本部

少年と青い壺

玲瓏

形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • duplication
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/06/23 20:01

掲示板

オープニング


 下校の時間を教えるチャイムは既になり終わっていた。そうなれば教室はどこか異空間のような世界に感じる。生徒達が座り指導される場所が、打って変わって生徒達の独壇場となるから。
 普段なら青島(あおしま)という男の子も真っすぐ家に帰っていた。友達と話しながら。話題は勿論ゲームの事。あくまでもそれは昨日の話であり、今日は違った。青島は学校に残っていたのだ。
「どう? もう少しでできそう?」
 担任の四十代半ばの優しいおばちゃんが、教室で一生懸命な顔をする青島にいった。
「うん、もうあとちょっとだよ! 明後日のコンテストには間に合うよ」
「どれどれ、見せて」
 明日は小学生達が作品の完成度を競う粘土のコンテストが開かれる。青島は今、そのコンテストに向けて粘土を手に芸術作品を編み出すために必死だったのだ。
 その作品を手に触れずに、担任は見た。青島と同じ目線に腰を低くして。
 壺の妖精だった。
 傍から見ても、明らかに壺の形をしている。上部に開いた穴、曲線の膨らみとしっかりと円形な美しさ。絵具を塗って、青くなった躯体。妖精だというのは、その壺に顔が描かれているからである。
 黒く、点が少し伸びた目、微笑んだ口。そして耳のように、壺の両側には取っ手がついていた。半円形の、長さや形も整った耳だ。
「綺麗な作品……! 頑張ったわね、青島君。こんなに可愛らしくて、綺麗なら優勝できるわよ!」
「うん! 後はね、もうちょっと良くするんだ。もうすることはないと思うんだけど……もうちょっと何かしたくて」
「まとめ、ね? しっかりと見直しなさいね。でも、暗くなる前には帰らなきゃだめだからね」
「わかった」
 低く下げた腰を上げた担任は、励ましの言葉を最後に教室を出た。帰る時は職員室に、と言う必要はなかった。頑張っているのだから、余計な口をはさみたくはないのだ。


 生徒達が帰宅した後の学校、夜更けだ。生徒達は多種多様な夢を見ている時間か、親の言いつけを守らずに目を開けている時間である。どっちが正しいか、なんて知ったこっちゃない。
 鍵がかかっているはずの扉が、音を立てて開いた。見回りの警備員は扉を開けていない。職員の誰かが、という事もない。学校関係者ではない、更に言えば学校とは全く縁のない存在が教室の中に忍び込んでいた。
 足音、息を消す二足歩行の物体。そいつは、律儀に並んだ机の間を通って教室の一番後ろ側にある、黒板とは真っ向の向きのロッカーに向かった。四角が縦参列、横に多数列と並ぶ凹み。凹みの中には生徒達の私物、主に給食袋や体操服を入れる入れ物が入っていた。
 あるものは乱雑に、あるものは整理整頓されて。
 二足歩行の存在はその中で、青い壺のあるロッカーを発見した。
「コレは使えますねぇ~。フィッヒヒヒ」
 雲間から零れ落ちた月光が青い壺と、ニヤける一つの愚神を照らした。


 今日届いた依頼は、坂山の正義感を刺激するものだった。リンカーを集め終えて、慎重に言葉を発した。
「H市の学校で、愚神が学校を荒らしていると、さっきその教師から連絡が入ったわ。……まだ被害は少ないし、被害者もいないからいいけれど、皆にはできるだけ、早く解決してほしいの」
 坂山の隣に座るノボルには、その言葉がどうして出てきたのかすぐに分かる物だった。彼女は元学校の教師で、子供達とは常に接してきた人物だから、今子供達がどんな様子なのかは簡単に想像がつくのだろう。そして教師たちは怯える子供達を見て、無力さに悔しさを覚えているだろう。
「敵は一体。だけれど暴れまわっているようだから油断しないで。後燃えている校舎もあるみたいだから、その沈静化も任せるわ。できればアフターサービス……壊された物とか、直せる物があれば直してくれると学校も嬉しいはず。えっと、よろしくね」
 さすがに学校が任務地となると気合いが違うなと、ノボルの目線は彼女を向いていた。


