本部

欠片を集めて事を成せ

真名木風由

形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/02/28 11:36

掲示板

オープニング

●職員誘拐事件
 降り立ったドーハの地は、晴れている。
 2月を冬とする北半球の者なら、2月なのにこの気温かと思うだろう。湿度も高い。
 が、それでも、今は過ごし易い季節なのだというから、そうではない季節はどうなのだろうと身震いする思いだ。
 そんな時に任務があったら、任務の前に倒れそう。
 『あなた』達がそう思ったとしても、慣れない土地では無理もないこと。
 だが、ここには任務で来た。
 皆顔を見合わせ、改めて気を引き締める。

 アラビア半島にあるカタールの首都ドーハ。
 世界都市とも呼ばれるこの都市には、カタールの人口の半分以上が集中している程規模がある。また、外国人労働者も多く、カタール国籍を持った者よりも多い。
 このドーハで、H.O.P.E.ムンバイ支部の職員が失踪したのだ。
 エリクという名の男性職員で、彼はドーハ支部の依頼で大型開発が続くドーハにおけるヴィランズのテロ警戒に関する講習の指導役として現地に入っていた。
 彼は特に情報管理に関して秀でており、情報流出がテロへの隙を生むとして自身の高い技術と経験を踏まえた講習を行う予定だったそうだ。
 その彼が講習の前日、ホテルから姿を消した。
 物音などはなく、争いがあったような形跡が部屋にはない。
 失踪を考えるような理由は何もなく、他の職員達は誘拐の可能性を考えた。
 というのも、エリクは能力者でこそないが、電脳での戦いには強い。
 婚約者もいるこの彼は自身は弟を、婚約者は祖母をヴィランズが起こした事件でそれぞれ喪っており、その為に職員となってヴィランズの戦いの為に自身の力を使っていた。
 疎ましく思って殺された……その線もありえなくはなかったが、ヴィランズは愚神、従魔とは異なる存在、人の世に生きている。彼には能力者とは違う利用価値があることを知っている筈だ。殺さず、利用する為の手段を講じる為に誘拐した可能性が高い。
 支部はすぐさま調査し、ホテル側の情報提供も踏まえ、誘拐事件と断定、エージェントへエリク救出任務を緊急に下した。

「婚約者、マリカさんは同じムンバイ支部の職員で、エリクさん誘拐の一報でH.O.P.E.が保護しているのでその身に危険が及ぶことはないとのことですが……」
 剣崎高音(az0014)が、眉を寄せる。
 能力があると判る職員だけにすぐに殺される可能性は低いがゼロではないし、殺害以外に利用価値があると踏まれているだけに掛けられている圧力はかなりのものだろう。
 早期に救出しなくてはと思うが、情報が少ない。
 ここで、支部より北部の港町へ急行するよう連絡が来た。
 残された彼の所持品などから、北部の港町へ連れて行かれたと推察された為、路線バスの運転手に確認を取った所、数日前エリクが少年に寄り添われて乗車していたと証言したのだ。
 元々外国人労働者が多い街だし、仲が良さそうだったから、そこで働く兄とその弟程度にしか思わなかったそうだが。
「兄弟……? お顔、そんなに……似てたの、かしら」
 夜神十架(az0014hero001)が、素朴な疑問を口にする。
 彼女が言う通り、見間違えるような少年がいて、仲がいいように見えたというのはエリクの素性をこちらが知っているだけにおかしい。
 エリクはこの少年達が原因で抵抗なく向かう選択肢を取ったのだろう。
 何かがあって、仲がいいように見せかけて。
「急ぎましょう。事が起こってからでは遅いですからね」
 『あなた』はその言葉に頷いた。

