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文化祭の惨劇
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相談卓
最終発言2015/09/24 20:36:43 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2015/09/23 19:34:25
オープニング
●進学校の文化祭、とあるお化け屋敷で
日本のとある地方都市にある私立Q学園。創立100年を超える中高一貫教育の全寮制で、有名大学への進学率は国内で10本の指に入るという名門校である。
日々、勉学に追われる彼らも、今日ばかりは勉強のことを忘れて羽を伸ばす。年に一度の祭典、中高合同の文化祭である。クラスや部活動、有志による模擬店や講演、発表が行われ、学外からは父兄のみならず近隣の他校生たちが来場する。学内は、若者たちの笑顔と楽しげなさざめきに満ちていた。
そんな中、ふだんは使用されていない、まもなく改築予定の旧・特別教室棟から、場違いな悲鳴が聞こえてくる。
「きゃあああああーーー!」
「いやぁーーーー、助けて!!!!」
「殺さないでーーーー、お願い!!!!!」
旧・特別教室棟付近を歩く若者や父兄たちは、一瞬その悲鳴に眉をひそめるものの、建物の入り口に血の色でおどろおどろしく書かれた「お化け屋敷」という文字を認めると、納得顔でそのまま通り過ぎて行った。
「そんなに怖いのかしら」
「さすが進学校だけあって、やっぱり出し物も超高校級なんじゃない?」
「ほら、高等部3年合同って書いてある。卒業前だから、先輩たち張り切っているんじゃない?」
「へえ、この校舎3階分まるまるお化け屋敷なんだ、おもしろそう」
といった会話を交わしながら。
●お化け屋敷で繰り広げられる惨劇
「助けてくれ、頼む!」
脅え、震えながら命乞いする男子生徒の目の前には、大きな鎌を持ち、黒いフードをかぶった死神のようなモノが立っていた。
生徒の声など耳に届かなかったかのように鎌を一振りする。先ほどまで震えて嘆願していた男子生徒がその場にドサリと崩れ落ちた。
その瞬間、死神のようなモノは、満足そうにニヤリと歪つな笑みを浮かべる。その瞳は、血のような深紅だった。
人ではない。いや、元は人だったのかもしれないが。
「オマエもエサにしてやるぞ……クヒヒヒヒ」
そう言いながら、今度は倒れた男子生徒の後ろで脅えている女子生徒に向けて鎌を振るった。女子生徒がくずおれる。
ライヴスが奪われたのだ。
そう、死神のようなモノは、愚神だった。そして、その旧・特別教室棟の出し物が作り物の「お化け屋敷」だと信じて疑わず次々と入って来るエサからライヴスを奪っているのである。
●集えライヴスリンカーたちよ!
「これは……ライヴスリンカーじゃなくては、太刀打ちできないわ……」
旧・特別教室棟の出入り口の一番近くにいたお化け役の生徒が、愚神に気付かれないようこっそりとドアを開け校舎外へと滑り出た。
唇の端から血を垂らし、白い死に装束、額には三角の布。古典的な幽霊の姿をした女生徒が校舎から現れたことで、外の露店に群がっていた生徒や来校者たちは一瞬ざわめいた。
女生徒は
「騒がないで、そっと逃げて」
と人々に告げると自身はそのままどこかへ走って行く。
女生徒が目指す先は、放送室である。
無事、放送室にたどり着いた女生徒は、放送部からマイクを奪うと、息を切らしながら全校に向けてアナウンスした。
「愚神が……、旧・特別教室棟にいる! 校内にライヴスリンカーがいたら助けて! お願い! 早く!」
女生徒の悲痛な叫びを聞いたライヴスリンカーたちは、次々と現場に向かって走り出す。