 家から出る直前に青島は家でテレビを見ていた。今日は余裕を持って起きられた朝で、百パーセント遅刻をする事はないと確信して、朝食を食べながらテレビを見る事ができたのである。
 八時、そろそろ家を出なければならない時刻に、青島の眼にとんでもない現実が飛び込んできた。親の第一声で気づかされたのだった。
「嘘、でしょ……愚神って」
「マ、ママ……!」
 朝の教育番組の最中、テロップが上部に表示された。
『H市立H小学校に愚神が出現しました』
 青島の母親に見えていたのはその文字だけだった。その文字だけで十分だった。同時に鳴り始めた家の固定電話。受話器の相手が誰なのかという事と、何の用事かという事がすぐに分かった。
「はい、もしもし……。今テロップで――はい、はい」
 母親の声が後ろから聞こえる傍ら、青島はもう一つの文字に目と心の停止を促されていた。時も、何もかもが止まればよかった。もしくは夢であればよかったし、ただの誤報でも、もうなんでもよかった。その言葉が事実じゃなければ、なんでもよかったのだ。
『青い壺が攻撃を』
「今日は学校を休みなさい。先生からの電話よ。――聞いてる?」
 何も聞きたくなかった。

解説

●目的
 学校を徘徊する愚神の排除

●愚神について
 ミオルムという女性の姿をした愚神。腰まで伸びる長い髪、キツネのように細い目をしている。
 素早く手を振り、爪を飛ばして状態異常攻撃を使い、相手を弱らせてからの猛攻を得意とする。逃げ、隠れも適宜。
 本当の能力は別にある。無機物に集めたライヴスを注入し、強力な従魔のように自分の側近にさせる事ができる。今回ミオルムは青い壺を従えて、リンカーや教師、生徒達に危害を加える。

●厄介な壺
 開いた穴からは四つの属性攻撃が繰り出される。
 炎攻撃は火球の発射と火炎放射。
 水属性は水流の射出と泡の爆発による範囲攻撃
 風属性はかまいたちの発生と突風。
 地属性はミオルムを守る外壁の召喚と石化による自己防衛。

 ライヴスを加えた事によって一回り大きくなり、百センチ程の大きさになっている。
 攻撃を加えても衝撃で凹むかヒビが入るくらいで、よほど大きな攻撃でない限り崩壊する事はない。

●学校の様子
 愚神が発見されたのは七時五十分、音楽室にて一限目に音楽の授業を行う教師が音楽室の確認をしにきたところ、ミオルムが壺を両手に抱えて寛いでいる所を発見。そこからミオルムは好き放題暴れるようになり、リンカーが来る頃には二階にある音楽室は水浸し、三階にある三つの教室が燃え盛っている。ミオルムがどこにいるかは不明だが、陽気に笑いながら暴れているためにすぐに居場所は分かるだろう。
 まだ学校にきていない生徒達は自宅待機、登校していた生徒達は全て体育館に避難している。だが教師数名はまだ校舎の中にいる。(ミオルムの注意を惹くため)

●青島という少年
 小学三年生の彼は元々創る事が好きで、その中でも粘土から立体的な物を仕上げるのが上手だった。担任の教師からその実力を褒められて、初めてコンクールに応募する事になった。
 事件後、皆に迷惑をかけた事により、彼は応募を渋ってしまう。

