本部

裁かれる君の、断頭台へ向かう背中へ

鳴海

形態
ショートEX
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/02/25 15:53

掲示板

オープニング

6 EX 裁かれる君の、断頭台へ向かう背中へ


 北欧とある村で聖女が復活したという情報が入る。
 とある宗教において、その存在をたたえられた聖女で。
 その乙女は、人々の苦悩を受け止め救い、その果てに政治的な理由によって火あぶりにされた。悲しい生涯を持つ。しかしその女性は最後まで誰かを恨むということをしなかった。
 そんな聖女の名を名乗る何者かが現れたらしかった、エルサと自らを呼ぶ彼女は世界的にはみむきもされぬ存在であった。
 最初のうちは。
 そう、最初のうちは単なる噂の行き。そんな人もいる程度の話だった。実際に彼女は聖女らしく軌跡を起こすでもなく、単なる聖職者と同じぐらいの働きしかしていなかったからだ。
 人々の嘆きを訊き、後悔を訊き、罪を許し、皆のためにその手をとって、貧しき者がいればパンを与えた。
 結局それに事件性はなく、変わった女が現れただけの話だったが、そうとるに足らないとこの問題を放置していたがために、一気に火種が爆発した。。
 今ではH.O.P.E.に出動依頼が来るほどに自体は深刻性を増していたのだ。

 ことの経緯を語ると、こうだ。

 そのエルサなる人物は救済活動の傍らH.O.P.E.に対する疑念を民衆に植え付けていたのだ。そしてその種が芽を出したころに、H.O.P.E.のありようを糾弾し始めた。
 芽吹いた芽はやがて茎になる。今では彼女の糾弾の声に賛同する者が多くあり。反H.O.P.E.思想がこの町に根付いていた。
 今や彼女の信奉者はこの町全体に及ぶ。

 H.O.P.E.はこの時点でやっとこれを異常事態と認識。
 解決のために諜報員に彼女のことを調べさせた。すると。
 素性も不明、どこから現れたのかも不明。それどころか彼女は霊力を纏い、その力を行使している場面すら見られた。
 つまり彼女は愚神だったのだ。
 そこでH.O.P.E.は問題解決のために交渉人としてリンカーを数人派遣した。
 彼女の力は世界に対する物理的な脅威ではなく、人々の心を掌握した社会的驚異だったために。それを愚神だからという理由で一方的に攻撃することができなかったのだ。

 だが、それすら彼女の罠であり。
 そのことに気が付いたのは、『この世の悪の根元であるH.O.P.E.の英雄たち、それを公開処刑する』というふれこみが全世界に流た時だった

   *    *


《聖女の演説》
「いいですかみなさん、H.O.P.E.は偽りの正義なんです、英雄など愚神と何も変わらない。彼らがいたところでこの世界は平和にならない」

 エルサは囁いた。
 この世界を正しく修正したくはないかと。
 エルサは鼓舞した。

「H.O.P.E.は愚神に対処するために英雄の力が必要だと言いました。しかし事実ではありません、愚神も英雄も本質は変わらない、ただ愚神は自身の欲望の赴くままに行動し、英雄は自身の利益のために人間を利用しているだけなのです。」

「思い出してください、愚神にどれだけの被害を与えられたか。しかし英雄たちは来なかった、来たのはあなた方が大切な人の死を認めた時だった。冷たくなっていく体をただ抱えて絶望しているあなた達を英雄は救いはしなかった」


「そうだ。英雄たちは何を救ってくれましたか? 彼らはことを収めることはできたかもしれませんが、犠牲が出るのは止められなかった、むしろ彼らが戦ったせいで壊れたものは多くあるはずだ」

「であれば、我々は戦うみちを選ぶべきではない。英雄という存在、愚神と戦おうとする存在を排除し。愚神たちと交渉しながら生活をすればいいだけではないですか」

「争いとは何かと何かがぶつかるから起こるのです、争う心、そして存在を捨てましょう。愚神たちと共に歩む未来を描きましょう」

「彼等は英雄と呼ばれるくせに、人々を救えなかった。最近起こった日本の大がかりな作戦でも、被害が出たと聞きます」

「英雄なんて必要ない。英雄こそ元凶」

「どれだけ涙を流しましたか、愛する子供が無残にも愚神の手によって殺されて、血まみれのその体を抱きしめた、その悲しみは、H.O.P.E.がなければありえなかった。もう私たちの代で終わらせるべきです、この悲劇を」


 
   *    *


 あなた方は断頭台の前にいる。そこには先発で派遣されたリンカーの英雄たちが繋がれていた。
 なぜ英雄だけなのか、それは彼女の目的太『英雄の根絶』だからだ。
 断頭台を取り囲んだ民衆は、その村だけではなく周囲の町や市からも人間が集まってきていた。
 全ては英雄たちの首が堕ちるその瞬間を見るために。
「これは当然の処置です、彼等に騙され今まで利用されてきた能力者たちを悪しき手から解放するにはこの手段しかありませんから」
 エルサの演説が再びはじまる。注目が最大限に集まるその瞬間を待っているのだ。それをあなた達は断頭台を見上げながら見ているしかなかった。
 うかつに動けばリンカーの首がはねられる、それにエルサの戦闘能力は支持者の数だけ増大している。
 つまり、彼女に先導されている民衆たちは微量の霊力を常にエルサに捧げ続けている、その為、本来か弱い存在であるはずのエルサは戦闘力が大幅に強化されており、そのせいで先発隊は敗北した。
 それにこのままエルサを実力で排除しても民衆のH.O.P.E.に対する疑念は残るということ。
 戦闘はできる、しかし百程度の一般市民を巻き込んでの戦闘となると、被害が出てしまうかもしれない、そうなれば彼女の言葉を証明することになるだろう。
 あなた方は歯噛みする。この村に突入した時点で彼女の手のひらの上だった。

「さて、始めましょう、反撃の狼煙を上げましょう。今日この日から私たちはH.O.P.E.によって作り変えられた世界をもとに戻すために行動する」

 そう微笑みを民衆に振りまきながら。追加の断頭台を用意していく。

「これは新たに用意したあなた達の分、どうやらあなた達は私に抵抗する意志があるのですね、でもそれは間違っているのですよ、だってあなた達は騙されているのですから。まかせなさい、私があなたがたを救います」

 そう囁かれた言葉に、あなた達は不快感を感じた、まるで言葉が心を浸食していく、犯していくような感覚。
 ここであなた方はすべてを察した。
 彼女は人の心を操ることに特化した愚神なのだ。だから短時間で信者を作り出すことができた。
 そしてこのままエルサの言葉を聞いていると君たちの心まで染まってしまいそうだ。
 あなたはこの言葉を耳に入れないために目を閉じた。


