本部

廃墟に潜む影

弐号

形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
8人 / 4~8人
英雄
8人 / 0~8人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/02/08 20:37

掲示板

オープニング

●蛮勇の代償
 男が女に良い所を見せたいと感じる虚栄心は遥か昔、人間がまだ動物だった頃から延々と持ち続けている欲望である。
 そして、未知なるものを知りたいとする好奇心もまた、人の人たる感情として今なお在り続けている。
「ねえ、ちょっと……やっぱり危ないって……」
「大丈夫だよ、そんなにビビるなって」
 故に、その二つの要素を両方とも満たす肝試しという遊びは『想像の20年』を経ても廃れることなく人々の間で親しまれてきた。
 ここは街の外れの方にある山の麓にぽつんと立つ廃墟。
 もともとは何らかのレジャー施設だったのだろう。がらんと何もない様子が広がる内部は、その大きさゆえに逆に寂しさを強調していた。
「一階はゲームセンターと……これは麻雀用の部屋かな?」
 まだ日が高いというのに光が届かず薄暗い室内を形態のライトで照らしながら男が前を進む。ジャリジャリと入り込んだ砂が擦れる音が響く。
「うわぁ、何か怖い。ねえ、帰ろうよ」
「おいおい、まだ入り口だぜ。それに、二階のボーリング場にはここが潰れて自殺した支配人の霊が出るって話。ここまできたら見とかないと損だろ?」
「ちょっと、止めてよ!」
 如何にもなエピソードが相当効いたらしく、女がかなり強めに男の背中を叩く。だが、男の方はまったく意に介した様子もなく――いや、むしろその反応を見て満足そうに笑って歩みを進めていった。
「お、あったあった。ここだな」
 男が目当ての階段を見つけ、上のフロアを覗き込む。
 二階のボーリング場には窓が無いのか、階段の上は全くの闇であった。下から照らしても天井までは光が届かず、ただ舞い散る砂埃がきらきらと光るだけだった。
「いやいや、無理無理。絶対、無理だから」
 その光景にも臆することなく階段を登ろうとした男の腕を女が慌てて掴む。
「大丈夫だって」
「いや、マジで。これはない」
 ただただ首を振る彼女の様子に男は嘆息を吐く。そこそこの付き合いだから分かる。これは本当に駄目な時のトーンである。
「……分かった。ここで待ってろよ。階段からちょっと覗いたら帰るから」
「本当だからね! 変な冗談とかやったらマジで怒るからね!」
「分かった分かった」
 若干呆れ気味に呟いて男が階段を登り始める。手に持つライトを頼りに一段一段踏みしめる。
「よっと。ふーん、なかなか広……」
 ぐるりと辺りを一周見渡し、視線を施設の奥の方へ向けたところに、それはいた。
「え?」
「何、どうしたの?」
 ボーリング場の最奥に黒い影。
 一見、ボロ布の塊のように見えたが、目を凝らしてよく見ると、人の形をしていることが分かる。それはゆったりと胡坐をかき、瞑想にふけるように目を瞑ってそこに鎮座していた。
 まさか本当に幽霊がいたのかと考えたが、次の瞬間には別の可能性が思い浮かんだ。
 幽霊にしてはやけにはっきりしている。
「まさか愚神……」
「え、嘘でしょ」
「いや、やばい。逃げ――」
 そこまで言葉にした時点で突然人影の目が見開かれる。それと同時にライトの光を反射して一陣の閃光が闇に走った。
「ぐべっ」
 真っすぐに飛来したそれは男の喉に正確に突き刺さり、悲鳴を上げる事すらできずに男が階下に転げ落ちる。
「きゃあああああああ!」
 見るも無残な姿となって帰ってきた男を見て、女が狂乱の叫び声をあげ、本能に付き動かされるままに出口へ走る。
 二階からダンっと何かを叩く音が聞こえる。それが足音だと気付く余裕もなく女は必死に走った。
「はぁはぁ……!」
 女が出口に辿り着くのと愚神が一階に降りてくるのはほぼ同時。ただ、女が幸運だったのは、外の眩しさに愚神が彼女の位置を正確に把握するのが遅れた事と、彼女が男と一緒にバイクでここまで来ていたという事だった。
「お願い、間に合って……!」
 入り口のすぐそこに駐輪していたバイクにまたがり、慌ててエンジンをかける。
 すぐさま点火したエンジンがバイクにエネルギーを伝え、一気に加速する。
 バイクが動き出し入り口から離れるのと、ガラスを突き破って飛んできた白刃が一瞬前まで彼女がいた場所を通り過ぎるのはほぼ同時に起こった出来事であった。
「……」
 慌てる様子もなく愚神が外に出てきた時には、すでに女の姿は遥か道の向こうに消えていた。
「逃がしたか。運の良い奴」
 日の光の下で愚神がぽつりと独り言ちる。
 動き回りやすい軽装鎧に深いフードの付いた黒いローブ被り全体の輪郭をぼやかしている。闇夜に潜む暗殺者が好むスタイルだった。そして、腰には無数のスローイングダガー。先ほど男の命を奪った白刃の正体がこれだ。
「ここを拠点にもう少し力を蓄える予定だったが、そうも行かないようだな。見つかったとあらばすぐに討伐隊が来るか……」
 手に構えていたナイフをスッと腰のホルダーに戻す。
「それも面白い。全力で迎撃してやる」
 深いフードの奥に隠された中でニヤリと笑いながら愚神はまた静かに闇の中へと帰って行った。