リプレイ


 極端な非日常の突然の訪れに、子供達だけでなく大人も焦りを表にしていた。体育館に避難してきた子供達を校長はステージの上で眺め、マイク越しではなく本物の声で落ち着きを促している。
「落ち着いて! 大丈夫、すぐに助けは来る。静かに座って、ここで待つんだ」
 落ち着きのなさを更に引き立てているのは大人たちの神妙な顔つきもそうであった。体育館内にいる職員は落ち着いているが、子供達が避難する前に目にした職員達の顔から感じ取れた緊張が恐怖感を煽り立てる。
 ――もしかしたら殺されちゃうんじゃないの……?
 静まらない体育館。
「早く逃げなきゃだめだよ! こんな所にいたら、愚神たちがきちゃうって!」
 一人の男子生徒が全員に聞こえるような大声で言った。
「ここは安全だよ。君は静かに――」
「学校の中には愚神がいるんだろ?! じゃあ遠くに離れた方がいいに決まってるよ。逃げようよッ!」
 校長に代わって、その生徒の担任の先生が声を荒げた。
「大人しくしていなさいッ」
 教師が言葉を口にした途端、学校の窓ガラスが割れた音と、地響きが発生した。
 運動会のピストルがなったかのようだった。その男子生徒を含む数人が体育館の出入り口に向かって走っていったのだ。
 ついに扉は開かれた。子供達は一斉に外に飛び出す、その直前で全員が足を止めた。
「席に戻ると良い。ここから先は立ち入り禁止じゃ」
 黒く、長い髪をした一人が生徒達を足止めした。職員とは違う威厳のある声は、子供達の足を止めるために十分な要素が備わっていた。
 カグヤ・アトラクア(aa0535)は少年たちが教師に連れられていくのを見届けた後、まだ落ち着かない子供達の横を通ってステージへ上った。校長に手で軽く挨拶を終えると、彼女もマイクを使わずに声を上げた。
「HOPEのエージェントじゃ。全員助けるから安心するのじゃ」
 その透き通った声は騒がしさに負けなかった。カグヤはあまり声を張り上げていないが、その一言がリラックスの状態を作り出す。
「朝から皆を怖がらせてしまってすまんのぅ。だけどもう少しの辛抱じゃ。日曜の朝から活躍するヒーローのように、わらわの仲間が悪を倒そうと戦っているのでな。いつだって正義は勝つのじゃ」
 先ほどよりも騒ぎは収まった。カグヤが言い終えるのを見た校長は彼女に近づいて、頭を下げた。
「あのう、ありがとうございます。私だけの力じゃ騒ぎは治められませんでいて」
「良いのじゃ。それより、学校にまだ人はおるかのう?」
「はい、三人の教師が学校の中に取り残されていまして……」
「ふむ。仲間に伝えておく」
 ライヴス通信機を取り出そうとした所、クー・ナンナ(aa0535hero001)はカグヤの袖を指で引いた。一人の少年に人差し指を向けていた。
「怪我をしてるみたいだよ」
 その少年はしきりに膝を気にしていた。遠目から見ても分かる赤い痛ましい跡。カグヤは早速手当に向かおうとしたが、寸前で校長に引き留められた。
「あの、実はまだ付近の住民の方々への伝達も上手くいっていなくて、そのお手伝いをお願いしたいのですが……」
「急いだ方が良いじゃろうな。クー、例の子供の手当て任せられるかの?」
「ええ……。まあ、すぐ終わるだろうからいいけど。包帯って近くにあるの?」
「保健室に行けばあるじゃろう」
「取ってきて――」
「わらわはこれから忙しくなるのじゃ」
 どれもこれも仕方ない。おそらく愚神は味方がなんとかしてくれているだろうと信じて、クーは保健室へと向かった。


