本部

砂の棺桶

茶茸

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 6~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/05/02 09:43

掲示板

オープニング


 緑の生い茂る森の中に似たような格好をしたグループがいた。
 二人は現地人のレンジャーであり、あと三人はこの森に棲息する野生動物の調査をしている学者だ。
「こりゃあひどいな……」
「これで何体目だ?」
 彼等が顔をしかめて見ているのは大きな穴からひっぱり出された動物の死骸だった。
 プレス機にでもかけたように押し潰されており、血や肉片、骨の欠片まで穴の中にも外にも飛び散っている。
 顔なじみのレンジャーから動物が変死していると言う話を聞いた調査チームが現地入りをしてから一週間。こうした死骸が森のあちこちで発見されている。
 森の中に掘られた穴は森に棲息するアルマジロの一種による物だと思われるが、そのアルマジロの主食は昆虫類である。動物の死骸を食べる事もあるが、狙って狩る事はまずない。
 なにより発見された死骸は無残に押し潰されていてどう見ても食べるために襲ったようには見えなかった。
「密猟者が殺すだけで放置するわけないしな」
「罠が張ってあるわけでもなし……」
 死体が入っていた穴を棒でつつく。
「ん?」
 何気なくつついた場所にすこんと棒が入ってしまった。
「この穴……もっと奥に続いてるようですね」
 棒を持ったレンジャーが奥を覗こうと屈みこむと、暗闇の中に何かがいるのが分かった。
 あっと声を上げかけたレンジャーの頭部が穴の中に引っ張り込まれる。
「えっ?!」
 あまりに一瞬の事で他の四人も何が起きたのか理解できなかった。
 ぐしゃっ!
 何かが砕け潰れる音がした。
 慌てて周囲が穴蔵に肩まで突っ込んだレンジャーを引きずり出すと、まるで抵抗なく体は引き抜かれた。
 肩から先は、なかった。
「え……あ……あ、たまが……」
 呆然とする四人の前で、穴の中で何かが蠢く音と鞭が空気を切るような音が聞こえて来た。
 生暖かい肉の色をした鞭がもう一人のレンジャーの首に巻きつき、穴に引きずり込む。
「ひっ……!」
 学者二人は頭で考えるより先に走り出した。
 背後でぐしゃりと音がする。先に死んだレンジャーのように頭を潰されたのか、それとも今まで見た動物の死骸のように全身を潰されたのか、振り返って確認するような余裕はない。
 何故なら二人の足にもあの生暖かい肉色の鞭が巻きついたのだ。
 二人が最後に見たのは、彼等がずっと調査を続け見守って来た動物に似た巨大な生き物だった。


「これが数日後起こるはずだった事件の内容です」
 プリセンサーが従魔の出現を察知した時、その場にいた職員が割り出した未来の惨状である。
「反応があった場所は南米アルゼンチンの森林です」
 森林に棲息する動物の変死が続き、不審に思った現地人のレンジャーが顔なじみの学者に相談したのが数日前。
 彼等は森の中で調査中従魔に襲われ死亡する未来があったが、従魔が察知された時点でH.O.P.E.から事情を説明して森林から離れてもらった。
「現在は立ち入り禁止勧告が出されていますが、森は広いため封鎖する事はできません。勧告を無視して森に入る一般人がいないとも限りませんので、皆さんには早急に現地に向かい従魔の討伐にあたっていただきます」
 従魔は普段地中に潜み、穴に近付いた生き物を殺害しライヴスを吸収しているようだ。
 従魔によるものと思われる動物の死骸は骨ごと押し潰されており、相当な力を持っていると推測される。
「この森にはオオアルマジロと言う動物が生息しており、従魔はこの動物が掘った穴の中に偶然残されていた死骸に憑依したと思われます」
 病気か寿命か、自分が掘った穴蔵を棺桶に息絶えた動物の死骸は初期の段階では穴の中に潜んで土中の昆虫などを捕獲していたのだろう。
 ライヴスをある程度吸収してからも地上には出ず穴蔵から体の一部を使って獲物を獲る方法を選んだようだ。
「従魔が使用している穴蔵は成人男性でも手足を丸めれば入れるほど大きい物です。学者達が襲われるはずだった付近を捜索して穴蔵を発見して下さい」
 発見後は穴蔵の奥、土中に潜んでいる本体を引きずり出さねばならない。
「方法は皆さんにお任せしますが、この森は絶滅危惧種の生息地でもあります。広範囲を爆破する物や森林火災を起こすような物は極力使わないようにお願いします」
 いいですね。絶対ですよと念を押してから、職員はリンカー達を送り出した。

