本部
きみの嘘がきみを殺す
掲示板
-
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/03/31 13:10:56 -
英雄世界の戦い
最終発言2016/04/03 00:15:38
オープニング
●絆の壊れたリンカーたち
リンカーによって結成された新人ユニット『fuwa_fuwari』は解散の危機に瀕していた。
すべての原因は、新曲『Fight ☆ to run!』のプロモーションで訪れた町で起きた騒動のせいだった。その町のラジオ局で彼らの曲が流れた瞬間、放送を利用した従魔の催眠攻撃によって町中の英雄と能力者がおかしくなったのだ。
その影響はもちろん、『fuwa_fuwari』のリーナとクリフにも現れた。互いが互いに向けた狂愛染みた激しい感情に支配され、お互いを殺そうとしたのだ。だが、リーナは華奢な女性能力者であり、クリフは鍛えられた男性で、更にライヴス以外に傷つくことのない英雄である。勝敗は明らかだった。
「……」
ホテルの一室。開け放したドアの前でクリフは一歩を踏み出せずに足を止めた。
──件の騒動は、他のエージェントたちが従魔を倒したことによって、催眠が解けて解決した。クリフもすんでのところでリーナを殺さずに済んだが、それ以来、二人はうまくコミュニケーションが取れずにいた。
「……リーナ、新曲が入ったアルバムがランクインしたそうだ」
部屋に入れずにクリフは廊下から声をかけた。皮肉なことに、騒動のお陰で新曲は有名になり飛ぶように売れていた。
──どうせ、話題になるのは一曲だけだ。くそっ、リーナの歌はこんな騒動とは関係なく素晴らしいのに……なのに、俺は……俺のせいで。
暗い気持ちを引きずって、自分の部屋へ戻ろうと踵を返したクリフの腕がそっと引かれた。
「リーナ!?」
それは、久しぶりに見るパートナーの姿だった。彼女の顔は青ざめクリフを見る瞳は恐怖に揺れていて、そして、少し痩せたようだった。
「……このままじゃ、ダメだよね」
勇気を出したリーナが提案したのは、簡単な依頼を受けること。
今、ふたりの絆の力はガタガタだった。
●とある研究室の一幕
「まおーさまー?」
紫峰翁センターの須頼主任研究員は自分の上司である真央室長を探して施設内をうろついていた。
「須頼、真央室長は長期休暇を取ったみたいだぞ。娘さんの結婚で随分気落ちしてたからなあ」
同僚の言葉に須頼は首を傾げる。
「ええーっ。アレはエージェントさんたちのお陰で落ち着いたと思ったんですけど……」
「ぶり返したのかもなー? ところでどうした?」
須頼は用事を思い出してはっとした。
「そうそう、うちの研究室のヘッドセットがいくつか無くなってるんですよー!」
「お前、備品管理はちゃんとしておかないと懲罰モノだぞ?」
「いや、ちゃんとしていたんですが……」
●水族館の夢
「ごめんなさい、わたしにはあなたは必要ないの」
暗い世界で、唯一眩しく光る彼女はそう言った。──言葉と同時に絆が切れる音がする。
──ああ、たしかに。確かに彼女には俺は必要ない。
明るく輝くこの世界で、彼女はクリフが居なくても生きていた。自分は彼女が居なければ、この世界では消えてしまう存在で、彼女をリンカーとしての苦労や危険に晒すだけの存在だけど。
「リーナ……」
──それでも、オレは。
だが、クリフの願いも空しく、するすると暗闇の手がクリフを、そして目の前のリーナを絡めとった。
意識が混濁する。
ああ、あの、催眠騒動の時とおなじだ。『狂愛』のような想い。契約の楔から解き放たれた自由を求める気持ち。
そして、すべてを壊したい破壊衝動。
●届かない声
「クリフ、クリフ!」
リーナは薄暗く仄かな青い光に満たされた部屋で、壁一面に広がる厚いガラスを叩いていた。どんなに力を込めても、その向こうへ彼女の声は届かない。
ガラスの向こうでは、双剣を振るうオメガ・ブルーの髪の美しい青年が……泣き叫ぶような声を上げて、無辜の人々を斬っていた……。
●悪夢への誘い
「という訳で、我が研究室では英雄の皆様にご協力頂きたく」
スーツ姿の青年の言葉に、H.O.P.E.職員は微かに苦笑いを浮かべた。