 高い笑い声は学校中を巡って発生源へと帰ってくる程であった。
「ワーッハッハッハ! 楽しいですねえ楽しいですねえ~」
 愚神を引きつけるといって一人の勇敢な女性教師が挑発していたが、敵うはずもなく、足に火傷を負わせられながら逃げ回っていた。愚神のミオルムは逃げる人間をいつ灰にしようか考える。両手で青い壺を抱えながら残酷な想像に耽っているのだ。
「そんな逃げないでくださいよぉ。ワハハ!」
「く……あなたは卑劣過ぎるわ。その壺は、貴方の物ではないでしょうが!」
 教師は行き止まりに当たった。校舎の構造を理解している彼女は、体育館から遠ざけるためにここに来るのが一番ベストである。
 三階の大きなベランダ、よく低学年の子供が理科の自然実験で使うような場所だった。
「この壺はぁ! わたしの物なんです~! 大人なら大人しくしね――」
「お愉しみの処失礼しますが」
 あまりにも突然背後から声が聞こえてミオルムは最初は気づかなかった。目の前の教師が自分より後ろに目を合わせている事に気づいて、ようやく彼女は後ろを見た。
 石井 菊次郎(aa0866)は愚神の言葉を待たず、言葉を続ける。
「御身よ……その壺を選ばれたのは素晴らしい眼力で有りますね? 優美で愛らしい輪郭、異邦人に見立てた顔の造形、その様な繊細な造りの壺にこの様な恐ろしい攻撃をさせると言う発想、正に知的かつ感性溢れる御身の様な方にしか出来ないもので有りましょう……ただ、臥龍点睛を欠く」
「……誰ですかぁ?」
 ミオルムは突然現れた一人の男に不満げな顔を向けた。意味は分からないが、その言葉が自分を攻撃する物だという事は誰に言われなくても理解できたからだ。
 石井は彼女の問いに答える前に、自身の瞳を向けた。紫色の輝き。
「この瞳、どこかで見た事ありませんか?」
「そんなのわたし、知りませんけどぉ。早くさっきの意味知りたいんだけどぉ。わたしいい加減イライラしてきちゃうなぁー、お愉しみを邪魔されたんだしさぁ」
 愚神の問いに答える前に、続々とエージェント達が愚神の前に到着した。迫間 央(aa1445)は愚神にも聞こえる声で石井に状況報告を済ませた。
「校舎内にいた人々の避難は既に済ませている。御神と影狼に消化を任せていて、残りはこいつの駆除だけだ」
「分かりました。ありがとうございます」
 こいつ、駆除という言葉が耳に障った愚神は爪を立たせながら苛立ちをエージェント達に見せ始めた。
「黙っていれば良い気になりすぎじゃありませんかねぇ……。そろそろ私の問いに答えてくれないとこの人間、殺しますよ?」
 尖った爪を女性教師の首に当てた。短い悲鳴が教師から漏れ、その声がミオルムのイライラを少し和らげた。
「音です……音が足りない」
「音ですかぁ?」
「はい。御身の断末魔の絶叫など添えれば更に素晴らしいものと成るのでは?」
 石井は口を閉じて、相手がこの言葉を思考する前に瞬時にミオルムへと接近した。洗脳のライヴスを声に乗せ、耳に近い場所で言った。
「その壺を俺達に渡してください」
 ミオルムは頭を抱え、洗脳に対抗した。
「ぐ……く……」
 耐え切れなくなったのか、壺を前に差し出した。迫間は愚神に近づき、差し出された壺を手にした。
「なんてやるとでも思いましたかぁッ?!」
 さぞ愉快そうに顔を歪め、細い目を大きく開いた。火炎を周囲にまき散らし、エージェント達を自分から遠ざけた。十分に距離が空いても火炎を止めないミオルムに、赤城 龍哉(aa0090)は短剣を投げて腕に命中させた。怯んでいるその間に奥にいる教師の元へと向かう。
「ここから後は任せてくれ。……足を怪我してんのか。一人で逃げろってのはスパルタだよな」
「いえ、大丈夫――あっ」
 大丈夫という言葉は空回りした。無理して火傷をした足を動かしていたせいで、これ以上の行動が難しくなり始めているのだろう。
「俺が避難させる。赤城は愚神の対処に回れ」
 迫間が教師の前でしゃがんで、背中を向けた。
「なら任せたぜ。ここは俺が何とかしてやらぁ!」
 迫間は教師を背中に乗せて走ってベランダを出た。ミオルムはその姿を見ていたが、既に教師を甚振る事に興味はなかった。自分の邪魔をするエージェントに死を与える事が、今ではトピックだ。
「ならば今度は君たちで楽しませてもらうとしましょうかねぇ。ハハハハ!」
 壺から突風が吹き起り、ゴミが周囲に散らばった。それが良い目隠しとなり、ミオルムはその隙に校舎へと逃げた。
「ちッ、小賢しい奴だな! 趣味が悪いだけじゃねェみてぇだ」
 東海林聖(aa0203)は先頭に立ち、急いでミオルムを追った。体育館から遠い場所に今はいる。その絶好の機会を逃す訳にはいかないのだ。
「小学校を襲うだなんて、愚神許すまじ! ニック、変身よ!」
「あのポーズ、やらなきゃだめか? 朝霞」
 子供達が通う学校を襲撃する愚神に正義感をふつふつと燃やしている大宮 朝霞(aa0476)は、いつもに増して真剣に変身の準備を進めていた。ニクノイーサ(aa0476hero001)は変身をする間に愚神を追いかける事が得策ではないかと思いもしたが、口にはしなかった。
「もちろん! 変身ポーズはヒーローの醍醐味なのよ! ミラクル☆トランスフォーム!」
 怪我人を救助している迫間は体育館の出入り口で教師を背中から下ろした。教師はありがとうと手を握って迫間に言った後、仲間の元へと駆けつける彼を一度だけ言葉で止めた。
「あの、愚神の持っている壺……絶対に取り返してほしいんです」
「奴の物ではないんだな」
 一度その壺を見てから、迫間は引っかかっている事があった。壺のハンドメイドの感触は簡単に消える物ではない。
「私の生徒の、物なんです。コンクールに出すために、一生懸命作っていたんです」
「……分かった。必ず取り返す」
 教師の眼をしっかりと見て、彼は頷いた。約束の証だ。


