本部

【神月】連動シナリオ

【神月】セラエノの女

星くもゆき

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
7人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/05/31 18:23

掲示板

オープニング

●魔道着に白衣

 スペイン、首都マドリード。
 どことも知れぬ建物の一室。日差しが差しこみ、明かりの無い室内を照らす。そこに資料や文献を床に広げて思索に耽っている者がいた。決して寒くない季節だが、魔術師然とした濃紫のローブをまとい、フードを目深にかぶっている。
 黙々と、思考の海へ。その深奥へたどり着けるまで。
 しかし、潜行した意識は唐突な電子音で引き戻される。誰かからの連絡。軽く息をついた後、端末を手に取る。その左手の袖の隙間から、ちらりと金属の光が覗く。どうやら片腕は機械化されているらしい。
 すぐに応答はせず、窓際まで歩きながら女は電話の邪魔になるフードを下ろした。
 長い黒髪と褐色の肌が露になる。細いメタルフレームの眼鏡の下には物憂げな表情。身長は170センチほどあるだろうが輪郭は繊細、明らかに女性だ。ローブをまとう姿はオカルトに寄っているが、雰囲気は理知的そのものと言えた。
 窓の外、通りの人の流れを眺めながら彼女は電話に応じた。
「申し訳ありません、マスター・ナイ……」
 受話口から聞こえてきたのは、男の声。謝罪と沈んだ声からして内容は予想できる。
「そう、遺物は入手できなかったのですね」
「はい」
 遺物とは、超常のオーパーツのこと。連絡の内容は、オーパーツはH.O.P.E.によって回収されて手中に収めることはできなかった、というものだった。
 言うまでもなく通話先の男はセラエノ。そして彼女も。
「惜しいですが仕方がありませんね。次の物に取りかかりましょう。連絡はそれだけですか?」
「いえ、もうひとつ。不確かな情報ですが、短剣『ケセド』がスペインにある遺跡から出土したらしいです」
「遺跡ですか」
「はい、どうも真贋が怪しいようではあるのですが、一応確認するためにこれから飛ぼうかと」
「その必要はありません」
「……何故でしょうか。贋作の可能性があるとはいえ、放置するわけには」
「私が向かいます。ちょうどマドリードにいますから、あなたが行くより早いでしょう」
「そうでしたか、承知しました。ではお願い致します、マスター・ナイ」
 通話が切れた。ナイと呼ばれた女は、フードをかぶり直し、更にその上に白衣を羽織って部屋を引き払う。
「ジブリール、行くわよ」
 ドアの手前に立ったところで、女が言った。それに呼応して、部屋の片隅にある1人用ソファにずっと腰かけていた青年がゆっくりと立ち上がる。
 目元を覆うボサボサの髪、黒地に刺繍の入ったローブ、端部に大きな宝玉をあしらった杖。そして背には、六枚の美しい羽根が輝いている。どうみても人でない彼は、彼女の英雄だった。

 ドアがわずかな音を立てて閉まる。
 生命の樹の短剣が1本、『ケセド(慈悲)』を求めて2人は発つ。

●その女の名は

 快晴の昼間、エージェントたちはスペインの遺跡に招集されていた。そこには現地の支部職員が待ち受けていて、設営したテントへ移動しながら今回の依頼についての説明をし始めた。
「ここの遺跡から出てきた短剣『ケセド』なる物をセラエノが狙っているという情報が入った。どうもその短剣は異世界と繋がりがあるという『生命の樹の短剣』らしくてな……奴らが欲しがるのも納得というものだ」
 遺物に関して造詣の深そうな現地職員は眉をしかめ、セラエノへの嫌悪感を露にする。
 続けて聞いた話によれば、今回の依頼は言わずもがな短剣の回収。セラエノに襲撃される可能性もあるためエージェントが動員されるのは仕方のないことと言えよう。
「ただ、正直この短剣は真贋が怪しくてな。もしかすると偽物かもしれないんだが、セラエノに持ち去られた後で『本物でした』では済まないからな。徒労に終わってしまうかもしれんが、どうかよろしく頼む」
 職員はエージェントたちに頭を下げる。

 しばらく歩くと、設営されたテントが近づいてきた。
 だが、おかしい。そのテントの上に誰かがいる。
 張られた布地の上に立っているということではない。
 浮いているのだ。テントから数メートル上方に女が浮いている。
 その女はローブに白衣という見るからに暑苦しい格好であるにも関わらず平然とした顔をしていた。足にはいやに目立つ真っ赤な革靴、眼鏡越しの瞳は金色に妖しく光る。見るからに、一般の人間ではない。セラエノに属する者であることは明らかだった。

