本部

だから、白紙

藤たくみ

形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
能力者
9人 / 4~10人
英雄
9人 / 0~10人
報酬
普通
相談期間
5日
完成日
2016/02/12 19:15

掲示板

オープニング

●声なき語らい
 “南ハル子”なる人物からH.O.P.E.の本部宛に“影をわずらう”とタイトリングされた紙束が届いたのは、丁度大寒を迎えた日の事だった。
 内容は、江戸時代から続くある旧家の血筋で、なぜか女性だけが早世するという出来事に纏わる幻想怪奇小説のオムニバス短編集。
 作中における彼女達の直接の死因は様々だが、影のわずらい――俗に言うドッペルゲンガーが元凶であると設定されており、これに基づいて各編ごとに代々の女性がもう一人の自分を見てから死ぬまでの過程が綴られたものとなっている。
 それだけならばさほど珍しいものではないが、最後のエピソード(章題“ゆう子”)では、一族の末孫たる少女の“影”をH.O.P.E.のエージェント達(文中では“花束”に喩えられていた)が討ち果たしている事、またそのあらましが、昨秋に起きたとある事件の顛末と酷似していた事などから、恐らくこれらの物語は事実を元に書き起こされたのであろう事を、窺い知る事ができた。
 更に特筆すべき点は、“その後”というエピローグと思しき章である。
 内容はハル子らしき女性が、かかりつけ医と和尚に看取られるところから始まる。
 程なく臨終し、故人の遺志で通夜などが執り行われる事もなく、“ゆう子”共々ただ焼かれて骨となる様が淡々と描かれ。
 彼女が縁の浅い者に埋葬されるのを嫌っていた事から、焼骨は地元の寺が預かり――その後、およそ一万文字前後に相当する数ページに渡って白紙が続き。
 最後の一枚には“(了)”と記されるのみ。
 一体なんのつもりなのか。
 この原稿は当該事件を担当したオペレーターへ回され、オペレーターは案の定当惑し、挙句――
「どう思われます?」
 エージェントに丸投げする事にした。
「一応調べてみましたが彼女はつい先日、年が明けてすぐに……息を引き取ったそうです。小説と全く同じにね。それで、少し考えてみたのですけど」
 原稿を回し読みしたりしなかったりする一同に、咳払いを挟んで。
「ちょっと行って来ていただけませんか? お寺や南家の墓の在所は調べがついています。ひょっとすると住職さんに聞けば、何か判るかも――」
 言い切る前にブリーフィングルームの端末が鳴り、オペレーターは「失礼」と直ちに回線を開く。
「何かあったんですか?」
『先ほどの件だが、こちらで不審なライヴスを観測した。どうやら墓地がドロップポイントと化しているらしい』
「え……? あ、じょ、状況は?」
『様子を見に行った者によると、北東北なのにそこだけ雪がなくて、薄い霧に包まれた一面彼岸花だらけって話だ。おまけに推定イマーゴ級の従魔――大小の差はあるが女性のような“影”ばかりが十数体うろついている。理由は不明だが、もっと強力な従魔や愚神の姿は見当たらないらしい』
「それでは自然発生なのか愚神が生成したのかも判らないですね。……時に、影とは?」
『だから影だよ、他に表現のしようがない。とにかくそういうわけだから手頃なチームを組んで視察の段取りを組んでくれ。山中の見捨てられた墓地と言っても一般人が迷い込まない保証はないからな』
「はあ……了解です」
『頼んだぞ』
 短気に回線が閉じられ、オペレーターはもう一人の自分でも見たような顔をエージェント達に向けた。
「ですって」
 かくして調査任務が発生した。行き先は、南家墓所。


●影に語らう術はなく
 真なる深緑の果て、色付く木々をも染める白霧。
 さっと風が吹けば粉雪の様相となり、揺れる萩の花に露を成し。
 滴り、しおれかけの藪の狭間を伝い、ほつほつと顔を覗かせる彼岸花に落ちて。
 真っ赤な首がひとつ、ふつりと茂みに失せた。
 その、向こう。
 石塔と同じ背丈のすすきを分けて、ひとらしきモノが駆けてゆく。
 何をそんなに急いている?
 誰かを探し追ってでも?
 それが過ぎった墓の背に、そっくり同じ薄黒いのが、顔色ひとつ変えないで、身じろぎもせず立っていた。
 まるで息を潜めるよう。
 まるで隠れているよう。
 見つかったとてどうだというのか。
 見つけて何か変わるのか。
 答えを知る者はおらず、問うべき者もまた然り。
 事実二人に気づかぬらしき、辺りを影が往来す。
 いつか、誰かが見えたとて。
 誰か見つけてくれたとて。

