本部

紅き女王の侵蝕

和倉眞吹

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~8人
英雄
6人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/02/25 20:04

掲示板

オープニング

「如何です。このケーニギンをこちらで買い取って頂く訳には参りませんでしょうか?」
 そう言った男は、向かいに座した老婦人を伺うように、端正な顔立ちをやや斜めに傾げた。その彼は、今時普段着とするには古風な正装をしている。
 黒っぽいボトムに、濃いグレーのベスト、その上に燕尾服を羽織り、トランクとステッキを携えている。今は脱いでいるが、来店した時はシルクハットを被っていた。
 組んだ足の上に肘を突き、顎先に緩く握った拳を当てるその態度は、仮にも商談を取り付けに来た者として正しいとは言えない。が、彼がそうすると、不思議と無礼に見えなかった。逆に優雅にさえ思える。
 ケーニギンの収まった小箱の横には、名刺が置かれていた。
 彼の名は、ミヒェル=ゲッツ。年の頃は、三十代前半だろうか。
 目の前に差し出された小箱に収まっているのは、見事な細工の指輪だ。
 指に差し込むリングに当たる部分はシンプルだが、飾りは豪奢な華を象った金細工である。そして、華の中央には、磨き抜かれた極上のルビーが楕円形にカットされて填め込まれていた。
 正に、ケーニギン――女王の名を冠するのに相応しい。
 持ち込まれたアンティークショップ・ユハナの主である、リュース=ユハナ夫人は、そのケーニギンに心惹かれた。女性なら是非とも、一度自分の指に填めてみたいと思わずにはいられないだろう。
 夫人も例に漏れず、店先に置くのではなく自分個人のものとして引き取りたいという考えが頭を過ぎった。だが、夫人は迷いなく首を縦には振れなかった。
 抗い難い魅力――しかし、その裏に何か引っ掛かるものを感じたのだ。何と言えばいいのだろう。幼い時分から、夫人にはそういった不穏なモノを感じ取る力が備わっていた。直感と言えば近いだろうか。
 その直感に逆らうと、大抵碌なことにならないのは、経験で知っている。
「ミズ? 如何でしょうか」
 夫人が迷っていると見たのか、男が畳み掛ける。後一押し。こんな魅力的な外見を持った男に、一種縋るように見つめられれば、ほだされない女性などいないだろう。男も、それを充分に承知しているようだ。
「商売上手ね」
「お褒めに与り光栄です」
 では、と商談が纏まったものとして、男はトランクを開き掛ける。
 だが、夫人は待ったを掛けるようにそっと自身の掌を、男に向けて差し出した。
「でも、見る目はないわ」
「……と仰いますと?」
 男は気分を害した風もなく、また小首を傾げる。それは、男の癖のようだった。
「見れば分かるでしょう。このお店は――こんな片田舎にひっそりと佇んでいるのよ。世界的にも景気がいいとは言えない中で、決して繁盛はしていないわ。私がこの店を続けているのは、偏に亡き夫の形見のようなものだからよ」
 謂わば、お婆ちゃんの道楽ね、と挟んで老婦人は続ける。
「だから、引き取ったところで採算は取れないモノは引き取らないことにしているの。申し訳ないんだけど、もう少し店主が若くて、発展性が見込めるお店にお持ち下さいな。その方が、女王陛下も喜ばれるわ」
 夫人は、惜しむようにケーニギンを見ながら話を結んだ。
 本当に惜しい。だけれど、引き取る訳にはいかない。
 その心が通じたのか、男は「そうですか」と言ってあっさりと店を辞した。

「あの、すみません。こちらを売って頂けないでしょうか」
 ユハナ夫人が、“そのこと”に気付いたのは、それから数日後のことだった。
「いらっしゃいませ。何でしょうか」
「あの……この指輪です。凄く綺麗だ」
 一人の男性客が示したのは、陳列棚に飾られていた小箱だ。指輪などなら、蓋は開けてある。男性の指した指輪を見て、夫人は瞠目した。
 それは正しく、あの時買い入れを断った指輪――ケーニギンだったのだ。
「何故……」
 確かにあの時、買うことは断った――筈だ。だのに、どうして。
 しかし、まさか客に向かって、「これは当店の品ではございません」などと言う訳にもいかない。ご丁寧に値札まで付いていたケーニギンを、その通りの値段で(若干、男性から値切られはしたが)、釈然としないまま売った。