解説

●目標
 ミーレス級従魔1体の討伐

●状況
 時間・天候:早朝~深夜まで自由選択・晴れ
 アルゼンチンにある森林。日中ならば戦闘に支障がない程度の光は届く。
 木の根や蔓、草が茂っており足元はやや不安定。足をとられないよう要注意。
 地面に掘られた穴が従魔によるものか、動物が掘った物を従魔が利用しているのか外観だけでは判別できないので注意が必要。

●敵
・従魔『エストマーゴ』
 オオアルマジロの死骸に憑依した大型従魔。全長約5m。ゾンビを連想する緑がかった灰色のアルマジロ。
 本体は穴蔵の奥の土中に潜み、口の中にある触手を伸ばして穴蔵に近寄った獲物を捕らえて引きずり込む。
 捕らえた獲物は噛み砕いてライヴスを吸収し、穴蔵の外に放置して死骸を狙う動物を誘き寄せる。

・能力
 動きは素早くないがアルマジロの甲羅が強化され非常に高い防御力を持っている。
 前足に大きな鉤爪を備え、口の中にはアリクイのように長い触手がある。
『捕獲』(特殊攻撃)
 範囲:直線役4m
 伸縮自在の舌のような触手を使って対象を捕らえる。これは穴蔵の中に潜んでいる状態でのみ使用する。
 捕獲された対象は戦闘状態に入ったとされ、穴蔵に入る前に自分か味方が触手に攻撃を加えない限り脱出不可。
 脱出に失敗した場合は先制攻撃を受けたとしてダメージが入る。

『触手攻撃』
 範囲:本体を起点にした扇型。直線にすると約4m
 触手を鞭のように使って物理ダメージを与える。

『鉤爪』
 範囲:本体の前方、左右の約1m
 前足にある鉤爪で切り裂き物理ダメージを与える。
 背後に向けて攻撃する事は出来ない

『体当たり』
 範囲:ライン型前方約10m
 体を丸めて前方に向かって転がって行く。ライン上にいる対象すべてに物理ダメージを与える。
 射程範囲内であればどこでも停止して体勢を戻せるが、前方にしか転がらず軌道を変える事はできない。