解説

目標 愚神の討伐。

 エルサの演説は全部ウソです。しかしその嘘を嘘と判断できないように民衆の心を操っています
 今回はエルサを通して『英雄が必要なのかを問いかける、主張するシナリオ』です。

《愚神エルサの特長》
・知能特化の愚神、本来の戦闘能力は高くない。
・聖女は上記の演説を繰り返し唱えている
・攻撃方法は祈ることによって刃をふらせる、上空からの広範囲攻撃であるが使い勝手が悪い。接近されると使えない。
・またこの断頭台はエルサの用意した特別性、従魔のようなものである。
・『教唆』能力者や一般人を先導する、BS洗脳ほど強力ではないし、操れるわけではない。ただしそうしたいように仕向けることができる。
 また能力者も教唆される可能性がある、その場合は民衆と一緒になって英雄を糾弾し始める。
 彼女は教唆された能力者に語らせるだろう、英雄を排除すべきだという論理を、能力者の実体験を伴った形で。
・支持者からの霊力供給により戦闘能力が強化されている。支持者が減れば減るほど力が落ちる。
・あくまでも支持者は人間であり、彼らに戦闘能力はない、愚神を支持する一般市民である。
・また、民衆を説得する材料に英雄から記憶を映像として引き出して投射する能力を持っている。(英雄の過去を思い出すために活用していただければ)

処刑人従魔。
特徴
・大きな斧で攻撃してくる、体長二メートルの大男、近接攻撃オンリーだがリーチは長い。
・耐久力と物理攻撃力に秀で、エルサを守護することを第一目標に設定されていいる

 倒すのであれば彼女の信者を正気に戻すしかありません。説得が必要です。
 しかし厄介なことにエルサは能力者の洗脳も試みてきます。能力者も反英雄思考になってしまうと、今までの恨みつらみをぶちまけたりひどいこと言います。
 また場合によってはエルサは英雄の記憶を投射してくることがあります。これは演出になるためPL様からの情報提供があれば可能です。

