本部

訓練 孤島編

玲瓏

形態
ショートEX
難易度
不明
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
無し
相談期間
5日
完成日
2016/06/14 19:26

掲示板

オープニング


 いつの日でも準備は欠かせない。ピクニックなら荷物整理。スポーツ大会なら事前練習。リンカーも同じように、次の大きな襲撃に備える必要があった。
 そこで、主に坂山の独断で訓練任務を行う事にしたのだ。
「今日集まってもらったのは、愚神の出現、ヴィランの出現……じゃないわ。今日は、次の大きな襲撃の前に、皆の実力を底上げするために必要だと思う訓練をしてもらうために来てもらったの」
 手慣れた手つきでコンピュータを操作した坂山は、モニターに映る画像を拡大して、コンピュータという枠組みの中から外へ移動させてリンカー全員に見せた。そこには日本大陸から離れた孤島が移されていた。オホーツク海方面だ。
「明日から三日間、この島でサバイバルを行ってもらうんだけれど、これにはルールがあるの」

 ――まず一番重要なのは、武器や防具を一切持たずにいってもらうという事。アクセサリーとかは好きにしてちょうだい。
 大切なのは、島にある物を有効活用する、という事よ。今までは武器に頼り切ってた所があると思うけれど、状況を利用するの。例えば近くに枝があれば摩擦で火を起こして相手のいる場所に投げるとか、木を根元から抜いて武器にするのもいいわね。
 あ、ただ、島の素材を使って武器にするのは構わないわ。食材とかはH.O.P.Eが支給するから、何かリクエストがあったら今の内に言うといいんじゃないかしら。

 長い話に区切りがついたようで、坂山は一呼吸置いた。
「訓練が終わった後の清掃とかは気にしなくていいわ。後、訓練中もし強力な愚神が現れるような事があれば――九割九分ないと思うけれど、迎えのヘリを寄越すわね。三日後の帰宅の際にも、これに乗って帰ってきてもらうからね」
 後はー……と、まるで全てを言い終えたかのように坂山は言ったが、「頑張ってね」とエールを送る前に、言わなければならない重要な事に気づいて句点に待ったをかけた。
「重要な事を言い忘れてたんだけれど、この訓練には一応、勝敗を設ける事にしたの。Aチーム、Bチームがあるんだけれど、それぞれ防御、襲撃とするわ。島には三つの拠点を作らさせてもらったのよ。中には……まあ、さも意味ありげなコンピュータ。襲撃チームはそのコンピュータをハッキングして、私の携帯に忍び込む。そして痕跡を残さず立ち去る……。これができれば合格。防御チームはハッキングさせないよう、拠点を守るのよ。三日間で三つの拠点をハッキングできれば襲撃チームの勝利。一つでも守る事ができれば防御チーム勝利となる……」
 しかし、と彼女は付け加えた。
「勝敗はあるけれど、それにこだわる必要は全くないからね。訓練っていっても、ゲーム感覚で楽しむ事も重要。一生懸命になる事もいいけれど、頑張り過ぎるのも禁物。この訓練を楽しむヒントは、『勝つに越した事はない』と思って挑む事よ。ま、勝った時の景品はあるけれど。それじゃあ、頑張ってね」
 さあ行こうリンカー達よ。名前もない孤島も歓迎の準備を終えているに違いないのだから。

解説

●目的
 訓練を終える事。

●孤島について
 オホーツク海の中央より上付近にある無人島。半径は0.5kmで、形は一般的な島。円形に凸凹がついたような外回りとなっている。
 人が出入りする事はあまりなく、整備されていない。島に上がるための階段はなく、東西南北、全てに絶壁が存在する。西南から南の方角には海辺の砂場があるが、下に降りるには一工夫必要そう。
 島に存在する物は至って普通。目立つ物はなく、森林で覆い包まれている。その分花や木の種類、動物、昆虫の種類も多く、全てが野生。
 自然にある物はほとんどが存在する。
 島の四住には電波塔があり、その電波で坂山の端末にハッキングが可能。

●拠点
 坂山の方法で、拠点の場所は襲撃チームにのみ伝えられていない。防御チームには伝えられてある。
 一階建ての小屋で、あまり大きくはない。三角屋根、木製のドアというオーソドックスな造りで、中には机とその上に置かれてあるコンピュータ以外には何もない。窓もなく、極めて殺風景。
 ドアに鍵をつける場所はないが……無いのなら――。

●ゲーム、細かなルール
 ・開始は六月九日昼十二時から、六月十一日昼十二時まで。
 ・過度な環境破壊に繋がらなければ、武器を多様に作る事が可能。武器だけでなく、防具、道具としても作るといい。
 ・スキルは使用可だが、リンクレートは不可とする。
 ・食材はヘリコプターが二機ずつ二か所に、決まった場所に置かれる。食材が運ばれた時から夕食終わって一時間までは休戦とする。
 ※あくまでも食材が運ばれるだけで、料理を作るのは皆さんです。
 ※島にある物を食材に追加は可。
 ・海から外に逃げ出す事はルール違反。島の四カ所に設置されてある電波塔を折るのもルール違反。

