本部

K2はつるつるすべる

電気石八生

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
9人 / 4~10人
英雄
6人 / 0~10人
報酬
少なめ
相談期間
5日
完成日
2016/05/05 18:42

掲示板

オープニング

●K2
 ニポンにインプレナグブル(難攻不落)なK2ありマス。
 拙い日本語で言い残し、TVCはトイレ(ウォッシュレット完備)へ消えた。

『TVC、極東のK2登頂に失敗!』

 その報はHOPE本部からテキサス支部、ギアナ支部、果てはインカ支部へまでも駆け巡り、そして――

●ボブの魂
「えっとぉ~、ディスタイムのミッションはバトルじゃナッシングだよ~」
 文章のほとんどが和風英単語なセリフを垂れ流し、礼元堂深澪 (az0016)はブリーフィングルームに集まったエージェントたちを見回した。
「本部の経理班にロバート・サンバーニ――ボブ・ザ・バキューム・クリーナーって人がいるの」
 プロジェクターに映し出されたのは、台となったダイニングテーブルと同じ幅のピザにかじりつく、イタリア系アメリカンの輝く笑顔だった。
 見ただけで、全員が理解した。
 こいつ、大食いだ!
「このボブ君が日本出張のついでに登りたい山があるって、挑戦したんだけどね」
 深澪はぱあっと両手を広げて「玉砕」を表現してみせた。
「登りきれなかっただけじゃなくって、もう3日もトイレとリビングを往復してるんだって。タイヘンだよねぇ~」
 映像では、ボブのワイフだというエジプト美女が必死にあれこれ訴えていたが、その後ろを往復するボブの「オーマイ、オーマイ」の音量が大きすぎてまったく聞こえなかった。
「ボブのブロークン・ハートをプリーズ・ヘルプみたいな感じだよ~」
 異名持ちの大食いが玉砕した山――どう考えてもいやな予感しかしないわけだが、その山とはいったい?
「ラーメン黄二(こうじ)の大豚マキシマム盛り……通称K2(けーつー)っ!」
 ラーメン麺増し・煮豚増量・無料トッピング全種類(ゆで野菜(キャベツともやし)・背脂・刻みニンニク・醤油ダレ)を店主の好意で盛れるだけ盛ってもらったもの。
 プロジェクターで映し出されたそれは、まさに山だった。
 巨大などんぶりに極太麺を詰め、豚肉を漬け込んだ醤油ダレに乳化――微粒子化した脂が本来溶け合うことのない水に混じり合ったような状態――した豚骨スープを注ぎ、もやしとキャベツを高々と盛り上げたあげく、背脂の塊3つ、ぶった切った豚バラ肉5枚、大量の刻みニンニクを添えた代物。
「重さだけで4キロ超え! でもこれ、チャレンジメニューじゃないんだよ。お店のオヤジさんの心意気ってやつなの。胸が苦しくなっちゃうよねぇ~」
 渋い顔で胸へ手を当てる深澪。その苦しさは心苦しさじゃなく、多分、胸焼けだ。見るだけで人にダメージを与える壮絶さが、その山にはあった。
「量もマジすごいんだけどぉ~、脂がヤバいんだって」
 挑戦者の食欲を塗りつぶす、スープに溶けた脂、バラ肉の脂身、背脂のトリプルパンチ! そこにニンニクの強烈な殺菌作用が加わって、ザ・バキューム・クリーナーの腹はクラッシュしたのだ。
「で。みんなにはこの山の登頂を目ざしてもらっちゃいまぁ~す」
 登頂って、まさか完食!?
 おののくエージェントたちに、女子職員は達観した顔でうなずいた。
「今回の依頼はね、報酬がボブ君から出てるの。くわしいことは依頼書を見てね。――あ、ボクも現場でボブ君といっしょにみんなのことレポートしちゃうからがんばって! 大丈夫、なんとかなるでしょ~」

解説

●依頼
 ラーメン黄二(こうじ)の大豚マキシマム盛り(通称K2)の完食を目ざしてください。

●K2
・歯を押し返す弾力の極太麺1・5キロ(時間経過とともにスープを吸って増量)
・もやし6・キャベツ3をゆでたもの1・5キロ
・煮豚(バラ肉)120グラム×5枚
・しょっぱい乳化豚骨醤油スープ600cc
・背脂100グラム×3
・刻みニンニク150グラム

