本部

マイ・フェア・Baby!

形態
ショートEX
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
6人 / 4~6人
英雄
6人 / 0~6人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/02/27 21:09

掲示板

オープニング

●まおう様は思いわずらう
「まおーさまー」
 ダークブラウンのスーツの老人は、白い髭を片手で押さえてニャーンと鳴くネコスライムを無心に撫でていた。
「まおーさま?」
 緊張感の無い声を出しながら走って来た須頼の行く手を遮るように、浮遊していた二枚の盾がガツンと地面に突き刺さる。
「わっ! ちょっとこれどうにかしてくださいよ、まおうさま!」
 しかし、ぽよんぽよんとネコスライムを撫でている老人にはその声は届いていないようだった。ぽつり、と真央が呟いた。
「そうだ、子育てをしよう」
「ま、まおうさまー!? バレンタインにモテないからってしっかりしてください!!」
 悲鳴のような声に、初めて真央は彼の存在に気付いた。
「なんじゃ、須頼か……わしがもてないとはなんじゃ。今日も山のようなチョコを貰ったし、嫁からだって朝一番に手作りチョコをだな……」
 なぜか妙に老け込んだ真央室長の様子を心配……する前に、須頼主任研究員は驚きの声を上げた。
「まおうさま、結婚してたんですか!?」
「なんじゃあ、結婚どころか、先日娘が嫁に行ったわい。……嫁……結婚……ウッ……」
「うええええ! なんで娘さんがいらっしゃるのにワタシに紹介してくれなかったんですかあああ!?」
「はあ……、そうじゃ、孫……ちがう、子育てじゃ……」
 しかし、真央は須頼の声など聞こえないといった風で、ぶつぶつと何事かを呟いていく。段々と丸まった背中が伸ばされ、目に光が戻って来た。
「須頼よ、生物の子育てこそ文化の結集だと思わぬか?」

●育成ゲームはお好きですか?
 H.O.P.E.に毎度の如く風変わりな依頼が舞い込んだ。それは、茨城県つくば市にあるH.O.P.E.技術開発研究紫峰翁センター 真央研究室で行われている実験への協力要請だ。この紫峰翁センターはAWG研究開発から英雄世界についてまで広く研究開発を行っている組織だ。しかし、英雄世界の研究については遅々として進んではおらず、その研究過程においての副産物が評価されているお陰で研究が続いているような状態である。
「はッ!? 赤ちゃん!?」
 依頼を受けた女性職員が思わず椅子ごと後ろに下がって距離を取ったのも仕方ないことだろう。彼女の様子に須頼主任研究員は慌てた。
「ア、イイエ~! イヤ、ハイ~。我が研究室では英雄世界調査の一環として、VR(バーチャルリアリティー)ゲームを作成しまして」
 そのゲーム『リング・ブレイク』は、英雄がその自由な仮想世界にログインすることによって失った記憶を思い出すための刺激を与えようという試みのもと開発されたものだ。まだまだ開発途中の作品であり、その開発の協力にH.O.P.E.所属のリンカー……特に英雄の力を借りたいと言う。そして、研究室でVR機械を装着し、『リング・ブレイク』のVR世界で自分の種族のキャラクターを作って育てて欲しいというのが今回の依頼内容だった。

「……なんで赤ちゃんから……」
「子育てって文化によって色々違いますよね~! 英雄の方々は大概元の世界の記憶はおぼろげですが、その子育ての行動によって英雄の方々の深層心理、彼らの世界を探り出そうという試みですー!」
「はあ……、そうですか……報酬は出るんでしょうね?」
「もちろんです! 紫峰扇センターからの依頼ですから身元だって正確でしょ?」
「それはそうですが……」
 職員は完全に納得したわけではなかったが、紫峰扇センターからの依頼では受け付けないわけにはいかない。
「くれぐれも、英雄の方々には失礼が無いようお願い致します」
「お約束しますよ!」
 元気な声で話を締めくくった須頼研究員を女性職員は胡乱なモノを見るような眼差しで見送った。

「ほんま、酷い……」
 重いため息をついた真央室長は、紫峰翁大學の洒落っ気しかない学生リンカーたちによって作られたNPCデータを眺めていた。
 いわく『いつもはちょっと乱暴な普通の子だけどパパママのことが大好きなツンデレ男の娘。教育方針は立ち振る舞いを完璧に……』、いわく『目覚めると総べてを灰にする伝説の力を内包した儚い系キャラだけど、普段はホンワカはわわ系。教育方針はピアノ、水泳、茶道……』。
「特にこの『俺とKさんの愛の結晶、嫌いなものは納豆』とかなんなの? 人格も種族も子育て方針も完全に普通の人間じゃないか。誰もお前のハートブレイクストーリーとか聞いとらんし」
「まおーさまもハートブレイクとか結構えぐいこと言いますねー!」
 真央室長は自慢の髭を撫ぜながら、思わず呟いた。
「ワシの研究は間違っていたのだろうか……」
「そんなことありません! 育成ゲーはどの時代でも一定層の支持を得るものです、ワタシはがんばりますよー!」
「いくせいげー……?」
「あっ、いえいえ!」
「それにしても、現役のH.O.P.E.リンカーと組んで働いている社会人の英雄ならば、例え未成年でも、こんな夢みたいな設定のNPCを誕生させたりはしないだろうな」
「たぶんー! 現場の方ですからー! こういうのって中二病って言うらしいですよ」
「ふむ……だが、なんか不安じゃなあ。そうじゃ、子育てといえば」
「なんですかー!?」
 へらりと笑った須頼主任研究員の顔を見て、真央室長はぽんと手を打つ。
「親の思ったようには育たないもんじゃのぅ……」
「はっ!?」
 急に老人モードに戻った真央室長を見て、須頼は顔を引きつらせた。

