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最終発言2016/04/21 12:03:23 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/04/19 07:08:59
オープニング
●関東上空・687便客室
「見てよアキラ、雲が視界の遙か下だわ」
旅客機の小さな窓から、眼下に広がる雲海を見渡し、イルミア・フローレント(az0015hero001)は子供の様にはしゃいだ声を上げる。
「落ち着けよイルミア」
隣に座る和波アキラ(az0015)は、窓際ではしゃぐイルミアを小さな声で窘めた。ここは修学旅行へ向かう旅客機の中。周りの席はほぼクラスメイトで固められている。クラスでも目立つ存在のイルミアの行動は、必然的に周囲の目を引いた。
「そんなにはしゃがれると、こっちまで恥ずかしいだろ」
聞こえてくる小さな笑い声に、アキラは少し頬を赤らめる。
「……ていうか、なんでイルミアが修学旅行についてきてるんだ?」
「修学旅行って、クラスのみんなと行く旅行でしょ?」
「一応修学とは言ってるけど……まあそうかな」
「なら、私もアキラと同じクラスなんだから当然じゃない」
「いや、その理屈は……」
イルミアはアキラと同じ学校に通っているし、学校側もそういうものだと思っているのか特に何も言わないが、イルミアは生徒というわけではないと思うのだが……。
「アキラ君、イルミアさんを置いてくつもりだったの?」
アキラを挟んでイルミアと反対側の席に座るリナが、やや非難する様な口調で言う。イルミアとリナはもうすっかり打ち解けていて、ともすればアキラは二人の勢いに流されそうになる。リナ一人の時にはなかった事だ。
「そういうわけじゃないけど……」
最近は家でも学校でも、イルミアと四六時中一緒だ。それが不満というわけではないが、アキラも思春期の少年。以前のように静かな時間が欲しい時もあった。
「英雄が契約者とずっと一緒に居るのは、当然でしょ? それにもし一人で居る時敵に遭遇したらどうするの?」
「まさか」
イルミアの言葉をアキラは笑う。確かに、先だっては温泉でたまたま愚神と遭遇したが、そう言う偶然がそうそう続くはずもない。
「いくらあいつらが神出鬼没だからって、そんな続けて出てこないだろ」
●687便・操縦室
「機長、前方に巨大な積乱雲の反応があります」
「積乱雲?」
副操縦士の言葉に機長は不審な顔をする。前方の視野は良好だ。雲海は遙か下方に有り、前面には薄い雲しか見えない。
「見間違いじゃないのか?」
「いえ、確かに」
機長の言葉に、副操縦士ははっきりとそう答える。だが、窓の外を見直してもその様な物は確認できない。
「ふむ……?」
計器の故障だろうか、だとすれば運航を中止せねばならないが……そう考えた瞬間。突然良好だった前面の視界が雲の様な真っ白な物体に覆われた。
「なんだ!?」
間髪置かず、操縦室の前面を覆う強靱な風防が砕かれた。仮に巨大な積乱雲に突入したとしても、このような事態が起こる筈はない。起こり得るとすれば……。
「ガッ……!?」
有り得べき唯一の可能性に思い至った機長の首に、割れた風防の向こうから飛び出した黒い槍の様な物が突き刺さる。
「機長!?」
真横で起こった突然の惨劇に副操縦は驚愕の声を上げ、喉を貫かれた機長の方を見た。機長の体は貫かれた首を起点に吊しの服の様にぶらぶらと揺れ、力を失ったその体には鮮血が流れている。脈を取るまでもない、即死だ。
「なんだ……こりゃあ!?」
機長の首を貫いたのは、うねうねと動く関節と無数の鋭い突起を持った黒光りする外殻。副機長はそれに、子供の頃に見た気味の悪い節足動物の足を想起した。
「おっと……殺しちゃったか」
軽い声と共に、雲……ではなくい。雲に見えたのは、羅紗の様に折り重なった細い糸。その向こうから、パンクロッカーの様に肌を露出した細身の男がぬるりと姿を現わす。男の背からは、たった今機長の命を奪った奇妙な突起が、八本も伸びている。
「なんだ……お前は!?」
「しまったなぁ……フルミネ様に怒られる」
男は副機長の問いを無視して頭を掻くと、機長を突き刺した脚を勢いよく振った。振り払われた機長の体は、濡れ雑巾の様に操縦室の壁に叩き付けられ、グシャリと嫌な音を立てた後、血の跡を残して床に落ちる。