リプレイ

 エルサは騙る。
 もうこんなことを終わりにしたくないかと。
 悲劇はここで討ち果たされるべきであり。
 子供たちにまでその悲運を背負わせるべきではないと。

「我々は愚神と、手をつなぎ共に歩むべきなのです」

 エルサはその能力で、英雄たちの負の記憶を投影して見せた。
 誰しも暗い過去を持つ、それをひけらかし、そこだけを抽出し、提供することによってますます嫌悪感をあおっているのだ。
『蝶埜 月世(aa1384)』は思わずその光景から目をそらした。エルサの演出は巧みで、囚われたエージェントの英雄の負の一面を繰り返し繰り返し空中に作り出した霊力のスクリーンに投影し続けている。
 しかも、その表情や内情、そう言った英雄にプラスになりそうな情報は巧みに伏せながら。
 月世は『アイザック メイフィールド(aa1384hero001)』の手を握る。
 これではいけない、場の空気に飲まれてしまう。そう『無月(aa1531)』は考え、口を開いた。
「どうして貴方達は彼らを責めるのだ。彼等は貴方達を助けようと思って来ただけなのに何故!」
 だがその声は届かない。もはや英雄の味方である能力者の声は届かないのだ。
『ジェネッサ・ルディス(aa1531hero001)』は心配そうに無月をみた。
 そんな暴走する民衆たちを『卸 蘿蔔(aa0405)』は黙って見下ろしていた。心だけが冷めていく。
「……これが聖女なんて、世も末ですね」
「これはまずいです、みなさん聞いてください」
 理夢琉が小声で仲間たちに語りかける。エルサに何を話しているか知られないために口元を隠しながら。
「爺やを殺した愚神と似た波動をエルサから感じる、アリュー」
「理夢琉を依代にしようとした愚神と同じなら心理操作系か……厄介だな」
 『アリューテュス(aa0783hero001)』は初めて相対した愚神の姿を思い描く。あの愚神は他のパワータイプと違う意味で厄介だった。それと同じタイプと聞いただけで暗い気持ちを心に抱く。
「退路はないぞ、360°囲まれている」
『レオンハルト(aa0405hero001)』が言う。その狙撃手の目で見渡す限り包囲に穴はない。
「この状況を打開するしか道はない……」
 その言葉にアリューテュスが言葉を返す。
「先発の能力者もエルサの能力と場の雰囲気で操られた、動くなら早めに動かないと……」
「それは賛成っすね、記憶を投影したりできたんだ、他に切り札めいたものがあってもおかしくないっす」
『Domino(aa0033)』はつぶやいた。それと同時に。あたりを見渡して気をとられていた『Masquerade(aa0033hero001)』の袖を引いて下がらせる。
 あまり目立たない方がいいとの判断だった。
「抵抗出来なかったのもわかるが他にも理由がある?」
『斉加 理夢琉(aa0783)』が言う。
「っていうか、その断頭台、どこから持ってきたんだ聖女様……」
 アリューテュスは考える、普通の鉄でつくった刃。それであれば英雄は殺せない。ただ愚神である彼女はそれを別っているはずだ。
 であれば、あれは英雄の首を跳ね飛ばせる特注品ということになるのだろう。
(あれも従魔か? 壊せないのだとしたら。あれに拘束されたら終わりだ!)
 アリューテュスは思考を巡らせる。
「これまずいっすよ。状況がもう、あっちに絶対有利」
 Dominoの不安げにつぶやいた。
「だったら、こちらに有利な状況にしないと。この人たちも人間です、きっとわかってくれると思います」
 蘿蔔はそう言い、不安げにレオンハルトの陰に隠れる。
 そんな不穏な動きを見せるリンカーたちなど気にせず悠々と語るエルサ、その言葉を遮って理夢琉が民衆に呼びかける。
「みなさん、聞いてください」
 その言葉にエルサは余裕の笑みをもってして、沈黙で答えた。
「私は、ある愚神に会った事があります」
 それは理夢琉の記憶、自身が相対した最初の異常事態、そして心の傷。
「私は事情があって、家族から疎まれていました。お屋敷の中に一人囚われて。一生を過ごすはずでした。けど私自身はそれを悲しくは思ったけど。おじい様を憎んだことはなかった……」
 幼き日。理夢琉の世界は狭かった。その狭い世界に愚神は入り込み、そして理夢琉の耳元でささやいたのだ。
「理解してくれない親なら殺してやるぞと、心の中にある認めてほしいっていう、マイナスの思いを捻じ曲げて、憎いと思わせるの」
 そう、人の心は簡単に操作されてしまう。
「そして助けに来た大切な人を笑いながら殺した。愚神は絆を断ち切る存在なのよ!」
 理夢琉は今でも鮮明に思い出すことができる。その愚神の姿、混濁する意識で見た。育ての親の後ろ姿、そして、彼が脆くも崩れ去る瞬間。
 今でも夢に見る、彼の最後の笑みとそして、胸から噴き出す血の温かさを。
「あの時の悲しい思いをみんなにしてほしくないの。だからわかって、こんな残酷なこと、もうやめて!」
 理夢琉が語るうちに、民衆はいつの間にか口を閉ざしていた。静寂が場を見たし、話しているのは理夢琉だけだった。
 民衆たちは聞き入っていたのだ。
 だから、伝わったのかと、理夢琉は思った。自身の心が憎しみという感情に支配されればどうなるか。
「英雄は守る為の力を与えてくれるけれどそれでも及ばない事もあります。人間を守ろうと力を使って消えてしまった英雄もいました」
 理夢琉は思い出す、水晶色の音色。決死の歌声を。
「英雄は共に理解し信じあい絆を結べる存在なのよ。利用されているわけじゃない」
「そんな言葉、誰が信じるの? 洗脳を受けているものの言葉よね?」
 エルサは冷たく言い放った。
 民衆たちはエルサの言葉に賛同する。民衆は聞き入っていたわけではなかった、その言葉の愚かしさにあきれていたのだ。 
 場に、また新たに疑念が膨らむ。
「みましたか? もうみんな待ち望んでいるんです、断罪を、処刑を、罪に染まった英雄たちの」
 悦に浸ったエルサはそう、リンカーだけに聞こえるように語る。
 リンカー全員がエルサをにがにがしげに見つめる。しかし
『小鳥遊・沙羅(aa1188hero001)』は唖然とした表情で民衆の中の一点を凝視していた。
「何やっているのよ」
 そこにあったのは一緒になって野次を飛ばす『榊原・沙耶(aa1188)』の姿。
「わらわとて……《救われなかった者》でもある」
 そんな沙耶を尻目に『ポプケ エトゥピリカ(aa1126)』が声を上げた。
「北の山奥の小さな村など、知る者も少なかろう……。もう村はあっても、そこに人はいないが……」
 ピリカは語る、彼女にはここにいるもの達の心の痛みがわかるから、だから伝えられる思いがあると思った。
「ほーぷ、の存在すら知らなかったわらわは、あの冬の日、助けに来てくれなかった事を恨んだ事はないが……一人生き残り、この命を絶とうと思った事はあった」 少女は思い出す。自分の人生を塗り替えてしまったあの事件。 
 だがピリカは冷静だった。
 胸を押さえあふれる痛みを、ただぶつけるだけでなく、理解してほしい、そう思って民衆の、そこに集まる人々の目を、一人ひとり見ながら訴えかけた。
「だが、ポチが「生きろ」と言ってくれたのだ
 亡き仲間の為にも生き延びよと……
 同じ思いをする者が、少しでも居なくなるよう得た力を助ける為に使いたいと思った
わらわはポチに、命を……それ以上のものを救ってもらったのだ」
 『ポプケ チロノフ(aa1126hero001)』はピリカの手を握る。
 ピリカは気丈に語りつつも、その姿はあまりにも痛々しく見えた。
 少女は確かに傷ついていた、それが伝わる説得だった、そのはずだ。
 だが、受け入れられなかった。
「可哀そうに騙されているのね」
 何を言っても、エルサが切り返せば揺らいでいた民衆の心はまたエルサ寄りに戻る。
「そう言えば、あなた達の中には、英雄に救われたと思って、能力者になったものが多いようね」
 全員が身構える。救われた、その言葉が強調されたことに悪意を感じたからだ。
「それはね、認識の間違いよ。あなた達がそう思っているだけ、英雄の演出なのよ。英雄がなぜあなた方のピンチに必ず現れるか考えたことはある?」
 エルサはピリカの目をまっすぐ見据える。
「逆よ、あなた達の大切な物を奪い、開いた穴に英雄たちは収まろうとするの。それだけ危険な存在なのよ。あなたのその仲間たちを殺したのは、もしかすると。その子もそうかもよ」
「違う! ポチは、守り神だ、そんなことはせん」
 本当に? そう言ってエルサは笑った。
「わらわのあの冬の日はポチの自作自演であったと? 笑わせる。それは絶対ないことを、わらわ自身が知っておる。ポチは……」
「ねぇ、いい加減目を覚ましなさい。そう思うようにあなたの心はコントロールされているのよ。思い出してみて、英雄たちが現れてから困難と向き合うことが多くなったはずよ、悲しいことも増えたはず、それは本来のあなた達の生活になかったはずの悲しみ」
 エルサは騙る。
「英雄たちが運んできた不幸を、粛々と受け入れているあなた達の言葉は、もう洗脳されている人間そのものなのよ。本来の生活に戻ろうと思えば戻れるのに、戻らないのはなぜ?」
 エルサは言う、愚神と戦う必要などない。誰かを救うために痛い思いなどする必要はない、少女は少女らしく、戦いから身を引けばよいものを。
 それができないのは、英雄たちが、君たちを戦いに赴かせているからではないのかと。
「英雄はひどい奴なの、本来であれば抹殺すべき対象なの。いい加減気づいて」
 そうエルサは優しげな笑みを浮かべて全員に語りかける、その表情はあたかも本物の聖職者のようだった。
 そしてその言葉に唖然と言葉も返せないリンカーたち、その中でただ一人、顔を上げるものがいた。