「そ、それは……!」
 エージェントたちを引率してきた職員が動揺した声を上げた。彼の視線の先をたどると、白衣の女の手に金の短剣が握られている。
「あぁ、これ? 残念、無駄骨だったわね」
 女は機械の左手でひらひらと短剣を振って見せる。笑いこそしないものの、これはセラエノの物だ、と言っているかのようだった。
「それを返せ――……いや待て、その左腕……! 『リヴィア・ナイ』!!」
 職員の表情がみるみる変わっていく。何かに驚愕するように。
 弾かれたように、職員はエージェントたちに向けて叫んだ。


「気をつけろ! あいつはリヴィア・ナイ……セラエノを生み出した女だ!!!」


 唐突の状況、エージェントたちは臨戦態勢に移る。

 ローブに白衣の女――セラエノの統率者『リヴィア・ナイ』はため息をついて、金の眼差しでエージェントたちを睨むように見据えた。

解説

■クリア目標
短剣『ケセド』を奪取する

■敵情報
『リヴィア・ナイ』
セラエノの創設者。左腕を機械化したアイアンパンクの女性。
(以下PL情報)
英雄『ジブリール』のクラスはソフィスビショップ。
使用武器は魔法書(射程20)だが、桁違いの威力を誇る。スキルも同様。
更に今回は『浮遊靴』というオーパーツを使用し、宙を駆ける。

『浮遊靴』
階段や廊下を駆けたりするような要領で空を飛べる革靴。真っ赤な色でとても目立つ。色を変えたり形に変更を加えると能力がなくなってしまうために、そのまま使うしかない。
使用中、体重が増えた感じでとても疲れる。(大まかに体重一・五倍ぐらい)高さ制限は地表から百メートルまで。
(までPL情報)

■場所
日中快晴。
遺跡付近の広大な地。遮蔽物になりそうな物はほとんど無い。

■状況
・短剣はリヴィアの手中にあり、奪還せねばならない。
・その場にいる非能力者は職員のみ。避難の必要あり。(シナリオ成否には影響なし)

■その他
・浮遊中のリヴィアを近接武器で攻撃しようとする場合、命中に著しいマイナス修正あり。
・リヴィアは地上40メートルより上に行くことはありません。(リヴィア自身がPCたちを脅威と感じていない+魔法書の射程外になるため)
・地上に降りたリヴィアは浮遊中より回避が上がります。