解説

●目的
元レジャー施設の廃墟に住み着いた愚神の討伐

●登場
ケントゥリオ級愚神『レインツ』
暗闇に潜む暗殺者の姿をした愚神。気配を殺すことに長けており、今までH.O.P.E.に捕捉されなかった。
素早い動きとそこから繰り出される正確な投擲による投げナイフを得意としている。接近してのナイフ捌きも手練れ。
廃墟を拠点に夜な夜な動き回り、細く長く被害を出していたが、今回存在が発覚した。
発覚を恐れてかドロップゾーンは形成していないようだ。

●環境
町はずれの廃墟のレジャー施設。二階建て。
一階は簡素なゲームセンターや麻雀用の個室、食堂があり、ごちゃごちゃしてます。
二階はボーリング場。窓も明かりもなく暗く視界が悪いです。

リプレイ

●第一歩を踏み出す為に必要な物
「兵どもが夢の跡、といった風情だのう?」
 広大な駐車場の真ん中に独りそびえ立つ問題の廃墟のを目の当たりにしながら酉島 野乃(aa1163hero001)がぽつりと呟く。
「本来はそんな物騒なものじゃないはずだったんだがな……」
 三ッ也 槻右(aa1163)がその言葉にある種同意できてしまう事にため息を吐く。本来であれば娯楽を楽しみ生きる為の活力を得る為の施設だ。それが廃業し、やがては朽ち、今や人の命を吸う愚神の根城である。皮肉、というには少々哀れ過ぎる末路であった。
「でも、確かに雰囲気ありますよね。いかにも何か出てきそう……」
「そりゃあなぁ。だからこそ肝試しの名所として有名だったわけで。じゃなきゃ、運の悪いあんちゃんが死ぬこともなかったろうに」
 カイ アルブレヒツベルガー(aa0339hero001)が御童 紗希(aa0339)の漏らした言葉に反応して首を振って苦笑いを浮かべた。
「だが、おかげで愚神を発見出来た。無駄な犠牲ではなかったはずだぜ」
 カトレヤ シェーン(aa0218)が廃墟を睨め付けながら言う。
「こそこそ隠れて動き回るとは、狡い日陰者な愚神じゃのう」
「ああ。だがそんな奴が尻尾を出したんだ。ここで仕留めるぜ」
 呆れた様子の王 紅花(aa0218hero001)とは対照的にカトレヤは指をぽきぽきと鳴らして気合十分の様子だった。
「故に好機。とはいえ、用意周到な愚神が手ぐすね引いてる巣に乗り込まざるをえんとは、実に愉快で笑いがこみ上げる」
 ダグラス=R=ハワード(aa0757)が低く唸るような――ある種の肉食動物の唸り声を彷彿とさせる笑い声をあげる。その傍らには無言のまま佇む紅焔寺 静希(aa0757hero001)。彼を主と認め共にいる事を定めた契約英雄である。
「せやな。血生臭いかくれんぼ合戦になりそうや……」
「かくれんぼか! アタイ、結構得意だぞ!」
 気を張って言葉にした呟きに抜けた返事を返され虎牙 紅代(aa0216)がガクッと肩を落とす。
 釣られてニココ ツヴァイ(aa0216hero001)の方を見やるが、本人はどこ吹く風。まさにこれから遊びに行くぞと言わんばかりの得意顔である。
「さて……」
 ダグラスが目配せをしてそう呟くと、静希が一つ頷きダグラスに重なるようにして消えた。ダグラスの髪が見る間に伸び、その一房が赤く染まった。これが彼の共鳴した姿である。
「ここから先はいつどこで襲撃、ないし罠があるか分かったものではない。万全な態勢で挑むべきだろう」
 ダグラスの言葉に他の面々も頷き、それぞれが共鳴し戦闘態勢を取っていく。
 と、そんな中、集団から少し離れた後方に明らかに強張った表情の男女が一人ずつ。
「落ち着ケ……落ち着ケ……ケントゥリオ級……果たシテ役に立てるノカ僕?」
(まったく落ち着いておらんな……)
 明らかに緊張してガチガチになっているライロゥ=ワン(aa3138)の姿に祖狼(aa3138hero001)が大きくため息を吐いた。
「まったく、見たところ女子もおるにお主がそんなんでどうする」
「え? ……ウン。そうダネ。僕が守ラナくちゃ……」
 祖狼に促されライが前方の車椅子の少女に視線を向ける。
 言峰 六華(aa3035)である。
 彼女もまた不慣れな戦場の空気に気圧され、落ち着きを失っていた。
「……六華、やはりこの依頼辞退致しましょうか」
 怯える六華の顔を見て車椅子を押していたEлизавета(aa3035hero001)が優しく声をかける。
「え……?」
「やはり六華は戦いには向きません。皆さんには私から……」
「待って」
 車椅子を反転させ、エリザに向き合う六華。
「エージェントである以上、いつかは戦わなきゃいけない、と思うの……。あの子を追ってエージェントになると決めた時……そう、覚悟していた……。だから、お願い……」
「……分かりました」
 震える手を押さえながら訴える六華に根負けしてエリザがそっと頷く。
「安心せい、六華! 私と覚者がしっかり守ってやる! のう、覚者!」
「きゃあ!」
 後ろから突然肩を掴まれ驚きの声をあげる六華。振り向くとそこにはナラカ(aa0098hero001)と八朔 カゲリ(aa0098)の姿があった。
「あ……レーラちゃんの、お知り合い、の方ですよね」
「ああ、彼女から聞いてる。初陣なんだ、無理はするなよ」
「……はい」
 まだ、手の震えは止まらない。それでも立ち向かおうと、六華は心に決め愚神の待つ廃墟を睨みつけた。