リプレイ

●一日目 昼 ~襲撃チーム~
 日本地図に乗るとしたら北の切れ端より少し手前辺りで、それがもし大きくて細かい日本地図ならば、爪楊枝で穴をあけたら隠れて見えなくなってしまいそうな無人島。程よく寒気の流れ込んだ快晴の島の色に、今日は様々な色が重なっていた。
「サバイバルは久しぶりだな」
 自分の身長まで伸びた草を麻生 遊夜(aa0452)は手で掻き分けながら進んでいた。進んでも進んでもあまり変わらない景色というのは、サバイバルでは日常だろうか。
 今日、無人島で行われるサバイバル訓練は三日間かけて行われる。その中で、一種のゲームも用意されている。拠点制圧という、軍隊のようなゲームだ。襲撃、防衛チームに別れて、三日間のうち、三カ所ある拠点を全て制圧できれば襲撃チームの勝利、一カ所でも守る事ができれば防衛チームの勝利である。
 襲撃チームは送迎用ヘリコプターで島に降りるや否や、集合場所を決めておきすぐさま現地探索へと乗り出した。主に拠点地点の把握、武器の作成である。この訓練には武器や防具の持ち込みは不可となっていて、全て現地調達でまかなわなければならない。
 食材は夜になれば調達してくれるという辺りは放任しておらず、訓練提案者、オペレーターである坂山の非スパルタ的な性格面が見え隠れしている。
「……ん、楽しそう」
 麻生の背中に揺蕩いながら微笑を口ずさんでいるのはユフォアリーヤ(aa0452hero001)だ。出発前に防衛チームの桜木 黒絵(aa0722)が配布したクッキーである。十二人分、全て配っていた。
 麻生はボールペンとチラシを両手に、ユフォアリーヤはコンパスと虫よけスプレーを手に大雑把なマップの作成に取り掛かっている。
 チラシの裏側はまだまだ余白が多い。歩きながら地図を描くというのは想像力やら精神力やらが必要だろう。
 マッピングというのも、蔓や木の枝の採集というのも兼ねている。あちこち頭を目まぐるしく動かして、訓練に利用できそうな物を手あたり次第に探す。
「……ん、硬そうな木あった」
 ユフォアリーヤの指した先に、確かに見た目からして立派な木の枝が落ちていた。乾いており、先端が少し折れ曲がった先端が自然らしい。
「上出来だ。もっと色々見つけて人数分の武器を作らないとな。四人分だから……大体何個集まればいいんだ」
「四個……?」
「そう簡単な話で済めばいいんだがな。ま、武器になれそうな物があれば随時採集だ。数あって損はないだろう」
「……ん、そうだね」
 まだ始まったばかり、焦る必要のある時間ではないのだ。
 少し離れた所には石井 菊次郎(aa0866)とテミス(aa0866hero001)が歩いていた。人工物にまみれた都市のコンクリートを歩く時の音と、この島を歩く時の音は相異なるものだった。
「今度はサバイバル訓練と言うわけですね」
「確か一人を除いて全滅するまで果たし合う訓練だったか? 幾人消し炭に出来るか楽しみだな」
「……全く違います、テミスさん。それはバトルロワイアルです……しかもダメな方の。自然の中で一定期間無事に過ごせるかと言う訓練ですよ」
「して、これからどう動くのだ」
「ひとまず、俺は作戦通りに動こうと思っています。武器の制作は麻生さんが担当してくれているので」
 事前にチームのメンバーは作戦内容を決めていた。―狼群―という名前だ。
 二人は島を歩きながら電波塔を探していた。その電波塔に登り、島全体を眺めるためだ。広く晴れた空で、島の景色というのも美しく見えるだろう。
 歩いて五分足らずで一つの電波塔に辿り着いた。
「下で待っていてください」
「一分で戻ってくるとよい」
「努力します」
 空に少し近づいた。今日は風の動きも弱く、何かに揺られる事なく見渡す事ができた。あまり大きな島ではないために、すぐにエリア内の推定を終える事ができた。といっても足場も悪く森林も多いせいでそう容易く終えられる訓練ではない。高い所から見下ろしていると、穂村 御園(aa1362)とST-00342(aa1362hero001)が歩いている所も見る事ができた。
 穂村は石井に大きく手を振ったが、石井は目的が終わると颯爽と電波塔を下りていった。
 結局二分経った。往復で一分、偵察で一分だ。
 降りれば、一分の遅刻だとテミスが待ち構えているのかと思えば、両手に大きな枝を二本持って石井を待っていた。七十センチメートルはあるだろうか。人の足の長さ程度だ。
「武具として使えるだろうと思ってな」
「良い物だと思います。どこで拾ったのですか?」
「草の中に紛れ込んでいた所を見つけただけだ。他にも枝はあったが、その中でも上質な物を厳選したという事だ」
「では後々、合流した際の成果物としましょう」
 ところかわって、木の数が少なく小さな草が広がる小さな広野で、穂村はST-00342にこんな事を尋ねていた。
「眼があった気がするんだけどなあ……」
 電波塔を下りていく石井を見て、疑問符を頭の上に浮かべていた。
「高所は風が強いから、しっかりと体を支える必要があるのだ。不用意に手を外せば、命取りになる」
「あ、そっかあ。よかった、嫌われちゃってたかと思った」
 穂村もまた狼群の下で動いていた。主に地形の把握だ。
 島には動植物が豊富だった。自然の集落地のような場所で、小規模ながら食物連鎖の顛末を知れるような場所だろう。その島は人間の出入りを拒まなかった。木々や動物達はむしろ、いつもと違う光景に興味津々だったようだ。
 ST-00342の肩の上に蝶々が乗った。青く煌びやかな羽で、うねる触覚までこだわりの美麗さを持っている。
「エスティそのまま! じっとしてて……!」
 言われたままST-00342は微動だにせず立ち止まっているが、数分もその状態が続くものだからなんなのだと声に出した。
「こんな綺麗な蝶々滅多にいないよっ。しっかりと目に焼き付けておかないと!」
「しかしこのままだと――」
「しーっ。静かに! 驚いて逃げちゃうかもしれないから」
 ……。……。――。
「ふー、もう動いて大丈夫だよ。そういえばなんていう名前の蝶々なんだろう? その子」
「ST-00342の情報に名前は入っていない。希少種、だろうか」
「へえ~」
 蝶々もどこかへ散歩しにいってしまったので、再び歩き始めようと一歩足を踏み出そうとした途端、穂村は盛大に転んだ。
「おっとととっ」
 迅速にST-00342が救助したおかげで参事は免れた。
「御園、歩く時は足元の確認を怠ってはいけない。足場は悪いのだ」
「う~ん。おかしいなあ……」
 一体どこに転ぶ要素があったのだろうかと不思議がっていると、奥に見える森林の通りから椋実(aa3877)がのこのこと歩いてきていた。英雄であり、鳥である朱殷(aa3877hero001)も一緒だ。
「あ、椋実さんっ」
「……どうも」
「やあやあ二人とも! 調子はどうかな?」
「ぼちぼちかなー。さっき綺麗な蝶々を見つけたくらい」
「蝶々か! 俺はさっき生茂ったキノコ群を見つけたぞ。食料になると思ったんだが、明らかに食べられないと言われてしまってな! 良い紫色をしていて食べ応え抜群だと思ったのだが」
「そ、そうなんだぁ。大発見……なのかな?」
 キノコを根元から引き抜こうとした朱殷を止めたのはもれなく椋実だった。
「食べ物、調達してくる」
 彼女は穂村に言った。
「あれ? ご飯って支給されるんじゃなかったっけ?」
「支給されるだけじゃ腹が減るかもしれないからな! 安心して俺に任せても良い!」
 それじゃあ……と穂村は二人に狩りを託すことにした。狩りといっても簡単な仕事ではない。しかしその分、もし良い獲物を見つける事ができれば美味しい料理を食べる事ができるのだ。新鮮さをうりにしているレストランなんか目に無い程に。
「楽しみだね、エスティ!」
「ST-00342はそこまで楽しみだとは……」
 美味しい夜ご飯のために、よし、と穂村は気合いを入れなおして歩き始めた。さすがに、もう転ばない。