「その通りだと思う」

 静寂の中に、ただ一言肯定の言葉が響いた。
 その言葉が一瞬リンカーたちは理解できなかった。
 それもそのはず、リンカーたちが耳を疑った理由は、その言葉を口にするはずのない少女が、その言葉を口にしたから。
「え? 澄香」
 蘿蔔が、幼馴染の手を取ろうと伸ばすが振り払われる。
「さわらないで」
 少女は真っ直ぐエルサの隣まで歩いていき、その隣に並び立った。
『蔵李・澄香(aa0010)』は『クラリス・ミカ(aa0010hero001)』の目をまっすぐに見据える。
 その目には怒りが滲んでいた。
「澄香! 嘘ですよね」
 蘿蔔や理夢琉、彼女を知るものは驚き唖然として何も言えないでいた。
 クラリスすらも、何も言わない。
 沙羅は苦い顔をして人ごみの中を見渡す。
「もうたくさんだ!」
 突如発せられたのは、澄香の聞きなれない怒号。
「どうしたんですか、澄香。あなたらしくないですよ?」
 クラリスがたんたんとした口調で問いかける。
「その態度が、いやだって言ってる!」
 クラリスは押し黙る。
「アイドルだのなんだの、全部クラリスが私をからかって遊びたいだけじゃないか」
 澄香はいった。私はそれを望んだわけではなかった。必要に迫られてやっただけ。
「お姉さま聖水って何だ、バカみたいだ。大体、魔法少女って何よ、いい年して恥ずかしい。学校でもからかわれるんだよ?」
 そんな、自分の物かもわからない負の感情が、澄香の心のどこかからあふれ出してきた。
 矢継ぎ早に言葉をまくしたて、クラリスをただ糾弾する。
 エルサはその言葉を吐いた澄香を愛おしそうな目で見つめた。
「そう、そうよね、あなたは騙されていたのよ、つらい思いをしたのね、安心して、ここにいる人間、皆味方よ」
 澄香はそんなエルサに微笑みを返す。
 眩暈がした。
「なにを言っているんだ、澄香……」
 レオンハルトは唖然とつぶやいた。
 それは、それだけは言ってはいけないことだと、伝えたかった。
 その言葉は英雄とのこれまでの時間、その意味をすべてを失わさせる言葉だから。
 レオンハルトの手が宙を泳ぐ。傍らにあったはずの温もりが少し遠い。
 見れば蘿蔔が、涙を流していた。
 なぜ、そう思い視線をおう。
 つぎの瞬間レオンハルトは理解した。その涙の意味をそして、蘿蔔まで術中にはまっていることを理解した。 
 蘿蔔のその視線は民衆たちに注がれていた。
 民衆が涙を流し、その身の不幸を訴えているそのさまに。
「そうだ、助けてくれなかった」「もっと早くあなた達が来てくれていたら、弟は死ななかった」「あいつらは娘を見殺しにしたんだ」
「蘿蔔、だめだ、耳を貸すな!」
 蘿蔔は首をふる、そして目を閉じた、直後。

「お父さんとお母さんを返して!」

 鮮烈に、その言葉が蘿蔔の耳を突いた。
 そして蘿蔔ははいつの間にか思っていた。
 この人たちが可哀そうと。

「お父さんと……お母さん?」
 蘿蔔のつぶやきに、にやりと笑みを返すエルサ。
「あなたにだってあるはずでしょ? 蘿蔔、あなたも、こちらがわの人間のはずよ」
「そうだ……」
 蘿蔔が歩みだす、その手をレオンハルトはとることができない。
「お父さん、お母さん。そうだ。私の両親も、H.O.P.E.に見捨てられたんだ」
「何を言ってる、蘿蔔、それは違う」
 レオンハルトの否定の言葉も蘿蔔は首を振って否定する。
「そうだ……私の家族も、誰も助けてくれなかった」
「…………くっ」
 レオンハルトは歯噛みする、今の蘿蔔には見覚えがあった。
 両親を失った直後と全く同じ表情をしている。
 白い髪を振り乱して、涙を流す彼女の姿。触れれば壊れてしまいそうなあの……
「あの時、あなたが私を助けてくれたように、お父さんとお母さんを、なぜ助けることができなかったんですか」
 それは無理だった。レオンハルトはその時助ける術を持たなかった。
 だが、考えたことはあった、もし自分が彼女の両親を救えていたらと。
「なんで、私を助けたりしたんですか」
 あそこで死なせてくれればよかった。そう蘿蔔はいつの日か見た、目もくらむような崖を思い出す。
「貴方なんて来なければよかったのに。生きてても結局辛いだけじゃないですか……戦って奪って、愚神とやってること同じです。戦うだけ無駄ですよ」
「そんな、そんなこと」
 そして、澄香の隣に立つ蘿蔔。二人して熱にうなされたように、霞んだ瞳で同じ言葉を繰り返している
 返して、返して。
 平穏を両親をかつての生活を。
 そしてそれはエルサの勢いに油を注ぐ形になった。民衆たちはついに言葉を話すことをやめ。
「ころせっ!」「殺せ!」
 民衆たちはそれしか言わなくなった。
「さぁ。処刑を始めましょう、まずはそこに連なる英雄たちを皆、断頭台にくくりつけて」
 そう指示を受けた処刑人は、英雄たちの前に立ちはだかり手を伸ばす。
 その手の前に、月世とピリカが立ちふさがる。
「どかないと、どうなるか分かりませんよ」 
「まて……」
 その時、無月がエルサの前に立ちはだかる。そして無月は民衆に問いかけた
「どうしても信じてはもらえないか……」
 無言が、肯定だ、そう言わんばかりの圧力が場を満たす。
「ならば英雄を信じ共に行動する私も同罪だ。彼等を処するならば私も処刑台に繋いでもらおう」
 その時エルサは目を見開いた。
 エルサはその行いを止めようとした、しかし民衆は彼女が断頭台に繋がれることを望んだ。
「あなたまで首をはねられる必要はないのですよ?」
 そう語りかけるエルサ、しかし無月が話をしたいのはエルサではない、話を訊いてほしいのは、目の前の民衆たちだ。
「だが、最後に私や仲間の話を聞いて欲しい。それでも許さぬと言うのなら……この身、好きなようにして構わない」
「それは、悪手っすよ」
 Dominoはつぶやいた。曲がり間違って英雄ではなく能力者が無抵抗のままに処刑されてしまえば、それは英雄を失うことと同義だ。
 危険すぎる、だがそのリスクを負わなければならないと無月は考えた。
 それだけのものをかけなければ、人は動かない。
「ただし繋ぐのはボク達だけだ。仲間に手を出さないと誓うなら抵抗はしない」
 ジェネッサが自ら断頭台の前に立つ、それを処刑人が乱暴に断頭台に繋いだ。
「澄香はそれでいいのですか?」
 仲間たちの無謀な行為、必死の説得それを黙って見つめていた澄香にクラリスは穏やかな口調で問いかけた。
 直後、澄香はクラリスを振り返った。
 澄香はその時、クラリスはいつもと同じ余裕に満ちた表情で、また人をからかうような言葉を投げてくるものだと、本気で思っていた。
 けれど、違った。
 クラリスはただ、悲しそうな顔をしている 
 なんで、そんな顔をするのよ。
 そんな理不尽な、怒りめいたものが澄香の心に沸いてくる。
 澄香はいたたまれなくなって言った。
「聖女さん、この女の過去を見せて!」
「へぇ? 本当に見たいのですか? 澄香」
「あいつの本性を暴いてやる」
「良いでしょう、では」
 そうエルサが祈ると空中に光の粒が集まり出す。
「見せたくない記憶が、あるでしょう。それをさらけだしなさい、悪しき存在であること私の前では隠せません」
 光が一帯を包む。
 その軌跡に民衆たちは感嘆の声を漏らした。

