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依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/02/13 23:00:40 -
行き先表明卓
最終発言2016/02/10 12:19:48
オープニング
『あなた』は、ぱちりと目を覚ました。
カレンダーに目を移せば、今日が2月14日日曜日と分かる。
一般的に言えば、バレンタインデーの今日、エージェントとしての任務はない。ついでに公的にすべき用事もない。
所謂、完全な休日。
この日が完全な休日であることは事前に分かっており、『あなた』はもうどう過ごそうか決めている。
のんびり気兼ねなく1人で過ごすかもしれないし、気の置けないパートナーと過ごすかもしれない。友達や家族と楽しく過ごすかもしれないし、恋人とバレンタインデーを過ごすかもしれない。
それは、『あなた』次第である。
さて、今日は都心の高層ビルへ足を運ぶ。
エントランスフロアやショッピングフロアではイベントが開かれているかもしれないし、レストランなどではバレンタイン限定の料理やスイーツなんてあるかもしれない。そうしたバレンタインならではの賑やかさに身を委ねてもいいが、屋上展望台で景色を何となくぼーっと見るというのも、実は休日の纏まった時間がなければ出来ないことだから、贅沢だ。
頭の中で考えながら、何があるかネットで軽くチェックし、行ってみたい場所をリストアップしていく。
折角の休日だし、うんと楽しもう。
『あなた』は小さく笑い、今日は何を着ていこうかと服選びに頭を悩ませるのだった。
この日は、完全な休日。
そして、バレンタインデー。
あなたの愛はどんなカタチで、今日を感じるだろうか。
解説
●出来ること(行き先は最大2つまで)
ア:ショッピングを楽しむ
イ:食べ歩き
食べることを楽しむ場合はこちらへ。
ジャンル指定いただければ高級過ぎない限りこちらで対応します。
ウ:各所で開催されているイベントを楽しむ(ウa、ウb、ウc、ひとつずつカウント)
a:花に言葉託して
春や通年とされる、不吉な意味でない・高級過ぎない切り花から好きに選び、花束(両手で持てる程度まで)にします。
恋愛以外の意味の花もある為、友人へ贈る花束作成可能。
その場にいる参加者なら相手へそのまま手渡し、いない場合は後日渡すという心情描写となります(参加者でない場合は名前は暈されます)
相手との関係、相手へ抱く想いをいただければ、完全丸投げ選択肢「好きにして、いいのよ」適用として花束を私が選びます。
b:たったひとつの輝き
ミルフィオリ(ペンダントかストラップ)または銀粘土(指輪)の体験コーナー。
自分用でも贈り物でもOK。
※ミルフィオリは千の花を意味するガラス細工。
色や方向性を指定いただければ対応します。
c:愛を確かめて
目隠しした相手へ、苺・林檎・ワッフル・カステラ・マシュマロから3つ選び、あーんして食べさせ、具をひとつひとつ当てて貰うのが1の試練。
係員とシャッフルしたパートナーが手だけ出し、握手だけでどの手がパートナーか当てるのが2の試練。
目隠しした相手は次では手を当てて貰う立場となります。
全問正解でチョコソフト引換券進呈。
エ:展望台で景色を眺める
●注意・補足事項
・公共の場です。TPO注意。外見年齢20歳未満(公認基礎設定で実年齢が設定されている場合はそちら基準)飲酒厳禁。
・各選択肢アイテム配布なし。
・任意絡みあり。
・剣崎高音、夜神十架はプレイングでお誘い可能(掲示板宣言必須)
複数の場合は全員グループ行動(選択肢はバラバラでもOKですが一緒にいるとし、各選択肢で比重調整した描写を行います)
リプレイ
●一方通行に押されて
天野 一羽(aa3515)は、自らの腕にしがみつくルナ(aa3515hero001)を見た。
バレンタインデートをしようとルナに連れて来られたのだが。
(ボクたちそういうアレじゃあ……)
ないと思うんだけど。
顔は可愛いと言われても年頃の一羽、腕に押し付けられる柔らかな存在を無視出来る程成熟していない。
(ボク達と同じリンカーだと思うけど、ああいう如何にも恋人という雰囲気があるならまだしも、違うような……)
一羽が見る先には、胡桜 迅衛(aa3370)と胡桜 アヤメ(aa3371)の姿。
イベント案内を見て、何か興味あるものを見つけたらしい彼らは手を絡めるように繋いで寄り添ってどこかへ歩いていく。
一羽は面識がないので、アヤメを能力者、迅衛を装いで英雄と判断したが、正確には両者能力者同士、英雄お留守番だったりする。
それを知るのがいつになるかは判らないが、今はルナとのひと時を語ろう。
「一羽ちゃん、あのイベント行きましょっ♪」
ルナが一羽を引っ張っていった先は──
『愛を確かめて』
「うふふっ、何かいいわね、こういうイベント」
半分硬直している一羽を他所にルナが参加手続きを済ませてしまう。
「え、ちょっと待……」
「……ダメ?」
殊更腕にしがみつくルナが目を潤ませて一羽を見ると、一羽は勝てずに折れた。
係員からイベント説明を受け、手を当てる自信もない一羽が1の試練を受けることに。