 更に釈然としないことが起きたのは、その三日後のことだ。
「あのう、支払いお願いします」
 商品を持って支払いカウンターへやって来たのは、若い夫婦だった。
「いらっしゃいませ」
 頭を下げて応対した夫人は、ギョッとした。彼らが持っていたのは、三日前に別の男性客に売った筈のケーニギンだったのだ。
 全く訳が分からない。
 先の男性客が不審な死を遂げたとニュースで知ったのは、悪夢でも見ているような心地で会計をした、その日の夜のことだった。

「――更に同じことが三度起こるに至って、夫人は一度警察へ駆け込んだそうです。買った覚えのない、そしてその後売った筈の商品が店に並び、買い上げた客が変死を遂げる――それが三回も続けば偶然ではないと。ですが、応対した警官はあまり深く考えず、話を聞くだけ聞いて、夫人を帰したそうです。夫人が老齢だったので、年寄りの妄想だと思ったのだとか……」
 全く、と言いたげな溜息を挟んで、H.O.P.E.の女性オペレーターは続けた。
「ですが、同じ町とその周辺で、同様の事件が二ヶ月に六件も起きている状況は明らかに異常です。加えて、数日前にプリセンサーから、同じ地域でライヴスの消失を感知したと報告が来ています」
 オペレーターからエージェントに配られた資料には、ドイツのミュンヘン某町に店を構えるアンティークショップ・ユハナと店主ユハナ夫人、そして、その近辺の様子が記されている。
「プリセンサーの能力も絶対とは言い切れませんが、ライヴスが関係するなら、従魔か愚神が絡んでいると見て間違いないでしょう。ちなみに、現在その店主であるユハナ夫人の証言は変わってしまっているそうです」
 どのように変わったのかと確認を取るエージェントに、オペレーターはめくった資料を示して言う。
「最初は、宝石商から宝石が持ち込まれたという話をしていたのに、今は『何も変わりはない、特に妙な人物は来ていないし、そんな宝石も知らない』と言っているそうです」
 成る程、それは確かにおかしい。
「早急に調査し、原因究明と解決をお願いします」
 一同を見回すオペレーターに頷き返し、集まったエージェント達は立ち上がった。

解説

▼目標
・従魔の討伐
・ユハナ夫人の救出

▼資料内容
六件目の事件の際の調書の写しと、アンティークショップへ従魔憑きの宝石が流れてきた経緯。

▼登場
■リュース=ユハナ…アンティークショップ・ユハナを細々と運営する女主人。75歳。
幼い頃からある種の直感に優れており、指輪型従魔にも惑わされなかったが、力を増した従魔に洗脳されてしまっている様子。
■ミヒェル=ゲッツ…謎の中古宝石商。容姿端麗で、見た目は30代前半。現在消息不明。
※PL情報:実はケントゥリオ級愚神。宝石に限らず、自分の配下の従魔が宿った無機物を人間に渡すことでライヴスを奪い、ドロップゾーンを広げる能力を持つ。
■ケーニギン…女王の名を冠する指輪に宿る従魔。
見た者を一目で虜にし、手に取らずにいられないように仕向けられる。相手と密着しなければライヴスを奪えない。ユハナ夫人のような人種でも、10スクエア以内にいれば、洗脳することは可能。洗脳に掛かる時間は、対象によって個人差がある。一度洗脳されたら、有効範囲内から逃れるなどしない限り、正気には戻らない。
身に着けた者は、三日以内にライヴスを喰い尽くされ、死に至る。依り代の死後は、主であるミヒェルに指定された拠点へ自動的に転移する能力もある。
現在、犠牲者七人分のライヴスを喰い尽くし、ミーレス級からデクリオ級へ向けて着々と成長中。
自らの意思で動ける(主には宙を浮遊)ので、相手の攻撃を避けることは可能。基本的に自分からエネルギー弾を撃つなどの攻撃はしない。
人間を依り代とした場合(洗脳した相手に自分を填めさせるなどして)はその限りではないが、依り代のライヴスをエネルギー弾にする為、短期決戦が望ましい。