「まあいいか……餌はまだいっぱい居るもんね」
そう言うと、男は初めて副機長の顔を見た。
「ひっ!?」
短い悲鳴を上げる副機長。男はにっこり微笑むと、陽気な声で言う。
「痛くないよ、眠るのと同じさ……目は覚めないけどね」
男の手首から白い糸が吐き出され、それはあっという間に副機長の体を包み込む。彼の言葉通り、副機長は痛みを感じる間もなくその意識を失う。
「さて……ご飯はこの向こうか」
男……『流雲のアラニア』はそう呟くと、客室へと続くドアを見つめ小さく笑った。そして白い糸に覆われた操縦室の窓を見返る。
「お前達も、お腹が減ったろう?」
その言葉に応えるように、窓を覆う糸の隙間から体長1m程の巨大な蜘蛛が這い出す。蜘蛛達はカサカサと蠢き、客室へと続くドアの前に集まった。
「わぉ! やる気満々だね……だけど」
アラニアは八本の足の爪をドアに掛ける。
「ごめんね、食べちゃ駄目なんだ……お土産だからね」
そう言うと、アラニアはドアに掛けた脚を両側に開く。鋼鉄の隔壁が紙のように引き裂かれ、操縦室と客室が一連なりとなる。と、同時に、集まっていた蜘蛛達は客室に躍り込んだ――。
●再び客室
「わからないじゃない、あいつらどこにだって現れるんだから」
「まあね……でも、ここは大丈夫だろ?」
反論するイルミアに、アキラは苦笑いしてそう応える。地上ならともかく、ここは高度一万メートルだ。流石にこんな所まで……言おうとしたその瞬間、轟音が響く。
「な、何だ!?」
アキラは思わず立ち上がった。その目に入ってきたのは、無残に引き裂かれた隔壁と、パニックに陥る乗客達……そして。
「蜘蛛!?」
リナが悲鳴を上げる。引き裂かれた隔壁の向こうから巨大な黒い蜘蛛が飛び出した。次々と飛び出す蜘蛛達は乗客へ飛びかかり、その首筋に噛み付く。乗客はぐったりと力を失い。蜘蛛達は力を失った彼らを白い糸で包み込む。
「アキラ!」
裂帛したイルミアの声に、僅かな時間呆然としていたアキラは我に返った。
「リナみんなを誘導して急いで後部に逃げろ! ここは僕が食い止める!」
「……うん、わかった」
リナは素直に頷く。自分が居ても足手まといにしかならない。急いで席を立ち上がると、パニックを起こしているクラスメイト達の方へ向かう。
「それにしても……本当にどこにでも沸き出てくるな、あいつらは!」
苦々しげにそう吐き捨てると、アキラはイルミアの方に向き直り、彼女の手を握る。蜘蛛がこちらに来るまでそう時間は無いだろう。まずその侵攻を防がねばならない。
「そうね……でも、私達が居る限り、どこに現れても無駄だって事を教えてやりましょう!」
イルミアはそう言うと、繋がれたアキラの手を力強く握り返した。
解説
●目標
『流雲のアラニア』及び『蜘蛛』の撃退。飛行機の着陸。
●登場
デクリオ級従魔『流雲のアラニア』
痩身の青年の背中から八本の脚が生えた愚神。脚は八本ですが同時攻撃は二体までです。射程は2。攻撃力は控えめですが、ヒットすると『毒刃』と同じ効果を発揮します。
本体は『縫止』と同じ効果を持つ糸を飛ばしてくる事がありますが、直接攻撃力はありません。
戦闘中は無意味ですが、糸を使ったバルーニングで空を飛ぶ事も出来ます。
ミーレス級従魔『蜘蛛』×8
大きな蜘蛛です。麻痺毒を持っていますがリンカーには効きません。攻撃力は並。こちらも糸を出しますが、気を失った相手しか拘束できません。
和波アキラ&イルミア・フローレント
愚神の存在には気づいていません。彼の優先順位は愚神の討伐よりも乗客(クラスメイト)の避難です。LVは25程。
●状況
操縦室と客室を隔てる壁は破壊されています。アラニアは操縦室の方におり、客室の蜘蛛を見守っています。リンカーの存在には気付いていないので余裕の観戦。ただし、異変があれば客室に乗り出してくるでしょう。
戦場は飛行機の機内ですので、周囲の被害を鑑みない攻撃は悪い結果(外壁破損で即墜落……等と言う事はありませんが)を招くかも知れません。
最前列から最後尾までは30スクエア。客室の幅は2スクエアです。初期スタートの座席位置は任意で選択して下さい。前方10スクエアまでは飛び出してきた蜘蛛と即交戦となります。和波達は前から15スクエアほどの位置に居ます。20スクエアの位置に隔壁があり、一応一般人の避難が可能です。