●同日 ~防衛チーム~
 襲撃チーム同様、防衛チーム側にも武器は無いため、まずは素材の確保から始まる。だがその前に、赤城 龍哉(aa0090)は拠点の場所を確認していた。最初に向かったのは海辺に近い場所にある小屋だ。海の見渡せる場所に建てられている小屋は、島の中でも足場の良い場所で、一般人でも難なく歩ける場所に設置されている。
 三角屋根の家はあまり頑丈には作られていない事ははっきりと見て分かった。
「一番見つけやすい奴だな、こりゃ。立地条件が悪くねえからな」
「そうですわね。見つかりやすいものの、護り易くもありますわ」
 小屋の周りを一周していたヴァルトラウテ(aa0090hero001)は、周囲の状況を見て言った。罠を仕掛けやすく、戦闘場所としても悪くない。
 次に向かった拠点は、森林の奥深くにある小屋だった。日当たりが悪いのは大きな木が日光を遮っているせいだろう。この小屋は作ってあまり時間が経っていないのだろうが、ところどころ苔のような物が発生している。
 この拠点は背中側に大きな落差ががあった。足を踏み外せば命取りになりかねない高さで地面が隆起している手前側に設置されているのだ。そこに辿りつくには半螺旋状となった坂道を下る必要がある。
 坂道も急で、一般人ならば恐れの生じる場所だ。坂道には小屋を建設する際にできたのだろう、擦ったような後が残っていた。
「これならカモフラージュできそうだぜ」
 防衛チームである二人には最初に拠点の場所を知らされているというのがルールだが、そんな二人ですらこの拠点を発見するのは少し苦労した。似たような森林が続くせいで方向感覚は狂うのに加えて整理されていない道が延々と続く。森林の香りは美味しいものの、それを堪能している場合ではない程だった。
「どうやって隠しましょうか……」
「少しでも時間稼ぎになれりゃいいんだけどなあ。いっそのこと、建物は解体してパソコンだけ周囲に紛れるようにしちまっても良いか」
「大胆ですわね」
「禁止はされてねえからな。襲撃側もビビるんじゃねえか。――そんで、建物を解体した時に出てきた素材で他の拠点を護るってのも手だぜ」
 大胆な所は赤城の性格が所以しているだろう。ゲームの提案者である坂山も驚くような作戦内容だ。
「残った拠点を確認しにいくぜ。ついでに誰か探してみっか。解体作業、さすがに少人数だと大変だぜ」
 赤城とヴァルトラウテが拠点の下見をしている間、御神 恭也(aa0127)は慣れた手つきで次々と罠やサバイバルで使う物の制作をしていた。
 手短な岩を砕いて発生したナイフ代わりの石器を使用して、木の枝を削って弓を製作したり蔓を束ねて網を製作したり、その作業は順調に進んでいた。拠点周囲の罠作りも欠かさない。
「訓練なのに、なに本格的に武器を作ってるの……」
 傍らで言葉をこぼしたのは伊邪那美(aa0127hero001)だ。御神は苧と弦を束ねている所だった。
「失敬な、本来なら黒曜石を探して鏃や手斧を作成している」
「訓練でよかったと思うよ……」
 太い木の枝と蔓で作った弓矢を試し撃ちして満足のいく出来上がりだと確認すると、次に罠の設置に取り掛かった。さっき赤城が最初に見つけた拠点の周囲まで向かう。
「二本の草を結んでもらえるか。輪っかを作って、足に引っかかるように」
「わかった」
 草むらの中で、その簡易的トラップは抜群の潜入具合だった。罠を設置した者も油断すれば引っかかってしまうだろう。
「何個か作ったんだけど、こんな単純な罠に引っ掛かるの?」
 素朴な疑問だ。
「単純だからこそ、掛かり易いぞ」
「ふうん。確かに、そうなのかな。……そういえばさっきから何してるの?」
 見た所、御神も何か罠を作っているようだったが、それがどう作用する罠なのかは一見して理解に追いつかない物だった。
「後々分かるだろう」
 罠を作成している所に丁度通りかかったのは桜木とシウ ベルアート(aa0722hero001)だった。二人も鋭利な石器をサバイバルナイフの代わりとして製作し、準備を整えていた。既にテントも張ってある。
「こんにちは! 島を散歩してたんだけど、すごい綺麗だったんだー。本当に冒険しにきたみたい」
「綺麗な所だよね。ゴミとかも全然落ちてないし」
「そうそう。本当に自然を満喫できるんだよね。楽しみにしてたんだけれど、本当にこれから楽しくなりそうだよー」
 二人は拠点の下見の最中で、別の二つの拠点は確認してここが最後の確認場所であったという。その間、他のエージェントには遭遇しなかったそうだ。こういうとミステリー小説らしくなるが、小さな島に見えて、そうではないという事なのである。
「なるほど、足を引っかけるために罠を作ったんだ」
 伊邪那美の作った罠を見つけたシウは、しゃがんで、指で草に触れた。頑丈に結んであり、人を転ばすには適した罠だった。
「あまり目立たない。僕も気を付けて見なければ、知らずに掛かっていたかもしれないな」
「うん。足元に注意して歩いてね。拠点の近くはボク達が罠を色々作ってるから危ないよ」
「無論だよ。味方の作った罠にかかるなんて、そんな阿呆な真似はし――な"ッ」
 拠点の確認に向かおうとしていた桜木とシウに向かって伊邪那美は注意を促したのだった。中身は他の拠点と同じか、少しでも違いはあるのか。外だけではなく、中も確認する必要があったため、小屋に近づこうとしたのだった。
 気付けばシウは宙にいた。しかも、頭と足を逆さまにして。
「大丈夫?!」
 驚いた伊邪那美はすぐにシウの安否を心配したが、ただ味方の作った罠にかかっただけで、他の傷はなかった。おそらく。少なくとも、周りから見る限りでは。
「な、なるほど、これは良いトラップだな。これなら時間稼ぎに十分だ」
「すまない、注意をすればよかったんだが」
「いいんだ御神君、これで君のトラップがいかに正常に動くかが分かったのだからね……」
「本当にわざと引っかかったの?」
「勿論だよ。実演しなければ分からない事も多いはずだからね」
「とりあえず降りたらどうかなぁ」
「ああ、降ろしてはくれないんだね」
 御神がシウを下ろしてひと段落がついた。
 防衛チームにはもう一組、皆月 若葉(aa0778)とラドシアス(aa0778hero001)のペアがいる。今はディナーに備えて皿や箸、飯盒を作っている。自然に生えていた竹を使っての製作だ。
「あれ? 結構難しいな……」
「……貸せ」
 道具の製作がまた難しい。適度な力と空間を理解する力、バランスを保たなければ上手には作れないのだ。皿も箸も、作るには技術が必要となる。皆月は手間取っていたが、ラドシアスの援護で何とか道具作りを進めていた。
「早いなあ。よくそんな簡単に作れるね」
「簡単だ。やり方は分かっただろ、次は自分で作ってみろ」
「あー……早くてよく見えなかったから、もう一回!」
 世話の焼ける。そう言う眼差しの後、面倒がりながらもラドシアスはお手本をもう一度見せてやるのだった。竹を、最初は力を入れてナイフで剃り、段々力を薄めて……。それを、形が整うまで繰り返すのだ。