紫峰扇センター真央研究室では仮想世界『リングブレイク』に英雄をログインさせることにより英雄の記憶の欠片を探っているのだった。
「紫峰扇センターからの依頼では受け付けないわけにはいきませんが、くれぐれも英雄の方々には失礼が無いようお願い致しますよ」
「もちろんです!」
青年は力強く頷くと、必要書類を職員へと手渡した。そこにはきっちりとした真央室長のサインもあった。
「……あれ、そういば、今回はどういった内容の研究なんですか?」
書類を検めていた職員はいつもの項目が無いことに気付き、席を立とうとした青年を呼び止めた。青年は、くっと口角を上げて笑うとこう答えた。
「……英雄世界での『戦い方』、ですかね?」
解説
依頼はログイン(仮)した状態から始まりまる悪夢です。
英雄を拒絶する嘘の台詞を一言お願い致します。※無い場合、簡単なアドリブが入ります。
過激な表現は修正が入ります。
●目的
特にありませんが、能力者は調査すれば従魔見つけ倒すことができます。倒さなくてもペナルティはありません。
英雄は台詞多めの邪英化RPをお願い致します。
目が覚めれば能力者・英雄共に『ほとんど』忘れてしまいます。
●舞台
・仮想世界の水族館、または水の無い水槽の中。英雄側には街があり人が居ますが、能力者側には暗い空間しかない。
・英雄と能力者(偽)、能力者は互いにガラスの反対に居り、能力者は英雄と能力者(偽)が見えますが英雄からは能力者は見えません。
・能力者は同行した仲間と同じ場所に居り、互いにコミュニケーションが取れます。
・邪英化した状態で望めば英雄同士もコミュニケーションが取れますが、まともなものではありません。
・能力者側は望めば、特殊抵抗によるロールで従魔を見つけることができます。
・能力者側はリンクせずに、そのままの姿でリンク状態のスキルを使用可能です。
●敵情報
とあるたいしたことの無いイチ愚神から放たれた一体の従魔の思念体。ミーレス級(Lv.1)。
エイの干物ような姿の従魔×3。3mほどで宙を素早く泳ぐ。
催眠が得意だが、悪夢の世界では物理で戦う。
●PL情報
VR世界のふりをした従魔の催眠による世界です。
愚神によりリンカーたちを調べる為に作られました。目を覚ますと少量のライヴスが減っています。
●注意事項
・依頼後に軽傷を負います。
・「英雄が意識下で思う邪英化」であって本当の邪英化ではありません。誰かわからない愚神に従っているような気分になって英雄自身の意思で暴走しています。(悪役RP推奨)
・邪英化と愚神は違います。ゆくゆくは愚神化するかもしれませんが、今回は愚神の配下状態の邪英化です(ルール>邪英化ルール参照)。
リプレイ
●拒絶
ここは、どこだろう? ゲームの中の世界だと聞いたからもっと楽しそうな場所を想像したのだけど、空は曇り、町は……普段親しんでいる自分たちの町によく似ている。
桃色の髪にリボンを着けた少女、ザフル・アル・ルゥルゥ(aa3506hero001)は見慣れたよれよれの白衣を見つけて紫色の瞳をキラキラと輝かせた。ぼさぼさの髪に狸の耳と尻尾、丸めた背中の覇気の無いその男は彼女に名前を与えてくれたパートナー、鵜鬱鷹 武之(aa3506)だ。いつもは外に出たがらない彼が一人で歩いているのを嬉しく思い、ルゥルゥは彼に手を伸ばして……その手が軽く払われた。
「え……」
「──もうお前の相手は飽きたんだよ。『名無しの英雄』さん」
覇気のないいつもの武之の瞳が酷く冷たい。その瞬間、寒気が『彼女』の全身を駆け巡った。
「……あ──」
声がでない。喉になにかが張り付いて、呼ぼうとした『なまえ』が奪われた。
「……あ、れ……?」
「全く……七面倒臭い事になってるな」
武之は目の前のぶ厚いアクリルガラスを軽く叩く。能力者とは言え、人間である彼には壊すことはできない厚さだ。ガラスの向こうには見慣れたボサボサ頭の覇気の無い自分が、彼の英雄と何やら話している……いや、何やらではない。彼の知る限り、ルゥルゥを一番傷つける態度を取っている。
武之は周りを見渡した。水族館の中のような薄暗い室内。壁の代わりに床から天井まで届く厚いアクリルガラス。目を凝らせば一緒に依頼を受けた何人かの能力者が焦ったようにガラスを叩いている。