最初にたどり着いた、とあるライヴスリンカーは呟いた。
「デクリオ級か……、ライヴスを収集しているとなると、まずい。このまま放っておけば、ドロップゾーンを作り始めることになる」
その頃、他のライヴスリンカーたちも、校舎のあちこちから3年F組の教室を目指し、全速力で走り始めたのだった。
解説
●目標
デクリオ級愚神の討伐と既にお化け屋敷内にいる生徒や一般人の救助。
●登場
デクリオ級愚神『死神』
黒いフードに大きな鎌を持つ。死神の姿によく似ているが、骸骨姿ではなく、人間のような姿で瞳だけが深紅。
武器である大きな鎌による攻撃を行うが、鎌に当たっても血は出ず、その代わり触れた相手のライヴスを奪う。物理攻撃というよりも、鎌を使った魔法攻撃のようだ。
大きな鎌の届く半径は約1メートル。鎌の重量があるためか回避は遅め。
人の言葉は理解するが、人のことをエサとしか認識していないようだ。
現在ライヴスを集めている最中ということで、ドロップゾーンを形成させないよう注意が必要。
旧・特別教室棟内の一般人×約20人
シナリオ開始時、教室の中には、まだお化け役の生徒10数人とお化け屋敷に入った生徒や来校者、既にライヴスを奪われて倒れている一般人が数人いるようだ。
どれぐらいの一般人を救出できるかは、PCの立ち回り次第。
●場所
中高一貫高校の旧・特別教室棟と呼ばれる校舎。
校舎は3階建ての木造。1階と2階には特別教室が7つずつ、3階には図書室がひとつ。
現在、愚神が建物のどこにいるのか不明。
建物が老朽化したため、まもなく改築予定で現在はどの教室も使われていない。
図書室の書籍や本棚、理科室の薬品や標本、机と椅子など持ち出せるものはすべて仮のプレハブ特別教室棟に移動済み。
建物の中全体がお化け屋敷となるように装飾が施されている。
文化祭当日のため、学内生徒以外の来校者も多数。
時間帯は日中。天気は晴れ。
既に愚神が登場し急いで駆けつけるところからシナリオがスタートしているため、事前に罠を張っておくことは不可能。
PCは、一般人の安全も確保しながら、愚神との戦闘をする必要がある。これ以上、被害が拡大しないためには迅速さが重要な鍵となる。
リプレイ
●旧・特別教室棟を目指せ!
文化祭を楽しむ人たちで溢れる昼下がりの校内に場違いなアナウンスが流れた。
「愚神が……、旧・特別教室棟にいる! 校内にライヴスリンカーがいたら助けて! お願い! 早く!」
それは、ほぼ叫び声に近い。
つまり、それだけ切迫した状況だということを物語っている。
「文化祭がどんなものか知りたい」と言う英雄のセーラ ローライト(aa1129hero001)と連れだって、名門校である私立Q学園を訪れ、露店を眺め楽しんでいたオリヒカ フォリッド(aa1129)は、
「学校にまで愚神が現れるなんて……。学生の可能性を閉ざそうとするとは許せないな」
と、呟き現場へと急いだ。
周囲は、旧・特別教室棟から悲鳴を上げ逃げて来る人波でごった返している。
そんな中、人の流れに逆行し必死の形相で走るのがライヴスリンカーたちだ。
「お化け屋敷に本当にお化けが出たんだって! クエスちゃん!」
「正確には愚神だけどね。早く倒さないとみんなが危ないよ」
「もちろんそうだね! 美海ちゃんは、頑張って愚神をやっつけに行くよ! 行こう、クエスちゃん!」
「うん、最悪でもドロップゾーンの生成は避けないとね。急ごう!」
豊聡 美海(aa0037)と、その英雄であるクエス=メリエス(aa0037hero001)も、その面々のうちの2人だ。
走りながら妙に落ち着いたリンカーもいる。
「お化け屋敷で撒き餌を用意して餌を調達……、か。敵ながら理に適った考え、感心するな」