解説

──真央研究室よりお知らせ──
 特別なVR機械によって英雄と能力者で共にゲーム世界に入り、あなたのNPC(子供)を作って育ててください。
 実験期間は三日。時間の流れはこちらで操作しますので、一日数時間のログインで数年分の時間がダイジェストで流れます。

 NPCはゲーム内世界でイメージすると現れます。必要な家・道具も同様です(限界はあります)。『名前・種族(英雄に合わせてください)・外見・性別・性格」などの記載をお願いします。その際、台詞や心情なども添えて頂けると助かります。
 子育て期間は乳児期(生後1ヶ月頃から1歳半頃まで)・幼児期(1歳半頃から6歳頃まで)・児童期(6歳頃から12歳頃まで)です。それぞれの関わり方を書いてください。台詞・心情もあわせてお願い致します。能力者に協力を求めても構いませんが、なるべく英雄主体で行ってください。

 その結果によって、最終的に十二~十六歳くらいのNPCが現れます。
 しかし、『イメージ通りに成長するとは限りません』のであらかじめご了承ください。

 ゲーム世界なのでリンクする必要はなく、また実際の筋力などは関係ありません。
 ただし、時々、プログラムが暴走し、反抗したり予想外の行動をします。
 このシナリオでは現実世界での死亡、怪我判定はありません。

・H.O.P.E.技術開発研究紫峰翁(しほうおう)センター
通称「紫峰翁センター」。HOPE東京海上支部所属。茨城県つくば市にあり、AWG研究開発から英雄世界についてまで広く研究を行っている。しかし、英雄世界の研究は遅々として進んではいない。また、峯山代表の方針で研究者の個々の研究を重んじており、それぞれに研究室を与えている。

・真央(まおう)研究室
室長、真央泰司率いるクリエイター集団……もとい、研究室。

リプレイ


●ナトくんの子育て
「まさかまたここに来るとはねー! ……前回は凄かったなー」
「……?」
 ゲーム『リングブレイク』の仮想空間に広がる大地を踏みしめて、シエロ レミプリク(aa0575)の瞳は遠くを見た。今でも地平線に白衣の幻が見えるような気がした。しかし、相棒のナト アマタ(aa0575hero001)はこてんと首を傾げるのみである。
「さて……」
 二本のピコピコハンマーを腕に抱え、以前ナトが貰ったゲームカードをひらひらと動かす。『爆裂☆ピコネコハンマー!』と書かれたそれはシエロの指先で突如輝き──二メートルほどの巨大な、猫をモチーフにしたピコピコハンマーに変わった。ヘッドの叩く部分にはぷにぷにとした肉球の膨らみまである。これが、前回の依頼でナトが作り出した、一見可愛らしい戦慄の武器である。小さなナトは危なげなくそれを抱えると、一歩踏み出した。もう、この世界での要領はわかっている。
 ナトが目を閉じると、大地からにょきにょきとたくさんの木々が生えだした。まるで、アニメ映画のワンシーンのように木々は力強くうねり育ち、そこは森になった。中心の大木の上部にはツリーハウスがある。
「へえ、これがナトくんのお家かあ」
 壁のいたるところにボルダリングのホールドのようなものがあり、天井近くにはハンモックが設置されていた。
「外敵から身を守るためとか?」
「……好きなの」
「そっちがメインそうだねえ」
 そんなことを話していた二人の前にふわりと光球が現れる。何かを察したナトはハンマーを置くとそれに手を伸ばした。
「カル アマタ」
 ナトの声に応えるように、光球が小さな小さな……ふわあ、とカルがあくびをした。小さなナトでさえ容易に抱えることができるその赤ん坊は、大きく尖ったエルフ耳を持ち、少しだけ緑がかった青色の短いがとてもふわふわした体毛に全身を覆われていた。
「やーん、かわいい! 可愛すぎるぅぅ~!!」
 悩殺されたシエロの声に、ナトの細い彼の腕の中でカルはもぞもぞと動いた。カルはよく眠りよく食べる大人しく可愛い赤ん坊だった。それからしばらくは。

 ツリーハウスの天辺から大木に渡ったナトはきちんと座れる場所を探すと、ベビースリングにしっかりと包んだカルを膝の上に移動させた。
「……」
 カルト出会ってからナトはいつもより多く笑う。この時も微笑みを浮かべながらなによりも大切な宝物を扱うようにカルを抱きしめた。そよぐ暖かい風。日光浴にカルも嬉しそうに笑った気がした。