 消火器を使って火を鎮火させている御神 恭也(aa0127)の所に愚神が近づいた。伊邪那美(aa0127hero001)が伝えたのだった。
「恭也、あれ!」
 ミオルムは消化を行う御神を見つけると同時に気味の悪い声で笑った。
「ヘェッヒヒヒ、まずは君からですよぉ!」
 手にしていた壺から燃え盛る火球が御神の射線で発射された。剣を手にした御神は火球を真っ二つに斬り、切っ先をミオルムへと向ける。
「おい、大丈夫か!」
 東海林が先頭で言って、その後ろからエージェントが続きミオルムは一方通行の廊下で挟み撃ちになった。
「帰れ帰れっ! ここはわたしの遊び場なんですよぉ!」
 再びミオルムは壺を振り回そうと上に掲げたが、壺に複数の弾丸が飛ばされて攻撃を損なった。
「まぁぁあだいるんですかぁあ」
「我を忘れてもらったら困るのじゃ」
 影狼(aa1388)はサブマシンガンを降ろして、御神の横でミオルムに構える。
 東海林は剣を両手で握り、目に留める事が難しい速さで間合まで近づいた。剣を振ろうとしたその刹那、地面から天井まで垂直に伸びる岩の壁がミオルムとエージェントを裂ける境界を作成した。
「その壁と遊んでてください。ヒヒッ」
 ミオルムは御神と影狼に振り返って、水流を発生させた。水の力は強く、二人は容易く奥へと追いやられてしまう。
「あの厄介な壺と引き離せば、楽勝だね」
 ミオルムは今まで壺による攻撃しかしてきていない。伊邪那美はその事実を的確に突いた。
「……いや、単なる従魔作成が上手いだけな奴なら前線には出て来ない筈だ。前に出て来ている以上は、研究者型と見ないで気を引き締めた方が良さそうだ」
「そうじゃな。にしてもどうしたものじゃろうか、随分と押されておる」
 地面から伸びた岩は強い。ミオルムはこの壺が元々強いライヴスを込められている事を知っているため、その壁が自分ですら壊せない事は承知していた。
 しかしその予想は裏切られる事となる。たった一度の攻撃が壁に亀裂を発生させ、崩れ落ちさせたのだ。
「なにっ?!」
 赤城は強烈な一撃を食らわせた。ミオルムは壺を持ったまま、廊下の端まで飛ばされた。肩を垂らし、しばらく動かなくなる。
 影狼が生存確認をするべく接近した。途端、ミオルムは前を向きエージェントを睨み付け、握り締めた拳を地面に打ち付けた。
「どれだけ遊んであげようかと思ったけどやめたよ。わたしはもう我慢の限界だ。君たちを生かしてはいけない」
 キツネに似た細い目は開かれ、血走った眼と風もないのに靡く髪がミオルムの心情を全て映し出していた。
「君たちの任務はガキと人間の子守りだという事は知ってるんだよ」
 彼女は壺を、エージェントへ向かって投げつけた。すると暴走し始めた壺が無鉄砲に泡を拡散し始め、弾ける時に生じた爆発で全体的に痛手を負わせた。
 その隙を狙ったのだろう、ミオルムは姿を消した。
「きっと子供達を探しにいったんだと思います。早く止めなくては……!」
「俺はこいつをなんとかしとくぜ! 愚神の方はそっちに任せた!」
「分かりました!」
 大宮と迫間、そして東海林と石井は四人で愚神を追う役目を担う事になった。


