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秘蔵の酒 温泉旅館!
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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/05/09 20:11:44 -
おんなゆ
最終発言 -
おとこゆ
最終発言 -
お・ん・せ・ん・だぁー!!
最終発言2016/05/13 23:17:38
オープニング
●篠丸日温泉旅館、再び!
国内某所、篠丸日(しのまるひ)温泉旅館。
山奥といっていい場所にあり、立地の不便さ相まってなかなか客足の乏しい旅館ではあるが、ごく一部の通にはこの秘境っぽさが人気なんだとか。
かつて、この温泉旅館は従魔の危機にさらされたこともあったが(『GO! GO!温泉旅館』参照)、エージェントたちによって安全が確保され、再び客足が回復してきたところであった。
しかし、今回もまた、従魔騒ぎで旅館を閉鎖することと相成った。
「なんどもなんどもすみません。HOPEの皆様のおかげで、我々もやっていけます」
旅館の主人と数名の従業員は、リンカーたちに再び嬉しそうに頭を下げた。
今回の任務は、『蔵に現れた異変の調査』。人によるものか、はたまた獣によるものか。いろいろと取りざたされた末、結局は、やはり従魔が原因だった。
エージェントたちは首尾よく蔵に潜んでいた従魔を退治したのだった。
「もし、よろしければということになりますが、ぜひとも泊まって行っていただけたらと思います」
主人はにこにことエージェントたちを誘った。
「やけに依頼に乗り気だと思ったら……目当ては酒か」
『いいじゃない、これも仕事のうちなんだから』
コリー・ケンジ・ボールドウィンとその英雄、ネフィエ・フェンサー。いつもはやる気のないネフィエが例外的に意欲を見せているのは、この旅館にあるという酒が目当てのようだ。
噂の名酒。興味があれば、エージェントたちも知っていておかしくはない。
その名も『霊一滴』。知るものぞ知るという銘酒である。
その酒の名を聞いて、主人は目を丸くした。
「ははあ。お客さんもなかなか通ですな。先代の趣味で集めていたもので……売るほどはありゃしないのですが、せっかくです。飲んでいってもらえると」
「おい」
『きちんと仕事したら、ちょっとくらい飲んだっていいはずさ。大規模作戦も終わったことだし……ね、ケンジくん?』
ネフィエはすっかり依頼が終わったら一杯やる気でいるようだ。
解説
●目標
温泉旅館を満喫する。
宿の備品を故意に破壊する等、旅館に著しい迷惑をかけなければ成功。
おおまかに、仕事終わりから
・風呂に入り
・食事をして
・就寝
●登場
旅館の主人ほか従業員数名
リンカーたちに好意的。基本的にニコニコしている。
話の前に倒されたミーレス級従魔
今回の相手は、蔵に入り込んだカメレオンのような従魔。
それほど手ごわい相手ではなかったが、たくさんいる上に、透明になって『見えづらく』なっていた上に逃走を図ったため、駆除には苦労した。
※なお、話の展開によっては、倒し切れていないミーレス級従魔が登場する。プレイングでお好きに使ってください。
コリー・ケンジ・ボールドウィン&ネフィエ・フェンサー
今回の依頼を一緒に受けたH.O.P.E.のエージェント。ネフィエは酒を飲みにきた。
基本的には、絡まない限りは空気です。なにかあればどうぞ。
『霊力一滴(ライヴスイッテキ)』
知る人ぞ知るという秘蔵の日本酒。辛口でキツい。
未成年の飲酒はご遠慮ください。
●状況
ミーレス級従魔を倒した後、温泉旅館に泊まる。ほかに客はいない。
夕方ごろです。
●設備
・露天風呂
ごく普通の露天風呂。男湯と女湯で分かれているが、声は届く。
※性別を伏せたいなど、なにかあればプレイングにてご一報くだされば、どちらにいるのかなどをボカします。また、必ず露天風呂に入らなければならないわけでもありません(露天風呂に入ると書かなければ、別のパートからの登場になります)。
※覗きは、だいたい判定なしに失敗します。
・売店
牛乳、ラムネやおつまみ、謎のご当地ストラップが売っている。
・ゲームコーナー
ビリヤードやスマートボール、コインゲーム。マッサージチェア。
・食事
宴会場『希望の間』にて食事。
お蕎麦と天ぷら、海鮮丼。カニが少々と和風のデザート。
・就寝
それぞれの部屋で就寝です。宴会場で飲み明かすこともできます。
リプレイ
●リンカーたちの自由時間!