──これが、『英雄の戦い方』とやらを見るための仮想空間か。悪趣味だな。
まあ、研究を目的にした仮想空間ならば害は無い、だろう……が。
「……あー、だるぃ……」
クズを自認する武之は、仕方なく厚いガラスの前に座り込んで状況を見守ることにした。
「おまえを廃棄する」
「……」
パートナーである奈義 小菊(aa3350)の言葉に青霧 カナエ(aa3350hero001)は言葉を失った。小菊の暴言はいつものことだが、今日はいつものそれとは違う気がした。
──ああ、瞳だ。
小菊の瞳は冷たく、それで自分はほんとうに『破棄』されるのだとカナエは知った。
途端に、カナエの中で何かがカチリと目を覚ます。
『廃棄』。
英雄となって失ったはずの記憶の隅に残る言葉。一番嫌な、絶対に言われたくない言葉。
カナエの中に怯えと恐怖に彩られた感情が蘇った。
「もう俺は、お前の期待には応えられない」
八朔 カゲリ(aa0098)の言葉にナラカ(aa0098hero001)は僅かに眉をひそめた。
『その強き意志を伴う悟り、その歩みで魅せてくれ』。それが、ふたりが交わした誓約。ならば、この言葉は誓約の否定に他ならない。
「そうか」
ナラカは答えた。
だが、神鳥を自称するナラカが彼を「覚者(マスター)」と呼ぶのは伊達でも酔狂でもなく、今、ここで誓約を否定されても、ナラカは彼を信じた――いや、『八朔カゲリ』を見定めた己が選択を。
――二人の絆とは一方通行、覚者が歩む道を神威が光で照らす物なれば。
しかし、唐突な言葉に誓約の枷が外れるのを感じる。
──有り得ないが――ああ、ならば良かろう。覚者が私に応えられぬと言うなら、人類普遍で試してやろう。
「何者かは知らぬが、それが見たいのだろう?」
見えぬ存在に向かって彼女はわらう。
花びらや蝶の形のライヴスを優雅にまとった愛らしい少女が笑った。
「原罪の浄化は諦めるわ。だから貴方はもういらない」
アクリルガラスの向こうの光景に、言峰 estrela(aa0526)は悪辣な笑みを浮かべた。
「これは……何の冗談かしら?」
自分とそっくりの存在が、彼女が決して口に出さないおぞましい言葉を吐いている。
「このワタシと同じ姿を騙って何を言っているの?」
俯いたエストレーラの手が小さく震える。それは、哀しみではなく怖れでもなく。
「ワタシは絶対にそんな事言わないッ……! 全てを犠牲にしてでもソレは達成すべき悲嘆であり救済なの。ワタシが……? 何を言ってるの貴方? 誰だお前は?」
それは身体を震わすほどの激しい怒り。可憐な姿に似合わぬ歯軋りの音を立ててエストレーラは彼女の英雄に告げた。
「……殺しなさい、キュベレー」
「了解だ」
キュベレー(aa0526hero001)は頷いた。しかし、それはガラスの向こうのエストレーラに答えたわけではなかった。
目の前に立つ契約を交わして『いた』少女の拒絶に対しての了解。
キュベレーが引き抜いた双剣があっさりと少女を貫いた。
──いらないと言われたのであればこちらもいらない。故に殺す。それはキュベレーにとって何の変哲もなく当たり前でごく自然な行動。特に込める感情などはない。目の前にあるから、さも当然とばかりに斬って殺した。ただそれだけ。
「よくやったわ、それでこそ貴方よ」
そして、エストレーラは──目の前の自分とよく似た『ソレ』の死を、微笑みながら喜んだ。
そこは古い教会だった。いつものようにパートナーの真壁 久朗(aa0032)の傍でその建物を見上げていたセラフィナ(aa0032hero001)だったが、ふと違和感を感じて隣の久朗を見上げた。教会を見上げる久朗に微かな違和感を感じたような気がしたのだ。けれども、それは突然の久朗の言葉によってセラフィナの脳裏から吹き飛んだ。
「俺はお前と一緒には生きられない」
教会を見上げたまま彼は言った。
「一心同体であっても、やはり異世界の人間と共に生きていくのは無理だ。──それに姿形が永遠に変わらないなんて、気持ち悪いだろう、そんな奴」
セラフィナの緑の瞳は星を散りばめた天の川のように美しい。その輝きが、曇る。