解説

 こちらはシナリオ『影のわずらい、その後』の後日談となります。
 以前の参加・既読は問いませんが、ある程度事情を知っておくと、よりお楽しみいただける……かも知れません。

【目的】
・南家墓所近辺の視察

【舞台】
 北東北の雪深い町の外れ。
 南家から程近い山中に位置する墓所。お地蔵様が目印です。
 幾つか自然石に名前を刻んだのみの墓石が並んでいますが、長い間誰に顧みられる事もなく捨て置かれ、荒れ果てています。
 更に現在はいずれかの墓石を中心にドロップポイントが発生し、その影響かこの場所だけ初秋~中秋同様の環境が保たれ、更に薄い霧が立ち込めています。
 時間帯等ご随意に。

【イマーゴ級従魔:影】
 ドロップポイント内を徘徊するだけの思念体らしき存在。
 皆様にとってはほぼ無害で、特に何もしなくても時間経過と共に消え失せる事でしょう。

【南ハル子】
 元シングルマザーでフリーライター。故人。
 悪性の腫瘍を患い余命幾許もない中、娘のゆう子をゆう子そっくりの愚神に殺害される。
 その後、娘になりすました愚神と共に暮らしていたものの、H.O.P.E.のエージェントにより偽者も討たれ、孤独に。
 “影をわずらう”をH.O.P.E.へ送りつけた意図は不明。

【オプション】
 描写は基本的に墓所近辺のみとなりますが、事前にお寺を訪ねる事で、ハル子・ゆう子のお骨+誰かの毛髪セットと、なぜか花の種を受け取る事ができます。
 それらをどうされるかは……お任せします。
 また、住職に尋ねれば、ハル子の事が多少判るかも知れません。
 小説“影をわずらう”の扱いについてアプローチを試みる事も可能です。こちらはオペレーターまでどうぞ。

