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狐の嫁入り
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プレイング卓
最終発言2016/06/01 11:14:10 -
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最終発言2016/05/31 09:48:05 -
狐面、天羽仰ぎ慟哭す
最終発言2016/06/03 23:43:12
オープニング
●狐の嫁入り
狐の嫁入り――それは別名天気雨と呼ばれる。
晴れているのに雨が降るのは狐の仕業、そう昔は考えられていたからだ。
そしてその由来は、狐が人を化かすことにある。
昔は今とは違い、余所から嫁を娶る時には夜に行燈行列とともに花嫁はやって来たのだ。だからこそ、予定のない行燈行列は狐の嫁入りとされ、更には同じように晴れなのに雨という怪奇現象も一緒くたに同じものと考えられていたのである。
しかし、その一方で狐は神の使いとも古くから言われているのだから、そこが不思議なところだ。
人間には人間のコミュニティがあるように、動物には動物のコミュニティがあるものだ。
人間には彼らの言葉は聞こえないけれど、会話しているように見えることはないだろうか? だからこそ、人間は漫画やアニメなんかの世界では動物同士が会話をしているものとしてそういう題材を扱うことも多々あるのである。
そして、ここまで長々と引っ張ってきたわけだが、今日は一匹の狐の嫁入りであった。
嫁入りといってもたいしたものではなく、ただ一匹の雄の番になるだけであった。
野生の動物にとって、強い個体と交わって己の血を残すのは重要なことである。
この雌の狐はこの辺りでは一番強いとも言われる雄に求婚され、有頂天であった。
狐ははやる心を抑えきれないまま雄の元へと向かった。
その姿を見つけた時には、狐なのに猫なで声のような甘えた声を上げる程である。
近くに行った所で、大きな音が響いた。
バンとも、ドンとも聞こえる耳障りな音である。
あまりにも大きな音に足を止めて音の方向を見、そして雄の方を見たらその雄は頭から血を流して倒れていた。
狐は驚き、目を見開いた。そして、何かが近づいてくるのを感じて慌てて身を隠した。
茂みが揺れる。
現れたのは人間であった。
肩から厭な臭いのする長筒を担いでいる。つまりは、猟銃だ。
「へへっ、やったぞ」と一人の男が言う。もう一人の男は「これはなかなかの毛並みじゃねぇか」と値踏みする目で雄の狐を見ている。
男は雄の狐の足を縄でまとめて肩から担ぐと、「他にも何かいるんじゃねぇか」「次の獲物を探すぞ」と歩き始めた。
男達が近くを通った時、狐は怖くなって茂みの中で小さくなった。
狐に気が付かず男達は去った。残されたのは番を殺された哀れな狐であった。
狐は知らなかったが、男達は許可なく山々を荒らしまわって獣を狩る者――つまりは密猟者であったのである。今回、雄の狐はその獲物になってしまったのだ。
狐はふと我に返った。
先程雄の狐が殺されて連れ去られ、地面に落ちた血を眺めていたらふつふつと怒りと悲しみが綯い交ぜになったものが沸き上がってきた。
聞く者を物悲しきさせる鳴き声が響き渡る。
狐は大きな声で鳴いた。啼いて、哭いて、泣いたのだ。
そのやるせない想いが狐の中で大きく大きく膨れ上がり、その顔を鋭いものに変えた。
雨が降っている。
ざーざーざーざー、晴天といっても良いのに強く雨が降っている。激しく降り注ぎ、まるでスコールのようであった。
