本部
変身ヒロインと呼ばないで
掲示板
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打ち合わせ(相談卓)
最終発言2016/01/31 12:27:08 -
依頼前の挨拶スレッド
最終発言2016/01/27 02:15:12
オープニング
●
事の発端は、フランス・リヨン近郊に出現した従魔であった。
同時に8体出現したその従魔は、淡い銀色に発光する巨大なイソギンチャクといった姿だった。触手で近付いた生命体を無差別に捕獲し、喰らう。脅威ではあったが、なりたてのミーレス級とそれほど強化されていなかったこと、発見されやすい場所にのみ出現したことが幸運だった。
被害者はゼロのまま、エージェントたちにより従魔は次々と撃破。だが残り1体となったところで、予想外のストップがかかった。
まず異世界研究施設から、短時間でいいので従魔を観察・調査させてほしいという依頼。そしてWNLから、従魔との戦いを演出付で派手にやってほしい!という依頼だった。リンカーの戦いを放映することを目玉にしているWNLだが、戦闘は常に突発的に発生するため、事前に演出できる事件は貴重なのである。エージェントたちの中には渋る者もいたが、HOPEがOKしたとなれば従うしかない。
調査が進んでいる間、WNLのインタビューを受けることになったエージェントたち。
その中に、雷鳴という名の男がいた。
神妙にインタビューを受けていた彼は、ふと周囲で取り巻いている住人の一部が、自分を見ながら何かこそこそ話していることに気がついた。悪い噂をされている風ではない。
彼は、広報の重要性というものを知っていた。なので、にこやかに笑って、手を振ってやった。
途端。
湧きあがる野太いファンコール、指笛、咆哮、漢たちの熱気。
彼は、ひきつって立ち尽くすしかなかった……。
●
ジャパニーズ・ドゲザである。
その前で顔を覆い、がっくりとうなだれる雷鳴である。
「つまり、その」
ぶるぶると指差す卓上には、キラキラしいアニメ絵のパンフレットが鎮座している。
「その、ピュアなんとかが」
「魔法聖女ピュアリィ・メイプルでございます!」
土下座スタイルのまま、アニメ製作会社から派遣されてきた男は叫んだ。
「フランス・スペイン合同で進めておりますアニメーション映画三部作の第一弾です! 春季上映開始! 年末に次作、来年夏に完結編を放映します!」
「いや言われても」
「どうしても今っ! イメージを崩すわけにはいかんのです!!」
雷鳴は、背後で控えていた英雄・ギースに目くばせをした。ふっと光をまとい、共鳴を開始する。
パンフレットを隣に掲げ、エージェントたちに向き直った。
「……似てるか?」
似ていた。残酷だが、似ていた。
共鳴状態だと、髪型はギースのものになる。腰ほどまである長い三つ編みの金髪、赤いヘアバンド。身体をサイクルジャージのようにぴったり覆う黒の戦闘用スーツ、上から赤いコートを羽織っているのが、ヒロインのバトルドレスに色合いとシルエットが酷似している。もっとも、雷鳴のそれが実戦使用の実用一点張りに対し、ヒロインにはシンプルな内にも煌びやかさがあったが。
「あ、ご希望なら衣装もメイクも完璧に」
「いらんわあああああ!!」
雷鳴は噴火した。
「こちとら従魔と戦うんだぞ!? 芝居なんかできるか!!」
無茶は承知でございますと男も叫び返した。
怪獣が吠えあうが如き言い合いに、エージェントたちは困惑し、呆れ、ダメだと思いつつ笑わずにおれない。
男の要望とは、WNLが放映予定の今夜の戦闘に、変身ヒロインアニメの芝居で挑んでくれ、というものであった。
本来ならば、到底受け入れられない要望だ。が、いくつか考慮の余地があった。
