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最終発言2016/03/10 07:57:37 -
エッグタルト【相談卓】
最終発言2016/03/10 22:06:58
オープニング
●香港の日常
香港九龍支部で開催されるHOPE国際会議。その開催予定日は刻一刻と近づきつつあった。
道行く人たちはどこかせわしなく落ち着かない様子で、誰もが忙しそうに感じられた。
商店や飲食店、宿泊施設などは会議中のかきいれを当て込んで準備に余念がなく、メディア関係者は早々に現地入りして取材の下準備に大忙しで、現地の住人らも開催期間中の喧騒を予想してどこか落ち着きが無いようだった。
そんな非日常の気配迫る中でも、変わらないものがある。
「ああっ、ご覧下さい! 大きな従魔に今武器が振り下ろされました!」
リポーターがひっくり返った車の裏でまくし立て、カメラマンは腹ばいになりながらカメラを向けている。画面の中では、エージェントが大剣を振り回し、白黒模様の熊のような従魔と戦っている。
「街のど真ん中で……暴れないの!」
エージェントが振り回した大剣が従魔をなぎ払い、塵に還す。
そう、彼らエージェントにとっては、そんな非日常こそが日常なのである。
「っていうのはわかるよ。そりゃそうだろうさ!!」
急遽呼び出され、休暇を台無しにされた刑事はわめいた。その視線の先には少年が2人、悠然と歩いている。そこらじゅうの建物や看板を無造作になぎ払いながら。
「だからってなんで俺のエッグタルトって叫びながら町を破壊してんの!? あのヴィラン共!!」
●部下の話
アジアの富が集まる場所。アジアの小さな町にある某カジノではブラックジャックがギャラリーを集めていた。何せチップが山積みの中での一騎打ちである。
「ヒット」
ディーラーからカードが渡される。緊張の中、初老の男はゆっくりカードをめくった。キングが現われる。
途端にどよめきとため息がギャラリーから上がった。
「ブラックジャック……!」と。
山のようなチップが男の方に押しやられる。男は立ち上がると優雅に一礼してのたまった。
「このお金でエッグタルトを買占め、マカオにいる皆さんに配りたい」
●次の焼き上がりまでお待ち下さい
「と言うわけです」
「いや、わかんねえよ! 頭のイカれたラッキーマンがエッグタルト買い占めてばら撒くと暴れんのか。……おい、避難ルートはBを使え。こっちに来て10年になるが、救急搬送のヘリは呼んだか? 教会開けてもらえ。地下室のあるやつな。聞いたことねえよそんな病気!!」
休暇を邪魔されてよほど頭にきているのか刑事がわめく。わめいているあいだに指示まで飛ばすのだから忙しい。
「いや、だから犯人の要求はエッグタルトなんですって。要は遅くに来たからタダのエッグタルト食い損ねたんです」
「じゃあ、もういいからエッグタルトやって落ち着かせろ。逮捕は後でいい。とにかく破壊活動を止めねえと」
「言いませんでしたか? 買い占めてばら撒いたって。今、この町にエッグタルトは1つもありません」
「香港で調達すりゃいいだろ」
「あそこは今、お祭り騒ぎですよ。エッグタルトだって品薄です。第一、次の焼き上がり待ったほうが早いです」
「次の焼き上がりは?」
「17:00です」
「1時間も待てねえ。今の勢いのままだと観光資源丸つぶれだぞ。HOPEの応援要請は」
「人手不足で時間がかかると」
「拡声器でもネットでも使ってリンカーに呼びかけろ。ヴィランのバカが2人暴れている。とっ捕まえたら HOPEから賞金プラス警察から表彰状がもらえるってな」
「賞金はともかく、表彰状欲しいですかね」
「何を言う」
刑事は真顔で言った。
「俺はそれが欲しくて刑事になったんだ。しかし、……妙だな」
エッグタルトのことを誰から聞いたんだ? あいつらが動き出したとき、ネットにはまだ流れてなかったぞ。
●唆す
「あらあらエッグタルト食べられなかったの? 残念ねえ」
その女は俺に言った。不自然ほど真っ赤な爪が目に痛い。
「あなた、バカにされてるんじゃなあい? エッグタルトも取っておいてもらえないなんて」
だったら俺の力を見せてやる。
「あの刑事、うるせえな。殺すか」
少年は刀を握り直すと、近くにあった鉄製の看板を一刀のもとに斬り払った。あの女がそうして見せたように。
解説
●目的
ヴィランの確保
●敵情報
リー(ヴィラン)