(……うっ。なんで目隠しして口開けてるだけでこんなに、なんというかえっちな……)
アイマスクで覆われると、ルナの顔が見えない。
「あーん♪」
最初に口に運ばれたのは、粒々感からすぐにイチゴだと判った。
次はワッフル、これも食感と味ですぐに判った。
最後は──
「そういえば、チョコレートフォンデュって鍋に落としちゃうと罰ゲームしちゃう食べ物があるんですって」
ルナが一羽に食べさせながら、耳元でヒントを囁く。
蟲惑的な吐息で自分の髪が揺れたのが判り、一羽は緊張と共にそれを飲み込む。
「マシュマロ……」
「当たり。どうしたの一羽ちゃん? ちゅーして欲しいとか?」
耳元の囁きでまた髪が揺れ、アイマスクが取り払われる。
言うまでもなく、ルナの顔は目の前だ。
「食べさせあいっこが良かったんだけど、そういうイベントじゃないみたいなのよね。手の方もそうみたい」
あーんして食べさせて貰った者が、次に隠れているパートナーの手を当てる側になる。
両方そうし合うとはイベント案内には書いておらず、それではイベントの趣旨が異なるということで、係員は次の試練へと2人を促した。
「一羽ちゃんからあーんされて、全問当てたかったけど。でも、一羽ちゃんが私を当ててくれるなら、それでいいかしらね?」
ルナは不満を切り替え、一羽へ囁く。
一羽はルナの顔を見、それから考え込んだ
(女の人ってこういうの外すとすんごい落ち込みそう……)
「当ててくれなきゃ泣いちゃうわよ?」
ルナも耳元で囁いてから、衝立の後ろへと回る。
(20代女性の係員なんて一杯いるだろうな……)
一羽は心の中で呟きながら、準備整い、衝立から服も判らない状態で出された手を見る。
(嘘っ!? よく判らない!? ハードル高い!!)
ネイルされた手などもあるし、手入れの具合も皆同じに見えるのは一羽の年齢的な経験値不足が大きい。
(あ、でも……ルナの手にほくろはないし、それから……)
一羽が手を握った際の反応。
「この手です」
これが見事当たり、衝立の向こうから飛び出してきたルナが一羽へ抱きつく。
「私がやっても一瞬で当てられるけど♪ ふふっ、16歳の男の子の手♪」
「わっ、ルナってばく、苦し……皆見てるって!?」
「んー、見せつけてるのよ♪」
片手で抱きつき、空いた手の指は絡まり。
しなやかな肢体は惜しげもなく押しつけられる中、一羽は真っ赤な顔で係員からチョコソフト引換券を貰った。
●創る絆の証
(ボクに拒否権はなかった)
心の中で呟くクー・ナンナ(aa0535hero001)の視線の先には、カグヤ・アトラクア(aa0535)が剣崎高音(az0014)と夜神十架(az0014hero001)へ抱きついている。
休日、寝たかった。
チョコレートはバレンタイン前に見たくないレベルで食べたのは、カグヤが今日の為に2人へ完璧なものを渡すべく腕を磨き、それらは全てクーへ進呈されたからだ。(だってカグヤ食べるの好きじゃない)
2人と遊びに行くとはしゃぐカグヤへお土産は胃薬でいいと言ったのに……。
「ネットは偉大じゃからな。イベント情報バッチリじゃ!」
「今日は楽しみましょう」
「……クーも、こっち……」
カグヤと高音を見て楽しそうだった十架が手招きしたので、クーもちょっとだけ歩を早めた。
本当にちょっとだけ。
まずは『たったひとつの輝き』というイベントへ参加。
カグヤが2人へ銀粘土の指輪を贈りたいと申し出たからだ。
(自分の工房だと本格的になり過ぎてしまうからの。普通でいいのじゃ)
クーから思いが強過ぎると引かれると言われたこともあるが、2人のリクエストを聞きながら、楽しく作れた方がいい。
カグヤがリクエストを聞いてみると、高音が月モチーフ、十架が蝶モチーフとのことで、俄然気合が入った。
「クーのも作ってやるぞ。大抵のものは大丈夫じゃ」
「……じゃ、猫」
言うまでもなく、寝ていられる彼らへの羨望からである。
「ふっふー、任せよ」
技術者の鏡たるカグヤが銀粘土の指輪を次々と象っていく。
ここから乾燥や整形を経て、焼成、ステンレスブラシで磨くと銀の輝きを放つ。
シンプルに言えばそういうものだが、技術ある者が作ればその指輪は素晴らしいものになる。
「匠の技でござる」
「凄いわね」
「本職じゃからの」
同業らしい2人組(迅衛とアヤメだ)へ応じつつ、カグヤは自分の作業に没頭する。
集中している為、その内周囲の音が聞こえない状態になり、気づいたら、クーが「ホント馬鹿だよね」と呆れ顔。
「うるさいのじゃ。ところで高音と十架は?」
「トイレ」
「なるほどの」
クーの言葉に特に気にしないカグヤは手際良く3つの見事な指輪を美しく仕上げていく。
係員からも拍手が起こる中、戻ってきた高音と十架に差し出せば──
「これは私から」
「頑張って、作ったの……」
高音と十架が手分けしたという4人揃いのミルフィオリで出来たストラップ。
赤い花のデザインは、カグヤとクー、十架の瞳の色を意識してのものだろう。
「これは予想外じゃ……! 大切にするのじゃっ!」
指輪を贈ったカグヤが2人へ抱きつく。
作った指輪が喜ばれるだけでなく、一生懸命作ってくれたストラップが贈られるとは。
技術者としても、友達としても、嬉しい。
今日は、やっぱり、リア充だ!