●虎穴に入りて虎児を得ん為に必要な物
「班分けは事前の相談の通りだ、いいな?」
「大丈夫です。任せて下さい、カトレヤさん」
 武器を構え笑顔で紗希が頷く。他の面々も異論はない。作戦は予定通りだ。
 一階は三班に分かれ行動する事になる。隠密に優れる愚神を相手取るとあって、慎重に進むことを旨とした作戦であった。
「よし、じゃあ行くよ」
「はいな」
「ハ、ハイ!」
 カトレヤと紅代、そしてライの三人がまず慎重に扉を開き、入り口から侵入する。
「思ってたよりは広いんね」
 ライヴスゴーグルをかけ、罠を警戒しながら紅代が呟く。
「デモ、イスとかカウンターとか、死角も多イデス……。ソレに……血の匂いガシマス……!」
『被害者のものか』
「多分……」
 優れた嗅覚を持つライの鼻に錆びた鉄の匂いが微かに香る。
「とりあえず、視界は問題なさそうだな。薄暗いって程度か」
 細部の確認の為、持参したハンドライトでカトレヤが辺りを照らす。
「まあ、まずはゲーセンやね。入り口から左の方にあるって話やったけど」
「行きまショウ……!」
 ライの言葉に頷き、一丸となってフロアを進む。
「さて、罠はあるかなっと……」
 ゲームセンターは簡素なものでUFOキャッチャー一台に、あとは7,8台のビデオゲームといった並びであった。
「気配ハしまセンが……」
「ゴーグルの反応もあらへんね。どないする? ここは壊しといた方がええかな?」
『ええー! 壊すのか? あとで遊びたい!』
「どうせもう動かへんて」
「ハッ」
 笑い声と共に一閃、カトレヤの持つアロンダイトが目の前のゲーム筐体を両断した。
「中に機械が入ってるとは限らねぇんだ。スクラップにしちまえ」
「あいよ!」
「ハイ!」
 紅代のマシンガンの掃射とライの火炎の蝶がセンター内の機械をあらかた壊しつくしたが、そこにはしかし、愚神の姿はどこにも見つからなかった。

