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わたしのあい、あなたのあい
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はなしあい、ころしあい
最終発言2016/02/21 08:37:02 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/02/21 00:04:39
オープニング
●愛する事
きっと他人は、愚かな事だって思うでしょう。
悪い事もせず。良い事もせず。
平凡に生きている過程で、親から与えられた結婚相手。一般的に考えれば申し分なく、優しく真面目な人。誰にも好かれるような人。
……嘘。
私は好きになれなかった。
時々自分がわからなくなった。時々他人を妬んでいた。時々世界が嫌になった。
誰にもある暗い部分が、私はタールのようにねっとりとどす黒かっただけ。そこが、彼とは相容れなかった。
そういう時に、あの人を見かけた。
自由に破壊していくその姿が清々しくて、演じる事が馬鹿らしく思えてしまった。
彼と一緒にいても芽生えなかった感情が一気に生まれた。
それが、たまたま愚神だっただけの事。
ただ、それだけ。
●愛する事
「助けてください……! 僕の、僕の婚約者が……愚神に奪われたんです!」
そう言いながらH.O.P.E.支部に飛び込んできた男を、職員の一人が慌てて支え、椅子へと導く。
男は小さくお礼を言うと、呼吸を整えながら言った。
「今朝、僕の家のポストに……こんな手紙が入っていて……!」
男は懐からくしゃくしゃになった手紙を取り出し、支えてくれた職員に渡す。
『道崎さんへ
突然こんな手紙を、ごめんなさい。
直接あなたに言ったら止められると思ったので手紙にしました。
どうか、私との婚約を破棄してください。
私は、愚神に恋をしてしまいました。
何を言っているんだろうと思うかもしれません。
でもそれはただ、私があなたの思うような人間ではなかっただけの事なのです。
これからその愚神に会いに行こうと思います。
私のライヴスを体ごと差し出せば、受け取ってもらえるかもしれない。
だから、きっとこれが最後の言葉になると思います。
既に私の家族、道崎さんのご両親への連絡は済ませました。
愚神とまでは言いませんでしたが、私に好きな人が出来た為で、非がある事も伝えてあります。
その為のお詫びも、僅かばかりではありますが遺していきます。
あなたはとても真っ直ぐで真面目な人です。
これから先、こんな人間ではなく、きっと素敵な人と出会えるはずです。
だからその命が終わらぬよう。そしてお詫びの一つとして伝えます。
あなたはS市の××広場には近付かないで下さい。
今まで有難う御座いました。
沼倉笹芽より』
手紙に切手は貼られていない。直接投函されたものだろう。
男は毎日ポストを確認しているらしく、婚約者とやらが入れたのは昨日の夕方から今朝にかけてと思われる。
……もしかしたら、もう遅いかもしれない。
職員の握りしめる力で、更に手紙がひしゃげた。
「……あの人はそんな事をする人じゃない。きっと愚神に騙されているとか、変な魔法でも掛けられているんです! お願いです、助けてください!」
必死に職員に縋りつく男。会った事もない人間の事など、職員には何とも言えない。
「あんな笑顔が嘘なはずがない……そうじゃなかったら、僕は……!」
だが、確かな事がただ一つ。
人を取り込もうとする愚神を見過ごすわけにはいかない。
解説
あなたはH.O.P.E.職員から依頼を引き受け、愚神の下へ向かうことになりました。
依頼内容は婚約者を奪った「愚神と従魔を倒すこと」。
それさえ出来れば、結果としては成功が得られるでしょう。
例え、誰かが死んでしまったとしても。
●敵
・愚神ヴィーロ
デクリオ級。魔法防御は弱いですが、物理は攻撃・防御共に高めです。
通常攻撃は剣。BS付与のスキルはありませんが、時折範囲3内のPCを2人同時に攻撃をしてくる事があります。
元は男の姿をした愚神ですが、現在は沼倉笹芽の体を使っています。
道崎一志が目撃してしまった場合……。
・従魔ラージ・モンスパイダー 三体