●過去の人質
「いい加減首を縦に振ってくれないと困るんだがなぁ」
 中年の男が、彼、エリクへ獰猛な笑みを見せる。
「俺達だって鬼じゃないんだぜ? 頷けば、いつでも弟に会えるだろうがよ」
「姿は弟に少しは似てたな。だが、弟ではない。お前の手下が共鳴した姿に過ぎない」
 エリクの視線の先には配下の男がリーダーの男と同じ笑みを浮かべている。
 この配下の男は英雄と共鳴すると、弟によく似た少年の姿となるのだ。赤の他人は兄弟と間違えるレベルのものだが、家族からすれば似てないと主張出来るものだし、何より弟はヴィランズ絡みの事件で命を落としているのだ、本人である訳がない。
「強情な奴だな。まぁ、わざわざ大きな支部から来るんだ、大層な奴だと思って調べてみたら、やっぱり大層な力を持ってやがった。能力者じゃなくても取り立ててやるって言ってるんだぜ。しかも、弟そっくりと仲良く、だ。破格じゃねぇか。穏便に頼んでる内に頷いた方が身の為だぜ?」
 エリクの目が鋭くなった。
 口から出るのは静かだが怒りが篭った声。
「爆弾巻きつけて大人しくバレないよう同行しなければ即爆弾を爆発させるという言葉のどの辺りに穏便さがあったのかご説明いただきたいが」
「口の減らねぇ野郎だが、簡単に落ちねぇのも気に入った、たっぷり時間を掛けて頷かせてやるよ」
 笑い声と共に彼らは部屋を出て行く。
 エリクは目を閉じ、助けを信じて時を過ごす。

 まさにこの時、エージェントがこの港町へ移動してきているのだが、彼はまだ千里の眼を持っていないが故に知ることはなかった。

解説

●目的
・エリク救助

●現在地、時間帯
・ドーハ北部の港町、昼過ぎ

●救助の為に必要なこと
・ヴィランズ本拠特定
・本拠にいるヴィランズ無力化

●情報収集地点
・港
賑やか。リアルタイムの情報は見込めないが長期的に暮らす者が多いので地元ならではの情報が集められる。
・別荘地
保養地としても名高いので別荘も多い。定住している者は多くなく、それだけに異変は記憶され易い。
・ショッピングモール
人が多い分紛れ易いが、店員は案外妙な客は憶えている。この国ではご法度とされる豚肉提供の焼肉店なども隠れて営業している。

●ヴィランズ拠点(PL情報)
・情報収集地点(または付近)のいずれかにいます。
一見すると拠点と判らないですが、内部にはヴィランと非能力者の手下がいます。
内部の一室にエリクは監禁されております。暴行は特に受けておらず、衰弱もしていません。

●敵情報(PL情報)
・ヴィランズ
能力者はリーダーと副リーダーのみ。残り20人程は非能力者と小規模。
自覚している為にエリクを戦力に入れ、頭で手広く色々やりたい。
リーダーはソフィスビショップ、副リーダーはブレイブナイト。副リーダーは共鳴すると、英雄の影響を受け、少年の姿となる。この姿がエリクの亡き弟に似ている。

●NPC情報
・剣崎高音、夜神十架
指示がなければ非能力者対応。情報収集時は情報中継担当。

・エリク
助けが来たと解ると、声をあげて居場所を教えてくれます。
PC達の行動阻害するような行動は取りません。

●注意・補足事項
・「●過去の人質」はPL情報です。情報の取り扱いにご注意ください。
・制圧の際手間取ると、人質殺害の危険性が高くなります。迅速に無力化してください。
上記のような特別な状況以外、ヴィランズは捕縛となります。やり過ぎ注意。
・エリクは所持品を奪われており、能力的な協力は出来ません。
・拠点を割り出す情報収集は話し合いの上分担してください。何も言わず調査開始はご遠慮ください。