●敏成と真里亞の奮戦
 研究員から依頼の詳しい説明を聞いた須河 真里亞(aa3167)は目を大きく見開いた。
「え? トシナリにそんな事できるの?」
 能力者による予想外の反応にぎょっとした職員をよそに、真里亞は思考を巡らす。
「あたしは絶対投げ出すと思います。高齢ニートだし。──でも面白そうだから許す!」
「ありがとうございます。って、俺はニートじゃない! ……多分」
 愛宕 敏成(aa3167hero001)はまさしく自分の娘ほども離れた相棒を見て抗議をしようと……試みた。記憶のおぼろげな英雄としてこの世界に現れて、また個人的にもこの依頼には少し興味があるのだ。だが、そんな愛宕の気持ちなどお構いなしに真里亞は悩む。、
「あ! そうか、親がニートだとやっぱり子供もニートなのかな? だったら可哀想だよね? やっぱ止めたら?」
「……どっちなんだ」
「……どっちなんですか」
 敏成と研究員の声が重なった。
 そんなこんなで敏成が真里亞と共にゲームシステムにログインすると、そこには彼が今住むマンションだった。
「リアル……」
 思わず呟く真里亞たちの前に光球が現れた。これが赤ん坊に変わるのだろうか?
「俺の子供か……確かにちゃんと育つとは思えんな。でも、ちょっと興味あるぞ」
 光球に恐る恐る手を伸ばす敏成。その背後で真里亞はうーんと唸った。
 ──トシナリが子育てだって? ヤバいよね。ちょっと受け過ぎだし……でも。
「やっぱ女の子かな? いや……嫌われたら多分再起不能になる。男の子か? 一緒に遊んだら楽しそうだし」
 同じくうーんと悩む相棒の横顔と光球を交互に見ながら、真里亞は赤ちゃんのイメージを思い浮かべた。
 ──でも、もしかしたら、赤ちゃんはすごく可愛くなるかも?
「……真里亞はどっちが良いんだ?」
 悩み抜いた挙句、遂に自分に助けを求めてきた年上の相棒に真里亞は答える。
「分かんないけど。……女の子、育ててるとこ見たい!」
 真里亞がそう言った瞬間、光球が赤ん坊へと姿を変えて落ちてくる。敏成と真里亞は慌てて手を伸ばし受け止めた。眠りながら、ふにゃっと動くその赤ん坊は黒髪黒目の二人と同じ日本人の女の子だった。その小ささ、華奢な姿に、真里亞の胸がきゅんとする。
「可愛くなり過ぎたらどうしよう? 職員の人があたしはあんまり関わらない方が良いって言ったけど服だけは別にして貰わなきゃ。色々壊滅的だし。思いっ切りフリルの付いた奴とか着せるの? 着せられるの??」
 新生児では無いものの、まだ小さな赤ちゃんの姿に二人のテンションは上がった。
「杏李。愛宕杏李です。ほら、カメラの準備も万端だ!」
 しばらくうんうんと悩んだ後、誇らしげに名前を発表した敏成の手には最新式のデジタルカメラとビデオカメラがあった。この世界は自分で念じれば作り出せる開発中のゲーム世界である。制限が無いのか、それとも彼の元の世界が現実によく似ていたせいか、欲しいものを思い描けば出すことができた。さて、と初期設定を済ませてカメラを杏李に向ける、その瞬間に、杏李の瞳がぱちりと開いた。その瞳が潤み、喉から絶叫が飛び出すまであと一秒。


●伊邪那美ママの事情
「伊邪那美が母親か……不安しかないのだが」
「ボクみたいな立派な淑女に育ててあげるからね」
 パートナー、御神 恭也(aa0127)の心配をよそに自信に満ち溢れているのは伊邪那美(aa0127hero001)である。
「う~ん……」
 そんなふたりを前にして須頼主任研究員は唸った。
 英雄、伊邪那美の希望は母乳育児だ。だが、彼女の見た目はまだ八歳ほどの少女で。
「えーっとですね、伊邪那美さん。育児中はワタシたち研究員もモニターで覗くことがありますし、それに、何よりこのゲームは『セロ:A』という全年齢向けレーティング審査のパスを目指していおりましてー」
 でも……と、須頼は悩む。母乳育児に拘る伊邪那美の姿勢こそが伊邪那美の英雄世界の重要な文化かもしれないのだ。そもそも、女性の胸は赤ちゃんのもので別にいやらしくはないはずでは? 須頼の中で研究者とゲーム開発者と非ロリータコンプレックス精神が戦った。
「わかりました」
 熟考の末、須頼は中空に指を滑らせ、それを召還した。
「大人の事情により、申し訳ありません──伊邪那美さんの母乳育児は応援しますが、モザイクをかけさせて頂きます」
 ペットのようにすり寄って来るモザイクを見て、健全な十六歳である恭也は思わずこめかみを押さえた。

 伊邪那美はまだ幼いその容姿からは想像できないほどに、赤ん坊に手をかけて毅然と育てた。恭也が見かけたことのあるようなポピュラーな乳児向けの玩具などは一切用いず、常に赤ん坊の傍に寄り添い抱いてあやす。
 ふと、食事をとろうと伊邪那美が立つ。ゲームの世界とは言え、お腹は空く。その場合は一旦ログオフしなくてはいけない。
「じゃあ、ちょっとの間だけどヨミちゃんをお願いするね」
 伊邪那美が言うと、慣れたもので恭也は頷いて彼女から赤ん坊を預かる。大きく瞳を開け、一瞬顔を歪めた赤ん坊だが、恭也が不器用に身体を揺らすと、彼を見上げてむすりと黙る。『月詠』と名付けられた黒髪の赤ん坊は伊邪那美と同じ赤い瞳を持っており、伊邪那美は彼女のその燃えるような瞳を灼眼と称した。
「お腹が空いたら他の子にお願いして母乳を貰ってね。粉みるくなんて訳の分かんない物を飲ませたら駄目だから」
「俺に母乳を貰いに行けと言うのか? 粉ミルクでも問題は無いだろに」
 ここは仮想空間の中である。伊邪那美の与える母乳と同じ成分をミルクも持っているはずだ。
「絶対に駄目! 授乳って言うのはね、只お腹を満たす行為じゃないんだよ。親子の繋がりを両者が感じる行為なんだから」
 伊邪那美の熱い主張をペットと化したモザイクが隣でうんうんとばかりに頷く。
「良く判らんが言い分は分かったから早く行け」
 伊邪那美の剣幕に驚いたのか腕の中で身じろぐ月詠。彼女を抱えた腕を揺らしつつ、恭也は伊邪那美を部屋から押し出した。もちろん、その間の食事は求められてもミルクだが、伊邪那美にはあらかじめ保存した母乳だと言う予定である。もちろん、成分的には同じなので間違いではないし、いつも伊邪那美がするように月詠の目を見ながら気を付けて優しく与えようと思う。それよりも問題は、伊邪那美を求めてすぐに泣き出す月詠をこれからどうあやすかである。