リプレイ

●遺稿
「で、この白紙。ニックはどう思う?」
 余命幾許もない母、その娘を騙った愚神、そして――紙束を手に大宮 朝霞(aa0476)とニックことニクノイーサ(aa0476hero001)が論ずるは、誰もが抱く疑義。
『さぁな……”本来綴られるべき物語が別の歴史として存在した可能性”の暗示なんてどうだ?』
「……自分の死後を書く気はなかったんじゃないか?」
 白虎丸(aa0123hero001)が思案げに朝霞の手元を見下ろせば、虎噛 千颯(aa0123)は著者の、人の親としての心境を想い、それを口にした。
『なぜそう思うでござる?』
「……」
「ふうむ。炙り出し……じゃないわよね?」
 しぼっ。
「おおー、ふぁいやー!」
 おもむろに朝霞がライターを着火すると、まいだ(aa0122)が身を乗り出す。
『ライターをしまえ朝霞』
「え?」
『……どっから出したんだよ、お前タバコ吸わないだろ』
『次、いいか? 私も前の事件は知らねえからな。ざっとでも把握しときてえし』
「あ、どうぞ」
 窘めもスルー気味に朝霞が獅子道 黎焔(aa0122hero001)へ原稿を手渡す傍ら、千颯はオペレーターに「なあなあ」と声をかけた。
「小説の他に、何か言伝とか一筆は? ない系?」
「ええ」
「そっかー。ちなみにハル子さんの得意ジャンルとか知んない?」
「歴史ミステリーやホラーが多かったとの事です。幾つか名義を使い分けて、小説に限らず脚本や漫画原作、著名人のゴーストなど手広くこなしていたそうで。一種の覆面作家ですね」
「俺も訊いときてぇんだが」
 人物像の委細が出てきたので小湊 健吾(aa0211)も自主調査の手間を省きに掛かる。
「南家の女は間違いなく早世なのか?」
「少なくともここ百年、直系の血筋に限り概ね十代から三十代のうちに必ず鬼籍入りしている事が確認されています」
「小説と同じに……か」
『とても悲しい物語じゃあないかい?』
 隣で推移を眺めていたラロ マスキアラン(aa0211hero001)が、大げさに両の眉を吊り下げ、かと思えば次の瞬間には意気揚々と両手を広げた。
『しかも結末が白紙なんて気になってしょうがないじゃないか! 君もそうだろう? 健吾!』
「……ふん、確かに。ゴースト、覆面、影。挙句に遺稿とその中の――白紙、か。随分と気を持たせやがる」
 ニクノイーサが白紙を指して“暗示”と言った。
 ならば、白紙に帰結する物語自体を暗示と見る事もできよう。
 逆説的には――
「白紙を含めて、この小説こそがハル子の“答え”なのではないか」
 疑問が生じた瞬間、答えは既に存在する。
『……』
 ある種の真理に言及するポプケ エトゥピリカ(aa1126)の、“姫さん”の真摯な眼差し――その奥の思慕を、ポプケ チロノフ(aa1126hero001)は察し、けれど黙した。
「それをとおして伝えたかった事は、なんなのでしょう」
 一度ガルー・A・A(aa0076hero001)の顔を見上げ、紫 征四郎(aa0076)は素直に問う。
「判らぬ……」
「征四郎にもまだわかりません。でも」
「うむ、わらわも聞き届けたい。伝えたかった事を、求めた事を。ゆえに知りたい、白紙の意味を」
「いけば、答えがきこえるでしょうか。……見つかるでしょうか」
 今、黎焔が目を通しているもの。
 朝霞の手に渡る前に、征四郎は何度も読んだ。言の葉一枚零さぬよう、丁寧に。
 でも、判らないから。だから持って行こうと思った。
 ハル子が託してくれた機会そのものを。
「――うん。見えない物語を、探しに行こう」
『……』
 頷いて、木霊・C・リュカ(aa0068)は励ますように明るく、けれどいつもより慎ましく号令する。
 少し離れた床に視線を向けていたオリヴィエ・オドラン(aa0068hero001)は、パートナーの声に小さく息を吐いて、席を立った。
「千颯」
「んー?」
 他の者達も出立の準備へ入る中、エトゥピリカが千颯を呼び止めた。
「さきほど何か言いそびれたな。白紙の事で」
「あー、あれ?」
「いや、まあ……あんま意味ないと思うぜ? うん」
「構わぬ。聞かせて欲しい」
「……。“私の代わりに結末を見届けて”かもな、って」
 これを受けてエトゥピリカと九十九 サヤ(aa0057)は顔を見合わせ、千颯の顔をじっと見た。
「どしたの? サヤちゃんまで」
「私も美鶴ちゃんもピリカさん達も。ハル子さんとの面識はありません。でも、」
「思うのだ。親しくもない輩ではなく、事件を知る者――願わくば当事者であるそなた達――の手で埋葬して欲しかったのではないか、と」
「それも、ハル子さんとゆう子さんと“ゆう子さん”、親子“三人”で一緒に……って」
 それは叶わないかも知れない。だから、白紙なのではないか、と。
「――」
 口を閉ざす。誰もが。
 サヤの横で一花 美鶴(aa0057hero001)もまた、事情が判らぬなりに関係者達をいたましげに見遣る。
 オリヴィエが、今の会話を眺めていた。
 千颯がそれに気づき、目が合うと伏目がちに顔を背けて、踵を返す。
 リュカは耳を澄ませて佇み。
 征四郎が哀しげに俯いて、ガルーはその頭に手を置き。
 気難しげに目を伏せる御神 恭也(aa0127)の顔を、伊邪那美(aa0127hero001)が覗き込んで。
 白虎丸は――やはり千颯を見ている。
「勝手な想像ですけど」
「都合のいい……考えだろうか」
「――そんな事ないぜ、あんがとな二人とも」
 自信のなさそうな娘達の優しい仮定に、千颯もまた優しく微笑み返した。