リプレイ

●緑と土と潜む従魔
 鬱蒼と茂る草木。視界が利かないと言う程ではないが何もない平地のように歩ける程でもない。
 足元を見れば常に木の根や低木などの緑が目に入り、更に目を凝らせば緑の間には小さな昆虫が、耳を澄ませば遠くに何らかの動物の声が聞こえて来る。
「密林?」
 穂村 御園(aa1362)が目の前の光景に呆然としている。
「御園、これは……」
 個人的にショックな事があった彼女を慮り任務地の詳しい情報を後回しにしたままここまで来てしまったST-00342(aa1362hero001)がフォローを入れようとするが、御園の抗議の悲鳴が先だった。
「聞いてないよ~! 御園が泥とか虫とか大嫌いなの知ってるくせに……ぐすん」
「いや……す、少なくとも虫じゃない……」
「本当に?」
 じとりと目を覆った手の間から横目で見られしどろもどろに答えるST-00342だったが、都呂々 俊介(aa1364)が二人の足元に蟻の行列発見した。
「これは……オリジナルのアルゼンチンアリですね。気を付けて! 連れて帰ると付近の在来種のアリさんが全滅します!」
 警告を発すると、御園からは悲鳴が上がった。
 大量の蟻行列を見てST-0034を責める御園をそっちのけに、蟻の行列を避けて周囲の観察を続ける俊介。
「アルゼンチンの密林地帯と言えば調査中の考古学者が偶然某組織の隠れ家を発見して大騒ぎになった事がありますが、何と言うか、”つい見付けちゃうオーラ”とかが立ち込めているのでしょうかね?」
 盛り上がっている俊介だが、パートナーのタイタニア(aa1364hero001)はあきれ顔だ。
「全く新学期だと言うのにこんな時間の掛かる依頼を受けて、挙句の果てに有りもしないオーラについて得意げに話すとは……妾は泣けてくるぞ」
 行けども行けども似たような景色の中、地中に潜っている従魔を発見するのは簡単ではない。
「ぼ、冒険は男のロマンなのです! 時間が掛かるのは仕方ありません! 決して合法的に学校が休めるからなど……ちょっと思ったけど」
 森と言うより密林の中で従魔を捜し歩くのは確かに冒険かも知れないが、タイタニアとしては冒険よりも勉学の方を頑張ってもらいたいと言うのが本音なのだろう。
「はあ……」
 彼女のため息は少々重い。
「全くこう言ったジャングルをウロつき回ってるとミャンマーで地元の連中と追いかけっこした事思い出すぜ」
 雁間 恭一(aa1168)からもため息が一つ。
 普段の仏頂面を更に一段階濃くしてこぼすと、マリオン(aa1168hero001)があどけない顔立ちに似合わぬ胡乱な視線を向けてくる。
「どうせ碌でもない理由なのであろうな」
 仏頂面と体格のせいもあって少々近寄り難い類の人間に見られやすく、実際元々は堅気ではない恭一。出て来る思い出はきな臭い。
 しかしそれで狼狽えるようなマリオンではない。似たような社会を知っているかの如く、冷静に言い切った。
「正解……交渉人が薬の値段間違えてな。値切って誤魔化そうとしたんだが先方が怒り出してよ」
「ふん、その交渉人がピンハネしたのであろう」
「……大正解。マリオン様今日は冴えておりますな」
 周囲に気を配りながらも他愛のないやりとりとする恭一とマリオン。
 目的の物はまだ見付からない。
『引きこもりの従魔、ねぇ』
 なかなか見つからない従魔の痕跡に、確かに見事な引きこもりっぷりだとガルー・A・A(aa0076hero001)が言う。
 その声が聞こえたのは低木にすら隠れてしまいそうな幼い少女から、ガルーと共鳴した事で若く小柄ながら凛とした佇まいの青年となった紫 征四郎(aa0076) にしか聞こえない。
「ちまちまライヴスを吸収してデクリオ級にでもなったら厄介なのです。がんばりますよ!」
 征四郎は小さな物でも見逃すまいとライヴスゴーグルを使用しながら従魔の痕跡を捜す。
 最初は土中の昆虫、次に小動物、そして近い内に起こり得る未来では人間が餌食になるはずだった。今はまだミーレス級だが、いつ進化するか分からない。
「野生動物でも無防備に穴に近寄ったりするんだね」
 今は一人の青年となった彼女たちの近くで足場と視界の確保をしようと下草を刈っていた木霊・C・リュカ(aa0068)にも、彼にしか聞こえない声が呟く。
『好奇心は猫をも殺す』
 重度弱視が故に森を歩き回るのは難しいと判断したのだろう。すでに共鳴状態になっているオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)のものだ。