「……星空の下で僕の事を話した時、一緒に生きようって、お前は他の奴らと何も変わらないんだって……言ってくれたじゃないですか……」
孤独を嫌う英雄は見えない涙をひとつ、言葉と共にこぼした。
「な、なんでそんな事を……言うな、絶対に言うな!」
アクリルガラスの前で叫んだ久朗の言葉は届かなかった。
彼の目の前でセラフィナがわらった。それは、彼の知る英雄の穏やかな笑顔ではなく……、久朗に背を向けてセラフィナはゆっくりと教会へと入って行く。そして、久朗の怒りを込めた視線の先で、偽物の『久朗』は群がる羽虫が散るように消えた。途端、まるで映画のようにガラスに映る風景がセラフィナを追って教会の中へと動く。それで、久朗はそれが単なるガラスを隔てた空間ではないことに気付く。このガラスを破っても英雄の元へは辿り着けないのだ。
●暴走
血を噴き出して崩れ落ちる『それ』をキュベレーはただ眺めた。
──こんなものか。
『それ』は倒れると血をぶちまけ……虚ろと化した紫の瞳とキュベレーの目が合う。
瞳だったものにすでに意思の力はなく、視線は絡まない。
「……お前がこんなにも弱かったとはな」
それも当然だ。人ならざる業を内に秘めていようとも人である事に変わりない。斬れば裂けるし、突けば穴も空く。それは、なんの不思議もない、ごく当たり前の事だ。
──何時にも増してお互い短絡だったな。
今さらながらにキュベレーは不思議に思う。と、彼女を縛る声が聞こえた気がした。
「ああ、そういうことか」
キュベレーは一部を理解する。この結末は何者かの力が介入してのこと。
──互いに本心では無かったにせよ。であれば仕方あるまい。
『いずれにせよお前は死ぬ運命だったのだ』
声に出さない最後の言葉を視線に込めて、一瞥ののち、キュベレーは歩き出した。
愚神の支配が及んでも、キュベレーは何も変わらない。……彼女の中では、元から自分と愚神たちとの差などないのだ。
名前を奪われた少女はぼんやりと立ち尽くしていた。
「『 』……」
いつの間にか目の前から消えたパートナーを呼ぼうと口を開くけれど、そこから漏れるのはただの吐息。空白。
だらしなくて手のかかる、心配な彼の世話をしなきゃ! でも、どうやって? 名前すら知らないのに。
英雄としてこの地に現れた時、曖昧になった記憶が混乱して、どこからか意地悪な悪魔が囁く。
いわく、お前はもう捨てられたのだと。
いわく、「名も無いお前に存在する価値は無いのだ」と。
それは、愚神の声だったのかもしれない。
「ねぇ……『 』の名前を返して?」
少女は一歩、歩き出す。
「『 』の事を呼んで!」
歩く、歩く。突然叫ぶ少女の姿に周りの人々が振り向く。少女は段々駄々をこねる子供のように声を荒げる。
「『 』から貰った大切な名前なんだよ! 『 』に返して!」
焦り、そして恐怖が、少女を蝕む。声が、名前が、呼べない。側に居た人影が、混乱する少女を心配して声をかけた。
「どうしたの? 『おじょうちゃん』?」
途端、少女の恐怖は頂点に達した。
「違う……違う……違う!! それは『 』の名前じゃない! 『 』の名前を返して!」
心が悲鳴を上げる。錯乱した少女がいつの間にか手に持っていた剣を振るう。
「いやだよ、いやだ! ─────『 』を見て! 呼んで! 愛して!!」
赤い血だまりの中、少女の声に答えられる者は、もう、誰も居なかった。
「俺が今以上に強くなるためには、お前じゃ駄目なんだ……お前は不必要なんだ」
防人 正護(aa2336)の言葉にアイリス・サキモリ(aa2336hero001)は、ただただ呆然とした。その隙に正護の姿を模した何かが霧散したことなど気が付かなかった。
「……妾、必要ない子なの……」
膝をついて呆然と呟くアイリスの肩を優しく抱く手がある。
「あやつはお前を見捨てたのじゃ」
優しい手はあやすようにアイリスの背中をさする。
「わ……私は悪い子だから?」
「お前は悪くないぞ」
「私が出来損ないだから……?」
「おぬしは間違ってはおらぬ……」
それは、自身を否定するアイリスを慰め、認め受け入れ続けた。
「私は……」
「おぬしは……」
────何を望む?