と理論的な分析を語るのは灰音 啓心(aa0181)。
「でも、それって楽しく怖がろうって人からしたら迷惑だよね……」
と、答えるのが彼の英雄であるアリシア(aa0181hero001)だ。
リィェン・ユー(aa0208)は、
「建屋の中に要救助対象込みで愚神を撃退か。時間もなければ対処も大変……。これは面倒な状況だな……」
と放送を聞いて呟いた後、逃げて来る生徒を捕まえては、現場の状況を聞きだそうとしている。
そして、たまたま私立Q学園の周囲を巡る学園通りを散歩していた芹沢 葵(aa0094)とその英雄のアルルメイヤ リンドネラ(aa0094hero001)は、校門から我先にと走って逃げるたくさんの人々を見て、何か事件が起きたのを察知して校内へと向かった。
「助けないとね! 一人でも多く……必ず!!」
と意気込む葵に、
「私たちだけってことは無いでしょうし、焦り過ぎないで? 力、貸してあげるから」
と、アルルメイヤは穏やかな笑みを返した。
他のリンカーたちよりほんのわずかだけ先に現場に到着した向井 千秋(aa0021)と友人の四乃杜 誠(aa0264)は、旧・特別教室棟のすぐ外に設置された校舎案内図を眺め作戦を立てる。
「……肝試し中に本当になんか出てきちゃったら、それもうトラウマになるレベルじゃないか。なんとかして早いところ愚神を見つけて退治しないと」
と、はやる誠に
「まずは、愚神を倒す前に一般人の救出を優先しないと。この校舎は、3階が全部、図書室だったみたいだよ。あたしたちは、ここから捜索しない? と言っても、散開する前に通信手段を確保したいところだよね」
と、千秋が答える。
相談しながらも、避難して来た人の中に重傷者がいれば、誠はすかさず手を貸しケアレイで回復を試みた。
そして、次々と他のリンカーたちも到着する。
皆が逃げようとしている中、わざわざこの旧・特別教室棟に向かって来る猛者はリンカーに他ならない。
啓心が、先ほどの会話を聞いていたのか、千秋にノートパソコンを差し出した。
「私にはスマートフォンがある。連絡時に役に立つだろう、壊すなよ?」
「ありがとう!」
「自分はスマートフォンなら貸せる」
と差し出すリィェンに、今度は誠が「ありがとう」と受け取った。
「では、私とアリシアは、2階から捜索する」
そう言って、啓心は少女のような英雄を連れ、2階へと上がって行った。
どこから捜索を始めるか迷う美海に、英雄のクエスは階段を指さしそのまま走って行く。
「2階から探していくことにしよう。2階なら戦闘が他の階だった場合、最速でたどり着けるじゃないか。それだけじゃなく振動や音からどちらの階で戦闘が起きているか判別できるだろうし、今回は仲間が一度に各階を探すのだから、そっちの方が好都合だよ」
「さすがクエスちゃんだね! 小さいけど頼りになる英雄さんだね!」
「小さいは余計だ! とにかくこっちは2階から探していくよ」
同じく2階を目指すことにしたのは、御神 恭也(aa0127)と英雄の伊邪那美(aa0127hero001)のペアだ。
「……周囲は俺が調べる。伊邪那美は避難者から少しでも情報を聞き出してくれ。それと、携帯を持っているリンカーは、連絡先を交換してから捜索に当たろう」
ここに集ったリンカーたちは、たまたま現場に居合わせたメンバーで、HOPEで依頼を受けた顔見知りのメンバーではないからお互い携帯の番号も知らない。うっかりそのまま散開しそうなところを、恭也の提案によりまだ1階に残っているメンバーは連絡先を交換し合った。
「3階のメンバーの端末は借りた物だから、貸し出した方が連絡先を把握しているだろう。2階に上がったメンバーは、俺が連絡先を聞いておく」
と、恭也は伊邪那美と2階を目指した。
●まずは人命救助だ!