任務を終えたエージェントたち。
ここからは、エージェントたちの自由時間だ。
『……依頼、片付いたわね。じゃあ……』
「あ」
幻想蝶に戻ろうとするマイヤ サーア(aa1445hero001)を、迫間 央(aa1445)が呼び止める。
「折角だし……宿、使わせて貰わないか? 旅行気分くらいは味わえるだろ?」
マイヤは少しだけ考え込むそぶりをしてから、小さく頷いた。
『……そうね……たまには央も休んだほうがいいわ』
「いや、一緒にさ……」
『……? ……わかったわ』
迫間とマイヤのやりとりは、お互いを思いやりつつどこかぎこちなくもある。確かなのは、マイヤがその場にとどまったのを、迫間が嬉しく思っていることだ。
「温泉ってどんな感じなんだろうねちーちゃん!」
「私は日本酒の方が気になりますね。名酒ならば飲まなくては……」
ナガル・クロッソニア(aa3796)のアメジストのような紫の瞳が、好奇心で輝いている。新しい音をとらえようと、猫耳がせわしなくよく動く。千冬(aa3796hero001)はナガルのようにあからさまにはしゃいでいるわけではないが、嬉しそうなのは見て取れる。
「やっぱ酒だねー酒」
『オンセンいったらお酒ヨー』
仕事を終えた鴉守 暁(aa0306)とキャス・ライジングサン(aa0306hero001)は、さっそく温泉で一杯やる心づもりのようだ。宿の人から、日本酒と酒器を借り受ける。中身を確かめるように軽く振ると、満足そうに懐にしまう。
「お、風呂にも持ち込めるんだな。俺も頼むぜ」
マルコ・マカーリオ(aa0121hero001)もまた、いそいそと道具を借りる。温泉でやる一杯は格別に違いない。
「……ん、ここの温泉は……2回め」
「そうね、今回もキチンと挨拶しなさい。またご厚意で泊めて頂けるんだから」
佐藤 咲雪(aa0040)にとってアリス(aa0040hero001)は、姉であり母でもある存在である。
「……ん」
佐藤が挨拶をすると、従業員はにこにこと微笑む。
基本的に何事もめんどくさがる咲雪ではあるが、お風呂と温泉は別だ。ゆったりとお湯に浸かるのは気持ちがいいから。
「佐藤様、アリス様、再びお力添えいただきまして、ありがとうございます。今宮様方も、……今宮様?」
「あれさっきまでいたのにねー先行った?」
「……ん」
迷子ってわけでもないだろうし、いいか、と納得する鴉守。
(彼女、ホンキなのね)
前回も宿に同行していたアリスは、今宮が何をしているのかなんとなく悟った。浴衣男子の鑑賞は、アリスもひそかに楽しみにしていたところである。今宮がそれ以上を望んだとしても不思議ではない。
好奇心というのは、ときとして人を突き動かすものだ。
「イタリアも結構温泉国だけど、日本の温泉もいいよね♪」
アンジェリカ・カノーヴァ(aa0121)は上機嫌でそう言うのだが、マルコは温泉よりも風呂での一杯と『霊一滴』に興味津々のようである。見るからに浮足立ってそわそわしている。
(お酒のことで頭が一杯なら……今だよね)
アンジェリカは女性陣を手招くと、内緒話をするように口元に手を添える。自然と、女性陣を見上げる形になった。
「お、なになに」
「あのね、マルコさんに隙は見せないようにね! 子供からお年寄りまで見境ないからね、このおっさんは」
「そうなの?」
ナガルは声を潜めて、きょろきょろとマルコとアンジェリカの顔を交互に見る。
「みんな、気を付けてね」
『オー望むところヨー』
そうは言いつつ、アンジェリカが心からマルコを嫌っているわけではないのは口ぶりでわかる。
アンジェリカに和みながら、どんと請け合うキャス。
話を聞きつつ、麻生 遊夜(aa0452)のそばから離れることはないユフォアリーヤ(aa0452hero001)。眼中には、おそらくパートナーの姿しか入っていないのだろう。
マイヤは、マルコがというよりは、人の集まりが苦手なのだろうか。喧騒に、ほんの少しだけ憂鬱そうな色を深める。虚ろな瞳に、その表情は読み取ることができない。
「……ん」
佐藤は、忠告を大して気にするそぶりもない。
なにがあるわけでもないだろうが、なにかあったときは間に入るべきかと思案するアリス。子供からお年寄りまで見境ない。ちょっぴり、アンジェリカのセリフに別の意味でどきりとしたりもしたのは気のせいだ。
「温泉……か……今日は、やめておく……か」
一行から少し離れたところで、賢木 守凪(aa2548)は輪に加わろうか、ほんの少しだけ迷ったが、自身の脚に目を落とす。傍から見れば、なんら普通の脚に見えるが、彼の両脚の膝から下は義足であるのだ。
事故のことを思い出したのか、それとも別の気がかりか。賢木は僅かに首を横に振る。
【温泉ねぇ。ボクはお話にでも行ってよぉかなぁ?】
カミユ(aa2548hero001)も同じように、風呂に入ることに興味はないようだ。ゆるりと肩をすくめ、そのあたりをぶらぶらとする心づもりらしい。
【ねえねえ、あれぇ、なにしてるんだろぉ?】
「?」
賢木らはこそこそとする今宮 真琴(aa0573)と奈良 ハル(aa0573hero001)の姿を遠くに認めた。
声をかけようか少し迷ったものの、何かに一生懸命なようだったので、遠慮してやめた。
そのころ、今宮と奈良は何をしていたのかというと。
(こんどこそは……! 完璧にこの目で捉えて見せる!)
(懲りないのう……)
今宮は、温泉旅館の周りをぐるりと回り、排水や壁の具合を着々と頭に叩き込んでいく。侵入経路から、非常用の脱出ルートまで。あきれつつ、それに付き合う奈良。
(ここの通路が、こっちの非常口とつながって、こう……)
リンカーでなくては通れないほど高い壁も、今宮にとっては立派な経路だ。
なにやら探る今宮らは、はた目には、避難経路でも確認しているのだろうかとでも見えたことだろう。
●ビバノンノン!
エージェントとして忙しく働く日々。今日くらいはゆっくりできるだろうか。
「真っ先にお風呂ー」
『オフロー』
「日本酒をもちこめー」
キャスと鴉守は、先陣を切って温泉へ向かう。
「あー……やれやれ、ようやく休めるな」
『……ん、ゆっくりしよう?』
部屋に荷物を置き、肩をごきごきと鳴らす麻生。リーヤはくすくすと笑い、麻生の肩を軽く叩く。少しだけ二人の時間を味わった後、二人は温泉へと向かう。
「……むう」
「ああ、あとでな」
男女分かれるのれんの前。名残惜しそうなリーヤは、無言で頬をすり寄せる。麻生はぽんぽんと頭を軽くたたいてやるのだった。
「じゃあ、また……」
マイヤは、去っていく迫間の背中をなんとなく視線で追っていた。少しだけ離れがたく感じたのかもしれない。
「マスター、私は部屋の風呂で済ませようかと思います」
「そうなの? まあ、ちーちゃんがいいなら。あとでね!」
そう言って、ナガルが千冬と部屋で別れたのが少し前のこと。
(露天風呂ってどんな所なんだろう)
きょろきょろと当たりを見回し、物珍しさに見入るナガル。
(ええっと、こっちに行けばいいんだよね)
山奥の温泉旅館は、そうそう来る機会もない。そうしていると、ふと、マルコに話しかけているアンジェリカの姿が目に入った。
「それじゃあ、ボクは女の子だから、こっちの赤いのれんだね」
「ああ。いってらっしゃい」
(あれ?)