リプレイ

●邂逅

 駆け上がる。そう思わせる動きでリヴィアは空へ上昇していく。
「へぇ、創設者自らお出ましとはな」
(「……ん、浮いてる……楽しそう」)
 予期せぬ大物との接触だったが、麻生 遊夜(aa0452)の口から漏れたのは淡々とした呟き。応じたユフォアリーヤ(aa0452hero001)に至ってはかすかに笑んですらいる。
 だが悠長に構えていられるわけでもない。一般人であるH.O.P.E.職員はこの場にいては危険だ。
「おいおい、飛ぶなんざ卑怯だろ!? ッチ、俺は職員を逃がす……ここは頼んだ!」
 遊夜は浮かぶリヴィアにうろたえるフリをして、同行していた職員を抱えて全力疾走でその場を離れていく。遠距離攻撃を持たないと思わせて油断を誘う作戦だ。
 リヴィアはそれを一瞥し、魔導書を幻想蝶から引き出した。
 避難の邪魔をさせるわけにはいかない。零月 蕾菜(aa0058)は敵の動きを抑えるべく、リヴィアへと駆ける。わずかな時間でも注意を惹ければその間に遊夜が避難を完遂してくれるだろう。
「こっちです! リヴィア・ナイ!」
 接近を図った蕾菜に向けて、リヴィアは魔導書の攻撃を浴びせた。波動とも取れる黄金色の光が中空より降りかかる。並々ならぬ魔力をその身に受け、蕾菜はその脅威を肌で感じる。共鳴中である十三月 風架(aa0058hero001)も生半にやり過ごせる相手でないと理解した。
(「さてと、久しぶりに目ぇ覚ましていきましょうか」)
 体内の魔力を活性化させ、蕾菜は敵の魔法攻撃に備える。
「まさか、親玉がいきなり登場とはな」
 月影 飛翔(aa0224)とルビナス フローリア(aa0224hero001)もとっくに共鳴状態、職員が連れられていった先と別方向に動いてフェイルノートを引き絞り、一矢を放つ。矢は避けられてしまったが、リヴィアの目線は飛翔へ向く。誘導という意味では成功か。
「うわー、人が浮かんでるよー……漫画と違って遠くから見るとちょと間抜けだね」
(「ST-00342は遮蔽物を利用して狙撃ポイントを探すことを提案する……浮遊能力は高位のソフィスビショップゆえかもしれない。決して馬鹿にして良い状況ではない」)
「はーい、わかってまーす」
 浮遊する敵の姿を緊張感なく眺めていた穂村 御園(aa1362)。彼女の外骨格からはST-00342(aa1362hero001)の発する音声が漏れ、至って冷静な忠告が聞こえる。
 助言に従い、御園は戦線からはひとまず離脱。自分が行うべきはまず狙撃地点の確保だ。幸い蕾菜の行動のおかげでリヴィアは御園を向いてはいない。
「あの短剣落としちゃえば良いんだよね」
 敵の射程外からチャンスをうかがい、狙撃で短剣を撃ち落とす。それが依頼達成の早道と判断し、御園は最適な狙撃地点を探し求める。
「浮いてる敵ってのも厄介ッスな」
 齶田 米衛門(aa1482)とスノー ヴェイツ(aa1482hero001)も共鳴を済ませて、かの敵を注視。空に浮くならばウィップダガーを投げれば足を絡め取って引き下ろせるのではないかと考えたが、見たところリヴィアは空中でもある程度機敏に動けている。元来は鞭であるウィップダガーを投げても成功の見込みは無いに等しいと思えた。あらぬ方向に飛んで紛失することも考え、米衛門は投擲を中止する。
「愚神じゃないのに戦わなくちゃいけないなんて……」
(「敵に情けをかける余裕は今の所無さそうだ。本気でいかなきゃこっちがやられる……。覚悟を決めるしかないよ黒絵」)
 響く戦闘音。人間との戦闘に明らかに戸惑ってしまっている桜木 黒絵(aa0722)に、シウ ベルアート(aa0722hero001)は諭すように話す。言を受けてライヴスガンセイバーを取り出した黒絵だったが、やはり表情には陰りが差す。
(調停者として彼女が世界の敵になるなら僕は彼女を裁かなければならない……例え黒絵に止められようとも)
 最悪の時は体の主導権を奪ってでも。黒絵が躊躇する一方で、シウはひとり静かに意志を固めていた。
「くふふ、いずれわらわがすべて奪いつくす予定の、セラエノのボスに出会えるとはなんて幸運なのじゃ。アドレス交換したいのぅ」
(「アレ、カグヤと同類だよね。面倒くさい……」)
 エージェントたちの中にあって特に奇異なる反応を見せるのはカグヤ・アトラクア(aa0535)だ。彼女はこの接触に感謝すらしたい気持ちであり、あわよくばリヴィアと友好を結べないものかと考えてすらいる。比してクー・ナンナ(aa0535hero001)は一切の感慨も覚えず、ただ気だるげに独りごちるのみ。
「うーん、ちょっと危ないお仕事?」
(「備えはしておいたほうが良いかもね」)
 恐らく数秒の後には開戦しているであろう空気を感じ、月(aa0299hero001)の言うように廿枝 詩(aa0299)は秘薬を使っておく。そしてなるべく被弾しないように、めいっぱいに距離を取ってグレートボウを構えた。
 遺跡方面へ走った遊夜は職員を遺跡内部に送り出す。そこなら流れ弾に当たる心配は無い。
「ここで足止めする、遺跡に隠れててくれ」
(「……ん、他に隠れる所、ないもの、ね?」)
「あぁ、わかった。煩わせてすまない。私も隙を見て逃げるぐらいのことはできるから、後は気にせずやってくれ。短剣を頼む……!」
 H.O.P.E.に属するだけあり、非能力者にも関わらず彼の態度は落ち着いていた。言うようにもう目を配る必要はなさそうだ。
 遊夜はわずかな地形の起伏を見つけ、そこにぼろぼろのローブを被って伏せる。少々心もとないが無いよりはマシだ。
「避難は済んだ。狙撃もいけるぜ」
 通信機を介して仲間たちに状況伝達、静音性の高いハウンドドッグに換装して遠き戦場を狙う。
 リヴィアの視界に映らぬよう、御園も注意を払って狙撃ポイントの探索を続けていた。
 求めるは、敵の射程外であり、アンチマテリアルライフルの射程内であり、できれば己の身をカモフラージュできる物がある場所。加えて影となる隙間があって戦場が見渡せて高所であればなお良し。複数の射界を確保できれば最高である。
 だがそんな条件の良い場所が発見できるはずもない。発掘の資材等で偽装できないかとは考えたが、その資材だって都合よく置いてはいなかった。
 手頃な場所で妥協するしかなく、やむなく御園はなるべくリヴィアに見られないように狙撃の準備を始めた。アンチマテリアルライフルに換装し、狙撃チャンスを待つ。最高の成果を上げられる瞬間を。