▼留意事項
現在、愚神の方は消息を絶っていますので、事の発端ではありますが、あくまでも目標は、従魔の討伐と、ユハナ夫人の救出です。

リプレイ

「何だか、きな臭い事件だな」
『これ以上被害が広がる前に解決させたいですね』
 オペレーターに、一連の事件全ての調書を出してくれるよう頼んだ真壁 久朗(aa0032)は、パートナーのセラフィナ(aa0032hero001)と言葉を交わしながら、書類に目を通していた。
「ライヴスの消失を感知したという事は、敵は確実に成長しているな」
『数人分のライヴス……最初の事件よりも動向が変化している可能性は高いですよね。過去に解決した事件にもそのような事がありましたし』
『ところで、ケーニギンってどういう意味だ?』
 久朗達が読み終わった調書を受け取って、同じように目を通しながら、オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は、木霊・C・リュカ(aa0068)に問う。
「ラ・レーヌ、クイーン……それらと同じ意味さ。ドイツ語で‘女王’の事だよ」
 歌うように答えたリュカは、ふふ、と楽しげな笑いを挟んで続ける。
「ホープダイヤモンドなんかは有名だけど、死を呼ぶ宝石の指輪なんて何だかミステリみたいだね」
 すると、オリヴィエの目が、呆れるように細められた。
『……殺しのトリックに見当が付いてて、後は犯人確保だけのミステリなんて面白くないだろ。不謹慎だから、その楽しそうな顔もちゃんと引っ込めるんだぞ』
 けれど、彼の忠告はあまり意味を成していない。ミーティングルームには、リュカ達以外にも、久朗とセラフィナ、須河 真里亞(aa3167)と愛宕 敏成(aa3167hero001)の計四人が残っているのだから。
 尤も、久朗達はまだ調書と取っ組み合っていて、リュカの顔など見ていないようだが。
 彼ら以外のメンバーは、ユハナ夫人に接触する組と、店を探索する組に分かれて作戦を実行すべく、既に出掛けていた。
 真里亞と愛宕は、作戦実行に必要だと言ってH.O.P.E.に請求したものを待っている。手持ち無沙汰だったのか、愛宕の方は、双方の組が読み終えた資料に手を伸ばして、パラパラとめくった。
「さて、どんな客を装って連れ出すかな」
「そうですね、愛人とパトロンって言うの? かな?」
 真里亞が小首を傾げて愛宕を見上げると、彼は「はあ? 何だそれ!」と思い切り顔を顰めた。
「せめて親子とかにしてくれ……頼むよ」
 脱力したような溜息と共に資料を投げ出した愛宕に、真里亞は構わず畳み掛ける。
「でも、娘に高価なものを買って与える親ってどうかな? って思うし、恋人じゃ年が離れ過ぎてるし……夫婦か愛人しかないでしょ?」
 当然、という顔をして滔々と言う彼女に、「夫婦なんて一番ありえないだろ!」という愛宕の突っ込みが飛んだ。
 しかし、真里亞は動じずに夫婦愛人路線で説得を続けようとする。
「えーと、ほら、金の力で困った貴族の娘とか無理やり……」
「……全部却下。親子にする」
 もう付いていけない、とばかりに愛宕が断じた時、部屋へ戻ってきたオペレーターが、準備ができたことを告げた。

「また呪いの指輪か……何だってこの手の奴には厄介なもんが取り付くんだろうな」
 アンティークショップ・ユハナの店舗が監視できる位置に停めたワンボックスカーの中で、雁間 恭一(aa1168)が呟く。窓にスモークが貼られたそれは、中の様子を容易に伺うことはできない。
『指を縛るという事は、命を縛るという事だからな』
 訳知り顔で宣ったマリオン(aa1168hero001)に、雁間は眉根を寄せた。
「何だそりゃ。ワケが分からねぇ」
『人間の全ての命の流れは、指先を一度通ると言われているのだ。そこにタガを嵌める指輪は命を扼する力がある』
 そこで一度言葉を切ったマリオンは、まだハテナマークを飛ばしていそうな雁間に向かって言葉を継ぐ。
『だから、命を懸けた誓約の“カタ”を取るのは指輪なのだ』
「……結婚指輪かなんかの話か?」
 一見的を射ているようで微妙にズレた確認に、マリオンが溜息を返した時、黒髪の大柄な男が、腰まで届く紫の髪を持つ少女の手を引いて、ユハナに入って行った。