時間を少し遡らせよう。
迅衛とアヤメも『たったひとつの輝き』内にある銀粘土の指輪体験コーナーへ腰を落ち着けた。
「誕生石があればもっと良かったのだけど……体験コーナーだものね」
迅衛の誕生石はガーネットであり、アヤメの誕生石はルビーだ。
真実などの意味を持つガーネットには魔除けや勝利・成功の守りとして扱われ、情熱などの意味を持つルビーには嫉妬や愛の疑念を払うと古来から大切にされてきた。
共に赤で揃えて、飾りたかったが、ここはあくまで体験出来るイベントスペースだ。
大衆向けに体験して貰う場においては初心者でも簡単に作れるようなキットしか準備していない。何より、小さくとも宝石は高価である為、体験の場では用意されてなかった。
「それに説明を聞いていると、意外に難しそう」
「ご安心を。拙者が付いております故」
迅衛が手先に不安を覚えるアヤメへ笑みを向ける。
「石はなくとも、互いを想い、作れる指環ならば、きっと極上のもの……結婚指環にいいでしょうな」
「……あなたの指に飾るのだもの。あなたを想って精一杯作るわ。でも──」
少しでも綺麗に作りたいから、躓いたらどうか手伝って。
この甘い日、愛しい人と良い想い出を作りたい。
それは絡み合う指と同じように同じ想い。
「拙者達は夫婦でござります故、助け合うのは当然のこと……まして愛しい妻殿の頼みならば」
愛しい妻である姫君を手伝うことに何の問題があろう。
自分達は、夫婦なのだ。
「ありがとう。手先が器用なジンエの助けがあれば、安心よね」
あなたの完成品も楽しみ。
アヤメは花よりも艶やかに微笑み、迅衛の心を優しく満たす。
そうして、2人は互いを想って作る結婚指輪作成開始。
「中々難しいでござるな」
「そうは言っても、ジンエのものは綺麗よ?」
同じ桜の意匠の指環を整形しているが、綺麗にしようとすると、中々難しい。
と、人々の視線が一点に集中しているのが見えた。
その中心にいる黒髪の女性(カグヤだ)が体験コーナーとは思えない鮮やかな手つきで次々に形を整えている。
思わず、2人も近づいて声を掛けると、本職と返答した彼女は作業に没頭していく。
「ボクの能力者、技術馬鹿だからねー」
傍らにいる少年(クー)の言葉で、彼らもリンカーと気づく。
もしかしたら、同じエージェントかもしれないが、彼女の集中を邪魔するのも何なので、「拙者達も励むでござるよ」と迅衛が頭を下げ、場を離れる。
「凄い集中力だったわね」
「大切な人への想いは拙者達も引けをとるものではないでござるよ」
「そうね」
言葉を交わし、再び作業に没頭。
途中、出来上がったらしい彼女が指輪を贈り、返しの品を貰って喜ぶ声が聞こえてきたが、この頃には2人も最後の仕上げに入っており、そちらへ顔を向ける余裕もない。
出来上がった指環は、きっとあの彼女のような完成度ではないだろうし、宝石もないが、指環へ込めた想いは宝石以上に輝く、世界にひとつだけのもの。
「嵌めて下さる?」
アヤネがねだるように指を差し出せば、
「喜んで」
微笑んだ迅衛がその指にスッと嵌めてくれる。
アヤメも同じように彼の指に指環を優しく嵌めた。
「ここは誓いを交わす場ではないのに、まるで式の誓いをしているようでござるなぁ」
「……うん、何だか誓いの指環交換みたい。ときめいちゃうわね」
迅衛の感慨深い呟きに、その指に輝く指環を幸せそうに撫でたアヤメが先程の笑みよりも艶やかに笑う。
(花も恥らう笑みでござる)
見たかったその笑みは、花よりも美しい。
綺麗で大切な宝物。
忘れられない想い出がひとつ増える。
その度に、あなたへの愛しさが増していく。
●甘く楽しく
「すごいじゃないか! みたまえ、ユウ」
「……人ばっかり……」
シキ(aa0890hero001)のテンションとは裏腹に十影夕(aa0890)のテンションは低い。
朝からシキの服選びに付き合わされ、朝食抜きとなってしまった上、この混雑では無理もないのだが。
「うむ、ユウはきょうみがないようだね。わかっていたよ。ちびよりもけんこうてきではないが、わたしはたのしいぞ! めいっぱい、オシャレしてきたのだよ」
先程偶然出会ったルーシャン(aa0784)はアルセイド(aa0784hero001)と共に来ており、大変楽しそうでよろしかったのだが、シキも夕にはそこは期待していなかった。
色気を忘れたらおしまいと豪語するシキは春の装いバッチリ、それに合わせた組紐も完璧だったが、夕より「暦の上で春になっても寒いから」とコートを着せられてしまっている。
「とりあえず、何か食べよう」
「おや、こんなところでてをつないでは、カップルにみえてしまうよ」
夕は自身の空腹を満たすのとシキの買い物阻止(部屋にシキの服や小物が増え過ぎているそうだ)の意味でシキの手を引いてレストランフロアへ向かう。
「いいよ、見えても」
本当にそう見えたらやばいけど、とは言わず、シキの言葉に応じる夕。
すると、シキは鷹揚に頷いた。
「よろしい、きょうのわたしは、ユウのあいじんとしておこう」
「……よろしくないよ……」
愛人は人聞きが悪いというか、どこで覚えてきたのか。
夕はシキに文句が出ないような店探しへ専念する。
(どの店に行くか聞いておけば良かった)
ルーシャンを主と仰ぐアルセイドが万事整えたなら、きっとシキも満足する店だろうが、もう遅い。
夕は何とか、スイーツバイキングをやっている、可愛らしいカフェを見つけた。
「ここ、いいんじゃない?」
バイキングなら、許容量を超えて頼み、食べ切れないなんてことはないだろう。(その残しを食べるのは夕の役目だ)
「おまえにしては、いいみたてだね。ひるげにしよう」
昼食になるようなものはないみたいだが、お気に召したようだし、いいか。
夕は心の中で呟き、シキと共に入ろうとし、何やら様子を伺う男女に気づいた。彼らは不審者にならないようにしているが前方の男女を見ている。
(……?)