まず、このアニメは欧州各地の少女たちと、一部の青年層(お察し)から大きな期待を得ている。メディア展開も多く、一般人でも「あのアニメか」とわかる知名度だ。そして不幸以外の何でもないことだが、雷鳴とヒロインは酷似しすぎている。今夜の放送で、雷鳴が力ずくでイソギンチャクを八つ裂きにでもしようものなら、お茶の間に「えっ……魔法聖女が……」という気まずい驚きをお届けしてしまうのだ。
では一芝居うてば、と軽く言うこともできない。従魔の攻撃パターンは掴んでいるし、他のエージェントがフォローすれば演技しながらの討伐もできなくはない。だが、童顔・女顔・低身長で細身という要素に騙されてはいけない、彼は20代後半の成人男性である。古武術を取り入れた戦闘スタイルで、愚神にも近接戦闘を挑むドレッドノート。性格もどこか武人めいており、礼儀正しいながらも主張はハッキリ、大家族の出身ということもあり面倒見がいい。任務で世界を飛び回っているのは弟妹の学費のため、休日の娯楽は競馬と麻雀。三人の野口英世を十数人の福沢諭吉に変貌させる、驚異の勝負運の持ち主であった。
そんな彼は、どっかりとソファーに座ってため息を吐き、
「やるよ」
「え」
「だから、やる」
エージェントたちは耳を疑った。場は一気に盛り上がった。廊下で聞き耳をたてていたWNLの関係者まで小躍りになり、勝訴を得たりと言わんばかりの騒動がホテル内をわっしょいわっしょいと埋めていく。
「仕方ないさ。広告効果は大事だし」
雷鳴は、HOPEの成立初期から活動しているエージェントだ。まだ能力者への偏見が大きかった頃から、従魔や愚神と戦い続けている。
「WNLにも、恩を売っといたほうがいいしな」
共鳴を解くと、背後にギースが戻った。泣いていた。
「雷鳴……! なんと尊い自己犠牲精神……!」
「すまん、このバカのことは気にしないでくれ」
「しかし、芝居とは言いましても、どのようなことをすれば?」
「妹が毎週見てたから、大体の流れはわかるけど」
華麗な変身シーン、過剰にキラキラしい名前の必殺技、ピンチからの友情パワーでの復活、卑怯かつどこか愛嬌がある敵役。
不意に、どかんと部屋の扉が破られ、アニメ製作会社のスタッフたちが雪崩れこんできた。
「ご協力ありがとうございます! まずこちらが衣装と小道具ですね、ヒロインだけで制服・シスター服・戦闘用とありまして」
「他の皆様は誰にされますか? こっちの制服は、ヒロインの友達のチェリーとライラック。この甲冑とマントはクールな強敵『漆黒のエルヴィオン』ですね!」
「モブ手下はこちらのフード付黒ポンチョ! 意外に動きやすいですよ」
「本編映像と、設定資料集お持ちしました! 必殺技はどれにされます? 遠距離から近距離、音響・照明付で完璧に演出が」
「待てえい!」
雷鳴は一括した。スタッフたちはきょとんとした。
「待て」
「はい?」
「全員?」
全員でやるのかと、雷鳴は聞く。
スタッフたちは顔を見合わせ、こそこそと話し合い、
「……演技でダメでしたら、『HOPEの助太刀にメイプルが来てくれてエージェント感激! いっしょにガンバルぞっ』といった感じでも」
雷鳴は膝をつき、仲間たちに土下座した。
従魔との対決まで、残り5時間。
『魔法聖女ピュアリィ・メイプル』と如何なるかたちで共演するか、怒涛の打ち合わせが始まった。
解説
【目的】
従魔を討伐せよ。ただし、変身ヒロインアニメの戦闘シーンという演技を行いながら!
【魔法聖女ピュアリィ・メイプルとは?】
見習いシスターの少女・カエデを主人公としたアニメーション映画。日本アニメの影響を多大に受けている。
異常気象を愛する魔女ダークレイン。世界を濁流に沈めんとする彼女を止めるため、カエデはピュアリィ・メイプルとして戦いを続けていた。
立ちふさがる甲冑の男≪漆黒のエルヴィオン≫の正体とは? カエデ憧れの男性司祭、エリオンの秘密とは? 大洪水までに、あと二人のピュアリィ・レディは目覚めるのか?
二人の親友、チェリーとライラックとともに! いけ、戦え、ピュアリィ・メイプル!