なんだか、やけに説明的な口調だ。それに、少しだけ声が大きい。
(もしかして、さりげなく教えてくれてるのかな?)
アンジェリカはナガルのほうをちらりと見て、マルコと別れてそのままのれんをくぐっていく。仲良くなれそうだ。ナガルもまた、アンジェリカにならって後に続く。
●女三人以上も寄れば
「……ん、湯船にタオルは、だめ」
湯船にタオルを持ち込まないのは、掛け湯と並ぶ温泉のマナーだ。脱衣所にて、咲雪は堂々と裸身を晒す。
「やーみなさんいいものをおもちで」
鴉守は女性陣のスタイルをガン見している。
言われてみると、つい視線が向いてしまうものだ。遅れて入ってきた今宮はおどおどしつつ、いろいろな路線のナイスバディに圧倒される。ところで、従魔を倒した時よりも汚れているのは気のせいだろうか。
モデルのような黄金比のボディを持つアリスと、豊満なバストの佐藤。
かと思えば惜しげもなくダイナマイトをさらすキャス。将来が楽しみなアンジェリカ、などなど。
リーヤは涼しそうに服を脱ぐ。締め付けられないので開放感がある。
マイヤは大人数での入浴に戸惑いつつも、見られる事は大して意識していないようだ。
「私もー身長の割にはでかいほうだと思ってるけどー」
鴉守は着替えをしつつ、理想の体型談議に入る。
「大きさだけじゃねーんですよ。美しき黄金率も大事なんですよ。あと柔らかさ? ふにふにかむちむちかそれが重要だ」
「ん……邪魔」
佐藤はそんなことを言ってのける。胸の小さい女性からすれば、贅沢な悩みと言われそうだが、咲雪自身としては程々が良かったのだ。しかも、いまだに成長しているのだから尚更。
(あれ、この前よりおっきくなってない!? ないよね!?)
今宮は目を見張った。
「色気は大事だよー色仕掛けが交渉とかに使える」
「むむ、交渉かあ……」
ナガルの耳がぴくぴくと動く。エージェントになったら、そういうのも必要なのだろうか。いやいや。器用な真似はできないような気がする。
「むむう……」
年齢からして当たり前だが、アンジェリカは一行の中でひときわ華奢だ。アンジェリカはリンクした状態を思い浮かべる。
『あと適度な運動ヨー。おムネの筋肉鍛えれば大きくなるネー。健康に気をツカエバお肌もピチピチヨー』
「うわあ、すごい!」
キャスのスタイルは、鍛え抜かれたエージェントのものだ。腹筋もある。
「キャスは何食ったらそんなにでかくなったん?」
『お肉ヨー』
「肉かー要は脂身だもんなー」
「おにく……」
肉という単語に、リーヤが敏感に反応した。
「晩ごはん楽しみだね!」
『食事大事ヨー』
笑うキャスに、リーヤはこくんと頷く。
「……私は、普段は、あまり、食べたりはしないのだけれど、こういう機会だから」
「思い出?」
『そうね。そう、なのかしら……』
一緒に食べて、温泉に入って。まるで人のように過ごすのは、気まぐれ。
マイヤは目を細める。
「あ~、癒される♪」
アンジェリカは温泉に浸かり、まったりと手足を伸ばす。
「……ん……やっぱり、胸が……らく」
温泉に入って、完全にリラックスする咲雪。彼女の大きな胸は浮力で重量が軽減され、その分体にかかる荷重が抑えられている。
机があればその上に載せて休むという方法もあるが、それ以外ではその荷重と付き合わねばならない。
「温泉で一杯。粋だろー?」
『ココロポカポカヨー』
鴉守はぐびっと酒をあおる。体中にしみわたる美味しさだ。
『ハズレナシヨー』
「皆ものむー? お酌してやんよー」
とはいえ、飲める年齢に達したものも少なそうであるのだが。
(お酒……)
リーヤの耳が一瞬、ピンと立つ。何か思いついたようだった。いろいろなタイプの耳があるものだ。彼女の狼耳を眺めながら、ナガルは自分の耳を触ってみる。
不意に、今宮がざぱりと立ち上がった。
「あれ、のぼせちゃった? 大丈夫?」
「ううん。やることがあるの。先にあがってる」
「あとでね!」
「うん、あとで」
(あれ……?)
ふと、永遠の別れのような気がした。
いや、そんなことは全くないのだが、まるで戦場に赴く戦士のような決意を秘めたような表情だったのだ。
(これで最後なんてこと、ないよね!?)