 親子連れに見える二人がユハナに入って行く様子を、雁間達が車を停めた場所とは別の路地から見守っていたのは、石井 菊次郎(aa0866)とテミス(aa0866hero001)だ。
「急に訴え出た事を否定する様になった店主か……何らかの取引が成立したか、魔魅に掛かったか」
「何れでも捨て置けぬが」
 呟いた石井に、テミスは先程ミーティングルームで配られた資料の内容を思い浮かべる。
「話を聞いた限りでは、ヴィラン愚神と取引する様にも思えぬな」
「ええ。ですので、手遅れになる前に早急にその店主を助け出す必要があると思われます」
 言葉を切った石井は、再度ユハナの出入り口へ視線を戻す。
 同じように視線を戻したテミスは、クス、と不敵に笑うと、路地の壁面に背を預けた。
「さて、あのお嬢ちゃん達、うまく店主を外へ誘い出せるかな」
 すると、石井がふと思い出したように「そう言えば」と再度テミスの方へ顔を向ける。
「愛宕さん達も、来る予定ではなかったのですか?」
「さてな。何やら準備があるとかでまだ支部に残っていた筈だが……」
 彼女が答えたその時、石井の持つスマートフォンが着信を告げる。画面には、その愛宕の番号が浮かび上がっていた。画面をタップして電話に出た石井は、二、三言やり取りして通話を切る。
「準備が整ったそうです。後五分もあればこちらに到着するでしょう」

 コロン、とカウベルのような音がして、扉が開閉した。
「いらっしゃいませ」
 支払いカウンターの中に座した、店主と思しき老婦人が、柔らかな笑みと共に会釈する。彼女が、アンティークショップ・ユハナの店主、リュース=ユハナであろう。
 ガルー・A・A(aa0076hero001)と瞬時目を見交わした紫 征四郎(aa0076)は、パッと満面の笑顔を浮かべて口を開いた。
「父さま! 征四郎は、かわいー指輪が欲しいのですよ!」
『あ? あー……はいはい』
 不意に始まった芝居に、ガルーの反応は一拍遅れた。
 その間を怪しまれては、と征四郎はガルーの手を引いて、カウンターへ駆け寄る。
「初めまして、ユハナ。実はアクセサリーを見に来たのですが、何か見繕って頂けますか?」
 ユハナ夫人から見れば、征四郎は孫程の年頃だろう。目を細めて、そうねぇ、と言いながら立ち上がる。
 征四郎は、緩慢な動作でカウンターの外へ出てきた夫人を、彼女に気付かれないように注意しながら観察していた。
 夫人の指やペンダントに、従魔――基、ケーニギンらしいものが付いていないかと、視線を巡らせる。見た限りでは、彼女はそもそも装飾品の類そのものを付けていないように思えた。
 自分より高い位置から彼女を観察できるガルーに、その意を込めて目配せするが、彼は微かに首を振る。
「指輪が欲しいの? お嬢ちゃん」
「えっ、あ、はい!」
 彼女を観察する事に気を取られる余り、彼女の呼び掛けに答えた声が、挙動不審になった。
 しかし、彼女は気にした風もない。
「どれがいいかしら……」
「父さま」
 皆まで言わずに征四郎が両手を差し出すと、ガルーは心得ていたように彼女を抱き上げた。
 アンティークを扱う店の性質上、客の年齢層は高めだ。必然、商品棚は成人客に合わせた位置にある。ガルーに抱えられる事で、征四郎は漸くその上を確認する事ができた。
 店を入ってすぐ右手に設えられた、奥行き三十センチ程の飾り棚の上は、指輪だけの陳列スペースのようだ。しかし、ここにもそれらしいものはない。
 どうしたものかと途方に暮れていると、再びカウベルの音が響いた。そちらへ視線を向けると、そこには真里亞と愛宕の姿がある。
 けれど、知り合いだと悟られる訳にはいかない。征四郎達は、店でたまたま行き合った者同士を装って、軽く会釈した。
「いらっしゃいませ」
 ユハナ夫人が言うと、愛宕もどちらにともなく会釈を返し、最近、近所へ越して来た者だと挨拶した。
「でもママが、あんまり新しい部屋の雰囲気が好きじゃないみたいなの」
 シュン、としょげる娘を装う真里亞に、愛宕も頷く。
「私も娘に言われるまで気付かなかったのですが……妻の誕生日が近い事もありますし、サプライズで内装を一新しようと思ってましてね」
「左様ですか」
 鷹揚に頷くユハナ夫人の受け答えは、どこか反応が鈍い。
「京都にいた頃の部屋はべた褒めだったんですよね。あ、これは当時の部屋の写真です」
 ユハナ夫人に見せた写真は、先刻オペレーターに準備して貰った、京都支部に勤めている上級職員の住居のものだ。
 普通なら、夫人は写真を受け取って見るだろうが、その素振りもない。
 行き場を失った写真を、仕方なく懐へ戻しながら、愛宕は続ける。
「そう言う訳で、ちょっと急なんですけど、今から一緒に来て、実見して貰う訳にはいかないでしょうか?」
「今、ですか?」
「丁度今、ママが出掛けてて留守なんです。お願いします」
 キョトンと問い返す夫人に、真里亞も頭を下げる。
「分かりました。じゃあ、行きましょうか」
 夫人は、おっとりと言うと、カウンターに戻って出掛ける準備を始める。真里亞達は、その様子をじっと見つめていた。
 大抵、女性なら普段持ち歩くバッグに必要なものは入れてある。カウンターから手提げのポーチを持ち出した夫人は、お待たせしました、と言って店の出入り口へ向かった。