   *   *

 少女は修道服を身にまとっていた。
 しかしその表情は他者に許しを与える聖職者のそれではなく。
 ただひたすらに。残虐だった。
 引きつる口元に、返り血で紅をさし。
 荒れ果てた戦場を闊歩していた。

 これが、彼女の原風景。何度も連ねた、罪と業。
 そんな、初めて見るクラリスの過去に、澄香は言葉が出なかった。

「ほら、見てください。英雄なんてこんな物、殺戮者と何が違うのか」
 だが、その瞬間その光景に、ノイズが走る。
「なに?」
 クラリスから光が発せられていた。祈るように手を組み、空を見上げていた。

 次の瞬間映像が切り替わる。
「私?」
 そこには澄香そっくりな少女が映し出された、しかし彼女が佇み眺める町並みが日本とは違うこともあり。すぐにそれがだれか分かった。
 次いで場面が切り替わる。暗い部屋の硬い椅子に、クラリスはしばりつけられていた。
 苦悶の表情、目隠しと拘束具のせいで抵抗は一切できない投薬と手術で体を改造される。赤く斑点が浮かんだ腕にまた、男たちが針を通す。
 上がる悲鳴。
 どれだけの時が流れたのだろう、次の場面ではクラリスは変わり果てた姿をしていた。その美しい長い髪が切り落とされ、そして瞳とともに色を変えた。
 それがかつての暮らしに、もう戻れないことをつげているようで、鏡の前で変わり果てた自分に涙を流す。

 魔術に頭に刷り込まれ、苦痛にあえぎ。クラリスは戦場に立ち続ける。
 修道服を纏い手には杭打機、同胞たちの屍山血河を越え、巨大な怪物に立ち向かい、死にそびれた。
 すべてが終わり、静寂に包まれる丘で立ち尽くす少女に聞こえた「助けて」の声。
 だけどその声の主をみつけることすらもクラリスにはできない。


――私は手を差し伸べられなかったから、手を差し伸べたくて
――幸せになって
――なんて照れ臭くて、魔法少女なんて言ったけど、貴女に辿り着いたのは私の誇り


「クラリスのこえ?」


 突如場面が切り替わる。目の前に今度は本物の澄香がいる。
 どこかの控室で、化粧台に突っ伏して眠っていた。
 クラリスは、寝ている澄香にそっと毛布を掛ける。
「今日もよく頑張りましたね、澄香。また明日ね」
 今まで澄香はたくさんの困難に直面してきた。
 救えない命もあった。人のために汗も涙もたくさん流した。
 だからこそ、今はたくさんの人に囲まれて、自分とは違う道を歩んでいる。
 クラリスにとって、それが、たまらなくうれしいのだ。
「こんな日がずっと続くことを、祈ります」
 クラリスは目の前の鏡を見る。その口元はほころんでいた。
 
「なによこの記憶は!」
 どよめく会場、エルサは動揺していた。制御がきかない。
 自身の力が制御をはずれ、勝手に英雄たちの記憶を再生する。
「思いが強すぎて逆流したの?」
 次いでまた光が瞬く。

 そこは暗い倉庫内だった。男たちが声を荒げながらジェネッサの名前を呼んでいる。
 だがそんな行動は愚の骨頂。ジェネッサに位置を伝えるだけだった。
 ジェネッサは素早く荷物の隙間から躍り出て、サイレンサーつきの銃で狙い撃つ。あっという間に三人が倒れた。電流が流れ体が思うように言うことをきかないのだ。
 その無様に倒れる男たちを飛び越え、ジェネッサ残りの男たちに肉弾戦を仕掛ける。目は笑っていた。
「このスリル、生きてるって実感できるね」
 暗転、そして部屋の中央に明かりがともった。
 場面は変わり、事務所のような場所。
 そこにジェネッサは捉えられていた、抵抗はできず額が切れているのか流していた。そのボディースーツからは湯気が上がっている。
 男たちの手には電流が流れるタイプの拷問器具が握られていた。
「こんなマッサージ器でボクが屈するとでも?」
 それを再び押し当てる男たち、だがジェネッサは声一つ上げない、呻くように悲鳴をかみ殺して。部屋の角に視線を向ける。
 そこには子供たちがおびえて集まっていた。
 いま悲鳴を上げれば、つらそうな表情を見せれば、子供たちは泣いてしまうだろう、不安を増すだろう。
 なるべく怖い思いをさせたくないとジェネッサは考えていた。
「なぜそこまでこいつらをかばう? もう少し協力的であれば、お前は生かしてもいいんだぞ」
「その場合あの子たちはどうなる。あの子たちを殺すのだろう? あの子達を犠牲にして助かるくらいなら死んだ方がマシさ!」
 ならばと、男たちはさらにジェネッサに苛烈に攻め嬲る。 
 やがて男たちの体力の限界が来たのか、いったんジェネッサは牢屋に戻された、その隣の房には子供たちがいる。
「大丈夫?」
 そう声が聞こえた。子供が鉄格子の隙間からこちらに向けて手を伸ばしていた。
 ジェネッサは大丈夫だよと、優しく答えて。その手を握る。
「必ずボクが皆を助けてあげるからね」

 その後ジェネッサがどうなったのかは本人ですらわからない。

 次いで目の前に広げられたのは一面の森、そして生ぬるい外気と、高鳴る鼓動と焦り。
 獣は見つめた、主の後ろ姿、そしてその傷が深いことも見抜いていた。
 獣は気遣い寄り添い、休むことをすすめたが、しかし。
 次の瞬間。主の胸を貫いたのは、主の背を言った矢は、味方から放たれたもの。
 なぜ、なぜ、どうして。
 混乱のさなか、自身も傷つき疲れ果てていた獣は。その力を制御しきれなかった、素より制御する余裕もなかったかもしれない。
 ただ、どんな言い訳を重ねたにしろ。
 獣は仲間の首を食いちぎったことは事実だった。
 獣は主に呼びかける、その傷の深さを知ろうと顔を近づける。
 その獣を主は優しく撫でた。その命が消えていく瞬間を獣はただ待つことしかできなかった。