●チュク(ある言語体系で「秋」の意)
「本当だ。秋みたいね」
 朝霞が前方の新緑から朱や黄色へと移ろう茂みと背面の雪景色とを、交互に確かめる。
「これは――」
 エトゥピリカも目を見張った。
 どうやら“南家”と刻まれた墓石を中心とした、家一棟ほどの狭い空間。
 半ば紅葉した木々に覆われ、苔生した石の三つばかり立ち並ぶ、伸び放題の草やら蔓の生い茂った隙間から、無数の彼岸花が露を湛えて。
 地蔵に手向けられた風車のように、白霧に揺れて、佇み。
「どこか、夢のよう……だな」
 それはエトゥピリカの目には殊更美しく、幻想的に映った。
『だが……この荒れようだと眠れないだろう』
 チロノフとて、墓は大切なものと認めている。ゆえ、眉をしかめた。
 美しくもどこか不自然な景観は、同時に雪道の方がまだ踏み場に困らぬほど酷い有様で。
『誰も訪ねて来る事なく、こんな……』
 死んだ後は“綺麗”とは遠く離れてしまう。
 目の前の光景に、そう思わずにはいられず、美鶴もまた、言葉を失った。
『影は……?』
「逢魔ヶ時って言うし、夕方かな?」
 影、その発生時期と件のハル子達の死との関連を美鶴は考えていたのだが、“当人達”の姿がおらず、朝霞共々首を傾げる。
『ですが、これでは何が出てきても不思議では――……サーヤ?』
 すっとサヤが美鶴の横を抜け、足元の混沌ぶりも厭わず荒れ果てた墓石の方へ歩み寄った。
「せっかくだからお墓も綺麗にしよう」
『ここの掃除するの?』
「……うん。そこに“居る”のなら、少しでも居心地良くしてあげたいなって」
 振り向いて微笑むサヤに、美鶴は呆れ半分驚き半分である。
『同感だな。……ピリカ』
「うむ、わらわ達も手伝おう」
『一応訊くが、朝霞は』
「やるに決まってるじゃない! ほらニックも」
『だよな……って俺もか』
 チロノフとエトゥピリカが頷き合い、朝霞は既に軍手をはめてニクノイーサにもそれを差し出し。
 あまつさえポリ袋まで用意する周到さを見せて。
『あ、私も……――って何やってんだまいだああああ!』
「むむっ、おでこかたい」
 黎焔も――と思ったところで、まいだが地蔵のぼろぼろになった前掛けをぎゅうっと引っ張りながら熱でも計るように額を合わせていた。
『いいから手ェ放せ!』
「でもちべたいです」
『意味わかんねぇし!』
『……皆さんやる気みたいね。判りました、付き合いましょう』
 美鶴も観念したように溜め息を吐いて、袖をまくる。

 かくして、ある者は片手に鎌を持って草を刈り、またある者は邪魔な石を退かしたりと墓所の整備に勤しんだ。
『おいおい朝霞。そこらは南家の墓じゃないだろ』
「ついでよ。時間もあるし、手の届く範囲はキレイにするわ」
『やれやれ……』


●ハル子
「ハル子さんは何か……言っていたか?」
 木造の院内に通されるなり、千颯は初老の医師へ早速訊ねた。
「『余計な事はするな』の一点張りかな」
「余計な事?」
「延命治療、知人への連絡、新聞での告知、葬儀の手続き、一切合切お断り。まるで自分なんて最初から居なかったみたいにね」
 覆面作家としての彼女と、どこか通ずるエピソードだ。
 一方で死を悲観していないようにも見え、医師が「元気がいいね」と声をかけると「一生分ストレス発散したから」と笑ったそうだ。
「そうか……」
「死因は?」
 間を置かず、今度は健吾が切り出す。
「悪性の腫瘍。不審なところはないよ、保障する」
「なるほど。娘以外の家族や親類は?」
「居ない。母親は第一子のハル子さんが生まれてすぐ亡くなっているし、父親も十年ほど前に他界。旦那さん――ゆう子ちゃんのお父さんだね、こちらも同じ頃に事故で。旦那さんの筋とは疎遠」
「やけに詳しいんだな、あんた」
「親父の代からのかかりつけでね。そうでなくてもこの辺じゃ有名だけど……」
「ならこの質問の意味も判るな? 似たような人影を見なかったか?」
「一度も。そういえばハル子さんはその事も何も言わなかったな。まあ、僕も信じちゃいない」
「仮にそれが愚神か従魔だとしてもか」
「せいぜいここ二十年の話だろう? 真偽はともかくもう一人の自分の事はハル子さんの母や祖母も言っていたらしいし……関連があるとは思えない」
「だったら世話ねぇんだが。他に南家に詳しそうな心当たりは?」
「和尚だね。ああ、一緒にハル子さんを看取った人なんだけど」