膝をついたアイリスを抱くのは、彼女自身の手だ。紡がれるのはどちらも彼女の口から零れる言葉、のはずだった。
「……、……いらない」
立ち上がるアイリスの肩を抱くもう一つの手。仮想空間に生まれた幻影。
「私を否定するこの世界なんて」
そこに居たのは陽炎のようなアイリスそっくりの姿。けれども、それは顔を上げたアイリスの髪に口づけるようにそっと彼女の中に溶けて消えた。
『……必要ない、拒んでやる!!』
重なった声が、決意を吐き出す。
──そうじゃ……それでこそ我が愛しの……アイリスじゃ……。
囁くのは、過去の記憶に棲む人格。かつて世界を破壊したと自称する獣、アイリスの血の人格を記憶する『殺女』。
剣先のような白の入った花びらで彩られた髪をなびかせて、曇り空の下、街を駆ける。
──見える世界全てを叩き壊し、望むべく世界を作り直すために。
「おぉ、愛しのアイリスよ……妾が、妾等が望みし世界はどんなところじゃ?」
「……」
アイリスの大型ブーメランがあっさりと人々の首を薙ぐ。
「おや?」
殺女が何かに気付き、アイリスは空に視線を移した。
黄金の翼を広げた着物姿の妙齢の女性がビルの上から下界を見下ろす。ナラカだ。成長したその姿は、翼、羽根の一片に至るまで、彼女のすべては不浄を祓う力に満ちていた。そして、彼女の視線の先では英雄たちが愚神のごとく暴れまわっている。
「ふむ……他の者等が躍起になっているならば、態々私が行う理由もあるまいて。今こそ試練の刻なれば、目前の脅威に抗って見せるが良い」
己の変化をナラカは感じていた。彼女は今、何者か……恐らく愚神の支配下にある。噂に聞く邪英化、というものに近いのだろうか。経験の無いナラカにはわからない。だが、今、彼女は彼女の信念の下に動いている、つもりであった。そう、いつもと変わらない。『不撓不屈』を持つ者こそが彼女が認め愛する『人間』。それを見定める姿勢が、今までの傍観から裁定へと変わっただけなのだ。それを識るためならば、愚神の支配下であることなど些末なことなのだ。そう思えた。
「人ならば、絶望など自ら踏破出来る」
そう信じるがゆえに彼女には加減などなく、ナラカの落とす黄金の浄化の焔に焼かれた人間たちへ温情も哀れみも無かった。
「ああ、抗う事に力の有無など関係ないのだから。故に如何か、助けを乞うだけの無様さなど見せないでくれ。……なあ、私に人間賛歌を謳わせてくれよ」
そんな彼女へと鋭い爪が振り下ろされた。いつの間にかビルへと登ったアイリスである。
「……神の名を冠する娘よ、妾がかつて滅ぼした世界に神など存在しなかった。されど異界に渡り、邪と化しえる世界……。この好機……逃すわけにはいかぬ。一度神なる者の味を占めてみとぉてな? 妾等を縛るものはいらぬ。本能と本能で交えてみぬか?」
殺女の言葉にナラカの口元に笑みが広がる。
「私に挑むか、それも良かろう。太陽に挑むその愚かさ――いやさ、その意志と覚悟を試すのも悪くない」
ナラカの目の前で、アイリスの身体がナラカを超える巨大な銀狐へと変化する……。
「愛してやろう、いと小さき者よ。届かぬならば灰燼に帰すのみと知れ」
愚神の支配下にあろうとも、ナラカは変わらず万象を遍く照らす光、『神々の王を滅ぼす者』と謳われし神威の鷲であった。その意志は太陽のごとく……耐えられぬのならば、焼き祓われるのみ。
世界を食らった妖狐は自らの肉体を血で染め上げ、屍の山を踏みつけて、舞い上がった神鳥へと飛び上がる。研ぎ澄まされた牙が鳥の足を狙う。
未曽有の災害に怯える人々を、セラフィナは教会へと匿った。カタカタと怯える人たちをそっと見守る。
────僕は壊す力なんて何も無い。
「皆さんあちらへ避難して下さい!」
セラフィナの誘導によって、街の多くの人々が教会で身を寄せ合った。突然の焔、妖狐、暴れる愚神のようななにか。神の名を呼んで震え祈り涙を流す人々をセラフィナはただ眺めた。
「大丈夫です。神が救って下さいますよ」
震える人の背を撫でて、怪我で苦しむ人にはケアレインをかけて癒す。
「あ、ありがと……」
「神の御業ですよ」
セラフィナの言葉にたくさんの人たちが救われた、ように感じていた。
コンコンと遠慮がちにドアが叩かれ、セラフィナがそちらへ向かう。
「ああ、待っていたんです」
セラフィナが大きく開いたドアの向こうには双剣を下げたオメガ・ブルーの髪の美しい青年が立って居た。次の瞬間、駆け出した青年……クリフによる虐殺が始まった。
「なんでっ、なんでっ!」
誰かの声に、セラフィナは答えた。
「良かったじゃないですか、天国に行けて」
──貴方達には死という救済が神から与えられているじゃないですか。でも、神様は僕の事を救ってはくれなかった。
愚神の導く暗い思考がセラフィナの心を捻じ曲げる。
「誰もが僕を置いて逝ってしまうなら……みんな、死んじゃったらいいじゃないですか。どうせ、簡単に死ぬんでしょう? 僕にはどこにも居場所が無いんです。──誰の側に置いて貰っても、いずれ死んでしまうから」
暴れるクリフの剣先が切り飛ばした蝋燭が、炎を広げた。
はっと気づいたセラフィナが炎に巻かれてのたうつ人影へと駆け寄る。すでにクリフの剣によって負った傷は重く、炎から逃げ出すこともできないようだった。
「痛いですよね、苦しいですよね、死にたくないですよね……もう少し……生きていたいですよね?」
セラフィナの放ったリジェネがやんわりとその人影を癒す。しかし、それはただ悪戯に痛みを長引かせるだけであった。
「ころし……て」
苦し気な声に、セラフィナは困ったように答えた。
「やだな……僕に命を奪うなんて罪深いこと出来ませんよ」
──僕が愚神の配下ならば何をする?