デート参観だろうかと首を傾げたが、シキから「はやくしたまえ」と怒られたので、視線を戻して店の中へ入っていく。
夕よりデート参観と思われたクリッサ・フィルスフィア(aa0100hero001)は、参観の相方ヴィント・ロストハート(aa0473)と不審者にならないよう慎重に尾行している。
「モルディブの時もそうだが、お前も物好きだな。その点で言えば人の事は言えない……か」
「何かあった時の為にすぐに駆けつけられるようにしてるのよ。幻想蝶の中にいれば良いんでしょうけど、それだと『二人きり』にはならないでしょう?」
「なるほど」
理由を話すクリッサに納得するヴィント。
クリッサの能力者アヤネ・カミナギ(aa0100)とヴィントの英雄ナハト・ロストハート(aa0473hero001)は、モルディブの夜空の下で想いを交わした恋人同士だ。
クリッサは2人の仲を応援しており、デートも喜ばしいことと思っている。
が、何かあっては困る為、必要ないかもしれないが、何事もなくデートを楽しめればという想いもあって、少し離れて見守っている訳だ。
ヴィントもプライベートに干渉する趣味はないが、休日で暇を持て余しているし、アヤネとナハトに気づかれないよう観察するのは仕事の勘を鈍らせないのにいいとやって来た結果、クリッサと遭遇、モルディブと同じく2人して見守っている。
自分達も何か食べながら行かないかというクリッサの提案を受け、2人の手には買い食いの品。
クリッサが海老とアボガドのサンドイッチ、ヴィントがローストビーフのサンドイッチと昼食を兼ねており、空いた片手は飲み物もバッチリだ。
デート参観と化した2人の先にいるアヤネとナハトはと言うと───
「アヤネ、そっちは美味しい?」
「食べてみるか?」
イチゴ尽くしのクレープを食べるナハトがチョコバナナとブラウニーのボリュームあるアイスを食べるアヤネを見やると、アヤネが自身が食べているものをそのまま差し出してくる。
ナハトが恥らいながら、アヤネのアイスをぱくり。
(……そう言えば……自分が口をつけた物を他の相手が食べる時に起きる現象を何と言ったかな……)
アヤネは自身の頭から抜け落ちている単語は何だったかと思うも、ナハトが「アヤネのも美味しいね」とはにかむから、別に意識する必要もないかと早々に記憶の探索を止めた。
「口元、少し付いてるぞ。ほら……」
チョコバナナの部分を食べたからか、ナハトの口元を少しだけチョコが汚しているのに気づき、アヤネは顔を近づける。
世話を焼くついでの、ちょっとした悪戯心。
取って貰おうと思っていたナハトもキスをされるのではとその白い肌を朱に染め上げていく。
その恥らう様を愛らしく思いながら、アヤネは指でチョコを拭った。
「ほら、取れた」
アヤネはナハトにしか聞こえない声音で囁き、それから指についたチョコをハンカチで拭うのではなく、自身が舐め取る。
「あ、あ、あ……」
ナハトは恥ずかしくて言葉にならない。
だって、ここは公衆の面前。
行き交う人が注目している訳ではないけど、でも!