まさか。たかが温泉だ。
ナガルは去っていく今宮になんて声を駆けたらいいのかわからなかった。
「青春ってかんじ」
鴉守はぐびっと酒を飲む。
女湯には、和気あいあいとした雰囲気が満ちている。
「マルコさんは駄目って言ってもお酒ばかり飲むし、すぐ女の人を口説こうとするし、ボクがついてないと本当に駄目聖職者なんだよ」
「しっかりしてそうに見えるのになー」
”自分がついていないとダメ”というのに思うところがあるのか、リーヤは真剣に話を聞いている。
(咲雪も、もうちょっとしっかりして欲しいものよね……)
アリスはちらりと咲雪を見るが、彼女はどこ吹く風である。まあ、今日くらいはいいか。
会話に耳を傾けつつ、湯に浸かり、景色を眺めているマイヤ。ふと男湯との仕切りに目が止まる。
(央も入ってるのよね……)
そこそこに頼りなくも見える。軽く湯当たり気味でもある。
壁の向こうからは、楽しそうな男湯の声がわずかばかり聞こえる。
「こんなに薄くて大丈夫かな?」
「覗きとかー見られても大して困らないけどうちらの身体って金になるからなー」
『異性の無銭視聴禁止ー』
鴉守とキャスはそう言って笑った。
(……確か、前回は彼女が男湯覗きに行ったのよね)
アリスはどこかへと去っていった今宮の行方を推し量った。
●一方そのころ、男湯では……。
のぼせる前に風に当たっていた迫間は、またゆっくりと肩まで湯に浸かる。その姿にはなんとなく疲労がにじみ出ている。
「へっくしゅ!」
マルコが小さくくしゃみをした。
「風邪ですか?」
「いや。酒のおかげで健康体だぜ。あっちで俺のウワサでもしてたりしてな」
マルコの気持ちを知ってか知らずか、女湯から同時に楽しそうな笑い声が響いた。
「注ごうか」
「おお、ありがとう。せっかくだ、みんなで飲もう」
「ありがとうございます」
「最近うちのアンジェリカがだんだん小姑じみてきてな……」
「心配されてるんじゃないか」
「いやいや。そうはいってもねえ……あの年でそんな風で大丈夫だろうか?」
「言われなくなったら、それはそれで寂しいんじゃないですか」
「うるさくないアンジェリカか」
それはそれで妙な感覚がするというか、想像がつかないというか。なんとなくひっかかりを覚えて、マルコはぐびぐびと酒をあおる。
酒の力か、温泉で気が抜けたからか、男湯の方では、それぞれの相棒談議に花が咲く。
●水面を駆けるセイレーン
温泉宿を駆けぬける一陣の風。
共鳴した今宮の、きらびやかな赤のロングヘアーが風になびく。温泉宿にふさわしい和装の少女が、今まさに大きな声では言えないミッションへと突き進んでいた。
【なんでワタシまで……】
「今回は妥協無し! 人によって形とか違うかもしれないし」
英雄と共鳴した状態の今宮は、あふれ出るパトスを止められない。
【……ルートは?】
相棒の奈良もまた、嫌と言いながら結構乗り気である。
「前回と一緒でいけるはずだけど……万が一もあるからね」
足音。
スナイパーゴーグルを着装した今宮は、敵がいないことを確認する。
慎重に足場を確かめていた今宮は、ヒビの入った岩場にウレタン噴射機を吹き付ける。滑りやすい岩場が、驚くほど安定した足場に姿を変える。
「これぞウィンウィンの関係!」
【違うと思うぞ?】
検討したルートをくぐりぬけ、地面に身を伏せる。スマートフォンを首から下げて、動画を設定する。
「!」
かなり近くで、物音。肝が冷えそうになる。
イメージプロジェクターを使って 温泉宿の従業員に化けていたのが功を奏した。
――怖い。けれど。
今宮は、希望章を握りしめる。
「皆が諦めるなって言っている気がするの……」
【100%気のせいじゃ】
「どんな難敵にも立ち向かうのがレイブンだよ……!」
【隊の皆がいなくて良かった……こんな姿見せられぬの】
奈良は大きなため息をつく。それを聞きとがめられるものは、ここにはいなかった。
「”鴉”今宮、出撃する……!」
【香港の時より真面目か】
近い。
声がだんだんと大きくなる。
今宮は、煙に紛れて一定の距離まで近づこうとする。湯気で曇ったカメラのレンズを拭く。
【近づきすぎておらんかの?】
「動画性能あんましよくないの……」
カメラをいじりながら、調整を始める今宮。
【あ】
「へ?」
(まずい!)
ライヴスゴーグルでライヴスの流れを追っていたおかげで、素早く反応できた。透明な「何か」。
ミーレス級の哀れな従魔。
「くっ……」
まったくもってかなわない相手ではないが、今回は分が悪い。音を立てるわけにはいかないのだ。
「なにかあったか?」
麻生の声がした。
誰かが来る前に。――今宮は従魔にフラッシュバンでの一撃を加え、ひるんだすきに脱兎のごとく逃げ出した。
それと同時に扉が開く。ALブーツで湧いている湯を駆ける。
「なんか、水上を横切っていたような……」
「鳥、か?」
「……」
ちょっとばかり、飲みすぎたのかもしれない。
ミッションこそ失敗に終わったものの、今宮の正体がばれることはなかった。
●喧騒の遠く
(にぎやかだな)
部屋で風呂を済ませた賢木は、売店やゲームコーナーをあてもなくふらふらしていた。どれも守凪にとっては珍しいものばかりだ。
ゲームコーナーでは、先に風呂から上がった千冬がナガルを律儀に待っている。主従にも思えそうだけれど、仲の良い兄妹のようだ。
遠くで目が合って、会釈。
「ラムネ……? 瓶に入っている……のか。実物は初めてだな……」