・15歳の少年。弱小マフィアの跡取り。わがまま一杯の信じられないほど子供みたいな性格。思い通りにならないとすぐに暴れる。親にはそのわがまま振りを疎まれているためか、教唆され易い。
能力者になったのはごく最近だが、戦いのセンスはある。主に日本刀を使う。パワーではなく技で勝つタイプ。飛び道具での攻撃にも対応でき、軌道から攻撃者位置をたどることも可能。
センジ(ヴィラン)
・18歳の男性。リーの悪友。とにかく暴れるのが好きで暴れる理由があればなんでもいい。善悪の区別はほぼついていないといっていい。肉弾戦を好む。パワーはあるが、攻撃自体は緻密。リーと同じく飛び道具での攻撃にも対応でき、軌道から攻撃者位置をたどることも可能。
???(愚神orヴィラン?/PL情報)
・上記2人を唆した女性。町の壊滅を目論む。HOPE国際会議によるリンカー不足を予想しての行動。今回、直接戦う気は今のところないが、成り行きによっては姿を現す可能性あり。逃げ足は早い。
●現場情報
香港から近い島の町。観光とカジノが主な産業。エッグタルトが名物。
町の真ん中で事件発生。死者は出ていないが、怪我人は多数出ている。大多数は避難済み。
現在ヴィランは世界遺産へ直進。障害物は片っ端からなぎ払っている状況。現場を指揮している刑事を殺すつもり。
●その他登場人物
刑事
・休暇中だったのに急遽呼び戻された。よく喚くが指示は的確。すでに町にいる人間殆どを避難させた。リーのターゲット。リーたちから距離をとって車で後を追っている。
リプレイ
●戦い前
時遡って応援要請が入る前。骸 麟(aa1166)と宍影(aa1166hero001)は絶望していた。
「どのお店も空っぽでござるな」
「もう少し早く気付いていれば只で名店タルトの喰い比べが出来たのに。オレはなんてついて無いんだ」
「いや、まだ遅くは無いかも知れ無いでござる。只なのでござるよ。只なら大して欲しく無いものでも手に入れてしまうのは人間の心理。そしてそれを持て余してしまうのもまた人間の真理!」
麟ははっとした顔をした。
「そ、そうか。余ったものをお裾分けして貰えば良いのか!」
「骸忍術MONOGOI&DOGEZA救法! 今こそこの開祖伝来の秘術を使う時が来たでござる! いざ行きましょうぞ麟殿!」
「おう! ちょっと、ローマ字なのが気になるけど、これでタルトゲットだ!」
完全なるツッコミ不在のペアである。
ツッコミ不在ペアはもうひと組。狒村 緋十郎(aa3678)とレミア・ヴォルクシュタイン(aa3678hero001)。
時戻って、応援要請直後。
「レミアに名物のエッグタルト食べさせてやろうと思って休暇までとって観光に来たってのに。何だ、この大惨事は! あのガキども、世の中舐めた真似しやがって! 報酬はきっちり貰うが表彰状など要らん、エッグタルトだ、エッグタルトをよこせ!」
「わたしのエッグタルトは、後1時間で焼きあがるのね。ヴィランども、50分で片付けるわよ! 焼きあがったタルトはわたしに頂戴。あと紅茶も添えてね。わたしのティータイムを邪魔した罪、万死に値するわ!」
両名、万死はまずいと突っ込む事など考えもしない。もっとも、似た様な考えを持つ者はまだいる。
街を、世界遺産を守るために道幅の狭い路地へと向かっているエステル バルヴィノヴァ(aa1165)だ。
「お菓子の為に街を壊してるの? 想像を絶するわね」
同行している泥眼(aa1165hero001)の言葉にエステルは真顔で返す。
「歴史地区に向かって破壊行為を繰り返しながら向かっているなんて許せません。自らの価値の無い人生で生まれた鬱憤を悠久の歴史の象徴にぶつけるなんて死に値します」
「エステル、一応相手は未成年よ。手加減してね」
こちらはツッコミ健在である。
「私もそうなんですけど」
それはまあ、そうなのだが。
なんだかんだで息ぴったりのリンカーたちだが、この2人はまだそうはいかないようだ。
「エッグタルト欲しさに暴れてるって。世の中訳わかんないやついるもんだよな」
「先に行くから」
白瑛(aa3754)の言葉は素っ気無い。
「俺を置いてくなよ!」
倭奏(aa3754hero001)が慌てて後を追う。
(シロともそれなりの付き合いになるんだけど全然打ち解けようとしてくれないんだよな)
だが、今は悩んでいる場合ではない。
「シロ。まずは現場で逃げ遅れた人がいないか調べよう」
「なんで敵がいるのにそんなこと」
「一般人が周りにいたら思いっきり戦うなんて出来ないだろ?」
まずは目の前の事件を解決しないとな!