狐の身体は先程よりも一回りどころではきかない程大きくなり、その毛並みは驚く程美しい。それこそ、まるで嫁入りの為に手入れされ、人間でいうのなら花嫁衣装を纏っているようであった。
そして、驚くべきはその尻尾だ。
一本だった尻尾が増え、九本になっているのである。
九尾の狐である。従魔化することによって、狐は自身の格を何段飛ばしにも上げてしまったのだ。
そしてそんな狐の周り、その周囲にはまるで行燈行列のように鬼火が遠くまで浮かんでいた。
解説
●目的
→狐の従魔を倒すこと
●補足
→激しい雨が常に降り続いているような状態です。
それによって山の麓では土砂災害や川の氾濫などが起きている始末。
早期の解決が望ましいです。
→狐の従魔が原因なので、従魔を倒せばこの自然現象は止まります。
→狐の従魔の近くに行くと鬼火が点々と、それこそ行燈行列のようになっているので、狐の住処の近くまで行けば簡単に見つけられます。
→狐は従魔化したことで九尾になり、とても賢いです。
鬼火での攻撃は勿論のこと、九つの尻尾を自在に操り、また、大きさも変えられるようになりました。
牙も爪も鋭いので、攻撃範囲は中近距離といったところでしょう。
また、化かすのが得意なこともあり、幻覚を見せてくることもあります。この幻覚は目を合わせると発動するので、目を合わせなければ大丈夫ですが、尻尾に捕まると強制的に目を合わせられることがあるので注意しましょう。
リプレイ
●山の麓にて
雨が降っている。
ざぁざぁと正にバケツをひっくり返したような土砂降りである。
それなのに天気は雲一つないような晴天であり、奇妙な程の天気であった。
周囲を見回し、そしてそこから感じられることに『嫌な空気だね……場が少し殺気立ってるよ』と伊邪那美(aa0127hero001)は不安そうに眉根を寄せた。その横で、御神 恭也(aa0127)は一同の様子に視線を走らせ、「不味いな、九尾に同情し過ぎている者達がいるな」とそう呟いた。
確かに今回の事は同情すべきことなのであろう。しかし、従魔は討伐するというのが恭也の考えであった。
「良い天気なのに雨ですか…。まるで…誰かが泣いているみたい…」と鈴音 桜花(aa1122)は共鳴し、九尾の姿へと変わった。
悲痛そうな表情と声でAlice(aa1122hero001)は『狐の声が聞こえるのです…泣いている声が…。だから助けたいのです』と言った。それに「貴方が言うなら本当なのね…。いいわ、私は見守るから、助けてあげなさい!」とは頷き、更にAliceは『ボロボロになっても、私は狐の貴方を助けたいのです! だから…だから!』と言葉を重ねた。
現状を目の当たりにし、柳生 楓(aa3403)「……被害が大きくなる前に止めなければ」と言うが、『……』と氷室 詩乃(aa3403hero001)の反応はない。
その様子に訝しがり、「……詩乃?」と声を掛けると、彼女は吐き捨てるようにして『……ああ嫌だ。ここには、ボクの大ッ嫌いな、悲劇の気配がする』と忌々し気にそう言った。
楓は「被害が大きくなる前に狐を何とかする。詩乃がしたいことがあるのならそれを手伝う」、詩乃は『狐の完全な死で狐が紡いでいる悲劇の幕をおろす』というのが今回の真情であった。
目を伏せ、『番いになる筈だった相手を目の前で殺されて…雌狐の無念、察するに余り有るわ…』とレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)は言う。そんな彼女に、狒村 緋十郎(aa3678)は「しかしこの自然災害…このまま放っておくわけにもいかんだろう」と現実を指摘する。
