえ~、何で此処まで来てお掃除をしなきゃなんないの?』
それを受け取りながらぼやく彼女に、恭也は呆れたように肩を竦めた。
「良く言う。お前が散らかしているのを毎回掃除してるのは俺だろうが」
『あーっっ!』
すると、慌てたように伊邪那美は大声を出した。
『どうして皆の前でそういう事を言うのかな! でりかしーって言うのがないよ、恭也は!』
それで却って皆の注目を集めている事には気付いていないらしい。
「事実だ。言われたくないなら少しは自分で掃除位はしろ」
厳しいツッコミは聞かなかった振りで、伊邪那美は殊更声を張り上げる。
『さ~、張り切って行くよ~。何時も通り掃除をするからね~。恭也が言ってるのは全部嘘だからね~』
「気にする必要ないよ。ウチも修羅場の時とかこれ位にはなるから」
わかるわかる、と満面の笑顔で頷く木霊・C・リュカ(aa0068)に、オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)が冷ややかな視線を向けて、ボソリと呟いた。
『その惨状を逐一片付けてるのは俺なんだが』
第一、普通は修羅場でもこうはならない。なるとしたら彼の書斎のみだ、といった事は口に出さずに、オリヴィエは溜息を吐いた。
「しかしまぁ汚すも汚したり、だな。こんだけゴミがあれば新種のキノコとか生えてるかもな」
ここまでになると、もう同様の感想しか出ない、とばかりに鬼嶋 轟(aa1358)もまた塀越しに屋敷を見上げる。
食事が趣味になっている屍食祭祀典(aa1358hero001)ことガブリは、目を輝かせてその言葉尻に食い付いた。
「キノコ、おいしいといいっすね!」
「あっても焼き払うからな」
こんな所に生えるキノコなど、碌なものではない。焼いて食べても腹を下す確率が高いが、放置しておくと彼女は本当に摘み食いに走りそうだ。
「こんなゴミ屋敷、カワイコ一人で来させられないっしょ!?!?」
ハイテンションで叫んだのは、芦川 空誠(aa0284)だ。
カワウィイ妹は俺が護るぜ! と一人ポーズを決める空誠に、紅ノ紅葉(aa0284hero001)は「相変わらずのシスコンねぇ……」と力なく冷め切ったツッコミを入れる。
「それにしても、もう何日も音信不通なんでしょう? 心配よねー」
当の『カワウィイ妹』である芦川 可愛子(aa0850)は、そんな実の兄をサラリと無視して、他の皆と同じように屋敷を見上げた。彼女の相棒・九尺(aa0850hero001)は、特にリアクションする事なく慎ましやかにその場に佇んでいる。生前の環境柄、汚部屋には耐性があるらしく、さして驚いている様子もない。
「三日前に、六日前だって」
ポソリとアリス(aa1651)が言ったのは、先刻オペレーターから聞いた、失踪者の行方が分からなくなってからの日数だ。
「……どう思う? Alice」
『もし本当に従魔がいるなら、手遅れ』
「だね」
淡々と応じたAlice(aa1651hero001)に、アリスは頷く。
「そっ、そんな! 生きてる可能性もゼロじゃない、です!」
泣きそうな顔になった征四郎が噛み付くが、アリス達は既に聞いていない。
「はいはいせーちゃん、ちょっと落ち着いて」
言いながらリュカが、征四郎の背後から腕を回す。
「とにかく、仕事に掛かろうよ」
「だな。って訳で、とりあえずはこれだ」
リュカの言葉を受けて、轟が取り出したのは、麻紐の玉だ。
「それ、何に使うの?」
「本や雑誌、或いは持ち難い毛布なんかを巻くのに使おうと思って持って来たんだが、まずは組分けだ。どんくらい敵がいるか分からんし、共鳴した状態の二人一組で行動するのがいいと思うんだが、組む奴が決まってないのはいるか?」
轟が見回すと、一瞬その場は静まり返った。
「せーちゃん、お兄さんとでいいよね?」
「はい!」