リィェンは、1階から捜索を開始した。建物の入り口近くの教室から探して行く。
愚神がいた場合を想定して扉をそっと開け、教室内を見回し救助対象者がいないか探す。見つけたらすみやかに担ぎ上げて窓から校舎外へと逃がした。廊下で愚神と鉢合わせすることを避けるためだ。
「動けない奴はいないか? 動ける奴はそいつを助けて逃げろ」
と、自分で立って逃げられそうな者には小声で指示を出す。
オリヒカは、戦闘になっても手がふさがらないように無線通信型イヤホンマイクを携帯と接続した。2階と3階には、何人か向かったようなので、1階の捜索を英雄のセーラと共に行うことにする。
葵とアルルメイヤは、校舎の入り口から一番奥まったところにある階段に向かった。階段からは、制服姿の女子生徒が走って来る。
「愚神は見ましたか?」
と、問いかける葵に
「なんか……ゾンビみたいのなら、見ました! すぐ後ろに……いやぁ!」
と叫び走り去る。
「ゾンビ?」
と階段を見上げる葵の目の前に、ゾンビが走り降りて来た。ゾンビにしては、身軽な動きだ。
葵が、黒鉄色のヘカテーの杖を振り上げ迎え撃とうとすると、
「違う! 俺は、愚神じゃない! ただのゾンビ役の生徒だ!」
と、こちらも叫びながら逃げていく。
お化け屋敷という出し物ゆえ仕方ないことなのだが、まず本当の愚神を見極めることが難しい。リンカーたちが校舎内に入ってからも断続的に悲鳴が聞こえ続けているが、愚神に遭遇した悲鳴なのか、お化け役の生徒を目撃した悲鳴なのか判断が難しいのだ。
伊邪那美も、避難誘導をしながら聞き込みを続けていた。
「ちょっとお願いがあるんだけど良いかな? 愚神を見かけた人はいる?」
男子生徒たちは顔を見合わせる。
「さっきいたチェーンソー持った仮面の男かな?」
「包帯でぐるぐる巻きになっていたミイラの方じゃないか?」
と言った後ろから、チェーンソー男とミイラ男が駆けて来るので、男子生徒たちは飛び上がって伊邪那美の後ろに隠れた。
チェーンソー男は、すかさず仮面を取る。
「俺は人間だよ」
「俺も」
と、包帯をほどきながらミイラ男も答える。
「実行委員長なら、誰が何のお化け役をしているかが書いてあるプリントを持っているはずなんだ」
「ということは、そのプリントに書かれていない役柄が、愚神……なのかな? 実行委員長はどこにいるの?」
「確か、みんなを逃がすためにまだ上にいたよ。吸血鬼の格好をしている」
「ありがとう!」
伊邪那美が聞き込みの結果を恭也に伝えると、恭也はすぐ各リンカーたちに連絡をした。
お化け役の生徒、一人ひとり愚神かもしれないとチェックしている時間は残されていない。それよりも、愚神の姿をまず明確にすべきである。
「吸血鬼の格好をした実行委員長を探してくれ。彼の持つプリントに書かれていない格好をしたヤツが愚神だ」
●愚神を探せ!
「1階は、ほぼ救助が終わったが、そんな男は見なかった」
とリィェン。
「俺も。1階は、2階や3階から自力で避難して来た人が多かったようだが」
と、オリヒカも同じように答える。
美海は、目の前に横たわる黒いマントを羽織った男を見、
「もしかして……、ここでライヴスを吸われて倒れている人が委員長かもです。2階の階段から見て2つ目の部屋です」
と通話を続けたまま、「えいっ!」と男の懐を探った。
ジャケットの内ポケットに入っていたプリントを広げ、読み上げ始める。
「お化け役は……、狼男、吸血鬼、ミイラ男、切り裂きジャック、ゾンビ……」
階段で聞き込みをしていた葵は美海のいる教室に入って来ると、実行委員長の脈を取る。生存を確認すると、そのまま自らのライヴスを分け与え始めた。
しばらくすると、
「うう……」
といううめき声を上げながら実行委員長は意識を取り戻す。
美海と葵が、ほぼ同時に尋ねた。