すると『ええ、最後の手段としては狐を殺すわ。でもAliceの目指すところも、その気持ちを汲んであげたい、とも思うのよね…。わたしに言わせれば、動物も人間も、等しく下等な生き物だわ。人間の都合だけに合わせてあげるつもりは、微塵も無いのよ』と言った。
『呼んでる、の…誰?』と、アイリス・サキモリ(aa2336hero001)は虚ろな目でそうつぶやいた。そしてアイリスは足を進める。しかし、その姿を見ている者は誰もいなかった。
そのすぐ後に、防人 正護(aa2336)は彼女の姿が見えないことに気が付いた。すぐさま名前を呼ぶが、反応はない。そんな正護の様子にメンバーが声を掛ける。
「アイリスを知らないか!? あいつ水っ気というか雨が苦手なのにどこにもいないんだ!!」と、正護の声が大きく響き渡った。
それを聞き、焦ったように楓が「っ……! 探しに行かないと……!」と言う横で、詩乃は小さく『……アイリスは多分狐のところに一人で向かったんじゃないかな』と呟いた。
それとほぼ同時刻、先に現場入りしていた魅霊(aa1456)とR.I.P.(aa1456hero001)は、痕跡を探っていた。
枝が折れていたり、草が踏まれていたり、そんな細やかな足取りを探していた。
この雨だ。血や匂いなんかはもう残ってはいないだろう。しかし、狐が殺されたのだから、何らかの手がかりはある筈である。
焦るかのように「何か手がかりは……」と魅霊は呟いた。
●……
アイリスであり、アイリスでない何かは導かれるまま九尾の元へと足を運んだ。
アイリスは英雄ではあるが、邪英へと転化したのである。何が彼女をそうさせたのかははっきりとはしない。しかし、何かに共鳴して彼女はそうなってしまったのである。
近づくアイリスを九尾は警戒するように睨み付けるが、アイリスはにやりと口角が上がった。
《…嗚呼、御主か…妾を喚んだのは…、…不憫な、主の記憶も感情も全て妾に流れこんできた》
その声はアイリスのものではなかった。そしてまた、表情も人を食ったかのような醜悪なものへと変わっている。
《安心せぇ、…妾もまた、人族に怨みを持とう。…朋に参ろうぞ、番を砕きし輩を穿ちに…》
●捜査開始
アイリスの姿は依然として見つけられないものの、一同は山へと足を踏み入れた。
まずは密猟者を見つけることが先決だと、そちらへと目を向ける。この事態のそもそもの元凶である彼らには、少なからず痛い目を見れば良いとそんな風に思っている節があるからだ。
先に山に入っていた魅霊は、その頃一つの空の薬莢を見つけていた。
検分するに、どうやらそう古い物ではないように思える。このぬかるんだ土の上にあるのが良い証拠だ。それにそもそも、ここは狩猟禁止区域の為そんなに沢山薬莢がある筈がない。
『例の密猟者の物でしょうか?』と尋ねるR.I.P.に「その可能性が高そうですね」と魅霊は頷く。
薬莢もそうだが、ここまで魅霊がやって来たのは動物がつけたにしてはあまりにも不自然な位置にある枝が折れているのを辿ったのだ。それでここまでやって来たのである。そしてそう時間が経っていないと思われる狩りと、この短時間の間に従魔による災害被害。
このことから魅霊は「人間側の行動に対する怒りが、ライヴスを従魔化の形で作用させたのでは」とある種の仮定を立てた。
『それで、どうしましょうか?』という問いに「そうですね」と魅霊は思案する。そして、オペレーターへと連絡を取った。
「この山への立ち入り情報を教えてください。該当人物の捜索及び保護をした方がよろしいかと思います」と。
魅霊からオペレーターに連絡がいったことにより、他のメンバーにも一報が入った。