●オリヴィエの健闘
 オリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は英雄と呼ばれるものとしてこの世界に来る前の記憶はほとんどない。彼が育児の場として創ったのは、現在彼が住んでいる木霊・C・リュカ(aa0068)の実家である木造平屋の古本屋だった。彼の記憶の正確さを表すかのように、そこは現実と殆ど差異の無い建物だった。
「ふふ。銀木犀の子かぁ」
 リュカは笑う。自身が銀木犀──olivier odorantと名付けた記憶の無い相棒の心の物語に触れられるかも、と好奇心を抑えられないようだ。
「……親がどういうものか、俺は全く知らない。思い入れもない。そんなモノでも、親になれるのか?」
 思わず漏らした呟きは彼の不安の表れだろうか。だが、悩み続ける間もなく古本屋の扉を開けると光球が弾け、その赤ん坊は小さな手でオリヴィエの胸元をきゅっ……と弱々しく掴んだ。
「……しろがね」

 重度弱視者であるリュカだが、この仮想空間ではいつもよりはっきりと周りを知覚していた。しかし、ここがゲーム内であるせいか、そのことにリュカ自身はほとんど気づいていなかった。そもそも、それに気づく余裕すら無かったのだが。
「これは……」
 育児についての情報を探してサポートする以外は、オリヴィエの育児の見守り役に徹していたリュカだが、その部屋のあまりの惨状に少しだけ苦笑いを浮かべた。
 銀木犀の花のように白い肌を持った白銀は、肌以外はオリヴィエによく似ていた。金の瞳と深緑の髪──しかし、彼女はオリヴィエと違ってひたすらよく泣いた。特に夜は酷かった。とにかく一日中泣く。泣いて食べて少し眠って泣くの繰り返しだ。お腹が空いた、おむつが濡れた、それだけではなく、お腹がムズムズする、外から聞こえる音が嫌、服の布の感触がなんだか嫌、窓から入った光の模様が嫌、そして、オリヴィエの姿が見えないから嫌だ、と。
「……泣くのは、寝るのが怖いから、らしい。臆病なのは良い事だ。生き残るのに、必要なモノ」
 片付ける少しの時間も取れず、仕方なく散らかった部屋の真ん中で、白銀をいつでも守れるよう、抱き上げる形で傍にいるオリヴィエ。そんな彼に気付いてリュカは微笑んだ。
 ミルクもおむつも抱き方まで一から勉強。元々、オリヴィエは食事睡眠を基本的にとらないが、それでも、四苦八苦しながら白銀の世話をしている。
 ──寝なくても平気な英雄の体質は夜泣きの時に中々役立つ。
 そう呟くオリヴィエの横顔は真剣で、時々見せる困り顔も呆れ顔もない。


●ガルーの戸惑い
「征四郎……っ、これは、どうしたらいいんだ……!」
 ガルー・A・A(aa0076hero001)の腕の中で大きな目をくりくりと動かしている女の赤ん坊は六花。彼女が腕の中で身をよじるたびにガルーは肝を冷やした。
「り、リツカ!」
 元々、ガルーは小動物などか弱いものは壊してしまいそうで苦手なのだ。それは、自分の子供である六花に対しても同じで。
「抱き方はあってると思うのです……大丈夫、笑ってますよ」
 七歳ほどの少女である紫 征四郎(aa0076)が、予想外に小さく元気に動く生物に戸惑いながらも、応援する。
 食事を与えオムツを替え、なんとかゆりかごで寝た六花を隣の部屋に残し、ぐったりと疲れたガルーがリビングに戻ると征四郎が飲み物の入ったグラスをテーブルに置いた。
「ガルーはおつかれさまなのです」
「んー……」
 無意識にグラスの前に座りながらも、ガルーは自分の掌を見つめてぼんやりと思考を巡らす。ミルクの与え方やオムツ替えなどは初めてのはずなのに、自分はずいぶん手慣れていると感じた。
「多分二度目だ。なんとなく覚えてる」
 征四郎は長い髪を揺らして、そんなガルーの横顔を見守る。突然、ふにゅあと言う声が開いたドアの向こうから聞こえて、ガルーは慌てて部屋を飛び出した。征四郎は残された空のグラスを片付け、ミルクの時間はいつだったかとメモを見返す。
 次の日からも、歌を歌い絵本を読み聞かせて甲斐甲斐しく面倒を見るガルーを征四郎は助けた。


●白虎丸の息子
「子供の名前は千代(ちよ)だ! それ以外は認めない!」
「それはお前の実の息子の名前だろう! ……でござる!」
 虎噛 千颯(aa0123)のあまりにも横暴な提案に白虎丸(aa0123hero001)は当然の抗議をした、のだが。
「名前は絶対に千代! いいね白虎ちゃん!」
「わかったでござるよ……千颯はどれだけ息子が好きでござるか……」
 頑として譲らぬ千颯に押し切られる形で、ここに二人目の千代が誕生した。
 千颯が営む駄菓子屋『がおぅ堂』に似た、けれども違う一件の駄菓子屋。それが彼らの家だった。光球が弾けると虎の耳と尻尾が生えた赤ん坊が白虎丸にしがみついた。
「おおっ、小虎!」
 千颯のあげた声に、なんと赤ん坊はにまーっと笑った。その笑顔にふたりは一瞬で虜になった。