リプレイ

●迅速に情報を
「凄い、日差しが強いね」
「共鳴して動こう、容姿も、その方がここに馴染み易い」
 日傘を差す木霊・C・リュカ(aa0068)へオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)が促しの手を差し伸べる。
 リュカの白い肌はこの国では目立つ上日差しが強すぎる。オリヴィエの共鳴しておくべきという判断は的確だ。
 共鳴──戦闘時はオリヴィエが主導権を握るのが常だが、情報収集が必要な段階である為、主導権はリュカのままである。
「やり口が人間的だ。犯人はヴィランって気がすんぜ」
「放っておけば良からぬことが起きるかもな。気を引き締めて行こうぜ」
 赤城 龍哉(aa0090)の呟きにガルー・A・A(aa0076hero001)が応じる。
 その会話に海神 藍(aa2518)が加わった。
「面識のない方ですが、元同業者、他人事とは思えません。伺った範囲だけでもヴィランが悪用したがる技能をお持ちの方ですし」
「悪知恵を働かせてます、といった印象はありますわね」
 ヴァルトラウテ(aa0090hero001)が会話に加わり、見解を述べる。
「犯罪組織が人員を無理やり現地調達するのはよくあることだよー」
 ギシャ(aa3141)の言葉は、あまり重さを感じさせない。
 どらごん(aa3141hero001)の容姿は目立ち過ぎることより、リュカとオリヴィエ同様共鳴し、その姿は普段の彼女より少し年齢を重ねたものだが、思考自体が変わっている訳ではない。
(『まず調査からだ。犯人の一味の居場所を捜し、人質を救出する。理解しているか?』)
(解ってるよー? ギシャみたいのが増える前に、ちゃんと探し出して殺しちゃわないとね)
 どらごんが改めて言い聞かせると、ギシャは明るい口調で返す。
 溜息を零すどらごんは、無垢な狂気のままその力を誤って振るわないよう助言を強く意識する。
「……落ち着かない、です……」
 禮(aa2518hero001)が頭部のスカーフを直しつつ、呟く。
 藍へ一旦大切な冠を預けているが、彼女にとって大切な冠、任務上目立たないようにする必要がある為に勧められた装いとは言え、落ち着かないようだ。
「本当に日本の日差しと違うねー」
「日本は寒い季節なのです」
 伊邪那美(aa0127hero001)と紫 征四郎(aa0076)が揃って、日本の空とは違う空を見上げる。
「これでも過ごし易いらしい。暑い季節の時はもっと暑いらしい」
「ボク、毎日、アイスかカキ氷食べないと溶けそう」
 御神 恭也(aa0127)がそう言うと、伊邪那美が鼻に皺を寄せた。
「この国ではどうか解りませんが、熱いミントティーも最終的には対策になるとか」
「そうなんですの? 任務が終わりましたら、ミントティーを探してもいいかもしれませんわね」
 剣崎高音(az0014)の言葉にファリン(aa3137)が名案と手と手を合わせた。
 イメージプロジェクターで装いも偽装する為、看破されることはないだろうが、ファリンは身元が露見した時の為に幻想蝶に見せかけたダミーを用意している。本物を下着の裏に縫い込むことも考慮したが、共鳴の際に幻想蝶へ触れる必要がある為問題があるという意見が出、本物は上着の内ポケットだ。
「一緒に調査する木霊さんとはぐれないようにね」
「解ってますわ」
 目立たないようにする為、幻想蝶の中に待機するヤン・シーズィ(aa3137hero001)が改めて注意を促すと、ファリンはお兄様と慕う彼へ微笑んだ。
「港、ショッピングモール、別荘地までの地図、それぞれ送りました。ショッピングモールはモール内案内図、別荘地は管理事務所の場所も送信済みです。一応、紙の地図がこちら」
「何か分かったら、こちらに寄せてください」
 流 雲(aa1555)と剣崎高音(az0014)が手分けし、聞き込みをするならこの3箇所だろうという場所の地図を分担するエージェントへ渡した。
 3箇所に分かれて情報収集を行う為、情報が錯綜し易いことより、雲と高音が情報統括、中継、整理を担う形である。
「気を、つけて……ね」
「何かあったら、急行出来るようにしておきますが、人質救出が最優先ですから、目立たないようお気をつけて」
 夜神十架(az0014hero001)とフローラ メイフィールド(aa1555hero001)へ、エージェント達も頷く。
 この先は、2台の車へ分けて乗る。
 ドーハから発つ際、移動の効率化を考慮した雲が複数の乗用車の手配をしていた為、2手に分かれた移動が可能になっていた。
 街の喧騒を見る限り、愚神、従魔が蹂躙したということはなく、ますますヴィランの関与が強まる。
 殺害目的の誘拐ではなく利用目的の誘拐の可能性が高いとは言え、相手がどんな強硬な手段を講じるか判らない。
 まずは目立たないよう、速やかに情報収集を行い、拠点を割り出さなければ。