リュカが腕を回したままの征四郎を見下ろすと、彼女は顔を上げて元気よく答える。
「俺はカワイコとに決まってるっしょ!!」
だってカワイコの護衛メインだしぃー、などと空誠は高らかにHOPEのエージェントらしからぬ事を宣言している。
「じゃ、後はあぶれた三組で組むか」
轟が残った恭也と伊邪那美、アリスとAliceを応分に見ながら言うと、四人は頷いた。
●
「あー……体が縮んだせいか、ゴミ屋敷が余計に大きく見えるな」
ガブリと共鳴して、少女の姿に変じた轟は、改めて門扉の前に立つ。
まずは庭から攻略すべく、広い場所は全員で行こうという轟の提案に従って、他の者もまだこの場にいた。
「でも、やっぱりここから全員でじゃ狭くないかな」
呟くリュカに視線が集まる。
これだけ広い屋敷で、共鳴すればたった八人の人間が踏み込むのに、入り口が狭いというのも妙な話ではあるが、今の状況では確かにまず屋敷迄の道を開くのには暫く掛かりそうだ。
自分達は裏手に回る、というリュカに轟も同意した。通信機でいつでも連絡できる体勢を整えた後、リュカは相棒と征四郎達を伴ってそこを後にする。
空誠が一人、「連絡? 叫べば聞こえるっしょー」などと真剣に言うのへ、紅葉が叩いて黙らせた。
短いどつき漫才を尻目に、他のメンバーもそれぞれに相棒と共鳴を済ませる。
「じゃあ今日は皆よろしくねー☆ 頑張ろー、おー!」
可愛らしいエプロンとマスクで完全女子力全開装備の可愛子が、腰に手を当てて拳を突き上げる。
彼女にメロメロになっている空誠を余所に、恭也が門扉を開いた。その姿は、やはり三角巾と割烹着、マスクとゴム手袋で完全装備済みだ。
端からゴミを持ち上げ、襲い掛かって来る気遣いのないものは、後ろに並ぶメンバーへ順に手渡す。ゴミは、事前にHOPEを通じて来て貰っていた業者へ、次々とバケツリレーの要領で渡っていく。
やっとまともに人が入れる隙間ができる頃に、早くも一台、荷台が一杯になったトラックが走り去った。
「やれやれ。片付けが終わるまでに何台のトラックが必要になるのやら」
吐息混じりに言った恭也の言葉は、その場にいる全員の胸中を代弁していた。
●
「気休めかもしれませんが、何とか頑張るのです」
ガルーと共鳴し、騎士の姿に変じた征四郎は、その外見にいかにもそぐわない防護マスクを装着して拳を握っている。
「せーちゃん、大丈夫? お兄さん達先歩こうか?」
その様子が、いつもと違ってどこか頼りなく思えるのか、リュカが心配げに言う。
『やっぱり、家の掃除はもっと定期的に行うべきだと思う……』
裏手に回ると、表から見えない分、より凄まじい有様になっている庭先に、オリヴィエがある意味リュカにも向けるように呟いた。しかし、それを自分に言われたと思わなかったらしいリュカは、「じゃあ始めよっか」と言ってオリヴィエに手を差し出す。
自分の言い分をあっさりスルーされたオリヴィエは、やはり溜息を吐いたが、それ以上は言わずにリュカと共鳴した。
●
「屋敷というか、ここまで来るとジャングルだなぁ……」
可愛子の前に立ってウォーハンマーを振るいながら、空誠は眉根を寄せる。
いくらか場所の空いた庭先で、芦川兄妹は、恭也、轟、アリスの組とは違う方向へ動いていた。可愛子は、敷地に入るまでは真剣さの中にも余裕が見られていたものの、今は幼児期に返ったように、兄の服をしっかりと握り締めている。
というのも、少し前に、Gの付く害虫を初めて目にし、あまりの気色悪さに軽い錯乱状態になっているのだ。
害虫も害獣も、病院にはいなかった為それまで見たことはなかった。が、ハムスターとかカブトムシみたいなやつなんでしょう? 可愛いものね☆ なんて思っていた自分自身を、可愛子は今心底はり倒したい気分だった。
どこがハムスターでカブトムシよっ、全っ然可愛くなんてないっっ!!