「びゃ……白虎ちゃん! なにしてるの!? そんな熱いのだったら火傷しちゃうよ──っ、おっ!? お、落ちる!!」
 テーブルに用意された哺乳瓶の中で燃えたぎる溶岩(マグマ)さながらにフツフツと沸騰するミルクを見て千颯は叫び、振り返って白虎丸の腕から零れそうな赤ん坊の姿にもう一度叫んだ。しかし、千颯の制止も間に合わず、白虎丸の腕に抱えられた千代はぐるん、と頭から落下。しかし、ぽふ、と、念のために千颯が敷いたクッションマットの上に猫のように着地した。
 はああああと、思わず膝から崩れ落ちた千颯は三歳の息子を持つ『父親先輩』だ。赤ん坊の世話だけでなく、育児時の危険も苦労も知っている。
「……ガルーちゃんも初めてだけど、もう少しうまく抱っこしてたよ」
 思わず言葉が零れてしまうほど、かの英雄は赤ん坊の世話がぎこちなかった。父親先輩が相棒だったのと、千代が半人半獣のせいか人間の赤ん坊よりたくましかったのが救いだ。
 ──千颯の子は見てきたでござるが……いざ自分でとなると大変でござる!
 ひたすら冷や汗ばかりをかきながらの世話の毎日で、数々の戦場を潜り抜けて来たはずのたくましい白虎丸が、ふとした瞬間に気を失うように畳の上で倒れて眠る、そういう日々が続く。ふわふわふかふかの白虎の被り物の毛並みもなぜか毛艶が悪くなりペタリと一回り近く小さくやせ細ったように見えた。
「ち……千颯! 泣き止まないでござるよ!! どうすれば良いでござるか!」
「……白虎ちゃん慌てすぎっ、ウケる!」
 そんな毎日の中、いつものごとく、けらけらと笑いながらもフォローとアドバイスする千颯が、ふと目を細めた。
「千代ちゃんギャンかわ~、マジ俺ちゃんの息子とクリソツ~」
 その言葉に、白虎丸は千代を見ながら覚えていない過去に思いをはせる。
「子供か……俺には実際に子供はいたのでござろうか……」
 はたと気づくと──「白虎ちゃん、何言ってんの?」とばかりに呆れたような千颯の目が向けられていた。……おそらく、子供が居たのなら、なんらかの理由で妻か家族に任せっきりだったのだろうと白虎丸は思うことにした。


●公園のひととき
「この子は千代でござる。よろしくでござる」
 元気よく飛び出そうとした千代の肩を掴んで、白虎丸は挨拶した。倣って、他の英雄たちも子供中心の自己紹介を始めた。
「うちでは三歳から槍術を教えている……のでござる。やはり、子供の成長は早いでござるな……」
「かー、やっぱ子供は天使だね~」と千颯。
「……すごいよ」
 にっこりと笑ったナトを見て、シエロは家中の足場を使って登りまくっているカルを思い出す。彼女自身はそれを見ていつもハラハラするし、すぐに抱きしめてあげたいのだが、相棒の教育方針を思い出して耐える。すると、ナトはうまくできたカルを嬉しそうに褒めるし、ご褒美にはピコ☆ネコハンマーで呼び出したネコスライムで遊ばせている。起爆しないネコスライムはプリティなだけだ。
 性格は元気ならそれで良いという方針の敏成が少し自慢げに語る。
「健康には絶対に気を遣おうと思うんですよ。データ上の存在とは言え関わった何かが病弱とか辛過ぎる……ただ、欲を言えば『お父様』って呼んでくれる様な子供に成って欲しいぞ。あくまで欲を言えばですが」
 乳児期中、常にあたふたしていて二言目には「真里亞~!」だった敏成の嬉しそうな発言に多少イラッ☆としないこともないが、気を抜くと相棒の存在が「脳内妖精かな?」くらいの認識になってしまう真里亞はその苛立ちをスルーした。スルーしたが、現役女子高校生として譲れないこともある。
「『お父様』とか有り得ない! トシナリで充分だし。何と無くあたしに似て可愛く成りそうだからお買い物とか一緒に行きたい! ……と言うか、連れ出すよ。協力者さんに連れて行って貰ったあの街一緒に歩きたい」
 真里亞は日本狼の力を受け継ぐワイルドブラッドの少女だ。両親がヴィランに殺されて以来、彼女の一族に同情的な協力者に助けられている。その協力者に、昔、都会のおしゃれな街並みに連れて行ったことがあるのだ。しかし、今までは隠れ住むワイルドブラッドの立場上、気軽に行くことはできなかった。
「うちは、花の名前を教えたり、調合させたりしているのですよ。とても賢い子なのです」
 征四郎が自慢げに千颯たちに告げると、六花は照れたように笑って杏李と手を結んで砂場へと向かった。
 六花は確かに賢かった。しかし、多少、他の子たちよりも話すのが苦手の様だった。うまく伝えられなくてしょんぼりとする六花。
『話せねぇなら無理に話さなくていい。挨拶だけはしっかりやれ。にっこり笑うと、なお良いが』
 ガルーの言葉が幼い心にどれだけ届いたのかわからない。しかし、六花はそれ以来、よく笑う子になった。
「みんな熱心だよね」
 などと、話を聞いているリュカは、おそらく一番厳しく育てているのはオリヴィエなのではないかと思っていた。物を持ったり、自分の意思を伝えられるようになった頃から、白銀は生きるために必要な技を教え込まれていた。リンカーとしての戦い方から始まって買い物、料理、勉強と。弱音を言えば叱咤することもあったが、それと同じくらい、白銀を抱きしめて言い聞かせるように「よくやった」と呟く彼の姿を見ていたからだ。