【従魔情報】
巨大なイソギンチャク型従魔。ミーレス級。移動はせず、10mはあろうかという触手で捕縛・攻撃を行ってくる。広大な公園の中央に陣取っており、周囲は住宅街。住人は避難済。
【戦闘開始までの5時間】
・HOPE、WNL、アニメ会社の総力フォロー。衣装も小道具も揃い、演技の練習にホテル内の簡易ジムを借りることもできる。本編映像や資料集も閲覧可。
・登場人物の一人として演技に加わるもよし、裏方としての参加もOK。エージェントのままで参加する場合は、「従魔退治にピュアリィ・メイプルが助けに来てくれた!」という演技で。
・放送中は、WNLがアシスト。それっぽいナレーションや音響・照明により、全力で盛り上げてくれる。
・戦闘の開始は夜。ライトが映える。
【関連人物】
・紫原雷鳴(しはららいめい)
男性、20代後半。女装に化粧にボイスチェンジャーという、苦行じみたスタイルで任務に挑む。仲間がピンチになると、素に戻って敵を八つ裂きにする可能性あり。
・ギース
雷鳴の契約英雄にして心棒者。任務に異論はないが、触手に捕まることだけは断固として拒絶したい。
リプレイ
●放映準備中
ライトの強い光が闇を裂いていた。
照らされているのは、巨大なイソギンチャク。
公園に鎮座した従魔の射程距離の外、公園の内部や傍の道路沿いに、HOPEやWNLの車両が並んでいる。
夜空に聳える巨大なクレーン、打ち合わせに没頭するスタッフ達、いくつものライトやスピーカーの間を、数多のコードがぐるぐると這っている。
「エージェントの方々、よろしいでしょうか! まもなくスタートです!」
WNLのスタッフが、声をかける。
「準備はいいですか、皆さん」
緊張で顔つきが強張っている更紗・アーニャ・尋河凪(aa0025)、その契約英雄インニュ(aa0025hero001)が、落ち着いた様子で告げる。
「わたくしが説明しました、カメラの位置の把握と映り方について、お忘れないようお願いいたしますね」
「まったく。命のやり取りしてるってのに、テレビ? 愚神舐めてんじゃないの?」
「全くだな。人類種の天敵を前にして、下らねえことをさせやがる。ふざけた話だ。――だが、だからこそいい」
眉根を寄せている英雄、小鳥遊・沙羅(aa1188hero001)に対し、ぬいぐるみを抱きしめている獅子ヶ谷 七海(aa1568)の背後に立つ英雄、五々六(aa1568hero001)は、意外にも撮影に理解を見せている。
「ふふ、小鳥遊ちゃんも拗ねないの。HOPEだって、スポンサーとかパトロンとか色々あるんだから」
沙羅の能力者、榊原・沙耶(aa1188)は、優雅に微笑む。
「……めんどくさい」
「ご愁傷様。こうなったら、頑張るしかないわ」
WNLの横槍が入ってからというもの、佐藤 咲雪(aa0040)はひたすらに不満げだ。能力者の面倒くさがりをよく知っている英雄・アリス(aa0040hero001)は、苦笑するしかない。
「夕燈さん、大丈夫?」
ガチガチに緊張している鈴宮 夕燈(aa1480)をみかねて、GーYA(aa2289)が声をかける。夕燈は、今回が初の戦闘任務、昼間の戦闘では回復担当として後方支援だったため、従魔との接触は今夜が初めてだ。
「へっ? あ、うん! だいじょーぶだいじょーぶ!」
アハハと明るい笑い声は、どうにも空元気だ。G-YAが目くばせするが、背後の英雄Agra・Gilgit(aa1480hero001)は、万事に執着しない普段と変わらず、肩をすくめるばかりである。
「人の心配してる場合かしら? G-YA」
G-YAの英雄まほらま(aa2289hero001)が、青い髪をかきあげる。
「ああ、暴れ足りないったら。あんなイソギンチャク、ヘヴィアタックで一撃なのに」
「だ、だからそれじゃマズいんだってば! ねえ」
「…………」
「……雷鳴さん?」
赤のバトルドレスも美しいピュアリィ・メイプル。もとい、エージェント・紫原雷鳴は、頭を押さえていた。
「あのな」
「あ、はい」
「さっきから普通に話してるけど」
頭痛がするというポーズのままで、雷鳴は居並ぶエージェントたちに告げた。
「今の絵面、相当とんでもないからな……?」
「…………」
明後日の方向を見つめる咲雪。うらめしげに五々六を見上げる七海。海神 藍(aa2518)はひきつり気味の笑みを浮かべている。
その場に並んだエージェントたちの姿は、「従魔退治の任務直前」というより「エージェント対抗コスプレ大会」と呼べる様相であった。プロの手によるメイクと衣装がバッチリきまっている。