操縦室の前面は蜘蛛の糸で覆われている為前面視界は0です。ですが、ガラスが割れている現在、気圧差の影響を防いでいるのもこの糸です。視界を回復したい場合は気圧差に留意して下さい。
訓練を受けた人間なら計器飛行でも何とか不時着可能ですが、PC達には難しいでしょう。
リプレイ
●蜘蛛
「急いでアキラ!」
イルミアは切迫した声で叫ぶ。操縦室からあふれ出た蜘蛛は、容赦なく乗客達へ襲いかかる。
「分かってる!」
アキラは少し苛立った声で応えた。急ぎたいのは山々だが、パニックを起こした乗客達が進路を阻む。ただでさえ狭く、椅子などで動きづらい機内は、そのせいで身動きすら取り難しい。
「クソッ……!」
思わず毒突いたその瞬間、蜘蛛が前列の少年に飛びかかる。アキラは反射的に槍を握りしめる。が、到底槍の届く範囲ではない。間に合わない――そう思った瞬間。月光に似た煌めきが少年に飛びかかった蜘蛛を一閃した。
「えっ?」
蜘蛛は腹を割かれ、ドウと地面に落ちる。アキラは思わず間抜けな声を上げた。利刀・孤月。その斬撃で蜘蛛を切り裂いたのは、アキラも見覚えのある忍者風の男――。
「せ、拙者初めて飛行機に乗ったというのに……曲者は叩き斬るでござる……!」
小鉄(aa0213)はそう言いながら、飛びかかってきたもう一匹の蜘蛛を払い除ける。
「蜘蛛……えっ、どうやって飛んできたのかしら……?」
小鉄と共鳴する稲穂(aa0213hero001)は、襲いかかる蜘蛛を見て不思議そうな様子だ。
「もしや羽が隠されて……」
「ひっ、嫌な想像させないでよ、もう!」
小鉄の予想に、稲穂は嫌そうな声。
「小鉄さ……!」
アキラは面識ある小鉄の姿を認め喜色を浮かべ、名を呼ぼうと口を開く。だが、その瞬間、今度は右方向からバンという大きな音が響いた。
アキラはまた反射的にそちらを向く。するとそこには、やはり見知った顔。
「まさかこんな空の上で遭遇するとはな……」
乗客に襲いかかる蜘蛛を盾でブロックし、真壁 久朗(aa0032)は呟そう呟いた。
「香港の動乱からひと息つく間も無いですね」
「ああ。けどやる事は変わらないさ」
セラフィナ(aa0032hero001)の言葉に応えつつ、真壁は飛びかかる蜘蛛から再び乗客を庇う。槍で捌くつもりだったのだが、以外に素早い蜘蛛は真壁の腕に牙が食い込ませた。
「っ……」
牙の下から僅かに血が滲んだが、蜘蛛はすぐに牙を放し追撃をしてこない。好戦的な従魔にしては不自然な動きだ。
「一般人の捕縛が目的か……?」
「能力者はターゲットでは無いということでしょうか?」
真壁は素早く周囲を見回した。蜘蛛は数が多い。それに、従魔だけならいいが――他のリンカーの協力が必要かも知れない。
「真壁さん、小鉄さん!」
その時、漸くアキラが声を上げた。真壁が声の方を向くと、その少し前方には小鉄の姿もある。二人の姿を認め、セラフィナは声を弾ませた。
「なんとかなりそうですね」
「なんかヤバそーだな……考えたってしょうがねェ!! 一先ず騒がしい方へ行くぜ、ルゥ!」
騒ぎの起こった瞬間、東海林聖(aa0203)は考えより先に座席を蹴る。
「折角の空の旅なのに……ゆっくりはできないね……」
英雄のLe..(aa0203hero001)もそれに続く。
「さっさと片付けて、ご飯食べたい……」
残念な事に、騒ぎの中心は牛と鳥を選ばせるCAではなく、見知った顔のリンカー達と、見たくもない従魔達だ。リンカー達は既に共鳴している。どう考えても、機内食が運ばれてきた訳ではなさそうだ。
「つまり敵が出てる訳だなッ! っし、やってやんぜ!!」
聖も即座にLe..と共鳴し、愛用の大剣……ではなく木刀を構える。
「素振り用の木刀……じゃねーと狭いトコじゃ無理があんな……仕方ねェか!」
(……まぁ、そうだよね……アレも使いにくいし……)
聖はそのまま前線へ走り込み、乗客へ襲いかかろうとする蜘蛛に『怒涛乱舞』を叩き込む。
「……食らいやがれ!」
その場に居た三匹の蜘蛛は強かな打撃に大きく弾き飛ばされるが、如何せん獲物は木刀、命脈を絶つには至らない。
「足りねェ切れ味は……"力技"で補ってやるッ!」
起き上がる蜘蛛を前に、聖は「トップギア」の集中に入った。