●ルール
・今回の依頼はボブがクラウドファンディングによって集めた資金で運営されています。出資者にチャレンジの様子を見せるのが公約なので、現場でのみなさんの様子はネットでライブ中継されます。
・英雄や他のエージェントとのシェアは不可。リンクしていれば1人前、リンクしないなら2人前が用意されます。
・スープはお残し可。
・取り皿という名のどんぶり、レンゲ、コショウ、一味唐辛子、醤油ダレは使用自由。
・野菜に味はついていませんので、タレやスープを駆使してどうぞ。
・お持ち帰り不可(食べきれなかった分は肥料としてリサイクルされます)。
・エージェント同士の会話はもちろん、足を引っぱりあうのも自由です。

●ボブ&深澪
・ボブと深澪はレポーターとしてみなさんの食べっぷりをにぎやかします。
・ボブの確定ゼリフは以下の3つです。
「ユーはどうしてK2にトライしたんだい?」
「ユーを応援してるエブリバディにコメントをプリーズ!」
「ミーのカタキウチ、してくれるよね!?」

●プレイング備考
・「完食する」ならどのように完食へ至るかを、「完食しない」ならどのように食べ、どのように完食をあきらめるかをプレイングしてください。
・英雄や他のエージェント、ボブ、深澪との会話は自由。
・モラルとマナーの許容範囲内なら、たいていのプレイングは描写対象になります。
・泣き言、絶望、気絶歓迎。すべてをドラマチックに!
・重体の方でも心配なくご参加いただけます。