 体育館ではクーが少年の傷の手当を終え、次に迫間が運んできた教師の手当てを続けて行っていた。
「ありがとう。エージェントの皆さんって、本当にお優しいんですね」
「そう……かなあ。言われたからやってるだけだよ」
 体育館は愚神の登場に怯えていた先ほどとは違った形相をしている。今では目でエージェントを見れた事に興味津々な子供達が増え始めていた。いわば彼らはヒーローであり、少年や少女も憧れの的だったのだ。
「それでもお優しいと思います。皆さんは命の恩人です」
 怪我人はもういなくなり、クーは救急セットを持ってカグヤの元へ戻った。
「仕事はできたかの?」
「うん。だからもう帰っていいんじゃないかなって」
「もうしばしわらわに付き合うのじゃ。万が一、愚神がここに来る可能性もあるのじゃからな。無論、味方の事は信じているがの」
 カグヤの所に一人の少年が歩いてきていた。何か言いたげであり、カグヤはどうかしたのかと自ら声をかけた。
「あのサインもらえればなって……」
 ヒーローはいつの時代も人気者だ。少年は手に持っていたノートと鉛筆をカグヤに差し出した。


「そこまでです!」
 愚神に追いついた大宮が杖を掲げて足を止めた。四人とミオルムは向かい合う。一階のピロティでの遭遇であった。
「鬱陶しいぞッ!!」
 腰を前のめりにして、両手にある爪と地面を擦りつけて火花を散らせて、愚神は迫間に向かった。急接近したと思えば、伸びた爪を突き出した。迫間は剣で爪を弾くも、執拗に追撃を迫られ後方にステップを踏む。まだミオルムは彼を追った。腕を振るったかと思えば、伸びた爪を飛ばしてきたのだ。
 その攻撃は読めていた。迫間は軌道から逸れた位置へと体を逸らし、完璧に爪を回避したのだ。
「……当たりさえすれば……と言いたげな顔だな? 当ててみろ?」
「きぃぃィィ……ッ!」
「大方、その爪、毒でも仕込んでいるんだろう? 俺も使えない訳じゃないが……そんな物は弱い奴が縋る下策に過ぎん」
 乱暴に手を振り回し爪を飛ばし始めたものの、その攻撃は掠りもしなかった。大宮は躍起に攻撃を繰り返すミオルムに魔法を食らわし、暴走を止めた。素早い動作で大宮に爪を飛ばすも、彼女の杖が爪を明後日の方向へと弾く。
 ミオルムが体勢を立て直す前に東海林は剣で接近した。大振りにミオルムは腕を振ったが、東海林はその腕を掴み背負い投げで大きく地面に叩きつけた後、上から剣を振り下ろした。横に転がって剣による攻撃を防ぎ、両腕で東海林の両足を掴んで力任せに引っ張った。
 仰向けに転んだ彼の上に乗っかり、爪で大きな傷跡を残した。
「こいつは……毒かよ……ッ」
 麻酔と同じ作用の毒が東海林の全身を巡り、微弱ながらも体を満足に動かせなくなっていた。立ち上がるものの、手足は震える。
「東海林さん! ……もう許しませんっ、くらえ! 必殺!! ウラワンダー☆フラーッシュ!!」
 ステッキの先から輝く光がミオルムを攻撃した。愚神にとって眩しすぎる光は視界に強い傷となって残る。
 この絶好の機会を失う訳にはいかない。迫間と石井は互いに頷き合うと、一気に詰めた。石井はミオルムの顔面にフレアを発生させ、更なる眼くらましを誘った。その隙に近づいた迫間の剣の間合を読む事など到底できず、回避する間もなく気づけば斬られていた。
「だああァァ! 七面倒くさいぞ! ならば見せてやろうとっておきの技をな!」
 高笑いを浮かべたと思えば、ミオルムは両手を上にあげて詠唱を開始した――ところが途中でミオルムは両手を下げた。そして髪を掻きむしりながら大声で喚く。
「そういえば壺ないんだったァァア!! くそくそくそどうして今日はこんなに不運なんだよォ!」
「壺がないと切り札は使えないって事かよ。はッ、とんだ間抜け野郎だぜ」
「うッセェ! まずはてめぇからだよッ!」
 膝をついたままの東海林は、ミオルムが走って近寄ってくる事を楽しみに待っていた。そのために彼女が間合に入ってきた時、薄く表情に笑みを作った。素早く立ち上がった東海林はミオルムの腕を掴み、剣を素早く振るった。
「わりィな、もう治った」
「こいつ、まさかッ……!」
「コレでも食らって――……塵に成れッ!!」