「咲雪ッ、いい加減に起きなさい!」
この騒ぎの中尚も惰眠を貪ろうとする佐藤 咲雪(aa0040)を、アリス(aa0040hero001)は大きな声で叩き起こす。
「……めんどくさい」
それで漸く目を覚ましたと思った咲雪は、しかし複数のリンカーの気配を周囲に感じると再び目を瞑った。面倒は他人に――だが、そんな無気力を彼女の英雄は許さない。
「万一墜ちたら困るでしょ、ほら早く」
頑なに寝ようとする咲雪の後頭部にアリスは手刀を叩き込む。その瞬間、偶然ながら聖の斬り飛ばした蜘蛛が咲雪のすぐ横の窓に叩き付けられる。強化ガラスに叩き付けられた蜘蛛はグチャリと潰れ、咲雪の顔にその体液を撒き散らす。
「……ん」
流石に気持ち悪い。咲雪は不機嫌そうに目を開くと、大きく欠伸をして、面倒臭気にアリスとの共鳴を開始した。
「色々とマズイんでないかね? この状況……」
前方でリンカーと従魔との戦闘が勃発した事に気付き、マックス ボネット(aa1161)はぼやく。
「あれもしたい、コレもしたい。オヂさんは、まだ死にたくなかったんだがなぁ……そうだ、誰か読んでくれるかもしれないから、このスマホに最期のメッセージを……」
本気なのかふざけているのか、マックスはパニックを起こす乗客を尻目にそんな事を始める。だが、咲雪のアリスと同じように、彼の英雄もまたそれを許さない。
「そんなに死にたくないんだったら、とっとと働いてださい!」
ユリア シルバースタイン(aa1161hero001)は珍しく気色ばんだ声でマックスに詰め寄る。
「ていうか、働け」
「最近……オヂさんの扱い悪くない?」
半眼になったユリアにスマホを取り上げられ、マックスはやれやれといった様子で彼女と共鳴を開始した。
「こんなとこで従魔に狙われるとは、ついてねぇな」
「言ってる場合じゃないです、ガルー。共鳴しますよっ!」
ガルー・A・A(aa0076hero001)のぼやきを制し、紫 征四郎(aa0076)は胸元に付けたブローチを外して握り締め、拳を突き出しす。
そのすぐ横では、飛行機酔いで青息吐息の木霊・C・リュカ(aa0068)が、それでも事態を収拾すべく立ち上がる。
「揺れるし気持ち悪い」
「だから最初に酔い止めは飲んでおけって言っただろ」
相棒の体たらくに、オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は呆れた口調でいう。共鳴を開始するその脳裏には、昨晩見た映画の光景が浮かぶ――それが現実となるように、蜘蛛はオリヴィエの前方の乗客に襲いかかった。
「生憎、ここより後ろは通行止めだ」
だが、映画と違いここにはリンカーがいる。共鳴を終えたオリヴィエは、ブラスターで蜘蛛を抜き撃ちに射貫くと、前線でまごまごしているアキラに向かって叫んだ。
「そこのあんた、糸で巻かれた奴を安全な所に連れて行ってくれ!」
「え? あ、はい!」
アキラは後ろからの声に一瞬戸惑ったが、オリヴィエがリンカーだと気付くと、その言葉に従って足下に転がる乗客を抱えた。アキラの力量では、蜘蛛と対峙するより拘束された乗客を運ぶ方が役に立つだろう。
が、その行動を蜘蛛達が黙って見過ごすわけもない。無防備になったアキラに蜘蛛の一匹が飛びかかる。
「こいつら――!」
アキラは咄嗟に乗客を庇う。両手が塞がっている以上蜘蛛の牙は体で受けるしかない。覚悟を決めたアキラだが、その牙が彼に突き立つ事はなかった。突如立ちこめた黒い霧。無数の猟犬に変じたそれは蜘蛛に喰らい付き、漆黒の顎でその外骨格と砕いた。
「成る程……蜘蛛の類は糸を風に乗せて飛ぶ事が出来るものも居ますから、ここに現れても不思議は有りませんね」
猟犬――『黒の猟兵』を展開した石井 菊次郎(aa0866)は感心した様に呟く。
「親玉は居るのか? でなければ愉しみが無いぞ」
尋ねるテミス(aa0866hero001)に菊次郎は落ち着いた声で応える。
「……お土産をどうのこうのと声が聞こえた様にも思えましたが。行ってみますか?」
「まあ、退屈な旅路が少しはマシになるか」
●アラニア
「後ろに通すのはまずいでござるな……!」
小鉄は進路を阻む様に蜘蛛に立ちはだかり、蜘蛛の群れに『疾風怒濤』を撃ち込む。