●影踏みと影
 同刻、寺の本堂にて。
「左様。これにしたためられた内容は南家にかかる呪いそのものです」
 最前医者が言及した和尚へ恭也が訊ねたのは、小説が事実にどの程度通じているのか。
「呪いとは」
「くれぐれも与太話とお思いくだされよ。そも、かの家は陰陽道に通じた家系。特に“影”……死人の魂や鬼などの恐ろしいものを味方とする術式を修めたと聞いております。その方法と言うのが、今に広く伝わる“影踏み”の事でして。場に留めて契約――要は“式”となる約束を取り付けるわけですな」
 和尚は高齢にも関わらず饒舌に語る。
「ところが江戸の頃、南家の女性がこれをしくじり……以来、一族の女性ばかりが影の離魂に苛むようになったとか」
「死期の察知に秀でていたと捉える事もできるが……」
 だが、口にした事とは異なる考えを、既に恭也は抱いている。
『じゃあ、結局小説を送ってきた理由は……?』
「数奇な運命を背負わされた一族の事を知って欲しかったか?」
『知って欲しいなら白紙はおかしいよ』
「ほっほっほ、ですから与太話です。……否、そういえば」
 伊邪那美と恭也の問答に口元を綻ばせた和尚は、しかしはたと一同を見た。
「先ほどお話した影踏みの儀、何かに似ていると思いませなんだか」
「何か?」
「お客人方。皆さんは誓いを以って契約を結んだ間柄ではありませんでしたかな?」
『あっ――』
 影踏みと、影。能力者と、英雄――または愚神。
 もし愚神が相手ならば誓約などあって無きもの。しくじりもしよう。
「いつの日かハル子さんそっくりの愚神と刃を交える事も……」
「あいや、失礼した。再三申し上げますが、与太話ですじゃ」
 そのような史実は、どこにもない。
 H.O.P.E.の資料には陰陽師と能力者の関連など記載されていないし、もしも何らかの記録や技術体系がどこかで受け継がれているのなら、それを指摘する者が既に現れている筈。
 そうした事例が一切ない以上、和尚の言う通りだ。
 英雄――少なくともガルーにとっても。
『人の体に魂なんて存在しない。ただ、近いものがあるとしたら生前を知る者の記憶――遺したもの――即ち知識だと思う』
 たとえば、あの小説のように。
『そして俺様達もまた、彼女の事を忘れない』
 でも、まだ空白があるから。
 ちゃんと埋めて、その人の思い出を、魂を、豊かにしたい。
「あの……」
 姿勢良く正座を保ったまま、今度は征四郎が訊ねる。
「生前のハル子についてききたいのです。ゆう子と“ゆう子”を亡くしてから、いったいどんな想いですごしていたのか」
「はつらつとしておられましたな。仕事以外で文章を書くのが……書けばそこにご先祖の皆様方やご母堂、ゆう子さん達が居るのが、楽しくて仕方がないと」
 まるでガルーの考えを裏付けるような話を、征四郎は神妙な面持ちで丁寧に心へ落とし込む。
「どんな最期でした?」
『何か、言い遺した事は』
 更にリュカとオリヴィエも問うと、和尚は言い辛そうに頭を撫でた。
「その事ですがな――」


●答え合わせ
「なんていうか」
『らしいと言えば、そうなのか』
「だねぇ」
 骨壷を抱えるリュカのあははーという能天気な笑い声にぶすっとしながら、オリヴィエは懐に納めた風呂敷包みの感触を確かめる。
「いじわるなのです……」
『ハル子さんは……ボク達を恨んでたのかな』
『さて……悪気はなさそうな感じもするけどな』
「……」
 征四郎は――それは以前彼女がハル子に手渡したものなのだが――花の種を携えて、とぼとぼ歩く。
 伊邪那美とて同様だ。
 ガルーは少し異なる見解を示すも、恭也はただ黙するのみ。
 無理もない。
 ハル子の遺言は恐らく反応に窮するであろう、一種の呪いだったから。
 大事を取って別行動だった千颯と白虎丸、健吾やラロにはまだ伝えていない。
 特に、千颯には。
 景観こそ冬枯れてはいるものの、今、踏み締めているのは紛れもない、ゆう子の遺体を偽者が埋めた、あの場所に至る道だった。
「また、ここに来る事になるとはな」
 千颯が白い息の霞んだ先を見る。
『後味が悪い結末だったでござるな』
 白虎丸もまた、物憂げに呟く。
 だが、それはあの依頼を請け負う前から判っていた事。
『でも……物語、書いてくれたでござるな』
 千颯の勧め――あるいは願いをハル子は叶え、H.O.P.E.に送りつけてきた。
 その真意を包み晦ましたまま。

 ――あんたが同じ事言われて同じ気分にならない事を祈ってるよ。

 幾ら考えても答えには至らず、ただあの時の言葉を、思い出す。
「どんな気持ちだったんだろうな……」
 征四郎が寺の和尚に聞いたところ、執筆を楽しんでいたと言うが、果たして。
『千颯……?』
「……何でもないぜ! さ、仕事仕事!」
『またか。あ、でござるか』
 千颯がいつかそうしたように曖昧に笑って雪道を駆け上がるので、白虎丸としても呆れながら後を追うしかなかった。
 二人に追い抜かれたラロが帽子のつばをつまんで居住まいを正す。
『抜かれたからには追わないわけにはいかないじゃあないか!』
「あっ、おい――」
 かと思えば、千颯達に負けじと大股で雪を弾きながら走り出した。
「――ラロ! 墓地で踊るような真似は止めとけよ!」
『その件はラロの足に申し立ててくれたまえ!』
「……耳が生えてんならな」
 制止は無駄と早々に見切り、健吾は頓狂な相棒の背をただ見送った。
 後ろで、リュカや征四郎、伊邪那美の笑い声が聞こえた。