●赤い靴

 空のリヴィア、地のエージェント。互いの攻撃が飛び交う中で己の信ずるままに動く者、一人。
「白じゃな。紫と赤に邪魔された先に隠れ見えて扇情的で良いぞ」
 真下からのセリフにリヴィアが視線を下ろすと、こっそり接近していたカグヤがスマホを構えて撮影ポーズ。赤い靴と紫のローブの先に……白い下着が覗き見える。飛んでるからパンツ丸見え、と暗に伝える。
 当然ブラフだ。実際には見えていない。下世話な話題を振り、その反応を確かめる。カグヤなりの性格診断なのだ。ふざけた行動に見えるが彼女は真面目。真面目に不真面目やっている。
 相手の性格を推し量るための行動だったが、それは同時にカグヤの性格を表すものにもなる。リヴィアは眉一つ動かさずにカグヤに声をかける。
「奔放ね。嫌いじゃないわ」
 淡白な言葉。気にしていないのか、外面は装っているのか、それともその点は確認済みだから見えるはずが無いということなのか。いずれにしろ激するタイプでは無いらしい。
「気に入ってもらえて何よりじゃ。わらわはカグヤ・アトラクア。いずれセラエノが所有する技術を奪いに行くから、仲良くしてくれると嬉しいのぅ」
 フリーガーファウストG3で派手に牽制しつつ、不躾な自己紹介。更にリヴィアの端末に自分のアドレスを送信することを試みる。やれることは何でも心赴くままにやる。
 そのやりとりの隙を突き、遊夜がリヴィアの頭上からテレポートショットを喰らわせる。精密な射撃はお手の物だ。多少は翻弄させることにも成功しただろう。
「そんなとこふらふらしてっと、撃ち落としちまうぜ?」
(「……ん、飛んでれば、安全だと思った? ……残念、外さない、よ?」)
 他の面々も一気に攻撃を畳みかけたいところだが、リヴィアは宙にあっても上下左右にと避けて被弾を少なく抑えている。策を講じようにも遠距離攻撃しかできないのでは率が悪い。特に米衛門は遠距離攻撃の術が無く、リヴィアが大きく高度を下げたりしない限りは攻撃面でできることがなかった。
「まずは下に落とさないと手の打ちようがないな」
(「あの靴だけ他の装備と異なります。飛べる道具の可能性が高いかと」)
 不慣れなフェイルノートに難儀している飛翔に、敵の姿を観察していたルビナスが伝える。オーパーツを求めるセラエノのリーダーなら、そういう物の所持も不思議でない。
 すぐさま情報を仲間と共有。飛翔は相手に高度を下げさせるべく、上半身を優先して狙う。すでに言ったとおり高所の敵を相手取るのは不利、どうにかして地上に落とさなければならない。
「依頼で遠距離攻撃するのは初めてなんだ。当たり所が悪くても恨むなよ」
 リヴィアの上昇を妨げようとするのは詩も同じだった。グレートボウの射程ギリギリをキープして、敵が上昇しそうな時は意図して頭より上に射撃を放っている。短剣を持たせたまま自分たちの手の届かない高度に逃げられるわけにはいかない。
「あの短剣そんなに大事なのかな? でもわざわざ盗まなくても、H.O.P.E.に入ったら合法的に研究できるじゃない」
(「それで納得いくならやってるんじゃないかな」)
 詩の素朴な疑問に、月は穏やかに応じる。正直そんなことを気にしている場合ではないと月は思うものの、詩らしいといえば済んでしまう話でもある。
 黒絵はライヴスゴーグルをかけて赤い靴を探ってみるが、遠すぎてライヴスを可視化できない。あれが浮遊能力の源かは未だ不明である。
 だがシウはあることに気づく。
 攻撃を避ける際の反応がわずかに鈍い。加えて動くたびに反応が遅れている。
 確証は無いがシウはそれらから『浮かぶことはできても消耗が激しいのではないか』と推察し、黒絵に献策。ブルームフレアやゴーストウィンドといった範囲攻撃を繰り出し、より大きな回避行動を強いて疲れさせることを試し始める。
 作戦は奏功し、リヴィアの肩が上下し始める。表情には出さないが呼吸が乱れているのは見て取れた。
(「少しお疲れになっているようですね」)