「場の狭さは如何ともし難いでござるが、それはそちらも同じでござるな」
「蜘蛛ちゃんたち、避けたら駄目だからねっ」
斬撃は二匹の蜘蛛を薙ぎ、その体を破裂させた。蜘蛛の進行を止めた小鉄は素早く身を翻すと、拘束され床に転がった乗客を抱え上げ、乗客を護衛誘導している紫に投げ渡す。
「紫殿、お願い致す!」
「分かった、コテツ!」
紫は受け止めた乗客を抱え後方に向かう。周りにはまだ多くの拘束されていない乗客が居た。彼らを安全な位置まで誘導しなければ、腕の中の繭は更に増えるだろう。
「私達はエージェントです! 落ち着いてください、必ず助けますから……!」
紫達リンカーの存在を認知した乗客達は、次第に落ち着きを取り戻す。
オリヴィエや菊次郎も、乗客を襲う蜘蛛を丁寧に撃退し、一般人の被害は最初の不意打ち以後皆無だ。前方の戦場では小鉄、真壁、聖らが蜘蛛をすり潰している。このまま行けば、蜘蛛達の全滅は時間の問題だろう。
「よし、これで決まりだ!」
止めとばかりに、マックスの幻影蝶が放たれ、半数以下に減った蜘蛛達の戦闘能力はまた著しく低下した。紫とアキラはその隙に拘束された乗客達を後方の隔壁の向こうに避難させる。
「もう大丈夫だ、あとは任せろ」
糸に巻かれた最後の乗客を救出したガルーは、そう言って乗客達を落ち着かせると、隔壁の扉を閉じる。
「この狭所で錯乱するのは怖いからな」
これで乗客の安全は一応の安全は確保出来た。後は蜘蛛共を排除するだけだが……。
「君ら何やってんの!? ウチの子殺さないでよ!」
遅ればせながら、客室の異変に気付いたアラニアが姿を現す。
「親玉が居たか」
オリヴィエは瞳にライヴスを宿し、直ぐさまその弱点を探った。アラニアはそれに気付いた様子も無く辺りを見回す。配下の蜘蛛は全滅寸前。アラニアは眉間に皺を寄せ、リンカー達を睨み付けた。
「大変失礼ですが、操縦室の様子はどうなっておりますか?」
その様子に怖じける事も無く、菊次郎は飄々とした口調でアラニアにそう尋ねる。
「は? 何言ってんの、人間」
「この様な有様になって居りまして無事降りられるか少し心配なものですから」
「ふんっ……無事だと思う?」
アラニアは小馬鹿にした様に鼻を鳴らすと、背から生えた八本の脚を小鉄と真壁に振り下ろす。
「お主がこの騒ぎの……」
小鉄は蜘蛛を押さえながらアラニアの攻撃を躱すが、真壁は脚を避け損ねる。深い傷ではないが、焦熱感を覚えた。
「毒か――皆気をつけろ」
皆にそう警告し、真壁はクリアレイを発動させる。不覚を取りはしたが、アラニアの攻撃は軽く、今までに戦った愚神と比べ特別脅威とも思えない。
「ちぇっ……殺せなかったか」
不服そうに口をとがらせたアラニアの横に、突然『潜伏』していた咲雪が姿を現した。
「……ん、蜘蛛を蜘蛛の巣で捕まえる……のは、割と皮肉?」
アラニアの死角から放たれた『女郎蜘蛛』が、彼の八本の足を捕らえる。だが、動きを封じたと思ったのは一瞬、咲雪の放った糸はアラニアの強靱な節足に引き裂かれた。
「蜘蛛が蜘蛛の巣に掛かると思ったの?」
嘲笑うアラニアに、菊次郎わざとらしく感心した様子を見せる。
「すばらしい、御身はさぞご高名なのでしょうね? お名前をお聞かせ……」
「は? ああ、流雲のアラニア……憶えなくていいよ、どうせ短い付き合いだろ?」
そう言って笑うアラニアの背。八本の脚のつなぎ目にオリヴィエの『テレポートショット』が撃ち込まれる。
「いったぁ! 何すんの!?」
そこは先程見いだした急所だ。アラニアは憎悪を宿した瞳でオリヴィエを睨み付けた。
「ふふー、こっちこっち!」
視線を受けたリュカは更に愚神を煽る。
「ちょっと、人間! 図に乗らないでよ!」
アラニアの意識が完全にリュカに向いたその瞬間を好機とみて、菊次郎が『支配の言葉』を発動する。
「あ、あれ?」
HOPEでも有数の魔力を誇る菊次郎の『支配の言葉』に、アラニアは為す術もなかった。目の前の戦場。手下の蜘蛛、それから新たな支配者となった菊次郎(名前は知らないが)――アラニアは平衡感覚を失った様に戸惑う。
「どうしました、アラニア様?」
「うん……えっ? あれれ~? おっかしいぞ~?」
だが、支配は僅かな衝撃で失われる。言葉の効果を確信した菊次郎は、仲間に攻撃を控える様サインを送った。アラニアには、『洗脳』が解ける前にやって貰う事がある。