 青い壺は宙に浮いて、天使のような顔をしながらも敵として立ちはだかっていた。
「あの壺、愚神を倒したら元に戻ると思うか?」
「従魔化と少し様子が違うようですし、何とも言えませんわ」
「しゃあねぇ。まずは動きを止めるところからだな!」
 最初に赤城は壺の中心に重い拳の打撃を与えて壺を地面へと落とさせた。ひっくり返ったツボは地面と口がくっつき、赤城はすぐにワイヤーでその状態を固定した。
「ま、これで大人しくなれば御の字だが」
 影狼と御神は油断せずに武器を構えていたが、案の定と言うべきか壺はワイヤーを簡単に外れ、再び宙に浮遊した。
 青い壺はクルクル高速回転を始めると、螺旋状に炎を噴射した。龍のように動く炎は影狼に命中し、軽い火傷を負わせただけで終わらず、火災発生の被害を増した。
「早いとこ仕留めた方がよさそうじゃの。にしても、結構熱いの、これ」
 大剣を両手で握り締めた御神は走って壺に近づき踏み台にして跳躍すると、真上から壺に斬撃を加えた。衝撃で壺は赤城の元へ飛び込んだ。
「叩いて砕く!」
 飛ばされてきた青い壺に、赤城は全力のライヴスを拳に集中させ、クリーンヒット。壺は天井にめり込み、数秒経ってから落ちてくる。
「一気に畳むのじゃ!」
 蛇矛に武器を持ち替えた影狼はその言葉をその通りに行った。蛇矛に全てのライヴスを注ぎ込み、強力な力で壺を叩いたのだ。地面に打ち付けられ、バウンドする青い壺には既にヒビが入っていた。
 それでもまだ攻撃意志を持つ壺はエージェントを遠ざけるべく突風と鎌鼬の連続した攻撃に出た。御神は突風と鎌鼬に負けぬ様、捨て身で壺に近寄った。おそらく、壺の生命力も僅かなのだろう。最後の抵抗という話だ。
 突風の力は強力だが、御神は確かに壺に近寄っていた。
 そして間合に入った時、全ては決した。強く壁に打ち付けられた青い壺は大きなヒビ割れと同時に砕かれた。愚神の注がれたライヴスは表に出て、後に残ったのは無だけであった。