「互いに違う種類の物を頼むのはいいな。シェアが出来る」
アヤネの顔がすっと近づくと、ナハトのイチゴ尽くしのクレープをその口へ攫っていく。
その拍子にナハトの手にアヤネの吐息が掛かり、ナハトの朱は顔だけではなく、その手にも広がっていった。
久し振りの休日が、バレンタインデー当日。
仕事以外では自室に篭もりがちなアヤネと過ごしたくて、デートと意識しないようにして、誘ったけど。
アヤネのすることひとつひとつが、甘くて、やっぱり、デートと意識してしまう。
「次は何を食べようか。ここは店が沢山ある」
アヤネが手を差し伸べると、ナハトは恥らいながらも手を重ねてくる。
その手を覆い、指を絡めれば、自然と寄り添う形だ。
(特別意識したことがないバレンタインデーだったが……こうしてナハトと過ごすのは良いな)
アヤネは、恥じらいながらも嬉しそうなナハトに口元を綻ばせる。
ナハトに誘われなかったら、自室でゆっくり過ごすつもりだった。
今後は少し考えようと思う程、ナハトと過ごす今が楽しく感じる。
(俺は所謂お伽噺の騎士ではないだろうが……)
アヤネは先程見かけた恭しい青年を思い浮かべる。
エスコートしていた幼い少女が主なのだろうか、その所作は洗練されていた。
名家の生まれだが、自分は恐らくそうではないだろう。
だが──
(ナハトにとって、もうひとつの居場所になることは出来る)
だから、孤独であった真紅の剣姫を、たった1人の女の子でいられる場所になれるよう。
アヤネは自分へ笑みを向けるナハトを見て、改めてそう思う。
だから、甘さに悪戯心を乗せ、入った店ではサラダピッツアを彼女へ差し出す。
「ナハト、あーん」
盛大に顔を赤くしながらナハトがそれに応じた後、自身もナハトへ彼女のマルゲリータを欲する。
恥らうナハトから食べさせて貰った味は、最高に美味しかった。
「ルゥ様、こちらの店です」
「わぁ……写真よりもずっと綺麗なお店」
アルセイドの指し示してくれた店は、ルーシャンがネットで知ったお店だ。
年齢的にサイトにあった画像優先で興味を持ったその店は、バレンタインデー限定スイーツがある。
(俺がケーキなど作って差し上げても良かったのですが……)
バレンタインデーが特別な日であると聞いたアルセイドは、欧米諸国と日本のバレンタインデーの違いも合わせて聞きも、ルーシャンが望むなら取る道はひとつだ。
ルーシャンへ「As you wish,Your Majesty」と告げ、この店へすぐさま予約したのである。
堅苦しくなり過ぎないよう配慮しながらもフォーマルなスーツ、コートを身に纏い、ルーシャンをエスコートするアルセイドはお伽噺の騎士のよう。
「アリスと一緒に来られて、嬉しいな♪」
「ありがたきお言葉」
アルセイドはルーシャンへ微笑み、店の中へ入っていく。
それより少し遅れて、先程挨拶の言葉を交わした夕とシキが店の前を通り過ぎたが、2人は知らなかった。
「これ、食べてみたかったの! えへへ、甘くてとっても美味しい♪」
ルーシャンの目の前には、バレンタイン限定のスイーツがあった。
ふっくらとした厚みあるチョコレートパンケーキには可愛らしく絞られた生クリームが沢山。その生クリームにはベリーソースが彩りを見せていて、更に大粒のイチゴが宝石のように輝いている。プレートには、『St Valentine's Day』とチョコソースで書かれている他、ブラウニーとアイスがパンケーキの従者のように添えられていた。
「……ルゥ様、頬にクリームついてます」
「んゅ………お、お行儀悪いね、ごめんなさい」
くすくす笑うアルセイドがペーパーナプキンでルーシャンの頬についたクリームを拭き取ると、ルーシャンは顔を赤くして恥らった。
「いいえ。美味しそうに召し上がられるルゥ様を見ていると、俺も満たされます」
アルセイドにとって、ルーシャンは女王だ。
店員から見て年の差がある兄妹に見えたとしても、それが揺らぐことはない。
そう見えたからと言って揺らぐ忠誠を捧げている訳ではないのだ。
(さっきすれ違った女の人位だったら、違ったかな)
兄妹と思った店員の微笑を思い出してちょっと複雑な気持ちを蘇らせたルーシャンは、すれ違った背の高い男の人と一緒にいた自分よりずっと大人の女の人なら、そんな風に見えないかもと思ってみたり。
アルセイドはルーシャンの表情の動きで何となく察し、微笑んだ。
「俺には、目の前にいるルゥ様が全てですよ」
何故なら、あなたこそが俺の女王陛下なのだから。
●違わぬ答え
指環を贈り合った迅衛とアヤメは昼食を経て、『愛を確かめて』のイベントへ参加することにした。
「私が甘味当てで……」
「拙者が手を当てると致そう」
「チョコソフト引換券目指して頑張りましょ」
迅衛と分担を確認し合うと、アヤメが笑みを向ける。
(好物はカステラ、ワッフル、マシュマロでござったかな)
折角だし、アヤメの好物にしよう。
そう考えた迅衛は、食感で判り易いマシュマロを選んだ。
(……こういうのも、新鮮でござる)
迅衛が運んだマシュマロを咀嚼するアヤメを見て微笑する。
「柔らかいから、マシュマロよね」
「当たりでござる。では、次を──」
次に選んだのは、バターの風味が判り易いワッフルだ。
口元に運ぶと、アヤメはワッフルを美味しそうに食べる様は、可愛らしい。
「どうでござるか?」
「香ばしいから、ワッフル?」
迅衛が答えを期待するように尋ねてみれば、アヤメは可愛らしくも正解の言葉を待つ娘の表情。
目が覆われているのが惜しい位だと思いながら、迅衛は正解を告げる。
「良かった。間違えてたらどうしようと思ってたの」
「そうでござるか?」