「何の代償もなしってわけじゃなさそうだ。それなら……」
 飛翔は攻撃を上下に振り、より動き回らせるように努める。
「へぇ、意地が悪いわね」
 感心したように囁くが、リヴィアは攻撃の手を緩めはしない。自分が疲れる前に地上を掃討してやるとでも言うように、魔法攻撃を撃ち下ろしてくる。
 だがその攻撃の大半を蕾菜が庇う。届く範囲ならばすべて。
「まだこれくらいなら大丈夫そうですね……」
「あの魔法を率先して受けるとは大したものじゃの」
 被弾を重ねる蕾菜に、カグヤは惜しみなく回復スキルを投入。
 リヴィアの魔導書の攻撃は尋常でない威力であり、並みのリンカーなら一撃で沈みかねないものだった。それでも現状は全員無事でいられるのは蕾菜とカグヤがいるからだ。一行の中でも魔法耐性に長じた蕾菜がカバーリングを行い、彼女が消耗したらカグヤが回復する。2人の働きが無ければ前線がとっくに崩壊しているかもしれない。
 だが受けるだけではジリ貧だ。蕾菜はリヴィアの高度が落ちてきた頃合を見計らい、動く。支配者の言葉を浴びせれば、労せず短剣を奪うことができるだろう。
 目の端に蕾菜の動向を捉えていた詩は敵の後ろに回りこむように移動し、フラッシュバンを撃ちこんだ。より洗脳を与えやすくするサポートだったが、あえなく閃光は不発。
(「くそっ、何で当たらないんだよ」)
「つき、落ち着いて」
 思うように攻撃が当たらないことに月は苛立つが、詩は淡々としている。成功しようと失敗しようと、詩はそもそも荒事には関心が無いのだ。
「それでも!」
 補助が無くとも攻めるなら今。蕾菜はライヴスを四散させ、魔力を言葉に乗せる。
 しかし効き目が無い。命令で状況を打破することはできなさそうだ。もとより1人で8人のリンカーを相手取るような敵なのだ、閃光を喰らわせられていたとしても洗脳できたかは怪しい。
「その力、能力者としてなのか、セラエノの技術の結晶なのか、興味深いの」
 ラジエルの書を開いて白刃をリヴィアの周囲に旋回させながら、カグヤが話しかける。白刃はしかし旋回するのみで直接に攻撃はしない。注意を惹くためだけの単なる嫌がらせに近いものだ。
「良い性格ね。率直というか……欲望に忠実。セラエノに来たかったら歓迎するわ」
「社長直々のスカウトとは嬉しいの。じゃがわらわが欲しいのはセラエノの技術のみなのじゃ」
「そう、気が変わったらいらっしゃい」
 話は終わり、とリヴィアが己の真下にいるカグヤを攻撃しようとした瞬間に、一筋のライヴスが飛んできた。
「すまんが、ここで落ちてくれや」
(「……ん、短剣置いてって、ね」)
 リーヤがクスクス笑うのを聞きながら遊夜が放ったそれは、リヴィアの脚部に当たり、体勢を崩させる。
 立て続けに飛翔や黒絵の攻撃がリヴィアに迫り、それを回避するために彼女の体勢は更に苦しいものになっていく。
 そして一射。詩が何気なく放ったグレートボウの射撃が赤い靴を射抜いた。
「当たっちゃうんだ……」
(「やったね、詩」)
 リヴィアは徐々に浮力を失っていく。浮遊能力はやはり赤い靴によるものだった。変形したことにより浮遊靴からはその効力が消えてしまった。
 落ちる高度。20m……10m……。
「やっと降りてきてくれるッスか」
(「手出しできないのはつらかったな」)
 中空のリヴィアにほぼ無力に等しかった米衛門が、やる気を漲らせて敵の直下に駆けていく。
 落下してきたリヴィアに向けて振るわれるホイールアックス。高速で回る刃を容赦なく打ちつけると、その勢いのまま彼女は何メートルも弾き飛ばされた。
 続けて追いうちをかけたいところではあったが、米衛門はそこで一旦止まる。浮遊能力を失って、更に攻撃を加えたとはいえ相手は実力の知れない能力者。突出して飛びこむのは避けるべきと考えたためだ。
 視線の先ではリヴィアが壊れた浮遊靴を脱いでいる。戦闘中だというのに悠長なことだが、それは何をされても問題ないという余裕の表れだった。