そわそわとした様子は見せるが、ただ見るだけで通り過ぎていく。
「!」
「おっと、すまん」
誰かとぶつかりそうになったが、賢木はその前に素早く避けていた。コリー・ケンジ・ボールドウィン(az0006)だ。
「やあ、邪魔してすまない」
「いや」
賢木は向き直ると、挨拶を返した。
「こうしてきちんと挨拶するのは初めてかもしれないな。賢木守凪だ」
「ああ。改めて。コリー・ケンジ・ボールドウィンだ。よろしく」
コリーは屈託なく握手を求める。右手を少し動かしてから、自分が義手であることに気が付いたのだろう。左手に切り替えた。
自分と共通する機会の身体だ。
左手での少しだけぎこちない握手。少し迷った末、賢木は申し出てみることにした。
「少し話さないか?」
「おお、もちろん」
【暇だねぇ。暇だよねぇ。まぁ、カミナがあんなだしぃ、仕方ないかなぁ? 意気消沈ってやつだよねぇ】
一方そのころ、カミユはというと、賢木から離れて旅館をうろうろしていたところである。
エージェントたちは、皆連れ立って風呂へと行ってしまったようだ。賢木が落ち込んでいるようなので、やることがない。誰か暇な相手を思い浮かべると、ふと、ネフィエ・フェンサー(az0006hero001)の姿が浮かんだ。
【ネフィエくん……だったかなぁ。話をしてみたいけどぉ、どこにいるかなぁ……?】
カミユはうろうろとあたりを探す。ロビー近くの自動販売機のそばで、ネフィエの姿を見つけた。
ちびちびと酒を飲んでいたネフィエの目の前に、ひょっこりとカミユが姿を現す。
【初めましてぇ、カミユって言うよぉ。今いいかなぁ】
『やあ、もちろんだよ。なんなら一緒に飲むかい?』
ネフィエはゆっくりと場所を開ける。
【飲み食いはしないけどぉ、おしゃべりしよう】
『いいね。立派な酒の肴だ』
示し合わせたわけではなかった。別々の場所で。能力者と英雄がそれぞれ語らいを持っていた。
「普段、手はどうしてるんだ?」
賢木の質問に、コリーは右腕を持ち上げて見せる。
「一応、武器の部分は取り外しは利く様になってるんだが、これで器用な真似をするのは難しいな」
賢木は、コリーの機械化された右腕を眺めた。ところどころにボルトがむき出しの、無骨な義手だ。
【ねえ、ケンジくん、だっけえ? 彼のことが嫌にならなぁい?】
『ぶっ……』
カミユの質問に、ネフィエは思い切り噴き出した。
『あれだもんね。いかにも教官、みたいな。煩いんだよ』
【やっぱり、あるんだぁ?】
『そりゃあねえ。酒でも飲まなきゃやってられないくらいにはね』
ネフィエは肩をすくめて酒をあおる。
【どっちにしろのむんだぁよね?】
『そりゃまあね』
【くふふ】
『カミユ君は?』
【どぉだろう?】
カミユは笑顔を浮かべるが、その真意を読み取ることはできない。他愛ないやり取りに、またネフィエはおかしそうに笑った。
「義手を不便に思ったことはあるか?」
「そうだな。慣れるまでは、大変だったような気がする。あとはまあ、こういうときだな」
コリーは苦笑を浮かべる。
「別に視線を気にするわけじゃないんだが、なんとなく今日は気分じゃなくてな、部屋の風呂だ」
「少しは分かる……かもしれない」
「そうか? そうか……」
まだ10代にみえる若者の口ぶりに、何か感じたものがあるのかもしれない。コリーはほんの少しだけ遠い目をした。
「カミユ君は食事はとらないのかな?」
【んふふ、必要がないからねぇ】
そうか、とネフィエは言って、ふと、妙なものでも見るように酒瓶を眺めていた。
【ネフィエ君はぁ、何をしている時が一番幸せ?】
『うーん』
ネフィエは酒瓶を揺らす。
『そうだな。働いたあとの一杯はサイコーだっていうけど、働かなくても味なんて変わらない気がするな。でもまあ、付き合ってくれる相手がいるのは嬉しいよね』
【そうかぁ】
『カミユ君はどんなときが幸せ?』
【ボク? ボクはねえ、くふふ、どうだろう。今とかぁ?】
冗談めかして、カミユは首をかしげて笑う。両耳のピアスが重力に従って、一瞬だけあらわになる。
【カミナはねえ、面白くはあるよねぇ】
『”幸せ”は?』
【どぉかなぁ。幸せって何だろうねぇ?】
二人の会話は、深刻ではない調子で続いていくのだった。
「それさ」
賢木とコリーは、アイアンパンクについてとりとめもなく話している。
「普通の義手にしようとは思わなかったのか? 例えば、……アイアンパンクになる以前の友人に会ったとき、腕を隠したくならないか?」
「そうだな。軍人なんて、腕のないやつも珍しくない。ただ……気になっていないかと言えば、……そうだな……」
コリーは少し顔をしかめた。
「正直に言うと、俺の嫁さんが見たらどう思うだろうなと考えることもある」
「……奥さんか」
コリーは頭を掻いた。
「ずいぶん前に亡くなっていてな。嫁さんがこの腕を見たら、心配をかけるんじゃないかって思わないでもない。どう考えても戦闘用だからな。……いや、湿っぽい話になったな。すまん」
「……」
賢木は考え込むように自身の膝に目を落とした。
「この腕もまた相棒みたいなものだ。エージェントである俺も好きだ。エージェント、楽しいか?」
「やることがある」
「そうか、何かあればいつでも……」
二人の前を、ほかのエージェントたちが目の前を横切っていった。鴉守とキャスを見てコリーは急に目をそむける。
「げふっ、相談してくれ」
●お風呂あがり!