全力で回れ右したいが、行方不明者もいる手前そうもいかず、兄にしがみ付きながら、彼の持つゴミ袋へゴミを放り込む。脳内は今や、Gに遭遇しませんように、という祈りで一杯だ。
ツンツン、と転がっているゴミを足で突き、従魔の憑依もGの心配もないのが分かった所で拾う。
しかし、油断した。確かにゴミは何も反応しなかったが、そのゴミを持ち上げた瞬間、その陰にいたらしい黒い虫が、文字通り飛び掛かって来た。
「ギャー!!」
可愛子は瞬間、握っていた兄の服を反射的に引く。
「えっ、わ、ちょっ!」
突き飛ばされる格好になった空誠は、G従魔を巻き込んでその場へ倒れた。
●
「モ゛ウ゛イ゛ヤ゛ー!!」という可愛子の悲鳴を背後に聞きながら、やはり襲い掛かってくるゴミ袋を、轟はハンズ・オブ・グローリーで叩き潰した。
「ばっちぃなぁ……臭い残ったりしねぇだろうな、これ」
パタパタと手を叩きつつ、道の付いたそこに視線を落とした轟は、男性の遺体を見つける。ひとまず手を合わせると、彼を従魔の押し寄せる気遣いのない場所へ移動させた。
「連れ出してる所を狙われちゃ堪らないんでな……ちと待っててくれよ」
一方、アリスは火艶呪符で地道にゴミを燃やしていた。ゴミと言っても、基本的にゴミ袋がいくつも積み上がっている状態のものだ。
アリスの周りは呪符の効果で、炎でできた蝶が舞い飛んでいる。その様は、ゴミ山の中にあって、どこか美しい。
地道にこつこつはあまり性に合っていないのだが、行方不明者をうっかり巻き添えにする訳にもいかない。それが仮令、遺体でもだ。
失踪者の捜索というオーダーさえ付いていなければ、全部纏めて燃やすのに。
そう脳裏で一人ごちた瞬間、ガサッと頭上で音がした。そちらへ視線を投げると、視界を埋める勢いのゴミ袋と、隙間に黒い物体(恐らくGの付くアレだろう)が一斉に襲い掛かってくる。
しかし、世間一般の女性達と違い、Gを見てもアリスは慌てず騒がず、両腕を左右水平に差し伸べ、掌を外側へ向けて立てる。
「ゴミなら全部、燃やしていいよね?」
低く呟いた彼女の周囲に、ライヴスの火炎が閃き、炸裂した。
恭也も、他の二人の様子と周囲に注意を払いながら、大きめのゴミ袋を手に庭を歩き回っていた。
これだけゴミで埋もれると、どこから手を着けて良いやら途方に暮れるものだが、動かなければ始まらない。足下から順に片付けるより他に方法がないのも事実だ。
従魔憑きともなれば尚更、と思った途端、背後で袋の擦れる音がする。振り返り様大剣を振るうと、ゴミ袋が空中分解した。従魔は消えたようだが、折角見えた地面には、またしてもゴミが散らかる。
(ねえ。怒濤乱舞とか疾風怒濤を使って一気にやっつけちゃわない?)
脳内で話し掛けてくる伊邪那美に、散らばったゴミを一纏めにしながら、
「そうしたいが、スキルの余波でゴミが散乱するのが目に見えてる」
と吐息混じりに答えた。
「いや、散乱だけなら良いが……」
顔を上げると、まだ遠くの方に見えるものに目を留めて、恭也は続ける。
「ゴミ山が崩れて埋もれる可能性の方が高いな」
●
裏手の門扉から、トングとゴミ袋を持って庭へ入ったオリヴィエの背に、征四郎は大剣を手に続いた。
オリヴィエは主に普通のゴミを拾い、征四郎は彼らに襲い掛かってくる従魔憑きゴミ袋及び害虫・害獣の撃退係という分担になる。
オリヴィエをよく見て、死角を埋めるべく立ち回った。彼の体に纏わり付きそうになるものを叩き落とし、もしくは彼自身がイグニスで焼き払いながら、無力化したゴミを纏めていく。
纏め用に持参したゴミ袋がどんどん膨れ、数が増えていく。裏門の外にズラリと並ぶのを見たガルーが、
(正門前にあるトラック回してくるか)
と言い出した。
(一応運転も出来るし)
しかし、先日のある悲劇が脳裏を過ぎり、征四郎は思わず声に出して叫ぶ。