リプレイ

●ロング・プロローグ
「この中継を見てくれてるみんなに、TVCことロバート・サンバーニから愛を込めてゴキゲンヨウ! K2へ挑んでくれるエージェントを紹介するよ!」
「おっけ~。ボブ君よろしくぅ~」
 礼元堂深澪(az0016)にうなずきかけ、ボブ――ロバートの愛称だ――はデジカメを構えたクルーを招く。
「その剣は鋭にして剛。“TATSUZIN”赤城 龍哉! “乙女 of Steel”ヴァルトラウテの加護を受け、チョップ・スティックで山を斬る!」
「剣闘場へ追い立てられるような気分ですわ……」
 とまどうヴァルトラウテ(aa0090hero001)に、彼女の契約主である赤城 龍哉(aa0090)が苦笑を返す。
「見世物ってとこは同じだな。――K2にトライした理由? そこに山があるからさ」
 続いて紹介されたのは東海林聖(aa0203)と契約英雄のLe..(aa0203hero001)。
「眼に映すものは敵。繰り出す攻撃は一撃。“Run&斬”東海林聖! アンド、その胃袋はいつだってカラッポ。“The Hunger”Le..!」
「ラーメン……まだ? ルゥ、お腹すいた」
「おちつけ、戦いはまだ始まってねぇ。トライの理由? 3日分の食料、こいつに食われちまったからだよ。節食解除でオレも食うぜ!」
「薄味ボディに濃厚色気! 相方曰く、良い子でいくらか欠落してる? “二律背反Beauty”廿枝 詩! ユーはどうしてK2にトライを?」
 廿枝 詩(aa0299)はただただ淡々と。
「お金……と、チャレンジ精神」
「而立(じりつ)にして非自立! オールド・シスター、マジサンキュー! “Sunekaziri先生”冬月 晶! アンド、すべてを丸飲むドラゴン・レディ、“Ms.Swallow”アウローラ!」
「俺の紹介ひどすぎないか……? 自立はしてるんだよ。相方がアレなせいでアレだけど」
 冬月 晶(aa1770)のため息まじりの抗議に、ボブはウインクを返し。
「視聴者はドラマが欲しいんだ! どん底から這い上がる姿、見せちゃってヨ!」
「こんな脂っこい山這い上がれるか! 考えただけで胸焼けが――三十路男をなぜこんなところに連れてきた……?」
 そんな彼に、契約英雄のアウローラ(aa1770hero001)がにこにこと。
「食べるためですよ! だって食べていいんですよ? だったら食べますよね? だから食べますよー!」
「龍はここにもいる! 悲しみを知り、その幼き笑みには成長が刻まれた。“永笑Assassin”ギシャ! アンド、この3頭身ボディに中の人なし! “Kigurumi HB”どらごん!」
「けーつーの悲劇を終わらせる。ギシャはそのためにきた」
 平たい胸を張るギシャ(aa3141)。その耳にどらごん(aa3141hero001)がでかい口を寄せた。
「自信満々なのはいいが、小食のおまえが食べ切れるのか?」
「どらごんががんばる?」
「踊る赤毛はノリの証! その勢いでK2を跳び越えてくれ! “All Redお兄ちゃん”大佐田 一斗! アンド、詳細不明の謎生命、“Good Feel”むいむい!」
「俺にまかしとけ! がんばるぜ、ロブ!」
「むいむい」
 いきなりボブとロブをまちがえる大佐田 一斗(aa3772)と、なんだかやる気を見せている気がしないでもない、むいむい(aa3772hero001)。
「“お兄ちゃん大好きっ子”の大佐田 みどりです! 今日はお兄ちゃんが大盛りラーメンに挑戦するって盗ちょ――聞いたので来ちゃいました!」
 唐突にボブへヤクザキック! 華麗に乱入を決めた大佐田 みどり(aa3941)は、ぶっ倒れたボブをそのまま踏みつけ、口の動きだけでこう告げた。
 だ まっ て ろ。
「みどり、なんでここに!?」
 みどりのお兄ちゃん=一斗が、びっくりと声をあげた。
「着いて来ちゃった! 昨日の夜から張り込んでなかったら置いてかれるとこだったよ? 途中で捲かれないようにすっごくがんばったんだからぁ」
「ごめんな。――胸が重たくて、胃がキリキリすんのって罪悪感、かな?」
「残念だけどよ、多分ちがうぜ……」
 そっと龍哉がつぶやいたが、妹愛に正気を撹乱された兄の耳には届かない。
 さておき。みどりのどす黒い圧にやられて機能停止したボブの代わり、深澪が残るひと組を紹介する。
「え~っと。お酒と煙草はオトナの正義! 黒社会の蛇はK2もまるっと飲み込んじゃう? “Neutral蛇姫様”九龍 蓮! 挑戦の理由はなんですか~?」
「……いっぱい、食べれる。全部、飲み込む」
 けだるげな無表情でコメントした九龍 蓮(aa3949)を守るように、契約英雄の月詠(aa3949hero001)が穏やかな笑顔で割り込んだ。
「蓮は今日という日を楽しみにしていました。付き添いの私はそのサポートをさせていただきたく思います」
「さすが「忠」以外の八行はまるっと忘れた“Knight of 忠”の月詠君ですねぇ~」
 紹介原稿を読み上げた深澪が「ん?」と顔をしかめた。
 あとひとり、足りない。それも、下馬評で本命マークがつけられたあの女が――
 ずしん。
 店の床が、重量を超えた圧力を受けて低く震えた。
「おかわり、もらえるかしら?」
 店の引き戸をていねいに外し、その巨体を店内へねじこんできた彼女は、おごそかな声でそう告げた。
 天間美果(aa0906)。全世界のビュッフェの天敵であり、この企画で“聖Black Hole”の名をつけられた、伝説の食べ道楽である。
「……まだ食べてもいませんのに、おかわりコールですわ」
 ヴァルトラウテの声に触発され、餓狼どもが動き出す。
「ルゥも、おかわり」
「ええっ!? ちょ、おまっ、待てよぉっ!」
 右手を高く掲げるLe..を聖が揺さぶった。が、彼女の小さな体は小揺るぎもしなかった。
「小吃(おやつ)、別腹?」
 おかわりを所望するか、おやつの入る隙間を確保しておくべきか。悩む蓮に、月詠がそっと寄り添った。主の決定は絶対。彼はただその意思を支えるのみである。
「そういえば美果ちゃん、なんで遅れたの?」
 深澪の質問に、美果はふと微笑んで。
「そこの路地に挟まっちゃったのよ……。あたしもう、低血糖でブラックアウト寸前よ」
 胃も腸もすでに空。リミッターは相方に預けてきた。今夜の彼女は今朝の彼女より、喰らう。
 額に巻いた白タオルの影から彼女を見ていた店主が、胸の前で組んでいた腕を解いた。
「今日は猛者ぞろいみたいなんで、チョゴリをお出ししますね」
「チョゴリ!? オーナーシェフ。ユーは、彼らを殺すつもりデスか?」
 激しくわななくボブに、店主はギラついた笑みを見せる。
「お客さんを腹ペコで帰しちゃ、ウチは閉山ですんで」