●依頼開始
「いったい、どういう事情だ」
真っ先に応援要請に気付き現場に向かったカトレヤ シェーン(aa0218)が叫ぶ。現場はもうすぐだ。
「エッグタルト達がピンチなのは間違いないのじゃ!」
王 紅花(aa0218hero001)が応える。広義的には間違ってはいない。
「あいつらだな。今回の敵は……おい。刑事を狙ってねえか!?」
2人はスピードを速めた。今まさに斬られようとしている車の脇をすり抜け、素早くリンクする。間一髪、火之迦具鎚がリーの刀を受け止めた。
「ここは俺達に任せろ。避難指示を頼む」
「助かったぜ。おい、スピード上げろ。世界遺産の方に回れ」
「はい」
刑事を乗せた車が加速する。
「そうそう。あんまり前線には出ないようにして頂戴。戦闘に巻き込まれたらマズいでしょ。あなた人類にしてはそれなりに有能みたいだから、その辺は弁えてるでしょうけれど」
ヴィランの向きとは反対側に位置していたレミアが通り過ぎる刑事たちに言う。こちらも既にリンク済みだ。
「実に同感」
刑事が返事する。
「えらく尊大な割りに腹は立ちませんね」
部下の言葉に刑事は真顔でうなずいた。
「新たな扉を開きそう」
「閉じてください」
その直後、現地入りしていた白瑛と倭奏によって動けない一般人がひとまず戦域にいないことが確認された。他のリンカーたちも既にそれぞれの位置についている(ひと組除く)
準備は整った。
●依頼遂行
「お前らどういう事情で暴れてんだ」
素早く飛び退いたリーにカトレヤが問う。
「散々言ったろ。タダでエッグタルトが欲しいんだよ」
返事をしたのはセンジだった。横を通り過た刑事たちなど、見向きもしない。
「てぇめらが暴れるから、エッグタルトどころじゃねぇんだよ」
カトレヤが振り落とした火之迦具鎚をリーとセンジが左右にジャンプしてかわす。リーが着地した場所へとリンクした白瑛が踏み込んだ。リーは刀を抜き、白瑛へ斬り込んだ。白瑛はそれを釵で受け流すが、思いのほか剣撃が重く、交代を余儀なくされる。代わりにカトレヤが割って入った。
「俺どーしよっかな……うおっと!」
霧島 侠(aa0782)のアサルトライフルでのフルオートを背に受け、センジは素早く振り向いた。侠へと地を蹴る。侠は「当たらん」とこれ見よがしに銃を落とし素手の構えで手招きして挑発。
「当たってんだけど。ま、どうでもいいか!」
挑発に乗るも、レミアのオーガドライブを帯びたブレイブソードの一撃で阻まれる。センジは腕をやられ大きく下がった。
「ちょうど本部でこれ貰ったのよね。ほんとは素手で引き裂いてやるのがわたしの流儀なのだけれど。まあ、丁度良いわ。あんたで試し斬りしてあげるから、光栄に思いなさい!」
「ケアレイ」
センジは回復すると叫んだ。
「リー! 世界遺産だ! 先に町潰す」
どうぞと言うはずもなく、レミアは斬撃を繰り出す。センジは軽く跳ぶとブレイブソードに手を置き、その手を軸に回し蹴りを放つ。その蹴りをレミアは片手で払った。痺れが手から肘まで伝わった。それでも着地したセンジへと剣を振るう。センジはそれにひるむことなく魔力を帯びた拳で剣身を叩く。その程度の攻撃では剣が傷ついたりはしないが、刀身は泳いだ。センジは大きく踏み込むとレミアの腕を掴む。だが、後退したはセンジの方だった。今まで、センジがいた地面には無数の穴が空く。侠の銃撃の跡だ。
「ふうん、ただの阿呆かと思ったけれど、戦技はなかなかのものじゃない。誰かに習ったの?」
剣を構え直し、レミアが不適に笑う。