鴉守は、浴衣をセクスィーに着こなしている。その気はないのだが、意味もなく色仕掛けになっていた。
『ブラつけてません!』と言わんばかりのしぐさでは、どうしたって揺れる胸が目に付く。
部屋へと戻ったリーヤは、麻生に浴衣を着つけられていた。
「ほれ、ちゃんと着なさい……こら、暴れるなって」
『……やーん!』
リーヤは、色っぽく着替えを拒否する。抵抗するふりであって、さりげなく麻生にアピールするのも忘れない。わざと絡まったふりをして、麻生の腕にしなだれかかる。
「はいはい、ヒゲと頭拭きますよー」
慣れている麻生はリーヤを膝に乗せ、口元と頭を丁寧に拭く。
『……むー! ……むふー』
不満げな顔が、すぐに満足そうな顔へと変わる。
「うむ、相変わらず綺麗な髪だなー」
麻生は巧みに耳を避け、髪を梳く。腰ほどまである豊かな黒髪に、丁寧に指先が振れる。
『……ん!』
リーヤの尻尾は、はち切れんばかりに揺れていた。
「おまんじゅうに、後はご当地ストラップ……」
ナガルは、真剣な顔で売店のラインナップを見つめる。
「……ちーちゃんなんでそんな顔するの」
合流した千冬は、もの申したげな顔をしながらも、口出しはしない。
「ほら、ちーちゃんにも買ってあげるから!」
「いえ、マスター……私の分は」
「遠慮しないの!」
「ご当地ストラップ……買うか否か」
麻生は売店の前でじっとストラップを眺めている。
『……ん、子供達に買うの?』
リーヤは首をかしげる。28人分。男女で好みが違うものだろうか。
「お菓子の方が良い気もするが、妙に気になる……」
その様子を見て、ナガルは誇らしげに胸を張る。
「ほら、ちーちゃん。ストラップには夢があるんだよ」
「すまない。子どもが喜びそうなのは、どれがいいものだろうか」
千冬は困った様にナガルを見る。まかせて、とうけおうナガル。人見知りのリーヤは麻生の後ろにひっこみはしたものの、選んでもらうのは歓迎しているようでじっと推移を眺めている。
「日本だったら、やっぱりこうだよね、マルコさん!」
アンジェリカは風呂上がりの牛乳を、日本式に腰に手を当て、無い胸を張り、ぐびぐびと飲み干すのだった。
乾いた喉に、冷たい飲み物がしみわたる。
『ぁ……おいしい、かも』
「ここまで含めて温泉って感じだよな」
浴衣に着替えたマイヤと迫間。迫間は、のぼせ気味のマイヤを見て、フルーツ牛乳を二人分買った。
「ビリヤードって1回やってみたかったの!」
ゲームコーナーにて、ナガルはビリヤード台の前に陣取る。
「やったことが?」
「ルールは前本で読んだよ!」
「そうですか」
軽快な音とともに、球がはじけ飛ぶ。当たりはするのだが、ポケットに球を入れるのが難しい。
「実際やってみると難しいね。……よし!」
「マスター、手球はポケットに入れてはだめですよ」
「えっ、あれ落としたらだめなボール!?」
ガッツポーズから、しょんぼりとした調子になるナガル。
「本で学んだのではありませんでしたか、マスター?」
千冬はナガルからキューを受け取り、構える。台のよこから、覗きこむように球を据える。
「できるの?」
堂に入った構えだった。
「こういった物は……何故か手が覚えているような気がします」
千冬は、しばらく狙いを定めたのち、鋭い一打を放った。カコン。良い音がして、球が勢いよく弾け、連鎖していく。計算されたように各ポケットに順序良く収まっていく。
「すごい! すごいよちーちゃん!」
ナガルははしゃぎたて、ストラップを渡した。
「はいこれ、ご褒美」
「……仰せとあれば受け取りますが」
千冬は眉間にしわを浮かべながら、ストラップを受け取る。普段使いにしてはラフというか。いかにもはしゃいで買った感じがしないでもない。
「んー、なんだろこれ?」
アンジェリカはスマートボールをみつけて、しばらくいじっている。スリットを見つけて硬貨を入れてみると、たくさんボールが出てくる。
「ピンボールに似てるけど、こんなにボールがじゃらじゃら出てくるのは初めて見たよ♪」
リズムよくボールを弾き飛ばすと、ポケットにゆっくりとボールがはまっていく。しばらくやるうちに、コツがつかめてきた。それがなんとも心地よくて、アンジェリカはすっかりスマートボールに夢中のようだ。
「おおー揃ってる」
『流石ヨー』
鴉守が口笛を吹いた。
「あ゛ー…」
土産を選び終わった麻生は、まったりとマッサージチェアに寝そべる。膝の上で、リーヤは甘えつつくすくすと笑う。
『……ん、気持ちいい?」
「家にも欲しいくらいだなー」
「最高だな、コレ」
マルコものんびりと体をほぐしていく。振動が揉みから叩きに切り替わり、語尾を揺らす。
ほどなくして、食事の用意が整ったという知らせが届いた。
●酒だ、食事だ、宴会だ!