ミーレス級。2mほどある蜘蛛型の従魔。
能力としては長所もなければ短所もない、平均的なタイプです。
糸(BS付与:拘束)で動きを封じて牙で襲って来たり、毒針(BS付与:減退1)で攻撃してきます。
●場所
時間帯は夕刻。S市にある広場で、広さは縦40横20スクエア。
中央には噴水があり、広場の両端にはベンチが設置され、木々が植えられています。
北側か南側から進入可能。
両端からも進入出来ない事もないですが、少し手間取るでしょう。木々の向こうからの狙撃も命中がだいぶ下がります。
敵の初期位置は噴水の周辺です。一般人も数人いるようです。
●登場人物
・沼倉笹芽
愚神に一目惚れし、その身を捧げた婚約者の女です。
既にライヴスを食い尽くされています。
手紙は彼女の本心ですが、会った事のないあなたは勿論、婚約者にもわかりません。
愚神の口から語られるまでは。
・道崎一志
依頼の発端であり、婚約者の男。笹芽の事が心の底から好きなようです。
しかし本当の姿など、誰が見つけられるものでしょう。
真っ直ぐで真面目でひ弱な人間の彼には、最期まで笹芽の心はわからなかったようです。
けれども愛は時に、勇気を生んでしまうかもしれません。
・職員
あなた達にこの依頼を託しました。
それ以外に特筆すべき事はありません。
リプレイ
●
「沼倉さんは道崎さんを何故愛せなかったんでしょう?」
女の子なら、自分を大切にしてくれる人には少なからず好感を持つはず。
セレティア・ピグマリオン(aa1695)はそう思い、英雄を見上げた。
「俺は他人の恋愛にゃ興味はねぇよ」
純粋で愛らしい瞳を向けられたバルトロメイ(aa1695hero001)はがりがりと頭を掻く。大切にしているのはセレティアだけだ。それ以外の恋愛などどうでもいい。
「愚神に命を捧げるってよっぽどの事ですよ? 何が彼女をそこまで追い詰めてしまったのかな……」
考え込むセレティアの横では煤原 燃衣(aa2271)が弱々しい言葉をぽつりと洩らす。
「……嫌な予感が、します」
「現実は常に無情……だ。テメェだって……そうだったろうが……」
そんな燃衣に、ネイ=カースド(aa2271hero001)は冷酷に言い放った。
黒の中に浮いた白は揺れ、やがて下を向く。燃衣の特徴的な瞳。それがネイの言葉の証明でもあった。
「よくわかりませんけど……手紙のように、道崎さんを広場に近づけさせてしまうと、死んじゃう事になるのかも」
「女が自殺同然の行為をしようが、依頼人が死のうが構わん。仕事の邪魔をされたくないだけだ」
そう思う者がいる一方、嫌悪感たっぷりでいっそ清々しい者もいる。
「だから愚神は嫌いなんだよねー。大っ嫌い」
……誰かに愛されてる人を奪う。誰かにとって、大切な人たちを奪う。
だから、ニア・ハルベルト(aa0163)は愚神は嫌いだ。
「安心してよ、お兄さん。そいつはわたしが倒すから」
傍に寄り、明るい笑顔で宣言してくれるニアに、依頼人の一志は必死に頭を下げる。
「あ、有難うございます……! どうか彼女を助けてください、お願いします!」
本当に愚神に騙されているのか、それとも女の本心なのか。
それはまだ、エージェント達にはわからないが。
「嘘か誠かは……本人に聞くしかあるまい」
「……ん、人の内面は、複雑怪奇?」
麻生 遊夜(aa0452)の言葉にユフォアリーヤ(aa0452hero001)は首をかくりと傾げる。
「そうだな、色んな感情が渦巻くもんだからな」
「……ん、難しいねぇ」
猫のようにすりすりと腕に擦りつくふわふわの黒髪を、遊夜はぽんぽんと優しく触れた。
するとユフォアリーヤは心地いいと言うようにふにゃりと顔を綻ばせる。
こんな風に彼らの仲も、
「簡単だと、良かったんだがね」
●
広場の中央で噴水が、水飛沫をあげていた。
その前に一人の女が立っている。宇津木 明珠(aa0086)が一志から聞き出した外見特徴からするに、例の沼倉笹芽であろう。
ベンチで休息していた一般人がそちらに目を向けると、悲鳴をあげた。
2mほどの巨大蜘蛛が、彼女の周りに三体も蠢いているのだ。
鷹の目で確認した状況をギシャ(aa3141)から聞き、エージェント達はそれぞれの目的に最適な位置から広場に侵入する。
「姿は人間の女性ですけど、従魔を従え凶器を持っている……愚神、ですの?」