「でも気になるものを素通りは難しいよ
『……まぁ、な』
 本来の白金の髪と赤い瞳のアルビノからオリヴィエの影響を受けた緑の神と褐色の肌の姿になったリュカは一度手を止め征四郎の方へと振り返る。
「征四郎ちゃん、何か見付かった?」
「ライヴスの流れは見えません。穴は一つ二つ見付けましたが……」
「どれも小さすぎるな」
 征四郎とガルーが指したのは小動物が掘ったらしい征四郎の頭がやっと入るような物だ。
 念の為に確認を取ってみたようだが、外れと言う事が分かっただけだったらしい。
「穴を覗く時は気を付けてね。アリスのように落ちてしまうかも知れないよ」
『あれはウサギを追いかけたんだろう』
 オリヴィエからは指摘が入ったが、リュカにしか聞こえないため征四郎とガルーは気にする事無く頷いた。
「はい。そちらも気をけてください」
 短いやりとりの後、お互いの作業に戻る。
「なるほど。デカくて硬いひきこもり、ね。まったく……いい迷惑よ」
 彼等の会話が聞こえていたのだろう。皆を先行する形で進んで鬼灯 佐千子(aa2526)がそう言うと、隣を歩くリタ(aa2526hero001)がすかさず反応した。
「まるで出会ったばかりのサチコ、キミのようだな」
「わ、私はひきこもっては無かったわよ……!」
 さらりと言われた同類扱いに思わず抗議した佐千子だったが、じっと見詰められて目をそらした。
 彼女自身も少しだけ。ほんの少しだけだが引きこもりと言う単語に身につまされるものはある。
「……ちょっと塞ぎ込んでただけで」
「要するにひきこもりだな。違うか、重くて硬い元ひきこもり?」
 苦しい言い訳など無意味とばかりにリタの指摘は容赦がない。
「しかし、なんともおぞましいプリセンサーの予知……だったな」
 離れた所から聞こえる重いの重くないのやり取りを聞きつつ、狒村 緋十郎(aa3678)は予知された悲惨な内容とすでに犠牲となった動物達の遺骸の話を思い出して顔を曇らせる。
 強烈な力で押し潰され血飛沫と肉片と骨片をまき散らして死亡するという何とも悲惨な遺骸と、プリセンサーが察知しなければ同じ目に遭う事になっていた現地のレンジャーと調査チームの最後。
 レミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)も同じ事を思い返していたのか頷きを返す。
「そうね、わたしも前の世界では“串刺し公女”と呼ばれた身…たかが動物風情には負けていられないわ」
「そこで対抗意識を燃やさなくてもいいだろうに…」
「お黙りなさい。始祖たるわたしが動物如きに遅れをとったとあっては、吸血鬼の名折れよ。わたしには恐怖の体現者として世に君臨する義務があるの」
 悲劇的な内容に憂いているかと思いきや、対抗意識を燃やすレミアであった。
「ああ、分かってるよ。その為に俺も日々、微力ながらに協力してるだろう? さて……そろそろ巣穴のありそうなエリアか」
 緋十郎の答えに、レミアは鷹揚に頷いた。
「プリセンサーの人って大変だよね。あたしがそうで、寝てる時にこんな予知とか出て来たらトラウマになる! 絶対病む! そうなったら大変だよ? トシナリも! 大変だぜ!」
「今でも大変だが…と言うか、何でそんなにテンション高いんだ?」
 妙にテンションが高い須河 真里亞(aa3167)に、愛宕 敏成(aa3167hero001)が訝しむ。
 しかし、その理由を聞いて思わず脱力するはめになる。
「テンション? そうかな? でも、アルゼンチンって焼肉凄いんでしょ?? 一杯出てくるかな?」
 きらきらと目を輝かせる真里亞。
「……そう言う事か。いや、頼まなきゃ……」
 森の近くには細々と生活している現地人とレンジャーの詰め所があるくらいだし、任務が終わってからのんびり寄り道できるかどうかもわからないしと至極まともな指摘が頭に浮かんだ。
「分かった、頼もう。こんなとこで牙出すなよ」
 浮かびはしたが口に出す事は諦めた敏成の背に、日頃の苦労が滲み出ていた。
「やたー!」
「因みにこっちではアサードでブラジルはシュラスコと言うんだが……どうでも良さそうだな」
 それ以上の問答を諦め、捜索に集中し直す事にする。
 彼らが立っている場所はすでにプリセンサーが反応し、本来なら起こるはずだった悲惨な事件現場に入っていた。