「見よう見まね。後は経験」
再び戦闘が始まる。その戦闘を含めて侠はまわりの警戒を怠らない。今回の事件、どうもおかしい。
火之迦具鎚と刀が幾度もぶつかり、火花が散る。あまりに苛烈な戦いで白瑛は割り込めなかった。
「エッグタルトを要求しつつ、エッグタルトが名物の町を破壊してどういうつもりだ」
リーは初めてその場から動かず真正面から刀でそれを受け止めた。
「強い」
白瑛がつぶやく。
「見掛け倒しじゃ無さそうだな。次、仕掛けてきそうだ」
倭奏のアドバイスに白瑛は素っ気無く返した。
「言われなくとも」
「やってる事が本末転倒なんだよ」
カトレヤの言葉にリーは黙って、火之迦具鎚を跳ね上げた。カトレヤがたたらを踏む。すぐに立て直すが、その間にリーは間合いを詰めた。
「!」
早い。次の攻撃に間に合わない。
「こんな街中で暴れて何になるんだ? 迷惑なだけじゃないか」
今が好機と白瑛が割り込む。
「力は示せる」
「おまえ馬鹿だろ? たぶん」
(シロそれたぶん地雷だから!)
倭奏が慌てるが「今のなしで」が通るはずがない。
「そういう台詞は」
リーは刀に力を込めた。
「勝ってから言えよ!」
白瑛は身を引くと刀をくぐって、足払いをかける。リーはそれを軽くかわしながら斬り込んで来た。白瑛は身を引いたが間に合わない。リーの一撃を受け、白瑛が吹っ飛んだ。だが、あばらが若干痛いだけだ。斬られてもいない。峰を返したのだろう。加えて踏み込みが浅く、軽い打撲で済んだらしい。
「疲れてるみてぇだな。今ので戦闘不能にするはずだったんだろ」
カトレヤの声と同時に、フェイルノートがリーの肩をかすめた。かすめただけでもかなりのダメージを受けたらしい。肩を抑えてひざをつく。
「少し待てよ。焼きたてのエッグタルトが食べれるぜ」
リーはやはり答えない。肩を上下させるだけだ。やはり疲れが出たのだろう。
「エッグタルトはよ、やっぱ、焼きたてが一番」
「指図すんな!」
何が地雷だったのか、リーが怒鳴る。
「ケアレイ」
傷を塞ぎ、カトレヤへと走る。カトレヤは火之迦具鎚を構えた。リーは滑るようにカトレヤへ迫る。火之迦具鎚の一撃を辛うじてかわし、信じられないようなスピードで間合いを詰めた。刀が光る。咄嗟に火之迦具鎚を離すと後ろへ飛んだ。刃が腹部をかすめる。
「リジェネーション」
突如リーは足を止めた。
「わかったよ」
カトレヤの方など見向きもせず言う。
「また後でな。お前らは俺がやる」
リーは細い路地へと走り出した。後を追う白瑛。カトレヤは追わない。あの狭い道で火之迦具鎚は使えない。それより。
(なんだ? 今の)
●世界遺産に行かせるな
「いいよ。持ってきな」
遡って呼び出し前の事件発生直後。麟と宍影は避難区域外の街の人に余ったり食べ残したエッグタルトを分けて貰っていた。幸運なことに骸忍術DOGEZA救法は発動不要だった。
「最高だな。ここの奴らは。ん、呼び出しか?」
依頼内容を見るなり2人は青ざめた。
「大変でござる。エッグタルトが危ない」
「町が破壊されればエッグタルトが食えねえ」
2人は籠を持ったまま駆け出した。場所が場所だ。戦闘に参加できるのは最後の最後かと思いきや。
「うおっ」
運がいいのか悪いのかカトレヤに吹っ飛ばされたセンジが目の前に転がってきた。立ち上がったセンジの視線の先には籠の中のエッグタルト。
「ツレが甘党なの。それくれよ」
「そいつはヴィランだ!」
「え、こいつが!?」
侠の言葉に身を翻すと狭い路地へ走る。
「待て」
言われて誰が待つというのか。素早くリンクする。