●黄昏待たぬ誰ぞ彼
「おー、影がたくさん!」
『あ?』
『出たぞ朝霞』
「……うん」
 まいだがぺちぺちと両手を叩いて喜ぶので、掃除に勤しんでいた面々が辺りを見回すと。
 墓石の下から滲み出るように、ひとり、またひとり“女達”がひょろりと背筋を伸ばす。
 ある者は彼岸花の園を闊歩し、またある者は身じろぎもせず。
「やりたい事があるのかなぁ」
 まいだが影の一人を追い掛け回すのを眺めながら、朝霞は腕組みする。
『場所柄、やり残した事……かも知れんな』
 世に言う幽霊の正体、その幾らかはこうした下級従魔なのかも知れない。
 ニクノイーサは埒もない事を思いながら、枯れ草と泥を払い落とした。
『…………っ』
「ポチ、落ち着け」
 獣が威嚇するように身構えるチロノフを制し、エトゥピリカは影の所作に注視した。
「……何かを探しているのだろうか」
 彼女の郷里でも影は魂のあらわれと考えられ、身体との離別は死へ近づくと伝えられている。
 ゆう子の影は愚神だったという。
 では、ハル子やその家系も?
 奇しくも寺で恭也が示したのと同じ仮定が浮かび、しかし尚纏まらぬ思考を北の娘は重ねていく。
『……オレは難しい事は判らない』
 思い悩む胸中を察してか、応ずるようにチロノフは言う。
 あの小説、その根底に見え隠れする人の複雑な感情、いずれ理解の外だ。
 まして影――従魔など彼にとり敵でしかない。
 それでも。
『ただ死者が穏やかに眠れる事を望む』
 それだけは誰もが同じ気持ちだった。
 無論サヤもその一人だ。
「こんにちは」
 だから、その為に、まずは手を差し伸べてみようと思った。
『……サーヤ』
 通りすがった影に挨拶するサヤを見て、美鶴はそこに居るのが従魔ではない“誰か”ではと、軽い錯覚を覚えた。
「貴方達、何してるの?」
「どうしたの? こまりごと?」
「私達に伝えたい事、ある?」
「あのね、まいだもね、このまえ――」


●鏡写しの想い
 遅れて到着した者達は、サヤや朝霞、まいだがしきりに影へ話しかける様子を、そして影達の動向を認め、ことに健吾とラロなどは遠目によく見守っていた。
「……珍しいじゃねぇか。お前が大人しいなんざ」
『しぃっ……静かに。今良いところなんだ』
 当たりをつけたのは、少し離れた場所に隠れるようにしている、小柄な影。
『君達は何を想い、どうして存在するのか。とてもとても興味深いね。さあ、ラロに君達の物語を見せてくれ』
 ただ話してみたかった。
 ただ、寂しかった。
 それだけではないかと、オリヴィエは思う。
 リュカを伴って切り取られた秋景色に踏み込み、往来する影に、手を伸ばして。
『……ここは、南家の墓であって。影達の墓でもあるん、だな』
触れればそれは少しだけ立ち止まり、また過ぎ去った。
「――! あれ、はっ」
「せーちゃん?」
 リュカが振り向く頃、征四郎はもう紫色の後ろ髪を引いて駆け出していた。
 白霧と黒眼鏡越しのか細い視力でははっきりしなかったけれど。
『……彼女だ』
 ガルーの少し苦味を帯びた声は、決して意外ではなくて。

 そこは、南家の墓石。

 痩せ身の女の影が小首を傾げ、駆け回る小さな二つの影の方へ、見守るように面を向けて。
「ハ、ル……子」
 でも、征四郎が呼んでも、皆がそこへ集っても、人違いなのか気がつかないのか、何ら示す事もなくて。
「ハル子っ」
 母を呼ぶように、もう一度、今度は大きな声で。
『あの時』
 そんな相棒を後ろで見守るガルーに対し、オリヴィエは視線を定められず。
『……まだ解らないんだ。どうするのが正解だった、のか』
 迷い子のような顔で、問い掛ける。
『ボクも、そう。本当に仕方なかったのかな……って』
「倒さなければ被害が増加していた。だが、ハル子さんは独りになった」
 伊邪那美と恭也とて同じ想いだ。
『俺様もだよ。けどな、解んねぇ。そいつはハル子さんにしか……きっとな。ただ、ひとつだけ思った』
 ガルーは深く息を吐いて、痩せた女に目の焦点を定めた。
『俺様は大半の記憶を失くしてる。好い事も、多分そうじゃねぇ事も。それが幸せかどうか。……叶うなら、知ってから死にたい。背負った全てを』
『知って、から』
 辛く苦しい想いも、置き去りにしたら、その日の自分は白紙同然だから。
「子に先立たれた親って、どんな気持ちなんだろうな?」
『千颯……』
 千颯もまた知ろうとした。
 我が子を失う事、その胸中を知らぬ空白を埋める為に。
「駄目だな~ほんと。……俺ちゃんらしくないわ」