●聖戦
 K2。登山家は通常、パキスタンにある登山口から入山するのだが――実は中国にも登山口がある。ただしそのルートは苛烈なパキスタン側からのものをはるかに凌ぐ、壮絶な難度を誇る。
「おお? こりゃ、話に聞いた以上だな」
 カウンターに置かれたものを見上げ、龍哉が息をついた。
 ドンブリならぬ寸胴の縁をはるかに越えて峰を成すマウント・ヤサイ。まわりに散らされた背脂の塊は、さながら山の中腹にかかる雲だ。
 中国名は喬戈里峰(チョゴリ/大きい山)。目の前に置かれた、総重量20キロ超えの山にふさわしい名であった。
『話以上どころか、話がちがいますわ!』
「やべぇな。うまそうかどうかもわからねぇ」
 リンクしたヴァルトラウテと言い合いながら、取り皿代わりのドンブリにヤサイと煮豚を移していく龍哉。
 あっという間に並べられていく、ヤサイと豚の山。それが10を越えたところでようやく麺が見え隠れし始めた。
「ヘイ、タツジン&スティール! トライは順調かい!?」
 さっそくマイクを向けてきたボブに、ヴァルトラウテが渋い声で答えた。
『これが順調に見えるような眼は取り替えていらっしゃい』
「ミーのカタキウチ、してくれるよね?」
 龍哉は割箸で麺をつかむと同時にライヴスを全身へ巡らせ、一気に外へ引きずり出した。
「まぁ見てな。きっちり喰らってやるぜ!」
『食べませんわよ絶対に! リンクを解除しま』
「解除したらもう1杯来るんだぜ? 立ち向かえるのか、乙女さん?」
『う、うう……恨みますわよーっ!』
 一方、詩。
 野菜をもくもく食べつつ、山をかきわけてつまみだした麺を別のドンブリに。
「詩ちゃん――じゃなくて、ビューティはどんな作戦~?」
 深澪のマイクへ、淡い無表情を向けた詩は艶やかな声音を吹き込んだ。
「麺が伸びないように移してみたの。あとの麺は、漬け込んでやわらかくする? ボブのカタキウチ、がんばる」
 ちる~。麺の山からつまみ出された3本が、詩の喉の奥に流れ込んで消えた。
「麺は飲み物」
 と。詩のポケットの中で、呼び出し音が鳴った。
 詩は発信者の確認をすることもせず、完全放置。
「誰かから電話? あ、もしかしたら」
「誰でもないの。誰もいないの。気のせいだから」
「う、うん。でも多分――だよねぇ~」
 おそらくは詩の大盛りチャレンジを心配した契約英雄がかけてきた電話だろうが……深澪はそれ以上訊かないことにした。
 その間に詩は、寸胴の横からカウンターの向こうに立つ店主へ薄く微笑んで。
「おいしいです」
 うなずく店主の満面の笑顔に燃える視線を叩きつけたのは聖だ。
(やってやるぜッ! 山にアタックするって言うもんな。このやべぇ山にガチで突っ込むのがアタッカーの務めってやつだぜ!!)
 ふと横を見れば、Le..が山に直でかじりついていた。
「脂の雪がお化粧みたいだね……。きれいな山だよ、ね?」
「行儀がわるい。食べるならお箸で」
 やさしく叱った詩に、Le..はぺこりとあやまって。
「正直待ちきれなかった……おかわりも、待ちきれない……」
 ザ・ハラペ子め!!
 聖は相方に燃やしていた闘争心を肚の底に鎮め、呼吸を整えた。オレはオレの戦いかたで挑むぜ! そして割箸を構え、脂の雪山へと突き込んだ。
「おい、これがラーメンってどういうことだ?」
 呆然と山を見上げるばかりの晶が平たい声音を垂れ流す。
「うわー、野菜がいっぱいですね。ヘルシーです!」
 アウローラは両手に割箸を構え、背脂まみれの野菜をもりもり喰らっていく。
「アキラさん、ぜんぜん食べてないじゃないですか! ――味に飽きちゃった、とか?」
「まだ食ってもねぇ!」
「おじさーん、アキラさんにライス(大)!」
「待てやぁああああ! あ、ライスないのか。助か」
「チョゴリに合うおかずってなんでしょうねぇ。やっぱK2かなー。おかわ」
「やめてぇええええ!!」
 晶の絶叫が店を揺るがしたころ、ギシャはすでにクライマックスを超えていた。
「ぎしゃ、このたたかいがおわったらせんぱいとけっこんするんだ」
「死亡フラグの設定がおかしいぞ。おまえの先輩は女だ」