「ガルーはこの間もレンタカーぶつけて怒られたじゃないですかっ! だめだめ、ぜったいだめです!!」
すると、独り言を言っていると思ったのか、ガルーの声は聞こえていないオリヴィエが振り返った。
『何がダメなんだ?』
「へ? いえ、何でも!」
言いながら、征四郎は丁度そこへ飛び掛かってきたゴミ袋を大剣で叩き潰す。
従魔が消滅し、ゴミの残骸と化したそれを、オリヴィエが拾ってゴミ袋へ纏めた。
●
「何かこう、もう少しマシな姿なかったんかお前らぁー!?!?」
前庭では、先刻、うっかり可愛子の盾にされる形で、あろう事か胸部でGを潰してしまった空誠が、何かのタガが外れたように武器を振るっている。
幸い、持参したレインコートを着ていた為、衣服と体は守られたが、脳内は完全に早く帰りたいモードに突入していた。
臭いとか付く前に、ホント早く帰りたい。てゆーか、このレインコートも早く脱ぎたい。心情的にはもう半泣きだ。
妹を背に庇いながら、纏めて襲ってくるゴミ袋従魔に、怒濤乱舞をお見舞いする。攻撃が命中したゴミ袋は、見るも無惨に破け、中のゴミをブチ撒けた。
空誠が討ち漏らしたゴミ袋従魔を、可愛子がスキルで攻撃する。兄妹の見事な連係プレイの後には、屍ならぬゴミが余計に散乱していた。中には屍もあるかも知れないが、原型は恐らく留めていないだろう。
しかし、屍の詳細は出来れば考えたくない。
肩で息をしながら顔を見合わせた二人は、溜息を吐きつつも、もう襲ってくる気遣いのなくなったゴミを纏める為、袋を片手にしゃがみ込んだ。
●
裏庭を粗方片付けたオリヴィエと征四郎は、庭に面したバルコニーから通じる裏口を強引に開けて、屋敷内へ入った。
いや、入ろうとした。しかし、裏口だからか、扉を開けた途端、ゴミが壁面のようになって二人の前に立ちはだかった。
「ひどい……散らかりを放置していたら、このような地獄になってしまうのですね……」
室内がすぐに見えない惨状に、征四郎は本気で青ざめている。
(やばいな、急ごう。征四郎の精神が死にそうになってる)
彼女にしか聞こえない声が言う。
オリヴィエも、裏庭の片付けで気分的に疲れ切っていたのか、目が完全に座っていた。『ゴミは焼却処分だな』とイグニスを構え、屋敷ごと焼いてしまい兼ねない勢いだ。
(あーあー、とにかく落ち着いて。端から捨てて行こう。不燃ゴミもあるかも知れないし)
依頼はあくまで片付けであって、屋敷の焼却ではない。リュカが、慌てて脳内でオリヴィエを宥める。
溜息を挟んで、二人掛かりでみっちり詰め込まれたゴミを上から順に引きずり出す。
襲い掛かってくるゴミ袋をイグニスで焼き、或いは大剣で叩いて無力化し、普通のゴミと纏めて持参したゴミ袋に詰め、を繰り返して行くと、今度はバルコニーとその下にゴミ袋が積まれていく。
代わりに、漸く内部への道が出来た。
「よう」
そこはリビングへ通じていたらしく、いつの間に表の玄関から中へ入っていたのか、轟が手を挙げて出迎えた。その片手には、やはりゴミ袋が握られている。
彼(姿は少女だが)の後ろには、ゴミ山と僅かに床が覗き始めた部屋が見える。その室内で、アリスと恭也が各々片付けに勤しんでいた。
「あ、キジマ! どうですか、首尾は」
「前庭は……まあ実際には半分くらいだが、大分マシになったと思うぜ。不意打ちで襲ってくるような袋とかは大半始末したし。中はこれからだが」
轟の言う『とか』の中には、Gなども含まれているのだろう。
改めて見回せば、リビングもそれと分かる程度には、内装が見え始めているのが分かる。
『行方不明者はどうなってる?』
「さっき、庭で二人見つけたよ。安全な場所に安置してある」
オリヴィエが訊ねると、アリスが会話に加わる。
「俺も一人見つけた」
「こっちもだ。二人見つけたから、同じ場所に運んである」
轟と、恭也も口々に報告する。大方が前庭でやられていたらしい。
(行方不明なのって、全部で何人だっけ?)