「“判んないでしょ? ざまー見ろこの幸せ者!”」

 突然、リュカが声を作って言い放った。
「いや……えっ何!? 何それ?」
「はは、びっくりした? ハル子さんの遺言。きっと腹黒い顔でにやにやしてたんだじゃない?」



●優しく手折る
 リュカはガルーや千颯、白虎丸と共に、少しでも光が差し込むようにと墓所を覆う木々の枝を少しだけ切った。
「ずっと薄暗いと、影もぼんやりするものだからね」
 影達は生者に何をするでもなく、ただ徘徊を繰り返す。
 その様を哀しく思いながら、征四郎は南家の墓前を浅く掘って、種を蒔く。サヤと美鶴、まいだ、エトゥピリカにチロノフも一緒だ。
 そんな中、健吾は墓石を様々な角度から眺め、また影の観察に努める。
「気になりますよね」
 それを見て、サヤが声をかけた。
「私もさっき調べてみたんですけど、石自体が特別というわけでもないみたいで……」
 はっきりと何かが判らなくとも、変わらなくとも。
 なかった事にはしたくなくて、だからサヤはここへ来た。
 でも、それだけと言えばそれだけだ。
「影が望んでる事も判らずじまいだし……」
 言いながら、朝霞がよいしょと邪魔な石を退かす。
「……ふん。結局俺達には見たい物しか視えねぇ、って事なのかもな」
「和尚さんがね、“墓は残された者の為にある”ってさ」
 リュカが切った枝を纏めながら口を挟む。
 墓に居るのは死者。
 影をそれと見立てるならば、望みとは即ち生者の――。
「なら――俺は俺の好きにさせて貰おう」
 そう言うと、健吾は墓石の傍で待機を決め込んだ。
 いつしか追いかけっこしていた影二人がまいだを伴って、皆の――南の墓に、母に寄り添うように、立っている。
 親子の愛情を知らぬエトゥピリカにとり、それは憧憬の的で。
 ゆえ、昨秋の事件を知れば知るほど疑問は尽きない。
 ハル子の想い。代わりの”ゆう子”の想い。
(もし、わらわが本当の“ゆう子”ならば、あの世で……母親の前に出れるだろうか)
「ヒガンバナの花言葉は、“哀しい思い出”、です?」
 最後に浮かんだ問いを顕すように、ふと、掘り返した傍の赤い花を見て。
『……“再会”』
「え――」
 それへ、チロノフが優しい解を、端的に添えた。
「ポチ」
『二人は一緒にしてやりたい』
「ここに入りゃイヤでもツラ合わせるさ」
「ですね。ニック! 変身よ!」
『ああ』
『恭也、ボクらも』
「手伝おう」
 そうして健吾、朝霞(ウラワンダーを自称)、恭也が相棒との共鳴し、墓石を上げて、横へずらす。
 石の下に空いた穴には、沢山の壷や位牌が敷き詰められるように並んでいた。

 リュカが焼骨を抱え直すとオリヴィエも荷物に仕舞っていた毛髪を取り出し、しばしそれを見詰めた。
 まるで自分自身を確かめるように。
「それってもしかして、“もう一人のゆう子”さんの?」
『……ああ。そう、なんだろう』
 目敏く気がついたサヤの声を戸惑う事なく受け止められた。
(残るものも、あったのだな)
 手に伝わる感触が、それが在る事実が、安堵にも似た心地をくれたからだろうか。
「じゃあ、皆さんと三人と、一緒。この花が咲いたら、もう少し寂しくなくなるんじゃないかと思います」
 サヤがそう言うと、エトゥピリカと征四郎も頷いた。

 リュカとオリヴィエが、そうっと中へ三人の名残を置いて、墓石を元の場所へ戻し。
『私らはなんの関係もないやつらかも知れねえけどさ。小説読んで、あんた頑張ったんだな、って思ったんだよ』
 黎焔と朝霞が仏花を、エトゥピリカは手製の花束を備え、そこに健吾が一輪だけ、彼なりの気持ちを添えて。
『……だからさ、ゆっくり寝てくれよ』
 黎焔が手を合わせ瞑目するとまいだも真似をし、皆もそれに倣った。
 決して忘れぬように。