●一日目 夜 ~襲撃チーム~
 集合地点には既に六人のチームメンバーが揃っていた。遅れてきた椋実達の手にした籠には、狩りで得た獲物達が乗っていた。腰からは狩猟用で使ったボーラ、スリングがぶら下がっている。
「戻ったぞ! 今日の晩飯やおやつに食べられるんじゃないか?」
「わー色々乗ってる! 御園、何食べようか迷っちゃうな」
「……果物もあるよ」
「お二人ともお疲れ様です。先ほど食料が運ばれてきました。こちらがリクエストした品物は全部、届いてます」
 昼間の間に作った調理器具、皿は既に準備万端だ。もう日も沈んで、夜の海が月明かりに照らされる時間だ。
「たくさん動いたから今日は腹が減った! 後は食って明日に備えて寝るだけだな! 調理は俺がやろう」
 二人の帰りを見計らって既に火を起こしていた麻生は、籠の中に入った、血抜きの済んだ鳥を程よい大きさに切ると、串に刺して火で炙った。生の火で焼く鶏肉は音を立てながら焼けていく。油が下に落ち、炎が一瞬滾る。すぐに鎮火するが、油が落ちては落ちてを繰り返して火の強さは増していく。
「……しゅあん手際いいね」
「まぁ勝手知ったるってやつだな! 鳥だし!!」
 空腹を刺激する、良い香り。しかもここは森で、食卓には仲間達。夜の森というのは恐怖さが伴うが、こうして仲間と火を囲んでいると面白味へと変わり、風情となる。
 また油が落ちて炭が動いた。炭が動くと、一斉に香りが周囲を包む。
「美味しい!」
「うむ、良い味だな」
「……うまうま」
 BGMの代わりに、森が様々な音を奏でている。色々な要素があって、都会じゃ一生味わう事のできない上品な一時であった。別の場所からも煙が立ち上っており、襲撃チームも似たようにこの味を噛んでいるのだろう。
 ディナーの興を作ったのは穂村であった。彼女は焼き鳥の串を置いてこう口にしたのだ。
「今日はみんなにとっておきのお話を紹介するねっ。これはね、むかーしむかしのお話なんだけどね――」
 ――ある所に財宝を巡って海を旅する海賊がいたんだそうな。その海賊達はとある呪われた島に降りて財宝を盗むの……。
 そして帰ろうとした時……その悪霊がついに、海賊達にお仕置きを開始して、次々と惨殺されていっちゃうの。生き残った数人の海賊達は洞窟に立て籠もるの。この悪霊はね、火が苦手。だから、海賊達は必死に必死に、火種を護り続けた……。
 だけど、死んだ仲間が生き残った海賊達を騙し始めたの。偽りの黄金、晴れた空……。海賊達は騙されて、火種を守る事も忘れて洞窟の外に出て、そしたら風が吹いてそして! ……火種は消えてしまう。
「……逃げ惑う足音と悲鳴が一頻り続いた後には動く者は誰も居なくなりました……きゃー、言わなきゃよかった! 怖い! 麻生さん!」
 自分が口にした事だというのに、穂村は麻生の腕を掴んだ。
「……その時点で重要なのは火を絶やさない事だ。彼等の行動は理解出来ない御園」
「その話、この島での出来事じゃないだろうな?」
「ひい、もっと怖い……!」
 目の前に見えている火が心強い。ここに怖がりなリンカーがいればかなり混沌としてしまっただろう。夜明けまでずっと炎を見張る事すら成し遂げるのではないだろうか。
「どんな悪霊であろうと我に任せるといい。一瞬で煙へと変えてやろう」
 火よりも心強い英雄がここにいる。
 怪談話はやはり興を盛り上げるもので、その後もしばらく続いた。悪霊をいかに撃退するか、この島に財宝があったらロマンがある……などなど。
 一区切りついたところで、麻生が話を切り替えた。
「ああそうそう、集合する前に拠点を一つ見つけたんだ。そのまま襲撃する……っていう手もあったんだが、一応みんなの意見を仰ごうって事で待ってたんだ」
「そうでしたか。場所は覚えてますか?」
 串を口に挟んだまま、麻生はポケットから取り出した地図を火の近くに置き、印のついている場所に指を掲げた。影が差し込む。
「簡易的だが、作った地図に場所は明記してる。ここだな――夜間に突入する事も考えたんだが……夜の森が危険だとは誰もが知った事だろうし、明日に持ち越さないか」
「俺もその案には賛成です。明日の朝、仕掛けにいきましょう。作戦内容は後ほど再確認しましょうか」
 本番は明日からだ。休息という行いは最大の準備である。急いで行う必要がないのならば、一度は身を静める事が一番だ。初日という事で、疲れは溜まっている。
 食事が終わり、そろそろ香りが空腹の刺激にならなくなってきた辺りで一同はテントの中に戻った。麻生は寝袋に包まり夜更けを迎える準備を整える。
「ん、隙あり」
 一人で気持ちよさそうに寝ている麻生の寝袋の中に、ユフォアリーヤが侵入して突然窮屈になった。
「お、おいおい。二人入るようにはできてないぞ。……まったく」
 重い物に押しつぶされるような悪夢を見ない事を祈りながら、麻生とユフォアリーヤは睡眠に旅だった。
 椋実は木の上で横になる朱殷の腹を布団代わりに、羽根を毛布代わりにしていた。
「……まぁいいけどよ」
「あんましうごかないでねーおちる」
「なんだろうなこの不条理感」
 中々趣きのある椋実専用の良いベッドだ。本物のぬくもりを感じる事ができるのだから。