ファリン(aa3137)は南側からだ。
正面に見える従魔と笹芽の姿にそう呟きながら重籐の弓を構える。
「手紙の投函から時間が経ちすぎていますわね。笹芽様はもうお亡くなりになっているのでしょうか」
考えても動かねば仕方ない。ファリンは従魔に狙いを定めた。
「まずは従魔対応っと」
ギシャも冷静に離れた位置からライトブラスターで従魔の腹部を狙う。
正確に放たれたレーザーがじゅ、っと焦がすと鋭い毛の生えた長い足がじたばたと動いた。
「……お前は誰だ笹芽か」
正面から愚神と対峙したのは燃衣とニアだった。
「あ? お前らこそ、誰だ」
笹芽の姿をしたモノは訝し気に問い返す。
「……道崎一志に依頼されたエージェントだ。手紙の事は本心だったのか」
「……手紙」
「命を捨てる程か? 本当は憎かったのか?」
問い掛けを続ける燃衣に、先程までのおどおどした様子は微塵も見られない。ニアは邪魔にならぬよう、静かにそのやりとりを見守っていた。
燃衣が愚神の気を引きつけている間に、遊夜は動きにくい木々を抜け、西側の茂みに身を隠していた。
「今の所動きなし……か?」
二人のやりとりをスマホで聞きながら、周囲を注意深く観察する。
「依頼人の動きには警戒を、乱入の可能性は高いとみるべきだ」
『……ん、要注意』
「その危険はあるだろう」
隣の茂みに辿り着いたのは金獅(aa0086hero001)と共鳴した明珠。否、もはや明珠とも金獅ともとれない銀髪の美女であった。
一先ず懸念すべきは、あの依頼人。
詳細を聞き出そうした際に、燃衣が愚神になっていた場合は躊躇いなく殺すと伝えた。
結果、一志は返事らしい返事をしなかった。その癖エージェント達とは一緒に行かないと言う。
全員が警戒するのも無理はなかった。
「……どうせ、都合の良い妄想なのにな」
獅子ヶ谷 七海(aa1568)はその反対側から、やはり物影に隠れて様子を窺っていた。話し合いが終わると同時に奇襲を掛けるつもりなのだ。
細く小さなその身は姿を隠すのに丁度良い。
そう。その体を操るのは、共鳴した英雄の五々六(aa1568hero001)である。
「……?」
ガサガサッ。
ふとそんな音が聞こえて、五々六はぎろりと睨みつけるように視線を動かす。
「良かった! 笹芽さんはまだ生きている!」
嬉しそうに呟く一志が、隣にいた。
「てめぇ、何のつもりだ」
「あなたは……!」
一瞬驚くも、一志は笹芽の姿を見てほしい、まだ愚神ではないのだと五々六を説得しようとする。
だが甘っちょろい考えなどしていない五々六が考えるのは、目の前の存在が愚神に駆け寄って邪魔をしないかという事だけ。
その時はいっそ斬ってやるつもりだが、一応H.O.P.E.のエージェントとしての体面もある。
「邪魔だ!」
「ガッ……!」
今は脇腹を蹴り飛ばして退けた。
だがその体は能力者と比べれば貧弱で、簡単に転がっていく。
「あぁ、くそったれ!」
「あれは……道崎様! わたくしたちに依頼をしておきながら、信用して任せてはくださいませんでしたの?」
『愛とは……俺にはわからない。だが知識として、時として人を狂わせる事もあるのだと知っている』
信じて貰えなかった悲しみと怒りを覚えるファリンに、ヤン・シーズィ(aa3137hero001)は静かに語りかける。
『あの男が理性的でない行動をするのは愛故なのか』
それが正しい事であるかどうか。今は学んでいる場合ではなく。。
『ファリン。できる限り彼を守るんだ。屈辱に囚われてはいけない』
ファリンはこくりと頷く。
しかし当の一志は身体を這いずり、痛みに震える手を伸ばしていた。
「ぐ……笹芽さ、」
それを見た笹芽らしきモノはわなわなと震え出し、ゆっくりと近付いてくる。
「……ああ……! わ、私……」
その時。
ガン、と五々六の拳が再び振り下ろされ、一志の意識を奪う。
そして、
「……動くな……ソイツを殺す……ッ!」
燃衣が握りしめた小さな機械を見せつける。
一志は同行もしなければ、現れて早々手の届かない所で気絶させられている。
「……ソイツの体に爆弾を付けている。これ、リモコン」
少々想定外の展開だが、一志から笹芽らしきモノを引き離そうと嘘を吐いた。
(……本当に愛は無かったんですか……?)