「縫止」
振り向きざまに放った縫止は避けられたが、センジの体勢を崩した。
「海岸に誘導してくれ。こいつ、世界遺産で暴れる気だ」
いつの間に麟に追いついたのか侠が言う。
「了解」
麟はアパート(と言うよりほぼ長屋)に飛び込んだ。いちゃいちゃ中カップルの愛の巣を「ちゃんと鍵かけとけよ」と言って通り過ぎ、店が所狭しと並ぶ商店街へと入り込むハングドマンを飛ばした。投げたのはセンジよりかなり上の方向である。自分に当たらないとわかっているのだろう。センジはハングドマンを見もしないで麟へと迫る。その頭上に看板が落ちてきた。当たったところで死にはしないのだが、反射的に飛びのく。麟は身を翻して走り出す。走りながら次々と看板から洗濯物までセンジの前にタイミングよく落としていく。
「面白え!」
飛んできた看板を拳で叩き割り、洗濯物は手で払いのけ、麟の思惑通りに誘導される。
「っと!」
飛んできた看板を跳び箱の要領で飛び越え、麟へ迫ろうとしたが肝心の麟が見つからない。
「!?」
障害物に気を取られ背後に回られたことに気付かず、背後から白虎で攻撃される。センジは服を裂かれ、背中をわずかに裂かれながらも、素早く振り返って麟へ回し蹴りを入れる。麟はそれを孤月で払う。センジが吹っ飛び、近くの看板を砕いた。
「悪いが手を出すぞ」
機を見て侠が割り込む。この2人をいつまでも戦わせていたら商店街中の看板と洗濯物がえらいことになる。センジは動きを緩めることなく侠に仕掛けた。スピードにきちんとパワーが乗っている。だが、そのパワーは諸刃の刃。センジの攻撃を受け止め力を利用して投げ落し、起き上がるセンジに手刀を叩き込んだ。センジは大したパワーに見えないそれを腕で受け止めた。だが、センジは顔をゆがめ、腕を押さえて下がった。
「点穴か……。っ!」
瓦礫に隠身を潜めていた麟の白虎が一閃する。かなり深く入ったが、センジはそれでもひるむことなく、麟に蹴りを放つ。不安定な体勢での攻撃を麟は軽くかわした。
「ケアレイ」
センジの傷が塞がる。だが、疲労までは回復していないのだろう。息が上がっている。センジは無言で、再び地を蹴った。
「避難場所がどこも一杯? 教会はまだ空いてるはず。観光客!? 冗談だろ」
リンク済みのエステルがいる先には世界遺産。そばで避難指示している刑事が無線に怒鳴る。
「刑事さん」
エステルが声をかけた。彼女も既にリンクしている。
「教会を開ける必要はありません。避難場所のない方はここから先に集めて下さい。ヴィランは来ません。絶対に」
「わかった。おい、Aポイントに誘導だ」
数分後。
「ここから先はその価値を分かっている人のみが入れます。お子様は次の焼き上がりを大人しく待って居なさい」
読み通り、刀を携えたリーが現われる。普通の人間なら震え上がるような声で「どけよ」と言った。だが。
「パワードーピング」
これがエステルの答えだった。その効果はリーの後を追っていた白瑛にも及ぶ。
「言ったでしょう。子供は入れないと」
「誰がガキだ! てめえ!」
リーの剣撃を蜻蛉切で受け止める。
「ムキになる所が子供ですね。そんなに馬鹿だと誰かが道端のゴミをダイアモンドだと言ったら信じて拾い集めそうです」
リーは答えない。次々と剣撃を繰り出すだけだ。エステルもただ受けるだけではない。刀を弾き、その反動を利用して逆に攻撃をかける。蜻蛉切の柄は非常に長いためリーはなかなか間合いに入れない。激しい打ち合いが続く。