「本当にいいのか!? これ放映されるんだぞ!?」
「覚悟は決まっているわ。ピュアリィ・メイプル」
「そうよ。ピュアリィ・メイプル」
「その名前で呼ぶな! インニュと沙耶はなんでそんなにノリがいいんだ!?」
「ええ? 私はやるならちゃんとやりたいだけよお」
「さ、沙耶さんなんて、さっきWNLに、この撮影自体ドキュメンタリー仕様にできないか相談していたし……」
若干引き気味の藍であるが、彼も英雄・禮(aa2518hero001)の熱望により、頭から爪先まで立派なコスプレ仕様である。
「お兄さん、似合うよ! カッコいい!」
「うん、ありがとう禮……」
「あ、あの今更なんですけど……」
G-YAがおそるおそる申し出る。
「ふ、普通のエージェント役、俺と夕燈さんだけで本当にいいんですか?」
「弱気にならないで。今回は従魔を退治しつつ、視聴者の夢も壊さないという、困難な任務」
インニュがキリリと表情を引き締めて告げる。
「役になりきるのは大変な仕事、任務の間は決して我に返ったりしてはいけないのです。お二人はエージェントとして、演技をしているメンバーのフォローに務めて下さい」
「は、はい」
「はいっ!」
「特に、雷鳴様、あなたは今回の主役。視聴者の夢を壊さないためにも、しっかりなりきって下さいね」
「インニュ」
「はい」
「アニメスタッフが、やたらと俺に次回作の予定についてフってくるんだが」
「さ、まもなく本番ですよ!」
「何か企んでるだろ!?」
「おい落ち着け魔法聖女。本番終わってからにしな」
「魔法聖女って呼ぶな五々六!」
「……五々六もコスプレしちゃえばよかったんだよね、トラさん」
「いや待て勘弁しろ」
ぎゃあぎゃあと慌ただしく準備にうつる一同を、イリス・レイバルド(aa0124)とその英雄アイリス(aa0124hero001)は、若干の不安を覚えつつ眺めている。
「……なんか、大変なことになってきたね。お姉ちゃん」
「うむ。まあ折角だ、楽しもうじゃないか」
ちなみにそう言うイリスも、衣装はバッチリきまっているのであった
●放映開始!
『平和な街に突如現れた、おぞましい姿の従魔……』
WNLによる解説が、スピーカーから流れ出す。バシャッ!と音がして、さらに多くのライトの焦点が従魔に重なる。
「フハハハハハ!」
「……ふはははははー」
木霊する高笑いが二つ。重々しいBGMが流れ出す。
『それは、異常気象を愛する魔女、ダークレインの手下たちの仕業であったのだ!』
ゴウン、と機械音。クレーンが音をたてて稼働し、空中から小さな舞台が下りてくる。
「我が名はダークレイン様が配下、シュヴァルツローレライ!」
黒い甲冑の騎士姿の藍が、マントを翻す。
「……と、……その配下のモブです……」
黒ポンチョをかぶった咲雪が、おっくうげに宣言する。
従魔の射程外に、藍が依頼したエキストラたちが登場する。黒ポンチョをかぶった数十人がイヤーともウヤーともつかない奇声をあげ始め、黒魔術の儀式が如き不気味な空間ができあがった。
「流石はダークレイン様、ライヴスの魔物すらも従えてしまうとは……。さあいけ、従魔よ! HOPEのエージェントなど蹴散らしてしまえ!」
20代男性、元HOPE職員、海神藍の本気である。G-YAと二人で資料をがっちりチェックし、はしゃぐ周囲にひたすら教授しまくっただけはある。もっとも、共鳴状態では嘘が苦手になるため、役になりきる!という自己暗示がフル稼働であるのだが。
「な、なんてヒドいことするんやー!」
「人質とるなんて、卑怯だわあ」
夕燈は精一杯に演技を頑張っているが、G-YAは肉体の主導権を握っているまほらまのおっとりぶりでいまいち緊迫感がでない。中のG-YAは戦々恐々である。
ちなみに人質役は。
「いやああああああああああ!!」
沙羅であった。
従魔は知能が高くなく、触手は「捕獲」を優先するらしい。射程範囲内に他の生物がいる間は捕食されることなく、捕えられても触手に絡めとられるだけ、なのであるが。
「気持ち悪いいい!! やだああああああ!!」
演技ではない。気持ち悪いものは気持ち悪いのである。
ツルペタ少女の全身を、ぬるぬると拘束する白銀の触手。画面の向こうのちびっこたちはハラハラ、一部の男性ファンはそっと録画ボタンを押した。ちなみに沙耶は非共鳴状態、モブ手下の後ろでハンディカムの録画機能が絶賛稼働中である。
これは、早々に展開を進めないとマズい。色々とマズい!