『やっぱり、夫人は従魔の干渉を受けていますね』
「ああ。突然証言が変わったなら、それは明らかだがな」
 久朗達は、近所での聞き込みを終えた後、足早にユハナへと向かっていた。聞き込みでは、やはり夫人は以前とどこか印象が違っているという証言を得ている。
「とにかく、従魔から引き離してみるのが先決だろうが……」
『話をするのに丁度いい喫茶店でもありませんかね』
 言いながら、セラフィナはふと目を上げた。視線の先にあるユハナの扉から、ぞろぞろと五人の人間が吐き出されて来る。
 真里亞と愛宕、征四郎とガルー、そして、初めて見る老婦人が、恐らくユハナ夫人だ。
 こちらに気付いたのか、愛宕が瞬時投げた視線と久朗達の視線が噛み合う。応じるように小さく顎を引いた時、背後からポンと肩を叩かれた。
 振り向いた先には、石井とテミスがいる。
「さあ、追跡開始だな」
 不敵に笑うテミスの台詞を合図に、四人は距離を置いて真里亞達を追った。

「せーちゃん」
 店を辞す振りをして、真里亞達が店を離れるのを待っていた征四郎は、自分を呼ぶ声にそちらへ視線を向ける。
「あ、リュカ! オリヴィエも」
 そこには、調書を読むと言って支部に残っていたリュカとオリヴィエの姿があった。
「はい、せーちゃんこれ」
 駆け寄った征四郎に、リュカが通信機を差し出す。普通に出回っているイヤーカフ型インカムだ。
「やっぱり、ライヴス通信機は用意できなかったみたい」
「そうですか……」
 同じH.O.P.E.と言っても小さな支部なので、まだ行き渡らない道具もあるのだろう。ないものは仕方がない、と素直にリュカから受け取ったインカムを、耳に装着する。
 そこへ、ユハナの出入り口を塞ぐように、スモークガラスのワンボックスカーが停まった。
「そいじゃ、家捜しと行きますか!」
 雁間が、何故か楽しげに指を鳴らしながら降りてくる。マリオンも一緒だ。
「こうやって入り口隠すと、一仕事始めるって感じがするな」
『碌でもない前職の経験が生きるのも……』
「こっちの仕事も大して変わらんって事さ」
 呆れたように言うマリオンにお構いなく、どこかウキウキした様子の雁間が取り出したのは、ピッキングの道具だ。
 しかし、道具を差し込むも、中々解除できないらしい。雁間は早々に道具を投げ出すや、マリオンとリンクした。そこに生まれた中世風の騎士は、指先を鍵状にして錠の機構を壊し、閂を上げる。
「一丁上がりッ!」
 その姿に似合わぬガッツポーズをしながら、扉を開け放つ雁間を眺めつつ、
『俺達って、いつヴィランに転職したんだ?』
 とぼやいたオリヴィエは、遠い目をしていた。リュカは「元は彼、近い場所にいたみたいだから」と苦笑する。
 開いた扉から、征四郎に手を引かれて店内に入ったリュカは、それにしても、と思考した。
(夫人がすんなり店を離れたとなると、やっぱり指輪は彼女自身が持ってるって事になるのかな)
「もう一度棚を探した方がいいでしょうか」
 すると、征四郎がぽつりと呟く。
「え?」
「さっき見たんですけど、それらしい指輪はなかったのですよ」
 ね、ガルー、と同意を求めるように見上げれば、彼も無言で頷く。
「なかったトコもう一度探したって仕方ねぇだろ、お嬢ちゃん」
 彼女の頭を軽くポンと叩くと、雁間はスタスタと奥へ歩を進めた。
「大事なモンは身の回りって相場は決まってるからな」
 言うや、彼はもうカウンターの辺りをごそごそやり始めている。
「じゃあ、俺達は洗面所の方に行こっか」
「洗面所、ですか?」