「だって、ジンエに食べさせて貰ってるから、何でも美味しいから間違えちゃいそうだわ」
アヤメの言葉の可愛らしさに、迅衛も敵わない。
迅衛は「最後は簡単にするでござるよ?」とカステラをその口元へ運んだ。
咀嚼したアヤメは、破顔した。
「大好物のカステラは間違えないわ! ジンエ、私の大好物を最後にしてくれたのね!」
「妻殿の大好物を違えることなどありましょうか」
アイマスクを取ったアヤメが迅衛へ抱きつくと、迅衛は腕を回して受け止める。
「午前の方にも相手の男の子に抱きつく女性がいらっしゃったんですよ。流石に真っ赤になっていらっしゃいましたけど」
「あら、エントランスでそういう人見たような気がするわね」
次の試練へ案内する係員が全問正解に喜ぶ2人へそう教えると、アヤメはふと見かけた男女を思い出した。
こちらを見ていた男の子の腕に艶やかな金髪の女性が抱きついていたので、印象に残っていたのだ。
「愛しい者と想い出を願う者はこうした催しに惹かれるのでしょうな」
「そうね。私とジンエみたいに……ね」
実はまだそういう間柄ではない2人だったりするが、特に面識もなく、見かけた程度で見破れるものでもない。
2人は自分達と同じ想いの者もいるのだと結論づけ、2つ目の試練へ。
(私の手、ちゃんと当てて下さるかしら)
手を出す向こうには、迅衛がいる。
服も判らないよう、立ち位置もシャッフルされて行われるこの試練で、迅衛は手の感触だけで答えを出す。
外す訳がないと思っているけど、少しだけそわそわする。
(あ……触れてくれてる)
いつも触れ合う手の温もりを感じ、アヤメは何だか嬉しくなった。
その時だ。
「この手でござる。全て触れるまでもなく」
迅衛の声が響いた。
衝立の向こうへ回り込むと、迅衛が笑みを向ける。
「常に寄り添う手を拙者が間違える筈ないでござろう? 妻殿の白く滑らかな手は一目見ればすぐに」
けれど、楽しむ気持ちもあったのだろう、彼はアヤメの手に触れた。
アヤメが駆け寄ると、迅衛が改めてアヤメの手を包み込み、アヤメも応じるようにその手を握り返す。
「捕まえたでござるよ」
「捕まえられたわ」
アヤメがそう言うと、迅衛の口元の笑みが一層深くなる。
「触れた瞬間の顔が見られず残念でござったが……今の妻殿の可愛らしい顔が見られたので、よしとするでござるよ」
貰った引換券で食べるチョコソフトよりも甘い言葉。
あぁ、今日だけで素敵な想い出が沢山。
アヤメは幸せの余韻に浸るように瞳を細めた。
●想いを花にして
ティータイムを終えたルーシャンとアルセイドは、『花に言葉託して』へやってきた。
ルーシャンがしっかりしてるけど、どこか可愛いと思える友達へ花束をと願ったからだ。
「ルゥ様の想いを沢山篭めれば、きっと喜んでくださいますよ」
敢えて見守るのみのアルセイドは、大丈夫とルーシャンへ笑みを向ける。
「係員さんへ聞けば、判るかも……」
ふわふわのケープコートを翻し、ルーシャンが係員へ駆けていく。
ケープコートの合間から見える蒼のエプロンドレスも、暖かいタイツも、コーディネートされたショートレースアップブーツも、今日を楽しみにしていたルーシャンのお洒落。
アルセイドの女王は、本当に愛らしい。
「いつも遊んでくれてありがとう、大好き! そういう気持ちを込めて贈りたくて」
「フリージアとホワイトレースフラワーはどうかしら」
係員は、友愛の意味を持つフリージアと感謝の意味を持つホワイトレースフラワーを指し示した。
「切花としてホワイトレースフラワーは通年あるのだけど、フリージアはこの季節によく出るわね」
教えて貰ったルーシャンはピンクのフリージアとホワイトレースフラワーで花束を作ることにした。
「素敵な花束になりましたね」
「うん」
花束を手にするルーシャンは、嬉しそうに微笑んだ。
と、ルーシャンの視線が見つけた夕とシキへ動いた。
「シキちゃんに贈るのかな」
「先程そのように話されていました」
「そっか」
アルセイドの答えを聞き、ルーシャンはどこか楽しそうに笑う。
「あとね、アリス……これ」
ルーシャンが差し出したのは、アルセイドに見慣れない包みだ。
「さっきのお店で、アリスがお会計している間に、トイレ行くって言ったでしょう? 本当はこれ買いに行ってたの」
嘘吐いてごめんなさい。
ルーシャンは謝った後、アルセイドを見上げた。
「いつも、私の力になってくれてありがとう……これからも、よろしくね」
アルセイドは微笑を湛え、ルーシャンの感謝を恭しく受け取った。
「ありがたき心遣い。大切に、味わっていただきますね」
「ありがとう、アリス」
アルセイドの言葉に微笑むルーシャン。
故に彼女はアルセイドの女王陛下。
ルーシャンとアルセイドがイベントスペースへ足を運ぶのに少し遅い形で夕とシキもやってきた。
「綺麗だね。買ってあげるよ」
色々ねだられる前に先手を打つ。
そうした意図で花束を贈るつもりの夕へ、シキが驚愕の表情を向けた。
「おまえに……そんないろけが……!?」
クリスマスイヴにシキが贈った手製のメッセージキャンドルをホラーという感性の夕だ、シキが驚くのも無理はない。
夕はそれをスルーしつつ、イベントスペースで咲き誇る花々を指し示す。
「どれがいい……痛いです、シキさん」
「みなさい」
シキはイベントの趣旨を理解していない夕の足へ踏み下ろした足を戻しつつ、係員へ駆けていくルーシャンと、そのルーシャンを見守るアルセイドを指し示した。
会話は聞こえないが、フリージアとホワイトレースフラワーを指し示した係員の説明をルーシャンが真剣に聞いている様子で、やがて、ピンクのフリージアを選び出す。