G-YAは、意志の力でまほらまの意識を内側に押し込め(ものすごく不満げな心理を感じた)、叫んだ。
「こ、このままだと何の罪もない少女が犠牲になってしまいます!」
夕燈もおたおたしながら叫ぶ。
「こんな時、ピュアリィ・レディがいてくれれば……!」
カッ!と鮮やかなライトがV字に走った。
『エージェントたちの声が届き、妖精界との扉が開く……』
鉱石のような七色のライトがキラキラと輝き、ライトの中央に二つの人影が現れた。
「な、なんや?」
『ダークレインに対抗するため生まれた、純なる輝きの力。その欠片はピュアリィ・レディの助けとなるため、意志をもって自ら輝き始めた!』
定番ならば、ここでピュアリィ・メイプル登場というところだろう。
が、舞い散る光はやがて落ち着き、イエローのライトがその場に満ちる。
「黄色は、明るい希望の光!」
ぴしりとポーズを決めるのは、鮮やかなレモンイエローの衣装をまとったイリス。
「えと……あ、明日の世界を、優しく照らす!」
こちらは、優しいタンポポ色の衣装をまとった七海。
「ピュアリィ・レディを助けるために世界に舞い降りた、ボクはピュアリィ・レモン!」
「お、同じく、ピュアリィ・ダンドリヨン!」
「「ただいま参上―!」」
ジャーン!とSEが決まる。ライトがクロス。可憐な二人の魔法少女が、ポーズをばっちり決めて登場した!
どういうわけかテレビ出演が多いイリス、人見知り改善を狙う五々六のせられた七海。二人ともちょっと釈然としない思いはあるのだが、ここまで来ればノリきるしかない。
「フフフ、妖精如きが何人来ようと同じこと」
「同じこと……」
「従魔よ、薙ぎ払え!」
「払え……」
咲雪の内側で、『もっと気合い入れなさい!』とアリスが一括した。咲雪は答えた。
「カンペ、どっかに落とした……」
「さ、咲雪さん、今みたいに私の後に同じように続けてください。そういうキャラでいきましょう」
「ん……お世話になります……」
上空で敵役二人がボソボソ話している間に、地上では戦闘が始まっていた。
アロンダイトを握りしめたイリスと、衣装の下に巻物「雷神ノ書」を仕込んだ七海は、従魔を挟むように回り込んだ。
「こっちだ、従魔! ボクを狙え!」
剣と盾を構えながら、イリスはスキル・守るべき誓いを発動させる。
蠢いていた触手のうち、沙羅を拘束しているもの以外が、イリスへ向きを変えた。
「危ない、ピュアリィ・レモン!」
触手の幾本かをG-YAと夕燈がそれぞれの武器で切り飛ばし、イリスがライオットシールドで受け流す。
「いまだよ! ピュアリィ・ダンドリヨン!」
隙を見て接近した七海が、従魔に迫る。
いかにも、それっぽい必殺技名を叫びながら、
(……ええと)
攻撃!
「えっと……マジカル・鉄山靠!」
(ええええええ!?)
G-YAの心の叫びは、その場の全員ときれいに一致した。
読み方は「てつざんこう」、中国拳法における技の一つ。接近して後の半回転、背面による下方からの体当たりで敵を弾きとばす技である。
ドレッドノートの七海が使用しただけあって、威力は抜群だ。
問題は、ピュアリィ・レモンがそれを繰り出しちゃったことである。
ちなみに七海の内部において五々六も、「このガキこういうのどこで覚えてくるんだろう」と遠い目になっていた。
G-YAは夕燈とイリスを見た。二人とも「すごいけどなんだろうあの技」というポカン顔だ。これはテレビの前のちびっこたちも同じ顔なことだろう。マズい!