 外国人さん用のフォークに刺した煮豚を見つめて垂れ流すギシャへ、どらごんがツッコみながら天地返し――埋もれた麺を引っぱり出してヤサイの上にあげ、伸びるのを防ぐ技――を決めた。
「カタキウチは悲しいよね。悲しいのは終わらせるってヤクソクしたから――ギシャは立ち上がるーるるー」
 カウンターに突っ伏したまま、ボブへ答えるギシャ。
「こんなときに覚悟を決めるな。歌うな。次の死亡フラグを立てるな。おまえは早く立ち上がれ」
「……好吃」
 麺を吸い込む蓮のまわりに華が咲く。それは至福を示すサインだ。
「それはよかった」
 月詠は微笑みを返し、主の水を冷たいものに取り替えた。
 彼自身はヤサイと麺を5口ずつたべて早々にギブアップ。以降は蓮と他のエージェントの世話役として動いている。
「この中継をご覧になられているみなさまにひと言? 特にはございません。サンバーニ殿の敵討ち……蓮は、考えていないかと」
 チョゴリに夢中な蓮の代わりにコメントした月詠だったが。
「月詠」
 蓮のひと言で、彼はボブを置いて主のそばへはせ参じる。
「はい。お野菜と付け合わせはここに」
 ヤサイを盛り上げたドンブリと、肉や脂を取り分けたドンブリを、蓮の箸がつつきやすい位置に差し出す。
「ん」
 小ぶりな蓮の口へ、魔法のようにヤサイが、豚が、麺が消えていく。
「月詠」
「はい。みなさまにお水をついで参ります」
「むいむい」
 その月詠から受け取った水をぐーっとあおり(どこにどう飲み込まれたかは謎)、むいむいが彼に手を振った。
 そこからおもむろにイスの上で半回転。山と向き合ったむいむいは、フォークでにるにる麺をすする。速い!
「むいむい」
 店主に「おいしいですか? ありがとうございます」などと答えてもらい、むいむいはなんだか満足げだ。
「このモヤシ生きてるぜ……だって、どんどん増えるんだぜ……」
 そのとなりの一斗はすでに半死。脂汗にまみれた半笑いで、味のないヤサイを食べ続けていた。
「がんばってお兄ちゃん! あ、モヤシがまた増えた。最近のモヤシは生きがいいねお兄ちゃん!」
 せっせと自分の寸胴から一斗の寸胴にヤサイを継ぎ足しつつ、その合間にみどりがスマホのシャッターをバシバシ切って、一斗の苦悶の変顔をデータ化していく。
 ちなみに一斗は白目なので、妹の悪行は一切見えていない。
「むいむい」
 一斗のドンブリに伸びてきたむいむいのフォークを割箸で弾き飛ばし、みどりがくわっと目を剥いて。
「私ねぇ、お兄ちゃんが上手に食べられるとこ見たいの。あんたは床に這いつくばって落ちてるモヤシでも探してて?」
 相方と妹が開催した死闘劇も、白目の一斗にはまるで見えないのだった。
「マシマシマシマシマシマシマシマシマシマシマシ――」
 世間の喧噪をぶっちぎり、美果はただひたすらに呪文を唱え、喰らい続けていた。
 彼女が唱えるたび、チョゴリの横に置かれた別の寸胴にヤサイやニンニク、醤油ダレが追加されていく。
 イスは現在進行形で増量し続ける彼女の体重に潰された。だから今、美果は立ち食い状態。そして立つことで胃の位置は下がり、膨張する余地を広げていた。つまり、座っているときより多く食える!
「お客さん、天候悪化です」
 美果が向かうチョゴリの表面に、豪雪が降り積もった。
 雪、すなわち背脂である。店主が平ザルでちゃっちゃした無数の脂の欠片がヤサイを5センチも埋めたてる。
「あら。こんなにしちゃって、困った人。いったいあたしをどうしたいのかしら?」
「さあ、どうしましょうかね」
 妖しく微笑みあう美果と店主。
 そんな人々から少し離れた場所で、ボブは意を決していた。
「これじゃミーがエアだよ。トツゲキレポート、スクランブルね!」
 そして彼は突撃を敢行した。よりにもよって、みどりとむいむいに。
 宙を舞うボブの軌跡を目で追っかけながら、深澪は小さく肩をすくめて。
「お~まい」
「大佐田殿、むいむい殿、お水はいかがですか?」
 そんな中、月詠は飄々と場の空気と間合を見切りつつ、給仕に勤しむのであった。