 見上げる征四郎に、リュカが頷く。
「そう。後、鏡台の近くとかね。やっぱり指輪は彼女が持ってる可能性が高い。俺達は、残ってるかも知れないケースとかから手掛かりを探す事にしよう」
「分かりました。じゃあ征四郎は、ユハナ個人の机の周りを探します」
 洗脳前の彼女が残したものが、何かあるかも知れません。そう付け加えると、征四郎はガルーを従えて、店の居住区域へ入って行った。

「愛宕さん!」
 H.O.P.E.の方で、一時的に手配して貰った高級マンションの前で、愛宕達が振り返る。声を掛けたのは石井だ。
 離れて尾行していたものの、マンションの中へ入ってしまったら、外からは様子が分からなくなる。大方の作戦を聞いていた石井の提案で、近所の知人を装って一緒に入ろうという事になったのだ。
「奇遇ですね。おや、その方は?」
 石井は、今気付いたとばかりに、ユハナ夫人に目を向ける。一方、通話状態だったインカムで、石井達の作戦を知っていた愛宕は、何食わぬ顔で、近所に住む知人だと夫人に紹介した。
「初めまして、ミズ。石井と言います。これは、妻と子供達です」
 見た目的に、テミスは妻、セラフィナは子供で通りそうだが、久朗はやや無理がある。
 しかし、夫人の反応はどこか鈍い。怪しむ様子もなく「そうですか」と会釈する。
 近々、我が家もリフォームを考えているので一緒に見学したい、という事で押し切った石井(俄)一家と、愛宕(偽装)親子は、夫人を連れてマンション内へ歩を進めた。
 H.O.P.E.が押さえた部屋は、二十八階建てマンションの六階にある一室だった。
「主に改装を考えているのは、リビングでしてね」
 言いながら足を踏み入れた部屋は、約四十平方メートルある。フローリングで、簡単なテーブルセットが設えられ、ダイニングキッチンと続き間になっていた。
 生活感だけが丸でないのが一目で分かるが、やはり夫人は指摘一つしようとしない。
「ところで、一つご婦人に訊きたい事があるのですが」
「何でしょう」
 夫人の様子は、相変わらずだ。愛宕が、遂に直球で本題に入った。
「近頃、美しいルビーの指輪が近辺に出回っているそうですね」
『あ、それ僕も聞いた事あります』
 それに乗っかるように、セラフィナが口を開く。
『何でも、買った人が次々死んじゃうんだとか』
「それも、貴公の店から売却された指輪らしいではないか」
 腕組みして言ったのは、テミスだ。
「さあ……何を仰っているのか、私には見当も付きませんが……」
 曖昧に微笑する夫人に、セラフィナが近寄ってそっと彼女の肩に手を添える。
『何だかお疲れのようですが……大丈夫ですか?』
「ええ……ありがとう。大丈夫よ」
 しかし、その微笑には力がない。洗脳以外に、従魔から何らかの干渉を受けているのではと思わせるのには充分だ。
「芝居もここまでだな」
 ふっと吐息混じりに呟いたテミスが、腕組みを解いて口を開く。
「卑しくも物陰に潜む従魔よ、そこを出てそこな机に向かわれよ」
 支配者の言葉を発動した彼女の声が、凛と響く。すると、夫人の持っていた手提げポーチがモソモソと動いた。
「あっ」
 弱々しく悲鳴を上げた夫人が伸ばした手を、小さな何かがすり抜ける。テーブルの上に金属音を立てて転がったのは、極上のルビーが光る指輪だった。
 透かさず、傍にいたセラフィナと久朗が、夫人を抱えるようにして部屋の外へと移動する。
 その場に残って指輪と対峙した石井とテミス、真里亞と愛宕はそれぞれリンクした。
「聞こえますか? 至急こちらへ来て下さい」