「とまれ!」

 突如パリンとやすっぽい音がしたかと思うと民衆の意識は断頭台に戻される。
「お前たち、なぜ、その思いの強さ、どこから……」
 エルサの力が、自身の手から離れ、負の記憶だけを再生するつもりが全く別のものまで投影してしまった。
 まるで決壊したダム水のように思いが、記憶が流れ込んできたのだ。
 その結果、民衆たちは見てしまった、英雄たちの悲しみや苦悩に染まる顔をそして、その複雑な胸の内を。
「騙されてはなりません、これは……」
「英雄なんて何処に居るの?」
 言葉を遮ったのは月世だった、その目には強い意志の輝きをみた 
「彼等の表情を見たでしょ? 絶望、困惑、諦め……あなた達が、私たちが大切な物を失った時と同じ表情をしてるわ」
 クラリス、ジェネッサそして、主を失った獣の悲しみと。それを見てきた住民は、何も言えなかった。 
「英雄なんて居ない。彼等は唯の人間よ。異世界から流浪の旅に出ざるを得無くなった唯の人間。流れ着いたこの世界で受けいられるか怯える唯の人」
 月世はアイザックを横目で見つめ、そして民衆に向き直る。
「何処に英雄が居ます? 彼等は唯の隣人よ。神ではありません」
「いいえ、傍若無人な迷惑極まりない存在です。現に彼らは元の世界では殺戮や暴行を楽しんでいた。そんなもの達にこの世界を任せるくらいなら、愚神と手を結び……」
「それは違う! そんなことない!」
 エルサの反論、それを許さないとレオンハルトが叫びをあげる。
「もう一度よく考えてみろ。お前らはなんで、誰のためにここにいるんだ」
レオンハルトは知っている、この人たちが何のためにここにいるのかを、守りたい人の為にいる。
 そしてその思いは洗脳されていようが変わらないはずと。
「考えても見たか? 愚神と交渉して仮に成功したとする。それでどうなる?何が変わるんだ?」
「愚神に守ってもらえるわ」
 エルサが語る、しかしその論理の矛盾をピリカは黙って見過ごしておけなかった。
「では問うが《自身の欲望の赴くままに行動する》愚神達が……助けてと声をあげた所で、交渉に乗ると?」
「乗るわ、私たちが真に救いを求めれば……」
「であればこんなに被害は出ておらぬ。……共に歩めぬ存在だからこそ、わらわは戦うのだ」
「戦う? そもそもその発想が間違えよ、戦って勝てないから、犠牲が出るからこうやって愚神に降伏する話を持ちかけているんじゃない」
「それは思考の放棄だ、そしてあきらめでしかない」
 レオンハルトがピリカの言葉を継ぐ。
「愚神と交渉と言ったな、何を材料に交渉するつもりだ。愚神達は当然……人を、生贄を要求してくるだろう。結局誰かが犠牲になる。それが自分の大事な人だったらどうする? 納得するのか?」
 ざわめく民衆。
「でも、一人の犠牲で十人助かるのなら、きっとそれは正しいことです」
 蘿蔔が叫んだ。
「もし、お父さんやお母さんがそのために犠牲になったんだと思えば、私、諦められます」
「蘿蔔、それは違う!」
 レオンハルトは蘿蔔の目をまっすぐ見据えた。
「いいか、必要な犠牲なんて一つもない! そして抗わなければ犠牲は増え続けるだけだ!! 確かに今は救えない人がいる…………それでもいつか、誰も犠牲になることもない、愚神に怯えることもない……そんな未来を掴むために戦うんだろうが!!」
 そんなの、理想論だ、蘿蔔は思う、だがそれでも、蘿蔔はレオンハルトの目を見ると、その思いを否定することができなかった。
「だったら約束してくれますか、レオン。たくさんの人を救えるって。私に約束してくれますか?」
「約束する。今ならできる、俺たちならできる、だから、蘿蔔、戻ってこい」
 手を伸ばすレオンハルト、そして蘿蔔は駆けより、その手を取った。
「落ち着いたか?」
「ご、ごめんなさい……私」
「本心じゃないことくらい分かってるよ……気にするな」
 青ざめる蘿蔔の頭を撫でてレオンハルトは優しく微笑む。
「一緒……戦ってくれます?」
「当たり前だろ。その為に来たんだろうが」
「しっかりしなさい」
 たいしてクラリスは気絶し倒れた澄香を抱き起す。
「……えと、私、やられてた?」
「はい。しっかりと」
 ここでエルサは目を見開いた、なぜだかわかるだろうか。
 それは、自分の洗脳が解けるものが現れたためだった。焦りと怒り。
 絶対のはずのエルサの洗脳はもう、絶対ではない。
 アリューテュスは彼女の身に起こった変化を素早く察していた。
「理夢琉……」
「なに?」
 理夢琉はアリューテュスを屈託のない瞳で見据えた。
「俺を信じろ」
 話している暇はない、そして気取られるわけにもいかないだから黙ってアリューテュスは魔砲銃を向け、そして。
「うん、わかった」
 騒然となる処刑場、銃声の音がこだまする。倒れる理夢琉そして上がる悲鳴。
「エルサ様、これ以上は危険です、こいつら、殺してしまいましょう」
 アリューテュスはエルサを見つめ微笑んだ。
「俺はエルサ様が言う様に己の利益の為に動く」
 なぜ、その場にいる全員が疑問符を浮かべた、しかしその意図にいち早く気が付いたのは沙耶だった。
 目には目を、扇動には扇動を。沙耶は民衆のふりをしてわざと叫んだ。
「あいつ、ころしたぞー」
 会場がどよめいた。
「違う、私は知らない!」
 エルサはわかりやすく焦っていた。
「人間は愚かだ甘い言葉をかければ信じてしまう」
「違う、私はお前など」
 最後まで言わせはしない、そうアリューテュスは言葉を遮る。
「さすがは愚神エルサ様、さぁ、貴女の欲望が赴くままに英雄の首を落とし人間を操って。H.O.P.E.に進撃しましょうか! 愚神の力を示してください! 操られた愚かな人間達に!」
「どういうことだー、せつめいしろー。あんたは聖女じゃなかったのか!」
 ここぞというタイミングで沙耶は民衆の意識を誘導する。
「アンタは愚神だったのか?」
 そしてDominoは好機を見逃さない。聖女に弁解の暇を与えないうちに口を開く。
「みなさん、思い出してください、そして考えてください。最初に貴方達に被害を与えたのは誰でしょうか?」
 町を破壊し、家族を殺し、日常をめちゃめちゃにしたのは
「…………愚神です」
 Dominoは続ける。
「見ず知らずの英雄は、一体誰と戦ったのでしょうか? 愚神です」
 愚神、そう口にする度にエルサに視線を送る。
 そう彼女は愚神であることを民衆に隠していた、この事実が民衆に受け入れられれば、話は大きく変わってくる。
「貴方達が交渉する相手は誰でしょうか? 最初に貴方達を殴りつけ、英雄と争う事で二次被害を広げ、被害者である貴方達を無理矢理交渉の場に立たせようとしている相手は誰でしょうか? ――愚神です」
 ピリカが次いで語りだす。
「今のこの世は平和とはいえぬかもしれぬ……だが、英雄達を殺した所で、それは解決にはならぬ……被害が増すだけだ。少しでも多くを救おうと……命をかけ、戦場へ向かう、ほーぷの者に……その憎しみを向けるというのか?
元凶というのであれば……わらわ達に害をなしてきた愚神、それこそが」
 今目の前にいる、敵である。そう暗ににおわせながら、Dominoは巧みに議論を誘導する。
「『争いとは何かと何かがぶつかるから起こる』……ええ、そうでしょう。当然です。争う心が無ければ争いが起こらないのもまた道理です。『どうでも良い事』で争う必要はないんです」
「全ての人々を救えるとは言わぬ。争いが起きれば、被害も出よう、壊れたものもあろう……だが、救えた命もあるはずだ」
「今、私の手に卵があります。これを全力で頭にぶつけられたとしても、少し大人の貴方達ならば『ただの悪戯』として済ますでしょう。では、これが拳大の石だったとしたら? 当てるのが愛する人だった場合、それは貴方達にとって『どうでも良い事』ですか?
 貴方達に石を投げ付け、貴方達に卵を投げる事すら止めさせようとしているのは……一体誰ですか?」
 その時民衆の目が全てエルサに注がれた、その目にはかつてのような盲信の輝きはない。
「く、だが英雄がいたところで皆を救えないのなら無意味、それどころか被害を大きくするばかり。英雄なんて必要ない」
「理論のすり替えは結構。愚神の被害は全て愚神の責任です」
 そう凛と叫んだのはクラリス、その目は真っ直ぐエルサを射抜いている。
 その隣には澄香が立っている、二人はうなづきあって、敵をみすえた。
「英雄の利益は契約者と自身の幸せです。人命ではありません」
「私は先ほどの自分の姿が恥ずかしい!」
「英雄が来なかった? 全てですか? 防げた事案と比較し数字にしてから言いなさい」
「不満があるなら筋を通せ! 私刑ごっこが貴方たちの正義か!?」
「愚神と交渉? 共存? 自分で言いましたよね。愛する子供が無残にも愚神の手によって殺されると、欲望の赴くままと、現実を見なさい」
「自分の名前を思い出せ!」
「英雄は本当に何も救えませんでしたか?」
「殺せ殺せと振り上げた手で、恋人に、家族に、大切な人に、立派なことをしたと触れられるのか!?」
「英雄が流した血や涙は嘘ですか?」
「格好悪い姿はここで終わりにしなさい!」
「犠牲に心を痛めていないと思うのですか!?」
「皆、負けないで!」