●穴蔵の主
 最初に見つかったのは白い小石のような物だった。
「これは石……ではありませんね」
『ああ、骨だな』
 征四郎が拾い上げた物を確認したガルーがもう少し先を見るように促す。
 殺されてから日が経っているらしく生々しい肉片や血は飛び散っていなかったが、間違いなく件の従魔の犠牲となった動物の遺骸だ。
 更にもう少し離れた地面には穴が掘られているのが見える。
 ライヴスゴーグルの反応はない。どうやらここにあるのは死後それなりに時間が経過した物ばかりのようで、ライヴスの痕跡や従魔のライヴスの流れは発見できなかった。
「ここから先はリンクしていきましょう」
「従魔の巣以外を踏み抜かないようにな」
 リタの一言に余計なお世話だと顔をしかめた佐千子の髪と瞳が赤く染まる。義肢や背の機械が変形し、普段は極力隠している肌と機械化した個所を晒したホルターネックとショートパンツの軽装と重量感のある機械兵装と言う姿になった。
 武装を更に展開した上でアイゼンも装着し、自分が捕獲される事を前提で備える。
「囮なら念のためにこいつも使おうか」
 恭一が手荷物として運んでいたケージの布を取り、中に入っていた数羽の鶏を取り出す。ここに来る前に購入しておいたものだ。
「地元のならず者だな。黙っていても金を置いて行ってくれそうだ」
「金出して買い取ったのを見ているだろうが」
 マリオンの茶々に言い返し、足を縛った鶏すべてを取り出す。
「こっちから見えるだけでもいくつか穴蔵がある。候補を絞ってこいつを置いて行こう」
「それなら置いて行くのは私が」
 元々囮役を買って出ていた佐千子が鶏を受け取って先に進んだ。
 レミアがそれに同行する。
 遺骸の調査を行っていた俊介はタイタニアに言われて下がる。
「付近の大アルマジロに被害が出て無ければ良いのですが……む! 人間?」
「……適当な事を言って大人を揶揄うと後が怖いぞえ?」
 釘を刺してから溶け消えたタイタイニア。一見すると何も変わらないように見える俊介だったが、よく見ればアホ毛が三本に増えていた。
「いよいよご対面かな」
 緋十郎がレミアと目を合わせる。
「緋十郎、いつものように……力を貸しなさい」
 二人が共鳴するとその姿形も主導権もレミアそのものとなる。
 その体にまとう緋色のスパークが緋十郎と共鳴状態にある唯一の証。
 他のリンカー達もそれぞれ共鳴を済ませ、従魔の出現を待ち構えながら佐千子の背中を見守る。
「まだ反応はないわね」
『鶏の方も案外平然としているな』
 発見した穴蔵の前に置かれた鶏に変わった様子はない。
 次の穴蔵に鶏を置いて立ち去ろうとした時、ヒュッと何かが風を切る音が聞こえた。
『サチコ!』
「来たわよ!」
 リタとレミアの警告とほぼ同時に佐千子の足に舌のような触手が巻き付いた。
 締め上げる力と妙な生暖かさに一瞬眉をひそめながらもスラスターを全開で噴かせる。
 一度拮抗したかのように思えた引っ張り合いはじわじわと佐千子が穴に引き寄せられていく。
「逆に引きずり出してあげるわ!」
 レミアの両腕が躊躇いなく触手を掴み、細腕と思えぬ力で対抗する。
「捕食者も、いつかは狩られる時がくる」
 リュカと主導権が入れ替わったオリヴィエが投擲したシャープエッジが触手に突き刺さった。
「ぴゃあああ! ちょっと気味が悪いのですよ!」
『狼狽えるなよ、引きずり込まれたら最後だ!』
 駆け付けた征四郎が掴んだ触手の感触に悲鳴を上げつつ、ガルーに励まされて力をこめる。
「舐めんじゃないわよ……!!」
 佐千子が触手に銃口を向けたその時である。
 地面が割れ、盛大な砂埃と土塊をまき散らしながら巨体が姿を現した。
「あわわわわ! デカい! キモチ悪い! ヌルッとしてる! 恐怖モンスターの三要素を全て満たしてますよ! タイタニア助けて!」
『ええいしっかりせんか!』
 降り注ぐ土塊と砂埃が収まって現れた従魔の姿がはっきり見えた俊介が思わず声をあげてタイタニアに叱責される。
 オオアルマジロの遺骸に憑依したためなのか、その従魔の姿はゾンビを彷彿とさせる灰色とも緑ともつかぬ色をしていた。
 目は今にも腐り落ちそうで、佐千子から離れた触手だけは血色がいいのが逆に不気味だ。