「……すごいです、ピュアリィ・ダンドリヨン! 妖精は、人間の世界を守るために、生まれつき格闘技の天才という伝説は本当だったんですね!」
あっこれは苦しい!と言ってしまったG-YAも思った。あとイリスが「エッ!?」という顔をした。
が、それでいくしかないとスタッフも判断したのだろう。
『聖なる拳が、敵を打ち砕く! がんばれ、妖精たち!』
変身ヒロインもののバトルにふさわしい、勇ましくも美しいBGMが流れ出す。
『……フォローに回ったほうがよさそうだね』
イリスの内側で、アイリスが語りかける。
『ひきつけることに専念して、攻撃は七海さんにおまかせしよう』
「うん、がんばる!」
戦闘続行。
他3名のフォローを受けながら、七海は攻撃をヒットさせる。
しかし、倒してはならないという制約が厳しい。直撃一発で決着がつく相手に、手こずる演技をしなくてはならないのだ。
そろそろかな、と夕燈がスタッフからの合図を確認しようとした時、
『避けろ!』
「へっ?」
Agraの怒声が内側から一閃、それに夕燈が反応する暇もなく、触手が絡みつく。
「ちょ! 待って、ふえ、あは、あはははは!」
「夕燈さん!?」
白銀の触手が、うねうねと夕燈の全身を這いまわる。
「あかんて、うちそこ弱いねんっ! 触手くすぐったあああ!」
『何やってんだ、武器で切っちまえばいいだろ!』
「せやかて、ち、力入らへ、あかん、もうダメ、……あふぅ」
ダメージが入ったわけではない。緊張しすぎと笑いすぎの合わせ技で昏倒したのである。
「ゆ、夕燈さ」
その時であった。
G-YAの視界の端で、集まってぎゅうぎゅう何かを抑えこんでいたスタッフたちが吹き飛ぶ。モブ手下が何人か巻き添えでぶっとんで、赤い何かが流星の様に接近してきた。
かつて、病院のベッドで過ごすことが多かった幼少期。来週またねと画面の向こうで手を振り、来週にはまた会えたねから始めてくれるアニメがあった。その存在に救われた少年は、今こうしてエージェントとなり、
「ああっ、あなたは!」
ちびっこの夢を壊さないため、全力でフォローに励んでいる!
「流れ星のような速さ――」
従魔に迫り、襲ってくる触手をかわす。
「悪を打ち倒す正義の輝き――」
ライトがカッと照らすなか、三つ編みが翻って跳躍する。
「弱きを助ける優しき心!」
武器で触手を切り裂き、沙羅を抱えて着地。
「世界を純なる光で救う、ピュアリィ・メイプル!」
ここで決めポーズ!
とはいかない!
沙羅を傍にいたイリスに任せると、雷鳴は夕燈を拘束している触手を狙う。
「ダ、ダークレインの野望を打ち砕くため」
G-YA、決め台詞続行。
「来てくれたんだね!」
「待たせたわね、エージェントたち!」
ジャーン!と派手なSEが流れる!
七色のライト、カメラの角度も完璧、気を失っている夕燈を抱えて着地した凛々しい姿。いつもの衣装をバトルドレス仕様にされ、魔法聖女ピュアリィ・メイプルに扮した雷鳴である。
「下がっていて、皆!」
ボイスチェンジャーごしに凛とした声が響く。が、こっそりマイクを外すと、
「……悪い」
G-YAに謝罪した。本人が言うべきキメ台詞を、すべてG-YAに任せてしまった。
「つい飛び込んできちまった」
「いえ、予想外の事態でしたから」
演技でなくぐったりしている沙羅は、イリスに庇われてようやく立ち上がった。
「ふえっ? へ、あれ?」
「目が覚めた?」
「雷鳴さ……ちゃう、ピュアリィ・メイプル!」
「エージェント、彼女のことを助けてあげて」
「わ、わかった、まかしといて!」
ぐったりしている沙羅を庇い、夕燈は一時退場する。
「フフフ……来たか、ピュアリィ・メイプル」
惨事にハラハラしっぱなしであった藍は胸を撫で下ろし、台詞を、
「ここで貴様、をっ!?」
言おうとした。
その場の全員がギョッとする。
クレーンが高度を下げすぎたのである。そして、捕えた相手を失った触手が、新たなターゲットを求めて暴れ出す。
「避けろ!」
ピュアリィ・メイプル、口調口調!と誰もが思いながら、ツッコむ隙がない。
イリスも七海も、必死に触手を回避する。G-YAはなんとか上空を見上げた。触手の直撃でバランスを失う舞台、藍と咲雪が落ちてくる。
「くっ! さ、流石はダークレイン様の魔力!」
地上にどうにか着地しながら、藍は演技を続行する。
「コントロールできないほどに強くなっ」
語尾は思わず消えた。
「……」
落下してくる咲雪を思わず抱き留めてしまった雷鳴は、やってしまってからそういえば敵役だった、と思い出したようだった。
「……ピュ、ピュアリィ・メイプル! 敵でも分け隔てなく助けるんだね!」
ナイスフォロオオオ!!