●その一撃にすべてを賭けて

 リヴィアを地上に引きずりおろすことには成功したが、彼女の力は未だ健在。浮遊靴も1足だけの所持とは限らず、再び上空へ逃げられる可能性もゼロとは言えない。
 再度距離を取られる前に、蕾菜や飛翔、米衛門は接近戦に持ちこもうと走る。
 瞬間、冷気が炸裂。空間に氷の華が散る。
 ディープフリーズ。ライヴスによる凍結が3人をその場に拘束した。
「思うように動けたほうがいいわね、やっぱり」
 足が氷に覆われて動けない3人を横目に、リヴィアは離れた詩との距離を詰める。
 放たれた魔導の一撃が詩に直撃。
 衝撃。暗転。一時意識を刈り取られるほどのダメージが詩を襲うが、地に伏すことはなかった。
 何とか気を保った詩に向けて、カグヤのケアレイの光が飛んだ。誓約救済により強化されたカグヤの治癒でも充分な回復には至らず、詩は力の入らない手でチョコレートを取り出す。
(「2度もあれは受けられないよ。とにかく距離を取ろう」)
「そうだね……」
 再度の被弾は致命的。命を繋ぐために詩は全力で動いて距離を開ける。
 詩の危険を察知した黒絵は、英雄経巻に持ち替えてリヴィアに向けて踏みこんでいく。
 白と金。魔法が交錯し、互いの肉体に傷をつけた。
 痛みに眉を寄せるも、それに耐えて黒絵はセラエノの首魁に問いかける。
「シウお兄さんのいた世界にもオーパーツはあった……。こっちの世界のオーパーツは向こうの、異世界の物なの?」
 黒絵の発した問いに、リヴィアは簡潔に答える。
「私に聞かれても困るわね。だって、私は世界の向こうを知らないのだから」
 キッとリヴィアの目に力がこもる。
「遺物とは、異世界とは何か、私はその答えが欲しいだけ。ただそれだけが私の望み。科学者としてそれ以上に大事なことは無い。それに気づけた者が私たち……どれほど時が経っても気づけないのがキュリスたち、ね」
 キュリス――その名はエージェントたちも知っている。H.O.P.E.のロンドン支部長の名がキュリスだったはずだ。どうやら2人は知らぬ仲では無いらしい。
「……短剣を求めるのも、そのためなの?」
「答える必要は無いでしょう?」
 セラエノの狙いに探りを入れた黒絵だったが、リヴィアはそこで会話を打ち切る。魔導書の一撃が不意に襲いかかり、その威力に黒絵の体が大きく歪む。
「……っ! でも……!」
 堪えきった黒絵は銀の魔弾で反撃するが、リヴィアに難なくかわされてしまった。
 黒絵の攻撃に合わせて飛翔は密かにスラッシュブーメランを投げる。戻ってくる軌道に短剣を持つ左手が重なるように狙ったものの、動く敵に当てるには厳しい。ブーメランは左手に当たることなく飛翔の手元に戻ってきてしまった。
「どんた適性を持ったヤツがどうが観れども……わがんねぇモンだな」
(「表に出てくるもんじゃないからな」)
 米衛門が半ば諦めたように笑う。リヴィアが地上に降下してからはずっと注意深く彼女の動きを観ていた。能力者としてどんな適性を備えているか判別できないかと思ったからだ。だがどうにも掴めない。攻撃の技とは違い、適性は表には出ないから見極めは難しい。
「……わがんねなら物理で押し切る。シンプルが一番ッス」
(「やっぱりそうなるか」)
 二丁板斧を携え、突っこむ。目にも止まらぬ電光石火、片斧を振り下ろす。リヴィアは身軽に翻り、カウンター気味に米衛門の腹部を光で撃ちぬこうとした。
 そこへ詩の威嚇射撃。魔法の軌道が逸れたおかげで米衛門は被弾を免れる。
 米衛門に取り付かれるのを面倒を感じたリヴィアは、後方へ跳んで彼とのスペースを取る。
 だが背後から近づいた蕾菜がリヴィアのローブを掴もうとする。その手に掴めれば後はそのまま投げて関節を取るだけ。
 打撃なら当てられたかもしれないが、掴むにはリヴィアの動きは速すぎた。指先にかかったローブは素早く動き、指を抜けていく。