「因みにそこの生ごみはドバイの大富豪が金の延べ棒と交換すると宣言して居ました。ありえ無い? でも、世の中には町中のエッグタルトを買占めて人々に配る傍迷惑なお金持ちだって実在するんですよ。お知り合いでしょ?」
蜻蛉切の刃先がリーの手首をかすめる。
「それから次のエッグタルトの焼き上がりにはフォーチュンメッセージが入れて有って当たると無人島がプレゼントされるそうですよ。そちらが本命なのに街の人は先のタルトでお腹を一杯にしてしまって愚かですね」
「うるせえな!」
リーは大きく横にジャンプすると間合いを詰めてきた。蜻蛉切の刃先を刀で弾き、跳ね上がった蜻蛉切の柄をくぐり、エステルに迫る。
「無人島もエッグタルトも興味ねえんだよ!」
エステルは蜻蛉切を離しロザリオをリーの足へ放つ。リーは地面に手をついてロザリオを足から振り払い、起き上がると同時に刀をエステルへと跳ね上げた。
だが。
「壱の構え。山茶花!」
白瑛のヘヴィアタックでリーの体が吹っ飛ぶ。いくつも壁を突き破り、海辺へと倒れこんだ。
「ほんとに一歩も通さなかったな」
刑事がつぶやいた。
●赤い爪の女
リーが吹っ飛ばされた先にはカトレヤ。
「悪いな。手加減なしだ」
火之迦具鎚が振りかぶられる。リーも素早く起き上がりと刀を振りかぶった。カトレヤとリーの気合の声が重なる。
弾け飛んだのは―刀。そしてリー。
「まだだ!」
リーは脇差を抜いて走る。その動きは鈍い。
「もういいだろ」
白瑛のオーガドライブの一撃が脇差を砕き、続いてエステルのロザリオが白瑛の足を止めた。
「セーフティガス」
カトレヤの声と共に今度こそリーが倒れた。
「こちらは終わりましたね」
「いや」
敵はまだ全員顔を出していない。
侠と麟によってセンジは海辺の方まで追い詰められていた。それでもセンジは諦めない。2人も攻撃の手を緩めようとしなかった。
「骸熾烈拳!」
麟の攻撃にセンジが吹っ飛ぶ。起き上がった時には目の前にブレイブソードを振りかぶったレミア。センジはよろめきながらも踏み込んだ。センジの拳がブレイブソードを捉える。レミアの左脇が空く。センジは好機とばかり、さらに踏み込んだ。レミアの脇を狙う。センジは気付かなかった。レミアは最初から二撃でセンジを倒そうとしていたこと。
二撃目をセンジは避けることができなかった。
勝敗は決した。
「なんで暴れた。タルトくらいで暴れるのか」
拘束された2人のヴィランに侠が問う。警察とHOPEはまだ到着していない。その間に聞きたいことがたくさんある。
「エッグタルトが配られる事を誰から聞いたんだよ」
2人をある程度回復させてやりながらカトレヤも問う。
「……」
黙っている2人に緋十郎とレミアが恐ろしい顔で指を鳴らす。カトレヤは質問を変えた。
「リー、頬の傷はどうした。『わかったよ』ってのは誰に言った」
「は?」
センジが眉を寄せる。
「あのねーちゃん話違うじゃん。手出しはしねえって。あ、俺死亡フラグ」
「ねーちゃん? その女に惚れてるのか」
侠の言葉にセンジは首を振る。もう言っちゃったもんは仕方ないと思ったのか口を開く。
「リーはともかく俺は違えよ。タルトの件をねーちゃんから聞いただけ」
「俺も違え。ただ」
「力を認めてくれた? 暴れた原因はそれか。お前、力を認めて」
突如、2人の拘束具がなんの前触れもなく切られる。リンカーたちは素早く構えた。その視線の先には1人の女性。異様なほど赤い爪が目に痛い。センジの言っていたねーちゃんだろう。この女が2人をけしかけたのだ。
「助けてくれてどーも。でもさ」