スタッフの心は再び一つとなった。G-YAは必死である。なにせ硬直する二人をフォローする間も、触手がガンガン襲ってくる。
「うおっと!?」
反応に悩んでいた咲雪は、アリスのアドバイスにより、雷鳴ならば避けられる速さでシャープエッジを振った。
ぱっと跳んで距離をとると、
「助けられたくらいで……心を……許したりしないんだから……」
フッと顔を背ける拗ねた動作付き。素晴らしいツンデレである。
アリスとしては、定番としてここはこの反応でしょうとアニメ知識から出した結論である。結果、WNLにはハートを射抜かれたファンからの問い合わせが殺到したのだが。
「くっ!」
「ふえっ」
「うわっ!」
触手は止まらない。
拘束狙いなのでダメージにはならず、避けるのも容易いのだが、捕まれば沙羅と夕燈のルートに直行だ。それは避けたい、絶対にやめてほしい。
「い、いいぞ従魔よ!」
藍は演技を続行する。
「美しい山河を切り拓いて造られた人間の街など、破壊しつくしてしまえ!」
「そんなことはさせないわ!」
藍の必死さを受けて、雷鳴も演技を続ける。
「ダークレインは、自然の全てを濁流に鎮めようとしているのよ!?」
「黙れ! ダークレイン様の道を否定するならば、容赦はしない!」
藍が、剣を抜き放つ。
「私と従魔を共に相手にすることは難しいだろう! ピュアリィ・メイプル、滅ぶがいい!」
「くっ……!」
『ピュアリィ・メイプル、絶対のピンチ! その時であった!』
フッ、とライトが暗くなる。外野を含めたすべての照明が落とされる。
一瞬の静寂を切り裂き、
『くじけてはダメよ、ピュアリィ・メイプル!』
白色のライトがVの字に輝く。
『世界の危機を救えるのは、あんただけなんだから!』
流れるBGM。
煌めくライト。
照明を背後に受け、二つのシルエットがこちらへと歩み寄る。
取り囲んでいたエキストラが、ヤー!?イヤー!?と奇声をあげた。チェリーピンクとライラックパープルの光が乱舞する中、歩み寄るシルエットに雪崩れのように襲いかかる!
「はっ!」
「たああ!」
押し寄せる敵が、次々と打ち倒されていく。
「ああっ、あれは!」
イリスが叫ぶ。
「えと、世界の危機に、目覚めるという、」
七海も続ける。
「聖なる光」
「純なる輝き」
「「目覚めていたのね! ピュアリィ・レディ!」」
「な、なんだと……!?」
藍がじりりと怯む。
モブ敵たちを蹴散らし、二人のピュアリィ・レディが姿を見せた。
仮面舞踏会のようなマスクで顔を隠しているが、特徴的な髪色で正体は明らかである。
「あ、あなたたちは……!?」
しかしバレない。こういった展開の様式美というところだろう。
「三下相手に、みっともないとこ見せてんじゃないわよ!」
沙耶との共鳴完了、ライラック色の衣装に身を包んだ沙羅である。
「あなたの成長を待っていた。でも、今回は少し荷が重いようね」
その場の誰よりも美声、かつダントツの演技力であった。たとえ気弱な心根が内側であわあわしていようとも、真のアイドル(※エージェントです)はブレないものなのだ!
「従魔は私たちに任せて!」
更紗・アーニャ・尋河凪、チェリーピンクの衣装に身を包み、カメラアングルから決めポーズまで百点満点で決まっている。
「あなたは、その男を倒すのよ!」
二人そろって、バッチリきめポーズ。
「「ピュアリィ・レディ、ゴー!」」
蠢く触手をかいくぐり、二人は従魔に戦いを挑む。
「あなたは、私が相手よ!」
「返り討ちにしてくれる!」
雷鳴と藍も戦いを始める。
「助けにはいかせないよ!」
「わ、私たちが相手よ」
「ん……返り討ちよ……」
咲雪の前には、イリスと七海が立ちふさがる。
三組の戦いが始まり、戻ってきた夕燈とG-YAは、それをも見守る形となった。
「す、すごい……!」
「これがピュアリィ・レディの戦いなんやね!」
と、フォローに務めていたものの。
「きゃあああ~ん!」
(ええええええ!?)