 カグヤと黒絵も白光魔法で追撃をかけるも、返す手で強烈な魔法を放たれる。
 2度目のディープフリーズ。凍気が満ち、周囲のエージェントをまとめて攻撃。足元が凍結し、すぐには動くこともできない。
「このままでは凍ったまま死んでしまうの」
 カグヤがケアレインで回復させるものの、ダメージはカバーしきれぬほど大きい。カグヤは次の攻撃にも耐えられるだろうが、他の者はわからない。
「持ってきて良かったッスな!」
 ヴァシロピタによる回復を米衛門がもたらす。
 何とか窮地は凌ぐものの、戦闘を続ける中でエージェントたちの消耗は増すばかり。魔法耐性の高い蕾菜が依然としてカバーに尽力しているおかげで前衛の崩壊は起きていないが、それも時間の問題だろう。
 遠距離射撃を続けていた遊夜もそのことは感じており、状況を好転させるべく動く。
 精神を研ぎ澄まし、視界に浮かび上がるレティクルを覗く。
 集中。リヴィアの攻撃をその身に受ける前線の仲間はもうもたない。回復手段に乏しかったこともあり、とうに生命力は底をつこうとしている。
 仲間はその場から離れている遊夜や御園の分のダメージもその身に負ってくれているのだ。ならば狙撃手は、必中の一撃をもって応えねばならない。敵を撃つことにより味方の助けとならねばならない。
「短剣を奪っておさらば……とするしかないな」
(「……ん、外せない」)
 狙うはリヴィアの手中、短剣。
 精密なテレポートショットが空間を飛び、迫る。
 ――外れた。すんでのところで左手を引かれた。弾を当てることには随一の腕を持つ遊夜ではあるが、動く標的の遠く一点を抜くのはさすがに難度が高すぎる。加えてリヴィアも幾度か遊夜の攻撃を受けてその存在と場所は把握しており、不意打ちとはならなかったことも大きい。
 だが、そこを狙いすまして1つの弾丸が飛ぶ。
「いける」
 敵の意識が他へ向いた瞬間、短剣を握る左手が止まる瞬間を狙って、ここまで潜伏していた御園がついに引き金を引いたのだ。
 短剣を奪える瞬間を、ひたすら待って、待って待って待ち続けて。自分の存在が相手の意識から消えるまで。消えなくとも意識の片隅に追われるまで。
 忍耐が生み出した好機。ブルズアイが左手首を撃ちぬいた。
 握力の失われた左手から零れ落ち、地に落ちる短剣。
「パス!」
 リヴィアが拾い上げようとするよりも先に、飛翔はブラッディランスでそれを彼方に弾き飛ばす。
 真っ先に反応して短剣を手中に収めたのは、カグヤ。心なしか怪しい笑みが浮かんだ。
 そして全力でその場から逃走する。今回の目的はあくまで短剣回収、リヴィアを倒すことではない。
 そもそも現状では損耗が激しすぎる。回復手段もとうに無い。カグヤや蕾菜はあと少しぐらいなら持ち堪えられるかもしれないが、他の仲間は一撃で倒れてしまうだろう。そうなればエージェント側は崩壊だ。だのにリヴィアは弱る気配すらも無い。
 逃げるが勝ち。目的達成の逃走は、ひいては生存のための逃走でもあった。短剣をひとまず奪取したことで仲間たちも徐々に後退し始める。
「先に行け!」
 叫び、飛翔は槍の穂先をリヴィアに突きつけるように構える。短剣とカグヤを逃がすために飛翔は傷ついた体であえて攻勢に出た。攻め続けることによって追撃を防ぐつもりだ。
 更に遠くから遊夜と御園の援護射撃。詩や蕾菜も遠距離攻撃でリヴィアの足元に集め、追走を阻害する。
 当のリヴィアは、大してカグヤを追う素振りも見せずにエージェントたちの動きを観察した後、あっさりとその場から離れていった。できることなら追撃したいところだったが、生憎とそれほどの余裕はエージェントたちには無く、むしろ助かったという面が大きかった。
「顔、覚えられちまったか?」
(「……ん、長い付き合いに、なりそう?」)
 静けさの満ちる遺跡に、遊夜のため息が聞こえた。