●地元故に知る
「今はインドからが多いんじゃないか。こういう顔の人はこの辺じゃそんなに珍しくないね」
「そうなんだ。その人達って、家族ごと来てるのかな」
「労働者用の集合住宅地があるよ」
 リュカは釣り船から降りてきた地元住民の男性へ世間話を織り交ぜつつ、ちょっとしたゲームと称し、エリク本人の写真を見せながら聞き込みをしていた。
「彼らが溜まってて、困るような場所ってある?」
「労働者の方ではないかな。あぁ、でも、シーズンじゃないが、別荘に来てる連中がマナー悪いっぽい。ショッピングモールに妹の旦那が勤務してるんだが、豚肉はないのかと怒鳴ったとか。お国柄豚肉なんてないし、裏に潜ってる外国人向けの焼肉屋に投げたってさ。あ、焼肉屋が豚肉出してるってのは内緒な。妹の旦那もしょっ引かれる」
 そこへ、ファリンが「そうなんですの?」と困ったように眉を顰めた。
「風光明媚でとても気に入りましたから、住んでみたいと思っていたのですが……」
 ファリンとしては近づいたら危険な場所の情報提供を期待する所があった。
 そこから本拠の位置、行き方、それからヴィランズの規模が聞ければ、と。
「ドーハじゃなくて、こっちとは珍しいね」
「ここは海の景色が綺麗ですもの」
 ファリンが微笑んで見せると、男性は納得する。
 他に見て回る名目でリュカとファリンは周辺地図を見つつ、鳥屋街へ移動を開始した。
「ここならお兄さんもサングラスしてても目立たなかったね」
「日差しも強いですから。別荘地にマナーがよろしくない方、ですか。まだ断定は出来ませんから、ショッピングモールで裏づけを取っていただいた方がいいですわね」
 ファリンがリュカのサングラス越しの目を射ることのない太陽の瞳へ微笑んだ。
「怪しまれても行けないから、実際に鳥屋街へ足を運んでおこう」
「そうですわね。嘘偽りと露見した場合、私達自身も不審者となってしまいますの」
 リュカとファリンがぽそぽそ会話し、向かった鳥屋街は──
(『……鳥が一杯だ』)
(そういう場所なんだよ。両側鳥屋だから、流石賑やか)
 オリヴィエが内で感想を漏らし、リュカが笑う。
「鳥さん達、お仕事に励んでますのね」
「暑くても仕事を頑張る彼らに負けてられないね」
「ええ、お兄様」
 ファリンがヤンとボケボケな会話をしている中、リュカは飲み物を買い、近くの店の主と世間話をしている。
「ネットがあるから、どこでも仕事は出来るし住んでみたいなって」
「俺は詳しくないけど、ああいうのって、盗み見れたりしないの?」
「今はセキュリティしっかりしてるよ?」
「詳しい奴ならパパッとやれないのか? 最近、別荘の管理事務所に勤めてる友人が、やったらしつこく問い合わせしてくる奴がいるって言ってたから出来るのかと思った」
「詳しい知り合いはいないけど……聞いてみたいかも。そういう知り合いいる?」
 リュカは店主の口振りからストレートに切り込むのは危険と判断し、遠回しな聞き方を行った。
 重要な情報だが、切り込むのは早い。
「いや、いない。そいつも困ったレベル」
「あ、これからショッピングモールに行こうと思うのですが、怖い方が別荘にいらっしゃると聞きました。おひとりの方なんです?」
「会社で旅行だか何だかって聞いた奴いるみたいだが、ガラ悪そうに見えるらしい。近寄らない方がいいぞー」
 全員かは分からないが、と前置いた上で、その時は10人位いたらしいと教わる。
 入れ替わりで買い出ししているだろうが、ある程度纏まった行動をしているなら、情報が残り易い。
 ファリンは最新の情報としてリュカが得た情報と合わせ、メールした。

●真相へ向けて
 リュカとファリンが聞き込みを続けているのと同時刻、征四郎とガルーはシーズン外別荘地での有事に対応する為に存在する管理事務所を訪ねていた。
「買うなら、より安全な所がいいからな。カタールは治安がいいと聞いているが、別荘地には海外からの者もいるだろう。そういう者の中でマナーが悪かったりすると、危ないからな」
「富裕層が多いですから、こちらに対処を依頼するようなトラブルは近年起こってないですね」
 物件を買う際の情報の目安が欲しいと言った切込みをしたガルーへ、応対した女性職員が申し訳なさそうに微笑む。
「見た感じ、どこも邸宅だな。セキュリティ会社と契約しているのか?」
「していらっしゃると思いますよ。この国は治安いいと思いますが、こういうご時世ですし」
「実際に外から見られてもいいかもしれないですよ。参考にされてください」
 ガルーの問いへ女性職員だけでなく、他の男性職員からも勧められ、ガルーは礼を言って征四郎を促す。
「流石に購入を考えている連中へはストレートな回答を寄越さなかったな」
「対処を依頼するトラブルには発展していない、ということは、対処を依頼する方が必要なのです。マナーが悪い方そのものへの回答にはなっていなかったのです」
 窓から見られていることも考慮し、ごく普通を装って会話しながら歩くガルーと征四郎。
 すぐさま中継チームへ送り、そこから最新の情報を送って貰う。
 彼らに言われるまでもなく、別荘地を見て回るつもりだったのだ、別荘チームと分担は決めてある。
 不自然ないよう調査しなければ。