 それぞれ子細は違うものの同じく戦争のような乳児期を乗り越え、一同は戦友のような気持ちで公園に立っていた。
 けれども、そこも戦場であった。
 ほんわりと暖かい散歩日和に、砂場の横の居心地の良さそうなベンチがおいでおいでをしているのだが、リュカ以外、まだ誰もそこへ座ることは叶わなかった。
「もっくん、わたしの~……やあっ」
「にー!」
「やめろおお!」
 幼児に大人気のもっくん。月詠が片時も離さないもっくん。授乳を卒業した月詠のお気に入りの、モザイクのもっくん。
「あ、破けた」
 モザモザしたモザイクのもっくんは、幼児たちの綱引きに負けて、パズルのピースのように弾け飛んだ。途端に公園の砂場のあちこちから轟音があがる。
「いやああああああ!」
「わああああん!」
「うるしゃあああいっ」
 ここは保育園だろうか……。凍り付いた敏成たちの隣を毅然と通り過ぎる影があった。伊邪那美だ。不思議なことに彼女が近づくと、泣き喚いていた幼児たちの声のトーンが各段に落ちた(しかし、泣き止まない)。
「月詠」
「まっ、ばあまぁっ」
 涙と砂場の砂でぐしゃぐしゃになった顔で伊邪那美にしがみつく月詠。伊邪那美は腰を落として目線を合わせると優しく語りかけた。
「ヨミちゃん、もっくんは後でボクがチクチクしてきれいにしてあげるからね」
「ありあとぉ……っ」
 泣きながら、何度もコクコクと頷く月詠。しかし、続けて「でも」と、伊邪那美の声のトーンが少し下がった。
「カルちゃんが貸してしたとき、ヨミちゃんは『あとで』って答えたよね? それからずっと貸さなかった。カルちゃん、ずっと待ってたんだよ?」
「だってえ」
「月詠。もし、ヨミちゃんが貸してのお約束してもらった玩具を、いつまでも貸してもらえなかったら悲しいでしょ? それなのに目の前でずっと遊ばれてたらいやでしょ?」
「ぅん……」
「自分がされていやなことは、しちゃだめ。わかるよね」
 伊邪那美の言葉に月詠はこくんと頷き、カルにごめんなさいと謝った。ナトになにかを囁かれていたカルもぺこりと頭を下げる。
「……意外だな、伊邪那美の事だからもっと甘やかすと思ってんだが」
 伊邪那美の隣に恭也が立つ。伊邪那美の胸元に顔を寄せてぎゅーっと彼女の『ママ』の服を掴む月詠の頭を撫でながら、伊邪那美はにっこりと笑って言った。
「やったら駄目な事を駄目って教えないのは甘やかしじゃなくて、育児の放棄だよ」
「伊邪那美はすごいのです。ガルーはびっくりして泣いている立花の所に早く行ってあげるのですよ」
 征四郎に袖を引かれて、唖然と成り行きを見ていたガルーは慌てて離れた所で砂山を作っていたはずの六花がべそをかいていることに気付いて駆け寄る。
「白虎ちゃんも、あのヒーローを回収しないとなー」
 千颯に声をかけられて、千代が泣いていることに白虎丸も気づく。引っ張られているモザイクのもっくんを守ろうと、持ち前の正義感を発揮して飛び出したものの、どうしていいのかよくわからなくなって泣いている千代の元にすっ飛んで行く。
「トシナリ……それで、杏李はなんで泣いているのかな?」
「お腹空いたのに気づいたんだな! 杏李は食いしん坊さんだから。……可愛いなあ」
 目尻を下げてビデオを回している敏成に、真里亞は「早く連れて来なさいって!」と肘鉄を食らわせた。
「……」
「……よくやった」
 混沌とした中で、リュカの隣に立つオリヴィエの元に、白銀がモザイクの欠片を集めて届けた。目線を合わせたオリヴィエに頭を撫でられると、はにかみながらもオリヴィエによく似た顔いっぱいに笑みが浮かんだ。
「しかし、うーむ……」
 杏李を抱き上げながら振り返って、改めて砂場を見渡した敏成は思った。
 ──まず、三十歳のガルーパパ、被り物のせいで年齢はわからないが四十五歳くらいの白虎丸パパ、十歳のオリヴィエパパ、そして、八歳のナトくんに伊邪那美ママ。四十七歳の自分ことトシナリパパ。そこに、同じく八歳くらいの征四郎。そして、女子高生の真里亞、同じくらいの歳には見えない落ち着きの恭也、逆関節のアイアンパンクのシエロ──は、十七くらいか。二十三歳の千颯と二十八歳のリュカ。それらが、赤ん坊期を抜けたばかりの幼児を連れて親として諭している。
 これらは、見た目からの推定年齢だが……これは……。
「カオスだなあ……」
 もそり、腕の中の杏李が動く。そして、真里亞のせいで覚えてしまった呼び方で敏成を呼ぶ。
「トシナリ、トシナリ」
「ん……? 杏李、お腹空いた?」
「ぶー、はずれ! はい、あーん! くっきー! ──げほごほっ!」
 クッキーに見立てた泥だらけの葉を自分に差し出しつつ、同じものを噛んでせき込んで吐き出した杏李を見て敏成はわたわたと慌てた。
「杏李!」
 躾は大切だが、そのほかは元気ならそれでいい。だからそのぶん健康に気をつけよう、と心がけているだけに。
「トシナリ!?」
 自分の汚れも気にせず杏李を抱えたまま走り出した相棒を、真里亞は慌てて追いかけた。