●贋作

 本来の回収任務を遂行して、エージェントたちはスペインからロンドン支部に移動していた。ちなみに御園は「お仕事終了」ということで遺跡からそのままバルセロナに繰り出してしまったのでこの場にはいない。
「提案なんじゃが、わらわが短剣を預かるというのはどうじゃ? 今回もただの回収のはずがセラエノとやりあうことになったのじゃ。今後も狙われることは明確じゃから、能力者が安全に管理する必要がある。そう思わんかの?」
 H.O.P.E.の職員を延々説得していたカグヤだったが、返ってきた答えはとある事実。
「あの短剣だが……どうやら贋作らしい。支部で調べてみてわかったんだが、金細工は本物でそれなりの価値はあるらしいが『生命の樹の短剣』ではないようだ。結果的に君たちには無用な苦労をさせてしまったことになり……本当に申し訳ないと思う」
 深々と職員は頭を下げる。肩を落とす者や頭の後ろをかく者が出る中で、カグヤは途端に興味を失ったようで早々とロンドン支部を去っていった。
「……何だか、ひとりで見つけて報告せず持ち逃げとかしそうだよなぁ。そうなったらH.O.P.E.に問題があるんだろうけど」
 短剣を欲しがっていた女技術者の背を見送って、月は思わず呟いた。
「これだけ苦労して偽物……もう考えるのはやめよう」
 そんな報告は聞きたくなかった、と飛翔は深く息をつく。本物で無いのならリヴィアにくれてやればよかったではないか。
「偽物……骨折り損ってとこッスな」
「実際に骨折れてるかもしれねえもんな」
 その身に受けた魔法の苛烈さを思い返して米衛門が言った言葉に、スノーは明るい調子で応える。労を労と感じていないかのような割り切りは2人の美点とも言えそうだ。
「リヴィアは贋作だと気づいていたのかな。だから短剣を奪われても特に追ったりしなかった……こっちの力や動向を探られていたのかもしれないな」
 シウが考えた結論だ。リヴィアの様子からして、さして相手は本気ではなかった。最初からこちらをどうにかするつもりなどなかったのだろう。単なる遊戯にも等しかったのかもしれない。

 いいように転がされた。そんな悔しさをエージェントたちに抱かせて、その事件は幕を閉じる。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ひとひらの想い
    零月 蕾菜aa0058
    人間|18才|女性|防御
  • 堕落せし者
    十三月 風架aa0058hero001
    英雄|19才|?|ソフィ
  • 『星』を追う者
    月影 飛翔aa0224
    人間|20才|男性|攻撃
  • 『星』を追う者
    ルビナス フローリアaa0224hero001
    英雄|18才|女性|ドレ
  • マイペース
    廿枝 詩aa0299
    人間|14才|女性|攻撃
  • 呼ばれること無き名を抱え
    aa0299hero001
    英雄|19才|男性|ジャ
  • 来世でも誓う“愛”
    麻生 遊夜aa0452
    機械|34才|男性|命中
  • 来世でも誓う“愛”
    ユフォアリーヤaa0452hero001
    英雄|18才|女性|ジャ
  • 果てなき欲望
    カグヤ・アトラクアaa0535
    機械|24才|女性|生命
  • おうちかえる
    クー・ナンナaa0535hero001
    英雄|12才|男性|バト
  • 病院送りにしてやるぜ
    桜木 黒絵aa0722
    人間|18才|女性|攻撃
  • 魂のボケ
    シウ ベルアートaa0722hero001
    英雄|28才|男性|ソフィ
  • 真実を見抜く者
    穂村 御園aa1362
    機械|23才|女性|命中
  • スナイパー
    ST-00342aa1362hero001
    英雄|18才|?|ジャ
  • 我が身仲間の為に『有る』
    齶田 米衛門aa1482
    機械|21才|男性|防御
  • 飴のお姉さん
    スノー ヴェイツaa1482hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
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