「それじゃー、焼肉屋さんへ行ってみるかー」
 ギシャは最新のメールに目を落とし、呟いた。
 目撃情報を求め、ショッピングモールへ運んだものの、犯罪組織が流れ込んできたという形であった為、最初の店で驚かれて逆に根掘り葉掘り聞かれそうになったのだ。地元住民から聞き出せていない情報を出すより聞けた範囲で動いた方がいい。
「この国の人は豚肉食べないから、来ていれば、覚えてそうだからねー」
(『切り出し方は慎重に。いきなり振るのではなく、相手が気を許した所にそれとなく』)
「さっき失敗しちゃったもんねー」
 どらごんの助言に軽く肩を竦めつつ、見つけた焼肉屋へ入っていく。
 この国の者ではない者が経営している焼肉屋は極秘で豚肉を提供するそうで、個室でもある為、ギシャはアバヤを取る。
 自身はカルビを注文し、店員へ耳打ちする。
「ここ、豚肉あるって街の人に聞いたよー、いいのー?」
「極秘でお願いします。ここは数少ない店としてご愛顧いただいているので」
「そんなに人気なのー?」
「ええ。最近も、豚肉を希望された大勢のお客様が団体でいらっしゃいました」
 こそこそとした会話に聞きたかった情報が出てきて、ギシャの目が一瞬光る。
(『切り込むな。さらっと聞け』)
「団体でー? そんなに豚肉に飢えてたのかなー」
「その辺りは詳しくないですが……、外国の方なら国内で豚肉食べられないとなると、逆に食べたくなるでしょうし、この国の方の殆どに当て嵌まらないですが、豚肉を食べても問題ない方もおります。そういう方は、カタールを出たことがないなら食べてみたい味かもしれませんね」
「少数でも一応いるもんねー、団体ってことは皆お友達?」
 ギシャは途中で得た情報から会社と聞いているが、どらごんの助言でわざと外して尋ねる。
「ドーハの建設会社と言ってましたけど、ドーハからピクニックに来る人もいるのに別荘買う必要あるのかと。シーズン外で誰もいない別荘を勝手に借りてるとかしてないといいのですが」
 それだ。
 ギシャはうんうん相槌を打ちながら、店員が去ってから、急いでメールした。

 徐々に集まってくる情報を雲と高音が共有し、整理していく。
(服装関係はイメージプロジェクターや現地調達でどうにかなった、あとはどれだけ速く集められるか)
 動いていることは向こうも予想しているだろうから、場所移動されたら追うのが難しくなる。
 情報の集まり具合を考えると、別荘地の別荘を勝手に拝借している可能性が高い。
 露見しない方法で勝手な拝借を気づかせていないかもしれないと雲は考察した。
(次に管理事務所へ行けば、決定打が取れるだろうな)
 その為の道筋を作る必要があるだろう。
 雲は高音と情報を整理していく。
 後ろの座席では、頭脳労働は雲に任せると言うフローラが十架と一緒に綾取りをしており、彼女達なりに邪魔にならないようにしているようだ。
「入ってきた情報によると、別荘地もこのブロックはなさそうですね」
「車を走らせ易いブロックが残ってますね」
 雲は、地図へ別荘地内の別荘の情報を書き込む高音へ答えた。
 リュカ、ファリンより新たにこの港町は地形の関係で大型船の乗り入れが禁止と寄せられた為、港方向の可能性を憂慮した征四郎の可能性はありがたいことに潰れた。
 だが、尻尾を掴む前に逃げられる訳にはいかない。
 最速を目指し、情報整理を続けよう。