きっと、もう笹芽はこの世にいない。
現実が無情な事も本当は知っている。それでも動きが鈍らないかと。
そんな甘い考えは勿論愚神の一言で絶ち切られて。
「殺したきゃどうぞ」
「な……」
「演技すりゃ簡単に喰えるかと思ったけど、そこの女に力尽くで止められちまったしなァ。ま、俺には効かねェし、周りがイイ迷惑するだけだ」
普通の爆弾では愚神にも共鳴したリンカーにも効果はない。吹き飛ぶならば広場と一般人だけだろう。
「大体よォ、本心なのかとか憎かったかとか。憎くなきゃ黒い部分は曝け出しちゃいけねぇってか? 人間だって良い子ちゃんばっかじゃねぇだろォ? 他人を黙らせる為に拳を振るうとか、爆弾くっつけるヤツもいるしよォ!」
愚神はげらげらと笹芽の姿で笑い、始めの問い掛けに当然のように答える。
「周囲の縁切ったのも、暴れ回る俺にライヴスを喰い尽くされる事も、紛れもなく全部あの女の望みさ」
「……わたしは認めない」
今まで黙っていたニアがそう言って、拳をぎり、と握りしめた。
「わたしは、あなたを倒す。倒さなきゃ」
「自分からいなくなったヤツの体を愚神の俺が使ってる。それ以上の答えはねェだろォ?」
「……倒さないと、また誰かが……!」
『ニア。意気込むのは良いけれど、気持ちが盛大に空回っていてよ?』
ニアの中で、ルーシャ・ウォースパイト(aa0163hero001)の優しい声が響いた。
愛が絡む事件とは言え、今回ばかりは下手に口を出すとややこしくなる。そう思い、ルーシャは昂る気持ちを抑えていたのだが。
(このお仕事は……ニアには少々刺激が強すぎたかしら。たまにはわたくしが体を借りて、一思いに大暴れするのも良いでしょう)
ルーシャはニアと交代すると力を溜めこむ。手始めに従魔から皆殺しだ。
「さあ、苦しまずさくっと仕留めてさしあげますわ」
向かって来た巨大蜘蛛の攻撃を交わして、お返しにその力の乗った怒涛乱舞を放つ。
これも愛。けれども目の前の存在は、それさえ理解できないのだろう。
「理性無き哀しき獣には、愛を語るだけ無駄というものです」
明珠は五々六の奇襲が失敗したと悟った瞬間に、素早く広場の中へと飛び出していた。
そして目に付いた従魔に刃を振り下ろす。こちら側の奇襲は見抜かれなかったのか、従魔は狼狽していた。
同じ茂みに隠れていた遊夜もライフルを構えると
「ちっと狙いにくいが……」
『……この程度じゃ、外さない』
くすくすと笑うユフォアリーヤの言葉通りに狙いを定め、威嚇射撃で明珠を掩護する。
再び斬りつけられた巨大蜘蛛は気味の悪い鳴き声をあげて苦しみながらも、明珠に向けて糸を吐き出した。
だがこの状況。明珠はひらりと交わす。
今度は重たい弾の一つが、その従魔の腹から人間とは違う色の血をぱっと撒き散らした。
直後、突き立てられる大剣。従魔の一体が活動を停止した。
「まったくしぶといなぁ」
もう何度も腹をレーザーで焼き、悲鳴を聞き続けたギシャだが、なかなか標的の従魔は倒れない。
遠くから狙っている為、向こうからの攻撃は一度も喰らっていないのだが……やきもきしている間に、従魔が一般人に襲いかかろうとしていた。
「やばっ! ああ、もう……!」
「……そうはさせない!」
その体を深く斬りつける燃衣。
念の為に一志を確保しに向かっていたが、途中でその従魔が目に付いたのだ。
「これならあともうちょっとってトコだね!」
今までの攻撃に加え今の攻撃。ボロボロになった従魔が一般人に手を出すのを止めて、ギシャはほっと胸を撫でおろす。
しかし、従魔はそんな攻撃を仕掛けてきた燃衣に勢い良く銀の糸を吐き出した。
「うわっ……!」
「今お助けしますわ! クリアレイ!」