『やっと出てきたな。硬くてでかい引きこもり』
「いつまでそのネタ引っ張るのよ!」
 触手から解放された佐千子が素早く従魔のサイドに回り、側面に銃撃を叩き込む。
「出たわね、愚神……この爪で八つ裂きにしてあげるわッ!」
 黒いドレスが翻り、緋色の爪が閃く。
 一気呵成を狙った攻撃はしかし硬い甲殻に阻まれて失敗する。
 ぬらりとレミアを見た従魔の目が、背後からの衝撃に揺れた。
「絶滅危惧種とか穴の周辺に居たら……」
 出てくるだけで地面をあらかた掘り返してしまった従魔の大きさに懸念を抱きつつ背後から攻撃を仕掛けたのは青灰色の毛皮に覆われた狼男。
 共鳴して真里亞から主導権を受け取った敏成だった。
「……うわあ、虫よりひどい……ゾンビと触手のコラボとか有り得ないし! ドロドロだし!」
 ST-00342と共鳴し機械の体に顔の造形だけが女性のまま。機械生命体のような姿となった御園のストライクが獲物を引きずり込む側から引きずり出される側になった従魔の横っ腹をしたたかに撃つ。
 間を置かず長い髪をなびかせた鎧姿の青年がインサニアを振りかざし斬り付ける。
 恭一とマリオンが共鳴し、幼い少年から成人したマリオンの姿になった恭一は剣から伝わってきた硬い手応えを感じながら一旦距離を取る。
『中々見事な大きさだな。ちと腐って崩れ掛けておるのが難だが』
「その割に硬いんだがな」
 呑気ともとれるマリオンの物言いに恭一は腐っているなら脆いもんじゃないのかとぼやく。
「うう……なんか変な臭い汁とか出てきそう」
 俊介が恭一とは違った意味でぼやきながら叩き込んだブラッドオペレートも硬い感触に阻まれたが、まったく効果がなかったわけではない。
「攻撃が効いていないわけではありません。押し切ります!」
 征四郎が鋭い鉤爪も恐れず飛び込み剣で薙ぎ払う。
 巨体ゆえにか単純に力が足りないのか、動きがいまひとつ鈍い従魔だったが、これまで容易く獲物を捕らえていた我が身がいいように攻撃されている事には怒りを覚えていた。
 本来なら獲物を捕らえるためにある口の中の触手とそれ一本だけで人間の腕ほどありそうな鉤爪を振り回し、近間にいるリンカー達を手当たり次第に攻撃する。
 鞭のようにうなる触手を防ぐと衝撃に手が痺れる。
 大きな鉤爪は動きが素早くないだけに回避する事もできたが、すべてを避けるのは流石に難しい。
 地面には転々と赤いものが増える。
「何だかムカムカするから穴開けてやるの」
 御園自身は何も知らない内に苦手なものに囲まれた上戦うはめになっている。
 八つ当たり半分の攻撃は執拗に同じ個所を狙っていた。
『御園、すごい集中力だ』
 動機はともかく見事な狙いっぷりにST-00342は素直に感心していた。
「下手に長引かせると厄介な事になりそうね」
 鋭くも整えられた爪がなかなか通らない事に業を煮やすレミアも所々に従魔の攻撃を受けていた。
『もう一度狙ってみるか』
 聞こえてくる緋十郎の声に、レミアは唇で弧を描いた。
「勿論よ」
 一気呵成を狙おうとしたレミアだったが、突然従魔がぐるんと丸くなったのを見て回避行動に切り替える。
「体当たりが来るぞ!」
 叫んだのは誰だったか。
 空回りしたタイヤのような音を立てながら回転した従魔の巨体が突然前方に突撃する。
「丸まっても僕の背より大きいですね……」
 口では呑気そうだが突撃してきた従魔を避けた時の表情がかなり真剣だった。
「これに潰されたら絶対マンガのペラペラ人型になれる自信があります! そして風に飛ばされて木の枝に引っ掛かるのです」
 かなりの風圧を起こしながら周辺の木々を片っ端から薙ぎ払って行く。
 横合いへの回避が間に合った者は予想以上の回転の勢いとスピードに驚くだけで済んだが、巻き込まれた方はそうもいかなかった。
 恭一と征四郎は巨体に押し潰される事はなんとか避けたが、弾き飛ばされたダメージがある。
「あの巨体の体当たりは洒落にならないな」
『うっかり巻き込まれると流石に痛いな』
「巻き込まれて申し訳ありませんでしたね、マリオン殿」
 肩をすくめ、武器を構える。
「盾があっても効きますね」
「征四郎、立てるか?」
 オリヴィエがふらつく征四郎に手を貸す。