●特定
 ギシャが焼肉屋を担当した為、藍と禮は食料品店を受け持った。
「規模ははっきりしていませんが、どんなに精強な軍にも補給は必要です。備蓄がある拠点とは思えません、食料品店へ聞き込みが有効でしょう」
 禮は、藍へ「そして」と言葉を続けた。
「私達にも補給が必要ではないですか?」
「真面目な顔をして……」
 美味しそうなバクラヴァに心惹かれていたのは傍目にも判ったが、真面目な顔をして、今ここで言うとは予想していなかった藍である。
 が、仕事で滞在する兄とその妹を装うなら、案外いいかもしれない。
 藍はバクラヴァの専門店へ入ると、悩む禮を他所に店員へ声を掛ける。
「活気があるね。商売も捗っているかい?」
「シーズン程じゃないよ」
 男性の店主は別荘に多くの者が保養に来るシーズンが見入りいいと笑う。
「シーズン外でも、この辺りで近寄らない方が良い場所なんてあるかな? 気を悪くしたら申し訳ないのだけれど、妹はまだこの通り幼いから心配で……」
「最近別荘にマナー悪いのが滞在してるってのは聞いてる。豚肉関係の話は有名だし。あと、子供の連れがいるみたいだな。男の子がうちの店のを買ってった。豚肉騒動の連中と一緒に来た。兄貴に食わせるとかって話」
「こんな人? 元同僚なんだけど」
「そうそう、この人。知り合い?」
「転職前の職場の人」
 藍はエリクの写真を見せつつ、噂のひとつが道のひとつへ結びついた確信を抱く。
 直後、禮がローズウォーターを使用したバクラヴァを所望した。

「そろそろ俺とヴァルで揺さぶるか」
『お願いするのですよ。ある程度絞り込めてますので、決定打が欲しいのです』
 龍哉は征四郎からの連絡を受け、ヴァルトラウテを見る。
 良い所のお嬢様に見える服装へ偽装したヴァルトラウテ、そのボディーガードを装う龍哉は管理事務所へ同じタイミングで行かない方がいいことより、征四郎と来訪タイミングを調整していた。
「シーズン外、場所柄も考えれば、警察も有事以外じゃ入らない……利点は多いよな」
「それ故に管理事務所が押さえられている可能性は考慮すべきですわ」
 管理事務所への移動最中、龍哉とヴァルトラウテは軽く打ち合わせる。
 ある程度絞り切れてきたが、まだ、決定打がない。
「組織立って動いていれば、人の出入りはどうしたって隠せるもんじゃねぇ。現段階でも不自然な点が多過ぎる」
「セキュリティに関する問い合わせがしつこくされたと言うのも、どれだけ露見しない拠点を得られるかという選定を行う情報収集の一環かもしれませんわ」
「なるほど」
 相槌を打ちつつ、龍哉とヴァルトラウテは自分達が担当したブロックを思い返す。
 担当ブロックは結論から言えばシロだったが、家屋の規模はひとつひとつ大きい。塀が高く、車の台数すら確認出来ない別荘が多かったが。
「別荘地以外で情報があるのにここで皆無であるのは逆に変ですので、購入を考える者へ知られたくない情報と伏せたのでしょう」
 やがて管理事務所へ到着、ヴァルトラウテは微笑んで尋ねた。
「素敵な別荘地でございましたが……どのように管理されているのか興味がありますわ。今、街の方から見て好ましくない方がお見えになっているようですが?」
 すると、職員は最初知らない振りをしようとしたが、得た情報を噂話として話すと、最終的に認め、いるのではないかと思う別荘の候補を教えてくれた。
 ちょうど恭也が担当しているブロック、龍哉は事務所を出て中継チームへメールを送った。