プリセンサーの予知による密猟者の顔を詳しく訊き、そして人相書きを作る。その後、近隣の住人の証言や山の近辺、高速道路料金所等の防犯カメラ画像等を確認し、残された弾丸から銃器の種類等割り出し、銃火器店等にも照会するというのが緋十郎の案である。
最後の銃器の割り出しというのは、魅霊が見つけた薬莢から可能である。その上、既にオペレーターへの連絡を入れていることで人物の照会も済み、人相書きの裏付けも取れたのも同然だ。
そのことを踏まえ、密猟者が何時頃山に入ったのか、もう下山したのかということを確認していく。
住民に尋ねた所、密猟者はまだ山から下りて来てはいないということが分かった。
銃を背負い、明らかに狩りをする風貌に住民が訝し気に思って覚えていたとのことだ。
ごく稀に、山に入っていく密猟者然とした男達には住民たちも良く思っていなかったようだ。それはそうだろう。あんなに物騒なものを持って山に入って行くのだ。間違って撃たれでもしたら怖いと思うのは至極当然の心情である。
「聞いた話と情報を総合するに、昨日に入り込んだ男達はまだ山を下りていない……となると、この天気だ。何処かで足止めされている可能性が高いだろうな」
緋十郎はそう結論付ける。それに恭也も「そうだろうな。その可能性が高いだろうが、もしかしたら九尾にもう見つかっているという可能性もある。捜すのなら、早い方が好ましいだろう」と続けた。
それを聞き、共鳴した状態で詩乃は『別に密猟者とかどうでも良い……』と言葉通り心底どうでも良さそうに呟き、「まぁまぁ」と桜花が宥める。そんな一同の中、正護だけはいなくなったアイリスのことを想って浮かない顔をしていた。
●山中へ
一同は山に足を踏み入れるが、降り続く雨のせいで足場が随分と悪い。土砂災害などの被害が出る程なのだから、この叩きつけるような雨が続くようだったら近隣住民達の非難も追いつかなくなる可能性がある。
先に山に入っていた魅霊とも合流し、情報を照らし合わせて密猟者達を捜して行く。
魅霊が見つけた痕跡を手分けして探し、そして大分薄れてはいるものの、余程強く踏んだのだろう。木の根元に踏みつけた靴の跡が残っている。
「まだ新しいな……」と、足跡と木の破片を触って恭也は言う。『それってどういうことなの?』と問う伊邪那美に、「ここを通ってそんなに時間が経っていないということだろうな」と正護が答えた。
「だろうな。この雨脚でこの痕跡ということは、ここからそう離れていないだろう」と緋十郎が称し、『早いところ見つけて、どうにかしようよ』とレミアが急かす。
『僕、どうでも良いんだけど…』と言う詩乃を楓は「ここはみんなに合わせましょう」と窘めた。
みんなと行動を共にしているとはいえ、今にも九尾の元へと向かいたがっているAliceを桜花が「焦りは禁物よ」と諌め、Aliceは表情を曇らせながらも『…うん』と頷いた。
そんな中、「いた……」と魅霊が声を零し、『えぇ、見つけましたね』とR.I.P.がおっとりと言った。
密猟者達は洞穴で身を休めていた。火を灯しているから、その様は丸判りである。
この雨で動くに動けないのだろう。悪態を吐きながらも、仕留めたであろう獲物を撫でていた。
その獲物の中に狐の姿があった。流石に狐は食べないだろうから、毛皮か何かにするのであろうか。
密猟者達は銃を所持していたが、構うことなく近づく。
男達は「何だ」「誰だ」と声を上げたが、女性陣が近づき「道に迷ってしまい、雨宿りをさせてください」と言えば、顔を見合わせにやりと笑んで洞穴の中へと勧めた。
「そう…じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ」とそう言うと、共鳴した状態のレミアは容赦なく首を鷲掴みした。