 通信状態のインカムから聞こえた石井の声は、今リュカ達がいる店から徒歩五分程の距離にあるマンションの名と部屋番号を告げた。
 居住区域で捜索をしていた征四郎達が、店舗の方へ駆け付ける。
「リュカ! キョウイチ!」
「うん、聞こえた」
 室内に集った六人(正確には雁間とマリオンは共鳴済みだったので五人)は、目配せし合って店を飛び出した。
 リュカとオリヴィエ、征四郎とガルーも移動開始と同時にそれぞれリンクを果たす。共鳴状態で走れば、一般人の足で徒歩五分の道のりも、さして掛からない。
 程なく辿り着いたマンションでは、始まった戦いの音に野次馬が出始めている。
 その出入り口付近で、久朗とセラフィナ、そしてユハナ夫人がもみ合っていた。
「行かないと……指輪、指輪が……」
「駄目だ、行かせる訳にはいかない」
『早く、ここから離れないと!』
 どうやら、まだ洗脳の解けない夫人が、指輪を取り戻そうともがいているらしい。
 反射で足を止めた征四郎に、オリヴィエは短く『先に行くぞ』と告げ、雁間は無言のままマンションに駆け込む。
「ユハナ。二人の言う通りにして下さい」
「でも……でも」
「あの店を一人で切り盛りしていたのは、あの店が大事だったからじゃないのですか。ここであなたが死んだら店も潰れてしまいます。それでも良いのですか!」
 征四郎の言葉に、ハッとした様に夫人がもがく動きを止めた。多くを語らず目配せだけすると、久朗達は心得ていて、彼女を抱えて駆け去る。あの指輪から離れれば、洗脳は解けるかも知れない。
 それを見送る間も惜しく、征四郎もオリヴィエ達の後を追った。

「行くぞ!」
 愛宕が咆哮のような声を上げて、レートを上げる。ライヴスブローを使った武器が、テーブルに載った指輪に振り下ろされた。
 しかし、間一髪でその場を避けた指輪は、鋭い風切り音と共に素早く宙を飛び回り、石井をも翻弄する。的が小さいだけに、動き回られると攻撃を当てるのが難しい。
「丸でゴキブリですね」
 若干苛立った石井は、ボソリと呟く。
「蚊の方が近いだろう」
 細かいテミスの指摘に、「確かに」と答えながら、神経を研ぎ澄ませた。
 一度攻撃で上がった埃が、徐々に収まっていく。視界が戻ると、その場にヒリ付くような静寂が落ちた。その中に、カサッという正にゴキブリが動いたような音がする。
『菊次郎、後ろだ!』
 駆け付けたオリヴィエの声に反応し、石井が振り向き様攻撃を仕掛ける。それも躱し、指輪はどうにか室外へ出ようとしているようだった。
 透かさず、オリヴィエが妨害射撃を行う。彼と共に室内に駆け込んだ雁間、後から追い付いて来た征四郎と五人が指輪を囲んで追い込む。
『――見えた。弱点はやはり宝石だ。赤い部分だけ狙え!』
 弱点看破を使用したオリヴィエが言えば、了解、と誰ともなく叫んで、一斉に攻撃を仕掛ける。その攻撃を避け、真正面に飛び込んで来た指輪に、征四郎の大剣が振り下ろされた。
 狙い過たず、ルビーが真っ二つになる。
「おらぁ、もう一丁!」
 豪快な掛け声と共に、止めとばかりに雁間がインサニアを振り下ろす。もう一欠けは、愛宕の咆哮と共に、木っ端微塵になった。