「ちょ、ちょっと、中に入って調べないと、何にも判んないでしょうが!」
「いや?」
 伊邪那美の言葉へ恭也は事も無げに返す。
 近隣の店での聞き込みの後、別荘への人が訪れていない家屋の調査こそ芳しい結果ではなかったが、恭也は何気なさを装い、対象ブロックを細かく見ている。
 が、伊邪那美には恭也が調べていないように映っていたようだ。
 恭也は歩調を落とさず、また、振り返らず、伊邪那美へ確認している内容を伝えた。
「人の出入りが久しくあるかないかは入り口付近の汚れで分かる。最近に人の出入りがあった家は、僅かにだが土埃などがない道のようなものが出来ている。こうした作りなら、そうした情報から割り出すことも重要だ」
「恭也の着眼点に若さがない」
 恭也の説明を聞いた伊邪那美は、気づけなかったと溜息を吐く。
 そこで恭也が足を止めた。
「ここだな。人が長く立ち寄っていない痕跡がない」
「裏づけは?」
「直接調べた方が早い。情報に一致する場所だし、近隣住民へ裏づけを取る段階ではない。演技されたら看破は至難の業だ」
 伊邪那美へ応じつつ、恭也は何気なさを装い一周周り、監視カメラの穴を見つけた。
 同時に内部へ入り込める場所だ。
 伊邪那美と共鳴し、内部へ侵入すると、人の気配を感じる。
 すぐさまメールを送ると、恭也は彼らの動きを見、時を待つ。
 割り出し方法に傍目から見た調査色を押さえた為か、内部はまだ立て込んでおらず、その意味では恭也の方法は最も的確だったと言えるだろう。
 若さについては、別問題として。

●集まった欠片の先
 全員が集結し、準備整えて配置につく。
 到着までの間にメールで意見調整は終えており、後は最短で押さえることを考えればいい。
(ヴィランには潜伏通じないけど、非能力者なら十分通じるし。何もさせずに終わらせる……爆薬が簡単に手に入るお土地柄、自爆しないとも限らないからね)
(『殺さぬよう捕縛しろ。その方が評価高い』)
「りょーかい」
 そこだけ、声に出す。
 彼らに未来などない気もするし、敵を殺さないなんて甘いと思う。
 が、皆は真面目みたい。
 そのギシャを先頭で突入する雲は見た。
(『……雲、今気にするのはそこじゃないわ』)
 フローラが頭の中で指摘を行う。
 以前生駒山付近の温泉地で火事場泥棒を働いていたヴィランへ警告のつもりが行き過ぎてしまい、逆に相手を煽る結果となった。
 雲は任務前にも高音と十架へその件で迷惑を掛けたことを謝罪したが(彼女達はあまり責めないでと言ってくれたが)、あのことは忘れられないと思う。
(今度は間違えない)
 雲はフローラへ誓うように呟き、勢い良く突入した。
「警察だ!大人しくしろ!」
「くそ、もうエージェントか!」
 恭也見立て通り、警戒はしてもまだ動いていると気づいていなかった彼らはそれだけで浮き足立った。
 1度言ってみたかった台詞を言いながらも、雲は彼らに向かって深く踏み込む。
 様子から非能力者と判断しつつ、雲は守るべき誓いを発動させた。
 攻撃の優先順位が上がり、雲へ攻撃してくるが、AGWではない武器で今の雲を傷つけることは出来ない。
「ありがとうございます。……能力を使って悪事を成す、あなた方を見過ごすわけにはまいりませんわ!」
(『しばしの間夢を見ているがいい。裁きの時までせめて心安らかな夢を。……今だよ』)
 ファリンがヤンの助言を受けてセーフティガス。
 非能力者達は倒れ、その間に高音が意識落とした彼らを拘束していく。
 勝手口からも悲鳴が響く。
 あちらはリュカから主導権を交替したオリヴィエと征四郎が対処に乗り出している筈。
 彼らなら大丈夫。