●二日目朝
 朝を迎える。皆月とラドシアスは前日に赤城と小屋を解体していた。赤城はその時に出た資材を使って海を見渡せる小屋の守りを固めて、皆月はもう一つの小屋への防衛に向かっていた。森の浅い所に設置されていたその小屋の近くには川が流れている。
「ハッキングされなきゃ勝ちだろ? ……コンピュータ壊せれば楽だよな」
 作業を進めながら何の気なしにラドシアスが呟いた。
「……いや、それ訓練にならないからね?」
 大体補強が済んだ所で、ラドシアスが不意に息を止めて皆月に静寂の指示をした。二人は屋内でしゃがみ、音を立てずに外に聴覚を集中させる。
 小動物や鳥ではない音があったのだ。二人が設置した鳴子が機能していた。
「……おそらくチーム全員でここを攻めている。二人や三人分の足音じゃない」
「ど、どうしよう?」
「焦るな。少しでも時間稼ぎをする事を考えろ。俺はコンピュータのバッテリーを抜く、若葉はここで待機していろ」
「分かった……!」
 片開き戸には簡単に開かないように木の板を打ち付けている。一つの拠点を失う事を前提で、時間を稼ぐ事だけが今の仕事だった。外からは罠に戸惑う声や、それでも小屋に近づいてくる足音が聞こえてくる。
 ラドシアスはその間にバッテリーを抜き取り、ポケットへと忍ばせた。準備十分、そう判断したところで、二人は迎撃の体勢となった。
「来るぞ」
 その言葉の合図と同時に扉が打ち破られた。後ろに退いた二人は、扉の奥に見える石井と麻生の二人に弓矢と手裏剣を投げた。二人はそれを回避して扉から離れたところを皆月が追い打ちをかけるように外に出て連撃を続けた。
 外にはラドシアスの予測通り、襲撃チームの全員が揃っていた。ラドシアスはなるべく接近戦に持ち込まないように弓矢で近づくエージェントに一人一人威嚇射撃を放っていた。
 圧倒的に不利ながらも、一秒でも時間稼ぎを……。
 穂村はボーラを使って皆月の持っていた武器を落とした。その一瞬を境目に一斉に攻撃が飛ばされてきたラドシアスは皆月と小屋の入り口を離れた。その隙に石井が小屋の中に侵入してコンピュータのハッキングに向かったが、バッテリーが抜かれている事にすぐに気づく。
「なるほど、賢い判断ですね」
 バッテリーの在処は二人が知ってると予想した石井は、麻生と連携を取って皆月とラドシアスの拘束を急ぐ事にした。椋実が木の陰から放った果物の弾丸がラドシアスの頬に直撃し、飛び散った果汁が視界不良をもたらした。
「ちッ」
 椋実に気づいた皆月は手裏剣を飛ばしたが、椋実は木と木を移り躱した。続いて穂村の弓矢の攻撃が命中し、健闘をしたものの数の不利さが相まって二人は拘束された。
「……ん、まず一つ。くすくす……」
 拘束の最中に穂村がラドシアスの中にバッテリーがあるのを発見して、拠点一つ制圧完了した。坂山の携帯端末にハッキングができた、という事だ。
「まだ午前ですね。明日の昼が終了ですから、今日中にもう一つの拠点を抑えておきましょう」
「そうだな。他二つの拠点はまだ分かってないが」
 支配者の言葉。石井は皆月から他二つの拠点の情報を聞き出した。他一つの拠点は小屋が解体されており、コンピュータが隠されている事。他一つはほとんどのチームメンバーが守っているという事。
「では警備の少ない、小屋の解体されている方から探しましょう」
 麻生は拘束した二人を解放して、次の拠点へと向かった。コンピュータが隠されている所からの開始だった。森の深い場所と聞いたが、中々見つからない。サバイバル生活の手慣れたエージェントを筆頭に付近を探すも、見つかる気配がない。
「本当にあるのかな……? お散歩は確かに楽しいけど」
「嘘の情報を言う事はまずあり得ません。おそらく、まだ探索不足なのでしょう。捜索を続けましょう、諦めれば敗北は必須です」
 パソコンの場所を知らせてくれるような探知機があれば非常に便利なのだが。本当に見つからないもので、いくら探してもコンピュータは顔を出さない。森の中にある近未来装置という異色さは発見難易度は低いはずだというのに。原始に包まれて、異色すらも覆い隠されているというのだ。
 そのころ、拘束から解放された皆月とラドシアスは他のチームメンバー達と合流していた。桜木とシウ以外、全員が小屋で侵攻を待機していた。桜木達は森の中へ、山の幸を取りに出かけている。
「拠点一つ、守れなかったよ。ごめん」
「ま、気にすんな! 一つくらいどーってこたねぇさ。一つでも守れりゃいいんだろ。もう一つは探すのに手間かかるだろうし、もし見つかったとしてもここを守り切れば上手くいくだろ」
「そういえば、パソコン何処に隠したの?」
「まあ結構下の方だったぜ。実は俺もあんま覚えてねえんだ。なんかよく分かんねえ場所だったからなあ」
「分かりづらい場所でしたわ」
 隠した本人が忘れてしまう程込み入った場所に隠されたという事だ。付近には御神が罠を仕掛けているが、それがどう効果をもたらすか。襲撃チームは無事に発見する事ができるのか、それは探索能力に全てがかかっているといえよう。