『愛を誓い合う証にも使われる指輪を、こんな事に利用するなんて……』
 台座だけになった指輪の残骸を手に、セラフィナが眉を顰める。
 後日、洗脳は無事解けたものの、衰弱したユハナ夫人が入院している病室には、少々多過ぎる数の見舞い客があった。事件解決に尽力した能力者と英雄達だ。
「次はケーニッヒとか、ゴッツとかいう宝石が出てくるのかな」
 面白そうに言うリュカを、『だからその楽しそうな顔は止めろ』とオリヴィエが窘めている。
 因みに、ケーニッヒは王、ゴッツは神の意で、どちらもドイツ語だ。
「皆様、本当にありがとう。お世話になりました」
「いいのですよ。お元気になられて何よりです」
 にっこりと笑う征四郎の頭を、夫人が目を細めながら撫でる。聞けばやはり、征四郎と同年代の孫がいるらしい。
「ところでミズ。伺っても良いかな」
 暫く様子を見ていたテミスが言うと、夫人は「何でしょう」と顔を上げた。石井が後を引き取るように口を開く。
「その指輪を持ってきた、ミヒェルについて聞きたいのです」
「……と仰いますと」
「何か、彼が他に訪ねた地について具体的な固有名詞を出したとか、今後何処へ行くか話をしたとか、そういった事はありませんでしたか?」
『ああ、そうです!』
 すると、セラフィナもポンと手を打って、夫人の足下へ駆け寄った。
『彼について、素性は聞いていませんか? 外見等も分かるといいのですが』
「征四郎も、似顔絵があると良いなと思っていたのですよ!」
 手配書を作れば、今後の被害防止に役立つだろうというのは、皆共通した考えだったようだ。
「そうですねぇ……」
 質問責めにされて苦笑しながら、夫人は考え込むように頬に手を当てる。
「残念だけど、彼があの後何処へ行くかは、聞いていません。本当に商談に来ただけの様でしたから。私が買い入れを断ると、すぐに帰ってしまったので……」
 顔を上げた夫人は、まず石井とテミスに向けて、申し訳なさそうに答える。次に、征四郎とセラフィナに視線を移すと、似顔絵作成には協力しますよ、と頷いた。
「愚神の影は見えたのですが、そこに接近できなかったのは残念です」
「……これも無駄足という訳か」
 年少者達と談笑を続ける夫人を見ながら、二人は小さく囁き合う。
 その輪から少し離れた場所にいた真里亞が、「今度、うちの部屋に飾るもの、本当にユハナさんにお願いしようかな?」と愛宕を見上げる。彼は、無言で肩を竦めただけだった。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 此処から"物語"を紡ぐ
    真壁 久朗aa0032
    機械|24才|男性|防御
  • 告解の聴罪者
    セラフィナaa0032hero001
    英雄|14才|?|バト
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 愚神を追う者
    石井 菊次郎aa0866
    人間|25才|男性|命中
  • パスファインダー
    テミスaa0866hero001
    英雄|18才|女性|ソフィ
  • ヴィランズ・チェイサー
    雁間 恭一aa1168
    機械|32才|男性|生命
  • 桜の花弁に触れし者
    マリオンaa1168hero001
    英雄|12才|男性|ブレ
  • 憧れの先輩
    須河 真里亞aa3167
    獣人|16才|女性|攻撃
  • 月の軌跡を探求せし者
    愛宕 敏成aa3167hero001
    英雄|47才|男性|ブレ
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