センジが言う。吹っ切れたような顔だった。
「俺らの負け。もう終わり」
「ゴミはどこまでもゴミね」
赤い爪が鉤爪のように伸びる。愚神だ。白瑛がリーを麟がセンジを抱えると左右に大きく跳んだ。次の瞬間、2人がいた場所に鉤爪が突き刺さる。
「これ以上愚か者の相手は御免です」
エステルのロザリオが愚神の足に絡んだ。バランスを崩した愚神に侠が弾丸を撃ち込む。愚神は反撃に出ようとするが、できなかった。喉元にブレイブソードが、腹には火之迦具鎚が宛がわれる。
「ザマねえな」
「そっちの2人の方がよほど強かったわ」
「待って」
愚神が叫ぶ。
「香港で何が起きるのか知りたく」
「黙れ」
男の声と共に愚神が崩れ落ちた。こと切れている。声の方向には初老の男。
「お前は」
この男をリンカー達は知っている。応援要請の際の資料に載っていたエッグタルトを買い占めた男だ。
「いい年して分別がなさすぎると思ったら。賭けに勝ったのも計画の内か」
侠が言う。意趣ある者が香港でのHOPE国際会議に乗じた可能性があると思ったがその通りだったようだ。
「人員不足と思っていたらどうしてどうして」
男はそう言う消えた。誰も追おうとしない。もうすぐ刑事たちが来るだろう。ここを戦場にするのはまずい。
この事件はこれで終わりだ。リンカーたちはリンクを解いた。
「シロ怪我してるじゃん、手当てして貰おうよ」
倭奏の言葉に白瑛は相変わらず素っ気なく応える。
「そんな必要、無いし」
「いーからいーから。カトレヤさんお願いします」
「おう。いいぜ」
「お前」
リーは白瑛に言った。
「なんで助けた」
「お前は敵だけど、死んで欲しいわけじゃない。それにお前だってあの時、峰打ちにしたろ。お返しだ」
「バカだな」
「お前はバカで幼稚だ」
「……」
「腕が泣く」
パトカーが到着した。車内にHOPE職員もいたが、2人が暴れることはないだろう。
「シロ、だっけか」
リーは連行されながら言った。
「仲良くしてやれよ。英雄と」
意趣返しのつもりかにやりと笑う。
「強くなりたいならな」
白瑛は何も言わい。リーも返事を期待しているわけではなかったのだろう。大人しく乗車する。
「力認められてはしゃいでねえか。あいつ」
カトレヤは苦笑した。
「楽しかった。またやろうぜ」
『やらない』
「えー」
一斉拒否されて不満げな顔のままセンジは車に押し込まれた。
●ティータイム
「愚か者の相手は疲れます。もう帰って良いでしょうか?」
エステルがため息をつく。
「エステル、悪い波動が。確かに休んだ方が良いかも知れ無いわね」
「焼きたてのエッグタルト達が我を呼んでるのじゃ」
紅花がカトレヤの袖を引っ張る。
「はいはい、ご馳走するぜ」
「あ、若しかして時間?」
麟がはっとした顔をした。
「その様でござるな!」
「早く行くぞ宍影!」
「買占めの後でござる! 順番争いは熾烈! 覚悟召されよ!」
走りかけて漂ういい香りにはたと止まる。
「華娘楼です」
可愛い娘さんたちがやって来る。手にはシートと籠一杯のエッグタルト、そしてティーセット。
「特製エッグタルト。今日のお礼です。皆さんどうぞ」
「祁門紅茶もあるよ。タルトにぴったりだよ!」
リンカーたちから歓声が上がった。
「早速いただきましょう!」
リンカーたちは覚えている。赤い爪の愚神の最期の言葉「香港で何が起きているのか知りたくないのか」を。
『美味しい!』
だが、今は。ティータイムを楽しむ時だ。
後日、警察からリンカーたちに届いた感謝状が歓迎されたかは当事者のみぞ知る。