カナエはひとり、グロリア社関連施設を目指した。
目的は、H.O.P.E.及びグロリア社によって今まで集められた愚神や従魔のデータ抹消と、最新のAGW武器の研究データの破壊および完成の阻止。
「H.O.P.E.の方ですか」
施設の人々はなぜかカナエを疑わなかった。手順を踏まずに、すでに『エージェントとして警備に勤める』そういうことになっていた。その不自然さに、普段は気付くはずのカナエは気付かない。
警備のふりをして忍び込んだ部屋のPCを操れば、サーバールームや管理棟の情報を引き出すことができた。
「……ここか」
──僕を廃棄だって? 許すわけない。ゆくゆくは愚神に、否、それすら越えて消せぬ存在になってやる。
カナエの想いに反応したかのように、開いたドアの向こうには数人のエージェントが居た。なぜかまだ共鳴をしていない。
「……」
ファストショットが能力者を捕らえる。味方からの襲撃に狼狽えたエージェントたちが、構える前にカナエは次々に能力者目がけて熱い銃弾を差し入れ、言葉を奪った。
パートナーを失った英雄たちが怒りを込めて何事かを叫ぼうとした。しかし、今のカナエにはその言葉すら無駄なものだった。AGWの銃弾が英雄たちも貫く。
──セキュリティ破壊。データ記憶媒体は全て破壊……。警備が来るまでに目的を達成すればいい。
主任と思われる研究員を撃ち取る。データを壊す。それだけではなく、その場にいる者は全員射殺対象。
逃げる研究員たちに向けてトリオを放った瞬間、カナエの中に違和感が生まれた。
●従魔
「スキルが使えるな。未だリンクしている状態ということだ。カナエの大馬鹿者、さっさと気付かんか! おまえは『私の』役に立たねばならんのだ!」
目の前のアクリルガラスを殴った小菊は、カナエへ声が全く届かないことにほぞを噛む。
──このくそくだらん硝子の壁を撃ち砕いてやるぞ。
激怒した小菊は硝子に向って15式自動歩槍を連射した。弾丸が、ガラスへとめり込む。それだけだった。
怒りを感じているのは小菊だけではなかった。レーヴァテインをガラスに叩き込むのはさっき傍観を決め込んだはずの武之だ。
「んなのお前らしくないんだよ。ルゥ! やめろ!! 俺の声が聞こえないのか!」
しかし、神の文字が彫られた剣でさえ、その壁を傷つけることはできなかった。
「さて……」
暗い空間にエストレーラの声が響く。さっきまでとは打って変わり、そこに居るのはいつもの彼女だった。
「この面白い茶番を貴方はどう見るかしら?」
「これが夢なら、好きにさせておけ。……言峰も見ておけば良い。アイツの英雄の枷から外れた真実に近い姿を」
話しかけられたカゲリはいつもの冷静さを欠くことなく淡々と答えた。エストレーラは笑顔を浮かべる。
「珍しい見世物ではあるけれど、趣味が悪いし何よりも不快よ」
「……取り敢えず、元凶を如何にかしないとな」
カゲリの視線を受けて、セラフィナの変化に戸惑いを浮かべていた久朗に冷静さが戻る。
「俺達の意識がまだあるならアレは本当の邪英化ではないのだろう。第三者の干渉に寄るものか……? なら、何処かに原因となる奴がいるはずだ」
久朗の言葉に、カゲリは頷く。
「九朗、頼む。見つけさえ出来れば、後は殺すだけだ」
「それと、悪いけど戻ったらあの青年を殺すわ」
エストレーラは自分たちをこの悪趣味な世界へ放り込んだ依頼者の青年を思い出して、宣言するようにそう付け加えた。