●二日目夜 ~防衛チーム~
 今日の日は結局、襲撃チームは隠されたコンピュータを発見して二つの拠点を制圧していた。少し偶然が絡んでいたのだ。鳥や他の動物達が興味津々に集まっているのを穂村が発見して、近づいてみればコンピュータがあったと。午後三時程度の時間だったという事で最後の一つは三日目の朝に持ち越しとなった訳だ。
 ところで今夜は、防衛チームは山の幸を使った野生感溢れる夕食を取っていた。食材として運ばれてきた猪の肉や、高い所で熟れていた木の実を使って、様々な香りの織り交ざった空気を島に流し込んでいた。桜木が全員に配布したクッキー缶を蒸留装置代わりとしているのも良い工夫だ。
 昨日、捕りすぎた余った魚の塩焼きも並んでいる。和気藹々とした風景も兼ねていた。
「良かった……もしかしたら虫とか食べさせらるかと思ったよ」
 昨日から御神はサバイバル生活に手慣れた風貌を見せており、伊邪那美がこの世界で得た知識の一つで、サバイバル最中は昆虫や、普段食べない物を食べると知識を持っていたため、杞憂が湧いていた。
「食糧に切羽詰まってる訳じゃ無いからな」
「それって、食糧の配給が無かった場合は……」
「……虫はタンパク質豊富だぞ」
 夜食を運んでくれるというオペレーターの配慮に存分にグッドマークを送りつつ、夜食は楽しく進んでいった。
「無人島サバイバルか。とは言え、支援ありって辺りが温情たっぷりだぜ」
「やけに実感籠ってますわね」
 赤城はどこか懐かしむような口調であった。
「まだガキの頃、熊が出る山の山頂に放り出された事があってな――」
「おっと、そこまでですわ」
「へえ、赤城君、昔もサバイバルみたいな事をした事があったんだね。その時はどうやって生き残ったのかな」
 シウは焚火の炎に煙草を近づけながら言った。
「どうだったっけなあ」
「……でも子供の頃にクマの出る山にって、よく生き残ったよね。ボクなら無理かも」
「私も無理かなあー。ダッシュで家に帰っちゃうよ!」
「俺もやだなぁ。だってクマっておっかないでしょ? 今はエージェントだから大丈夫だけど」
「あ、でもクマと仲良くなったら解決じゃない? ほら、魚とか釣ってさ、お友達の印にあげる! ……とか、難しいかな」
「確かに……っ!」
 近年でも熊による被害は毎年で続けている。海外だけでなく、日本もそれは問題だ――と、そんな事を話すのは日本の政治家か狩猟家だけで十分であろうか。
 全員の満腹具合がほぼ七割になってきたところで、御神がこう話を切り出した。
「休戦が終わった後、襲撃チームを襲撃する」
 驚いた伊邪那美はすぐに言葉を返した。
「なんで、防御側が攻撃側に攻撃を仕掛けるの!?」
「援軍も無いのに守り続けるなんて、ジリ貧は必至だ。なら少しでも相手の戦力を削って時間を稼ぐべきだろ?」
「なるほどな。なら、俺も加勢するか?」
「いや、目当ては相手の睡眠不足にある。それは即ち、仕掛けた側も睡眠不足になる。遂行するのは俺一人でいい」
「恭也ってやっぱり護衛じゃなくてげりらかてろりすとだよね」
 夕食も終わり、焚火も少しずつ弱まってきた。そろそろ一時間経つという所で、御神は自分の言った通りに襲撃チームのテント付近へ出掛ける準備を整えた。場所は昼のうちに発見している。
「本当に一人で大丈夫?」
「問題ない」
「まあ、恭也の事だし大丈夫だよ」
 御神は絶体絶命のピンチに陥っても帰ってくるだろうと信じられる男だ。伊邪那美は彼が頼りになる事を知っていての、その言葉なのだろう。
 明日は残り一つの拠点を制覇しに、襲撃チームは精力を出すだろう。要するに二日目も本番であったが、三日目はもっと本番だという事だ。終了は明日の昼十二時。残り一個の拠点を、凌ぎきる事はできるのだろうか。