「ご飯食べにいこーぜー」
というわけで、鴉守を先頭に、一行は『希望の間』へとやってきた。
『……おにくぅ』
並んでいる海鮮料理をみて、耳をぺたんとするリーヤ。
「明日食わせてやるから我慢しろって……ほれ、これも美味いぞ」
『…ん!』
麻生はてんぷらを口元に近づける。リーヤは尻尾を振って、幸せそうにもぐもぐとする。
「うむ、蕎麦も丼も美味いな……カニがもうちょい欲しい所か」
巧みにリーヤに餌付けをしつつ、自分の分も堪能する麻生。なんとも器用だ。
蕎麦を啜る央に、不思議そうにマイヤは尋ねる。
『音を立てて食べるのはいいの?』
「行儀は良くないんだが、蕎麦は音が出る勢いで啜って食べるから美味いって言うんだ」
『そういうものなのね……』
マイヤは真似をして、音を立ててすすってみる。迫間の様にはうまくいかない。
人の作法というのも、難しいものだ。
わさびを入れすぎてけふけふとせき込むマイヤ。食事は慣れていないのだ。涙目のマイヤに、迫間は水を差し出す。
その後も、マイヤは蟹の身を穿るのに苦戦していた。どうやったらいいのかわからず、ひっくり返してみたり、おそるおそると触ってみたり。
「んー、おいしいー!」
ナガルは、料理をどれも大喜びで味わっている。一口運ぶたびに、耳と尻尾がぴこぴこと動く。
「食べたこと無いものが沢山!」
目をきらっきらさせながら、うっとりと舌鼓を打つ。
「このパスタ、変わってるけど美味しいね」
アンジェリカは幸せそうに蕎麦を堪能する。
「そうか、パスタ! 言われてみれば和風パスタかも?」
「蟹は日本のテレビで見たむきむきおばちゃんみたいな人がいるのかな?」
カニを見て、ふと厨房が気になるアンジェリカ。そっと厨房をうかがってみると、反応をうかがっていた料理人がひょっこりと顔を出して照れ笑いを見せた。
「和風の甘味は優しい味で大好き!」
「ん、……」
黙々と食べる佐藤の横で、今宮がぐったりとしていた。
「あれ、真琴さん、具合悪いの?」
「へ、ううううん!? ううん、大丈夫」
今宮は食事が喉を通らず、ぽ~っとしている。蕎麦を箸で掴むものの、口元に運ぶ前に落としてしまう。
男性陣をチラ見しつつ、顔は完全に真っ赤である。
【照れるくらいなら見なきゃよかったのにのぅ】
奈良は酒をぐびぐびとあおりながら言う。
「だ、だってさ……あんなに……」
【まぁこれで捗るのか?】
「……ハルちゃんも呑み過ぎ……」
【いい経験をさせてもらった……】
酒のせいか、それとも。奈良の顔は真っ赤だ。
状況を察するアリスは無言ですっと二人に寄ると、奈良に酒を注いだ。
「あっちでも飲んでるようだな。噂の名酒とやら……試してみるか?」
「ぜひとも」
「名前からして割と新しい酒なのかな」
千冬と迫間が麻生の誘いに応じる。マイヤも、迫間を見習っていただくようだ。
(……とは言え舐める程度だがね、あんまり飲めんしリーヤが嫌がる)
パートナーを気遣いちらりとリーヤの方を見る麻生であったが、リーヤは嫌がるそぶりもなく、むしろ進んで酌をするのだった。
『……ん、どーぞ』
「おぅ、すまんな?」
疑いもせず、それを飲み干す麻生。少しだけ違う味がした気がした。
『……隙だらけ』
ぼそりと、リーヤはくすぐったそうに笑う。聞きとがめる者はいなかった。何か言ったかと麻生が顔を向けると、お酌ついでにすり寄り甘える。なんとも幸せそうな顔だった。
『結構強いお酒ね……』
一口含んだマイヤは、透明な日本酒を眺める。
「ちびちびいただく感じだな」
「成程、確かに辛口だがすっきり後味もいい。この世界に来て色々な酒を味わったがこれは五指に入る旨さだな」
マルコはしみじみと思う。日本酒も味わい深いものが多いものだ。
「いやあ、いいものを知った。ありがとう」
ネフィエは、かまわないというようにひらひらと手を振る。
「この酒が名酒と呼ばれる理由が分かりますね。素晴らしいお酒です」
千冬はナガルの様子を気にしつつ、『霊一滴』を片手から手放さない。顔色は全く変わる様子が無い。
相当量飲んでいるはずだが。しかし、そんなそぶりはおくびにも出さないのだった。
「おお、イケる口か。どんどんいこう!」
マルコに酒を注がれても、千冬は臆することはない。寧ろ味を楽しんで酸味やその辛さ、キレの良さを堪能しているらしく、そのたびにじっくりと味に思いを深める。
気が付けば空になった瓶があちこちに散乱していた。
「海鮮とこれがまた合うんだなうん。旨い」
マルコはすっかり酒が気に入ったようだ。
「じゃあ、僕が『フニクリ・フニクラ』を歌うよ」
すっかり食事も進んだところで、アンジェリカが余興をやってくれるようだ。一同は拍手をして迎える。
音響もそれほど整ったところではないにもかかわらず、まるで一つのステージのようだ。美しい歌声が、旋律に乗ってあたりに響き渡る。じんとして耳を傾けていたナガルは、ふと既視感に気が付いた。
「あれ? この曲知ってる……? ような」
「”鬼のパンツは……”だな」
美しい歌唱と替え歌のギャップに、なんだか不思議な心地がした。
(食事も美味いし何より浴衣美人が多いのも目を楽しませてくれる)
マルコは、アンジェリカの歌を聴きながら、今のうちに女性陣にアプローチしようかと考える。とはいえ、リーヤは隙がないというか、麻生にべったりだ。
「んん……」
カップルの邪魔をするほど野暮でもない。心なしか、何やら麻生がぐったりしている。
「どうだ、また別の機会に一杯」
【ほう?】
「ナンパかータダじゃないぞー」
女性陣がどっと沸く。
「ほら、名酒だ」
「どもども。ンーきくねーライヴスが回復するかんじ……」
『とてもイイお酒ヨー量産して売り出すべきネー』
こうして、夜は更けていく。
●深夜、倉庫にて
「んー…」
相当飲んでいるようだが、鴉守の足取りは確かだ。あたりを見渡す鴉守。気配を感じて、立ち止まる。
「……。キャス」
『ハイ』
共鳴は一言でいい。それだけで伝わる。
暗闇の中でなお姿を見せない従魔。しかし、そんなことは関係がない。