唐突な攻撃に密猟者達は声を荒げるが、「悪いな、容赦するつもりはないんだ」と恭也、「自身の行いを悔いると良い」と正護も其々男の身柄を押さえた。
その傍でくったりとした狐の死骸を抱き、Aliceは『かわいそうに…』と唇を噛んだ。
●遭遇
怯える男達を引きずりながら、悪天候の中を歩いて行く。地面に擦過痕が道のように続いている。
これだけの悪天候だというのに、ある場所に踏み込んでからは雨が降っていない。否、雨が避けているようであった。
鬼火が揺れる。
道でもあるかのように長く鬼火の行列があり、その間を一行は不思議な気持ちで歩いていた。男達が何かを喚いているが、気にせず進む。
開けた場所に出た。
祠のようである。
その前に九尾が優美に座っている。そしてその横に、アイリスの姿があった。
「アイリス!」と正護の声が響いた。
『アイリスちゃん…やっぱりそこに居たんだね』とAliceも声を上げる。
しかし、彼女は返事をしない。口角を上げて醜悪なまでの笑みを浮かべていた。
レミアが『そいつがあんたの半身の仇よ。八つ裂きにするなり何なり…好きにすると良いわ』と男を投げ捨てるように放ると、それに倣い恭也と正護も男を九尾の前に置いた。
唐突に九尾が吠えた。
凄まじいまでの叩きつけるかのような怒気がうねり、唸り、襲い掛かったかのようで突風が吹きぬけたかのようであった。
九尾の口元が三日月のようにしなった。
男達はその豊かな尻尾に捕えられ、恐怖に怯え「ひぃ」と情けない声を上げた。
助けてくれ、と悲鳴が聞こえる。
九尾は男達と目を合わせると、男達は狂ったかのように絶叫を上げた。そして、その男達を九尾は地面へと叩きつけた。
息が詰まる音がした。ごきっと厭な音がした。
何度も何度も地面へと叩きつけられ、それでも男達は微動だにせずに瞳孔を開いて口元から唾液を垂らし、薬物に狂ったかのような異様で異常な様を見せている。
骨が折れ、ひしゃげた人形のように手足があらぬ方向を向いている男達を前に、恭也が「そこまでだ……俺達にこいつ等を裁く権限は無い」と割って入った。これは、一行に向けられた言葉であった。
悪いことをしたとはいえ、九尾に殺されそうになっているのに誰も助けに入らないのだ。だからこそ、恭也は間に入ったのだ。
「怪我程度なら目を瞑るが、殺害や見殺しとなれば話は別だ。小悪党共のせいでこれ以上堕ちる者達を見たくは無い」
悪い奴だからと、ここで見殺しにすれば人としての品位や格が落ちるということを恭也は暗に告げているのである。
だが、獣である九尾に恭也の言葉の意味は伝わらない。復讐を邪魔され、咆哮を上げて襲い掛かってきた。
恭也は九尾の尾を掻い潜ると、ヘヴィアタックを決める。尾に捕まり、あの男達の二の前にはならないように慎重に対策を立てながら攻撃をする。
攻撃を当てると、迫る尾を避ける為に一度距離を取った。
『……あの子は、殺された番いの仇を討ちたいだけなんだよね』と言う伊邪那美に、恭也は冷静に「恐らくはな。だが、無関係な人達に知ってか知らずか被害を負わせた」と言う。
そんな態度の恭也に『でも! 誰も死んではいないんだよ? それでも、討伐するの?』と尚も言い募るが、「少なくとも相手が刃を収めない限りはな」と武器を握る手に力を込めた。
詩乃は言う。『この雨は……悲しすぎるよ』と。
そして『幕を閉じようじゃないか、この悲劇を、君の死をもって。これ以上は無意味なんだよ、君の物語は!』と続け、リンクコントロールでリンクレートを上げると武器を振るう。
その言葉を聞き、アイリスだったものは《彼女を殺す事が救い…だと? そんなもの所詮人族の傲りでしかない! 嗚呼、我が種の苦しみを感じる…訳などなく人族に淘汰され、脅かされれば淘汰し、…そんな世界を、アイリスが望とは思えぬ…、…破壊だ、アイリスのために"また"望ましき世界をっ!!》と心のままにその嘆きと悲しみを訴える。