目を閉じ、意識を集中した久朗と正護が同時に天井を見上げる。
「やはり、従魔か」
間接照明のようなぼんやりとした青い光の中、ゆらりゆらりと蠢く三メートルほどの影が三つ。
「エイか? どうやって倒すか、だが」
「そうね、AGWも使えるようだし?」
正護は弾丸が撃ち込まれたアクリルガラスを指差すエストレーラの言葉に、小菊を見た。セーラー服の少女は15式自動歩槍を構える。試しに手を翳す正護。ウィザードセンスは正しく発動し、彼の魔力が高まる。
「これは……」
頷き合う能力者たち。
小菊のトリオが三体の敵を射貫く。攻撃に気付いた従魔たちは旋回しながら彼らの方へと降りて来る。
「……こわい……」
近付く従魔の姿がはっきり見えるとリーナの顔が引きつる。以前、番組で見た。昔ながらの宇宙人のような貌をしたエイの干物にそっくりだと思った。
「リーナ、戦えるか?」
久朗の言葉に、青ざめたリーナは笑って見せた。
「スキルが使えるのなら、わたしはクリフと戦っているということ。なら……大丈夫です」
細腕に似合わない大剣を危なげなく構えるリーナに、エージェントたちは己の武器を改めて構えた。
カゲリがライヴスショットを放つ。ぐるり、従魔が長い尾を引いて大きく沈み込んで攻撃を仕掛けてくる。エイに似た巨体へ向けてエストレーラが縫止を試みる。
「変な気持ちだが、身体は共鳴した時のように動くな」
ジェミニストライク。現れたもう一人のよれた白衣を羽織る武之。完全に落ちたグロテスクな海の生物を両側から斬りかかった。辺りを震わす音にならない絶叫に、エージェント達はそこが透明な液体で満たされていたことに気付く。
「俺たちを水槽に閉じ込めたつもりか」
黒いトレンチコートを翻し、カゲリの二挺拳銃が連続で弾を吐き出した。
一匹の従魔が針のついた尻尾を振り回す。けれども、続けざまに突き出された久朗のグラーシーザの闇の刃がその尾を刎ねた。
正護が放った銀の魔弾がその体長に比べて薄っぺらな従魔の身体を突き破る。
そして、リーナが細腕で双剣を叩き込み、小柄な身体に干将・莫耶の双剣を持ったエストレーラが踊るように軽やかに刺し貫く。
「舐めるのも、いい加減にするんだな」
抵抗の無い液体の中、威力を高めた小菊の弾丸は最後の従魔の歪んだ顔を撃ち抜いた。
同時に、あれほど頑強だったアクリルガラスが吹き飛ぶ。
外に映っていた景色はガラスと共に弾け飛び、流れ出す無色透明な水の代わりに黒い闇が流れ込む。
●帰還
「僕がこの力を使える理由は」
カナエは息を飲む。そうだ、自分がこのような力を振えるのは共鳴しているから。ひとりじゃないから。
「──小菊がいるから」
その瞬間、カナエを取り巻くすべての風景が音を立てて崩れた。
闇。
しかし、カナエはどこへ行けばいいのかはっきりとわかっていた。
離れているように感じるけれど、自分たちは確かに共鳴している。
闇の中、正護は手を伸ばす。それは正確に狐の脚を掴んだ。
「No body's perfect。誰も完全じゃない……強いだけの能力者に価値はない。英雄の力が必要だ。それを教えてくれたのは……お前だろ、アイリス」
ずるり。正護の手の中で、巨大な妖狐の脚が細い女の腕へと変わる。
──妾もまたアイリスであり、菖蒲であり、殺女である……故に妾はアイリスの望みそのものを欲す……。ぬしにとってのこの世界は何なのじゃ……アイリス?