脳内でそう言ったリュカの言葉は、オリヴィエにしか聞こえない。
『……合計で何人いるんだった?』
仕方なく、オリヴィエがそれを代弁してやる。
「ええっと」
焦るように、征四郎が掌を見る。メモってあるのか、と脳内でガルーが訊くが、書いてある訳はない。
「確か……警官が二人に、役場の人が全部で三人。それと、ここの家主さん」
「全部で六人ですね!」
アリスが淡々と答えた人数を計算した征四郎が、元気よく締め括る。
『そうすると、まだ見つからないのが一人いる訳か』
オリヴィエが確認するように呟いた、直後。
〈ねぇねぇ! こっちに一人、お爺ちゃんが倒れてるよ!〉
通信状態にしてあった通信機から、可愛子の声が流れ出す。
「どこだ?」
〈玄関入って右手の部屋!〉
そこにいた五人は顔を見合わせた後、全員でそこへ向かう。
まだまだゴミの山が広がっている為に足場の悪い中を、芦川兄妹が一人の男性を抱えて出てくる所だった。
『これで全員か』
「やっぱり手遅れ……」
ポソリと呟くアリスに、征四郎はやはり涙目になっている。
(とにかく清めて、業者さんにご遺体だけでも運んで貰おう)
この季節だし、早く運んで貰わないとこれ以上はね。オリヴィエの内でそう言ったリュカは、手を合わせる。体の主導権はオリヴィエにある為、リュカ自身が実際にする事はできないが、代わりにオリヴィエが手を合わせてくれた。
そんな彼に倣って、遺体を抱えた芦川兄妹以外の全員が手を合わせる。その時、先刻までその遺体があった部屋から、ガサガサッと不穏な音がした。
「へ?」
やや間抜けた声を漏らしたのが誰だったのか。とにかく全員が視線を向けたそこには、ゴミ袋が浮き、チラホラと黒いものが蠢く光景がある。
「早く外へ出ろっ!」
轟がダッシュで玄関を開け、遺体を芦川兄妹ごと外へ放り出す。従魔が外へ付いて出る前に、間一髪で扉を閉めた。
「ぴゃああああ!!」
征四郎が、先刻とは別の意味で涙目になりながらも、大剣にしがみ付くようにそれを構える。自分も外へ出たい、と言いたげな彼女をさり気なく庇うように立ちながら、オリヴィエもイグニスを構えた。
行方不明者は全部外、もう遠慮は要らない、とばかりに、雷神ノ書を腕に巻き付けたアリスは、空いた手に呪符を携え、Gに臆する事なく大広間へ突っ込んで行く。
轟と恭也が後に続き、三人を掻い潜ってエントランスへ出て来た従魔をオリヴィエと征四郎が迎え撃つ。
とは言え、オリヴィエの方は比較的冷静だが、征四郎はそうも行かないらしい。ゴミ袋だけならともかく、Gの付く虫に飛び回られては、彼女に限らず大抵の女性はまずパニックだ。
「リュカ、オリヴィエ、たすけてなのです……!」
ブン、と大剣を振り回すと、攻撃が命中したゴミ袋とGは床へ落下する。しかし、勢い余った彼女は、べしゃ、と粗方物が片付いた床へ倒れ込んだ。その鼻先を、蜘蛛が掠めていく。
「ぴゃあああ!! もう無理!! もう無理なのです!!」
慌てて身を起こすも、叫びながら、ぶぉんぶぉん!! と大剣を振り回すものだから、下手をするとオリヴィエにもヒットし兼ねない。
『あーもうしょうがねぇな』
じゃあバトンタッチな、と言った口調はガルーのものだ。
体の主導権を代わったガルーが、オリヴィエと背中を合わせるようにして立ち上がり、剣を構え直す。直後、ボフン、という音と共に、大広間から煙が吹き出した。
ガルーとオリヴィエは、反射的にリビングへ避難する。出入り口の陰からそっとエントランスを伺うと、煙の中から飛び出して来た轟と恭也もリビングへ転がり込んで来る。
何があったか質すより早く、最後にアリスが悠然と姿を現した。
「やるならやるって言ってくれよ!」
「全くだ、危な過ぎる」
轟がアリスに噛み付き、恭也はクールに衣服を叩いている。そんな二人を眺めつつ、アリスが淡々と、
「一応言ったのに」
と呟き、小さく咳き込みながら小首を傾げた。
「寸前過ぎだ!!」