●子は思う通りには育たたない
 草原を渡る風に混じるのはシチューの香りか。学ランの中に仕舞っていた武器の手入れをしていたオリヴィエは顔を上げる。なんだかんだとそれぞれ子供たちに戦闘術を教え始めた英雄たちはよくこうして野外の合同訓練していた。今日は子供たちが訓練ついでに自炊をすると言うのでその付き合いだ。
「……オリヴィエ、料理ができましたよ」
 そこにはオリヴィエより随分背の高くなった白銀が立っていた。ほっそりとした四肢、それでも顔や雰囲気にはオリヴィエの面影がはっきりと残っている。しかし、白銀は自身の身長がオリヴィエの背を越えた辺りから彼を「パパ」とは呼ばなくなった。それをなぜか『寂しい』と感じながらも、彼は名前を呼ぶ白銀を受け入れた。
「白銀~!」
 パンの入った籠を抱えながらやってくるのは千代だ。後を月詠がおっとりとついてくる。千代がパンを話しながらうっかりつまみ食いしないか見張っているのだ。なんだかんだと仲の良い子供たちを見ながら、オリヴィエは独白のように呟いた。
「……一人で生きる術は必要だ。でも、独りは駄目だ。──だって、俺はずっと一緒にいてやれない」
「子供同士で遊んでるの見ると、ほっとするよな」
 敢えてオリヴィエの言葉の後半を流したガルーが芝生から身を起こす。
「俺ちゃんの子もこんな感じで育っていくのかな~」
「先が楽しみでござるな」
 千颯と白虎丸がじゃれている子供たちを見て笑っている。また、話しながらつい千代が籠からパンを一つ食べてしまったらしい。
「にー!」
 千代たちの後ろから、ナトの姿を認めたカルがまだ少し小柄な手足を思いっきり振って走り寄って来る。
「……シエロ、お願い」
 カルの身長がナトを超えてしまい、体格的に抱っこが出来なくなったナトはシエロに頼む。もちろん、本当は自分でやってあげたいのだが。
「まっかせなさーい!」
 飛び込んで来たカルを受け止めるとシエロはひょいとナトとカルを両肩に乗せた。
 シエロの肩の上で大好きなナトと並んで非常にご機嫌なカル。
そして、目を輝かせてシエロに寄って来るまだまだ子供の少年少女たち。
 ──多くの人との出会いを与えたい。自分で考える力を持ってもらいたい。力の使い方を覚えて貰いたい。武術と共に礼節を学んでもらいたい。
 沢山の願いを胸に、白虎丸も不器用ならがも一生懸命千代を育てた。正義感が強い性格はそのままに、多少うっかりした所はあるものの、我ながら千代は真っ直ぐないい少年に育っていると思う。怒らず叱り、諭し……大人ふたりがかりでも大変な労力がいった。
「まだ子供でも千代はヒーローだしね。男の子もいいんだぜ!」
 千颯が呟くと、ガルーががくんと蹲った。
「ガルーさん?」
 慌てたシエロがガルーの傍でナトとカルを肩に乗せたまま狼狽した。
「……六花は反抗期なんですよ」
「……お父さんとは洗濯物分けてって言われた!!」
「しっかりするのですよ!」
 ガルーと征四郎のやりとりを、敏成は冷ややかに見ていた。
「月詠ボクのことをママと呼ばなくなったよ」
 オリヴィエと同じような悩みを持つのは、彼とそう変わらない身長を持った伊邪那美だった。
 それでも、彼女はオリヴィエや他の皆と同じように保育者としての矜持を持って育児にあたっていた。さらに恭也に武術、自分は淑女教育を担当して教育を施している。もちろん、そのために子供達の時間を蔑ろにはしない。月詠の無理にならないように注意して教育を行う。そして、ただ教え込むのでは無く、学ぶ理由を理解するまでしっかりと話し合っていた。
「ボク達が色んな事を教え込むのはね。ヨミちゃんが将来を選べる様にする為なんだ」
 ある時、伊邪那美は月詠の両眼をしっかりと見つめてそう語った。
「ヨミちゃんは無限の可能性があるんだ。でもね、知らないが故に可能性が狭まっちゃうかも知れないんだ」
 そういえば、月詠が彼女を「ママ」と呼ばなくなったのはこの頃からかもしれない。
「……ウチなんてトシナリ呼びなんだけど」
 じっとりと敏成が声を上げた。真里亞がばつの悪そうに視線を逸らす。杏李は、年が近く、必然的によく育児に関わってしまった真里亞に影響されてなのか、敏成を真里亞のように呼び──真里亞のように扱っているのだった。
「それでも、我が子は可愛いってなあ……」
 大きくため息をついた敏成の言葉に、一同は笑った。


●おやすみ、さようなら、……
 大きくなった杏李たちを連れての訓練の帰り、草原の木陰でごろんと眠ってしまった子供たちを遠目に見ながら、エージェントたちはそれぞれ持参したお茶を飲んでいた。
「……そろそろか」
 敏成の呟きに、その場に沈黙が下りる。
 その晩、ガルーは征四郎が用意したコップを手に取ると、隣の部屋で眠っている六花へ視線を投げた。
「なぁ征四郎、聞き流してくれると嬉しいんだが……怖い。次会う六花がどうなっているのか、この先を見るのは」
「『恐れて足を止めないこと』ですよ、ガルー」
 それはふたりの……ガルーを現世に留めるリンカーと英雄の誓約。そうして、征四郎はガルーの背中を押した。
「きっと、今は向き合わなきゃダメなのです」
 いつの間にか育った子供たち。そろそろ、別れの時が近づいていた。