●三日目 朝
 二日目の夜にまさかの事態が起きてしまって、襲撃チームは出だしが遅れた。朝早くからの襲撃だった予定が大幅に狂う結果となったのだ。大きな音が夜の森に響き、寝ている場合ではなかったためだ。
 コンディションはあまりよくない。
「うーん、もっと寝ていたかったかも」
 ご飯に起こされた椋実と朱殷は木の上からゆっくりと降りてきた。朝食を食べたらすぐに出発だ。
「昨日二つ拠点を制圧できただけでも僥倖です。皆さんの準備ができ次第、すぐに最後の拠点に向かいます」
 拠点を発見したのは椋実だった。隠されたコンピュータを探している最中、目立ちやすい場所に置かれていた拠点を発見したのだ。複数人のエージェントが付近で待機していたために襲撃は中止をしたが、今日は全員が集まっているという事なのだから、十二分の用意が必要だ。
 短い食休みを取った後、襲撃チームは動きだした。訓練において狼群を使うのも今日が最後だろうが、本番でも使われるだろう。訓練で改良された作戦が本番に用いられるのだ。
 拠点に最終戦闘を仕掛ける狼達。襲撃チームの基地から少し距離のある場所に、小屋はあった。
「御園、足元に最大の注意を払う事を忘れないように」
「分かってるもん。絶対転ばない~」
 腰を低くして……草陰に隠れて偵察だ。石井は小屋の全体を見渡した後、窓から中を覗いた。中には三人、外には不明だが、隠れて見張っている事は確実だ。
 一歩でも先を歩けばそこは広野で、防衛チームに自分達の居場所を知られる事は必至だろう。襲撃のタイミングが全てを語る。石井がタイミングを司る事に決まり、通信機のスイッチを入れ、数を数えた。
 三……。緊張のカウントダウンが開始された。
 二……、一。
 獲物を狩る狼のように、襲撃チームは一斉に影から身を乗り出した。
「敵襲だよ!」
 歩哨の仕事を任されていた黒木は声を張り上げ、麻生と石井が駆けてくる道筋に炎を発生させた。炎は二人に直撃はしなかったが、黒木の狙いはフレアによるダメージではない。
「おっとッ」
 回避した先にある罠が作動し、麻生は逆さ吊りの状態となった。石井はロープに矢を放ち麻生を解放した。だがその遅れが支障となる。小屋から飛び出した皆月は昨日の失敗を挽回するべく、万力鎖を持って二人に急接近した。石井の所持していた弓に引っ掛けて、地面に落としたのだ。
 武器を落とした皆月は一歩退くと、桜木と頷きあった後に二人で襲撃チームへと反抗を開始した。二人の猛攻は大きな時間稼ぎとなる。穂村は攻撃をやめない二人に素早く矢を放ち機動力を削いだ。
「石井さん、今のうちに!」
「援護射撃、感謝します」
 麻生と穂村が二人を抑えている間に、石井は小屋の中へと急いだ。銀の魔弾で扉を粉砕し――扉を開けたら自動的に発動するようになっていたトラップごと――中へと侵入した。待ち構えていた赤城が槍の持ち手を石井に向けてコンピュータへのハッキングを許さなかった。背後からは椋実が赤城を狙って投げナイフを放つが、御神は矢で対抗してナイフを壁に打ち付けた。
「実力比べといこうぜ!」
 先制して、赤城は石井の足元に狙いを定めて槍を突撃させた。攻撃が命中する前に石井は近距離でボーラを赤城に放ち、攻撃の一時を逸らした。石井は容易く回避する事ができた。
 椋実が背後から援護しているといっても、今の状態は不利であった。石井は呪われたライヴスを放ち、その先には赤城の姿があった。見事に命中した黒いライヴスは、赤城の意識を奪い、地面に伏せさせた。椋実は勝機を計って、駆けながら小屋へと近づいたが足が伊邪那美の作った罠にかかる。
「いたた……」
 更に転んだ先に御神の仕掛けた罠もあり、木に吊るされててんやわんやだ。
「あー……」
 石井は赤城が眠っている間がチャンスだという事を既に知っていた。一気に勝負を畳みかけるように、御神に接近戦を仕掛ける。桜木と皆月は石井以外の襲撃チームを小屋に近づかせないと、彼らも相当の実力者である事は確かだった。石井の行動が勝負にかかっていたのだ。
 屋内に罠がない事が分かると盾を持って至近距離まで近づいた。椋実はその頃には罠を脱出している。矢を構え石井の援護をしたが、飛んできた矢を掴んだ御神は片手の力で折り、石井の襟を掴むと柔道の達人のように、気づけば石井を地面に倒していた。
 御神は石井の顔の目の前で拳を止めた。まだ抵抗する術は石井に残されていたが、石井は現状を理性的に認知して、冷静な声でこういった。
「見事な戦いでした」
 残り僅かな時間で硬い防衛チームを突破するのは難しい話であった。赤城はまだいびきをかいて寝ているが、起きるのも時間の問題だ。
 何より、相手にしたのはライオンだったのだ。