しかし、詩乃は動じない。自分の目的のままに攻撃を仕掛ける。
扇が開かれる。舞うようにして、尾を掻い潜って詩乃は距離を詰める。
ライヴスリッパーで動きを封じ、そしてライヴスブローを容赦なく叩きこんだ。
しかし、そんな詩乃に向かって魅霊が攻撃を放つ。
殺気を感じ取り、詩乃はほぼ反射の領域でその攻撃を避けた。
『何のつもり』と冷たく詩乃は言うが、魅霊は激怒を通り超して憤怒の表情で魅霊を睨み付けている。
「悲劇からの解放などと、それはその人の妄信でしかない。一個人の自己満足や自己解決のために、番のみならず彼女の命を弄ぶなど、あってはならない! それを行うなど恥を知るべきです!」と、詰る声が響き渡る。
魅霊は極獄宝典『アルスマギカ・リ・チューン』を使用している為に、気分がハイになっている。その為、感情のままに、自分の本心のままに行動しているのだ。
そんな彼女に向かって、詩乃は『……邪魔をしないで欲しいな』と白鳳の羽扇を振るい、白い矢が無数に魅霊へと襲い掛かる。
『君たちには! 大切な人を失いたった1人で生きる辛さがわかるのかい!? そんなことを体験させるぐらいなら……ここで終わらせてあげた方が……』
そう言いながら攻撃をする詩乃の攻撃を避けて接近すると、魅霊はブラッドオペレートを展開する。
「ふざけるな! それはあなたの考えだ! 誰もがそうであると限らないのに、考えを押し付けるな!」
まるで殺しにでもかかっているかのようだ。否、本当にそのつもりなのだろう。高ぶった彼女のテンションがそうさせている。
しかし、詩乃は瞬時にライヴスリッパーで魅霊の攻撃を乱して攻撃の威力を弱めると『この考えがボクの勝手な妄信だって? そうだよ、これはボクの……エゴだ』と突っ込んだ。
九尾に攻撃を仕掛ける恭也に並び、レミアも竜爪に瘴気を漲らせる。
レミア自身も九尾を殺すつもりはないが、それでも九尾は冷静ではない。話の機会を設ける為にも弱らせる作戦に出たのだ。
改造しているだけあって、竜爪の威力はかなりのものである。
飛んでくる鬼火を漆黒のライヴスを纏った爪であっさりと斬り裂くと、攻撃は最大の防御と言わんばかりの思い切りの良さで、疾風怒濤から一気呵成に攻撃を繋げ、容赦なく仕掛ける。
これで狐から従魔が離れてくれればという想いがあったが、九尾から従魔は剥がれない。
流石に野生の動物であっただけのことはあり、勘も良くするりと身をひるがえす。
攻撃が効いていないというわけではないが、上手いこと急所を逸らしているかのようである。
『これは、手強いわね』とレミアは相手の攻撃を見極めようと、武器を構えて重心を低くした。
「アイリス!」と彼女に近づく正護であるが、拒絶するかのようなライヴスが叩きつけられる。
それに正護は一瞬息が詰まるが、それでも近づき、アイリスを抱きしめた。
《えぇい、放せ! 何をする!》
身体を捩り、正護から離れようとするがそれでも正護は放さない。
《放せ、放せと言っているだろう!》
彼女は必死に暴れ、正護も痛みを受けるがそれでも放さなかった。
「大丈夫だ」と、その言葉は何に向けられたのかはわからない。だが、それでもまた「大丈夫だ」と繰り返した。
戦闘が行われている中、Aliceは『ねぇ、貴方は何で泣いているの? 私に教えて…』と優しい声をかける。
動物とのコミュニケーションの鉄板とはいえ、幻術にかかる危険性があるというのに目を合わせて逸らさない。
『私ね、実は誰かに襲われて道で倒れてたんだ、その時にこんな世界滅んでしまえ…っと恨んだ事があるんだ……』