●棺桶
 その後も体当たりの「当たるとでかい」攻撃に、リンカー達は思いの他苦戦する。
 「大切な仲間を助けなきゃ! タイタニア力を貸して?」
 俊介のケアレイが体当たりを避け損ねたオリヴィエを癒す。
 その時オリヴィエが何かを発見したような表情をした事に気付く。
「弱点を見つけた」
 攻撃の合間に弱点看破を行っていたオリヴィエの報告に、疲れが見えていた見方が湧く。
 それは御園が狙撃を続け、俊介のブラッドオペレーションが重なった場所。ちょうどオリヴィエが狙った甲羅との境目。
「私が切り込む!」
 重量感のある音と一緒に地面を抉って佐千子が先陣を切る。
 オリヴィエが示した個所に狙いをつけたストライク。はっきりした手応えがあった。
 衝撃に焦ったのか無茶苦茶に振り回される触手をかいくぐる敏成。
 佐千子の攻撃で開いた従魔の傷口からは汚泥のような血が流れ出していた。
『こんなに腐ったら食品衛生法に引っ掛っちまうぜ! ノンノン』
「おい……集中できん」
 声なき声で騒ぐ真里亞を黙らせつつ、敏成が従魔に迫り汚泥のような血の臭いに顔をしかめつつもライヴスブローでその傷口を更に広げた。
「ふふふ……いい感じに弱ってきたわね」
 敏成の横をレミアが駆け抜けて行く。
 一気呵成が今度こそ決まり、従魔の巨体が地響きを立てて転倒する。
「背中の甲殻は随分と頑丈みたいね。だけど……ふふ、お腹側は、どうなのかしら?」
 にまりと嗜虐的な笑みを浮かべたレミア。
 すかさず声を上げたのは征四郎だった。
「一気に畳み掛けましょう!」
 征四郎自身も剣を構え、無防備にさらされた腹を攻撃する。
「早く片付けて帰るから! 買い物トライアスロン発動だから!」
 御園はひっくり返った腹ではなく、最初の一撃からずっと執拗に狙い続け今や共通の弱点となった傷口をさらに撃つ。
 自分のターンが回ってくる度に撃つ。
「我が古えの血の刃受け切れますかな?」
 リーパーをかざし恰好をつけた俊介の所に撃たれた衝撃で飛んできた血が異臭を放つ。
「……うわ、変なのが流れ出てきたよ? かなり臭いよ? もう嫌だよ?」
『ここまで来たら最後までやらんか!』
 今一つしまらない俊介に再びタイタニアの叱責が飛ぶ。
「もう起き上がる気力もないか」
 じたばたと足を動かすばかりの従魔にオリヴィエが引導を渡すべく自分が発見した弱点を叩く。
 十分に広がっていた傷口にその一撃は更に深く突き刺さる。
 巨大な体も今や哀れに思える鈍重な塊となりつつあった。
 重たげな体はレミアの一気呵成で再度転がされるともう起き上がる機会は与えられなかった。
 甲殻にはヒビが入り始め、だらりと垂れた触手は半ばから引き千切られている。
「これでとどめだ」
 恭一のかざしたインサニアの刃をライヴスが覆って行く。
「一刀両断って来れば気持ち良いんだが!」
『この大きさを両断するには剣先を倍以上伸ばさねばな』
 最後までマリオンと軽口をたたき合いながら、恭一は従魔にとどめの一撃を振り下ろした。
 ライヴスをまとった刃に切り裂かれた従魔は断末魔の一つも残さず崩れ落ち、後に残ったのは元が何かわからない土にまみれた灰色の欠片のみ。
「先に死んでいた動物さんの死骸もどこかに埋めましょうか」
 欠片を拾い上げた征四郎に、オリヴィエと切り替わったリュカがそのままでいいと言った。
『死体、片付けなくていいのか』
 オリヴィエに聞かれ、征四郎への言葉も含めて答える。
「動物の?……大丈夫だよ、ここは森の中だしね。じきに、食べられて自然に戻るんだよ」
 自然の理から外れ命を、ライヴスを貪り食う従魔は倒されたのだ。
「地面ジメジメしてるし早く帰らなきゃ」
「ふう、買い物か……確かに御園のは長い」
 共鳴を解除した御園とST-00342が買い物の話をすると、こちらも共鳴を解除した真里亞がそうだ!と敏成に突撃した。
「任務終わったぞ! お店にGOだ!」
「わかったわかった。その前に報告だけ済ませないとな」
 後の処理は自然に任せようと去るリンカー達。
 荒れたこの場所もいずれは緑が覆い、元通り森の一部に戻るだろう。
 無事従魔を倒せた事に一息ついた所で、ある事に気付いたのは恭一とマリオン。
「この鶏どうするよ?」
「……」

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • ヴィランズ・チェイサー
    雁間 恭一aa1168
    機械|32才|男性|生命
  • 桜の花弁に触れし者
    マリオンaa1168hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • 真実を見抜く者
    穂村 御園aa1362
    機械|23才|女性|命中
  • スナイパー
    ST-00342aa1362hero001
    英雄|18才|?|ジャ
  • 真仮のリンカー
    都呂々 俊介aa1364
    人間|16才|男性|攻撃
  • 蜘蛛ハンター
    タイタニアaa1364hero001
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