「手数ですがアラニア様、操縦士の方を無事にここまで連れて来て頂けませんか?」
「え、うん、あー……分かった」
アラニアは訳も分からず菊次郎の言葉に従い、操縦室の中に姿を消す。それを見届けてから、菊次郎はリンカー達に向き直って言う。
「さ、今のうちに蜘蛛を全滅させましょう」
その言葉に、動きを止めていたリンカー達は大急ぎで蜘蛛に攻撃を仕掛ける。『幻影蝶』で弱体化した蜘蛛は元より敵ではない。アラニアが姿を消した半瞬後、残った蜘蛛は全滅した。
「ただいまー、連れてきたよー……って、ええ!?」
副機長を抱えて戻ってきたアラニアはその光景に愕然とする。
「うちの子達、全滅してる!?」
アラニアは思わず手に持った副機長の繭を取り落とす。菊次郎はちょっと不満そうに言う。
「これでは無事と言えませんね。繭が邪魔だ」
再びの『言葉』だが、既に『洗脳』は解けている。アラニアは先程リュカ達に向けた以上の憎悪を菊次郎に向けた。
「ふざけた事してくれるじゃない!」
そう言うと、アラニアはハエトリ蜘蛛のように跳躍する。狙いは無論菊次郎だ。
「ちょっと欲張りすぎましたか。ですがもう一つお願いが……この瞳を何処かで見た事は有りませんか?」
菊次郎は襲い来るアラニアに十字型の瞳孔を持つ瞳を見せつける。だが、アラニアはそんな物に見覚えも興味も無い。
「抉り出してから見てやるよ!」
「駄目ですか……仕方ありません」
期待外れの返答にやや失望しながら、菊次郎は再び『猟犬』を解き放つ。アラニアはそれを左側四本の脚で切り裂き、残った右の脚を突き出すが、しかし――。
「なっ!?」
その左足は咲雪の『女郎蜘蛛』に拘束された。
「蜘蛛も蜘蛛の巣で捕まる……」
先程の台詞を言い返すように咲雪は呟く。
「行動出来ない間に仕留めるわよ」
「……ん、そういうのは、筋肉自慢の……人に、任せる」
追撃を主張するアリスに咲雪は眠そうな声でそう言う。捕まったアラニアの方はそれどころではない。
「ちゃんすでござるな!」
声と共に放たれた小鉄の『電光石火』を皮切りに、リンカー達はあらん限りの攻撃を叩き込む。オリヴィエのテレポートショット、真壁の槍。
「千照流、絶翔ッ!」
そして聖の『電光石火』。アラニアは最早サウンドバック状態だ。
「よし、ここはオヂさんが決めちゃうか」
と、張り切って放ったマックスのリサールダークは、残念ながら効かなかった。
「おい、なんでだよ……」
「大丈夫ですマックスさん、僕も外しました!」
盛大に槍を空ぶったアキラが、そう言ってマックスを慰める。とまれ、アラニアは9人のリンカーに囲まれ最早為す術がない。
「いじめじゃないの、これ!?」
思わずそう叫ぶアラニアの体を、紫の『ブラッドオペレート』がずたずたに切り裂く。
「一般人を無闇に傷つけたりしてねぇあたりが不思議だな。てめぇの目的はなんだ? 愚神」
「うっさい! 色々あったけど、お前らのせいで何も出来なかったっての!」
紫(ガルー)の問いにアラニアは泣きそうな声で答えると、咲雪の拘束を何とか振り払い、八本の足を必死に天井へと伸ばす。
「大体なんでリンカーが9人も乗ってんだよ……僕もう帰る!」
隔壁を引き裂いた時ように、八本の脚が天井を切り開いた。
●何の成果も得られませんでした
「まずい――!」
もう一発銃弾をぶち込もうとしていたオリヴィエは、アラニアの行動に焦った。上空一万メートルで機体に穴が空けば、気圧差によって機内の物は外に吹き出され、最悪の場合墜落もあり得る。
「クロさん、操縦士さんを!」
セラフィナの言葉に、真壁は床に転がる副機長に覆い被さった。リンカー達はともかく、意識のない彼は容易に空へ吹き飛ばされてしまう。
「今回は引かせて貰うよ!」
アラニアは手から吐き出した大量の糸を空に流した。それは風をはらみ、アラニアの体を宙に浮かせる。
「後顧の憂いは、逃さぬでござるよ!」
小鉄はその逃亡を阻むべく、『ノーブルレイ』でアラニアの体を絡め取った。だが、上空の気流は想像以上に激しい。アラニアを捕らえた小鉄の体は、彼と共にふわりと浮かび上がる。
「何と!?」
高度一万mの強烈な風圧が、アラニアと小鉄の体を機体の外に放り出す。
「絶対逃がさねェ……!!」
聖はそれを追って反射的に跳躍する。
(……!?)