「言わせておけば好き勝手に!」

 しかしもはや民衆はエルサを見てはいなかった。
 その視線はさらに一歩前に出た、月世に向けられてる。
「彼等は本当に殺されるべき隣人なの? 役に立た無い神はその報いを受けるべきでしょう。でも、隣人が役に立た無いから殺すの?
 あなたの隣に居るその方が遠くに出かけていて火事に間に合わなかったからと言ってその方を殺そうとおもう?」
 月世の願いはただ一つ。わかってほしい、理解してほしい。ただそれだけだった。
 彼らは敵ではない、それどころか自分たちを同じ被害者であることを。
「今、自分が抱いている感情は本当にあなたの物? あなたが普段暮らしている時、そこで立派な人物として考え行う事と本当に同じやり方から出て来た考え?」

「違いますよね。」

「子供や仲間、隣人に抱く想いとなぜかけ離れて居るか冷静に考えて! その気持ちは本当にあなたの物ですか?」
 どよめきは民衆の各所に広がっていく。
「じゃあ、話をもう一度愚神と交渉する場合の仮定に戻しましょう」
 沙羅が言った。
「先ず英雄を追放したあと、愚神に対抗する手段がまったくなくなった状態で、対等な交渉が望めると思うの?
力で支配出来る相手に対等な状態なんてする訳ないでしょ。そんな交渉、隷属の道しかないわ」
「ペタン娘! ひっこめ!」
 不思議なことに沙羅が出た途端に野次が飛ぶ。
「次に、誰が交渉するの? 各国の首脳? 大統領? 誰と交渉するのか。相手の親玉も分からない。そもそも、異世界の相手とどうやって交渉を?」
「看板胸!」
「あまりにも非現実的過ぎるわ。
 いい? 支配者階級に支配され、民衆が隷属する世界も、戦争のない静かな世界なのよ。
 戦争は、大きなものを失う行為。それに間違いはないわ。ここにいる人達も、戦争によって失われたものがあるのかもしれない。英雄は神なんかじゃない。救えない時だってある。
 でもね、英雄だって同じ。縁もゆかりもないこの世界の為に、戦って散っていった英雄も沢山いるの。
 この世界は守るに値するって、そう言って散る英雄がいるの!
 そんな奴等の死を否定するのだけは絶対に許さない!」
 沙羅の言葉が、強く尾を引いて響く。
「愚神なんかに人間の尊厳を、誇りある生き方を奪われたくないなら、深い傷を負う覚悟で闘わなきゃ。リンカーを、英雄を信じて!」
「胸部装甲」
「それと胸的な事disすんな! 誰だ!」
 犯人はわかっている、ちょうどその犯人は沙羅の視線から逃れるために顔を隠して人ごみに紛れていったところだった。 
「亡き大切な者へ、愚神と共に歩むとお前達は言えるのか……」
 その時チロノフが口を開いた。
「誰が奪い、誰が助けようとしたか。自分の目が見たものを、その本質を間違えるな」
 チロノフはピリカを見やる。
「オレが助け守る事が出来るなら。戦う。守る為の戦いを……。愚神……戯言で人を誑かしその命を奪うなら……オレは許さない」
 次いで無月が口を開いた。
「私は貴方達を、皆を護りたい。だが、悔しいが一人の力では限界がある。だから共に戦う英雄が必要なのだ!」
 残った力を振り絞るように叫んだ無月。ジェネッサが言葉を継ぐ。
「君達にとってボク達は得体のしれない存在だと思うよ。でも、ボク達は君達を助け共に生きていきたい、その気持ちだけでも信じて欲しいんだ!」
「彼等も万能ではない、弱さもある。それでも彼等は貴方達が大好きだから命を懸けて戦っている。お願いだ、そんな彼等に少しだけでも貴方達の想いを分けて欲しい。友として、隣人として!」
 