「皆さん、子育て奮闘、お疲れ様でした!」
 一列に並んだ子供たちの姿に、英雄たちは決まり切れない覚悟をそれぞれそれなりのところへと落とし込んだ。そんな一同の表情を察したのか、真央室長が口を開く。
「皆さん、今まで接した子供たちと別れるとなるとお辛いだろう……しかし、悲しむことは無い。彼らはここで生きて行くのだから」
「それにですね」
 須頼が申し訳なさそうに言う。
「これは、ゲームです。NPCたちはNPC、データで作られたゲーム上の登場人物であってみなさんの子供ではありません。これは戻ってから説明しようと思ったのですが、今、言ってしまいますね。ここはVRの世界です。みなさんの思考によって創られます。この子たちは、みなさんが意識下で思うように動き、思うように育ったのです」
「だからこそ、わしらの研究に役立つというわけじゃ。いつか、英雄の方々もこの世界で本物の子供を抱く日も来るだろう。その日まで、この子たちが喜びであればよい、心のしこりにならないことを祈る」
「それでは、ログアウトしましょう。報酬と説明をいたしますねー」
 須頼と真央は話すと宙をなぞった。すると、ふたりの姿は掻き消え……。
「──あれ?」
 ふたりの研究者の姿は消えても、エージェントたちはその場に立っていた。
「……千代」
 何かに気付いたかのように、白虎丸が口を開いた。ずっと黙って微笑んで立っていた子供たち。その中心に立っていた千代が口を開いた。
「……先生たちが仰ったように、俺たちはデータに過ぎないし、これはもしかしたら父上たちが願ったことなのかもしれないけれど、どうか、最後に俺たちから挨拶をさせて欲しい」
 そんな千代を見て、白虎丸は「随分、男前になったもんだなあ」と他人事のように思う。背中を力強く押されて、振り返ると微妙に顔を引きつらせた千颯が笑う。その目が水面のようにきらと光ったのは気のせいか。
「ほら、白虎丸。お前のヒーローが待ってるんだぜ」
 目の前の耳と尻尾を生やした少年が、白虎丸の前に膝をつく。
「父上、お元気で……某、とても感謝しております」
 千代の言葉で弾かれるように月詠が伊邪那美の腰にしがみついた。
「ママ! ママ!」
 久しぶりに聞く月詠の甘えた呼称に、伊邪那美は恭也に背を向けて彼女の髪を優しく撫ぜた。もう彼女は伊邪那美より遥かに背が高くなっていた。
「……ナトくん」
 シエロが気を遣うようにそちらを見ると、笑顔のカルがナトとシエロにダイブしてきた。
「おおっと!」
 大きくなったカルの身体をシエロがなんとかキャッチすると、ぶらりとぶら下がったままで、カルがシエロとナトを指して「にー、だいすき!」と言った。
「ん、ありがとう」
 代表してシエロが答えると、カルは更に笑顔を深めて、ナトを指し「ナト!」と叫んだ。それから。
「たいせつ!」
 そう、叫び、自分より小さなナトの首根っこにしがみ付いた。
 ガルーの目の前に立った六花は、何か吹っ切れたように笑った。
「……お父さん。六花のことを忘れても、六花が誰かの代わりでも、六花はお父さんの娘です」
 六花の言葉に、彼の両目が驚きに見開かれた。
 うっすらと残っている記憶の中。微笑むのは七歳くらいの少女だ。それ以降は知らない。会えなかった。ガルーは死刑囚であった。知識欲によってたくさんの人を死に至らしめた、罪を持つ。
 ──犯罪者の父親。
 そんなものを背負った娘が、都合よく記憶を手放してしまった父親をどう思うかなど考えたくもない。けれども。
「六花は六花だ」
 絞りだしたその声に、六花は涙を浮かべた。
 オリヴィエとリュカから少し離れたところで白銀は立った。自分の背丈を越した彼女を見て、オリヴィエは何を言おうか躊躇った。だが、即座に何かを察知して素早く魔砲銃を構える。同じスピードで白銀は己の銃を抜いていた。しかし、黙ってそれをしまう。
「……おとうさん」
 白銀ははっきりとそう言うと、綺麗に頭を下げた。それは言葉にならない万感の思いが込められていた。
 最後に残った敏成は頬を膨らませて真っ赤になっている杏李を見た。もう真里亞とほとんど同じ年で化粧までしている。ショートパンツから伸びた長い脚にキラキラした色とりどりの爪。短く切った髪。そこには泥だらけの葉っぱを食べて吐き戻した少女の面影は──敏成にはよく残っているように見えた。
「……お父様」
「……えっ」
 突然の言葉に驚いた敏成を付き飛ばすようにして、杏李は言った。
「真里亞に迷惑かけないでね!?」
 笑い出した真里亞がやがてすぐに杏李に抱き着いて、敏成はとりあえず真里亞と杏李をまとめて抱きしめることにした。


●またね
 エージェントたちが目覚めたのは、真央たちとほぼ同時だった。そして、研究室の誰もがあの光景をモニタで見てはいなかった。訳のわからない不安と確信が同時に英雄たちの胸の中を過った。
 建物から外へ踏み出すと、そこはいつもの日常だった。そういえば、あの世界にはこんなアスファルトの匂いはしなかった。
「……、……もう、会えないのか?」
 言い表しようのない胸の痛みがオリヴィエを襲った。
「……小さく、なったな」
「──何を言ってるのかな。これはヨミちゃんたちじゃないよ」
 記念に、と気安く渡された画像と自己紹介の音声メッセージが入ったMメモリー。手のひらに収まる小さなその表面を撫でて思わず呟いた敏成に、背筋を伸ばした伊邪那美が毅然と言う。
「ヨミちゃんたちは『あっち』でちゃんと生活しているんだよ。だってボクたちがひとりでも生きていけるよう立派に育てたんだから」
「伊邪那美お母さんは強し、なのです。ガルーもしっかりするのですよ」
 そう言って笑った征四郎の顔は力強く輝く陽光のようで。
「そうだ、撮った写真や映像をコピーしてもらったんだよね! 見る人ー!」
「はーい! シエロ、あたしにもダビングしてもらえるかな? トシナリが撮ったのもある?」
 元気な真里亞たち女性陣の声に引っ張られて、どこかしゅんとしていた男性陣も顔を見合わせて小さく笑い合った。

結果

シナリオ成功度 成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • LinkBrave
    シエロ レミプリクaa0575
    機械|17才|女性|生命
  • きみをえらぶ
    ナト アマタaa0575hero001
    英雄|8才|?|ジャ
  • 憧れの先輩
    須河 真里亞aa3167
    獣人|16才|女性|攻撃
  • 月の軌跡を探求せし者
    愛宕 敏成aa3167hero001
    英雄|47才|男性|ブレ
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