「大丈夫ですか? 愚神の姿は?」
「気が付きました? 愚神の特徴は?」
実行委員長は、
「……死神……、鎌を持った大男……」
と小声で囁くと再び意識を失った。
「私は階段にいたんですが、死神なんて見なかった……。と、いうことはまだ2階に?」
と言う葵に、千秋は
「愚神が階段で移動するとは限らないんじゃないかな」
と、パソコン越しに答える。千秋と共に行動している誠も、
「だって、透過して直接上下移動できるスキルを持っているかもしれないよ」
と、同意する。
その瞬間、ゆらゆらと真夏の陽炎のように誠と千秋の目の前の空気が揺れた。
彼らの推測をどこかで盗み聞きしていて、それが正しいということを証明して見せるかのように。
揺らいだ空間は、少しずつ透明感を失い、そこに人にしては巨大なシルエットが徐々に浮かび上がってくる。
黒いフードを目深にかぶった2メートル近い大男。手には鎌。
まさに、地獄からやって来た「死神」としか形容のしようがない。
誠は、千秋と死神の間に入り、盾となるポジションを取りながら、2階と1階に散るリンカーたちに呼びかけた。
「3階、図書室の階段寄り。愚神を発見した!」
●愚神との対決
「オマエもエサにしてやるぞ……クヒヒヒヒ」
と、不気味に笑う愚神に千秋は、
「じゃあお前は蝋人形にしてやろうかー! グハハハハ」
と、濁声で返した。有名なロックバンドのヴォーカルのモノマネである。
「千秋ちゃん、そのさ、自分の年齢に10万を足し算したような生命体特有の口調して何がしたいのさ」
死神の振り回す鎌をシルバーシールドで受け流しながらも、誠はツッコミを入れる。
しかし、千秋もふざけているだけではなかった。三叉の槍であるトリアイナをヒュンヒュンと振り回しながら、敵との間合いを計っている。トリアイナの全長は、220cm。死神の振り回す鎌の射程は半径1mといったところか。
千秋は、お化け屋敷の舞台装置をうまく利用しつつ、死神の気を引く動きに徹した。
棺桶の蓋やコンニャクを死神に向かって投げつけて気をそらす。ハリボテの井戸に潜るふりをしては、そこからパッと飛び上がる。
井戸から頭だけ出して、相変わらず
「お前を蝋人形にしてやろうかー! グハハハハ」
と濁声を上げる千秋に、誠は
「千秋ちゃん、そこはふつう『うらめしや』って言うところだよね」
とツッコむ。
悠長な会話を繰り広げる2人だが、動き回る千秋に攻撃が及びそうになると誠は自らの盾で素早く防いだ。
また、周囲に倒れる一般人に攻撃が及びそうになると、それもすかさず誠がガードに入った。
2人が時間を稼いでいるうちに、2階の階段近い教室にいた美海と葵が、いつでも戦闘に入れるよう既にリンク状態になって駆けつけて来る。
美海と葵は、
「お待たせしてごめんなさい」
と言いながら、意識なく横たわる一般人に駆け寄り、ライヴスを分け与えた。
次に上がって来た啓心も既に共鳴状態だった。
リンクした啓心は、白くゴワゴワとした長髪に真っ赤な瞳という野性的な外観に変じている。
「ウアァァァァァ!!!」
と、まるで獣の咆哮のような雄叫びを上げながら、死神との戦いに乱入して行く。
恭也は、リンクせずに3階まで駆けつけた。図書室だった3階部分はこの棟で一番広い部屋とは言え、このまま戦闘に入れば、意識を失って倒れている人たちを巻き込みかねない。そこで、ライヴスを分け与えられた一般人たちを次々と廊下へと運び始めた。
伊邪那美には
「昏倒者の搬送は俺がやるから、お前は敵の足止めを手伝いに行け!」
と指示を出す。
一般人救助の仲間が増えたのを見た美海は、
「手伝いますね!」
と誠に加勢し、盾のアスビスを死神の前で構えた。
「ドロップゾーン生成を防ぐためにも、敵の動きを封じないと……」