ファリンが素早く放った清らかな光は、離れた場所からでも燃衣へと届く。粘着力の強かった糸もぱらりと簡単に解けて地面に落ちていった。
「……助かった!」
「あの人捕まえとくんだよね? 今度こそちゃんと仕留めるから、あとは任せてよー」
お礼を言って走っていく背中に、ギシャは呑気に思う。
(感情で色々動く人は大変だねー)
そこから視線を巨大蜘蛛に移し、もう一度撃ち抜いた。
宣言通り、それが最期の一発だ。
「くっ……!」
「ルーシャ様!」
今度はルーシャの苦しそうな声が響く。体にぐっと巻き付いた銀の糸が、どれだけ動いても力を入れても外れやしない。
「これで動けるようになりますわ! クリアレイ!」
そこにファリンがクリアレイを放つ。ぽおっと清らかな光がルーシャを包みこみ、あれほど解けなかった絡まりが簡単に解けていった。
「助かりましたわ、ファリン様! ……この従魔、中々面倒な敵ですわね」
再びルーシャが立ち向かっていく姿を見守りながら、ファリンは桃色の瞳で状況を冷静に見つめていた。
弓と魔法での掩護。今回の仲間の中で唯一のバトルメディックであるファリンがいなければ、戦いは更に苦しいものになっていただろう。
激しい戦いが繰り広げられる中、バルトロメイは一般人の避難補助を続けていた。
「大丈夫か! 奴らの事は俺達に任せて、ここから逃げるんだ」
持ちこんだ防寒具で彼らを包みこみ、木々の隙間から外へと逃がす。
幾度も感謝を述べつつ避難していく人は、気付けばこれで最後だった。
従魔を引きつけた他の者達のおかげもあり、自主的に避難した人達もいた。
「それじゃ、次は蜘蛛を蹴散らすとするか」
残る従魔はここからでは少し遠い。バルトロメイは全力で駆けだした――その時。
目の前に、愚神がいた。
「くっ……!」
慌ててドラゴンスレイヤーを構えるバルトロメイ。
だが、金属のぶつかり合う煩い音に、振動は付いてこなかった。
「釣れないことすんなよ、色男。お前の相手は俺だ」
「五々六! すまん!」
代わりに攻撃を引き受けてくれた五々六に礼を告げて、今度こそ従魔と対峙する。
仲間の中でも一番強い力を持つバルトロメイ。その薙ぎ払いは蜘蛛を深く傷つけ、従魔退治に当たっていた者も残る一体を集中攻撃する。当然の如く蜘蛛は倒れた。
「これで残るは愚神のみ、か」
一志は燃衣の手によって確保され、戦場から引き離されている。
手駒のいなくなった愚神に、エージェント達は遠慮なく向かっていく。
まずは、弾丸が真上から愚神を撃ち抜く。
「な……一体何処から……!」
見上げようとも、そこには広がる空しかない。
翻弄される様子を遠くから見て、遊夜はにやりと笑った。
「何処から撃たれてるかわからねぇだろ?」
『……ん、スナイパーの、本領発揮』
ユフォアリーヤもくすくすといつもの調子で笑っている。
遊夜が隠れている木々の陰。そこからライヴスを込めてテレポートショットを撃ったのだ。
「真実でなく、嘘が救いになることだってある」
『……ん、嘘か本当かは、もうどうでもいいの』
「真実を知る人はもういない、お前さんの言葉の正否を確かめる術はもうない」
『……なら、ボク達は依頼通り、奪ったあなたを、排除するしか道はない』
「乙女の亡骸を弄ぶなんて……愚劣ですわね」
ファリンの矢が愚神に突き刺さる。
その傷は浅いが、ふっと飛んできた方に顔を向ける。
「余所見をする暇があるのか?」
「ぐっ……!」
次の瞬間には明珠の刃が襲いかかる。
「てめえらァァァア!!」
怒りに吠える愚神は、先程から全く崩れ落ちる気配のない七海と今痛みを与えてきた明珠を切り裂く。
(憑依? 愛? それに何か意味があるの?)