●未知なる扉を開かんとする為に必要な物
「さて、準備はいいかい」
「どうぞ、ババッと行っちゃって下さい」
 ドアノブに手をかけ問う槻右に返答しながら、紗希が油断なく武器を構える。
 こちらはゲームセンターとは逆側、麻雀の個室が並ぶエリアである。その数、五室。ドアに窓は無く、部屋の中は完全に未知の領域である。
「行くよ!」
 勢いよくドアを開き短剣を構える。槻右がドアを開き正面を、紗希が上方を確認。その後それぞれが左右を確認というのが手はずだった。
『外れか。なかなか肝が冷えるの』
「とんだ肝試しだよ。これをあと四回やらなきゃならないっていうのはね」
 じっとりと手汗をかくのを自覚しながら野乃の声に槻右が答える。
「とはいえ、あまり時間もかけていられない」
「ええ、急ぎましょう」
 すぐさま次の扉に移動し、軽く罠を確認し二つ目のドアノブに手を掛ける、
「3、2、1……GO!」
 タイミングを合わせ、扉を開け放つ。
「……!」
 心音が高鳴る。そこに、いた。
 隠れてすらいない。部屋の奥に独り、黒い影がただ鎮座していた。
「ハッ!」
 槻右の動きに淀みはない。一瞬の躊躇いもなく構えた一対の短剣を投擲する。
 タタン、という音を立て短剣が壁に刺さる。
(外した……いや、避けられた!)
 跳ねた愚神がぐるりと反転し天井に『着地』する。ほぼ同時に――否、着地するより早く中空から二条の銀閃が二人の喉元に恐るべき速度と正確さで迫る。
「くっ!」
「こんなの!」
 動物的直観でその軌道を弾く。後ろにいた紗希も問題なく対応してみせた。
 だが、手を離したせいでバネに引っ張られて扉が閉じてしまう。
(う……)
 一瞬開けるべきか否か迷ったが、思い直して再びドアノブに手をかけ開け放つ。しかし――
(いない……?)
 そこにいるはずの愚神の姿が無い。だが、理由を考える暇はなかった。視界の端に穴が映る。
 壁に空いた大穴が。
「紗希さん、隣だ!」
「え?」
 槻右が警告を発するよりも早く隣室の扉が跳ね飛び、愚神が飛び出す。その位置は紗希の右後方。完全な死角である。
 すれ違いざまナイフを首筋に投擲。吸い寄せられるようにナイフが首筋へ向かっていく。
「……!」
 しかし、紗希も経験の深い戦士だ。振り向くより先に両手で急所の首と脇腹をそれぞれ庇う。
「痛っ!」
 結果、右手に深々とナイフが突き刺さるが致命傷は避けられた。
 二人が改めて振り返った時、黒い影は残像と伴いながら入り口の方へと駆けていた。
 通信機を手に取り叫ぶ。
「愚神だ! そっちに行ったぞ!」