 雲の突入より少しタイミングをズラした形でオリヴィエ、征四郎が突入していた。
 勝手口から逃げようとしていた非能力者がおり、オリヴィエが即フラッシュバンで彼らの視界を奪うと、征四郎は効率の良い立ち位置を選んでセーフティガス。
「征四郎、不利だとヴィランがエリクへ到達する」
「ええ。判り──」
 微かに男性が叫んでいる声が聞こえる。
(『エリクじゃないかな』)
 リュカに言われ、オリヴィエは改めて聴く。
 ……救いを求める声だ。
 程なく、他のエージェントと合流すると、声がした部屋を探しにかかる。
「2階角部屋だ!」
 ヴィラン達の騒ぎで十分気づいたらしいエリクの声で間違いない。
 部屋は見つかったが、部屋の前に男が2人立っている。内、1人はエリクにどこか似ている少年で、バスでの目撃情報と一致した。
「何故こんなことをするのです! エリクを解放しなさい!」
「俺達がこの技能を有効活用してやるだけだろう」
「あなた達が如何に強い能力者であっても、エリクが応じる訳がない」
 征四郎へも態度を変えない男が喉を鳴らす。
「応じていただくだけさ。」
「共鳴すると、奴の弟に少しは似ててな、おにいちゃん位言ってやって──」
「うるさいよー」
 言い終えるよりも早く、背丈の高いエージェントを遮蔽物にしていたギシャが縫止を放つ。
 ほぼ不意打ちであった為に少年の姿をしたヴィランへ命中すると、均衡が崩れて、戦場が動く!
(『ヴィランズ死すべし、慈悲はありませんわ』)
「いや殺すなよ。気持ちは判るが」
 ヴァルトラウテにツッコミしつつ、龍哉、リーダー格と思われる男へ一気呵成。
 押し倒しの追撃も発揮され、リーダー格は沈黙した。
「悪いが、ここまでだ」
「一応加減はする」
 オリヴィエが威嚇射撃で更に怯ませ、恭也が副リーダーへ続き、こちらも一気呵成。
 征四郎が念の為両者を範囲に入れてセーフティガスを発動させた。
(『ここには追加はなさそうだな』)
 ガルーは周囲に人がいないことを察し、呟く。
「元々能力者が彼らだけだったようです」
 龍哉がヴィランを拘束し終えた頃、藍が入ったエリクが無事を確認、チョコレートを食べ、落ち着いて貰ってから、彼と共に部屋から出てきた。
「ありがとう。信じて待っていた。ヴィランには負けたくなかった。彼らの不殺にも感謝する」
「何で殺しちゃダメなのー?」
「同じになりたくないからかな。だから、私の志で巻き添えになっていいとは思えなかった」
「ふーん?」
 ギシャにはエリクが言ってることがよく解らない。
 この後、誘拐の脅しに使われた爆弾が部屋で見つかり、処理を支部に委ねることになる。

 時間は多少前後し、1階。
 雲の守るべき誓い、ファリンのセーフティガスが効果的に決まった為、短時間で制圧されつつあった。
 残る敵は、あと1人。
(『恭也、仕上げちゃえ!』)
「これでラストだ」
 いち早く取って返した恭也が最後の非能力者を背後から強襲、沈黙させた。
「どちら側にも死者は出ませんでしたわ」
(『お疲れ様』)
 ファリンへヤンが労いの言葉を投げ、ファリンもほっと一息つく。
 エージェント達は制圧完了とエリク救出を確認、見つけた爆弾の処理も必要である為、支部職員へ連絡を入れた。
(『共鳴解除したら、忙しくなりますね』)
 禮の声はとても弾んでいた。
 エリクは与えられても辞退したそうだが、彼女はバクラヴァをとても楽しみにしていたのだ。

「今度はうまくやれたでしょうか?」
「ええ」
 任務も終了し、共鳴解除した雲が高音へ握手を求めると、高音はそれに応じた。
 と、フローラが禮と同じバクラヴァを食べる十架お持ち帰りの為に勧誘の言葉を投げている。
「3食昼寝付きでしかも雲のご飯は美味しいのよ?」
「十架ちゃんはダメですよ?」
 十架の背後から高音が抱きつき、その十架の表情を見たフローラは勧誘は断念するしかなかった。

 欠片の先に救うべき人があり、安らぎの時間がある。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

  • 太公望
    御神 恭也aa0127
  • 温かい手
    流 雲aa1555

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • ライヴスリンカー
    赤城 龍哉aa0090
    人間|25才|男性|攻撃
  • リライヴァー
    ヴァルトラウテaa0090hero001
    英雄|20才|女性|ドレ
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 温かい手
    流 雲aa1555
    人間|19才|男性|回避
  • 雲といっしょ
    フローラ メイフィールドaa1555hero001
    英雄|18才|女性|ブレ
  • マーメイドナイト
    海神 藍aa2518
    人間|22才|男性|防御
  • 白い渚のローレライ
    aa2518hero001
    英雄|11才|女性|ソフィ
  • 危急存亡を断つ女神
    ファリンaa3137
    獣人|18才|女性|回避
  • 君がそう望むなら
    ヤン・シーズィaa3137hero001
    英雄|25才|男性|バト
  • ぴゅあパール
    ギシャaa3141
    獣人|10才|女性|命中
  • えんだーグリーン
    どらごんaa3141hero001
    英雄|40才|?|シャド
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