(あ、もう手遅れか……しょうがないね……じゃ、狙いは確りね……)
二人と一匹はこうして空に消えたが、巻き込まれたのは彼らだけではない。気圧差でバランスを崩したオリヴィエとマックスの体も、小鉄達同様気流に呑まれ浮き上がる。
「リュカ……オリヴィエ!」
吹き飛ばされ掛けたオリヴィエに、紫は咄嗟に腕を伸ばす。間一髪の所でその手を掴んだオリヴィエは、強い気流に吹き流しの様にはためく。
「すまん紫!」
同じように吹き飛ばされたマックスの方は、咲雪が手を差し伸べてくれた。
「放すなよ! ふりじゃないからな!」
「……ん」
眠そうな様子の咲雪に不安を感じ、マックスは必死でそう訴える。無論咲雪もそれ程非情ではないが、天井の亀裂を塞がねば吹き荒ぶ気流は止まらない。
「こいつで塞げればいいが――」
暴風の中、副機長を組み敷いた真壁は懐からウレタン噴霧器を取り出し、亀裂に射出する。拡散して飛び散るウレタンは強い風に飛ばされ、亀裂は思う様に亀裂を埋まらなかったが、それでも徐々に機内の風は弱まった。やがてオリヴィエ達の足が本来の重力に従って床に付くと、手の空いた紫も噴霧器で亀裂にウレタンを吹きかける。丁度二本分を使い切った所で、機体の穴はどうにか塞がった。
「助かった……」
座席に掴まり気流に耐えていたアキラはほっと息を吐くが――気づいてしまった。
「――じゃない、小鉄さん達!」
●お前はどこに落ちたい
「しつこい! 人間はだから嫌いだ!」
自分にぶら下がる小鉄にアラニアはそう毒突く。
「お主の往生際が悪いせいでござろう!」
ダイブするつもりなど無かった小鉄はアラニアに言い返す。糸は二人分の体重を支えるには浮力不足らしく、速度は自由落下と大差ない。アラニアは小鉄を叩き落としたい所だが、ノーブルレイで拘束されていてどうしようもない。
「アラニアァ!!」
と、上空から声が響いた。二人が何事かと思ってそちらを見ると、そこにはアラニアを追って着ないから飛び出した聖。無論、パラシュートなど無い。
「何やってんの君!? 正気!?」
その蛮勇には愚神のアラニアも呆れる。
「まさかこんな場所で戦う事に成るとはちっと思わなかったが……お前を倒す為なら手段は問わねェ!」
そう言うと聖はアサルトライフルの照準をアラニアに向けた。自由落下中だ、回避行動など取りようもない。
「使い方なんて感覚だ!」
「クレイジー! もうやってらんないよ!」
うんざりした様に叫ぶアラニアの胸を、アサルトライフルの弾丸が貫く――。
「よし、やった!」
消滅するアラニアをみて、聖は歓喜の声を上げる。それはいい。問題は、ここが空中という事だ。
「ちょっとこーちゃん! この後どうするの!?」
「ううむ……」
稲穂の声に、小鉄は落下しながら腕を組んで唸る。
「……リンカーはライヴスを解しない打撃は受けないから……落ちても死なない……」
Le..が聖の口を借りて言う。
「そうなのか、良かったぜ!」
「……痛くないわけじゃ……ないけど……」
「それ解決になってるの!?」
ドップラー効果を受け、稲穂の叫びは長く空に流れた――。
●着陸
「風防は全損か……透明な素材でないと視界が確保出来ないな」
取り敢えず小鉄達の心配は後に回し、操縦室を確保したリンカー達は、完全に破壊された風防を前に悩む。
「無視界計器着陸の経験は?」
繭から助け出された副機長にマックスが尋ねる。
「シミュレーターで、何度か」
酸素マスクの下から、副機長は苦しげな様子で答える。アラニアが逃げる際に開けた大穴のせいで、後部隔壁からこちらの気圧は著しく低下している。頑丈なリンカーは問題ないが、一般人には大きな負担だ。
「誰か飛行機を操縦出来る奴は?」