●敵意に晒され、なお立ち向かう為に必要な物
「来るか……」
 ダグラスが重低音で唸る。正面には今まさにこちらに迫る愚神の姿。
「ち、厄介だな……」
 カゲリが目を細めて吐き捨てた。
 不思議な感覚だった。愚神の輪郭が『にじんで』いる。見えないわけではないのだが、ああも高速で動かれると的が絞りにくい。
『アレそのものの能力か、あるいは纏うローブの特性か……。どちらにしてもやりにくいな』
「て、敵……」
『六華、肘を伸ばして。曲げたら狙いが逸れます』
 二人から数メートル離れた後方で六華が銃を構えるが全く狙いが定まらない。
 それを見た愚神が唐突にその場で跳躍した。
「何!」
 三メートル以上ある天井に付いたスプリンクラーを掴み、逆の手でナイフと投擲。落下しながらさらに二本。
 そのすべてが六華を狙ったものだった。
「え?」
『覚者!』
「くっ!」
 頭上を通り越し六華に迫ろうとする銀閃に対し、カゲリが横っ飛びで六華に飛びつきその身を庇う。
「なるほど。サシでの戦いがお望みか」
 一人前線に残ったダグラスに両手に一対のナイフを構えた愚神が迫る。
 慌てずあやふやでなく確実に目視できる正中線に目掛けて鋭く爪先を突きこむ。
愚神がくるりと回転しそれ受け流し、逆手に持ち替えたナイフでこめかみを狙う。が、これは諸手でガード。そのまま腕を掴みに行くも、それよりも愚神が再び距離を取る方が早かった。
 距離が空いたところで投擲。一本はダグラス。一本は六華。
『卑劣……!』
 それを弾き、ナラカが憎々しげな声を響かせる。
 今のは少しでもそこを動けば六華を集中攻撃するという意思表示だ。
「逃がさん」
 投擲されたナイフをスレスレで避け、ダグラスが愚神に迫る。
 一定距離まで近づいたところで不意に左手を胸ポケットへ忍ばせる。
(かかった……!)
 愚神の意識がそちらに移ったのを感じ取り、伸ばした右手に隠した投擲用ナイフを手首のスナップのみのノーモーションで愚神に向かって投げる。
(無論、この程度のものは弾かれる)
 その予測の通りそれは難なく片手に構えたナイフによって弾かれた。
(本命はこれよ)
 胸元から出した蛍光塗料の入った瓶を投げると同時に握りつぶし飛び散らせる。
 不意を突かれた形になった為かは定かではないが、ダグラスの目論見通り塗料は愚神の纏うローブに付着する。
 しかし、次の瞬間には何の迷いもなく愚神はそのローブを脱ぎ捨てダグラスの方へ投げ付けていた。
「ぬう!」
 目前で大きく広がったそれは境界もあやふやな闇そのものとなりダグラスを覆う。
「屈め、ダグラス」
 視界を奪われた事を悟ったダグラスの耳にカゲリの声が届く。
 声に従い、体勢を低くするのとほぼ同時にその直上をライヴスの弾丸が通過し、ローブを弾き飛ばす。
 同時に闇は晴れた。しかし――
「ぐぅ……!」
 視界が遮られた一瞬は愚神にとっては長すぎる時間であった。
ダグラスの両腿に丁寧に一本ずつ、深々とナイフが突き立てられていた。
 そして、当の愚神は大きく後退し、かなりの距離を離していた。その輪郭ははっきりしている。やはり、あれはローブの特性だったのだろう。それを奪えたのは好材料といえる。しかし……
『拙いぞ、覚者』
「分かってる」
 あの距離から矢継ぎ早に狙われると足を負傷したダグラスか不慣れな六華のどちらかが危うい。
 キュッと靴底の音を鳴らし、愚神が足を止める。その両手には無数の刃。
 カゲリが覚悟を決め前に出ようとした時、横合いから大きな声が響いた。
「走レ走レ……銀ノ狼ヨ穿テ!」
 愚神が構えを解いてバックステップをすると、その今までいた立ち位置をライの放った高速の魔弾が貫く。
「邪魔させてもらうで!」
 続いて紅代が構えたマシンガンから発射された弾丸が愚神をさらに後ろに追い立てる。
「好き勝手に暴れやがって……! 覚悟はできてんだろうなぁ!」
 そこへ駆け込んだカトレヤがアロンダイトを振り下ろす。
「……っ!」
 寸でのところでその一撃はナイフによって受け止められる。
 一瞬の押し合いが生まれるが、愚神が空いた手をナイフに伸ばすのを察知し、カトレヤが咄嗟に跳び退く。
「フッ!」
 短い息吹を吐き、すかさず愚神が紅代とライに向けて一本ずつ投擲する。
「うっ!」
「あうっ!」
斬り合いの最中に突如飛来したナイフに反応しきれず共に浅く肌を裂かれる。
「てめぇ……!」
 再度距離を詰めカトレヤが横薙ぎに切りつけるが、今度は受け止めずに跳躍し避けられる。
 そのまま天井を足場にせんと反転し『着地』する。
 そこへ超高速で飛来した弾丸が愚神に突き刺さった。
「それはさっき見たからよ。狙わせてもらうぜ!」
 気分が高揚し言葉遣いの荒くなった紗希が構えた速射砲を担ぎなおす。
 一方の愚神も勢いよく吹き飛びながらも、きっちりと着地しすぐさま立ち上がる。
「休ませない!」
 その立ち上がりに重ねて、槻右の放った剣閃が床を割りながら愚神に到達した。だが、ナイフを交差して受け止められる。
「ようやく足が止まったな」
 一気に接近したカゲリが強力にライヴスを込めた弾丸を続けざま二発、愚神に叩き込む。身を捻るも間に合わず肩口に弾丸を受け、愚神が大きく後方へ弾き飛ばされる。
「やるじゃないか……」
 口の端から血を流し、愚神がニヤリと笑った。
「だが、命を獲るには今一歩だな」
 言うや否や後ろに大きく跳躍し、再び距離を離す。
 辿り着いたのは二階へと繋がる階段。
「来るなら覚悟して来い」
「待て!」
 段を登る事なく一足飛びに階上へ飛び込み、その姿は暗闇の中へと潜っていった。