「もう、結構!!」

 次いで場に響いたのは金切り声。
 そして鬼のような形相で髪をかきむしるエルサだった。
「人の心とはままならない、理屈などとおらず、信じたいものばかりを見つめるもの。だから一度流れができてしまえば、後戻りできなくなれば、私の思い通りになると、思ったのに」
 エルサは欲を出した。余計なことなどせずに早々に交渉役のエージェントを、力のあるうちに目の前のリンカーたちを殺しておくべきだった。
 だがもうそれは叶わない、エルサは感じていた。自分につながる無数のパイプ、それが徐々に千切れ始めていることに。
「だけど、もういいわ。次へ、次の計画へ移りましょう。もうここはいい。あなた達を殺して、ここにいる人間どもの霊力を全て食らい尽くして。そして私はこの世界を総べる!」
 その瞬間、処刑人たちは剣を抜いた。
「本性を現したな、聖女よ」
 突如Dominoの隣のペンギンがしゃべりだす。今の今まで微動だにしなかったために住民たちはそれが置物か何かと錯覚し始めたところだったが実は違った。
「余は帝王である。国は民であり、帝王は民を生かす主である。主に喰らい付くだけの元気があるのならば、帝王は喜んで己が手を差し出すものよ
しかし、聖女よ……否、愚神よ。貴公は違う。貴公は民ではない。民を食い物にするだけの害獣よ
故に、余がする事はただ一つ。害獣共より民を守る。それが帝王たる余の仕事である」

「余は帝王! Masqueradeである!!」

「上等だ! 私に従属しないもの達は皆殺しだ!」
 そしてついに、民衆たちはエルサが愚神であることを受け入れた。
 エルサの完全なる敗北の瞬間である。 
「ああああああ! 殺せ! 奴らの、首をはねろ」
 ギロチンの刃を落すようにエルサは処刑人に告げる。しかし次の瞬間。リンカーたちの動きは早かった。
 まず、魔法少女レモンとなった蘿蔔がトリオでギロチンを破壊する。
 その時、非常事態に気が付いた住民たちがパニックを引き起こした。
「こっちへ、落ちついてください、非難して」
 だがそれも大事には至らない。あらかじめ沙耶が民衆に紛れていたのは、これを予測したためでもある。
 その攻撃で自由になった無月は今まさに逃走を図ろうとするエルサに縫止による足止めを見舞う。
「く、お前」
「魂の強さを見誤った事、それが貴女の敗因だ!」
「魔法少女クラリスミカ! ギロチンに替わってお仕置きです」
 共鳴した澄香とクラリスは、ハートや蝶を華々しくまき散らしながらブルームフレアをまき散らしていく。
 Masqueradeはその大剣で処刑人と切り結び
 跳ねるように戦場を飛び回るピリカは、エルサの首を狙い攻撃を放つ。 
 しかし処刑人が動けない主をかばうように盾となる。
「狙い通り!」
 それをあらかじめ予想していたピリカは怒涛乱舞で巻き込むように攻撃を放った。
 月世はその隙に突貫、エルサを間合いに捉え刃を振るう。
「くっ」
「もう、回復もできないようね」 
 エルサはライブス源を失った、故に今は交渉人を倒した時のような戦闘能力はない。
 それは処刑人たちも同じようで、目に見えて、見る見るうちに戦闘能力が落ちている。ついにはMasqueradeの一撃とクラリスミカの雷上動によって完全に動きを止めた。
「かくなる上は!」
 エルサは逃げ惑う民衆を洗脳するためにありったけの霊力をその言葉に注ぐ。だが。
「理夢琉!」
「わかってるよ」
 その顔面を穿つように理夢琉の銀の魔弾が命中する。
「生きていたのか」 
 そして目の前にはピリカ、そして無月
 この攻撃まではよけられない。そう感じたエルサは。その目を閉じた。
 二閃、その攻撃により崩れ落ちるエルサ。
 聖女は死んだ。
 この事件の騒動は、H.O.P.E.の勝利で幕を下ろすことになる。犠牲になる英雄はなく。多くの命を救った彼女たちはエルサのかわりに聖女と呼ばれることになった。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

  • トップアイドル!
    蔵李 澄香aa0010
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
  • 夜を切り裂く月光
    無月aa1531

重体一覧

参加者

  • トップアイドル!
    蔵李 澄香aa0010
    人間|17才|女性|生命
  • 希望の音~ルネ~
    クラリス・ミカaa0010hero001
    英雄|17才|女性|ソフィ
  • 罠師
    Dominoaa0033
    人間|18才|?|防御
  • 第三舞踏帝国帝王
    Masqueradeaa0033hero001
    英雄|28才|?|バト
  • 白い死神
    卸 蘿蔔aa0405
    人間|18才|女性|命中
  • 苦労人
    レオンハルトaa0405hero001
    英雄|22才|男性|ジャ
  • 希望を歌うアイドル
    斉加 理夢琉aa0783
    人間|14才|女性|生命
  • 分かち合う幸せ
    アリューテュスaa0783hero001
    英雄|20才|男性|ソフィ
  • 影踏み
    ポプケ エトゥピリカaa1126
    人間|7才|女性|生命

  • ポプケ チロノフaa1126hero001
    英雄|27才|男性|ドレ
  • 未来へ手向ける守護の意志
    榊原・沙耶aa1188
    機械|27才|?|生命
  • 今、流行のアイドル
    小鳥遊・沙羅aa1188hero001
    英雄|15才|女性|バト
  • 正体不明の仮面ダンサー
    蝶埜 月世aa1384
    人間|28才|女性|攻撃
  • 王の導を追いし者
    アイザック メイフィールドaa1384hero001
    英雄|34才|男性|ドレ
  • 夜を切り裂く月光
    無月aa1531
    人間|22才|女性|回避
  • 反抗する音色
    ジェネッサ・ルディスaa1531hero001
    英雄|25才|女性|シャド
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