布を被せられた機長の遺体を横目に、マックスはその場の全員に聞く。皆顔を見合わせるが、答えはない。
「……ん、やり方、わからない……よ?」
咲雪も否定的な言葉を口にしたが、アリスは一人異論を唱えた。
「大丈夫、現代旅客機は基本的に自動操縦。今も不自然な動揺も回転も無いから自動操縦が作動しているわ。後は管制塔に非常事態連絡と同時に、マニュアルを参照。操縦動作が必要な場合、私が制御するわよ」
「……ん、任せる」
そう言って咲雪(アリス)は操縦席に着こうとするが、副機長はそれを制した。
「折角だがそれには及ばん――私が操縦する」
「だが、貴公は大分憔悴している――大丈夫か?」
顔色の良くない副機長に、テミスは忌憚なく不安を口にする。大勢の命が掛かっているのだ。根性論では困る。
「君らがプロである様に私もプロだ。従魔とは戦えないが――」
そう言うと、副機長は機長の遺体に黙礼した。
「乗客を無事に降ろす義務は私にある。機長も生きていれば、同じ事を言っただろう」
副機長はテミスの言葉にそう強く答え、自ら操縦席に座る。引きそうにない様子に、真壁は小さく頷いた。
「――アリスはサポートに回ってくれ。万一の場合は頼む」
一方の後部客室では、リュカと紫が拘束された乗客を解放し、状況の説明と対応を指示している。
「座席に座って、シートベルトで体を固定して下さい。着陸の際、機体が大きく揺れる可能性があります!」
リュカの言葉に従い、乗客は緊張した面持ちでシートベルトを締める。座席は乗客の数に足りない。前部客室は気圧が低下している上、ウレタンで補修しただけの天井は着陸の衝撃で落剥の危険がある為、前部客室の乗客も後部に集まった結果だ。
「座席は子供や体の弱い人を優先して、座れない方は衝撃に備えて床に伏せて下さい――大丈夫、従魔は掃討済みです。落ち着いて行動して下さい」
紫はそう言って席のない乗客を指導する。リンカーと違い一般人は脆い。できる限りの事はしておかねばならないだろう。
「大丈夫か、副機長?」
真壁は副機長に確認する。管制室への連絡も終え、機体はもうすぐランディング体勢に入る。やり直しはきかない。
「問題ない」
「副機長、滑走路に入ったら前面の糸を焼き切ります。よろしいですか?」
「ああ――風が一気に来るから、君らも気をつけてくれ」
意思ははっきりしている様だ。菊次郎の言葉にそう答えると、副機長は風防ゴーグルを掛けた。副操縦席の咲雪(アリス)もそれに倣う。菊次郎を除くリンカー達は、体勢を低くして突風に供えた。
「行きます――」
車輪が滑走路に接触した衝撃を感じ、菊次郎は魔道書から『ブルームフレア』を放った。炎がアラニアの遺産を焼き払い、前面の視界が急激に晴れた。
と、同時に、突風が操縦室の中に吹き込む。機体が大きく揺れた。菊次郎は蹈鞴を踏み、客室から悲鳴が聞こえたが、副機長は落ち着いて機体をコントロールする。
「想定内だ――アリスさん、慎重に行こう」
この小さな動揺の後、副機長は無難に着陸を遂行した。
「助かった、と言うべきかな?」
遺書まで書いたマックスが胸をなで下ろす。
「ええ、機長さんは気の毒でしたが――」
そう言ってユリアは眉を曇らせる。悲しむべき事だが、愚神の襲来という事態を考えれば、最小限の被害で済んだと言えるだろう。乗客全員が無事着陸出来たのだから……全員?
――その少し前、空港から離れた場所にある畑に十代半ばの少年と忍者装束の男が落下した。偶然同畑で両親の仕事を手伝っていた蓮生君は、目の前に突然轟音を立てて落下し、畑にクレーターを作った奇妙な二人組に呆然としたが、その衝撃から覚めると慌てて納屋に走り、中にいる母親に向かって叫んだ。
「お母さん! 空から男の子と忍者が!」