ギシャは物影に潜伏していた。
愚神は仲間達に囲まれ、また攻撃に翻弄されてこちらには気付いていない。
(依頼として成立しているのだから、従魔だろうと神だろうと善人だろうと愛する者だろうと)
冷静に観察して知った愚神の頑丈さに、破魔弓に持ち替える。
精神統一。ライヴスを矢に変えて、弓を思い切り引く。
その切っ先に愚神が来るように狙いを定め。
(――殺すだけだよ――)
何の邪心もなく。
そう、ただ、頭部を射抜くだけ。
「生きとし生ける者に――死という安息を――」
元々ギシャは魔法攻撃力が低い為、大幅な違いはないもののやはり効いているようだ。
見た目の反する低い声で唸り、傷口の傍を軽く押さえている。
その死角にバルトロメイがやってくる。仲間達は皆見知った者ばかり。
目配せをすれば、バルトロメイが何かをすると察してくれるはずだ。
「はああああ!!」
重心を掛け、押しつけられたドラゴンスレイヤーの刃は愚神の体を裂き、転倒させる。
その隙に、もう一撃。
更にタイミングを見計らった明珠の素早い攻撃が三度愚神に傷を作る。
そんな自らの血を零しながらも動く彼女へ、ファリンの人さし指が向けられた。
「我慢してくださいましね」
そこから放たれる癒しの光。それは経穴を突くように明珠の体へ届き、少しだけ痛みを発する。
だがそれ以上に心地好く、先程喰らった傷が癒されていく。
「よくもやってくれたもんだなァ!?」
「だから相手は俺だって言ってるだろ? いい加減俺の愛にも気付いてくれよ」
「ちっ……!」
バルトロメイに向けられた剣と五々六のディフェンダーが再びかち合い、火花が散る。
繰り返される息の合ったエージェント達の攻撃。
「死して己の過ちを悔いてくださいな?」
ルーシャも素早く三度斬りこむ。一度は交わされるも、そう避けられる筈もなく二つ増えた傷からぼたりと血が落ちる。
「ぐ……!」
愚神がふらつく隙に、ファリンはまたライヴスの光を指先から放ち、五々六を癒した。
「寝ても覚めても、てめえらのことが頭から離れねえんだ。あの男以上に一途だろ?」
仲間達の殆どが攻撃を終えたタイミング。この状況ならいつ愚神が倒れてもおかしくない。複数の攻撃も面倒だと、その体を吹き飛ばす。
だが一般人とは違い、本気の力を出しても吹き飛ぶのはほんの数m程度だった。
戻ってきた愚神は、五々六とバルトロメイを一気に攻撃する。
しかし、それは単なる虚勢でしかない。
明珠の一気呵成で、愚神は倒れるのだから。
残されたのは動かなくなった、笹芽の死体。
ファリンは余った力でバルトロメイを癒すと、燃衣に拘束された一志を見つめた。今はまだ、気絶している独り善がりな人間を。
「ねえ、ルーシャ。わたしがもっと強かったら……ううん。わたしがもっと強くても。みんなを幸せにすることは、できないのかな……」
世の中には他にも、こんな事があるのだろうか。
認めないとは言ったけれど。
結局愚神は消える時も、嘘だとは言わなくて。
それじゃあ、愚神を倒しても。従魔を倒しても。二人の真実は。
(……ニア。わたくしの愛する、やさしい子)
思い詰めるニアに、ルーシャはそっと頭を撫でる。
「今は少し休みましょう。心が壊れてしまったら、何かのために戦うことができなくなってしまうから」
「……やっぱりわたし、沼倉さんの事、理解できません。大切にしてくれた人と一緒になっていたら、こんな事にはならなかったのに」
「お、俺はお前のこと、これ以上ないくらいに大切にしてるぞ……?」
暗い表情を見せるセレティアに、バルトロメイは少し慌てたように言った。
それはバルトロメイの本心だったが、落ち込んだセレティアを元気付けようとしているようにも見える。
「わたしはバルトさんのこと結構好きですよ。筋肉、暑苦しいですけど……」
だからセレティアは優しく笑うと、その体に少しだけ寄り添って寂しさを紛らわせた。
エージェント達は愚神と従魔を無事に退治し、なおかつ依頼人の命を守る事が出来た。
大成功。