演技なのかそうでないのか、更紗が触手に捕まってしまう。
今夜、最大に問題のシーンであった。衣装と肌色面積はキープしつつ、ぎゅうっと触手から浮かぶ豊かなボディライン。蠢く触手から逃れようと身をよじるだけなのに、先ほどの二人とは違うアブない感がダダもれである。
「あっ、チェ」
『こーら、チェリーって呼んじゃダメよ。それに、大丈夫そうよ?』
衣服の下に仕込まれていた、魔法書マビノギオン。取り出された魔法の剣が、触手を引き裂く。
「くっ、これが従魔の力……!」
『さ、見せ場よ!』
「わかってるわよ! ええと、聖なる光よ!」
ケアレイの光が、更紗を包み込む。
「今よ!」
「ありがとう! 邪悪なる存在よ、滅びるがいい……ピュアリィ・フレイム!」
正しくは、スキル・ブルームフレア。ライヴスの業火を受け、従魔は苦悶の声をあげた。炎のなかで、銀の姿が徐々に小さくなり、
ボムッ!
「……終わったわ」
消滅した。
一方、藍と雷鳴の戦いは続いている。
「従魔は滅びたわ! 私たちの勝ちよ!」
「おのれ、貴様だけでも討ち取ってくれる!」
藍と雷鳴はぱっと距離をとり、
「たああああっ!」
「うおおおおっ!」
すれ違い様、ライトが閃く!
果たして、勝ち残ったのは……。
「ぐふっ……」
倒れる藍に、咲雪が駆け寄る。周囲に残っていたモブ敵たちも、奇声をあげて恐慌した。
「くっ、ここまでか……。我が腹心よ……ダークレイン様に、ピュアリィ・レディ覚醒の報を伝えるのだ……」
「……わかりました」
咲雪が素早く跳ねて、モブ敵とともに逃亡していく。
「申し訳ありません、ダークレイン様……私はここまでです……どうか本懐を……」
藍が手を地面に向ける。
ブルームフレアの火炎が地上を焼いた。
ごうごうと燃え盛る炎。
顔を覆っていたメイプルが顔を上げると、そこには赤いライトをバックに、遠ざかる二人の姿が……。
「ピュアリィ・メイプル。私たちはいつもあなたを見守っているわ」
「真のピュアリィ・レディになる日まで、負けたら承知しないんだから!」
「真の……? それは一体?」
「それは、あなた自身で理解するのよ」
どこか切なげなBGMが流れ出す。
『強敵、シュヴァルツローレライは散った……』
WNLによる、締めの解説。
『真のピュアリィ・レディとは何なのか? 二人の正体とは? 謎は深まるばかり……。だが、強い味方もついている』
イリスと七海が、雷鳴の傍に駆け寄る。
「いっしょに頑張ろうね! ピュアリィ・メイプル!」
「えと、あ、あなたの助けになりたいの」
『新たなる味方、ピュアリィ・レモンとピュアリィ・ダンドリヨンとともに』
夕燈とG-YAは、微笑ましく三人を見守っている。
『ダークレインとの戦いは始まったばかり……。いけ、戦え、ピュアリィ・メイプル!』
「そうね……。私、がんばります!」
雷鳴の改心の笑みとともに、BGMがクライマックス!
その場に、そしてカメラの向こうのいくつもの家庭に、拍手が力強く響いたのであった。
●放映後
後日。
エージェントの手元に、WNLとアニメ会社の連名で宅配が。
まず、正式な御礼状。そして、
「……こんなのだったっけ?」
「ツンデレ設定マズかったかしら……」
演技したキャラは、劇場版次回作、もしくはスピンオフで登場が決まったというおしらせ。イリスとアイリスはピュアリィ・レモンの設定資料集にワクワクしたが、五々六は羞恥のあまり拗ねまくる七海に手を焼くことになった。咲雪はといえば、名もなきモブ敵であったはずが、「無気力な女参謀(実はツンデレ)」として出演が決定したことに、唖然である。
「ホラ、登場したわよ~」
「消して! 触手なんて二度と見たくない!」
そして、放映の録画記録。
沙羅は全力で拒絶し。
「ね、もう一回見たい!」
「……8回目だよ禮……」
藍は今更ながら羞恥心と戦う羽目に。
そして、WNLに寄せられた視聴者からの応援メッセージの数々。
夕燈はウキウキと目を通したものの、
「…………」
何故か、「お疲れ様です」「素晴らしいフォローでした」という労いのメッセージが山と届いていることに、どっと疲れるG-YAであった。
更紗と、そしてインニュと、雷鳴はというと。
インニュが、己の欲望に正直に従っているという、その一点につきる。
あの手この手で続編出演に勧誘してくるインニュに、今日も今日とて怒声が木霊する。
変身ヒロインと呼ぶんじゃない、と。
結果
シナリオ成功度 | 成功 |
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