「ここは、えらんだはなを、おくるばしょなんだよ。ちびにもわかるのに、ユウときたら……ほんとうにいろけがない。なぜはなたばというはっそうにいたれたのか、わたしにはわからないよ」
「……選んできます」
花束で手を打って貰いたいとは言えない夕、反論なく、ルーシャンが声を掛けた係員とは別の係員に向かって歩いていった。
花のことなんて判る訳ない。
だから、係員が勧めるものそのまま買って渡そう。
まさに、丸投げである。
「おまえがいちばんかわいいよって感じで選んで貰えますか」
「解りました!」
係員は元気良く、オレンジのガーベラと白のラナンキュラスを選び、花束にしてくれた。
花束を受け取った夕は隣で早く寄越せと手を出すシキを制しつつ、係員へ花の名前を聞いてみる。
「白い花はラナンキュラス、オレンジの花はガーベラ。ラナンキュラスにはあなたは魅力的という意味が、ガーベラにはあなたは私の輝く太陽という意味があるんですよ」
「つまり、ユウにとってわたしはみりょくてきなたいよう、ゆいいつということだな」
シキが硬直する夕から花束を奪う。
太陽はひとつしかなく、その太陽が魅力的という意味なら……おまえがいちばんかわいいよ、という意味合いになるだろう。
夕、大暴投 。
「ユウもいろけというものがわかってきたじゃないか。わたしはなかなかきにいったぞ」
ご満悦なシキ。
係員の視線を痛く感じながら、次からは自分で決めようと夕は固く心に誓った。
●紡がれる時
「……心臓に悪かった」
一羽はその後も何だかんだでルナに振り回され、展望台に来る時にはすっかり疲れていた。
けれど、「都会のビル群も上から見ると結構綺麗なのね」と景色に視線を転じるルナを振り解ける訳ではない。
(最初のイベントが特に……)
あれは絶対カップルや夫婦向けのイベントだ。
自分達はそういう間柄じゃない。
あそこにいるとても楽しげな4人グループが行くような、別のイベントが良かったのではないだろうか。
……少し離れた場所でいいムードのカップルだったら、違ったかもしれないけど。
(でも、何か、ちらちら見てる人がいる……?)
「……ね、一羽ちゃん」
一羽の思考を遮るようにルナが声を掛けた。
顔を向けると、ルナが「ありがとう」と微笑んだ。
「あのイベントで、私の手当ててくれたの、嬉しかったよ」
直後、一羽の頬に温かく柔らかい感触。
それがルナの唇と気づいた一羽は、この日最も赤くなった。
「青春じゃのー」
「青春じゃないでしょ」
カグヤが年の差カップルの女性の方が男性の頬にキスをしているのを見、そう言うと、クーは呆れた。
屋上展望台と言っても、高層ビルの為に屋内スペースがある。
季節も季節であるしと自分達が守る世界を眺めるにしても屋内スペースがいいだろうとふんわりしとたソファから眺めている形だ。
「ここで、バレンタインスイーツじゃ。飲食厳禁ではないし、皆で食べるのじゃ」
「どれも美味しそうですね……」
「たくさん、あるの、ね」
カグヤが出したトリュフにチョコマカロン、チョコブラウニー、ガトーショコラは見事な出来栄え。
「私達も、作ってきたんですよ」
「生チョコ! チョコ尽くしはバレンタインらしいの」
「飲み物位準備したら?」
クーが人数分の温かい飲み物を買ってくるように自販機を指し示す。
「そうじゃな。待っておれ」
カグヤが自販機へ向かうと、クーが高音と十架へ軽く肩を竦めて見せる。
「カグヤと付き合ってくれてありがとう。アレは感情を分析出来ても、気持ちを推し量るとか出来ないタイプの馬鹿だから、嫌なことされたらちゃんと拒絶してね。今日だって写真取り巻くってたし」
「いいえ、いつもよくしていただいてますよ。カグヤさんは素敵な方です。クーさんも良い方と思っていますし」
「2人共……おともだち、よ?」
心配も含まれた助言を言ったクーは、高音と十架の言葉に目を瞬かせた。
自分とカグヤは多くの、高音と十架のような能力者と英雄と違い、仲良しではない。
今までも一緒に行動して来たが、そう思われてると思ってなかった。
(カグヤがあれだけ喜ぶ友達か……)
何か特別なものを感じる訳ではないが、なるほど、こう言われて悪い気はしない。
「友達になってほしいと言う前に、先を越されちゃったー」
クーがそう言うと、高音と十架がくすくす笑う。
カグヤがお汁粉を買ってきて、クーがダメ出しするのは、この後すぐ。
それもきっと、ほんわかとした時間。
アヤネとナハトが屋上展望台へ移動したのに合わせ、クリッサとヴィントも屋上展望台へ移動していた。
距離も離しているし、人込みもあってか、今の所2人がこちらへ気づいた様子はない。
従魔、愚神は勿論、ヴィランの気配もない。
「……大丈夫そうね」
「周囲にエージェントもいるし、大丈夫じゃないのか? さっき気づいたが、見知った顔がある」
クリッサの安堵へ、ヴィントが周囲を指し示す。
見れば、「何でお汁粉なの」とダメ出しするクーがカグヤへ飲み物指定をして再度買いに行かせている姿が見える。
近くには高音と十架の姿もあり、有事が発生しても余程深刻な敵でなければ対処可能だろう。
見た所、4人は友達同士でここに来たようだが。
「何かあったら連絡くれ」
「……何もなくてもそのことは連絡するわね」
遠目から見ても、2人は良い雰囲気である為、ヴィントはこれ以上必要ないと判断、気配を殺したままその姿を人込みの中へ紛れ込ませていった。
ヴィントを見送るクリッサも2人だけの空間になっているその瞬間を邪魔する野暮が発生しないよう願いつつ、視線を外すように外の景色へ目を転じた。
アヤネとナハトは寄り添うように景色を眺めていた。
(……ナハト、少し、そわそわしている……?)