美海も時間稼ぎのおとり役に徹するようだ。
そこに駆けつけたリィェンも、
「さぁて、それじゃ俺にも付き合ってもらうぜ!」
と派手に動き始め、おとり役に加勢した。
これで、時間稼ぎのおとり役は、千秋、誠、啓心、伊邪那美、美海、リィェンと5人。
さすがに5人同時に狙うことは、愚神と言えども難しいようで、千秋だけを狙っていたときと比べ、格段に攻撃スピードが落ちてきている。
オリヒカとその英雄セーラは、3階に到着するなり救援の手助けを始める。
オリヒカは、全員搬送し終わったのを確認すると、廊下へ出る扉の前を塞いで、愚神を一般人に近づけないようなポジショニングを取る。
オリヒカが「避難完了、全員の安全が確保された」とおとりチームに目で伝えると、同時に、リィェンは反撃をまったく恐れぬかのように死神の射程内へ大きく踏み込んで行った。確かに、リィェンの鍛え上げられた肉体は、大鎌程度の武器で斬りかかったところでどうなるものでもなさそうだ。
死神の大鎌の切っ先が、リィェンの肘を捉える。
しかし、血は出なかった。一滴も。
「ちぃ……そのなりで魔法攻撃か。くそが……、ライヴスが奪われていく……」
リンカーたちは皆、リィェン同様に物理攻撃を予想していたようで、驚きを隠せなかった。
そんな中、葵は皆を奮い立たせるようにヘカテーの杖を振り回し、魔法攻撃を繰り出す。
「何が死神よ! こっちには魔女がついてるんだから!!」
リンクした葵は、つばの広い大きな帽子を被り、左目はアルルメイヤと同じエメラルドグリーンに輝いていて、まさに自身が魔女のようだった。
そこに「ゥラアァッ!!」と雄叫びを上げながら、パイルバンカーで重い一撃を撃ち込んでいくのは啓心だ。
死神が、
「オマエからエサにしてやるぞ……クヒヒヒヒ」
と話しかけても、啓心はただ
「ウアァァァァァ!!!」
と叫ぶだけである。
外見だけではなくその戦い方までがまるで狂戦士のような啓心に、アリシアは身体をぴったりと密着させていた。
リンクしたアリシアは、
「熱くなりすぎないでね、啓心君」
と、囁きかけることでオペレート役を担っているようだ。
「啓心君、廊下にはまだ一般の人たちがいるからね。そっちに攻撃当てちゃダメだよ? 怪我しちゃうからね?」
アリシアの声が聞こえているのかいないのか。
啓心は、叫び、ただ攻撃を繰り返すだけだった。
伊邪那美とのリンクを終えた恭也は、
「死神か……この力がどこまで通じるか相手をして貰おう」
と、無表情のまま呟くと、死神の射程ギリギリの距離を素早く動き回り攻撃を躱す。
まるで、「小競り合いのごとき攻撃では自分を倒せない」と、大技を誘っているかのような動きだが、恭也の表情からは何も伺うことはできない。
オリヒカもセーラとのリンクを終え、武器をシルフィードとシルバーシールドという剣盾仕様からリーパーに変更し、
「これ以上はさせない……! 刈られるのは……、お前のほうだ!」
と死神に勢いよく飛びかかって行く。
次々と畳みかけるリンカーたちの攻撃に、死神も少しずつ大きな攻撃を繰り出さずにはいられなくなってきていた。
つまり、ガードが緩くなり始めたのだ。
啓心は「ゥラアァッ!!」と叫び続けながら、さらに隙を作るように、盾のアスビスを使って死神の鎌を下から持ち上げるようにして突き上げた。
その衝撃によって死神の腕が上がり、胴体部分ががら空きになる。
懐が空いたところに飛び込んだ啓心は、パイルバンカーでヘヴィアタックを撃ち込み、そのまま一気に攻撃を仕掛けていった。
啓心の攻勢に恭也も続く。
死神が苦し紛れに大きな攻撃を仕掛けて来たところを恭也は紙一重で躱し、距離を一気に詰めてヘヴィアタックを浴びせた。
恭也の狙いは、ライヴスを奪うやっかいな武器、大鎌である。
リィェンもそれに気づき、
「どうだ!」