●闇の中を恐れず進む為に必要な物
『一応、予定通り、二階に追い込んだ……とはいえ、順調というわけにもいかぬのう』
「ああ、厄介な敵だね」
 相棒の言葉に槻右があたりを見渡しメンバーの状況を確認する。
 結構な人数が手傷を負わされた。単純な戦闘力も然る事ながら戦い方がいちいち嫌らしい。
「とりあえず、ケアレインと『アレ』を掛けるから傷を負った奴は一旦集まれ! もたもたしてると逃げられるぞ!」
「俺はいい。この程度、己で何とかする」
 カトレヤの呼びかけを両足の傷にケアレイを掛けながらダグラスが首を振って断る。
「一つ分かったのは、前衛よりもむしろ後衛を殺しに来る傾向があるって事だ。遠くにいる時も油断しない方がいい」
 回復の合間に告げられたカゲリの警告に後衛組が緊迫の面持ちで頷く。
『……大丈夫ですか、六華』
「だ、大丈夫――じゃ、正直ないけど……。でも、ここで逃げたら……あの子から遠ざかってしまう気がするの……それだけは、嫌……」
 目を瞑るとナイフが自分に向かって飛んできた光景が瞼の裏に浮かぶ。カゲリに守ってもらっていなかったら死んでいたかもしれない。重荷になっている自覚もある。
 ……なんて恐ろしい世界。今すぐ帰りたい。
 しかし、今ここでへたり込んでしまえば、もう二度とは立ち上がれない。そんな気がした。
「よし、それじゃあ行くぞ」
『ここまできて逃げられたんじゃただの骨折り損じゃからのう』
 ケアレインとライトアイをかけ終えたカトレヤが先頭となって階段へと足を進める。
 階段はそれなりの幅があり、二人くらいならば並んで進んでも戦闘には支障がなさそうなほどであった。
 そして、その手前の床には大きな血痕。
「話に聞いていた被害者のものですね……」
 顔をしかめて紗希が呟く。
「仏さんはおらんのやね。片づけたっちゅうことやろか?」
「慎重ナ愚神ダカら、見ツカラないようニしたのカモ」
「どうやろな。どの行くしかないわな。鬼が出るか蛇が出るか……どちらにしてもろくでもないけどな」
『アタイはろくでもなくないぞ!』
「あ、ニココはおとなしゅうして……」
 脳内で漫才をしながら紅代が苦笑いを浮かべる。
「僕とカトレヤさんで先頭を行きます」
「では俺が後方の警戒に回ろう」
 槻右の提案に片目を瞑ったダグラスが同意する。
「よし、行こう」
 他に異論もなさそうなのでカトレヤと槻右が互いの死角を補いながらライトを片手に慎重に階段を一段一段登っていく。
 そして、最上段に到達。
「カトレヤさん、頭上を頼みます」
「おう」
 カトレヤに最も危険な頭上の警戒を任せ、周囲を警戒しながら少しずつ歩んでいく。
 と――
「上だ!」
 カトレヤの喚起する声に促されて咄嗟にライトを上方へ向ける。
 キラリとライトの光に反射して二条の銀閃が天井より落下してきていた。
「おっと」
 身を翻し――というより元より的を外していた――ナイフを回避し、飛来した方向へ視線を向ける。
 ライトアイの効果で暗闇でも問題なく視界は確保できている。ゆえに天井に張り付くように佇む黒い人影も目視できた。
(来るか……!)
 ふわりと宙に身を任せるように、こちらへ向かって身を投げ出す愚神。槻右は剣を持つ手に力を籠め――
(いや、待て。何かおかしい)
 嫌な予感がして愚神から視線を外し、もう一度ぐるりと二階フロアを一周見回した。
 確信があったわけではない。あえて言うなら勘。経験からなる勘が槻右に危急の事態を告げていた。
「……!」
 その賭けには勝った。槻右が見据えたフロアの最奥で愚神がまさに今、ナイフを投擲せんとしていた。
「危ない!」
 カトレヤに向かって放たれたそれの前に体をひる返し弾く。
「ダミーだ! 下にいる!」
 近くにいる仲間達に愚神のいる方向を示す。
 同時にグシャリという嫌な音と共に黒い人影が地面に激突する。
 愚神と似たローブを身にまとった似ても似つかぬ男の遺体。おそらく今回の事件のきっかけとなった被害者のものだろう。
「虚仮にしやがって……」
「しかし、さすがにマジックの種も尽きてきた頃だろうよ」
 カトレヤとダグラスの二人が一気に飛び出し、愚神との距離を詰めにかかる。だが――
「ご名答。マジックショーは仕舞だ」
 愚神がホルダーから大量の投擲ナイフを一斉に取り出す。
「だが、正面から戦っても俺は強いぞ」
 強化されたリンカーの目をもってしても追いきれないほどの腕の振りで次々とナイフを投擲する。
 一本一本の狙いは今まで程正確ではないが、その数は圧倒的だ。ほんの一瞬で十本以上のナイフが二人に目掛けて投擲されていた。
「ぬぅ!」
 狙いが正確でないがゆえに逆に全てを完全によけ切るのは難しい。必然、二人はその場に足を止め防御態勢を取る事を強いられた。貫かれる事は無かったが全身に裂傷を負う。
「援護します!」
 紗希の速射砲が火を噴く。
 正確に愚神のいる場所を狙った一撃であったが、愚神は素早く横に跳び退いていた。
「足を止めさせては駄目です! あいつを常に走らせながら追い詰めましょう!」
「良い案だ……乗ったぞ」
 紗希の立案に同意しながらカゲリが前に出て、双銃から弾丸を放つ。
「ち……」
 その弾丸に追い立てられ愚神が壁沿いに駆け出す。置き土産とばかりにカゲリにナイフを投擲するがこれはあっさり見切って避けてみせた。
「さすがに焦ってきたか? 狙いが甘いな」
『とはいえ、まだまだ楽な戦いとは言えんな』
 走らせて追い詰める、と言葉にすればいかにも簡単だが、元々相当な速度を誇る愚神である。楽なミッションではなかった。
「盛レ盛レ……幻想ノ花ヨ散レ!」
 愚神の進路上に突如、青い火の玉が現れる。
「……っ!」
 それが何なのか刹那に把握した愚神は一転壁を蹴り、無理矢理垂直に進路を曲げてその場を即座に離れる。
 火の玉がさく裂し炎ををまき散らしたのは次の瞬間の事だった。
(コレデいい……! 僕ニ出来ルのは、アイツノ足止メ。当テる必要は無イ!)
「追いついたぞ、暗殺者」
 その着地点に後ろからついにダグラスが追いつく。その両手にはトンファー状の旋棍握られていた。
 即座に振るわれる横薙ぎのナイフを棍で受け止め、逆の手で鳩尾に目掛けて真っすぐに根を突き立てる。
「ぐふぉ……!」
 愚神はその攻撃を避けようとはしなかった。強烈な突きの勢いのまま吹き飛ぶ。
「なるほど、多少のダメージは覚悟の上で離れる事を優先したか」
「まだまだおかわりはあるで!」
 倒れこんだ愚神に向かって駆け込んだ紅代が巨大な斧を振りかぶり思いっきり叩きつける。
「ふんっ!」
 バネ仕掛けの玩具を思わせる仕草で立ち上がり、その一撃を避けると紅代が斧を持ち上げる前にその脇腹に鋭い回し蹴りを叩き込んできた。
「うっく!」
 それ自体の威力は大したことは無いが、大きくバランスを崩したたらを踏む紅代。その無防備な首筋に刃を突き立てようと流れるような仕草でナイフを抜き取り振り上げる。
『紅代!』
 しかし、それが振り下ろされるより先に、一発の弾丸がその白刃を粉々に砕いた。
「当たった……!」
 驚愕の表情でその弾丸を放った六華の方に視線を向ける愚神。
 それは明らかな隙であった。
「余所見はいかん……な!」
 体勢を立て直した紅代が防御を捨て渾身の力で斧を横薙ぎに叩きつけた。
 ナイフで受け止めようとするも足りない。紅代の一撃はナイフごとその刃を愚神の身まで押し込んだ。
「ぐ、ぬ……こ、ここまでか」
 吹き飛ばされ壁に叩きつけられた愚神だったが、なお倒れず事なく着地し、再び地を蹴り駆け出した。
 さすがにさきほどまでの速度は出ない。余裕のなさは明らかであった。
 最後の力を振り絞っての逃亡であろう。だが――
「来ると思ったぜ! 逃がさねぇよ!」
 その進路上に赤く輝く巨大な戦槌『火之迦具鎚』を携えたカトレヤが割って入り込む。
 愚神がナイフを投げ、同時に高く跳躍し頭上からカトレヤに飛び掛かる。判断を迷わせる上下からの二面攻撃。
「おおおおおお!」
 だが、カトレヤはナイフには一瞥もくれず愚神だけを見据え戦槌で殴りつけ、そのままの勢いで床まで押し込み叩き潰す。
「なんてことはねぇ、我慢すりゃいいんだよ、我慢すりゃ。……決着だ」
 肩口に深々と突き刺さったナイフを抜き取り放り投げて、カトレヤが誇らしげに言い放った。