 勝敗が決まった。勝利したのは防衛チームであったが、どちらのチームも実践に使用できる作戦であった事に代わりはない。
「防衛チームの人達はおめでとう」
 全員の通信機に坂山の声が聞こえた。残り一つとなった小屋の周囲で、エージェント達は休憩を取っていたのだ。
「実は、今回の作戦の本番は、島にくる前に終わってるのよ。この訓練でどう行動するか、作戦内容を決めるのが本番だったの。勝敗は関係ないって言った意味は、そういう事よ」
「そうだろうとは思っていたさ」
「訓練お疲れ様、良い機会だったでしょ」
「そういえば、食材でリクエストしたカレー粉は? 一日目も二日目も来なかったんだけど……」
「ああその事なんだけれど、……私の独断で決めちゃったんだけど、せっかくだから訓練が終わった後に皆で楽しく食べてもらいたくてね。もうすぐヘリコプターが島に到着するんだけれど、そこに乗せてあるわ」
 ヘリコプターの音が聞こえてきた。坂山が言ったのと同時だ。気が利いていて、エージェント達が集まっている場所に食材は運ばれてきた。
「素材は米とカレールーだけか。まぁ調味料があるなら問題はねぇかな」
「はっはっは! 心配ご無用! ムクが取ってきた鶏肉がまだあるからな! 腐らないようになんとかしといたから、安心すると良いぞ!」
「本当に大丈夫なのかなぁ。でも、キャンプって感じで、楽しいね! 美味しいカレーが出来上がるといいなあ」
「疲れた後のカレー……そう考えるだけでもお腹が空いてきちゃうな」
 腹の減り具合は大きかった。一日目、二日目と非現実的な世界を歩いてきただけで疲れるというのに、訓練で頭脳と肉体どちらも使うとなると、空腹は更に増すものだ。
「料理は俺も手伝います」
「我の舌に合うのが完成するよう、精々頑張るとよい」
「そんじゃ早速作るか。リーヤも手伝ってくれるか?」
「……ん、任せて」
「御園も頑張る!」
「サバイバル料理は対応範囲外ですわ。狩りならばともかく……」
 名づけるなら山の幸のカレーだろうか。川の澄んだ水で米を洗い、木で焚き、その間に大きな鍋の用意や肉、そのほか山で採れた野菜等も混ぜ合う。水分は全て、川の水だ。赤城の作った濾過機も使っているため、水だけでも非常に美味しいだろう。
 そんな水でカレーを作るのだ。
 野菜や肉を切り、少しだけ炒めた後に水を入れ、沸騰させた所にカレールーを入れ……。
「お腹空いた……」
 伊邪那美は鍋の中の素材達を混ぜながら、カレーの香りに、思わず口を半開きにしていた。香りすら食べたくなるような。
 白米も良い具合に完成して、いよいよ盛り付けの時間となった。綺麗な白い砂浜に、カレールーの海が押し寄せてきているかのようだった。その海の中には色々な生物がいて、一つ一つにしっかりとカレーの味が沁み込んでいるのだ。
「美味いッ!」
 赤城はバクバクとすぐに一皿目を平らげ、おかわりの準備を終えていた。
「すっごく美味しい! 御園、試合では負けちゃったけど、カレーが美味しいなら、いいかも……。あ、エスティー。食べ物といえば来週日曜日、Xンダリンホテルのケーキセット楽しみにしてるね!」
「ですからST-00342は緊急メンテナンスの為ラボの予約を……」
 全員で作った料理を堪能しながら、そういえば……と麻生は通信機を坂山につないだ。
「最初にいってた、勝者の賞品って結局なんだったんだ?」
「あ……その事なんだけれどね、実は発注ミスしちゃって、訓練に参加した皆の分の物が届いたの。だから賞品じゃなくて、参加賞という事にさせてもらうわ」
「それで、お楽しみの中身は?」
「花火セットよ。夏も近いから、今にピッタリかなって。最初は商品券とかも考えたんだけれど、それじゃあ呆気ないじゃない? ――あ、あと花火セットは私の財布から落としてるからね、安心していいわ」
 訓練後のキャンプはそれから何時間も続いていた。ヘリコプターの中にはカレーだけでなく、デザートとなるアイスも入っていて、余興まで堪能できる物であったのだ。
 エージェント達が楽しんでいる間、H.O.P.Eの職員が罠の解除や小屋の解体、その他ゴミがないか確認する作業もしていたが、エージェント達に配慮して彼らは楽しんでいる間を邪魔しなかった。
 坂山がこの訓練を提案したのは単に、次の大きな襲撃に備えての訓練という名目だけではなかった。人の不幸や、闇を、嫌でも直視しなければならない運命を背負ったリンカー達に対して、「いつもお疲れ様」という意味もあったのだ。
 お迎えのヘリがきて、エージェント達は足並み揃えて島から退室した。遠くへ、遠くへと消えゆく島は確かに、確かにエージェント達を見送っていた。
「これからも頑張れ」……と。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 病院送りにしてやるぜ
    桜木 黒絵aa0722
    人間|18才|女性|攻撃
  • 魂のボケ
    シウ ベルアートaa0722hero001
    英雄|28才|男性|ソフィ
  • 共に歩みだす
    皆月 若葉aa0778
    人間|20才|男性|命中
  • 温もりはそばに
    ラドシアス・ル・アヴィシニアaa0778hero001
    英雄|24才|男性|ジャ
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • 真実を見抜く者
    穂村 御園aa1362
    機械|23才|女性|命中
  • スナイパー
    ST-00342aa1362hero001
    英雄|18才|?|ジャ
  • 巡り合う者
    椋実aa3877
    獣人|11才|女性|命中
  • 巡り合う者
    朱殷aa3877hero001
    英雄|25才|男性|シャド
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