殺女の囁きに、アイリスは薄く目を開ける。
「わらわ、は……わたしは…………、……」
酷く疲れている。瞼を押し開けたそこにも闇が満ちている。けれども、手首に伝わる温かい熱。そして、いつの間にか見慣れたパートナーの顔。
「みんなのところに、帰りたい……」
それが、アイリスの答えだった。
ぼんやりと闇を漂っていた少女の襟首を、誰かが力強く引っ張った。白いよれよれの白衣と、ぼさぼさの髪。それから。
「ザフル・アル・ルゥルゥ!!」
武之はルゥルゥに向かって叫んだ。
「俺がお前にくれてやった名だ!! 二度と忘れるな!!」
「『武之』」
呼ばれて、反射的に口から出たパートナーの名前をルゥルゥは嬉しそうに噛みしめる。
「ザフル・アル・ルゥルゥ! 武之から貰った大切な名前───」
●……。
「はい、お疲れさまでした」
ぱちんと手を叩く音でエージェントたちは目を覚ました。──頭が、酷く重い。
「途中でトラブルがありまして、少し時間がかかってしまいました。お疲れでしょう」
白衣を着た職員の言葉に、彼らはゆっくりと頷く。
「あちらの世界での戦いぶりは見事でした。今後の参考にさせて頂きますね」
その言葉に、彼らの脳裏にいつもの戦いが浮かぶ。そう浮遊する不気味な化け物と戦ったのだ。
「それでは、これは皆さまへのお礼のお金とちょっとしたお土産です。いえ、研究室に大量に届いたつまらない箱なんですけどね。これを見て今回の気持ちを思い出す切欠にして頂ければなと思いまして、気持ちを込めてご用意させて頂きました」
──それはシンプルな木箱だった。掌に余るくらいの大きさでカラカラと音がする。それを職員の男は英雄ひとりひとりの掌に握りこませるように丁寧に渡して行った。
「……」
すっと身を引いたキュベレーに変わって、男はエストレーラの掌にそれを握りこませる。その瞬間、エストレーラの背筋にぞわぞわとした激しい嫌悪感が走った。
────悪いけど……殺すわ。
脳裏に自分の声が響き、はっとする。
「さあ、皆さま、それでは外に車を待たせておりますので」
声と同時にドアがパタンと閉じた。閉じる瞬間、エストレーラの視界に今まで居た部屋の『システム』が映る。それは電源ケーブルすら床に投げ出されて繋がってさえいなかった。目を見開き、何か言おうとしたその瞬間、彼女の意識はまた途切れる。
●夕焼けのもとで
見事な夕焼けの中、彼らはぼんやりと自分たちを送ってくれたバンを見送った。それが遠のくにつれ、重かった頭がだんだんとすっきりしてくる。車内で少し休めたのだろうか────あまり、記憶は無い。
がばり。突然、ルゥルゥが武之の腹部に小さくタックルをかけた。
「うぉっ!?」
不意打ちにバランスを崩しかけたところをなんとか踏みとどまった武之の腹部で、ルゥルゥが遠慮がちにシャツを掴んだ。
「何? 暑いんだけど……?」
「…………えへへへ……何でもないんだよ。でも、今はこうしていたいんだよ」
「……いや、だから暑いんだって……何なんだよ……ったく」
小さな手がきゅっとシャツを握りしめたのに気づいて、武之は撫でたとわからないほど雑に、しかし優しくルゥルゥの頭に触れた。
そんな武之たちの光景を目にしたセラフィナが大きく息を吐き出す。張り詰めていたなにかが少し解けたような気がした。
「なんだか長い夢を見ていたような気がします」
まだ、胸に黒く重い何かが残っているような感じがする。だが、それも数日経てば消えるような気がした。この気だるい疲れとともに。
「俺もだ。あまり思い出したくない感じがするが」
セラフィナの美しい緑眼の輝きが僅かに曇っていることに気づいて、九朗も頷く。
他のエージェントたちも似たようなぎこちなさから少しずつ解放されていく。
「……くそ、なんだこれ」
不快そうに、クリフがずっと握っていた小箱を翳す。同時に数人の英雄たちが目を反らした。
「『記憶の箱』?」
箱に小さく印字されたそれを読み上げ、クリフはそれを足元に叩きつけた。途端、木箱は脆く弾けて、誰かが息を飲む。
「……珊瑚?」
だが、中からは小さな砕けた珊瑚の欠片が、くるくると転がり出るだけだった。それを見て、なぜか一同は安堵を覚えた。
不快そうに珊瑚を蹴り飛ばすクリフから目を反らし、小菊はカナエを見た。
「安心しろ。おまえはしばらく手元に置いておく」
唐突な彼女の言葉に、カナエは目を見開く。
なぜ、そんな言葉を言ったのか小菊自身もわかっていなかった。けれども、今、カナエに言わなければいけない気がした。
────は、き、スル……。
何者かの声が聞こえた気がしたが、カナエは静かな瞬きと共にそれを払った。
「……それでも僕は、あなたについていくんでしょう」
カナエの整った顔に宿る無気力とも見える陰に小さな光が過った。それは、単なる夕陽のかけらだったのかもしれない。
蹴り飛ばされた珊瑚とともに一同の胸の靄はだいぶ晴れた。……そしてなぜか、それぞれが夕陽に浮かぶ自分のパートナーの姿をその胸に焼き付けた。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
---|