アヤネはナハトが時々、自分をちらちら見ていることに気づいた。
どうかしたのか、と問う前に、ナハトがさり気ないようにアヤネの腕を絡め取る。
あぁ、こうしたくて、ナハトはタイミングを計っていたのか。
戦の機は見逃さず、機に躊躇しないであろうナハトでも、この機は読めなかったのだろうと思うと、アヤネはナハトがいじらしく感じた。
「迷惑じゃなければ、だけど、こうしてもいいかな……?」
アヤネを見上げるその顔の色は、瞳よりも赤い気がする。
見え隠れするのは、期待と不安。
アヤネの腕がナハトの腕へ絡み、行動で返答を示す。
吐息さえも耳に拾える距離でアヤネが今度は言葉での答えを囁いた。
「迷惑などと思うものか。普段あまり出来ないことだし、存分に甘えてくれて構わないさ」
「ありがとう、アヤネ」
ナハトが嬉しそうにアヤネの腕に頭を預ける。
腕に感じるその重みが、アヤネには嬉しい。
「バレンタインデーを今まで意識したことがなかったんだが……ナハトと過ごすバレンタインデーなら、今後も意識したいな」
「思い切って誘って、良かった……」
アヤネからそう言われ、ナハトの口に自然と笑みが浮かぶ。
自身を蝕む呪いは、敵にも味方にも……誰からも強い恐怖と畏怖を抱かれ、ずっとずっと独りだった。
独りで寂しくて……逃れるようにしてこの世界に来て、ヴィントと出会い、誓約し、独りではなくなった。
今は、もうひとつの居場所になりたいと、大切だと言ってくれるこの人へこの身を預けられる安心がある。
ナハトにとってそれはひどく幸せなことだ。
そのナハトの髪にアヤネが優しくキスをし、その幸せが夢ではないことを教えてくれる。
「欧米と日本じゃバレンタイン違うって話だったけど、今日、楽しかった。アヤネと一緒だったから」
「俺も楽しかった。……ナハトが真っ赤になって、可愛かった。ほら、今みたいに」
「アヤネが不意打ちするから……」
アヤネが反応を楽しんでいると解っていても、ナハトは顔が赤くなってしまう。
それが嫌だと思わないけど、やっぱり照れてしまう。
もうひとつの居場所は、穏やかで、優しくて、それから初めての居場所と違って、ドキドキする。
でも──
「ね、アヤネ」
楽しんでいる今なら、隙がある。
ナハトがアヤネの名を呼ぶと、アヤネはこちらへ顔を向けた。
戦の機を逃さぬ真紅の剣姫は、この時の機も見逃さず、アヤネへ素早く顔を近づける。
触れる柔らかさは、一瞬。
「……今日ずーっとの、お返し」
不意打ちに目を瞬かせるアヤネへ、ナハトは至近で微笑んでみせた。
直後、アヤネの手がナハトの頬を捉え、引き寄せる。
触れる柔らかさは、一瞬ではない。
唇に感じる温かさは、先程より少し熱く感じる。
「……ん」
ナハトは見開いていた目をやがて閉じ、アヤネに身を委ねる。
絡まっていた腕は、今はナハトを優しく包んで離さない。
吐息を零すのを忘れそうな位優しい口づけは、名残惜しげに終わる。
言葉もなくはにかむナハトの頭を抱き寄せ、アヤネは景色へ目を転じた。
ナハトの視線もアヤネと同じく景色へと向かう。
2人だけの、心が満ちる穏やかな時間。
それは、きっと、この居場所を想っているからだろう。
彼らが帰る時刻、クリッサは見つからないよう注意しつつ、ヴィントへメールをひとつ。
『邪魔のない、素敵なバレンタインデーになったと思うわ』
ヴィントが慈しむようなクリッサのメールを見、どう思ったか。
それは彼だけの真実だ。
「今日は、ありがとう」
「……俺こそ、ありがとう」
2人で寄り添って歩く帰り道、愛しい居場所はここにある。
バレンタインデー。
どのような愛でも、誰かを想う真実は同じ。
その想いが、等しく、誰かを包みますように。