 今日から一週間の間、学校は休みになっていた。影狼と御神が消化、東海林や赤城等力仕事のできる男組が破壊された学校修繕の手伝い。特に修理の時のカグヤの存在感は絶大で、ガスや水道管等の修理は彼女のおかげですぐに済まされていた。
 テミス(aa0866hero001)は修復が済みつつある学校を眺めていた。
「ガラクタに命を吹き込むという厄介な奴であったが、無事に終わったようだな。して、今回の愚神は有益な情報を持ってはいたか?」
「いえ、何も。……ところで昔、愚神が使っていたような壺から大魔王が召喚されるという漫画がありましたね」
「非常にどうでも良いな」
 青い壺の本当の主。青島は酷く心を痛めていた。自分の作った壺が、たくさんの人に迷惑をかけた。学校にもエージェントにも。彼は事件が終わった後学校にきて、泣きながら何度もエージェントに謝っていたのだ。
「坂山さん、アフターサービスもお願いって言ってたわよね」
「なんだ? 朝霞、どうする気だ?」
 大宮は人差し指を立てて言った。
「いい? ニック。ヒーローたる者、みんなの心のケアをしてこそなのよ」
 そして青島に近づくと、優しい声で言葉を掛けた。
「あの壺、とってもイキイキしていたわ。きっと、青島君が一所懸命作ったからだったんでしょうね。青島君、今回の事は君のせいなんかじゃないわ」
「僕が作らなかったら、こんな事にはならなかったんです……」
 青島の担任はエージェントに、今度の青い壺はコンテストに出品するための作品であったと語る。
「壊れちゃったけどさ……時間はまだあるんじゃない? もう一度作り直してみたらどうかな」
「ううん。また皆に迷惑かけちゃ、いやですから……」
「本当にそうなのかな……? 悪いのはあなたなのかな……」
 少年の早とちりな考え方を止めたのはマイヤ サーア(aa1445hero001)だった。
「……仮にだが」
 マイヤの言葉を受け継いだ御神は少年にこう話し始めた。
「今俺の持つ武器で罪なき人を斬ったとする。この場合、人を斬る事が出来る武器を作った者が悪くなるのか? 違う、人を斬る行為をした俺に罪はある。無論、悪意を込めて武器に細工をしたとしたら鍛冶師が悪い事になるだが、君は壺を作る時に悪意を込めたのか? 違うだろ?」
「うん……」
「君は人に迷惑を掛けた加害者じゃ無い。愚神によって迷惑を掛けられた被害者の一人だ」
「だから、もう一度作って出してみたらどうかな?」
 Le..(aa0203hero001)は青島としっかり目を合わせた。
「今から作って間に合わせようぜ! 大丈夫だ、気合入れてやれば間に合うぜ! スゲーモン作れたんだ。俺はスゲーと思うぜ。自信もてよっ」
 エージェント達の言っている事の全ては分からないが、言葉の断片断片から、青島少年は自信が復活し始めていた。ごめんなさいと言葉にはしなくなり始めていた。迫間はそんな彼の肩を叩いて、言った。
「ライヴスは意志の力、君の作品にはそれだけの思いと力があった。今回はそれを悪用した愚神のせいでこんな事になってしまいましたが…それは本来、皆を幸福に出来る力です。どうか、それを捨ててしまわないで下さい」
「己が技術を誇るがよい。仮初とはいえ命を持つほどの出来なのだから、コンクールに応募せよ。結果を残しさえすればわだかまりも消え、此度の事件も皆の中で過去の思い出になるだけじゃ」
「……カグヤは特殊思考なんだから、もうちょっと子供への説得という形にできないのかなぁ」
「む?」
 カグヤの言葉は青島少年はまったくよく分かっていなかったが、この時には笑顔を取り戻していた。
「……うん、頑張ってみます」
「今度こそ、あなたの思い描く壺の妖精をその手で創ってくださいね」
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)は言って、青島は頷いた。
「作り直すのなら俺も手伝いますが」
 石井は青島に申し出た。青島は少し考えたが、首を横に振った。
「ううん、大丈夫です。えっと、完成した時の楽しみにしていてください! それでは作ってきます!」
 そういって、少年は校舎に戻って行った。

●後日
 坂山の元に青島から手紙が届いていた。電文ではなく、覚えたての漢字等も使って直筆だ。
『ツボは完成して、出展しました。合格はしませんでしたか、それでも……創ってよかったなって、心からおもっています』
 本当にありがとうございました。手紙はそう綴られていた。エージェントの皆さん、本当に、ありがとうございました――と。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • Run&斬
    東海林聖aa0203
    人間|19才|男性|攻撃
  • The Hunger
    Le..aa0203hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • エージェント
    影狼aa1388
    機械|15才|?|攻撃



  • 素戔嗚尊
    迫間 央aa1445
    人間|25才|男性|回避
  • 奇稲田姫
    マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001
    英雄|26才|女性|シャド
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