射手の矜持。鋭敏な感覚で空間をとらえる。空間の中で感じる、わずかな違和感。スナイパーライフルの銃口が、ゆっくりと敵へ向けられる。
空気と空気がこすれあうような気配は、鴉守でなくては気が付けたかどうか。
短く音がして、ブルズアイが標的を仕留めた。従魔は悲鳴を上げ、そのまま空気に溶けるようにして消えていく。
あたりはしんとしていた。
「ん、全部見回りして完全消滅確認。私は何も見なかった」
『見なカット!』
「酔ったのかなー従魔が見えちゃうなんてーいやいやまだいけるでしょー」
鴉守は、共鳴を解いて武器をしまう。
散歩でもするように、ゆったりと旅館の周りを一周。夜の風が頬を撫でていった。
「残ってると苦情きちゃうからねーHOPEにはもう報告しちゃってるしー」
温泉の隣で、ふと考える。
「もっかい風呂いこうかー」
『オールナイト!』
「転ばぬ先の杖ーアフターサービスまで私らにお任せー」
仕事人二人の手際は、あまりに良すぎた。スナイパーとは知られぬ存在だ。
二度目の彼らの活躍を、宿のものたちが気取ることはなかった。
●宴もたけなわ
酒をあおる手を止めないマルコを、アンジェリカはとがめようかと少し迷った。
まあ、今日くらいはいいか。そっとふすまを閉めて、部屋に戻る。
(うん、楽しかったな♪)
満足そうに、今日一日の思い出を反芻する。
「んんん、なんだか妙に眠い……それと体が熱い……ような……」
「戻れるか?」
ふらつく麻生を、リーヤが支える。
『……ん、油断しすぎ、だよ?』
部屋に戻ったリーヤはくすくすと笑い、麻生と一緒のベッドにもぐりこむ。
麻生はなんとか眼鏡をはずしたが、ほどなくして眠気に負けて意識を失った。それを良い事に、リーヤは麻生に頬をよせ、すりすりしたり、ギュッと抱き着いたり頭抱えて抱きしめたり、膝枕したりちゅーしたりぺろぺろしたり……やりたい放題である。
「ううん……」
麻生は身じろぎしたが、それでも起きることはない。酒に入れた薬が効いているのだろう。
『……ん、来て良かった』
あらん限りのコミュニケーションを試みたリーヤは、存分に堪能したところで眼鏡をきちんと置きなおし、自身のパートナーにしがみついて寝ることにした。
『良い月ネー』
「くぅ~効くわー」
一仕事を終えた鴉守とキャスは再び温泉へと入っていた。のんびりするキャスの横で、鴉守はちびちび日本酒をあおる。
鴉守は、明日の朝、キャスを起こさないようにしてもう一度温泉に入る心づもりだ。そのために、度数弱めの日本酒を、今のうちに買い込んでおかなくては。
「有意義な時間だったわ……」
アリスは部屋に戻ると、佐藤が寝入ったのを確かめ、今宮から断片的に聞いたことを反芻していた。伝聞であろうとも、得るものは大きかった。ここならば、人目を気にする必要はない。
アリスはそっとペンを執った。しばらくカリカリと静かな音が響いていたが、興が乗ってきたのか、速度を増していく。
……傑作になる予感がした。
「こんなんだっけ?」
【うーむ、もうちょっとこう」
「あわわ、え、こんなに……?」
【対比が違っておるな……こんな……感じ?」
「あ、ほんとだ。うわぁハルちゃん良く見てたんだね……」
今宮と奈良は、二人で浴衣の下に想像を巡らせる。実のところ、今回も具体的に見れたわけではない。しかし、臨場感を持ってこの前よりも詳細になった妄想は、なんだか現実味を帯びていた。
(うわあ、うわあ)
あまりのことに手で顔を覆い、それでも指の隙間からちらちら見てしまう今宮。
【……】
奈良が、ふと手を止めた。
「? どうしたの?」
【真琴……】
「……ん?」
なんだか嫌な気配を感じた。反応するのが少しばかり遅かった。視界がぐらりと反転する。
【ダメじゃちょっと止まらん】
「え、え、えぇー!?」
一体何が起こっているのか、今宮にはさっぱりわからなかった。明日の気まずさがぐるぐると頭をよぎる。
「飯、美味かったな」
『そうね……でも、央が作ってくれたおにぎりも好きよ?』
マイヤはくすりと笑った。飲んだ酒が良かったのだろうか。とても上機嫌だ。マイヤは布団を指し示すと、迫間に寝そべるように示す。
「気持ちいいな、これ」
マイヤは、央を布団に寝かせて肩腰を指圧するのだった。
「……央?」
疲れていたのだろうか。気が緩んだ央はそのまま意識を手放す。
マイヤは、央の寝顔を見て少し考え、その隣にぴったり自分の布団を並べ、布団の中で考える。
今日は、人らしく過ごした一日だった。
マイヤは、央が自分にとって代え難い存在になっている事は自覚している。
自分と央はいつまでこうしていられるのだろうか。
そっと背中に触れてみる。安らかな寝息が聞こえるばかりだ。
「お布団ふかふか! 今日は楽しかったな」
ナガルは、部屋に戻るなり、そのままお布団にダイブする。ふかふかの布団が、ナガルを受け止める。
(お宿のお布団ってなんでこんなに気持ちいいんだろうなあ……)
そうしているうちに、なんだか眠くなってくる。
「明日もまた、楽しい日になりますように……」
「それでは風邪を引いてしまいますよ、マスター」
明日の為の支度をするうちに、寝落ちしてしまったらしい。
千冬は小さく溜息をつくが、その声はとても優しい。布団をそっと直してやる。
千冬は今日もまた、彼女の後ろ姿を見て様々な事を学んだ。明日もきっと新たな発見と共にあるのだろうか……。
部屋で合流した賢木とカミユ。どこで何をしていたのか、余計なことは聞かない。
お互いに、妙な真似ができないことはわかりきっているのだから。そんな質問は、無意味だ。
【今度はぁ、みんなで来たいねぇ?】
「……珍しく意見が一致したな。……あぁ、今度はあいつらも誘って、来よう」
賢木は窓の外を眺めながら、「次」のことに思いをはせた。
みんなの思い出もっと見る
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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