●勇気、そして覚悟
「あー、シンドかった……」
 愚神が完全に息絶えた事を悟って、ライが共鳴を解いて崩れるようにその場にへたり込んだ。
「まだ変わり者で良かったと言うべきか……。この人数であれか」
「コレガ、ケントゥリオ級……」
「本来ならケントゥリオ級はドロップゾーンを形成し、自分の手足となる従魔を生み出すことが多い」
 ライの呟きを拾って槻右が話しかける。
「こいつは発見を恐れてそれをしなかった。……幸運だった」
 今回の愚神にさらに部下までいる状態を想像しゴクリと唾を飲み込む。
「まあ、勝ったんやし、今更怖がっても仕方ないわ!」
「そうよ、笑えるときは思いっきり笑う。大事だぜ」
 ニココを撫でまわして戦いの疲れを取ろうとする紅代の言葉にカイが同意する。
「もう行くのか。随分と慌ただしいな」
 体に付いた塵を払い、静希を伴って場を去ろうとしていたダグラスにカトレヤが声をかける。
「……やる事も終わったのでな。一杯やるにはここは少し埃臭い」
 それだけを言い残し、カツカツと足音を響かせ部屋を去る。
「付き合いの悪い奴……」
 呆れた様子で首を振りその後姿を見送る。
「六華……大丈夫ですか?」
「うん……大丈夫……」
 ぼうっと自分の手を見つめる六華に優しくエリザが声をかける。
「その手の痺れは汝の勇気の証だ。大切にするがよい」
「え?」
 急にかけられて声に顔をあげると目の前にナラカが仁王立ちで立っていた。
「人が何かを願い、欲するとき必ず立ち塞がる障害。それを打ち破るために必要な勇気と覚悟を汝が抱いた証拠がその手の痺れ。大事に胸にしまっておけ」
「……はい」
 その手を胸に当て六華は少しだけ微笑んだ。