近づいて行くAliceに幻術がかけられる。Aliceの一番辛い記憶――今、彼女が語っている内容のことがフラッシュバックする。幻術とはいえ、悪夢がAliceを苛む。しかし、それでも言葉を紡ぐことを止めない。
『だけど桜花に逢えて、一緒に同じ"道"歩いてくれる人に出会えて、私はまた歩き出すことが出来たんだ』
九尾の尾がAliceに迫る。それを恭也が捌いた。
迫る尾を一撃粉砕で容赦なく引きちぎった。それに激昂するかのように九尾は啼く。しかし、Aliceが抱えていた狐を前に動きが止まった。
その隙に、魅霊の攻撃を掻い潜って何時の間にか接近していた詩乃のライヴスブローが九尾に当たって吹っ飛んだ。身体が大きく揺らぎ、Aliceは慌てて近づいた。
詩乃には「このっ!」と魅霊が飛びかかり、全身で彼女を抑え込んだ。
少し正気へと戻りかけていたアイリスが『お…願い……、…殺……さ、ない…で……』と声を振り絞った。
九尾はAliceに対しても敵を見るような目で睨み付けた。しかし、静かに涙を流す彼女を見て動きが止まった。
『ごめんね』とAliceは言う。
『私の事は信じられないよね。人間は怖いよね。私があなたを救えるとは思ってないけど、悲しみも苦しみも全部受け止めるから……だから、私と一緒に家で暮らそう?』
そう言うと毒気を抜かれたかのような表情をして九尾は小さくなった。
従魔化が解けたのである。
狐に戻ったのだ。
『……九尾は……?』と、完全に元に戻ったもののまだ本調子ではないアイリスが問う。その肩を正護が支えている。
共鳴を解き、『この惨劇の経緯を纏め“密猟者の話”と“狐の保護者になる”』とAliceは宣言した。
その姿を見て、共鳴解除した後詩乃は鼻を鳴らして幻想蝶の中へと戻って行った。その時誰も聞き取れないような小さな声で『……ごめんね』と呟き、一人それを拾った楓は「……うん」と幻想蝶を撫でた。
●戦闘終了
雄の狐の亡骸は、ここに埋めて行くことに決めた。
狐を埋めていた恭也は「俺達に出来るのはこれ位だ……まあ、傍から見たら偽善的な行動だろうがな」と言い、憤慨したかのように伊邪那美は『納得行かないよ。あいつ等のせいであの子は従魔に堕ちたんだよ!』と喚く。しかし、恭也の考えは今回九尾を殺すことはなかったものの一貫し、「奴らは法によって裁かれる。裁きに納得が行かないからと法を逸脱すれば、俺達はヴィランと何も変わらん」とそう締めくくった。
死んだ狐に向け、アイリスは追悼の歌を歌う。
『時が経てば雨はやみ、狐色の月が出る
その時にはもう遅い、貴方はもう戻らない
私が何度も化けれても、思い出は化かせない
貴方の笑顔、眩し過ぎて
この朧月の光に照らされて
私は濡れて会いに行く
私の思い伝えに行こう
霞んだ幸せだとしても…
狐色の月恍の下、提灯の光に照らされて、再び会えるとしたら
2人の霞を取り払おう、真実だけを写して…』
静かに歌が響き、其々耳を澄ませた。
歌を聴きながら、桜花とAliceは労わるように九尾だった狐を撫でる。
魅霊とR.I.P.は良かったとばかりに、瞳を閉じた。
正護は、アイリスが無事であったことに心底安堵していると言わんばかりに笑んだ。
楓は、私は解っているのだということを伝える為、詩乃の入った幻想蝶をそっと抱きしめた。
レミアは緋十郎を見つめ、『わたしだって…もし緋十郎が誰かに殺されたら…そいつのことを、絶対に赦さないわ…。この命に代えてでも、復讐を遂げてみせる…!』と想いを語った。
歌に耳を傾け、其々の想いを抱きながら、こうして九尾の狐の一件は幕を下ろした。
密猟者達はこのまま警察まで連れていかれ、裁かれるだろう。これから先、狐の生に安寧が訪れるのを祈るばかりである。