更に噛み付く轟と、ただ溜息を吐く恭也に、ちゃんと言ったよね? とアリスは首を傾げ続ける。そんな三人を見ながら、ガルーとオリヴィエは顔を見合わせると、小さく囁き合った。
『……何があったと思う?』
『何となく想像は付くが……訊かない方がいいかもな』
●
ほぼ従魔もいなくなったと判断された後は、エージェント達も共鳴を解いて、業者と共に人海戦術で清掃作業に奮闘した。
「もう疲れたっすよう。当分ゴミとムシは見たくないっす……」
ガブリが、深い溜息と共にしゃがみ込む。
「奇遇だな、俺もだ。ほれ、とっとと手を動かせ。終わったら飯行くぞ。身を粉にして働いた後の味は格別だからな」
轟が、雑誌類を縛り上げながら相棒を励ます。普段ならご飯の話をされれば飛び付くガブリも、疲労の方が勝っているのか、
「……粉もんも今は遠慮したいっすねぇ……」
と力なく吐き出した。
そんな彼らの後ろでは、叫び疲れ果てた可愛子が、一杯になったゴミ袋を運んでいる。
「折角温かいスープ持って来たのになぁ……」
みーんな手遅れだったなんて、とぼやく彼女を、そっと慰めるように寄り添う九尺の両手にも、ゴミ袋が下がっていた。そんな二人は、やはり女子力満点・お揃いのエプロンを身に着けている。
その背後を、空誠がシスコン全開で追い掛け、紅葉が呆れたように付き従っていた。
台所では、征四郎が手に取ったマグカップと睨めっこしていた。
『取捨選択をするな。見てゴミだと思ったらそれはゴミだ』
「うー……」
ガルーのアドバイスにも、征四郎は今一つ踏ん切りが付かないらしい。
「でもこれ、洗ったらまだ使えそうなのですよ!」
『いちいち考えてたら手が止まるだろ。迷ったら捨てる、それくらいでいい』
「うう」
『置いておいても、自分じゃ使わないだろう』
リュカと共に屋敷の窓を開けて回っていたオリヴィエも、通り縋りに背後から声を掛ける。
「でも、建築時の内装もちょっと欲しいのです……」
『それはそれだ。まずはそのマグカップをどうするのか考えろ』
尚も数瞬躊躇った末に、征四郎は吐息と共に、それを手にしていたゴミ袋へ投じる。先に入っていたゴミに受け止められたカップは、ポフ、と小さな音を立てて袋の中へ転がった。
一方、恭也と伊邪那美は、前庭の水場で、業者と一緒に遺体を清める作業を行っていた。
清め終わった遺体は、リュカ達が持参したブルーシートに既に包まれている。
「家族との対面に、汚れた姿では忍び無いからな」
最後に洗われた老男性の遺体が、簡単に拭われてブルーシートに覆われる。
『でも、ここのおじいさんには誰も会いに来ないんだよね?』
そのシートに隠れていく顔を見ながら、伊邪那美はしんみりとした気分で呟いた。
『ちょっと、寂しいね……』
恭也も、それに掛けられる言葉はない。ただ、彼女の肩にポンと手を置いて、業者と共に改めて弔意を示した。
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細々としたゴミはまだ残っているものの、仕上げは明日でも良いかという程度にまで片付く頃には、日が暮れかけていた。
茜色に染まる空を背景に、どこにまだそんな元気があるのか、空誠が消臭スプレーを片手に、エージェント達の間を走り回っている。
「このまま帰るのつらくない? ない!?」
しかし、従魔を含む大掃除をどうにか終えた面々には、もうツッコむ気力もないらしい。
飯行こうぜ、飯ー、と轟が力ない号令を掛ける背後で、紅葉が「うるさい」と言いつつ空誠を殴り付けた。
「……わたし達は帰ろうか、Alice」
仲間達にやや遅れて殿を歩くアリスは、相棒に呟くように問い掛ける。
『そうだね。シャワー浴びたいしね、アリス』
相棒にだけ向ける微笑を浮かべて、Aliceは答えた。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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