●遭難と登頂
 悲喜こもごもをすっ飛ばし、チャレンジは終わりゆく。
「どらごん、いままでぎしゃをおうえんしてくれてありがとう。らいしゅうから「ふたりはどらごん」がはじまるよ。みてねー」
 カウンターの縁に額をつけてぐらぐら頭を揺らすギシャ。
 ペースを保って寸胴の中身を片づけていたどらごんは、固い唇をやれやれと歪め。
「俺がふたり出るアニメを俺が見るのか……というか、あれしか食ってないのにどうしてそんなに腹がぱんぱんなんだ? ――おいギシャ、どうした、しっかりしろ!」
「どらごんにいちどだけいいたかった――おとうさ」
「ぎ、ギシャーっ!!」
 この後、どらごんはあっさり素に戻って普通に完食した。
「汗をかいたらその分スープだってがぶがぶ飲めるし、胃がやわらかくなったらもっといっぱい食べられるかもだし、水飲んだら口の中の麺も一気に飲み込めるよお兄ちゃん!」
 一斗の寸胴にラー油(出所不明)や酢(出所不明)をぶちまけたり、一斗の口に漏斗で水を流し込んだり世話(内容疑問)を焼くみどり。
「アー、オニイチャン? ミーのカタキウチなんだけどさ」
 申し訳なさげなボブに、一斗は白目を向けて笑んだ。
「いもうとこわい……これタテヨミな、トム」
「ボブでーす――で、ドコをタテヨミ?」
 返事はなかった。ヤサイの麓でひっそり気絶した一斗は、ただただ笑んでいた。
「むいむい」
 自分の分は完食し、店内をうろうろしていたむいむいが、契約主が命を散らした山を綺麗にたいらげた。
「ラストスパートです!」
 推定2キロの麺を一気に吸い込み、残しておいた煮豚をぱくり。寸胴を抱え上げてスープを飲み干したアウローラがふーっとひと息ついて。
「ボブさんの汚名、挽回しましたよー! 草葉の陰で見ててくれましたかー!?」
「汚名は返上しろ……。あと、ボブは元気だ」
 ツッコむ晶を置き去り、アウローラはカメラへ向けて。
「K2は飲み物!」
 続けて「今日は腹八分目」とかほざく相方からそっと離れ、晶は一斗のとなりで静かに息をひきとった(死んでない)。
「脂の多いモンは、お茶でうまく濁したほうがいいよな」
 月詠からもらった黒烏龍茶を片手に山へ挑んでいた聖だが、その戦法には誤算があった。
 膨らむのだ。胃の中で茶を吸った麺が。
「オレは負けねぇ! オレは――オレは!」
 正直なところ、気合で食い尽くせる量じゃない。それでも聖は果敢に食らい続ける。ボブの敵、観客にひと言、そんなものはもう、どうでもよかった。彼とチョゴリ。世界に存在するものはただそれだけだった。が。
「おかわり……」
 おかわり分を半分まで減らしたLe..の右手が、彼の世界を斬り裂いた。
 1杯20キロのチョゴリ3杯ということは――そもそもLe..の体重が31キロだから――
「あの体のどこに収納してんだよ? これから喰う分はどこに行くんだよ……?」
「お水、ありがと」
 月詠から水をもらったりしつつ、詩はぎたすらに食べ続ける。
「ビューティ大丈夫? ムリしないでねぇ~」
 深澪がノートパソコンのネット中継画面を詩に見せると、某生中継サイトよろしく、「Kawaii!」とかいう男たちの応援メッセージがもりもり流れていた。
「いける。まかせて」
 けなげなガッツポーズに、画面の向こう側の人たち大爆発!
 そのポケットでは、いつまでもいつまでも、呼び出し音が鳴り続けていた。
「コォ――コッ」
 龍哉の口から、重い呼気の塊が吐き出された。
『自意識で動かせないはずの内臓を気の力で伸縮させて内容物を押し動かす――毒物をすばやく腸の底へ送り込む古流の奥義、こんなところで使うなんて……』
「20キロ食わなきゃならないんだ。使える奥義は惜しまねぇさ」
 ヴァルトラウテに答えつつ、龍哉は肉、野菜、麺をバランスよく食べていく。
「鍛錬と同じだ。ひとつに偏っちまえば対応できない事態が出てきちまう」
「ヘイ、タツジン! ネットの向こうはTATSUZINコールでいっぱいさ! カタキウチ、期待していいよね!?」
 ノリノリでやってきたボブに、龍哉はオーバーアクションでかぶりを振った。
「NO! だ」
「ワッツ?」
「ボブ、あんたこのまま負けっ放しでいいのか? あいつらを見ろよ」
 龍哉の親指が、むいむい、Le..を指し、そして蓮と美果へ。
「……おなか、一杯。謝謝。とっても、好吃」
 月詠の分と合わせて40キロ超を食べ尽くした蓮が、自分の平らかな腹をぽんぽん叩きながら店主に礼を述べた。
「あたたかいお茶をどうぞ。桜餅と蟠桃はこちらに」
 月詠が魔法のようにセッティングした甘味と茶。
「ん」
 蓮のいっぱいのはずの腹を、甘々の美味が満たしていく。
「ルゥも……甘いの、ほしい」
「ギシャもギシャも」
「むいむい」
 群がる子どもたちに「吃(お食べ)」と甘味を振る舞いながら、蓮は笑顔を薄くゆるめて茶をすすった。
 そして美果だ。
「もう終わり? あたし、まだもの足りないみたい」
 チョゴリ5杯分の重さを体に加算した美果が、カウンターにヒジをついてとろりとした声音を紡いだ。BGMは、頑丈なカウンターのきしみ音。
「まいったな。……じゃあ行きますか。今夜は行けるとこまで」
 苦笑いした店主が美果に手を伸べる。
「ふふ。あなたについていくわ。どこまでも――」
 そしてふたりは夜の街(飲食店)へと姿を消した。
「ああいう奴らもいるんだし、リベンジしてやろうぜTVC?」
 外されたままになっていた引き戸をなおしながら、龍哉がボブに発破をかけるが。
「ヤー、食べスギ、体によくないデスんで」
 しみじみと語ったボブに、龍哉(とヴァルトラウテ)とどらごんのツッコミが炸裂した……。
 またもや宙を舞うボブを見ながら、深澪もひと言。
「お~まい」