 誰かが目を開く頃。
 偶然その間に重なったのか、入滅の条件に適ったのか。
 折りしも斜陽に染まる頃、影はひとり、またひとり。
 さっと溶けるように薄まって、帳を待たずに、どこかへ、いった――。

「リュカ」
「うん」
「ハル子とゆう子はこれから、ちゃんとお空で一緒にすごせるって、 ……そう信じたらダメでしょうか」
 そうじゃなければ、哀しすぎるから。
「もちろん。ちゃんと種を植えてお花の道も作ったしね」
 季節外れの秋の香りを吸い込んで、リュカは征四郎に微笑み。
 答えを、探した。
「あれだけ溺愛してたんだもん。ハル子さんが『ゆうちゃん!』って全速力でタックルかましてるよ。それに、もう一人も」
 本当は彼岸の事など判らない。
 ただ、少しばかり優しくなかった世界を、全て嫌う事なく歩いていけたなら――そんな願いを込めて、答えた。
 ガルーも小さな相棒に問う。
『最後、なんで白紙にしたんだろうな』
「あの白紙は、"ハル子"が見る事のできなかった明日ではないでしょうか」
 そして、白紙であればこそ。

 ――判んないでしょ? ざまー見ろこの幸せ者!

「託してくれて。ありがとう、ございました」
 今一度、征四郎は手を合わせた。
 自分達が壊して、そこに咲いたものを、きっと忘れまいとして。

 どうか、どうか安らかに。

「君達の想い、ラロは見届けたよ。とてもとても、ふふ、ラロは満足だよ」
 彼女の――影も含めた皆の様子を存分に目に焼き付けてから、ラロは帽子のつばで西日を遮った。


●その後のその後
 ドロップポイントは、程なくH.O.P.E.によって浄化されたようだ。
 また、遺稿はあらかじめ出版の段取り自体は組まれており、千颯とリュカの提案を以って実現する運びとなった。

 ――望まれない限り世に出すな。

 ハル子はそう言っていたらしい。
 見本本は本件に携わった全員に送られる事となった。

 そして――

 リュカは届いたばかりの書籍をそっと後ろから開く。
 “(了)”の字から更に遡り、数ページ白紙ばかりのところをぱらぱらめくって――ある真っ白な見開きで手を止めると、先日の報告書を丁寧に挟み込んだ。
「これでよし。いつ行こっか」
『雪が。……解けてから』
「春先か、いいね」
 本ができたと、墓前に報告したかった。
 その頃には征四郎達が植えた種も、きっと芽吹いて花開いているから。

結果

シナリオ成功度 大成功

MVP一覧

重体一覧

参加者

  • いつも笑って
    九十九 サヤaa0057
    人間|17才|女性|防御
  • 『悪夢』の先へ共に
    一花 美鶴aa0057hero001
    英雄|18才|女性|バト
  • 『赤斑紋』を宿す君の隣で
    木霊・C・リュカaa0068
    人間|31才|男性|攻撃
  • 仄かに咲く『桂花』
    オリヴィエ・オドランaa0068hero001
    英雄|13才|男性|ジャ
  • 『硝子の羽』を持つ貴方と
    紫 征四郎aa0076
    人間|10才|女性|攻撃
  • 優しき『毒』
    ガルー・A・Aaa0076hero001
    英雄|33才|男性|バト
  • 止水の申し子
    まいだaa0122
    機械|6才|女性|防御
  • まいださんの保護者の方
    獅子道 黎焔aa0122hero001
    英雄|14才|女性|バト
  • 雄っぱいハンター
    虎噛 千颯aa0123
    人間|24才|男性|生命
  • ゆるキャラ白虎ちゃん
    白虎丸aa0123hero001
    英雄|45才|男性|バト
  • 太公望
    御神 恭也aa0127
    人間|19才|男性|攻撃
  • 非リアの神様
    伊邪那美aa0127hero001
    英雄|8才|女性|ドレ
  • 影踏み
    小湊 健吾aa0211
    人間|32才|男性|回避

  • ラロ マスキアランaa0211hero001
    英雄|23才|男性|ソフィ
  • コスプレイヤー
    大宮 朝霞aa0476
    人間|22才|女性|防御
  • 聖霊紫帝闘士
    ニクノイーサaa0476hero001
    英雄|26才|男性|バト
  • 影踏み
    ポプケ エトゥピリカaa1126
    人間|7才|女性|生命

  • ポプケ チロノフaa1126hero001
    英雄|27才|男性|ドレ
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