結果

シナリオ成功度 普通

MVP一覧

  • エンプレス・ルージュ
    カトレヤ シェーンaa0218
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163

重体一覧

参加者

  • 燼滅の王
    八朔 カゲリaa0098
    人間|18才|男性|攻撃
  • 神々の王を滅ぼす者
    ナラカaa0098hero001
    英雄|12才|女性|ブレ
  • ヘルズ調理教官
    虎牙 紅代aa0216
    機械|20才|女性|攻撃
  • エージェント
    ニココ ツヴァイaa0216hero001
    英雄|12才|女性|ドレ
  • エンプレス・ルージュ
    カトレヤ シェーンaa0218
    機械|27才|女性|生命
  • 暁光の鷹
    王 紅花aa0218hero001
    英雄|27才|女性|バト
  • 革めゆく少女
    御童 紗希aa0339
    人間|16才|女性|命中
  • アサルト
    カイ アルブレヒツベルガーaa0339hero001
    英雄|35才|男性|ドレ
  • 我王
    ダグラス=R=ハワードaa0757
    人間|28才|男性|攻撃
  • 雪の闇と戦った者
    紅焔寺 静希aa0757hero001
    英雄|19才|女性|バト
  • 拓海の嫁///
    三ッ也 槻右aa1163
    機械|22才|男性|回避
  • 大切な人を見守るために
    酉島 野乃aa1163hero001
    英雄|10才|男性|ドレ
  • エージェント
    言峰 六華aa3035
    人間|15才|女性|命中
  • エージェント
    Eлизаветаaa3035hero001
    英雄|25才|女性|ジャ
  • 焔の弔い
    ライロゥ=ワンaa3138
    獣人|10才|男性|攻撃
  • 希望の調律者
    祖狼aa3138hero001
    英雄|71才|男性|ソフィ
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