●さらばK2
 朝。
「オレ、ちゃんとアタッカー、やれてたよな――戦い抜いたんだよな――」
 チョゴリ完食という無謀をやりとげた聖が、Le..にずるずる引きずられながらうわ言を垂れ流す。
 アウローラの小脇に抱えられた晶、そしてむいむいの頭の上にエビぞり状態で乗せられた一斗は無言。一斗のまわりでカメラアングルに悩むみどりもまあ、無言であった。
「ラーメンを食べただけですのに、なんですのこのダメージは……」
 体を丸めて口元を抑えるヴァルトラウテ。体機能の自己チェックをすませた龍哉は、青ざめた顔にそれでも苦笑を浮かべてみせた。
「奥義の使いすぎで体はやられてるが、食い切った20キロ分、きっちり鍛錬しねぇと」
 まだパンパンに張ったままの腹を抱えたギシャがしんみりとつぶやいた。
「チョゴリと戦ってギシャわかったよ。甘味がないから、人は戦うんだって」
「麺を喰わずにもらった菓子ばかり喰いおって……蓮にもう一度礼を言うんだぞ」
 どらごんに叱られ、あわてて蓮に礼を言うギシャ。
 蓮はゆるゆると笑顔をうなずかせ、黄二を振り返った。
「再來」
「また、機会を見て参りましょう。たびたび訪れては店主殿もお困りになるでしょうし」
 未だ帰らぬ店主へ月詠が気づかいを見せた、そのころ。
「――終わり」
 店内でひとり食べ続けていた詩が、最後のモヤシを飲み込んで、ことり。カウンターの上に頭を落としたのだった。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • Run&斬
    東海林聖aa0203
    人間|19才|男性|攻撃
  • The Hunger
    Le..aa0203hero001
    英雄|23才|女性|ドレ
  • マイペース
    廿枝 詩aa0299
    人間|14才|女性|攻撃



  • 肉への熱き執念
    天間美果aa0906
    人間|30才|女性|攻撃



  • YOU+ME=?
    冬月 晶aa1770
    人間|30才|男性|攻撃
  • Ms.Swallow
    アウローラaa1770hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • ぴゅあパール
    ギシャaa3141
    獣人|10才|女性|命中
  • えんだーグリーン
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