と、逆鱗の戦拳で死神の腕に拳を入れる。
恭也は、大剣のコンユンクシオを振り下ろしヘヴィアタックで鎌を撃ち落とした。そして、再び死神が武器を手に取らないように、鎌を踏みつけガードする。
武器を取り返そうと焦り、恭也の方へ踏み込んで来る死神を、美海の盾が激しくはじく。
「そんなこと、させないです!」
リィェンは素早く死神の背後に回ると、
「こいつでとどめだ!! おとなしくその首、俺によこせ!!」
と、渾身の力で首元を打ち付ける。
「ギェェェェ」
と、死神が奇声を発した。
盾に徹し続ける誠の後ろで
「──Monstrum e locis emissum summis Abi nunc ex oculis meis」
と、呟いた千秋は、誠の肩を踏み台代わりに使って、死神の頭上高くヒラリと飛び上がった。
そのまま、死神の額を狙って銀の魔弾を撃ち込む。
銀色の軌跡を描いたエネルギーの弾は、見事その額を射貫いた。
「グァァァァ」
と奇声を上げた死神は、後ろによろめきそのまま床にどっと倒れる。
終わったのだ。すべて。
●戦いの後
リンカーたちは、戦いが終わると共鳴を解いて、廊下へと走った。
学校から担架を借り、動けない人たちを外へと運び出す。校門の外からは、次々と救急車のサイレンが聞こえて来た。
「助けてくれてありがとう。あなたたちがいてくれてよかった!」
「ありがとう、あなたたちがいなければ、こうして生きてはいられなかった!」
と、涙を流しながらリンカーたちに礼を言う者も少なくなかった。
意識を取り戻した生徒や子どもの中には、先ほどの恐怖を思い出して泣き出してしまう者もいる。
アリシアは、
「もう怖い怖い死神さんはいないから安心して大丈夫だよー」
と、彼らを慰めて回った。
青い髪、緑の瞳というふだんの姿に戻った啓心は、戦闘中の狂戦士のごとき姿を微塵も感じさせないクールな表情で、そんなアリシアを見守っている。
美海、クエス、恭也、伊邪那美は保健室に向かい、治療の手伝いをすることにした。
逃げたときに転んですりむいてしまった程度の怪我なら、校内の保健室でも充分手当ができる。
重軽傷者はいたものの、一人の死者も出さずにこの危機を乗り越えることに成功したのは僥倖と言えよう。
オリヒカは、負傷者の搬送を終えると、未捜索の部屋に逃げ遅れた者が残っていないかどうか念のため見て回ってから、学校関係者に建物の被害状況や重軽傷者の数などを報告しに行った。
焼きそばの屋台の前で待っていたセーラは、
「さて、オリヒカが何かおごってくれるそうだから。何にしましょうか」
と期待を込めた視線をオリヒカに向ける。
しかし、
「んな!? いや……HOPEにも報告する必要があるからな」
と、オリヒカは校門へと向かい、スタスタと歩いて行ってしまう。
「私、学校という学び舎で生徒たちが作る『焼きそば』というものがどんなものか知りたいのよ」
あくなき知識の探求、そのために戦うならば、と力を貸してくれているセーラにこう言われるとオリヒカは無視できない。
「俺がHOPEに行って戻って来るまで、その辺を見ていればいいだろう」
と、オリヒカはセーラに小銭入れを手渡した。
ふだんクールなセーラも、微笑んでオリヒカに頷いた。
保健室での治療の手伝いを終え、伊邪那美と恭也は外に出る。
伊邪那美は、廊下をすれ違う高校生たちを見ていた。
すっかり笑顔を取り戻し、文化祭の続きを楽しもうとする高校生たちと、眼光鋭く仏頂面の恭也を見比べながら、疑問を素直に口にする。
「ところで恭也は、高校を卒業してどれくらいなの?」
「……今年、入学したばかりだ」
「え、冗談……だよね? 笑うところなのかな?」
恭也の言うことを信じない伊邪那美は、愚神討伐が成功に終わったのにも関わらず、後でおしおきをくらったという。