……そのはずなのに、なぜだろう。それぞれの心にはもやもやとしたものが混じっていた。
撤収時、完璧な笑顔はギシャだけだった。
……その笑顔にも、感情があるとは限らないが。
●
H.O.P.E.への報告を済ませ、七海と五々六は帰路に着く。依頼人を気絶させた事で随分と小言を聞かされたが、依頼さえこなせば良いのだ。二人は他の事になど構ってはいられない。
「……元より世の中は、不条理なもの」
七海はとことこと歩き、今日も自分の体で好き勝手やってくれた巨体の後ろで小さく呟く。
(人の心など分かるはずもねえ。誰もが分かった気になって、悟った気になっているだけだ。愛の在り方なんざ、人の数だけあっていい)
五々六は五々六で、一人頭の中で考えていた。
(認められないのはただ一つ。愚神の存在)
「ね? トラ」
ぎゅっと抱き締められた黄色の人形は何も返さず、体に皺を寄せるだけ。
それだけ。
「厭と頭を縦に振る……」
明珠はぽつりと呟く。その言葉を拾ったのは、すぐ傍を歩く金獅だった。
「何だ? それ」
「本心と表面的な態度がまるで違うと言う意味のことわざです」
「そういうのどうでもよくね? どいつもこいつも自己満で動いてんだ。他の奴の事まで考えてたら禿げるぞ?」
「自己満足……」
「今回で言や、女の行動も男の言い分も、俺らの説得もただの自己満で我儘だろ?」
「ではどうすれば良かったのでしょうか? 彼らは」
「今回の事が無かったらうまくいくとでも思ってんの?」
金獅の言葉に明珠は迷う事なく頭を振った。
「いいえ」
勿論、横にだ。
「それにさ、どうせてめーのけつはてめーしかふけねーんだ。自己満で我儘上等。他人のそれを聞きてーと思うのも自己満の我儘なんだからさ。気にしすぎると本気禿げるぞ?」
「その見解には概ね同意しますが……私は貴方とは違い成長期ですので」
「そーかい。そりゃよかった……っておい!」
軽く笑って立ち止まる金獅に合わせる事無く、明珠の足は進んで行く。
(彼の愛が彼女の哀に、彼女の愛が愚神のIに、愚神のIは彼の……)
「……」
少しだけ瞼を閉じる。次に開いた時にも、明珠はただ道の先を見ていた。
遊夜と燃衣は一志を居酒屋に連れて来ていた。
「気を持ち直してくれると良いが……」
そう言った遊矢が酒を勧めたのは、静かに項垂れるだけの一志。
彼は目覚めた瞬間、「彼女は生きていたんだ、何故殺した」と暴れ回った。
力尽くで抑え込むのは簡単だ。
だが抑え込んだところでその怒りは収まらない。
なおも喚く一志の頬に、突然ぱん! と白い掌を打ちつけられる。
『あなたの行動が、他人を危険に晒しました』
何歳も下であろう少女のお叱りであった。
悪を見過ごさない事。それがファリンの誓約だ。
『独り善がりも大概になさってくださいまし!』
信頼を裏切った事。他人を危険に晒した事。その痛みで思い知れば良いだろう。
その後、お礼に来た一般人達からもあの様子は間違いなく愚神であったと聞くと、ようやく一志は大人しくなった。それからはずっとこの調子だ。
「……これから、どうするんですか……?」
「……どう、か。何もないんだ、俺もいなくなってしまうかな」
「ダメだ!」
「じゃあどうすればいいって言うんですか!」
「生きるしか無いんだよッッ! ……遺された人は……生きるしか無いん……ですよ……」
頬から自然と涙が伝う。
燃衣もまた、遺された人間であった。それも失ったのは一人ではない。親友も、親も、弟も。皆。
だから、燃衣以上にそれを語れる人間はそういないだろう。
「……話して下さい、彼女との思い出」
「俺も聞くさ。男同士、飲み明かそうぜ」
遊夜は親身になって二人の言葉を聞き続け、適当なタイミングで注文を入れる。
燃衣は愚神を憎しむ道もある、と怒りの矛先を変える事を提案し
「ハイ、これ……」
婚姻届とライターを差し出した。
一志は数秒考えた後、酒を一気に煽ると、その二つを受け取る。
――こうして、もう一つ失われたかもしれない命は今も、在り続けている。